ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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石の御仁出てきます。


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ミオシティ多すぎ問題。

35話。


35話 ミオシティ

ダークライ事件解決から三週間。

 

ミオジムも再開し、休止していた執筆も再開した。プラターヌ博士には少し休んだ方がいいのではないかと言われていたが、ジムが休止している間はやることがなくて暇だったためむしろやらせてくれとカイムはプラターヌ博士に頼み、再開させた。

 

ミオジムは事件があったため、それなりに長期間休止していた。休止もだが、ダークライの事件について興味を持ったトレーナー達が連日訪れるため今では続けてチャレンジャーが訪れており、それなりに忙しい日々を送っていた。しかしそのチャレンジャーラッシュもひと段落ついてきて、今では日常が戻ってきていた。

 

「あー…進まねえ」

 

しかし肝心の執筆は難航していた。元より資料が少ないレジ系の伝承故に難易度は高かった。断片的な資料から予測をすることは可能だが、どうしても予測部分が多くなってしまうため決定打に欠ける部分が増える。

どうしたものかと天井を見上げると、ブラッキーがカイムの肩に登り頭にしがみついてくる。あのダークライの事件以来、ポケモン達はカイムのことを厳しく監視するようになった。それだけでなく、ブラッキー、トリトドンはより甘えるようになり、バシャーモ、ルカリオ、メタグロスはなんか当たりが強くなった。そしてムクホークとキリキザンはすぐに寝かせようとしてくる。

 

「んー…重い」

 

顔にへばりつくブラッキーの重さを首で支えることになっているため、なかなかの負担が首にかかる。しかしブラッキーはそんなこと知るかと言わんばかりに顔を擦り付けてくる。

 

やれやれとため息を吐くと、デスクに置いたスマートフォンが振動する。手に取ってディスプレイをみると、そこには親友の名前が表示されていた。

 

「ダイゴ?」

 

いつもダイゴは連絡する前に一報入れてくる。そのため連絡無しでいきなり電話してくることはなかなか珍しい。

珍しいな、と思いつつカイムは電話に出た。

 

「おう」

『やあカイム。今大丈夫かい?』

「問題ねえ。どうした?」

『実は今度、シンオウ地方に行くことになったんだ』

「え?こっち来んのかお前」

 

ダイゴは今のところシンオウ地方に来たことがない。それは彼のチャンピオンという立場とデボンコーポレーションの後継として多忙の日々を送っているからだ。そのせいか、あまり他の地方に出向いたことがない、ということを以前言っていたことを思い出す。

 

『うん。半年くらい前かな?デボンの支社がコトブキシティにできたことは知ってるかい?』

「ああ。つか、お前が教えてきたんだろ」

『はは!そうだったね。ボクが教えたんだった』

「なんだ?もしかして、その支社のトップにでも任命されたか?」

『いや違うよ。支社のトップは親父の昔の部下だ。その人の手腕で支社の運営は特に問題ないよ。今回は支社の視察と勉強。本社とホウエン工場以外の場所も見ておけってことで、二週間くらいシンオウにいることになったんだ』

 

ダイゴの言葉にカイムは納得する。ダイゴは現在、チャンピオンを全うしながら社長補佐として経営の勉強もしている。そのためホウエン地方にあるデボンの工場や支社に出向くことも多々あるのだという。

そして今回、その延長として新しくできた支社に出向くことになったらしい。色々見ておけ、という指導方針からダイゴの父が本気でダイゴを育成しているのだと理解できる。

 

「そうか。じゃあ少しの間こっちにいるんだな」

『そうなる。それで相談なんだけど、何日か泊めてくれないかい?』

「いいぞ」

『あれ?随分あっさり引き受けてくれるんだね』

「断る理由、ねえし」

 

シロナの自宅は、二人で住むにはかなり広い。無論カトレアの別荘ほど大きくはないが、ダイゴ一人泊めるくらい問題なくできる。部屋が足りなくても男同士であるため、カイムの部屋に二人で布団を並べれば問題なく眠ることができるだろう。

 

『そっか。じゃあ何日か泊めてもらおうかな』

「こっちは二週間ずっと泊めても問題ねえがな」

『え?そうなの?でも二週間ずっとはさすがに申し訳ないし、一週間くらいにしようかな』

 

申し訳ない、という気持ちがあるのは本当だ。泊めてもらうからと宿泊費を払おうとしても、カイムは恐らく宿泊費を受け取らない。加えてダイゴは最低限の家事しかできないため、家事の手伝いなどできても精々皿洗い程度だろう。そんな中長時間滞在させてもらうのは申し訳なかった。

しかし、それ以上に二人の甘々な空間に長時間滞在したら血糖値がまずいことになるという危機感があったからだ。この二人は普段は普通の常識人のクセに二人の世界に入った瞬間糖度が恐ろしく高い会話をし始める。しかもそれを自覚していないという事態。恐らく一週間程度なら冷やかして終われるが、二週間となると糖分過多で体調に支障が出かねないとダイゴは判断した。

 

「ん、了解」

『ありがとう。細かい日時は後でメッセージに送っておくね』

「ああ」

『じゃ、またね』

「ん、またな」

 

そう言ってカイムは電話を切る。

未だに頭にへばりついているブラッキーがカイムの頭をてしてしと叩く。どうやら今の電話の内容を理解していたのか、ダイゴが来るのかどうか聞いているらしい。

 

「ダイゴ、来るってさ」

 

それを聞いたブラッキーは楽しそうに鳴いた。かつてダイゴと共に旅をしていた時、当時はイーブイだったブラッキーはダイゴにもよく懐いていた。そのためダイゴとまた会えるのが嬉しいらしい。

 

「ちょっと楽しみになってきたな」

 

そう呟いたカイムはブラッキーを頭に乗せたまま再び資料集めに戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「今度ダイゴ来るから、泊めてもいいよな」

 

食事をしながらカイムはシロナにそう告げた。それを聞いたシロナは少し驚いた表情をするが、すぐに頷く。

 

「あら、いいじゃない。楽しくなりそうね」

「一週間くらいいるみたいだし、少しの間うるさくなるかもな」

「そんなこと言って、本当はダイゴ君が来てくれるの楽しみにしてるでしょ?ちょっと楽しそうよ」

 

シロナは煮物を口にいれながらそう言った。カイムの表情はほとんど変わらない。しかしシロナはカイムの僅かな表情の差を読み取り、カイムがダイゴが来るのを楽しみにしていることを察した。声のトーンは全く変わらないが、表情はほんの僅かに変わっている。この差がわかるのは恐らくシロナくらいだろう。いや、もしかしたらダイゴもわかるかもしれない。

 

「…んだよ。別に楽しそうには…して、ねえだろ」

「嘘が下手なのよカイム。なんだかんだ顔に出るし」

「こういう時だけ表情筋が仕事するのなんなん?」

 

尤も、仕事をしているかどうかは些か疑問なレベルの仕事だが。

 

「…とにかく、ダイゴが来ることになったから」

「ええ、わかったわ。それで?どうして今回わざわざシンオウ地方まで来ることになったの?」

「なんか支社の視察兼勉強だと」

「後継らしいことしてるわね〜」

 

親友であるカイムからしたらただの石好きの変人なのだが、同年代でありながらポケモンバトルと社長補佐を両立させている。誰にでもできることではないため、そういった部分をカイムだけでなくシロナも尊敬していた。

そしてこれを継続することに対してダイゴも抵抗を全く覚えていない。それは彼自身の器もさることながら、本人にとっても合っていることだったのだろう。

 

「じゃあまたバトルできるかしら」

「さてな。ただお前らがバトルするとなると、環境についてもそれなりに配慮せにゃならん。簡単にはできんだろうよ」

 

チャンピオンズトーナメントでも周囲への防御態勢を完全にしたうえで開催されていた。凄まじい力を持つポケモン達の力が観客達へ届いてしまうことを防ぐためだ。特にダイマックスやメガシンカ、Zワザは大きな力を使う。そのため余波が観客達に届く可能性もあったため、防御態勢を万全にしていた。

 

実際、チャンピオンズトーナメントでシロナとダイゴがバトルした時、メガルカリオとメガメタグロスがぶつかった時はゲートで見ていたカイムにまで伝わっていた。ジムバトルとははるかに規模が異なるものだ。そんな恐ろしい規模のバトルをするのであれば、さすがに家にあるフィールドでやってしまうと後処理が面倒になりかねない。

 

「ふふ、じゃあメガシンカ無しでやろうかしら」

「それだと不完全燃焼になるだろ。やるならジム施設貸してやるから言え」

「え?大丈夫なのそれ。職権濫用にならない?」

「なるかもな。ただ、ジムトレーナーの連中にも見せてやればいい刺激になるし、何より仕事として扱える」

「それはそうかも」

 

チャンピオン同士のバトルなど、生で見ることはそうできない。以前あったチャンピオンズトーナメントのチケットも販売が開始した瞬間にポケモンリーグのサーバーが落ち、復帰した途端にチケットが売り切れてしまうほどだった。誰もが見たがるバトルであることに変わりはない。そしてそれはきっとジムトレーナーにとっていい刺激になるだろうとカイムは考えた。

 

「ま、さすがにダイゴに聞いてからだな。あいつにも予定あるわけだし」

「そうね。仕事で来てるわけだからどれだけ時間があるかわからないものね」

「ま、あいつ次第だな。あとは、ヒョウタのことも紹介してえ」

「ヒョウタ君?」

「ああ。石好き同士、気が合うだろうから」

 

ヒョウタは石好き、というよりも採掘好きなのだが、かなり石への知識も深い。性格的にもダイゴと合うだろうと判断した結果だった。

 

「いいじゃない。なんだかんだ直接会うのは久しぶりだもんね」

「そーだな。まあ、連絡は結構取ってるがな」

 

カイムは結構頻繁にダイゴと連絡を取っている。性格はともかく表情が動かないカイムは友人は多くない。しかしその中でもダイゴはカイムとも気が合うこともあり、カイムとの繋がりを大切にしていた。ダイゴがそういう態度を見せていることもあり、カイムもダイゴのことを大切にしている。無論それを指摘しても素直に認めることはないが、大事にしていることが言葉と態度から滲み出ているため誤魔化しきれていないのだが。

 

「わかったわ。楽しみにしてる」

「ん。じゃあそういうことで」

 

そう話しているうちに、夕食を食べ終わったカイムのもとにブラッキーが歩み寄ってきて、カイムの膝に飛び乗った。そしてそのままカイムの体を登り、いつもの肩車体勢になって満足したように『むふー』と息を吐いた。

 

「……重い」

「うふふ、ブラッキーそれが気に入ったみたいね」

「首が疲れるんだよこれ…」

「あら、反省してないの?」

 

意地悪な笑みを浮かべるシロナの言葉を受け、カイムは表情を歪めた。ダークライの事件で心配かけ、ボコボコにされてポケモン達からのジト目を向けられ続ける休暇期間を過ごしたカイムとしては、甘んじて受け入れるしかなかった。

 

「………いや、してる」

「じゃ、大人しくされたままにすることね」

「…ああ」

 

頭上で『そうだぞ、反省しろ』とでも言うようにブラッキーがてしてしとカイムの頭を叩いてくる。そんなブラッキーのことを見ながらカイムは大きく息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後

ミオジム

 

ジムリーダールームでカイムは一人事務作業をしていた。そこでドアがノックされる音が聞こえてくる。

 

「入っていいぞ」

「失礼します」

 

入ってきたのはマネージャーだった。何枚かの書類をカイムのデスクに置いてくる。

 

「すみませんカイムさん。この書類に承認のサインをもらえますか?」

「これは…ああ、合同トレーニングの」

「はい。今度あるトバリジムとの合同トレーニングのスケジュール承認をしていただきたくて」

 

渡された書類に目を通し、不備がないかを確認すると、カイムはハンコを押して承認のサインをした。

その後予算やギミックの点検表などの書類を片付けてマネージャーに渡した。

 

「ありがとうございました」

「ああ。他に書類はねえか」

「はい、今のところ」

「ん、まあなんかあったら持ってきてくれ。あと、申請書関連はサーバーにもあげておいてな」

 

マネージャーは頷くと、カイムが普段の様子と比べて少しだけ楽しそうな口調であることに気づいた。

 

「カイムさん、なんだか今日は少し楽しそうですね」

「は?そうか?」

 

表情の動きが非常に小さいカイムは『楽しそう』と言われたことはほとんどない。そのためマネージャーからの言葉に僅かに驚いた。それこそカイムに対してそんな言葉を使ったのはシロナ、両親、ダイゴくらいだろうか。

 

「はい。なんかこう…楽しそうでしたよ。何かあるんですか?」

「ああ、実は今日友人に会うんだ」

「友人っていうと、ホウエン地方の?」

「そうだな。ガキの頃からダチだ」

 

カイムがここまで長く続いている友人はダイゴの他にいない。元々無愛想なせいで友人が少ないのもあるが、それ以上にダイゴと非常に気が合うということが大きいだろう。

 

「いいですね。じゃあ今日は早めに上がらないとですね!」

「ああ。そうするよ」

「楽しんできてください。では、失礼します」

 

そう言ってマネージャーは去っていった。

その後ろ姿を見送ると、カイムはちらりとデスクに置いてあるスマートフォンに目を向ける。通知には、ダイゴの他にもう一人の人物からのメッセージも表示されていた。

 

「…石の話しかしなさそうだな、あいつら」

 

そう呟いてカイムは苦笑しながら再びPCのモニターに目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

夕刻

コトブキシティ

 

車をコインパーキングに停めて集合場所にカイムが向かうと、そこには既に一人の男が待っていた。

 

「あ、カイム」

「よお、ヒョウタ」

 

クロガネジムのジムリーダー、ヒョウタがそこにいた。今回、ダイゴに会うということでダイゴと同じ石好き(採掘好き)のヒョウタにも声をかけた。そしてヒョウタは今回の誘いを受けてノータイムで了承した。ヒョウタもジムリーダーとして、他地方のチャンピオンと話せる機会などそうないため無駄にしたくなかった。加えてその相手が石好きともなればなおさらだった。

 

「今日は誘ってくれてありがとう。まさかダイゴさんと話す機会があるなんて思わなかったよ」

「いいって。気にすんな。ダイゴも是非ってさ」

「嬉しいよ。それにしても、まさかカイムがホウエン地方のチャンピオンと知り合いだったなんて思わなかった」

「俺がホウエン出身なのは知ってたろ?」

「それはそうだけど、まさかチャンピオンの知り合いだとは思わないだろう?しかも幼馴染って」

「…それもそうか」

 

逆の立場なら確かにその繋がりは予想していないだろう。よくよく考えた際、自分のつながりの異常さに苦笑せざるを得なかった。

 

「恋人にシロナさん、親友にダイゴさんって、カイムすごいね」

「確かに」

「まあ君って結構人たらしなところあるし、納得はできるよ」

「おい、なんだ人たらしって」

「言葉の通りさ。わかる人には君の魅力はわかる。だから勝手に人が寄ってくるんだよ」

 

一応褒めているのだろうが、どことなくいじられているような気がしたカイムはむすっとしながら腕を組んだ。

と、そこで遠くから走ってくる男性の姿が見える。

 

「ごめん!遅れた!」

 

走ってきたのはスーツに身を包んだダイゴだった。僅かに息を切らせながら駆け寄ってきたダイゴにカイムはいつもの調子で言う。

 

「いや、時間通りだ」

「何にしても待たせてごめん。できるだけ急いだんだけど、ちょっとだけ長引いちゃって」

 

困ったように笑いながらダイゴはハンカチで軽く汗を拭う。そしてカイムの側にいたヒョウタに目を向けた。

 

「それで、君がヒョウタ君だね。はじめまして。ダイゴだよ」

「はじめまして。クロガネジムのジムリーダー、ヒョウタです。お会いできて光栄です、ホウエン地方チャンピオン」

「はは!よしてくれよ。今ここでボクはただのデボンコーポレーションの社員だ。歳も近いんだし、気楽に接してよ」

「…ダイゴさんがそう言うなら」

 

やはり歳が近いとはいえ、ホウエン地方のチャンピオンと話すとなるとヒョウタも僅かに緊張するらしい。

 

(仲良くなれるといいが)

 

もしかしたら最後まで緊張しているかもしれないな、と少しだけ苦笑しながら二人を伴って居酒屋へと向かう。最後まで緊張したままでないといいが、と考えながらカイムは歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(…そう思っていた時期が俺にもあったな)

 

10分後、カイムは遠い目をしながらジンジャエールを飲んでいた。

 

「見てくださいよこの金剛珠!とっても純度が高くてとても透明度が高いんです!これだけのものはなかなかお目にかかれないからテンション上がって写真に残しちゃいました」

「すごい!これは貴重だね!ヒョウタ君が掘ったのかい?」

「はい。正確には僕と父さんで」

「お父さんと!いいね!ボクも昔親父と一緒に採掘したりして化石掘ったよ!」

 

自分を挟んで石談義を続ける二人はすっかり打ち解けていた。互いに石が趣味であるため、石のことを話し始めた途端に饒舌になった。そして5分もしないうちに石談義に夢中になり、盛り上がっていた。

 

そしてそこまで石の知識のないカイムは、ジンジャエールを飲みながらお通しであるきんぴらを食べていた。そんなカイムに気づいたダイゴは笑いながら肩を叩いてくる。

 

「どうしたんだいカイム。そんな遠い目をして」

「……お前らの石談義についていけねえから退屈してんだよ」

「じゃあこれを機にカイムも石のことを知ろう!」

「うるせえなあ…お前、聞いてなくても色々言ってくるじゃねえか」

「親友の君に趣味を共有したいんだよ」

 

楽しそうに笑いながら言うダイゴに対して、カイムは大きく息を吐いた。カイムも何度か採掘を経験した身として、石の魅力はそれなりに理解はしている。しかしダイゴほど熱中することはできないだろう。

 

「それにしても、ダイゴさんすごいですね。世界にあるいろんな石についてとてもお詳しい」

「昔から好きでね。勉強そっちのけで石のことばかり調べて、親父に叱られたよ」

「昔のお前、結構ヤンチャだよな」

 

旅をしていた時も色々とはちゃめちゃなことをしていた。大量の石を入れた鞄を持ったままジムに腕試しに行ったり、採掘の服装のまま街中を彷徨いてジョーイさんをドン引きさせたりしていた。元々世間知らずだったこともあり、共に旅をしていたカイムを何度もブチギレさせていた。

 

「へえ…ダイゴさんにもそんな時期があったんですね」

「こいつ、外見と口調から騙される人多いと思うけど結構変人だぞ」

「酷いな。ボク、そんなに変かい?」

「変だな」

「ならその変人の親友である君も変人だね」

「類は友を呼ぶってか?一緒にすんな阿呆」

 

焼き鳥を食べながらカイムは顔を顰める。そんなカイムを見てダイゴはジョッキを傾け、ヒョウタはグラスの中を軽くかき混ぜた。

 

「ダイゴさんは、昔からカイムと仲が良いんですね」

「まあね。なんだかんだで一番長く続いている友人だよ」

「カイムにとってもそうなの?」

「そうだな。まあ、俺は友達少ねえのもあるけど」

 

無愛想な態度と動かない表情から、カイムはあまり人に囲まれて過ごすことはなかった。数人の友人はいたが、そこまで親密といえるような仲ではなく、ダイゴのように長く続いた友人はいない。ポケモンがいたから寂しくはなかったし、何より周囲の人に当時はあまり恵まれていなかった。だから過去の自分は友人が少ない、という印象があった。

 

「嘘だあ。君、ポケモンたらしだし、人たらしだもん。君がぼっちならボクもぼっちになるじゃないか!」

 

しかしダイゴはそれに反論した。なんだかんだでカイムは昔から人やポケモンを惹きつける。昔は今ほどではなかったが、それでも昔からその感じはあった。確かにカイムはバトルの才能も勉学の才能もなかった。ただその分、人やポケモンを惹きつける才能があった。それを見抜いていたダイゴは、間違っても彼がぼっちだったなんて言わせたくなかった。

 

「じゃあぼっちなんだろ」

「あ!言ったなこいつ!」

「ははは!本当に仲良いんだね!」

 

まるで子供のようなやり取りをする二人を見てヒョウタは笑う。ここまで楽しそうにするカイムを見たことはヒョウタも初めてだったため、こういう表情もするのか、と少し意外だった。

 

「カイム、そんなふうに笑うんだ。ちょっと意外だったよ」

「は?俺の表情筋は仕事しないことで有名だぞ?」

「それはそうだし、今もそんな動いてるわけじゃないけど、シロナさん以外でそんな表情を見せる人は見たことないよ」

「あ、やっぱりシロナさん相手なら笑うんだ」

「外だと二人でいるところはあんま見られないけどね」

 

元より表情筋がほとんど動かないカイムだが、親しい人とポケモンの前では僅かながら表情が動く。無論ヒョウタもその対象になっているが、ダイゴやシロナほどではない。さすがに関わった年月が長いこともあり、カイムは二人に対してはベクトルは違えど大きく心を開いていた。それが表情に出ているのだろうとヒョウタは考えた。

 

「そろそろ付き合って一年くらい?」

 

ヒョウタの問いにカイムはきゅうりの漬物を齧りながら答える。

 

「んー…もうちょいで一年。前回のポケモンリーグの時からだから」

「そっか。じゃああと数ヶ月だね。順調?」

「……まあ」

「カイムとシロナさんが喧嘩してるとこ、想像できないよ。喧嘩するの?」

「したことはある。すぐ解決するけど」

 

シロナとの喧嘩は大体他愛のないものだ。試作品で作っていたポフィンを食べただのお気に入りのお酒を料理に使われただのその程度のものである。それ故に二人は大きな喧嘩はしたことがない。喧嘩になる前に話し合いになるから、というのが一番大きな理由だろうが。

 

「ラブラブだもんね。それに、二人ともそんな感情的になるタイプじゃないし」

「付き合う前から同棲できてたんだ。重大なすれ違いなんてしないだろうしね」

「すんませーんチキン南蛮と豚汁、あとジンジャエールおかわりで」

「あ、逃げた」

 

いじられ始めたことに気づいたカイムは注文を取ることで無理やり話を切るが、逃げたことにされてカイムはむすっと表情を顰めた。それを見てダイゴは再び笑う。

 

「意外と顔に出やすいよね。マイナス方面は特に」

「うっせ」

「シンオウに来たばかりの時と比べたら、マシにはなったけどね」

 

シンオウ地方にきたばかりの時は、今以上にカイムの表情は動かなかった。尤も、今もそこまで動かないのだが、シロナと共に過ごすことでかなりマシにはなった。

 

「これもシロナさんのおかげ?」

「そうじゃないかな?ボクと旅した時は、ここまでわかりやすくはなかったしね」

「え?今日俺の吊し上げの会なのか?」

「いや、いじりやすいだけだよ」

 

運ばれてきたジンジャエールを飲みながらカイムはジト目をダイゴに向けた。だがダイゴは軽く受け流し、カイムに問いかける。

 

「そういえば、今日シロナさんは?ご飯とかどうしてるの?」

 

ダイゴもシロナの家事の酷さを聞いていたため、カイムがシロナに家事を任せて来るとは考えにくかった。無論目の当たりにしたわけではないが、カイムの言葉の節々から酷さが滲み出ていたため、そうなのだろうと納得していた。

ダイゴの問いかけに対してカイムは焼き鳥を齧りながら答える。

 

「今日は出張。家にゃいねえ」

「出張?カイムがここにいるってことは、学者関連じゃないよね。そうなると、チャンピオン関連?」

 

むぐむぐと唐揚げを頬張るヒョウタの問いにカイムは頷いた。

 

「ああ。リーグ運営と打ち合わせだとさ」

「打ち合わせ?ポケモンリーグの?」

「それもらしいが、本命は別だとさ」

「別?なんかリーグ主催でイベントとかあったっけ?」

 

ジムリーダーはポケモンリーグ公認トレーナー。そのため、ポケモンリーグ主催のイベントでは大体呼ばれるなり通知があるなりする。だがそれらしい通知はクロガネジムリーダーであるヒョウタにはリーグから来ていない。

 

「さあ?とりあえず俺にも来てねえから詳しいことはわからんが、リーグ主催でなんかやるみたいだぞ」

「へえ…じゃあ僕らにもお声がかかるのかな?」

「イベントの内容次第じゃね?まあ人手が足りないなら運営として呼ばれるかもしれんな」

「でも、なんでシロナさんがわざわざ?シロナさん発案とか?」

 

ポケモンリーグでもチャンピオンがわざわざ打ち合わせに行くことはない。大体リーグ運営が仕様を決めて連絡するだけだからだ。だからダイゴとしてもシロナがわざわざリーグ本部に行ってまで打ち合わせをするというのが少し異質に思えた。

 

「まだ何も決まってないからジムリーダー(俺ら)にも言えないらしい」

「つまり、まだ詳しいことは決まってないってことか」

「多分な」

 

何も聞かされていない以上、カイムも多分としか言えない。どういったイベントなのかまるで予想ができないのだが、打ち合わせと言った際のシロナの笑顔がやたら意味深な笑顔だった。もしかしたら何か企んでいるのかもしれないが、それを知る術はない。シロナから公表されるのを待つしかないだろう。

 

「へえ…楽しみだなあ」

「で?ヒョウタは今年リーグ出んのか?」

 

ポケモンリーグでの役目があるジムは持ち回り制。昨年会場のセッティングをやったクロガネジムは今年の当番は無い。故にジムリーダーであるヒョウタもリーグに参加可能な年だった。

 

「うん。今年は出る予定だよ。カイムは?」

「出ねえよ。ジムリーダーである以前に、俺ぁシロナのサポーターだ。てめえで出てる余裕はねえ」

「惚気かい?」

「違え」

「いやそれは惚気だよ」

「違え」

 

食い気味に返すカイムの言葉をスルーして、唐揚げの油をビールで流しながらダイゴはヒョウタに目を向ける。

 

「いやあお熱いねえ。そう思わない?ヒョウタ君」

「全くですねダイゴさん。今年のリーグでも見せつけられると思うと、コーヒーの準備が必要そうです」

 

何故か同調するヒョウタのことをジト目で睨みつつ、カイムは漬物を口にいれる。ヒョウタは焼き鳥を齧り、楽しそうにグラスを傾けてハイボールで流し込んだ。

 

「ジムリーダー、慣れたかい?」

 

ダイゴの問いにカイムは苦笑する。

 

「代理やってたのがでけえ。比較的、どうにかなってる」

「そっか。ま、君は結構指導者としては向いてるし大丈夫だと思ってたよ」

 

なんだかんだで面倒見が良く、自分ができない人間だからこそ相手のできていない部分がどんなものなのかよくわかる。己が一度通った道から得た知見を自身の糧にできる人間だから、教えることも上手い。そのため実力はともかく、指導者としての評判は割といいらしい。

 

「ヒョウタ君は、いつ頃からジムリーダーを?」

「僕はカイムがシンオウに来る少し前くらいからです。父さんに勧められてジムリーダー承認試験を受けました」

「へえ!じゃあそれなりに長いんだ」

「そうですねえ…ハイスクール卒業して、クロガネ炭鉱で働きながらクロガネジムで腕を磨きました。そこから少しして、先代と父さんにジムリーダーになることを打診されて、試験を受けたって感じですね」

 

ジムリーダーとしてのヒョウタは比較的古株だった。ヒョウタよりも前にジムリーダーだったのはトウガン、マキシ、デンジくらいだった。ちなみに、ヒョウタと同時期にスモモがジムリーダーになり、いわゆる同期であった。メリッサとスズナ、ナタネはジムリーダーとしては後輩となる。

 

「そっか。じゃあ結構長いんだね」

「はい。まあジムリーダーは今若い人が多いのもありますけど」

「今は、マキシさんが1番の古株」

「それでカイムが1番の新入りになるんだ」

「歳は上の方だがな」

 

現在ジムリーダーの中でカイムより年上なのはマキシとメリッサくらいだ。デンジは同い年であり、ヒョウタは一つ下。他は比べるまでもなく年下であるため、歳の割には遅い参入でもある。

尤も、ホウエン地方にいた時の彼の実力からしたら、ジムリーダーになれるだけ進歩したと言える。

 

「感慨深いね。あの負ける度に諦めたような顔してた君がジムリーダーなんて」

「親かおめーは」

「あの期間の君に関しては、親御さんよりも見てるからね」

「昔のカイムってどんな子供だったんですか?」

「今のカイムとそこまで変わらないかなぁ…昔と比べたらだいぶ表情豊かになったけど、そこまで変わらないよ」

 

昔から世話焼きでポケモンに好かれ、卑屈で諦めの悪い子供だった。卑屈な部分はだいぶ良くなったが、その他はあまり変わらない。だが表情はこれでもかなり豊かになった。昔のカイムは全く表情が動かない子供だったため、ダイゴも最初は少しだけとっつきにくいと思ったりしていたのも今となっては懐かしい。

 

「じゃあ可愛げのない子供だったんですね」

「おい」

「そうだよ」

「あ?」

「事実じゃないか。それに、自覚あるだろ?」

「…………うるせえ」

 

実際可愛げのない子供だったことは自覚しているため、バツの悪くなったカイムはジンジャエールを飲んで誤魔化すように視線を逸らした。そんなカイムを見て、ダイゴとヒョウタは目を見合わせて面白そうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スズラン島

 

 

 

「ダイゴ君とヒョウタ君は仲良くなれたみたいね」

『なりすぎだっての。二人で組んで弄ってきやがる。会わせなきゃよかった』

 

シロナはホテルの部屋のベランダで海を眺めながらカイムと通話していた。ポケモンリーグ及び新イベントの打ち合わせでスズラン島に来ており、夕食を済ませたところでカイムに通話をかけた。ちょうどカイムもダイゴを連れて戻ってきたところだったらしく、飲み会の様子を聞いているところだった。

 

どうやらダイゴとヒョウタは趣味が似ていることもあり、かなり仲良くなれたらしい。ダイゴは石、ヒョウタは採掘という趣味があるだけでなく、性格的にもかなり話が合ったらしく意気投合していた。帰る前に個人的に連絡先を交換するくらいだし、ダイゴとしても新たな友人ができたことが嬉しかったようだった。

ただダイゴのカイム弄りに乗っかる節があり、そのことに対してカイムはぶつくさ文句を言っていたが、声のトーンは比較的高い。なんだかんだで楽しかったことが声の節々から伝わってくる。

 

「楽しかったみたいね」

『……そりゃあ、な。ダチ二人と飲んだんだ。楽しくもなる』

 

シロナの問いに少し躊躇いながらもカイムは頷く。結局認めるのなら、初めから認めればいいのに、とおかしくなったシロナは思わず笑う。それを聞いたカイムからは少し不服そうな声が帰ってきた。

 

『何笑ってんだよ』

「うふふ、ごめんごめん。結局認めるのなら初めから楽しかったって言えばいいのにって思ったのよ。声で楽しかったことくらいわかるんだし」

『…ほっとけ。んな簡単に変われっかよ』

「いいのよ。そういうところも素敵だし」

 

不器用で素直じゃない物言い。だが声や言葉からは感情や優しさが滲み出てきている言葉。そんなところにもシロナは魅力を感じていた。本来ならただ面倒なだけなのかもしれないが、それでもこういう滲み出る優しさは本心だとわかりやすいこともあり、カイムの魅力の一つだとシロナは考えている。

 

『…俺の話はもういいだろ。そっちはどうなんだ?イベントの打ち合わせとやらはよ』

「ええ、順調よ。明日には大枠は固まると思うわ」

 

ポケモンリーグ主催のイベントということもあり、かなり話し合いはスムーズに進んでいる。いつからリーグ運営委員長が構想していたのかはわからないが、細かい部分以外はほとんどできていた。

しかし新規イベントということもあり、色々と調整部分においては決めることが多かった。午前中から会議を始めたが、結局今日の会議が終わったのは日没後だった。

 

『へえ…そんで?どんなイベントなんだ?』

「うふふ、まだ秘密。正式に決まってから」

『んだよ。どーせ俺、シロナのサポーターとして行くんだしいいだろ』

「ふふ、貴方にも頑張ってもらう(・・・・・・・)ことになるけどね」

『…ま、仕方ねえ。決まったら教えてくれ』

「ええ、もちろん」

 

答えながらシロナは内心で楽しそうに笑う。イベントの詳細を知った時の彼の顔がどんなものになるかを考えると、それだけで楽しくなってくる。だがそれを悟られないためにも今は心の中にその想いはしまっておく。

そこでカイムが今、ダイゴと共に家にいることを思い出す。ダイゴが通話に入ってこないが、何をしているのだろうと気になりカイムに問いかける。

 

「そういえば、ダイゴ君は?声が聞こえないけど」

『あいつは今風呂。スーツで飲んだし、来た時走ってきてたから先に汗を流したかったみたいだ』

「ああ、そういうことね」

 

ダイゴがシロナ達の家に滞在するのは今日から。運悪くシロナは打ち合わせが入ってしまったが、明日から会えるためシロナとしても楽しみだった。

 

「ダイゴ君も大変ね。勉強のためにわざわざシンオウ地方まで来るなんて」

『社長候補だしな。会社を運営するってことは、従業員の人生を預かることでもある。生半可な知識と経験じゃ足りねえんだろ』

「同じ組織のトップとしての言葉と考えると、重みが違うわね」

『ジムリーダーと社長じゃ同じトップでも違いすぎる。俺はせいぜい店長レベルだろうよ』

「規模は違うけど、同じことよ。上に立つ者として必要な知識と心構えは程度に差はあれど同類のはずじゃない?」

『……なるほど、確かにな』

 

カイムはそこで一度言葉を切ると、小さく息を吐く。

 

『いつまで経っても、シロナには敵いそうにねえな』

「うふふ。私の方が少しだけ歳上で、少しだけ多くのものを見てきただけよ」

『…だとしてもだ。どこまでいっても、シロナはすげえ。研鑽を積むほどそれをよく実感する。当然、ダイゴもだが』

 

どれだけ精進しようと、シロナもダイゴも先にいる。たった一、二年しか違わないのに、二人とも遥か先を歩いていることにカイムは改めて二人のすごさを実感した。

 

「そうかもしれない。でも、貴方は貴方なりに色々見てきて、自分の糧にしてきた。それは私には無いものだから、大切にね」

『…ああ、そうだな』

「私たちは違う人間。だから見てきたものも感じることも違う。その『違い』は決して無駄じゃない。今の貴方ならもう理解できてるでしょ?」

『ああ、わかるよ。間違えてても遠回りでも、何も無駄じゃなかったって、今ならよくわかる』

 

姉の背中を追って足掻き、不可能だと諦めた。それでも歩んできた時間はどれも無駄ではなかった。昔の自分なら無駄だったと卑屈になっていただろうが、今なら無駄じゃなかったと思える。その変化を自覚できることが、なによりも成長した証なのかもしれない。

そしてそれを気づかせてくれた存在。シロナだけでなくポケモン達にも心から感謝しているし、これからも大切にしたい。そんなふうに思えた。

 

『はあ…』

「どうしたの?ため息なんか吐いて」

『いや…シロナの声聞くと落ち着くなって』

「そう?嬉しいこと言ってくれるわね」

 

落ち着く以上に会いたくなってしまう。だがそれは口にすることなくカイムはシロナの言葉を受け流そうとしたが、次のシロナの言葉に思わず目を見開いた。

 

「会いたくなってきたでしょ?」

『っ……』

 

電話の向こう側でカイムが狼狽えるのがわかる。それが面白くてシロナは再び楽しそうに笑う。

 

「あ、図星だったでしょ」

『……はあ、なんでわかんだよ』

「わかるわよ。貴方、わかりやすいもん。それに、カイムから電話してきたんだしそうなのかなって」

 

珍しくカイムからかけてきた電話であったため、シロナはそうなのかなと予想していたが、図星だった。元々寂しがり屋気質のあるカイムだから不思議ではないが、普段のクールな彼からは想像しにくい姿に彼女という立場にちょっとした優越感を覚えた。

 

『そんなにわかりやすいのか…俺…』

「それに」

『ん?』

「私も、会いたくなっちゃったから」

 

まだ二十四時間も経っていないのに、もう会いたくなってきていた。毎日一緒にいるのに、少しだけ離れただけで会いたくなってしまう。かつてカイムのことを『寂しがり屋』と言ったことがあったが、自分も大概寂しがり屋だな、とシロナは内心で笑った。

 

『…そうか』

「明日には貴方のご飯が食べられるわね」

『会いたくなるようなこと言うんじゃねえ。確信犯じゃねえか』

「そうよ?そうなってくれるようなこと、わざと言ったんだから」

『…ったく』

 

カイムがやれやれといった様子でため息を吐いたところで、カイムとは別の声が僅かに聞こえてくる。

 

『ダイゴが風呂上がったみたいだ。そろそろ切る』

「ええ、しっかり温まってきてね」

『ん。そっちも明日の会議も頑張ってな』

「うん」

『じゃ…』

「カイム」

 

通話を切ろうとしたカイムのことをシロナは呼び止める。

 

「愛してるわ」

『…ああ、愛してる』

 

たった一言。だがその言葉だけで二人の寂しさが無くなるのがわかる。互いの心が繋がっている。そんな実感を得られたシロナは胸の奥か温かくなる感覚がした。

 

「おやすみなさい」

『おやすみ』

 

そう言って通話を切る。

シロナはスマートフォンをパーカーのポケットにしまうと、ベランダから見える海に目を向けた。生憎今日は満月ではないため海は良く見えないが、僅かに感じられる風と波の音が心地よく感じられる。

 

ベランダの手摺に留まっていたウォーグルがこちらに目を向けてくる。それに気づいたシロナは微笑みながらウォーグルの羽を優しく撫でた。撫でられたウォーグルは気持ちよさそうに鳴き、それを見たシロナは愛おしいものをみるような視線を向けた。

 

「…いい気持ちで寝れそうね」

 

まだ眠るには早すぎる時間だが、カイムの声を聞けた。そして明日には家に戻り、ダイゴにも会うことができる。それだけで明日への活力が湧いてくるように感じられた。

 

(…ああ、でも…もう会いたくなってる)

 

電話で会いたい気持ちが強くなった。毎日顔を合わせているのに、たった一日離れただけで会いたいと思ってしまう。きっと電話していなかったら、この気持ちはもっと大きくなっていてシロナから電話をかけていただろう。

 

ウォーグルの羽毛を優しく撫でながら、シロナはシンオウリーグ本部に目を向ける。

これから開催されるリーグだけでなく、今決めているイベントのことを考えると心が躍るような感覚になった。

 

「楽しみね」

 

シロナの呟きに答えるようにウォーグルの鳴き声が夜のスズラン島に響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カイムが風呂から上がると、ダイゴはウッドデッキに腰掛けてグラスを傾けていた。ダイゴの視線の先には、二体のメタグロス。

 

「また飲んでんのか」

 

カイムの声にダイゴは振り返ると楽しそうに笑いながらグラスを差し出してくる。中には透明な液体が入っており、少しアルコールの臭いがする。

 

「清酒か。二次会にしちゃ、随分と強いな」

「せっかく明日は休みなんだ。たまにはいいだろ?」

「いいけど、明日二日酔いになっても知らねえぞ」

「大丈夫だよ。予め色々飲んでおいたから」

「用意周到なことで」

 

やれやれとため息を吐きながらもカイムはダイゴの隣に腰を下ろした。静かな夜の中、二体のメタグロスの声だけが聞こえていた。

 

「メタグロス、随分強くなったみたいだね」

 

元々カイムのメタグロスはメタングの時にダイゴに託されたポケモンだった。そのため元の能力を知っているダイゴは、今のメタグロスの能力がはるかに上がっていることを見抜いていた。

 

「…まーな。いい師匠がいるんで」

「だろうね。あれだけの実力を持つ師匠がいれば、強くもなる」

「実力でいえばダイゴもそんな変わらんだろ」

 

同じチャンピオンであるダイゴもシロナと比較して実力は遜色ない。実際チャンピオンズトーナメントではあと一手の差だった。この一手は非常に大きいが、一手の差まで詰められるということは実力が対等であるということ。カイムの言う通り実力はほぼ変わらないだろう。

だがダイゴはグラスを置くとカイムに視線を向けた。

 

「そうだね。ボクとシロナさんのバトルの実力はそんな変わらないと思う。十回やれば多分5-5くらいだろうね」

「だろ?」

「うん。でも、ボクじゃ君をここまで強くできないと思う。ボクがあまり教えるのが得意じゃないのもあるけど、バトルの思考回路においてはボクと君の相性は良くないから」

 

ダイゴとカイム。二人のバトルスタイルは随分と違う。ダイゴは高い防御力と攻撃力で相手と真っ向から殴り合うスタイルだが、カイムは相手の攻撃を受けつつもカウンターで仕留めていくスタイル。

似ているようにも見えるが、これは大きく異なる。ダイゴのスタイルは自身の身体能力と技術に絶対的自信があるからこそのスタイル。相手の攻撃を受けつつもダメージを最小限に抑え、なおかつ同時に自分の攻撃を叩き込むだけの身体能力と技術がそれを可能にしている『攻撃と防御を同時に行う』スタイルだった。

対してカイムのスタイルは相手の攻撃によって発生した隙を利用するスタイル。相手の攻撃を最小限にしつつ、カウンターでダメージを与えることを得意としている。言葉にすると似ているようにも思えるが、カイムのスタイルでは攻撃と防御を同時に行うことはできない『相手の攻撃を防いだ後に攻撃を行う』スタイルである。

 

「ボクのインファイトスタイルと君のカウンタースタイル…かなり違う。シロナさんみたいに幅広くなんでもできる人じゃないと、指導者としては厳しいよ」

「…なるほど。そういうものか」

「相手のやり方に合わせてやり方を変える…当たり前のことだけど、シロナさんほど幅広くボクはできないよ」

 

シロナは自身のチームのタイプバランスがいいこともあり、やれることが幅広い。ダイゴのように『自身のやり方を貫く』のではなく、シロナは『相手に合わせてやり方を変える』。どちらが強いというわけではない。それが彼らにとって一番合うスタイルだったに過ぎない。

 

「それに、ボクは大分感覚派だからね。君をここまで鍛えることは出来なかったよ」

「そうかもな。実際、お前昔から教えるの下手だったし」

「あー…やっぱりそうだった?」

 

自覚があるのか、ダイゴは苦笑しながら頬をかく。感覚派のダイゴは理論派のカイム相手に教えることはなかなか難しかった。

 

その時のことをカイムも思い出して苦笑する。

 

『ポケモンバトルで強くなる方法?うーん…ポケモンごとに合ったことすればいいんじゃない?あとは自分がやりたいことすれば強くなれるんじゃないかな』

『………それがわからねえから聞いてんだろ』

 

今ならもう少しまともなアドバイスができるだろうが、当時はまだ少年であったため言語化が難しかった。だからダイゴはカイムにうまくアドバイスすることができなかった。

 

「元々感覚派のお前に今更指導なんて求めてねえよ」

「ははは!ま、ポケモンバトルにおいてはもう誰かを指導しようとかは思わないよ。ただ、いつか人の上に立つためにはそうも言ってられない。自分が感覚で理解していることをちゃんと人に伝えられるようにしないと」

「ふーん。でもそんくらい、お前なら大した問題じゃないだろ」

「あれ、ボクに対する信頼厚いね」

「お前別に頭悪くねえし。意識しながら生活してたらその程度すぐ慣れるだろ。単純な頭の良さなら俺より良いだろうし、なんならシロナレベルじゃね?」

 

共に旅をしていたカイムだからわかることだが、ダイゴの頭はかなり良い。一度解説されたことは大体理解できるし、自分なりに噛み砕くことができる。単純な学力ならカイムの方が僅かに勝るが、地頭についてはダイゴの方がいいだろう。

 

「へえ…そんなふうに思ってくれてたんだ」

「…んだよ。事実だろ」

「そうかもだけど、君結構ドライな態度多いからさ。どこまで評価してくれてるかはわからないものだよ」

「…そんなもんか」

「そんなもんだよ」

「まあ確かに、仲が良いのと評価されるのとは別だしな」

 

仲が良いことと能力においてどういった評価を受けているかというのは別である。ダイゴとしてはポケモンバトルはともかく、勉学や地頭についてここまで評価されているとは思いもしなかった。さすがに酷い評価はされてないにしても、ここまで評価してくれるとは考えていなかったのだ。

 

「そっか。そう考えてくれてたんだ」

「別に恥ずかしいことじゃねえし、俺はそういうお前のことも目標にしてたからな」

 

ま、途中で無理だって気づいたんだがな、と付け加えてカイムはグラスを傾けて清酒を飲んだ。すっきりした味とアルコールの熱が喉を通り抜けていく感覚が心地良い。

 

「これ、美味いな」

「でしょ?ボクのオススメ」

「ただアルコール強いな。すぐ酔っちまいそうだ」

「はは!そうかも。さすがにこの一杯で終わりにしておくよ」

 

ダイゴはぐいっとグラスの中を飲むと、空になったグラスを置いた。

そして何かを思い出したような表情をすると、胸ポケットの中から何かを取り出してカイムに向けて投げ渡す。

 

「カイム」

「ん?」

 

カイムは投げ渡されたものを難なく片手でキャッチする。手に収まったものの感触はガラス玉のそれとほぼ同じだった。

 

「なんだ?」

「見てみなよ」

 

ダイゴの言葉に首を傾げながら手を開く。手に収まっていたものはガラス玉に似たものだったが、中に何やら模様が刻まれている。カイムはそれを見た瞬間、それが何なのかすぐに気がついた。

 

「お前、これ…!」

「それを君に託そうと思って」

「託そうって…これ、メガストーンじゃねえか」

 

ダイゴがカイムに渡したものは、ポケモンにメガシンカをさせられるメガストーンだった。メガストーンはかなり貴重なものであり、原産地が基本的にカロス地方とホウエン地方(ごく稀にカントー地方)にしかない。そのため他の地方のトレーナーはあまりメガシンカを使うことが少なく、シロナのようにシンオウ地方の出身でありながらメガシンカを扱うのはかなり珍しい。

そしてそんな貴重なものをダイゴがカイムに託すという。カイムとしてはありがたい限りだが、何故そうなったのかがわからない以上、簡単に受け取るわけにはいかなかった。

 

「なんでこれを…」

「そのメガストーンね、ボクのチームにいるポケモンの誰にも使えないんだ。でも君のポケモンに対応しているメガストーンだし、せっかくジムリーダーにもなれたんだし…昇任祝い的な?」

「…そんなことのために?」

「そんなこと?ボクにとっては大きなことさ。親友の君が成長して、またバトルの世界に戻ってきてくれた。ああ勘違いしないで。君が考古学の世界に行ったことに対して全く不満はないよ?でもそれはそれとして、君がまたボクと同じ世界に来たことが素直に嬉しかったんだ。しかもジムリーダーっていう結構すごい腕になって。だからそれくらい大したことじゃないよ」

 

友人として、カイムがバトルの世界に戻ってきてくれたことはダイゴにとっては嬉しかった。一度諦めた手前、カイムに対してなんとなくバトルの話はしづらかったのだが、バトルに戻ってきた以上そんな気遣いの必要もない。自分の好きな石とバトルのことを存分に話すこともできる。唯一気遣いしなければならない要因が無くなり、ダイゴとしてはより素でいられる相手になった。

それが理由、というわけではないが、ダイゴは今回カイムにメガストーンを託した。その理由の中でも、これほど貴重なものである以上、信頼できる人に託したい、という思いがダイゴにはあった。他にも候補としてユウキや四天王という選択肢もあったが、真っ先に思い浮かんだ選択肢であったカイムを選んだ。

 

「君に託したい。ボクがそう思っただけだよ」

「…俺でいいのかよ」

「君だからだよ」

 

真っ直ぐと向けられた瞳にカイムは冗談の類ではないことを悟った。そして頷くとメガストーンを握る。

 

「わかった。使わせてもらう」

「うん。難しいと思うけど、上手く使って」

「そんで?これは誰のメガストーンなんだ?」

 

メガストーンである以上、対応するポケモンが存在するはず。カイムの手持ちにはメガシンカできるポケモンはバシャーモ、ルカリオ、メタグロスの三体。誰かに対応するものなのだろうとカイムは予想してダイゴに聞いた。

 

「誰だと思う?」

 

試すように笑いながら聞き返してくるダイゴを見て、カイムはメガストーンに視線を落とした。メガストーンをあまり見たことがないカイムが見た目だけで誰に対応するメガストーンなのかわかるはずもない。そうなると、メガストーン自体が放つ波長を感じ取るしかないのだが、カイムの感覚はそこまで鋭くない。

どうしたものかと僅かに思案して目を閉じる。するとその瞬間、メガストーンが僅かに反応を示した。ハッと目を開くと、メガストーンが棚に安置されているキーストーンと共鳴して、僅かに輝いていた。この僅かな光から感じられる気配から何のポケモンに対応するメガストーンなのかを感じ取った。

 

「…バシャーモか」

「正解。気配でわかったよね」

「ああ。なんというか…バシャーモってポケモンの気配がした」

「さすがだね。まあ、調べればわかることでもあるけど、案外わからない人も多い。君ならわかると思ってたよ」

「そうかい。しかし、ただでこんなもんもらっていいのか?」

「ボクが持ってても仕方ないもん。ボク、手持ちにバシャーモいないし」

「でも…こんな貴重なもん無償でもらうには…」

 

あまりにも真面目すぎるカイムの物言いにダイゴは僅かに呆れたようにため息を吐く。そしてどうしたものか、と僅かに思案し、ダイゴは妙案を思いついた。

 

「じゃあこうしよう。ボクともう一人、認めさせろ。それができたら君にそのメガストーンを託すよ」

「認めさせる?お前を認めさせるならわかるけど、もう一人って?」

「君自身さ」

 

ダイゴの言葉にカイムは目を見開く。

 

「君は昔から自分のことを過小評価する。でも今の君は君が思っている以上にできる人間だ。だから、ボクと君自身が納得すればいいだろう?」

 

昔と比較してカイムはかなり前向きになった。だが過去の記憶から時折その片鱗が顔を出す。なら彼自身が納得することができればいいのではないかとダイゴは考えた(そもそもこれはカイムとダイゴの話であるため、他の人が出てくるはずもないのだが)。

 

「明日、ボクとバトルしよう。もちろん普通にやったら間違いなくボクが勝つからハンデをつけてだけどね。それでボクを認めさせることができれば、君も自分のことを認められるんじゃない?」

 

今のカイムはもう過去を卑下することはない。最も大きな影響を与えた姉と対話することで悪癖を大分直すことができた。正直、今の自分のことを認めていられている。

だがそれでも、チャンピオンであるダイゴやシロナが相手では実力が下であることを少し強く実感しすぎているところがあった。それはかつてダイゴの凄まじいバトルを見続けていたからだろう。

 

ダイゴはカイムの人生に大きな影響を与えた人物の一人である。それが起因して出てくる感情であることをカイムは知らないし、ダイゴもそれを自覚していない。

 

だが互いに無意識ながら感じ取ってはいた。

親友として、どこかで『本当の意味で』向き合わなければならないと。

 

「今の君なら、一方的になることはないはずだ。それとも、昔みたいに勝てないからって辞めるかい?」

 

どこか挑発するような口調と覇気。それを受けてカイムは口元を歪めた。

 

「はあ?舐めてんじゃねーぞ。こちとら死ぬほど厳しい訓練してきたんだ。旅してた頃と同じだと思ってると、痛い目見んぞ」

「いいね、そうこなくっちゃ!」

「負けた時の言い訳、今のうちに考えておけよ」

 

カイムは相変わらず無表情だが、声は少しだけ弾んでいる。カイムとしても楽しくなっていることを感じ取ったダイゴは、嬉しそうに笑った。

 

「もしかして初めてかな?本気の君とバトルするの」

「あー…かもしれんな」

「だよね。君、ボクとバトルしてくれないから」

「お前ほどの腕ある奴が俺ごときとバトルしても得られるもんはねえだろ」

 

当時、既に現役ジムリーダー以上の腕を持っていたダイゴと、新人凡才トレーナーであったカイム。バトルしてどちらが強いかは火を見るよりも明らかだった。加えて中途半端にあったプライドがダイゴとのバトルを拒否させていた。

 

「気にすることじゃないのに」

「ガキにはガキなりのプライドと見栄があんだよ」

「まあ、わからないでもないけどね」

 

ケラケラと笑いながらダイゴはウッドデッキに寝転ぶ。そして夜空を見上げながら言った。

 

「楽しみだなー。君とバトルするの」

「そんなか?」

「うん。ずっと一回本気の君とバトルしたかったから」

 

ダイゴの楽しそうな口調と言葉からカイムは何かに気づく。

 

「…お前、もしかしてこれ(メガストーン)ってそんな理由か?」

「違う違う。バトルしてもしなくてもメガストーンは渡すつもりだったよ。このバトルはまあ…ついでだね」

「嘘つけ。どっちも本命だろ」

「ははは!やっぱバレた?」

 

ダイゴは今回の滞在で仕事以外に二つの目的があった。

一つはメガストーン…バシャーモナイトを渡すこと。

そしてもう一つはカイムとバトルすることだった。昔から自分の能力を過小評価し、バトルに秀でたダイゴとバトルすることを嫌がっていた。だが今はジムリーダーになれるほどの実力を持っているため、一方的なバトルになることはないだろうと考え、今回バトルしたいと考えていた。

 

「でも普通にバトルしようって言うより、こういう方が全力出しやすいでしょ?」

「…まあ、そうかもな」

「だろ?だからいいじゃん」

「はいはい。んで?ハンデは?さすがにガチバトルだったら俺勝てんぞ」

「明日までに考えておく。ボクと君が全力でぶつかれて、なおかつ君が有利になれるハンデ」

「そーかい。じゃ、俺はその間お前のデータでも軽く見直しておくか」

「あっ!ずるいぞ!」

 

わいわいと騒ぎ始めた二人の声が夜の空に響く。普段ほとんど表情の変わらないカイムが、シロナ以外で表情を変える少しだけ珍しい風景を前にメタグロス達は優しい瞳を二人に向けているのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

翌日

 

ミオジムのバトルフィールドで何人かのジムトレーナーが見守る中、カイムとダイゴは向かい合っていた。

 

「じゃあ、準備はいい?」

 

そしてそんな二人にシロナは楽しそうに言う。今日の夕方に帰ってきたシロナは、二人がバトルすることを聞きすぐに審判を申し出てきた。そこで全力でバトルするのならミオジムのフィールドを使ってやろうというカイムの提案にダイゴが乗り、現在に至る。

 

「ああ」

「もちろん」

「今回のバトルはハンデ付き。使用ポケモンはダイゴ君が二体、カイムが三体で持ち物以外の道具は使用禁止、でいいのよね?」

「ええ」

 

ダイゴが提案してきたハンデはポケモンの使用数を制限することだった。バトルの行動を縛ってしまうと、本当の意味で全力とは言えない。だから使用数を減らせば、互いに全力でぶつかることを可能にしつつ、ハンデにもなるとダイゴは考えた。

バトルルールが確認できたことを確認したシロナは頷くと、手を天井に向けて掲げた。

 

「じゃあ始めるわよ。バトル開始!」

 

シロナの掛け声と共に二人はボールを投げる。

 

「いけ、ボスゴドラ!」

「メタグロス、出番だ!」

 

ダイゴはボスゴドラ、カイムはメタグロスを繰り出す。互いに一致技は等倍以下であるため決定打に欠けるようにも感じられる対面だが、二人とも鋼タイプが多いチームであるためこうなることは予想できた。

 

「へえ、メタグロスか。てっきりバシャーモかルカリオが出てくると思ったんだけど」

 

鋼・岩タイプが多いダイゴの手持ちに格闘タイプはよく刺さる。加えて速攻で相手を圧倒することが可能なバシャーモとルカリオは先発として出すにはうってつけ。特にバシャーモは先発で出たがる傾向があるため出てくるのではないかとダイゴは予想していたが、その予想に反して先発はメタグロスだった。

 

「ああ、最初はルカリオにする予定だった。だけどメタグロス(こいつ)の希望でな。お前のメタグロスを目標としてるこいつだから出たかったんだろう」

「へえ、そういうこと。相変わらずポケモン本意だね」

「…かもな」

 

カイムが言った理由は確かに本当のことだが、他にも理由はあった。メタグロスはダイゴのメタグロスを目標にしている。強くなってきたとはいえ、まだまだダイゴのメタグロスには及ばない。だからここで一度ダイゴと自分達の差がどれほどあるのかを知るいい機会だと考え、メタグロスを先発として繰り出した。差が大きくて心が折れてしまう懸念もあるが、差が大きいことくらい最初から承知している。ここで戦うことで差を思い知るだけでなく、以前からどれくらい成長したかを実感することもできる。それこそがカイムがメタグロスを先発として出した一番の理由だった。

 

「あのメタングがどれだけ強くなったか見せてもらうよ!もろはのずつき!」

「しねんのずつき」

 

ボスゴドラとメタグロスの頭がぶつかり合う。互いに効果今一つの技だが、レベル差が出てメタグロスは僅かにダメージを受ける。

 

(反動ダメージがない…特性『頑丈』かと思ったが、『石頭』か)

 

『もろはのずつき』は非常に強力な威力を持つ技だが、反動がある。しかしボスゴドラに反動ダメージの様子は無いため、カイムはボスゴドラの特性が『石頭』であると予想した。

 

「コメットパンチ」

「てっぺき!」

 

メタグロスの流星の如き拳をボスゴドラは自身の肉体を硬化させ防御力を上げることで受け止める。等倍のダメージだが、想像以上の硬さにメタグロスは一瞬動揺する。

 

「狼狽えんな!ダメージは入ってる!」

 

カイムの声を聞いてメタグロスは即座に気持ちを切り替えた。

 

「アームハンマー!」

「アイアンヘッド!」

 

メタグロスの剛腕とボスゴドラの硬化させた頭がぶつかり合う。タイプ相性的にメタグロスの攻撃がボスゴドラに打ち勝ち、ボスゴドラの巨体を打ち倒す…と思われたが、ボスゴドラはメタグロスの剛腕を受けてなお倒れなかった。それどころかメタグロスの腕を掴み、その腕を打ち払った。

 

「もろはのずつき!」

 

再びボスゴドラの頭突きがメタグロスを撃ち抜く。効果今一つだというのに、メタグロスにはそれなりにダメージが入った。

 

(効果今一つでこのダメージ…レベル差がでけえ。メタグロスの防御力、結構高いはずなんだが…)

 

高い防御力を貫いてくるほどの攻撃力。いくらレベル差だけでもここまでダメージが来るとは思えない。そうなると、持ち物による火力の底上げが考えられる。

 

「ちからのハチマキってところか…」

 

物理技の威力を上げる『ちからのハチマキ』。技を複数使ってくる以上『こだわりハチマキ』ではないし、効果抜群の技でもないため『たつじんの帯』でもない。そうなると、『ちからのハチマキ』くらいしかない。

 

「コメットパンチ!」

 

メタグロスの剛腕がボスゴドラの顔面を捉える。高い攻撃力から放たれた技はレベル差がありながらもボスゴドラにダメージを与えた。

 

「やるね!いい攻撃力だ!ならてっぺき!」

「これ以上積ませるな!バレットパンチ!」

 

これ以上防御力が上がるとダメージが通らなくなる可能性を危惧したカイムは、出の速い『バレットパンチ』でボスゴドラの動きを封じる。

 

「つぶせ!アームハンマー!」

「その程度で潰れる硬さじゃないよ!」

 

メタグロスの剛腕をボスゴドラは再び受け止める。鋼・岩タイプのボスゴドラに格闘タイプの『アームハンマー』は四倍ダメージになる。しかしそれをものともせずにボスゴドラは己の肉体と『てっぺき』による防御力上昇によってダメージを抑えた。

 

「反撃だ!ボディプレス!」

 

ボスゴドラはメタグロスの剛腕を打ち払うと飛び上がり、メタグロスを押しつぶす。素の防御力もさることながら、『てっぺき』によって上がった防御力は『ボディプレス』のダメージを飛躍的に上昇させる。

 

『アームハンマー』の反動で素早さが下がったメタグロスでは回避できない。ボスゴドラの攻撃が直撃してしまう。

これだけの攻撃力ならば不一致のサブ技といえど耐え切ることはできない。そう考えていたが、メタグロスの目は死んでいなかった。

 

「耐えるか!やるね!」

「コメットパンチ」

 

再び流星の如き拳がボスゴドラの体に突き刺さる。これを予期していたボスゴドラは、メタグロスの攻撃を受け止めた。

 

(あとはバレットパンチが来るかな)

 

『バレットパンチ』は出が非常に速い。故に素早さが落ちていようがボスゴドラよりも早く動くことが可能となるため、そうしてくるだろうとダイゴは予想した。

 

「来るぞ、ボスゴドラ!」

 

体力的に最後となるであろう攻撃に備えてボスゴドラは身構える。だが『バレットパンチ』の威力はそこまで高くない。受け切り、反撃の一撃を加えようとダイゴは考えた。

 

だがその瞬間、メタグロスがきのみを口にしたことをダイゴは見逃さなかった。

 

「っ⁈まずい!ボスゴドラ!」

「アームハンマー!」

 

先ほどまでとは比べものにならないほどの速度でメタグロスは剛腕をボスゴドラに叩きつける。『バレットパンチ』が飛んでくると思ったボスゴドラは受け止めることができず、『アームハンマー』が直撃してしまった。

サブ技とはいえ、四倍弱点。倒せなくとも、大きなダメージが入ったことは間違いない。

 

(…やりきれない、か)

 

不意打ちで『アームハンマー』を叩き込んだが、ボスゴドラは倒れずに起き上がってくる。四倍弱点の攻撃を受けてなお、起き上がってくるボスゴドラの耐久力の高さにカイムは顔を顰めた。

 

「終わりだ。ボディプレス!」

「バレットパンチ!」

 

ボスゴドラの攻撃に、正面から『バレットパンチ』を撃ち込む。しかしメタグロスのダメージだけでなく、高い攻撃力を誇る『ボディプレス』相手に比較的威力の低い『バレットパンチ』では打ち勝つことはできない。

 

『バレットパンチ』の一発がボスゴドラの顔に刺さる。しかしボスゴドラは怯むことなく、メタグロスの鋼の体を押し潰した。

ダメージが既に限界だったメタグロスでは攻撃を受けきることはできない。攻撃を受けたメタグロスはそのまま倒れてしまった。

 

「メタグロス戦闘不能」

 

シロナの声にカイムは大きく息を吐いた。

 

(…シミュレーションじゃ相打ちに持っていけたが…やっぱ映像からの想像だけじゃ無理か。資料からわかる傾向の想像程度、ダイゴなら簡単に超えてくる)

 

昨日の夜からずっとポケモン達と色々シミュレーションをしてきたが、それをダイゴはさらに超えてくる。超えてくることはわかってはいたが、想定外だったのはポケモン達の独断による行動力。ポケモン達は非常に賢いため独断で行動も可能だ。

だがカイムの想定以上にボスゴドラが動けた。メタグロスの『アームハンマー』を自分で受け止める判断がカイムの想定を上にいった。

 

「ありがとうメタグロス。休んでくれ」

 

カイムはメタグロスをボールに戻し、次のポケモンが入ったムーンボールを手に取った。

 

「随分、腕を上げたね」

「そいつはメタグロスの話か?俺の話か?」

「どっちも」

 

かつてのカイム、そして捕獲したばかりだった時のメタング。どちらも比べものにならないほどのバトルにダイゴは心からの賛辞を送った。ダイゴとしてもブラッキー、バシャーモ、ルカリオ、ムクホークあたりのカイムの手持ちでも古参であればここまでやれたとしてもおかしくはなかったが、まさか新参者であるメタグロスにボスゴドラが残り体力三割まで削られるとは思わなかった。

 

「さあ、バトルを続けよう」

「…いくぞ、ブラッキー」

 

カイムは次のポケモンであるブラッキーを繰り出す。

 

「ブラッキーか。君のエースがここで来るとなると、一層気を引き締めていかないとね」

「今や一番強えのはこいつだからな。なめんなよ」

「なめる?さっきのバトルを見てなめられる人はいないよ」

 

何せホウエン地方チャンピオンのダイゴのポケモンに対してあそこまで戦える以上、カイムのことをなめられるトレーナーはいない。ここまで成長した親友に対してダイゴは嬉しさが込み上げてくる。

 

「見せてくれよ。ここまでの君たちを!」

 

ダイゴの声と共にボスゴドラが咆哮を上げる。ビリビリと音圧がフィールドを揺らすが、カイムは怯むことなくダイゴを見据えた。

 

「ボスゴドラ!もろはのずつき!」

「跳んであくのはどう」

 

ブラッキーはジャンプしてボスゴドラの攻撃を回避する。その際に『あくのはどう』をボスゴドラにぶつけるが、ボスゴドラは即座に進路を変更して硬化させた頭で『あくのはどう』を破る。

 

「ボディプレ…」

「ふいうち」

 

ボスゴドラが次の攻撃に動こうとした瞬間、ブラッキーの『ふいうち』がボスゴドラに突き刺さる。いくら防御力に秀でたボスゴドラとはいえ、ダメージが蓄積したボスゴドラは僅かに怯んでしまう。

だが行動を中断させられる効果は『ふいうち』にはない。ボスゴドラは怯みから即座に立ち直ると、攻撃に移った。

 

「ボディプレス!」

「まもる」

 

ボスゴドラの巨体をブラッキーが展開した障壁によって防ぐ。攻撃が塞がれたボスゴドラは体勢を立て直すが、その瞬間ボスゴドラの目の前に光の球が迫ってきていた。

 

「っ⁈」

 

ボスゴドラは即座に防御の体勢を取るが、光の球がボスゴドラに当たっても何も変化がない。それどころか同じ光の球がブラッキーに向けて戻っていった。

 

(なんだ…?)

 

何かをされたのは間違いない。だがボスゴドラの体にはダメージも異常もない。

何をされたか確かめるべきだが、ブラッキーがボスゴドラに向けて走り出す。それを見たダイゴは迎え撃つための指示を出した。

 

「アイアンヘッド!」

「あくのはどう」

 

ボスゴドラの硬化させた頭突きがブラッキーに突き刺さり、同時にブラッキーの『あくのはどう』がボスゴドラを貫く。互いに直撃したが、ダイゴの想定よりもダメージが互いに(・・・)少なすぎる。

 

(ボスゴドラは防御力は高いが、特殊防御は低い。等倍のあくのはどうが直撃したんだし、もっとダメージ受けるはずだ…)

 

先ほどの光の球と今のダメージ。たった二つの情報からダイゴは一つの結論に辿り着く。

 

「ガードスワップ…!」

「ちっ…気づくの早すぎんだろ」

 

いつかは看破されると考えていたが、この一瞬で看破されることは予期していなかったカイムは思わず舌打ちをする。

ブラッキーが行ったのは『ガードスワップ』。相手と自分の防御・特防を入れ替える技だ。ブラッキーの防御力は確かに高い。それこそ攻撃力特化で育てられたボスゴドラの一撃を受け切ることが可能なほどに。

だがボスゴドラの防御力はブラッキーの防御力を遥かに凌駕する硬さを持っている。その分鈍重かつ四倍弱点持ちという弱点はあるが、ボスゴドラの堅牢な防御力は全てのポケモンの中でもトップクラスだ。

 

カイムはそのボスゴドラの防御力に目をつけた。ダイゴのポケモンはカイム同様物理技がメインだ。だからその防御力を使えばバトルをより有利に進められるのではないかと考えた。

 

数手も技を出せばすぐにバレることではある。しかしさすがはチャンピオン。たった一手でカイムの手を看破した。無論シロナであっても一手あれば看破していただろう。これほどまで思考力にも差があるのかとカイムは顔を顰める。

 

「いい手だね…でもこれで、ボスゴドラの特防も上がった!攻め切れるかな?」

「攻め切る算段立ててなきゃやらねえよ」

「じゃあ見せてくれよ!ボスゴドラ!ボディプレス!」

 

ボスゴドラは跳び上がり、ブラッキーを押し潰そうとしてくる。

しかしブラッキーは着地点を即座に見切ると、バックステップで回避し、ボスゴドラに肉薄した。

 

「イカサマ」

 

黒いオーラを纏い、ブラッキーはボスゴドラに攻撃した。『イカサマ』は相手の攻撃力を用いて攻撃する技。攻撃力の高いボスゴドラの力を利用して使う技の威力は非常に高く、防御力の下がっているボスゴドラには大きなダメージを与えた。

 

だがボスゴドラは咄嗟に『てっぺき』でダメージを抑える。そして即座に立ち直ると空中に留まるブラッキーのことを地面に向けて叩きつけた。

 

「もろはのずつき!」

「あくのはどう!」

 

叩きつけた反動で僅かに出が遅れたボスゴドラの頭突きに対して、ブラッキーの『あくのはどう』が威力を削る。威力が削がれた『もろはのずつき』はブラッキーに直撃するが、ボスゴドラの防御力を得たブラッキーへのダメージは少ない。

 

「かったいな!」

「おめーの硬さだよ。イカサマ」

 

ブラッキーの『イカサマ』がボスゴドラに迫る。しかしそれに対してボスゴドラは最後の力で『アイアンヘッド』をブラッキーにぶつけた。互いにダメージが入るが、体力が無かったボスゴドラは完全に体力が切れて後ろに倒れた。

 

「ボスゴドラ戦闘不能!」

「ありがとうボスゴドラ。ゆっくり休んでくれ」

 

ダイゴはボスゴドラをボールに戻し、次のボールを手に取る。

 

「もー少し詰められると思ったんだけど…」

 

ダイゴとしてもカイムを舐めてかかってはおらず、今出せる全力のプレーをした。カイムの数値的ステータスを考慮すれば、もう少しブラッキーにダメージを与えられたと思ったのだが、カイムの『ガードスワップ』はダイゴの想定の上を行った。

 

ダイゴはカイムに視線を向ける。ブラッキーが『ほめて』とでも言うような視線をカイムに向けており、カイムは僅かな笑顔を見せながらブラッキーの頭を撫で、労っていた。その姿はかつてのカイムの姿とよく似ていたが、幼い頃とは決定的に違う姿にダイゴはフッと笑う。

 

「強くなったね」

「クソほど厳しく鍛えられたんでね」

「ははっ!いいね、そうこなくっちゃ」

 

ダイゴはボールをカイムに向けて構えると、不敵な笑みを浮かべた。

 

「でも、まだまだだ。こいつを超えてみろ!頼む!メタグロス!」

 

ダイゴのボールからはメタグロスが姿を現した。ダイゴのエース、メタグロス。チャンピオンズトーナメントでもルカリオを相手にギリギリのバトルができるほど強力なポケモンだ。カイムのメタグロスとは、残念ながら正直練度が違う。

 

「さあ、ボクの全力を見せよう」

 

ダイゴは自身の服についているラペルピンに手をかざす。そこには以前はリングについていたキーストーンが輝いていた。

 

「…ま、そーくるわな」

「ん、予想してたのかい?」

「ああ。持ち物使用可能で道具使用禁止だが、メガストーンは持ち物に分類される。お前自身、メガシンカしてくるトレーナーなんだし、予想して然るべきだろうよ」

「…そうだね。じゃあ君の予想通り、見せてあげるよ!」

 

ダイゴのキーストーンとメタグロスの持つメガストーンが共鳴し、眩い光を放つ。光は繭のようにメタグロスを包み込み、より強力な覇気を放った。

 

「メガシンカ!」

 

光の繭が砕け、腕が増えてより強力な覇気を纏ったメガメタグロスが現れた。

 

「……強えな」

 

分かり切っていること。だがサポーターとして見ていた時と比べてダイゴの強さがさらに際立っている。

 

(自分に向けられてるってだけで、ここまで違うか)

 

トレーニングとしてシロナと相対したことはある。しかしそれはあくまでトレーニング。本気の覇気は出てこない。

しかしシロナと同等の実力を持つダイゴが今自分に向けて全力の覇気を放っている。あまりの覇気の強さにカイムは肌が痺れるような感覚を感じていた。

 

幼少期、最初で最後のバトルの記憶が脳裏を過ぎる。姉と同じくらい苛烈なバトルを見せた幼き日のダイゴ。手も足も出ずにぼろぼろに負けたバトルのことを思い出す。

この瞬間、ダイゴはカイムの覇気が弱まるのを感じる。

 

「……?」

 

表情は変わらないが、どことなくカイムの覇気が弱くなる。何故弱まったのかはわからない。カイムの性格的にメタグロスの強さに怖気ついたとは考えづらいが、カイムが本気のバトルでここまで格上を相手にしたのは久々であることを思い出す。

 

(…昔のトラウマを考えたら、あり得ない話じゃないか)

 

姉…そしてダイゴ自身が植え付けてしまった圧倒的強者による一方的な展開へのトラウマ。それを考慮すれば、いくら成長したといっても恐怖を感じてしまったとしても有り得ない話ではない。

そして自分が怖気ついたことにカイムも気がつく。

 

(集中しろ。集中力を欠いて勝てる相手じゃねえ)

 

小さく息を吐き出してかつてのシロナの言葉を思い出す。

 

 

 

『怖がることは悪いことじゃないわ。恐怖というのは、火みたいなものでね。うまく使えば身体を温めることも、料理をすることもできる。でも一度コントロールを失えば、火傷してしまうことも死んでしまうこともある。恐怖も同じよ。うまくコントロールすれば相手の攻撃を予期することもできる。でもコントロールできなくなってしまうと、身体や思考を止めてしまう。だからちゃんと自分の心をコントロールしなさい』

 

 

 

心と身体は繋がっている。どちらかが崩れれば、十全に力を発揮することはできない。

だから心をコントロールしなければならない。どんな感情もうまくコントロールすれば力になる。それをシロナは教えてくれた。

 

「…迷ってる暇はねえか」

 

ダイゴほどの相手にどこまでできるかはわからない。だが、ここで逃げ出す選択肢はない。

僅かに震える手で自分の両頬を叩き、気を引き締める。

 

「いくぞブラッキー。ここで終わらせる気でいけ」

「言うね!ならこっちも遠慮なく行くよ!コメットパンチ!」

「あくのはどう」

 

メタグロスの『コメットパンチ』に向けてブラッキーは悪タイプの波導をぶつける。鋼・エスパータイプのメタグロスには効果抜群の技だが、メタグロスの『コメットパンチ』の高い威力が『あくのはどう』の威力を大幅に削った。そのまま『あくのはどう』を貫いてブラッキーに拳を叩きつけようとするが、行動を読んでいたブラッキーはバックステップでメタグロスの攻撃を回避する。

 

「逃すな!バレットパンチ!」

 

だが回避を予想していたダイゴは追撃の『バレットパンチ』によってブラッキーにダメージを与える。威力の高くない『バレットパンチ』だが、タイプ一致技であることと、メガメタグロスの特性『硬い爪』が威力を底上げしている。ブラッキーの硬さでもレベル差もあり、本来ならそれなりにダメージになるが、今のブラッキーはボスゴドラの物理防御力を得た状態。ダイゴの予想よりは少ないダメージになった。

 

「アームハン…」

「ふいうち!」

 

さらに追撃でブラッキーを押し潰そうとするメタグロスに向けて、技が出る一瞬の隙をついてブラッキーの攻撃がメタグロスに突き刺さる。効果抜群のダメージがメタグロスに入るが、素の防御力が高めであるメタグロスにはそこまで大きなダメージにはならない。

 

そして『ふいうち』だけではメタグロスの行動を阻止することはできない。メタグロスの剛腕がブラッキーに向けて振り下ろされた。

それを見た瞬間、カイムの世界はスローモーションになり、脳裏に『三つの選択肢』が現れる。

 

『攻撃を受けつつだましうちで反撃』

『回避しつつ距離を取り体勢を立て直す』

『ダメージを最小限に抑えつつ、あくのはどうで攻撃』

 

コンマ1秒にも満たない刹那。この僅かな瞬間だけカイムとブラッキーは思考が繋がるのを感じた。

 

「ブラッキー!」

 

ブラッキーに呼びかけると同時に、ブラッキーが動く。メタグロスの剛腕を身体を回転させることで受け流し、ダメージを最小限に抑える。そして早業によってメタグロスに向けて『あくのはどう』を放った。直撃した悪タイプの波導はメタグロスの体力を削る。

 

「バレットパンチ!」

 

だがメタグロスも負けていない。直撃を避けられたことを即座に悟ると、『あくのはどう』を受けつつ『バレットパンチ』でブラッキーを吹き飛ばした。空中で身動きの取れなかったブラッキーに『バレットパンチ』が直撃し、ダメージを与える。

吹き飛ばされつつ、ブラッキーは体勢を立て直して着地した。

 

「…やるね」

「そらどーも」

 

今のやり取りでメタグロスは三割ほど体力を削られた。対してブラッキーは四割。受け流したとはいえ、効果抜群かつ『硬い爪』の『アームハンマー』のダメージは少なくなかった。加えてボスゴドラから受けたダメージもあるため、いくらボスゴドラの防御力を得たとしてもメガシンカによってパワーアップしたメタグロスの攻撃はそう何度も受けられない。

 

(それにしても…さっきの感覚はなんだ)

 

先ほど、一瞬だけ感じたブラッキーと思考がシンクロし、時間が凝縮されたような感覚。名前の付けられないような感覚に、カイムは僅かに困惑しつつ、どこか高揚しているような感覚が湧き上がってくるのを感じた。

 

(今は、それどころじゃねえな。目の前のものに集中しろ)

 

湧き上がる感覚が何なのか。それを考えるのは今ではないと結論付けたカイムはメタグロスを見据えた。

ブラッキーの体力は残り四割程度。タイプ一致技が効果抜群といえど、素の耐久力が高くメガシンカによって素早さも上がったメタグロスをブラッキーだけで仕留めるのは困難だろう。

 

(だが削れるだけ削らないと。繋ぐだけの動きじゃまずメタグロスには勝てない)

 

メタグロスに勝つためには繋ぎつつ、削る動きが必要となる。バトルにおいて自分の遥か上を行くダイゴ相手にできるかはわからないが、やらねば勝ち目はない。

 

「…ブラッキー、ちょいと頑張ってもらうぞ」

 

カイムは覚悟を決めて言う。ブラッキーはカイムの言葉に応えるように鳴いた。

 

「ブラッキー!あくのはどう!」

「打ち破れ!コメットパンチ!」

 

ブラッキーの波導がメタグロスに向けて放たれるが、メタグロスは流星の如き拳でそれを打ち破る。そしてそのまま追撃に移ろうとしたが、先程までブラッキーがいた場所にブラッキーがいない。

 

「目眩し…!気配が消えた!」

 

何もないフィールドの中、ブラッキーの姿と気配が消えた。身を隠す場所がない以上、ブラッキーの姿を見失ったに過ぎない。冷静に思考を切り替え、ダイゴはフィールドに視線を巡らせる。

そこでメタグロスの視界に影が落ちるのをダイゴは見逃さなかった。

 

「上だ!メタグロス!」

「遅え。イカサマ」

「バレットパンチ!」

 

ブラッキーの重力も利用した『イカサマ』がメタグロスの身体を穿つ。しかし直前で気づいたメタグロスは『バレットパンチ』でブラッキーの身体を捉え、『イカサマ』のダメージを軽減させた。

 

「アームハンマー!」

「つぶらなひとみ」

 

剛腕を振り下ろしてくる瞬間、ブラッキーは非常に可愛らしい瞳でメタグロスを見つめてメタグロスの攻撃力を下げる。ブラッキーのことをメタグロスが叩き潰すが、ブラッキーは持ち前の頑丈さとボスゴドラの防御力、そして攻撃力を下げた相乗効果でブラッキーは『アームハンマー』を耐え切ることができた。

 

「耐えるか!」

「あくのはどう!」

 

ブラッキーの『あくのはどう』がメタグロスに向けて放たれるが、メタグロスは四本の腕で『あくのはどう』を防ぐ。防御によって大幅にダメージを軽減させ、即座に反撃に移った。

 

「トドメといこう!コメットパンチ!」

「ちっ!イカサマ!」

 

最後に削りを入れるためにブラッキーは『イカサマ』によってメタグロスを攻撃するが、それを受けつつメタグロスは反撃の『コメットパンチ』でブラッキーを穿った。

吹き飛ばされたブラッキーはフィールドを転がり、何とか立とうと踏ん張るが、体力が尽きて倒れてしまう。

 

「ブラッキー戦闘不能!」

「ふー…」

 

大きく息を吐きつつ、カイムはブラッキーをボールに戻す。そして最後のポケモンが入ったボールを取り出した。

最後のポケモンを出そうとするカイムに向けてダイゴは言った。

 

「やるじゃん。見違えたよ」

「そりゃどーも」

 

淡白な返事。

多分、この結果にカイムは満足してないんだろうな、と内心でダイゴは考える。

 

「さっきの目眩し…どうやったの?」

「人は、左右には視線を動かしやすいが上下の動きに弱い。その性質を使っただけだ」

「…へえ、なるほど。いいね、もっと進化した君たちを見せてくれ」

 

メタグロスの体力は残り五割。ダイゴの予想では六割程度の体力を残せて最後のポケモンと相対することになると予想していたため、その予想を超えてきたことに嬉しくなり、覇気がさらに強くなった。

 

「っ…」

 

肌を刺すような覇気。カイムでは一生かかっても到達できない領域にいるダイゴの覇気を受け、思わず背中から冷や汗が流れるのを感じる。

今までならこの覇気を受けただけで戦意喪失していただろう。だが今のカイムの胸中には不思議な感覚が満ちていた。

 

(…普通なら、勝てるわけない。地力がトウガンさんやヒョウタよりも更に高い。だがなんだ…勝てる気はしねえが、負ける気もしねえ)

 

今カイムの胸中には、今まで感じたことのない感情が渦巻いていた。自信でもなく、不安でもない。名前のない感情を感じてカイムは…カイムとバシャーモは息を大きく吐いた。

 

「見せてくれ。君たちの全てを」

「言われなくても…!」

 

カイムの言葉と同時にバシャーモはメタグロスに肉薄する。そして炎を纏った身体でメタグロスに攻撃した。

 

「ニトロチャージ!」

 

威力は高くないが、効果抜群の技。咄嗟にメタグロスは鋼の剛腕で攻撃を受けたが、僅かにダメージが貫通してくる。

 

「バレットパンチ!」

「みきり」

 

近づいてきたのなら反撃のチャンスとダイゴは踏んで出の速い『バレットパンチ』で攻撃してくるが、素早さの上がったバシャーモはそれよりも早く動いた。瞬間的に反応速度が激増したバシャーモはメタグロスの連撃を全て受け流し、ダメージをゼロに抑える。

 

「ならこうだ!しねんのずつき!」

「フレアドライブ!」

 

効果抜群の『しねんのずつき』をバシャーモは全身に炎を纏わせることで威力を軽減させる。攻撃として使用した『フレアドライブ』ではないため反動がほとんどない。しかし格上であるメタグロスの攻撃であるため、威力を軽減させたといえどもダメージは大きい。長期戦に持ち込む余裕はないと判断したカイムは速攻決めることを決意した。

 

「ビルドアップ」

 

バシャーモは全身に力を込めることで攻撃と防御を上昇させる。少しでも受けられる余裕を持てるようにといった判断の結果だった。

ダイゴはそれを見て次の攻撃に移る。

 

「メタグロス!じしんだ!」

 

メタグロスは地面に衝撃波を放ち、バシャーモに攻撃する。『じしん』の衝撃がバシャーモに襲いかかるが、バシャーモは上に飛ぶことで衝撃を軽減するが、さらにそこにメタグロスが追撃を入れてくる。

 

「アームハンマー!」

 

メタグロスはバシャーモまで迫り、鋼の剛腕を振り下ろすことでバシャーモを地面に叩きつける。バシャーモは腕に炎を纏わせて威力を軽減させつつ、空中で体勢を立て直して着地した。

 

「スカイアッパー!」

 

まだ空中にいるメタグロスに向けてバシャーモは拳を振り抜いた。本来なら回避か防御ができるが、数回の『アームハンマー』によって素早さが下がったメタグロスは回避できない。鋼の肉体にバシャーモは拳を叩き込むが、メタグロスは驚異的な反射神経と強靭な耐久力(タフネス)によって受けながらも押されることなく受け切った。

 

「硬い…!」

「当たり前さ!しねんのずつき!」

 

バシャーモの拳を受け止めつつ、メタグロスは頭に思念の力を集める。力の溜まった頭をぶつけようときた瞬間、バシャーモはメタグロスの身体を蹴ってメタグロスから距離を取ることで『しねんのずつき』を回避した。

 

「いい判断だ!」

「そーかよ!インファイト!」

「バレットパンチ!」

 

距離を取ったバシャーモは即座にメタグロスに肉薄し、連続攻撃をメタグロスに放つ。メタグロスはそれに対して弾丸の如き拳で応対した。

 

互いにノーガードで撃ち合う。

二体の拳がぶつかり合い、時に互いの身体を穿つ。当然メタグロスの方が多く攻撃を当ててくるが、効果今一つであることを考慮してもダメージが少ない。

 

(うまく当たる場所をずらすことでダメージ一つ一つをかなり減らしている…あの攻撃特化のバシャーモが、ここまで防御がうまくなってるとは)

 

ダイゴがカイムと共に旅をしていた時から、バシャーモは攻撃ばかりで防御には全く力を入れていなかった。いわゆる脳筋に近いバシャーモだったが、もはやその面影はない。全てを捌くことは不可能と割り切り、せめて一つ一つのダメージを最小限に抑えることに注力している。

それだけではない。要所要所で確実にメタグロスにダメージを入れてきている。四本腕のメタグロスの攻撃をうまく捌く姿は一流といって差し支えないほど上達していた。

 

(最高の調子だ。普段以上の実力が出てる)

 

ジムリーダー承認試験でエンペルトに圧倒的実力差を見せつけられたバシャーモは、その日から防御をいつも以上に重点的に磨くようになった。その成果もあり、今バシャーモはメタグロスの連撃をうまく捌くことができるほど上達した。尤も、ここまで捌けているのも一発の威力が低いかつ、効果今一つの『バレットパンチ』だからであるということもあるが、それを考慮してもバシャーモの防御技術はかなりのものになっていた。

加えて、ダイゴの強さに引っ張られるようにバシャーモ自身の調子が上がるだけでなく、このバトルを通じて成長している。それに応じて、カイムの集中力も今までにないほど深くなっていた。

 

「バシャーモ!」

 

カイムの掛け声が聞こえた瞬間、バシャーモは既に動いていた。振り下ろされた拳を受け止め、足を振り上げてメタグロスを蹴り上げる。

だが技としては確立していない行動。ダメージは小さくメタグロスは即座に反撃に移る。

 

「コメットパンチ!」

 

振り下ろされた流星の如き拳を見た瞬間、バシャーモのギアが更に上がる。

 

「加速しろ」

 

バシャーモの素早さが上がり、メタグロスの拳をすれ違うように回避する。そしてメタグロスに迫ったバシャーモは全身に炎を纏った。

 

「フレアドライブ!」

 

強烈な突撃を受け、メタグロスに大きなダメージが入った。だがメタグロスはダメージを受けながらもバシャーモの身体を拳で撃ち抜く。

地面に叩きつけられたバシャーモはフィールドを転がる。メタグロスにダメージが入ったことにより、バシャーモにも反動ダメージがそれなりに入っている。ダメージの大きさからすぐに立ち直ることができず、体勢を立て直すまでに数瞬の時間を要した。

 

その隙をダイゴは見逃さない。追撃して仕留めるために速攻で攻撃を加えてきた。

 

「しねんのずつき!」

 

エスパータイプの力を込めた頭突きがバシャーモに迫る。体勢を立て直したバシャーモは咄嗟に跳んで回避しようとするが、その瞬間カイムとバシャーモの世界はスローモーションになった。

 

(この感覚…!)

 

先ほどブラッキーの時にも感じたものと同じ感覚。それがさらにもう一段深くなったような感じがすると同時に、三つの選択肢が脳裏に現れる。

 

『左に回避し、追撃のフレアドライブ』

『フレアドライブで受け流しつつ、ダメおしによる追撃』

『みきりで防いでから反撃のスカイアッパー』

 

どれもカイムの中では最善と思える一手。

カイムはこの中で『左に回避し、追撃のフレアドライブ』という選択を取ろうとした。しかしその瞬間、メタグロスの挙動の違和感に気づく。

 

(動きフォーム軌道視線力の流れ構え…!)

 

コンマ数秒にも満たない、刹那の瞬間。カイムは違和感の要因となり得る全ての箇所に視線を巡らせ、違和感の正体を看破した。

そして違和感の正体を考慮した瞬間、新たな選択肢が現れる。

 

「バシャーモ!」

 

凝縮された時間感覚から抜け出したカイムは、バシャーモを呼ぶ。バシャーモはカイムと目をほんの一瞬合わせると、カイムの意志を読み取って再びメタグロスに目を戻した。

そしてバシャーモは目の前まで迫ってきたメタグロスに向けて突っ込んでいく。

 

(ここで突っ込む⁈)

 

ダイゴにとってこの選択は予想外だった。バシャーモの耐久力は高くない以上、この『しねんのずつき』が直撃すれば間違いなくバシャーモは倒れる。もしここで先程見せた『フレアドライブ』のように炎を纏って軽減させるならまだ耐える可能性はあったが、素の状態ではまず耐えられない。

 

対してカイムは迫り来るメタグロスを前に無数の思考が脳裏を過っていた。

かつての記憶と、状況判断のための思考。これらが入り混ざりカイムの脳は今までにないほど無数の思考と感情が渦巻いて回転していた。

 

(コーススピード身構えすぎるなせめて直撃は恐…)

 

たくさんの感情と共に、今までバトルしてきた光景が脳裏を過っていく。そしてたどり着いたのは、シロナと共にトレーニングをした日々の記憶と、ハンデ付きとはいえ初めてシロナに勝利することができたあの日の記憶。

 

「そこだ!」

 

絶好のタイミングを見切ったカイムが叫ぶ。

同時に、バシャーモは姿勢を低くしてスライディングするように地面を滑り『しねんのずつき』を放つメタグロスの下をくぐり抜けた。

 

(っ!まさか!)

 

ブラッキーが見せた視界から消える身体運び。それと似たことをバシャーモはこの土壇場でやってのけた。ブラッキーとは異なる形だが、最もブラッキーを近くで見続けてきたバシャーモだからできた。

 

一瞬で視界から消えたバシャーモをメタグロスは視線で追いきれない。だが姿の大きいバシャーモはブラッキーほど存在感を消すことはできないため、ダイゴはバシャーモのことを捉えていた。バシャーモを見失ったメタグロスにダイゴの声が届く。

 

「後ろだメタグロス!」

 

ダイゴの声と同時に、メタグロスは背後に回ったバシャーモに視線を向けた。スライディングの勢いで僅かに開いた距離を取ったバシャーモに向き直ろうとメタグロスが振り返ろうとする。

 

二体はまだわずかに距離がある。接触攻撃がメインであるメタグロスの攻撃が来るまではほんの少しだけ時間があるだろう。サブウェポンである『じしん』もあるが、タイプ不一致の『じしん』を放つためには力を溜めるくらいの時間はない。ならばここで来るのはタイプ一致技である『しねんのずつき』か『コメットパンチ』、または『バレットパンチ』のどれかとなる。

 

(そう考えているだろ?カイム)

 

カイムは、サポーターとして非常に高い能力を持っている。昔から情報収集能力はずば抜けて高かったが、サポーターを始めてその能力は更に磨きがかかった。どんなものに対しても大体求めた以上の情報を集めてくる。

だから今回のバトルにおいてもかなりの情報を集めてきているだろうとダイゴは予想した。そしてダイゴの情報を多く集めてきたことを考慮すると、メタグロスが『接触攻撃』しか使っていないことをカイムは把握していると考えた。

 

(君の情報収集能力は凄い。それに、元々頭も悪くない。ならボクがここで接触攻撃を使ってくる…その結論に辿り着いても不思議じゃない。だからこそ、その裏をかく!)

 

接触攻撃なら距離を詰めなければならない。だからこの一瞬の時間で力を溜めて全力の攻撃をぶつけてくると考えたダイゴは、初めから考えていたカウンター攻撃の使い時だと判断した。

 

「メタグロス!サイコカッター!」

 

メタグロスは振り返った勢いを利用し、エスパータイプの力を圧縮して刃の形に変えると、迫ってきているバシャーモに向けて放った。接触技しか考えてなければ、並のトレーナーならこの『サイコカッター』を回避することなどできないだろう。

 

だがカイムは動じない。飛ばしてきた『サイコカッター』を見てなお、カイムとバシャーモは鋭い視線をダイゴとメタグロスに向けていた。

 

「バシャーモ!」

 

カイムの声と共にバシャーモは足に炎を纏う。そして炎を纏った足で回し蹴りを放ち『サイコカッター』を打ち破る。ダメージが入るが、打ち破ったこともありギリギリで耐え切ることができた。

それを見たダイゴは僅かに見開く。

 

「っ!」

「そこだバシャーモ!」

 

足から炎が立ち昇る。

 

その姿を見て、ダイゴはチャンピオンズトーナメントで戦ったルカリオの姿が重なる。ルカリオが最後にメタグロスを倒した『ブレイズキック』と全く同じ構え。

バシャーモとルカリオ。この二体は弟子と師匠の関係。だがチャンピオンズトーナメントであった最後の一撃は、カイムのバシャーモから伝授されたものだとダイゴは本能的に感じ取った。

 

「ブレイズキック!」

 

バシャーモ渾身の一撃がメタグロスを穿つ。その衝撃がフィールド全体に広がり、衝撃を受けて思わずカイムは手で顔を庇った。

 

決まった、とバシャーモは思った。完全に入った手応えがあり、何より効果抜群技の会心の一撃。残り体力僅かなメタグロスを倒すには十分な一撃。

だが、次の瞬間バシャーモの足は鋼の剛腕によって掴まれた。

 

「なにっ⁈」

「最高だよ、カイム」

 

メタグロスは、『ブレイズキック』を腕のうち一本でギリギリガードしていた。無論ダメージは大きい。しかし腕を犠牲にしてでも体力を残すという選択肢は、この場においては最高の一手だった。

 

「終わりだ!しねんのずつき!」

 

足を掴まれて動けないバシャーモに向けて、メタグロスの頭突きが叩き込まれる。ヘッドバットのように鋼の頭を叩きつけられたバシャーモはフィールドに倒れた。

倒れたバシャーモは動かない。完全に意識が落ちており、動ける体力は残っていなかった。

 

「…バシャーモ戦闘不能。よってこのバトル、ダイゴ君の勝利」

「はー…」

「ふう…」

 

押し切れなかったカイムは大きく息を吐いてその場にしゃがみ込み、ダイゴは緊張の糸が切れたように小さく息を吐いて天井を仰いだ。ダイゴの額から汗が滲んでおり、一滴ダイゴの首に垂れていった。

暫し二人はその状態から動かなかったが、カイムは突如立ち上がるとバシャーモの側に腰を下ろしてバシャーモの頭を撫でた。撫でられた感触でバシャーモは意識を取り戻し、疲れたような表情をしていた。

 

「おつかれ。いい動きだった」

 

バシャーモはカイムの出せる手札において最高の動きをした。あれ以上のオーダーは今のカイムでは出せないが、バシャーモはカイムのオーダーに対して120%の動きをして見せた。

だがそれでも勝てなかった。ダイゴの地力がカイムのポテンシャルよりも上だったということがよくわかる一戦だった。

 

そんな二人のもとにダイゴとシロナが歩み寄る。

 

「最高だったよ」

「チャンピオンを満足させられるたあ、俺らもまだまだ捨てたもんじゃねえな」

「ははっ!ジムリーダーなんだからそれくらいはできるよ」

「まるで知ってたみたいな言い方だな」

「もちろんさ。だって、君ならそれくらいできてもおかしくないからね」

 

そう言ってダイゴはカイムに手を差し出す。

笑いながら言われた言葉の真意をカイムは理解していないが、差し出された手を掴んで立ち上がり、バシャーモに肩を貸して立ち上がらせた。

 

「…何言ってんだか」

 

苦笑するカイムを他所に、ダイゴは楽しそうに笑った。

そんな二人のもとにジムトレーナー達が集まってきて、色々と聴き始めた。やはりチャンピオンのバトルを間近で見られたことはジムトレーナーにとってもいい刺激だったらしい。

だが全てを出し切って疲れ切っているカイムとバシャーモはそれに応える余裕がない。それを察したダイゴは一歩前に出るとジムトレーナー達の対応を始めた。そして一瞬だけ目配せをし、ダイゴの気遣いを察したカイムは内心でダイゴに感謝しながら回復装置がある方に歩いていく。その隣にシロナは並んだ。

 

「お疲れ様」

「勝てんかった。全力だったんだがな」

「いいバトルだったわ。また一つ、成長できたわね」

「…かもな」

 

勝てなかったのは惜しいかったが、カイムの更なるポテンシャルを引き出すことができた。そしてなにより、カイムにとって大きな目標である存在に近づけたことを実感できるいいバトルだった。

いつもと変わらない無表情のカイムに、シロナは問いかけた。

 

「どうだった?」

「そう、だな…変な感じだった」

「変な感じ?」

「バトル中も変な感じがしたし、あのダイゴとここまで戦えたことが変な感じ。うまく言えねえけど…時間感覚が圧縮されて、そんでその時『どれをとっても最適』だと思える選択肢が見えた感じがした」

 

バトル中の時間感覚が凝縮された感覚も、あのダイゴとハンデ付きとはいえここまでバトルすることができたことも。それら全てがカイムにとっては現実味のない事実だった。

 

「私が貴方に感じた素質はそれ。大学生の時から貴方の視点はとても優れたものだった。セオリーに沿った視点だけでなく、独自の視点も持つことが貴方の素質よ」

 

以前治させた悪癖…自分の考えた選択肢を否定して別の選択肢を行おうとする癖。これは一瞬の判断が命取りになるポケモンバトルにおいて非常に大きな足枷となるものだった。

だがこれは裏を返せば『瞬間的に複数の選択肢を出すことができる』と捉えることもできる。時と場合によっては、シロナの教えに沿ったものが最善の一手である可能性もあるし、カイムなりに導き出した一手が最善の場合もある。真っ先に一つの選択肢を出すのだはなく、複数の選択肢をだすことができるというのは、上手く使えれば間違いなく大きな武器となる。だからシロナは自分で考えついた選択肢を否定してしまう悪癖を治させると同時に、複数の選択肢を同時に出せるようにここ半年近く鍛えてきた。そしてその結果が瞬間的に見ることができた。

 

「…そうか。なるほどな」

「ええ。でもそれ以外にも色々感じてたんじゃない?珍しくバトル中、声が大きくなってたし、なにより笑ってたわよ」

「…そうだな。なんかこう…昂るというかなんというか…」

 

今まで感じたことのない感情故に、カイムはうまく口に出せず言い淀む。

それを察したシロナは小さく笑いながらカイムに言った。

 

「高揚してたって感じかしら」

「かもな。でも今は、悔しい。もう少しで勝てたって考えると、すげえ悔しい」

 

今までバトルに負けたとしてもカイムが『悔しい』と言うことはなかった。負けることが当たり前だったカイムにとって、悔しいという感情は湧いてこないものだったからだ。

だがシロナに鍛えられ、ここまで強くなることができ、あのダイゴと互角とまでは言えなくともいいバトルができる程度にまで強くなれた。その事実がカイムの心に変化をもたらし、新しい感情を芽生えさせた。

 

「それが聞ければ十分よ。悔しいと思えるなら、まだ貴方は強くなれる」

「…ああ」

「大事なのは、その感情を忘れないこと。そして、明日からどうするかよ」

「明日、何者になるか…ね」

 

今日のカイムは敗者だった。だが明日は違う。この敗者としての結果をどう受け止め、明日以降どうするかを考える。それはシロナを師匠として修行を始めた時から言われ続けていることであり、カイムもジムトレーナーやチャレンジャーにも送っている言葉。

 

「そう。それが私たち『挑戦者』として大切なことよ」

「そうだな。よくわかる」

 

カイムは一度言葉を切ると、少しだけ口角を上げて言った。

 

「今日は、楽しかった」

「ふふ、よかった」

 

シロナも疲れ切ってまともに動けないバシャーモに肩を貸し、二人と一体は回復装置まで歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食卓にダイゴの楽しそうな声が響く。

 

「大将!揚げ出し豆腐追加!」

「誰が大将だ阿呆。もうできるから黙って飲んでろ」

 

シロナ、ダイゴ、カイムはシロナ宅で飲み会をしていた。

酒のつまみ兼食事をカイムがひたすら作り、シロナとダイゴは飲んでいるだけという構図ではあるが、料理の腕を考慮するとこの構図になることは至極真っ当ではある。

 

今シロナとダイゴが飲んでいる酒は、ダイゴが持ってきたものであり、ホウエン地方で醸造されている酒とのことだった。

 

「このお酒美味しいわね…辛口だけど飲みやすいわ」

「そうでしょう?ただ、かなり度数は高いんで飲みやすいからって飲みすぎないようにした方がいいですよ。それでボク潰れかけたんで」

「ふふ、そうだったのね。ダイゴ君ってお酒強いの?」

「まあ、弱くはないですね。多少は飲めますけど、カゲツさんほどは飲めません」

「カゲツさんっていうと…ホウエン地方の四天王よね」

 

カゲツはホウエン地方の四天王であり、悪タイプ専門のトレーナーだ。悪タイプ専門ということもあり、トリッキーなバトルをしながらも力強いバトルをするのが印象だった。

 

「はい。実はこのお酒もカゲツさんが教えてくれたんです。以前四天王の四人と飲み会をした時に」

「あら、四天王のみんなと飲み会?いいわね」

「割と四天王のみんなとは関わり多いです。あとそこにミクリが加わることもありますよ」

「ミクリさんも来るんだ。随分と豪華な飲み会じゃない」

 

四天王は言わずもがな、コンテストでトップの実力を誇るだけでなくジムリーダーとしても活躍している。そんなメンツが集まってやる飲み会となると、あまりにも豪華すぎるメンツだった。

 

「まあ大体カゲツさんかミクリの家で飲んでるだけなんで、今とそんな変わりませんよ。シロナさんは四天王のみんなとどんな関係ですか?」

「私?そうね…リョウ君はまだ未成年だから飲み会はしたことないけど、ご飯なら何度も行ってるわ」

 

四天王であるリョウ、キクノ、オーバ、ゴヨウとシロナは良好な関係を築けている。手合わせも何度も行っているし、ポケモンリーグの度に誰かしらと当たることがほとんどだ。昨年のポケモンリーグでは珍しく当たることはなかったが、四天王との関係は良好だと言えるだろう。

特にゴヨウはシロナを超えることを目標としている。故にシロナへの挑戦回数は四天王の中で一番多い。無論相手が四天王である以上、シロナとて全勝できているわけではないが、現状戦績は勝ち越している。

 

「キクノさんは一番四天王歴も長いし、私がチャンピオンになった時からお世話になっているわ」

「地面タイプ使いのキクノさんか。確かにかなり長いこと四天王をされてましたね」

「そっちは確か、ゲンジさんが長かったわよね」

「はい。あの人もボクがチャンピオンになる前から四天王やってますよ」

「そっか。長い人はかなり長いもんね」

 

それこそキクノやゲンジはシロナやダイゴがチャンピオンになる前から四天王を勤めている。他にもカントー地方のキクコなども同じように長いこと四天王を勤めていることをシロナは思い出した。

 

(そういえば、キクノさんとキクコさんってどういう関係なのかしら)

 

二人の容姿や背格好はよく似ている。目つきは似ていないが、名前も似てるし何かしら関係があるのかもしれない。

そう考えたところで、カイムができた料理をルカリオと共に運んできた。

 

「揚げ出し豆腐と焼き鳥、枝豆の追加とだし巻き卵」

「お、ありがとう大将」

「誰が大将だ」

「じゃあお母さん」

「しばくぞ」

 

楽しそうなダイゴと対照に、カイムの顔は相変わらずの無表情。だが声がほんの少しだけ楽しそうに聞こえるのは、おそらく気のせいではないだろう。

 

「はい、カイムのグラス」

「ん、ありがと」

「カイム弱いんだから、あんま飲みすぎないようにね」

「わかってるよ」

 

グラスを受け取り、カイムは僅かに中身を飲んだ。すっきりとした味わいと喉を通るアルコールの熱に小さく息を吐く。

 

「昨日のとは違うんだな」

「まあね。どうせなら、シロナさんもいる時にいいお酒は開けたかったから」

「何本持ってきてんだよ…」

「会社のロッカーにもう一本あるよ」

「酒飲みが」

 

成人してからあまり会うことがなかったため、ダイゴがここまで酒好きだとはカイムも思っていなかった。少し意外ではあったが、連絡を取っていたこともあり不思議なことではなかった。

 

「それにしても、相変わらずカイムの料理は美味しいね」

 

ダイゴは揚げ出し豆腐を頬張りながら言う。その言葉に対してシロナは何故か得意そうな態度をした。

 

「でしょ?カイムの料理は美味しいの」

「毎回思うけど、この話題になるたびにシロナが得意げになんだよ」

「あら、嬉しいじゃない」

「褒められてんの俺なんだけど」

「自分の好きなものが褒められるのは嬉しいことよ?」

 

相変わらずのやり取りをする二人を前にダイゴはグラスを傾ける。辛口の清酒が喉を通り、口の中に湧き出てきた砂糖を中和した。

 

(…辛口にしておいてよかった)

 

もし甘めのお酒にしていたら過剰な甘さに血糖値が爆上がりしていただろう。

これでカイム単体だったらいじっているところだが、さすがにシロナ相手にいじる勇気はまだダイゴにはない。むしろ下手にいじれば余計甘々な空間が形成されかねないためダイゴはいじるようなことはせず、その話題について話を進めた。

 

「昔から君の料理は美味しかったよ。一緒に旅してた時もほとんどカイムが料理してくれてたしね」

「ブラッキーは味にうるさくてな」

 

ブラッキーはイーブイの時から食べ物に割と拘りがあった。偏食、というわけではないのだが、味が気に入らないとすぐに顔に出る。それで残すということはしないのだが、ポケモン本意で動くカイムからしたらそんな顔されては放っておくわけにはいかない。ブラッキーが喜ぶようなちゃんとした食事を出せるように旅の中で研鑽を重ねた過去がある。

 

「元々、お母さんの手伝いとかもよくやってたのよね?」

「そうだな。姉貴がやらねえから俺がやってた。その過程で最低限の家事はできるようになって、料理は旅の間ブラッキーが喜ぶようなまともな飯を作れるようにしてた」

「ボクと会った時はまだイーブイだったけど、確かに当時のブラッキーは顔によく出てたね」

 

苦手な味、というのはあまりないみたいだが、単純に味のクオリティが微妙な場合は顔に出ていた。実にわかりやすい表情をしていたため、ダイゴですらすぐにわかるほどだった。

 

「バシャーモはなんでも喜んで食べてたよね」

「ああ。あいつは苦くなければ何でも食う。中でも、辛いのは好きでな。激辛麻婆豆腐作った時のあいつの顔はすごかった」

「どういう意味ですごかったの?」

「嬉しさと、あまりの辛さに苦しんでいるのが入り混ざった顔。あいつだけに激辛麻婆豆腐作ってみたんだが、謎に気に入ってた。ちなみに俺は食えん」

「激辛って…そんなに辛くしたの?」

「ボクは一口でダウンしましたよ」

「我ながら恐ろしい劇物を作ってしまった」

「ええ…」

 

そこまで辛いとなると少し気になるが、シロナはそこまで極端に辛味耐性があるわけではない。どちらかといえば甘党のシロナは挑戦しない方がいいだろうと考えてそれ以上口にすることはせずにだし巻き卵を口に入れた。

と、そこでカイムの足元にやってきたブラッキーがカイムの服の裾を引く。

 

「なに。どした」

 

ブラッキーに引っ張られるまま、カイムはブラッキーについていく。そして外で食事を摂っているダイゴのポケモンを含めたポケモン達の元へと歩いていった。

その後ろ姿を見て、ダイゴはぽつりと呟く。

 

「…強くなったなあ」

 

ダイゴの呟きにシロナは反応する。

 

「昔とは大違い?」

「はい。ボクはなんだかんだで長く付き合いを続けてますけど、カイムが旅を終えてからは会う機会減りましたから。特にハイスクール卒業後はカントーに行ってましたからね。時々会ってはいましたけど、もうバトルも辞めてたんで」

 

強くなったというのは恐らくバトルだけではない。体力や精神面でも強くなったという意味も含まれていたのだろう。元々比較的強かったダイゴからしたら、カイムの成長は少しだけ意外であると同時に自分に近づいたような感覚で嬉しく思えた。

 

「…ボクじゃ、彼をあそこまで成長させられないだろうなあ」

 

ポケモン達に絡まれて揉みくちゃにされるカイムの姿を見ながらダイゴは呟く。人としての相性はダイゴとカイムは良かったが、師弟としての相性は良くなかった。だからかつてのダイゴはカイムを強くすることができず、結果として一度バトルから離れるという結果になってしまった。

そのダイゴの言葉にシロナは応える。

 

「かもね。でも、今日のバトルを見てて思ったの。私が相手じゃ、きっとカイムはあんな高揚しないだろうなって」

 

カイムにとってシロナは支え、隣を歩きたいと思える人物であり、決して戦いたい相手ではない。そう思っている相手では恐らく、カイムは今回のダイゴとのバトルほど高揚しないだろう。

そしてカイムが一瞬だけ潜れた極限の集中力。これを引き出すことは、シロナにはできない。

 

「ダイゴ君が言うように、ダイゴ君じゃカイムを鍛えられないかもしれない。でも、実践で彼の実力を全て引き出すことができるのは、多分貴方だけよ」

「…そっか」

 

シロナの言葉を聞いたダイゴは少しだけ嬉しそうに笑い、透明な液体の入ったグラスを眺める。

 

「そうだったら、ボクは嬉しいな」

 

今もなおポケモン達に揉みくちゃにされるカイムの姿を見ながら、ダイゴはそう呟く。シロナも鬱陶しそうな顔をしながらも楽しそうにポケモン達の相手をする最愛の人を見て、優しく微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

カイムが風呂から上がりバシャーモと共にリビングに入ると、昨日同様ダイゴがウッドデッキに腰掛けてグラスを傾けていた。違うのは、側にユレイドルがいるくらいだろうか。

 

「まだ飲んでんのかお前」

 

カイムの言葉にダイゴは振り返る。

 

「いや、これは水だよ。さすがにもう飲まないって」

 

苦笑するダイゴの隣にカイムは腰を下ろし、そのカイムの背中を背もたれにするようにバシャーモは寝そべった。そして側にいるユレイドルに目を向けた。

 

「化石ポケモン…だよな」

「うん。見つけた化石を復元してもらった結果だよ」

「化石からポケモンを復元できるたあ…昔とは違えな」

 

化石の復元技術はここ数年で確立された技術。そのためダイゴがカイムと共に旅をしていた時期にはまだなかった。技術の進歩からも時の流れを実感する。

 

「昔、か。君は随分と変わったね」

「変わんねーよ。表情筋は相変わらず仕事しねえ」

「ははっ!それは多分、一生変わらないよ。ボクが言ってるのはそういうことじゃないって」

「じゃあどこのこと言ってんだよ」

「心だよ。昔の君と今の君は違う。根っこのところは君の言う通りそんな変わってないけど、君は変わったよ。色んな意味で強くなった」

「どんな意味だよ」

「色んな意味さ」

 

バトル然り、体力然り、精神面然り。シロナと出会ってからカイムは急激に成長した。それを見て友人として喜ぶと同時に、別の感情もダイゴの中で浮かんでくることを今日、実感した。

そしてダイゴはカイムに向けて手を差し出す。その手には、メガストーン。

 

「メガストーン…」

「君のことをボクは認めた。それに、君も納得しているんじゃないのかい?ハンデ付きとはいえ、ここまでボクとやりあえたんだ。十分だよ」

 

チャンピオンとハンデ付きでもここまで張り合えるのなら、トレーナーとしての腕は十分。それはカイムもわかっているし、今回のバトルで自分がその域に到達できたことを実感した。

 

「まさかここまできていらないなんて言わないよね?」

 

挑発するようなダイゴの言葉に苦笑しながらカイムは手を差し出す。そしてその手にダイゴはメガストーンを落とした。

手に伝わるひんやりとした感覚。メガストーンをゆっくりと握りしめ、ながらバシャーモに目を向ける。メガストーンを見て目つきを鋭くして興味深そうな気配を見せるバシャーモからダイゴに視線を戻すと、カイムはダイゴに言った。

 

「ありがとう。使わせてもらう」

「うん。今の君なら、使いこなせるよ」

「昔の俺じゃ、確かに無理だな」

 

皮肉のつもりで言ったつもりは全くないのだが、卑屈なカイムは冗談混じりにそう返した。だが実際、昔のカイムでは間違いなく使いこなせないだろう。

その言葉を聞いてダイゴは水で喉を潤す。そして近くにいるユレイドルを優しく撫でると、言った。

 

「ボクはさ、小さい頃ずっと君よりは上だと思ってたんだ」

 

突然言われた言葉にカイムは訝しげな表情をダイゴに向ける。

 

「一応歳上だし、そんなもんだろ」

「いや、同い年でも同じこと思ってたと思う」

「そうかい」

「怒ったかい?」

 

いきなりの昔は下に見ていたカミングアウトにカイムは少しだけ意外そうな顔をするが、すぐに首を横に振りながらいつの間にか側に来ていたブラッキーを撫でる。

 

「別に。俺も思ってたから」

「なんて?」

「ダイゴには敵わないって」

 

昔から自分にできないことを、ダイゴはできた。バトルは言わずもがな、勉強も育成も何でも。

だからカイムはいつでもダイゴの背中を追っていた。姉であるイサナもダイゴも、カイムにとっては身近な目標だった。あんな風に、何でもできて心のままに生きられたら…と。

 

「で?何でいきなりそんなこと言ってきたんだ?まだ酔ってんのか?」

「かもね。酒入ってないと、こんなこと言わないかもね。ふと思い出しちゃったんだ」

「何やってんだか」

 

呆れたように言うカイムにダイゴは続ける。

 

「今日の君とのバトル…最高に楽しかった。シロナさんとのバトルも最高だったけど、君とのバトルは違う意味で最高だった。だから思い出しちゃったんだよ」

「…なんだかんだで、俺がお前とバトルしたのはこれで二回目か」

「うん。君がジムバッジ全部集めてすぐ以来だったね」

 

ダイゴとカイムが今日のバトルより前でバトルしたのは、カイムがジムバッジを全て集めたのが最初で最後だった。ジムバッジを全て集めたから、ということでバトルしたのだが、結果はダイゴの圧勝。それ以来ダイゴとバトルすることはなくなった…というより、カイムがダイゴではなくバトルを避けるようになった。

 

それからだった。カイムがバトルを諦めるようになったのは。

 

「あの時から君は、バトルを諦めるようになった。少しだけ責任を感じてたから」

「まあ確かに、原因の一つではあったよ。でも一番の理由は、結局時間だったよ」

 

ほとんどのトレーナーは遅くとも二年程度でジムバッジを集め終える。しかしカイムは寄り道をしていたとはいえ、四年ほどかかっている。この年月はカイムにバトルを諦めさせるには十分すぎた。

 

「そっか」

「お前のせいじゃねえよ。それだけは覚えておけ」

「うん」

 

一瞬の静寂。その後、ダイゴが再び口を開く。

 

「でもね、ボクは君のことが羨ましかったんだ」

「は?」

「君みたいに、真っ直ぐで折れない心が羨ましかったんだ」

 

四年という月日はカイムの心を折ってしまったが、逆に言うと四年もの間カイムは折れることなく鍛錬を続けてきた。目標に向けて愚直に努力し続ける熱意と精神力は、ダイゴにはないものだった。デボンの後継者として期待されていたダイゴにとって、カイムの在り方はとても格好良く見えた。

 

「真っ直ぐな心と熱意…当時のボクにはなかった。真っ直ぐ突き進む姿は、とてもかっこよく見えたよ」

「これでも色々悩みながらやってたんだがなあ」

「悩み?例えば?」

「ダイゴみたいになりたい、とか」

 

旅に出てからは最も身近な目標だったダイゴ。強い才能を持ち、迷うことなく突き進むダイゴの姿は、カイムにとって憧れの存在でもあった。

 

「そっか」

 

その言葉を聞いてダイゴは続けて口を開く。

 

「確かにボクになれたらとてもいいことがある。君には絶対にできないことがね」

「チャンピオンになる、とかか?正直ありすぎてわかんねえよそんなん」

「チャンピオンは時と場合によっては不可能ではない…と思うけど、まあ確かに今の君じゃ無理だね」

「だろ?で、結局なんなんだ?俺じゃできないことって」

「君の友達でいられる」

 

ダイゴの言葉にカイムは思わず固まる。そして苦い顔をして頭をがしがしとかいた。

 

「お前…そんな恥ずかしいことよく平然と言えるな」

「ははは!お酒入ってるからかもね。でもこれが本心だ。今日バトルして、君のポケモンと心に触れて改めてそう思った」

「……このやろう」

 

呆れたようにため息を吐き、カイムの膝を枕にしてごろごろと喉を鳴らすブラッキーを撫でつつ、バシャーモの頭をわしゃわしゃと撫でるとカイムは言う。

 

「ま、でもそれなら俺は俺のままでいい」

「昔の君なら言わなさそうな言葉だね」

「かもな。でも俺は俺のままでいい。お前には絶対できないことができるから」

 

部屋の灯りにわずかに照らされたカイムの横顔はいつもと同じ無表情。だがほんの僅かに口角が上がっているのが見えた。

それを見てダイゴは笑い、カイムも小さく笑う。二人の笑い声が夜の空に響く。

 

十年以上友人でいたが、この日を境に二人は本当の親友になれた気がした。

 

 

 

そしてそんな二人をシロナはルカリオと共に見守り、穏やかな笑みを浮かべていた。

 




この三人書いてて楽しい。

投稿は遅くなってますが、二週間更新してた時と比べて平均文字数が約倍になってるので許して。
毎度のこと誤字方向ありがとうございます。これからも報告お願いします。


前回のダークライ編でお気に入りが100以上増え、合計6000超えました。こんな私が壁になって見ていたいだけの話を見にきていただいただけでなく感想、評価をくださってありがとうございます。

ポケマスにいるシロナさん
通常シロナさん&ガブリアス
マジコスシロナさん&ジャラランガ
マジコスシロナさん(アナザー)&ギラティナ
マジコスシロナさん(アナザー2)&ルカリオ
……多くない?
というかシロナさんやっぱり引退しないんですね。良かった。


シロナ
今回はちょっと出番少なめ。瞬間的に砂糖を発揮してもらったが、次回もっと砂糖を出してもらう予定。なお今回シロナさんが言ってたイベントはそのうち開催される予定です。ダイゴ滞在中に三回バトルして、一勝一敗一分けの戦績だった。

カイム
瞬間的に超集中力を発揮できるようになった男。なお、シロナが見ていること、相手が良く手合わせしていた相手であること、使用ポケモンが(現時点では)ブラッキーかバシャーモであること、カイムとポケモンの調子が最高の時であることの四つの条件のうち三つを満たさないと発揮できない制約付き。

ダイゴ
チャンピオン兼御曹司。カイムとハンデ無しなら圧勝できます。師匠としての素質はカイムの方が上だが、トレーナーとして、そして経営者としてはダイゴの方が上。お酒は割と飲むし、四天王ともよくつるんでいるらしい。実は今回のバトル、シロナさんがメガルカリオで『ブレイズキック』使ってなければカイムが勝ってたという裏話もある。

ヒョウタ
採掘好きということで、ダイゴの新たな石友達になった。個人的に連絡先を交換したため、時折採掘した石について二人で語り合うことになった。カイムとの戦歴は6-4で勝ち越し中。



ブラッキー視点の小話をどこかでいれたいのですが、ブラッキーの一人称をどうしようか悩んでいます。一人称『わたし』と『ボク』どちらが合いますかね。普通の『わたし』でも『ボク』によるボクっ娘もいい。


感想・評価は励みになるのでよければお願いします。

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