ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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デオキシス






七万字です。





EX episode『裂空の訪問者デオキシス』

 近未来のような街並みの中、シロナとカイムは街の中央にある塔に向かっていた。普段シロナ達が住むミオシティとは明らかに様相が異なっており、現代にしては文明が非常に発達した街だとわかる。そんな街並みを見てカイムは苦笑しながら呟いた。

 

「文明の発達具合がエグいな」

「まるで近未来都市ね」

「まるで、というかまるっきりそれだろ」

 

 モノレールで移動し、訪れることのできるハイテクノロジーの街、ラルースシティ。ラルースシティ中央にあるバトルタワーにシロナがゲストとして呼ばれたため、今回はそこに向かっていた。

 現在は動くレーンに乗りながら、カイムは駅でもらったパスポートを眺めながら小さくため息を吐く。そこにはいつも通り無表情で映るカイムの顔があった。

 

「いきなり説明もなしに、パスポートの写真撮るかねぇ普通」

「あら、写り方に不満でもあるの?」

「ねーよ。ただ、事前になんか言ってもいいだろ。なーんの説明もありゃしねえのは、ちと不親切に思えてな」

 

 モノレールを降りてすぐ、いきなりブロック状のロボットに写真撮影をされ、このパスポートを渡された。別に問題はないのだが、何の説明も無しにいきなりこれをされるのは、カイムとしてはどうなのだろうと思ってしまう。

 

「確かに、そこは少し不親切かもね。でもこの街もできてそんなに経ってないし、まだ不完全な部分があっても仕方ないわ」

「そうかもな」

 

 やれやれと息を吐くカイムを、シロナは不思議そうに見つめる。確かにカイムは行き当たりばったりの行為を良しとはしないし、ぶつくさ小言を言うことは多々ある。しかし、ここまで気に入らなさそうな態度を見せるのは少々珍しい。

 

「どうしたの?バトルタワー、嫌だった?」

 

 今回のバトルタワーは完全にシロナの用事。そのためカイムは最悪いなくても問題なかったのだが、カイム自身が来ると申し出たためついてきた。巻き込まれたのならともかく、自分から来ると言っておいてボヤくのは彼にしては珍しい。

 

「いや、全く。俺が文句あるのは、この街」

「街?」

「来る道中に少し調べてな。それで、ちょいと思うところがあるだけだ」

 

 何が嫌なのだろう、とシロナは内心で首を傾げる。この街は近未来都市のような見た目で、普段のミオシティとは様相は違う。しかしそれはそれとして、カイムは街並みに基本的に文句を言うタイプではない。つまり、彼が文句があるのは、街並みではなく、別の何かということになる。それは何だろうか、と考えたところで、シロナ達はバトルタワーに辿り着く。ガラス張りの塔は日光を浴びて煌びやかに輝き、たくさんの人が往来していた。

 

「へえ…遠くから見てても立派だったけど、近くで見ると圧巻ね」

「でけえな。シンオウのバトルタワーと同じくらいのでかさか?デザインは似ても似つかんが…やってることは似てるよな」

「ここの街、たしかバトルフロンティアのオーナー、エニシダさんが関わっているの。だから似てるような施設になったのかもね」

 

 エニシダとは、バトルフロンティアのオーナーである男。以前シロナ達がバトルフロンティアを訪問した際は急用ができてしまい、案内役をダツラが引き継いだ。それ故に面識はないが、その存在は認知していた。

 

「ここは…なんというか、人が住む街というより、テーマパークに近いイメージだな」

「ええ。人は住んでいるのでしょうけど、どちらかといえば人を楽しませるための設備が多い。バトルフロンティアを街に近づけたってイメージかしら」

「そうだな。どんだけエネルギー要るのか考えるとヤバそうだが…色々と工夫してるみたいだ」

 

 カイムの視線の先には、大きな風力発電施設。加えて太陽光発電施設や水力発電もあり、様々な工夫が施されていることがわかる。

 

「それこそバトルタワーのエネルギーはほぼ自給自足らしい」

「あら、それはすごいわね。あんな大きな施設を動かすだけのエネルギーを確保する方法があるの?」

「詳しい技術はあんま見てねえが、簡単に言うと『バトルで発生した余波エネルギーを電気に変換している』らしい」

「バトルの余波を?それはすごい発明ね」

 

 バトルの時に発生するエネルギーというのは、想像以上に大きい。技の規模によっては、フィールドにいるトレーナーだけでなく観客席にまで影響を与える場合がある。それこそ以前開催されたチャンピオンズトーナメントでは毎試合観客席にまで影響を及ぼすほどの技が飛び交っていたため、観客席とトレーナーに対して多くのエスパーポケモンが『リフレクター』と『ひかりのかべ』を展開することで、怪我を防いでいた。一応既存の技術で余波を防ぐためのバリアを貼ることは可能だが、チャンピオンズトーナメントレベルだと出力が足りない。そのためリーグ所属トレーナー達を募り、観客席とトレーナーを保護していた、という裏話がある。

 それほどのエネルギーを電気に変換するとなると、それなりに電気を得ることが可能だろう。無論他の発電技術と比較して変換効率は落ちるだろうが、バトルすることで施設維持に繋がるという発想はなかなか突飛で、革新的だった。

 

「で?何が気に入らないの?」

「……一つのシステムで、街全体をコントロールしてるのが気に入らねえ」

 

 このラルースは、一つのシステムを用いて街全体をコントロールしている。それは街を徘徊しているブロックロボットだけでなく、電力供給、水道、インターネット等々、あらゆるものを一つのシステムで管理していた。ただ、カイムはそれが気に入らないらしい。

 

「何がダメなの?」

「何もかもだろ。どんなに素晴らしいシステムでも、それが何かあってダウンした時どーすんだよ。電気系統以外も全部落ちるじゃねえか」

「ああ、なるほど。確かにその通りね」

「さすがに何かしらの予備システムくらいあるんだろうけど…だとしても一つのシステムに全部制御させんのはどうかと思うんだよ、俺」

「さすがシステム系の知識もあるだけあるわね」

「広く浅くな。どこぞの変人が色々教えてくれたんでな」

 

 その変人は恐らく、ダツラのことだろう。ダツラは大学時代に機械やシステム、その他にもたくさんの実用的な知識をカイムに教え込んだ。カイム自身はかなり嫌々だったらしいが、なんだかんだかなり役立っている。ただ、本人は素直に感謝したりはしないのだが。

 

「何にしても、色々と難がありそうな街だよ」

「捻くれてるわねぇ」

 

 そんな話をしているうちに、二人はバトルタワー前に辿り着く。聳え立つ塔は日光を受けて輝き、たくさんの人々で賑わっていた。どうやら、シロナがエキシビジョンとして来ることが伝わっているからか、そもそもこれくらいの人がいるのかは初見の二人には判断できないが。

 

「しっかし、でけぇなぁ」

「本当。バトルフロンティアと同じくらいの高さがあるわよね」

「ああ。ただ、ここはバトルフロア以外にも色々あるらしいがな」

「おや、もしかしてシロナさんでは?」

 

 シロナは呼ばれる声が聞こえ、そちらを向くと二人の少年と二人の少女がいた。

 

「ああ、やはりシロナさんでしたか」

「貴方は?」

「ボクはリュウ。この後あるエキシビジョンでバトルで貴女と戦うトレーナーの片割れです」

「オレ、ショウタ!オレもあんたと戦うトレーナーだぜ!」

 

 今回、シロナが参加するエキシビジョンバトルは珍しくタッグバトルという形で行われる。そのバトルの相手と偶然出会うことができたらしい。

 リュウと名乗った少年はエリートトレーナー風の風貌であり、かなりバトルもできそうな雰囲気だった。また、ショウタと名乗った少年はリュウと比較してラフな服装ではあるが、こちらもそれなりに腕に自信がありそうな雰囲気を持っていた。

 

「そう、二人が私たちの相手ね。改めて…私はシロナ。よろしくね」

「よろしくお願いします。まさかバトル前に会えるとは思いませんでしたよ」

「だな!いやーしかし、やっぱシロナさん美人だなぁ!バトルのあと、どっか行きませんか?」

「お誘いありがとう。でもお断りするわ」

「ええーだめー⁈」

 

 早速シロナをナンパするショウタを他所に、リュウはシロナの側にいるカイムに目を向けた。

 

「貴方は?」

「カイム。シロナの連れだ」

「……カイム?もしや、シロナさんと組むというジムリーダーですか?」

「ああ」

「…ふむ、なるほど」

 

 リュウはカイムを見定めるように眺める。そして一通り見ると、ふっと笑いながらカイムに笑いかけた。その笑みには、どことなく落胆と侮りの色が見える。

 

「あまり強そうには見えませんが、ジムリーダーなのでしょう?なら、最低限警戒しておきましょう」

「そうか」

「シロナさんの足を引っ張り、下手なバトルはしないようにしてくださいね。せっかくのバトルが興醒めになってしまいますから。ショウタ、行きましょう」

「あ、おい。待てよリュウ!」

 

 それだけ言って、リュウはショウタと二人の少女を引き連れてバトルタワーへと入っていった。あの二人の少女は名乗らなかったが、何となく顔つきがリュウに似ている。もしかしたら、妹なのかもしれないとカイムは考えた。

 

「随分、舐められてるわね」

 

 そんなカイムに、シロナは言う。確かにリュウはカイムのことを侮るような言葉を言ってきた。挑発…のつもりなのかもしれないが、恐らく侮る心境も多かれ少なかれあるのだろう。だがカイムからしたら、何も感じない程度のものでもあった。

 

「だな。まあ、見た目だけ見て舐めてかかるようなガキに負けるほど、ヤワな鍛えられ方はしてねぇよ」

 

 見た目で舐められる、というのはカイム自身仕方ないとは思っている。カイムの見た目はあまりにも普遍的。強者特有の雰囲気や覇気のようなものは、普段の姿からは見られない。それが親しみやすさにもつながる部分があるが、逆に舐められる要素に繋がることもあるとカイムは理解している。

 ただ、それはそれとしてカチンときたのも確か。表情がほとんど動かない上に、声のトーンもほとんど変わらないカイムの感情の機微をリュウが理解できなかったことは仕方ないだろう。だがこれがきっかけで、後ほどカイムの真の姿を見る羽目になるのだろうとシロナは内心で苦笑した。

 

 その後、二人はバトルタワーへと足を踏み入れた。バトルタワー内部は非常に人が多く、バトルを見に来た人以外にも多くの人で賑わっている。このバトルタワーは、バトルフロンティアのものとは異なり、商業施設も併設しているため、バトルを見ない者であっても楽しめるものとなっているらしい。

 

「フロンティアのものとは随分様子が違えな」

「商業施設に図書館まで併設されてるみたいだからね。ショッピングモール兼バトル施設っていった感じかしら?」

「馬鹿でかいショッピングモールの映画館がバトル施設になった感じかね。それにしても…」

 

 カイムが見渡すと、人とポケモンが共に歩いている光景が多くみられる。

 

「ポケモンが多いな」

「ポケモンと過ごすことが推奨されている場所みたい。その分、警備も厳重みたいだけど」

「ふむ…なら、ちょいと出してやるか」

 

 そう言うと、カイムはブラッキーをボールから出す。この後のバトルでブラッキーが出る予定はない。故に、カイムはここで出しておいてやろうという配慮だった。

 ブラッキーは沢山の人とポケモン達を前に、目を輝かせる。元々人懐っこく、コミュニケーション能力が高いブラッキーは、こういう人やポケモンが多い場所が好きだった。楽しそうにするブラッキーを見て、二人は顔を見合わせた。

 

「楽しそうね」

「このあとのバトルには出さないからな。ここで楽しませてやろうってことだ」

 

 ブラッキーが足元でぴょんぴょんして、二人に先に進むことを促してくる。そんな楽しそうなブラッキーを見て、カイムは苦笑しシロナは楽しそうに顔を綻ばせた。

 

「行きたいみたいよ」

「俺とは大違いだな、全く…」

 

 ブラッキーに連れられて、二人はバトルタワーの内部を進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 バトルまでかなり余裕を持ってきたためか、それなりの時間二人はタワー内部を散策していた。バトルの準備をそろそろしようと考え、エスカレーターで上階へと登ってきたが、場所を間違えたのか図書館に辿り着いてしまった。

 

「あれ…図書館か。場所間違えたかな」

「バトルフロアは上よね。ここから行かないかしら」

 

 そう言ってエスカレーターを降りたところにあったマップにシロナは目を向けるが、そこでカイムの足元にいたブラッキーが耳をぴこぴこ動かした。

 

「ブラッキー?」

 

 カイムが問いかけると、ブラッキーは走り出した。

 

「あ、おい!」

 

 走り出したブラッキーを追ってカイムも走り出す。視線の先ではブラッキーが図書館から出てきたばかりの少年の目の前にいた。ブラッキーが少年に向けて鳴き声を上げると、少年は驚いたように声を上げる。

 

「え…う、うわぁ!」

 

 驚いた少年に対してブラッキーは首を傾げ、少年に一歩近寄る。すると少年は怯えたように後退りした。

 

「ブラッキー、何やってんだ」

 

 そこにカイムが追いつき、ブラッキーを抱き上げる。目の前の少年は少しだけホッとしたように息を吐くが、目の奥に宿る怯えた光は消えない。尋常ではない怯え方に、カイムは内心で訝しげに思うが、下手に突っ込むのも野暮だろうと特別追求することはなかった。

 

「すまない。大丈夫か?」

「は、はい…大丈夫、です…」

「よかった。ああそうだ。君は、ここの構造詳しいか?」

「え、あ、はい。少しは」

「じゃあ、バトルフロアへ行くにはどうすればいい?」

「あそこのエレベーターから行けます」

「あっちか。ありがとう」

「いえ…じゃあ、ぼくはこれで…」

 

 少年は逃げるように足早に立ち去っていった。その際シロナとすれ違うように去っていったが、俯くように立ち去った少年はシロナのことに気づかずに行ってしまった。

 

「あの子、どうしたの?」

「さあ。ブラッキーに怯えてたから、なんかあんのかもな」

「なんかって…何に?」

「ポケモンが苦手、とか」

「そんな人……いや、いてもおかしくないか」

 

 シロナ達はポケモンのことを心から愛しているし、世界のほとんどの人がポケモンと共に共存している。だが、それが全ての人間がポケモンと共に生きられるという証明にはならない。ポケモンに何かしらのトラウマがあり、ポケモンの存在が苦手な人がいたとしてもおかしくはないのだ。

 

「だとしたら悪いことしたが、俺らには関係ねぇ。バトルフロアの場所はあそこのエレベーターから行けるらしいぞ」

「あらそう。なら、早めにいってエントリーだけ済ませちゃいましょ」

「ああ」

 

 そう言ってシロナはエレベーターへと向かい、カイムもそれに続く。その時抱き抱えられたブラッキーがカイムに視線を向け、『ボク、何かした?』とでも言うような視線を向けてくる。そんなブラッキーをカイムは優しく撫でながら言った。

 

「なんもしてねーよ。気にすんな」

 

 実際、あの少年が何に怯えていたのかはわからない。もしかしたら別の理由があるのかもしれないが、それはカイムの預かり知らぬ所。ブラッキーが気にするようなことではない。

 カイムにそう言われたブラッキーは、『ならいいか』と納得し、大好きなカイムの腕の中でカイムにすりすりと頬擦りをする。図太く、気ままな態度のブラッキーにカイムは苦笑しながらも、優しく撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

バトルフロア

エントリーステージ

 

 バトルフロアでエントリーを済ませた二人は、バトルが始まる瞬間を待っていた。シロナは自分の身嗜みを整え、カイムはスマートフォンをいじっている。

 

「大勢の前でバトルするとか…慣れてねぇんだがな」

「あら、いいじゃない。貴方の腕前なら、誰が見ても一流だとわかるわよ」

 

 カイムは、大会にほとんど出たことがない。元々トレーナーだけでなくサポーターとして腕を磨いていたこともあり、自身が結果を残すことにあまり意欲的でないからだ。自分よりもシロナが結果を残すことに喜びを覚えることになった結果だと言える。そのため、ジムチャレンジレベルのバトルしかほとんど経験がなく、大勢の前でのバトルの経験がない。

 とはいえ、今のカイムは十分な腕を持つ。ジムリーダーとしては下位の実力といえど、考古学を学ぶ上で培われた観察眼は並ではない。生半可な実力で勝てるトレーナーではなく、舐めてかかって大火傷したトレーナーは多くいる。

 そして、そうこうしているうちに、時間になる。アナウンスが流れ、足元のステージが上昇し始めた。

 

「始まるわね」

「ああ」

 

 カイムはスマートフォンをポケットにしまった。

 緊張はある。だがそれ以上に、シロナの隣でバトルできる喜びが大きく占めており、思わず息を吐く。

 それと同時に、足場が登っていく。しばらく登ると、観客で溢れかえったフィールドに辿り着いた。それと同時にスポットライトが二人を照らし、眩しさにカイムは目を細める。

 

『さあ!対するはこの二人!シンオウ地方からのゲストトレーナー…チャンピオンシロナと、ジムリーダーカイムだぁ!』

 

 実況のMCで観客達が大きく湧き上がる。ホウエン地方にある街故に、シンオウ地方のトレーナーが来るのは珍しい。それ故に、いつも以上に観客が入っているのだが、この事実を二人が知ることはない。

 

「シロナはともかく、ジムリーダーくらいでこんな盛り上がるもんかねぇ」

「ジムリーダーも一般人から見たら充分トップレベルのプレイヤーよ?」

「俺もパンピーなんだが?」

「あら、寝起き?寝言は寝て言いなさい」

「はっ、吐かせ」

 

 軽口を叩き合いながら、対面する二人の少年を見据える。先ほどバトルタワーの前で出会った二人の少年が好戦的な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「やっと戦えるぜ!シロナさん!このバトル勝ったら、デートしてください!」

「ふふ、ごめんなさい。それはできないわ。でも、全力で相手させてもらうから」

「ジムリーダーなんですから、あまりがっかりさせないでくださいね」

「善処しよう」

 

 互いに挑発しながら、ボールを手に取る。

 

『エキシビジョンタッグバトル、スタートォ!』

 

 実況の掛け声と共に、四人はボールをフィールドに向けて投げた。

 

「お願い、ミロカロス!」

「キリキザン、いけ!」

「バシャーモ、お願いします!」

「いけ、カメックス!」

 

 シロナはミロカロス、カイムはキリキザン、リュウはバシャーモ、ショウタはカメックスを繰り出した。キリキザンがバシャーモに対して相性が悪い。加えて、カメックス相手にもタイプ一致の鋼タイプ技が半減。タイプ的にキリキザンのディスアドバンテージが大きい。

 

「キリキザンですか…タイプ相性は、こちらがだいぶ有利ですね」

「だなー。やっぱシロナさんメインか」

「ですね。ではバシャーモ!かえんほうしゃ!」

 

 バシャーモの『かえんほうしゃ』がキリキザンに向けて放たれる。鋼タイプのキリキザンに効果抜群。受ければ大ダメージは免れない。

 

(回避もできるが…)

 

 カイムは敢えて動かない。このままでは当たる、というところで、ミロカロスの攻撃が遮ってくる。

 

「ねっとう!」

 

 熱された水が炎を遮る。水が蒸発して蒸気によって視界が塞がれた。これを好機と見たショウタが攻撃に出る。

 

「ハイドロポンプだ!」

 

 カメックスの攻撃が蒸気を突っ切って向かってくる。蒸気で見えていないものの、大体の方角はわかる。当てずっぽうに近い攻撃でも当たるだろうとの思い切った攻撃だった。

 

「ミロカロス」

 

 ミロカロスが『ハイドロポンプ』を受けて防ぐ。水流の勢いで蒸気が晴れるが、ミロカロスがキリキザンを庇う形になっていた。

 

(…シロナさんにおんぶに抱っこ…では、無さそうですが。さすがにジムリーダーですから、何もできないなんてことはないはず)

 

 ジムリーダーになるのは、簡単ではない。シンオウリーグはカントーほどではないものの、レベルは相当高い。その中でジムリーダーになる以上、何か仕込みがあるとリュウは判断した。

 

「何かあるかもしれませんよバシャーモ。早めにキリキザンを潰しましょう。ねっさのだいち!」

「ふいうち」

 

 バシャーモが攻撃しようとした瞬間、キリキザンの攻撃がバシャーモを貫く。エネルギーを溜めた瞬間に強力な攻撃が飛んできたため、想定以上にダメージが大きい。しかしバシャーモに悪タイプの『ふいうち』は半減。だというのに思いの外ダメージが大きすぎる。

 

(……ダメージが大きい。これは…)

 

 リュウの脳が一つの答えを導き出した。

 

「つるぎのまい!」

「正解。そんで、遅い」

 

 『ふいうち』を受けながらもエネルギーを溜め切ったバシャーモは『ねっさのだいち』を放つが、キリキザンは僅かにできた隙を利用して技の効果範囲から離脱していた。

 

「隙だらけだぜ!きあいだま!」

「ミロカロス」

 

 着地して体勢が不十分なキリキザンに向けてカメックスが『きたいだま』を放つが、ミロカロスが身を挺してキリキザンを庇う。特防の高いミロカロスにはそこまで大きなダメージは入らないが、確実にダメージは蓄積されている。どうにかあのミロカロスを削り切ればあとはすぐに終わる、とショウタは考えていたが、シロナはチャンピオン。そう簡単にはいかない。

 

「ミラーコート」

 

 ダメージを倍にして反射され、カメックスは吹き飛ばされる。大きくないダメージといえど、倍にすればかなりのもの。カメックスほどの耐久力でも、ダウンはせずとも大ダメージだった。

 

「マジか⁈」

「バシャーモ、カメックスのカバーです。ねっさのだいち!」

「範囲攻撃来るぞ」

「任せて。なみのり!」

 

 バシャーモの攻撃をミロカロスの水が打ち消す。その瞬間、キリキザンが飛び出し、バシャーモに肉薄した。

 だがそれを見逃すことはない。カメックスがキリキザンに照準を合わせた。

 

「ハイドロポンプ!」

「来たな」

 

 カメックスの攻撃が放たれた瞬間、キリキザンはバシャーモを攻撃し、バシャーモと位置を入れ替えた。

 

「いっ⁈カメックス、反らせ!」

 

 突然のことだったが、カメックスは咄嗟に攻撃を反らす。おかげでバシャーモがダメージを受けることはなかったが、カメックスが無防備になってしまう。

 

「シロナ!」

「りゅうのはどう!」

 

 できた隙を見逃すことなく、ミロカロスの攻撃がカメックスを貫く。タイプ不一致故にダメージは大きくないが、確実にダメージを入れることに成功した。

 

(…すごくやりやすい。確実に隙を作ってくれる(・・・・・・)。自分で攻めるというより、隙を作ることに重きを置いて動いている。なるほど、私の動き方をよく知っているからこそのやり方…楽しいわ)

 

 キリキザンがバトル全体で与えたダメージは僅か。しかし、確実に相手の動きを阻害し、ミロカロスが動きやすいように動く。シロナと自身の隙を的確に理解し、互いに隙を埋めるように動くやり方は、シロナにとってやりやすく、楽しいと思えるものだった。

 

「ショウタ。厄介ですが、シロナさんがメインであることに変わりはありません。ミロカロスがキリキザンを庇いながら戦うなら、いっそミロカロスを重点的に攻めましょう」

「だな。これ以上好き勝手に動かれると面倒だし、速攻で決めに行こうぜ!」

 

 冷静に分析する二人を見て、シロナとカイムは感心したように呟いた。

 

「へえ…若いのに冷静ね」

「さすがエキシビジョンに選ばれるだけあるな。この二人、バトルタワーのランクもかなり高いらしいぞ」

「そうなの?いつ調べたのよ」

「さっき」

「相変わらずね」

「いくぜカメックス!あくのはどう!」

 

 カメックスの大砲から悪タイプのエネルギーが放たれる。放たれた攻撃は、キリキザンとミロカロスの間に向けて放たれ、二匹を分断させた。

 

「分断させたぜリュウ!」

「さすがです。バシャーモ、かえんほうしゃ!」

「攻撃しなくていい。回避に専念しろ」

「ミロカロス、ねっとう」

「カメックス、きあいだま!」

 

 キリキザンに向けて放たれた炎をミロカロスが打ち消そうとするが、分断されたことでワンテンポ着弾が遅れる。炎が僅かにキリキザンに向かってくるが、キリキザンは攻撃に移らなかったため回避することができ、ダメージはない。だがその隙を狙って、素早く技を切り替えたカメックスの『きあいだま』がミロカロスに直撃した。

 

「そうくるか」

「余所見する余裕があるんですか?」

「してねーよ。ふいうち」

 

 再びキリキザンの攻撃がバシャーモを撃ち抜く。『ふいうち』の攻撃がバシャーモの足を攻撃したことで、バシャーモの体勢が崩れた。

 

「ねっとう!」

「カメックス、ハイドロポンプだ!」

 

 キリキザンが離脱した瞬間、ミロカロスの攻撃がバシャーモを狙うが、カメックスの攻撃がミロカロスの攻撃と相殺した。

 ミロカロスの攻撃が相殺されたことで、バシャーモがフリーになる。キリキザンは既に離脱していたが、バシャーモの素の素早さがキリキザンの素早さを上回っており、キリキザンに肉薄した。

 

「バシャーモ、インファイトです」

 

 4倍弱点の『インファイト』がキリキザンに叩き込まれる。4倍弱点に加えて、格闘タイプ最強レベルの威力を誇る技を受けては耐えきれない。キリキザンは吹き飛ばされ、フィールドを転がった。

 

「やりぃ!さすがだなリュウ!」

「ショウタのフォローあってこそです。助かりましたよ。さあ、これでキリキザンは終ったのであとは…」

 

 『ミロカロスだけ』と言い終わらないうちに、リュウの視界にはキリキザンのトレーナーであるカイムの存在が目に入った。カイムは相変わらず無表情だが、その目は勝負に負けたトレーナーのものとは思えない光を宿している。まるで、こうなることを待っていたかのように。

 

「キリキザン」

 

 キリキザンは倒れていなかった。あの攻撃を受けて立てるはずがない。そういった思いが、リュウ達の思考をコンマ数秒程度止める。その隙を見逃さず、ミロカロスが動いた。

 

「ミロカロス、なみのりよ!」

「範囲攻撃…!バシャーモ、オーバーヒート!」

「カメックス、ハイドロポンプでなみのりの威力を削れ!」

 

 カメックスの攻撃と、持ち物『もくたん』によって強化されたバシャーモの攻撃がミロカロスの水を吹き飛ばす。その瞬間、リュウはキリキザンの居場所を探してフィールドに視線を巡らせるが、キリキザンの姿がない。

 

(どこに…⁈)

 

 その瞬間、リュウは視界の端で動く影を捉えた。

 

「っ!ショウタ!」

「遅え。メタルバースト」

 

 与えられたダメージが膨れ上がり、鋼のエネルギーに変換されてカメックスに叩き込まれる。4倍弱点のダメージが大きく膨れ上がった攻撃は、カメックスほどの耐久力を持っていてしても耐え切れるものではない。吹き飛ばされたカメックスはそのままダウンしてしまった。

 

「カメックス!」

(しくじった!メタルバーストによるカウンターを狙っていたのか!きあいのタスキならどんなにダメージが大きくとも、一撃は耐える。そのために回避に徹していたのか!)

 

 『インファイト』で仕留め切ったと油断してしまった己を叱責しながらも、リュウは瞬時に冷静さを取り戻す。

 

(ですが、死に体なのは変わらない!キリキザンの技で今のバシャーモを一撃で落とす技はそうない。ここで仕留める!)

 

 『メタルバースト』は至近距離でなくとも当てられる技。そのため若干キリキザンまで距離があるが、素早く近づけば一撃で仕留められると踏んだリュウはキリキザンを仕留めにかかる。

 確かにダメージが大きく、気力のみで立っているに等しいキリキザンは一撃で倒せるし、何よりダメージで先程までのような素早い動きはできない。リュウの判断は間違ってはいない。

 

「ミロカロス、ねっとう」

 

 シングルバトルであれば。

 キリキザンに肉薄するバシャーモに向けて、熱された水が放たれる。バシャーモ自身の腕が高いこともあり、それに気づいて咄嗟に回避行動を取りながらもキリキザンに迫った。

 

「あとはよろしく」

「ああ」

 

 だが、キリキザンにはそれで十分だった。一瞬、バシャーモはミロカロスに意識を割き、キリキザンから意識を逸らした。この判断は決して間違いではない。バシャーモ自身、この攻撃を受ければダウンしかねない攻撃なのだから。

 この一瞬の隙に、キリキザンはバシャーモに一歩踏み出す。まさか向こうから来ると予想していなかったことに加え、一瞬意識をミロカロスに割いたバシャーモはこの事態に対応できない。とはいえ、キリキザンの技でバシャーモが一撃で落とされるとは考えづらい。どんなに早い一撃を出そうとしても、バシャーモの体勢は不十分。若干キリキザンの攻撃が早く着弾するだろうが、そこでカウンターを決める。刹那の瞬間、リュウはそう画策した。この判断も決して間違いではない。むしろ、トレーナーとしては当たり前かつ、ハイレベルな画策といえる。

 

 ただ、相手が悪かった。リュウの敗因はそれに尽きる。

 突如、キリキザンの拳が凄まじいエネルギーを纏う。それを見た瞬間、リュウは己の失策を悟った。

 

「きしかいせい」

 

 体力が限界まで削られ、同時に『つるぎのまい』によって攻撃力を高めたキリキザンの一撃が、バシャーモを貫いた。凄まじい威力の一撃はバシャーモを吹き飛ばし、リュウの横を通り過ぎて漸く止まった。

 

「バシャーモ!」

 

 バシャーモは既に意識を失っており、戦闘不能に陥っていた。

 それを確認したジャッジが、バトルの勝敗を下す。

 

『カメックス、バシャーモ、共に戦闘不能!よってこのバトルは…シロナ、カイムペアの勝利です!』

 

 シロナが差し出してきた拳に気づく。小さく息を吐くと、カイムはその拳に応えるように、自分の拳を軽く当てた。

 割れるような歓声とスポットライトが二人を包む。こういった場に慣れているシロナは微笑みながら手を振っているが、全く慣れていないカイムは疲れた顔をしながらため息を吐いていた。

 

「ほら、観客に手を振ってあげなきゃ」

「柄じゃねーよ。つか、俺のファンサに誰が喜ぶんだよ」

「私」

「客に向けてんじゃねーのかよ」

 

 げんなりするカイムの手を取り、シロナは取った手を振り上げて観客に笑顔で応えた。半ば無理やりだが、とりあえずシロナの株を下げないためにも、カイムも観客に無表情ながら手を軽く振って応える。

 

(やっぱ柄じゃねーよ)

 

 内心でため息を吐きながらも、シロナとミロカロス、キリキザンと共に、カイムは観客達の歓声に応え続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトル後、二人はもう一つの目的であるロンド博士の元へと訪れていた。ただ、当の博士は緊急で用ができてしまったとのことで、現在は博士のラボのラウンジで、助手であるユウコが二人の相手をしていた。

 分野は異なれど、三人とも研究者。それ故に、互いの研究について色々と意見や質問を繰り返し、非常に有意義な時間を過ごしていた。

 

「つまり、今博士とユウコさんは宇宙から来たと思われるポケモンを再生させる研究を行っているんですね」

「はい。以前、遠方に調査へ赴いた時に偶然確保しまして」

「すごい偶然ですね」

「本来はその地域のポケモン達の生態を調査しに赴いていたのですが、想定外に遭遇しまして。その際に確保しました。それ以来、博士と共に研究を続けています」

「しかし、ポケモンの再生となると…相当な時間とエネルギーが必要になるのでは?遺伝子抽出とかも必要になるんじゃないんすか」

「普通のポケモンならそうでしょう。ですが、このポケモンは非常に高い再生能力を持っており、肉体の一部が欠損しても、コアが無傷なら完全に再生することが可能なのですよ」

 

 そう言ってユウコはタブレットで一つの映像を見せてくれた。そこには、緑色の竜とオレンジ色の人型の何かが戦う姿が残されていた。咄嗟に記録したもの故か、映像がやや粗く、詳細はわからない部分もある。しかし、確かにユウコの言うように肉体を再生させる瞬間が記録されていた。

 

「凄まじい再生能力…これだけの再生能力があれば、確かに核になる部分さえ無事なら再生できそうね」

「多分、この胸にあるのがコアだな。ここに貯めたエネルギーを使って再生しているとみて良さそうだ。だが、いくら高い再生能力を持っていても、肉体の欠損を補うとなると、相当なエネルギーがいる。つまり、ユウコさん達の研究は…」

「はい。このポケモン…デオキシスのコアに必要なエネルギーを注入することで、デオキシスを再生させることです」

「デオキシス…それがこのポケモンの名前ね。宇宙から来たポケモンを再生させるなんて…すごい研究ですね」

「博士の尽力もあって、だいぶ良いところまで来ているんですが…あともう一歩足りなくて。もしよろしければ、お二人にも意見を伺いたいと博士が」

 

 分野がかなら異なるため専門的な部分での意見や質問はできないだろうが、分野が異なれど二人とも研究者。別の視点から何か切り口があるかもしれないとユウコは考えた。博士もそれに同意したため、今回ラボへ来訪したという経緯だった。

 

「私たちでどこまで力になれるかは分かりませんけど、極力お力になります」

「ありがとうございます」

 

 そこで突如、ブラッキーがボールから出てくる。そしてカイムの膝に飛び乗ると、どことなくむすっとした表情でカイムの膝で丸くなった。

 

「あら、ブラッキーですか。よく懐いてますね」

「ええ。ただ、さっきのバトルに出られなかったので少し不貞腐れてますけど」

 

 バシャーモほどではないが、ブラッキーもバトル好きな性格であったため、先程バトルタワー内で連れて歩いてくれたからバトルにも自分が出ると勘違いしていたらしい。その結果、若干不貞腐れているが、頭と顎を撫でるとご機嫌に尻尾を揺らす。そこまで重度に不貞腐れているわけではないようだった。

 

「可愛らしいですね」

「昔から甘えん坊でして。まあ、さっき子供を怖がらせたりしてたんすけど」

「子供を…?」

「ええ。10歳…くらいかな?少年に駆け寄って、その子を怖がらせてました」

 

 あの少年が何故ブラッキーを怖がったのかはわからない。ただ単に驚いただけには見えないため、恐らくブラッキーを怖がったが故の反応だったのだろう。

 ブラッキーは人懐っこく、普段はとても愛らしい姿を見せているが、これでも悪タイプ。その姿は赤い瞳に黒い身体というまさに悪タイプらしい姿である。ポケモンが苦手以外にも、単純にこの姿を怖がった可能性もあるとカイムは考えていた。

 

「…あの、その子の名前は?」

「いや、名前までは。確か…白髪の少年だったな」

「白髪…もしかして、この子では?」

 

 ユウコはスマートフォンに写真を映し、一人の少年の姿を見せてきた。その少年はカイムが先程出会った少年であり、写真ではロンド博士と共に写っている。

 

「ああ、この子です」

「やはりですか…この子は、ロンド博士の息子、トオイ君です。実はこの子…ポケモンに触ることができないんです」

(ああ、やっぱそうなのか)

 

 少年…トオイは、明らかにブラッキーに対して明らかに恐怖心を抱いていた。ブラッキーという種族に対してか、ポケモンそのものか、はたまたカイム自身に恐怖したのかは定かではなかったが、やはりポケモンそのものが苦手だったらしい。

 

「あの子は、前に博士の調査に一緒に出向いた時…ポケモンに怖い目に遭わされてしまって…それ以来ポケモンに触れなくなってしまったんです。前はポケモンが大好きな子だったんですけど…」

「そういうこともあるでしょう。少なくとも、こちらはなんとも思ってないんでお気になさらず」

「ありがとうございます。でも、彼はこのトラウマに苦しめられています。そのせいで、友人もいなくて…」

 

 現代において、人とポケモンは常に隣り合わせで生活をしている。あのくらいの年代だと、ちょうど自分のポケモンを持ち始めたくらいだろう。そのため、ポケモンに触れないトオイは、必然的に友人の輪の中に入れなくなる。

 

「何か、きっかけさえあればいいんですが…」

「あの様子だと、かなり深刻そうですよね。私たちに何かできることは無いかしら」

「あの少年次第だろ。向こうが変わりたいと思ってないなら、こっちが何しても無駄だ。救えるのは、救われる準備のあるやつだけだ」

「そうですね。簡単に払拭できるとも思えないので、気長に待つのが無難ですかね」

 

 ユウコとしても何とかしてあげたいのだが、カイムの言うようにトオイ自身の意識の問題もある。彼がどう考えているかはわからないが、少なくとも変わりたいという思いがなければ、他者はどうすることもできない。

 

「すみません、こんな話。博士はもう少し時間がかかるみたいですし、その間にラボの方をお見せしようと思うのですが、いかがです?」

「そいつはありがたい。是非とも見せてほしいです」

「ええ。私としてもとても興味があるので、是非お願いします」

「では、ご案内します。こちらへどうぞ」

 

 二人はユウコに連れられてロンド博士のラボを見学しにいった。異なる分野の研究だが、最先端の装置を用いた研究施設は非常に興味深いものであり、ロンド博士が合流してからはより一層研究に関する話で盛り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、二人はラルースシティを歩いて回っていた。今回の滞在は二泊三日を予定しており、二日目はこの広い街の観光に使うと決めていたため、予定通り観光している最中となる。

 

「パスポート一つで買い物ができるなんて便利ねぇ」

「口座を指定すれば、勝手にそこから引き落とされるとはな。しかも、パスポートと生体情報がリンクしているから、本人以外は使えない。落とした時に悪用されるリスクもないのは、悪くないシステムだ」

「あら、昨日は嫌そうにしてたのに?一日いて気に入ったの?」

「いや別に。便利であることは認めるし、セキュリティ面でもかなり高水準だし簡単に悪用されることはないことも認める。ただ、システムダウンした時…この街完全に機能停止するぞ」

「便利にしすぎるのも、考えものね」

「便利が悪いというより、システムに完全に依存した街ってのがな」

 

 捻くれた見方ではあるが、事実この街を管理するシステムがダウンした場合、街全体の機能が停止する。この街はテーマパークに近い機能であるため停止したとしても大きな痛手にはならないかもしれないが、既にこの街には多数の人が住んでいる。被害としては大きくなることは間違いない。それを理解しているからこそ、シロナも否定はしなかった。

 

「そんで?次はどこ行くんだ?」

「そうねぇ…さっき行った科学館から近いのは…植物園ね。ここ、行ってみない?」

 

 シロナはマップを指差しながらカイムに提案する。特別他に行きたい場所もないカイムからすれば、断る理由はない。

 

「ああ、構わない」

「じゃあ行きましょ」

 

 そう言って植物園へ向かおうとした瞬間、シロナは何かを感じ取り空を見上げる。突如空には赤紫色の光が走った。

 

「あれは…オーロラ?」

「どういうことだ?なんでオーロラがこんなところに…」

 

 オーロラは本来、最北端の土地でしかみられない。北国であるシンオウ地方でも見ることは叶わない。だというのに、比較的南寄りの場所にあるホウエン地方でオーロラが発現した。

 

「何か起きているのかしら」

「それはそうだろう。オーロラなんて、最北端の土地でも滅多に見られんのにこんなとこで見られるわけない」

「……嫌な予感がするわ」

 

 シロナは何か嫌な予感を感じた。確実に何かが起きる予感がしたのだ。

 ただ、シロナの予感とは裏腹に、空のオーロラは2分も経たないうちに消えた。

 

「消えたが…なーんか嫌な感じだな」

「ええ。オーロラというより、オーロラが発生した状況が嫌な感じがするわ」

 

 何かが起こる。二人はそんな予感を感じ取ってはいたが、今のところできることはない。そしてなにより、実害については何もない以上、動く理由がない。そのため二人はこれ以上口に出すことはなく、植物園へと足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日ね、図書館に行った時、ポケモンがぼくの方に駆け寄ってきたんだ。すごい驚いちゃったよ。すぐにポケモンの主人が来てくれたから何もなかったんだけど…でも、やっぱり怖かった」

 

 少年…トオイは目の前にいる『友人』に向けて話をしていた。ポケモンに触れられず、それが要因で学校でも友達がいない彼にとって、目の前の『友人』はただ一人の友達だった。

 トオイの言葉に応答するように、目の前の『友人』である緑色の光は、形を変える。この光から言葉が返ってくることはないが、トオイの言葉に反応して様々な形でリアクションをしてくれるのは、トオイにとって嬉しかった。

 

「…ポケモンのことは好きなのに、ずっと触れない。怖いんだ。ぼくもなんとかしたいって思っているんだけど…簡単にはいかないね」

 

 そう言って苦笑するトオイを慰めるように、光は形を変える。言葉はないが、この光が何を伝えたいか…それはなんとなくわかる。慰めてくれているのを感じ取ったトオイは優しく笑い、頷いた。

 

「ありがとう。いつもぼくの話を聞いてくれて」

「変わった友人だな」

「っ⁈」

 

 突如響いた声に、トオイはバッと振り返る。そこには、昨日図書館で出会った青年とブラッキーがいた。

 青年の存在に気づいた光はトオイの背後に姿を隠す。そんな光に対して興味深そうに青年…カイムは歩み寄っていく。

 

「そいつ、お前の友達か?」

「…関係ないでしょう。構わないでよ」

「関係はねえな。ただ、興味はある」

 

 すぐに帰る様子を見せないカイムに、光は姿を消した。気配が消えたことを感じたカイムはトオイにさらに近づいていく。

 

「気配が消えたな。ポケモンには見えないが…どんな奴なんだ?」

「だから、構わないでよ」

「ふむ…喋る気は無さそうだな」

 

 思っていた以上に排他的な雰囲気に、カイムはこれ以上聞いても無駄そうだと判断し、足を止める。そしてその瞬間、ブラッキーがトオイの前に出てきた。

 

「うっ、うわぁ!」

 

 驚いたトオイは目の前に立つカイムを咄嗟に突き飛ばして走り去ろうとするが、カイムの鍛えられた肉体と体幹はトオイの突き飛ばす衝撃をものともしなかった。寧ろ咄嗟にやったことで体勢が不十分だったため、その衝撃は反動としてトオイに跳ね返り、トオイは尻餅をついてしまう

 

「うわっ!」

「すまん、大丈夫か」

 

 倒れたトオイに、カイムは手を差し出す。咄嗟にブラッキーの所在を探すと、ブラッキーは少し離れた場所であくびをしていた。そのことに少し安心したトオイは、差し出された手を取る。

 

「すみません…」

「気にするな」

 

 カイムの手を借りてトオイは立ち上がる。するとブラッキーがカイムの足元にとてとてと歩いてきているのを見ると、再び体を強ばらせた。このままだと、また失礼なことをしてしまう。そう考えたトオイは踵を返してその場から離れようとするが、その肩をカイムが掴んだ。

 

「な、なんですか?」

「お前…自分を変えたいのか?」

「っ!」

「…悪い。盗み聞きする気はなかったんだが、声が聞こえてな。お前があの友人と話しているのが聞こえたんだ」

 

 カイムとしても、盗み聞きする気は全くなかった。だがこの植物園はほとんど人が訪れず、ポケモンもいない静かな空間であるため、トオイの話し声はよく響いた。トオイとしても人が来たら普段は気づくのだが、ブラッキーと出会ったことを思い出して周りの音が聞こえなくなっていたため、気づくことができなかった。そのため、友人との会話を聞かれてしまったらしい。

 

「……どっちだっていいじゃないですか。ぼくがどう考えていようと、あなたには関係ないでしょ」

「そうだな、関係ない。これはただの気まぐれだ」

「なら放っておいてください」

 

 そう言ってトオイはその場から去ろうとカイムの手を払い除ける。だがその足取りは、どこか重い。それに気づいたカイムは、その背中に言葉を投げかけた。

 

「お前、このままでいいのか」

「!」

 

 思わず足が止まる。

 

「このまま一人でいいのか」

「…ぼくには、友達がいます。あの子さえいれば…」

「人もポケモンもいつかいなくなる。どんな形でもな。あの変わった友人がどんな存在か知らねえが、あいつがいなくなったらどーすんだよ」

 

 どこか煽るような口調。冷静になりかけていた思考が一気に熱くなってしまう。

 

「なんでそんなこと言うんですか!」

「事実だろ」

「わかってますよ!わかってるから…考えないようにしてたのに…」

「なら、ちょいと頑張ってみる気はないか」

 

 その言葉に、トオイは目を見開く。カイムは足元にいたブラッキーを抱き上げ、トオイに見せるように抱っこした。

 

「こいつが、なんかお前を気に入ってるみたいなんだ。良ければ、付き合ってくれんか」

「ぼ、ぼくを…?」

「ああ。理由は知らんがな。すぐに慣れろとは言わん。きっかけくらいになれれば程度だ」

 

 抱き上げられたブラッキーはぴこぴこと耳を動かしてトオイを見つめる。見つめられたトオイはビクッと身体を震わせるが、目を逸らすことはしない。

 

「…どうして、良くしてくれるんですか?」

 

 だがトオイには疑問だった。何故見ず知らずのこの青年が、自分のことを気にかけてくれるのか。

 

「気まぐれ」

「……え?」

「気まぐれだよ。強いて言うなら、ブラッキーが気にかけてるから」

「………」

 

 想定外の返答にトオイは絶句してしまう。こんな失礼な態度をとった自分に、ここまで良くしてくれる理由は本来ない。だというのに、この青年は『自分のポケモンが気にかけているから』という理由で、自分のトラウマ克服に手を貸すというのだ。お人好しにも程がある。

 だが冗談の類ではないことはわかる。この青年から向けられる瞳に宿る光は、真剣そのもの。こちらのことを真剣に考えていることがわかる瞳だった。

 

「で、どうすんだ?こちらとしてはどちらでも構わん」

「……ぼくは」

 

 トオイの答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気まぐれね。もう少し、マシな理由はなかったの?」

 

 ごろごろと甘えるブラッキーを撫でるカイムに、シロナはそうカイムに言う。カイムはブラッキーを撫でながら、視線を向けることなく答えた。

 

「事実だ」

「本当に?」

「ああ」

 

 端的な答え。気まぐれ、という言葉は恐らく事実なのだろう。ただ、気まぐれ以外の理由があることもまた事実だとシロナは確信していた。昨日はあまり気にしていない感じだったが、再び出会ってみればこれだ。何かカイムなりに思うところがあるのは間違いないだろう。

 

「ブラッキーが気にかけてるしな。理由としては十分だ」

「親バカねぇ」

「うるせえ」

「それでどうするの?」

「飯を食う。ちょうど昼時だ」

 

 そう言ってカイムはブラッキーを下ろす。確かにカイムの言う通り、ちょうど昼食時。食事をするにはいい時間帯だろう。

 

「ご飯か。あなたらしいわね」

「かもな」

「それで?どこで食べるの?」

「この先に、バーベキューとかで使える公園がある。そこでチーズフォンデュでもやろうかと」

「チーズフォンデュ!いいわね。でも材料と道具は?」

「道具は預かりシステムから引き出す。材料も近くで買えるから問題ない」

 

 なんでもないように言う割に、しっかりと調べている。情報収集能力の高いカイムからしたらこの程度2分も必要ないのだろうが、それにしてもやたら乗り気に見えるのがシロナとしては少し意外だった。

 

「随分乗り気ね」

「そうか?」

「ええ」

「そうか」

 

 カイムなりに考えがあるのだろうが、その真意は見えない。元々お人好しの性格だが、見ず知らずの少年に対してここまでするのは珍しく思える。ブラッキーが気にかけている以外にも理由はありそうだった。

 

「それでトオイ君とはどこで交流するの?」

「公園。30分後に来るように言った」

「そう。なら私たちも準備していきましょ」

「ああ」

 

 そう言って二人は植物園を後にした。

 二人の後ろ姿を見つめるように緑色の光が漂っていたが、二人がそれに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後、木のテーブルにはずらりと料理が並んでいた。メインのチーズフォンデュの他にも、サンドウィッチやおにぎりなど簡易的ながらも多くの料理がテーブルに敷き詰められている。

 

「うわぁ…すごい。これ、全部カイムさんが?」

 

 植物園を後にし、材料を買って道具を用意したが、想定よりも短時間で準備を終えたカイムは、ルカリオの手を借りながらさまざまな料理を短時間で作り上げた。指定された場所にトオイが到着した時、カイムは既に調理を始めていた。その際にシロナと初対面になったが、どうやら昨日のエキシビジョンバトルを見ていたらしく、シロナのことをトオイは把握していたため、挨拶はすんなり終了。トオイ自身の警戒心も僅かながら解かれた。見ず知らずの大人に着いてきたのも、あの後カイムが直接ユウコに連絡したことだけでなく、予めエキシビションバトルを見て、シロナとカイムのことを知っていたこともあるとのことだった。

 

「ああ。ルカリオの手伝いもあるが」

「すごいんですね」

「でしょ?カイムの料理はすごいの」

 

 シロナの言葉にトオイは同意するように頷く。短時間でこれほど多くの料理を作れるのは、さすがと言わざるを得ない。

 

「ほれ、おめーらも飯だ」

 

 そう言ってカイムはポケモン達にも食事を与える。これは作り置きしたものや市販のものをブランドしただけでありこの場で調理した訳では無いのだが、二人のポケモンの数はそれなりにいる。それをこの短時間で用意し切るのは、彼の手際の良さがあってのことだろう。

 ポケモン達が楽しそうに食事を進めていると、野生のポケモン達も匂いを嗅ぎつけて寄ってくる。しかしそれも予想していたカイムは、野生のポケモン達にも市販のフードを与えた。その姿をカイムの下へと歩み寄り、背後で見ていたトオイは呟く。

 

「野生のポケモンにもあげるんですね」

「ポケモンが好きなのよ。それにお人好しだから」

「お人好しは余計だ」

「事実でしょ?」

「ほっとけ」

 

 軽口を叩きながらも、食事をするポケモン達から目を逸らすことはない。表情はほぼ動かないが、シロナの言うようにポケモンが好きなのだろうとトオイは考えた。

 一通り食事を与えたことを把握した瞬間、シロナとカイムは近くの藪から気配を感じる。その気配は真っ直ぐとシロナ達の食事が用意されているテーブルに向けて進んでいくのを感じた。

 

「カイム」

「ああ。手癖が悪い奴がいるな」

 

 カイムは手元にあったオレンの実を振り返ると同時に気配に向けて投げつけた。きのみは気配に当たり、気配はその衝撃で倒れるが、投げつけられたきのみをしっかりと口に入れる。

 

「ゴンベか」

「匂いを嗅ぎつけてきたのね」

 

 気配の正体はゴンベ。非常に大食いのポケモンであるカビゴンの進化前のポケモン故に、カビゴンほどではないが非常に多くの食べ物を食べるポケモン。見たところ野生のポケモンみたいだが、カイムの用意した料理を勝手に食べようとしていたらしい。

 

「おめーはあっち。こいつぁ俺らが食うもんだ」

 

 オレンの実をもぐもぐと食べているゴンベの首根っこを掴んで、カイムはゴンベをポケモン達の方へずるずると引きずっていった。

 その後、買ったばかりのフードをほぼ全て出して食べようとするゴンベに半ギレになりながらも、カイムは戻ってくる。そしてアルコール除菌シートをトオイに渡すと、どかっとベンチに腰掛けた。

 

「じゃ、食うか」

「ええ。いただきます」

「ん」

 

 シロナは小さく切られたパンをピックに刺すと、溶けたチーズに浸す。そしてチーズがたっぷりとつけられたパンを口に入れた。想定以上の熱に少し驚くが、濃厚なチーズの味とパンの旨みが口に広がった。

 

「ん、美味しい。これ、何か隠し味入れてる?」

「白ワイン」

「えっ。それ、ぼくが食べて大丈夫なんですか?」

「十分にアルコールは飛ばしてある。トオイが食っても問題ない」

 

 『未成年にアルコール食わせねぇよ』とカイムは苦笑しながらチーズフォンデュを口にする。それを見たトオイはカイムに続いてチーズフォンデュを食した。熱さとチーズの濃厚な味わいが口に広がり、目を見開いた。

 

「美味しい!」

「そいつぁ何より」

「ふふ、気に入ってくれてよかった」

 

 カイムの料理を気に入ったのか、トオイは続けてチーズフォンデュを口に運ぶ。そして近くにあったサンドウィッチも手に取ると、そちらにも齧り付いた。口には出さないが、その様子から気に入ったことがわかる。

 大人二人と子供一人という少々アンバランスな組み合わせだが、思いの外トオイは口数が多い。話しかければちゃんとリアクションしてくれるし、向こうから話題を振ってくることもある。友達がいないタイプには見えないが、この年代の子供は皆ポケモンを持ち始めていることがほとんど。ポケモンにトラウマのあるトオイが友達を作れないのは、仕方ない部分もあるだろう。

 

「美味しかったです。ありがとうございました」

「ああ」

 

 食事を終えて後片付けをしてながらトオイはカイムに礼を言う。言われたカイムは素っ気ないが、ちゃんとトオイの目を見て頷いた。シロナよりも僅かに関わった時間が長いカイムだが、無表情と素っ気ない口調からやや警戒されていた。しかし表情と口調が淡々としているだけで、とても優しく気遣いができる人だとトオイは理解した。

 

「なんにしても、飯食わにゃなんもできん。飯が美味けりゃとりあえずなんでもいい」

「事実だけど、極論ね」

「事実だからいいんだよ」

 

 軽口を叩き合う二人のもとに、食事を終えたブラッキーが歩いてくる。それをみたカイムはブラッキーを抱き上げ、トオイに向き直った。

 

「触って見るか?」

「っ!」

 

 トオイの体が強張る。それでも恐る恐るとブラッキーに手を伸ばそうとするが、かつての記憶がフラッシュバックし、手を引っ込めてしまった。

 

「…すみません」

 

 小刻みに震え、顔を真っ青にするトオイを見て、カイムは内心でため息を吐く。どうやら、カイムが思っていた以上に深刻な状況らしい。気軽に触るように勧めたことを内心で後悔した。

 

「気にすんな。簡単に行くと思ってねえ」

「…………」

 

 トオイは俯くと、踵を返して走り出してしまった。さすがに性急すぎたか、と内心で少し悪く思いながら、カイムはブラッキーを撫でる。撫でられたブラッキーはゴロゴロと喉を鳴らし、カイムにすりすりと頬擦りした。

 

「思っていたより深刻みたいだ」

「そうね…あの感じ、かなりトラウマは深いみたい」

「ああ。気軽に言うべきではなかったな」

 

 表情も口調も変わらない。だがその目には確かに後悔の色があった。シロナはそんなカイムの隣に立つと、カイムの手を取る。

 

「大丈夫、間違えてないわ。少し急ぎすぎたかもしれないけど、ちゃんと歩み寄れてる」

「だといいな」

「大丈夫よ、きっとね」

「お前にそう言われると、そんな気がしてくるから不思議なもんだ」

 

 カイムは苦笑しながらマイペースに甘えてくるブラッキーを下ろす。そしてシロナの頭をぽんと軽く叩くと、片付けに戻った。そんなカイムの後ろ姿を微笑みながら見送るとほぼ同時に、シロナは何か異様な気配を感じ取り、バッと振り返る。

 空には何も見えない。空から気配を感じ取ったが、見える範囲には何もない。だが確かに気配を感じたのは確か。何なら今もその気配は僅かながら感じられる。波導が覚醒したことで感覚が鋭敏になったため、僅かな気配を感じられるようになっていた。そのシロナの感覚が、何か異様な気配を感じ取っている。

 

(この前のオーロラと関係があるのかしら)

 

 先日見えたオーロラ。あのオーロラと何か関係があるのかと考えたが、今のところ何も判断材料がない。これ以上は考察できないため、シロナはカイムの手伝いへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ちた頃、二人はロンド博士のラボのラウンジにいた。ロンド博士からの招待ということで、エキシビジョンに出場していたリュウとその妹達、ショウタ、博士と以前から関わりがあったというヒトミがいた。そしてその中には、ロンド博士の息子であるトオイの姿もあった。トオイはリュウの妹達と何か話しており、存外楽しそうにしている。

 

「行かないの?」

「あ?」

 

 そんなトオイの姿を見ながらシロナはカイムに言う。どことなく気にかけているような視線をトオイに向けていたため、シロナはあそこに混ざらないのかと問いかけた。だがカイムはそれに対して肩を竦めながら答える。

 

「行く理由がねえ」

「あら、気にかけているじゃない。理由なんてそれだけで十分よ」

「俺じゃねえ。ブラッキーだ」

「ブラッキー『も』が正しいんじゃない?」

「やかましい」

 

 カイムは大きくため息を吐いて空を見上げる。空には先日見られたものと同じオーロラが輝いており、カーテンのようにゆらめいていた。

 

「……不気味だねぇ」

「そうね…それに今回は結構長時間維持されてる。何かあると見て間違いないわね」

「やはり、お二人もそう思いますか」

 

 突然声をかけられ、二人は声がした方を見る。そこには、メガネをかけた女性…ヒトミがカメラ付きのノートパソコンを持って立っていた。

 

「初めまして。わたしはヒトミ。普段は大学院で物理学を学んでいるトレーナーです」

「丁寧にありがとう。私はシロナよ。考古学を研究しているわ」

「ミオシティジムリーダー、カイムだ。それで?そちらもこのオーロラには何か思うところがあるんすよね?」

「オーロラは、本来北極か南極でしか見られない。なのにここで見られるというのは、必ず何か理由があるはず。そう思うのは自然の摂理です。先日見られたオーロラと、今のオーロラの波長を記録しています。こちらの分析結果が出るにはもう少し時間がかかるので、その間にお二人の所感を聞いておこうとおもいまして」

 

 ヒトミは自分のパソコンにつけられたカメラで絶えずオーロラの形を記録している。形からオーロラを分析するためにはまだ少し時間がかかるが、それ以外のことは分析できると判断し、世界中を旅した経験のあるシロナにこのオーロラについて聞こうと判断した。

 ヒトミのこの判断は間違いではない。しかし、シロナもカイムも専門は考古学。オーロラに対する知識は一般人レベルだ。

 

「意見を求めてくれるのは嬉しいけど、私たちも専門分野じゃないからそんなに詳しいことはわからないわ」

「わかってます。でも、世界を見てきたシロナさんなら何か思い当たる節があるかもと思いまして」

「そう。確かに少しだけ引っかかるところはあるけど…それより先に彼の話を聞いた方がいいと思うわ」

 

 そう言ってシロナはカイムに視線を向ける。視線を向けられたカイムは肩を竦め、タブレットをヒトミに手渡した。

 

「これは…?」

「過去のオーロラの記録。あんたの言う通り、オーロラは基本北極と南極にしか現れない。だから、そこ以外(・・・・)の土地で現れた記録を探した」

 

 ヒトミはタブレットに映された情報を見ていく。過去に北極、南極以外でのオーロラ発生事例はそう多くない。片手で数えられる程度の数しかないが、その事例について『記録されているものであれば』ほぼ全ての記録が揃っていた。

 

「こんな細かい記録…どうやって?」

「あ?普通に調べた」

(普通に調べただけじゃ、こんなに細かい記録出てこないわよ…)

 

 内心でドン引きするヒトミにシロナは苦笑しつつも、カイムが揃えた記録について言及していく。

 

「ご覧のとおり、極地を除いてオーロラの発生事例は非常に少ない。本来、極地の環境でないと見えないものだから、観測される方がおかしい。少ない方が自然ね」

「その通りだと思います」

「過去に極地以外でオーロラが見えた事例は、大体ポケモンが要因だったくらいかしら。ポケモンの強い力で周辺地域環境に歪みが生じた結果だったり、オーロラベールが巨大化した結果だったり…ポケモンの力で生み出されたものが大体よ」

「では…今回も?」

「でも、これらの事例についても、極地ではないけど極地寄りかつ、真冬の時期に発生したという共通点がある。ホウエン地方かつ、こんな真夏にはまず見られる環境にはならないわ」

 

 そう言ってシロナは空を覆うオーロラを見つめる。赤紫色の光が空で揺らめいており、神秘的な光景だった。

 

「だから私は、環境以外で何かないかって考えたの」

「環境以外…?」

「今ラルースにある要因と、極地で発生したものを含めたオーロラの発生記録…これらを照らし合わせて、共通するものがないか探してもらったの」

 

 シロナはそう言ってやや疲れたような表情で苦笑する。

 

「とは言っても、極地のものを含めると、さすがに記録が多くてね。まだ全部見切れていないの。今のところ過去三年分くらいは目を通したけど…ラルースに共通するものはないわね。気候、大気状態、季節、宇宙環境…色々考えたんだけどね」

 

 これはアテが外れたかしら、とシロナは苦笑しながら言う。だが対してヒトミは内心で戦慄していた。ヒトミでは考えつかない視点から今回の件を調査したシロナに、ヒトミは思わず学者としての視点の鋭さを実感したからだ。ヒトミとて大学院生である以上、研究者の卵。研究のイロハは理解している。故に、シロナの視点の鋭さに思わず驚愕してしまった。それと同時に、短時間でこれだけの情報を集められる収集力…研究者として必要なものを全て持っていると言っても過言では無い。

 

「といっても、この情報は全部カイムが集めたものだけどね」

「え?」

「調べるだけなら誰でもできる」

 

 ヒトミが視線を目を向けると、カイムは肩を竦めた。

 

(これだけの情報を…出先で調べたって言うの?どんな収集力よ…)

 

 何でも無いように言っているカイムに、ヒトミは戦慄する。少なくともヒトミにはできない以上、その能力に対して素直に感心するしかなかった。

 

(視点や思考能力に優れたシロナさんに、調査能力が段違いのカイムさん…研究者の基礎能力としては、最高レベルね)

 

 研究者に必要なのはこれだけではないが、どちらも必要な能力であることに変わりはない。そんな二人の関係性と能力を少々羨ましく思いつつも、ヒトミは話を進める。

 

「とりあえず、このオーロラと光波に関係するものを捜索しつつ、オーロラの記録を取っています。もしよろしければ、分析結果をお二人にも共有したいのですが…よろしいですか?」

「ええ。むしろ是非お願いしたいわ。私たちだけだと、専門外なこともあってあまり詳しいことまではわからないから」

「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」

 

 それだけ言ってヒトミは分析に戻っていった。

 その後ろ姿を見ながら、熱心な学生だとカイムは内心で感心していると、リュウがカイムの元へ歩いてくる。

 

「お話は終わりましたか?」

「何か用か?」

「ええ。昨日のバトルについて、いくつかご教授願おうと思いまして」

 

 それを聞いたカイムは嫌そうに顔を歪めた。普段ほとんど表情の動かないカイムだが、こういう時だけは表情豊かになる。

 

「…なんで?」

「おや、ジムリーダーなのでしょう?なら、指導くらいしてもバチは当たらないのでは?」

「否定はせん。だが今はどうなんだ」

「何故です?」

 

 カイムは黙って空を指差す。未だに空で輝くオーロラの存在をカイムは指し示していた。

 

「今はあれの調査が優先。悪いがそれに付き合えるほど俺のリソースは残ってねーの」

「ふむ…まだ実害も出ていませんし、放置しても良いのでは?」

「実害は出ていないが、出てから対策しても遅えだろ」

 

 無論何かあると決まったやけではない。ただ、何かあってからでは遅いというのも確かであると同時に、研究者として気になるため、調査しているという理由があった。

 

「それは確かに」

「感想戦くらいは後でしてやる」

「あら。ならそれに私も入っていい?」

「おめーも入らねえと意味ねえだろ」

「ふふ、そうね。タッグバトルだとそうなるわ」

「なら、その時はショウタも呼びましょう。僕としては、まずは貴方からお話を伺いたかったのですがね」

「俺?なんで?」

 

 トレーナーとしての腕は明らかにシロナの方が上。あのバトルの中でも、トドメを刺したのはキリキザンだが、それ以上にミロカロスの動きがあったからできたこと。カイムは自身以上に、シロナの動きに着目されると思っていたため、何故自分から話を聞きたかったのか理解できなかった。

 

「僕の予想を上回ったからですよ」

「へえ?」

「ジムリーダーとチャンピオンです。どちらがメインになるかなど、本来なら一目瞭然でしょう。だというのに、お二人はその逆の役割で僕らを上回った。それも、圧倒的に相性不利のキリキザンで。そんな貴方からお話を伺いたいのです」

 

 そう言って不敵に笑うリュウに、カイムはいつも通り無表情を向ける。そして小さく息を吐くと、口を開いた。

 

「言うことはねぇ。自分だけで成長することに限界を感じてから出直してくれや」

「え?」

「あら」

「今言えることは…自分のバトルのフィールド全てを見直すことと、バトルはもっと自由にってことくらいだ」

 

 指導を生業とし始めているカイムとは思えないような言葉に、リュウだけでなくシロナも僅かに驚いたような声を出す。

 

「…それだけですか?僕に言うことは」

「ああ。明確に課題を理解している奴(・・・・・・・・・・・・・)に言うことは特にねぇよ」

「……バレてましたか」

 

 リュウは苦笑すると、カイムに手を差し出してくる。

 

「いつか、また貴方と戦いたい。その時は僕が圧勝してみせます。そして、シロナさんにも勝ちにいきます」

「はっ!簡単にいくと思うな」

「彼に勝てれば私にも勝てると思わないことね」

「無論です」

 

 不敵に笑うリュウにシロナは好戦的な笑みで返し、カイムはいつも通りの無表情で口元を歪めた。そこで、リュウの二人の妹とショウタがリュウのことを呼ぶ声がした。どうやら手持ちのポケモン達を目の前の公園で遊ばせているため、そこに混ざらないかという誘いらしい。

 

「呼ばれたみたいですので、ここで。またバトルしましょう」

「機会があればな」

 

 カイムの言葉に満足したのか、リュウは頷いてショウタ達のもとへ歩いていった。残された二人は、子供達とポケモンが遊ぶのを眺めながら言葉を交わす。

 

「ねえ、どうしてリュウ君にアドバイスしなかったの?」

「あ?」

「普段の貴方なら、ちゃんとアドバイスしそうなのに」

 

 ジムリーダーの代表をやっていた時から、カイムはチャレンジャー相手によく指導していた。彼自身の信条もあるが、お人好しなカイムは勝とうが負けようが相手が望めば真剣に向き合い、指導を施した。だがリュウ相手にはアドバイスらしいものもほとんどしなかった。リュウはどことなくカイムのことを侮るような仕草もあったが、どんな相手でも指導してきたカイムらしくない行動だとシロナは思った。

 

「あいつが何もわかってない奴なら、指導したさ。そうじゃないから指導しなかっただけだ。お前ならわかるだろ」

「まあね。彼は、前のバトルにおいて自分の弱点と読みの甘さを理解した。そして、それをどう改善すればいいかも、恐らく理解している。その上で、貴方に指導を頼んできた」

「そこに付け加えることもできるだろうが、その行為に意味はない。どんなにいい指導したところで、結局自分で答えに辿り着かないとな。俺の中での指導は、道標を示すこと。答えを与えることじゃねえ」

「与えられた答えに意味はない、か。貴方らしいわね」

「自分で掴んだ答えは一生忘れない…お前の言葉だ、シロナ」

 

 ヒントを与えることはしても、答えに辿り着くために考えさせる。その指導体制は、シロナがカイムに行ったものと近しい。シロナはカイムの指導をする際、どんなことも必ず考えさせた。頭の回転は悪くないカイムでもそれなりに時間がかかるほど小さなヒントや、厳しい反復練習が多かったが、己の力で辿り着いた答えのおかげで、彼は今こうしてジムリーダーになっている。この指導がどれほど効果的なのかを身をもって理解しているからこそ、カイムは自分なりの形でこれを実践していた。

 

「貴方の指導者としての姿は、私の影響を強く受けているのね。ふふ、悪くない気分だわ」

 

 愛しい人に多大な影響を与えた。その事実はシロナにとって嬉しいことだった。自分がその人の中にいるという証明になる気がしていたから。

 

 シロナは視線を公園に向ける。そこには、ショウタとリュウ、リュウの妹達だけでなく、彼らのポケモンも共に遊んでいる姿があった。そして、ラウンジと公園を繋ぐ階段には、トオイの姿。その目はどこか寂しげで、楽しそうに遊ぶ彼らを羨ましそうに見ていた。

 そんなトオイの姿を目にしたシロナは、トオイのもとへ歩み寄り、隣に腰掛ける。

 

「君は行かなくていいの?」

「…ぼくは、ポケモンに触れないのでいいです」

「あら、ポケモンに触れなくても一緒に遊ぶことくらいはできるわ。私のポケモン達が遊びたがってるの。良ければ、トオイ君もどう?もちろん触れる距離には寄らないから」

「そんなこと、できるんですか?」

「できるわよ。ねえ、カイム」

「ああ、ボール投げとかそういう系なら一定の距離がある。お前、触らなければ問題ないんだろ?」

「あ、はい」

「ならいける。ほれ」

 

 カイムはラウンジに転がっていたボールを手に取ると、軽くトオイに放り投げる。投げられたトオイは驚きながらもそれをキャッチし、目を瞬かせた。

 

「なにボケっとしてんだ。いくぞ」

 

 そう言ってカイムはポケモンを出しつつ、公園に飛び降りた。カイムの後ろ姿をぽかんとしながら見ていたトオイだが、シロナに背中を叩かれて再起動する。

 

「さ、いきましょ。みんなのところへ」

「…はい」

 

 少しだけ不安そうだが、トオイは力強く頷く。そして、カイムの後を追った。その後ろ姿を見てシロナは優しく微笑むと、トオイに続くのだった。

 

 

 

 

 

「てめぇシロナ!俺が鬼の時だけ本気出してんじゃねぇ!」

「ほらトオイ君!行ったわよ!」

「う、うん!リュウ、お願い!」

「任せてください。さあショウタ!次は君です!」

「ちょ、リュウ!勢い強えよ!」

 

 ポケモン達も含め、全員でボール投げをしていたが、シロナのせいでカイムの鬼率が異様に高かったのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 暫しの間全員で遊んだ後、公園近くにある運河をシロナ、カイム、トオイの三人は眺めていた。一人だけ異様に走らされたカイムは汗を流しており、流れ落ちる汗を袖で拭っていた。

 

「くそ…無駄に走らせやがって…」

「貴方にはちょうどいいトレーニングでしょ?」

「否定はしねぇが、ここでトレーニングする気なんざなかったっての」

 

 苦々しく吐き捨てるカイムとそれを楽しそうに見るシロナ。そんな二人の会話をトオイは苦笑しながら聞いていた。

 

「トオイ君は大丈夫?疲れてない?」

「えっと…少しだけ疲れてますけど、それ以上に楽しかったです」

「そう。よかったわ」

 

 シロナの優しい笑顔を向けられ、トオイは運河に目を向ける。

 

「ぼく…友達とこんな風に遊ぶの初めてです。ポケモンに触れないからずっとみんなとは遊べないって思ってて…」

「触れなくても、できることはある。今日それがわかったわね」

「はい。お二人のおかげです。ぼくだけじゃ…きっとだめだった」

 

 根深いトラウマはトオイの自信を根底から奪っていた。ポケモンに触れないという固定観念が彼を孤独にし、その孤独が自信をマイナスにまで落とし込む。まさに負の連鎖ができてしまっていた。

 

「君くらいの年代だと、みんなポケモンを持ち出してくる年齢だものね。仕方ないわ」

「……はい」

「ま、変わる意思があるなら十分だろ。あとはトオイがどれだけうまくトラウマと向き合うかだな」

「やれることは、やろうと思います」

 

 そこまでいったところで、トオイはシロナの膝でごろごろと喉を鳴らすブラッキーに目を向ける。触りはしなかったものの、今日はたくさんのポケモン達と遊んだ。今なら触れるのではないかと、トオイはブラッキーに手を伸ばす。気配を感じたブラッキーはトオイに目を向け、じっとトオイの手を待った。

 

 しかし、ブラッキーに触れる直前、かつての光景がトオイの脳裏を過ぎる。心を折られるほどの恐怖がトオイの全身を覆い尽くし、トオイは思わず手を引いてしまう。

 

「っ!はっ、あぁう」

「無理しないで。心意気は立派だけど、無理すると悪化するわ」

「……す、すみ、ません…」

 

 トオイは全身を震わせながら、大量の脂汗を流す。そんなトオイの肩にシロナは優しく手を添えた。無理な克服は心をさらに病ませる。根深く染みついたトラウマを克服するためには、少しずつに前に進むしかない。

 

「……ぼく、もう帰ります。今日はありがとうございました…」

「ええ。ゆっくり休んでね」

 

 トオイは顔面蒼白のまま、歩き始める。カイムはそんなトオイの背中に声をかけた。

 

「トオイ」

「………はい」

「間違ってねーぞ」

「!」

「そんだけ。じゃーな」

 

 カイムはひらひらと手を振る。そのカイムの姿を見て、トオイは小さく頷くと、今度こそ去っていった。

 残された二人は、流れる運河に目を向ける。そしてシロナはカイムに寄り添うと、その肩に頭を乗せた。

 

「汗くせーだろうし、やめとけ」

「大丈夫よ」

「…好きにしろ」

「ええ、好きにする」

 

 暫しの沈黙。その沈黙をシロナが破った。

 

「カイム」

「ん?」

「さっきの間違ってないって、どういう意味?」

「言葉の通りだ。トオイがやろうとしていることは、間違ってないっていっただけ」

「トラウマ克服って意味で?」

「他にねーよ」

 

 トオイは、トラウマを克服するためにブラッキーに触れようとした。結果としては駄目だったが、彼の試みと心意気は決して間違いではない。それを伝えるために、カイムは『間違いではない』とトオイに伝えた。

 

「あいつは、今自分がしていることが間違っているのではないかって不安なんだ。自分はどうせできないって、自分のことを責め続けてる。やりたいことを全部諦めて、心に蓋をしちまってんだ」

「言い切るのね」

「……少し、昔を思い出しただけだ」

 

 トオイがトラウマに苦しむ姿を、かつての己に重ねてしまった。トオイとカイムが苦しみ、諦めた理由は全く違うが、己を責め続けるという意味では、二人は同類だった。元々お人好しの世話焼きの性格だが、そこを己と重ねた結果、カイムはトオイに対して手を差し伸べるようなことを積極的にするようになっていた。

 

「どーにも、放っておけなかった」

「他者の心に寄り添えるのは、貴方の美徳よ。かつての貴方と今のトオイ君は違うけど、似たような心を二人とも持ってる。私という導に出会ったおかげで今の貴方があるのだから、今度は自分が少しでもトオイの導になれれば…とか思っているんでしょ?」

「人の心読むのやめてくれませんかねぇ」

 

 自分が考えていたことをほぼそのまま言い当てられ、カイムはぶすっと表情を歪める。相変わらずのお人好しなカイムが面白くて、シロナはクスクスと笑ってしまう。

 

「なーに笑ってんだ」

「ごめんごめん。なんか可愛くって」

「どこがだよ…ったく」

 

 呆れたように息を吐きながらシロナの肩に腕を回し、抱き寄せる。カイムの心音に安心感を覚えたシロナは嬉しそうに笑うと、カイムの首元に顔を埋めた。シロナの膝にいたブラッキーも二人がそばにいるのが嬉しいのか、くるくると喉を鳴らすとシロナの膝に顔を擦り付ける。

 

 静かに流れる二人の時間の裏で、一つの影がラルースの空を横切っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、シロナとカイム、ショウタとリュウ、リュウの妹達、ヒトミはトオイに連れられて、先日訪れた植物園に足を運んでいた。

 

「ここに、トオイの友人がいるんですか?」

「うん。いつもここで会っているんだ」

 

 トオイは自分のパスポートで植物園の扉を開く。先日と同様、穏やかな気候と僅かに流れる水の音。非常に過ごしやすい空間であった。

 トオイは走って中に入ると、虚空に向けて声を張り上げた。

 

「出てきてよ!ぼくの友達を連れてきたんだ!姿を見せて!」

 

 トオイが声を上げると、先日カイムが見かけた緑色の光が現れる。光はくるくる回りながらトオイの目の前をふわふわと漂った。

 

「これが…君の友達?」

「うん。ぼくが呼ぶといつも出てきてくれるんだ。シロナさんとカイムさんは前に見てますよね」

「ええ。でもあの時は見かけた程度だから、こうして出会えて嬉しいわ」

「ありがとうございます。見て、ぼくの友達なんだ。昨日みんなで遊んだんだよ」

 

 トオイの言葉に反応するように、光は様々な形に姿を変え、楽しそうに動き回る。シロナ達の周囲をくるくると飛び回り、歓迎するように形を変えていった。そして最後にカイムの顔の前で大きく膨れ上がり、おちょくるように動き回った。

 

「ふふ、相変わらずカイムは遊ばれるのね」

「ほっとけ」

 

 ぶすっとした態度に見えるが、そこまで不服でもないらしく、カイムの声色からは好奇心が見て取れる。未知の存在に出会ったため、好奇心が疼くのは学者としての性なのかもしれない。

 

「よし、なら僕の友達も紹介しよう」

「オレも!」

「あたし達も!」

「出てきて!」

「じゃあ、わたしのメタグロスも!」

 

 各々ポケモンをボールから出すと、光はさらに楽しそうにポケモン達の周囲を動き回る。その動きはまるで子供のようであり、なんとも微笑ましいものだった。

 

「へえ、メタグロス」

「はい。わたしの相棒です」

「いいな、よく鍛えられてる」

「メタグロスに興味が?」

「カイムの手持ちにもメタグロスがいるからよ」

「そうなんですか?では、よろしければカイムさんのメタグロスも見せてもらえませんか?」

「ん」

 

 カイムはヒトミの言葉に頷くと、ボールからメタグロスを出した。メタグロスを出すと、カイムの足元にいたブラッキーがメタグロスの足をよじ登り、ちょこんと座る。

 

「ブラッキーにメタグロス!どちらも強そうですね」

「ブラッキーはともかく、メタグロスはまだ発展途上だがな」

「このレベルで?」

 

 現時点でヒトミのメタグロスと同等かそれ以上。だというのに、まだ発展途上だとカイムは言った。現役ジムリーダーの育成力にヒトミは思わず感心してしまう。

 

「次僕とバトルする時は、誰を使ってくれるんですか?僕としては、バシャーモとタイプ相性が五分五分の相手が望ましいんですが」

「今はスペースねえから出さないが、俺もバシャーモ使いだ。そん時は、バシャーモミラーで対決してやる」

「へえ…バシャーモ対決なら、僕も自信があります。次のバトルが楽しみです」

「そうか」

 

 闘志をたぎらせるリュウに対して、カイムは淡々とした態度を崩さない。年の功が大きいカイムの姿を見て、シロナは優しく微笑んだ。

 

「あ、あの」

 

 そんなシロナにトオイは小さく声をかける。

 

「どうしたの?」

「ぼく…シロナさんのポケモンも見てみたいです」

 

 トオイの申し出に、シロナは思わず目を見張る。ポケモンに触らないトオイがまさかこんなことを申し出てくるとは思わなかったからだ。しかし、よくよく考えてみると、トオイは触れないだけでポケモン自体は好きなのだ。そう考えるのも当然かと納得したシロナは、ボールからガブリアスを出す。

 

「す、すごい!ガブリアスだ!」

「この子は、私が旅を始めた時から一緒にいるの。タマゴの時からずっと一緒でね。私の相棒なの」

「わぁあ!」

 

 目を輝かせながらガブリアスを見るトオイの姿にシロナは思わず頬を緩める。トラウマがあるだけで、他は普通の男の子なのだろうとシロナは考えた。そして側にいるトオイと緑色の光に言葉を投げかける。

 

「良ければ、今度私たちのバトルを見ない?触らなくても、きっと楽しめると思うわよ」

「え、いいんですか?」

「もちろんよ!二人とも(・・・・)ね。一緒に見ましょ」

「は、はい!」

 

 トオイは目を輝かせ、光は嬉しそうに飛び回りながら形を変える。このトオイの友人がどんな存在かはわからないが、こちらの言葉を理解していることは間違いない。トオイとセットで『二人』扱いされたことが嬉しかったのか、光はシロナの周囲をくるくる回る。

 

「あらあら、うふふ」

 

 ラティアスのような態度を見せる光に、シロナは優しく笑いかけた。

 

 そしてその瞬間、シロナの感覚が何かを捉える。パッと振り返り空を見上げるが、昨日のようなオーロラはない。なんだろうと考えているうちに、植物園内に警報が鳴り響く。警報を聞いた緑色の光は姿を消してしまった。

 ラルースの情報に明るくないシロナとカイムはこの警報の意味がわからず、思わず首を傾げた。

 

「これは…警報?」

「なんの警報だ?」

「これ…緊急事態の警報?」

「緊急事態?」

 

 想定以上に物々しい言葉が出てきたため、シロナは思わず聞き返す。だがトオイも訓練以外で聞くのは初めてであるらしく、困ったような顔をしていた。

 

『緊急事態が発生しました。市民の皆様は、速やかにラルースから避難してください』

 

 植物園内にアナウンスが響く。どうやら何か大きなことが起こったらしく、避難しなければならない状況にあるらしい。子供達はどことなく狼狽えた様子を見せているが、シロナ、カイム、ヒトミの年長者組は落ち着いて全員に声をかけた。

 

「何があったかはわからないけど、今はこのアナウンスに従いましょう。誰か避難経路はわかる?」

「ここから一番近い大通り。そこから駅方面に向かえる。駅からラルース外に出るための避難用列車が出ているみたいだ。とりあえず、駅に向かうのがいいだろう」

「ありがとう。何にしても、まずはここを出ましょう」

 

 カイムはタブレットで避難経路を映し出す。調べ物の速度は群を抜いて速いカイムの仕事に満足したようにシロナは頷き、全員を外に出るように促した。

 植物園の出入り口に辿り着き、端末にトオイは自身のパスポートを当てる。普段なら反応を示して自動ドアが開くのだが、何度押し当てても動く気配はない。

 

「開かない⁈」

「システムが落ちてるのか。なんかあったのかもな」

「じゃ、じゃあどうすんだよ!出られないじゃんか!」

 

 狼狽えるショウタを他所に、シロナは隣にいるカイムに目を向けた。

 

「カイム」

「へーへー…壊す選択肢は?」

「弁償するならいいわよ」

「じゃ、やめとく」

 

 カイムは指の骨をゴキゴキと鳴らすと自動ドアに手をかけ、全身の力を使って一気に自動ドアを開いた(その際ミシミシと嫌な音を立てていたが、カイムは非常時故に気にしなかった)。

 

「開いたぞ」

「よっしゃー!みんなオレについてこーい!いくぞカメックス!」

 

 カイムが開けた自動ドアからショウタとカメックスが外に走っていく。元気な少年の姿にやや呆れつつも、カイムも外へと足を踏み出した。

 その瞬間、シロナは複数の気配が近づいてくるのを感じる。シロナが空に目を向けると、複数の影がこちらに近づいてきていた。

 

「あれは…⁈」

「…なんかやばそうだ。ショウタ!戻れ!」

「へ?うわぁなんだこいつら!」

「デオ、キシス…」

「は?デオキシス?あいつが?」

 

 舞い降りてきたデオキシスの影がショウタとカメックスを掴もうとする。だがショウタを庇ったカメックスが咄嗟に『ハイドロポンプ』で影を攻撃した。攻撃された影は一瞬で霧散し消えていくが、影は大量に存在している。影はショウタとカメックスを捕らえると、空へ舞い上がった。

 

「ショウタ!」

「うわわわ!なんなのこれー!」

「カイム、戻って!」

「ちっ…」

 

 カイムが自動ドアまで戻ると、大量の影が自動ドア目掛けて押し寄せる。

 

「数は多いが耐久力はない。一箇所から押し寄せてくるなら、対処のしようもある。ブラッキー、あくのはどう」

 

 ブラッキーが放った『あくのはどう』は押し寄せてきた影を一気に貫き、消し去る。

 

「バシャーモ、かえんほうしゃです!」

 

 追撃で攻撃を指示しようとした瞬間、リュウのバシャーモが炎を吐き出して影を消し去った。

 

「へえ、やるじゃん」

「当たり前です」

「んじゃ続けてよろしく。シロナ、避難経路は?」

「避難用の通路があるみたい。今ヒトミさんが開けてくれてるわ」

「そーかい。んじゃ、あと少し踏ん張ればいいな。ブラッキー、バークアウト」

 

 ブラッキーの咆哮が再び影を消し去り、続け様に放たれたリュウのバシャーモの攻撃がなおも増え続ける影の数を減らした。いざという時のフォローのためにシロナはカイムの側で待機したが、シロナの出番が来ることなくヒトミが通路のロックを解除した。

 

「シロナさん!確保できました!」

「了解!二人とも、もういいわよ」

「はい!バシャーモ、頼む」

「あいよ。ブラッキー、乗れ。メタグロス、出口にリフレクター」

 

 カイムはブラッキーを肩に乗せると、木を伝って一気に下まで降りる。メタグロスは出口に『リフレクター』を張ることで影の侵入を阻害し、カイムに続いた。シロナはガブリアス、リュウはバシャーモに捕まって下まで降りると、避難通路を走り抜けた。殿となったカイムは最後にブラッキーの『あくのはどう』で牽制すると、通路の扉を閉じて鍵を閉めた。

 一安心し、カイムは小さく息を吐く。ショウタは捕まってしまったが、他の者は今のところ全員無事であるため、今はそれで良いと納得した。そんなカイムの元へシロナが歩み寄る。

 

「とりあえず、これで大丈夫だ。抜けた先は?」

「影は気づいてないから大丈夫よ。とりあえず、今この状態で下手に動くのは危険だわ。近くにロンド博士のラボがあるらしいから、一旦そこへ避難するみたい」

「そうかい。まずは状況整理せにゃならんしな」

「こういう時、貴方の冷静さはありがたいわね」

 

 シロナですら僅かに動揺してしまうような事態の中、カイムは冷静さを保っていた。冷静なカイムが側にいることで、シロナも落ち着いて状況を判断することができる。

 

「慌てても仕方ねぇ。気持ちはわかるがな。それに、テンパるガキを前にしたら嫌でも冷静にならぁ」

「ふふ、そうね。年長者の私たちがみんなを守らないとね。さ、行きましょ。まずは何が起こっているか知らないと」

「ああ」

 

 シロナに連れられて、カイムも足を進めて皆が待つ避難通路出口へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今、街全体をデオキシスのバリアが覆っています。その影響で街全体のシステムがダウンして、外に出るどころか通信もできない状態です」

「完全に孤立しているってことですね」

 

 街全体をデオキシスのバリアが覆い尽くしている状況となり、その影響で街の首脳となっているシステムがダウン。その結果、街全体が機能を停止しており、外への通信もできない状況に陥っていた。

 

「システムが落ちるのはわかるが、それでなんで電気まで落ちるんすか?」

「街全体の電気供給は首脳システムが行なっているんです。だからシステムが落ちると、電気の供給も止まります」

「…ああ、なるほど」

 

 図らずも、カイムが危惧していた状況になってしまったらしい。まさか自分が体感するとは皮肉な状況である。

 

「しかも面倒なことに、モンスターボールの管理システムまでやられてるわ。戻すことも出すこともできない」

「管理システムもか…さすがに面倒だな」

「今できることはあまり無いと思うの。デオキシスの目的がわからない以上、バリアが解かれるのを待つしかないわ」

「解かれることってあるんですか?」

「高い再生能力を持つデオキシスといえど、あれだけの影とバリアを展開し続けるのは不可能だと思うの。それに、バリアの外ではレックウザがバリアを攻撃し続けている。どれくらいかは想定できないけど、いつかはガタがくるはずよ」

「レックウザ?レックウザもいるんですか?」

 

 リュウの問いかけにユウコは頷く。そもそも街の警報が鳴った理由はレックウザとデオキシスがラルースで戦闘することを予想したためだったとユウコは言った。

 

「あの2体が戦えば、ラルースは壊滅する。そうなったら、人的被害は計り知れないから避難させたのね」

「はい」

「でもレックウザは何故デオキシスを襲うんですか?」

「…レックウザは、星の守護の役割を担うポケモン。デオキシスは宇宙から来たポケモンである以上、縄張りを…この星を侵略しに来たと判断したのかもしれないわ」

 

 レックウザは流星の民の祈りを受けて星を守る存在。それ故に、宇宙から来たデオキシスを侵略者だと判断したのかもしれない。そうでなかったとしても、空はレックウザの縄張り。攻撃するには十分な理由なのかもしれない。

 

「かつてデオキシスは、レックウザに敗れている。高い再生能力を持つデオキシスでも、純粋な力ではレックウザに勝てないと判断したから、ラルースをバリアで覆っているのかも」

「では、デオキシスの目的は?」

「わからない。どうしてここにきたのか…何か理由があるはずなんだけど…」

 

 その瞬間、通気口のダクトのカバーが何かに押されるような音が響いた。全員が一斉に警戒態勢に入り、ダクトを見つめる。

 

「なんだ?」

「も、もしかして…あの影がここまで来たんじゃ…」

「ちょ、怖いこと言わないでよ!」

 

 リュウの妹達が騒ぐ中、カイムは慎重なダクトへと近づいていく。

 

「ブラッキー、影を広げろ」

 

 ブラッキーは波導を広げ、ダクトにいる存在を探る。数瞬間の沈黙の後、ブラッキーはカイムに視線を向けるとぴょんぴょん飛び跳ねてダクトを開けるように促してきた。

 

「ああ、そういうこと」

 

 カイムは何かに納得したようにダクトのカバーを取り外し、中の存在を引っ張り出した。するとそこにはダクトの汚れでドロドロになったプラスルとマイナンの姿があった。さらにその奥には、先日チーズフォンデュをつまみ食いしようとしたゴンベの姿もある。

 

「何してんだお前ら」

 

 プラスルとマイナンは照れたように笑い、ゴンベはマイペースにのそのそと出てきてあくびをしていた。

 

「あの影から逃げてきたんじゃない?影はポケモンも捕縛していたから」

「ああ、そういうことね」

 

 カイムは泥だらけのプラスルとマイナンをウェットティッシュで拭く。汚れが取れた二匹は嬉しそうに笑い、カイムの頭に飛びついた。いつも通りおもちゃになっているカイムだが、二匹の感謝の電撃でカイムは倒れた。シロナは咄嗟にカイムの体を受け止め、地面に倒れることを防ぐ。

 

「大丈夫?」

「だ、だい…大丈夫…じゃ、ない」

 

 命に別状はないが、急な電気ショックで呂律が回らなくなっている。少し休めば問題ないだろう。

 

「お、俺じゃなかったら、し、死んでたかもしれんぞ」

「そのくらいの加減はわかると思うわよ」

「だ、だと…い、いいけど」

 

 論文執筆で固まりがちな体が何故か少し軽くなった気もするが、それはそれとしていきなりの電気ショックはさすがにダメージが勝る。悪気は一切無いのだろうが、やるならやると言ってほしいものだとカイムは内心でため息を吐いた。

 そして当の本人達は、トオイの姿を見てパッと表情を明るくする。そして嬉しそうなトオイに駆け寄っていくが、トオイはポケモンに触れない。驚いたように後退りし、触れられない距離を取った。

 

「うわわわ!待って待って!わかった、わかったからそれ以上近寄らないで!」

 

 二匹に追い回されるトオイの姿に、シロナは苦笑する。あの二匹に悪意はないが、トオイのトラウマを考えると酷だろう。助け舟を出すために、シロナは二匹を優しく抱き上げた。

 

「ほらダメよ。トオイ君、驚いてるじゃない」

 

 そう言われた二匹はいたずらがバレた子供のような困った笑顔を浮かべる。トオイは安心したように息を吐いた。

 

「すみませんシロナさん、ありがとうございます」

「気にしないで」

「……はい」

 

 そこでトオイとリュウの妹達の腹が同時に鳴る。時刻は既に夜。空腹を感じるのも無理はない時刻だった。

 

「さて…ここからの行動を決めないとね。ユウコさん、ここの設備ってどれくらい生活できるものが揃っていますか?」

「ここは水道くらいしか…食糧の備蓄はないです。システムが落ちても予備電源でトイレくらいは動かせますが、飲み水の確保は…」

「そうなると、まず必要なのは水と食糧ね。それに、攫われた人の行方も探らないと。カイム、動ける?」

「ああ、問題ない」

 

 電気ショックの痺れはもう取れたのか、カイムは身体の調子を確かめるようにストレッチしている。問題なく動けると判断したシロナは、さらにヒトミとリュウに目を向けた。

 

「あと動けそうなヒトミさんとリュウ君。申し訳ないけど、手伝ってくれるかしら」

「はい、任せてください」

「勿論ですよ。僕とバシャーモがお手伝いします」

「ありがとう。それじゃあ食糧調達と影の調査…二つの班に分かれましょう。編成は…」

「俺とリュウ、シロナとヒトミの分け方でいいだろ。戦力的にも、ポケモン的にも」

「戦力的?聞き捨てなりませんね」

「いらんところで噛みついてくんな。勝ってから言え」

 

 リュウが若干カイムに噛みついてくるが、そのリュウの言葉をカイムは一蹴する。それに、戦力以外にも理由はある。どちらの目的でも、影から逃げ切るための機動力は必要となる。ポケモンを新たに出すことができるのならどう組んでも問題なかったが、今出しているメンツを考えると、高い機動力を持つのがガブリアスとバシャーモしかいない。そうなると、必然的にシロナとリュウを組ませることはできない。そこに戦力を考えると、こう組むことが最善だとカイムは考え、シロナもその意図を瞬時に汲み取った。

 

「そうね、それがいいと思うわ。じゃあそれぞれ行動に移りましょう。とりあえず最優先は、捕まらないこと。次点で食糧なり調査なりで」

「はいよ。あと…この人数の食い物と水を運んでくるとなると…メタグロス込みでもちと手が足りんな。おいトオイ」

「は、はい!」

「動けるか?」

「……はい、動けます!」

 

 トオイの目には力強い光が宿っていた。ユウコはこの場で外部との通信を引き継ぎ試す役割がある。リュウの妹達では少々力不足であるため、動けるのがトオイしかいないという判断だったが、思いの外トオイの心は強いらしい。

 

「ん、頼む」

「そっちも大丈夫そうね。それじゃあ各々動きましょう。ヒトミさん、よろしくね」

「はい。シロナさんのお力になれるよう頑張ります」

「ユウコさん、妹達をよろしくお願いします」

「ええ…気をつけてね、みんな」

 

 心配そうな表情をするユウコに背を向け、シロナ達は夜の街へかけだしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…わかっちゃいたが、駄目そうだな」

「そうですね…自販機のシステムも首脳システムに連動してますから」

「難儀な設定しやがって」

 

 ホットドッグの自販機に自身のパスポートをかざすが、自販機は一切反応を示さない。予め予想していたとはいえ、面倒だとなとカイムは盛大にため息を吐いた。

 

「分解するのも時間がかかりすぎる。仕方ねえ、コンビニとかから掻っ払ってくるか」

「掻っ払うって…いいんですか?」

「非常時だぜトオイ。この際、しゃーねえ。事態がひと段落したら、その分の代金支払いにいくさ」

「よくわからないところで律儀ですねぇ」

「勝手に持って行ってる事実は変わらんからな」

 

 二人が移動しようとした瞬間、二匹の影が自販機下から這い出してくる。その影は、プラスルとマイナンだった。

 

「あ?何してんだお前ら。ついてきたのか?」

「みたいですね。しかし、君らができることは…」

 

 小柄な二匹では、荷物を運ぶには少々力不足。できることはない、と言おうとした瞬間、プラスルとマイナンは電撃を自販機に向かって放った。すると異常な電力を追加された自販機は再起動し、ホットドッグを吐き出し始める。

 

「うわ、うわわ!すごいよ二人とも!」

「これで食糧は何とかなりそうですね」

 

 二人に褒められてプラスルとマイナンは誇らしげに胸を張る。そんな二匹を尻目にリュウとトオイは袋にホットドッグを詰め込み始めた。カイムも同じように袋にホットドッグを詰め込んでいくが、その表情はどこか固い。

 

(よく考えたら、なんでデオキシスはバリアを展開すると同時に首脳システムを落としたんだ?何かを探しているのはわかるが、別にシステムそのものは探し物に影響はないんじゃ…何か、何か見落としている気がする)

 

 違和感が拭えず固い表情をするカイムにトオイは首を傾げる。

 そして次の瞬間、カイムは違和感の正体に気づいた。

 

(…まさか!)

 

 だが、気づくのが遅すぎた。大量の影がカイム達のことを襲ってきたのだ。

 

「見つかった⁈」

「くそ、もうちょい(・・・・・)なのによ」

「どういう意味です?」

「後で言う。ブラッキー、バークアウト!メタグロス、ラスターカノン!」

「バシャーモ、かえんほうしゃです!」

 

 ブラッキー達の攻撃が影を消し去る。プラスル達も協力してくれているが、圧倒的な数の暴力は凄まじく、瞬く間に増援が到着してきた。そして影のうち一体がプラスル達に背後から迫ってきているのをトオイは見た。

 

「危ない!」

 

 トオイがプラスル達を庇うように影に体当たりしていく。耐久力がないとはいえ、小柄なトオイの体当たりでは大したダメージにならない。そのため影は消えることはなく、プラスル達の代わりにトオイを標的とした。

 

「しまっ…!」

 

 体当たりの反動でうまく体勢が保てないトオイに、影の手が迫り来る。だが今度はプラスルもマイナンが影に向かって体当たりで進路を反らせた。

 

「トオイ!」

 

 カイムが目の前の影を回し蹴りで弾き飛ばし、トオイの元へ走る。だがその瞬間、新たな影がプラスル達の元へ舞い降り、マイナンの体を捉えた。

 

「ああっ!」

 

 トオイは咄嗟に手を伸ばしてマイナンを助け出そうとする。マイナンも手を必死に伸ばしてくるが、手が触れる直前になってトオイは再びトラウマがフラッシュバックした。

 

「っ!」

 

 伸ばしていた手から力が抜ける。触れる直前だった手が届くことはなく、泣き叫びながらマイナンは連れていかれた。そんなマイナンの姿にプラスルは必死に手を伸ばしていたが、届くはずもない。

 

「あ、ああ…」

「トオイ!」

「あ…カイムさん」

「ボケっとすんな!逃げるぞ!」

 

 カイムはプラスルを抱えると、トオイの腕を掴んで走る。そしてメタグロスの頭に乗せると、自分とブラッキーもメタグロスの頭に乗りこんだ。

 

「ブラッキー、広範囲にあくのはどう」

 

 ブラッキーの『あくのはどう』が広範囲に放たれ、影が一時的に数を減らす。その瞬間にメタグロスは浮き上がり、高速で移動を始めた。リュウもバシャーモに担がれ、メタグロスに並走してその場から離脱する。

 移動してすぐ、扉の空いたビルにカイム達は滑り込む。そのまま気配を殺し、影がいなくなるのを静かに待った。数分後、影達はそのまま別の場所へと移動し、ひとまず安全が確保された。

 

「…よし、いなくなったな」

「ふう…危なかったですね。バシャーモ、助かりました。ありがとう」

「間一髪だったが、なんとかなったな」

 

 カイムが顔を上げると、トオイがうずくまりながら小さく震えていた。先ほどマイナンの腕を掴もうとした瞬間、トラウマがフラッシュバックしたこともあるだろうが、自分を庇おうとした結果マイナンが捕まってしまったことを気に病んでいるのだろう。

 

「…リュウ、そのあたりを少し探してみよう。水なり何かしら使えるものがあるかもしれん」

「そうですね。先ほどのホットドッグはいくつか持ってきましたが、まだ少し足りません。探してみましょう」

「ああ」

 

 カイムはリュウに続いて探索に出ようとするが、ビルの端でうずくまり小さく震えるトオイの姿が目に入る。トオイの目の前では、兄弟のマイナンが連れていかれてしまった悲しみで涙を流すプラスル。

 

「ごめんよ、プラスル…マイナンは、ぼくを庇ったから…」

 

 涙を流すプラスルに手を伸ばす。しかし、再びトラウマがフラッシュバックしてしまい、手を引っ込める。自分のせいでプラスルにとって大切なマイナンがつれていかれてしまい、悲しみに暮れるプラスルに何もしてやることができない。そんな自分を、自分の弱さを心から呪った。

 

「ごめんよ…」

 

 無力感が、トオイの心を覆い尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、カイムとリュウは物資を段ボールに詰め、メタグロスに括り付けることで運び出す準備をしていた。

 

「いいんですか?」

「あ?」

「彼ですよ。かなり参ってるみたいですけど」

 

 彼、というのはトオイのことだろう。トラウマによって、自分を庇ってくれたポケモンを助けることができなかった。加えて、それによってプラスルが酷く傷ついている。心優しいトオイには、かなり心にくる出来事だろう。

 

「何を言えと?」

「それはほら…慰めるなり励ますなり…」

「今やっても逆効果だ。あいつのトラウマを理解できない俺が何を言ったところで、その場凌ぎにすらなりゃしねぇよ」

「そういうものですか?」

「そーいうもんだ。持ってる奴が持たざる者に何を言っても、届きゃしねえ。どんなに近づいても、決して届かない。同じ境遇に置かれた奴でないとな」

 

 どんなに近づこうとも、持つ者は持たざる者への言葉は届かない。それは、カイムが身を持って知っている。だからこそ、カイムはトオイへ言葉を紡ぐことをしなかった。決して届かない言葉なら、無い方がいい。そう考えたから。

 

「そうですか。まあ、貴方がそう言うなら、僕から言えることもありませんね。ところで、さっきのはどういう意味です?」

「さっきのって?」

「もう少しって言ってたじゃないですか」

「ああ、あれか。デオキシスがなんで俺らを捕まえているのかがもうちょいでわかりそうなんだ」

「本当ですか?」

「まだ材料が足りんから、予想の域を出ないがな」

 

 カイムが予想したのは、デオキシスが人やポケモンを連れ去る理由についてだった。いくつか予想を立てているが、その予想を決定付けるための材料がまだ足りていない。それ故に、まだ結論を出せずにいた。

 

「それで、どういった理由なんですか?」

「邪魔だからだろ」

「邪魔?」

「ああ。あいつは多分、何か探し物をしている。それに人とポケモンが邪魔なんだろ」

 

 何を探しているのかも予想がつくが、それは敢えて言わない。

 

「このタイミングで影を使って捜索を始めたのは、多分レックウザが来たから。最初はどうしてたか知らんが、レックウザに勘付かれて時間をかけられなくなったからバリア張って、影まで使って探し始めた」

「なるほど…」

「人やポケモンがいたら、探しにくいだろ。多分、デオキシスが影ばら撒いて探し物してたら、絶対に邪魔してくるやつがいる。ならとっ捕まえて一箇所に集めておいた方が楽だ。捜索もしやすくなるしな」

 

 段ボールをメタグロスにくくりつけながらカイムは言う。確かに筋は通っている。だが、肝心な部分についてカイムは言っていない。

 

「何を探しているんですか?」

 

 デオキシスの目的が探し物なら、何を探しているのか。それが大きなポイントになる。それについても何か掴んでいるのではないかと考えたリュウはカイムに問いかけるが、カイムはいつも通りの無表情で淡々と答えるだけだった。

 

「さあ?ただ、一人は寂しいだろ」

「?」

 

 カイムはそれ以上答えることなく、仕事を終えてトオイの元へ歩いていく。その後ろ姿をリュウはよくわからないようなものを見る目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 ラボに戻った時、既にシロナ達もラボに戻っていた。持ち帰った食糧で夕食を済ませると、リュウの妹達は疲れが出たのかすぐに眠ってしまった。その後シロナ達が突き止めた連れ去られた人々の場所を共有する頃には日付を跨いでおり、リュウとトオイ、プラスルとゴンベも眠りについた。

 年長者であるユウコ、シロナ、カイム、ヒトミの四人は、ヒトミが持ち帰ってきた映像を確認した。そこには連れ去られたマイナンがドームの中に収容される姿と、カイム達が最初に食糧を拝借しようとしていたホットドッグの自販機が運ばれる途中で停止して、川の中に投げ捨てられる光景だった。

 

「自販機を捨てた…これは…」

「最後まで運ばずに捨てたってことは、途中で『捕縛対象じゃなくなった』ってことか?」

「ええ、私も同じ考え。では、何を境目に捕縛対象じゃなくなったか。それは停止したことによって、電磁波を発さなくなったからではないかと予想してるわ」

「電磁波?」

「電化製品は、程度に違いはあれど全て電磁波を発している。この影は、自販機が停止したことで電磁波を発さなくなったから捕縛対象から外したんじゃないかしら」

「わたしもそう思います。以前の調査でデオキシスに遭遇した時、壊れて漏電している電化製品を視界に入れた時、デオキシスの動きが止まったんです。多分、デオキシスは光以外にも、電磁波や赤外線といった人が肉眼で見られないものも見られるのではないかとロンド博士は考えました」

 

 そう考えると、デオキシスが街のシステムを停止させたことも辻褄が合う。また、電化製品以外にも人やポケモンも程度に差はあれど、電磁波や赤外線を出す。デオキシスの視界にとって、それらはノイズにしかならない。単純に邪魔、というのもあるだろうが、それ以上に『視界を塞ぐ』という理由があったからこそ、デオキシスはポケモンと人を一箇所に集めていた。

 

「そういった理由か…そうなると、下手に外出られないな。奴ら、思ってた以上に鼻が効く。俺らは結構すぐに見つかったが、シロナ達は大丈夫だったのか?」

「ええ。物陰だとさすがに見えないみたい。気をつければなんとかなるわ」

「そちらは野晒しだった上に、自販機がありましたからね。仕方ないと思います」

 

 シロナ達は木陰などに隠れながらデオキシスが人を集めている場所を探った。運が良かったのもあるだろうが、物陰であれば彼らの視界に捉われにくいということも同時に証明することができたのは、大きな収穫だったと言える。

 

「色々まとまってきたし、ここらで俺らも一度休もうや。明日も動く以上、少しでも体力は回復しておいた方がいい」

「そうですね…少し休んでおきましょう」

「シロナさん達も休んでくださいね」

「ええ、おやすみなさい」

 

 そう言ってユウコとヒトミは備蓄されていた毛布にくるまり、目を閉じた。二人とも疲れていたのか、すぐに静かな寝息を立て始める。

 カイムもやや疲れたように息を吐き、眠るメタグロスの足に寄りかかる。その隣にシロナも腰を下ろした。

 

「さすがにお疲れ?」

「少し。神経張り巡らせながらの逃走はさすがにちと堪える」

「そうね。外だと、警戒心強めないといけなかったし、カイムは子供を二人連れてたものね」

 

 リュウは『子供扱いしないでください』とか言いそうだな、とカイムは呟きながら、目を閉じる。リュウがそう言ってカイムに噛みついてくる姿は容易に想像でき、シロナは小さく笑った。

 

「大人をどのラインからって判断するのは難しいけど、私たちから見たら彼もまだ子供だものね」

「親の庇護下にいる間は、子供扱いされても仕方がない。そういう意味では、俺も大人になりたてだ」

「難しいものよね」

「そういや、デオキシスは波導見ることはできんのか?」

「あ、それ私も気になってたのよ。でも波導のことを知らないユウコさんに聞いてもわからないでしょ?電磁波見えるなら、見えてもおかしくないわよね」

「どうなんだろうな。俺は感じられるがまだうっすらとしか見えんし、なんとも言えん」

「一応体から出る波導はゼロにしてたんだけど…結局物陰から進んだからそれのおかげかはわかんないわね」

 

 仮に波導をそのままにしていたとしても、見つからなかった可能性はある。何しろ波導を垂れ流しにしているヒトミが側にいても見つからなかったのだ。シロナがそのままだったとしてもおかしくはないだろう。

 

「気になるところだが、確かめようはねえな」

「残念ながらね」

「つーかいつの間に波導を消すことなんてできるようになったんだよ」

「最近。ポケモン達と瞑想してる間に身についたわ」

「相変わらずセンスいいことで」

 

 苦々しく言うカイムだが、彼も波導は徐々に見えるようになってきている。シロナほどではないが、それなりの速度で習得はできているらしい。

 シロナは小さく笑うと、カイムの肩に頭を乗せる。シロナも非常時ということで気を張っていた。それ故に普段と比べて体力の消耗は大きい。そんな大きな消耗も、こうして寄り添っているだけで回復していくように感じる。

 

「…公衆の面前では、こういうことしないんじゃなかったのか」

「今はいいの。みんな寝てるしね。それに、こうしていた方が私の体力が回復するの。合理的でしょ?」

「どーだか」

 

 そう言いながらも、カイムもシロナの頭に顔を乗せる。寄りかかり合うような体勢になり、お互いの体温と心音に安心感を覚えた。

 

「…お前といると、本当に退屈しねえよ」

「ふふ、ありがと。私もね、貴方といるととても満たされるの」

「そいつぁ、役得だな」

「おかげで眠くなっちゃうくらいね」

「寝とけ。明日も動くんだ。体力は少しでも回復させるに限る」

「……そうね。カイムも…ちゃんと眠るのよ」

「ああ」

 

 カイムが頷いたことに安心したのか、シロナは目を閉じて小さな寝息を立て始める。そんなシロナの頬を優しく撫で、優しく髪を払った。

 

「おやすみ、シロナ」

 

 それだけ言ってカイムも目を閉じる。カイムの意識は微睡の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

 シロナはふと目を覚ます。時計を見ると、まだ明け方。太陽が登るかどうかくらいの時刻だった。普段ならこの時間に目を覚ますことはないのだが、何故か目が覚めてしまう。やはり緊張しているのかと思いつつ、いつのまにか枕にしていたカイムの膝から起き上がる。何ならカイムの腰に腕を回してがっちりとホールドしていたが、いつもはカイムのことを抱きしめて眠っているため、ある意味普段と変わりはない光景だった。

 シロナが目覚めてすぐ、ブラッキーやアメタマも目を覚ます。ブラッキーはまだぼんやりしているが、アメタマは何かを警告するように動き回りながら声を上げる。その声にカイムを含めた全員が目を覚ました。

 

「アメタマなに〜?どうしたのよ〜」

「……何か感じたのかしら」

 

 シロナは毛布から抜け出すと、周囲を見渡す。特に変化はないが、ブラッキーが警戒するように天井にある通気口に目を向けた。その瞬間、通気口が強く叩かれる。そして通気口の隙間から、影の腕が伸びてきた。

 

「わぁ!」

「見つかったか」

「時間の問題だったし仕方ないわ。ユウコさん、退路の確保をお願いします」

「はい。みんな、こっちへ!」

「カイム、私たちは殿よ。念の為手伝って」

「ああ」

 

 ユウコの先導でリュウとリュウの妹達、ヒトミは地下通路への扉へと急ぐ。シロナとカイムは影達が入ってきても対処できるようにその場に残った。影達の力は想定よりも強く、どんどん通気口を破ろうとしてくるが、群がった影が多すぎるためか中に入ってくる様子はない。

 

「…すぐにぶち破ってきたりはしなさそうだな」

「そうね。これなら逃げる時間はありそうかしら」

「だな」

「二人とも!こちらへ!」

 

 ユウコが退路を確保したらしく、二人を呼ぶ声がする。声を確認した二人はユウコの後を追い、地下通路へと急いだ。

 

 地下通路を抜けた先は、ロンド博士の実験室だった。操作パネルが並ぶコントロールルームの先には、ガラスで囲まれた部屋。部屋の中心には、岩の中に埋もれた緑色の水晶のようなものがある。

 

(あれは…)

「ここは?」

「ここはロンド博士の実験室。ここでロンド博士とわたしは、デオキシスの再生実験を行っていたの」

「デオキシスの…?でも、デオキシスは今僕らを捕らえようとしている個体じゃ…」

「デオキシスは二体いたの。一体はレックウザに敗れ、その核は海の底に…そしてもう一体のデオキシスは再生することなく、隕石と共に残されたの。わたしとロンド博士はその核を回収して、ずっとデオキシスを再生させる実験を行っていた」

 

 最近まで上手く行っていなかったけど、と苦笑しながら言う。

 トオイはユウコの話を聞きながら緑色の水晶に目を向ける。どことかく見覚えのある色の水晶から目を離せなくなっていると、緑色の光が突然水晶から現れ、トオイの元へと飛んできた。

 

「えっ、え⁈」

「あれ、トオイのダチじゃん」

「これは、何?」

 

 ユウコ以外は見たことのある存在だが、ユウコは完全初見。いきなりこのように不可思議な存在に出くわせば、誰だって混乱するだろう。

 

「あ…ぼくの友達です」

「友達?」

「はい。植物園でいつも話していたんです」

「そうなのね…」

 

 どことなく納得しきってはいない様子だが、それをここで追求するつもりはないらしく、ユウコはそれ以上聞いてくることはなかった。

 しかし何故ここで出てきたのかとトオイは考えるが、この光の出所を思い出す。そして一つの結論に辿り着いた。

 

「…キミ、デオキシスのコアから出てきたよね?もしかして…キミもデオキシスなの?」

「これがデオキシス⁈」

「…いや、あり得るわ。ヒトミさん、この光の波長パターンを解析してみてくれないかしら」

「光の波長パターンを?わかりました、すぐに」

 

 シロナの言葉を受けてヒトミは目の前の緑色の光の波長パターンをカメラで解析し、以前データを採取したオーロラの光波パターンとほとんど同じであることが判明した。

 

「これは…前のオーロラとほとんど同じ!」

「やっぱりね。この光は、デオキシスにとって言葉なのよ。この光を発することで彼らは意思疎通をしているんだわ」

「なるほど、言葉か。トオイの言葉に合わせてパターンを変えていたのも頷ける。でもならこいつはなんで仲間の前に姿を現さないんだ?多分、仲間が自分のことを探しにきたことくらいはなんとなく察しているんじゃないか?」

「純粋にエネルギー不足じゃない?肉体が再生できていない状況だもの。広範囲に意識を飛ばせるだけのエネルギーが内包されてるとは思いづらいわ」

「…キミは、デオキシスだったんだね」

 

 シロナ達がデオキシスに対して議論を交わしている間に、トオイは目の前の友人に呟く。ずっと不思議な存在だと思っていたが、まさかあの時のデオキシスの片割れだとは思いもしなかった。

 だが同時に、どこか納得している自分もいることにトオイは驚く。あの植物園でデオキシスを見た瞬間、何故か知っている感覚がしたのだ。姿ではなく、気配にどことなく記憶があった。今までこの光の気配についてそこまで深く意識したことがなかったためここまで気づくことはなかったが、今こうして目の前にいる存在の気配はデオキシスのものと酷似している。

 目の前の光はトオイの言葉に反応して、形を変える。それを見たヒトミはさらに解析を進め、仮説ではあるが、光波パターンによる言葉を一部解析した。

 

「データ不足で予想になりますが、いくつかパターンに対するデオキシス達の言葉がわかりました」

「早いわね、助かるわ。それでどんな言葉を彼らは使っているの?」

「以前のオーロラのパターンは『どこにいる』。そして今目の前で姿を見せているこの子のパターンは『友達』です」

「予測通りか。やはりデオキシスはこの片割れを探していたんだな」

 

 つまり、デオキシスは捜索に邪魔な存在を掃除していたにすぎないということ。やられる側からしたら迷惑なことこの上ないが、理由としては納得できる。 

 

「ユウコさん…デオキシスを再生させることはできないんですか?きっと、あのデオキシスは寂しかっただけなんだ。それに、この子も…きっと仲間に会いたいはずだよ!だから…」

 

 トオイの言葉に、ユウコを顔を曇らせる。ユウコとてデオキシスを再生させたい気持ちはある。研究者としての目的以上に、仲間のもとへ帰してあげたいという気持ちがあったからだ。だがそれはそれとして、現実はそう上手くはいかない。

 

「……デオキシスを再生させるためのレーザーパターンは、ロンド博士の研究で判明している。理論上はデオキシスをこの場で再生させることも可能よ」

「じゃあ!」

「…でも、今の状況じゃダメなの。まず、今はこのラボに電気が通ってない。レーザーを使うためのエネルギーが足りないのよ。それに、普段通りエネルギーが通っていてもエネルギー不足だったの。だからこのまま使ったとしても…デオキシスは再生できない」

 

 デオキシスを再生させるには、特定の光波パターンのレーザーを断続的に照射する必要があることまでは判明している。しかし、そのために必要なエネルギーは莫大であり、このラボで使えるエネルギー全てを集めても足りなかった。それ故に、博士の研究は詰まっていた。

 だが今は状況が違う。そう考えたシロナは解決策を即座に組み立てた。

 

「なら、エネルギーを出すしかないわね。カイム、ここから一番近い発電所はどこ?」

「風力発電所。水力と同じくらいの発電力を持ってるし、上手く使えばここの電力くらいは賄える。だが、通常時にもエネルギー不足だったのなら、さすがに足りないぞ」

「なら十分よ。街の活動を担っていたエネルギーの一部を、ここで全て使えればね」

「そうか!発電されるエネルギー全てをここに集まれば、エネルギー不足を解消できるかもしれません!」

「普段の状況じゃ、まずできないことですね。街の機能を落としてまでエネルギーを使うなんて」

(…似たようなことしてるジムリーダーがシンオウにいたりするんだが…まあいらん情報だな)

 

 ジムの改造で街全体を停電させた男のことを思い出しながら内心で苦笑する。

 非常時だからできることだが、そのためにも色々と準備が必要となる。まずは人手が足りない。そのために、人手を確保せねばならなかった。

 

「でも、この人数じゃ風力発電は動かせませんよ?」

「捕まっている人たちを解放すればいいわ。ただ解放するだけじゃダメだから…囮と解放するのを担う役目が必要ね。カイム」

「へーへー、やりますよ」

 

 この中で一番動けるかつ、電気系統の修理ができる人材はカイムだった。リュウも電気系統の修理は可能だが、囮として走り回る役割はカイムの方が適任だった。

 

「危険な役目だけど、お願いね」

「ああ、問題ない」

「ヒトミさん、みんなが捕まってる場所までのルートを出してもらえるかしら」

「ええ!もうルートは算出済みです!」

「さすがね。あとはドームの電気を充電する役割だけど…これはプラスルしかできないわね。じゃあプラスルと一緒にドームへ行く人だけど…」

「ぼくが行きます!」

 

 名乗り出たトオイの存在に、一同は驚いたように視線を向ける。トオイは僅かに腕を震わせていたが、その目には力強い光が宿っていた。

 

「トオイ君…」

「すみませんヒトミさん…危ないことだってわかってる。でも、マイナンはぼくのせいで捕まってしまった。プラスルと離れ離れにさせてしまったのは…ぼくだ。その責任を取りたいんだ!」

 

 普段のトオイからは考えられないほど力強く、決意に満ちた声。普段のトオイとのギャップに思わずヒトミは言葉を失ってしまうが、その決意が本物であることを感じ取り、頷いた。

 

「…わかったわ。でも、気をつけてね」

「はい!」

「じゃ、プラスルのことよろしく。メタグロス、お前はシロナ達と風力発電所に行け。いいな」

 

 メタグロスが頷いたのを見ると、カイムは頭にへばりついているブラッキーを引っ剥がし、シロナに向き直る。

 

「発電所とは逆方向にいく。5分後、様子見ながら出てくれ。一通り引きつけたら捕まってドーム内部に運ばれるようにすっから。電気系統修理したら…トオイ、お前の出番だ。多分大丈夫だと思うが、気をつけろよ」

「よろしくね、カイム」

「はい!」

 

 カイムは頷くと、ブラッキーを小脇に抱えながらラボから出て行った。残された者たちは、この後の動きについて詳細に詰めていくために話し合いを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて…まずは注目集めないとな」

 

 カイムはそう呟くと、ドームから直線上にある大通りの真ん中に立つ。これだけで見つかるかはわからないため、腕の中ですりすりと甘えるブラッキーに指示を出そうと視線を向けた。

 

「ブラッキー、空にむけてバークアウト」

 

 ごろごろと喉を鳴らしながらすりすりを続けるブラッキー。

 

「ブラッキー、バークアウト」

 

 ごろごろ、すりすり。

 

「ブラッキー」

 

 ごろごろ。

 

「…………………」

 

 すりすり。

 

「いつまで甘えてんだこの野郎ぉ!!!」

 

 甘えることをやめないブラッキーに、カイムの『バークアウト』が発せられるが、ブラッキーはものともしない。こいつの特性、実は防音なの?と思い始めたところで、デオキシスの視線がカイムを捉えた。次の瞬間、無数の影がカイム達に向けて迫り来る。

 

「これで見つかるのかよ。思ってたより感覚鋭いな。まあいい、ブラッキー降りろ」

 

 ブラッキーを床に下ろすと、ブラッキーはぷくーっと頬を膨らませてくる。まだ甘え足りないとでも言いたいような顔だが、今はそんなこと言っていられない。

 

「あとで好きなだけ甘えさせてやる。今は走るぞ」

 

 カイムの言葉にぴんと耳を伸ばしたブラッキーは走り始める。現金なやつ、と苦笑しながらカイムも走り始めた。風力発電所のある場所から逆方向に向けて走っていき、できるだけ影を引きつける。

 

「バークアウト」

 

 走りながらブラッキーの咆哮が影を消し去る。数は多いが耐久力のない影は『バークアウト』がかする程度で消えていく。

 

「よっ」

 

 歩道橋から飛び降り、転がるように受け身を取り、勢いを利用して走り続ける。全力で走らなくてもいいくらいの速度で追ってきているが、全体的に影の速度が遅くなり始めているのをカイムは感じ取った。

 

(エネルギーが枯渇してきたか?動きが鈍い気ぃすんな)

 

 そう考えると同時に、バリアの外に緑色の影が飛んでいることを見つける。その影は、かつて空の柱で見たレックウザだった。

 

「は?レックウザ?なんで…」

 

 考えようとしたが、今は考えている余裕はない。とにかく走り、影を引きつけていく。

 

 しばらく走ったところで、カイムは足を止める。息を切らしているが、まだ走る余裕はある。だが指定された時間以上は稼いだため、ここで十分だと判断した。

 

「ブラッキー、おいで」

 

 ブラッキーは呼ばれると、カイムの腕に飛び込み、再びすりすりと甘え始めた。そんなカイム達の周辺を影は覆い尽くす。そしてその体を捉えると、ドームへと連れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トオイはプラスルと共にドームに向けて走っていた。プラスルの先導に従い、カイムが待っているであろうドームまで走る。

 

「はぁ、はぁ…っくぅ、はぁ!」

 

 そんなに鍛えているタイプではないトオイにとって、この全力疾走はかなり堪える。心臓は張り裂けそうなほど早鐘を打ち、酸素が足りずに呼吸が苦しい。だがそれでも、トオイは足を止めることはしない。自分がやると決めたことから逃げてしまっては、自分で自分のことを許すことができなくなってしまう。それだけは、それだけは嫌だった。

 

(ぼくができることは、ほとんどない…でも、その中でもぼくに任せてやらせてくれたみんなのためにも…ぼくは、ここで止まっちゃいけないんだ!)

 

 走る。例え喉から血が出ようとも、決して足を止めることはしない。プラスルの大切なマイナンを助けるために。

 しばらく走り、ドームへと辿り着く。息も絶え絶えになりながらも、辿り着くことができた。

 

「はぁ、はぁ…カ、カイムさん!」

「トオイ、来たか」

 

 トオイの声を聞いたカイムが隙間から顔を出す。作戦通りに事が進んでいることにほっとするが、ここからプラスル達の仕事が始まる。

 

「電気系統の修繕は終わってる。電力のチャージが必要だから、プラスルに俺の真下にあるリフトを電気で攻撃させてくれ」

「は、はい!じゃあプラスル、頼むよ!」

 

 プラスルは頷くと、リフトに向けて電撃を放つ。本来、プラスルの電撃だけでは若干エネルギー不足だが、同時に捕まっていたマイナンも電撃を放つ事でエネルギーは十分充填された。エネルギーが溜まったことでリフトが再起動した音をトオイは聞き取り、プラスルに電気を止めるように言う。

 

「プラスル、もう大丈夫みたい」

 

 プラスルか電撃を止めると、僅かに振動したリフトがゆっくりと降りてくる。捕まっていたショウタがそこに飛び乗り、いち早く外へと着地した。

 

「よーっしゃ!外に出られたぜ!サンキュートオイ!助かったぜ」

「ぼくは何も。プラスルが頑張ってくれたんだ」

「何にしても助かったぜほんと。ありがとよ!」

 

 背中を叩かれたトオイは頷く。そしてリフトの方に視線を向けると、ブラッキーとマイナンを抱えたカイムが、縄梯子を使わずジャンプして降りてきたところだった。そこそこの高さのはずだが、まるで気にしないような着地にカイムの身体能力の高さがわかる。

 

「お疲れ」

「カイムさんも」

「ん。ほれ、いけ」

 

 カイムは無愛想にマイナンを下ろす。下ろされたマイナンはプラスルの元へ駆け寄っていき、尻尾を合わせて電気を流し合うことで再会を喜んだ。

 

「心配してたろ」

「えっ?」

「あの二匹のこと。ずーっと気にしてたろ」

「…はい。ぼくのせいで離れ離れになってしまったので。結局、ぼく自身ができたことはほとんどないですけど…」

「無事再会できたのはお前のおかげでもある。素直に喜んでいいだろ」

「ありがとうございます」

 

 再会を喜ぶ二匹に優しい視線を向けながらトオイは頷く。できたことは、多分小さい。しかし、この小さな一歩を踏み出せたことが、今はなによりも誇らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイムが捕まっていた人々を解放してから少し時間が経った頃、シロナ達は風力発電施設に訪れていた。風車の中を登り、頂点にある羽の支点部分にロープを巻きつけていく。それだけでかなりの重労働になるが、ガブリアスの協力のおかげでどうにか作業を終わらせられた。

 

「シロナさん!こちらの作業も終わりました!」

「ありがとうリュウ君!ロープをおろしたら貴方も降りて!」

「はい!」

 

 風車の支点に巻きつけたロープを下ろし、リュウはバシャーモに抱えられて地面に降りる。それを確認したシロナも同様に、ガブリアスに抱えられて地面に着地した。

 

「さて…あとは」

 

 捕まった人たちがこちらに無事到着するのを待つのみ…というところで、異変を感じる。あれほど無数にいた影の存在が全く見えなくなっているのだ。それどころか、遠くで爆発音が聞こえてくる。何事かと見ていると、遠くでデオキシスとレックウザが戦闘を繰り広げていた。

 

(あれはレックウザ…?バリアはまだある…突き破ってきたの?レックウザの力ならあり得るけど…あの方角はカイムが影を引きつけていた方角。作戦通りならもうドームの修繕が終わっている頃だけど…カイムは大丈夫かしら)

 

 デオキシスのバリアが展開されているせいで、スマートフォンのような通信機器が使えない。今カイムの状況を把握する方法がない以上、信じて待つことしかシロナにはできない。

 僅かに不安を感じた矢先、遠くから沢山の人やポケモンが走ってくるのが見える。その中に捕まっていたショウタの姿を見て、シロナはカイムが無事に囚われていた人を解放することができたのだと直感した。

 

「シロナさーーーん!」

 

 両手を広げてシロナに向かって一直線に走ってくるショウタの前に、ガブリアスが立ち塞がる。そのままガブリアスに直撃したショウタは、ガブリアスの強靭な体幹に勝てるはずもなく力なく地面に倒れた。

 

「ショウタ!良かった、無事でしたか」

「いちち…おおリュウ。そっちも無事だったか」

「なんとかですけどね」

「カイムさんがなんとかしてくれた。あの人すげえな」

 

 服についた泥を払いながらショウタは立ち上がる。やはりショウタ達はカイムの尽力で解放されたらしい。だが、到着した人々の中にカイムとトオイの影がない。そのことを疑問に思ったシロナはショウタに問いかける。

 

「ショウタ君、カイムとトオイ君は?」

「あの二人はラボに戻りました。シロナさんに聞かれたらそう言ってくれって」

「ラボに戻ったのね。わかったわ、ありがとう。ヒトミさん」

「はい」

「私もラボに戻るわ。ここの指揮をお願い」

「了解しました!」

「メタグロス、貴方はここで風力発電の手伝いをお願い。壊さなければ、どんな方法で動かしても構わないわ」

 

 シロナの言葉にカイムのメタグロスは頷く。それを確認したシロナは、ガブリアスに乗って再びラボへと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

「ユウコさん!」

「シロナさん!無事でしたか」

 

 シロナがラボに戻ると、ユウコが実験装置のセッティングをしており、カイムが何やら配電盤を弄っていた。トオイは緑色のデオキシスの核を見つめており、その足元にはプラスルとマイナンがいる。これからまさに実験が始まろうとしているのだとシロナは感じとった。

 

「装置はどうですか?」

「セッティングはほぼ完了しました。あとは発電された電気が全部ここにくるようになれば…」

「できたぞ。システムダウンしててセキュリティが死んでるのが功を奏した。普段ならこうはいかん」

 

 配電盤を弄っていたカイムは、発電された電気が全部このラボに来るような細工していたところだったらしい。考古学専攻なのに、ダツラやマサキのおかげ(せい)でこういった別分野でも仕事ができるカイムは、この場においてなくてはならない存在だった。

 

「じゃああとは…」

「電源を入れ、レーザーの出力を最大にすれば…デオキシスは…復活します」

「じゃあトオイ君。君がスイッチを入れるのよ」

「えっ⁈ぼ、ぼくですか⁈」

「そりゃそうだ。こいつはお前の友達なんだろ?散々話聞いてもらったんだろ?今度は、お前が助けてやれ」

「そうよトオイ君。君の友達を、助けてあげましょう」

 

 シロナ達の言葉に迷いながらトオイはデオキシスの核に視線を向ける。ポケモンが触れないせいで友達がいなかったトオイにとって、唯一の友人と言える存在。たくさん助けてもらった恩をここで返す。その言葉がトオイの心を決めた。

 

「…はい!今度は、ぼくが助けます!」

 

 ユウコは頷くと、装置の電源を指差す。トオイはそれに従い、装置の電源を入れた。そして隣のレーザー発生器の出力レバーを握ると、一気に最大まで出力を上げた。照射されたレーザーが水晶に当てられ、水晶が光り輝く。輝きはさらに増していき、部屋全体が眩い光に満たされていくが、突如レーザーが途切れ途切れになってしまう。何事かとユウコがモニターを確認するが、電力は足りている。

 

「…これは…出力がオーバーフローしてる?」

「出力を下げるのは駄目なのですか?」

「出力を下げると、そもそも再生できないんです。一定以上の出力を出し続ける必要があるんです」

「電力の問題じゃないとなると…このラボの設備の問題になる。今からどうにかできるのか?」

「……レーザー装置を、改造します」

「今から?間に合うんですか?」

「間に合わせます。カイムさん、シロナさん、トオイ君…手伝ってください!」

「ああ。専門的なことじゃないならできる」

「私も、できることがあれば」

「ぼくも!」

 

 使える時間はごく僅か。だがこの状況でもトラウマを抱えながらもトオイは一歩を踏み出した。そんな素晴らしい勇気を見せつけられたのに、大人の自分がどうして物怖じできようか。そんな決意を持ってユウコはやるべきことを瞬時に頭の中で整理し、指示を出す。

 

「トオイ君、隣の倉庫からレーザー発生器の予備パーツを持ってきて。シロナさんは工具の準備、カイムさんはレーザー発生器の配線改造のヘルプをお願いします!」

「は、はい!」

「わかったわ」

「へいよ」

 

 全員が即座に動き出し、装置の改造を始める。ユウコとカイムは素早く手を動かしていき、シロナとトオイは二人が要求してくるものを即座に用意し、二人のサポートに回る。全員一切の無駄なく動くことで、本来であれば20分以上を要したはずの作業が5分程度で終了した。

 

「これで駄目なら、打てる手はありません」

「なんとかなるでしょうよ。ならないなら、そん時です」

「ええ。さあトオイ君、もう一度スイッチを」

「はい!」

 

 再びトオイは装置の電源を入れ、レーザーの出力を最大にする。出力が先程よりもさらに上昇したレーザーが水晶に照射され、再び眩い光が部屋全体を満たす。光はさらに増幅していき、そして臨界点を突破した。

 

「これは…!」

 

 光の中に、人影が形成される。人影の正体が再生されたデオキシスであることを、この場にいる誰もが直感した。

 

「デオキシス…!君なんだね!」

 

 トオイの言葉に反応するように、デオキシスは光を発する。緑色の光はトオイがかつて友と呼んでいたものと同じ形をしており、今も昔も変わらずトオイの友達であることを伝えているようだった。

 

「いこう、デオキシス。君の友達のところへ!」

 

 デオキシスは頷くと、トオイに攻撃力のない『サイコキネシス』をかける。そしてトオイと共に仲間がいる外へと飛び去っていった。

 

「良かったぁ…」

「お疲れ様です、ユウコさん」

「いえ…二人ともありがとうございました。おかげでなんとかなりました…」

「ユウコさんいなきゃそもそも詰んでた。一番の功労者はユウコさんっすよ」

「だとしても、わたしだけじゃとてもこんな短時間でやれませんでしたよ。本当に助かりました」

 

 疲れたように笑うユウコにシロナは優しく微笑んで頷き、カイムは肩をすくめた。

 ユウコはそのままモニターを操作して外の様子を映し出す。モニターには、デオキシスによって外に連れ出されたトオイと、未だに戦うレックウザとデオキシスの姿があった。

 

「まだドンパチしてんのかよ」

「デオキシスは仲間の捜索が目的だけど、レックウザはデオキシスの排除が目的。デオキシスが戦闘不能になるまで、争い続けるわ」

「…一応、行った方が良さそうだな。デオキシスが守るとは思うが、あそこに行ったトオイがちと危険だ」

「そうね。ユウコさん、私たちは念の為トオイ君の元へ向かいます。レックウザ達を止めることはできないと思うけど…せめて彼の安全だけでも確保しないと」

「はい、よろしくお願いします」

「ええ。さあカイム、行くわよ」

「ああ」

 

 デオキシスのバリアが解除されたことで、風力発電と水力発電装置が動き始めていた。電気が復旧したことで街の管理システムが再起動し始めており、モンスターボールの制御システムも再稼働を始めた。これにより、ボールからポケモンの出し入れが可能になった。

 

「トゲキッス、お願い」

「ムクホーク、行くぞ」

 

 シロナとカイムはそれぞれポケモンに乗って外へと飛び出す。外では相変わらずレックウザとデオキシスが戦闘を繰り広げており、遠くから戦闘音が聞こえる。

 

「トオイは?」

「バトルタワー前の大通りのビル屋上よ」

「OK、行こう」

 

 二人はトオイの元へと一直線に飛んでいく。

 その間に紫のデオキシスはレックウザを一時的に行動不能に追いやっていた。瓦礫がレックウザの体を覆っているせいで、レックウザはうまく動けない。そこにデオキシスが『サイコブースト』のエネルギーをぶつけようとフォルムチェンジし、エネルギーを放った。

 だがその瞬間、緑のデオキシスがレックウザを庇う。ディフェンスフォルムで防壁を展開した緑のデオキシスが、紫のデオキシスの力を弾いた。突然のことで紫のデオキシスは驚愕し動きを止めるが、探していた緑のデオキシスの存在を認めると紫色のオーロラのような光を出して緑のデオキシスを光で包む。緑のデオキシスもそれに応じるように光を放ち、二つの光が街全体を大きく照らした。この光が再会を喜ぶ二匹の心なのだと、間近で見ていたトオイは思わず頬を綻ばせる。

 しかし、それを遮るようにレックウザの攻撃が二匹に向けて放たれた。放たれた攻撃をデオキシス達はフォルムチェンジすることで防ぐが、怒り狂ったレックウザがデオキシス達にさらに攻撃してくる。その余波がトオイを襲いそうになるが、トオイの前にカイムが立ち塞がった。まだ半覚醒だが、全身を波導で強化し、肉体の強度を上げる。おかげでカイムの体は擦り傷程度の軽度なもので済んだ。

 

「カイムさん!」

「トオイ、無事か」

「は、はい!大丈夫です」

「ならいい。ここは危険だ、一度離れる」

 

 ちょっと失礼、と言いながらカイムはトオイの体を抱える。そしてそのままビルから走って飛び降りた。

 

「ええええ⁈」

 

 突然のことでトオイは声を上げるが、カイムが空に向けて伸ばした手をムクホークが掴む。そのまま滑空することで緩やかに高度を落とし、地面に着地した。

 

「びっくりしたぁ…」

「時間がなかったんでな。手荒ですまない」

「もう少しトオイ君に配慮した降り方があったんじゃないの?」

 

 トゲキッスに乗ったシロナがカイムにそう言う。時間がなかったとはいえ、もう少しどうにかならなかったのかとシロナが非難の目を向けるが、カイムは肩を竦めるだけだった。

 

「あれが一番早い」

「だとしてもよ。ムクホークがいるとはいえ、失敗したら二人ともどうなるかわかってるの?」

「俺のムクホークは優秀なんでね」

「そういうことじゃないの。もう…ごめんねトオイ君、大丈夫だった?」

「あ、はい。ぼくはなんとも…」

 

 突然の行動に驚きはしたものの、少しだけ面白かったと思っていたことは口にしなかった。

 トオイが顔を上げると、デオキシスとレックウザがなおも争い合っている。ただデオキシスは互いの目的を既に果たしているため、レックウザから逃げ切ればそれでいい。それ故か、デオキシスに攻撃する素振りはあまりない。尤も、最低限反撃はしているため、それに応じて街がどんどん破壊されている。そこに加えて怒り狂ったレックウザの攻撃がさらに街を破壊していき、近未来感溢れる街は見るも無惨な姿に変えられていた。

 

「さて…あとはあいつらどうにかせにゃならんがどうする」

「あの戦いに割って入るのは厳しいわ。どうにかレックウザの怒りを鎮められればいいんだけど…」

「でも、あれだけ怒ってるレックウザを鎮めるなんてどうすれば…」

 

 いくらシロナといえど、伝説のポケモンを相手にすることは困難。以前は力がまだ戻りきっていなかったことと、シロナと同等の実力を持つダイゴと覚醒したユウキがいたからどうにか退けられた。しかし今のレックウザは力を取り戻しており、しかも怒り狂っている。カイムも戦力には数えられるが、レックウザを相手するにはさすがに力不足だろう。

 どうするか考え始めた瞬間、三人の横をブロックロボが通り過ぎる。風力発電が再起動したことにより、ブロックロボも再起動した。そしてブロックロボは街を破壊し続けるレックウザとデオキシス達を排除しに動き始めた。

 

『キケン!キケン!ハイジョシマス!』

「ブロックロボ…?」

 

 ブロックロボは複数のブロックユニットを引き連れてレックウザ達に向かっていく。ブロックロボがどのような力を持つのかはわからないが、伝説のポケモンであるレックウザをどうこうできるとシロナはとても思えなかった。

 

 レックウザ達はなおも争い続けていた。あまり攻撃の意思のなかったデオキシス達だが、あまりにもしつこいレックウザに痺れを切らしてレックウザを攻撃し始めていた。二体のデオキシスは腕をレックウザに巻き付けて空へと持ち上げていく。その勢いを利用してバトルタワーの上部に叩きつけるが、レックウザの反撃の攻撃がデオキシスを振り解く。そしてその攻撃の余波が、バトルタワーにあるメインコンピュータの冷却システムを破壊した。そのままレックウザ達は外へ出ていき、再び争い始める。緑のデオキシスがレックウザの攻撃を弾き、紫のデオキシスが『サイコブースト』を放ち、レックウザを攻撃した。攻撃の余波が街のスロープやエスカレーターを破壊し、電磁波が周囲に撒き散らされる。レックウザ達を排除しようとしていたブロックロボに電磁波が当たってしまい、システムに異常が発生した。

 

『キケン!ハイジョシマス!キ…ン!ハイ…ョシマス!キ嚴、裴じょシ藦棄。危嚴、ハイ除嶋ス』

 

 ブロックロボのチーフロボが電磁波を受けた影響でシステムに異常が発生。加えてメインコンピュータの冷却システムが損傷したことで、ブロックロボが暴走を始めた。

 

「おい、どうなってんだこれ!」

「早く高台へ!」

 

 ブロックロボの暴走により、街全体に配備されているブロックだけでなく予備として補完されているブロックまでも押し寄せてくる。津波のように街全体を飲み込みながら、いまだに争うレックウザ達に向かっていった。そしてレックウザをバトルタワーに叩きつけた瞬間、ブロック達がレックウザを飲み込みかかる。

 このまま飲み込まれてしまえは、きっとレックウザは追って来られない。しかし、同時にレックウザには甚大なダメージが入り、最悪の場合は死に至る可能性すらある。デオキシス達の本来の目的を考えれば、ここで飛び去ってしまうのが最も合理的だろう。だが、緑のデオキシスはそれを良しとしなかった。緑のデオキシスがディフェンスフォルムにフォルムチェンジすると、強固なバリアでレックウザを守る。それを見た紫のデオキシスもレックウザを守るようにバリアを展開した。レックウザには手を焼かされたが、決して死んでほしいわけではい。そんなデオキシスの思いが、レックウザを守る行動に移らせた。

 

「デオキシスが…レックウザを守ってる」

「デオキシス…」

「これで仲直りしてくれりゃいいが…それ以上にこの状況どうすんだ」

 

 レックウザ達は動きを止めたが、それ以上の脅威が街を覆っている。暴走したシステムによる過剰防衛が街を崩壊させかけていた。

 

「どうすれば…」

「トオイ!」

「っ⁈」

 

 突如、ブロックの飛沫がトオイ目掛けて飛び散ってくる。咄嗟に体を守ろうとするが、ブロックの方が早い。衝撃を覚悟した瞬間、飛沫は二つの電撃によって弾かれた。

 

「プラスル!マイナンも!」

 

 プラスルとマイナンがトオイのことを守った。二匹のおかけでトオイは怪我することはなかったが、そうしている間にもブロックの水位はどんどん上がっていく。シロナ達が今いる場所も、このペースではあと数分保つかどうか。しかしシロナ達には打てる手がない。このままでは街が崩壊してしまう、と考えたところで、トオイの持つスマートフォンが振動した。

 

『トオイ!無事か⁈』

「と、父さん!」

『良かった、無事なんだな!』

「うん、ぼくは大丈夫だよ。シロナさんとカイムさんが助けてくれたんだ」

『そうだったか。二人が側にいることもこちらは把握している。トオイ、スピーカーにしてくれないか。二人にも、この街を救う手伝いをしてもらいたい』

 

 ロンド博士の指示通り、トオイはスマートフォンのスピーカーを起動した。

 

『シロナさん、カイムさん。聞こえていますか?』

「はい、聞こえてますロンド博士」

『ありがとうございます。まず、今の状況についてですが…ブロックロボの防衛システムが過剰反応し、完全に暴走している状況です。ブロックロボを止めなければ、ラルースは完全に破壊されてしまうでしょう』

「私たちは何をすれば?」

『お二人とトオイには、チーフロボの停止をお願いしたいです。今三人の近くにはチーフロボがいるはずです。確認できますか?』

 

 暴走前から見ていたため、シロナ達はすぐにチーフロボの存在を確認する。鉄塔付近で赤く光りながら浮遊していた。

 

「場所は把握しました」

『今、我々は外部からシステムに干渉していますが、暴走状態にあってロックされてしまっています。そのため、こちらからのアクションは全て弾かれてしまう。恐らく、レックウザ達の戦いでメインコンピュータの冷却システムが破損して、熱暴走しているのだと思う』

「熱暴走…そうなると、強制シャットダウンも危険か」

『そうなる。だから、まずはチーフロボの干渉をロックしているシステムだけをなんとか落としてほしい。まだ熱暴走を始めてからそう時間は経っていない。タスクマネージャーからシャットダウンできるはずだ』

「…わかりました。そいつは俺がやります」

「カイム…」

「できんの俺しかいねぇだろ。システム系の知識はこの中だと俺が一番ある」

 

 この中でシステムに一番詳しいのはカイム。しかもメインコンピュータはバトルタワーの上部。ムクホークによる機動力のあるカイムか、トゲキッスによる機動力のあるシロナなら、カイムが適任だろう。

 

『チーフロボのロックが解除されれば、直接のアプローチが可能になる。トオイやシロナさんが持つパスポートを当てれば、パスポート認証のために瞬間的に全てのロックが解除される。その瞬間、こちらで完全な緊急停止させられるはずだ』

「つまり、私とトオイ君でチーフロボにアプローチすればいいんですね」

『その通りだ。難しい役目だと思うが…今この街を救えるのは三人だけです。頼みます』

「うん…ぼくやるよ父さん!ぼくたちで、街を救う!」

『トオイ…無茶だけは…』

「無茶しなきゃ街は救えないんでしょ?なら、無茶してでもやる!」

「よく言った…と言いたいが、無謀なことはすんなよ。普通に命に関わることだからな。ま、そっちはシロナがいる。なんとかなるだろ」

 

 決意を固めたトオイの頭をぐしゃぐしゃとしながらカイムは呟く。そしてムクホークの側に歩いていくと、シロナとトオイの方を向いて言った。

 

「そっち、頼んだ」

「ええ。そちらも頼むわね」

「ああ」

 

 カイムはそれだけ言ってムクホークに乗って空へと飛び立つ。ムクホークの速度ならバトルタワーにあるメインコンピュータには数分でたどり着くだろう。ならばシロナも、やるべきことをやろうとチーフロボに目を向ける。

 

「……ブロックが多いわね」

 

 流れているブロック以外にも、空中を漂うブロックの数が多い。トゲキッスに乗ってチーフロボに近づこうと考えていたが、これほど多いとトゲキッスの飛行では厳しい。

 

「トゲキッスの飛行じゃ厳しいわ。なんとかそれ以外で近づかないと」

「…あ!シロナさん!あれ!」

 

 トオイが指差した先には、停止したホットドッグの自販機が流れていた。距離もシロナ達がジャンプすれば届く程度。うまく重心移動すれば、チーフロボ側の鉄塔まていけるだろうと考えたシロナは、すぐに行動に移した。

 

「トオイ君、あれに飛び乗るわよ!」

「はい!」

 

 シロナはトゲキッスをボールに戻すと、トオイ、プラスル、マイナンと共に自販機へと飛び乗った。自販機は案外安定しており、うまく重心を移動させることで鉄塔付近まで移動させることができたが、シロナの腕が届く距離まで近寄ることはできなかった。

 

「届かない…!」

「そんな…」

 

 無理やりジャンプして届く距離でもない。だが鉄塔に届かなければ、チーフロボへのアクセスができない。どうするか、と考えた瞬間、自販機の下からゴンベが姿を見せる。

 

「えっ⁈」

「ご、ゴンベ⁈どうしてそこに⁈」

 

 驚きに声を上げるシロナ達を他所に、ゴンベはホットドッグを貪る。そしてそのままブロックの波の中に沈んでいったが、次の瞬間、ブロックの波の中からカビゴンに進化した姿で再びシロナ達の前に現れた。

 

「カビゴンに…進化したの?」

 

 カビゴンの体はブロックの波に浮いている。いつまでこのままかはわからないが、図らずさもカビゴンの体が鉄塔への架け橋となっていたことをシロナは見逃さなかった。

 

「ごめんなさいカビゴン!」

 

 シロナは自販機から飛ぶと、カビゴンの体を足場にして鉄塔にたどり着く。トオイ達はそのまま流されていくが、自販機がシロナのたどり着いた鉄塔の隣の鉄塔に引っかかり、その場に留まっている。トオイ達が無事であることを確認したシロナは、鉄塔を登りチーフロボのいる高度までたどり着いた。

 だが、チーフロボまではまだ少し距離がある。シロナの身体能力でも、ジャンプするだけではとても届かない。それを瞬時に悟ったシロナは、ボールからガブリアスを出した。

 

「ガブリアス、私を抱えてあのロボのところまで行って!」

 

 ガブリアスは頷くと、シロナを背中に乗せる。シロナがガブリアスの背鰭を掴んだことを確認すると、空中を漂うブロックを足場にして、チーフロボへと近づいていった。時折バランスを崩しそうになるものの、卓越した身体能力を持つガブリアスはすぐにチーフロボへとたどり着くことができた。うまいこと爪を引っ掛けることで、チーフロボから振り落とされないようにしている。

 しかし、今の状況でパスポートを当てても、ロックがかかっているため反応しない。カイムが直接干渉を阻害しているシステムを落とすまで、シロナはどうすることもできない。

 

「カイム…お願い、早く…!」

 

 カイムの無事を祈りながら、シロナは焦るような言葉を口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 カイムはムクホークに乗って、メインコンピュータのあるフロアまで上昇していた。バトルタワーのコンピュータフロア周辺をムクホークに乗って旋回していると、レックウザ達の争いで空いた穴を見つける。

 

「…ムクホーク、俺をあの穴に落とせ」

 

 カイムの提案にムクホークは僅かに躊躇う。空いた穴は鋭利なガラスが飛び出している。着地場所を誤れば、カイムが大怪我を負うことは免れない。だが、迷っている暇がないこともムクホークは理解していたため、穴の側でムクホークは滞留する。それを確認したカイムは穴に飛び込んだ。

 

「っ…とお」

 

 それなりに高さはあったが、カイムはうまく着地した。着地の際に散らばったガラスで僅かに手を切るが、痛みに怯むことなくメインコンピュータの操作端末へと走る。冷却システムが停止したが、電気が供給されたことで作動を始めたメインコンピュータは熱を発していた。まだ起動してからそこまで時間は経っていないものの、街全体を管理するシステムを積んだコンピュータである以上、発する熱は多い。僅かな時間でも室内の温度は上がっていた。これ以上熱暴走が進むと、こちらからのアクションが全て弾かれることが予想される。

 

「思ったよりやばいかもな。さっさとやらねぇと」

 

 ロンド博士から聞いたパスワードで端末のロックを解除し、タッチパネルを操作していく。いくつかウィンドウが開いており、システムにエラーが発生しているのがわかる。

 

(このウィンドウは違う。関係ないエラーウィンドウは放置でいい。チーフロボのロックシステムは………これか)

 

 目的のシステムであるウィンドウを見つけたカイムは、停止させるように操作を進めていく。だが操作を進めていく中で、何度か別のシステムに弾かれるというトラブルがあり、なかなかうまく進められない。刻一刻と過ぎていく時間に焦りが募り始めるが、ここは焦って進めてはならないと己を律することで迅速に対処していく。

 あとはシステムに停止命令を出すだけ、となった瞬間、ブロックロボがバトルタワーを飲み込んでいき、カイムのいるフロアに雪崩れ込んできた。

 

「マジかよ」

 

 流れ込むブロックは一瞬にしてカイムの足を覆い尽くす。まずい、と考えた瞬間、カイムはシステムの停止を実行した。ウィンドウにロック解除が表示された瞬間、カイムの腰までブロックが覆った。抜け出すことは不可能と瞬時に察したカイムはボールに手を伸ばすが、カイムがボールを取る前にボールからブラッキーが現れ、カイムを『まもる』の防壁で覆った。

 

「…あとは頼む、シロナ」

 

 そう呟くのと同時に、カイムはブラッキーと共に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…きた!」

 

 数分も待つことなく、チーフロボのロックが解除された通知がチーフロボの画面に表示される。ロックが解除されたことで、シロナのパスポートでアクションが可能になった。

 

「あとはこれで…」

 

 ポケットからパスポートを出し、そのままチーフロボへ認証させようとした。だがその瞬間、チーフロボにブロックロボが群がっていき、チーフロボが上昇していく。その衝撃が想定よりも大きく、シロナはパスポートを落としてしまった。

 

「しまっ…!」

 

 パスポートがなくては、チーフロボにアプローチすることもできない。だがシロナは今、自分のパスポートしか持っていない。やらかした、と焦った瞬間、トオイが動いた。

 

「シロナさん!」

「トオイ君…!」

「ぼくのパスポートを使ってください!」

 

 トオイは自分のパスポートをシロナに向けて投げる。しかしトオイの肩の力では、それなりの高度のあるシロナの場所まで届かない。だがここでトオイのパスポートが失われれば、本当に詰み。それをガブリアスは瞬時に察すると、シロナをチーフロボの上に乗せ、パスポートに向けて飛んだ。

 

「ガブリアス!トオイ君!」

「シロナさん!ぼくに構わないで!」

 

 ガブリアスはパスポートを空中で掴むと、シロナに向けて投げる。ガブリアス自身はそのままブロックの川に落ちていくが、パスポートはしっかりシロナと受け取った。ガブリアスは『構うな』とでも言うように吠えると、沈んでいった。そしてトオイも、プラスル達と共に流されていき、

 

「…ごめんなさい、ありがとう」

 

 シロナはトオイのパスポートを握りしめ、チーフロボに向き直る。

 

「お願い、止まって!」

 

 そう願いながら、シロナはパスポートをチーフロボに当てる。すると瞬間的にチーフロボがパスポート認証のために全てのロックが解除された。それを見逃すことなく、遠隔で操作していたロンド博士と警察が防衛システムを完全に停止させる。

 ブロックロボ達は完全に停止していき、動きを止めた。突如動きを止めたブロックロボに一瞬シロナは周囲を見渡す。沈んでいたガブリアスはなんとか顔を出しており、無事だった。続いてトオイのことを探すが、姿が見当たらない。

 

「シロナさーん!」

 

 名前を呼ばれてそちらに目を向けると、トオイがいた。ただ、彼はプラスル達と共に流された先で、バトルタワーを覆うような形になっているブロックの塊にいた。かなり高度がある中、不安定な足場にいる。いつ落ちてもおかしくない。

 シロナがすぐに助けに向かおうとした瞬間、プラスルとマイナンの足元が崩れ、それに応じてトオイの足場も崩れる。そのまま落ちていくトオイ達を助けようと、シロナは咄嗟にトゲキッスを出した。だが、想定以上に距離がある。とても間に合う距離ではなかった。

 

「トオイ君!」

 

 シロナの悲痛な叫びが響く。

 

 トオイは落ちていく瞬間、プラスル達が互いに手を伸ばしながら落ちていくのを見た。デオキシスの影に拉致された瞬間と同じ顔をしながら手を伸ばすプラスル達に、トオイは思わず手を伸ばした。いつもならトラウマがフラッシュバックする場面だったが、トオイはただ必死だった。マイナンが連れていかれた時のプラスルの悲痛な顔を、もう見たくない。そんな思いがずっとあった。

 その思いが、トオイの体を動かす。空中に投げ出されたプラスル達に手を伸ばし、抱き寄せた。もうプラスル達が離れないように…遠くへいかないように抱き寄せ、空中に投げ出される。

 ここでトオイがプラスル達を抱き寄せたところで、結末は変わらない。この高さから落ちれば、トオイが庇っていようがいまいが命はない。だがそれでも、体が動いてしまった。

 

 しかし、落ちていくトオイの体を、ブロックの中からでてきた緑のデオキシスが受け止める。

 

「デオキシス!」

 

 緑のデオキシスは、トオイのことを友人として認識している。そんな友人のピンチに、デオキシスは駆けつけた。

 そしてそれに続いて、紫のデオキシスとレックウザもブロックの中から姿を現した。緑のデオキシスはトオイに『サイコキネシス』をかけて共に飛ぶような形にすると、紫のデオキシスに紹介するようにトオイと並ぶ。紫のデオキシスは緑のデオキシスの言葉()を受け、それに応えるようにトオイをオーロラのような光で包んだ。

 

「うわぁ…すごく綺麗だ」

 

 トオイの言葉に、緑のデオキシスも応えるように光を放った。二匹の光に包まれたトオイは、腕の中のプラスル達を優しく抱きしめる。抱きしめられたプラスル達は、トオイに甘えるように頬を擦り付け、トオイとの友情が芽生えたことを喜ぶように鳴いた。

 そんなトオイとポケモン達の横を、レックウザは通り過ぎていく。デオキシス達がレックウザを守ったことをちゃんと認識しており、彼らの目的が侵略ではないことを悟ったのだろう。高らかに鳴くと、どこかへ飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方シロナは、トオイが無事であることを確認した後、トゲキッスに乗ってメインコンピュータフロアにいるはずのカイムを探しに来ていた。

 

「カイム!どこ?」

 

 ブロックで埋め尽くされたフロアに声をかける。ざっと見たところ、カイムらしき影は見えない。ブロックに飲み込まれてしまったことを悟ったシロナは、ブロックを掘り返してカイムを探そうとフロアに降り立つ。

 だがその瞬間、フロアの中央部にあるブロックが揺れた。なんだろうと視線を向けると、ブラッキーがぴょこんと顔を出した。

 

「ブラッキー!」

 

 ブラッキーはシロナの存在を確認すると、耳をピンと立て、ブロックをかき分けながら駆け寄ってくる。そしてシロナを引き連れて、ブラッキーが顔を出した場所まで誘導してきた。

 シロナがブラッキーの出てきた穴を覗くと、下半身が完全に埋まっているカイムがいた。

 

「カイム!」

「あー、シロナ。悪いが、引っ張り上げてくんね?埋まってて俺だけじゃ出られん」

「ええ」

 

 シロナはカイムの腕を掴んでカイムの体を引っ張り上げる。その際、ブラッキーも『サイコキネシス』でカイムの体を覆うブロックを動かしたことで、想定よりも簡単に持ち上がった。

 

「助かった」

「ええ。無事でよかった」

「そっちも」

 

 互いに危険な役目であったことは明白。運良く怪我らしい怪我することなく切り抜けられたことは、幸運と言って差し支えないだろう。その事実がたまらなく嬉しくなったシロナは、思わずカイムのことを抱きしめようと近付くが、デオキシス達がシロナ達のことを迎えにきたため、思いとどまる。

 

「シロナさん!カイムさん!」

 

 笑顔で手を振ってくるトオイに応える二人だが、トオイの腕の中にプラスルとマイナンがいることにカイムは気づく。

 

「おいシロナ…トオイの奴」

「ええ。咄嗟にプラスル達のことを助けようとして、その時に」

「へえ…そいつはいいな」

 

 ほとんど動かないカイムの表情が、シロナにしかわからない程度に微笑む。

 

「気にかけてたものね」

「…さてな」

「隠さなくていいわよ。バレバレだから」

「単純で悪かったな」

 

 軽口を叩き合う間に、デオキシス達がシロナとカイム、ブラッキーに『サイコキネシス』をかける。ふわりと浮き上がる体はデオキシス達に連れられて、バトルタワーを後にした。

 

 そのままデオキシス達はシロナ達を地上に下ろす。そして緑のデオキシスはトオイのことをじっと見つめた。

 

「もう…いくのかい?」

 

 トオイの問いかけに、緑のデオキシスはコアから光を出す。出てきた光は、植物園でトオイと触れ合っていた時から何も変わらない、優しい光だった。

 デオキシスからの言葉はない。しかし、デオキシスが発した光から、デオキシス達がもうここから立ち去ることを理解した。

 

「キミのおかげで、ぼくは変われた。ありがとう」

 

 トオイがそう言うと、デオキシスは腕の触手を人の腕の形にし、差し出してくる。トオイはその腕を見て笑うと、デオキシスの手を取り、強く握手を交わした。

 

「本当にありがとう。キミと友達でいられてよかった」

 

 デオキシスは光の形を変化させ、トオイに喜びを伝える。そしてトオイの手を離すと、紫のデオキシスと共に浮き上がり、空へと登っていった。

 

「…どこに、行くんですかね」

「さあね。でも、二人ならどこへでもいけるわ。宇宙の先でも…きっとね」

「どこへでもいけるだろ。二人なら、もう寂しくねぇから」

「そうですね。二人なら、きっと」

 

 トオイは笑いながら友が飛んでいく後ろ姿を眺める。きっとこの先、トオイが彼らに会うことはないだろう。だとしても、デオキシスと友になれたことは変わらない。いつまでも、トオイにとっては大切な友達として、彼の心に刻まれる。

 

「トオイ!」

「父さん!」

 

 デオキシスを見送っていると、ロンド博士が駆け寄ってきた。防衛システムを停止させてからそう時間は経っていない。息も絶え絶えになっているところを見ると、相当全力で走ってきたことかわかる。

 

「トオイ…大丈夫か?怪我はないか?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 トオイがそう笑顔で答えると、トオイの両肩にプラスルとマイナンが飛び乗る。そして嬉しそうにトオイに頬擦りし、トオイもそんな二匹を笑顔で撫でた。

 

「なんだよ、やめてよくすぐったいよ」

 

 そんなトオイの姿に、ロンド博士は驚くと同時に嬉しさが込み上げる。ポケモンを触れなくなり、暗くなってしまったトオイがこうしてポケモンと笑っている。そうなった原因の一端に自分がいることを理解していたロンド博士にとって、息子のこの笑顔は何にも変え難いほど大切なものだった。

 

「良かったな、トオイ」

「うん!」

 

 笑顔で応えるトオイの頭を優しく撫でると、ロンド博士はシロナとカイムに向き直った。

 

「二人とも…トオイを守ってくださり、ありがとうございました。この街のことなのに、お二人にも多大なご迷惑をおかけしたことをお詫びします」

「気にしないでください。巻き込まれたとはいえ、迷惑だなんて思っていませんから」

「…申し訳ない。今回の件で、デオキシスに関しては不可抗力な部分もありましたが、最後のシステムの暴走については、システム開発に携わった私にも非がある。危険な役目を背負わせてしまい、本当に申し訳ない」

「…そういうことありますんで」

 

 ある意味カイムがラルースを訪れた時に懸念していたことが起こったわけだが、わざわざ突っ込むのも違うだろうと考えたカイムはそれ以上言うことはなかった。何より、疲労が大きいため早めに休みたいと考えていた。

 

「残りの後始末はこちらでやります。お二人の宿泊先は…」

「あー…どうですかね。確認してみないとわからないです」

「でしたら、とりあえずうちのラボの客室を使ってください。電気の完全な復旧は難しいかもしれませんが、予備電源があるので普通に生活する分には問題ないかと」

「それはありがたい。さすがに私たちも疲労していたので」

「ではユウコ君、お二人を案内してあげてくれ。私は警察と共に後始末に入る」

「はい、ロンド博士。さ、トオイ君も」

「うん」

 

 そうしてロンド博士は後始末のために警察共に行き、シロナ達はユウコに連れられてラボへと足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

「ああ〜…疲れた」

 

 客室に通された瞬間、カイムは疲れたようにソファに倒れ込む。少ない睡眠時間、長距離の囮ムーブ、そしてロック解除と多くの役目をこなした以上、カイムほどスタミナのある人物でも疲労感は大きい。それはポケモン達も同じようで、ムクホークとメタグロスはポケモンセンターに預けて休ませていた(ブラッキーは離れようとしなかったから諦めた)。

 

「お疲れ様。頑張ったわね」

「人間、ちゃんと寝ないと駄目だな。すーぐ疲れる」

「疲れるって言ってる割には、余裕そうに見えるけど」

「動くことはできる。動きたいかどうかはまた別だがな」

 

 シロナはカイムが倒れ込んだソファの端に腰掛けると、カイムの頭を優しく撫でる。リーグや取材などでしばらく忙しくしていたせいか、普段は短く切り揃えられている髪が少し伸びてきていた。

 

「髪、伸びたわね」

「ん…ああ、切りにいく暇なくてな。まあこのくらいならまだ気にならん。もう少ししたら、切りにいくさ」

「少し伸びた髪型も新鮮ね」

「そうか?」

「ええ。でも、普段の短い方が好き」

「そうか」

 

 淡白な返し。ただ、カイム自身は自分の髪を摘んでいるあたり、そろそろ切りに行こうと考えているのだろうなとシロナは予想し、事実カイムはそう考えていた。

 

「お前は、ずっと綺麗で長いよな」

 

 カイムはシロナの髪を撫でながら呟く。シロナの髪は非常に長く、膝近くまで届くほどの長さがある。それでいながら、絹のように美しく保てているのは、本人の努力の結果だろう。

 

「まあね。私のトレードマーク…っていうのかしら?」

「さあ?ただ、特徴的ではある」

「でしょ?でもこの先ずっとこの髪でいるかはわからないけどね」

「ほう?」

「いつかは切るんじゃないかしら。いつかはわからないけどね」

 

 今は、自分のことに多くの時間を使えるためこうして髪のことにも多くの時間を割ける。しかし、ずっとそうではない。今後、自分のために時間を割ける割合が減ってきた場合、この髪は切ることになるだろうとシロナは考えていた。

 

「どういう時に切ることになるんだ?」

「……それ、貴方が聞くの?」

「は?」

「そうよね、貴方はわからないわよね」

「何の話だ」

 

 首を傾げるカイムにシロナは首を振ると、カイムの両頬を手で包み込む。

 

「わからなくていいわよ。ただ、私が髪を切るのは貴方次第ってことだけ理解しておいて」

「俺次第?俺の好みが変わるとか?」

「それもあるかも」

「あるのかよ」

 

 苦笑しながらカイムは自分の顔に添えられた手を優しく撫でる。カイムがどういうことかは全く理解できていないようだが、それでいいとシロナは思えた。

 

「何にしても、いつかは切ると思う。だからカイムも髪切ってね」

「だからで繋がる流れじゃねえだろ」

「いーの」

 

 シロナはそのまま上機嫌でカイムの上に倒れ込む。カイムの胸板に自分の顔を押し付け、大きく息を吐く。シロナもカイムほどでは無いにしろ、かなり疲労は溜まっていた。

 

「おい」

「んー?」

「ここで寝るな」

「あら、貴方だって寝ようとしてるじゃない」

「してねえ。横になってだけだ」

「じゃあ私もそういうことで」

 

 カイムは大きく息を吐き、シロナの背中を軽く叩く。これは動く気ないなと察したカイムは起き上がり、シロナを抱き上げてベッドへと向かい、シロナごと倒れ込んだ。

 

「おい、せめて上着くらい脱げ。シワになる」

「ん〜…」

「……このやろう」

 

 シロナを起き上がらせると、シロナの上着を脱がせる。その上着をハンガーにかけると、自分も上着を脱いで綺麗に折りたたむ。そして上のインナーだけ着替えると、シロナが横になるベッドに横になった。カイムを追うようにボールから出てきたブラッキーがベッドに飛び乗ると、カイムの右腕に抱きついてすりすりと頬擦りをし始める。

 

「甘えん坊ね」

「今のお前が言うか」

「何のことかしら」

 

 カイムの胸板を枕にするシロナに小言を言うものの、シロナは気にすることなく同じ体勢を続ける。シロナの頭を撫でようと右腕を動かそうとしたところ、抱きついているブラッキーがぐるぐると喉を鳴らして威嚇してきた。まるで『今この腕はボクのもの!』とでも言いたいような視線を向けてくるため、諦めてカイムは左手でシロナの頭を撫でる。右腕は完全にブラッキーのおもちゃになっており、気づいたら右手の指を甘噛みして自由に遊んでいた。

 

「楽しそうじゃない」

「好きに遊ばせる約束してたんで」

「約束?」

「こっちの話」

「じゃあ、私も貴方のこと好きにするわね」

 

 そう言ってシロナは起き上がると、そっとカイムの唇に自分の唇を合わせた。

 

「…どうした」

「貴方が無事で嬉しかったの」

「そうか」

 

 カイムはシロナを抱き寄せると、今度はカイムから唇を合わせる。

 

「そいつは、お互い様だな」

「ふふ、そうね。お互い無事でよかったわ」

 

 安心したように笑うと、シロナは目を閉じてカイムの首元に顔を埋める。寝る体勢に入ったシロナと、いまだに右手で遊んでいるブラッキーの存在にやや呆れながらも、大切な存在の側にいられる幸せを噛み締めながらカイムも眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ラルースの街はぱっと見綺麗になっていた。とは言っても、壊された場所や破られたガラスなどは戻っておらず、ブロックロボによって封鎖されているため、元通りとはいかない。

 

「シロナさん!カイムさん!」

「トオイ君」

 

 モノレールの駅前にトオイとロンド博士、ユウコがおり、シロナ達に手を振っていた。

 

「もう行かれるのですね」

「はい。今日までが滞在期間だったので」

「そうでしたか。では、昨日で解決できてよかった」

「ふふ、そうですね」

 

 一応多少余裕はとっているため、多少伸びたとしても問題はない。だが何事も予定通りに行く方がいい。

 シロナがトオイに目を向けると、トオイの足元にはプラスルとマイナン。

 

「もう大丈夫みたいね」

「はい。お二人のおかげです」

「なんもしてねーよ」

「いえ、きっかけを作ってくれたのは二人です。ぼくが一緒に行くことを許してくれたので、ぼくは今こうして二人といられる」

 

 そう言ってトオイはプラスル達を抱き上げる。抱き上げられたプラスル達は楽しそうにトオイにじゃれついていく。

 

「シロナさん、カイムさん。本当にありがとう」

「いいの。最後に決めたのは貴方よ」

「お前が諦めなかった結果だ。俺らは大したことしてない」

 

 確かにシロナ達は小さいながらもきっかけを作ったかもしれない。だが最後に決めたのはトオイ本人。どんなに手を差し伸べようと、トオイ本人がどうにかしようとしなければ、何も変わらない。だから最後まで諦めなかったトオイの心が強かったことが、トラウマ克服に繋がったのだ。

 

「シロナさん」

「あら、みんなお揃いで」

 

 そこにヒトミを始めとした、今回ラルースで関わりが深かったリュウ、リュウの妹達、ショウタがいた。

 

「みんなも帰るの?」

「そもそも、僕らはこの街に住んでいるわけではありませんから」

「わたしたちは、時折ラルースに通ってバトルタワーに参加しているんです」

「そうだったのね」

「でもこの状態じゃ、しばらくバトルタワーは無しかなー」

「仕方ありませんね」

 

 一番被害の大きかったバトルタワーは、復旧まで少し時間が必要だろう。そうなると、バトルタワーでのバトルはしばらく時間が必要となる。

 

「じゃあ、みんなで行きましょ。そろそろモノレールが来るはずだし」

 

 そう言って、シロナ達はモノレールのホームへと向かっていった。

 

 ホームでしばらく待つと、モノレールがやってくる。トオイ、ロンド博士、ユウコ以外はモノレールに乗り込んだ。トオイ達はラルースに住んでいるため、モノレールに乗ることはなく、ここでお別れとなる。

 

「じゃあ、ここで」

「はい。ありがとうございました」

「またいつか会いましょ。その時は、バトルでも」

「ぼ、ぼくにできますか?」

「できるわよ。でも、もし行き詰まることがあったら、シンオウ地方のミオシティのポケモンジムに連絡してみて。カイムがバトルを教えてくれるわ」

「なんでお前が宣伝してんだよ…まぁいい。なんかあれば連絡してこい。ちと遠いから直接の指導は厳しいかもしれんが、やれることはやる」

「ありがとう、カイムさん」

 

 ホームにベルが鳴り響く。

 

「そろそろか。じゃあ、またな」

「うん!みんな、またね!」

 

 モノレールの扉が閉まり、モノレールが出発する。過ぎ去っていくモノレールの中から、シロナ達がこちらに手を振っていた。そんなシロナ達に、トオイとプラスル達はモノレールが見えなくなるまで手を降り続けた。

 

 

 

 

 

「シロナさん達はどこまで?」

「一駅だけよ。そこから飛行機」

「そっか、シンオウ地方ですもんね」

 

 モノレールは一駅だけ乗り、そこから飛行機でシンオウ地方まで戻る予定だ。そのため、次の駅でシロナ達も彼らと別れることになる。

 

「あ〜…結局シロナさんとデートできなかったぜ…」

「ショウタ、諦めてなかったんですか?」

「そりゃそうだ!時間があれば、オレもワンチャンあったかもしれないだろ?」

(いや…時間あっても無理だと思いますが…)

 

 ショウタは捕まっていたため知らないだろうが、リュウはシロナとカイムが寄り添いあって眠っているのを見ている。そのため二人の関係を察していたが、ショウタは見ていない。とはいえ、それをわざわざ言うこともしないのだが。

 

「みんなはどこまで?」

「オレは二駅先!」

「わたしは少し遠いので、四駅ほど」

「僕らは次です」

「じゃあリュウ君と私たちは同じ駅ね」

「時間があれば、またバトルしたかったんですが…」

「仕方ないわ。非常時だもの」

 

 リュウとしてはまたバトルしてほしかったのだが、残念ながらその時間はなかった。今回の事件がなければどこかでできただろうが、さすがに非常時にバトルを申し込むほどリュウは不謹慎ではない。

 

「私たちは比較的他の地方に行くことも多いけど、でもやっぱりシンオウ地方にいることが一番長い。だからもし、シンオウ地方に来ることがあれば、その時はお相手させてもらうわ」

「それはいい。いつか、シンオウ地方に向かわせてもらうとしましょう」

 

 そうこう話しているうちに、モノレールは駅に到着する。シロナとカイム、そしてリュウ達はここで降車した。

 

「ではショウタ、ヒトミさん。また」

「みんなありがとう。縁があればまたね」

「お疲れ。またな」

「ええ。ありがとうございました」

「シロナさーん!今度はデートしてなー!」

「デートはお断りよ。でも、バトルなら喜んで」

「ダメかぁ〜…」

 

 一同は落ち込むショウタに笑いながら別れた。

 去っていくモノレールを見送り、シロナはリュウに目を向ける。

 

「じゃあ、私たちも行きましょう」

「お二人は空港へ?」

「ええ。駅から空港へ直通のバスがあるから」

「そうですか。僕らももう迎えが来るのでここまでですね」

「貴方がいつか素晴らしいトレーナーになって、また戦えることを楽しみにしているわ」

「…僕としては、まず貴方にお相手願いたいですがね」

 

 リュウはカイムに目を向ける。目を向けられたカイムは視線に気づくと、カイムは肩を竦める。特に気にすることもなく、カイムはすたすたと歩き始めてしまう。

 

「カイム、何か言わなくていいの?」

「いいだろ。リュウは放っておいても勝手に強くなる」

「…もちろんです。僕は、貴方より強くなる。だからまず、貴方を超えることを目標にします」

「小せえ目標だな」

 

 やや呆れたように息を吐くカイムだが、その声色はどことなく明るい。彼なりに思うところがあるようだが、素直ではない彼らしくそれを言葉にすることはなかったが。

 

「では、また。とてもいい経験をありがとうございました」

「こちらこそ。またね」

「じゃーな。ま、頑張れ」

「ええ。ではこれで」

 

 そう言ってリュウは妹達と共に去っていった。

 

「私たちも行きましょう」

「ああ」

 

 カイムは差し出された手を取る。シロナはそれを確認すると小さく笑い、カイムの手を優しく握りしめた。

 

「今、デオキシスはどこにいるのかしらね」

「さぁな。もしかしたら、もうこの星にはいないかもしれん。だが…」

「二人なら寂しくない…でしょ?」

「ああ」

 

 カイムは頷き、シロナの手を握り返す。

 どこにいるかはわからないデオキシス達と同じように、二人ならどこへでもいける。そんなことを考えながら、二人は歩いていった。

 

 




三万字の予定が、何故か倍になった。
3万字なら一月で書けるんですが、七万となると二ヶ月くらい必要になってしまいます。

次回の映画編は…もしかしたら、ラティオスかセレビィ、大穴でエンテイの可能性も。
ダイパ映画編もどこかで書きたい。ダークライとの再会、シェイミに振り回されるカイムをみたいから。




シロナ
サトシポジ。バトルタワーへのエキシビションは、エニシダからのオファー。オファー内容がタッグバトルだったため、タッグ相手にカイムを即座に指定した。そしてカイムは事後承諾に近い形で参加を伝えられたとか。それでも着いていくあたり、やはりバカップルなのかもしれない。

カイム
シロナとセットでサトシ役を果たした男。リフトからの着地の際、実はブラッキーのサイコキネシスで衝撃を逃していたりする。今回はチーフロボのロックを解除する役目を担ったが、そのまま落とすことをしなかったのは電源を完全に落とすための管理者パスポートを持っていなかったから。

トオイ
トラウマ克服少年。トラウマとは少し違うが、挫折の経験があるカイムに無意識ながらシンパシーを感じていた。だからこそ最初は反発したりしていたけど、ポケモンに好かれるなど根っこは似た部分が多い。

リュウ
カイム同様、バシャーモ使いだが、バシャーモミラーは実現しなかった。育成方針は特殊寄り。やや傲慢に見えるが、ちゃんと己の弱さを認める強さを持つ。いつかカイムに挑むことを目標に、鍛錬に励む。妹は双子。今回ほとんど出番なし。

ショウタ
映画ではハルカをナンパしていたが、そのポジになる人がシロナしかいなかったからシロナをナンパし、玉砕。シロナとカイムの関係には気づいていない模様。

ヒトミ
常にノートパソコンを持ち歩く人。普通に邪魔なのではないかと思う。



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