ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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マイナーキャラしか出てこない回。



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41話


41話 ミナモシティ

 拳を握り、開く。数日前まで感じていた痛みはもう感じない。体の調子が戻りつつあることを青年は感じる。

 

「調子はどう?」

 

 そんな青年に、一人の女性が声をかける。肩くらいまで伸ばした茶髪と跳ねた前髪、快活な雰囲気のある目元を携えた女性は、扉に寄りかかりながら青年の答えを待つ。

 

「……問題ない」

「そう。結構重傷に見えたけど、この短期間で回復するあたりそこまでじゃなかったのね。それに、確かに日常生活程度なら問題なさそうね」

「ああ」

「ただ、無理は禁物よ。さすがに()()()()()()()()()()を生身で受けた以上、まだダメージは抜けきっていないでしょ?ただでさえ長旅してきたんだし、無茶したら悪化するわ」

「わかってる」

 

 無愛想に答えた青年はノースリーブのインナーシャツを着ている肩の上に青いロングコートを肩にかけ立ち上がると、首を回して調子を確かめるが、女性の言う通り日常生活を送る程度なら問題なさそうだ。とはいえ、まだ本調子でないことも確か。あと二日もあれば、本来の目的のために動き出すことができるだろう。

 

「あ、そうそう。ミレイちゃんは今買い出しと捜索中よ。髪型とカラコンで容姿を変えたから結構雰囲気変わったし、連中に見つかってもバレることはないと思うわ。さっき出ていったばかりだし帰るのはもう少し先だけど、この時間なら心配ないわ」

「…聞いてない」

「気になるかなって。なんだかんだ、君はあの子のこと大事にしてるでしょ?」

 

 余裕たっぷりの女性に対して、青年は苛立ちのこもった光を宿した瞳を女性に向ける。

 

「助けてもらったことは、感謝してる。だが、余計な詮索はするな。不愉快だ」

「はいはい。ま、何にしてももう少し休んでいなさい。あの子に余計な心配かけないようにね」

 

 青年は舌打ちしながら女性に答える。

 

「あんたは余計なことを言わないと死ぬのか?アズサ」

「貴方が無駄に意地を張るからよ、レオ」

 

 苛立つ青年、レオと大人の余裕を見せる女性、アズサは薄暗い部屋の中で向き合うのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 空の柱の一件の翌日。

 シロナとカイムは集めた資料の整理を進めていた。この一月近くで相当な量の資料が得られたため、資料を整理するだけでも一苦労だった。尤も、これ自体は嬉しい悲鳴とも言えるのだが。とはいえ、一日家に篭ってなお終わらないというのも些か考えものではある。さすがに集中力が切れてきたのか、カイムはバシャーモの背中に寄りかかりながら天井を見上げた。

 

「あまりにも多すぎておわらねぇ」

「一日の最後に軽くやってはいたけど、今回の調査はすっごく盛りだくさんだったものね…」

「悪いなシロナ。自分の仕事もあんのに」

「気にしないで。いつもは逆の立場だから、貴方の助けになれて嬉しいわ」

「…助かる」

 

 シロナと比較し、カイムの学問世界での活動はまだ短く、経験が浅い。最低限の知識と研究の進め方は把握しているが、彼の飲み込みの速度を考えると経験としてはあまりにも少ない。前回の論文もシロナが散々添削したことでようやく世に出せるものになった。学者としてはまだまだ新米のカイムが、これほどの資料を一度に手に入れれば一人で手が回らなくなるのも仕方ないだろう。

 

「しかしすごい資料ばかりね。どれを論文にしても、レジポケモンの研究に大きく貢献できるものばかりよ」

「もとが廃れてる分野だからな。それに、すごい資料もいいことばかりじゃねえよ」

「…そうね。特に、レジポケモンが無限のエネルギーを持つってとこは、絶対公開できないわね」

 

 無限のエネルギー。それは、正しく扱うことができれば世界は大きく発展することになるが、同時に悪用すれば取り返しのつかないことになる。例えば、サカキのような男がレジポケモンを悪用したらどうなるか。想像するだけでも背筋が凍る想いになる。

 

「…ある意味、アルセウスがやろうとしたことは正しいのかもな。無限のエネルギーなんか持つポケモンなんざ、不発弾みてえなもんだ。いつ爆発するかもわからねえし、爆発したら世界ごとパーだ」

「かもね。でも、レジポケモン達も形はどうであれ一つの生命体。そう考えると、どちらが正しいのか考えものね」

「だな」

 

 アルセウスがレジポケモンを消そうとしたことを肯定する気はない。彼らレジポケモンも形はどうであれ生命として生まれた以上、生きることを望んでも良いだろう。しかし、設計者であるアルセウスからしたら想定外の存在であり、それらの暴走が世界を滅ぼす可能性があるとしたら、判断は難しい。

 

「私たちは歴史を知り、繋いでいく存在。歴史の良し悪しを判断する者じゃないけど、人である以上そういった部分も考えてしまうわね」

「俺たち人間にも、知性と感情がある。例え俺らが判断することじゃないとはいえ、考えちまうのは仕方ねえよ。ただ、考えたところで詮無きことだとは思うがな」

「物事に善悪の基準はない。私たちの価値観で善悪が決まるだけ。こうでなければならないなんてものは、本来この世に無い。だからこそ、私たちは考え続けなければならないわ」

 

 タブレットを机に置きながらシロナは外に目を向ける。日が落ち始めた空は赤く、暗くなり始めていた。

 シロナは立ち上がると、大きく伸びをし、カイムに目を向けた。

 

「一日中家にいたし、ちょっと気晴らしに散歩でもどう?」

「ああ、いいな」

「じゃ、早速向かいましょ。身体固まっちゃった」

 

 楽しげに言うシロナに続いて、カイムは部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 住宅街を抜け、港方面に向けて歩く。夏が近くなってきたためか、日が落ちてもまだ少し暑い。

 

「この季節だと、夜でも暑くなってくるわね」

「ホウエンは元々暑い方だし、余計にな。おかげで暑さの耐性は比較的高い」

「その分寒さに弱かったわよね」

「しゃーねえだろあれは。氷点下レベルなんて、ほとんど経験なかったんだよ」

 

 ホウエン地方はアローラほどではないにしろ、南国寄りの気候。そのため冬でも氷点下レベルの気温になることが少ない。だが北国であるシンオウ地方は冬どころか秋くらいから雪が降る気温になる。初めてシンオウ地方の冬を経験した時のカイムは、あまりの寒さに部屋から出ようとしなかったことを思い出し、シロナは思わず笑ってしまう。

 

「雪の量も常軌を逸してたし…初めて見た時は天変地異かと思ったぞ」

「ホウエンじゃあまり雪も見れないんだったわね。知識で知ってたとしても、目の当たりにすると違うものね」

 

 そんな雑談をしながら歩いていくと、港付近まで辿り着いていた。日は沈み初めていたが、まだ港には活気が溢れていた。

 

「まだ活気があるわね。何か買っていくのもありかしら」

「いらんだろ。俺らあと数日で帰るからか、母さん張り切って晩飯作ってるから」

「それもそうね。でも、日持ちするものならお土産にもいいんじゃない?」

「今じゃなくていい。今の体力であんま人混み行きたくねえ」

 

 元より人混みを好まないカイムらしい言葉に、シロナは小さく笑う。シロナ自身、わざわざ人混みに行かなければならないような用事はないためそのまま素通りしようとしたが、その中に見覚えのある人影を見つけた。

 

「あら?」

「ん?」

「ねえカイム。あそこにいるの、ミクリさんじゃない?」

 

 シロナの視線を追って人混みに目を向けると、緑色の髪を携えた端正な顔立ちの男性がいた。というか、その男性を中心に人混みができている。

 

「ああ、そうだな」

「バトルでもコンテストでも一流なだけあってさすがの人気ね」

「だな。しかし、多少見慣れたとはいえ、あのオーラすげえな」

 

 ミクリはバトルだけでなく、コンテストでも非常に高い実績を持っている。それ故か、ミクリは常に華やかなオーラを放っていた。シロナやダイゴの覇気とは異なる、圧倒的な存在感…確かに人混みができるのも頷けるだろう。

 

「声かける?」

「かけてぇけど…あの人混みじゃあな」

 

 知名度でいえばルチアを凌ぐレベルのミクリだ。人混みにまぎれて動けなくなることも不思議ではない。せっかくの機会だが、ここは見送るしか無さそうだと考えた二人は素通りしようとするが、その瞬間カイムとミクリの目が合う。

 

「!」

 

 ミクリはカイム達に気づくと、視線を少しだけ別の方向へと移す。その視線の先を追うと、カイムにとって馴染み深い場所がある方角だった。そしてミクリの意図を察したカイムは、小さく頷いた。

 

「行こう」

「どこに?」

「灯台」

 

 ミクリが指定した場所は、以前ミクリと個人的に話をした場所である灯台。そちらにミクリが僅かに視線を向けたことから、そこで待っていてほしいという意図をカイムは瞬時に察することができた。

 

 カイムについて灯台へ向かい、少しの間待っていると、ミクリが灯台に現れた。

 

「いやすまない。待たせてしまったね」

「どーも。相変わらず人気っすね」

「まあね。慣れたものさ。ただ、知名度で言えばシロナさんも似たようなものでは?」

 

 十年以上チャンピオンの地位を守り抜き、公式戦無敗という驚異的な記録を持つシロナ。ホウエン地方では多少知名度は落ちるだろうが、シンオウ地方であればまず間違いなく最も有名な人物の一人だろう。

 

「どうかしら。まあでも、確かにシンオウ地方での知名度は高い方だと思うわ」

「でしょうね。しかし、そうなると隣にいる君もそれなりに名が知られてきたのでは?」

「あんたらと比べたら、あって無いようなものです。ジムリーダーもまだ就任してから半年も経っていないし、大会も出てないですから」

 

 カイムはジムリーダーとしての実力を持つにも関わらず、彼自身が大会のような表舞台に出ることはほとんどない。その理由は、カイムは自身がジムリーダーである以前にシロナのサポーターであるという意識が強いからだ。自分で戦うことも無論やるが、シロナという最愛の人を支えたいという思いの方が強いことがこの意識に起因している。シロナもその姿勢に関しては口出しをすることはしない。カイムという存在がバトルにおいても考古学においても、シロナにとってどれほど重要であるかをよく理解しているからだ。

 

「キミほど実力があれば、どんな大会でもそれなりの成績は取れるだろうが…そこはキミの自由だからね。そのスタイルも、私はいいと思うよ」

 

 ミクリは一度言葉を切ると、『そういえば』と言って言葉を繋げた。

 

「空の柱の一件の後、ダイゴの手伝いをしたんだ。その時のダイゴは、なんだか妙に吹っ切れたような表情をしていたんだが…お二人は何か心当たりはあるかい?」

 

 ミクリの言葉に二人は目を見合わせる。カイムはダイゴの悩みを聞き、そしてそれを払拭するきっかけとなる言葉を送った。カイムなりに考え、そして嘘偽りない本心の言葉だからこそ、ダイゴは己の迷いを断ち切ることができた。

 後からではあるが、シロナもその話をカイムから聞いた。やはり他者の心に寄り添うことができるカイムは、己が高みに登るのではなく、他者を導く方が向いていると改めて思った。

 

「カイムが少し、カウンセリングをね」

「おや、やはり君のおかげか。ダイゴが弱みを見せる相手なんて限られているからね。あのメンバーなら君かなと予想していたが、私の予想は当たりだったみたいだ」

「大したことはしてねぇっすよ」

 

 肩を竦めるカイムに、ミクリは小さく笑いかける。そして灯台前のベンチに腰掛けると、沈みつつある夕日に目を向けた。

 

「そういえば、先日はありがとう。君らのおかげで、このホウエン地方は守られた」

「私たちじゃないですよ。守ったのは、ダイゴ君とユウキ君です」

「わかっているさ。だが、二人も大きな役目を果たしてくれた。ダイゴとユウキ君を支え、二人が世界を守るための助けになっただろう?」

「…最悪、俺らいなくてもどうにかなったとは思いますけどね」

 

 レックウザに選ばれる素質を、あの二人は持っていた。力、知恵、そして勇気…これらは彼らが元より持っていた素質であり、シロナ達が介入したことで得られたものではない。故に、最悪二人がいなくともこのホウエン地方は守られていただろうとカイムは考えていた。

 

「それについては否定しない。だが、彼らの負担を…背負うものを共に請け負うことはできずとも、軽くしてやることはできる。それは、ルネの民である私にはできないことだ」

「…そういえば、ミクリさんはルネの民…なんですよね?ルネの民って、何なんですか?流星の民と同じように、何かを伝える一族なのですか?」

 

 ダイゴはなんとなく把握している雰囲気だったが、二人はルネの民について把握していない。ルネシティに関わる一族なのはわかるが、その一族にどのような役割があるのかをシロナは問いかけた。

 

「ああ。私たちルネの民は、流星の民と同じ時代から続く民族だ。流星の民はいつか訪れる厄災から世界を守る役目を、そして私たちルネの民は自然エネルギーが眠るこの土地を守る役割を担っている」

 

 ヒガナから聞いた話だと、かつてホウエン地方に巨大隕石が落ちてきた。隕石が落ちた場所からは、非常に大きな自然エネルギーが溢れ出し、それを求めてグラードンとカイオーガが争っていたという。その自然エネルギーが溢れていた場所は後に街となった。それが今のルネシティであり、その自然エネルギーを悪用されないために、古代ポケモンが復活したときに対処できるようにするためにルネの民がいるのだという。

 

「ホウエン地方はとても豊かな土地だ。それも、ルネシティ地下に眠る自然エネルギーがホウエン地方全体に行き渡っているからなのさ。我々ルネの民は、この均衡を崩されないようにするためにいる」

「なるほど…形は違えど、ホウエン地方を守るための役割を持っていたんですね」

「ああ。目覚めの祠の番人も、この役割に付随するものさ」

「じゃあ、空の柱も?」

 

 シロナの問いかけにミクリは頷く。

 

「そうだね。私たちは、空の柱の門番も兼任している。かつてホウエン地方で起こった厄災を鎮めた流星の民…そして地上に溢れた自然エネルギーを活用し、古代ポケモンの力を抑える方法を編み出したルネの民…両者はホウエン地方を守るために、互いに協力したのさ。だが彼らが抱える秘密は、悪用される可能性もある。だから私たちはお互いの秘密が眠る場所の門番になった。かの地を訪れた者に資格があるか…それを確かめる門番にね」

 

 流星の民とルネの民、空の柱と目覚めの祠…これらはホウエン地方にかつて訪れた厄災について伝承された場所だ。それ故に、重大な秘密が眠る場所でもある。そこで流星の民とルネの民はお互いの秘密が眠る場所に互いを門番としての資格を与えた。互いに入ることは叶わなくとも、せめて入る者の資格を審議するために。

 

「私は目覚めの祠には入れるが、空の柱には入れない。逆にヒガナは空の柱には入れるが、目覚めの祠には入れない。そういう掟が昔から続いているのさ。まあ、門番としての役割を果たしたのは、今回が初めてだったがね」

「そうか…それでミクリさんは、俺たちを空の柱で待っていたんだな」

「そう。この話はダイゴは知っている。彼は、資格を持つ者だ。キミたちと同じでね」

 

 資格を持つ者。ミクリはシロナとカイムにそう言った。確かにシロナは知恵、力、勇気を高い水準で持っているだろう。しかしカイムはどうだろう。彼も確かにかなりの知恵、力、勇気を持つだろうが、シロナやダイゴ、ユウキほどではない。もしかしたら、カイムの強さでも資格を持つに値するのかもしれないが、古より伝わる門番のお眼鏡にかなうほどのものとはカイム自身、到底思えなかった。加えて、かつてミクリに言われた言葉…『元より空の柱に登る資格がある』という言葉。

 

「…あの、ミクリさん」

「ん?…ああ、もしかして…空の柱のことかい?」

「……はい。俺は、元から資格があるって…あれ、どういうことなんすか?」

 

 空の柱に入る資格を持つ者…それは流星の民か、門番であるルネの民に認められた者のみ。そのどちらでもないカイムに本来資格はない。だというのに、ミクリは『カイムには資格がある』と言って空の柱に通した。この理由をミクリに問いかけた。

 

「何、言葉通りさ。キミには生来資格がある」

「それがどういうことなのか聞いてるんすよ…」

「では答えよう。キミは流星の民だ」

「っ⁈」

「カイムが…流星の民…?」

 

 想定外の真実に、カイムだけでなくシロナも大きく目を見開く。まさか自分がヒガナと同じ流星の民だとは思いもしなかったカイムは、珍しく大きく動揺を見せた。

 

「俺、が…流星の民?」

「そうだ。キミは、かつてホウエン地方を救った民族の末裔の一人だよ」

「で、でも!俺はヒガナみたいに伝承は継いでいない!それに、本当に流星の民とは全く無縁で生きてきた!伝承者のことだって今回初めて…」

「だろうね。なにせ流星の民といえど、キミの血統は流星の滝から離れた家系だ」

「どういうことですか?」

「順を追って話そう。まず、流星の民とルネの民…この二つの民族がホウエンを守り、それぞれの土地で暮らすようになる。ルネの民はルネシティに、流星の民は流星の滝周辺でね。だが、長きに渡る時の中でその拠点から外に出て行く人々もいたのさ」

「もしかして…それがカイムのご先祖?」

「その通り」

 

 一つの民族といえど、時がたち人が増えてくれば外に出て行く者もいる。流星の民もその例外ではない。流星の滝から移り住み、別の土地で生きる者がいてもおかしくないだろう。

 

「キミの先祖は流星の滝から移り住んだ民だ。どういった理由なのかまでは把握していないが…それでも彼らは流星の民として、別の土地で生きてきた。そして、今のキミたちまで繋がってきたんだ」

「でも…俺は何も受け継いでない。何も…普通に生きてきただけで…」

「だろうね。何も、流星の民全員が何かを伝承してきたわけじゃない。特に、別の土地で生きることを選んだ者はね。彼らは、真実を知りながらも普通に生きることを選んだということさ」

「……でも、そいつらは流星の民とは言えないんじゃ…」

「そうかい?土地を離れようが、その身に流れるのは間違いなく流星の民のものだ」

「じゃあ…俺は本当に…」

「流星の民だよ。血を引いている、という意味ではね」

 

 言葉が出なかった。まさか自分にそんな特別な血が流れているとは、今まで予想すらしていなかった。別に流星の民だったから何かが変わるわけではないが、何の変哲もない自分がまさかそんな特別な民族の血を引いているとは思いもしなかったため、衝撃的ではあった。

 

「驚いたようだね」

「……はい。いわゆる分家みたいなものなんでしょうけど、それでも俺がまさか流星の民だとは思いもしなかったんで」

「不思議な縁だね。特別な血を持たないダイゴとユウキ君が世界を救い、特別な血を持つキミら(・・・)がヒガナを救った。まるで必然かのようにも感じるグロリアスな出来事だ」

 

 ダイゴとユウキは、特別な一族ではない。そんな彼らが世界を救い、特別な一族であるヒガナを二人が救った。この時期にカイムがホウエン地方を訪れたのも、もしかしたら運命的な何かに導かれたのかもしれない。

 だがそれはそれとして、同時に他の疑問もある。シロナはその疑問をミクリに問いかけた。

 

「あの、ミクリさんはどこでカイムが流星の民だと知ったんですか?」

 

 カイム本人ですら知り得なかったカイムのことをミクリは知っていた。そうなると、それをどこで知ったのか…それが同時に浮かび上がってくる。

 

「ああ、きっかけはイサナだよ」

「姉貴?」

「私とイサナは旅の同期でね。旅の道中で出会った時に、ポロッと言ってたんだよ。『アタシ、ご先祖が流星の滝の出らしいんだよね』と」

 

 それはちょうど流星の滝付近でイサナと出会った時のことだった。たまたま出会ったため軽く雑談をしていたのだが、その時イサナがポロッとそう言っていたらしい。そして当のイサナは、母であるタキが先祖のルーツを軽く教えたとのことだった。

 

「それを聞いて、イサナが流星の民の末裔の一人なのでは?と考えてね。流星の滝に縁がある民族なんて、流星の民しかいないからね。私が見られる限りの記録と、役所に残されている記録を軽く調べたら…キミの母親がそうだったよ」

「母さんが…」

「イサナは母親に聞いたと言っていた。詳しいことは本人か母親に聞くといい」

 

 あのゆるふわお母さんであるタキが、流星の民だった。カイムはタキからそんな話聞いたことないが、記録を調べたミクリが言うのだから間違いないのだろう。

 

「俺は、流星の民の血を引いてる。だから空の柱に登る資格があったんすね」

「そうだ。流星の民の血を引く者であれば、誰でもあの塔を登る資格がある。もしキミが流星の民でなければ、申し訳ないがキミだけは通すことはできなかった」

「…そっすか。まだわかんねーこともありますけど、あとは母さんに直接聞きます」

「イサナには聞かないのかい?」

「自分のルーツになんか興味ないっすよ、姉貴は」

「ははは!そうかもね」

 

 ミクリは日が沈んでいく夕日に目を向ける。

 

「二人には、感謝しているよ。ヒガナのこと、ありがとう」

「大したことはしていませんよ。なんなら、ヒガナのお願いを突っぱねたりしたんですから」

「そうなのかい?だとしてもさ。ヒガナを今の形で落ち着けることができたのは、二人のおかげだ。二人がいなかったら、多分ヒガナは今頃姿を消してる」

 

 ヒガナは今、マグマ団とアクア団、そしてポケモンリーグとのパイプ役としてこき使われている。彼女が独断で起こした事件は、簡単に償えるものではない。それを理解し、今後の人生を良いものにするために、ヒガナは今贖罪に心身を尽くしている。

 だがそうなったのも、シロナとカイムがいてくれたからだ。シロナがヒガナの心に寄り添い、カイムがダイゴ達との差を見せつけ、どうするべきだったのかを示したことが今のヒガナになる大きな要因だった。

 ダイゴとユウキは世界を救うことはできたが、ヒガナを救うことはできない。この二人は規格外の才覚と心の強さを持ち合わせていた。それ故に、できない者の心情を深く理解することができない。才覚と心の強さに関してはシロナも同等であるが、彼女の強さはかつて大きな挫折を経験したが故のもの。だからヒガナに寄り添うならシロナとカイムにしかできないとミクリは考えていた。無論ミクリはシロナのこともカイムのことも深くは知らない。だが、パフォーマーとしても一流であるミクリの直感が、二人ならヒガナに寄り添えるのではないかと告げていた。結果としては、その直感は正しかったと言えるだろう。

 

「私でも、ダイゴでも、ユウキ君でもない。いうなれば、部外者である二人だったからヒガナを救えた。私はそう考えているよ」

「大体シロナですけどね」

「あら、誰よりもヒガナの気持ちを理解できるのは、貴方じゃない。それに、カイムもヒガナに託されたでしょ?」

「…そうだな」

 

 あの日ヒガナに託されたポケモンのタマゴ。まだまだ生まれるまでに時間はかかりそうだし、何のタマゴかもわかってはいない。だがそれでも、初めて頼った相手がカイムというのも、彼女なりにカイムに思うところがあったからなのかもしれない。

 

「何にしても、二人のおかげで色々と丸くおさまった。ありがとう」

「礼なら散々ダイゴに言われましたよ」

「そうね。私たちとしても、力になれてよかったわ」

「…キミたちなら、そう言うと思ったよ」

 

 カイムは血筋を考えれば部外者とも言い難いが、本来であればシンオウ地方に根を下ろした存在。シロナは言うまでもなくシンオウ地方の人間であるため、この事件に関われたのは奇跡に等しい。何か運命的な何かが働いていたのかもしれない。

 と、そこで不意にバイブ音が聞こえてくる。発信源は、カイムのポケットからだった。

 

「失礼」

 

 そう言ってカイムがスマートフォンを取り出し画面を見ると、あからさまに苦い顔をした。

 

「?」

「……………」

「出ないの?」

 

 コールは続いている中、カイムは電話に出ようとしない。そんなカイムにシロナは出ないのか問いかけると、観念したように電話に応答した。

 

「…はい」

『ああ、出てくれた。何か取り込み中だった?』

「……まあ」

『そう。で、今大丈夫?』

「…はい」

『ありがと。カイム君、あと数日でシンオウに帰っちゃうんでしょ?だからこの前の貸し(・・)を返してもらおうと思って』

「…………」

『あれ?もしかして、踏み倒すつもりだった?』

「いや、それはないです」

『だよね。じゃ、早速なんだけど…』

 

 電話の相手の言葉を聞いてカイムはあからさまに面倒くさそうな表情をした。そもそも相手が誰なのかすらわからないシロナだが、僅かに聞こえてくる声は女性のそれだ。シロナが知らない相手とカイムが話している…本来なら嫉妬してしまいそうだが、ここまで嫌そうな顔をするカイムを見て逆に興味が湧いてきた。

 

『じゃ、お願いね!』

「………はい」

 

 数分後、カイムは電話を切る。そして大きくため息を吐いた。

 

「何の要件だった?」

「……人探し。この前の借り(・・)の代価だとさ」

「この前?ああ、もしかして、道具預かりシステムの?」

「そう、それ。画像の人物を探してくれとさ。ミナモにはいるはずだと」

 

 そう言ってカイムはシロナとミクリに一枚の画像を見せた。橙色の髪に青い瞳の特徴を持つ少女であり、背格好についても簡単な数値は送られてきている。

 

「探すのはいいけど、ミナモシティも結構広いわよ。闇雲に探しても見つかるとは思えないわ」

「ご尤も。だから大まかな位置だけは指定されてる」

 

 カイムはスマートフォンを操作してマップデータを呼び出す。マップの中に大きな円が描かれており、そこの範囲の中にいるということなのだろう。

 

「あら、ここまで絞られてるなら比較的楽じゃない?さっさと探しちゃいましょ」

「私も手伝おう。二人にはルチアも世話になったからね」

「……どーも。じゃ、向かいますか」

 

 相変わらず覇気のないカイムに、シロナとミクリは首を傾げる。

 

「ね、カイム」

「んー?」

「さっきの電話、相手は誰?」

「……アズサ博士」

「アズサ博士!預かりシステムを世界規模まで繋げた人ね!」

 

 アズサ博士とは、ポケモン預かりシステムを世界に普及させた功績を持つ博士だ。マサキが開発したポケモン預かりシステムは、彼の出身地であるカントー、ジョウト地方にしか適応されていなかった。ホウエン地方ではマユミというエンジニアが普及させたが、やはりその地方でしか適応されないものであり、他の地方からでは取り出すことができないという代物だった。しかしマユミの姉であるアズサ…彼女は預かりシステムを世界規模で適応できるシステムを組み上げ、実装した。マサキ、マユミとの共同研究だったらしいが、主な主導はアズサが行っていたという。

 

「そっか。前の道具預かりシステム…あれはアズサ博士の手を借りたんだったわね」

「そのツケだ。本当ならダイゴに払わせるつもりだったが…あいつ当分忙しいだろ?仕方ねえから肩代わりしてやってんだ」

「相変わらずお人好しね」

「ほっとけ」

 

 否定せず歩いて行くカイムの背中を見て、シロナとミクリは目を見合わせる。いやいやな雰囲気を出しながらもきっちりやろうとする真面目さをおかしく思いつつ、二人はカイムに続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?何故こんな場所までその女の子を探しにきているの?」

 

 一行が訪れたのは、港の奥地。多くのコンテナが置かれており、街頭の灯りしかない静かな場所だった。先ほどの少女はこの辺りにいるらしいが、そもそも何故その少女を探しているのかをシロナとミクリは知らない。

 

「俺も詳しいことまでは。ただ、どーもこいつがトラブルに巻き込まれた可能性があるとかなんとか」

「それでこんな場所まで来たと」

「はい。つっても、指定されたエリアもそこそこ広い。ポケモン達の手も借りましょう」

 

 そう言ってカイムはブラッキーとルカリオを出した。ブラッキーは夜目が効き、気配にも敏感。ルカリオは波導制御の修行を始めてから、今まで以上に気配に敏感になった。彼らの力は捜索という意味で大きな役割を果たすだろう。

 

「ま、何にしても見つけてからね。トラブルに巻き込まれたなら、早いところ見つけないと」

「そうだね。私も微力ながら力を貸そう」

 

 シロナはルカリオを、ミクリはミロカロスを出した。ルカリオはカイム同様、気配察知要員。ミロカロスは海側から何か見つけられないかと考えての配置だった。

 

「とはいっても、日も落ちた。我々は固まって動こう」

「そっすね。ミイラ取りがミイラになっちゃ、笑い話にもならん」

「じゃ、捜索開始ね」

 

 そうして三人は港の捜索を始めた。夜で薄暗いが、街頭のおかげで最低限の視界は確保できる。とはいえ、無数のコンテナがある以上、捜索は簡単ではない。ルカリオ達が感知範囲を広めているが、やはりそう簡単には見つからないまま時間が過ぎていった。

 

「見つからないわね」

「反応は動いてない。この周辺にはいるらしいが…」

「さすがにミナモの港は広いからね。簡単には見つからないか」

 

 ルカリオ達の手も借りながらすでに三十分ほど捜索しているが、今のところ進展はない。どこかで争うような物音もなく、港の中でも人気がない場所故に人に聞くこともできない。

 どうしたものか、と頭を悩ませたところで、ブラッキーがピクリと反応した。

 

「ブラッキー?」

 

 ブラッキーは一方向をじっと目詰めると、その方向に向けて走り出した。

 

「…何か見つけたな」

「とにかく追いましょ。きっと何かあるわ」

「ああ」

 

 三人はブラッキーが走っていった方向に向けて走っていく。そうしてしばらくブラッキーを追うと、誰かが争う姿が一瞬だけコンテナの影から見えた。その時見えたのは、橙色の髪の毛。

 

「今の!」

「多分お目当てだな。ルカリオ、先行しろ」

 

 カイムの指示を受け、ルカリオは『でんこうせっか』の速度で現場へと急行した。ミクリはそれを見て、海上にいるミロカロスに飛び乗る。

 

「事態は急を要するかもしれない!二人もポケモンに乗って現場へ!」

「はい!お願い、トゲキッス!」

「ムクホーク」

 

 それぞれのポケモンに跨り、現場に急行する。その直後、何かがコンテナにぶつかる音が響いた。

 

「!」

「トゲキッス、飛ばして!」

 

 何かまずい予感がしたシロナはトゲキッスの最高速度で音が響いた方向へと急ぎ、カイムもそれに続く。次の瞬間見えたのは、オーダイルがハッサムの攻撃で吹き飛ばされるところだった。

 

「オーダイル!」

 

 少女の悲痛な声が響く。それを見た瞬間、シロナはトゲキッスから飛び降り、トゲキッスに攻撃させた。

 

「エアスラッシュ!」

「!」

 

 真空の刃がハッサムに襲い掛かるが、ハッサムは一瞬シロナの方向を見ただけで回避した。

 

(あの状態からトゲキッスのエアスラッシュを回避…?それに…なにこのハッサム。纏っている波導が…黒い)

 

 一瞥しただけで回避するのに最適なタイミングを導き、即座に反撃できる体勢で回避。相当鍛えられたポケモンでなければできない芸当に、シロナの警戒心はさらに跳ね上がる。

 それだけではない。ハッサムが纏う黒いオーラ…波導は、正常なものとは言い難い。はっきりと見えるわけではないし、仮にシロナが波導を見えなくとも明らかに雰囲気がおかしい。

 

「ムクホーク、ブレイブバード!」

 

 そこに追撃の『ブレイブバード』がハッサムに襲い掛かる。しかしハッサムは腕を硬化させると、ムクホークの『ブレイブバード』にタイミングを合わせて『バレットパンチ』をぶつけた。『バレットパンチ』の攻撃により『ブレイブバード』の威力は大幅に削られ、ハッサムに受け止められた。

 

「っ⁈マジか⁈」

「やれ、ハッサム!」

「下がれ!」

 

 ハッサムは掴んだムクホークを脱出前に容赦なく地面に叩きつけた。そこに追撃の『バレットパンチ』を放とうとしてくるが、ミクリのミロカロスの攻撃がそれを阻んだ。

 シロナはその隙に、件の少女に駆け寄り、助け起こす。

 

「大丈夫?」

「あ、ありがとうございます…」

「ちっ…人が集まってきやがった。時間かけ過ぎたか」

 

 少女を襲っていたハッサムのトレーナーらしき男が舌打ちをする。そんな男にミクリは鋭い視線を向けた。

 

「こんないたいけな少女を襲うとは…美しくないね」

「…ルネジムのミクリか。面倒なのに見つかったな」

「私を知っているか。なら話は早い。投降すれば、危害は加えないよ」

 

 ミクリの言葉に男は目を細める。そしてニヤリと口角を歪めた。

 

「ハッサム、地面にバレットパンチ」

 

 ハッサムの攻撃が砂埃を舞い上げ、視界を奪う。だがこの程度の目眩しでは、シロナ達は動じない。ハッサムの気配を的確に読み取り、ある程度の位置は捕捉できていた。そのため、近接攻撃がメインのハッサム相手であれば、どのポケモンも対応できる。そう考えていたが、次の行動は完全に三人の予想を超えていた。

 

「シザークロス!」

 

 ハッサムの『シザークロス』がシロナ達の側にあるコンテナを捉えた。攻撃を受けたコンテナが弾き飛ばされ、シロナ達に向けて飛んでくる。

 

「なっ⁈」

「マジかよ」

 

 全員咄嗟に回避行動を取ったことでコンテナによる怪我は一切なかった。しかし、コンテナがシロナと少女を孤立させ、分断させられてしまう。

 

「やられたわね」

 

 他のコンテナが邪魔で、コンテナを乗り越えてこないとカイム達と合流できない状態にさせられてしまう。傷ついた少女を守りながら戦わなければならないが、この程度の足止めであれば十分に対応できる。そう考えたシロナはトゲキッスを戻し、ルカリオを自分の側に待機させた。

 だがその瞬間、ハッサムが高速でルカリオに突撃してくる。読んでいたルカリオはハッサムに『はどうだん』をぶつけるが、ダメージを受けながらもハッサムはものともせずルカリオに『ダブルウィング』の二連撃をぶつけた。

 

(はどうだんのダメージが無い⁈そんなはずは…)

 

 あまりにもダメージを感じさせない動きにシロナは僅かに動揺する。どんなポケモンもダメージを受ければ多少の隙ができる。しかしこのハッサムはまるで効果がないかのようにルカリオに突撃してきた。

 

「バレットパンチ!」

「インファイト!」

 

 両者の攻撃がぶつかり合う。ハッサムの攻撃は速いが、やはり威力で劣る。加えてタイプ相性もあり、すぐにハッサムが押されてくるが、その瞬間シロナに向けて石の礫が投げられた。

 

「っ!」

 

 礫を投げたのはハッサムのトレーナー。まさかトレーナー自身が直接攻撃してくるとは思わなかったが、シロナは咄嗟に回避した。

 だがシロナに攻撃が向けられたことでルカリオの意識が僅かに逸れる。その隙をハッサムは見逃さず、ルカリオの目にハサミを叩きつけた。

 

「ルカリオ!」

 

 瞬間的に目を奪われたルカリオを放置し、ハッサムが迫り来る。

 

「ダークラッシュ」

 

 ハッサムが黒いエネルギーを溜める。その対象が自分だと気づいた瞬間、シロナは恐怖を感じた。

 

「シロナ!」

 

 ハッサムの攻撃がシロナにぶつかる瞬間、カイムがシロナの体を抱いて飛ぶ。それと同時に、波導感知に切り替えたルカリオの『しんそく』がハッサムの攻撃を逸らした。さらにミクリのミロカロスが『ハイドロポンプ』で追撃を加え、ハッサムには少なくないダメージが入る。

 カイムはシロナを抱いたまま転がる。だがすぐに起き上がり、ブラッキーと共にハッサムに向かい合った。

 

「ちっ…さすがに手練れがこんだけいたら無理か。仕方ねえ、ハッサム!撤退だ!」

 

 男はハッサムに抱えられて夜闇に紛れどこかへ去っていった。

 追うかどうか一瞬悩んだが、まずは目的であるこの少女の安全が優先だと考えたシロナはカイムの手を借りて立ち上がる。そしてオーダイルを心配そうに撫でる少女に目を向けた。

 

「大丈夫?」

「あ、はい。この子も戦闘はできませんけど、致命傷は無いです」

「そう、良かった」

「あ、あの!助けていただきありがとうございました!オーダイルでも全然歯が立たなくて…危ないところだったんです。それで、皆さんは…」

「アズサ博士から貴女を探してほしいって頼まれたの。それで貴女のことを探していたんだけど」

「あ…アズサ博士が…へへ、また心配かけちゃった」

 

 少女は少し申し訳なさそうに笑う。そんな少女にシロナは手を貸して立ち上がらせた。少女は服を整えると、シロナ達に向き直る。

 

「改めて、助けてくれてありがとうございました。あたし、ミレイです」

「シロナよ」

「ミクリだ」

「カイム」

 

 簡易的に自己紹介を済ませると、まずは人気のある場所に移動しようとなり、一同は歩き始めた。そしてミレイと名乗った少女は自分が何故狙われていたかを話し始める。

 

「…あたし、オーレ地方から来たんです」

「オーレ地方?随分と遠くから来たのだね」

「はい。オーレ地方は、その…ホウエン地方と比べて治安が悪いので、ポケモンを悪いことに使おうとする連中がいたんです」

(似たような奴は、カントーにいたけどな)

 

 かつてウバメの森で出会った男、サカキ。悪の組織という意味では、彼も似たようなものだろう。

 

「ポケモンを悪い事、ね…どこにでも酷い事する人はいるのね」

「ホウエンにも、そんな人が?」

「ホウエン地方ではないが…まあ、どこにでもいるって話だ」

「そういうことさ。それで?キミは、何故その『悪い人』に狙われていたんだい?」

 

 ミクリの問いかけに、ミレイはぽつりと語り始めた。

 

「……あたしはその人達…シャドーに改造されたポケモンの見分けがついたんです」

「ポケモンを、改造?」

「…はい」

「なんでそんなことを…」

「兵器として、ポケモンを扱うためです。自分が傷つくことすら厭わない…心を持たない兵器として」

 

 それを聞いた瞬間、シロナから強烈な覇気が放出された。ポケモンのことを心から愛するシロナからすれば、ポケモンを兵器として扱うことなど言語道断。そんなことをする連中のことを考えただけで、腑が煮え繰り返る思いになった。

 だが、その怒りをここで表面化させることに意味はない。怒るべき相手が目の前にいるわけでもない以上、シロナは自分の感情を外に出すことに意味がないと判断し、即座に覇気を収めた。

 

「…ひどいことするのね」

「はい。でも、シャドーの目論みはレオが阻止しました。だから、もう大丈夫だと思います」

「レオ?初めて聞く名前だね」

「あたし、レオと一緒に旅してるんです。レオと一緒に、オーレからホウエンまで渡ってきたんですよ」

「へえ…では、何故そのレオ君とホウエンまで?」

「シャドーが連れ去って兵器にしたポケモンの中に、昔のレオのポケモンがいるんです。レオがシャドーのボスを倒した時、シャドーの何人かはオーレ地方から他の地方へ逃げ出して…それを追ってここまで来たんです」

 

 ミレイとそのレオは、かつての自分のポケモンを取り戻すためだったらしい。シロナはミレイがホウエン地方まで来た理由から、先程襲われていた理由も何となく読み取れてきた。

 

「そう。じゃあさっき貴女のことを襲っていたのは…」

「あたしが知っている限りですけど、最後のシャドーの残党。改造されたのは、あのハッサムです」

「あのハッサムが…」

 

 先程対峙したハッサムに、シロナは違和感を感じていた。ダメージを受けていながらも、ダメージを一切感じさせないような動き。とてもまともとは思えなかったが、それもシャドーによる改造ならば納得もいく。そして何より、シロナの目に映った『黒い波導』。それももしかしたら、改造に起因しているものなのかもしれないとシロナは考えた。

 

「あの黒いオーラ…もしかして、改造されたから?」

「えっ⁈シロナさん、あのオーラが見えるんですか⁈」

 

 ずいっと迫ってくるミレイにシロナは驚いたように目を見開く。そんなシロナを見て、ミレイはあっと声をあげて下がった。

 

「す、すみません…まさかあたしと同じものが見える人がいるとは思わなかったので…」

「いいのよ、気にしないで。それより、ミレイはあのハッサムが纏っていた波導が見えるのね」

「波導…そういう言い方をシロナさんはしているんですね。そうです、あたしは改造されたポケモン…ダークポケモンのオーラが見えるんです」

 

 改造されたポケモンはダークポケモンと呼ばれているらしい。そしてそのダークポケモンからは普通のポケモンとは異なる波導(オーラ)が出ており、ミレイにはそれが見えるとのことだった。

 

「ダークポケモンは、雰囲気はともかく見た目は普通のポケモンです。だからパッと見で見分けることは、多分できません」

「でもそのダークポケモンは、纏う波導が真っ黒になる。ミレイはそれが見えたから…」

「はい。あたしはそれが理由でシャドーに狙われました」

「つまり、キミはそのダークポケモンを見分けられる唯一の存在だったのだね」

 

 ダークポケモンを見分けられる唯一の存在。つまりそれは、ダークポケモンを兵器として扱う野望を唯一阻止できる可能性を持つ存在とも言える。ダークポケモンを見分けられない一般人では、下手な手出しができないが、見分けられるのであれば多少のやりようもある。シャドーにとってミレイは邪魔な存在だったのだろう。

 

「それで?そのシャドーは確かボスが捕まったはずだ。今もなお狙われている理由は?」

 

 先程ミレイは『シャドーのボスは倒された』と言っていた。ならばシャドーという組織は解体ないし、大幅に縮小されたはずだ。だというのに、ミレイはシャドーの残党に狙われていた。ミレイがダークポケモンを見分けることができる、というだけの理由で、わざわざこの遠いホウエン地方まで来るとは考えづらい。

 

「……さっきのハッサムを、取り返すために」

「取り返す?」

「…あのハッサム、レオの昔のポケモンらしいんです」

「なるほど、そういう事情だったのね」

 

 かつてポケモンを奪われた。だからそのレオは、シャドーを潰し、自分のポケモンを取り返そうとしたということらしい。

 ミレイの事情に納得したシロナはふと隣を歩くカイムを見る。カイムは先程ハッサムの攻撃が掠った腕をさすっていた。ルカリオがギリギリで進路を逸らしたとはいえ、完全に無傷とはいかなかった。

 

「カイム?」

「ん、ああ。何?」

「どうしたの?腕、痛む?」

「いや、平気だ。ただ…ハッサムの攻撃がちと気になってな」

「ハッサムの攻撃?」

「ああ。受けたからわかるが、ハッサムの攻撃…どのタイプにも当てはまらない攻撃だった」

 

 ポケモンの技は必ずタイプが存在する。例えノーマルタイプの技でも、ノーマルタイプとしてのエネルギーが宿った攻撃であるため、受けるなり触れるなりすれば、エネルギーを感じとることが可能だ。波導の修行を自身でも行うようになってから、まだ波導そのものを見ることはできないにしろ、カイム自身の感覚も僅かに鋭くなっている。それ故に、ハッサムの攻撃がどのタイプにも属さないエネルギーを宿した攻撃だとカイムは見破ることができた。

 

「ハッサムを従えていたトレーナー…確か、彼は『ダークラッシュ』と言っていたね」

「聞いたことない技ですね…ミレイは何か知ってる?」

「え、えっと…あたし、バトルについてはあまり知らなくて…でも、そのダークラッシュは、ダークポケモンしか使えない技ってことは知ってます!」

 

 ミレイは基本的にダークポケモンを見分けるためのレーダーとしてしかバトル中は口を出さない。そもそもミレイはポケモントレーナーではないため当たり前ではある。今手持ちにいるオーダイルも、護身用に念のために持たされてだけで、バトルの基礎すらわかっていない。そのため、『ダークラッシュ』についてはほとんど知らないに等しかった。

 

「仕方ない。キミのパートナーであるレオとやらに聞くとしようか」

「そうですね。それでミレイ、貴女の拠点ってまだ先?」

「いえ、もうすぐです。あの角を曲がれば」

 

 そう言って先導するミレイの背中を追っていくと、その先には大きな一軒家が鎮座していた。見たところ、シロナの自宅よりも大きい。

 ミレイは敷地に入り扉を開く。そして中に入ると、家主を呼んだ。

 

「アズサさーん!帰りましたー!」

「はーい。ちょっと待ってね」

 

 呼ばれた家主は声を上げると、すぐに玄関に現れた。明るい茶色の髪は肩くらいまで伸びており、白いノースリーブのニットワンピースを着ており、肩には水色の上着をかけていた。

 

「おかえりミレイちゃん。トラブったみたいだけど、無事戻ってこれてよかったわ」

「助けてもらっちゃいました…それで、この方達があたしを助けてくれたんです!」

 

 そう言ってミレイはシロナ達を紹介しようとするが、アズサはくすりと笑ってシロナ達に目を向けた。

 

「久しぶりね、ミクリ君。相変わらず綺麗な顔ね」

「ありがとうございます、アズサさん。貴女の活躍は聞いてますよ」

「あら、嬉しいわね」

 

 旧知の仲のように話すミクリとアズサにミレイはぽかんとしてしまう。そんなミレイを置いて、アズサはシロナに目を向けた。

 

「はじめまして、シロナさん。アズサです」

「ご丁寧にありがとうございます。シロナです、よろしくお願いします」

「ふふ、もちろん存じていますよ。有名なシンオウ地方チャンピオンですものね」

「チャンピオン⁈シロナさんが⁈」

「ちなみに、ホウエン地方先代チャンピオンはミクリ君よ」

「えええ⁈」

 

 ミレイはシンオウ、ホウエン地方から遠く離れたオーレ地方出身かつ、バトルに触れて来なかった。それ故に、こちらではかなりの知名度を誇るシロナとミクリを見て、名前を聞いても二人のことがわからなかった。

 

「そ、そんなすごい人に助けてもらったなんて…すごい偶然」

「あら、偶然じゃないわよ。わたしがミレイを探してほしいって頼んだの」

「え、そうなんですか?」

「ええ。直接頼んだわけじゃないけど。ね?カイム君」

 

 楽しそうに笑いながらアズサはカイムに目を向けてきた。目を向けられたカイムは肩を竦め、アズサの言葉を肯定する。

 

「あの、もしかしてカイムさんもチャンピオンだったり…」

「しねえんだなこれが」

「あ、さすがに違うんだ」

 

 シロナ、ミクリとチャンピオン(元も含む)が続いたため、カイムもそうなのかとミレイは予想したが、カイムはチャンピオンではない。チャンピオンのサポーターではあるが、彼にチャンピオン足り得る実力はない。どう足掻いても四天王といい勝負ができるところが限界だろう。

 

「アズサ博士から、お前を探してほしいって頼まれたんだ。借りがあったし、それで引き受けただけだ」

「借り?」

「こっちの話だ。気にしなくていい。そんで?頼まれたことは完遂したけど、まだなんかあります?」

「そんな他人行儀で話さなくていいのに。昔みたいに『アズサ姉ちゃん』って呼んでくれていいわよ」

「ざけんないつの話だ」

 

 顔を顰めながらカイムは大きく息を吐き出す。

 

(…アズサ姉ちゃん)

 

 対してシロナは、幼き頃のカイムが『アズサ姉ちゃん』とアズサのことを呼んでいた事実に少しだけ驚くと同時に、当時のカイムのことを『可愛かったんだろうな』と明らかに場違いなことを考えていた。タキに見せてもらったアルバムでは、まだ幼く可愛らしいカイムの姿があった。その容姿のカイムが『姉ちゃん』呼びをしている…もし自分がそう呼ばれたら、きっと妹のクロナと同じくらい可愛がっていただろうと考えてしまう。

 そんなシロナの僅かに色ボケした思考はさておき、話は進んでいく。

 

「ふふ、まあいいわ。とにかく、ミレイを助けてくれてありがと。わたしはトレーナーじゃないから、荒事になると足手纏いにしかならないからね。腕が立つカイム君がいてくれてよかったわ」

「そらどーも。とりあえず、これでチャラだな。帰っていいか?」

「そんなさっさと帰らなくてもいいじゃない。ここまで来たんだし、事情を話すついでにお茶でもどう?せっかくシロナさんにも会えたんだし、もう少し話したいわ」

「…………」

 

 カイムはがしがしと頭をかくと、シロナに目を向ける。シロナはカイムが『シロナの判断に任せる』と言いたいということを察すると、快く頷いた。

 

「じゃあ、少しなら」

 

 時刻も夕食くらいの時間。タキには少し外に出ることを伝えてあるし、色々と用事ができたことも伝えた。そのため夕食の時間を遅くすることを快く了承してくれたが、あまり待たせるのも悪い。とはいえ、アズサ博士と話す機会などそうないし、ダークポケモンなる存在についても気になる。少しだけ話を聞いて行こうと考えた。

 

「ふふ、ありがと。それじゃミレイ、レオ呼んできて」

「え、レオ来ますか?」

「わたしが呼んでるって言って」

「はーい」

 

 そう言ってミレイは中へ歩いていった。

 それを見送ったアズサは、いまだに玄関で立っている3人を中に招き入れる。

 

「ごめんなさいこんなところで。さ、入って」

「お邪魔します」

 

 相変わらずカイムは仏頂面をしていたが、そんなカイムを引きずりながら三人はアズサに続いてリビングへと向かう。比較的整頓されているが、所々に研究資料と思わしき本や書類が置かれていた。シロナとアズサで分野は異なれど、研究者。似ている部分があるのだろう。

 

「そこに座って。今お茶淹れるから」

 

 椅子を勧められ、シロナとカイムが二人掛けソファに、ミクリは椅子に腰掛けた。

 それからすぐにアズサが人数分のカップをお盆に乗せて運んできた。それぞれの前にカップを置くが、二つほど多い。一つはミレイのものだとわかるが、もう一つは誰のものかと考えたところで、リビングの扉が開いた。

 

「ほらレオ。早く早く!」

「押すなっての」

 

 ミレイに押されて現れたのは、アッシュグレーの髪に白いフェイスペイントを施した少年だった。少年はシロナ達を見ると、ため息を吐きながらシロナの向かい側に腰掛ける。

 

「あんたらが、ミレイを助けたのか?」

「ええ。アズサ博士からの依頼だけどね」

「…そうか。礼を言う。身内が面倒をかけた」

 

 少年は軽く頭を下げてシロナ達に感謝を言った。ぶっきらぼうな物言いだが、少なくとも感謝しているのは本当だろうとシロナは考える。

 少年は顔を上げると、鋭い目つきでシロナ達を見据えた。

 

「レオだ。知ってるかもしれんが、オーレ地方から来た」

「貴方がレオね。私はシロナ。シンオウ地方から来たの」

「ミクリだ。私はホウエン地方だ」

「カイム。シロナと同じ出だ」

 

 一通り自己紹介を済ませると、レオはアズサに目を向ける。

 

「で?なんでアズサ(あんた)は無関係の人間を巻き込んだんだ?ミレイにも護身用のポケモンは持たせてる。わざわざ探させないといけないほどのものなのか?」

 

 そう言ってレオは言葉の節々にアズサへの非難の意を込めた。

 だがそんな非難の視線を受けてなお、アズサは涼しい顔をしている。全く意に介していない、というわけではないようだが、アズサなりに考えがありそうな様子だった。

 

「あら、そうかしら?」

「あ?」

「ミレイに託したオーダイルとメガニウムは、確かに貴方にリライブ(・・・・)されて、鍛えられた。普通にやれば大抵の相手には負けないし、ダークポケモン相手でも十分戦えるでしょうね。でも、ミレイはポケモントレーナーじゃないわ。シャドー戦闘員とのバトルで、ミレイが遅れを取ることは不思議じゃないでしょ?」

「なら何故すぐにオレに伝えなかった」

「伝えたら、貴方すぐ現場に行こうとするでしょ?怪我人なのに、無理してでもやろうとするだろうから言わなかったの。わたしが向かっても、足手纏いが増えるだけ。だから彼らを頼ったの」

 

 『直接お願いしたのはカイム君だけなんだけど、予想外に頼もしい助っ人がどうにかしてくれたわ』と付け加えてアズサはお茶を啜る。レオはアズサの言葉に筋が通っている以上、何も言うことができず舌打ちをして視線を逸らした。ここはアズサの方が一枚上手だったらしい。

 とはいえ、レオの言葉も間違ってはいない。ダークポケモンの事案となると、関わる人間は少ない方がいい。世界的にも忌むべき技術など、知る人は少ないに越したことはないだろう。

 

「さて、レオも説得できたし…他に何か聞きたいことはある?」

「おい」

「ダークポケモンの存在を知ったのよ?巻き込んだとはいえ、最低限知らせておくのは義務じゃないかしら」

「……わかったよ」

「ええ。それじゃ、何か聞きたいことはある?」

 

 そう言ってアズサは改めて聞いてくるが、最低限のことは既にミレイから聞いている。故にわざわざ新たに聞くこともないのだが、カイムには一つ引っかかっていることがあった。

 

「いいか?」

「ええ」

 

 カイムの問いに、アズサは頷く。

 

「ダークポケモンのことは聞いた。だがあのダークポケモンの使った技…ダークラッシュについて聞きたい」

「確か、カイムが受けた攻撃よね」

 

 シロナの言葉にそっぽを向いていたレオがぎょっとした顔でカイムの方を向いた。

 

「は?受けた?」

「ああ。掠っただけだがな」

 

 そう言ってカイムは傷ができた腕を見せた。ハッサムの攻撃を受けた場所は傷ができている。

 

「…お前、本当に人間か?」

「は?」

「ダークラッシュ、人間が受けてその程度で済むのかよ」

「ルカリオが庇ってくれてな。それで?どーいうことだよ」

「ダークラッシュは、ダークポケモンだけが使える技だ。人が直接受ければ、下手すりゃあ死ぬくらいの威力。タイプ相性に左右されない、無属性タイプだ」

「無属性…」

 

 ポケモンの技には全て必ずタイプエネルギーが存在する。例えノーマルタイプの技でも、ノーマルタイプのエネルギーが宿っている。そのため厳密に『無属性』の技は存在しない。

 だがダークポケモン専用技『ダークラッシュ』は、真の意味で無属性。どのポケモン相手にも等倍でダメージを与えることができる革新的な技ともいえる。

 

「…なるほど、無効も半減もされない技に、人間相手にも躊躇なく攻撃できるポケモン…兵器にはもってこいか」

「そうなるな。だが、ダークラッシュは強力な反面、ポケモンに大きな反動が帰ってくる」

「…使うほど傷つくってことだね。すてみタックルのように反動のある技はあるが、それとは違うのかい?」

 

 ミクリの問いに、レオではなくアズサが答える。

 

「ただの反動なら、回復させて終わり。でも、ダークラッシュはポケモンの身体の限界を超えて威力を出す。だからダークラッシュを使い続けたポケモンの身体は…」

「…ふむ、徐々に蝕まれていき、やがては命を削っていくんですね」

「その通りよ」

 

 ダークポケモンに感情はない。故にトレーナー(所有者)の命令であれば、必ず実行する。例えその命令が自身の命を削り、他者の命を奪うものであったとしても、躊躇なく実行する…してしまう。

 

「ダークポケモン…思った以上に業が深いもののようだ」

「そうね。でも、シャドーがオーレ地方にいる以上、何もできないわ」

「壊滅したんじゃないのか?」

「してねぇよ。ダークポケモン計画を束ねてるボスを抑えただけだ。シャドーそのものは、まだある」

「……そうか」

 

 ダークポケモン…シロナやカイム、ミクリからしても許し難い存在だ。だが、オーレ地方はあまりにも遠い。シロナ達にできることはないだろう。

 

「知りたいことはそれだけか?ならさっさと帰れ。そしてもう二度とこの件に関わるな」

 

 それ以上質問が出ないと察したレオは立ち上がると、さっさと出ていってしまう。

 

「あ、待ってよレオ!」

 

 出ていったレオを追ってミレイも部屋を出ていく。残されたシロナ達にアズサは苦笑しながらシロナ達に向き直る。

 

「ごめんね。レオ、警戒心強い子なの」

「…カタギには見えねえな」

「あら、さすがの感覚ね。そう、レオは元スナッチ団…シャドーの下請け組織なの」

「つまり、元シャドーといって差し支えないということかい?」

「そうなるわね」

 

 カタギとは思っていなかったが、まさかレオ自身がシャドーの一味だとは思っていなかった。何故シャドーに反旗を翻し、敵対したのかはわからない。だがレオはダークポケモンを奪い返し解放してきたらしい。

 

「元々がどうであれ、あの子はダークポケモンを解放してきた。あれでも、優しい子なの。気を悪くしないでね」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

「巻き込んだのはわたしだし、まだ聞きたいことがあればわたしが答えるわ」

「アズサ博士…あんたは、ダークポケモンについてどれくらい知ってるんだ?」

「それなりに。わたし、一時期オーレにいたのよ。直接見たことも何度かあるわ」

「そうか」

 

 一人で治安の悪いオーレ地方に行くというのもなかなか思い切った行動をしているアズサだが、そういうことをやってのけるのがアズサだとカイムは知っている。故に特に驚くことなく、軽く流した。

 対してシロナは少し驚いたが、カイムが流しているためシロナもそれについては何も言わない。だが代わりに、シロナは別のことをアズサに問いかけた。

 

「あの…リライブって?」

 

 話の中で出てきた言葉『リライブ』。ポロッと出てきたためその場で聞くことはなかったが、聞けるなら聞いておこうと考えたシロナはアズサに問いかけた。

 

「ああ、リライブって言うのはダークポケモンを元の状態に戻すことよ。心の扉を開いて、かつての記憶を取り戻させる行為」

「かつての、記憶…?」

「ダークポケモンは…その、言い方は悪いけど…製造方法として、まず最初に記憶を消すの。そして、心を閉ざしてダークポケモンにする」

「つまり、そのリライブをすれば記憶と心を戻せるってことなんですね」

「ええ。ただ、それにはかなり長い時間が必要になるわ。ポケモンと触れ合い、戦い、少しずつ心を開く。そして最後の扉を開くことができれば、晴れてリライブ完了らしいわ」

 

 『ま、このあたりはレオの受け売りなんだけど』と苦笑しながらアズサは言う。いくらダークポケモンを実際に見たことあるとはいえ、元に戻す方法を実体験したわけではない。そのため、このあたりの知識はレオから聞かされたものらしい。

 

「元に戻す方法があるんですね。それは少し安心しました」

「そうね。ただ、このままダークポケモンの研究が進めば、リライブ不可能なポケモンが出てきてもおかしくないわ。現に、レオの手持ちの子には心の扉がとても硬く閉ざされている子もいたらしいの。ありえない話じゃないわ」

「…そうですか」

 

 ダークポケモンの存在はシロナにとって許しがたい存在。しかしシロナがこの件に関してできることは、レオ達の手助けくらいが関の山だ。少なくとも、諸悪の根源を断つことはできない。

 

「レオ君は、何故シャドーを完全に潰さずにホウエンへ?」

「あの子にとって、大事なのは自分のポケモン。その過程で出会ったポケモンは助けても、諸悪の根源であるシャドーを潰すことは初めから考えていなかったみたい」

「ふむ、賢明ではあるね。一人で完全に組織を相手取るのは、どんなトレーナーであれ危険だ。それがロケット団を超える悪の組織であれば、尚更ね」

 

 シャドーの危険性は、ロケット団をも超える。ポケモンの兵器化を始め、地下街の支配、ゴロツキとの癒着…放っておけば、オーレ地方は完全にシャドーの手に落ちていただろう。それを一人で相手取っていたレオも相当な腕…それこそ、シロナやミクリに全く引けを取らない実力を持っているだろうが、組織の根本から潰すとなると、レオ一人では厳しい。加えて、レオ自身も元スナッチ団故に、姿がシャドーに割れている。長くオーレ地方に留まることはできなかった。

 

「ホウエン地方まで逃げてきたシャドー戦闘員は三人。二人は既に捕獲して、警察に引き渡したわ。最後の一人は、今も逃亡中ね」

「ミレイを襲ってた奴か」

「ええ。彼がレオの目的のダークポケモン、ハッサムを所持している。ハッサムをスナッチすれば、レオの目的は果たされるわ」

「…………」

 

 カイムはその言葉に答えないし、アズサもそれ以上のことは言わない。アズサもカイムの事情は把握しているため、これ以上レオ達のことに首を突っ込む余裕はないと判断したからだ。

 実際カイムに余裕はない。資料は集まったが、執筆が残っている。今回の資料を元に、既に書いてある部分も含めて大幅に内容を変更させる必要があった。大筋は変えていないにしろ、修正箇所は多い。分野は違えどアズサも同じ研究者。論文を執筆し、研究を進める大変さはよく理解していた。

 だがそれでも、カイムとシロナの心は決まっている。

 

「…滞在期間も残りわずかだ。できることはあまりないが、できる限り手伝う」

「あら、いいの?巻き込んだわたしが言うのもアレだけど、忙しいでしょ?」

「ここまで来たんだ。できる限りやるさ」

「そうね。私たちにもできることはあるはず。できるだけ協力します」

「ああ、私も協力しよう。ミナモ周辺に潜伏しているなら、私のツテも少しは役に立つはずだ」

「…ミクリ君はともかく、二人もお人好しね」

 

 本来、ここでシロナとカイムがアズサに手を貸すメリットは無い。だがそれでも、二人はできる限りのことをすることを選んだ。アズサとしてもありがたい限りだが、昔から変わらないお人好しぶりを見せるカイムに少しだけ苦笑する。

 

『誰かを助けるのに、理由がなきゃいけないのかよ』

 

 かつて幼少期のカイムがいじめっ子に言った言葉。昔から変わらない心の持ち様は、今もなおアズサには眩しく思えた。

 

「ありがとう。じゃあ、みんなに頼みたいことをそれぞれ後で連絡するわね。あ、でもカイム君」

「あ?」

「わかってると思うけど、自分のこと優先よ?まずは自分のやるべきことをやる。いいわね?」

「ああ」

「本当にわかってるのかしら」

「大丈夫ですよアズサ博士。私がちゃんと見てますから」

 

 カイムの肩に手を置きながらシロナはそう告げる。お人好しのカイムがアズサに手を貸すことばかりにかまけるということはあり得ない話ではない。だがシロナがいる以上、カイムが横道に逸れることはさせないだろう。そもそも、あと数日程度しか滞在しないカイムにできることなどたかが知れているのだが。

 

「ふふ、よろしくね。シロナさん」

「ええ、任せて」

「お願いね。じゃ、今日はここいらで解散にしましょ」

 

 それほど長い時間過ごしていたわけではないが、これ以上滞在させるのは申し訳ないと考えたアズサは解散を提案し、三人もそれを承諾した。

 

「そうだね。さすがに、そろそろお暇しようか。私も、ツテを使うには少し時間がいるしね」

「じゃ、帰るか」

「ええ、そうね。アズサ博士、ありがとうございました」

「ありがとうシロナさん。会えてよかったわ」

 

 そう言ってシロナ達はアズサ博士の研究所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイムの実家にて夕食を済ませた後、シロナは入浴を済ませた。

 カイムと父であるナダが庭で酒を飲んでおり、その側にはバシャーモやジュカインがいる。

 

「あらシロナちゃん。もう上がったの〜?」

 

 台所では、タキが皿洗いをしていた。タキの側ではカイムのルカリオが手伝いをしており、ルカリオの頭の上ではエルフーンがもふもふしている。

 

「はい。お先にお風呂、いただきました。ありがとうございます」

「いいのよ〜。お客様にやらせられないわ〜」

 

 『そもそもうまくできないんだけど』と、内心で考えながらシロナは苦笑する。

 せっせと手を動かすタキに、シロナはぽつりと問いかけた。

 

「タキさん」

「ん〜?」

「タキさん、流星の民なんですか?」

 

 シロナの問いに、タキは手を止める。

 

「……どこで聞いたの〜?」

「ミクリさんが…」

「そう、ルネの民のミクリ君ね〜。確かにあの子なら知ってるかもね〜」

 

 タキは洗った皿をルカリオに手渡し、水を止める。そして手を拭くと、皿を拭くルカリオの頭にいるエルフーンを優しく撫でた。

 

「そう、わたしは流星の民の末裔。ただ、知っての通り伝承は継いでない分家よ」

「みたいですね」

「ふふ、バレちゃった。別に隠してたわけじゃないんだけどね〜」

 

 悪戯がバレた子供の様に笑いながらタキはシロナに目を向ける。

 

「どうして、イサナさんには伝えてカイムには伝えなかったんですか?」

「ん〜?別にイサナにも伝えてはいないわよ。ただ、あの子は何故か気づいたのよ〜。だからご先祖が流星の滝出身ってことだけを伝えて、あとはあの子が勝手に調べたの。それに、わたしも結婚するまでこの事実は知らなかったのよ〜」

「どういうことですか?」

「そういうしきたりなの。自分たちが流星の民であるということは、伴侶ができたら伝えるしきたりでね〜。ま、半分形骸化してるけど」

 

 タキの家系は、自身が流星の民であることを伴侶ができた際に伝えていた。流星の滝から離れた家系は宗家である家系の伝承を必要に応じて支える役割がある。例えば、手数が足りない時などに必要に応じて手を貸す、といった形になる。だが手を貸すにしても、事情を完全に把握できる年齢でなければそれに関わることを許されない。それは伝承を必要以上に外に広めないための配慮でもあり、伝承とこの先のホウエンの未来を受け入れることができる年齢になるまで関わらせないという配慮でもあった。

 

「イサナは何故か気づいたのよね〜。昔からカンがいいからかしら〜。まあ気づいたことは仕方ないし、イサナには伝えたわ〜」

「でも、カイムには…」

「ええ、伝えなかった」

 

 タキは台所に飾られた家族写真を眺めながらシロナの問いに答えた。

 

「聞かれなかったってのもあるけど…あの子には、重いかなって思ったの。何も持たないことに劣等感を強く抱いていたのに、生まれが少し特別だって知ったらどうなるか…」

 

 分家とはいえ、特別な生まれ。何も持たないカイムが生まれだけは特別…『特別なのに、何も持たない』というさらなる劣等感をカイムに与えてしまうのではないか、とタキは考えた。

 

「それに、実際は伝承を継いでない一般人よ〜。わざわざ伝えることでもないかな〜って」

「そうなんですね」

 

 タキは庭で酒を酌み交わすカイムの姿を見ながら続ける。

 

「昔は、イサナに憧れて特別であることに拘ってたの。イサナ本人は特別だとは思ってなかったみたいだけど、側から見てたらイサナは特別そのものだったからね〜。イサナみたいになりたかったのよ」

「特別…多彩な才能があるイサナさんは確かに特別かもしれませんね」

「本当になんでもできたからね〜。勉強、スポーツ、バトル…なんでもすぐにできたからほとんど努力してこなかったのよ〜。クラスどころか、地域全体で一番になるものも多かったわ〜」

(…改めて聞くと、やっぱりイサナさんすごいのね)

 

 多才であることは承知していたが、大した努力もせずここまでの成績を残す存在などそういないだろう。カイムが激しく劣等感を抱く気持ちもわからなくはない。

 

「何か一つ…イサナに勝てるものがあれば違ったのかしらね…わたしは、成し遂げたことも生まれも関係ない…わたしとお父さんにとって、いるだけで特別な子だってわかってほしかったの」

 

 子は親を選べないが、親も子を選べない。どんな巡り合わせであろうと、自分達のもとへ生まれてきてくれたイサナもカイムも、ナダ夫婦にとって特別な存在だった。それをわかってほしい、と言う気はないが、功績による『特別』に拘るかつてのカイムを見て、タキも少し思うところはあったらしい。

 だが今のカイムは違った。抱き続けた劣等感と向き合い、己とイサナが別の存在であることを真の意味で理解し、そして乗り越えた。父と酒を酌み交わすカイムの表情は相変わらず動かないが、かつてのような陰はない。

 

「ふふ…でも、もうあの頃の陰りはない。これも全部、シロナちゃんのおかげね〜」

「そんな…私は大したことはしてません。結局、カイムが自力で乗り越えたんですから」

「かもね〜…って、この前も似たような話したばっかりよね。いやだわ〜もう歳かしら〜」

「まだまだお若いじゃないですか」

「いやよ〜わたし今年でもう55よ〜」

(……え?若すぎない?)

 

 ポロッと出たタキの年齢に、シロナは若干戦慄する。タキの見た目はパッと見た感じでは40代前半。しかし実年齢はそれより10以上上の年齢だという。ナダは年相応な気もするが、タキは明らかにそう見えない。ヒガナもシロナ、カイムと同年代だが、見た目は若々しく、やや幼くも見える。ヒガナ自身がそういう人間だ、といえばそれまでだが、もしかしたら流星の民は若々しい期間が長い民族なのかもしれない。

 

「とてもそうは見えません。とてもお綺麗です」

「うふふ〜シロナちゃんみたいな美人さんに言われると嬉しいわ〜。わたしのお母さんも最後まで若々しかったし、もしかしたら遺伝かもしれないわね〜」

 

 遺伝、ということを考慮すると、やはりこの若々しさは流星の民特有のものなのかもしれない。とはいえ、たまたまタキの家系がそういう遺伝子を持っているだけの可能性もあるため、結局は何とも言えないが。

 

「そういえば…シロナちゃんの髪、とっても綺麗な金髪よね〜。染めてるわけでも無さそうだけど…地毛?」

「はい、生まれつきです。私だけじゃなく、妹も同じ髪質なんです」

「あら〜こんな綺麗な髪が生まれつきなんて羨ましいわ〜。もしかして遺伝〜?」

「どう、ですかね。私、両親のこと知らなくて…」

「あら、そうなの〜?じゃあシロナちゃんは誰のもとで育ったの〜?」

「祖父母です。物心ついたときから、祖父母のもとで。この髪も祖母とほぼ同じ髪質なんですよ」

 

 シロナの美しい髪は恐らく遺伝。祖母の若かりし頃の写真を見ると、祖母の髪は髪質は異なるもののシロナと同じ金髪だった。シロナの家系は恐らくこの金髪が強く出やすい家系なのだろうと勝手に考えていた。

 対して、タキはシロナのことをじっと見つめていた。なんだろうと首を傾げると、タキはなんでもないとでも言うように首を横に振る。

 

「…なんでもないわ。綺麗な髪だなって」

「ありがとうございます」

「シロナちゃんは確か…カンナギタウン出身だったわね。もしかしたら、シロナちゃんの髪を持った一族がカンナギタウンに住んでいたのかもしれないわね〜。シロナちゃんは自分のルーツって知ってるの〜?」

 

 タキの言葉でシロナの脳裏にかつての記憶が蘇る。本当に幼い頃、シロナにフカマルのタマゴを託した男性の存在。

 

 

『貴女にこのタマゴを託します。このタマゴから生まれてくるポケモンと共により良い世界を作り、世界の謎に触れることができるとワタクシは願っています』

 

 

 あの男性が誰だったのか。今となってはわからない。この話を祖父母にしたが、祖父母は何も言わなかった。男性について何も知らなかったのか、それとも何か隠したいことかあったのか。恐らく今聞いても答えないだろうが、もしかしたらあの男性はシロナの家系の親族なのかもしれない。

 

「…私のルーツか。どんな人たちだったんだろう」

「きっと素敵な人達よ〜。だって、貴女はこんなに素敵な子なんだもの」

「そんなに褒められると、ちょっと照れますね」

 

 自分のルーツがどんなものであれ、自分は自分。自らが選んだ道を愛する人やポケモン達と共に歩いていく。それこそがシロナの願いであり、生きる意味なのだと再確認し、庭でナダと談笑する最愛の人の後ろ姿を微笑みながら見つめる。

 

 

 

 その後、親子の飲み会にシロナも共に参加し、これまでの人生やカイムとの生活について両親に話した。だが、無意識に糖度の高い話になってしまい、ナダがそれを中和するために飲みすぎて二日酔いになったのはまた別の話。(タキは酒に強いかつ、嬉々として聞いていたため無傷)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 既に日が傾き始めている時刻に、シロナはアズサの研究所を訪れた。シロナのことを家主であるアズサが出迎える。

 

「あらシロナさん、いらっしゃい。カイム君は?」

「今は論文の執筆中です。たくさん課題がありますから」

「ふふ、大変そう。それで?要件は…ま、例の件よね」

 

 昨日、シロナ達はレオがハッサムを取り返すための手助けをすることを決めた。その件について、シロナとカイムが短い時間の中でできたことを報告しに来た。

 

「はい。カイムと私で、一定の成果は得られたと思います」

「恐ろしく早いわね。とりあえず上がって。中で聞かせてもらうわ」

 

 アズサに招かれ、昨日と同じリビングに通される。そこでシロナは、自身のタブレットにいくつかのファイルを表示させてアズサに手渡した。

 

「今回、私とカイム、ミクリさんでミナモシティ全域の潜伏可能場所のピックアップと監視カメラ映像の抽出を行いました。これのおかげで、シャドー戦闘員のいる可能性の高い場所を選出したんです」

「わあ…たった一日でここまで絞り込むなんてすごいわ。よくここまでの情報集められたわね」

「情報集めに関しては、ミクリさんが色々なところに顔が効くおかげです。必要な情報の洗い出しさえ終われば、ミクリさんが全部用意してくれました」

「さすがね。それで、この三つのエリアにシャドー戦闘員がいる可能性が高いと」

 

 シロナがピックアップしたのは、昨日の港付近にある倉庫、ミナモデパート付近の廃墟、そして灯台だった。

 

「なるほど…確かに悪い奴が潜伏してそうな場所ね。しかもあまり人が寄り付かない場所だわ」

「ミクリさんが街中の監視カメラの映像を警察に依頼して解析し、シャドー戦闘員と思われる人が映ったのが、この三つの場所だったんです。それに、ミナモシティに潜伏しているなら他に潜伏できそうな場所もありませんからね」

「確かにね。でも、このシャドー戦闘員がもうミナモシティから出て行っている可能性は考えなかったの?」

 

 アズサの問いにシロナは肩を竦めながら答える。

 

「考えました。でも、この男の目的を考えれば、出て行くことは考えにくいです」

「というと?」

「この男は、明確にミレイちゃんを排除しようとしていた。ミレイちゃんが狙われる理由は、ダークポケモンの識別能力。それは不思議ではないけど、ミレイちゃんが何故今もなお狙われているのかを考えれば、シャドー戦闘員はまず間違いなくミナモに留まると思ったんです」

 

 シャドーはレオの手で崩壊とまでは言わずとも、大きなダメージを受けた。本来なら組織の立て直し、又は計画の練り直しのために多大な体力を使うため、こんな他の地方に来てまで少女一人を追い回す余裕などないはず。だというのにミレイは今もなお狙われている。つまり、シャドーにとってそれほどまでミレイの存在が邪魔だということに他ならないだけでなく、レオが倒したボスよりももっと上の存在がミレイを消しにかかっているというのも間違いないだろう。

 

「確かにね…シャドーが完全に瓦解したなら、シャドー戦闘員が今もなおミレイを狙う理由はないものね」

「ハッサムを持ってホウエンまで逃亡してきたのも、もしかしたらシャドーの狙いだったのかもしれませんね」

 

 ダークポケモン計画が頓挫した以上、シャドーという組織は大きなダメージを受けたことになる。その計画を復活させるつもりであるならば、一度計画を潰したレオとミレイは邪魔な存在になることは間違いない。ならばレオとミレイをせめてオーレ地方から遠ざけなければ計画の再構築はできない。そこでレオの目的であるストライクないし、ハッサムを持ってオーレ地方外に逃亡させれば、それを追ってレオ達もオーレからいなくなる。その先でレオ達を消すことができれば御の字、できなくともオーレから遠ざけることができればダークポケモン計画を復活させられる。その可能性もあるのではないかとシロナは考えた。

 

「レオをオーレ地方から遠ざけるためね。あり得るかも」

「もちろんこれは私が状況を見て考えただけですけどね。実際どうだったかは、わかりません」

「そうね。ま、何にしても助かったわ。この情報を使って、こちらから探りを入れてみることにするね」

「探り?」

「ええ。昨日ミレイのいる場所を示したマップをカイム君に見せてもらわなかった?あれを、今度はシャドー戦闘員にやるの。人気の無い場所なら、多分すぐ見つかるわ」

「どういったものなんですか?」

「ポケモンに持たせた装置から電波を発して、周辺地域にいる人間やポケモン、通信機器をピックアップする装置よ。便利なんだけど、範囲を広げると精度が著しく落ちてね。ある程度絞り込まないと、あんまり役に立たないのがネックなの」

「さすが通信・電波関連のスペシャリストですね…」

「ありがと。でも、結局三人が情報集めてくれなきゃ、役に立たなかったけどね」

 

 そう言ってアズサはボールからフワライドを出し、装置を持たせるとそのまま空へと飛び上がらせた。アズサによると、二時間もすれば指定範囲の捜索は終わるらしい。

 その事実に安心したシロナは、ふと一階にある気配がアズサのものだけであることに気づく。波導を見えるようになったシロナは気配に敏感になっており、この家にいるはずの二人の気配がないことに疑問を持った。

 

「あの…レオとミレイちゃんは?」

「レオは地下でマシンの調整。ミレイは二階よ」

「地下?」

「ええ。わたしの仕事スペースを貸しているの。ダークポケモンの攻撃を受けて、マシンが少し傷ついたみたいでね。その調整よ」

 

 そのマシンが何なのかをシロナは知らないが、そもそも機械に関する知識は一般人程度しかないシロナでは細かいことは理解できないだろう。そのため下手に顔を出すと邪魔になりかねないと判断したシロナは、ミレイの顔を見に行くことにした。

 

「ちょっとミレイちゃんに会っていきますね」

「ええ。二階の奥の部屋にいるはずよ」

「ありがとうございます」

 

 アズサの言葉に従い、シロナは二階に上がり一番奥の部屋の扉を開いた。部屋にはミレイがおり、ベランダから海を眺めていた。

 扉が開く音に気づきミレイが振り返る。そしてシロナの顔を見ると、パッと表情を明るくした。

 

「シロナさん!」

「昨日ぶりね、ミレイちゃん。元気そうね」

「はい!」

 

 人懐っこい笑みを浮かべるミレイの隣にシロナは立つ。ベランダからはミナモシティの街並みと先にある海が見える。太陽が水平線へと近づいていっており、水面に反射した光がきらきらと輝いていた。

 

「カイムさんは来てないんですか?」

「ええ。今はお仕事」

「そっか。お話ししたかったんだけど…残念」

 

 シロナ達は、近いうちにホウエン地方からシンオウ地方へと帰る。こうしてミレイ達と話ができる機会は、もうそうないだろう。

 

「ねえシロナさん」

「ん?」

「シロナさんとカイムさんって、付き合ってるの?」

 

 突然の質問にシロナはわずかに驚くが、すぐに微笑みながらミレイの問いかけに頷いた。

 

「ええ。付き合ってるわ」

「やっぱり!雰囲気からそうなんじゃないかなって思ってたの!」

 

 ミレイはシロナよりも鮮明に波導が見える。故に、カイムとシロナが話している時の二人の波導が深い信頼を表しているのが見えた。加えて、シロナとカイムの距離感はどことなく近い。もしかしたらそうなのかな、と思っていたが、やはりそうだったのかとミレイは納得する。

 

「へえー、いいなぁ。素敵な彼氏さんがいて」

「ふふ、ありがと。素直じゃないけど、とっても素敵な人なの」

「そっか。表情動かないからちょっと何考えてるかわかんないけど、優しい人だったことはわかるよ。見ず知らずのあたし達を助けてくれてるからね」

 

 表情はほとんど動かないため感情はわかりづらいが、何も知らないはずのミレイを助けて、レオの手助けをしてくれている。どういった理由であれ、それは事実であるため、彼がお人好しであることくらいはミレイにも理解できた。

 

「ね、シロナさん。カイムさんってどんな人?」

「そうね…優しくて誠実で、不器用な人かしら。表情が動かないから、何考えてるかわからないって言われがちだけど、案外接してみるとわかりやすいわよ」

 

 確かに表情は動かない。しかし雰囲気やちょっとした仕草、声音などで感情の変化が読み取れる。常に冷静であろうとしているが、案外コロコロ感情が変わっていたりもするため、彼をよく知る人からはとても親しまれていた。

 

「そんな人だからかしらね。ポケモンからとても好かれるの。ポケモンは人の声や雰囲気から感情を読み取ることが得意だからね。きっと親しみやすく思えるのよ」

「ポケモンから好かれるんだ!レオと同じね!」

「あら、レオも?」

「うん。レオもね、すごくポケモンから好かれるの。ダークポケモンをリライブさせるためにはポケモンと心を通わせる必要があるんだけど、レオはポケモンと心をつなげることが得意だったから短期間でたくさんのポケモンをリライブしてきたの」

 

 とても嬉しそうにミレイは語る。ポケモンと心をつなげるというのは、言うほど簡単では無い。人とポケモン…種族が異なる以上、たくさんの時間を要する場合が多い。

 オーレ地方にいたダークポケモンがどれだけいたのかはわからない。しかし、たくさんのポケモンと心を繋げ、元に戻してきたということは、レオにはポケモンと心を通わせる才能があったということだ。

 

「そう。そこはカイムと同じね」

「ですね!それにレオって、悪人面してるのに結構お人好しなんですよ。スナッチしたポケモンを、最後はわざわざ元の所有者の場所に返しにいったんですから」

「元の所有者に?」

「はい。もちろん全部自分でやったわけじゃないですけど、いろんな人に協力してもらって」

 

 ダークポケモンの素体となるポケモンは、基本的に下請け組織であるスナッチ団がシャドーに提供したもの。故に、元スナッチ団であったレオは、スナッチ団のアジトに保管されていたスナッチしたポケモンのデータの在処を把握していた。シャドーのボス、ワルダックを倒したあと、壊滅したスナッチ団アジトにあるデータを抜き出し、それを元に元の所有者の元へポケモン達を返していた。

 

「レオは、あまり自分のことは話しません。でもあたしを助けてくれて、ポケモン達も助けてくれた。とっても優しいんですよ」

「…そう。よく見てるのね、レオのこと」

「はい……あっ!」

 

 答えたミレイの顔が真っ赤に染まる。何気なく言われた言葉故に、何気なく返していたが、レオのことをよく見ているということを認める一言となってしまっていた。

 それを聞いたシロナは楽しそうに笑う。そんなシロナを見てミレイはあたふたするが、シロナは落ち着いた声でミレイに言った。

 

「大切なのね、レオのこと」

「……はい」

「きっと彼みたいな人には、貴女みたいな真っ直ぐな心を持った人が必要よ。側でレオのことを支えてあげてね」

「…うん。きっと、あたしにしかできない」

 

 ミレイの青い瞳に、小さな決意の光が宿る。

 そんなミレイにシロナは問いかけた。

 

「ねえ、ミレイの知ってるレオについて教えてくれる?まだほとんど話したことないし、多分これからじゃあまり関わる機会もないから」

「あたしが知ってることで良ければ」

 

 一緒に旅をし、シャドーを倒してダークポケモンを追ってホウエン地方まで来るほど共に過ごしてきたが、いまだにレオの謎な部分は多い。

 

「シロナさんも知ってるように、オーレ地方ってかなり治安悪いんですよ。あたしの育ったフェナスシティとおじいちゃんが住んでるアゲトビレッジ以外はまあ…一般人や観光客が行く場所ではないですね」

「……なかなかなのね」

「はい。それで、そのオーレ地方の中でも一番治安が悪いのが、パイラタウンの地下にあるアンダー…かつてはシャドーの管理下にあった場所です。レオはそこで育ったと言ってました」

「地下街…」

 

 ただでさえ治安が良くない場所だというのに、地下街なんてものがあれば治安はかなり悪いだろう。そんな場所であの少年は育ったという。

 

「すごいところで育ったのね」

「はい。人の善意が存在しない世界で生きていたからか、善意を信じられない性格なんです。何か裏があるんじゃないかって疑うの。絶対に素直に受け取らないんですよ」

 

 ここら辺はあたしの想像ですけど、と苦笑しながらミレイは付け加える。

 治安の悪い地域において、無償の善意は存在しない。そんな環境下で育ったからか、レオは人の善意を素直に受け取ることができない。ミレイが出会ったばかりの時と比べれば幾分かマシにはなったが、それでも他者への警戒心ははるかに高い。

 

「そんなに警戒心が高いのに、よく一緒に旅できたわね」

「ダークポケモンを見分けるのが、あたしにしかできなかったからです。ダークラッシュを使われなければ、ダークポケモンを確実に見分けられる方法はあたしが見る以外ありませんからね」

「そういうことね」

 

 レオは元々、自分のポケモンを取り返すためにシャドーと戦うことを決意した。しかし道中でダークポケモンの存在を知り、その存在が気に食わなかったことと、自分のかつてのポケモンがダークポケモンにされていることを知った。それらの理由から、シャドーのダークポケモン計画を潰すことにしたと、ミレイは語った。

 

「口数が多くないので、断片的にしか話してくれませんけどちゃんと理由があったみたいです」

「そっか」

 

 口数が多くないこと、ポケモンに好かれること、警戒心が強いこと…レベルはともかく、レオとカイムは似通っている部分が多いらしい。尤も、カイムはお人好しだがレオは他者の厚意に懐疑的だ。そういった部分は育った環境故だろうが、対極とも言える。

 

「で?ミレイはレオのどんなところが好きになったの?」

「うええ⁈どストレート…」

「言いたくないならいいけど、良ければ教えてくれない?」

 

 シロナの問いにミレイは暫し唸ると、ぽつりぽつりと話し始める。

 

「…きっかけは、あたしを助けてくれたこと。最初に助けてもらったことがきっかけだったと思う。わけわかんないまま捕まって、どこに連れて行かれてどうなるかもわからない時に…レオは助けてくれた」

「つまり、最初からってことね」

「…うう、言葉にしなくていいですぅ…」

 

 顔を赤くしながらもミレイは続ける。

 

「…でも、今はレオだから好きなんです。素直じゃないし、合理主義だし女心なんて何一つわかってないけど…優しくて、強い心を持ってる。そんなところが、好きです」

 

 助けられたという事実を抜きにしても、ミレイはレオに惹かれていた。素直ではないがとても優しく、強い意思を持って進んでいく姿は、とてもミレイの心に響いた。他の人には見えないものが生まれた時から見えたせいでミレイは、自分の心を抑えて生きてきた部分があった。だがそんな自分とは異なり、ずっと心を強く保ち続けて生きてきた。そんな姿に、ミレイは憧れを抱いたのだろう。

 

「強い心か…心に強い意思を持って歩む姿って、とても素敵だものね」

 

 強い心を持って目標に向かう姿。それがとても魅力的なものであることはシロナもよく知っている。泣きそうになりながらも諦めず歯を食いしばって努力する姿は、今もよく覚えている。

 

「はい。あたしには無いものだったから、強く惹かれたんだと思う」

「素敵な恋ね」

「えへへ…やっぱ恥ずかしい」

 

 自分の頬を手で覆いながらも、その口は笑みを浮かべている。やはり、好きな人のことを語るのは楽しいらしい。

 だが同時に、レオという人物の過去がどのようなものかを知り、彼が生きてきた過酷な環境と性格が直結していることに納得した。人を遠ざけ、極力関わらないようにするスタンスは、悪意に満ちた環境下で育ったが故だった。

 他者の好意への警戒心が強い。それはつまり、ミレイがどんなに好意を向けても警戒してしまうことに他ならない。ミレイの恋を成就させるためには、相当な苦労が必要となるだろう。それこそ、その苦労はカイムとの同棲を成し遂げるよりも遥かに大きなものとなる。

 

「苦労しそうね」

「あ、あはは…実際苦労してます。結構アピールしてるけど、塩対応されちゃってて…」

「彼が育った環境を考えれば仕方ないのかもしれないけど…」

「はい。多分、レオの生きてきた環境って…あたし達から見たらきっと辛いものが多かったと思うの」

 

 オーレ地方随一の治安の悪さであるアンダーで育つ。それがどれほど過酷なものなのか、恵まれた環境下で育った二人には想像もつかない。

 

「でも、レオの生きてきた人生を憐れんでるわけじゃないよ!辛いことは多かったかもしれないけど、かわいそうとかは思ってないの!レオの人生が不幸しかなかったって思いたくないからね!」

「いいことね。どんな人生であっても、その人生を否定することはその人そのものを否定することになるから」

「うん。でも、辛いことが多かったのは事実だと思う。ハッサムが戻ってきたら、レオはしばらく色んな世界を見ていくって言ってた」

 

 だいぶ遠回りになってしまったが、レオの目的はハッサムのみ。ハッサムを追う過程で悪の組織の計画を丸々潰すという暴挙をしているが、その目的さえ果たしてしまえばあとは好きに生きていける。どこかの地方の大会に出るのもいい、静かに暮らすこともできる。

 

「あたしもそれについていくつもり。今までたくさん苦労してきたレオに、色んな世界を見てほしいから。まだ若いレオが小さい頃たくさん苦労してきたんだよ?なら、その分幸せになってもいいと思うんだ。でもレオって合理的な性格でしょ?だからきっと一人じゃ『幸せ』って何かよくわからないと思うの」

 

 ミレイは夕日に目を向ける。赤い光が照らす海を見つめながら、優しい笑顔をシロナに向けて言った。

 

「だから、あたしが誰よりも幸せにしてあげるの」

 

 レオは戦いと悪意の中で生きてきた。だから平穏な幸せというものが、そもそもどういうものかを知らない。ならば自分が一緒に世界を回り、レオに平穏な幸せを実感させようとミレイは考えていた。レオが時折ポケモンにのみ見せる優しい顔。きっと、あの顔はレオの心の底にある彼自身の感情だとミレイは考えていた。

 

「きっと届くわ」

「うん。届くまで手を伸ばすよ」

 

 そう言ってミレイは再び海に目を向ける。

 穏やかな波の音が響き、静かに時が流れていった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 シロナがアズサの研究所から帰宅し、夜も更けてきた頃。

 地下の作業スペースでレオは黙々と作業を進めていた。手元にある装置は、かつて自分が所属していたスナッチ団から強奪したもの。それ以来ずっと使っていたが、先日ハッサムの『バレットパンチ』を受けて一部損傷したため、現在は修復作業を行なっている最中だ。

 損傷は思っていたより激しくなかった。外見は結構傷ついていたが、中身は大した問題ではない。スナッチマシンとして機能するのであれば、レオとしては十分だった。

 

「調子はどう?」

 

 そんなレオに背後からアズサが声をかける。レオは手を止めることなく、アズサの問いに答えた。

 

「別に。問題ねえ」

「そう。この短時間で問題ないくらいになるってことは、損傷はそこまで激しくなかったのね」

「ああ」

 

 レオは最後の調整を終わらせると、自分の左半身にスナッチマシンを取り付ける。傷はついているが、着け心地は問題ない。

 試しに手持ちのモンスターボールをスナッチマシンに装填してみる。スナッチマシンの機能がボールに充填されるのがわかった。

 

(…よし、問題ないな。これならストライクを取り戻せる)

 

 体力、スナッチマシン機能共に問題ないレベルになっている。万全とは言えないが、動くことに支障はないだろう。

 

「問題無い?」

「ああ」

「そ、よかった。じゃあ、いいニュース。最後の戦闘員の潜伏先がわかったわ」

 

 アズサの言葉に、レオは僅かに反応する。

 

「戦闘員は、灯台に潜伏してる。あそこは人気がないからね。潜伏には良い場所だったんでしょ」

「そうか」

 

 それだけ言うと、レオは地下室から出て行こうとした。

 

「どこ行くの?」

「その灯台。さっさとケリをつける」

「一人でやる気?」

「対象はあと一体だ。ここまで来たら、レーダーも必要ねえ。早めにケリつけることになんか問題でもあんのか?」

 

 皮肉げな笑みをアズサに向けながら、レオはそう返す。今までレオはダークポケモンを見分ける目を持たなかったため、ミレイの手助けが必要となる。しかしもう見分ける必要もないし、居場所もわかる。なら手早く済ませることに、何の問題もない。

 

「つーわけだ。世話になったな」

「待ちなさい」

「………………」

 

 『今度は何だ』と言わんばかりに、レオは鬱陶しそうにアズサに目を向けた。

 

「戦闘員、今はいないわよ」

「は?」

「わかったのは、潜伏先。現時点では、どこか別の場所にいるわ」

「意味ねえじゃねえか」

「あら、そうでもないわ。どこかで必ず戻ってくる。待ち伏せもいいけど、貴方そういうの苦手でしょ?」

「わざわざんなことする必要あんのか?正面切ってやり合えばいいじゃねえか」

「またそれで逃したらどうすんのよ。全く…よくわかんないとこで脳筋気味なんだから」

 

 ここで逃したら、また一から捜索からせねばならない。前回ミレイを襲っていた時を考えれば、件の男はかなり逃足が早い。下手に正面から戦えばまた逃げられかねない。逃げられたら、今度足取りを追うのはかなり難しくなるだろう。

 

「…む」

「でしょ?それに貴方、頭回るくせに結局脳筋戦法に走るじゃない。それを否定する気はないけど、もう少し後先考えなさい」

「じゃあどうすんだよ」

「シロナさん達に、協力を要請したわ」

「……あいつらか」

 

 あの善人を擬人化したような雰囲気の者達。別に否定する気はない。ただ、自分とは相容れない存在だとレオは認識していた。

 

「あの人たちがいれば、ハッサムの奪還確率は飛躍的に上がる。ここに匿ってあげたんだし、今回は従ってもらうわよ」

「…クソ、わかったよ。で?やるならいつだよ。あいつら、もう帰るんだろ?」

「今夜よ。貴方の言うように早めに済ませることは必要だからね」

 

 アズサはトレーナーではない。手持ちのポケモンはいても、戦う力はほぼ皆無と言える。ミレイもレオからポケモンを借りて戦うことはできるが、基本的に戦闘力は低い。逃げられた時や不意打ちのカバーをできる人間が側にいない以上、外部からの手を借りる必要がある。シロナとカイムが帰ったとしても、ミクリの手を借りることはできる。しかしそれはそれとして、借りられる手は多い方がいい。

 そこまで考えてアズサは内心で苦笑する。平然と夜に駆り出すと言ってはいるが、本来彼らはこの件に一切関係ない。自分が巻き込み彼らが了承したとはいえ、何の関係もないかつ忙しいシロナ達の手を借りることに、アズサは正直内心気が引けていた。だが手伝いたいと言ってきたのは彼らであるし、何より彼らの存在があれば成功率は大幅に上がる。それをシロナ達も理解している以上、自ら使うように提言したという事実もあった。

 

「今夜?早いのは結構だが、あいつら明日帰るんだろ?」

「ええ。わざわざ睡眠時間削ってくれるって。そこまで手伝わせる気はなかったんだけど、シロナさんがね」

「…勝手にしろ。だが、後でなんかふっかけられても知らねえぞ」

「そんなことしないわよ、シロナさんは」

「どうだろうなぁ」

 

 皮肉げに笑いながらレオは椅子に腰掛ける。

 その様子を見て、アズサは内心でため息を吐く。未だに他者の善意に裏があるのではないかと疑うレオ。彼が育ってきた環境を考えれば仕方ない部分もあるし手を借りることに対して無駄に反発しなくなった(らしい)が、それでも他者を信じることへの疑問は拭えていないらしい。

 

(これは、ミレイに託すしかないわね)

 

 根本的に直すことはおそらくできない。だがもう少し他者へ歩み寄る姿勢を見せることは可能。それを実現できるのは、共に旅をしてきたミレイにしかできないだろう。

 

「じゃ、作戦の詳細を決めましょ」

「ふん」

 

 鼻を鳴らして返事をするレオに内心呆れつつ、アズサは考えておいた作戦をレオに話し始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜

 誰もが寝静まり、聞こえるのが波の音だけとなった頃…レオとカイムは灯台前に来ていた。

 

「なんでお前が同行なんだよ」

「この辺りの地形に詳しく、一番動けるからだとさ」

 

 嫌そうに呟くレオに対し、カイムは普段と変わらない口調で答える。

 アズサが提示した作戦は、レオが正面から戦い、カイムがそのフォロー。万が一取り逃がしそうになった時、追跡にシロナとミレイが出ることになっている。ミクリは戦闘員が海にダイブした時、保護と捕縛のためにホエルオーに乗って灯台下の海で待機している。

 

「お前程度でフォローできんのかよ」

「さてな。フォローつっても、俺はお前への直接攻撃を防ぐだけだ。それ以外は手出しされたくねえんだろ?」

「…ふん」

 

 レオはそれ以上何も言うことなく、灯台を見据える。人気はないが、アズサの話ではここに戦闘員がいるらしい。カイムの側にいるルカリオも、灯台の中に気配を感じていた。

 

「まずは、引き摺り出すとこからだな」

「壊すなよ」

「努力はする」

 

 なんとも不安な答えを返しつつ、レオはボールを手に取り、投げた。ボールからはエーフィが飛び出してくる。

 

「サイコキネシス」

 

 エーフィのサイコキネシスが灯台内部に浸透していく。外壁を傷つけず内部に直接サイコパワーを充満させ、灯台の扉から戦闘員を引き摺り出す。

 

(…すげえ。これほどのサイコパワーを自分の身体から離した状態で操るなんて…四天王のゴヨウのエーフィでも、同じことができるかどうか…)

 

 サイコパワーは本来、自分の身体から伸ばしたものを直接操る。しかしレオのエーフィは自分の身体から離した状態で大量のサイコパワーを操った。相当な訓練を積んでも、同じ芸当はなかなかできない。

 

(単純な実力は、四天王を超える…シロナ相手でも多分、五分五分の戦いになるな)

 

 治安の悪いオーレ地方。それ故に、何者にも搾取されずに生きるには力と知恵が必要だった。知恵の部分は少々苦手だったが、力の部分においてレオは互い稀な才能を有していた。だからこそ、レオはオーレ地方でシャドーを追い込むほどの暴挙を成し遂げることができた。

 

 僅かに戦慄するカイムを他所に、レオは引き摺り出された戦闘員に歩み寄る。そんなレオを見た戦闘員は即座にボールからドンカラスを繰り出し、自分の体を抑えつけるサイコパワーを打ち払った。

 

「へえ、まだやる気あったんだ」

「舐めるなよ小僧…不意打ちで倒れたお前が、今更何かできると思うな!」

「ドンカラスね…さすがに相性悪いな。エーフィ、戻れ」

 

 戦闘員のドンカラスを見て、レオはエーフィを戻す。そして別のボールを手に取り、投げた。

 

「いけ、ライコウ」

「⁈」

 

 レオが繰り出したのは、伝説のポケモンライコウ。まさかレオがこんなポケモンを有しているとは思わなかったカイムはその姿に瞠目した。

 だがそんなカイムのことを気にすることなく、レオは戦闘に入る。ドンカラスを即座に仕留めるべく、ライコウへの指示を出した。

 

「10まんボルト」

「舐めるな!かわしてつじぎり!」

 

 ライコウの放った雷撃はドンカラスを的確に貫こうとしたが、ドンカラスはその軌道を読み切る。回避したドンカラスはそのままライコウに斬撃を加えようとするが、ライコウは『10まんボルト』の電気を纏ったままドンカラスにぶつかる。技として確立した攻撃力ではないが、タイプとしては効果抜群。ドンカラスの『つじぎり』もライコウを切り裂くが、突っ込んできたライコウのせいで最大威力を発揮することができなかった。

 

「捕まえて10まんボルト」

 

 接近してきたドンカラスの羽をライコウは噛むことで掴み、そのまま全身から電撃を放つ。ライコウほどの力を持った電撃を耐え切れるはずもなく、ドンカラスはあっさりと倒されてしまった。

 同じポケモンとはいえ、ライコウは伝説のポケモン。一般ポケモンと比較して出力が大幅に高い。鍛えられたドンカラスとはいえ、効果抜群の攻撃を受けてしまってはひとたまりもない。

 

「くっ…」

「大人しくハッサム渡せよ。時間の無駄だ」

「黙れ!シャドー(オレ達)の計画潰しやがって!指令もあるが、オレ自身お前に恨みがあんだよ!」

「知らねえよ」

「クソが!いけ!ネンドール、ハガネール!」

 

 戦闘員は同時に二体のポケモンを繰り出す。どちらも地面タイプ複合ポケモン故に、電気タイプのライコウはすこぶる相性が悪い。

 

「へえ、ダブル(オーレ式)か。いいぜ、乗ってやるよ」

 

 明らかに悪タイプ丸出しな笑みを浮かべながらレオはもう一つのボールを手に取る。

 

「スイクン」

 

 ボールから現れたのは、またもや伝説のポケモン。レオの手持ちの半数は伝説のポケモンなのだが、それを知る由もないカイムは後ろで苦笑せざるを得なかった。

 

「ヴィーナス様のスイクン…!」

「はっ!いつの話してんだ?スイクン、なみのり!」

「くっ…ハガネール!じしん!ネンドール、ひかりのかべ!」

「ライコウ、まもる」

 

 スイクンの『なみのり』が直撃する瞬間、ネンドールが『ひかりのかべ』を展開した。『ひかりのかべ』はスイクンの攻撃を軽減させるが、元の威力が絶大である以上、軽減させてもダメージは大きい。特にハガネールは物理防御には秀でているが、特殊防御は脆い。もう一度受けられれば御の字くらいの体力が削られてしまう。ライコウはスイクンを庇うように立ち塞がり、自身に向けられた攻撃を防ぎつつ、スイクンへのダメージを抑えた。

 

「まずはライコウだ!ネンドール、げんしのちから!ハガネールはもう一度じしん!」

「スイクン」

 

 レオの掛け声に合わせ、スイクンは再び『なみのり』を放つ。しかし今度は全方位に向けて波を展開することで、『げんしのちから』と『じしん』の衝撃を弱めた。そしてそのスイクンの背中を踏み台に、ライコウは高く飛び上がることで、『じしん』の攻撃を回避した。

 

(すげえ…伝説のポケモンを手懐けるだけじゃない。ポケモン達の動きも洗練されてる。たった一声でトレーナーの意図を汲み取り、合わせて行動する…しかもまだ本気じゃない)

 

 レオに圧倒されているため霞んでいるが、あの戦闘員の腕は決して悪くない。カイムが戦った場合、完勝は不可能。勝てはするだろうが、恐らくかなりギリギリのバトルになるだろう。それほどまでにレオの実力は高い。

 

「ライコウ、ねっとう」

 

 そうこうしているうちに、ライコウの『ねっとう』がハガネールを貫く。タイプ不一致とはいえ、元より大きなダメージのあったハガネールは耐え切ることができず、ダウンしてしまった。

 

「早く次出せよ。こっちは早く終わらせてぇんだ」

「……ならお望み通りにしてやるよ!ハッサム!」

 

 戦闘員は、ダークポケモンのハッサムを繰り出す。ハッサムを見たレオは僅かに目を細め、真っ直ぐ見据えた。

 

『レオ、わかってると思うけど…あのハッサムがダークポケモンよ』

「…ああ」

 

 レオの片耳に付けられたイヤホンからミレイの声が聞こえる。尤も、ミレイの目が無くともダークポケモンであることは確定していたため、見分ける必要はなかった。

 

「ライコウ、でんじは」

 

 ライコウがハッサムに向けて『でんじは』を放つが、ネンドールがハッサムを庇う。地面タイプのネンドールに『でんじは』は無効。いくら伝説のポケモンといえど、タイプ相性を覆すことはできない。メイン技が電気タイプのライコウは、ネンドールがいるとできることが半減してしまう。

 

「スイクン、ねっとう」

「ネンドール!まもる!」

 

 ハッサムに向けられたスイクンの攻撃をネンドールは『まもる』によって庇った。その瞬間、ハッサムはネンドールの背後から飛び出し、スイクンに『シザークロス』を放つ。元々耐久力の高いスイクンだが、レオが想定した以上のダメージが入った。

 

(今の攻防の間に、ネンドールの裏でつるぎのまいを使ったか。ここに来るだけある。シャドー戦闘員の中でも、精鋭だったか)

 

 ホウエン地方に逃れてきた戦闘員は三人。その三人のうち二人は既に捕縛済みだが、その二人も一筋縄ではいかないくらいの実力はあった。そこに加え、ダークポケモンのモラルガン無視攻撃も考慮すると、ここからが本番だと言える。

 

(タイプ相性考えると、エンテイが一番いいんだろうが…倒しちまうとスナッチできねえ。麻痺らせてうまく削るしかねえな)

 

 レオは思考を切り替え、目の前の相手に集中する。まずはネンドール、といきたいが、前衛のハッサムがそれを許さない。ダークポケモンはレベル以上の動きをしてくるため、下手に動けば足を掬われる。

 

「バレットパンチ!」

「なみのり」

 

 ハッサムの連撃がライコウを捉えようとするが、それをスイクンの波が妨げる。ライコウがハッサムに攻撃を仕掛けるが、ネンドールが身を挺してハッサムを庇った。そんな攻防が何度か続いた時、スイクンの発した水がハッサムの周辺に残っているのをレオは見逃さなかった。

 

「スイクン、れいとうビーム」

 

 冷気がハッサムの足元に着弾する。冷気はハッサムの足元に残っていた水を凍らせ、瞬間的にハッサムの脚を奪う。その隙を突き、スイクンは走り出した。

 

「くっ…ネンドール!サイコキネシス!」

 

 強力な念力がスイクンの足を止める。しかしその背後からライコウが飛び出し、ネンドールに肉薄した。

 

「ねっとう」

 

 熱された水がネンドールを貫く。『ひかりのかべ』が威力を大幅に削るが、それでも効果抜群の技である以上ダメージは大きい。次に受ければネンドールはもう動けないが、ここまできたら戦闘員は手段を選ぶ必要がない。焦燥に歯噛みする口元が、悪意に満ちた笑みに変わるのをカイムは見逃さなかった。

 

「ハッサム!ネンドールにバレットパンチ!」

「!」

 

 氷から抜け出したハッサムがネンドールに連撃を加え、吹き飛ばす。吹き飛ばされたネンドールはスイクンとライコウの間を抜け、レオに迫っていった。少し離れた場所から見ていたミレイの悲痛な叫びが響く。

 

「レオ!」

「道連れだ!だいばくはつ!」

 

 ネンドールが持つ全てのエネルギーを解き放ち、巨大な衝撃波を生み出した。強大な威力を誇る『だいばくはつ』は周囲に多大な衝撃を与える技。ポケモンでも大きなダメージを受ける威力故に、人が巻き込まれれば重傷、下手すれば死に至る。そんな所業を平然とやってのけた戦闘員に、さすがのシロナも絶句してしまう。

 完全に不意打ちの『だいばくはつ』を決めた戦闘員は勝利を確信した。いくらレオが強かろうと、直接叩いてしまえばいい。自分の任務はレオとミレイのどちらか、または両方を消すこと。レオさえやってしまえば、ミレイは戦う術を持たない以上、どうにでもなると考えていたし、実際シロナ達がいなければ計画通りに進んでいただろう。邪魔が入ったが、今度はうまくいったと確信していたが、レオは煙を掻き分けて出てきた。

 

「はっ⁈」

「何驚いてんだ?オレへの直接攻撃くらい、予想してんだよ」

「ど、どうやって防いだ!」

「今はサポーターがいるんでな」

 

 レオが親指で指し示した方向には、カイムとブラッキーがいた。戦闘員が良からぬことを企んでいることを瞬時に察したカイムは、ブラッキーを繰り出してネンドールが爆発する瞬間にレオを『まもる』で庇ったのだ。カイムの行動により、レオは無傷で済んだ。尤も、最悪カイムが間に合わなくとも手持ちで待機しているバンギラスがその身を挺してレオを守っていたが。

 

「もーちょっと防ぐポーズくらいはしてくんない?」

「お前が間に合わなきゃ、こっちでどうにかしてた。いてもいなくても変わんねえよ」

「ひっでえ」

 

 ぼやきつつも、カイムの表情は変わらない。レオが目的を完遂するまで守り通すために、戦闘員とハッサムの動きに集中していた。

 そんなカイムの姿がレオから見ると奇妙でたまらなかった。レオ視点、対人関係とは必ず等価交換、または一方的搾取が当たり前だった。治安の悪いオーレ地方の中でも最下層のアンダー。育った環境ではそれが当たり前だったため、ミレイと出会ってからその当たり前に当てはまらない存在と多く出会っている。ミレイを始めとし、ギンザルやスレッド、アズサといった人物は見返りを求めることなく、レオに手を貸してきた。半ば強引なものもあったが、それでもレオにとっては奇妙で仕方ない行動だった。

 

「まあ、せいぜい頑張れ。お前はいなくとも問題はないがな」

「てめぇこそ、ここ一番で下手打つんじゃねえぞ」

「はっ」

 

 鼻で笑いながらレオはハッサムに意識を戻す。仲間のポケモンを爆弾として扱うだけに留まらず、トレーナーであるレオにむけて直接攻撃に利用しようとした。普通のポケモンならまずやらない行動だが、心を閉ざし、記憶を消されているダークポケモンにそのような理性はない。

 

(相変わらず胸糞悪りぃな)

 

 目の前にいるのがハッサム(かつての相棒)でなくとも、ダークポケモンという存在はレオにとって気に食わない存在だった。だからこそハッサム(当時ストライク)を捜索する過程でダークポケモンをスナッチしていたのだが、何度見ても気に食わなかった。

 

「バレットパンチ!」

「みずのはどう」

 

 ハッサムの連撃をスイクンの水が遮る。ハッサムの攻撃で水は弾け飛んだが、そこからライコウがハッサムに向けて突撃した。

 

「でんじは!」

「シザークロス!」

 

 ライコウの『でんじは』でハッサムの身体が痺れるが、その反撃としてハッサムの『シザークロス』がライコウを襲った。レベル差の割にダメージが大きく、ダークポケモン化によって限界以上の力を引き出されていることをレオは改めて実感する。

 

「スイクン、なみのり」

「くっ…ダークラッシュ!」

 

 スイクンの波をハッサムの攻撃が撃ち抜く。水が弾け飛び、瞬間的に視界が悪くなった。

 戦闘員はこれを好機と見る。ダークポケモンといえど、麻痺による素早さ下降は避けられないが、出の早い『バレットパンチ』であればレオに直接攻撃を与えられると考えた。

 

「バレットパンチでレオを撃ち抜け!」

 

 ハッサムの攻撃が放たれようとした瞬間、水煙の中からライコウが飛び出してくる。ライコウの『10まんボルト』がハッサムを襲う。強烈な電撃がハッサムに浴びさせられ、麻痺も相まってハッサムの体は硬直してしまった。

 

「なっ⁈」

「終わりだ。スイクン、なみのり」

 

 スイクンの波がハッサムを押し流す。ライコウの攻撃も相まって本来なら倒される攻撃だろう。だがレオはダークポケモンの頑丈さを知っている。この程度では倒れないことも予想していた。

 

「クソ!こうなりゃヤケクソだ!ハッサム!命懸けのダークラッシュでレオを攻撃しろ!」

 

 黒いオーラが爆発的に増える。本来波導を見ることができなければ視認することはできないダークポケモンのオーラが、気迫という形でレオ達の目にも映った。

 ハッサムはスイクンの波を一撃目の『ダークラッシュ』で打ち払う。そしてレオに向けて凄まじい勢いで突っ込んできた。ライコウが止めようと攻撃を仕掛けたが、ライコウの電撃すらも『ダークラッシュ』で軽減させる。加えてレオを守ろうとしたスイクンに対し、地面に向けて攻撃を放つと同時に『かげぶんしん』を行うことで瞬間的に視界を潰し、スイクンの守りも通り抜けた。

 凄まじい戦闘センス。ハッサム自身の才覚もさることながら、ダークポケモン化によって限界以上に引き出される身体能力がこれを可能にしていた。しかし、この代償としてハッサムの体は悲鳴を上げ、確実に蝕まれている。ボロボロになっても戦い続ける…まさに、兵器そのものになったかつての相棒を、レオは真っ直ぐ見据えていた。

 

「…ストライク」

 

 ぽつりと呟いた言葉。もはや記憶のないハッサムに何を言っても無駄だとわかっていながらも、無意識にかつての名をレオは呼んだ。

 だがその一言が、ハッサムの体をほんの一瞬硬直させる。時間としてはコンマ1秒にも満たない硬直を、レオとカイムは見逃さなかった。その一瞬の隙に、レオの前に赤い影が現れる。

 

「防ぐ素振りくらい見せろや阿呆」

 

 ハッサムの攻撃をカイムのバシャーモが受け切る。凄まじい威力の『ダークラッシュ』だが、全身に炎を纏わせることで威力を軽減。加えて『みきり』の力で威力を他の方向に分散させることで、バシャーモへのダメージを二割以下に抑えることに成功した。

 

「ローキック」

 

 反動ダメージで一瞬身体が硬直したハッサムの足に、バシャーモの足が直撃する。麻痺によって下がった素早さがさらに下がり、迫り来るスイクンへな対応が遅れた。

 

「ダークラッシュ!」

「受けて、返しのなみのり」

 

 ハッサムが『ダークラッシュ』でスイクンを撃ち抜くが、纏った水と持ち前の耐久力がスイクン自身だけでなく、ハッサムに跳ね返ってくるダメージを極限まで減らす。チャンピオンであるシロナのミロカロス並みの力の使い方…スイクン自身の潜在能力もさることながら、レオの実力がチャンピオンレベルに達していることがわかる攻防だった。

 スイクンの波がハッサムを押し流す。地面を転がるハッサムはもう限界で、戦闘不能一歩手前だった。

 その様子を見てレオは即座に行動に移る。コートの内側に仕込んでおいた空のハイパーボールを左半身についているスナッチマシンにセットした。

 

「…戻ってこい、ストライク」

 

 レオはスナッチボールをハッサムに向けて投擲する。大きな手の形のような光がハッサムを掴み、そしてボールの中に引き摺り込んだ。ハッサムを捕縛しているボールは地面に転がると、二、三度揺れて、カチッと音がして完全にボールが閉じた。

 

「スナッチ…できたのか?」

「ああ、スナッチ成功だ」

 

 レオはハッサムが入ったボールを拾い上げ、ホルダーに仕舞う。そして手持ちを失った戦闘員は歯噛みしながらレオのことを睨みつけていた。

 

「もう戦えないだろ。さっさと投降したら、痛い目には合わせんぞ」

「クソが…ここまできて捕まってたまるか!」

 

 戦闘員はそう叫ぶと、海に向かって走り出す。そしてかなりの高度のある岬から飛び出した。

 

「へえ…アズサの予想、当たったな」

「思いの外、気概があるやつだ」

 

 飛び出した戦闘員は海に飛び込んだ後、予め待機していたミクリによって捕縛されたのだった。

 

 

 

 

 

 

「私の出番はなかったわね」

 

 最後の戦闘員を警察であるジュンサーに引き渡し終えた頃には、空は白み始めていた。そんな中、戦闘員がハッサムの脚力で逃走した時の追撃役を担っていたシロナは、今回の作戦で特に何もすることなくおわった。

 

「いいことではあるだろ」

「そうね、その通りだわ。それに、何もすることがなかったおかげで、レオ君のバトルをじっくり見ることもできたし」

 

 伝説のポケモンを従えるトレーナーはごくわずかながらも世界に存在する。しかし滅多にお目にかかれる存在でないのも確かであるため、レオのバトルを間近で見られたことはシロナにとって大きな刺激になった。今年のリーグも近い。闘志を持つのには十分すぎるバトルを見ることができ、シロナのやる気は静かに上がっていた。

 そして当のレオは、スナッチしたハッサムが入ったボールをぼんやりと眺めながら、アズサ亭のガレージに入っている彼のバイクに寄りかかっている。奇妙な形をしたバイクだが、オーレ地方から運んできたものらしい。

 

「………」

「レオ、どうしたの?」

 

 レオのバイクに取り付けられたサイドカーに寄りかかったミレイかレオに問いかける。レオは答えないが、一瞬だけミレイに視線を向けた。

 

「…なんでもねえ」

「嘘。普段しないような顔してたもん!」

「うるせえな…」

「で?何考えてたの?」

 

 あまりにもしつこいミレイに嘆息しながらも、レオはガレージ入り口付近で談笑する二人の男女に声をかける。

 

「おい、あんたら」

「ん?」

「あら、どうしたの?」

 

 声をかけられたシロナとカイムはレオの方を向く。アズサやミレイに促されることなくシロナに話しかけたのはこれが初めて。何を聞かれるのだろうとシロナは内心で少し楽しみにしていた。

 

「……お前らは、なんでオレの手助けをした」

「え?」

「いくらアズサに言われたとはいえ、こんなド深夜まで付き合う義理はねえはずだ。それに、オレはお前達に返せるものなんかねえ。なんでここまでやったんだ」

 

 等価交換にすらならない助力。シロナ、カイムからすれば、時間の無駄にしかならないというのに、二人は躊躇うことなくレオに力を貸した。その理由がレオには全くわからなかった。

 そんなレオの言葉に、二人は目を見合わせる。そしてシロナは小さく笑い、カイムは腕を組んで言った。

 

「誰かを助けるのに、理由がいるのか?」

 

 至極真っ当なことを言うように、カイムは言った。

 

「…お前、それ本気で言ってるのか?」

「ああ」

「……はっ、お人好し(バカ)もここまで来ると長所だな。よくそれで今まで詐欺にあったりしなかったな」

「本当に誰でも助けるわけじゃねえよ」

 

 カイムは、ブラッキー同様他者の悪意に敏感だ。それ故に、あまり断らないというカイムの性格を利用しようとした輩は過去に何人かいた。だがカイムはその悪意を敏感に感じ取り、そういった者の頼みは何かと理由をつけて断るようにしていた。

 

「じゃあ何でオレは助けたんだ?アズサに言われたからか」

「そうだな、理由の一つではある」

「へえ?他に理由があるのか」

「ああ。なあ、シロナ」

 

 カイムの言葉にシロナは頷く。

 

「ええ。貴方が考えているより単純な理由よ」

「単純?」

「貴方が自分のポケモンを大事にしていて、取り返したいって思いが伝わったからよ」

 

 ミレイ達から聞いたレオの目的。それはかつての相棒を取り戻すことだった。レオはエーフィ、ブラッキー、ストライクを幼少期相棒にしていたが、ストライクはシャドーに強奪された。その憎しみを絶やすことなく、スナッチ団に入団してまで目的を達成しようとした。レオの行動の動機は憎しみだった。それはレオの瞳に宿る光を見ていればなんとなくはわかる。だが十年近く憎しみを絶やすことなく生きてこられたのは、心の根底にポケモン達への深い愛情があったからではないかとシロナは考えた。心とは、良くも悪くも移ろいやすい。故に、愛情が反転して憎しみに変わることもある。レオは、その典型だった。

 

「自分のポケモンを取り戻すために、悪の組織に入った。そこまでできる理由は、やっぱりポケモンへの愛があるからじゃない?そうでなきゃ、ここまでずっと一つのことに執着なんてできないもの」

「…………」

「そんな君を見たら、ね。なんだか思い出しちゃったのよ。それで、手助けしたくなったって感じかしら」

 

 シロナが思い出したのは、自分が旅してきた日々。ポケモン達と共に少しずつ進んでいき、その過程で芽生えたお互いの絆。ポケモンと心が繋がった日のことは、今でもよく思い出せる。そしてそこにあったのは、やはり深い愛情。形は多少違うが、レオもシロナと同じようにポケモンへの愛情があったからこそ、奪われたことで憎しみに変わった。同じ愛情を持つ少年のことを、シロナは助けたかった。

 対してカイムが思い出していたことはまた別。カイムは、何もかも己の手で解決しようとしたかつての自分と重ねていた。姉のように、何でも自分の手で解決し、力強く進んでいく姿。それに憧れ、自分もそうなろうと懸命に努力し、そして最後は絶望して諦めた。そんなかつての己と他者を遠ざけようとするレオの姿が、少しだけ重なっていた。

 シロナとカイムでレオに対して向けていた心は異なる。しかし、二人ともレオに対してどこか己を重ねていた。だから助けになりたいと思い、ここまで動いた。

 

「…本当に変なやつらだな」

 

 レオからしたら奇妙でしかない。だが、シロナ達にとっては当たり前のことだった。ミレイのような人間が特殊なだけかと思っていたが、そうではないということをレオはようやく理解した。

 

「…そうか、こういう奴らがいるんだな」

 

 ぽつりとレオは呟く。その声はシロナ達には届かなかったが、ミレイの耳には届いた。

 

「レオ」

「……ああ、わかってる」

 

 レオは手に持ったハッサムが入っているボールをホルダーに入れると、コートのポケットからキーを取り出した。

 

「行くの?」

 

 突如響くアズサの声。いつの間にか戻ってきていたアズサが、ガレージの入り口からレオとミレイに向けて問いかける。

 その問いに対してレオは口角を歪めながら答えた。

 

「ああ。一応、元スナッチ団なんでな。正式なID持ってねえし、警察に目えつけられる前にな」

「え?正式なID持ってないの?」

「まーな。ここまでは、偽装IDで来た。もう必要無さそうだがな」

「あ、あたしは正式IDできたよ」

 

 レオはともかく、ミレイは正真正銘の一般人。レオとは違い、正式なIDを持っているため、不法入域ではない。しかしレオは本来ならお尋ね者。悪の組織の計画を潰そうが、その事実は変わらない。

 レオ本人は全く気にしてないのか、キーをバイクに刺して捻る。大きなエンジン音がガレージに響いた。

 

「仕方ないわね。後処理はわたしとミクリ君でやっておくわ」

「ああ」

「レオ?」

 

 ミレイの言葉にレオは大きくため息を吐き、舌打ちをする。そして意を決したように目を閉じると、アズサの方を見つめた。

 

「アズサ」

「ん?」

「……ここまで、色々と助かった。あんたがいなけりゃ、こんな簡単に終わらなかった。ありがとう」

 

 レオと過ごした期間は長くない。だがその中でもレオが素直に礼を言ったことはほぼなかった。だというのにレオは最後の最後に(ミレイに促されたとはいえ)心からの感謝を伝えた。

 

「…シロナとカイムも……その、助かった。ありがとう」

「いいのよ。こっちが手伝うって言ったんだしね」

「ああ」

「……はっ」

 

 レオは呆れたように笑う。その笑顔は、今まで見せてきた皮肉めいたものではない。少し、本当に少しだけ年相応の少年のような笑みが混ざったものだった。

 その笑顔を見たミレイは小さく笑うと、サイドカーに乗り込む。それを確認したレオはバイクのクラッチを回し、エンジン音を響かせた。いよいよ出発かと思われたが、何かを思い出したようにレオがシロナ達の方に視線を向ける。

 

「あ、最後に一個聞いていいか?」

「どうしたの?」

「お前ら、セレビィが祀られている場所に心当たりねえか?」

 

 突然の質問にシロナ、カイム、アズサは目を瞬かせる。

 

「セレビィ?どうしてセレビィを?」

「リライブの最後の鍵がセレビィだからだ」

「そういうことね。じゃあジョウト地方のウバメの森に向かうといいわ。あそこにはセレビィを祀る祠があるの」

「ジョウト地方のウバメの森…わかった。助かる」

 

 レオはバイクのハンドルを握り、バイザーをつけた。

 

「じゃあな、お人好し(バカ)共。ここ最近は、まあ悪くなかったぜ」

「ありがとうございました!またどこかで!」

「ミレイちゃん!」

 

 今にも走り出そうとしているバイクに乗るミレイに、シロナは笑いかけた。

 

「頑張ってね!」

「っ!はい!」

 

 ミレイは笑顔で返し、大きく手を上げる。その瞬間、レオはバイクを発進させた。レオはバイクでガレージから出て行き、明け方の街に消えていった。残されたシロナ達は見えなくなるまでその背中を見送った。

 

「行っちゃったわね。寂しくなるわ」

「そうですね。みんな、いい子でしたから」

 

 あの二人と過ごした時間はほんの僅か。だがそれでも、アズサはあの二人に対して少なからず愛着を持っていた。素直な心を持つミレイ、全く素直じゃなく悪態ばかりつき全く人を信じないが、心の根底にはポケモンへの捨てきれない愛情を持つレオ。全く違う二人だが、不思議と相性が良い二人だった。二人のやり取りをずっと見ていたいと、アズサは思っていた。

 

「クソ生意気な奴だったがな」

「あら、小さい頃のカイム君も生意気度合いなら負けてなかったわよ?」

「………ガキの頃の話はやめろ」

「私は聞きたいわよ」

「勘弁してくれ…」

 

 げんなりするカイムに対し、女性二人は楽しそうに笑った。ひとしきり笑った後、アズサはカイムの肩に手を置く。

 

「随分逞しくなったけど、根っこは変わらないわね。安心したわ」

「あ?」

「ほーんと何も変わらない。お人好しで、真っ直ぐ。でも、昔と違って陰がない。いい出会いがあったかしら?」

 

 そう言ってアズサはシロナの方を見る。目を向けられたシロナは少し照れたように笑い、アズサの視線に応えた。

 

「……ちっ」

 

 苛ついたように腕を組み、カイムは押し黙る。やはりカイムはアズサやイサナのようにマイペースに話を進める姉属性の女性に弱いらしい。

 

「シロナさん、色々と危なっかしい子だけど…カイムのことよろしくね」

「ふふ、わかってます。カイムのことは、私に任せてください」

「シロナさんがいれば、大丈夫そうね」

 

 安心したようにアズサは笑った。アズサが見てきたカイムがどんなものかはわからない。しかし、そのアズサが『シロナがいれば大丈夫』と言った以上、きっと大丈夫なのだろうと、そう思えた。

 

「さ、そろそろ帰りなさい。もう夜も明けるわ」

「ああ…あー、さすがに疲れてきた」

「ほぼ徹夜だもんね。ま、私たちが望んで首突っ込んだんだけど」

 

 シロナといえど、徹夜は少し堪える。身体が疲労を訴え始めていた。

 ふとシロナが視線を落とすと、アズサの左手が目に入る。左手の薬指には、銀色の指輪がはまっていた。

 

(…あ、指輪)

 

 アズサの研究所には、アズサしかいなかった。他の人が生活しているような空気はなかった。アズサの年齢から考えると、結婚してからそう時間は経っていないはず。

 

(研究所…あ、もしかして自宅が他にあるのかしら)

 

 この場所はアズサの『研究所』と呼ばれていた。つまり『自宅』とはまた別なのではとシロナは考えた。だとすれば、アズサの夫がここにいないことも合点がいく。アズサは世界的に有名な研究者。研究所の他に自宅を持っていたとしてもおかしくはないほどの収入があるだろう。

 

(ま、いいか)

 

 その答えをアズサ本人に聞いてもいいが、何でもいいかとシロナは考えて聞くことをやめた。

 何にしても、アズサが結婚しているという事実が知れた。その事実を内心羨ましく思いながら、シロナは空を見上げる。

 

 

 夜が明け初めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダークポケモン、ね」

 

 帰り道、誰もいない道を歩きながらぽつりとシロナは呟く。

 

「…憎いか?んなことする連中が」

 

 カイムの問いに、シロナは少しだけ考える。複雑な表情を見せた後、シロナは足を止めた。

 

「うーん…どうかしら。確かにそんなことする人たちは許せないけど…私はどうすることもできないから」

「まーな。オーレ地方は、遠すぎる。俺らができることは何もない」

「私がダークポケモンに対して思うことは、まああるけど特に言うことはないわ。でも、レオが初めてダークポケモンを見て、自分のポケモンが利用されていることを知った時、どう思ったのかなって」

 

 自分のポケモンがあんなものにさせられたら…そう考えただけでシロナは腑が煮え繰り返る思いになるだろう。だが、レオはどうだったのだろうかとシロナは考えた。

 

「さあな。あいつはダークポケモンそのものというより、自分のポケモンを見つけることにやっきになってた。何かしらは思うことはあるだろうが、何を思ったか…わかんねえな」

「そうね…あの子の心に、もう少し触れてみたかったわ」

 

 過ごした時間の短さもあるが、それ以上にレオは心を他者にあまり見せようとしなかった。運良く根底の一部を見ることができたが、全容というには程遠い。彼が何を見て、何を感じたのかは彼本人…または、側で見てきたミレイにしかわからない。

 

「ああ、そうだな」

「貴方なら、レオと仲良くなれそうだものね」

「どうだか。同族嫌悪でバチバチかもしれねえぞ」

「同族の自覚、あるんだ?」

「……ふん」

 

 カイムは頭をがしがしとかくと、朝日が登り始めた空を見上げる。

 

「…最後に、随分と濃いイベントがあったな」

 

 ホウエン地方には、今回論文のための調査に来ていた。所々別のイベントが挟まったりしていたが、本来の目的を果たすことはできただろう。この約一ヶ月、たくさんのことを知り、学び、助け、助けられた。シロナと出会い、たくさんのことを経験してきたが、自分のためにここまでの時間を使ったのは初めてだった。

 

「私に会ってから貴方は、学問分野では私のために動いて、その過程で多くの経験を積んできた。バトルではポケモンのために、たくさんのトレーニングと経験を積んできた。でも貴方自身(・・・・)のために動いてきたことはなかった。人のために、ポケモンのために…他者のために動き続けて来たけどね」

「手前のためか。一番当たり前で、単純なことをしてこなかったな」

「そうね。だから、この滞在は貴方にとってある意味原点回帰とも言えるものでもあった。己を見つめ直し、ルーツを知るいい時間だったわね」

「そのルーツが、予想だにしないものだったがな」

 

 己のルーツが、ヒガナと同じ流星の民であるという事実。カイムにとっては大きな衝撃であり、信じ難いことではあった。

 

「ま、少しだけ納得した部分もあんだがな」

「そうなの?」

「ああ。流星の民は、ずっと歴史を伝え、受け継いできた。俺が考古学の道に進んだのは、元は歴史が好きだから。民族の歴史を受け継いできた流星の民の末裔だったから、俺は歴史に興味を持ったのかもってな」

「ふふ、そうね。ありえる話だわ」

 

 尤も、同じ流星の民の末裔であるイサナはそうではなかった。そのため必ず当てはまるものではないのだろうが、それでもカイムが歴史に興味を持ったことに何かしらの因果を感じずにはいられなかった。

 

「貴方には特別な血が流れているのね」

「ん、ああ…まあ、そうなるな。そこは重要じゃねえけどな。結局、どんな血族だろうと自分が実際に成し遂げたことが重要になってくる。特別な血族であることに、驚きはしたが拘りはねえよ」

 

 かつて姉のように『特別な存在』を目指していたカイムだが、その特別は己が成し遂げてきたことについてくるもの。故に、どんな血が流れていようと、カイムにとっては大した問題ではなかった。

 

「成し遂げたことか。じゃあ、ジムリーダーにまで上り詰めた貴方はもう十分に特別ね」

「かもな。でもまだ学問で成果を出したわけじゃない。精進は続けるさ」

「ええ、そうね。むしろこれからが本番よ。プロの世界に足を踏み入れることになるんだもの。生半可な努力じゃ着いて来られないわ」

「知ってるよ。俺一人じゃ無理だろうが…まあ、お前とならどうにかなるさ」

「ええ、きっとそうね。私も、そう思う」

 

 この先生きていく中、きっとたくさんの困難が二人を待ち受けるだろう。だがどんなに困難でも、二人なら乗り越えられる。そんな予感がシロナにはあった。

 

「私にとって特別な貴方が側にいる…それだけで何でもできる気がするわ」

「……そうかい」

 

 少しだけ歯切れの悪い返答。照れ臭いのか、同じ思いを抱いていたのか、それとも両方か。いずれにせよ、二人が歩む道の先がどのような形であれ、お互いの側に居続けることを、共にこれからも精進し、いつかこの心と時間を受け継いでいくことを心に誓った。

 シロナは一歩前に出ると、顔を出した朝日を背にカイムに手を差し出す。煌びやかな光に照らされた美しい金髪が、カイムの目を奪った。

 

「さあ、帰ろう」

「…ああ」

 

 シロナの手を取り、シロナの隣に並ぶ。

 

 いつか訪れるその日まで…いや、願うことならその先も、この場所にいられることを願いながら、二人は日の光を浴びて帰っていく。

 豊かな縁を繋いでくれたこの土地に、心からの感謝を込めながら。

 

 




誰か私の無駄に長くなってしまった挙句更新が遅れる癖を直して。



シロナ
色んな民族の血を引く人が出てきている中、現状判明している中(多分)で最も古くから続く民族である『古代シンオウ人』の血を引く存在だからヒガナレベルで希少な血を持ってる。波導の覚醒が早いのもそれが関係している……のかも。実はレジスチルが目覚めるトリガーの一つだったが、書くタイミングが無くて描写されなかったし、シロナさんもその事実を知らない。

カイム
実は流星の民の末裔。母親であるタキがその血を受け継いでいるが、現在存在する流星の民の中でも流星の滝から離れて暮らすようになった分家になるため、タキ本人は自分のことを『一般人』だと思い込んでいるし、事実ほぼ一般人。流星の民としての伝承は継いでおらず、自身が流星の民の末裔であるという『事実』のみを受け継いできた。天変地異を見ても動じなかったのはそのため。
子供達にそのことを伝えていないが、イサナは何故か気づいた(超直感)。なお、父であるナダはルネシティの一般人(ルネの民の末裔ではないが、送り火山の珠の存在は知っている)であるため、イサナとカイムは流星とルネ、両方の血を引く存在となる。無論姉であるイサナも空の柱に登る権利がある。でも結局は一般人と大差ない。レジスチルに受け入れられた理由の一つが流星の民の末裔だからだったりするが、レジスチルは語らなかった。弱点は姉属性。

ミクリ
イサナの弟だと知った時から、カイムが流星の民の血を引く者だと知っていた。

タキ
実は流星の民。ただ分家だから、ほぼ一般人。多才なのは流星の民とは関係ない。



レオ
年齢 17歳
身長 176cm
悪人面とフェイスペイントが特徴的なポケモンコロシアム主人公。元シャドーの下請け組織スナッチ団所属トレーナーだったが、ある時裏切って最新のスナッチマシンを強奪して逃亡。その後囚われていたミレイを偶然救い出し、ダークポケモンのレーダーとして旅に動向させる。本編では彼について一切深掘りされないまめ、原作では謎が多いまま終わってしまった。続編であるダークルギアでは既にオーレ地方の表舞台から姿を完全に消した模様。
本作では、元スナッチ団の自分が表舞台にいると悪い影響が少なからず出ることを危惧すると同時に、かつて自分の相棒だったストライク(現ハッサム)を持って逃亡したシャドー戦闘員を追ってホウエン地方に辿り着く。ミナモシティに潜伏していた戦闘員を捕捉し追い詰めるが、もう一人いた戦闘員のダークポケモンの攻撃で負傷。ダークポケモンのモココとトゲピーはスナッチできたが、ハッサムは取り逃がす。ミレイの助力によってなんとか脱出するが、限界を迎えて倒れる。そこにたまたま現れたアズサに拾われ、匿われた。
孤児であり、幼少期はアンダーで二匹のイーブイと共に過ごす。そこで迷い込んだストライクと友達になるが、ストライクがシャドーに連れていかれたため復讐を誓う。月日が経ち、成長したレオはシャドー下請け組織のスナッチ団に入り、虎視眈々と機会を狙っていた。
ミレイを連れていたのは、利用価値があるから、と言っているが、その心情が少しずつ変化していることを本人は気づいていない。

ミレイ
年齢 17歳
身長 161cm
橙色の髪と空色の瞳が特徴的な少女。生まれつき波導を見ることができたため、ダークポケモンの存在にいち早く気づくことができた。しかしそのせいでシャドーに目をつけられ、拉致されそうになったところを偶然居合わせたレオに救われる。それ以来レオについてオーレ地方を旅して回り、シャドー打倒とダークポケモン奪還の一助となった。
旅する過程でレオに恋心を抱く。劣悪な環境で育った故に、他者からの好意を信じられないレオに対してかなりストレートな好意をぶつけているが、未だに届いていない。

アズサ
年齢 31歳
身長 163cm
ポケモンバンク管理人。多分、初出を生で見た人は少ない。
スクール時代のイサナの先輩かつ、アズサの両親とタキが友人。そのため幼少期は関わりがあったが、アズサの進学により疎遠に。しかしマユミとマサキとの研究のためにホウエン地方に戻ってきて、その際にタキと関わりを持つ。
本来はポケモンバンクの管理人だが、本作でのポケモンバンクの扱いに困ったため、ポケモン預かりシステムを世界規模で繋げた人になってもらった。洞察力に優れ、レオとミレイが訳ありだと一目で理解し、匿う度量がある。既婚。


ホウエン編終了
本編はまだ続きますが、終わりに向けて準備してます。
次回は論文関連の話を進めたい。


砂糖が足りないと思った人、挙手。
ガタッ(自ら立ち上がる作者の図)

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