ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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44話 ミオシティ

 ポケモンリーグが終了し、帰宅した二人は疲れたようにソファに寄りかかる。カイムは疲れたように息を吐き出し、シロナはカイムの膝に頭を乗せた。

 

「あー…やっぱ、シンオウ横断はしんどいな」

「シンオウ地方も広いからね…さすがに大会後にシンオウ横断は疲れるわよ」

 

 シンオウ地方も相当広い。1日で横断できはするが、移動時間は相当長い。1日で移動するとなると、やはり疲労感は大きい。スズラン島に移動した時はそこから2日は調整程度しかなかったため、問題なかった。

 

「今日はさっさと寝よう。疲れてんだろ?」

「そうするわ」

「風呂、いれてくる」

 

 そう言ってカイムは立ち上がり、風呂場へと歩いていく。その際、ブラッキーがカイムの頭に飛びつき、へばりついた状態で向かったのだが、カイムは特に気にすることなく歩いていった。そんな愛らしいブラッキーの姿を見てシロナは小さく微笑むと、ふと視界の隅に光るものが入ってきた。

 

「あれは…」

 

 黄緑色の光を放つそれは、かつて時渡を経験した際、セレビィに親愛の証としてもらった時の結晶だった。

 

(いろんなことがあったわね)

 

 シント遺跡から始まり、アルトマーレ、ウバメの森、ジョウト地方全域にポケモンリーグ。そしてイッシュ地方に赴き、海底遺跡やリュウラセンの塔といった歴史的建造物を目の当たりにしたり、Nと遭遇したりと様々なことを経験した。その後もカイムの論文テーマについて色々経験して、今に至る。たくさんの経験を経て、カイムだけでなくシロナ自身も大きく成長できたといえるような一年だった。

 カイムへの想いを自覚してから、ここまでの道のりは決して楽ではなかった。しかし、それでも楽しかったと言える一年の記憶がシロナの脳裏を過り、シロナは微笑む。時の結晶のほかに飾ってあるアルトマーレガラスのメダルや、イッシュ地方で撮った写真、ガブリアスとブラッキー、バシャーモのオブジェなど、たくさんの思い出を思い出しながらそれらを眺めていく。

 そうして眺めているうちに、カイムが戻ってくる。相変わらずブラッキーが頭にへばりついたままだが、カイムはなにも気にしていないようだった。

 

「何してんだ?」

「ん〜?去年の旅を思い出してたのよ。いろんなことがあったでしょう?それを少しね」

「ああ、そういう」

 

 カイムもシロナのように棚に目を向ける。たくさんの思い出の象徴を見つめ、カイムは小さく、本当に小さく笑った。そんなカイムを見て、シロナは小さく声を上げる。

 

「あ」

「あ?」

「笑ってる」

 

 シロナの言葉に思わずカイムは手を顔に当てるが、口角が変わっているようには思えない。そもそも、他者からみたらほとんど無表情と変わらない表情だ。わかるはずがない。

 

「……変わんねーだろ」

「ちゃんと笑ってたわよ。まあ、気付けるのは私とダイゴ君くらいかしら」

「あってねーようなもんだろそれ」

 

 呆れたように息を吐くカイムの頭の上で、ブラッキーが大きく欠伸をする。ブラッキーの様子を見たシロナは優しく微笑み、ブラッキーを優しく撫でた。

 

「ま、それはそれとして…今日は早く寝ましょ」

「ああ。少ししたら風呂が沸く。今のうちに準備しておけ」

「ありがと」

 

 シロナはリビングを後にし、二階へと登っていく。シロナの後ろ姿を眺めていたカイムは棚へと視線を戻し、時の結晶を手に取った。僅かに青みがかかった黄緑色の光が反射し、カイムの顔を照らす。ブラッキーが興味深そうに頭の上から結晶を見つめていたため、カイムはブラッキーの目の前まで時の結晶を掲げた。ブラッキーはすんすんと鼻を動かしながら前足で結晶にペタペタと触れる。しばらくそうしていたが、満足したブラッキーは欠伸をしてカイムの頭にすりすりと頬擦りし始めた。

 

「色々あったな」

 

 そう呟いて、カイムは時の結晶を所定の位置に戻す。その際、隣にあったシロナの時の結晶に自分の結晶が僅かに触れ、黄緑色の火花のような光が散った。

 

「!」

 

 僅かに光が漏れる。その光はカイムの指に触れ、一瞬だけ大きくなるが、すぐに光は消えた。その後、特に異変はなく、時の結晶はそのままだった。

 

「…なんだったんだ?」

 

 カイムは一人呟くが、答えは返ってこない。ブラッキーはそんな時もカイムの頭に頬擦りを続けている。カイムはなんとなく嫌な予感…とは少し違うが、この時の結晶が何か異質な空気を放っているように感じられてならなかった。

 とはいえ、これが実際どういうのものなのかカイム達もわかっていない。それ故に、できることは何も無いに等しい。

 

「ま、何もねぇだろ」

 

 今までも何も起こらなかった。なら、今後も特に何か起こることもないだろうと考えたカイムは、頭にへばりつくブラッキーを引っ剥がして抱き抱え、庭へと足を向けた。そのまま手持ちのポケモン達を外に出し、ポケモン達との穏やかな時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 その夜、異変が起こった。

 棚に飾られた時の結晶が光を放つ。その光は寝室で眠るカイムへと届いた。カイムは光に包まれ、そして光が消える。

 深く眠っていたシロナはこの異変に気づくことはなく、そのまま朝を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、シロナが目覚めると、普段なら早めに起きて朝食の準備をしているであろうカイムの姿があった。ただ、カイムの体は布団で完全に隠れており、小さな寝息と布団の膨らみがその存在を証明していた。

 

「昨日は疲れていたし、そういうこともあるわよね」

 

 シロナはそう呟きながら優しく微笑む。

 だが暫しその膨らみを見ていると、ふと違和感を覚える。明らかにカイムの体格に対して、布団の膨らみが小さすぎるのだ。カイムは高身長というわけではないが、成人男性の平均くらいの身長はある。その身長を考慮すると、どう考えてもこの布団の膨らみは小さすぎる。しかもこの膨らみのすぐ隣からブラッキーの耳が見えている。ブラッキーの体積も除いたら、それこそ子供一人分くらいの体積にしかならない。

 何かおかしい。そう気づいたシロナは、少しだけ申し訳なく思いながら布団を捲り上げた。

 

「………え?」

 

 結果のみ言うと、布団の中にはブラッキーともう一人の姿があった。しかし、そのもう一人の姿はシロナが知らない人物だった。いや、正確に言うなら、知ってはいた。ただ、直接見ることが初めてであった。

 布団の中にいたのは、6、7歳くらいの少年。黒い髪は短く切り揃えられており、側にいるブラッキーを抱き枕のように抱きしめて眠っている。

 シロナは、この少年のことを知っていた…正確には見たことがあった。この少年を見たのは、カイムの実家…家族での写真で、この少年のことを見た。

 

「…カイム?」

 

 名前を呼ばれたことが原因か、それとも朝日に照らされたことによることが原因か、少年は目覚めた。青みがかかった黒い瞳が、ゆっくりと周囲を見渡す。そして、目の前にいるシロナを見つめて、言った。

 

「……お姉さん、だれ?」

 

 声は明らかにシロナが知るものよりも高い。だが、その顔はカイムの面影があるもの。目の前にいるのは少年時代のカイムだと、シロナは本能的に理解した。

 

「…どういうこと?」

 

 シロナがそう呟くと、ブラッキーが起き上がって大きくあくびをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ここ、どこ?」

 

 少年…カイムは寝室を見渡しながら呟く。事態をうまく飲み込めないが、目の前にいる少年がカイムであることをシロナは理解した。

 

「君…お名前は?」

「…カイム」

 

 少年はカイムと名乗る。この事実に、シロナは頭を抱えたくなる思いに陥った。

 

(やはり、この子はカイム。何らかの理由で過去のカイムがこちらに来てしまったということ…?いや…多分、過去と今のカイムが入れ替わったのかもしれないわね)

 

 どういった理由なのかは、シロナもわからない。しかし、実際にこうなっている以上、どうするか考えなければならないと、シロナは思考を切り替えた。

 

「カイム君、私はシロナ。よろしくね」

「…うん。よろしくお願いします、シロナさん」

(…かわいい)

 

 普段のぶっきらぼうな態度からは考えられないほど素直で可愛らしい態度に、シロナは思わず場違いなことを考えてしまう。

 

「それでカイム君。君は、どこから来たかわかる?」

「…おれ、ホウエン地方のミナモシティに住んでます。でも、どうしてここにいるのかはわかりません」

「…そう。ここは、シンオウ地方のミオシティよ」

「ミオシティ…」

 

 少年カイムは目を伏せる。わけもわからず遠くの地に来ていたら誰でもそうなることは仕方ないだろう。特に、今目の前にいるカイムは見たところ6、7歳くらい。怖くないはずがないだろう。

 

(おそらく、この子は過去のカイム。時渡り…なのかしら。何にしても、過去から来たことは間違い無さそうね)

 

 少年のカイム、ということは、恐らく過去から来たのだろうとシロナは予想する。かつて自身も過去に飛ばされた経験がある以上、ありえない話ではない。

 不安そうに目を伏せる少年カイムの側に、一緒に寝ていたブラッキーがカイムに頬擦りする。

 

「わっ、ん…な、なんだよ…」

「やっぱり、ブラッキーはわかるのね」

「わかる?なにが?」

「そのブラッキーは、貴方のポケモンなの」

「おれの?おれ、まだ7歳だからポケモン持ってないよ」

「貴方はそうかもしれない。でも、今の時代の貴方はそうじゃないわ」

「今の…?」

 

 カイムは壁にかけられたカレンダーに目を向ける。そこに記された日付は、少年のカイムがいた時代から十数年以上先の時代だった。

 

「おれ……未来に来たの?」

「そう、なるわね。ごめんなさい、私も詳しいことはわからなくて」

「……うん」

 

 カイムは目を伏せるが、そんなカイムの頬をブラッキーは暖かい舌で舐める。舐められたカイムはくすぐったそうに目を細め、ブラッキーを優しく撫でた。

 

「な、なんだよ…く、くすぐったいよ」

「ブラッキーはね、貴方のこと大好きなのよ」

「わ、わかった…わかったから」

 

 カイムはブラッキーをぽんぽん撫でながら、優しく抱きしめる。ブラッキーは嬉しそうにカイムに頬擦りし、ごろごろと喉を鳴らした。

 

「…おれの、ポケモン」

「実感ない?」

「ないよ。だって、おれのポケモンじゃないもん」

 

 今のカイムのポケモンではあっても、このカイムのポケモンではない。まだ己のポケモンを持っていない以上、実感など湧くはずもない。

 そしてなにより、今のカイムには既にかつて見られた陰が見え初めている。既に姉との比較がかつてのカイムを作り始めているのかもしれない。ただ、それはシロナにはどうすることもできない。

 

「……ねえ、シロナさん」

「ん?」

「他にも、おれのポケモンいるの?」

 

 カイムの問いにシロナは少し目を見開くが、すぐに微笑んでカイムの頭を撫でながら頷いた。

 

「ええ」

「…会ってみて、いい?」

「もちろんよ。貴方のポケモンなんだから」

 

 シロナは笑顔で答えると、カイムに手を差し出す。カイムは少しだけ躊躇うが、シロナの手を握り、シロナについていった。そしてその足元には、楽しそうにするブラッキーがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、出てきて!」

 

 シロナはカイムのボールホルダーに入っていたボールを全てを投げ、庭にカイムのポケモン達を出す。ボールから出てきたポケモン達は、シロナの隣にいる少年カイムを見て、不思議なものをみるようにカイムに寄ってきた。

 

「この子達が、貴方のポケモン達よ」

「…おれの、ポケモン…」

 

 表情はほとんど変わらないが、カイムは目を輝かせながらポケモン達に近づいていく。その中でも、一番前にいたバシャーモに手を伸ばした。バシャーモはカイムの目線に合わせて屈むと、カイムに手を差し出した。

 

「わっ…」

 

 カイムがバシャーモの手を握ると、バシャーモはニカッと笑ってカイムを肩車した。突然のことでカイムは驚いたように目を見開くが、楽しそうに目を輝かせる。そんなカイムを見たバシャーモはカイムを背負ったまま他のポケモン達と触れ合わせるようにカイムを連れて行く。未来の自分のポケモン達と触れ合うカイムの姿は、年相応の少年そのものであり、ポケモン達も彼が少年になったことに驚きはしたものの、カイムであることは理解しているようだった。そのため、普段のように変わらぬ態度でカイムと接している。

 

「どう?未来の貴方のポケモン達は」

 

 目を輝かせながらポケモン達と触れ合うカイムに、シロナはそう声をかける。カイムは楽しそうな空気を醸し出しながら、シロナの問いに応えた。

 

「楽しい。おれ、大人になったらこんなポケモン達と一緒なんだ」

「そう。みんな、貴方のことが大好きなポケモン達よ」

「…そっか」

 

 表情は変わらない。しかし、その言葉でカイムの目は嬉しそうな光を宿したことをシロナは見落とさなかった。

 メタグロスが一歩前に出てくる。それを見たバシャーモは肩からカイムを下ろし、メタグロスの頭に乗せた。

 

「すげえ…メタグロスだ…!」

「見るのは初めて?」

「うん。スクールにいるポケモンにメタグロスはいない。上級生が持ってるポケモンも、大体みんな進化してないポケモンだから。それに、おれの知らないポケモンもいる」

 

 知らないポケモン、とは、恐らくムクホーク、トリトドン、キリキザンあたりのことだろう。ホウエン地方ではあまりみないポケモン故に、まだ幼いカイムが知らないポケモンがいてもおかしくない。

 

「この子はムクホーク、こっちはトリトドンで、最後にこの子はキリキザンっていうの。初めて見た?」

「うん。おれ、まだホウエン地方にいるポケモンしか知らないから」

「そう。じゃあ、この子達だけでも、ちゃんと覚えてあげてね」

 

 シロナがそう言うと、カイムはムクホークに手を伸ばす。ムクホークは頭をぐっと出し、自分のトサカをカイムに押し付けた。

 

「…ふわふわしてる」

 

 ふわふわの羽毛に触れ、カイムは僅かに顔を綻ばせた。幼少期から表情の動きは少なかったらしいが、ポケモン相手には表情を動かすのは今も変わらない。尤も、ポケモン相手でも変化というにはあまりにも乏しいものではあるが。

 

「おれの、ポケモン…」

「嬉しい?」

「うん。いつかポケモンと旅に出て、姉ちゃんみたいになりたいから」

 

 その言葉を聞いて、シロナは少しだけ目を見開く。出会ったばかりの頃のカイムは、既に劣等感で姉への憧れも口にすることはなかった。加えて、劣等感が大きすぎたため、自己肯定感も非常に低く、卑屈な性格だった。今でこそ相当改善されたが、根っこの部分に大きく染み付いた卑屈さは消えていない。シロナも今更改善させようとも思わないし、そこも含めてカイムのことを愛しているが、目の前の純粋な少年がこれから大きな劣等感と挫折に苦しむことを思うと、少しだけ心苦しく思う。

 

「…そう。お姉さんのこと、好きなのね」

「……うん。かっこいいんだ。おれも、あんな風になりたい」

 

 そう呟くと同時に、カイムの腹の虫が小さく鳴る。そういえばまだ朝食を摂っていないことを思い出したシロナは、カイムに優しく笑いかける。

 

「朝ごはん、食べようか」

 

 カイムは少しだけ恥ずかしそうにしながらも、頷く。その横でブラッキーが楽しそうに尻尾を揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とは言ったものの…」

 

 シロナはカイムのルカリオと共にキッチンに立ちながら、腕組みして顔を顰めていた。

 その理由は、シロナの料理スキルが個体値『ダメかも』レベルであるからだ。普段はカイムが家事全般をやっているため、シロナがキッチンに立つことなどほとんどないのだが、今はカイムが子供になってしまっている。そうなると、シロナくらいしか家事をやれる人がいない。多少マシになったとはいえ、一人でできるレベルではない。ポケモンの中では、ルカリオが少しできるが、それもせいぜい手伝いレベル。一人で全てできるほどではない。

 

「どうしようかしら…」

 

 ここでかっこよく料理を出してやれればいいのだが、生憎その腕はない。このままカイムが戻る保証はないが、戻ってきた時に荒れたキッチンにしておくのは忍びない。

 どうしようかと頭を悩ませていると、カイムを肩車したルカリオがキッチンに入ってくる。頭を悩ませるシロナを見て、カイムがシロナに問いかけてきた。

 

「シロナさん、どうしたの?」

「えっ…うーん…」

 

 見栄を張りたいところだが、下手に挑戦して失敗する方が悲しくなる。故に、シロナは大人しく口を割った。

 

「実は私、あまり料理得意じゃないのよ。普段はカイムが料理してるの。だから朝ごはんどうしようかなって」

「……おれ、作ろうか?」

「え?」

 

 想定外の言葉にシロナは固まる。ルカリオに肩車されたままのカイムは(普段ではありえないような)澄んだ瞳でシロナを見つめた。冗談の類ではなく、本気で言っていることをシロナは察した。

 

「難しいのは作れないけど…おにぎりとか、ベーコンエッグとか簡単なのなら作れるよ」

「そ、そうなの?」

「うん。お母さんの手伝いで覚えた。それに、料理って楽しいから。シロナさんが良いって言うなら、やってみたい」

 

 普段のカイムとは違う、純粋な光を宿した瞳を向けられ、シロナは思わず戦慄してしまう。それと同時に、シロナの頭には二つの思考が対立を始める。『まだスクール一年生のカイムに火を使わせるのは危険ではないか』という思考と、『幼少期カイムが料理しているのを見たい』という思考だ。前者は保護者(暫定)としての思考、後者は恋人(というより、シロナの欲望)としての思考であるが、その二つがせめぎ合っている。理性的な判断をするなら、間違いなく前者なのだが、シロナはカイムのことになると時折思考がおかしくなる。とはいえ、今がイレギュラーな事態であることも把握しているため悩んでいると、カイムを肩車しているルカリオがシロナに目を向ける。その視線に気づいたシロナは、ルカリオの意図を正確に汲み取った。そしてカイムを見て、小さく笑う。

 

「……そう。じゃあ、やってみる?」

「うん、やってみるよ」

 

 ルカリオはカイムを下ろす。ルカリオから降りたカイムはバシャーモの手を借りて冷蔵庫の中を物色し始めた。

 そんな二人からルカリオに目を向ける。ルカリオはいつものように無表情であるが、その視線の意味を理解していたシロナは苦笑しながらルカリオの頭を撫でた。

 

「ありがと」

 

 ルカリオの意図は、『ルカリオが手伝い、危険がないか監視するから好きにさせる』というものだった。普段からカイムの手伝いをしているルカリオなら、何が危ないかどうかも把握している。故に、ルカリオは自分が監視していれば大抵のことは問題ないと判断し、シロナの望みを叶える形を取ろうとしたのだ。

 シロナとしては、ポケモンに気を遣わせてしまった事実に気が引けるが、実際こうするのが一番効率も良く、安全性も高い。自身のこういった部分の不甲斐無さに内心で苦笑しながら、楽しそうにするカイムに目を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ…ほっ!」

 

 ぶかぶかのエプロンをつけたカイムが、フライパンの前で調理を進めている。普段と比べてはるかに辿々しいし、普通に立っていたのでは身長が足りないため、台の上に乗っての調理。今まで見たことのない姿に新鮮さを感じると共に、庇護欲のようなものが湧いてくる。

 

(……器用、ではない。一つ一つの動作は早くないけど、確実にやろうとするのはやはりカイムね。昔から丁寧にやる性格なのは変わらないのかしら)

 

 カイムの実家のものとは異なる調理器具故か、少し手つきは辿々しい。しかし基本的な使い方は同じであるため、せっせと調理は進んでいった。ルカリオの手伝いを受けながら料理していく横顔は真剣そのもの。だが幼い横顔の真剣な表情を眺めながら、シロナは何か起こらないように眺めていた。

 

(…かわいい)

 

 普段のカイムの面影が残る幼い顔は、シロナにとって可愛げのあるものだった。今すぐ抱きしめて可愛がりたいところだが、向こうは一応初対面。警戒されないためにも、歳上としての威厳を保つためにもここはぐっと我慢することにした。

 そうこうしているうちに、調理が終了する。皿に盛り付けられた料理は、ベーコンエッグにトースト、サラダとヨーグルトというシンプルな朝食だった。それらをルカリオと共に食卓に運んでいく。その時、シロナはポケモン達の食事も用意しておいた。ポケモン達の食事は、普段からカイムが作り置きしておいてくれているため、問題なく出すことができた。

 ポケモン達の食事を出して戻ってくると、カイムが椅子に座っていた。だが、ここにある椅子は大人用。幼少期のカイムが座るには明らかに大きすぎてしまい、食事するには膝立ちくらいの高さが必要となってくる。

 

「ああ、さすがにこの椅子じゃちょっと大きすぎるわね」

「……うん」

「少し座りづらいかもしれないけど、クッションで高さ調整しよっか」

 

 そう言ってシロナは何個かクッションを積み重ね、その上にカイムを抱き上げて座らせる。幼少期とはいえ、人間一人。そこそこの重さにはなるが、問題なく座らせることができた。

 

「はい、これでどう?」

「大丈夫。ありがとう、シロナさん」

「ええ。カイムもありがと。ご飯、美味しそうだわ」

「うん」

 

 褒められて嬉しいのか、表情は変わらないがカイムの雰囲気が柔らかくなる。こういう表情ではなく雰囲気で伝わるところは変わらないらしい。

 

「いただきます」

「い、いただきます」

 

 慣れない環境での食事に少々緊張気味のカイムだが、食事しながらシロナと会話を重ねることで、その緊張は徐々に解けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事と洗い物を済ませると、二人は庭に出た。庭、といってもバトルフィールドがあるため、一般家庭のそれと比較して遥かに大きい。

 

「……すげえ」

「ふふ、そうでしょ?一応、チャンピオンですから」

「すごいなぁ…」

 

 チャンピオンと考古学者。二つの側面で大きな功績を残し、なおかつ現在も活躍を見せているシロナは、一般家庭と比較して大きな財力を持つ。本人が一般家庭(?)出身故に金銭感覚が一般人である。そのためこの程度で収まっているが、やろうと思えばかなりの豪邸に住むこともできてしまうほどだ。シロナが豪邸に住まない理由は、彼女の金銭感覚と、広い家が片付かなくなるビジョンが目に見えていたからなのだが、それをわざわざ少年のカイムに言うことはない。

 カイムは改めてフィールドを眺める。バシャーモはガブリアスと組み手をしており、トリトドンはミロカロス、シロナのトリトドンと共に水浴び、ルカリオはルカリオ同士で瞑想、ムクホークとブラッキーはウォーグルやミカルゲ、ロズレイド、トゲキッスと共にじゃれあいながらもゆったりと過ごしている。

 そんな中、キリキザンを頭に乗せたメタグロスが歩み寄ってくる。メタグロスはじっとカイムを見つめてくるが、表情がほとんど読めないメタグロスの真意がわからず、カイムは首を傾げる。そんなカイムを見て、シロナは優しくカイムに言った。

 

「メタグロス、あなたのことを乗せてあげたいみたいよ」

「え…いいの?」

「さっきも乗ったじゃない。それに、あなたのポケモンなんだから」

「…うん。ありがとう」

 

 シロナはカイムを抱き上げると、メタグロスの頭に腰掛ける。カイムはシロナの膝の上に座り、シロナの体に体重を預けた。そしてそのシロナをキリキザンが背中から支えるように寄りかかり、互いに背もたれになるような体勢になった。二人とキリキザンがちゃんと座ったことを確認したメタグロスは、のしのしと歩き始める。

 

「すげえ…」

「ふふ、貴方のポケモンよ」

「未来のおれは、ちゃんとポケモントレーナーやってるんだ」

 

 少し嬉しそうな声。やはりこの年代の子供は皆ポケモントレーナーに憧れているらしい。自分のポケモンを持っていない年代であれば、余計にそう感じるのだろう。

 

「ねえシロナさん。おれの最初のポケモンって誰だったの?」

「ブラッキーとバシャーモ…正確に言うなら、イーブイとアチャモだったって聞いてるわよ」

 

 幼い姿のカイムでも甘えてくるブラッキーと、幼い姿であっても変わりない態度で接するバシャーモ。この二匹がカイムの最初のポケモンだと言われて、カイムもなんとなく納得した。

 

「あの二匹か。そっか」

「嬉しそうね」

「え?うーん…誰が最初のポケモンでも、おれは嬉しいよ。でも、なんかあいつらが最初だって言われたら納得した。そんな気がしただけなんだけど」

「あの二匹は貴方が一番長く付き合ってきた子だからね。今のあなたでもどこか通じ合う部分があったのかも」

 

 幼い姿であろうと、根っこの部分に変化はない。カイムはカイムであり、変わらないものがあるのだろう。そういった部分を、ブラッキーとバシャーモはよく理解しているから変わらない態度で接してきたのかもしれない。

 だが、今の幼いカイムではシロナの話をうまく理解できない。よくわからないのか、首を傾げていた。膝上で幼子らしい態度のカイムを可愛らしく思いながら、シロナはカイムの頭を優しく撫でた。

 

「ここにいるカイムも、この時代のカイムも…ポケモンにとって、とても素敵な人ってことよ」

「…そうなの?」

「ええ、間違いないわ」

 

 その言葉に、カイムはわずかに目を見開く。そして少しだけ躊躇うような態度を見せながらも、シロナに問いかけてきた。

 

「ねえ、シロナさん」

「ん?」

「おれね、すごい姉ちゃんがいるの。いつもかっこよくて、すごいんだ」

「……そう言ってたわね」

「うん。おれ、姉ちゃんみたいになりたいんだ。未来のおれを知ってるシロナさんなら、おれが姉ちゃんみたいになれるかわかるんじゃない?」

 

 無邪気な憧れから出た言葉。未来の自分が姉のようになれているのか、そう問いかけてきた。この時のカイムは、おそらくまだ心が折れていない。まだ己のポケモンも持てない年齢であるため、当たり前といえば当たり前だ。そのため、いつかああなりたい、という思いが強いのだろう。

 だが、シロナは知っている。カイムには特別な才能はなく、イサナこようになることはできないことを。どんなに足掻いても、どんなに努力を積み重ねても、天才の領域にいるイサナには届かない。才能という面では、比べるまでもない存在…それがカイムだった。

 

「……どうかしらね」

「シロナさんは、おれの姉ちゃん知らないと思うけど…姉ちゃんはすごいんだ。なんでもできて、いつも一番。そんな姉ちゃんみたいにおれはなりたいんだよ」

(…知っているわ。貴方のその憧れも、届かないことの絶望も)

 

 知っている。何もかも諦め、目標もなくただ迷いながら生きていた頃のカイムを。このことを目の前の少年に伝えることは簡単だ。説得力がないため聞き入れないかもしれないが、この少年の心に早くから傷をつけることになってしまう。それを忍びないと思ったシロナは口を開いた。

 

「今の貴方が憧れている形になれているかはわからない。でも、今のカイムは自分のことを『気に入ってる』って言ってた。だから、きっといい人生を歩めるわ」

「それって、姉ちゃんみたいになれるってこと?」

「それはわからないわ。でもね、これから貴方がどんな人生を歩むにしても、大切なものは忘れないようにね」

「大切なものって?」

「貴方の世界。自分を含めた、自分を取り巻く全てを忘れないで」

 

 シロナの言葉にカイムは首を傾げる。まだ少し難しいか、と苦笑したシロナは、カイムの頭を優しく撫でた。

 

「君は、君と君の周りにある全てを大切にしてあげればいいのよ」

「それならできそう」

「ええ、貴方ならできるわ」

 

 いまいち理解できているかわからないところだが、カイムは頷いてシロナに体重を預ける。幼いカイムの体温を感じながら、シロナは優しくカイムの頭を撫でる。

 

 きっとこれからこの少年は、多くの絶望を味わう。己の無力を痛感し、心が折れてしまうだろう。

 だとしても、大丈夫だと思えた。例えどんなに無力を痛感して心が折れたとしても、自分が必ず見つける。自分が再び彼を立ち上がらせ、己を信じられるように手を差し伸べる。そう思いながら、シロナはメタグロスの歩く振動を感じ、カイムを優しく抱きしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…で?これはどういうことです?』

「え、えーっと…なんて言えばいいかしら」

 

 画面向こうのカトレアからの言葉に苦笑しながらシロナは答える。シロナの膝には、少年のカイム。

 現在シロナは、元から約束をしていたカトレアとのビデオ通話を繋いでいたのだが、その間カイムを放置するわけにもいかず(放置されていてもポケモン達が面倒を見ていたのだが)、結局カイムを膝に乗せる形で共に通話に参加していた。無論カトレアはこの事態のことを何も知らない。そのため、シロナと共に映っているどことなくカイムに似た少年の存在に頭を抱えていた。

 

『お二人の間に既に子供がいた、とかいう突拍子のない眠くなるようなお話は勘弁してくださいね』

「違うわよ。私たちまだ結婚もしてないんだから」

『まだ、ね。ええ、将来的にはご結婚して、幸せな家庭を築く未来があるかのような言いようですね?それとも、もうご婚約されてらして?』

「…………」

 

 カトレアの言葉に、シロナは真っ赤になって押し黙る。カトレアから見たら遠くない未来のことなのだろうが、シロナからしたら心の底にある願望。それを当たり前のように、しかも(少年の姿とはいえ)本人の前で言われることは、さすがに恥ずかしい。

 尤も、当の本人は目の前のビデオ通話のモニターに釘付けでろくに話を聞いていないのだが。

 

「すげえ…こんな風に遠くの人と顔見ながら電話できるんだ」

 

 モニターを見ながらカイムは呟く。少年カイムの時代に、このような通話機能はない。あったかもしれないが、少なくともシロナはこの年齢の時に把握していなかったため、少年カイムが知らなくても違和感はない。

 

『はぁ…それで?結局、その子はカイムで良いのですよね?どうしてそんな可愛らしくなっているのですか?』

「私も詳しいことはわからないんだけど…多分、カイムは時渡りで過去から来たんだと思うの」

『時渡り…確か、セレビィの能力でしたね』

「ええ。うちにはセレビィの力の結晶があるの。それが何かに反応して、カイムに作用したんじゃないかって考えているわ」

『あり得そうですね。何がきっかけかはわかりませんが、それなら説明がつきます』

 

 あの時の結晶をもらってから一年以上経つが、こんなことは今までなかった。そのため、何かしらきっかけがあったことは間違いないのだろうが、それが何かはわからない。

 

『元に戻るんでしょうか』

「どうかしら…時渡りは不可逆じゃないし、多分戻れるとは思うけど…時渡りについてはわからないことが多いから」

『こちらでも時渡りについて少し調べてみます』

「ありがとう、助かるわ」

『構いませんわ。シロナさんの助けになれるのですから』

 

 そう言ってカトレアは微笑む。そして、そのままシロナの膝にいるカイムに目を向けた。

 

『それにしても…この頃のカイムは、今と違って可愛らしいですね』

 

 今と同じで表情はあまり動かないものの、ビデオ通話に対して目を輝かせながら画面に映るカイムの姿は、年相応で可愛らしいものだった。これが成長したらあの小言まみれの顰めっ面になるのだから、人間とはわからないものだとカトレアは考える。

 

「でしょ?でもちゃんとカイムなのがわかるわよね」

『そうですね。こんな可愛らしい子があんな偏屈に成長するのですから、人間わからないものですね』

「シロナさん。へんくつってなに?」

「んー…素直じゃないってこと、かしらね」

「未来のおれ、素直じゃないんだ」

 

 厳密には違う気もするが、ここで事細やかに説明する必要はない。それに、そうなってしまった要因にも心当たりがあるが、その要因を今のカイムに伝えるのも酷だろう。

 と、そこでカイムは画面に映るカトレアをじっと見つめる。見られていることに気づいたカトレアは、カイムに問いかけた。

 

『…なにか、アタクシに聞きたいことでも?』

「シロナさん、このかわいい(・・・・)お姉さんだれ?」

『可愛っ⁈』

 

 どストレートな言葉に思わずカトレアは顔を真っ赤にした。確かにカイムの言う通り、カトレアの容姿はシロナとは別ベクトルで整っている。カトレア自身の立場もあって、容姿を褒める言葉は言われ慣れているのだが、カイムは一度もその手の言葉を口にしたことがない。なんだかんだ言いつつ、カトレアはカイムのことを兄のように慕っている。そんなカイムに(幼い姿とはいえ)ストレートに『可愛い』と言われたら動揺しても仕方ないだろう。

 

「この人はカトレア。私の友達で、イッシュ地方の四天王よ」

「してんのう……ポケモンリーグの強い人!」

「そうよ。よく知ってるわね」

「前に、お父さんがみてたテレビに出てた」

『(歳の離れた姉弟…というより、もはや親子に近いわね。この幸せそうな顔…相変わらずですね)』

「じゃあカトレアお姉さんはすっごく強いんだ」

『カトレア、お姉さん…⁈』

 

 衝撃を受けるカトレアにカイムは首を傾げる。何故こんな衝撃を受けているのか全く理解できないようだった。

 

『どうしてこんな可愛い子が、あんな風に…』

「散々な言いようだけどその通りなのよね…」

「ふたりともなんの話してるの?」

『気にしなくていいのよ』

「???」

「それより…カトレア、そっちの調子はどう?」

『シーズン終わりで、一息といった感じですかね。今年のリーグも厳しかったです』

「カトレアお姉さん、ポケモンリーグにでてたの?」

『っ…ええ、そうです。アタクシはイッシュリーグに出ていました』

 

 再びのお姉さん呼びに思わず反応しそうになるが、年上としての威厳を保つためになんとかカトレアは堪える。

 

『今年は決勝まで進めましたの。ただ、アイリスはすごいわね。決勝で負けてしまいました』

「すごい!じゃあカトレアお姉さん、イッシュ地方で二番目に強いんだね!」

『リーグ結果だけ見ればそうなりますわね』

 

 実際のところそう簡単な話ではないのだが、無邪気に目を輝かせるカイムに水を差すのも悪いだろうとシロナとカトレアは優しく微笑む。

 

「惜しかったわね」

『はい。しっかり対策してきたんですが、やはりアイリスの適応力は素晴らしいです。アタクシの対策を超えてきました』

「あれで発展途上なのが末恐ろしいわ。才能はレッド君に届きそうなほどだわ」

「レッドって?」

「多分、今世界で一番強いと言われてるトレーナーよ」

 

 世界で一番強い、という言葉にカイムは目を見開く。カイムがこの年齢の時、おそらくまだレッドは生まれてすらいない。知らないのも無理はないだろう。

 

「…姉ちゃんとどっちが強いかなぁ」

 

 ぽつりと呟いた言葉。

 カイムの姉であるイサナは、あらゆる面で才能を発揮した紛うことなき天才。ポケモンバトルの才能は、カイムの話していた通りなら、間違いなくレッドと同格。しかし本人がポケモンバトルに興味が薄かったため、誰にも知られることなくバトル界隈から姿を消した。

 もし、イサナが本気でポケモンバトルをしていたら。おそらくレッド同様レジェンドと呼ばれる存在になっていただろう。

 

「お姉さんに、憧れているのね」

「うん。あんな風に、かっこよくなんでもできる人になりたいんだ」

『……そう』

「目標があるのはいいことよ。ただ、目標以外のものも見ておくと、きっと貴方は自分を好きになれるわ」

「どういうこと?」

「貴方は、すでに十分素敵な人ってこと」

 

 シロナの言葉にカトレアも優しく頷く。しかしカイムはシロナの言葉をいまいち理解できていない。それ故に首を傾げていた。

 そんなカイムを見たシロナは優しくカイムのことを撫でると、PCを操作し始める。

 

「じゃあせっかくだし、カトレアのこの前の試合見よっか」

『あら、恥ずかしいわ』

「え、みたい!」

「ほら、カイムもそう言ってるわよ」

『……仕方ありませんね』

 

 少し恥ずかしそうではあるが、カトレアは快く頷いた。

 その後、しばらくカトレアのバトルを見ながら三人は盛り上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、夕食を済ませ、カイムを先に風呂に入らせた後にシロナは入浴を済ませる。リビングに戻ってくると、カイムはポケモン達とうたた寝をしていた。

 

「あら」

 

 大の字に寝転がるバシャーモの体に頭を乗せ、側にはブラッキーとムクホーク、そしてバシャーモの足を枕にするようにトリトドンが丸くなっている。穏やかな光景にシロナは思わず顔を綻ばせた。カイムのことを優しく撫でると、カイムはくすぐったそうにもぞもぞと動く。

 

「う、ん…」

「ふふ、可愛い」

「…姉ちゃん」

「!」

 

 カイムの寝言に思わずシロナは手を止める。今のカイムにとって、姉の存在は非常に大きなものであること…それがこの一言でわかってしまった。憧れとして、モチベーションの源として、そして比較対象としてずっとあり続け、最後は姉によって心を折られた。その過去があるからこそ、今のカイムがあるということはわかる。だが、この純粋無垢な少年が姉によって大きな挫折を味わい、出会った時の諦観に満ちた目を思い出すと、今のうちに姉への憧れを捨てさせたい気持ちもある。

 

(でもそれは、私がやるべきことではない。それに、私がここで何を言おうが、きっとカイムは聞かない)

 

 もしここで何か言うだけで諦めるような少年ならば、きっととっくに諦めていた。強い心を持つ彼がここで何を言われようが、簡単に諦めるはずがないこともシロナはわかっている。

 

(それに、ここで彼を説得できたとしたら…私と出会う未来がなくなってしまうかもしれない。それは…寂しい)

 

 カイムがポケモントレーナーを諦めたから、シロナはタマムシ大学でカイムと出会うことができた。心から愛せる人との出会いのきっかけの一つでもある姉への憧憬を、彼がここまで生きてきた道のりを否定したくないという思いが、シロナの胸中を満たした。

 

「ままならないものね」

 

 カイムの成長と人生を肯定したい気持ちと、辛い思いをしてほしくないという思い。どちらもシロナの本心であることに変わりはない。肯定するにしても手を差し伸べるにしても、ここでシロナがカイムにできることは何もないとわかっている。だとしても、この思いが消えるわけではない。

 

「う……んん…」

 

 シロナの呟きと気配でカイムが目を覚ます。目を瞬かせると、ゆっくりと起き上がった。

 

「あ、ごめん。起こしちゃったわね」

「…ふあ」

「眠いわよね。ほら、ちゃんとベッドで寝ましょ」

「……うん」

 

 ぐしぐしと目を擦るカイムの動きで、ポケモン達も目を覚ます。ブラッキーが大きくあくびをしながら目を覚まし、側にいるカイムにごろごろと喉を鳴らしながら顔を擦り付けた。カイムはくすぐったそうにしながらもブラッキーを抱きしめる。その顔には、どこか陰りが見えた。

 

「どうしたの?」

「……おれって、この時代から見たら昔の人なんだよね」

「そうなるわね」

「…じゃあ、この時代のおれもいるんだよね?」

「そうよ」

「………どんな人なの?未来のおれ」

 

 カイムの問いかけにシロナは少しだけ驚いたように目を開くと、すぐに優しく微笑んでカイムの頭を撫でた。

 

「素敵な人よ。不器用で、素直じゃないけど…誰にでも真摯で、ちゃんと向き合う。私の、大事な人」

「シロナさんと未来のおれは、結婚してるの?」

「けっ⁈い、いや…それは……ま、まだよ」

「まだってことは、結婚したいってこと?」

 

 純粋無垢とは、これほど恐ろしいものか、とシロナは内心で戦慄する。カトレアのように悪戯心を持っての問いかけならばどう返答するかも考え、なんとか流すこともできる。しかし純粋無垢な問いかけを相手すると、誤魔化すことが難しい。それ故に、本心からの答えでないと質問攻めが続くのだ。

 シロナは観念したようにため息を吐くと、顔を赤くしながら答えた。

 

「…そう。私は、未来の貴方と一緒に生きていきたい」

「そうなんだ。じゃあ、未来のおれはシロナさんにそう思ってもらえるような人なんだね」

「ええ。とても、暖かくて素敵な人」

「そっか。姉ちゃんみたいなのかな」

 

 イサナとはかなり違うようにも思えるが、それは今のカイムにはわからない。ただ、シロナのようにチャンピオンという凄い肩書きを持つ人と一緒に生きている、という事実が嬉しいのかもしれない。

 

「おれ、姉ちゃんみたいになれるんだな」

「…どうかしら。私は貴方のお姉さんのことをよく知らないからなんとも言えないけど…今の貴方は素敵な人。だから、貴方は貴方が正しいと思える道を進むといいわ。例えそれが間違いだとしても、常に考え続けることが大切よ」

「考えることが?」

「そう。考えて考えて…考え抜くの。今まで生きてきたことも含めて、これからのことを考えていきなさい。そうすれば、きっと貴方はとても素敵な人になれるわ」

「うーん…よくわかんないけど…いつもどうすればうまくいくか、考えながら過ごすってこと?」

「そう。きっと、最初はうまくいかない。大きな目標があると、焦ったり、嫌な思いをしてしまうこともきっとある。心が折れてしまうことも、きっとあるわ。でも、自分を否定しないで。心が折れてしまっても、自分のことを否定してしまうと、貴方のことを大切に思ってくれる人やポケモン達のことも否定してしまうことになる。いつも自分の周りにいる存在のことを忘れないでね」

 

 カイムは、今もなお自分に甘えてくるブラッキーや、起きてはいるが起き上がる様子のないバシャーモ、バシャーモに寄りそうポケモン達を見渡す。彼らは、厳密には今のカイムのポケモンではない。だがそれでも、今の自分を否定せず、この時代の自分と同じ扱いをしてくれる。シロナが言ったことを全て理解できたわけではないが、自分はこれからも、彼らのことを大切にすればいい。それだけは、よく理解できた。

 

「うん。わかった」

「良い子ね。じゃあ、そろそろ寝ましょ。もう遅いわ」

「うん」

 

 シロナはブラッキー以外のポケモン達をボールに戻すと、カイムの手を取って寝室へと向かっていく。ブラッキーもそれに続き、カイムと共に布団に入った。

 先ほど起こされて瞬間的に覚醒したとはいえ、少年のカイムにとっては普段ならもう寝ている時間。ブラッキーが側にいること、シロナの手の暖かさに安心感を覚えたのか、すぐに眠りについた。

 カイムが眠ったことを見届けると、シロナは寝室を後にする。そして明日以降、カイムが戻らなかった場合のスケジュール変更を計画するのだった。

 

 

 

 深夜、シロナと共に眠るカイムの体が淡い光に包まれる。その光に、シロナとブラッキーが気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微睡の中から、意識が浮上する。まず目に入ってきたのは、美しい金髪が特徴的な最愛の人。そして最も付き合いの長い相棒の片割れ。

 

「…………」

 

 大きく息を吐く。

 

「…夢……なのか?」

 

 昨日のことはぼんやりと思い出せる。何がきっかけでああなったのかはわからないが、確かに自分は過去(・・)にいた。今と比べてかなり若い両親に、幼い姉。現実にしては、あまりに突拍子がなさすぎる。眠るブラッキーのことを撫でながら、そんなことをぼんやり考える、

 

「…んう」

 

 カイムの呟きと動く気配で、シロナが目を覚ます。そしてカイムの顔を見て、目を見開いた。

 

「カイム…?戻ったの?」

「…戻った…ってのは?」

「そう…戻ったのね」

 

 カイムの問いかけにこたえることなく、シロナはカイムを抱きしめる。いまいち事態を把握していないカイムだが、シロナの背中を優しく撫でた。

 

「なにかあったのか?」

「実は…」

 

 シロナはカイムの身に起こったことを話す。幼いカイムが朝起きたらいて、昨日一日は少年カイムがここにいたことを。

 話を聞いたカイムは目を伏せると、どこか納得したように布団に沈み込む。

 

「…そうか」

「信じるの?我ながら、かなり突拍子のない話だと思うんだけど」

「お前を信じない理由はない」

 

 それに、と付け加えてカイムは続ける。

 

「昨日一日の記憶がない。一昨日眠ったあとの記憶が夢の記憶しかない以上、信じない理由はねえよ」

「夢?」

「…やけに懐かしい夢だ」

 

 自分がまだスクールに入学してから一年も経たないくらいだろうか。若い両親に幼い姉…かつての姿をした家族と一日過ごした夢の記憶が、カイムの中にはあった。そしてシロナは、かつての姿をしたカイムがここにいたと言う。なら、自分が見たものは現実と同義のものなのだろうと納得した。

 

「…ところどころぼんやりしてるけど、俺は…多分過去にいってた。過去の俺と入れ替わったってところだろう」

「そうなるわよね」

「ああ。理由はわからんがな」

 

 恐らく、眠る前に触れた時の結晶が原因なのはわかるが、何が理由で入れ替わりが発生したのかまではカイムもわからない。あの結晶には何度か触れているが、こんな事態は過去になかった。

 何にしても、今はこうして戻ってきている。それでいいと、二人は納得した。

 

「昔の貴方、可愛かったわよ」

「そんくらいの年代なら、大体みんな似たようなもんだろ」

「まだ自我が発達しきってないものね。でも、昔から貴方は貴方だったわ」

「はあ?」

「ポケモンが好きで、ポケモンから好かれる人ってこと」

「…そうかい。まあ、三つ子の魂百までって言うしな。人間そうそう変わらん」

 

 少年カイムの心には、既に憧憬と嫉妬という相反する想い(呪い)が根付き始めていた。この想い(呪い)は彼の心をいずれ折ることになるだろう。だがいつの日か乗り越え、己を肯定できるようになる。目の前のカイムがそうだったのだ。同じ人物である以上、できないはずがない。

 

(きっとたくさんの辛いことが貴方を苦しめる。でも、その強い心を捨てないで。いつか乗り越えられたその時、貴方はとても素敵な人(目の前の貴方)になることができるから)

 

 もう過去に戻り、シロナの言葉も思いも少年カイムに届くことはない。でも、その強い心を持ち続けることができれば、きっとまた会える。そう少年カイムに心の中で激励を送る。

 

「…ま、不思議ではあるが、悪い経験じゃなかったな」

「貴方は過去に?」

「多分。覚えてはいるんだが、所々曖昧だ。ぼんやりとしか思い出せん」

 

 それこそ、夢を見ていたかのような感覚。朧げにしか思い出せないが、過去で出会った家族のことだけははっきりと覚えていた。

 

「歴史に変更がないようにかね」

「どうかしらね。一日程度、何かをしたところで大きく貴方の人生に影響があるとは思えないけど」

「違いねえ」

 

 カイムが伸びをして起き上がると、ブラッキーがあくびをしながら起きる。そして戻ったカイムの姿を見ると、もそもそと動いて足に抱きついた。

 

「ポケモン達ね、昔の貴方にも懐いていたわよ」

「へえ。一応初対面なのにか」

「貴方だってわかったみたい」

「そうかい。悪い気はしねえな」

 

 ブラッキーを抱き上げるカイムの横に、シロナは立つ。そしてブラッキーごとカイムの体を抱きしめた。

 

「どうした」

「んー?戻ってくれてよかったなって」

「ガキの俺は可愛かったんじゃねぇのか?」

「それはそう。でもね、私が心から愛しているのは、隣に居たいと願うのは今の貴方。だから、戻ってくれて嬉しい」

「そうか」

 

 カイムは片手をシロナの体に回し、抱き返す。互いの息遣いと心音、体温を感じられることに喜びを感じ、心から安心した。

 

「愛してるわ」

「俺も」

 

 偶然の出会いではあった。だが今はこうして隣になくてはならない存在。互いにこうして触れ合える瞬間を嬉しく思いながら、二人は軽く唇を重ねた。

 

「朝飯にしよう」

「ええ、お願い。あ、そういえば過去の貴方も料理できたわよ」

「昔から母さんの手伝いしてたからな。スクールぐらいの時には、簡単なものならできてた」

「今の私よりできる?」

「間違いなくできる」

「むう…」

「不貞腐れんなよ。どんな面しても、結局美人なんだから」

 

 わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられたシロナは、歩き始めたカイムの背中に飛びつく。美人だと言われて嬉しさもあるが、素直に認めるのが癪であったため、カイムの背中に額を押し付ける。シロナの体を背中で受け止めながら、カイムはキッチンへと向かうのだった。

 

 

 

 

「ほんと可愛いかったわよ、昔のカイム」

「やめろ」

「みんなもそう思うでしょ?」

 

同意するポケモン達

 

「ほら」

「やめてくれ」

 

翌日、戻ったことをカトレアに報告したら何故か悲しい顔をされたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

 朝日に照らされ、少年は目覚める。頭がぼんやりしているのは寝起きのせいだろうが、なにか大事なことを忘れている気がする。

 

「…………」

 

 少年はベッドから起き上がり、階段を降りていく。一階に降りると、母親がエルフーンをもふもふしながら本を読んでいた。

 

「あらカイム。早いわね〜」

「うん。目、覚めた」

「朝ごはん、できてるわ。もう食べる?」

 

 母親の問いに少年…カイムはぼんやりと母親の顔を見つめる。まだ頭が起きていないのかと母親は考えたが、カイムの表情がどことなく明るいように見えたため、思わず問いかけた。

 

「…なんかいい顔ね」

「え?」

「何かいい夢でも見たのかしら〜?」

 

 母親の言葉に、何か見覚えのない風景が脳裏を過ぎる。たくさんのポケモン達と、知らない女の人。

 

「…うん。多分」

「あらあら〜。いい夢だったのね〜」

 

 何か、とても大事なことを教えてもらった気がする。思い出すことはできないが、いい時間だったことはわかる。

 

(あの人はだれなんだろう)

 

 銀灰色の瞳に、綺麗な金髪。見覚えのない人であるはずだが、とても大事な人だった気がする。名前も思い出せないのに、その存在だけはよく覚えていた。

 

(夢、だったのかな)

 

 見たことのないポケモン、知らない人…自分の想像の中から生まれた産物にしては、あまりにもリアルな内容だったように思える。だが、よくよく考えると、未来に行っていたような内容…夢でないはずがない。

 

「…うん。きっと、いい夢だった」

「そう。よかったわね」

 

 母親の言葉に、カイムは頷く。

 なんとなく、本当になんとなくだが、自分は未来で大切なポケモンと人に出会う。そう思えた。

 

「また会えるかな」

 

 名前も思い出せない、美しい金髪を携えた人。夢の中でも、あの人にまた出会いたいと、カイムはそう思った。

 

 いつの間にか、この夢のことは忘れてしまった。その後、思い出すこともなくなってしまい、少年の時は流れていく。

 そして十数年後、彼は運命の人と出会い、その人物が夢の中で出会った人と同じ存在であったが、それを彼が思い出すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

アオキさんのシンオウ地方視察

 

 

 

 ポケモンリーグ終了から、約一週間。

 パルデアリーグから来た男、アオキはシンオウ地方を巡っていた。彼はパルデアリーグ幹部であるオモダカに言われてシンオウ地方を訪れ、リーグに出場した。結果はベスト8。目的であるチャンピオン、シロナと戦うことはできなかったものの、シンオウ地方の強いトレーナー達と戦うことができたことは仕事としても、トレーナーとしても有用な経験だったと言えるだろう。

 仕事としてはここまでだが、シンオウ地方は特産品が多く、非常に美味な食事が多いことで有名。オモダカから言われた仕事はリーグにてチャンピオンの取材であり、リーグが終了した時点でその仕事は一定以上完了したと言っていいだろう。だが、せっかく食事の美味なシンオウ地方に来た以上、味わわないという手はない。最悪自腹を切ってでも堪能するつもりであったが、『ジムリーダーの視察も行えば、経費精算していい』とオモダカから連絡があった。そのため、アオキはジムリーダーの視察も行うついでに、シンオウ地方を回っていた。

 

(シンオウ地方…非常に食事が美味い。海鮮、肉、野菜…どれをとっても素晴らしい。パルデアとは違う食文化を味わうのは、いいものです。パルデアは洋食メインなのもありますが、和食のクオリティがパルデアよりも高い。好みの味が多い)

 

 表情は変わらないものの、明らかに上機嫌な雰囲気のアオキはスマートフォンから目を上げ、電車から見える景色を眺める。しばらく住宅街や広原などが広がっている景色だったが、次に行く街が海沿いなこともあり、海が時折見える。

 

「ミオシティですか」

 

 シンオウ地方のポケモンジムがある街の一つ、ミオシティ。港町故に海鮮料理が美味であるとガイドブックには書いてある。どの店に行くかは既に決めてあり、今から夕食が楽しみだった。

 しかし、経費で落とすためには仕事も必要。ミオシティのジムにも足を運んでおくべきだろうと考え、腕時計を見る。4時を過ぎた時刻であり、夕食とジム視察をこの後行うには、やや遅い時刻だった。

 

(…アポイントは6時。視察までの時間に余裕はありますが、視察後に夕食は厳しそうですね。だいぶ早いが、先に夕食を食べておいた方が良さそうです。運良く、これから行く店は早めに開店しているようですし、都合が良い)

 

 この後のスケジュールを頭で構築し、アオキはガイドブックをしまう。北国のシンオウ地方といえど、夏は暑い。ネクタイを少し緩め、これから向かう店で何を食べるか頭で考え始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ミオシティ

 

 早めの夕食を済ませ、アポイントを取ったポケモンジムへ向かう。ガイドブックでおすすめされていただけあり、アオキとしても満足な味と量だった。

 

(さすがシンオウ地方、素晴らしい食事でした。やはり、味付けが私好みです)

 

 表情は変わらないものの、雰囲気がふわふわとしており、アオキを知る人が見たら明らかに上機嫌だとわかる雰囲気になっていた。

 そしてそんな上機嫌な状態で、アオキはミオシティにあるポケモンジムへと足を踏み入れた。鋼タイプを専門にしているジムなだけあり、内装にステンレスなどの金属が使われている部分が目立つ。

 

(確か…ここのジムリーダーは今年なったばかりの新人でしたね)

 

 遠くない未来、ジムリーダーをやることになる身としては、ここの新人ジムリーダーの話は聞いておいて損はないだろう、とアオキは考えながら、受付に向かう。

 

「すみません。本日18時から視察の予約をしていました、パルデアリーグ営業部のアオキと申します」

「アオキ様ですね。お話は伺っております。どうぞこちらへ」

 

 受付に案内され、フィールドに通される。フィールドではジムトレーナーと思わしきトレーナー同士がバトルを繰り広げていた。そしてそのフィールドを見ながらタブレットをいじる青年が一人。

 

「カイムさん、パルデアリーグのアオキ様がお見えになりました」

「ん」

 

 青年が振り返る。短く切り揃えられた黒髪と青みがかかった瞳が特徴的な青年だった。

 

「アオキさんですね。はじめまして、ミオシティポケモンジムのカイムです」

「パルデアリーグ営業部のアオキです。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。驚きましたよ、まさか遠くのパルデア地方から来られるとは思わなかったので」

 

 パルデア地方とシンオウ地方の距離はかなり離れている。それこそ飛行機で半日以上時間がかかる中、わざわざ視察まで来るとはさすがにカイムも思わなかった。

 

「パルデアリーグ幹部からの指示でして」

「確か、パルデアリーグはシンオウリーグとは違ってチャンピオンではなく、チャンピオンクラスという組み分けがありましたね。チャンピオンが一人ではないというのは、なかなか面白いシステムだと思います」

「その分、活気も他地方と比較してやや劣りますが」

 

 前回のチャンピオンズトーナメントでは、パルデア地方のチャンピオンは参加しなかった。というのも、パルデア地方はポケモンリーグにおいてチャンピオンという存在が明確にいない。四天王に勝利し、トップチャンピオンを認めさせることができれば、晴れてチャンピオンクラスになるという決まりであり、大会によってチャンピオンが決まるわけではないことが大きな要因だろう。教育システムは老若男女問わずに受けられる画一的なものだが、その分ポケモンリーグ大会を開く余裕がない。それ故に、他地方と比較してポケモンバトル界隈の活気はやや劣る。

 

「わざわざ他地方まで足を運ぶとは…随分熱心な幹部ですね」

「私の同期が、先日チャンピオンクラスになりまして。その方からの指示です。今後、パルデア地方のポケモンバトル界隈をもっと活気付けたいという思いからの指示だとか」

「熱心な方ですね」

「そうですね。彼女は特別ですから」

 

 アオキの『特別』という言葉に、どことなく引っ掛かりを覚えたカイムだが、追求することなく続けた。

 

「しかし、わざわざシンオウ地方まで来た理由は?かなり遠いと思うんですが」

「ええ、遠いですね。ですが、その方からの指示でして。魅力のあるチャンピオンについて視察してこいとのことです」

「魅力?」

「シンオウ地方のチャンピオン、シロナさんは10年以上チャンピオンの地位を守り続けています。その強さの秘訣と、彼女がどうポケモンリーグを盛り上げているのかを知るために、ここまで来たということです」

 

 アオキの言葉にカイムは納得する。チャンピオンの地位というのは、防衛するために途方もない苦労がかかる。あのダイゴですら、何度かチャンピオンの地位を明け渡すことになっているのだ。シロナやダンデが10年以上チャンピオンの地位を守り続けているというのが、どれほど異常なことかよくわかる。

 強烈な魅力を持つチャンピオン…その秘訣、とまで言わなくとも、実際に目の当たりにすることでわかることもあるだろう。だからわざわざアオキは遠くのシンオウ地方まで足を運んだということだ。

 

「じゃあガラルにも?」

「いえ、ガラルにはオモダカさん自ら出向いています。私が出向いたところでどれほど効果があるかはわかりませんが、上の指示とあれば仕方ありませんから」

(…社会人って感じだな)

 

 まだ比較的若いはずだが、目の下のクマと言葉の節々から感じ取れる苦労人気質からは、疲れたサラリーマンらしさが感じられる。営業部ということもあり、気苦労も多い中、上司からの無茶振りとなればこの口調も仕方ないのかもしれない。

 

「大変ですね」

「…まあ、オモダカさんは特別な方ですから」

 

 

 

「自分とは違って」

 

 

 

 最後に付け加えられた言葉。いつの日か諦めた自分を想起させるような言葉に、カイムは一瞬だけ言葉を詰まらせる。

 だがすぐに切り替え、視線をフィールドに向けた。アオキもそれに倣うようにフィールドに目を向ける。

 

「じゃ、簡単にうちのジム回っていきますか。仕組みやら何やらは道中説明していきます」

「よろしくお願いします」

 

 支給品のスマートフォンとボールペン、メモ帳をアオキは取り出し、ミオジムの内装やギミック、指導体制など、ジムに関係する中でも重要だと思える部分を記録していく。時折出てくる質問に対しても、アオキの質問の意図を理解した上で回答してくれるカイムとのやり取りは、アオキにとって非常にストレスの少ないものだった。

 

(…なんというか、カイム()はジムリーダーの中でもかなり普通な印象ですね)

 

 パルデア地方も含め、ジムリーダーや四天王は個性的な人物が多い。そのため、普通の会話でも一癖も二癖もあるトレーナーも少なくない。シンオウ地方ならばマキシ、パルデア地方ではライムなどがいい例だ。人格者であることは間違いないが、普通とはかなり違うノリにアオキはついていけなかった。見るべき部分は多かったが、同時に心労も多かった。

 対してカイムだが、会話内容もテンポも非常にアオキがやりやすい…それこそ、社会人としての対応に近い。アオキにとっては、やりやすいことこの上なかった。

 

「…ざっくりとはこんな感じです。まだなんか知りたいこと、あります?」

「そうですね…パッと出てはきません。なので情報整理しながらもう少し回ってみたいのですが、構いませんか?」

「問題ないですよ。では、少し歩きますか」

 

 そう言ってアオキとカイムはジム内を巡回し始める。時折アオキから質問がくるが、それに対してもカイムは的確に回答してみせた。また、時折カイムに用事があって声をかけてくるジムトレーナーがいたが、彼らに対してもカイムは迅速に対応する。その過程でジムトレーナーにもいくつか質問することができたのは、アオキにとっては嬉しい誤算だった。

 

「なるほど…大体わかりました。ご対応、ありがとうございます」

「いえ。そんで、どうですか?他地方の方から見て、うちのジムは」

「そうですね…他のジムもいくつか見学させてもらいましたが、いい意味で普遍的かと」

「と、言いますと?」

何かに特化しすぎていない(・・・・・・・・・・・・)ということです。何かに特化することは別段悪くないんですが、どうしても偏りができてしまう。トレーナーとしての基礎を身につけるためには、何かに特化した環境では不向きです。そう言った意味で、このミオジムの環境は普遍的かと」

「何事も基礎が必要。俺の師匠がそういった考えの人でしてね。俺自身、そう思っていることもあった結果です。ポケモンジムは、トレーナーとして腕を磨くための場所だが、トレーナーの形は人それぞれ異なる。だから、オールラウンドに基礎を身につけることができる環境にしたんす」

 

 シロナと出会う前、カイムがトレーナーとして全く腕が全く上がらなかったのは、純粋に基礎ができていなかったから。そもそも、基礎が何なのかすらろくに理解できていない状態であったため、腕が上がるはずない。ならば、そういったトレーナー達が、かつての己のように志半ばでトレーナーを辞めなくていいように、同時にある程度腕はあるが伸び悩んでいるトレーナー達を導けるように考えた結果の形だった。

 

「凡人の俺は、運良くここまで来られた。なら、せめてここに来てくれたトレーナー達に、同じような幸運に恵まれてもいいんじゃねえかって感じです」

(凡人…ですか)

 

 世間的にジムリーダーはそれなりに映えのある役職。そんな自分を凡人と呼ぶカイムに、アオキは少しだけ己を重ねた。

 

「普通…普遍…なるほど、自分好みです」

「そいつは何より。ところで、アオキさん」

「はい?」

「リーグ見させてもらいましたけど、随分といい腕っすね」

「はあ…どうも」

「そこでちょいとお願いがあるんすけど…うちの連中とバトルしてみてくんないすか」

 

 意外なお願いにアオキは少しだけ驚いたように目を開く。てっきり、カイム自身がバトルしてほしいと言うのかと思っていたが、そうではなかった。

 

(…なるほど、指導者気質ですね。オモダカさんが欲しがりそうな人だ)

 

 ちらりと腕時計を見る。時刻は7時を回ったくらいであり、今日この後の予定はない。ここでのバトルは業務に入りそうではあるが、急な視察を受けてくれた恩もある。少しくらいいいだろうとアオキはカイムに向き直った。

 

「…いいでしょう。サービスには、慣れてますから」

「どーも。んじゃ、フィールド行きますか」

 

 アオキはビジネスバッグからボールを取り出しながら、カイムについていく。普段のサービス残業と比べたら、幾分か気分は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 二回ジムトレーナーと、そして最後はカイム自身とバトルし、結果は二勝一分。最後のカイムだけは、引き分けで終わった。

 

「さすがにリーグベスト8。強いっすわ」

「そのベスト8に引き分けできるのですから、貴方も相当では?」

「残念、俺はリーグに出る気はないんで。それに、今回は先に二回(・・・・)バトルしてんの見れたから引き分けに持っていけただけっす。もししょっぱなからだったら、多分負けてました」

 

 途中、よくわからないことを言っているが、彼なりに考えがあるのだろうと、アオキは下手に突っ込むことはしなかった。

 そこで再び腕時計を見る。既に9時近い時刻になっており、思いの外長居してしまったことを実感した。

 

「すみません、こんな遅くまで付き合わせてしまい」

「構いません。元より、こちらの都合でしたから。自分としては、この場所は居心地も良かったので、お気になさらず」

「そうですか。それはよかった」

「では…」

 

 『私はここで』と、言い終わらないうちに、アオキの腹が小さく鳴る。早めの夕食であっただけでなく、少々量を少なめにしたこともあり、この時間で空腹になってしまったらしい。加えて、それなりにハイレベルのポケモンバトルもしたのだ。エネルギー消費量は大きいだろう。

 

「すみません、早めの夕食だったもので」

「時間、半端でしたからね。バトルもしたし、仕方ないかと」

「失礼いたしました。では、自分はここで。ありがとうございました」

 

 帰りにコンビニで軽く何か買うか、と考えながらアオキは頭を下げ、ジムを去ろうとする。

 しかし、その背中にカイムが声をかけた。

 

「アオキさん。良ければ、軽く食っていきます?小腹を満たす程度の簡単なものだったら、ここで作れますよ」

 

 カイムの言葉にアオキは振り返る。正直、ありがたい申し出ではあった。この時間にコンビニに寄るのも面倒であり、尚且つこの時間のコンビニは品揃えが薄い場所が多い。寄ったところで、何も買わない可能性すらあることを考えると、ここで軽く食べていく方が合理的ではある。

 しかし、そこまで面倒をかけるわけにはいかない。社会人としての精神が強いアオキは、カイムの申し出に首を振った。

 

「いえ、そこまでしてもらうわけにはいきません」

「俺、この後少し残って作業しなきゃならないんすよ。それで何か軽く食べておこうと思ってたんで、そのついでです。一人分も二人分も大して変わりゃしませんよ」

 

 『無論、ご迷惑でなければですが』と、カイムは付け加える。カイムの言葉にアオキは少しだけ考えた。アオキとしてもありがたい申し出であったし、カイムとの会話はストレスが無くていい。今のところ、彼の申し出を断る理由は『迷惑ではないのか』という疑問のみだった。

 無論、ここまで言っている以上、カイムに迷惑という意識はない。そもそも、彼はぶっきらぼうな口調をしているが、根っこは世話焼きのお人好し。こういう状況で黙っている性格ではない。アオキはそれを知る由もないが、どことなくカイムのお人好しな雰囲気を感じ取った。

 

「…そちらのご迷惑でなければ、ご一緒しても?」

 

 そして最後に、彼は己の空腹感に従った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しお待ちくださいね。簡単なものですけど、すぐ作るんで」

 

 そう言ってカイムはエプロンを装着し、ルカリオと共にジム内に設置されているキッチンに立った。ルカリオと共にテキパキと調理を進めていくカイムを横目に、アオキはタブレットを取り出し、今回のシンオウ地方視察の情報をまとめ始めた。

 

(…やはり、長年チャンピオンを務めるシロナさんの影響か、全体的にパルデアよりもバトルが盛んですね。ガラルほど熱狂的ではないものの、年間で開かれている大会の数は他の地方と比べて頭一つ抜けてる。そして何より…後進のトレーナーへのサポートがいい。スクールだけでなく、リーグ、ポケモンセンターの方からトレーナー達へサポートしている。フレンドリィショップも気軽に荷物を受け取れるサービスがあるおかげで、家族からのサポートも気軽に受けられる。なるほど…いいシステムだ)

 

 ガラルほど競技として発展しているわけではない。だが、トレーナーが育ちやすい環境になるよう、地方全体で働きかけているシステムがあるため、シンオウ地方のバトルはここまで発展した。

 

(このシステムをつくったのは…なるほど、現チャンピオンのシロナさんですか。オモダカさんが自分を派遣した理由も、これに起因するものですかね)

 

 そこまで考えたところで、醤油の匂いが漂ってくる。何かを焼いており、味付けに醤油を使ったのだろう。バトルでやや疲弊している体には、醤油の塩気はありがたかった。

 

「アオキさん」

「はい?」

 

 調理を進めながら、カイムが口を開く。何か料理に関する質問だろうか、とアオキは考えたが、予想していたものとは異なる問いかけがきた。

 

「オモダカさん…でしたっけ。どんな人なんすか?」

「オモダカさんですか?そうですね…個性的ですかね。昔から真っ直ぐで、才能があって、負けず嫌いで…強い人です」

「さっき言ってた特別ってのは?」

「色んな意味で特別ですよ。バトルの腕はもちろん、他者を惹きつけるカリスマ…とでも言うのですかね。凡人の自分には持ち得ないたくさんのものを持つ方です」

 

 昔から、オモダカは特別だった。エリアゼロに生息するポケモンを相棒にしたり、破竹の勢いでジムバッジを集めたり、生徒会長になったり、チャンピオンクラスになったり…凡人であるアオキにはとてもできないようなことを無数にやってのけた。昔からの付き合いではあるが、彼女の成すことは全て特別だった。

 

「…凡人の私には、到底できないことをやってのけるんです。なのに自分を連れて様々なことをやろうとする。あの人の隣に立つには、私は些か力不足だというのに」

「天才ってやつですね。俺も凡人なんで、アオキさんの気持ちはわかりますよ」

「…ジムリーダーの貴方が凡人とは思えませんが」

「凡人っすよ。俺、ジムバッジ集めるの4年かかってますから」

 

 先ほどのバトルからわかるように、カイムの腕は決して低くない。むしろ、全てのトレーナーの中で換算すればかなり高い方だろう。だというのに、ジムバッジを集めるのに4年もの月日を費やしたという。にわかには信じがたいが、嘘をついているようには見えない。

 

「俺も天才が身近にいました。それで苦労もしたし、心も折れたりしましたけど…身近に天才がいるって、多分そうそうない経験だと思うんすよ。なんだかんだで、無駄じゃなかったって今は思えますしね。今となっては、凡人も悪くないって思えるようになりましたし」

「凡人も…悪くない?」

「そうですよ。どんな天才や秀才も、凡人がいなけりゃ天才足り得ませんからね。天才を支える…というか、際立たせる一助になれるって思えるようになってからは、それなりに気楽です」

「際立たせる…なるほど。その考えはなかった」

「それに、凡人だからわかることもある。指導者…ジムリーダーみたいに、人を導く役目を持つ人間は、できない人間の気持ちがわかる方がいい。ま、これは受け売りっすけど…俺がジムリーダーをやれてる理由の一つとして、これがある気がします」

「できない人の気持ち…ですか」

 

 確かに、とカイムの言葉はアオキの中にすとんと入ってきた。オモダカが何故自分に色々任せたり無茶振りをしたり…ジムリーダーと四天王を兼業させようとしたのか。その理由の一部がわかった気がした。無論アオキがかつての同期であり、それなりに優秀だから『使いやすい』というのがあるだろうが、同時にオモダカには共感できない『できない人の気持ち』をアオキがよく理解しているからではないだろうか。

 

「…特別でないものに、そこまでの価値があるとは思っていませんでした」

「世の中の大半は凡人だし、その凡人達が世間を支えてます。そう思うと、ちょっとだけ誇らしくなれません?」

 

 完全に過去を払拭できているわけではないが、カイムはそれでもそう思えるようになってきた。たくさんの出会いが彼をそう思えるようにしてきた。その言葉が少しだけ、アオキの胸に刺さる。

 

「……ええ、そうですね」

「そいつは僥倖。ほい、どーぞ」

 

 カイムはアオキの前に皿を置く。皿に乗せられたのは、焼きおにぎりだった。側にはカットされたレモンもある。香ばしい醤油の匂いが食欲をそそる。

 

「いただきます」

「どぞ」

 

 アオキは焼きおにぎりを一口齧る。醤油の香ばしい香りと塩気のある味、そして白米が持つ甘味と旨味がうまく混ざり合い、食感も合わさって非常に美味だった。

 

「…美味しいです。パリッといい具合に焼けているのがいい」

「焼きおにぎりは弱火でじっくり焼きますけど、今回はおこげ感を強めるために最後に数秒、強火で焼きました。割といい感じでよかったです。あと、このレモンの果汁をかけるとさっぱりしていい感じになりますよ」

 

 言われた通りレモンの果汁をかけて食べると、醤油の味の中にさっぱりとしたレモンの酸味が加わり、また違った味わいになった。視察にバトルと、疲労も溜まってきていたアオキにとって、この酸味は非常に美味に感じられるものだった。

 

「レモン果汁…いいですね」

「そいつは何より」

 

 再びアオキは焼きおにぎりを齧る。確かに美味い。無論、ここに来る前に食べた食事と比較したら、この焼きおにぎりは普通と言わざるを得ない。

 しかし、今のアオキはこの普通の味わいがとても価値のあるもののように思えた。何でもない、普通の味わいが時折食べる高級な食事や珍しい食物の味をより際立たせる。そう考えると、この普通の食事がどれほど大切なものなのか…それを実感できる気がした。

 

(普通…普遍……凡人の自分にはぴったりだと思ってました。それはこれからも変わらない。でも、少しだけ…この『普通』を、今までよりも大切にできそうです)

 

 また焼きおにぎりを齧る。普通な味が少しだけ、大切に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミオジムを後にし、ホテルへの帰路へついている最中、業務用のスマートフォンが振動する。焼きおにぎりを食べて少しだけいい気分になっていたアオキだが、ディスプレイを見て思わず遠い目をしてしまった。

 

「…はい、アオキです」

『お疲れ様ですアオキ。そちらは夜だと思いますが、今大丈夫ですか?』

「…問題ありませんよ、オモダカさん」

 

 電話の相手は、上司であるオモダカ。まさかこのタイミングで電話が来るとは思わなかったため、少々驚いてしまう。

 

「何か、ご用でしたか?」

『用事というほどではありませんが、そちらの調子を聞いておこうかと。視察の方はどうですか?』

「お求めしている情報は仕入れられたかと。パルデアに戻り次第、資料を纏めて提出いたします」

『結構。楽しみにしておきます。それで?現在はジムの視察をしているのですよね。ジムの方はどうですか?』

 

 どうか、と聞かれてアオキは少しだけ考える。そして僅かな沈黙の後、口を開いた。

 

「…そうですね。パルデアとの違いがよくわかります。良くも悪くも、パルデアとは異なる部分が大きい。パルデアリーグが模倣できるシステムもあるかと」

『そうですか、それは僥倖』

「オモダカさん」

『はい?』

「例のジムリーダーのオファー…受けてみようと思います」

 

 今度はオモダカが僅かに言葉を詰まらせた。

 

『…意外ですね。まさか、受けるとは』

「受けなくても、どうせなんだかんだでやらせるのでしょう?」

『それはそうですが…まさか進んで受けるとは思いませんでしたから』

 

 正直、本当に固辞するようであれば、オファーを取り下げるつもりでいた。なんだかんだ言いつつ、アオキは己の采配でできることしかやろうとしない。オモダカとしてはジムリーダー、四天王共にできると思ってのオファーではあったが、アオキは自己評価の低さからギリギリまでは確実に断り続けるだろう考えていた。しかしオモダカの予想に反し、彼はオファーを受けると申し出た。嬉しい誤算ではあるが、どういった心境の変化なのかオモダカは興味を持つ。

 

『どういった心境の変化で?保留にしていたとはいえ、一度は断ったじゃないですか』

「……少しだけ、自分に似てる方に出会いまして。彼の言葉(料理)に、感化されただけです」

 

 なんでもない普通の焼きおにぎり。その味と意味が、アオキを少しだけ変えた。自分以上に普遍的な彼の言葉が、アオキの心を揺さぶった。根っこから変わるほどではないが、少しだけ以前よりも自分を肯定できそうだと、そう思えた。

 

「オモダカさんのようにはできませんが、自分のような存在も必要であると…思ったんです」

『…いい出会いがあったのですね』

「ええ」

 

 いつも通り抑揚のない声。だがいつもと比べて、少しだけ楽しそうな色を含んでいるように思えた。

 

『では、ジムリーダーの件…よろしくお願いしますね』

「はい」

 

 普通、普遍、ノーマル…そんな色のない自分だと思っていたが、そうではない。これこそが自分の色なのだと、今は思える。まだ何色にも慣れる子供達に選択肢を与える…そんな彼のような存在は自分には向かないが、『こういう色もある』ということを伝えることができる…そんなジムリーダーになれればと、アオキは思うのだった。

 

 

 

 10年以上先の未来…アオキの前に一人の子供が現れる。その子供と出会った時、彼はこの日のことを思い出すのだが、またそれは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

『ではジムリーダーと四天王…両方承諾ということで』

「いえ、四天王は承諾しては…」

『よろしくお願いしますね?(圧)』

「………はい」

 

 アオキの受難は続く。

 

 

 




Q.砂糖足りなくないですか?
A.足りません。



アオキさんがシンオウ地方にいた経緯

オモダカ「この度、私がパルデアリーグ幹部に内定したわけですが…私が幹部になるからには、今まで以上にパルデアリーグを盛り上げていきたいと思っています。今後、リーグの幹部としてどのように振る舞うべきか、リーグをどのように牽引していくか…方針を決定しなければなりません。そこで、他地方のリーグの視察に向かいたいと思います。ただ、私だけでは手が足らないので…アオキ、貴方も視察に向かってもらいます。構いませんね?」
アオキ「…オモダカさん…自分は一介のリーグ職員です。何故私に?」
オモダカ「貴方の実力はリーグ職員の中でもトップレベル。いずれは四天王の座にもついてもらうつもりなので、他地方のリーグを知っておくことは非常に有意義かと」
アオキ「あの……自分には次期チャンプルジムリーダーのオファーが来ているんですが…というかオファー出したのオモダカさんですよね?そこに四天王は聞いていませんよ」
オモダカ「ええ。ですが、あくまで私がトップとしての運営が安定してからの話なので、四天王はもう少し先の話です」
アオキ「いや…あの……ジムリーダーと四天王は不可能では…」
オモダカ「兼業してください。ああ、四天王とジムリーダーで異なるタイプを使ってくださいね。タイプはお任せしますが、他のジムリーダーや四天王と被らないように。貴方ならできるでしょう?」
アオキ「……………」
オモダカ「さて、視察の件に話を戻しますが……10年以上チャンピオンの座を守り続けているチャンピオンがいる地方がいいと考えました。具体的には、ガラル地方とシンオウ地方に赴こうと思ってます」
アオキ「…ガラルはともかく、シンオウは遠いですね」
オモダカ「ええ。ですが、非常に参考になると思います。どちらに行きたいですか?アオキが選ばなかった方に私が赴くつもりです」
アオキ「………では、シンオウ地方へ」
オモダカ「おや、わざわざ遠い方へ?てっきり、比較的近いガラルを選ぶと思ったのですが」
アオキ「どうせなら、旅行がてら行こうかと。それに、シンオウ地方の食事は非常に美味であると有名ですから」
オモダカ「なるほど、アオキらしいですね。ちゃんと領収書は取っておいてください。よほど理不尽な使い方でなければ、リーグ経費で精算しますから」
アオキ「…でないと困りますよ(あとでシンオウ地方のガイドマップ買いますか)」

その後、シンオウ地方ガイドブックでスズラン島周辺の行きたいお店リストをピックアップしているアオキの姿が度々見られていたとかいないとか。
ちなみに、この時のオモダカさんはまだチャンピオンクラスになったばかりで、アオキさんもリーグ職員として就職して一年程度という想定にしてます。理由は、数年後が舞台の番外編の舞台でパルデア地方を使いたいから。


シロナ
少年カイムをよしよししてご満悦。ただ、なんだかんだで今のカイムの方が魅力的だと思っているあたり、バカップルっぷりは健在の模様。今回ちょっと出番少なめだったから、次回は多くなりそう。

カイム
少年期はまだ可愛げがあった。今はただの偏屈無表情男。苦労人気質と動かない表情にシンパシーを感じるのか、アオキとは時折連絡を取り合う仲に。

カトレア
少年カイムに『かわいい』と言われて本気で照れていた。イッシュリーグ準優勝。

アオキ
社畜。同期のオモダカさんがリーグ幹部へと内定したせいでジムリーダーのオファーが来て、加えて四天王の打診もされて隈が濃くなった。オレンジアカデミーハイスクール部門卒業後、パルデアリーグ営業部に配属される。現在6年目の24歳。オモダカさんは同期。

オモダカ
パワハラ上司。同期のアオキとはスクール時代からの付き合いで、地味に優秀なアオキのことを昔から買っている。なんだかんだできるアオキのことを認めているからこそ色々と任せるが、加減を知らないため傍目にはパワハラされてるようにしか映らない。チャンピオンクラスであり、仕事もできるためリーグ幹部に抜擢される。数年後、現在のトップチャンピオンを倒し、トップの座を勝ち取る。アオキと同期であるため、現在は24歳。



言わせてみたいセリフ
シロナ「貴方ね、もっと言葉を選んだらどう?
今際の際(勝敗の瀬戸際)よ」
アオキ「労働はクソということです」
カイム「お前はそいつ(ユウキ)を目指すな。お前は、十分素晴らしい階段を登っている」
カトレア「この程度でアタクシに勝てると?おめでたいわね、あくびが出るわ」


カイムのセリフだけはどこで言わせるか決めてたりする。


次回はカルネさん来訪です。
映画編挟むかも。


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