ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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ホウエン地方編



おふれの石室ギミック、記述内容を変更、自己解釈してます。ご了承ください。


38話です。


38話 おふれの石室

「あーあ、いい方法だと思ったんだけどなぁ」

 

 夜空を見上げながら、一人の女性がそう呟く。女性の側には、一匹のゴニョニョ。

 

「まさか…レックウザが出る前に止めちゃうとはね。さすがに予想外だったよ」

 

 かなり長い時間をかけて仕込みをしてきたのだが、まさかそれを一人の少年とチャンピオンによって防がれるとは思いもしなかった。いや、チャンピオンが出張ってくることは予想していたが、もう一人の少年に関しては完全に予想外だった。しかもその少年が事態の収集に大きく貢献したのだ。目をつけていたとはいえ、想定よりもはるかに大きな役割を少年は果たした。

 

「んー…ちょっくら面倒くさいことになったね。あの子見た時からそういうこともあるかも、とは思ってたけど…やっぱ人生、思い通りにはいかないね」

 

 ボヤく女性の足元で、ゴニョニョが小さく鳴いて女性に擦り寄る。それを見た女性は楽しそうにゴニョニョの体を抱き上げ、優しく撫でた。

 

「お〜シガナー、心配してくれてるのか?相変わらず可愛いやつめ!このこの!」

 

 女性に撫でられたのが嬉しいのか、ゴニョニョは小さく鳴く。それを見て女性は優しく微笑むと、星々が輝く空を見上げた。

 

「…残された時間は、少ない。あと何週間…いや、何日かな?何にしても、ちゃっちゃとやらないとね。こういうことが起きた時のために、予備プラン(オプション)ってのは用意しておかないと」

 

 明るく、楽しそうに言う女性はそこまで言って表情を引き締める。そして決意を固めたように、ポツリとつぶやいた。

 

「…絶対に守るよ」

 

 ゴニョニョは小さく鳴いて、女性同様空を見上げる。

 

 

 

 無数の星々が輝く先に、迫り来る絶望を感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 キナギタウン

 海上に存在し、アルトマーレとは異なる形で海と共存している珍しい町。今回、カイム達が目的としている『おふれの石室』から最も近い町であるため、シロナとカイムはキナギタウンを拠点に調査を進めていく予定になっている。

 

「このあたりは、どうも岩が多いな」

 

 船に揺られながらカイムはそう呟く。現在、カイムとシロナはキナギタウンから出る『おふれの石室』行きの船に乗り、現地へと向かっている最中だった。おふれの石室はまだ一般公開はされていないが、今回はシロナだけでなく、ナナカマド博士とプラターヌ博士のツテも使うことで現地へと足を踏み入れることを許可してもらった。カイムにシロナレベルの実績があれば必要なかったのだろうが、生憎カイムはまだ論文を一本書き上げたにすぎない。その論文自体はそれなりに評価されているが、まだ実績といえるレベルではないだろう。

 

「かつてこのあたりに文明があった名残かもしれないわね。おふれの石室って、元々海中からしか行けない場所だったんでしょ?長い時間の中で海中に沈んだ、とかありそうな話じゃない?」

「イッシュにも海底に沈んだ遺跡があったな。確かに、実例がある以上その可能性もあるかもしれん」

 

 シロナの言葉にカイムは頷く。イッシュ地方のサザナミタウンには海底に遺跡が存在する。かつて栄えた文明の遺跡らしいが、もしかしたらおふれの石室も同様のものなのかもしれない。

 

「それで?現場の発掘はどうなってるの?」

「一通り終わってる。まだ何かあるかもしれんから、その調査も含めて調べていく予定だ」

「そう。楽しみね」

「シロナもシロナで、好きに調べてみてほしい。俺よりも現場調査の経験は豊富だし、色々とわかるだろ」

「そうね。確かに、現場での調査は私の方が経験あるし、セオリーに沿った調査は私の方が向いているかもね」

 

 何度かシロナの現地調査に同行したことがあるとはいえ、カイムがメインとなって調査をするのはこれが始めて。最低限の知識と経験はあるが、どちらも不足しているのは変わりない。そこはもう一朝一夕でどうにかなるわけではないため、シロナの手を借りることが一番早いとカイムは判断した。

 

「でも、貴方は貴方の視点がある。その視点こそが私が見込んだ素質なのだし、今回もその視点が発揮されるのを楽しみにしてるわ」

「善処しよう」

 

 カイムの視点はシロナにはない。その視点こそ、シロナが自身のため、ひいてはカイム自身のために必要なものだと判断し、彼を助手へとスカウトした。結果としてそれ以上の関係になったが、二人にとってカイムの特異的な視点というのは必要なものだった。それが今回の調査でも発揮されることをシロナは期待していた。

 

「お二人様、見えてきましたよ」

 

 操縦士の言葉に二人は顔を上げ、進路の先を見た。進路の先には大きな岩がある。パッと見ではただの少し大きい岩にしか見えないが、中には二人の目的の遺跡が存在している。

 

「…あれが、おふれの石室」

 

 おふれの石室。レジポケモンが存在する遺跡には必ず存在する古代文字が記されており、現在発見されている古代文字が存在する遺跡の中で最古のものと言われている。そして今回、カイムの論文を書く上で最も大きな意味を持つ遺跡だった。

 カイムの表情は固い。普段から表情の動かないカイムだが、シロナの目には明らかに表情が固くなるのがわかった。それも無理はない。何せカイムが主導で調査するのは今回が初めてだ。うまくできるのか、という不安があるのだろう。そんなカイムの手をシロナは優しく包んだ。

 

「!」

「大丈夫。貴方ならできるわ。それに、もしうまく出来ない部分があっても、私がフォローする。できないことはこれからできるようになればいいのよ」

「…お見通しか。敵わんな」

 

 全て見透かされた上に、フォローする、などと言われてしまうのは男として少々情けなくも思える。しかしそれは仕方ないと割り切り、今できないのであれば今後どうするかを考えようと切り替えた。

 そうこうしているうちに、遺跡手前に船が停泊する。それを見てカイムは荷物を手に取ると、シロナを真っ直ぐ見据えて言った。

 

「わからんことがあったら聞く。頼りにしてるぞ」

「ふふ、いい顔になったじゃない。もちろんよ」

 

 そうして二人は遺跡へと足を踏み入れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人が足を踏み入れた遺跡内部は、異様な光景だった。室内にいくつかの柱か立てられており、石碑のようなものが乱立している。石碑にはカイムが資料としてもらった古代文字が記されているが、以前もらった資料と比較して石碑の数が多い。

 

「発掘は済んでます。あとはお好きに調査可能ですので、何かあれば呼んでください」

 

 現場監督がシロナ達にそう告げ、外に出て行く。残されたシロナとカイムは目を見合わせると、頷いた。 

 

「一日で調査できる時間は少ないわ。早速始めましょ」

「ああ」

 

 二人は調査道具を取り出すと、各々調査に取り掛かる。カイムは明確にテーマを持っているため自分の判断で調査できるが、シロナはレジポケモンはテーマとして持っていないため、何から調べるかを考えるところからだった。

 

(さて…私は何から始めようかしら)

 

 一番のネックである古代文字に関してはカイムが自身で調査、解析している。その手伝いをしてもいいが、今回はカイムの成長目的もあるためできる限り一人でやらせたいとシロナは考えていた。そうなると、シロナは独断で調査を進めることになる。

 

(できる限り、私のテーマとも関わらせたいけど…さすがに厳しそうね。ならカイム独自の視点ではなく、私の視点を含めたセオリー通りの調査から始めるのがよさそう。なら、まずは柱とかの建造物についての調査から)

 

 そう考えたシロナは、石室内部に建造されている柱に足を進めた。柱をざっと見て、他の柱と見比べる。いくつかの柱を見て、シロナは一つの違和感を覚えた。

 

「…この柱、どこかで…」

 

 どことなく見覚えのある柱。シロナも来る前に石室の資料に目は通しているが、柱に関する資料はなかったため、その違和感を感じることはなかった。だが目の前の柱を見て、シロナは即座に既視感に近い感じ取った。

 

(この既視感…今までの遺跡や建造物を私はどこかで見たことがある?どこかしら…)

 

 まずシンオウ神話に関する遺跡ではない。そうであれば、シロナは即座に気づく。故に、槍の柱やシント遺跡あたりは違う。

 

(アルフの遺跡、でもない。資料で見たパルデア帝国のものも違う。そうなると……キッサキ神殿?)

 

 シロナは数瞬間の思考の後、キッサキ神殿という結論に辿り着く。キッサキ神殿のものとは異なり、手入れされておらず、加えて経年劣化もある。それ故に細部は異なるが、大まかな造りはかなり似ていた。

 

「つまり…キッサキ神殿とこの石室を造った人は同じ?いや、それを断言するのはまだ早いわね。個人かどうかはわからない。もしかしたら、民族としてこういう造りが伝わっているだけかも」

 

 造った人だけでなく、民族として伝わっているという可能性もある。すぐに思いついた仮説を否定するでもなく、まずは他の可能性を考案することが先決だと考え直し、更なる思考を巡らせる。

 

(年代はいつ頃なのかしら。キッサキ神殿より先か後か…それによって考察も大きく変わるわ。それに、キッサキ神殿はシンオウ地方の最果てにあるのに、この石室はホウエン地方。この二つはそこそこ離れているのに、同じ造りの建造物がある…つまり、シンオウとホウエンで何かしら繋がりがあったということ?でもならなぜ道中のカントーやジョウトにそれらしいものがないの?いや、この石室も見つかったばかり。まだジョウトやカントーで見つかっていないという可能性もあるわね)

 

 現状、カントーとジョウトでレジポケモンの存在は確認されていない。しかしシンオウとホウエンの間に位置するこの二つの地方にいないとも限らない。そもそもレジポケモンは世界の各地でその存在が確認されているため、まだ見つかっていないだけ、という説が濃厚だろう。

 

(レジポケモンは、存在は見つかるのにレジポケモンに関する記録がさっぱり残ってない。だから学問的にも他の分野と比較してやや活気がない。今回のおふれの石室も見つかって発掘までしたけど、古代文字の解読に来た学者は僅かだし、年間で発表される論文の数もかなり少ない。学術的価値が低いのではなく、記録が少なすぎることが原因で誰も研究しないから、仕方ないのかもしれないわね)

 

 考古学学会の中でも、レジポケモンの研究はシンオウ神話やパルデア帝国、カロスの戦争などと比べると明らかに遅れている。それもやはり、他の分野と比較してあまりにも明確な記録がなさすぎるのだ。それ故に興味を持ち、研究し始めてもすぐに手詰まりになり、研究がお蔵入りしてしまうという現状があった。最近は少しずつ活性化してきたが、それも他分野と比較すればまだまだである。

 

 カイムがレジポケモンの研究を始めたのは、シロナの研究テーマであるシンオウ神話…アルセウスと、アルセウスと対立していたとされる巨人…レジギガスの論文を書いたことがきっかけだ。この論文が世の中に出て、高い評価を受けただけでなく、カイム自身がレジポケモンについて興味を持つようになった。それが研究を始めたきっかけであり、いうなればシロナのテーマから派生した研究テーマであると言える。まだ未開拓の分野であるため、研究のしがいがあるが、それ以上に難しさがある。それをわかってなお、この研究に踏み込んだカイムのことを、シロナは全力で応援したいと思っていた。

 

「カイムは文字の解読に忙しい。私なりに調査して、いい論文にするための材料を集めておかないとね」

 

 カイムには、生活だけでなく研究でも大いに助けられている。方針を決めているのはシロナだし、大筋はほとんどシロナがやっているものとはいえ、カイムの助けが大きかったのもまた事実。今度は自分がカイムの助けになるのだ、と内心で決意し、シロナは更なる調査に集中していくのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

数時間後

 

「ふう…さすがに、ちと休憩すっか」

 

 長時間の調査で体が疲れを覚えてきている。それを自覚したカイムは大きく伸びをして、固まった身体をほぐす。シロナもそれに気づくと手を止め、カイムに歩み寄ってきた。

 

「休憩?」

「ああ。少し調査内容をまとめるのもかねてな」

「何か発見はあった?」

 

 シロナの問いかけにカイムは頷き、メタグロスを出すとメタグロスの上に腰掛けた。シロナもメタグロスに寄りかかると、カイムの手元のノートを覗き込む。

 

「今まで解読した文章は、簡単にまとめると『ポケモンのおかげで生きてきた』ってことだ。そのあとに続く文章…『だが私たちはあのポケモンを…』。発掘が進んでなかったからここまでしか読めなかった。だが今回の調査で全貌が明らかになった」

 

 カイムのノートには解読メモと共に、文章が記されていた。

 

「『だが私達はあのポケモンを閉じ込めた』『怖かったのだ』『勇気ある者よ。希望に満ちた者よ。扉を開けよ』『そこに永遠のポケモンがいる』。これは…古代文字を記した人たちの懺悔…?」

 

 カイムが解読した文章は、かつてこの空間で生きた人々の独白だった。彼らは恐怖心から、共に過ごしてきたポケモンのことを閉じ込め、逃げた。そして後世の勇気と希望に満ちた存在にそのポケモンを託すことにしたのだと、この文章から読み取ることができる。

 

「懺悔というか、独白というか…何にしても、古代人達はレジポケモン達のことを閉じ込めた、というか封印したんだろうな」

「怖かった…レジポケモンのことが怖かったのね」

「わからんでもないがな。レジポケモン、基本的に生き物らしさがない。どれもこれも無機質で、生き物というより概念に近い印象があるから」

 

 現在見つかっているレジポケモンは、レジスチル、レジロック、レジアイス、レジエレキ、レジドラゴ、そして記録のみだが、レジギガス。それら全てのレジポケモン達は、皆無機質であまり生き物らしさがない。生命というより、エネルギーの凝縮体に近い印象がある。レジアイスは溶けない氷でできていたり、レジロックは欠けた体に岩をつけることで再生させることもあるという。普通のポケモンではまず考えられないような体を持っており、カイムの言う通り概念に近いものなのかもしれない。

 

「概念か。言い得て妙ね。確かにそんな存在が近くにいれば、怖くもなるか」

「…まあ、そうだな」

 

 シロナの言葉を肯定しつつも、カイムの口調はどこか納得していないように感じる。何かあるのか、と考えたシロナはカイムに問いかけた。

 

「何か引っかかるのね」

「…ああいや、引っかかるっていうか…それだけなのかなって」

「どういうこと?」

「レジポケモンが怖かった…そのまま取れば、やつらの存在が怖かったと取れる。違和感はない。存在に恐れたってのは、間違いないだろうよ。そこについちゃ異論ねえ。だが、古代人がレジポケモンを封印したのはもっと明確な理由があったからじゃねえのかな」

「明確な理由?レジポケモンが怖かったっていうのは、理由には…」

 

 そこでシロナは何かを思いついたかのように顎に手を当てて考え始める。そしてわずかな思考の後、カイムに問いかけた。

 

「怖かった…レジポケモンを恐れたもっと明確な理由…つまり、レジポケモンの何を恐れた(・・・・・)のかって言いたいのね」

「ああ。確かにレジポケモンは無機質で生き物らしくねえ。だがそれでも古代人達はレジポケモンと共に過ごしてきた以上、多かれ少なかれレジポケモンの見た目には慣れていた(・・・・・)はずだ。見た目だけが封印をした理由とは思えん」

 

 このおふれの石室には『レジポケモンと共にここで生きてきた』というニュアンスの記録が残されている。つまり、それなりの時間を古代人達はレジポケモン達と過ごしてきたはずだ。故に、個人差はあれど、レジポケモンの見た目や生態については多少の慣れがあったはずだとカイムは考えた。ずっと恐ろしい存在が近くにいるなど、心身共に強烈なストレスがかかる。その状態をずっと続けてきたとは思えないため、レジポケモン達の見た目が怖くて封印した、とカイムには考えられなかった。

 しかしそうなると、他に何か理由がある。何を恐れて古代人達はレジポケモンを封印したのか。そして封印されたレジポケモン達は一体古代人とどのように過ごしていたのか。謎は深まるばかりだが、その事実は学者である二人にとっては楽しくなる要因でしかない。

 

「もっと調べれば、そのあたりもわかるようになるかしら」

「なんとも言えんな。石室そのものはここまでしかねえ。探せばまだなんかあると思うし調査は続けるがな」

「そうね。あ、そうだ。私も私なりに調査してみたんだけど…」

「おお、見せてくれ」

 

 今度はカイムがシロナの手元を覗き込む。シロナは自身のノートを開き、調査内容をカイムに見せた。

 

「見てこれ。ここの柱とキッサキ神殿の柱の造りなんだけど…」

「…ふむ、これはかなり似てる。こいつぁ、何か繋がりがあるな」

「でしょ?ここまで似てるとなると、何かしら繋がりがあるのは間違いないわ。でも疑問もあって…シンオウとホウエンの繋がりって薄いじゃない?だからどういう繋がりがあるのかなって」

「場所も遠いしな。ただ、シンオウ地方って名前になる前…ヒスイ地方だった時だな。ヒスイからホウエンに移り住んだ人もいるみたいだ」

「でも、古代人ってヒスイより前の時代よね?時期を考慮したら、この部分における繋がりって薄いんじゃないかしら」

 

 記録によると、ヒスイ地方と呼ばれた時にはすでにキッサキ神殿が存在していたらしい。そうなると、カイムの言うヒスイからの移民はこの場における繋がりというには薄い。

 

「そうか、そうだな…古代人の年代じゃねえか。そうなると…もっと別の繋がりがあったのか?」

「そう考えるのが妥当ね。例えば…古代人の中にも色々いて、移民になった人々とその場に留まった人々があるとか」

「ふむ…古代人にも色々いる、か」

 

 カイムは何かを思いついたかのように目を細める。それに気づいたシロナはカイムに問いかけた。

 

「あら、何か思いついた?」

「…シロナ、キッサキ神殿の地下にいたレジギガス…覚えてるか?」

 

 かつてシロナとカイムはキッサキ神殿の地下で、眠りについているレジギガスを目の当たりにした。パッと見は石像にしか見えなかったが、その石像から感じられる覇気の強さから、二人はキッサキ神殿地下にいたのがレジギガスであると確信した。

 

「ええ、もちろん」

「その時、レジギガスに刻まれた文字…あれはレジギガス本人が刻んだものじゃねえ。別の誰か…まあレジギガスをあそこに封印した人物が記したものだ」

「そう考えるのが妥当よね」

「あそこに記された文字…あれは、俺らでも読める文字だった」

「ここに記された古代文字…それとキッサキ神殿に刻まれた文字。普通に考えれば、この古代文字の方が古くて、キッサキ神殿の文字が後から刻まれたって考えるのが妥当だけど…」

「そうとも限らん。この古代文字、レジポケモン関連の遺跡以外、他のどこにも使われていない。でもキッサキ神殿では通常の文字が使われていた。断言はできんが、この古代文字が使われるタイミングみたいなものがあるんじゃねえかな」

 

 特定の場所のみで使われている、となると、何かしら古代文字を使うタイミングみたいなものがあるのかもしれない。カイムはそう考えた。

 

「なるほど…古代文字を使う場面。いい視点ね」

「もし何かしらの法則性があれば、この石室の謎も少し真実に近づくんじゃねえかな」

「あり得るわね。そうなると、他の遺跡にどんな文字が使われているかを整理するのが必要かしら」

「そうだな。前にソニアからもらった『巨人の寝床』の遺跡に関する資料もデータ化して持ってきてる。軽く整理してみよう」

「ええ」

 

 そうしてシロナの調査内容について、二人は一つのタブレットを使って整理し始める。自身の上で様々な議論を交わしている二人を見て、カイムを頭に乗せているメタグロスは楽しそうにしているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫し議論を重ね、ひと段落ついた時、シロナはふとカイムの首元に目を向けた。そこにはかつてシロナがカイムに贈った青いリングが輝いている。それを見てシロナは唐突に疑問が生まれ、カイムに問いかけた。

 

「ねえカイム。カイムってリングつけてるときと首から下げてる時があるけど、どういう基準で変えてるの?」

 

 カイムは、リングをつけてる時と首から下げている時がある。リングの状態はどういった基準で変えているのかが気になり、そう問いかけた。

 

「ん、ああ。リングな」

 

 カイムは首から下がっているリングに手を添える。

 

「俺、色々と家事やるだろ?掃除洗濯炊事…水回りの作業することが多い。それに、トレーニングで自分の手ェ使うことも多い。筋トレとかな。そこら辺やる時は基本いつも首から下げてる」

「ああ、そういう感じなのね」

「せっかくラティオス(あいつ)の色なんだ。それに、シロナからもらったもんだからよ。できるだけ大事にしたい」

 

 カイムはこのリングの色がとても気に入っていた。シンプルに好きな色というのもあるが、カイムにとって特別なポケモンであるラティオスの色と同じものだからだ。自分の手持ちポケモンのような家族に近い存在ではなく、親友のような間柄のポケモンであるラティオスのことをとても大切にしている。だから同じ色のリングのことも大切にしたいと思っていた。

 そして何より、シロナが贈ってくれたものだ。付き合う前、シロナがアルトマーレ来訪記念に、と言って買ったものだが、今となっては二人の関係の象徴のようなものになっている。だからこそ、よりこのリングは大切なものになっていた。

 

「大事なものだから身につけていたいが、傷つくのも嫌でな。手ェ使う時は首に下げるようにしてる。そんだけ」

「そういうことね」

 

 何かしら法則性があるとは思っていたが、ただ単に傷つけたくないというだけの理由だった。

 シロナとしてもこのリングは大切なもの。ラティアスの色をしたリングは宝物であり、今では肌身離さず持ち歩いている。ポケモン達とのトレーニングの時も含めて、いつも右手の薬指につけていた。

 

「大事にしてくれてるなら、贈った身としては嬉しい限りね。なんだかんだでイヤリングも着けてくれてるわよね」

「まーな。柄じゃねえとは思ってるけど、せっかくあるんだしつけてる」

「いつも思ってたけど、やっぱり似合うわね」

「そらどーも」

 

 シロナの褒め言葉を疑っているわけではない。だが自分の柄ではないことも自覚しているため、カイムは肩を竦めるだけだった。

 

「そういうシロナもしてんだろ」

「まあね。あの子の色だし、できるだけつけていたいのよ。でも私、イヤリングはつけたりつけなかったりよ。服の色が合う時や場所によってつけるかどうか決めてるわ」

 

 シロナの服装は黒系統が多い。黒と赤が合わないわけではないが、服装によってはどうしても合う合わないがある。シロナの美貌であれば、多少合わなくとも全て絵になるため問題ないのではないかとカイムは思うのだが、本人としては違うらしい。それに、買ったイヤリングは比較的カジュアルなデザインなもの。故に、学会のような場面ではあまり適さないため、多少つける場面は気をつけているらしい。

 

「極力つけるようにはしてるけど、場面にあった服装を着るのもファッションにおいて大切なことよ」

「それもそうか」

「そうよ。貴方には、できるだけ綺麗な私を見てほしいからね」

「何もしなくても、お前は美人だっての」

「ふふ、ありがと」

 

 何度も言われているが、愛する人からであれば何度言われても嬉しい。美人だと褒められて胸の奥が熱くなる思いにシロナは駆られた。そっと赤いリングがはめられた右手で、カイムの首元に下がっている青いリングに触れる。

 

「これからも大事にしててね。このリングも、ラティアス(あの子)達も、ポケモン達のこと」

「ああ」

 

 カイムはそこで青いリングに手を添えるシロナの右手を見る。シロナの右手にはラティアスの色である赤いリングが光っていた。その右手にカイムはそっと触れる。

 シロナの手は綺麗だが、所々トレーニングの跡があった。それにペンを使った跡であるタコもできており、シロナの歩んできたものと積み上げてきたものの一端を示しているようだった。

 

「どうしたの?」

「…いや、俺よりもたくさんのものを積み上げてきたんだな」

「ああ、そういうこと。でも、どちらかと言うと…私は一歩が貴方より大きいってだけよ」

 

 才能。カイムが心から望み、得ることができなかったもの。確かにシロナには才能があり、そしてカイムにはなかった。同じだけの時間を費やしても、カイムではシロナのいる場所には辿り着けない。それは間違いないだろう。それはカイムも理解しているし、今更嘆くことでもない。

 

「同じ時間を歩んだとしても、俺はお前と同じ場所にはいけねぇ。なら俺は、それ以上の時間をかけるだけだ」

「一歩が小さいなら、その分一歩を多くする、ね。そうまでして、私の隣にいたいんだ」

 

 少し揶揄うつもりでシロナは言う。今の口調から、カイムは何がなんでも自分の隣にいたい。そう言っているのと同義だった。実際シロナも同じ気持ちだが、まさかカイムが自分から口にするとは思っていなかった。嬉しい気持ちに胸が熱くなるが、少し恥ずかしくもあったため、シロナは揶揄うような口調でカイムにそう言う。

 

「ああ。俺にとって、一番大事な場所だから」

 

 シロナの言葉に対して、カイムはストレートに返してきた。ここ最近、時折素直になる瞬間があったため、素直に返してくる可能性もシロナは考慮していた。故に不意打ちにはならなかったものの、シロナとしては嬉しさで胸がいっぱいになる。

 

「…ありがと。私も、貴方の隣が1番大事よ」

 

 添えられた手を握り、シロナはカイムの肩に自分の頭を乗せる。カイムの手は、家事やトレーニングによってできた跡が無数にあり、どれほどカイムが足掻いてきたのかを象徴しているかのようだった。そしてそれと同時に、シロナやポケモン達のために日々たくさ尽くしてくれていることも同時に証明しているようでもあった。

 

「前も言ったけど、貴方の手いいわよね」

「どこがいいのかわからんが、そう言われて嫌な気はせん」

「男らしいっていうか、貴方の努力の一端が見えるみたい。それに、貴方の優しさが出てるみたいだから」

 

 ポケモンを撫でる手、料理を作る手、自身を鍛える手…様々な場面で手を使うものだが、カイムの手は何に対しても優しい。シロナに触れて来る手も優しく、少しだけ冷たい。その優しさと冷たさがシロナの心を落ち着けてくれる。互いに触れるこの時間はシロナにとってとても癒しの時間であるし、カイムにとってもそうだった。互いに触れ合うことで、互いの心をより強く感じられ、より『一緒にいたい』と思う心が強くなることを実感できる。

 

「これからも苦労はたくさんあるだろうけど、シロナといればどうにかできる気がする」

「そう思ってくれるのは嬉しいわ。私も、貴方とならどんな辛いことも乗り越えられると思うの。今回の論文も難しいテーマだけど、私が精一杯支えるから、貴方は自分のなすべき事を成して」

「支えてもらってばかりだな」

「お互い様よ」

 

 そっと二人は指を絡め合い、寄り添い合う。シロナは目を閉じ、カイムの体温を感じながら呟いた。

 

「ね」

「ん?」

「いつもありがとう」

「こちらこそ」

 

 シロナの頭に自分の頭を乗せ、二人はより密着して寄り添い合う。

 

 

 

 そして自分の上で息をするようにイチャつく二人を見て、メタグロスはやれやれと息を吐き、遠い目をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 キナギタウンの拠点に二人は戻り、食事を済ませて部屋で調査内容を整理していた。しばらくデータ整理していると、夜も更けてきた。

 

「そろそろいい時間ね」

「明日の準備して寝るか」

「先にお風呂入ってきたら?疲れてるでしょ?」

「…ん、まあ…そうだな。じゃあお言葉に甘えて」

 

 カイムはそれだけ言うと、着替えを持ってバスルームに入っていった。残されたシロナはベッドで丸くなるブラッキーを優しく撫でる。ブラッキーは撫でられてぴこぴこと耳を動かし、シロナにされるがままになっていた。

 

「ふふ」

 

 しばらく撫でて満足したシロナは立ち上がる。もう少しカイムの入浴には時間がかかるだろうし、シロナもデータ整理は既に終えている。手持ち無沙汰になってしまったシロナは部屋の鍵を持ち、カイムにメッセージを残して部屋を出た。波の音と潮風を感じながら、独特な街並みを歩いていく。木で作られた道を歩き、月が見える場所に辿り着いた。空に浮かぶ月は三日月であり、綺麗に輝いている。

 

「ブラッキーが見たら喜びそうね」

 

 そう呟いて再び足を進める。ポケモンセンターと民家の光が見える程度で街は少し暗い。だが足元がはっきり見える程度のライトはあるため、足を踏み外すようなことはない。

 少し足を進めていくと、一つの人影を見つける。その人影はシロナに気づくと、歩み寄ってきた。

 

「やあ、いい夜だね」

 

 歩み寄ってきたのは、ボロボロの外套を見に纏う小柄な女性だった。随分とラフな格好であり、少女のように見えなくもないが、纏う雰囲気はとても少女のものとは思えない。加えて、目に宿す光は強く、力強い覇気を纏っていた。シロナはまだ波導を見ることはできないが、感じられる波導は歴戦のトレーナーと遜色ない。そして月明かりに照らされてわかったが、足元にゴニョニョがいる。

 

「…そうね」

「おっと、急に声をかけて悪いね。わたしはたまたまここにいた、ただの旅人さ」

「そう。私も似たようなものよ」

 

 事実、シロナはカイムと共にここへ訪れた。旅行ではないが、旅ではあるため、旅人とも言えるだろう。

 

「そっかそっか。じゃあ奇遇な出会いだね」

「かもしれないわね」

「こんないい夜に、貴女みたいな別嬪さんに出会えるなんて…明日はいい日になるかな?いい出会いがありそうだ」

 

 マイペースに話を進める女性に、シロナは若干警戒心を強める。悪意は無さそうだが、どうにも腹の内が読めない。

 

「ああごめんごめん。こっちばっか話しちゃって。貴女、名前は?」

「私はシロナよ」

「シロナ…シロナか!へえ、とってもいい名前!それになんてシンクロニティ!まさかわたしと似た名前の人と出会えるなんてね!」

「似た、名前?」

「うん。わたしはヒガナ。よろしくね、シロナ」

 

 そう言ってヒガナは手を差し出して来る。シロナは僅かに警戒しつつも、ヒガナの手を取り握手に応えた。

 

「それで?シロナはどうしてキナギタウンに?ここ、いい場所だけど観光には向かないと思うんだけど」

 

 キナギタウンの交通網はお世辞にも良いとは言えない。観光で人が訪れないわけではないが、観光で来るほど見るものも多くはない。それ故にわざわざここに立ち寄る観光客は少ないのだ。

 

「ああ…私、実は学者でね。論文の取材のためにここまで来たの。キナギタウンが取材場所に一番近くてね」

「へえ!取材か!そっかそっか。それはグッドだね!」

 

 ヒガナは楽しそうに手を叩きながらそう言う。ぱっと見は気さくな女性といった感じだが、ヒガナからは得体の知れない気迫を感じる。それに足首には奇妙な形をしたアンクルをつけており、そこにはキーストーンが嵌め込まれていた。

 

(キーストーン…つまりヒガナはトレーナー)

 

 キーストーンを持つトレーナーとなると、かなり腕を持つトレーナーなのだろう。だがこの圧力はそれだけとは思えない。そしてその圧力の中に、僅かに圧力とは別のものが感じられる。その違和感の真意はわからないが、その気配にシロナはどこか既視感があった。

 

(なんだろう…似た雰囲気の人を、昔どこかで?)

 

 少し考えてみたが、すぐにはわからなさそうであったため、シロナは一度思考をリセットする。

 

「そういうヒガナはどうしてここに?」

「ああ、わたしはちょっち願掛けをね」

「願掛け?」

「うん。これからちょーっち大きい使命(ヤマ)があってね。それがうまくいきますよーにって、願掛け」

 

 ヒガナはけらけらと笑いながら言う。シロナにはヒガナの言う使命が何なのかはわからない。もしかしたら、ヒガナの持つ圧力はその使命に起因しているものなのかもしれないとシロナは考えた。

 

「ヒガナの、使命って?」

 

 シロナがそう問いかけると、ヒガナは空を見上げた。それに釣られて、シロナも空を見上げる。空にはたくさんの星が輝いていた。そこでヒガナはぽつりと呟く。

 

「例えばの話なんだけど」

 

 ぎゅっと拳を握り、ヒガナは語り始めた。

 

「……シロナはさ、自分の世界ともう一つ…似てるけど違う世界。守るなら、どっちを守る?」

「どちらの世界を守る、か…」

「もしもの話だけどね。そもそも、ここと似た世界なんて言って、信じる人なんていないだろうし」

「まるでヒガナは信じてるみたいな言い方に聞こえるけど?」

「うん。だって、無い証明なんてできないじゃん。ある証明もできないけど、無い証明もできない。でもわたしはあるって信じるよ(知ってるから)

「それもそうね」

「そんで?シロナならどうする?」

 

 ヒガナの問いにシロナは僅かに考える。世界を本当に守ることがヒガナの使命なのかはわからないが、自分であればどうするだろうと考えた末、問いかけに答えた。

 

「私は…どちらの世界も救える方法をギリギリまで探すと思う。自分の世界は確かに大事だけど、見ず知らずの誰かの世界がどうでもいいとは思えないの。誰かの世界があって、私の世界がある。どちらかだけでは、きっと存在することできないから」

 

 かつてカイムが言っていた言葉…『自分の世界は、自分の周りにいてくれる存在そのもの』という考え方。シロナはそこまで極端にはなれないが、それでも自分の世界だけで人は生きていけない。それをよく実感するきっかけでもあった。だからできることなら、どちらも守りたい。世界が欠けることは、欠けた世界の歴史が無に帰すのと同義でもあるから。

 だが同時にそれは、方法が見つからなかった場合は見殺しにすると言っているのと同義。わかっていながらも見捨てるという選択は、非情なものに映る。その選択をしたことに、きっと自分は心を痛めるのだろうとシロナは考えた。

 

「へえ…シロナは優しいんだね」

「どうかしら。こう考えられるようになったのも、私の側にいてくれる人がそう考えているからだしね。それに、結局自分のいる場所がなくなってしまったら元も子もないから、まずは私たちの世界の安全かしら」

「そっか。じゃあ、シロナとその人…二人とも優しいんだ。でも、その選択が他の世界にとって不利益…ひいては絶望になってしまうとしても、シロナは同じことが言える?」

 

 ヒガナの問いの真意はわからない。しかし、この新たな問いに対しては、シロナは即座に応えることができた。

 

「ええ。私は、私と一緒に生きてくれる人とポケモンのために、他の世界を見捨てる覚悟を持てる。きっと私だけじゃ背負いきれないものでも、一緒に背負ってくれる人がいるから」

 

 そんなことあるかどうかわからないけどね、と苦笑しながらシロナは付け加える。真っ直ぐな言葉と心。シロナのどこまでも強く、澄んだ心にヒガナは思わず笑ってしまう。

 

「いやあ、カッコいいね!そんなふうに即答できるなんて…シロナの心は強いんだね。きっと貴女の側にいてくれる人のおかげなんだろうなぁ」

 

 ヒガナはそう呟いて、視線を落とした。水面に映る月明かりに目を向け、どこか寂しげに呟く。

 

「わたしにも、そういう人がいたらな」

 

 その言葉を呟くとヒガナは一度目を閉じ、そしてまた飄々とした態度に戻った。

 

「ま、そんなわけで…わたしの話はこのへんで。ごめんね、変な話して」

「いえ、大丈夫。興味深い話だったわ。それで、ヒガナはこれからどうするの?もう夜遅いけど」

「わたしはたまたま立ち寄っただけだし、明日にはミシロタウンにでも向かおうと思ってるよ。できればとっとと行きたいけど、さすがに夜も遅いしね。今日はそこいらで朝を迎えるさ」

「ミシロタウン?どうして?」

「わたしのお役目を果たすため、かな」

 

 からからと笑うヒガナの足元で、ずっと静かにしていたゴニョニョが何かを訴えるように鳴く。それを聞いたヒガナはゴニョニョを抱き上げ、優しく撫でた。

 

「わかってるよ。でも、ちょーっとハードル高すぎるかな。わざわざここで無理する必要もないしね。必要な分はもう目星はつけてる(・・・・・・・)から、大丈夫。この街にもう一個あるみたいだけど…まあ、それも無理かな。一応ダメ元で行くけど、相手が悪すぎる(・・・・・・・)

「…?」

 

 ゴニョニョの言いたいこと、ヒガナの言葉。何一つ意味はわからない。しかしその言葉はヒガナの使命を果たすために必要な何かについてのことなのだろうということはわかった。

 ヒガナはゴニョニョを下ろすと、シロナに向き直る。

 

「ごめんねわたしばっか喋っちゃって。なんかシロナ相手だとなんとなく話しやすくてさ」

「そう言ってもらえるなら嬉しいわ」

「大人だね、シロナって。ほんじゃ、夜も更けてきたことだし、ここいらでドロンしますかね」

 

 そう言ってヒガナはシロナの横を通り過ぎて歩いていく。その際もシロナはヒガナの行動から目を離すことはなかった。シロナとすれ違って少し歩いたところで、ヒガナは振り返る。

 

「シロナ」

「どうしたの?」

「縁があったら、また会おう。今度はシロナの話もきかせてよ」

 

 嘘偽りの無い、真っ直ぐな目。ヒガナが何を考えているのかはさっぱりわからないが、今この言葉においてはヒガナの心から出た言葉だとシロナは理解することができた。

 

「…ええ。貴女の話も、私はもっと聞きたいわ」

「ありがとさん。んじゃね」

 

 それだけ言ってヒガナは去っていった。

 残されたシロナは、不思議で奇妙な出会いにこの先の滞在で何かが起こることを予感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、ほぼ同時刻のカイムは、ちょうど風呂上がりだった。

 

「シロナ、上がっ…いないのか」

 

 風呂上がりの部屋には、瞑想しているブラッキーしかいなかった。スマートフォンを見ると、散歩に出る旨を伝えたメッセージが残っていた。

 そして部屋にいるブラッキーからは薄く影のようなオーラが広がっており、何かの修行をしているのがわかる。少し前にゲンと出会い、自身の力の可能性を見出したブラッキーは、『あくのはどう』を無害なレベルまで薄めて広げることで、範囲内に入った相手の『悪意』を筆頭とした感情を読み取ることができるようになった。とはいっても、まだ習得したばかりで範囲も持続可能時間も少なく、感情自体も大まかなものしか読めない。そのためこうした隙間時間に鍛錬を行うようにしている。今現在ブラッキーが感知可能範囲は、この部屋の外ギリギリ程度だろうか。

 

「頑張ってんな」

 

 肩にかけていたタオルをたたみ、トレーニング用アンダーとスウェットというラフな姿のカイムはブラッキーの横に腰を下ろす。そしてブラッキー同様に自身も瞑想を始め、今日の調査内容、そして明日の方針を脳内で組み立て始めた。

 

 そうして暫しの間瞑想を続けていると、突如ブラッキーがパッと目を開き、立ち上がった。

 

「?」

 

 突然立ち上がったブラッキーにカイムは疑問の目を向ける。単に瞑想を切り上げたのではなく、ブラッキーの感知範囲内に何者かが侵入したということ。もしそれがシロナの気配であれば、ブラッキーはこのような反応はしない。つまり、部外者がこの部屋に近づいてきたということになる。

 

(この時間に掃除なんて来るわけねえ。ルームサービスも頼んでない。誰だ?)

 

 ブラッキーは扉に鋭い視線を向けている。敵意…とまではいかないが、強い警戒心を発揮している以上、何かしら思うところがあるのだろう。

 

「誰だ」

 

 カイムは扉に向けて言う。届いているかどうかはわからないが、とりあえず口に出して相手に気づいていることを伝えようと考えたのだ。

 向こうからのリアクションはない。ただ、ブラッキーの感知範囲から気配がすっと出て行くのを感じた。それを感じたブラッキーは警戒を緩め、『影』を解いた。カイムもブラッキーが『影』を解いたのを把握し、警戒心を解く。

 

「…何だったんだ?」

 

 カイムは足元のブラッキーに視線を向け、そう問いかける。ブラッキーも感じ取れたのは気配と僅かな感情のみ。扉の外にいた人物が誰なのか、何を目的としていたのかまではわからない。

 そして何より、扉の前にいた人物から感じ取れた感情は『使命感』。その感情を持ってなぜここにいたのか。わかるはずもなく、ブラッキーは首を振る。

 

「だよな。まあ何にしても、気付けたんだ。よくやった」

 

 そう言ってカイムはブラッキーの頭を優しく撫でる。ブラッキーは嬉しそうに鳴くと、カイムに抱っこしてほしいとせがむ。それを見たカイムは相変わらずの甘えん坊加減に苦笑しつつ、ブラッキーを優しく抱き上げた。

 

「いつまで経っても甘えん坊だな」

 

 やや呆れつつそう言うが、ブラッキーはそんなもの知るかと言わんばかりにカイムに甘える。すりすりとカイムに甘えるブラッキーを撫でていると、シロナが帰ってきた。

 

「あら、もう上がったの」

「いつもこんなもんだろ」

「ふふ、そうかもね」

 

 シロナはふとカイムの服装に目を移す。鍛えられた身体が浮き彫りになるアンダーとスウェット。普段から似たような服で家を彷徨くことはあるが、ここまでラフな服装で彷徨くことはあまりない。風呂上がりで暑いのもあるし、季節的にそろそろ暑くなってくる。この服装で風邪をひくことはないだろうが、それはそれとしてシロナには目に毒ではあった。

 

「またそんな格好して」

「シロナにだけは言われたくねえ」

 

 シロナもシロナで、家では非常に無防備だ。今でこそ慣れて耐性がついたとはいえ、シンオウに来たばかりの時はあまりの無防備さに頭を抱えていた。外とのギャップが大きすぎ、少しばかりイメージが崩れたりしたのもよく覚えている。故にシロナはカイムのことをいうことができる立場ではないのだが、シロナは当時完全に無自覚だった。カイムの前では全く気を使うことがなく、素の自分でいることが当時からできていた。今思えば、カイムに惹かれる要因の一つはそれだったのかもしれない。

 それはそれとして、互いが互いに無防備な姿を見せることに苦言を呈している。お互い愛する存在だからこそ、そのような無防備な姿をしてほしくないという思いがあるのだが、二人がこのように無防備になるのは互いの前だけであるということを無意識に理解していた。しかし無意識故に、お互いに苦言を呈してしまい、小競り合いになることは多々あった。

 

「もう…そんな無防備だと心配なのよ」

「何に心配してんだよ…いらねえ心配だっての。いいから風呂入ってこい」

 

 これ以上は不毛であることを理解しているカイムはシロナにさっさと風呂に入るよう促す。シロナもこんなことで体力を使うのは不毛だと判断し、着替えを持ってバスルームへと足を向けた。

 しかしバスルームの扉の前で、シロナは足を止める。何だろう、とカイムが首を傾げると、シロナは振り返り、カイムの顔をじっと見つめた。

 

「なんだよ」

「……ううん。お風呂から上がったら話すわ」

「そうかい。ならいい」

 

 少しだけ様子のおかしいシロナだったが、風呂上がりに話す、というシロナの言葉を聞いてカイムはなんともないように返事をした。それを聞いたシロナは微笑むと、バスルームへと入っていった。

 

「……なんかあったのかね」

 

 カイムは腕の中にいるブラッキーにそう問いかけるが、ブラッキーはわからない、というように首を振るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロナも入浴を済ませ、一つのベッドに二人で横になる。ベッドは二つあるが、片方はポケモン達が眠る寝床になっていたため、二人は同じベッドで横になった(そもそもポケモンがいなくても同じベッドで寝ていたが)。横になってすぐ、シロナは口を開いた。

 

「さっきのことだけど」

「ああ。なんかあったのか」

 

 枕元で既にすやすやと寝息を立てているムクホークをモフりながらカイムはシロナに問いかける。先ほど、シロナは『後で話す』と言った。ならばここで話すのは、そのことだろうと判断してのことだった。

 

「さっきね、不思議な人に出会ったの」

「不思議な人?」

「そう、不思議な人」

 

 不思議な人、と一言で言われても何のことだかわからない。その人物に何かされた、というのであればわかるが、見たところそういうものでは無さそうだ。

 

「うーん…イメージとしては、Nが近いかしら」

「N?」

 

 かつてサザナミタウンで出会い、リュウラセンの塔で友になり、そしてカイムにトリトドンを託した青年…N。不思議な雰囲気を纏い、非常に知的な言動をする者であり、そしてかつてはプラズマ団の王として活動していた。そのNと似ている、となると、一般人とは思えない。

 

「へえ…Nと同じで、ポケモンと話せるとかかもな。あいつと似た雰囲気となると、一般人とは思えん」

「やっぱりそう思う?」

「そうだろ。一般人であの感じは、そうねえ。どう考えても何かしら特別なんだと思う」

 

 N自身はポケモンと話せるという特別な能力を持っていた。もしかしたら彼自身の生まれにも関係するものなのかもしれないが、そこまでは知らないため予想のしようがない。だが、Nと似ているとなると、何かしら特別なのだろうとカイムは考え、シロナも同様に考えていた。

 

「そいつの名前は?」

「ヒガナって名乗ってたわ。知ってる?」

「ヒガナ…いや、知らない」

「ま、そうよね。あんな雰囲気の人に出会ってたら覚えてるわよね」

 

 いくらホウエン出身といえど、カイムが出会ったことがある確率はかなり低い。故に期待していなかったため、予想通りの言葉にシロナはそうだろうと納得する。

 

「ああでも、不思議な雰囲気の民族には会ったことある」

「民族?」

「ああ。ホウエン地方には、流星の民って一族が住んでるんだ。そこの人たちはちょっと不思議な雰囲気だったな」

 

 かつてダイゴと共に旅をしていたとき、流星の滝で出会った民族である『流星の民』。古くからホウエン地方に住んでおり、今もなお一族にのみ伝わる伝承を繋いできているのだとか。

 

「ま、関係あるかどうかはわからんがな。俺自身はそのヒガナに会ってねえし、関係ない可能性の方が高い。んで?そいつになんか言われたのか?」

「んー、言われたというか、聞かれたわね」

「何を?」

「自分の世界と似てるけど違う別の世界…守るならどっち?って」

「自分の世界と似てるけど違う世界…ね」

 

 少しカイムは思考する。もし今いる世界と似て非なる『並行世界』があるとして、自分の世界と知らない並行世界…どちらを守るか。

 

「…俺は、まず自分の世界を救う方法を見つける。それができたら、どちらも救える方法を探す。俺は知らん誰かより、今身近にいてくれる人やポケモンが一番大事だ」

「そうよね。貴方はそういう人。そうやって身近な人を心から大切にできる…そんなところが素敵だと思うわ」

 

 身近にいる存在を心から大切にする。それはカイムの美徳であり、シロナが惹かれた一面でもある。明確に他者と自身の周囲への優先順位をつけているあたり、ドライなカイムらしいとも言えるだろう。

 

「ただ、その場合俺はもう一つの世界を見捨てたことになる。だから、その『見捨てた』という事実をちゃんと背負っていかないといけないと思う」

「見捨てた事実、か…」

「…つっても、その決断を一人でできたかどうかはわからないがな。それに、俺一人でそんな重大な事件を解決できるとは思わん。というか、一人で世界を救える奴なんてそういねえだろうに」

 

 カイムの心の強さは、他者やポケモンとの繋がりがあってこそ。一人で他の世界を見捨てるという選択ができたかどうかは怪しい。加えて彼自身、自分一人で何かを解決できるとは考えていない。故に一人で決断を下すという事態になることはないだろう。

 

「…そうよね」

「それを聞いて、シロナは何を思ったんだ?」

「ん〜…そうね。私は、並行世界についてちょっとだけ思うところがあったの」

「並行世界に?」

「ええ。カイムは、並行世界ってあると思う?」

 

 その問いかけにカイムは僅かに思案する。考えたこともない問いであったため、少しだけ考えてみるが、いい答えは浮かんでこなかった。

 

「わからん、としか言えん。ある証明はもちろんできないし、ない証明もできんから。ただそういう意味では『あるかも』って感じかもな」

「私も同じ。あるともないとも言えない。だからあるかも、程度しか言えないわ」

「それで?それだけであんなツラしてたわけでもあるめえ」

 

 シロナが入浴前に見せた顔は、それだけのことを考えている顔ではなかった。

 

「ええ。それでね、並行世界があったとして…私とカイムが出会っていない世界もあると思うの」

「あるだろうな」

「平然と答えるのねぇ…」

「あんなよくわからんツラしてたのは、それが理由か?」

 

 カイムの腕の中でシロナは小さく頷く。

 

「今から、少しだけ酷いこと言うけど、いい?」

「好きにしろ」

 

 素気ない言葉。しかしそれでも、カイムは拒絶しない。何が言われるかわからないが、それでもシロナの言葉には思いと意味がある。故に、まずは聞くということにしようと判断した。そしてカイムの言葉を聞いたシロナは言葉を続ける。

 

「私…もし貴方に会っていなかったとしても、きっと普通に生きていられたと思う」

「だろうな」

「あら、平然としてるのね」

「お互いもし出会っていなかったとしても、普通に生きていただろうよ。今でこそ一緒にいることの喜びを知ったが、もし出会っていなかったらこの幸せを知ることはなかった。知らなかったら、別段辛くもねえ。そんなもんだ。ただ、同じだけ人生にハリができたとは、到底思えんがな」

 

 今でこそジムリーダーレベルの実力を手に入れたカイムだが、カイム一人ではまず間違いなくここまでの実力は得られていない。そもそもバトルもシロナと出会ったから再び始めたため、シロナと出会っていなければ、きっと今もバトルはしていなかった。諦めて、妥協して、心に蓋をして生きていた…のかもしれない。何も成さず、何者にもなれない。そんな灰色の人生を歩んでいたのではないか、とカイムは考えた。

 シロナの方は正直そこまで変化はないのかもしれない。恐らくシロナは、カイムがいなかったとしても、バトルと学問…両方で大きな功績を残していただろう。だが、同じ時間で到達できる範囲は恐らく異なる。カイムがいたからできたことはたくさんあるため、変わらない、と言っても色付き方は大きく異なるだろう。

 

「こうして出会えたことも、今一緒にいられるのも…とても幸運なことなのね」

「運に恵まれたな」

「お互いにね」

 

 シロナは寝返りをうち、カイムに向き合い告げた。

 

「ね、カイム」

「ん?」

「ぎゅってしてくれる?」

「ああ」

 

 シロナの要望通り、カイムはシロナの体に腕を回し、強く抱き寄せる。それに応じてシロナもカイムの体に腕を回した。お互いの体温と息遣い、そして心音が聞こえることに安心する。

 

「体格的に俺が抱き締めてるのに、いつも抱かれている気分になる。不思議だ」

「私の方が包容力があるってことじゃない?」

「否定できんな」

 

 苦笑しながら二人は目を閉じる。今こうして出会え、お互いに気持ちを通わせ、こうして抱き合える事実。それがどれほど幸運なことなのかを実感しながら、二人は眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後

 

「だいぶ調査できたわね」

「ああ」

 

 この数日間、ほぼ全ての時間をおふれの石室調査に費やした。そのため、カイムが論文を執筆するのに必要な要素の調査は大方仕入れることができた。まだ考察などは詰めきれていないが、これだけの要素を集められれば、シンオウ地方に帰還してからも色々と考察することが可能だろう。

 

「あとは…」

 

 しかしまだ調べられていない部分も当然存在する。それがシロナの視線の先にある謎の模様。床に彫られた謎の模様を見てシロナは首を傾げる。床に彫られている文字は明らかに人為的に彫られたものであり、自然にできたものではない。

 

「こいつがなんなのか、だよなぁ」

「なにを伝えようとしているのかわからないわよね。他の石碑に刻まれた文字とも違うし…」

「ふむ…これも古代文字なのかとも思ったが、あまりにも形態が違いすぎる。こいつだけ(・・)じゃ何もわからんな」

 

 カイムの言葉にシロナは顎に手を当てて考え始める。

 

(…この模様…『α』と『Ω』に似てるような気もする。でも微妙に形は違う…いや、ここの古代文字も現存する点字と似ていた。何かしら関連性はあるはず)

「…この模様と『ホエルオー』と『ジーランス』だけが未だに意味不明だな」

「ホエルオー?ああ、石碑にあった記録の文ね」

 

 『始めにジーランス、終わりにホエルオー。そして全てが開かれる』という記録。今のところ、石碑の記録で意味が全くわかっていないのはそれだけ。石室内部を調べた中で、未だにこの記録は意味がわかっていない。

 

「ここの管理者の中にホエルオーとジーランス持ってる人いたからよ。一応連れてきてもらってんだが…連れてくるだけじゃ当然意味ねえ。始めと終わり…この意味がわからねえと」

「始めと、終わり…」

 

 その言葉にシロナはどこか引っかかる。何か、何かを見落としているのではないかと本能が訴えてくるのだ。

 

「αと、Ω…」

「α?」

「この模様…文字のαとΩに似てない?」

 

 シロナがメモ帳にαとΩの文字を書き、床の模様と比較する。確かにシロナの言う通り、似通った形をしていた。

 

「確かに似てる…それに、ジーランスのことが書かれた石碑の側にあるってことは、やっぱ関連性があるのか」

「ええ、私も同じ考えよ」

 

 シロナの言葉を聞いてカイムはこめかみに手を当て、思考の海に潜る。それを見て、シロナも顎に手を当てて思考の海に潜った。

 

(αとΩ…そんでジーランスの石碑…この二つになんの関連性がある?ホエルオーとジーランス…αとΩ…何の関係があるんだ?ジーランスとα…ホエルオーとΩ…逆のパターンもある。文字とポケモン…それとも組み合わせ?いや、違う…何か、何か大事なものを見落としてる)

(この場合、αとΩよりも文章に着目した方がいいかしら?いや、文章だけだとただの不可解な文。だとしたら、『この文章から、文字に帰結する何か』があると考えた方が自然?この文章の言葉…そして全てが開かれる…いや、こっちじゃない。ホエルオーとジーランスの方がしっくりくるわ)

(始めにジーランス…)

(…終わりに、ホエルオー)

「αとΩ…」

「…始まりと、終わり…」

「……まさか」

 

 はっと思い付いた考えに、カイムは思わずシロナを見る。そしてシロナもほぼ同時に同じ考えに辿り着き、頷いた。

 

「αは始まり、Ωは終わりを表す。始まりと終わり…始まりにジーランス、終わりにホエルオー…αを連れてくれば」

「この石室のさらなる謎が解けるかもしれないわ」

 

 αは始まり、Ωは終わりを示す文字。そして『始めにジーランス、終わりにホエルオー』という記録。この記録が記された石碑の裏に、例の文字が記されている。つまりこの記録と模様は相関関係にあるとも捉えることが可能だと二人は考えついた。

 

「つまり、この模様のところにジーランスとホエルオーを持ってくりゃいいわけだ」

「でも、このスペースにホエルオーを出すなんて無理じゃない?部屋が崩れちゃうわ」

 

 ホエルオーは全ポケモンの中でもトップクラスに巨大な体を持つ。とてもこの石室に収まるようなサイズではない。ジーランスならば可能だろうが、どちらも水生ポケモン。サイズ的に可能だったとしても、この場に出すのは困難だろう。だがカイムもそれは認知していた。

 

「ポケモンは、瀕死になると体を小さくして傷の回復に努める性質を持つ。その性質を応用したのがモンスターボールだ。俺の予想だと、ボールに入ったままでも、認知されると思ってる」

「されなかったら?」

「その時考える。さすがにこのためだけにホエルオーとジーランスを瀕死にするのは嫌だ」

「そうね。私もそう」

「とりあえず、ホエルオーとジーランス借りてくる。それでなんか起こればよし。何もなければ、また考える。とりあえず借りてくるわ」

 

 そう言ってカイムは石室外の船で待機している管理者と案内人のもとへ走っていった。

 

 

 

 

 

 

 数分後、カイムは二つのボールを手に持って帰ってきた。片方がジーランス、もう片方がホエルオーのボールとのことだ。

 

「借りてきた」

「じゃあ、早速確かめましょ」

「ああ」

 

 カイムはシロナにホエルオーのボールを手渡す。そしてカイムはジーランスのボールを持ったまま、『α』と記された模様の上に立った。そしてシロナもホエルオーのボールを持ち、『Ω』の模様の上に立つ。

 僅かな沈黙。しかし、この刹那の時間の中で、空気が変わったことを二人は敏感に感じ取った。

 

(何か起きる!)

 

 そう二人が身構えた瞬間、僅かに振動が石室全体を走る。そして、二人の目の前にある壁が音を立てて崩れ、先へと進む道を創り出した。

 

「…マジかよ」

「予想は、当たりみたいね」

 

 当たってくれて何よりなのだが、まさか一発で当たるとは思っていなかった。そのためカイムは思わず苦笑するが、内心は穏やかではいられなかった。自分で新たな遺跡…ひいては歴史を紐解く機会を前に、恐怖と興奮が入り混ざった心持ちになっている。

 隣にいるシロナはそれを敏感に感じ取る。そしてカイムの手を取り、優しく微笑んだ。

 

「大丈夫。行きましょ」

「…ああ」

 

 カイムはルカリオにホエルオー達を返しにいってもらい、ランタンを手に取りシロナと共に穴へと足を踏み入れた。

 

 穴の先には、いくつかの建物の残骸があった。明らかに人工物であり、跡形もないが家屋に近いものだったことがわかる。そして何より想定以上に広い。本当に人々が住んでいたとしてもおかしくない面積がある。ただ、光が届いていないため、部屋全体をみることができない。

 

「キリキザン、こっちのライトもっててくれ」

 

 カイムは手に持っていたライトをキリキザンに渡し、自分は新たに懐中電灯を取り出した。そこそこの広さを持つ空間だが、懐中電灯で照らせる程度の範囲に壁を見つけることができる。全体的に暗すぎるため、シロナはトゲキッスにランタンを持たせてシロナ達の上を飛ぶように指示した。全てを照らす、とまではいかないものの、かなり見えるようになった室内は、どことなく異様だった。

 

「これ…やっぱ家屋だよな」

「ええ。間違いないわ」

 

 室内に存在する建物の残骸は、やはり家屋だったものと見ていいだろう。明らかに人がかつて住んでいたであろうものであり、僅かながら文明の名残が見て取れた。よくよく見ると、石だけでなく鋼らしきものの残骸もあった。

 

「石以外にも、鋼を扱う技術があったのか」

「みたいね。鋼を使うってことは、文明としてはかなり発展してる。古代シンオウ地方にも鋼を扱う習慣があったみたいだし、多分ここに住んでた古代人達は、古代シンオウ人と同じくらい高い文明があったのかもしれないわね」

 

 シロナの言う『古代シンオウ人』とは、かつてシンオウ地方に住んでいた民族のこと。テンガン山頂上にある『槍の柱』を建設した民族であり、シンオウ地方という名になる前の『ヒスイ地方』…つまり、開拓よりもさらに昔に生きていた民族だ。古代シンオウ人達は非常に高い文明を築いていたとされるが、ここに住んでいた古代人達も同等の文明を持っていた可能性がある。鋼を扱える、ということが何よりの証拠だった。

 

「鋼は、扱いが難しい。鍛えるのも扱うのも加工するのもな。うまく扱えればかなりいいものになるが、その分取り扱いが難しい。ポケモンの鋼タイプと同じだ」

「だからこそ、この鋼を十全に扱えるだけの技術を持った民族だったってことがわかるわね」

「ああ。今でこそここは海面下の位置にあるが、かつては鉄鉱石とか資源が取れる場所が側にあったのかもしれん」

 

 そう考察を進めながら歩いていくと、部屋の最奥に辿り着く。そこには奇妙な壁画が描かれており、その壁画をカイムは懐中電灯で照らした。

 

「なんだ…これ」

 

 壁画には、人らしきものと三つの巨大な『何か』が描かれていた。人々は三つの巨大な『何か』から大きなものを授かっており、『何か』のことを崇めているようにも見える。そしてその下には、びっしりと刻まれた古代文字。古代文字を見たカイムはすぐに解析を始めるためにノートを取り出した。その後ろ姿を見ながらシロナは壁画を見上げる。

 

(この壁画…恐らく、レジポケモン達と古代人の関係を示してる。レジポケモンは彼らに様々な恵みを与えていた。見たところ、外敵からも守ってくれていたのかしら?それに、一部欠けてる?上の方にまだ何かありそうだけど、埋まってて見えないわ)

 

 壁画には外部からの侵入者らしきものからも守っているように見える。どうしてこのような関係になったのかまではわからないが、レジポケモンは古代人達に大きな恵みをもたらしていたのだろう。

 

(じゃあどうして、古代人達はレジポケモンを封印したの?怖かった…何に彼らは恐怖したのかしら)

 

 その答えは、カイムが文字を読み解くことで明らかになる。そう考えたシロナは、壁画の記録と考察に専念した。

 かなり長い時間、文字とにらめっこをしていたカイムだが、解析を終えてゆっくりと立ち上がり、ノートに記した古代文字から文章を書き起こしていく。そして全貌が明らかになると、シロナに手招きした。

 

「これが、古代人がレジポケモンを封印した理由だ」

 

 シロナはカイムの書いた文字を読んでいく。

 

 

『彼らは、我々に資源を、恵みを、そして技術を与えた。彼らが齎す資源は我々の生活を豊かにし、技術の発展を促した。同時に、我々を外敵から守り、平穏を齎した』

 

『しかし、我々は彼らの力に恐怖した。どんな力にも傷つかない鋼の体、どんなに傷つけられても岩石によって無限に再生する体、どんな熱や力を持ってしても溶けない体…そしてその体から齎される無尽蔵の資源。その矛先がいつか、我々に向くのではないか。そうなった時、我々は滅ぼされるしかない』

 

『圧倒的な力は外敵を退けた。だがいつしか、我々が同じ目に合うのではないか。そう考えたのだ。彼らの力で、我々は彼らの恵みに頼らずとも、生きていけるだけの技術と文明を得た。だからもう彼らは必要なくなった。いなくても生きていけた』

 

『そして我々は、彼らを裏切った。彼らから得た技術で、彼らを眠らせ、封印した。そうだ、我々は怖かった。彼らの力がこちらに向くことなど有りはしない。そう信じ切ることができなかった恐怖心は、いつからか我々全体に広がり、そして彼らを裏切ることになった』

 

『愚かな行いだとわかっていながらも、止めることはできなかった。彼らは封印される直前まで、実に穏やかだったというのに、恐怖に煽られ、裏切った』

 

『これを読む未来の者よ。汝の心が、勇気と希望に溢れる者であることを願う』

 

 

 シロナは読み終わると、カイムに目を向ける。カイムは壁画を見上げながら言った。

 

「…古代人達は、レジポケモンの力を恐れた。自分達に恵みを齎した存在が、いつか自分達に牙を剥くのではないかとな」

「貴方の予想…というか、疑問は概ね当たりだったみたいね」

「見た目だけで、あんなえげつねえ体してるやつら封印しようなんて思わねえだろ。レジポケモンの身体、基本的に傷つかないか無限に回復できる身体だ。あまり戦う姿は確認されてないが、当然戦えば強い」

「でも、彼らはレジポケモンを封印する技術を持っていた」

 

 この部屋に入る前の部屋…そこには『閉じ込めた』とあった。つまるところ、レジポケモン達のことを封印したのだ。レジポケモンの力に恐怖し、その恐怖によって古代人達は正常な判断を下さなくなった、ということだろう。

 

「猜疑心…いや、この場合は集団ヒステリーに近いかもしれないわね」

「高い文明を持ち、高度な技術を持つ。でも人の…民衆の心根ってのは今も昔もそう変わらん。レジポケモンみたいな存在がすぐそばにいれば、恐怖を抱く者や悪用する者も出てくるだろ。それは不思議には思わん」

 

 ここでカイムはあえて『それは』という言葉を使う。つまり、それ以外であれば何かしら不可解なことがあるのだろうとシロナは考えた。

 

「何か気がかりがあるのね?」

「…ああ。俺が気になってんのは、古代人を襲撃した外敵だ。何故、レジポケモンを味方につけている連中を襲撃したんだ?」

「レジポケモンのおかげで栄え、豊富な資源を欲したからじゃない?」

「シンプルに考えりゃそうなるが…どーにもしっくりこねぇ。資源が欲しいなら、まずは取り入った方が絶対穏便に済むし、貿易なり同盟なりすることもできる。何よりレジポケモン相手に勝てるとは到底思えんし、そんなこと外敵にとってもわかりきってることじゃねえのか?」

 

 レジポケモンの具体的な戦闘能力はわからないが、高度な文明を与えるだけの力を持つ以上、生半可な力ではないことはわかる。それだけの力を持つポケモンがいるのであれば、下手に攻めてくるとは到底思えない。

 だがシロナは、そこで一つの可能性に辿り着く。

 

「…もっと簡単な理由があるわ」

「何?」

「宗教よ」

「……なるほど、人間らしい理由だ」

 

 古代人達がレジポケモンを神として崇めていたとは思えないが、他民族からすれば似たようなものだっただろう。加えてその民族が非常に栄えていたとなれば、尚更面白くなかったかもしれない。何にしても、古代人達は他民族からすれば実に面白くない存在だったのではないかと考えることはできる。

 

「信条は、時に人の目を曇らせる。特にその時の指導者の頭が硬い場合は尚更ね」

「話としての違和感は確かにねえな。もしかしたら、今のマグマ団、アクア団みたいにグラードンやカイオーガを崇めた民族に狙われた可能性もあるかもしれん」

「ありえる話ね。そこは断定できないけど、異なる存在を崇めた集団がいたと考えれば外敵についても辻褄が合うわ。それこそ、レジギガスとアルセウスが対立したのと似たようなものじゃないかしら」

「確かにな。アルセウスといい、ここの外敵といい…レジポケモンは対立ばっかしてるな…いや、でもグラードンとカイオーガも対立してたんだっけか」

「争いは、文明の終わりと始まりを齎すもの。ある意味で生命の根源たる働きの一つかもしれないわ」

「そのあたりも今後調べていくか。まーた大きな課題ができちまった」

 

 ボヤきながらも、カイムの声はどこか楽しそうだ。そもそもこういう可能性も考慮して長めの不在期間を取ったのだ。予想通りといえるだろう。

 

「その割に楽しそうね」

「まーな。歴史を学び、調べる楽しさを師匠に教えてもらったんでね」

「あら、じゃあきっとその師匠も喜んでいるわね」

「だろうな」

 

 そう会話をしていると、ホエルオーとジーランスを返しに行ったルカリオが戻ってくる。ルカリオは暗闇の中でも波導を感知し、的確にカイム達の元へと戻ってきた。

 

「おう。ありがとうなルカリオ」

 

 カイムの言葉にルカリオは頷く。そしてカイムの元へ歩み寄りキリキザンの隣に立った時、地面に僅かな光が走った。

 

「っ⁈」

「なんだ⁈」

 

 僅かな地響き。そして地面に走った光は一瞬だけ何かの模様を浮かび上がらせ、消えた。その後は何も起こらず、静寂が訪れた。

 

「…何だったんだ?」

「わからない。でも、何かがトリガーになったのは間違いないわ」

「今…俺らの行動であったことは…」

 

 シロナとカイムはルカリオとキリキザンに視線を向ける。視線を向けられた二匹は『俺らなんかやった?』と目を見合わせるが、なにかをしたわけではない。ただルカリオがキリキザンの隣に立っただけだ。

 

「ルカリオとキリキザンが並んだだけよね」

「……いや、待て。シロナ、これ見てみろ」

 

 カイムはルカリオ達の足元に注目し、シロナもそれに倣い視線を向ける。そこには、何やら模様が刻まれており、他には無いものであることがわかった。

 

「これ…もしかして鋼タイプを示す模様?」

「多分な。ルカリオとキリキザンの鋼タイプに呼応して、何かが起こったんだろうよ。まあそれらしいものはここでは起こってないがな」

「そうね。そうなると…やっぱここ以外のどこかってことになるわよね」

「そうだな。何にしてもこの部屋の調査は続ける。その中でまだ何か見つかればいいし、見つからなければホウエン全体で何かあったかを調べるしかねえ」

 

 ホウエン全域で新たに起こった変化など、調べるだけでも相当苦労するだろうが、カイムの情報収集能力であればそれも短期間で可能となる。本腰入れて調べれば、恐らく見つけるだけなら一日かかるかかからないか程度で済むだろうとシロナは考えた。

 

「じゃあ、まずはこのおふれの石室を調べ尽くさないとね!」

「ああ。付き合ってくれるだろ?」

「もちろんよ。さ、まずはこの壁画からよ」

 

 そうして二人は新たに開かれた部屋の調査に乗り出し、ルカリオとキリキザンも彼らなりにできるサポートをした。そうしているうちに、その日はあっという間に終わってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

 

 

ミナモシティ付近にある丘…その中で僅かに音が響いた。

 

 

 

 

 

 

じ・じ・ぜ・じ・ぞ

 

 

 

 

 

 

その音を響かせた存在は、カイムが解読した古代文字とよく似た模様を光らせるのだった。

 

 

 

 

 




ホウエン地方編は全3〜4話構成の予定。


マグマ団、アクア団事件の簡易的流れ
1.マグマ、アクア団共にグラードンとカイオーガを復活、ゲンシカイキさせようとする。
2.ダイゴがマグマ団、ユウキがアクア団を止めようとする。
3.マツブサとアオギリを打倒できたが、グラードンとカイオーガは復活してゲンシカイキ(不完全)する。
4.ミオシティで双方がぶつかる。
5.ダイゴが藍色珠、紅色珠を使って双方を弱体化させ、ユウキとダイゴ、ミクリ、四天王達でグラードンとカイオーガを止める。
6.レックウザに目をつけられる前に事態が収拾する。

最初の雨と日照りはカイオーガとグラードンが目覚めたが、動けるほどの力がなかったために起こった異常気象。その後、藍色珠と紅色珠でゲンシカイキさせようとするが、目覚めが不完全だったためゲンシカイキも不完全な状態になり、発揮できた力もごく僅か(三割程度)。不完全だったから人の手で止められた、という想定です。


ポケモン世界って、インスタとかTwitterみたいな SNSってあるんですかね。あるなら、シロナさんアカウント持ってそう。


ポケモンの映画…またアマプラから消えるんですね。泣きそう。



シロナ
洞察力は当然カイムより上。今回はシント遺跡調査の時と逆のポジションとしてカイムに着いてきた。数々の遺跡を調査してきたこともあり、専門分野外でありながら、カイムと同レベルの調査、考察ができる。ヒガナのことは不思議な人、Nに少し似てる程度にしかまだ感じていないが、何かしら思う所はある模様。

カイム
ようやく自分の目で石室を見れて内心ウキウキ。色んなところで色んな人に縁がある男だが、ヒガナとは出会ったことはない。かつて流星の民とは出会ったことがあるため、ヒガナに出会っていれば同じ民族であることを察していたかも。

ヒガナ
『想像力が足りないよ』で有名。たまたまシロナと出会い、そしてこれから絡んでくる予定。口調が特殊で書きづらい。今回『相手が悪い』と言ったのは、カイムみたいに体術にも秀でた人相手だとさすがにキーストーン奪えず、無駄骨になる可能性が高いことと、ブラッキーがたまたま影を広げていたため、不意打ちすらできない状態だったか。当然シロナ相手も勝てないため、シロナを襲うことはしなかった。



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