ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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エピソードΔ編



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七万四千字
糖分控えめ


40話 空の柱

 雲海を突き抜けるほどの高さを誇る塔。

 

 その頂上に、一人の女性がいた。

 

「さて…順当にキーストーンも集まってきたね。このペースなら、あと一週間も必要ないかな?」

 

 その女性は、ヒガナ。先日シロナと接触した謎めいた雰囲気を持つ女性だ。どことなく幼さが残る風貌だが、それ以上に纏う空気が大人びている。

 ヒガナは集めた(奪った)キーストーンをポケットにしまうと、空を見上げた。

 

「うん。このペースなら問題ない。レックウザを召喚して、隕石を破壊する…達成できそうだ」

 

 ヒガナの視線の遥か先…空の彼方から迫り来る巨大な隕石。あと二週間もしないうちに、この隕石はこの地に墜落し、ホウエン地方だけでなく、この星に甚大な被害を齎すだろう。

 

「あとは…キーストーンの他に、余計なことをしようとしてる人たちをちょーっと黙らせないとね。キーストーンより、むしろこっちのが面倒そうだなぁ」

 

 面倒くさそうにため息を吐くヒガナに、足元にいたゴニョニョが心配したように鳴いた。その声に気づいたヒガナは屈んでゴニョニョに視線を合わせると、優しく頭を撫でる。

 

「心配してくれたのかい?ありがとう。でも、大丈夫。これは私の役目…私がやらなくちゃいけないことだからね。精一杯やるだけだよ」

 

 そこ言葉を紡いだ瞬間、ヒガナの表情に少しだけ陰りが差した。

 

(…ま、この役目は本来、私のじゃないんだけどね)

 

 脳裏に浮かぶ、かつて共に過ごした存在の顔。レックウザに乗り、空を駆けることを許された、最も大切だった(・・・)存在。もう二度と出会うことのできないあの笑顔を思い浮かべながら、ヒガナはゆっくり目を閉じる。

 

(今の私を見たら、君は何て言うのかな)

 

 ゴニョニョを優しく抱きしめながら、ヒガナは胸の中の思いを封じ込めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

レジスチルとのはじめての遭遇から二日

 

 連日二人はレジスチルの元へ足を運んだ。アルセウスとの対立、古代人達との出会いと生活、古代文字の成り立ち…その他にも考えられる全ての事象について聞ける限り聞いた。アルセウスとの対立から始まり、衝撃的な事実がレジスチルから多数明らかにされ、驚愕と興奮で凄まじく体力を消費してきた。

 しかしそれ以上に、研究は大きく進歩した。ここまでレジポケモンの研究は全くといっていいほど進んでいなかった。残された遺跡が少なすぎるだけでなく、レジポケモンの生態があまりにも解明されなかったからだ。全く進まない研究分野ではあったが、いくつか論文自体は存在している。この数少ない論文も、今回明らかになった事実で根底から覆されるものもあるだろう。それほどまでにレジスチルが提示してきた事実は衝撃的だった。

 

「…なるほど。お前達は確かに生命体ではあるが、レジギガス同様無限のエネルギーを持つから食物の摂取も休息も必要ないんだな」

『肯定、一部補足。我々は確かに不滅だが、倒れることはある。倒れた際は、回復のために休息が必要。無限のエネルギーを持つ我々も、再生には多くの時間を要する。加えて、我々が一度に行使可能エネルギー量も限られている』

「さすがに回復も必要にはなるか。まあ、レジギガスが封印された時、機能停止したとか言ってたし当たり前か」

「そうね。じゃあ貴方達は、消化器官みたいな臓器は持たないのね」

『肯定。我が鋼の肉体内部は空洞』

「空洞?マジかよ…本当に生命体なんか?」

『肯定。我々は生命体。しかし、どちらかといえば概念に近い。エネルギーが意思をもった存在だと認識することを推奨』

 

 こうしてレジスチルからたくさんの事実を教えてもらっていた。レジスチルはシロナ達の問いかけに対して嘘偽りなく記録を告げることを繰り返し、カイムの論文に必要な記録だけでなく、シロナの研究に役立つ記録まで教えてくれた。それらのやりとりは全て映像記録として残しているため、気づけばカメラのメモリーカードは4枚目に突入していた。

 それほどまでに、レジスチルの記録は重要なものだった。ここまでほとんど研究が進んでいない分野であったが故に、レジスチルから語られた事実は誰も知り得ない情報ばかりだった。古代人に関する記録から、レジポケモンの生態までも新たな発見があり、この記録のどれを取ってもこの研究分野においては大きな発見だと言えるだろう。

 

「レジポケモンって、他にも何体か見つかっているよな。そいつらは、どうしてお前みたいに記録を語らなかったんだ?」

 

 だが同時に疑問も浮かぶ。レジポケモンは世界各地でごく稀だが、発見されるポケモン。故に、誰かが接触した場合こうして記録を取ることも可能だったのではないかとカイムは考えた。もし誰かしらがこうしてレジポケモンと意思疎通を図れていたら、今のレジポケモンの研究がここまで遅れることもなかったのではないかとカイムは疑問に思った。

 カイムの問いかけにレジスチルは答える。

 

『詳細の理由は不明。だが、我々に対して意思疎通を図ろうとする汝らのような人間がそういるとは思えない』

「………まあ、それもそうか」

「私たちは色んなところでたくさんのポケモンと出会っているから見た目の耐性もあるし、そもそもレジポケモンの研究を進めてる人がそこにピンポイントでいる可能性は結構低いわよね」

「俺らはおふれの石室を調べた結果だしな。他の場所で発見されたレジポケモンって、特定の地域にはいるけど、滅多に人前に出てこないみたいだ」

 

 世界各地で稀に見られるレジポケモンだが、基本的に人前に姿を現さない。見た目的にすぐに見つかりそうな気もするが、ほとんど姿を見ることができないため、うまく隠れているのだろう。

 

『我々は大きな力を持つ。我々の力を悪用されれば、世界を滅ぼすことも可能。故に、我々は基本俗世と関わることはない』

「なるほど…力を持つが故の習性なんだな」

「レジポケモンという種族の本能に近いものなのね。もしかしたら、特異的な力を持つポケモン達がほとんど人前に出ないのも同じ理由なのかしら」

「可能性は高いな」

 

 大きな力、特異的な力は人の目に留まりやすい。ただ留まりやすいだけならいいが、その力を悪用しようとする存在は必ずいる。故に、ポケモン達はその悪意を敏感に感じ取り、人前から上手く姿を隠しているのかもしれない。ブラッキーのように悪意に敏感なポケモンがいることを考慮すると、あり得ない話ではないだろう。

 

「さて…リストアップした聞きたいことは全部聞き終えたな。これだけ記録がありゃ、論文書くには困らん」

「何ならもう一本書けそうなくらいの記録量ね」

「だな。今回の論文に直接関係ない記録もあるし、そこら辺の記録は別論文にするか。長時間付き合ってくれてありがとうな、レジスチル」

『問題ない』

 

 シロナとカイムのポケモンに群がられているレジスチルは、最後まで淡々としていた。意思はあるが、やはり概念に近いポケモン。感情らしい感情はないのだろう。

 

「じゃあ今日はここいらで帰るよ。一応聞きたいことは全部聞いたし、予定ではここまでだが…またなんか聞きたいことあったら聞きに来るかもしれん。そん時は、よろしく頼む」

『承諾』

「じゃ、またな」

「ありがとう、レジスチル」

 

 二人はポケモン達をボールに戻すと、古代塚を出た。空は赤くなっており、夕日は半分以上水平線の下に沈んでいた。

 

「もう夕方か。今日でひと段落したとはいえ、随分長い時間あの中にいたから時間感覚バグってんな」

「電波も届かない地下にずっといたものね。時間がわかるものが何も無い以上、仕方ないわ」

 

 一日中レジスチルの部屋にいるため、二人の時間感覚がどうにもおかしくなり始めていた。日の傾きも気温もほとんどわからない部屋故に、日中時間を知れるものが何一つない。寝泊まりはしていないとはいえ、日中は朝以外日光に触れる時間がほぼないのも、健康上いいことはいえないだろう。

 

「でも聞きたいことは全部聞けたし、明日は情報整理がメインかしら?」

「そうなる。予定だと、あと一週間はホウエンにいられる。プラターヌ博士と情報共有しつつ、データ整理だ」

 

 今回の調査で得られた情報は膨大な量。おふれの石室だけでなく、レジスチルの記録も含めると、整理だけでもそれなりに時間をかける必要がある。だが同時に、整理する時間をかける価値のあるものでもある。それを理解しているためか、あまり動かないカイムの表情はどことなく明るい。

 

「これだけの記録を使った論文…ただでさえ進んでいない研究分野において、この記録を使った論文は、きっと大きな波紋を呼ぶわ」

「運がいい限りだ」

「あら、運だけじゃないわ。貴方が頑張った結果でもあるし、何より諦めなかった。正確には、運と努力のおかげね」

「…だな。さ、帰ろう。バシャーモが腹減らしてる」

「ええ」

 

 そう言ってシロナはトゲキッス、カイムはムクホークを出した。そのままそれぞれのポケモンに乗って帰ろうとした瞬間、カイムのスマートフォンが振動した。

 

「んお?」

「電話?」

「みてえだ。ちと待ってくれ」

 

 カイムはスマートフォンを取り出すと、画面を見て首を傾げる。

 

「ダイゴ?」

 

 相手は先日も電話してきた親友のダイゴだった。以前依頼された流星の民についての記録はすでに送っている。流星の民を調べた理由については後で話すと言っていたため、それだろうかとも思ったが、それならダイゴは事前に一報入れると言っていた。事前の連絡無しに電話してきたということは、何かしら急ぎの理由があるのだろう。そう考えたカイムはすぐに電話に出た。

 

「おう、どうした」

『あ、カイム!すまない、この前連絡したばかりなのに…』

「別にいい。でもその様子だと何かあったんだろ?どうした」

『話が早くて助かる。以前見た宇宙センターは覚えてるかい?』

「あ?ああ、そりゃあな」

 

 以前ホウエン地方を訪れた際、トクサネシティの宇宙センターの外観のみだがカイムは目にしている。あれだけ大きな建物を忘れることはない。

 

『…実は今、ホウエン地方に大きな危機が迫っててね。その対策を宇宙センターで立てていたんだが…マグマ団が急に宇宙センターを襲ってきたらしい』

(マグマ団…確か、この前の異常気象を起こした団体の片割れだったか)

 

 マグマ団とアクア団。この二つの団体は、先日起きた異常気象の原因を作り出した団体だとダイゴから聞いている。少々過激な集団だったらしいが、先日の一件を反省し、大人しくなったと聞いていた。

 

『マグマ団が何のためにそんなことをしているのかはわからない。ただ、かなりの数の団員が宇宙センターにいるらしいんだ。それで…』

「手伝ってほしい、と」

『……すまない。君にとって大事な時期なのは、理解している。でも今のボクが動かせる人員だけだと、どうしても手が足りない。未成年の手すら借りてる状況なんだ。無理は承知の上だ。力を貸してくれないか?』

「ん、わかった」

 

 ダイゴの頼みに対して、カイムは即答で承諾する。元より身内にはかなり甘いカイムだが、ダイゴがここまで切羽詰まった声で頼み事をしてくるのは初だった。故に、今ホウエン地方に迫っている危機というのも、恐らく相当大きなものなのだろうと判断した上での決断だった。

 

『…ありがとう。本当に助かる』

「気にすんな…つっても、気にするんだろお前。だから、貸しにしといてやる」

『うん。極力早く返すよ』

「そんで?俺らは何をすればいい?」

『俺らか。頼んだ後に聞くのもアレだけど、シロナさんも力を貸してくれるのかい?』

「俺がやるつったらやるよ」

 

 側で聞いてるシロナも、ぼんやりとは状況を理解している。ここでカイムが承諾した時点で、シロナもカイムについていくことを決めていた。それをカイムもシロナの表情を見て理解していたが故の言動だった。

 

『だろうね。それで、何をすればいいかだけど、今ボクもトクサネシティに向かっている。キミらもトクサネシティに向かってほしいんだ。マグマ団と対立していたアクア団の方でも一悶着あったらしいけど、そっちには四天王の人達に向かってもらってる。だからボクとキミらは…』

「宇宙センターね。OK、すぐ向かう」

『すまない。わからないことがあれば、すぐに連絡して』

「ああ」

『頼むよ』

 

 そう言って電話は切れた。スマートフォンをしまったカイムに、シロナは微笑みながら問いかける。

 

「どうやら厄介ごとが起きたみたいね」

「ああ。すぐにトクサネシティに向かう。母さんにも今から伝える。シロナは?」

「ふふ、じゃあ私も行くわ」

「そう言うと思ったよ。多分、荒事だ。頼りにしてる」

「任せて。じゃあトゲキッス、お願い」

「ムクホーク、頼むぞ」

 

 シロナとカイムは、それぞれポケモンに乗ると、トクサネシティに向かって飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たどり着いたトクサネシティは、喧騒に包まれていた。街の人々は色んな感情の篭った視線を大きな建前…宇宙センターに向けている。そして宇宙センター入り口前には、赤い服を着た集団。恐らくあれがダイゴの言っていたマグマ団だろうとシロナは考えた。

 

「…あれが多分マグマ団よね」

「宇宙センターを占拠したって言ってたし、多分そうだろう」

「結構な人数ね。見たところ大した実力はないけど、数が多い以上少し手こずるかしら?」

「ガブリアスで威圧して終わりだろ」

「そうかもしれないけど、そうじゃなかったら面倒なのよ」

「何にしても、ダイゴもあと30分ほどで到着する。それまで待つ手もあるが?」

 

 ダイゴは今、カナズミシティからここまで移動してきている。車を飛ばしてきているらしいが、それでもカナズミシティからトクサネシティまではかなり距離がある。まだもう少し時間がかかるだろう。

 それまで待つというのも一つの選択肢だ。何せ本来シロナ達はホウエン地方の人間ではない(カイムは出身地だが)し、二人の立場上下手なことをしたら余計面倒なことになる可能性もないとは言えない。待つことがベストかは不明だが、選択肢の一つとしては無しではないだろう。だがシロナはカイムの言葉に首を横に振る。

 

「いいえ。行きましょう」

「いいのか?」

「私の立場を気遣って言ってくれてるんでしょ?気にしなくていいわ。ダイゴ君のために、すぐにでも動きたいんでしょ?」

「……お見通しか。じゃ、行こう。さすがにダイゴが来るまでに片付けるのはきつそうだが…サクッと片付けて情報整理しねーと」

「ええ」

 

 そう言って二人はボールからポケモンを出す。シロナはガブリアス、カイムはバシャーモを出し、宇宙センターへと足を進めていった。

 

 二人が宇宙センターに近づいてくるのを、マグマ団の下っ端達が気づく。

 

「お、おい。なんか近づいてきてねえかあいつら」

「何⁈今は四天王もチャンピオンもジムリーダーもトクサネ付近にいないはず!」

「あ、あの顔…!シンオウチャンピオンのシロナじゃねえか⁈なんであんな大物がいるんだよ⁈」

「じゃあ、その隣も……いや、知らない顔だな隣は」

「何にしても、足止めが俺らの役目だろ⁈ちゃんとやらないと、カガリ様が…」

「くそ!この人数でかかれば足止めくらいできんだろ⁈やるぞ!」

 

 シロナはマグマ団の言葉を聞いて小さく息を吐く。実力については恐らく、シロナどころかカイムよりもはるかに劣る。それこそ、ジムバッジ制覇もできるか怪しいレベルだろう。だがルール無用の状況である以上、道具によるドーピングや横槍を考えると想定よりも面倒かもしれない。加えて、他地方かつ新人とはいえジムリーダーのカイムのことを知らない彼らに少々思うところがある。

 

「そこの二人!止まれ!ここは今、我々マグマ団が占拠している!そのまま帰れば何もしない。だが、ここに入るつもりならば、痛い目を見てでも帰ってもらうぞ!」

(…覇気が弱い。多分そんな強くないけど、人が多いのが面倒ね)

 

 マグマ団の言葉を無視して二人は足を進める。二人が止まるつもりがないことを察したマグマ団達はボールからポケモン達を出した。出てきたポケモン達は想定内の覇気だが、思っていたよりは強い。数を考えると、思いの外時間がかかりそうだとシロナが考えたところで、カイムが首を鳴らしながら言った。

 

「シロナ」

「ん?」

「好きに動け。合わせる」

「!」

 

 カイムの言葉にシロナは僅かに目を見開く。そしてすぐに表情を柔らかくすると、挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「あら、私についてこられるのかしら?」

「ここ数年、お前の戦いを一番近くで見てきたんだ。やれるさ」

「ふふ、そうね。じゃあ…」

 

 シロナは言葉を切ると、覇気を全開にしてマグマ団に目を向けた。

 

「合わせてみて!ガブリアス、ドラゴンクロー!」

 

 ガブリアスが咆哮と共に立ち塞がるポケモン達に強化した爪を振り下ろす。それだけで二、三匹のポケモン達が吹き飛ばされるが、さすがに相手の数が多いとやりきることはできない。『ドラゴンクロー』の隙を突いて横からグラエナが飛び出してくるが、バシャーモがそれを止める。

 

「スカイアッパー」

 

 バシャーモの『スカイアッパー』がグラエナに直撃する。その衝撃で吹き飛ばされたグラエナの体は、ガブリアスに対して更に追撃を加えようとしていたマタドガスにぶつかり、追撃を未然に防いだ。バシャーモの行動により、マグマ団の意識が僅かにバシャーモに向いたことをカイムは見逃さない。

 

「く、くそ!バグーダ!だいちのちから!」

「みきり」

 

 地面から吹き出してきたエネルギーをバシャーモは完全に回避する。そしてこのタイミングでバシャーモの特性『加速』が発動し、素早さが上昇した。

 そこでカイムは視界の隅にヘルガーがいることに気づく。ヘルガーはガブリアスに意識を向けており、何をしようとしているのかを二人は即座に察知した。

 

「カイム!」

「わかってる。バシャーモ、スイッチ」

 

 カイムの指示が出た瞬間、ガブリアスとバシャーモは背中を合わせ、互いに体を180度回転させると、互いにいた場所を入れ替えた。ヘルガーが放った『おにび』をバシャーモは受けるが、バシャーモは火傷にならない。『おにび』を突き破りながらヘルガーに『インファイト』で攻撃し、ヘルガーをダウンさせた。

 対して、バシャーモと入れ替わったガブリアスはバグーダに肉薄し、至近距離からの『じしん』をぶつけた。効果抜群の攻撃を受けたバグーダは吹き飛ばされ、背後にいたポケモン達を何匹か薙ぎ倒した。これで何体か倒せただろうと思ったが、バグーダに巻き込まれたポケモンは起き上がってくる。ダメージはあるが、戦闘不能には至っていないらしい。

 

「…思ったより、やるな」

「ええ。これは少しかかりそうね」

 

 シロナは髪を払うと、集中力を一段階深くさせた。その瞬間、周囲に立ち込める空気がピリッと張り詰めるのをカイムは感じる。

 

「もう少し、本気出すわ。ついてきて」

「ああ」

 

 ガブリアスとバシャーモはマグマ団のポケモン達に向けて突っ込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、一筋縄じゃいかなかったわね」

 

 マグマ団のポケモン達を全員戦闘不能にしたシロナはガブリアスに治療を施しながらそう言った。

 マグマ団のポケモン達は思っていた以上に強かった。下っ端の中でも精鋭が集められたのだろう。どの団員も、多少時間はかかるが、バッジを全て集められるくらいの実力はあった。ただ連携に関してはからきしだったのか、攻め方はバラバラだった。それでもそれなりのレベルがある以上、ダメージにはなる攻撃だった。シロナ一人でも恐らく突破できていただろうが、さすがにガブリアス単騎で突破は厳しかっただろう。

 しかし実際はガブリアス単騎で突破することができた。それは全て、カイムのサポートがあったからだ。シロナはカイムに対してバトルの指導はしてきたが、あくまでシングル、またはダブルバトルの話。一人で戦うことを想定した指導しかしてこなかったが、カイムはこの突発的なタッグバトルにおいてかなり重要な動きをしてくれた。まさかここまで動けるとは思っていなかったため、シロナとしても内心で驚いていた。

 

「予想はしてた。まあ、時間稼ぎとしては十分すぎる働きをされちまったな」

「ええ。でも予想外だったわ」

「これだけの人数と実力があったことか?」

「いいえ。貴方がここまでタッグバトルで動けると思ってなかったの」

「シロナに合わせただけだ」

 

 だが当の本人はなんでもないように言う。タッグバトルは本来、一人で戦うバトルと比べて遥かに難しい。互いのポケモンの動きを理解していないと、互いの動きを邪魔してしまい、極端な話、同士討ちしてしまうリスクもある。

 その中でカイムはガブリアスの動きを一切邪魔しないどころか、ガブリアスがより動きやすく立ち回った。シングルバトル専門のトレーナーで、突発的なタッグバトルでこれほどうまく動けるトレーナーもそういないだろう。

 

「だとしてもよ。あれだけうまく立ち回れるトレーナーはそういないわ。いつ練習したの?」

「練習なんてしてねーよ。シングルの練習しか、俺は基本してねえ。知ってんだろ」

「ジムでやったのかなって」

「んなことする余裕ねーよ。リーグ近くて、割と繁忙期だったし」

「じゃあどうしてあそこまで動けたの?」

「シロナのポケモンの動きはわかる。どこに隙ができるか、どこで攻め上がるか…ここ数年、どれだけお前の動きを見てきたと思ってる」

 

 シロナを師とした時から、誰よりもシロナのバトルを見てきた。動きの僅かなクセやオーダーの流れ、ポケモン達の動きの傾向など、シロナのバトルをカイムは知り尽くしている。教えてもらうと同時に、シロナの動きを研究、どこが強いのかを知っていくうちに、シロナの動きだけでいえばほぼ完璧に予想することができるようになっていた。とはいえ、予想することができるのと勝つことができるのはイコールにはならない。相対するとなると、カイムの予想の上で出されたオーダーに対して、更なる対応策をシロナは立ててくる。故に、簡単に超えることはできない。

 しかしタッグを組むことにおいて、この予測能力は非常に強力なものになる。シロナの動きに合わせて隙をカバーし、シロナがやりたいことを十全にやらせるための動きが可能となるからだ。烏合の連携では、シロナを倒すどころか、カイムすら突破できない。そう思わせるほど、二人の連携は卓越していた。

 

「そういうこと。やっぱり、カイムって目がいいわね」

「は?」

「動きのクセやオーダーの流れを掴む…いくら近くで見てきたとはいえ、ちゃんと見る目がないと身につく能力じゃないわ」

「その見る目があっても、使う頭がなかったんでね」

「そこは鍛えられるからいいのよ。現に今は使いこなせたじゃない」

「誰かさんのおかげでな」

「ふふ、じゃあその誰かさんも誇らしいでしょうね」

 

 シロナの言葉に、カイムは肩を竦める。そしてそんなカイムの頬にシロナは優しく手を添えた。

 倒れ伏すマグマ団達は平然としながらもイチャつき始める二人を目の前に、自分達が何を見せられているのか疑問に思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 数分後

 

「カイム!シロナさん!」

 

 エアームドから降りてきたダイゴと一人の少年が二人に駆け寄ってきた。

 

「早いな」

「すまない、二人に余計な手間を…」

「いいって。とりあえず、露払いくらいはしておいた」

「ありがとう。本当に助かるよ」

 

 ダイゴがいたカナズミシティからここまで、かなり距離があるはず。加えて海を挟むため、車を飛ばすだけでなく、エアームドにも最高速度で飛ばしてもらったのだろう。ダイゴが乗ってきたエアームドは疲れたいるのか、どことなくぐったりしている。

 

「すみませんシロナさん…助かりました」

「いいのよ、気にしないで。それより…そっちの子は?」

 

 そこでシロナはダイゴの側にいる少年に目を向けた。少年は白い帽子をかぶっており、どことなく快活な印象を受ける。

 

(…あれ、こいつどこかで)

 

 カイムは少年の顔に見覚えがあった。もしかしたら旅をしていた時に出会ったのかも、とも考えたが、少年の年齢はせいぜい10〜12歳程度。カイムが旅をしていた時に生まれているかもあやしい。そうなると接点がないように思えるが、ダイゴと並ぶ姿を見て少年の顔を思い出した。

 

「彼はユウキ君。この前の異常気象も、彼が協力してくれたから解決できたんだ」

「オレ、ユウキ!よろしくな!シロナさん!カイムさん!」

「ユウキ…この前のホウエンリーグベスト8の?」

 

 カイムが少年…ユウキのことを見たのは、前回のホウエンリーグ。ダイゴとバトルしていた少年がいた記憶があり、それが目の前にいるユウキのことであった。

 

「あ、見てたの?」

「随分と若えのがダイゴとやり合ってたからな。印象にも残る」

「そういえばいたわね。ヒカリと同じくらいの子…まさか君だったなんて」

「へへ、ちょっと照れ臭いな」

 

 照れ臭そうに笑うユウキに一瞬空気が和むが、ダイゴがすぐに空気を締め直した。真剣な表情で二人に問いかける。

 

「さて、挨拶はこのくらいにしよう。マグマ団がここを狙ってきた理由、二人は聞いてるかい?」

 

 ダイゴの問いにシロナは頷いた。

 

「ええ。今ホウエン地方に迫ってきている巨大隕石…それをどこか別の場所にワープさせる装置の制御端末『通信ケーブル』だって聞いてるわ」

 

 マグマ団の下っ端の一人に問いかけたところ、その下っ端は大人しく口を割った。隕石をどこかに飛ばす装置の制御端末をマグマ団の幹部が狙っており、それについて来させられただけとのことだった。下っ端である彼らだが、人間である以上、意志がある。幹部の言うことに逆らえなかったが、内心ではこの行動がおかしいことに気づいていたようだった。

 

「やはりか…ここの職員達が時間を稼いでくれたみたいだが、もう保たないだろう。ボクはすぐに上に行って、博士達を助けてくる。ユウキ君、一緒に来てくれるかい?」

「当たり前だろ!オレ達でホウエン地方を守るんだ!」

「うん、ありがとう。それでカイム、シロナさん。二人は囚われている職員を解放してあげてほしい。多分、何人か縛られたりして身動き取れなくなってると思うから」

 

 宇宙センターのエントランスには、マグマ団しかいなかった。しかしこの宇宙センターには多くの職員が働いている。直接開発に関わっていない職員もいるはずだが、全く姿が見えない。恐らくどこかに囚われているのだろうとダイゴは予想したため、二人にその職員の安全の確保を頼んだ。

 

「わかった。やっておく」

「頼むよ。じゃあユウキ君、ボクらは上でソライシ博士のところへ!」

「おう!」

 

 二人はそれだけ言って走っていった。

 残されたシロナ達は、ダイゴに頼まれた職員の安全確保のために動き出す。マグマ団の下っ端曰く、職員達は奥の倉庫に閉じ込めているとのことだった。受付裏にあった倉庫の鍵を持って倉庫に向かうが、倉庫の鍵は閉まっていなかった。

 

「ん?開いてるな…」

「あら?中から開けられるのかしら」

「さあ…ただ、もし開けられるならここにいる職員達は何をしてるんだ?」

「わからないわ。とにかく開けましょう」

 

 シロナの言葉に従い、カイムは扉を開く。扉の中には職員達がいるが、縛られたりしている様子はなかった。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ…あれ?マグマ団は?」

「彼らは取り押さえました。もう安全です。それより、ここの扉開いてましたけど…みなさんはここで何を?」

 

 縛られた様子もなく、開いている倉庫にいた職員達。開いているのであれば、わざわざここにいる理由はない。だというのに、彼らはずっとこの倉庫にいた。その理由をシロナが問いかけると、職員の一人がぽつりと答えた。

 

「マグマ団の幹部の女性…彼女の目が、怖くて…何をするのかわからないほど狂気に駆られていたんです」

「幹部…下っ端達が言ってた奴か?」

「ええ、恐らくね。多分、あまりにも強い衝動に駆られて、マグマ団を独断で動かしたのでしょう」

「下っ端の方々はこの動きに懐疑的だったみたいです。でも、幹部の狂気を抑えることができないし、下手なことを我々にされたら…何をしでかすかわからない。だからここで大人しくしていてほしいと頼まれたんです」

「なるほど…暴走のリスクを減らすためだったんですね」

 

 その幹部のことを二人は知らないが、かなり危険な状態だったらしい。ボスが指示したのか、はたまた幹部が暴走したのか定かでなかったが、この様子を見ると幹部の暴走の方が確率は高そうだとシロナは予想した。

 

「とりあえず、もう彼らに害意はありません。今は事態の収集にダイゴ君が動いてくれているので、みなさんは安全なところへ」

「ありがとうございます…」

「俺が誘導しておく。シロナは他に捕まった職員がいないか中を調べておいてくれ」

「ええ。任せて」

 

 カイムの先導のもと、職員達はロビーに連れていかれた。残されたシロナは倉庫を一通り見て残った人がいないかを確認した後、カイムのいるロビーに戻ってきた。

 

「他に人は?」

「いないわ。もう大丈夫よ」

 

 そうこう話しているうちに、上の階が静かになる。恐らく、ダイゴ達が幹部を取り押さえたのだろう。

 

「…解決したのか?」

「かもしれないわね。少し待ってみましょ。ダイゴ君からの報告があるはずよ」

「だな。それまで休んでっか」

「そうね。さすがにミナモからすっ飛ばしてきたし、少し疲れ…」

 

 疲れたわね、と言い終わらないうちに、シロナの視界の隅にボロボロの外套が一瞬だけ映った。見覚えのある外套に、シロナは思わずばっと振り返る。既にそこにはシロナが見たものはなかったが、外套が見えた場所がダイゴ達のいる上の階へと向かう階段だった。

 

「………」

 

 何かはわからない。もしかしたら、ただの見間違いかもしれない。だがそれでもシロナは、ホウエン地方に来て繋がった奇妙な縁からくる嫌な予感を感じ取った。

 

「…シロナ?」

 

 神妙な表情をするシロナにカイムが声をかける。声をかけられたシロナは一瞬俯くと、カイムの目を見て言った。

 

「カイム…」

「なんだよ」

「……貴方は、他の世界を見捨てる覚悟を持てる?」

 

 突如問いかけられた言葉に、カイムはわずかに驚愕して目を見開く。以前おふれの石室を調査していた際に言われたシロナの言葉と何か関係があるのだろうと察したが、それ以上はわからない。故にカイムは下手に考えることはせず、己の心に従った言葉を発した。

 

「ああ、持てる。この先死ぬまで、他の世界を滅ぼしたという事実を背負う覚悟もな」

「…貴方なら、そう言ってくれると思ったわ」

 

 シロナは優しく微笑むと目を閉じ、そしてカイムの手を取って言った。

 

「私と一緒に来て」

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙センター

オペレータールーム

 

「…なんで、なんでいつもいつもいつもいつも……ッ!ボクの…こと…ジャマするんだ…ッ!」

 

 ダイゴとユウキのコンビに敗れたマグマ団幹部のカガリは、髪を掻きむしりながら歯噛みし、ダイゴとユウキを睨みつける。

 カガリは、マグマ団リーダーであったマツブサの計画が、ダイゴとユウキの手で阻止されたことで二人を憎んでいた。完璧なリーダーの完璧な計画…それを阻止した二人を心の底から憎み、そしてすっかり大人しくなったマツブサの姿を見て、世界に絶望した。そんな世界などいらないと本気で思うようになってしまい、今回下っ端達を無理矢理動かして次元転送装置の破壊を試みたのだという。

 無論これはただの逆恨み。マツブサ自身、自分の計画の愚かさと浅はかさを理解している。阻止されたことに感謝すらしていたほどだ。だがカガリにとっては違ったらしい。心酔するマツブサの行うことは全て正しい。本気でそう思っていたが故に、マツブサが自らの過ちを認めることが許さなかった。だから隕石で全てを消し去るつもりだったが、それも阻止された。カガリの心はもうぐちゃぐちゃになっていた。

 

 だがそんなことを気にしている余裕はない。こうしている間にも、隕石は刻一刻とホウエン地方に迫っている。猶予はあと三日もないだろう。さっさと装置を取り返し、事態を終息させようとダイゴは一歩踏み出した。

 

「さあ、その装置を返してもらう。下手なことはするな。これ以上、キミのリーダーの立場を危うくしたくないだろう」

「この…卑怯者…ッ!」

「好きに言いなよ」

 

 それだけ言ってダイゴはカガリの手から装置を取り戻した。カガリは悔しそうにダイゴを睨みつけるが、傍にいるユウキのジュカインの存在を考慮すると、飛び出しても押さえつけられてしまうだろう。

 装置を取り戻し、特に傷などがついていないことにダイゴは安堵する。そして隣に立つユウキに目を向け、少し安心したように笑った。

 

「すまないユウキ君。君のおかげで助かったよ」

「気にしないでよダイゴさん。オレも旅してる時、ダイゴさんにたくさん助けてもらったんだ!このくらい、どうってことないよ!」

「ありがとう。じゃあソライシ博士、この装置を…」

 

 ダイゴが装置を博士に渡そうとした瞬間、突如現れたゴニョニョがダイゴの手から装置を奪い取った。

 

「っ⁈」

「あっ!こいつ制御装置を!」

 

 突然のことで反応が遅れ、ダイゴの手から装置が奪われてしまう。ユウキが咄嗟にゴニョニョを捕まえようとするが、ゴニョニョは後ろに飛ぶことでユウキから逃れた。

 

「このコは、確か…」

「なーいすシガナ!」

 

 見覚えのあるゴニョニョをダイゴが思い出している間に、ゴニョニョはあとから現れた小柄な女性の元へと走っていく。女性はゴニョニョから装置を受け取り、興味深そうに眺めていた。その姿を見て、ダイゴは思わず声を上げる。

 

「貴女は、流星の…!」

「民ですよ、ヒガナですよっと」

 

 ヒガナはゴニョニョを優しく撫でると、装置を手で弄びながら語り始めた。

 

「すごいよねぇこの装置。隕石をどこかにひゅーんとさせて、はいめでたしめでたしってことにできるんだってね。なるほど、たしかにそこのチャンプが言うように、この世界(・・・・)の人やポケモン達にとっては希望なわけだ」

「…そうだね、その通りだ」

 

 ダイゴの言葉にヒガナは一変し、飄々とした態度から真剣な表情でダイゴ達に続ける。

 

「…でもさ、それがある人やあるポケモンにとっては最低最悪の絶望になる可能性があるって考えたことある?」

「何が言いたい」

「はは!キミにはわからないよ。そもそも期待してない」

 

 一切目の笑っていない冷たい笑みと共に突き放すように放たれた言葉。本来のダイゴなら動じることはないが、言葉と同時に向けられた覇気…もはや殺気とまで取れるほどの気配に、ダイゴは思わず押し黙ってしまう。

 そんなダイゴを放置し、ヒガナはユウキに目を向けた。

 

「ねえユウキ君。この世界の人たちにとっての希望が、他の世界の人たちにとっては絶望に変わるってこと…キミにはわかるかな?」

「わかんない」

「…そうか。ま、わかんなくて当然…」

「でも」

 

 ユウキはヒガナの言葉を遮って続ける。

 

「もしオレたちが助かることで、他の人たちが死んでしまう…そんな未来があるなら、オレはそれを選びたくない。オレたちも、みんなも助かる方法があるなら、どんなに難しくても…オレたちが頑張る!オレ一人じゃできないかもしれないけど、みんなの力を合わせれば、できないことはない!」

「…そっかそっか。キミはそう言うコだったね。でもキミには無理だよ。だって、知らない(・・・・)でしょ?」

「何を?」

「わたしたちは知ってる。ずっと受け継いできたからね」

「だから何をだよ!」

 

 ユウキの言葉にほとんど耳を傾けることなく、ヒガナは語り始めた。

 

「メガシンカによって引き起こされる、世界の揺らぎ。この世界と似て非なる世界の観測と確定…そう、わたしたちの住むホウエン地方とほとんど同じ世界のことをね」

「……並行世界?」

 

 ダイゴの言葉にヒガナは楽しそうに手を叩き、そしてダイゴを嗤った。

 

「へえ!チャンプは思ったより頭が柔らかいね!そう、ちょっとだけわたしたちの世界と進化の道筋が違う、メガシンカが存在しない世界。3000年前のあの戦争が起こらず、最終兵器も作られなかった世界線。その世界にいきなり隕石が現れたらどうなるかなぁ?隕石を壊すこともワープさせることもできない世界だ。そこの人たちはどうなるかなぁ?」

 

 憐れむように、蔑むように、そして少しだけ自嘲するようにヒガナは語る。歴史に詳しくないユウキは首を傾げ、ダイゴは何かに気がついたように目を細めた。だが確信がないため、何も言うことはできない。そんな二人を見て、ヒガナはため息を吐く。

 

「………わかんないか。ユウキ君はもしかしたらって思ったけど…想像力が足りないよ」

 

 二人を見限り、ヒガナは手の中にある装置に目を向ける。ヒガナの真意に気づいた二人は咄嗟に動き出そうとするが、間に合わない。

 ヒガナは装置を壊そうと腕に力を込める。その瞬間、空気が揺らいだ。

 

「ルカリオ、しんそく」

「!」

 

 突如現れたルカリオがヒガナの手を蹴り上げる。その衝撃で装置はヒガナの手を離れ、飛んでいった。装置か飛んでいった先に視線を向けると、飛んできた装置を何なくキャッチした金髪の美女と、黒髪の青年が立っていた。

 

「……やあ、また会ったね。シロナ」

「ええ。会えて嬉しいわ、ヒガナ」

 

 静かな覇気をぶつけ合いながら、二人は数日ぶりの再会を果たすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロナさん、カイム…」

 

 ダイゴは僅かに安堵しながら二人の名前を呟く。今この場でダイゴとユウキはヒガナの行動を阻止することはできなかった。あの瞬間、シロナのルカリオが高速でヒガナから装置を取り返さなかったら、間違いなく装置はヒガナの手で破壊されていただろう。

 

「思わぬ再会だねシロナ。でも、随分と荒っぽい再会じゃない?」

 

 ヒガナは飄々とした態度を崩さないが、言葉の節々にトゲがあるように感じる。たった今、ヒガナは装置を壊そうとし、それを阻止したのであれば仕方ないことではあるだろう。

 対してシロナはトゲのある言葉に怯むことなく、毅然とした態度で答える。

 

「そうね。貴女が隠れてここまで来たりしなければ、こんな荒っぽい真似をすることもなかったのだけれど」

「…へえ、やっぱりシロナの目は誤魔化しきれなかったか。わたしの気配、殺し切れてなかった?」

「いいえ。私が最近、少し見える(・・・)ようになっただけよ」

「…そっか。そんで?シロナはその手にあるものがどんなものかわかっているのかい?」

「ええ。ホウエン地方を隕石から逃す(・・)ものでしょう?」

「そうだね。この世界は、隕石から逃れられる。でも…他の世界は違う。どうすることもできず、わたしたちの手で滅びるしかない」

「だから装置(これ)を壊そうとしたの?」

 

 先のヒガナは完全にこの装置を壊すつもりだった。ルカリオが弾いていなければ、今頃この装置は粉々になっていただろう。わざわざヒガナがここまで来て、装置を壊そうとしたのにも必ず理由がある。その理由が、並行世界を守るためだとしたら、ヒガナの言葉にも納得はいく。

 だが並行世界の存在は証明されていない。科学者からしたら、そんな存在するかもわからない世界のために自分達の世界を危険に晒すことなどできない。だというのに、ヒガナは壊そうとした以上、ヒガナは並行世界の存在を確信、または観測していることになる。

 

「そう!こことは似て非なる世界を守るためにね!」

「その並行世界のためなら、私たちの世界はどうなってもいいの?」

「わかっていることを聞くのは賢明とは言えないね、シロナ」

 

 ヒガナはゆっくりとシロナに歩み寄る。そして互いに手を伸ばしても触れ合えないギリギリの場所で止まった。

 

「わたしはね、この世界も他の世界も守るために動いているんだ。だからそんな装置(もの)いらないんだよ。過去から学ばない愚かな行いを止めるためにも、それは壊さないといけないんだ」

 

 「だから」と付け加えながらヒガナはシロナに向けて手を差し出す。そして少しだけ苦しそうに表情を歪めながら言った。

 

「それをこっちに渡して、シロナ。わたしはキミまで『過去から学ばない人』になってほしくない」

 

 どこか悲痛な言葉。心から出た言葉だとわかるその言葉をシロナは真っ直ぐ受け止め、そして言った。

 

「これは渡せない」

「……そっか」

「ヒガナが言いたいことはわかったわ。これが、かつての負の遺産に関連するもので、再び使うことで私たちが何も学ばない存在になることを防ぐ…つまりこの行為自体が、貴女なりの優しさなのよね」

「…………」

 

 ヒガナは答えない。しかしヒガナの纏う波導(・・)は、それが真意だと如実に語っている。

 

「シロナは、知ってるのかい?3000年前の戦争を」

「ええ。専門分野は違うけど、私は考古学者だからね。知っているわ」

「……それを知った上で、そんなものを残すのかい?ポケモンを愛するキミが取る選択肢とは思えないね」

「かもしれないわね。できることなら使いたくはないわ。でも、必要なら使う」

「その選択が、たくさんの犠牲を生むとしても?」

「ええ。その犠牲者全ての命を背負って生きる覚悟はあるわ。たくさんの屍の上で生きていく…そんなもの、承知の上よ」

 

 力強く、硬い覚悟が宿った瞳。それを見たヒガナは小さく息を吐くと、腰に手を当てて呆れたように笑った。

 

「やれやれ、この覚悟はわたしじゃ変えられないね。仕方ない、ここは引き下がるよ」

「ヒガナの言うこともわかるわ。これは、たくさんの犠牲を生む選択。だからできることなら使いたくない。でも私が…私たちが生きていくために他に選択肢がないなら、やむを得ないでしょう」

「うん、わかってる。シロナはその決断ができる人だ。でもその決断の先にあるものを、わたしはシロナに背負わせたくないよ。だから、わたしが全てを救う選択をする。それで全部助ければ、わたしたちが何も学ばない愚かな人になることも、並行世界の人が犠牲になることもないからね」

「………」

「じゃ、ここいらでドロンしますかね。装置を壊さないんじゃ、ここに用はないし。ああでもその前に…」

 

 ヒガナはゆっくり振り返ると、何が何だかわからないカガリに目を向けた。目を向けられたカガリはビクッと体を震わせ、それとほぼ同時にヒガナはカガリに向けて肉薄した。

 

「っ!」

 

 速度は速くないが、予備動作すらなかった行動にカガリは反応できない。勢いよく突き飛ばされ、カガリの胸元にあったキーストーンが奪われてしまう。

 

「……う、ああ」

「次はっと」

 

 カガリからキーストーンを奪ったヒガナは即座に方向を転換し、カイムに迫る。カガリがキーストーンを奪われてから1秒も経たないうちに、ヒガナはカイムの目の前に迫っていた。カイムの腰についたチェーンにヒガナは手を伸ばすが、その手をカイムは左手で掴み、右手の掌底をヒガナの眼前に突きつけた。

 

「つっ!やるね」

「…………」

「キミ相手じゃやっぱり(・・・・)不意打ちに近くても厳しいか」

 

 ヒガナは苦笑するが、カイムは表情を変えない。ヒガナをじっと見つめ、どんな動きをされても対応できるように警戒心を緩めない。

 

「大人しく帰るなら見逃す。まだやるなら、締め上げる」

「レディの扱いが悪いんじゃないかい?」

「人のモンパクろうとしておいてどの口が言うか」

「んー、それもそうだ…ねっ!」

 

 ヒガナは飛び上がり、シロナ達の背後に着地する。そしてカイムに掴まれた手をぷらぷらと揺らすと、シロナ達に背を向けた。

 

「キミの分があれば楽だったけど、別にこの人たちのアジトにまだあるからいいか。そんじゃ次の用事があるもんでここいらでドロンさせてもらうよ。んじゃね」

 

 ヒガナはそれだけ言うと、ゴニョニョを連れてさっと出て行ってしまった。残された一同は嵐のように過ぎ去っていったヒガナを見て、気が抜けたように息を吐く。ヒガナの発する異様な迫力は、一度会ったことがあるシロナですら冷や汗をかくものだった。そのヒガナが去ったことで、緊張が解けた。

 しかしカガリだけは違った。何かに気づき、焦ったように口を開く。

 

「あいつ…リーダーの……リーダーマツブサの……キーストーンを奪うつもりだ!クソッ…クソッ…!」

 

 マグマ団の中でキーストーンを持つのはカガリとマツブサのみ。カガリのキーストーンが奪われた今、マグマ団に残されたキーストーンはマツブサのもののみ。ヒガナの口調からして、今からそれを奪いに行くつもりなのだろう。

 ただ目の前のカガリは明らかに何かまたしでかしかねない。とりあえず拘束し、警察に引き渡しておいた。警察に連行されるマグマ団達の後ろ姿を宇宙センターから見ながら、ダイゴは腕を組んで息を吐く。

 

「…マグマ団のキーストーンを奪いにいったか。多分、アクア団であった一悶着も彼女が起因してるな」

 

 宇宙センターに来る前、アクア団の方でも一悶着あったとの報告があった。そちらには四天王であるカゲツとフヨウに向かってもらっているが、それについてはまだ二人から報告がないため現状を把握することができない。しかし状況から見て、ヒガナが関わっている可能性が大きいだろうとダイゴは予想した。

 

「放っておいていいのかよ」

「いいや、その気はない。でも、下手に動くと事態が悪化しかねない。だから考えて動かないと」

「そうかよ。じゃ、状況整理と情報収集くらいは手伝ってやる」

「頼む。キミの力が必要だ」

 

 カイムは適当に椅子を引っ掴むと、ダイゴ、ユウキ、シロナを座るように促す。三人が椅子に座ると、カイムも椅子に腰掛け、タブレットを取り出した。

 

「まずは状況整理だ。ボク達の目的は、ホウエン地方に迫り来る隕石の破壊。そのために通信ケーブルを使おうとしていたが、それを阻止しようとする存在が現れた」

「…ヒガナのことね」

「はい。彼女はこの通信ケーブル制御装置を破壊しようとここまで来た。結果としてはシロナさんのおかげで壊されることはなかったが、彼女はボクらがこれを使うことを極端に嫌がっていたね」

「うん。過去の過ちがどうとか…前に言ってたよな。結局それって、なんのことなんだ?ヒガナがオレ達に通信ケーブル使わせたくないのも、それが関係してるんだろ?」

 

 ユウキはそう言ってシロナに目を向けた。先の口調から、その過ちについてシロナは知っているのだろうとユウキは予想していた。だからシロナに目を向け、シロナもそれについて聞かれるということを察していたため、かつての過ちについて語り始める。

 

「かつて、人類は大きな過ちを犯したの。それがヒガナの言っていた3000年前の戦争…その戦争で使われた、最終兵器」

「最終兵器…?」

「3000年前の戦争は今のカロス地方で起こったものだったの。当時の国同士が争い、兵器としてポケモンが使われていた」

「それが…過ち?」

「…いいえ。たしかに過ちとも言える行いだけど、ヒガナの言っていたことはそれを示すものではないわ」

 

 シロナ同様、ポケモンを愛するユウキからしたら、ポケモンを兵器として扱う行為は過ちだと捉えてもおかしくない。しかし、シロナの言う過ちとはそのことではない。ユウキの言葉を否定し、言葉を続けた。

 

「戦争を終わらせたのは、最終兵器。最終兵器の威力は絶大で、両国に大きな被害を与えた…結果、戦争は終わった。そしてその最終兵器は、人とポケモンの力が融合した兵器だったの」

「人とポケモンの力…メガシンカみたいな?」

「ええ。ただ、メガシンカよりもはるかに強力なもの。なにせその力は…ポケモンの生命すらもエネルギーに変換したものだったから」

「せ、生命…ってことは、その…最終兵器に使われたポケモンは…」

「死ぬ。言い方は悪いけど、使い捨てよ」

 

 カロス地方でかつて使われた最終兵器。それはポケモンの生命をエネルギーとして使う兵器だった。人と比較して大きなエネルギーを持つポケモンの生命すらもエネルギーに変換したとなれば、エネルギー量は計り知れない。加えて複数のポケモンを犠牲にしたと仮定すれば、両国に甚大な被害を与えるには十分すぎるエネルギー量だろう。

 

(……今にして思えば、アルトマーレの防衛機構…あれはこの最終兵器と似てるわね)

 

 アルトマーレには、街を防衛するための防衛機構が存在する。その防衛機構は、街の護神であるラティオス、またはラティアスを生きたバッテリーとして使うことて起動するものだった。ポケモンの生体エネルギーを使うという意味では、アルトマーレの防衛機構はカロスの最終兵器とよく似ていた。

 

「そんな…なんでそんなことを…」

「それはわからない。最終兵器の存在はわかっているけど、それが誰の手でどのように作られたのかは不明だからね」

 

 この最終兵器は存在は明らかになっているが、その出自が全くわからない。誰がいつ、どこで創り出したものなのか一切の記録は破棄されていた。そのため『そういうものがあった』ということしかわからないのだ。

 

「話を今回の件に戻そう。その最終兵器とボクらが使おうとしている通信ケーブル…これらのエネルギーは、元を辿れば同じ。だからヒガナはこれを壊そうとした…そういう解釈でいいのかな?」

「多分な。実際、その最終兵器は人が犯した過ちに他ならない。どっちの国が使ったのかは知らねえが、ポケモンの命使って兵器作って、挙げ句の果てには共倒れだ。人間らしいっちゃらしいがな」

「じゃあ…この通信ケーブルのエネルギーにも…ポケモンの命が使われているんだよな」

「……そうだね、そうなる」

 

 通信ケーブルのエネルギーはデボンコーポレーションが提供する手筈になっている。つまり、ダイゴの会社はポケモンの生体エネルギーを使う判断を下したということだ。ダイゴも今回使うエネルギーの詳細は知っていたらしいが、背に腹はかえられぬということで苦渋の決断を下したらしい。

 

「ポケモンの生体エネルギー…たしかにそれを使えば、莫大なエネルギーは得られるでしょう。人の生活を豊かにすることもね」

「で、でも!そのエネルギーはポケモンの命なんだろ⁈そんなもの…」

「ええ、そうね。でも私たちは日々何かを犠牲にして生きている。食べ物、水、土地…様々なものを人が住みやすい環境にし、何かを犠牲にしていく。私たちの命はたくさんの命の上に成り立っているのよ」

 

 ユウキはシロナの言葉に項垂れる。まだ幼く純粋なユウキからすれば、ポケモンを犠牲に得られたエネルギーなど使いたくないのだろう。しかし、人だけでなくポケモンも生きていく以上、たくさんの命を犠牲にしている。それを理解しているからこそ、自分達に『そんなものとんでもない』と言う資格がないことをシロナは理解していた。

 

「でも、たしかにユウキ君の言うように使わなくていいなら、そんなエネルギー使うべきじゃないんだ。どれだけ大きく人を豊かにできるエネルギーでも、何かを犠牲にし、消費するだけではどこかでツケが回ってくる。それを払うのはボクらではなく、ボクらの先に生きる人々だ。だからボクは次期デボンの社長として、ポケモンの生体エネルギー…∞エナジーに変わるエネルギー開発を進めたいと思ってる」

「殊勝な心がけじゃねえか。でも今はそれを待ってもいられない。だからやむを得ず使うことを決めたのか」

 

 いくら殊勝な心がけを持っていようが、現状を変えることはできない。それをわかっているからこそ、ダイゴは今回莫大な量の∞エナジーを使用することに踏み切った。何よりも大切なのは、ホウエンに住むたくさんの生命。まずは命あってこその志しである以上、少数の犠牲を容認した。

 

「…そうだね。この作戦で犠牲になるポケモン達…その存在を死ぬまで背負う。そう覚悟していたよ。でも、それ以上のものを背負う覚悟は、ボクにはできていなかった」

「……ダイゴさん」

「並行世界か…確かに、彼女が言うように全く想像していなかった。∞エナジーによって作られるワープゲートが、並行世界に繋がるなんてね」

「誰が想像できんだよんなもん」

 

 現代において、並行世界の存在は確立されていない。あってもおかしくはないが、なくても不思議ではない。完全に並行で運営されている世界ならば、互いに干渉などできるはずもないため、存在を立証させることは限りなく不可能に近いだろう。しかしヒガナはその存在を認知していた。だからワープゲートの先も並行世界の存在も理解していたのだろう。

 

「ヒガナは並行世界が存在すると言った。もしかしたら、流星の民が並行世界についての伝承を残しているのかもしれないわね。そういえばカイム、流星の民の伝承について調べていたけど…並行世界に関することってあった?」

 

 先日ダイゴの依頼でカイムは流星の民について調べていた。その調査内容に、流星の民の伝承もあったはずだとシロナは問いかけるが、カイムは首を横に振る。

 

「確かに伝承についてはあった。だが並行世界については何も。もしかしたら、伝承者しか知らない何かがあんのかもな」

「伝承者…確か、世界に厄災か訪れた時にレックウザを呼び寄せる方法と手段を持った存在だったね。その伝承者が何か鍵を握っていると?」

「予想だがな。流星の民の中でも、多分伝承者は特別なんだろう。調べた中でほとんど情報が出てこなかった」

「特別な存在にしか伝えられていない何かがあるのかも。それこそレックウザを呼び寄せる方法もその中に含まれている可能性もあるわね」

「伝承者って…何かを伝える人ってことだよな?」

「ええ。レックウザを呼び寄せる方法を伝えてきた人物…多分、それが伝承者なのだとは思うわ」

 

 流星の民の長老は伝承者のことを『レックウザを呼び寄せる方法と手段を持つ者』と形容した。つまり、伝承者であるヒガナはその資格を持つ存在なのは明確だろう。

 しかしシロナとダイゴの中には疑問があった。ヒガナが正式な伝承者であることは長老の話からしても間違いない。だがヒガナはレックウザを呼び出すためにグラードンとカイオーガを目覚めさせようとした。確かにその二匹が目覚めればレックウザを呼び出すことはできるだろう。しかしシロナとダイゴはそれが『レックウザを呼び出すための正式な方法』だとは到底思えなかった。

 

「彼女…ヒガナが伝承者なのは疑う必要は無いと思う。でもボクは、彼女がやろうとしていることが流星の民に伝わる手段だとは思えないんだ」

「根拠は?」

「まず、あまりにも危険すぎること。超古代ポケモン達を目覚めさせれば、それだけで隕石と同等レベルの危険度に跳ね上がる。いくら隕石破壊のためとはいえ、同じくらいの危機を自分で呼び寄せるなんて本末転倒もいいところだ」

「だよな。レックウザが止められるとはいえ、あの二匹がいるだけでホウエン地方が滅びかねないもんな。オレ達だってめっちゃ危なかったし」

「そうだ。それに、今ヒガナはキーストーンを集めている。さっきのマグマ団…カガリとカイムのキーストーンを奪おうとした。カイムのは未遂で終わったけど…キーストーンを集めているということは、キーストーンがレックウザを呼び出すために必要なものだということ。キーストーンでレックウザを呼び出せるなら、わざわざ超古代ポケモン達を目覚めさせる必要はないんじゃないか?」

「そっか!キーストーンで呼べるなら、グラードン達を目覚めさせて危ない目に合う必要もないもんな!」

 

 キーストーンでレックウザを呼び出すことが可能ならば、わざわざ危険な存在を目覚めさせる必要はない。だというのに、ヒガナはまず超古代ポケモン達を目覚めさせる手段を取った。ヒガナ自身が超古代ポケモンの危険性を理解していなかったのであれば話は別だが、レックウザでなければ止められないほど強力なポケモンの力をヒガナが理解していないとは考えづらい。つまりヒガナはキーストーンの方法を知っていながらも超古代ポケモンを目覚めさせるという手段を取ったと考えられる。

 

「ヒガナはどうして古代ポケモンを目覚めさせようとしたんだ…?」

「今のダイゴさんの話聞いてた感じだと…グラードン達の危険性はわかってた感じだよな。なんであんな危ないことをしたんだろうな」

 

 首を傾げるダイゴとユウキの横で、なんとも言えない表情をしているカイムがシロナの目に映る。ほとんど表情は変化していないが、明らかに思うところがあるようだった。

 

「…………」

 

 カイムはシロナの視線に気づき、視線の意味を理解したが、肩を竦めるだけだった。どうやらカイムの思うところについても、あまり確かな話ではないのだろう。そう判断したシロナはカイムに追求することはせずに話を戻した。

 

「今ある材料では結論には至れないわね。でも、ヒガナはそうしなければならない理由があったんだと思うわ」

「ボクもそう思います。彼女しか知らない理由があった…その理由が何であれ、ボクらはボクらにできることをやることにしましょう」

「だな!シロナさんとカイムさんが守ってくれた通信ケーブルがあるんだし、オレらにできることをやろう!」

 

 元気よく言うユウキを見て、シロナは小さく笑う。この少年はおそらく、ヒカリと同種のタイプの人間だとわかったからだ。ポケモン達と心を繋げ、周囲を巻き込んで大きなことを成し遂げる。カイム風に言えば、『選ばれし者』であることを感じ取ったからだ。

 そんなユウキはシロナに顔を向け、楽しそうに言った。

 

「でもびっくりしたよ。まさかシンオウ地方チャンピオンのシロナさんがホウエン地方にいるんだもん」

「ふふ、そうよね。今回はちょっと仕事で来たのよ」

「へえー。チャンピオンって大変だな」

 

 正確にはチャンピオンではなく学者としての仕事(何ならカイムの案件)なのだが、わざわざ言うことでもないだろうと判断したシロナはユウキに笑顔を向けて優しく頭を撫でる。撫でられたユウキは楽しそうに笑いながらシロナに闘志の宿る目を向けた。

 

「なあシロナさん!隕石の件が片付いたら、オレとバトルしてよ!こんな機会滅多にないからやってみたいんだ!」

「ええ、喜んで。いつでも相手になってあげる」

「やりぃ!約束だかんな!」

 

 バトルの約束をし、楽しそうにするユウキだったが、突如として腹の虫が鳴る。ここに来るまでほぼ休みなしだったことに加え、時間も遅い。夕食を摂っていない以上、空腹になるのは仕方ないだろう。

 

「へへ…さすがに腹減ってきたな」

「時間も遅いからね。すまないみんな。こんな時間まで」

「いいって。オレ、ダイゴさんの役に立てて嬉しいよ!」

「気にしないで。チャンピオンとして、当然のことをしたまでよ」

「今更だ」

 

 三者三様の返事にダイゴはふっと笑う。頼もしい仲間に囲まれ、自分がいかに恵まれているかを実感した。

 そんなダイゴを見て、カイムは立ち上がって伸びをする。さすがに調査後すぐにここまで来ただけあり、疲労が溜まっていた。ミナモシティに帰るくらいの体力はあるが、今日はこれ以上何かすることはできないだろう。

 

「ダイゴ、キッチン貸せ。飯だけ食わせろ」

「え、いいのかい?」

「ああ。この時間じゃ、店もねえし」

「ありがとう、助かるよ」

 

 ダイゴの言葉にカイムはひらひらと手を振り、階下へと降りていった。残された三人はその背中を追い、階下へと降りていく。その際にユウキがシロナとダイゴに問いかけてきた。

 

「なあ、カイムさんってどんな人?」

「あら、気になる?」

 

 先のやり取りでカイムはあまり言葉を発さなかった。それ故か、ユウキはカイムという人物のことをあまり掴めずにいた。そこで親そうな二人にカイムについて聞いて、カイムについて知ろうと考えた。

 

「うん。さっきまでドタバタしてて、あんま話せなかったから知りたいんだ」

「そっか。カイム…そうだな、不器用だけど、とても思いやりのある奴だよ。昔と比べたら随分変わったけど、根っこはずっと同じだね」

「ダイゴさんはカイムさんと昔からの付き合いなのか?」

「うん。ボクがまだユウキ君くらいの歳の時に出会って、しばらく一緒に旅をしてたよ。それからずっと親友だ」

「へえ…ライバルとも違う親友か。いいな、そういうの」

 

 ユウキにはたくさんの友人がいる。しかし、『親友』と呼べるほどの存在がいるかと言われると、いまいちピンと来ない。ここまで信頼と友愛を寄せることができる存在…そんな人物に出会える者は少ないだろう。そういう意味では、ダイゴもカイムも幸運だったと言える。

 

「ああ。最高の親友だよ」

 

 今回のマグマ団の一件。これもカイムだから任せた。ダイゴにとって、カイムは四天王とは別ベクトルで最も信用できる存在。故に、こういった事件でも、彼に任せることができた。

 

「シロナさんは?カイムさんとどんな関係なんだ?」

 

 ユウキの問いにシロナはほんの一瞬だけ考える。二人の関係は恋人なのだが、それをわざわざ純粋無垢な少年に伝える必要があるのかと考えてしまう。とはいえ、嘘をついて誤魔化すのもなんとなく気が引ける。そうして一秒にも満たない思考の後、シロナはユウキの問いに答えた。

 

「カイムは、私のパートナーなのよ。バトルな仕事のサポートをしてくれている、とても大切な人」

「もしかして、カイムさんってシロナさんのサポーターなの?」

「ええ、そうよ」

「すげえ!カイムさんって確かシンオウ地方のジムリーダーだよな?ジムリーダーやりながらサポーターってできるんだな!」

 

 ユウキの言葉にシロナは少しだけ驚く。シロナの言葉からカイムがサポーターであることを読み取ることは可能であるため意外ではなかったが、カイムがジムリーダーであることを知っているとは思わなかった。もしかしたらダイゴから聞いたのかもしれないが、カイムとダイゴの関係を知らなかったあたり、そうとも考えづらい。

 

「あら、カイムがジムリーダーであることを知ってたのね」

「うん。ポケモンリーグからのお知らせでな。最近シンオウ地方のジムリーダーが変わったって通知があったから覚えてたんだ」

(結構マメなのね)

 

 活発な印象のあるユウキだが、リーグからのお知らせをチェックしているあたり、かなりバトルに力を入れているらしい。前回のリーグがベスト8であることを考えると当たり前なのかもしれないが、それでも他地方のジムリーダーのことまで把握しているとはシロナも思っていなかった。

 

「へえ…じゃあ無愛想だけど優しい人なんだな」

「表情か動かないからね。それにお世辞にも口は良くないから、無愛想に見られがちだけど、本当はとっても世話焼きで面倒見がいいんだ。昔からボクは世話になりっぱなしだよ」

「そうね。困ってる人は基本放っておけないし、身内にはすごく甘いの」

「ははは!確かに。ぶつくさ言いながらもすごく甘いですよねあいつ」

 

 ユウキは宇宙センターのスタッフと話すカイムの後ろ姿を見つめる。ほとんど表情は動かないが、それでもカイムからは喜怒哀楽…感情を感じる。まだ話をほとんどできていないためダイゴとシロナの印象からしかカイムという人物を知ることができていないが、二人の話から思うに、お人好しなのだろうとユウキは思った。

 加えて、ポケモンバトルの実力も確かなようだ。ユウキが今まで出会ってきたジムリーダーと比較しても勝るとも劣らない覇気がある。今までの旅で出会ってきたトレーナーの中でもかなり強い方に分類されるだろう。

 

(…なんか、初めて会った気がしないや)

 

 なんとなくだが、ユウキはカイムに対して初めて会った気がしないほど警戒心がなかった。元よりあまり人に警戒心を抱くタイプではないが、なんとなくカイムには親近感を覚えていた。カイムはホウエン地方出身であるため可能性としてはなきにしもあらずだが、残念ながらそうではない。もしかすると、どこかの並行世界で二人は出会っているのかもしれない。

 

「オレ、カイムさんと話してくるよ」

 

 何にしても話さなければ始まらない。そう考えたユウキはカイムの元へ走っていき、その後ろ姿を見てシロナとダイゴは目を見合わせて笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 夕食…というには些か遅い食事を終えた頃には、11時を回っていた。さすがに今から帰るのはなかなか厳しいと判断したシロナ達は、ダイゴの家で一泊することにした。

 入浴を済ませ、ベランダから夜空を眺めながらお茶を飲んでいたダイゴの隣に人影が現れる。そちらに目を向けると、そこにはシャツとジャージを着たカイムの姿があった。頬が僅かに上気しているのを見る限り、風呂上がりだろうとダイゴは予想した。

 

「早いね。もう上がったのかい?」

「長風呂の奴がいるんでね。早めに済ませた」

 

 長風呂とは、シロナのこと。膝まで伸びる美しい金髪の手入れを考えれば、確かに風呂は長くなりそうだとダイゴは考える。

 

「で?何悩んでんだ?」

 

 そんなダイゴにカイムはそう問いかける。カイムの言葉を聞いたダイゴはハッとしたようにカイムを見つめた。

 

「…気づいていたのかい?」

「何年ダチやってると思ってんだ」

「ボク、そんなにわかりやすい?」

「いや?ただ、お前にしちゃ口数が少ねえと思ったからなーんか考えすぎてんのかなって」

 

 夕食時、ダイゴの口数が少ないところを見てカイムはダイゴが何か悩んでいるのかもしれないと考えた。ただ口数が少ないといっても普段と比べてほんの僅かだ。考えすぎていると思われるほど減ってはいないため、これに気づくことができる人物はそういないだろう。

 

「当たりか?」

「…まーね。今回のことで、色々考えるんだ。今のボクができること、これからボクに必要になってくるもの…そして、ボクが知らないことについてね」

 

 今回の一件…主にヒガナの言葉がダイゴの中でずっと渦巻いていた。

 

『想像力が足りない』

 

 その言葉はダイゴの胸に深く突き刺さった。そう言われた瞬間、その通りだと自覚してしまった自分がいた。

 

「今回、ボクはワープゲートで隕石を飛ばす手段を解決策として取った。他に方法がない(・・・・・・・)と断定して、それのみに没頭してた」

「………」

「でも、これは間違いだった。方法が一つしかないと決めつけるだけでなく、もっと別の策も探すべきだったんだ。この世界は、ボクの知らないことがたくさんある。だから、時間が許す限り駆けずり回って、探すことが必要だった」

 

 巨大な隕石からホウエン地方を救う方法。そんなものがすぐに見つかるとは思えない。そのためダイゴはワープゲートを使って隕石を別の場所に飛ばす以外できることはないと内心で決めつけていた。しかしこの方法は、並行世界の人々の命を奪う結果になるとヒガナは言った。彼女の言葉を完全に信じたわけではないが、もし事実であればダイゴはとてつもなく大きな罪を背負うことになってしまう。だがヒガナの言う並行世界がなかったとしても、もしこの方法になんらかの不具合があると発覚した場合のオプションが必要になる。その考えに至らなかった自身の未熟さをヒガナに自覚させられ、ダイゴはショックを受けていた。

 

「ここ数年、チャンピオンと社長補佐をやってきたから、少しは成長できたと思ってたんだ。でも、まだまだ甘い。人の上に立つ以上、もっとボクはいろんなことを知らなきゃいけないんだって実感した」

「そんで?」

「…人を使うことは少しずつ慣れてきた。だけど、ボクはまだあらゆるケースを考えて動く力が足りない。バトルもボクは直感型だ。キミやシロナさんみたいに思考型じゃない。でも、人の上に立つ以上、直感と思考…両方の視点が必要になる。今のままじゃ駄目なんだ」

 

 ダイゴは昔からイサナほどではないにしても、多才な方だった。器用でできないことはあまりないタイプであり、苦手なものも人並み程度に熟すことが昔からできた。それは彼の勘が鋭く、その勘にうまく順応することができる体があったからだろう。

 それ故か、思考する力においてはダイゴはまだ未熟だった。あらゆる可能性を考慮し、対策する。その力が不足していたが故に、ヒガナと対立する結果となった。

 

「…ヒガナの話聞いてて思ったけどよ、並行世界なんぞ想定できなくて当たり前じゃねえのか?想像しろって方が土台無理な話だと思うぞ俺は」

 

 だが今回の件においてダイゴに落ち度はない。並行世界という存在が確立されていない存在のことを考慮した上で作戦を立てることなど、自らいらないハードルを設けているのと何らかわらない。無駄な労力を割けるほど、今回の件に余裕などない以上、ダイゴの行いはほぼ正解と言えるだろう。

 

「うん。確かにそうだ。並行世界の存在を知らなかった以上、ここまでボクがやってきたことは多分ほぼ正解なんだと思う。でもそれはそれとして、今回の作戦がうまく行かない場合のオプションを用意していなかった。つまり、ボクは最悪の場合を想定できていなかったんだ」

「…想像力が足りないよってか?」

「うん。ボクが彼女の言葉で気づいたのはそこだよ。思い通りにことが運ばなかった場合を考えていなかった…ヒガナがボクに言った意味とは恐らく違うけど、その言葉でボクは自分の甘さに気づけた。まだ、足りないって」

「それで?悩みってのは?」

 

 ここまでダイゴが言っていたのは全てダイゴ自身の気づき。悩んでいたことではない。カイムに指摘されて苦笑しながらダイゴは口を開いた。

 

「…今回のことで、ボクは世界を見て回りたいと思うようになった。キミは大学卒業後、シロナさんと共にいろんな世界を見て回ってきた。その結果、今までのキミからは考えられないほどの成長を遂げた」

「かもな」

「そんなキミを見て、今回の一件を通して…将来のボクのために世界を見て、たくさん失敗して、いろんなことを経験したいんだ。具体的に何をするとかはまだわからない。でも、ボクはボクが目指す場所にたどり着くためにこれが必要だってわかるんだ」

 

 親友であるダイゴから見ても、カイムという人物は凡庸の域を出ない存在だった。何も秀でたものがなく、自分一人でできることはダイゴと比べて明らかに少ない。だがそんなカイムが気づけばジムリーダーとして人の上に立ち、形は違えどダイゴが目指す形を体現していた。大学生の頃のカイムでは考えられない成長に、ダイゴは嬉しく思うと同時にどうやってあのように成長したのかを考えるようになった。

 この数年でダイゴとカイムで違ったこと…それは、どれだけ未知の世界に足を踏み入れたかではないかとダイゴは考えた。シロナについて世界各地に足を運んだカイムは、それ相応の経験をしている。ずっとホウエン地方にいた自分ではできない経験を、その期間カイムは積み上げてきた。そしてその集大成が今の彼なのではないか、と考えついた。

 

「…世界を見て回りたいと。でも、お前の立場上簡単にはいかない。それが悩みか」

「…うん。チャンピオンと社長補佐。それなりの立場だ。ふらっと旅に出るわけにはいかないよ」

 

 ダイゴは自身に必要なものを自覚すると同時に、それを簡単には許さない立場がある。社長補佐はどうにかなるかもしれないが、チャンピオンという立場はそうもいかない。地方を代表するトレーナーである以上、長期間留守にすることはなかなかできない。自分がやりたいことと、自分の立場。この間でダイゴは揺れ、悩んでいた。

 

「キミなら、どうする?」

「知らん」

 

 ダイゴの問いかけにカイムはばっさりと斬り捨てた。あまりにもばっさりと切られたため、ダイゴはがっくりとうなだれてむすっとした表情をカイムに向ける。

 

「なんだよ、もう少し真剣に聞いてくれてもいいじゃないか」

「聞いてるよ。その上で言ったんだ。『知らん』ってな」

「どういうこと?」

「俺は、お前が悩んでいる二つのもののうち、どっちに重きを置いているのかを知らない。それに、俺ならどうするかなんて聞いたところで意味ねーよ。結局はお前がどうしたいかだ。そこに俺の意志は関係ねえ」

 

 自身のやりたいことと立場。どちらがダイゴにとってより大切なものなのかを決めるのはカイムではない。最後に決めるのはダイゴであり、自分にとって大切なことを決めるのは自分の意志でなければならない。それこそカイムに言われたから変えるようなものならば、そもそも悩む価値すらない。

 

「…ああ、その通りだね」

「悩むのはいいんじゃね?どっちを取るにしても、お前が考えた結果ならそれでいいだろ」

「ボクがチャンピオンを辞めるって言っても?」

「必要だと感じたなら、辞めればいい。それに、お前なら帰ってきたあとにまたチャンピオン取るくらいできるだろ」

「キミ、ボクのことなんだと思ってるんだい?」

「なんだ、できねえのか?」

「チャンピオン取るのがどれだけ難しいかわかってる?」

「やってみせろよ」

 

 平然と言うカイムにダイゴはため息を吐き、そして不敵に笑う。親友からそう言われては、ダイゴとしても期待に応えるしかないと思った。それと同時に、自分が心の底では既に答えが出ていたことに気づく。

 

「…そうだね、やろう。ボクなら、なんとでもなるはずだ」

「だろ?」

「うん。ありがとう、やっぱり言葉にするのって大事だね」

 

 言葉にしたことで、己の心の底を垣間見ることができただけでなく、気も楽になった。だが言葉にするだけでなく、その相手が誰であるか。それも重要だったのだろうとダイゴは内心で考える。

 

(真摯に向き合うから、カイムの言葉は心にすっと入ってくる。その言葉が、心の底の思いを引っ張り上げてくれる。なるほど、誰にでもできることじゃないな)

 

 ダイゴとカイムの信頼関係故か、カイムの人格故か、それともその両方かはわからないが、カイムの言葉はダイゴの心の底を簡単に暴いた。誰にでもできることではない。常日頃から他者の心と寄り添い、理解しようとするカイムだからこそできることだった。

 どことなく吹っ切れたような表情を見せるダイゴに、カイムはベランダから見える海を見つめながら問いかける。

 

「……決めたのか?」

「ああ。キミが聞いてくれたおかげでね」

「なるほど、俺のせいか」

 

 くつくつと笑うカイムにダイゴは笑いかけ、カイム同様海に目を向ける。

 

「カイム」

「ん?」

「ボクはいくよ。キミに負けたくないからね」

「勝負することじゃねーっての」

 

 やれやれと呆れつつ、カイムはダイゴの背中を軽く叩く。言葉は発さない。ただ、その一つの仕草だけでダイゴは親友が自分のことを後押ししてくれていることを実感した。

 

 穏やかな波の音を響かせながら、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、シロナが身支度を整えて部屋を出ると、ちょうどダイゴも部屋から出てきたところだった。

 

「おはようございますシロナさん。よく眠れましたか?」

「ええ、お陰様で。いいお布団をありがとう」

「時々四天王のみんなが来るんです。その時に使うものなんですよ」

「あら、いいわね。私も時々四天王の人たちと飲むけど、家で飲むことはないし、今度やってみようかしら」

「いいと思いますよ」

 

 そう言って笑うダイゴの顔は、どこか晴れやかだった。昨晩はどことなく思い詰めているような顔だった気がするが、今はその陰りは見えない。

 

(カイムと話してたらしいけど…何を話したのかしら)

 

 カイムがダイゴと話していたらしいが、何を話していたかは聞いていない。正直予想もできないが、何にしてもカイムがどうにかしたのだろうとシロナは考えた。

 

「カイムは?」

「まだ寝てるわ。さすがに疲れがあったみたい」

「…やっぱ、悪いことしたな。すごく忙しいことは聞いてたんですけど…」

「あら、でもカイムならむしろ『なんで頼らねえんだ』って言いそうだけど?」

「はは!あいつなら言いそうだ」

 

 お人好しのカイムであれば、親友であるダイゴが困っていたら間違いなく『頼れ』と言うだろう。自分が頼るのは下手くそなクセに、他人には頼れと言う。アンバランスではあるが、それも彼の良さだった。

 そこでシロナはふと共にダイゴの家に泊まった少年のことを思い出す。

 

「ユウキ君は?」

「ああ、ユウキ君なら…」

「カイムさーん!朝だぞー!」

 

 ダイゴの出てきた部屋からユウキが元気よく飛び出し、シロナが出てきた部屋に突撃していく。そしてまだ半分眠っていたカイムの布団を勢いよく剥ぎ取った。

 

「……………」

「ほーらカイムさん!起きろー!」

「……ゔう…ああ?」

 

 ユウキの声にうめき声を上げながらカイムは目を開く。

 

「おっ!起きたなカイムさん!」

「あ"ー…今何時?」

「七時半!」

「……あ"ぁ…起きるわ」

 

 寝起きなのもあるが、声が明らかに疲れを含んでいる。目つきが悪いのはいつものことだが、疲れからか目の下のクマも少し濃い。やはり疲れが溜まってきているらしい。

 

「ふー…よし」

 

 自分の顔をぱしんと叩き、ぼんやりした意識に喝を入れる。そして布団から起き上がったカイムは首を鳴らしながら洗面所へと向かっていった。

 

「わり、先に顔洗うわ」

「ああ。いっておいで」

「あ!カイムさん寝癖ある!」

「やかましい。寝起きなんてこんなもんだろ」

 

 朝から元気なユウキを適当にあしらいながら、カイムは洗面所へと向かっていった。

 

「…昨日で随分と懐かれたわね」

「見た目の割に親しみやすいですからね、あいつ」

 

 昨晩の夕食だけで、ユウキはかなりカイムに心を開いていた。作る食事がおいしいだけでなく、ユウキだけでなくユウキのポケモンにも真摯に向き合う姿はユウキにとって信頼に値するものだった。それゆえに、ユウキはカイムのことをダイゴ相手と同じように接するようになった。

 

「嬉しそうですね」

「えっ?」

「カイムが褒められると、いつも嬉しそうな顔してますよ。シロナさん」

「…そうね。実際嬉しいし、顔に出ているかもしれないわね」

 

 自分が好きな人を他の人に褒められる。それはやはり嬉しいことであり、心が温かくなる思いだった。それを指摘されて以前は恥ずかしかったのだが、最近は素直に認められるようになってきた。そのためシロナはダイゴの指摘にも動じることはなかった。そもそも最近はあまり隠す気もないのだが。

 

「見る目がありますね」

「ふふ、当たり前でしょ?」

「そうでしたね」

 

 着替えたカイムが洗面所から出てくるのが見える。そのままキッチンに向かうところを見ると、朝食を作るつもりらしい。

 

「カイムが朝飯を作り始めるみたいですね」

「ええ。私たちも行きましょ」

 

 ユウキの声が聞こえるキッチンに、二人は足を向けるのだった。

 なお、二人が同じ部屋から出てきたことをツッコむ人はこの場には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 カイムとルカリオが朝食の調理をしている最中、ダイゴのスマートフォンに電話がかかってきた。ダイゴは画面を確認するとすぐに電話に応答する。

 

「はい、もしもし…ああ、その件ですか。ありがとうございます。それで現場は………なるほど、やはりですか。ええ、こちらもとりあえず事態の収拾はできました。はい、協力者がいたので」

 

 そこまで話すとダイゴは傍にいるシロナに目を向ける。目を向けられたシロナは首を傾げると、ダイゴは電話に戻った。

 

「あ、その協力者が今うちにいるんです。よければ彼らにも状況の共有をしたいんですけど、構いませんか?…はい、ありがとうございます」

 

 そこでダイゴは一度電話を保留させると、シロナとユウキに向き直る。

 

「昨日の件の後、マグマ団アジトに四天王のゲンジさんとフヨウに向かってもらったんだ。それで状況の確認ができたから情報共有しようと思うんだけど、大丈夫かな?」

「そういうこと。ええ、構わないわ」

「オレと大丈夫!」

「カイムは…」

 

 カイムは調理中故に手が離せない。とても片手間に聞くような内容ではないと判断したカイムは、手をひらひらと振って『そちらだけでやってくれ』と意志表明した。それを見たダイゴは頷くと、電話をスピーカーホンに変えた。

 

「ゲンジさん、聞こえますか?」

『おお、聞こえとるぞ。さて、ユウキ少年はともかく、シンオウ地方チャンピオンは初じゃな。わしはゲンジ。ホウエン地方四天王じゃ』

『はーい!あたしフヨウ!ゲンジさんと同じホウエン地方四天王だよ!よろしくねシロナさん!』

 

 電話の向こうからは、ホウエン地方四天王のゲンジとフヨウの声が聞こえてきた。ゲンジはドラゴンタイプ、フヨウはゴーストタイプを専門に扱うトレーナーであり、その強さはホウエン地方屈指。シロナでも簡単に勝つことは不可能なほどの実力を持ったトレーナー達だ。

 

「はじめまして。シンオウ地方チャンピオンのシロナです。今回の件、ダイゴ君からの依頼で少しお力添えさせていただきました」

『丁寧な挨拶、感謝する。さて、早速だが本題に入ろう。わしらは、昨晩ダイゴからの連絡を受け、急遽マグマ団のアジトに向かった。やはり、ダイゴの予想通りヒガナという女が現れたらしい』

「やっぱりか…」

『うむ。そしてやはりヒガナは、リーダーであるマツブサのキーストーンを強奪していった』

「……なるほど」

 

 やはりヒガナは予想通り、マグマ団リーダーのマツブサのキーストーンを強奪していったらしい。ヒガナの言ったことを信じるのであれば、ヒガナは必要なキーストーンを揃えたことになる。

 

「マツブサさんは?怪我とかしてねえか?」

『案ずるな少年。突き飛ばされただけで擦り傷程度だ』

「そっか…ならよかった」

 

 かつては敵対していた団体のリーダー。そのリーダーを心配する少年の心はとても優しく、ヒカリとよく似ているなとシロナは思った。

 

『ダイゴは知ってると思うが、宇宙センターでの一件が起こる前にアクア団でも似たような事件が起こっとる。アクア団でもリーダーのアオギリがキーストーンを謎の女に強奪されたとプリムから報告されたが…』

「まあ、ヒガナでしょうね」

『そーなの!あの人が何考えてるかわからないけど、いろんなところでそのヒガナって人がキーストーンを強奪してるみたいでさ〜。それにタチの悪いことに、ヒガナ結構強いみたいでさ。マツブサとアオギリ…二人ともバトルの腕は結構ある方なのに、ほぼ一方的にやられたみたい。そうなると、もしかしたら四天王(あたしたち)でも相当手を焼くと思うよ』

 

 マグマ団、アクア団は両者共に武力集団ではない。故に下っ端のバトルレベルは大したことないが、精鋭及び幹部以上はかなりの腕を持つ。それこそリーダーであるマツブサとアオギリはジムリーダーレベル…カイムと同等以上の実力を持っていた。その二人がやられるとなると、四天王レベルの実力があってもおかしくない。

 

「彼女にそれほどの実力があったとはね…それだけは予想外だった」

『もし戦うことがあれば油断はしないようにね。舐めてかかれる相手じゃないよ』

「うん、肝に銘じておこう。それで、その後の彼女の動向はわかるかい?」

『ああ。マツブサから話を聞いたところ、空の柱で事を済ませる、と呟いていたらしい』

「空の柱か…なるほど。伝承者という名前から予想はしていたけど、やっぱりあそこは流星の民に関わりがあったのか」

「なあダイゴさん。空の柱って?」

 

 ダイゴは知っている様子だが、シロナとユウキは空の柱のことを知らない。シロナは名前だけは認知していたが、詳しいことは何も知らないため、知識レベルはほとんどユウキと遜色ないものだった。

 

「空の柱は、古の知恵を継承し、後世に伝承していく者しか入れない場所だ。てっきりルネの民のための場所だと思っていたが…流星の民も関係があったとはね」

「ルネの民?」

「はい。ルネシティに住む一族のことで、ミクリがその一族の者なんです」

(そうなると、ルチアちゃんもルネシティの伝承者一族ってことになるのね)

 

 以前ホウエン地方で出会ったミクリとルチア。コンテストで活躍する二人はルネシティの伝承者一族だった。実際どのようなことを継承しているのかはわからないが、空の柱という存在と深い関わりがある一族らしい。

 

「そうなると、ミクリに頼んで空の柱を開けてもらう必要がありますね。あそこは限られた者でないと入り口の封印を解くことができない」

『そうなる。どうする、ダイゴ』

 

 ダイゴは数瞬の思考ののち、答えを口にした。

 

「ボクは、空の柱に向かいます。ヒガナは、隕石を止めると言っているが、彼女に全てを任せられるほどボクは彼女を信頼できない」

 

 ヒガナは確かにこの世界を守るために動いている、と言った。だがその言葉が本当かどうか、ダイゴは未だに信じられなかった。彼女は各地でキーストーンを強奪して回っている。キーストーンは、ポケモンとの絆の証でもある。世界のためとはいえ、絆の象徴であるキーストーンを強奪するなど、許されることではない。そんなことを平然とやってのけるヒガナのことも、無論信じられるはずがなかった。

 

『うむ、我々も同じ考えだ。わしらはどうする』

「ゲンジさん達は、一度サイユウシティに戻ってください。昨晩から動いてもらってるので、一度休息を。その後、ソライシ博士の補佐をお願いします。プリムさんにはリーグと連携して避難計画を、カゲツさんには他地方との交渉を頼んでいます。もし隕石をどうしよもできなくなった際、速やかに避難できるように動いておいてほしいんです」

『OK!じゃ、あたしたちは一度リーグに戻るね!あとよろしく!』

「はい、お疲れ様でした」

 

 そう言ってダイゴは電話を切る。そしてシロナとユウキに真剣な表情を向けた。

 

「今、ゲンジさんとフヨウと話した通りです。これからボクは空の柱に向かいます。本来なら宇宙センターで通信ケーブル計画を進めるのがいいと思うんだけど、どうしてもボクは彼女を信じきれない。彼女が何をするのか、彼女の言葉にどういった意味があったのか…それを確かめたいんだ」

 

 ヒガナはたくさんの意味深な言葉を残した。その言葉の意味が何なのか、それを確かめるためにダイゴは空の柱へと向かうことを決意した。そしてダイゴが行くとなれば、シロナとユウキの意志も決まっている。

 

「ダイゴさんか行くなら、オレもいくよ!なんでかはわからないけど、ヒガナはオレに注目してた。だからオレもその意味を確かめたい!」

「乗りかかった船よ。ここまで来たら、最後まで付き合うわ」

「…ありがとう。じゃあ早速…」

「意気込むのはいいが、飯は食え。腹減って力でねえとか、笑い話にもなんねえぞ」

 

 早速空の柱へ向かおうとするダイゴに、カイムが朝食を運びながらぴしゃりと言い放つ。出鼻を挫かれた形になるが、せっかく親友が作った料理でもある。苦笑しながらもダイゴ達は食卓についた。

 

「そうだね。せっかくカイムが作ってくれたんだ。いただくよ」

「そーしろ。何事もまず、飯食ってからだ」

「カイムさんすげーな。昨日のご飯もだけど、めっちゃ美味そうだ!」

「ふふ、カイムのご飯はどれも美味しいわ。味わっていただきましょ」

「毎度のことだが、なんでシロナが誇らしげなんだよ」

 

 シロナとカイムが毎度の夫婦漫才を繰り広げそうになるのに苦笑しつつ、ダイゴは手を合わせた。

 

「いただきます」

 

 親友の料理を口に運び、味わいながら食事を進めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キナギタウン周辺 131番道路に位置する小島。

 そこには、巨大な塔が立っていた。どこまでも続く塔は雲をも超える高度に続いており、外から登ることは恐らく通常の飛行タイプポケモンでも難しいほどのものだった。

 

「…こんな塔があったなんて」

 

 この周辺は先日カイムとシロナが調査で訪れていた場所に近い。おふれの石室から若干距離はあるものの、さして遠いわけではない。加えてシロナ達が滞在していた時の天気は別段悪くなかった。だというのに、シロナはこの塔の存在に気づくことができなかった。これほど大きい塔があれば気づかないはずがないのだが、シロナとカイムはこの存在に気づかなかった。

 

「でけえ…宇宙センターよりでっかいな!」

「高度は…リュウラセンの塔と同じくらいあるな」

「リュウラセンの塔?カイムさん、それ何?」

「イッシュ地方にある建造物だ。ぱっと見、多分空の柱と同じくらい高い塔だよ」

「すげえな!こんなでっかいやつが他にもあるなんて!」

 

 わいわいと子供っぽく騒ぐユウキの隣でシロナは改めて塔を見上げる。やはり高度は相当なものであり、カイムの言う通りリュウラセンの塔と同等くらいあるだろう。そして年季も相当入っているにもかかわらず、建造物としての安定感は高い。簡単に崩れはしなさそうだ。

 

「それにしても…こんな大きい塔に気づかないはずがないと思うんだけど…」

「理屈はわからないが、この塔は近づかないと認識できないようになっているのさ」

 

 そう言って歩み寄ってきたのはミクリだった。ミクリは柔らかく微笑むと、背後に目を向ける。

 

「ダイゴから話は聞いてるよ。空の柱に行きたいんだろう?封印は解いておいたよ」

「助かるよ、ミクリ」

「問題ないさ。私の役目の一つだからね」

 

 ミクリはルネシティに古くから住まう一族の一人。ルネの民としてこの空の柱の番人としての役目があるらしいことはダイゴから聞いていた。

 

「ミクリさん、お久しぶり」

「お久しぶりですねシロナさん。チャンピオンズトーナメント以来ですか?あの時はバトルできずに残念でしたよ。しかしそれ以上に、貴女のバトルは美しかった」

「ありがとうございます。私も、貴方とバトルしたかったです」

 

 シロナは一度そこで言葉を切ると、ミクリ自身のことについて問いかける。

 

「ミクリさん、貴方の役目って…」

「ああ、私のルネの民としての役目は、この空の柱の番人です。資格なき者を通さないように封印を管理し、力を見極める…それが私の使命だ」

「…ボク達に、資格はあるのかい?」

 

 いくら頼んだとはいえ、資格の有無に関してはダイゴも把握していない。もし資格がないのであれば、ダイゴ達はこの先に進むことができない。

 だがダイゴの心配は杞憂に終わる。そんなダイゴの考えを見透かしたように、ミクリは答えた。

 

「問題ない。キミらは全員、資格があると私にはわかるからね」

「…シンオウの人間である私にもあるんですか?」

「チャンピオンクラスの実力を持つんだ。当たり前ですよ」

 

 ミクリの言葉にシロナは内心ほっとする。ここまで来て入れないと言われたらなんとももやもやした気持ちでしばらく過ごすことになりそうだったが、その心配はなさそうだ。

 だがミクリの言葉を聞いて、シロナの隣にいたカイムが眉間にシワを寄せる。

 

「…俺はいいんすか」

 

 カイムにチャンピオンクラスの実力はない。ジムリーダーになることはできたものの、ジムリーダーの中では実力は下の方だ。実力が資格に直結してくるとなると、カイムに資格はないことになってしまう。

 だがミクリはそんなカイムに優しく微笑みながら言った。

 

「構わないよ。以前出会った時と変わらなかったら厳しかったが、あの時と比べてキミの覇気は大きく上がっている。それに、そもそもキミは資格の有無を聞く必要はないんだ」

「え?」

「キミは初めから、空の柱に登る資格がある(・・・・・・・・・・・)

 

 ミクリの言葉にカイムは首を傾げる。カイムの実力が高くなったことを考慮しても、今いるメンバーの中では一番下。加えて出身はミナモシティであるため、ルネシティと何一つ関わりはない。そのため資格がある、と言われてもカイムには全く心当たりがなかった。ミクリもカイム自身が何も知らないことを察すると、意外そうな目を向けた。

 

「もしかして、キミは自分のことを何も知らないのかい?」

「何のことですか?」

「……ふむ、そうか。まあでも無理はないか。普通はそういうものだしね」

「???」

 

 ミクリは一人何かを察したようにぶつぶつと言っていたが、カイムには何一つわからない。そんなカイムを見てミクリは何でもないとでも言うように、首を横に振った。

 

「何でもないよ。ただ、もし気になるようであればご両親に自分のルーツを聞いてみるといい」

「…はあ」

 

 どことなく釈然としないが、それ以上ミクリが話す気が無さそうであったため、カイムは何も言うことはしなかった。

 ミクリはそんなカイムを見て小さく頷くと、真剣な表情を一同に向ける。そして普段の優雅な雰囲気から一変、鋭い覇気を纏った。

 

「さて、話が逸れてしまったね。とりあえずここにいる皆、空の柱に登る資格がある。件のヒガナが何を企んでいるのかはわからないが、私の見立てでは彼女の企みは失敗する(・・・・)

「⁈」

「なっ…⁈失敗する⁈そ、それじゃあ隕石はどうなるんだよ⁈」

 

 ヒガナは、迫り来る隕石を破壊するためにレックウザを降臨させると言っていた。キーストーンを強奪していたのも、恐らくその準備のため。ヒガナの言葉が真実だとしても、ヒガナを信じきれないからこそ一同は空の柱に登ることを決心した。また、いざヒガナが何かをしでかそうとした時に取り押さえることも考慮にいれてここまで来ている。つまり、ダイゴ達はヒガナが隕石を破壊するか、はたまた奪ったキーストーンで別の何かをしでかそうとしているのではないかと考えている状態だった。

 だがミクリはヒガナがどのようなことを考えていたとしても、その計画は失敗する(・・・・)と考えていた。ルネの民…空の柱の防人であるミクリでないと知らないことがあるのではないか。そう考えたダイゴはユウキの肩に手を置いて、ミクリに目を向けた。

 

「ミクリ、どういうことか聞かせてくれないか?」

「いいだろう。みんな、流星の民…中でも伝承者については知っているね?」

「ああ。みんな把握しているよ」

 

 ユウキだけはぼんやりとしたニュアンスだが、まあそれはいいだろうとダイゴはスルーする。その後ろで、伝承者についてぼんやりとしたものしか把握できていないユウキに、こっそりカイムが改めて伝承者について解説していたが、話は進んでいく。

 

「伝承者は古の知恵を脈々と継承してきた者達のことだ。そして現代の伝承者は例のヒガナ…そうみんな聞いているはずだ」

「ああ、その通りだ。それについては、流星の民の長老から直接伺ったし、間違いないだろう」

「ダイゴ、その話は間違いなんだ」

「…は?」

 

 ミクリの言葉にダイゴは驚きを隠せない。ダイゴとユウキは確かに流星の民の長老から『現代の正式な伝承者はヒガナ』だと聞いた。あの長老が嘘をついているとはとても思えないし、偽物だったとも思えない。だというのに、ミクリはその情報が間違いだと言った。動揺しない方がおかしいだろう。

 

「私も全てを知っているわけではない。でも、現代における正式(・・)な伝承者、という意味では間違いなんだ」

「どういうことかしら?ヒガナは正式な伝承者ではなく、伝承者を騙ってるだけってことなの?」

「いや、騙っているわけではない。確かに彼女は伝承者だし、その一族の者だ。でも、ヒガナは本来正式な伝承者ではないよ」

「………まさか」

 

 ミクリの言葉でシロナは一つの仮説に辿り着く。シロナが考えついた仮説を察したミクリはシロナに頷いた。

 

「私はルネの民。故に流星の民のこともある程度把握しているのだが、私の記憶では現代における伝承者はヒガナではなかった」

「つまり、本来別の誰かが現代における伝承者だったが、気づいたらヒガナが伝承者として成り代わっていたってことか?」

「そうなるね」

「…なあカイムさん、どういうこと?」

 

 話の枠をいまいち把握できていないユウキは側で渋い顔をしているカイムに解説を求めた。

 

「俺たちはヒガナのことを伝承者だと思っていたし、ヒガナ本人や流星の民長老もそう言ってた。でも、ミクリさんの記憶では別の誰かが流星の民だった。どちらも嘘をついていないのに、なぜか情報に食い違いがあるってことだ」

「じゃ、じゃあさ。ミクリさんの言ってた別の誰かって誰なんだよ」

「私も幼い頃に遠目に見ただけだから記憶が少し曖昧だ。だから顔は思い出せないが、名前だけはわかる」

 

 ミクリがそう言った瞬間、カイムは一つの名前が思い浮かぶ。ダイゴの依頼で流星の民について調べていた際、一度だけ出てきた名前。流星の民のリストにはなかったにも関わらず、確かに記録されていた名前をカイムは口にする。

 

「…シガナ?」

「!」

「…おや、知っていたのかい」

「名前だけ。ただ、それ以上のことは何も…」

「そうか。私の記憶では、現代における正式な伝承者はシガナという名前だった。伝承者の詳しい仕組みを私も把握していないが、彼女は元々伝承者ではなかった。それに…」

 

 言葉を続けようとして、ミクリは口を閉じる。あまりにもミクリの印象が強い推測であったため、これを口にするべきではないとミクリは判断した。

 

「…とにかく、私の記憶とキミらの情報に食い違いがある。伝承者というのは選ばれた存在…そんなぽんぽん変わるものじゃない。伝承者としての知識だけでなく、資格も必要になる。だから本来伝承者ではない彼女が失敗する可能性も大いにあると私は考えている」

「つまり…ヒガナは伝承者の代理って感じか?」

「推測だがね」

「…そういうことか。どちらの情報も正しいとすると、ミクリの言うことは筋が通っている」

「ああ。だからキミらが行って、彼女を止めるなり支えるなりしないと、恐らく全部台無しになる。私はキミたちが必要だと思ったのさ」

 

 根拠はない。しかしミクリはトレーナーとして、そしてコーディネーターとして一流の域に至った者。言語化ができなくとも、彼の直感は非常に高い精度を誇るものだった。ダイゴもそれをよく知っている。故にそれ以上聞くことはなく、ただその言葉を信じた。

 

「わかった。信じる」

「ああ。じゃあ、行くといい」

「みんな、行こう」

「おう!」

 

 ダイゴに続いてシロナ達は空の柱に続く洞窟に進み始めた。進んでいくシロナとカイムの背中に、ミクリは声をかける。

 

「シロナさん、カイム君」

 

 ミクリの呼び止めに二人は足を止め、振り返る。振り返った二人にミクリは優しい表情で語りかけた。

 

「目的を完遂する意味では、恐らくキミたち二人は居てもいなくてもいい。だが、ヒガナという存在を理解し、再び立たせるためには、恐らく二人の力が必要だ」

「…どういうことです?」

「なに、そう思っただけさ。わからないならそれで構わない。さあ、行くといい」

 

 シロナはカイムと目を見合わせる。カイムもよくわかっていないのか、肩を竦めるだけだった。

 

「よくわかりませんが…覚えておきます」

「ああ、それでいい」

 

 それだけ言って二人はダイゴの後を追った。

 残されたミクリは空の柱を見上げ、複雑そうな表情をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空の柱内部

 

「うわ…ぼろぼろだな」

 

 空の柱に足を踏み入れた最初の感想はそれだった。内部は経年劣化によるものか、非常にぼろぼろになっており、足を踏み入れた場所ががらがらと崩れそうなほどだった。

 

「すごい昔からあるものだからね。入れる人も限られてるし、仕方ないさ」

「それでもここにはわたし達、流星の民の歴史があるんだよ」

 

 突如響いた声に一同は顔を上げる。声がした先には、やはりと言うべきかヒガナが楽しそうに笑いながら立っていた。

 

「ようこそ、わたし達の継承してきた由緒正しき空の柱へ。ユウキ君とチャンピオンは予想してたけど、シロナ達も来てくれるなんてね。実にグッドだよ!」

 

 楽しそうに手を叩くヒガナにシロナは目をすっと細める。相変わらず飄々としており、つかみどころがない。しかし目の奥に宿る悲しむような光。その光の真意が未だにわからないが、シロナはその目の光にどこか見覚えがあった。

 そんなシロナのことを特に気にすることなく、ヒガナは手をあげてダイゴ達の視線を壁画に誘導した。柱の壁に描かれた壁画は、人らしきものと大きな龍のようなもの、そしてメガシンカのものに似た模様が描かれているものだった。

 

「そんなグッドなキミたちに、わたしが歴史を継承しよう!わたし達流星の民が古くから脈々と継承してきた…かつてこの地で起こった物語をね」

 

 ヒガナはハシゴに手を取り、登っていく。ちらりとこちらを見て、ついてくるように促してきたため、ダイゴ達もヒガナに続いて登っていく。

 少し登ったところで、シロナ達の目の前に壁画が現れる。壁画には何かが落ちてくるような模様が描かれており、その中央にはメガシンカの模様に似たものが描かれていた。

 

「数千年前…巨大な隕石がこの星を直撃した。巨大な隕石は、ホウエンの土地の奥底に眠っていた自然エネルギーが溢れ出し、そのエネルギーを求めてゲンシカイキしたグラードンとカイオーガが争っていたんだ」

(数千年前…∞エナジーを使った最終兵器の戦争は三千年前。同じ年代かはわからないけど、カロスの戦争が三千年前。それとそう大差ないと仮定したら、文明は多少差異はあれど発達してきている。そこに巨大な隕石…?しかも古代ポケモンの争い…ホウエン地方の文明がこのまま滅びてもおかしくないほどの大厄災じゃない)

 

 シロナが研究している古代シンオウ人の文明やカイムが研究している古代人もかなり古い。カロスの戦争とどれほど年代が離れているかは定かではないが、そんな中、こんな大厄災があったということがシロナにとっても衝撃的だった。

 ヒガナは階段を上がりながらさらに語る。

 

「グラードンとカイオーガの争いは、人々だけでなくポケモン達にも甚大な被害を与えた。ホウエン地方に根付いたたくさんの文明を滅ぼしたんだ。それこそ、ホウエン地方が全滅しかねないほどにね」

「だが文明は続いている。つまり、その厄災を切り抜けた文明があったんだろ?」

「へえ、思ったより冴えてるね。その通り。人々はなす術がなかったから、脅威が過ぎ去るのを待つしかなかったが…何もしないままだと、滅びる方が早いと判断したわたしたちのご先祖…流星の民は天にむけて祈りを捧げたんだ」

 

 ヒガナは上を見上げる。空の柱内部は空洞になっており、天井もないため空が見える。

 

「祈りは、救いを求めて捧げられた。空の守護者たる伝説のポケモン…レックウザにね」

「流星の民は、レックウザの存在を初めから知っていたのか?」

「そうだよユウキ君。流星の民は、古代ポケモン達の存在を知っていたんだ。大地と海…双方の均衡を監視し、制御する天空の守護者…レックウザの存在を認知していた。だから空に祈るということができたのさ」

 

 流星の民は、レックウザのことを知っていた。起源は、初代伝承者。レックウザという存在と共鳴した存在がいた。その存在が空と海と大地のバランスを取っていることを感じ取り、レックウザと共に空を駆けたことが伝承者の始まりらしい。

 

「初代伝承者がレックウザと共鳴し、レックウザの存在が認知された。そして初代伝承者を筆頭とした流星の民達は空に祈りを捧げ、レックウザを降臨させたんだよ」

「だが、自然エネルギーを取り込んでゲンシカイキした古代ポケモンを止めるとなると、相当な力が必要だ。一体ならともかく、グラードンとカイオーガ両方を相手取って、レックウザ単体で事態を収められるものなのか?」

「チャンピオンにしてはグッドな質問だね。そう、普通のレックウザじゃまず無理だ。でも、レックウザが人々の祈りによって力を得たらどうかな?」

 

 そう言ってヒガナは壁画を見上げる。壁画には、巨大な龍。この龍がレックウザであることを示しているのは全員すぐに理解することができた。

 

「萌黄色の輝きを纏う龍…レックウザが、伝承者の…人々の祈りを受けて姿が変わる!ははは!まるでメガシンカみたいだよね!」

「…もしかして、それが始まりなのかい?」

「その通りだよチャンピオン。わたしたちが使うメガシンカ…その起源はレックウザだったんだ」

 

 ヒガナのアンクルに付けられたキーストーンが陽の光を受けて七色に輝く。メガシンカは人とポケモンの心が共鳴し、ポケモンに更なる力を与えるというもの。メガシンカの力をうまく使いこなせないと、その強大な力がポケモン自身を蝕むこともあるが、使いこなすことができれば、非常に強力な武器となる。

 そのメガシンカの起源は、レックウザだった。レックウザは流星の民の祈りを受け、ホウエン地方を救うための力…メガシンカを得た。このメカニズムを解明し、他のポケモンにも使えるようしたものがメガシンカの始まりだという。

 

「元々すごい力を持つ伝説のポケモンだ。そんなポケモンがメガシンカしたらどうなるか…」

「ゲンシカイキしたグラードン達でさえも敵わない、凄まじい力を持ったポケモンになる!」

「グッド!さすがだね期待のルーキー(ユウキ君)。たくさんの祈りがレックウザを強くし、世界を守った…とても美しい物語だよね!」

 

 ヒガナは空の柱を登っていく。

 空の柱はリュウラセンの塔に匹敵するほどの高度を持った塔。故に、少し登った程度では頂上に辿り着くことはできない。今空の柱を登る者たちは皆、それなりに体力はあるが、経年劣化により足場の悪い塔を登るのはなかなか骨が折れる。学者気質故に比較的体力の少ないシロナやまだ体ができていないユウキ、採掘で体力のついたダイゴだけでなく、普段から鍛えているカイムですら、登るだけで消耗してきている。時折ある安定した足場で休憩を挟みつつ、一同はヒガナを追って空の柱を登っていった。

 そしてシロナとカイムは考古学者故に、ヒガナの語る伝説の記録も取っていた。公開するかどうかはともかく、分野は違えど非常に貴重な記録であることに変わりはない。記録しない手はないし、ヒガナも記録について何も言わない。そのため二人は記録と考察を交えながら上へと登っていった。

 

「どこまで続くんだよこの塔…」

「リュウラセンの塔と同じくらいと考えると、まだまだ登りそうだな」

「仕組みはわからないが、この塔どんなに登っても酸素濃度とかが地表と変わらないね。気流の影響もないし…やっぱりレックウザの加護が働いているのかな」

「正解。この塔は、レックウザの加護が働いている。レックウザは空の守護者…だから天候を制御する力を持っているのさ」

 

 少し上の場所からヒガナがダイゴの言葉を肯定する。空の柱はレックウザを祀る塔。それ故か、レックウザの加護が働いており、この周辺の気候は常に穏やかだ。また、外部から気づかないようにさせているのも、レックウザの加護の一端らしい。

 

「レックウザはどうしてこの塔を守るんだ?」

「それは多分、レックウザも自分だけじゃ世界を守りきれない場合があるってわかってるからじゃないかな?守る理由は知らないけど、そう考えるのが自然だよ」

 

 ユウキの問いに答えたヒガナの言葉に、シロナは僅かに違和感を覚える。だがヒガナの答えは別段変だとは思わない。何かシロナの本能でしか気づけていないものがある。そう考えたシロナは思考の海に潜るが、すぐに結論は出そうにないと判断して一度保留にした。

 

(あとでカイムにも聞いてみようかしら)

 

 自分とは異なる視点を持つカイムであれば、その答えを出すきっかけになるかもしれない。そう考えたシロナは少し上にいるヒガナに目を向ける。

 

 やはりその目には、どこか見覚えのある光が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み休みではあるものの、一同はヒガナの先導で空の柱上部まで登ってきた。その時にはすでに日は沈んでおり、星の光が見えていた。

 

「灯りがないからここから見る星は綺麗だろう?この光は全て、宇宙の光だ。そして、わたしたちに絶望を運んでくる光でもある」

 

 ヒガナは強奪したキーストーンの一つ…ハルカのキーストーンを空に掲げ、キーストーンに星の光を映した。

 

「綺麗なものだね。この七色の石が、レックウザに力を与えたんだ。ご先祖様達はレックウザに力を与えた石とレックウザそのものを祀るために、この塔を建造したんだよ」

「空の柱は、レックウザだけでなくレックウザに力を与えたメガストーンをも祀った塔なのか」

「そういうこと。さあ、頂上はもうすぐだ」

 

 ヒガナは身軽な動きでどんどん先に進んでいく。道そのものは一本道であるため迷うことはないが、いかんせん道が悪すぎる。身体能力の高いカイムですら少々手こずるほどの道を全員がヒガナと同じペースで進めるはずがない。

 

「いてっ!」

 

 ユウキが階段に躓き、転んでしまう。旅をしてきたユウキといえど、ここ数日ダイゴと共に各地を飛び回り、ここまで登ってきたとなれば体力が限界に近い。

 

「ユウキ君、大丈夫かい?」

 

 転んだユウキにダイゴが手を貸す。ダイゴの手をとってユウキが立ち上がると、その膝から僅かに血が出ていた。

 

「ユウキ、膝」

「ん、あ…やべ」

「ちと座れ。治療する」

 

 そう言ってカイムは鞄を下ろすと、中から治療道具を取り出す。ユウキを近くに座らせると、消毒しつつ絆創膏を貼り付けた。

 そんなカイムの後ろ姿を見ていると、シロナの視界にふと小さな石ころが映った。石くらい一部風化してきている空の柱には無数に落ちているが、その石は周囲のものとは明らかに違う色をしている。

 

「…これは?」

「あ、シロナさん。それオレの」

「これ…石、よね」

「なんだ?変人(ダイゴ)とつるみ過ぎてユウキも石好きになったのか?」

「こらこらこら。誰が変人だカイム」

「おめーだおめー」

 

 わいわいと騒ぎ始めた男二人を放置し、シロナはユウキの落とした石を眺める。どことなくメガストーンに似た模様のようなものがあるが、メガストーンのようにポケモンの気配は感じない。

 

「ユウキ君、これは何?」

「隕石のカケラだよ」

「これをどこで?」

「流星の滝。なんであそこにあったのかはわかんないけど、あのあたりでしか採れないもななんだってソライシ博士が言ってた」

「…そう。流星の滝でしか採れない石…今回の件と何か関係がありそうね。でも、どうしてそんなものを持ってるの?」

 

 ダイゴとよくつるむといえど、ユウキがわざわざ隕石のカケラを掘りに行くためだけに流星の滝にいくとは考えづらい。

 

「ソライシ博士に頼まれたんだよ。ワープホールの制御に必要なんだって言われてさ」

「ボクらはそのカケラを流星の滝に取りに行って、その最中に宇宙センターが襲撃されたんだ」

 

 通信ケーブルの制御には二つの隕石のカケラが必要だった。一つは石の洞窟で、そしてもう一つは流星の滝でしか採取できないものだった。石の洞窟はユウキが一人で、流星の滝はユウキとダイゴの二人で出向き、カケラを取ってきた。しかし二人が出向いている隙を狙って、マグマ団は宇宙センターを襲撃してきた。結果としては通信ケーブルも無事だったが、二人揃って留守にするのは少し早計だったとダイゴは内心で反省していた。

 

「流星の民について依頼してきたのは、その時か」

「うん。一つ目のカケラをユウキ君が持ってきてくれた時、ヒガナが宇宙センターに来たんだ。その時は何もしなかったけど、流星の民とは名乗られたから、キミに依頼したんだよ」

「へえ。そういう流れか」

 

 流れを理解したカイムはそれだけ言うと立ち上がる。ユウキの膝の治療が終わったらしい。

 

「ありがとう、カイムさん」

「ん」

「はい、ユウキ君」

「ありがとう、シロナさん」

 

 ユウキはシロナから隕石のカケラを受け取る。その時、ほんの僅かにカケラが熱をもったような感触がしたが、ユウキは特に反応を示すことなくカケラをバッグにしまった。

 

(…気のせい?ユウキ君が触れたら、熱が走ったような…)

 

 しかし、ユウキが特に反応を示していない以上、シロナがこれ以上何かを言う必要はない。そう考え、ヒガナを追って先に進むのだった。

 

 

 その後すぐに、ユウキのバッグの中で隕石のカケラが小さく光を放ち始めたのだが、まだ淡い光にシロナ達は気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空の柱

頂上

 

「ここが、空の柱頂上…」

 

 空の柱頂上は、何かの祭壇のような形になっていた。祭壇は三角形状になっており、三つの頂点には緑色の炎が灯っている。

 

(……標高の割に風が弱い。呼吸も地表と変わらずできる…やっぱり、レックウザの加護が働いているのね)

 

 雲を突き抜けるほどの高さまで聳え立つ塔。その頂点に立ってなお、シロナ達の生命活動に支障はない。本来なら何かしらの補助がなければここまでの高さで人が活動することは厳しいはず。しかしシロナ達は地表にいるのとなんら変わりない状態だった。そうなると、やはりレックウザの加護がシロナ達を、空の柱そのものを守っていると考えるのが自然だろう。

 

「……ここで、レックウザを降臨させる。キミたちは伝説の目撃者になれるね」

「ヒガナ、一つ聞かせてくれ。キミは、隕石がホウエンに向かってきていることを知っていたのか?」

 

 ダイゴの問いにヒガナは空を見上げた。

 

「そうだね、知っていた。伝承者にのみ伝わる伝説の最終章…それを今からみんなにお伝えしよう」

 

 ヒガナは強奪した全てのキーストーンを手に取ると、目を閉じる。

 

「流星の民…初代伝承者の活躍で、世界には平穏が齎された。しかしその平穏は、いつの日かまた崩れることを流星の民達は予言した。次に訪れる隕石は…ルネシティを作り上げたものよりもさらに巨大で、ホウエンどころか、世界全体に被害を出しかねないほどのものだとね」

「今回迫ってきてる隕石は直径10キロを超える…予言通りだな」

「そう。だから知ってたのさ」

 

 かつて世界を救った流星の民。彼らが残し、継承してきた伝説こそ、この隕石だった。世界そのものを滅ぼしかねないほどの隕石。かつて隕石落下を防ぐことができなかった彼らは、いつか降り注ぐであろう脅威を察知し、そして後世が世界を守ることができるように予言を残した。世界を今度こそ守りきり、誰も失わないように…そんな願いを込めて。

 ヒガナは足元にいるゴニョニョを優しく撫でると、シロナ達に向き直る。その目には硬い決意が宿っていた。

 

「さて…ようこそ皆様、龍召の祭壇へ。ここまでの話で、わたしがこれから何をやろうとしているかは…まあ、大体わかったよね?」

「奪ったキーストーンを触媒に、レックウザを召喚する…ってことかい」

「その通り。レックウザを召喚し、ここホウエンめがけてやってくる隕石を破壊する。それが、わたし……()の使命。力と知恵を受け継いできた者の使命だ」

「それはわかった。でもさ、ヒガナ…それなら、なんでみんなに協力してほしいって頼まなかったんだよ。キーストーンでレックウザを召喚できる…なら、最初からみんなに頼んでやればよかったじゃないか!そういう事情なら、オレだってキーストーンを貸すくらいしたよ!」

 

 ヒガナは、最初レックウザを召喚するためにわざわざグラードンとカイオーガを目覚めさせようとした。しかしキーストーンでレックウザを召喚できるのなら、わざわざその二匹を目覚めさせる必要はない。何故最初からその手段で行こうとせず、より危険な方法をとり、加えて協力を仰がずに強奪という手段を取ったのか。その結論を出すことができず、理解ができなかったユウキは思わずヒガナに問いかけた。

 

「…そうだね、あの子ならできたんだろうね」

「え?」

「わたしでは足りない(・・・・)可能性があった。それだけだよ」

「どういうことだよ!」

 

 ユウキがヒガナに詰め寄るが、ヒガナは悲しげに笑うだけでその問いに答える様子はない。ヒガナに応える気がないことを悟ったユウキは、納得いかなさそうな表情をしながらも一歩下がった。

 ユウキが下がったのを見ると、ヒガナは空を見上げる。そして何かを懐かしむように口を開いた。

 

「……小さい頃から、不安で不安で押しつぶされそうな時、空を見上げるようにしてる。心が溢れて、泣き出しそうになる時も、逃げ出したくなる時も…絶対に涙を流さないように、もう泣かないようにするために」

 

 ヒガナは視線を落とし、ユウキ、ダイゴ、シロナ、そして最後にカイムに目を向けて言った。

 

「キミならわかるんじゃない?」

 

 その言葉の真意を、カイムは理解している。ヒガナが何を抱えていたのか、何を思ってここまできたのか。カイムになら…いや、カイムにしか理解できない思いを、ヒガナは抱えていた。

 

「ああ、そうだな」

「…そっかぁ」

 

 ヒガナは小さく笑うと、息を吐く。そして再び空を見上げた。

 

「こうやって空をよく見ていたよ。楽しい時も、悲しい時も…大好きだったんだ。心から…愛していた」

 

 ヒガナの声に、悲壮感が過ぎる。泣き出しそうなのを堪えているような声だった。

 

「……ああ、会いたいな」

「ヒガナ…」

 

 シロナの呟きに、ヒガナは悲しげに微笑む。

 

「シロナ。キミは、わたしが大好きだった人に似てる。姿じゃなくて、心のあり方が。キナギタウンで一目見てわかったよ」

「私に声をかけてきたのは、それが理由?」

「うん」

 

 ヒガナが言う『大好きだった人』が誰かはわからない。しかし、ヒガナが思わず声をかけてしまうほど、シロナとヒガナの大切だった人の雰囲気が似ていたのだという。

 

「どうしても会いたくて…でももう会えない。いなくなっちゃったからね。そんな時にシロナが目の前に現れた。あまりにも雰囲気が似てて、思わず声をかけちゃった」

「ナンパされたのかと思っちゃったわ」

「ははは!誘ったら来てくれた?」

「デートなら、お断りしてたわ。今日みたいなピクニックなら大歓迎よ」

「釣れないね」

 

 ヒガナは大きく息を吐き出すと、奪ったキーストーンを握りしめる。その瞬間、ヒガナのアンクルに装着されたキーストーンが輝き、ヒガナの手に持つ奪ったキーストーンが共鳴して輝き出した。

 

「ここまでは、流星の民が残した物語。これを最期に、流星の民の物語が終わるんだ」

 

 ヒガナの言葉と雰囲気。その二つから、ヒガナがどんな覚悟を胸に抱いているのかを、シロナとユウキは理解した。

 

「ヒガナ…貴女まさか」

 

 シロナの言葉にヒガナは薄く笑う。そして足元にいるゴニョニョを抱き抱え、シロナの元へと歩み寄った。

 ヒガナに抱き抱えられたゴニョニョもヒガナの覚悟を悟ったのか、腕の中で鳴く。そんなゴニョニョの頭を優しく撫でると、ヒガナはゴニョニョをシロナに差し出した。

 

「…わたしにもしものことがあったら、この子をお願い」

 

 強い覚悟を秘めた瞳。その瞳に宿る覚悟は、いつの日かシロナが見たことのある光だった。悪夢に潜り、街の人々を救い出すために危険に飛び込むと覚悟を決めた最愛の人と同じ光。自分がやりたいことではなく、自分がすべきことのみを考えた悲しい光が、ヒガナには宿っている。

 それを見たシロナは差し出されたゴニョニョを受け取ると同時に、ヒガナの胸に押しつけ返した。

 

「ごめんなさいヒガナ。その願いは聞けないわ」

「なっ…」

「…………」

 

 ヒガナの覚悟。それがどれほど重いものなのかダイゴやカイムだけでなく、ユウキも感じ取った。だからこそ、残していくポケモンを信頼できる人に託そうとヒガナは考え、シロナにゴニョニョを託そうとした。ポケモンにも人にも優しいシロナであれば、きっとゴニョニョを幸せにしてくれる。そう考えた故の行動だった。ヒガナはもちろん、ダイゴやユウキもきっとゴニョニョを受け取り、最後まで寂しい思いをさせずに過ごすだろうと考えた。そのため、ヒガナだけでなくダイゴ達にとってもシロナの答えは意外なものだった。

 だがカイムだけは違った。なんとも言えない表情(ほぼ無表情)をしており、何かを思い出すように目を伏せた。

 

「…キミなら応えてくれると思ったんだけど…一応理由、聞いてもいい?」

「貴女が自分のことしか考えていないからよ」

 

 シロナの言葉にヒガナは目を見開き、そしてほんのわずかな怒りを宿した瞳でシロナを見つめた。

 

「わたしが?わたしがこれからやることは、世界を救うことだよ。自分がどうなっても、世界を救う…これのどこが自分のことしか考えてない奴の思考なのかな?」

「そうね、確かに貴女は世界を救うために動いていた。きっと自分の幸せも投げ捨てて、使命を全うしようとするのでしょうね」

「そうさ。それがわたしの使命だからね。わかってくれたなら、この子を…」

 

 ヒガナは再びゴニョニョを差し出そうとするが、シロナの瞳に宿る強い怒りの光を見て、思わず止まる。

 

「まだわからないの?」

「…どういう意味なんだよ。わたしは…わたしは!ずっとこの時のために生きてきた!自分の幸せを諦めて、この時のためにずっと生きてきたんだ!最期くらい、わたしの願いを聞いてくれてもいいじゃないか…世界を救うために、ずっと必要なことを考えてきたんだから…」

「じゃあ、この選択に貴女のポケモン達の意思は含まれているのかしら」

 

 シロナの言葉にヒガナはハッと顔を上げる。ヒガナを見つめるシロナの目は悲しみと怒りが入り混じった感情を宿していた。

 

「貴女がずっと世界を救うために動いてきて、人生を使ってきた。それはいい。貴女もポケモン達も納得してやったのだからここまできたんでしょうからね。でも、最後のその選択をポケモン達に伝えたの?貴女がいなくなったポケモン達の心に、その選択がどれほど大きな傷を残すか考えたことはある?」

「っ…!」

「ええ、貴女の覚悟を誰も責めることはできない。手段はともかく、貴女の覚悟は確かに世界のためになる。でも、その先に貴女がいないと、ポケモン達はどうなるの?大好きな貴女と一緒にいたいと思っているポケモンの思いを、考えてよ」

 

 どこか悲痛な声に、ヒガナは思わず腕の中にいるゴニョニョに目を向けた。ゴニョニョはその目に涙を溜めており、必死に涙を堪えていた。ヒガナが選んだ選択を阻みたくないから。どれほどの覚悟を持ってヒガナがここに立っているのか。それを身近で見てきたゴニョニョは、その覚悟を無為にしたくなかった。

 でも本心では、ヒガナに幸せになってほしかった。いつも世界やポケモンの幸せばかり願い、自分には何一つ与えなかったことをゴニョニョは知っている。時折誰かを思い浮かべ、涙を流しそうになるヒガナを見ていたから。だから止められなかったし、止めたくなかった。ただ一つの願いすら取り上げてしまったら、この人には何も残らない。心が折れてしまうと、わかっていたから。

 ゴニョニョはそんなヒガナのことが大好きだった。ゴニョニョだけでなく、他のポケモン達もヒガナのことが好きだった。ヒガナが道を外れた方法を選んだとしても、大好きなヒガナが全てを投げ打ってでも成そうとした使命…それを果たしたくて、ポケモン達はヒガナについてきた。

 

「わ、わたし…は……」

 

 だからポケモン達は一緒にいたいと、心から願っていた。きっとこの使命が果たさられれば、ヒガナは自分の幸せを見つけることができる。そう信じてポケモン達はヒガナについてきた。

 なのに、ヒガナはこれを『最期』と言った。ずっと世界のために生きてきて、そして最後まで自分の幸せを知ろうとせずに終わらせようとしていた。

 嫌だった。誰になんと言われようとも、大好きなヒガナと離れ離れになってしまう。そう考えたゴニョニョの目からは大粒の涙がこぼれ落ちる。ヒガナの覚悟を邪魔したくない。でも、ヒガナがいなくなってしまうのは、もっと嫌だった。ゴニョニョは涙を流しながら、思わずヒガナに抱きついていた。

 

「…なんで、なんでだよ…やめてよ……覚悟してたのに………どうしてこうなっちゃうんだよ…」

 

 気がつけば、ヒガナの目からも涙が流れていた。拭っても拭っても止まることはなく、止めどなく溢れてくる。

 ずっと見ないようにしてきた。向き合ってしまったら、覚悟が、決意が揺らいでしまうから。世界を、全てを救う覚悟を決めていたヒガナだが、そこに自分は含まれていなかった。ヒガナ一人では、自分まで選択肢にいれることはできなかったから。

 だから己を切り捨てた。せめて自分を慕ってくれるポケモン達だけでも救った人たちの中で信頼できる人に託して。ヒガナ一人では、それが精一杯だったから。

 

「危ないことに巻き込みたくない…大事なものを傷つけたくなくて、遠ざけてしまう。気持ちはわかるわ。でも、本当に大切なら一緒に背負わせるくらいの覚悟が必要だったのよ。大事にしてくれるのは嬉しい。でもね、頼られないのは辛いの。大事にしてくれるなら、何もできなくても…せめて一緒に背負うことができるか試すくらいさせてほしかった」

「…シロナも、そうなの?」

「……ええ」

 

 あの日、自分では最愛の人の助けになれないことを知った。彼にしかできないことだとはわかっている。でも、たくさんの人のために戦う背中を守り、支えることができない無力感は、シロナの人生の中で最も辛い経験だったと言えるだろう。しかもその人は当初、何も告げずに行こうとしていた。巻き込みたくないというのはわかる。だが、何も言わずに行ってしまうのは、自分では力になれないのではないかと思ってしまう。向こうの本心がどうであれ、そう捉えられても仕方ないことだ。

 

「シガナ…」

 

 ヒガナに抱きつき、涙を流すゴニョニョ。その姿を見て、ヒガナはへたり込み、ゴニョニョを抱きしめた。

 

「…はは、ははは…」

 

 そしてヒガナは、あの日(・・・)以来一度も流さなかった涙を流し、静かに泣いた。これまでの月日を取り戻すように、涙は流星のように流れ、地面に吸い込まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ…全く、台無しだよ」

 

 目を赤く腫らしたヒガナは立ち上がりながら力無く笑う。己の心を鉄にし、全てを救う覚悟を決めていたヒガナは、それで心をどうにか保っていた。張り詰めた空気が、ヒガナが纏う異様な空気の正体だったが、シロナの言葉で糸が切れてしまった。もう、前のような覇気をヒガナは持っていない。

 

「見て見ぬふりをしてたヒガナが悪いわ。それに、ポケモンを蔑ろにしたこともね」

「ぐうの音も出ないよ」

 

 力無く苦笑するヒガナは一度目を閉じると、自分の頬を叩く。そして気持ちを切り替えると、再び真剣な表情でシロナ達に向き合った。

 

「でも、それはそれとしてわたしがやることは変わらない。レックウザをここに呼び出し、隕石を破壊する」

「…やれるのかい?」

チャンピオン(キミ)に心配されるとはね。でも、正直わからない。誰もこの方法でレックウザを呼び出した実績はないから」

「え」

「そうだよ。本来なら、レックウザは古代ポケモンによる天変地異が発生した時にどこからともなく現れる存在だ。自分から呼び出した人間は、ほとんどいない」

 

 レックウザは空の守護者。故に、簡単には呼び出すことができる存在ではない。そんな伝説のポケモンを自身の力で呼び出すことができる人間は、歴代伝承者でも限られた存在だけだった。

 

「わたしが今からやるのは、あくまで無理矢理レックウザを呼び出す方法。何かしらの不具合がある可能性もないとは言えない。でも、わたしの考えが正しければ…これだけのキーストーンがあれば、呼び出せる。呼び出すことができれば、あとは隕石を破壊するだけだ」

 

 ヒガナはゴニョニョと共に祭壇の中央部に立つ。その背中に、頂上にたどり着いてからほとんど静観を決めていたカイムが言葉を投げかける。

 

「本当に?」

 

 カイムの言葉にヒガナは立ち止まる。そしてゆっくりと振り返ると、カイムの言葉の真意を問いかけた。

 

「キミは…何か懸念があるの?」

「は?懸念しかねえだろ」

「どういうこと?」

「まず、レックウザが大人しく隕石破壊に手を貸す保証は?それに、これから行うのは無理矢理レックウザを呼び出す方法なんだろ?なら、呼び出せたとしてもレックウザ自身に不具合がある可能性はないのか?」

「!」

 

 レックウザが普段、どうしているのかは知らない。しかし、天変地異が起こったときに鎮める役割があり、その時にしか動かないのであれば何かしらの不具合があっても仕方ないとカイムは考えていた。元々ネガティブな性格なのもあるが、あらゆる事態を想定するという経験においては、カイムには一日の長がある。それ故のカイムの言葉だった。

 

「……それは…」

「…その様子だと、考えてないなかったろ。まあ考えたところで、俺もどうすりゃいいのか全くわかんねえけど」

「…………」

「茶々入れて悪い。まず呼び出せるかどうかだな。もう口出さねえから、やってくれ」

 

 そう言ってカイムは腕を組んで、それ以上何も言わなくなった。

 対してヒガナの胸中には不安が芽生えた。ヒガナ自身、『レックウザさえ呼び出せれば勝ち』だと思っていた節がある。故に、呼び出せた後のことをほとんど考えていなかった。実際、ヒガナでは(・・・・・)呼び出せれるかどうかが最も高い障壁になる。そのためそこまでのところに大きく思考能力を割いてしまい、その後のことを考えることを怠った。

 

(それでも、やるしかない)

 

 ヒガナは再び決意を固め、キーストーンを握る。すると、ヒガナのアンクレットに装備されたヒガナ自身のキーストーンが光り始めた。その光はヒガナの持つキーストーンと共鳴し、光が強くなっていく。

 

「キーストーンが、共鳴してる!」

「キーストーンは人の思い…心に強く反応する。ヒガナの強い思いを、キーストーンが力に変え、複数のキーストーンがその力を何倍にも膨れ上がらせているのか…こんな光景、ボクも初めてだ」

 

 増幅した光はヒガナ自身が見えなくなるほど強くなる。そして光が最高まで達したとき、ヒガナはキーストーン達を空に掲げた。

 

「…来い!レックウザ!」

 

 ヒガナの言葉と共に光が弾け、空へと放たれる。打ち上がった光に呼び出され、空から一筋の光が降り注ぐ。そして光が消えた場所には、萌黄色の龍…レックウザが静かに佇んでいた。

 

「あれが…レックウザ!」

「すごい、本当に呼び出したのね!」

 

 伝説のポケモンが人の祈りによって現れる。その光景を見て、シロナとカイムは思わず息を呑むが、ダイゴとユウキは違和感を感じていた。

 

「レックウザ…だよな」

「うん、間違いない」

「で、でもさダイゴさん…この感じ…」

「…そうだね、ユウキ君。ボクも同じ意見だ」

覇気が(・・・)弱い(・・)

 

 ダイゴとユウキは、ヒガナの手引きで目覚めたグラードンとカイオーガと相対している。それ故に、古代ポケモンの覇気とエネルギーを実際に体感している。尤も、二人が相対したのは半覚醒状態だったが、それでも目の前のレックウザよりも遥かに覇気があった。

 ヒガナもその違和感に気づいたのか、目を大きく見開く。

 

「レックウザ…?ねえお願い!わたしの祈りを受け取って!真の姿を見せてよ!」

 

 だがレックウザはヒガナの言葉に応えることはない。いや、正確には応えることができない。そこでヒガナはカイムの言葉を思い出す。

 

『レックウザ自身に不具合がある可能性はないのか?』

 

 カイムの言葉通りだった。ヒガナがささげた祈りの力は、本来レックウザの真の姿を呼び出すには十分な量だった。しかしレックウザは真の姿を見せることはない。いや、できない。何かが決定的に足りないのだ。

 

「まさか…」

「ダイゴさん?」

「メガシンカに必要なもの…それはキーストーンとメガストーンだ。キーストーンはここにある。つまり…」

「レックウザの、メガストーンがないってことか?」

「その通りだよ、カイム。レックウザは例外なのかもしれないけど、メガシンカの原則はキーストーンとメガストーン。もしレックウザにメガストーンが必要なら、ここでメガシンカできないのもわかるだろ?」

 

 最後に『まあ、あればなんだけど』とダイゴは付け加えながら苦笑した。

 レックウザにメガストーンがあるとは聞いたことがない。それはヒガナも同じだった。レックウザに伝わっているのは、レックウザ自身の生態と真の姿、そして守護者としての役割のみ。それ以上のことはヒガナですら知らない。

 

「じゃあ、レックウザのメガストーンがないとメガシンカできないのか⁈」

「…………」

「……はは…どうやら、わたしも想像力が足りなかったんだね…まさか、一千年の時を経てたせいでレックウザの力が失われてるなんて…」

 

 力無く膝をつくヒガナの背中に、シロナは優しく手を添えた。ヒガナの目には、諦観の光が宿っている。カイムも先程言ったように、どうすればいいのかわからない。故に頭を回しながらも顰めっ面で押し黙っていた。

 しかし、ダイゴとユウキは違った。まだ何かある、何かできると思考を巡らせていた。

 

(レックウザは今、力を失っている状態…グラードン達が目覚めたばかりでほとんど力を出せなかったのと似た状態かな?この力とメガシンカの力が同じだと仮定したら…レックウザの力を取り戻すことができれば、メガシンカ可能ということになる)

「なあ、レックウザの力が取り戻せればいいんだよな?ならさ、レックウザの力の源になるものがあれば…」

「…そうだね。でも、レックウザは流星を食らって力をつける。それも、地上に降り注ぐことができるほどのもの限定だけど…そんなもの、ここには…」

「え?あるよ?」

 

 ユウキの言葉にヒガナは固まる。

 

「…へ?」

「だからあるって!流星って、隕石のことだろ?流星の滝で取ってきたやつがここにあるんだって!」

 

 ユウキはそう言ってバッグを開く。すると開いたバッグからは眩い光が漏れ出していた。

 

「うわっ⁈なんかめっちゃ光ってる⁈」

 

 そう言ってユウキが取り出したのは、先程バッグから落ちてシロナに拾われた隕石のカケラだった。

 

「それは…」

「本当はソライシ博士に頼まれたものなんだけど、また何かあった時ソライシ博士じゃこれを守れないからって言われてずっとオレが持ってたんだ」

「レックウザは、隕石で力を得る…もしかしたら、取り込んだ隕石のエネルギーがメガストーンの力の代わりになるのかもしれない!ユウキ君!」

「おっけー!いくぞレックウザぁ!」

 

 ユウキは掛け声と共に光り輝く隕石のカケラをレックウザにむけて投げる。レックウザは投げられたカケラを一口で丸呑みにした。そして次の瞬間、レックウザの体の模様が光り、膨大な力がレックウザを包み込んだ。

 

「っ!これが…伝説のポケモンの覇気!」

「…ゼクロムと同じくらいの強さだな」

 

 恐らくまだ本調子とは言えない。だが先程と比べて遥かに強い力が漲っているのは確かだ。カイムはかつて出会ったゼクロムと同じものをレックウザから感じていた。

 力を取り戻したレックウザはユウキとダイゴをじっと見つめる。その視線の意味を二人は理解できなかったが、ヒガナは理解した。そしてヒガナはユウキとダイゴに歩み寄ると、複雑な表情で告げる。

 

「…守護神レックウザは、キミを…キミたちを選んだ。わたしではなく、二人を」

「オレたちを…?」

「ユウキ君じゃなくて、ボクも?」

「うん。だから、二人でレックウザに挑むんだ。そして力を示し、レックウザを認めさせる。それが今、キミたちに与えられた試練だ」

 

 本来なら、レックウザに力を示すのは伝承者の試練。この試練に打ち勝つことで、レックウザと共に使命を果たす資格が与えられると伝承者の伝説にあった。

 しかし、レックウザはユウキとダイゴという二人を選んだ。理由はわからない。だがレックウザが二人に試練を与えた以上、ヒガナができることは見守り、そして受け継がれた秘技を伝承するだけだ。

 

「…さて、伝説に挑むことになったけど…準備はいいかい?ユウキ君」

「ああ。びっくりしたけど、これでみんなを守れるんだろ?いつでもいけるぜ」

「不安はないのかい?」

「ないよ。だってオレらが組んだら…負けないだろ?」

 

 これから伝説のポケモンに挑むというのに、ユウキの目にはいつものバトルに挑む時と同じ光が宿っていた。不敵に笑い、純粋にバトルを楽しむ目。そんな目を見て、ダイゴはふっと笑った。

 

「ああ、そうだね。ボクらが組んだら、負けるわけない!」

「いくぜダイゴさん!最初から全力だ!いくぞジュカイン!」

「メタグロス!いくぞ!」

 

 二人は自身のエースを繰り出し、そしていきなり自身のキーストーンを空高く掲げ、ポケモン達をメガシンカさせた。

 

「さあ行こう!ユウキ君!」

「ああ!オレたちの全力を見せてやる!誰も犠牲にせず、全部救うんだ!」

 

 ポケモンリーグでバトルしていた時のように、心の底から真剣に楽しむ二人の姿。そんな姿を、ヒガナはただじっと見つめる。

 

「……わたしは、やっぱり何者にもなれなかったよ。シガナ」

 

 ぽつりと呟くヒガナの後ろ姿を、シロナとカイムはじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…メタグロス!アイアンヘッド!」

 

 メガメタグロスの攻撃がレックウザに突き刺さり、僅かに怯ませる。その隙を突いて、ジュカインがメタグロスの頭上から飛び出してきた。

 

「ジュカイン!ドラゴンクロー!」

 

 メガジュカインの強化された爪がレックウザを捉えた。その攻撃を受けレックウザは仰け反り、そして空中に留まるとじっと二人を見つめた。

 

「はっ、はっ、はっ」

「どうだ…これがオレ達の力だ!」

「グッドだね、二人とも」

 

 ぱちぱちと手をたたきながらヒガナはユウキとダイゴに歩み寄る。

 

「レックウザは、二人を認めた。試練は無事合格だね」

「無事…?」

 

 ジュカインもメタグロスもボロボロ。その余波でダイゴ達もかなりの疲労が蓄積した。ユウキとダイゴのタッグはとても強く、戦っている時の二人は非常に楽しそうにしていたが、やはり伝説のポケモン。一筋縄ではいかず、バトルが終わると同時に大きな疲労感が襲ってきた。

 だがそんな二人を見て、ヒガナは笑う。その笑いは嘲りではなく、尊敬の念が込められていた。

 

「伝説のポケモン相手にここまでやれたんだ。すごいよ」

「…初めて、キミがボクに敬意を示したね」

「そうかもね。わたしは、キミが嫌いだったから」

 

 突然のカミングアウトにダイゴは少しだけ苦笑する。そうだろうとは思っていたが、ここまで嫌われるようなことをした覚えはない。尤も、通信ケーブル作戦のことを考えれば当たり前なのかもしれないが。

 

「さて、じゃあわたしの最後の仕事だ。レックウザに、隕石を破壊できるほど強力な技を伝承する」

「隕石を破壊できる技…?」

「レックウザの力は強大。例えメガシンカしても、普通の技じゃ破壊できない。そこで流星の民は知恵を合わせ、レックウザにしか扱えないほど強力な技を編み出した。その名は、『ガリョウテンセイ』」

 

 そう言ってヒガナはレックウザの頭に触れる。するとそこから僅かに光が溢れた。

 

「……わたしが継承したガリョウテンセイに関する全ての情報をレックウザに託した。本当ならここで制御練習のバトルをしていくのが流星の民の筋書きなんだけど…」

 

 必要ない、とでも言うようにレックウザは吠える。それをみたヒガナはレックウザに頷くと、ダイゴとユウキに向き直った。

 

「レックウザはもうマスターしたっぽいし、二人にもガリョウテンセイについての知識を伝承するね。お互いに知っておけば、より強い力を発揮できるはずだ」

「ああ、頼む」

「うん。じゃあ、手を出して」

 

 ダイゴとユウキはヒガナに手を出した。ヒガナがその手を取ると、白い光が僅かに発光し、同時にダイゴとユウキの脳内に『ガリョウテンセイ』についての知識が流れ込む。

 

「これは…」

「伝承者が受け継いできた技の知識だよ。どういうものか、理解できた?」

「ああ、ボク達でも力になれそうだ」

「だな!オレ達で、レックウザの助けになろうぜ!」

「……頼んだよ」

「うん!よしダイゴさん!行こう!」

「ちょっと待った」

 

 早速レックウザのもとへ行こうとするユウキの肩をダイゴは掴み、止める。掴まれたユウキは出鼻を挫かれたため、むすっと表情を顰めてダイゴを見つめた。

 

「なんだよダイゴさーん」

「そのまま宇宙にいくわけにはいかない。レックウザはともかく、ボクらは宇宙に行ったら死んでしまうんだ」

「えっ⁈そうなのか⁈」

「そうだよ。だから、ボクらが生きていられる装備が必要だ」

「でもそんなのここにはないぞ?取りに戻るのか?」

 

 ユウキの問いかけにダイゴはふっと笑う。そして背後にいる無表情の親友に声をかけた。

 

「カイム、出番だよ」

「はぁ…わかったよ。ダイゴ、スマホ貸せ」

 

 ダイゴはカイムにスマートフォンを渡すと、操作を始める。そして5分ほど操作したところで、ダイゴにスマートフォンを返した。

 

「できたのかい?」

「多分。ここはギリギリ電波繋がる場所だったからな。なんとかなるだろ」

「ありがとう」

「なあダイゴさん。カイムさん、何したの?」

「本来パソコンしかできない道具預かりシステムの転送をスマートフォンでできるようにしたんだ」

「マジ⁈すげえ!」

 

 無論ここで全ての操作を行なったわけではない。昨夜、ダイゴとカイムが雑談した後に場合によっては空の柱で何か必要になるかもしれない、と予想したダイゴがカイムにスマートフォンでできるように依頼したのだ。そのせいで昨夜のカイムの睡眠時間が削られたのは言うまでも無い。

 

「じゃあ、引き出してみるね」

「できなくても文句言うなよ。そりゃここの電波の問題だからな」

「わかってるって」

 

 ダイゴがスマートフォンを操作すると、ダイゴ達の目の前に二つのケースが現れた。

 

「よっし成功!さすがだね!」

「俺だけじゃねえ。アズサ博士がホウエンにいたからだ」

「なんでもいいさ。とにかくありがとう。さあユウキ君、これに着替えてレックウザに乗せてもらおう」

「おう!」

 

 二人は早急にケースから簡易宇宙服を取り出すと、素早く着替え、レックウザへと歩み寄った。レックウザは頭を下げ、二人が乗ったことを確認すると、上昇するための力を溜める。その僅かな時間でユウキとダイゴはシロナ達に目を向けた。

 

「シロナさん!カイムさん!行ってくるな!」

「ボク達で隕石を破壊してくる!待っててくれ!」

「おう、行ってこい」

「頼んだわよ。でも、気をつけてね」

「うん!よし、レックウザ!行くぞ!」

 

 ユウキの言葉と共に、ダイゴ達は空へと昇っていった。レックウザが二人に負担がかからないように加速は思っていたよりも早くない。だがやはり伝説のポケモン。あっという間に見えなくなり、空には緑色の軌跡だけが残った。

 

「行っちゃったわね」

「ま、あとは任せるしかねえな。どれくらいかかるんだ?」

 

 カイムの問いにヒガナは肩を竦める。

 

「さすがにそれはわからないよ。でもあの速度なら、今日中には隕石を破壊できるんじゃないかな」

「ヒガナは、隕石の位置がわかるの?」

「ぼんやりね。あと何日で墜落くらいまでなら。詳細の数字まではさすがにわからないさ」

 

 ヒガナは大きく息を吐くと、祭壇に登るための階段部分まで歩いて行き、腰掛ける。そして二人の方へ振り返ると、問いかけた。

 

「シロナ達はどうする?しばらくかかると思うし、先に戻る?それとも待つ?」

「待つ。ここまで来たんだ。最後まで見届ける」

「ええ」

「そっか」

 

 ヒガナはそう言って仰向けに倒れ、空を見上げた。そんなヒガナの側にシロナは腰を下ろし、カイムは祭壇の端っこに寄りかかる。

 暫しの間、沈黙が流れた。だがその沈黙をヒガナが破る。

 

「そういばさぁ、キミの名前まだ聞いてなかったね」

 

 ヒガナは仰向けに寝転んだまま、カイムに視線を向ける。ヒガナの言葉を聞いたカイムは、顔を顰めた。

 

「名乗ってねえが、俺が呼ばれたの聞いてるしわかってんだろ」

「うん。カイム、だよね」

「ああ」

「カイムはさ、わたしが選ばれなかった理由って何だと思う?」

 

 ヒガナは流星の民における伝承者。本来なら、レックウザに選ばれる存在だったが、実際に選ばれたのはダイゴとユウキ。その理由が何なのかを聞いてくるが、カイムがそんなものわかるはずもない。

 

「知るか。選考基準があるなら、それにあいつら二人が適していた。それだけだろ」

「…そっかぁ」

「あんのか?選考基準」

「多分」

 

 そう言ってヒガナは選考基準と思われる伝承を語った。

 レックウザは、三つの力を示すことでその者に力を貸すと言われているらしい。その三つの力…まず一つ目は『力』。これが具体的にどのような力なのかはわからないが、端的に言えばポケモンバトルの腕に相当するものだとヒガナは予想していた。次に『知恵』。これも伝承者として世界を守るために受け継がれてきた知恵のことを示すものだとヒガナは予想し、そして最後は『勇気』。世界を滅ぼすほどの脅威に立ち向かう強き心を持つことなのだろうとヒガナは告げた。

 

「力に関しては、言うまでもない。二人とも、バトルの腕はわたしよりも上だ。わたしだって、かなり腕に自信はあるけど、さすがにチャンピオンに勝てると思うほど自惚れてない。知恵に関しては…まあ、ここにくるまでにほとんど伝承したし、イーブン…すこーしわたしが上かな?でも、最後の勇気…これだけはわたしは負けてなかったと思うんだけどなぁ」

 

 レックウザがどういった基準を定めたかはわからないが、この三つの要素に関して言えばヒガナはユウキやダイゴに負けていなかった。力はやや劣るが、知恵に関してはダイゴ、勇気に関してはユウキに負けていなかったとヒガナは考えていた。

 だがその言葉をカイムは顔を顰めながら否定する。

 

「俺はそうは思わん」

「え?」

「力に関してはヒガナが言う通りだろう。だが、他は違う。まず知恵だが、確かにヒガナの方が受け継いできた伝承がある分、隕石破壊における知恵は多いかもしれん。だがダイゴは、その伝承の一部を聞いてなお、隕石破壊が失敗したときのことを考え続けた。最後まで頭を動かし、思考を止めなかった。隕石を破壊する術があることを知ってなお、それ以外の手段を用意することをやめなかった。その差じゃね?」

 

 尤も、半分はヒガナのおかげでダイゴが自覚し、動くようになったのだが。何にしても、ダイゴはヒガナと出会う前から、筋道を立ててホウエンを守る段取りを考えていた。ヒガナとは別の形でホウエンを救おうとしていたが、最後に差を生んだのはヒガナの策を知ってなお、考えることをやめなかったことだろう。

 

「勇気に関しちゃ言うまでもねえだろ」

「え?どういうこと?」

「…お前、隕石を破壊して、それで心中するつもりだったんだろ?」

「………」

「なら簡単だ。お前は自分以外の世界全てを守る覚悟を決めた。だがユウキは、自分を含めた(・・・・・・)世界全てを守る決意を固める勇気があった。自分を切り捨てたお前と、自分もひっくるめて全部守ると貫き通したユウキ…どっちに勇気があるかなんて、もう言う必要ねえだろ」

 

 カイムの言葉にヒガナは目を見開き、そして大きく息を吐いた。

 ヒガナは、己を犠牲に世界を救う覚悟を決めた。対してユウキは、己も世界も全部守り通すと誓った。何かを犠牲に何かを救うことは、誰にでもできることではないが、守るものが減る。考えなければならない存在が減る以上、背負うものが減ると同義。

 対してユウキは、臆することなく『自分も世界も全部守る』と言い切った。己も世界も何も犠牲にせず守る。それがどれほど重いものなのか、ヒガナは理解できる。初めから自分が排除した選択肢を取るユウキと比較し、どれほどの勇気を持つ少年なのかを改めて実感した。

 

「…そうだね」

 

 ヒガナはそう呟き、隣にいるシロナに目を向けた。

 

「ねえシロナ」

「ん?」

「わたしは、どうすればよかったのかな」

 

 自分の全てを捧げてこの時のために生きてきた。だというのに、レックウザに選ばれたのはヒガナではなく、ユウキとダイゴだった。過程であっても、色々と穴だらけだった。何もかも、無駄だったとヒガナは思ってしまった。

 そんなヒガナに、シロナは小さく答える。

 

「貴女はその答えを見ていたはずよ」

 

 ヒガナは、全てを一人でやりきろうとした。誰にも頼らず、何もかも自分で片付けることで解決しようとした。だが一人でできることには限界がある。無理やり続けていれば、どこかでそのツケが回ってくる。

 

「ヒガナは、全部一人でやろうとした。誰にも頼らず、一人で」

「…誰かを巻き込んで、厄介ごとに付き合わせればよかったの?」

「そうよ。流星の民でもユウキ君でもダイゴ君でもわたしでもカイムでも他の人でも…助けてって言えばよかったのよ。全部自分でやろうとしたから、貴女は失敗したんじゃない?」

「……そっかぁ。頼ればよかったんだ。助けてって…それだけで」

 

 自分になかったものを、他者で補完する。当たり前のことだった。だがそれをヒガナは知らなかった…いや、やってはいけないと思い込んでいた。そう思い込んだ結果、ヒガナは暴走してしまった。

 

「ねえヒガナ、私も聞いていいかしら」

「うん、いいよ。この際だ、なんでも答えるよ」

「じゃあ聞かせてもらうわね。シガナって誰?」

 

 シロナの問いにヒガナは僅かに反応する。暫し沈黙したあと、ヒガナは観念したように息を吐き出した。

 

「なんとなく、予想はついてんじゃない?」

「……本来の伝承者」

「せいかーい!どこでわかった?」

「カイムが集めた資料の中に、伝承者とシガナの名前があったの。でもそれ以上のことは…」

「へえ!名前だけでも調べられたなんて大したものだ!結構前の記録じゃないとシガナの名前は出てこないと思うんだけど」

「調べたのはカイムよ。どうやって調べたかは私は知らない」

「そうか。キミ、すごいね」

 

 そう言ってヒガナはカイムに目を向ける。しかしカイムは何も答えず、感情の籠らない目でヒガナを見つめた。その目を見たヒガナは苦笑しながら起き上がる。

 

「はいはい、答えるって。そんな目で見ないでよ」

 

 ヒガナは一呼吸置くと、シガナについて語り始めた。

 

「シガナは、わたしの双子の妹だよ」

(血縁だとは思ってたけど…そんなに近い間柄だったなんて)

 

 名前が似ていたから姉妹の可能性は考えていた。しかし双子とまでは考えていなかったシロナは、内心で少しだけ驚く。

 

「わかってると思うけど、シガナは本来の伝承者だ。わたしはシガナの代理でしかない」

「代理…」

「うん。シガナはわたしよりもずっと優秀で、なんでもできた。あの子ができないことはない…そう思えるくらい、あの子はあらゆる分野で才能を発揮した。そんなシガナは、伝承者としても大きな才能を持っていたんだ」

「伝承者としての、才能?」

「…あの子は、キーストーン無しでレックウザを呼び出すことができたんだ」

「!」

 

 今回ヒガナは、キーストーンを複数使って祈りの力を増幅させることでレックウザを呼び出した。ヒガナの場合、複数なければ呼び出すことができないと判断したが故の行動だったが、何にしてもキーストーンという触媒があって初めて呼び出せるものだとシロナは考えていた。

 しかし、シガナはその触媒すらも必要なかったという。己の祈りの力のみでレックウザを呼び出すと言う荒技をやってのけたとヒガナは言った。

 

「歴代の伝承者でも、キーストーン無しでレックウザを呼び出すことができたのは初代だけだ。その初代も、複数人の祈りを受けていた。なのにシガナは、たった一人の祈りでレックウザを呼び出した」

 

 『それを聞いた時、衝撃的だったよ』と呟くヒガナの表情を見て、シロナは驚愕し、カイムは内心で舌打ち(・・・)した。

 

「ちょうどって言い方はあれかもしれないけど…隕石が来る時代の伝承者…多分、シガナがあそこまで規格外だったのは、必然だったんだと思うな。聞いた話だと、レックウザの背中に乗って空を駆けたとか」

「……聞いた話?貴女はそこを見てないの?」

「うん。伝承者継承はね、当代の伝承者と次代の伝承者二人だけで行うの。だからわたしはその場を見てないんだ」

(なるほど、だからヒガナはレックウザの力が弱まっていることを知らなかったのね)

 

 ヒガナは今回、初めてレックウザを呼び出し、そして力を失っていることを知った。もしレックウザが呼び出される現場にいたのなら、気づくことができて事前に対策を練ることもできただろう。

 

「ま、シガナがいれば全部丸く収まってただろうね。それくらいあの子は強烈な才能があった。なにもないわたしとは違ってね」

「…その、シガナは?」

「死んだよ。病でね」

 

 予想はしていた。ヒガナが伝承者の代理になった以上、シガナは伝承者の使命を全うすることができない状態にあったということになる。軽く考えただけでもいくつか選択肢は出てくる。

 まずは単純にシガナが伝承者の任を拒否したパターン。無いとは言えないが、今のヒガナの話を聞く限り、可能性は低い。次に流星の民の中でのいざこざ…例えば継承者争いに巻き込まれたパターン。これに至っては完全に予想でしかなく、判断することはできない。最後は、シガナが使命を全うできない状態…怪我、病などにより動けない…最悪、既にこの世にいないパターン。これが一番わかりやすく、予想しやすい。

 

「流星の民といえど、普通の人間だ。病気にもなるし、怪我もする。シガナも…例外じゃない。あの子の病は、見つかった時にはもう手の施しようがなくてね。今の医学では、治せないほど進行してたんだ」

「病院には…?」

「行ったよ。ホウエン中の病院を巡って…最後はデボンと提携してるカナズミシティの病院で延命措置を受けた。あんなに元気だった子が、日に日に弱っていく姿は…今思い出しても辛いね」

(…デボン、か。ヒガナがダイゴのことをあれだけ嫌ってたのも、もしかしたら…)

 

 当時子供だったヒガナだが、今でもシガナがどんどん弱っていく姿を鮮明に思い出せる。少し前まで元気に走り回り、ヒガナと共に楽しそうに過ごしていたシガナが、まさかあんなことにならなんて誰が予想できただろうか。

 

「もうあと保って数日という時に、わたしは伝承者としての使命をシガナから継承した。細くなってしまったあの子をボーマンダの背中に乗せてここまで来て、あの子から伝承者が継承してきたものを全て受け継いだ。そしてあの子は、ここで…」

「…………」

「これがシガナの物語。もう十年以上前の話だけどね」

「それが貴女が一人で全てを解決しようとした理由?」

 

 ヒガナはシロナから視線を逸らし、小さく頷く。

 

「…うん。あの子から受け継いだ使命だ。あの子と同じようにやらないと…そう思ってやってきたんだけど、失敗しちゃった。あとは二人とも知ってる通りさ。全部一人でやろうとして、全部台無しにしかけた」

 

 ヒガナは空を見上げる。そして側にいたゴニョニョを優しく撫でると、目を閉じた。

 

「結局わたしは、最後まであの子みたいにはできず、何者にもなれなかった。何も持たないままだ」

 

 その言葉に、カイムはかつての自分を重ねた。何においても姉に勝つことはできず、己を呪い続けた日々。何も持たない普通の人間という意味では、カイムとヒガナは同じだった。違ったのは、周囲に恵まれたか否かだろう。その結果が今のカイムを作り上げ、ヒガナを暴走に至らせた。

 

「あら、貴女が何者かなんてわかりきってるじゃない」

「え?」

 

 だがそんなヒガナをシロナは静かに言う。

 

「貴女はヒガナよ。それ以上でも、それ以下でもない。貴女は貴女ができることをやって、できないことを人に頼るべきだった。世界なんて、一人で背負いきれる人はそういないわ。それこそ、規格外の人じゃないとね」

 

 世界なんて一人で背負えるものじゃない。シロナはそう言った。例えシロナが同じ立場だったとしても、一人では決していい方向には進まなかっただろう。世界とは、そういうものだ。

 

「一人で背負えるものじゃない、か…うん、そうだね。そうだったんだ」

 

 ヒガナはゴニョニョを膝に乗せると、シロナに問いかける。

 

「ねえシロナ」

「ん?」

「シロナは、どうしてそんなに強いの?」

 

 ヒガナの目から見ても、シロナという女性はとても強く、優れていた。天才ではないが、たくさんの経験をしてきた精神的強さをヒガナは感じ取っており、それがどこから由来するものなのかを問いかけた。

 

「同じ経験…ではないけど、私は私だけで強くなることには限界があるって割とすぐに知ることができたから、かしらね」

 

 旅に出てしばらく、当時破竹の勢いで実力を伸ばしていたシロナは、バッジを全て集めてすぐに当時チャンピオンだったクロツグとバトルした。しかし結果は惨敗。積み上げてきた自信を全て打ち砕かれた。

 そこでシロナは悟った。自分だけで強くなることの限界を。一から鍛え直し、ジムを再び巡り、アドバイスやディスカッションを重ね、さらに考え抜き、実践と修正を繰り返した。その結果、シロナは全力のクロツグを打ち破り、チャンピオンの座についた。 

 

「それに、ナナカマド博士の元で研究の指導も受けたからかな。考えることと研究においては、あの人の指導が大きいわ。厳しかったけど、理不尽じゃなかったし、できたときは素直に認めてくれた。だからかしら」

「…そっか。シロナには、そういう人がいたんだ」

「いたんじゃない。私が自分から助けを求めたの」

「結局、わたしには声が足りなかったんだね」

 

 誰でも最初から導いてくれる人がいるわけではない。無論そういう人と巡り合えるかは運が大きく関係してくる。しかし、自ら声を上げないとチャンスはさらに減ってしまう。もっとヒガナは外に目を向けるべきだったとシロナは言った。

 

「…ねえシロナ。わたし、また始められるかな?一度捨てたわたしだけの物語」

 

 後悔はある。全てを理解したヒガナは今どれほどやり直しを望んでいるのか、想像することもできない。この結末を、ヒガナはきっと最後まで悔やみ続けるだろう。

 だが全てが終わろうとしている今、自分のために生きていくことができるか。ヒガナはそうシロナに問いかける。

 その問いを受けて、シロナは小さく笑う。そして立ち上がると、雲海の先にある水平線に目を向けた。

 

「ええ、きっとできるわ。だって、私たちは生きているんだから」

 

 シロナの視線を追ってヒガナは水平線に目を向ける。水平線からは、朝日が登り始めており、金色に輝く光がシロナ達を照らした。その光を見て、ヒガナは思わず涙を流す。

 

「…そっか。世界って、こんなに綺麗だったんだ」

「貴女が守ろうとした世界よ」

「守ったのはわたしじゃないよ。でも、そうか…」

 

 何か、ずっと忘れていた。シガナが死んだあの日からずっと今日まで心に穴が空いたように感じていた。そのせいで、世界がモノクロに見えていた。でも今は全部色づいて見える。自分で課してしまった使命(呪い)から、ようやく解放された瞬間だった。

 

「たくさん間違えた。色んな人に迷惑をかけた。でも、わたしがやろうとしたことは間違えてなかったんだね」

「ええ」

「…そっか。うん、そうなんだね…」

 

 何か納得したようにヒガナは立ち上がると、シロナに目を向ける。

 

「ありがとうシロナ。わたし、やってみるよ」

「きっとできるわ」

 

 顔を出した朝日の光を浴びながら、ヒガナは目を閉じる。

 

「…うん、そうだね。わたしはもう一人じゃない。すぐにはできないかもしれないけど、ちゃんとわたしの足で歩いていくよ」

 

 

 

 

「だから、助けてくれる?シロナ」

「もちろん」

「ありがと」

 

 

 

 

 ヒガナはにっと笑うと大きく息を吐き出した。

 

(わたしはもう、一人じゃない。すぐにできるかわからないけど、みんなと歩いていくよ。だから見守ってて、シガナ)

 

 強い決意を胸に、ヒガナはシロナと共に朝日を浴びる。

 そんな二人の姿をカイムは後ろから眺めていたが、突如としてヒガナが振り返り、カイムに歩み寄った。

 

「ねえ、カイム。一つ、頼みを聞いてくれない?」

 

 突然の申し出にカイムは驚き、僅かに目を見開くが、小さく息を吐いて答える。

 

「内容による」

「そっか。じゃあ、とりあえず言ってみるね」

 

 そしてヒガナは、一つのモンスターボールをカイムに差し出す。

 

「このモンスターボールには、ポケモンのタマゴが入ってる。この子を、キミに託したい」

「はぁ?」

 

 あまりにも予想外な申し出に、カイムは思わず声を上げる。まさかそう来るとは夢にも思っていなかったため、カイムのリアクションは当然のものだろう。

 

「なんでそうなった」

 

 だが、わざわざ助けてほしいと言ったシロナではなく、カイムに言ってきた。つまり、それなりの理由があるのだろうと考えたカイムは、ヒガナに理由を問う。

 

「わたしさ、これからは自分のために、ポケモン達のために生きていこうと思ってるの。だけど…」

 

 ヒガナは目を逸らし、水平線から登ってくる朝日を見つめる。

 

「まずは、今までわたしがやってきたことにきちんと決着をつけなきゃいけない。どんな理由であれ、人とポケモンを繋ぐキーストーンを奪ったんだ。ちゃんと償わないといけない」

「そうだな」

「だけど、その償いの旅にこの子は関係ない。どこから出てきたかわかんないけど、この子をわたしの償いに付き合わせるわけにはいかないよ」

「……かもな」

 

 ヒガナは、理由はどうであれキーストーンを強奪するという大きな過ちを犯した。今後ヒガナが自分のために生きていくのであれば、まずはその償いから始めなければならない。

 だが、ごく最近発見されたこのタマゴは、ヒガナの過ちとは関係ない。ちゃんと過去と決着をつけるためにも、間違いを犯したヒガナとヒガナのポケモン達だけでやり通さねばならないとヒガナは考えた。何より何も知らないタマゴから孵ったポケモンに、過酷になる可能性のある旅に付き合わせたくなかった。

 カイムもそれはわかる。筋が通っているため、ヒガナの頼みはわからなくもない。

 

「だが、なんで俺なんだ。たった今、シロナに助けてって言ってたろ」

 

 だがそれをなぜ自分に頼むのか。それがカイムにはわからなかった。

 そんなカイムにヒガナは笑いながら答える。

 

「キミが一番、わたしに似てる信頼できる人だからだよ」

 

 自分と同じ匂いだと感じていたのは、カイムだけではなかった。ヒガナもカイムのことを同類だと、感じていたのだ。自分のもう一つの可能性とも言えるカイム。そんな彼になら、彼にしか託せないとヒガナは考えた。

 

「……似てる、か。確かにな」

「それに、キミ達ならこの子を大事にしてくれるだろう?」

 

 はあ、と大きく息を吐きつつ、カイムは頭をがしがしとかく。

 

「…それを言われると弱いな」

「二人で育ててほしい。そしていつか、わたしに会いにきてほしいんだ。いい、かな…?」

 

 少しだけ、ほんの少しだけおずおずとした態度になったヒガナに、シロナとカイムは頷いた。

 

「ええ。ちゃんとやりきって、また会いましょう」

「暇だったらな」

「…うん、ありがとう」

 

 陰りの消えたヒガナの顔を見て、シロナは優しく笑い、カイムはやれやれといった態度でヒガナからモンスターボールを受け取る。

 

 

 

 ヒガナの目に、もう悲しみの光は宿っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ

 

 それから約二時間後、ユウキとダイゴが戻ってきた。その際、隕石の中から現れたポケモン…デオキシスもいたため、それについても一悶着あったが、ダイゴが『任せてほしい』といったため、シロナとカイムは全て任せることにした。

 

 

 その後もその後でそれなりに大騒動だったらしい。まずヒガナが奪ったキーストーンだが、ヒガナ本人がその足でキーストーンを返却しに向かい、全ての事情を包み隠さず話し、誠心誠意謝罪すると言って旅に出た。後日談としてシンオウ地方に戻った後に聞いた話だと、ミツルとハルカは心優しいため特にそれ以上何もなかったらしいが、マグマ団、アクア団ではそうもいかなかったらしい。カガリとウシオはヒガナに摑みかかろうとするほど怒り狂っていたが、各団のリーダーがそれを抑えた。とはいえ、色々と引っ掻き回されたことも事実であり、マグマ団に至っては実害を出した以上、心象が悪くなっている。何もお咎め無しで帰すことはできないということで、暫しの間ヒガナは二つの団のパイプ役として動くことが後ほど決定したらしい。これについてもかなり反対されたらしいが、リーダー達の大人の対応でそれ以上のことにはならなかったとのことだ。

 そして一番の功労者と言えるユウキだが、さすがにこれ以上子供を付き合わせるわけにはいかないということでダイゴとまたバトルすることを約束して帰っていったらしい。次はバトルフロンティアに向かうと言っていたとか。

 

『ヒガナは自分のしたことと向き合うために、旅してる。まだもう少しかかるけどなんとかなりそうだよ』

「そりゃ何よりだ」

「よかったわ」

 

 現在二人は空の柱からミナモシティに帰還し、休息をとった後にダイゴから事後報告があったためそれを聞いている最中だった。あれから一日も経っていないが、それなりに事態は進行しているようだった。

 

『二人には本当に助けられました。シロナさんには今度何かお礼しますね』

「あら、気にしなくていいのに」

「おい、俺にはねえのかよ」

『キミはメタグロスの件があるだろ?それを今回のことでチャラでどうだい?』

「くそが…それ言われたらなんも言えねえだろ」

 

 舌打ちしつつもカイムは特に気にしていない様子だった。相変わらずなカイムを横目に、シロナはダイゴに問いかける。

 

「そういえば、デオキシスは?」

『ああ、今は一時的にモンスターボールに入ってもらってる。今度、デオキシスの仲間がいるラルースにつれていくつもりだよ』

 

 ダイゴとユウキの話だと、破壊した隕石にこのデオキシスはいたらしい。レックウザはこの星を破壊しにきた侵略者だと判断したらしいが、ダイゴの目にはそう映らなかった。何かを探すように地表に意識を向けていたため、何か事情があるのかもと問いかけたところ、オーロラのような光で意思疎通を測ってきた。そこで簡易宇宙服の通信機能でソライシ博士に分析を頼んだところ、すぐにデオキシスの意思を汲み取ることができた。そしてその結果、デオキシスは仲間をこの星に探しにきただけだということがわかった。

 

「そんなすぐにわかるもんだったのか?」

『ラルースでデオキシスの研究をしてる博士が分析したパターンがあったからね。ソライシ博士がその博士と交流のある人でよかったよ』

「運が良かったな。しかし、仲間を探すために隕石を乗り物にしてくるとはなぁ」

「彼らにはそれしか手段がなかったのかもしれないけど、それで世界を滅ぼされたらたまったものじゃないわ」

『だね。まあ彼らからしたらそれしか手段がなかったんだろうし、こちらの事情なんかしらないだろうからそんなもんだよ』

「報告はこんなもんか?」

『うん。これからアクア団のところにヒガナと向かうよ。全部終わったら、また報告するね』

「ああ、お疲れ」

「お疲れ様ダイゴ君。貴方も休んでね」

『はい。ありがとうございました』

 

 そう言ってカイムは通話を切る。そして疲れたように体を倒し、ブラッキーに顔を埋めた。

 

「あー…疲れた」

「さすがに疲れたわね。調査からすぐにあれだもの」

「今日はもうなんもできねえな…休まねえと頭動かん」

 

 早朝に解散し、すぐにミナモシティに戻り、そして昼過ぎくらいまで寝ていたが、さすがにまだ休息が足りない。ただでさえ疲れていた体には、かなりの追い打ちだった。だがそれはそれとして、力になれたことは素直に嬉しい。二人とも決して嫌な気持ちにはなっていない。

 

「あとはデータ整理だけだったのが、不幸中の幸いだったわね」

「別に不幸じゃねえが、まあそうだな。データ報告は…さすがにシンオウ戻ってからでいいか。スケジュールはまだ余裕あるし」

「滞在はあとどれくらい?」

「数日ってとこだな。最速で三日だが…まあ、四日は必要かもな。五日はさすがにきついが」

「四日?休息含めてもそんなに必要?」

 

 これ以上調査の必要がない以上、データ整理だけなら一日で終わるため四日必要だとは思えない。何か事情があるのかと問いかけると、カイムはスマートフォンをいじりながら苦い顔で答える。

 

「今回の件で、知り合いに少し借りができた。それを返すために、一日いる」

「借り?」

「道具預かりシステム。あれをスマホ座標に転送できるように、少しな」

「ああ、あれね。そういうこと」

 

 事情を察したシロナは納得し、苦い顔をするカイムの肩に寄りかかる。突如寄り掛かられたカイムは少し驚きつつ、近くなったシロナの手を握った。

 

「ねえカイム」

「ん」

「カイムは、どうして最後までほとんどヒガナと話そうとしなかったの?」

 

 その問いにカイムは手を止める。

 カイムは、最後までヒガナとあまり話そうとしなかった。サカキやアカギにすら対話する姿勢を見せたカイムが、なぜかヒガナ相手にはあまり話そうとしなかった。それが何故なのかわからず、シロナはそう問いかけた。

 カイムはがしがしと頭をかくと、目を伏せながら答える。

 

「ヒガナを、憐れみたくなかったから」

「…え?」

「話しててわかった。あいつは、俺と同類だって。何の素質もない、平凡な人間だ」

 

 ヒガナは何も持たない普通の人間。飛び抜けた何かがあるわけでもなく、どこにでもいる普通の女性だった。そう、カイムと同じように。

 

「俺とあいつは似てる。兄弟に、強烈な才能を持った者がいて、自分は凡才。違うのは、使命の有無といったとこか」

 

 ヒガナとは違い、カイムには果たすべき使命などなかった。結果はどうであれ、自分がやりたいように生きてくることができた。対してヒガナは、身に余るものを背負い、妹に託された全てを妹のようにやり切る使命(呪い)があった。身に余る使命はヒガナを押しつぶすだけでなく、声を上げさせることすらできなくさせてしまった。シガナがどういった意図でヒガナに全てを託したのかはわからないが、結果としてヒガナの人生を歪めてしまったことに変わりはない。

 

「逆の立場なら、俺も同じになってた可能性はある。だからかね。どーもあいつを憐れむ気にならなくてよ」

「ヒガナを憐れむことは、結果として自分を憐れむことになるから…か」

「そう。てめぇを憐れんでも、いいこたぁなんもねえ。たとえそれが自分のあり得たかもしれない可能性だとしてもな」

 

 自分のためだとしても、自分と同じような人間であったヒガナをカイムは憐れみたくなかった。自分を憐れむことは、終わりなき悪夢に進んでいくようなもの。それがどんなに不毛なことなのか、身をもって知っていた。

 

「それと話さないことがどうして繋がるの?」

「…恵まれてた俺が何を言っても、皮肉になりかねん。それに、あいつがやろうとしたことと俺がやりかけたこと…同じ穴の狢が、どの口でヒガナに説教できんだよ」

 

 己を犠牲に世界を救おうとしたヒガナと、己を囮に悪夢を弱体化させたカイム。規模こそ違えど、そこに何の差はありはしない。シロナにとって苦い思い出であるダークライ事件だが、同時にカイムにとっても苦い思い出に近いものだった。大事な人を泣かせてしまう選択肢…それを取らざるを得なかったとはいえ、シロナを、ポケモン達の心に傷を負わせる可能性があった手段をカイムは取った。必要なことであり、後悔はしていない。だが同時に、己の浅はかさも思い知らされた。自分の身のことを案じてくれる存在がいるとわかっていながら、その事実を蔑ろにしようとした。反省したとはいえ、一度やらかしたカイムにヒガナを責め立てる資格はなかった。

 

「…いつから、ヒガナのこと気づいてたの?」

「初めて見た時から。破滅的で、後先考えない行動は見覚えがあってな」

「昔のカイム、結構荒れてた?」

「荒れてたというか…姉貴に追いつきたくてやりすぎてたって感じ?今思えば、効率悪いことこの上ないがな」

「そっか。そうだったわね」

 

 見た目や性格は似ても似つかないが、色々と似ているカイムとヒガナ。似ていているが、恵まれていたカイムはヒガナに言葉を用いることを避けた。何を言っても皮肉になりかねない…そんなことはないのかもしれないし、何よりヒガナがカイムのことをどこまで知っているかなど知る由もない。考えすぎだと思うが、仮にヒガナがそこまで理解していた場合、否応無しにヒガナはさらに自分のことを惨めに思う可能性がある。そこまでわかっていたからこそ、カイムはヒガナに何も言わなかった。

 

「本当、優しすぎるわね」

「どーだか」

「そんなところも好き」

「そいつはどーも」

 

 適当に流すカイムの膝にシロナは頭を乗せる。少しだけ驚いた顔をしながらも、カイムは優しくシロナの髪を撫で始めた。絹のように美しい髪が指をするすると抜けていく感覚。この瞬間がカイムは好きだった。

 そこでムクホークがぴょんぴょん跳ねながら部屋に入ってくる。そしてカイムの姿を見付けると、隣に移動して満足そうに息を吐いて目を閉じた。

 

「ムクホークがそろそろ寝ろって」

「今日は寝てばっかだな」

「昨日ほぼ徹夜だし、仕方ないわ」

 

 シロナは起き上がると、ベッドに寝転ぶ。そして隣をぽんぽんと叩き、隣にくるように促してきた。断る理由もないカイムは、シロナと向かい合わせになるようにベッドに横になる。そしてムクホークは枕元に移動し、二人を見守れる位置で目を閉じた。

 

「色々あった調査だったわね」

「ありすぎだっての。良くも悪くも」

「ふふ、そうね。刺激的な日々だったわ」

「本当、お前と会ってから退屈しねえよ」

「褒めてる?」

「さあ?」

 

 肩を竦めるカイムの両頬を手で包むと、シロナはそっと口付けを落とす。驚きながらも、カイムもシロナの頭を引き寄せ、口づけに応えた。十秒にも満たない口づけだが、互いの存在を互いに刻みつけるには十分だった。最愛の人が近くにいる…その事実だけで安心感が心を満たしていくのがわかった。

 

「まあでも、シロナがいてくれなきゃ…こうはなれなかった。感謝してる」

「ふふ、ありがと。私も、貴方がいたから見られた景色がある。感謝してるわ。貴方がいなかったら、こんな素敵な気持ち…ずっと知ることもなかった」

 

 カイムの胸板に額を押し付けながらシロナは呟く。そんなシロナの頭を優しくなで、カイムは目を閉じた。

 

 

 

 互いの存在を感じながら、お互いが今こうしていられることを安堵しながら、二人は微睡の中に落ちていく。

 やがて部屋には二人とムクホークの寝息だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

時系列は鋼鉄島とアルトマーレの間

 

 

 

 

 夕刻

 空が赤くなり、気温も少し下がってきた頃、カイムは庭のウッドデッキに座り、庭で遊ぶポケモン達を眺めていた。じゃれあったり瞑想したり組み手に勤しんだりと、ポケモン達も思い思いに過ごしている。

 

「準備は終わった?」

 

 そんなカイムにシロナは背後から声をかけ、隣に腰掛ける。カイムはポケモンから視線を逸らすことなく答えた。

 

「ああ。長旅だが、決めた時から準備してたしな」

「そう。私も準備終わったし、あとは向かうだけね」

 

 シロナ達は、明日ホウエン地方に向かう。理由はカイムの論文のためにおふれの石室を調査するためだ。この調査結果をもとにカイムは論文を書いていく予定であるため、非常に重要な調査となる。そのため期間もそれなりに長く、準備も念入りにする必要があるが、その準備は既に二人とも済ませていた。よってあとは現地に向かうだけである。

 庭で思い思いに過ごすポケモン達を見て、シロナは顔を綻ばせる。

 

「みんな楽しそうね」

「明日は一日移動だろうし、好きにさせておきたい。特にバシャーモなんかはじっとしてられる時間が短い。下手にストレス溜めさせたくねえからな」

「いいことね」

 

 シロナのガブリアスと組み手をするバシャーモを見ながらカイムはそう言った。自分のポケモンのことを当然のように熟知しているカイムは、極力ポケモン達に負担をかけないように心がけている。サポーターとしての性というのもあるだろうが、それ以上にカイムの性格故だろう。

 そこでシロナのウォーグルとムクホークがシロナの元へやってくる。そして相手をして欲しそうにじっと見つめてくるため、シロナはその視線に応えるように笑った。

 

「あら、どうしたの?一緒に遊ぶ?」

 

 シロナの言葉に嬉しそうにウォーグルは頷き、ムクホークと共にシロナを連れていった。楽しそうにするシロナを見て、変わらないなと呟いて小さく笑った。

 残されたカイムはぼんやりとポケモン達を眺める。その中で、グレイシアとじゃれあうブラッキーの姿を見つけた。

 

(あいつは昔から変わらんな。ずぶといくせに人懐っこい)

 

 ブラッキーとバシャーモはカイムが幼少期の時からの付き合いだ。当時イーブイだったブラッキーは、昔からカイムには懐いており、カイムの家族にも懐いていた。誰にでも、というほどではないが、今のところブラッキーに嫌われた人間はあまりいない。

 そんなブラッキーはポケモン相手にも高いコミュ力を発揮する。口下手なカイムと違い、ブラッキーはポケモン相手なら大体うまくやれる。それこそ警戒心がマックスまで上がっていたセレビィ相手ですら、警戒心を解くことができるほどに。

 

「いい性格してやがる」

 

 苦笑しながらカイムは呟く。

 ブラッキーとグレイシアが並んで座っているのが見える。よく見ると、ブラッキーが自分の頬をグレイシアに擦り付けていた。ブラッキーがよくやる親愛の証であるため、特段珍しいことはない。

 

 だが、次の瞬間ブラッキーはグレイシアの頬にキスをした。

 

「………⁈」

 

 突然の行動にキスされたグレイシアだけでなく、カイム自身も固まる。

 キスされたグレイシアは、顔をぽんっと赤くした。ひかえめな性格をしているグレイシアには、ブラッキーの行動は少し刺激が強すぎたらしい。

 だがブラッキーはそんなグレイシアに首を傾げるだけだった。ブラッキーはずぶとい性格…つまり、他者からどう思われていようと、自分がやりたいようにやる図太さを持つ性格だ。それ故に、自由奔放だった。

 

「………………」

「カイム?」

 

 赤くなって固まるグレイシアの頬に、自分の頬を擦り付けるブラッキーを見ているカイムに、シロナが声をかけてくる。

 

「どうしたの?そんな難しい顔して」

「ほっとけ。デフォだ」

「違うわよ。普段はそんな眉間に皺寄ってないわ」

 

 シロナはカイムの眉間をぐりぐりと指を押しつけながら、カイムの隣に腰掛ける。普段無表情だが、こうして何か考え込むとカイムは眉間に皺が寄りがちだとシロナは知っていた。

 

「それで?何考えてたの」

「……シロナ」

「ん?」

「ブラッキーって、悪魔のキッス覚えるのか?」

「何言ってるの?」

 

 意味がわからなくて、シロナは首をかしげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あははは!そういうことね!」

 

 カイムが意味不明な質問をしてきたことの訳を聞くと、シロナは盛大に笑った。

 

「ブラッキーがグレイシアにキスしてたのを見て、あんな難しい顔してたの?」

「…んだよ、悪いかよ」

「悪くないわよ。ただ、面白かっただけ」

 

 普段あまり表情を動かさないカイムが何を真剣な表情で考え込んでいるのかを聞けば、まさかブラッキーがグレイシアの頬にキスしていただけだと言う。これが笑わずにいられるだろうか。

 

(今度、カトレアやカルネさんにこの話しようかしら)

 

 きっといい反応をしてくれるだろうとシロナは考え、少しだけ二人に連絡するのか楽しみになった。

 対してカイムは相変わらずよくわからない表情を続けている。一体何をそんなに考え込んでいるのかとシロナは問いかけた。

 

「で?何をそんなに考え込んでいるの?」

「………いや」

「まさかブラッキーとグレイシアが番になるのが嫌、とか?」

「んなことねぇよ。あの二匹が仲良いのは知ってたし、元は同じ種族だ。可能性としては考えてた」

「じゃあなんでそんな顔してるのよ」

「……いや………その…」

 

 カイムは悩みに悩んだ末、真剣な表情で言った。

 

 

 

「ブラッキーは、小悪魔なのか?」

 

 

 

 カイムの言葉にシロナは再び爆笑した。悩みに悩んだ末に出てきた言葉がまさかの『小悪魔』。しかもあまり見ないくらい真剣な表情で言ったのだ。これを笑わずにはいられないだろう。

 

「あはははは!ちょっと、何言ってんのよカイム!」

「な、なんだよ。他に思いつかなったんだよ」

「だからって、なんで小悪魔なのよおかしいわね」

 

 涙が滲むほど爆笑するシロナに対して、カイムはぶすっと表情を顰める。そんなカイムの肩に手を添えながらシロナは言った。

 

「なんでポケモンが絡むとちょっと知能指数下がるのよ。普段の貴方ならもっと語彙力あるのに」

「知らねえよ…他に思いつかなったんだって」

「はー…おかしい。面白かった」

 

 一頻り笑ったシロナは滲んだ涙を拭う。余韻がまだ残っているのか、少し息が荒い。

 

「まーでも、ブラッキーそういうところあるしね。不思議でもないんじゃない?」

「……かもな」

「それに、ブラッキーとグレイシアはもとは同じ種族。仲が特別良くてもおかしくないと思うわよ」

 

 ブラッキーもグレイシアももとはイーブイから進化したポケモン。性格はもちろんだが、元々の種族が同じであることもあの二匹が仲良しであることに起因しているのかもしれない。

 

「…確かにな」

「もしかしたら、いつか番になる可能性もあるかもね」

 

 ブラッキーはメス、グレイシアはオス。種族に関しても雌雄に関してもあの二匹が番になれる条件は揃っている。無い話ではないだろう。

 

「………ふむ」

「なに?嫌なの?」

 

 シロナの話を聞いてカイムがさらに難しい表情をする。それを見たシロナはカイムにそう問いかけるが、カイムは首を振った。

 

「違えよ。嫌じゃない。でも…なんていうか、時の流れを感じる」

「どういうこと?」

「ブラッキーとバシャーモは、俺が旅に出た時からいる。そんなあいつらが、気がつけばこんな成長して、番ができる可能性までになったと考えると、な」

 

 ブラッキーとバシャーモはカイムが旅に出た時からいる。それ故に、その二匹は他のポケモン達と比較しても一際仲が良い。言うなれば、幼馴染に近いだろうか。ブラッキーとバシャーモの性格は全然違うが、それでも相性の良さからずっとここまで仲良くしてきた。そんな二匹をカイムは主人として家族のように思っていた。共に生きて、成長してきた二匹のうち、ブラッキーがもしかしたら番…言うなれば結婚することを考えると、色々と思うところがあるらしい。

 

「シロナの手持ちなら、誰相手でも文句ねえよ。ただ、自分の家族に等しいやつがそうなると、色々とな」

「そう。でもわからなくはないわ。家族が結婚するとなると、色々と思うところがあるよね」

「姉貴のことは知らなかったがな」

 

 イサナはカイムが知らない間に結婚していた。そのため、結婚を祝うことはできなかったが、それはそれとして身内に甘いカイムはやはりいい意味で思うところはあるらしい。

 

「でもカイム、今の見てると将来が心配ね」

「はぁ?なんでだよ」

「もし自分に娘ができた時、昔の頑固親父みたいに『お前に娘はやらん!』とか言いそうじゃない」

「んなことねえよ。自分の子供には、人を見る目を養う教育をするつもりだ。それに」

「それに?」

 

 

 

「シロナみたいに人を見る目がある人の子供なら、問題ねえだろ」

 

 

 

 シロナはその言葉を受け、普通に『そうね、きっと』と答えたが、カイムの言葉を思い直すと、カイムの言葉は暗に『シロナの子供なら問題ない』と言っているのに等しい。それはつまり、カイムとシロナが将来『親』になるのと同義。そう考えると、シロナの顔は一気に熱くなった。尤も、カイムはそういう意味で言ったわけではない。シロナのように人を見る目がある人物の子供なら、きっと問題ないと言いたかったのだが、それは結果としてカイムにとっての願望も強く反映された言葉となってしまった。

 カイムはシロナの方を見ていない。だが赤くなった顔を見られたく無い、と考えたシロナは咄嗟にカイムの胸元に顔を埋めていた。

 

「?」

「…………好き」

 

 思わずこぼれた言葉。そんな小さな言葉に、カイムは一言だけ返す。

 

「俺も」

「っ」

 

 意図しない不意打ちで、シロナのキャパは完全にオーバーしている中、追い討ちの攻撃(言葉)がシロナに突き刺さる。

 

(っううぅ……ずるい、ずるいわよそんなの…不意打ちじゃないもう!)

 

 普段はあまり口にしない分、一度伝えられた言葉はとても高い威力を誇る。最近は耐性がついてきたが、今回のは完全なる不意打ちからの追撃だった。

 当のカイムは平然としている。意図していないからか、それともわかってて言ったのか。普段と変わらない無表情からは何も読み取れないが、カイムのシロナを思う気持ちは些細な動きから伝わってくる。普段からしていることだが、今のシロナにはそれら一つ一つがどうしよもなく嬉しく感じられた。単純な自分に呆れつつ、やられっぱなしは癪なので今できる精一杯の反撃をしてみた。

 

「…ん」

「!」

 

 不意打ちのキス。ほんの少しだけ長い時間、二人の影が重なる。溢れた思いで潤んだ瞳に、カイムの顔が映る。

 

「ポケモンは親に似るものね」

「はあ?」

「ブラッキーもバシャーモも、他の子も貴方そっくり」

「ブラッキー以外な」

「ブラッキーが一番似てるわよ」

「???」

 

 相手がどんな思いをしているかなど露しらず、ほしい言葉を、望む未来を実現しようとしてくれる。そしてその自覚がない。まさしく先程のブラッキーそのものではないか。

 

(…いつか、きっと)

 

 シロナの幼い頃から心の底でずっと願い続けてきた思い。それをカイムとであれば、実現できると思った。カイムとそうなれることを願い、シロナはより強くカイムを抱き寄せるのだった。

 

 

 

 

 シロナの願いが実現するのは、そう遠くない未来であることをこの時の二人はまだ知らない。

 

 

 

 




遅くなり申し訳ありません。
普段の倍くらいの文字数になって遅くなりました。


書きたかったけど書けなかったシーン

「…思った以上に数が多いわね」
「囲まれたか。やれるか?この数」
「そうね…あと一人増えたら、厳しいかもしれないわね」
「その時は、俺が一体多く倒す」
「あら、カイムも戦うの?ついてこられる?」
「ぬかせ。お前の戦いを一番近くで見てきたのは誰だと思ってる」
「ふふ、なら…しっかりついてきなさい!」



シロナ
きっとシロナさんなら、ヒガナのことを否定しないで日のあたる道に戻してくれるんじゃないかと思ったので、ヒガナに寄り添う行動を取ってもらった。その後ヒガナとちょくちょく連絡を取るようになる。それを見て全く連絡してこないNの小言をカイムが吐いていたとかなんとか。

カイム
ボディガード。体術はどう考えてもポケモン世界でいらないレベル。サイトウと試合してみては?とスモモに言われたことがあるが、ポケモンとの組み手の結果、競技というより護身術としての側面が強くなったことを自覚しているため断った。目がいい。近いうちに新人ジムリーダーとしてプロフェッ◯ョナル的な番組の特集されるのを書きたい。託されたタマゴから何が生まれるかはまだわからない。

ダイゴ
原作とは異なり、ユウキと共に宇宙に行く。そして宇宙で現れたデオキシスと心を通わせ、デオキシスの目的と自身の成長のために世界を見て回る旅に出ることを決意。デオキシスは手持ちではない。

ユウキ
主人公。ヒカリ同様、伝説のポケモンと心を通わせられる稀有な素質の持ち主。結局ユウキがいないと、世界は滅びる。

ヒガナ
原作とは異なり、奪ったキーストーンを自分の手で返しに行った。彼女なりに考えてまた一から歩いていくことを決心した模様。なお、彼女はカイム同様何も持たないただの一般人(流星の民ではある)であり、伝承者としての資質は本来ならない。しかしシガナ同様伝承者の血族ということもあり、拒否することもできず半ば強制的に伝承者になった。カイムと違ったのは、自分の進みたい道に進むことができたか否か。今回の事件は身に余る使命(もの)を背負わされ、誰かに頼るという思考を持ち合わせていなかったが故の暴挙。カイムも同じ立場ならこうなる可能性はあったため、ある意味《並行世界のカイム》とも言える。
彼女の行いは許されるものではない。でも、身に余るものを背負わされた彼女も不幸だったのではないか。
あとお前の情報なさすぎて想像で埋めるのめっちゃ大変だったんだぞ。反省しろ。



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サトシ
今までありがとう。君の旅路と共に成長できたことに心からの感謝を。お疲れ様、またどこかで。

タマゴの中身

  • ヌメラ
  • タツベイ
  • オンバット

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