ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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あけましておめでとうございます。


書きたかった話です。




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ありがとうございます。


46話


46話 ミオシティ

「くそ…!エルレイド!せいなるつるぎ!」

 

 目の前の少年を前に、対するミクリは思う。これほどの才能はそういないと。

 

(キミは素晴らしい才能を持っている。これほどの才能は、そういない。間違えた(・・・・)道を歩みながらもここまで戦い抜くことができるのだからね)

 

 目の前の少年から感じるのは、焦りと恐怖。

 

(でも、少し未熟だった。キミがキミのやり方を貫き通していれば、もっとやりようはあったが…キミはそれをやらなかった。何かはわからないが、何かに執着してこだわっていた)

 

 少年の中にあったこだわり。それが何かをミクリは知らないが、そのこだわりが彼の戦術に穴を空けた。

 

(それでも、末恐ろしいトレーナーだ。まさか2年でこれほどの実力を身につけられるとは…もっと()()()()があれば、キミのそのやり方を貫き通すこともできただろう。そうすればもっと私を追い詰められただろう)

 

 精神的に崩され、オーダーの綻びが大きくなる。ここまで精神的に崩れた少年を目の当たりにするのは少々気の毒ではあるが、ここは勝負の場であるポケモンリーグ。情けはかけない。

 

「キミがこだわっていたものが何かは知らない。だが、そのこだわりを掴むのは難しいだろう」

 

 これほどの才能を導くことができない自分に少々不甲斐なく思いつつも、ミクリは情けをかけない。

 

「キミはいつか、私たちがいる高みへと至るだろう。だが残念」

 

 

 

 

"今日ではなかったな“

 

 

 

 

 ミクリの言葉と共に、少年の敗北が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと追い続けた背中。昨年はその背中と戦い、一歩及ばず負けてしまった。だからその背中と同じように(・・・・・)貫き通し、ここまで戦い抜いてきた。だが手にした強さと、掴みかけていた感覚が、追い詰められるにつれて逃げていくのを感じる。

 

(掴むんだ…!今ここで!ユウキさんと同じ強さを!)

 

 憧れ続けたユウキに追いつき、勝つためにこの一年を費やした。あらゆる手段を用いて、戦い、経験を積んだ。自分が強くなっていく感覚が嬉しくて、寝る間も惜しんでトレーニングに励んだ。

 だがやっと掴みかけた感覚は、ミクリに追い詰められることでどんどん逃げていく。あと一歩まで迫ることができた感覚は、届くことなく手から離れていった。

 

(嫌だ…!感覚が逃げていく…!嫌だ…!)

 

 負けること、掴みかけた感覚が逃げていくこと…それらに恐怖し、足が震える。あまりの恐怖に思考が止まり、オーダーが支離滅裂になっていってしまう。おかしくなったオーダーにエルレイドも動揺し、動きが悪くなってしまった。

 

「今日ではなかったな」

 

 ミクリの言葉と共にエルレイドが倒れ伏し、目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!」

 

 目が覚める。リーグから敗退して、もう半月。直前よりマシになったとはいえ、まだこの悪夢から逃れられそうにない。全身から吹き出してくる汗の感覚が気持ち悪く、再び眠る気にもなれない。

 

「はっ、はぁ…」

 

 ホウエンリーグの結果、ユウキはベスト4。自分と同じミクリ相手に敗北した。そして決勝はダイゴとミクリであり、今回の大会ではダイゴが頂点の座についた。チャンピオンズトーナメント以来、この二人の強さはさらに磨きがかかったように感じられる。

 

「…………」

 

 ユウキと戦い、彼を超える。それを今回の大会の目標としていたのに、負けるどころか戦うことすらできずに敗北して。決してミクリを舐めていたわけではない。だが、彼のさらに先を見据えていたのに、そこに挑むことすらできなかった事実がたまらなく悔しい。いまだにこの悔しさが消えることなく胸中で燻っていた。

 

「ぐっ…うう…」

 

 悔しさの痛みに、思わず呻く。呻き声に気がついた相棒であるエルレイドが少年に近寄って心配そうに覗き込んできた。ポケモン達に心配をかけてしまった不甲斐なさにまた胸が痛むが、心配させないように無理やり笑顔を作ってエルレイドの肩を叩く。

 

「大丈夫、心配ないよ」

 

 エルレイドはその言葉を聞いて引き下がるが、その顔は心配そうに歪んでいる。とはいえ、今の少年にエルレイドへかけられる言葉はなかった。

 睡眠時間は明らかに足りていない。全身から疲労感は抜けないが、とてもまた眠る気にはなれなかった。重い体を引きずってベッドから抜け出し、少年…ミツルはシャワー室へと向かいながら数日前ダイゴと話した時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

数日前

 

 ミツルはダイゴと話していた。リーグで敗退し、終わってからも実力者とバトルを繰り返していたが、リーグ前の突き抜けるような感覚が戻ってくることはなかった。それどころか、敗北が後を引きずりガタガタな調子だった。このままではどんどん駄目になると考えたミツルは、今年の大会のチャンピオンであるダイゴに相談を持ちかけた。

 

「それで…ボクに相談してきたのは、どうすれば強くなれるかってことでいいんだね。ミツル君」

「はい。ユウキさんみたいに強くなるためにはどうすればいいでしょうか」

 

 真剣な表情で言うミツルに、ダイゴは顎に手を当てて考える。

 

(ミツル君は才能あふれるトレーナーだ。引き合いに出して悪いが、カイムとは比べ物にならない。まだトレーナー歴2年でここまでの実力だ。焦らずじっくりやるのが合っているとは思うけど…多分、今の彼(・・・)は納得しない。ボクが面倒見るのも…まぁ違うよね。ユウキ君ならともかく、ミツル君は違う)

 

 ダイゴから見てもミツルというトレーナーは才能のある有望なトレーナーだった。それ故に、ずっと惜しいとも思っていた。まだ未熟なことを考慮すると、じっくりと実力を伸ばすべきだろう。だがそれではミツルは納得しない。だからどうするべきか考えたところ、一つの結論に辿り着く。

 

「…正直、今のキミでも充分強い。今のボクとしては、じっくりとトレーニングして地盤を固めるのがいいと思う」

「短期間で強くなれる方法は、ないんですか…?」

「キミならそんな方法がロクなものじゃないと理解できているんじゃないかい?」

「わかってます。でも、ボクはあの時逃してしまった感覚を…取り戻すために!」

 

 あまりにも必死で悲痛な表情。見たところ、顔色も悪く、目の下にクマもできている。健康体とは言いづらい出立ちのミツルに、ダイゴは問いかけた。

 

「それはこの前ミクリに負けたから、すぐにでも強くなりたいってことかな?」

「……ボクは、ユウキさんみたいに強くなりたいんです。ユウキさんを超えることを目標にしてきたんだ。もう少しで届きそうだったのに、試す前に終わった…こんな思いはもう、したくない」

 

 ユウキに追いつくために、ユウキがどうやったら強くなったかを聞いた。その時、ユウキは『ダイゴと戦った』と言っていた。幸いなことにユウキ伝いでダイゴとは知り合いになっていたため、今回連絡を取った。できることならこのまま師事させてほしいところだが、さすがにこちらから言い出すことはできなかった。

 

「…言いたいことはわかったよ。ただ、ボクがキミに言えることはない」

「っ!」

「ただ」

 

 ダイゴがミツルに直接できることは何もない。しかし、ダイゴが本当に何もできないわけではなかった。一人だけ、ミツルの望みを叶えられる可能性を持つ存在を、ダイゴは知っている。

 

「一つ当てがある。これから向こうに確認を取るが、向こうがOKなら行ってみるといい」

「そ、そこに行けばボクは強くなれますか?」

「キミ次第だね」

 

 ダイゴの言葉に、ミツルの目に光が宿る。強くなれるためならなんでもするという覚悟を持っている目はどことなく狂気を孕んでいるように見えた。

 

(危ういね。やはり、彼に頼むのが良さそうだ)

 

 どことなく危うい雰囲気。やはり自分ではなく、親友こそ彼を導くのに相応しいと確信した。

 

「ボクは、強くなるためならなんでもやります!お願いします!」

「……わかった、確認してみるよ。ただ、向こうが受けてくれるかはわからない。断られたら、その時は大人しく受け入れてくれ」

「はい!」

 

 ユウキに近づける。その可能性にかけて、ミツルはダイゴの連絡を待つ。

 それに対してダイゴは内心で気が重くなっているのを感じた。

 

(カイムには重荷を背負わせてしまうな)

 

 親友が適任だとわかっていながらも、親友に重役を押し付けてしまう事実を心苦しく思いながら、ダイゴはカイムへと連絡を取るのだった。

 

 

 

 

 

 

 シャワーから上がり着替えたところでスマートフォンを見ると、ダイゴから連絡がきていた。内容は、確認が取れたとの内容だった。

 

『確認が取れた。受け入れてくれるみたいだ。場所はシンオウ地方のミオシティ。その街のジムリーダーがキミを強くしてくれる可能性があると思っている。都合のいい日を教えてくれるかい?』

 

 ダイゴからの連絡を受け、ミツルは拳を握りしめた。

 その後ろ姿をエルレイドは心配そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミツルは電車から降り、街の風景に目を向ける。

 ミオシティ。シンオウ地方の最西端の街であり、海沿いの街であることからか、潮の匂いが感じられる。ダイゴからこの街のジムを訪ねるよう言われて来た街であり、本来なら色々観光できる場所もあっただろうが、今のミツルには一つのことしか頭にない。

 

(ここでボクは…ユウキさんみたいになる手がかりを掴むんだ)

 

 そう決意を固めて、ミツルはミオシティポケモンジムへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

ミオシティ

ポケモンジム

 

 ジムに足を踏み入れたミツルは早速受付に向かう。ダイゴからジムリーダーに話は通していると聞いているため、受付に言えばわかるはずだろう。

 

「ようこそミオジムへ。ジムチャレンジですか?」

「あ、いえ…ホウエン地方チャンピオンのダイゴさんの紹介で来たんですが…」

「ああ、お話は伺っています。ジムリーダーの元へご案内しますよ」

「ありがとうございます」

 

 ちゃんと話が通っていることに内心でホッとしつつ、ミツルは受付についていく。

 受付についていき、バトルフィールドへと向かうと、そこでは一人の青年がルカリオと組み手していた。その姿を見て、ミツルは絶句する。

 

(…え?この人、ポケモンと殴り合ってる?)

 

 ルカリオの攻撃を止め、カウンターで前蹴りをルカリオに放つ。ルカリオも肘で前蹴りを止めると、掌底を青年に出すが、それを回避して後ろにのけ反りつつルカリオの腕に飛びかかり地面に叩きつけた。

 

「悪くないが、こっちの可動範囲を考慮しなかったな」

 

 そう言ってルカリオを解放し、青年は立ち上がる。ルカリオに手を貸して立ち上がらせると、青年は受付とミツルの存在に気づいた。

 

「お疲れ様ですカイムさん」

「ああ。そっちは?」

「以前お話されていたミツルさんです」

「…ああ、ダイゴの依頼か」

 

 目を細めながら青年…カイムはミツルを見つめる。ミツルもカイムを見つめ返した。

 

(この人が…ミオジムのジムリーダー?ミオジムって鋼タイプのジムだよね?格闘タイプの間違いじゃないよね?)

 

 人とポケモンの身体能力は本来なら正面から殴り合うことなどできない。だというのに、青年は平然と殴り合っていた。来る場所を間違えたのではないか、と考えてしまった。

 

「俺はミオシティジムリーダー、カイム。よろしく」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「一応、話は聞いてる。強くなりてぇと」

「はい!ボクは、強くなりたいんです!」

 

 ミツルの言葉にカイムは目をすっと細める。そしてミツルの全身をざっと見渡すと、腕を組んだ。

 

「それはいい。ここはポケモンジムだ。バトルに強くなるための施設だからな」

「じゃあ!」

 

 指導を受けられる、と読んだミツルは声を上げる。だがカイムはミツルの言葉を手で止め、鋭い目つきでミツルを見つめた。

 

「指導はできる範囲でしてやる。ただお前、本戦まで出場できるレベルの実力を持ってる。正直、技術的なことに関しては自分で開拓していく段階だぞ。わかってんだろ」

「…はい。でも、伸び悩んで…」

(伸び悩んでねーだろうが…)

 

 正直、第三者から見たら全く伸び悩んではいないのだが、ここで必要なのはそういうことではない。

 

「…そうかい。ま、とりあえずできる範囲のことはする。そういう依頼だからな」

「ありがとうございます!」

「ただし、条件がある。質問、意見はいい。ただ不満をぶつけるだけの口答えはすんな。こっちが不愉快になる。それと、舐めた態度取ったらすぐに叩き出す。いいな」

「はい!どんな厳しいトレーニングでもこなします!」

「…意思は固いか。わかった、じゃあまず…」

 

 どんな苦しく、辛いトレーニングだとしても強くなれるならそれでいい。そう覚悟を決め、カイムの言葉を待った。そしてカイムの口からは想像していなかった言葉が出て来た。

 

「飯を食え」

「……は?」

「ああ?飯だ飯。お前、食ってねえだろ」

「え、あ…そ、そうですけど!ボクは強くなるために…」

「うるせえ。んな顔色悪い奴鍛えられっか。黙って食え」

 

 そう言ってカイムはさっさとルカリオを連れて歩いていってしまう。どうしようと考えたが、今は彼に縋る以外の道がない。実際空腹感はあったため、とりあえず大人しく従おうとミツルはカイムの後を追うのだった。

 

 

 

「あ、あの…」

「ん?」

「確かにボク、今日まともに食べてませんけど…どうしてまず食事を?」

 

 カイムが作った食事を前に、ミツルはカイムに問いかける。まさかトレーニングの前に食事を出されると思っていなかったミツルは、こんなもてなしがあることに困惑していた。

 

「さっきも言ったが、顔色悪い奴を鍛える気はねえ。体調不良とかじゃなく、単純にエネルギー不足っぽい感じだと思ったからな」

「で、でも…ボクは強くなるために…」

「……強くなるためにここに来たんだろ。なら、飯くらいちゃんと食え」

「どうしてですか?」

 

 カイムはやや呆れたようにため息を吐きつつ、答える。

 

「お前な、ポケモンバトルはスポーツだ。スポーツにおいて、体作りは基本だろ」

「ポケモン達にはちゃんと食事を与えてます。ボクの食事で、バトルが強くなれるわけじゃ…」

(こいつ…)

 

 カイムが想定していたより(・・・・・・・・)遥かに強情。ある程度覚悟していたとはいえ、内心で舌打ちしたくなるような気分だった。

 

「いいから黙って食え。でないと指導せんからな」

「…はい。いただきます」

 

 問答無用で食事をさせつつ、カイムは内心でどうするかと頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終わらせたミツルはカイムと共にフィールドにいた。

 

「さて…じゃあ始めていくが、お前がどの程度できるか直接見たい。一応バトルレコーダーでお前のバトルは見たが、直で見てどう指導するか判断する」

「はい!お願いします!」

 

 食事をしたからかミツルの顔色もやや良くなっている。コンディションとしては先程よりもいいだろう。

 

「とりあえず、うちの連中と戦ってくれ。人数そこそこいるが…まあ三、四人やれば十分だろ。すぐいけるか?」

「はい!」

 

 ミツルが了承したのを確認したカイムは、ジムトレーナーを何人か呼ぶ。そして状況を説明し、ミツルとのバトルを取り付けた。

 だがミツルとしては少し疑問ができる。それを問いかけるためにカイムに声をかけた。

 

「あ、あの…」

「ん」

「カイムさんは…バトルしてくれないんですか?」

「うちの連中だけじゃ不満か?」

「あ、いえ…そういうわけじゃ…」

「…様子見て、といったところだ。とりあえず、まずはバトルしてくれや」

「はい」

 

 不満げ、ではないが、カイムとバトルすると思っていたミツルは少し肩透かしだった。本戦に出られるミツルの実力であれば、圧倒とまではいかないにしろ負けることはそうない。一刻も早くあの突き抜ける感覚を取り戻すためには、強者とのバトルが不可欠。ならばここのトップのカイムとバトルした方が早いと考えていた。

 だが今はお願いしている身。そんなことを言える立場ではない。それにこのバトルからなにか掴めるかもしれない。そう考えて、ミツルはバトルに臨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 ミツルのバトルを見ながら、カイムは考える。

 

(…強いな。2年連続で本戦に出ただけの実力はある。トレーナー歴は短いが、基礎は最低限できているな。まだ固まりきっていない部分があるが…まあそこら辺は大した労力も必要ないだろう。問題は…)

 

 ミツルのオーダーにカイムは顔を顰める。ミツルが出すオーダーはかなり的確で、鋭い。ジムリーダーの本気とも十分に戦えるだろう。

 だが、明らかな癖があった。明らかに彼自身および、彼のポケモンに合っていないオーダーを出す時があった。特にある瞬間(・・・・)は確実にその悪癖が出ることをカイムは見抜いた。

 

(……見覚えがあるな。なーんか、誰かに似ている気がすんだが…誰の影響(・・・・)だ?)

 

 ダイゴからは詳しいことは聞いていない。バトルレコーダーで見たバトルも同じような癖があったため、今ここでの癖というわけではないだろう。ならば、この癖はここに来たから出たものではない。

 

(………ああ、なるほど。あいつ(・・・)か)

 

 しばらく見た結果、もしかしたら、と思える相手をカイムは思いつく。彼のバトルを見たのは一度だけかつ、特異的なバトル。違う可能性も大いにあるが、ミツルの出身地方や彼の年齢を考えればあり得ない話ではない。

 

「あの野郎…面倒なこと押し付けて来やがって。しかもよりによって俺に」

 

 ダイゴの思惑はわかる。確かに、カイムが適任だろう。自分でも確かに適任だとは思う。しかし、それはそれとして自分にやらせるのかとも思った。

 

「…俺の心を折った贖罪のつもりか?ダイゴ」

 

 『お前は何も悪くないって言ったろ』と呟きながらカイムは立ち上がる。その瞬間、ミツルが最後のジムトレーナーとのバトルを終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッサム戦闘不能!勝者、チャレンジャーミツル!」

「よし…!」

 

 ジムトレーナーの最後のポケモンを倒し、ミツルの三連勝で終結した。ポケモンリーグ本戦に出場できるほどの実力を持つだけであり、ジムトレーナーにも勝利することができた。

 しかし、ミツルの表情は勝利の嬉しさから一変、険しい表情で俯く。

 

(…でも、この程度の実力で喜んでいちゃダメだ。ユウキさんは、もっともっと先にいる。強くならないと…)

「お疲れ」

 

 観客席でジムトレーナーとのバトルを見ていたカイムが降りてくる。そのままミツルとバトルしていたトレーナーに簡易的に指導し、バトルレコーダーを渡してミツルに向かって歩いて来た。

 

「さすがに強えな。本戦出られるだけある」

「…でも、ダメです。この程度じゃ、ボクは…」

「…この程度ね」

 

 カイムは目を細めると、腕を組んで言った。

 

「よし、じゃあ俺とやろう」

「え⁈」

「やるつもりなかったが、やろう」

 

 少々驚いたが、ミツルとしてもこのジムで最も強いトレーナーであるカイムとのバトルは願ったりだった。戦えば、ダイゴが自分をここに行かせた理由がわかるかもしれない。そう考えて頷いた。

 

「つっても、俺はお前のバトル見てる。さすがにそのままバトルすんのはフェアじゃねえから…俺の手持ち見せてやる」

 

 そう言ってカイムはボールホルダーを外し、手持ち全員を外に出す。ブラッキー、バシャーモ、ルカリオ、ムクホーク、トリトドン、メタグロスが外に出て来た。ミツルは一通りカイムの手持ちを眺めると、首を傾げる。

 

「あの…カイムさんは鋼タイプ専門のジムリーダーじゃないんですか?」

「ジムリーダーとしてはな。俺個人のポケモンは、こいつら。ジム所属ポケモン使って勝てるほどの余裕はねえ。ま、メインの手持ちなら話は別だが」

 

 その言葉を聞いてミツルは表情を険しくする。まるでメインポケモンであれば、確実に勝てるような言い草であり、それが少し不服だった。

 

「…ボクとバトルしてくれるんですね」

「お前を指導するって依頼だからな」

「わかりました。じゃあお願いします」

「ああ。じゃ、回復して準備できたら言ってくれ」

「はい」

 

 ミツルは少しだけ黒い感情を抱えながら回復マシンへ向かう。しかし、その黒い感情にミツル本人が気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、じゃあやるか?」

「はい」

「シングルスの公式戦ルールと同じ、手持ち3体。途中の道具使用はなし。いいか?」

「はい!お願いします!」

 

 首を鳴らし、ストレッチするように伸びるカイムと、真剣な表情でバトルに臨むミツル。態度がやや緩く見えるカイムだが、その目に宿る光に緩みは感じられない。ミツルも何度か本気のジムリーダーと戦ったことはあるが、誰も手を抜く余裕などなかった。カイムも同じような覇気を感じる。

 

「いけ、マリルリ!」

「メタグロス」

 

 ミツルはマリルリ、カイムはメタグロスを繰り出した。

 

(メタグロスか。タイプ相性は…若干ボクが不利かな?フェアリー技が通らない。でも、負けることはないな)

 

 『じゃれつく』などのフェアリー技は通りが悪い。しかし水技は等倍で通るし、向こうからのタイプ一致技も等倍。相性不利とはならないだろうとミツルは考えた。

 

(サブ技で『かみなりパンチ』くらいはあるかもしれないけど、『アームハンマー』みたいな格闘技はない。タイプ一致技メインで来るだろう)

 

 メタグロスは幅広く戦術を熟すことができるが、覚えられる技のタイプはそこまで広くない。マリルリなら突破できると考え、攻撃に入った。

 

「いくよマリルリ!かわらわり!」

(サブ技から来たか。それにかわらわりとなると…リフレクターでのサポートはきついな)

 

 メタグロスは『リフレクター』などで後続のサポート役を担わせようとしていたが、『かわらわり』を使うとなるとサポートは厳しい。ならば正面から殴り合うしかないと方針を変え、即座にオーダーを出す。

 

「てっぺき」

 

 メタグロスは全身を硬化させることで、マリルリからの攻撃を軽減する。マリルリの攻撃力は特性『力持ち』によって高い水準を誇るが、メタグロスもまた物理防御においてはハイレベル。そこに防御力上昇を考慮すると、あまり大きなダメージは狙えない。

 

「アクアブレイク!」

「コメットパンチ」

 

 水を纏った一撃と、硬化させた流星のごとき拳がぶつかり合う。互いに弾かれ、距離を取り合った。

 

(弾かれた!さすがにジムリーダーのポケモンは一筋縄じゃいかないな)

「バレットパンチ」

「っ!」

 

 弾かれ、距離ができた瞬間にほんの一瞬隙が出たのをカイムは見逃さなかった。巨体からは考えられないぼどの弾丸の如き速度で距離を詰めてきたメタグロスの拳がマリルリを捉える。

 だがそれを見て、ミツルも即座に攻撃に転じた。

 

「はたきおとす!」

「お」

 

 距離を詰めてきたのを利用し、マリルリはメタグロスの道具をはたき落とした。メタグロスが持っていたのは『ちからのハチマキ』。これにより、メタグロスの攻撃力は若干下がる。

 

「しねんのずつき」

「アクアブレイク!」

 

 技がぶつかり合い、互いに再び弾かれた。また『バレットパンチ』で追撃してくるかと身構え、追撃が来たらカウンターの攻撃をしようと考えていたが、メタグロスは追撃してこない。ならばここは攻めに転じようとミツルは方針を切り替えた。

 

「はらだいこ!」

「!」

 

 マリルリは『はらだいこ』によって体力を削り、攻撃力を限界まで上げる。体力は一気に三割まで減ったが、体力が減ったことでマリルリは所持していたオボンのみを食べ、体力を回復した。

 

(さすがにパワー全開マリルリの攻撃力は受け切れんな。あんま長引かせられん)

 

 マリルリのパワーは特性によってかなりの高さとなっている。そのマリルリがパワー全開になったとすると、こちらも防御力を最大まで上げないとならない。しかし、このマリルリ相手にそう何度も『てっぺき』を積む余裕はないだろう。

 ならばどうするか。受けるのではなく、殴る。これに限ると脳筋思考へと切り替えた。

 

「いくぞメタグロス。コメットパンチ(殴れ)

「アクアブレイク!」

 

 再び技がぶつかり合うが、今度はマリルリがメタグロスの攻撃を打ち破った。パワー全開の攻撃となれば、メタグロスの攻撃力を持ってしても破れない。凄まじい攻撃力だと改めてカイムは実感した。

 

「追撃のアクアジェット!」

「防げ」

 

 至近距離からの『アクアジェット』。速度のみの一撃だが、パワー全開のマリルリの攻撃力を持ってすれば、メタグロスの防御力を上回るパワーとなる。咄嗟に鋼の剛腕でマリルリの攻撃を防いだが、受けきれずメタグロスの巨体が弾かれた。

 そして同時に、メタグロスが弾かれたことで一瞬隙ができる。これを察したミツルは好奇と言わんばかりに追撃を仕掛けた。

 

「たたみかけろ!かわらわり!」

 

 マリルリの攻撃が振り下ろされる。これをまともに受ければ、まず間違いなく大ダメージになるだろう。急所にヒットすれば、ダウンもあり得る。だがメタグロスの速度では、今から完全な回避は不可能。

 入った、と確信をミツルは持ったが、カイムはこれを待っていた。

 

「バレットパンチ」

 

 体勢が不十分ながらも、高速で放たれた連続の拳がマリルリの腹部を捉える。マリルリに瞬間的なノックバックが発生し、攻撃のタイミングが遅くなるが、問題ない。体力にはまだ余裕があるし、ここからの攻撃などさしたる脅威にならないと判断したが、想像を超えた速度でメタグロスは次の攻撃体勢に入った。

 

「⁈」

「しねんのずつき」

 

 マリルリの『かわらわり』と『しねんのずつき』がぶつかり合い、弾かれた。『かわらわり』が最高威力となる前にぶつけただけでなく、技のタイプ相性もあり、体勢が不十分な攻撃でもマリルリの攻撃を弾くことができた。ならさらにこちらから攻撃を、と考えた瞬間、メタグロスはさらにそこから追撃してくる。

 

「コメットパンチ」

「っ!アクアジェット!」

 

 マリルリの頭上から振り下ろされた鋼鉄の剛腕がマリルリを捉える。咄嗟に『アクアジェット』で迎え撃つが、タイプ相性を覆す圧倒的な質量には勝てない。叩き潰されたマリルリは目を回し、ダウンしてしまった。

 

「マリルリ戦闘不能!」

「…っ!くそっ!戻れマリルリ」

 

 ミツルは歯噛みしながらマリルリをボールに戻す。決して相性不利な戦いではなかったが、一瞬の隙を突かれた。『はらだいこ』で削られた体力がメタグロスの攻撃力に耐えきれなかった。正面からの撃ち合いには分があった。しかし先制技をうまく使って威力を削り、技ではなく圧倒的質量でマリルリの攻撃力を上回った。

 

(ユウキさんなら…こんなところでヘマはしない。ボクが弱いから…!)

「やるな、お前。最後のアクアジェット、これは想定してなかった。いい一撃もらっちまったよ」

「!」

 

 無表情故に本心なのか煽りなのか判別できないが、言葉に嫌味はない。実際最後の一撃をメタグロスは防ぐことができず、直撃している。どういった意図があるかはわからないが、ミツルはカイムの言葉に噛みつくことはしなかった。

 それ以上に、ミツルには気になることがあった。

 

「…どうして、メタグロスはあんなに早く動けたんですか?」

 

 メタグロスはノックバックからマリルリの攻撃までの僅かな時間で攻撃に対応してきた。本来、体勢が不十分な状態からの攻撃であれば、あそこまで早く動くことはできない。だというのに、メタグロスは『バレットパンチ』でマリルリの体勢を崩して来た。ミツルからしたら不可解極まりない動きだった。

 ミツルの問いにカイムは応える。

 

「威力削って、早く動くことだけに集中したからだ」

「…え?」

「今はあんま使われてないが、昔…まだポケモンバトルのルールが確立されていないくらい昔に、『威力削って動き出しを早くする技術』と、『命中率と隙を増やす代償に技の威力を上げる技術』があった。当時は『早業』と『力業』って言われていたがな。当時で言う『早業』で出だしの早いバレットパンチを撃った」

「それに、どんな意味が?」

「体勢を崩すことと、着弾までの時間稼ぎ。実際、このバレットパンチでのダメージはほぼない。ダメージよりも、マリルリの体勢を崩すことのみが目的の攻撃だからな。これで体勢を崩したマリルリは、立て直すまでの時間が必要。この僅かな時間でも、タメが少なくて済むタイプ一致技なら出せる。ちょうど格闘タイプの技だったし、エスパー技で受けた。あの時、かわらわりじゃなくてアクアブレイクかアクアジェットなら、結果はまた別だったかもな」

(メタグロスの壁張り展開も考えた攻撃だったけど、それが裏目に出たか…)

 

 ミツルは『早業』や『力業』について知らなかった。そのため、あの場でここまで早くメタグロスが動いてくることを予想できず、反撃を受けてしまった。

 この『早業』については、正式な名前として現代では伝わっていない。しかし歴戦のトレーナー達は名前をつけることなく、うまく使い分けている。トレーナーの実力としては、ミツルも習得していてもおかしくはないが、トレーナー歴の短さが仇となった。

 

「こんな時、ユウキさんなら…」

「…………」

 

 ぽつりとミツルがつぶやいた言葉に、カイムは顔を顰める。

 だが何も言うことはなかった。今言っても、何も伝わらないからだ。

 

「次だ!いくぞガブリアス!」

「……もう少し、落ち着いてできないもんかね」

 

 がしがしと頭をかきながら小さくため息を吐く。

 

「長引きそうだ」

 

 何かを思い出しながら、そうつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいなるつるぎ!」

「コメットパンチ」

 

 エルレイドの攻撃とルカリオの攻撃が同時にヒットする。耐久力が低く効果抜群の技を受けたルカリオは吹き飛ばされ、フィールドを転がった。意識は残っていたが、バトルができる状態ではなく、起き上がれないルカリオを見て、戦闘不能の判定が出る。

 

「ルカリオ戦闘不能!」

「よくやったルカリオ。休んでくれ」

 

 カイムはルカリオをボールに戻す。そしてフィールドの対面に立つミツルに目を向けた。ミツルはルカリオを倒したというのに、険しい表情をしている。

 

(…………)

 

 反省点があるのはいい。だがそれはそれとして、あそこまで表情を歪めるというのは、何かしら不満な点があるのかもしれない。

 

(最後のポケモンまで辿り着いたけど…エルレイドの体力もかなり削られた。このくらいメガシンカ無しで切り抜けられないと、ユウキさんみたいになれない)

 

 ガブリアスもエルレイドもルカリオと相性のいいポケモン。だというのに、巧みな回避技術と例の『早業』とやらをうまく使われて体力を削られた。本来ならガブリアスでルカリオを倒すこともできただろうが、カイムのルカリオのスキルもさることながら、カイムの師匠のエースがガブリアスであったことも大きく起因するだろう。無論ミツルはそんなこと知りもしないが。

 

「ラストいくぞ、バシャーモ」

(バシャーモ…相性は、こっちが少しいいな。ユウキさんみたいに一気に攻め落とす!)

 

 エルレイドはエスパー・格闘タイプ。バシャーモの格闘タイプにエスパータイプは効果抜群。タイプ一致技でアドバンテージが取れるのは大きい。体力が削られていることもあるため、一気に攻め落とす方針を立てた。

 

「エルレイド!サイコカッター!」

「みきり」

 

 エルレイドの攻撃をまるで来る場所を知っていたかのようにバシャーモは回避する。だがそれを見越して、エルレイドはバシャーモに肉薄した。

 

「せいなるつるぎ!」

「ブレイズキック」

 

 剣のごときエネルギーを纏わせた腕を炎を纏った足で受ける。バシャーモは防御に使った足を振り上げ、エルレイドの腕を弾き飛ばした。そしてその勢いを利用して回し蹴りの要領で炎を纏った足を叩きつける。

 だがエルレイドも咄嗟にもう片方の腕にエネルギーを纏わせ、バシャーモの蹴りを防いだ。反撃を加えようと踏み出すが、バシャーモが一手早い。

 

「つばめがえし」

 

 高速の二連撃がエルレイドを切り裂く。威力が低く、タイプ不一致技故にダメージは効果抜群の割に低いが、ダメージ自体は低くない。

 

「(この程度なら!)せいなるつるぎ!」

 

 バシャーモの胴体にエネルギーを纏わせた腕が叩きつけられる。咄嗟にバシャーモは足で軌道を逸らせてダメージを軽減させた。

 そしてバシャーモはエルレイドの腕を掴むと、背負い投げの要領でエルレイドを投げ飛ばす。エルレイドは空中で体勢を整えると、綺麗に着地した。お互い、瞬間的に睨み合いの時間が流れる。

 

(耐久は高くないバシャーモだけど、的確に攻撃を回避か軽減させてくる。これだけやっても加速が発動しないし、特性は猛火かな?まあ鋼専門でバシャーモ使ってればそんなものか…?)

(体術レベルはこちらが上だが、タイプ一致技の弱点があるのがちときついな。しかもちゃんと特性『切れ味』だし。育成はガチでやってるみたいだ。あの弱点(・・)なけりゃ、体術で切り崩していくしかなかったが…)

 

 カイムはちらとミツルを見る。集中力に満ちた光と、陰を浴びた瞳。何かに執着したような瞳がバシャーモを映す。その先に何を見ているのか、カイムは知り得ない。

 だが、既視感はあった。かつて、自身の中に感じていたものと同じ感情…それをミツルが抱いていることを。

 

「悪趣味だぜ、ダイゴ」

 

 親友の名を口にしながら、カイムは内心で苦笑する。まるでかつての己と対峙しているかのような対面に、どことなく痛みを覚えながらも思考は決して止めない。

 

「エルレイド!つるぎのまい!」

「ブレイズキック」

 

 業火一閃。

 それは蹴りというよりも、斬撃に近い一撃だった。炎の光が一筋の光となってエルレイドに襲いかかる。

 しかしエルレイドも負けてはいない。理解するよりも早く、反射で動いた。バシャーモの足に宿る炎を受けながらも、エルレイドは『つるぎのまい』によって攻撃力を上げた。

 

「せいなるつるぎ!」

「下がれ」

 

 エルレイドの鋭い一撃をバシャーモは炎を宿した足で防ぎつつ、背後に向かって飛ぶことで威力を軽減。しかし攻撃力が上がったエルレイドの攻撃は、耐久力の低いバシャーモにはダメージが大きい。直撃していないにも関わらず、想定以上にダメージが大きいことにカイムは内心で冷や汗をかいた。

 

「しゃーねぇか。バシャーモ」

 

 カイムの言葉にバシャーモは頷く。そして全身に炎を纏わせると、エルレイドに肉薄した。

 

「迎え撃て!サイコカッター!」

 

 バシャーモに向けてエルレイドが連続してサイコパワーの刃を放つ。だがバシャーモは刃を回避しつつ、時に受け流しながらエルレイドに迫っていた。卓越した回避技術に加え、凄まじい速度を制御しきる肉体。バシャーモがどれだけ鍛えられているかわかる一瞬だった。

 しかし、ミツルはこれを予期している。『みきり』の時に防ぐのではなく回避しきったバシャーモを見て、これくらいはやると考えていた。

 そしてバシャーモが攻撃をキャンセルできない直前…その瞬間をミツルは見切る。

 

「ここだ!せいなるつるぎ!」

 

 的確かつ、鋭い一撃。

 バシャーモの速度とエルレイドの攻撃タイミング。正確に推測った一撃を回避することはできない。回避技術が卓越していようと、回避できないタイミングで打ってしまえば、直撃せずとも大きなダメージにはなる。

 

 本来なら。

 

「加速しろ」

 

 バシャーモがエルレイドの眼前に迫った瞬間、バシャーモの速度が一気に上がる。急激に伸びた速度に、エルレイドは対応できない。

 

「フレアドライブ」

 

 安全度外視の一撃。しかもタイミングをずらされたせいでエルレイドもうまく受けられず、直撃してしまう。咄嗟に反撃の『せいなるつるぎ』で一撃を加えるが、体勢が不十分故に想定していたような威力は出ない。

 バシャーモはエルレイドの反撃を受けつつ、全身に纏った炎を足に集約。そのまま独断の『ブレイズキック』でエルレイドを蹴り飛ばしつつ、距離を取った。

 

(な、なんだ今の!特性『猛火』じゃないのか⁈急に速度が…加速⁈でも加速が発動するには遅すぎる…どうなって…⁈)

「淀んだな。ブレイズキック」

「しまっ…!」

 

 1秒にも満たない思考の停止。だがその刹那を見逃すようなトレーナーはジムリーダーにはなれない。

 炎を纏った足がエルレイドに直撃する。ダメージを軽減させることもできず、受けた攻撃によってフィールドを転がった。ギリギリ体力は残ったが、とても次の攻撃は受けられない。

 よろよろと起き上がるエルレイドの背中を見て、リーグでミクリに負けた瞬間がフラッシュバックする。

 

「はっ、はぁっはぁっ」

 

 脳裏に浮かぶ敗北の瞬間。何も成せずに負けたあの瞬間が脳裏から離れず、視界が歪んでいく。

 視線を上げる。エルレイドはまだ動けるが、限界なのは明白。この事実にミツルは体勢が前のめりになり、呼吸が苦しくなっていく。嫌な汗が止まらない。体が震えていく。

 

 

また負けるのか。また無意味な敗北を積み重ねるのか。

 

あの背中には、決して届かないのか。

 

 

 明らかに様子がおかしくなるミツルにカイムはため息を吐いた。バシャーモが視線を向けてくるが、『わかってる』と言うように頷く。

 

「おい」

「っ!」

 

 カイムに声をかけられてミツルははっと顔を上げる。食事とバトルによって良くなっていた顔色が一気に悪化していた。やれやれと呆れたように腕を組む。

 

「姿勢を正せ」

「……え?」

「姿勢を正せ。そんで深呼吸」

「…は?」

「早くしろ」

 

 有無を言わさない視線の圧力に負け、ミツルは前のめりになっていた姿勢を正す。背筋を伸ばし、フィールドに向き直った。するとどうだろう。狭窄していた視界が晴れ、過呼吸気味になっていた呼吸が整った。

 

「意外といいだろ、これ。人は劣勢になると視界が狭まる。前のめりになると余計な。だからこそ一度、一瞬でいい。姿勢を正して腹から呼吸する。すると頭に酸素が回るようになる。そんで、フィールドの隅々まで見渡せ」

 

 言われた通りミツルはフィールドの隅々まで見渡す。カイムだけでなく、エルレイドやバシャーモ、見学しているジムトレーナー達の姿も見えた。見渡すことに集中したせいか、限りなくマイナスに寄っていたメンタルが幾分かリセットされる。呼吸が非常に楽になり、頭が冴えていく感覚がした。

 

「どうだ」

「あ、はい!なんとか…」

「メンタルボロボロのお前に勝っても、いいことなんざねえ。俺にもポケモンにも…お前にもな」

 

 さて、と言葉を切ると、カイムは再び青い瞳をミツルに向けた。

 重く、洗練された覇気。ミクリの優雅な覇気やダイゴのように鋭い覇気とも違う、才能ではなく努力によって鍛えられた覇気が向けられ、ミツルは思わず身震いする。

 

「続けるか?」

「は、はい!」

 

 目に宿る陰は完全には消えていない。しかし格段に顔色は良くなった。それを確認したカイムは内心で苦笑しつつ、バトルに思考を切り替える。

 

「よし。じゃあ行くぞ」

「エルレイド!サイコカッター!」

「ブレイズキック」

 

 念力の刃を業火を宿した足で打ち払う。そのまま走り出し、エルレイドに接近していく。そしてバシャーモがあと一歩の距離に迫った瞬間、エルレイドは動いた。

 

「ストーンエッジ!」

 

 完全に決まった、と思えるタイミングだった。並のトレーナーなら間違いなく反応できず直撃していただろう。エリートトレーナーレベルでも反応できたかどうかあやしい。

 

 無論、その攻撃を予期していなければ、だが。

 

「そこだ」

 

 最高速度に乗っていたバシャーモが、いきなり止まる。バシャーモの速度を計算して技を出していた。そのため、バシャーモの目の前で岩の刃が展開される。

 

「なっ⁈」

「砕け」

 

 岩の刃を掌底で砕き、礫をエルレイドにぶつける。ダメージにはほとんどならないものの、一瞬だけ怯ませられた。

 

「つばめがえし」

 

 高速の二連撃。もし受ければ、エルレイドの体力は保たないだろう。

 しかし、ミツルはこれを察知した。バシャーモの攻撃を『せいなるつるぎ』のエネルギーを纏わせた腕で受ける。

 

「!」

「そのままカウンターでせいなるつるぎ!」

 

 エルレイドの斬撃がバシャーモを切り裂いた。そのまま連続でバシャーモを攻撃していき、バシャーモの体力を消し飛ばしていく。なんとか軌道を逸らしたり防御したりでダメージを削るが、連続攻撃から抜け出すことができない。

 そして中でも強烈な一撃を受け、バシャーモは弾かれる。少しできた距離を一気に詰め、バシャーモに腕を振り下ろした。

 

「バシャーモ」

 

 カイムの言葉とほぼ同タイミングで、エルレイドの攻撃が着弾する。

 決まった。ミツルはそう確信した。最後の攻撃は防いだりされず、完全に直撃したのを見ている。削られた体力を考慮すれば、バシャーモに耐え切れる道理はない。

 

 本来なら。

 

「なっ!」

 

 バシャーモは倒れなかった。体力は限界だが、倒れていない。

 限界の体力にも関わらず、バシャーモに宿る瞳の光は力強い。まるでこうなることを待っていたかのように。

 

(しまった、こらえる!)

 

 どんな攻撃であろうとも、必ず耐え切る技『こらえる』。最後の一撃を耐えられないと判断したバシャーモは『こらえる』によってギリギリ耐え切った。

 体力は限界。しかし満身創痍ながらも、バシャーモの目はより強い光を宿していた。バシャーモの覇気にあてられ、コンマ一秒にも満たない硬直。その瞬間にバシャーモはエルレイドの腕を掴んだ。

 

「バシャーモ」

「エルレイド!こらえる!」

「きしかいせい」

 

 最高威力の『きしかいせい』がエルレイドに突き刺さる。エスパータイプを持つエルレイドには半減だが、残り体力を考えればダウンは必至。咄嗟に『こらえる』で耐え切ったが、もとより体力は限界。もう『こらえる』で耐えることは不可能。

 しかし、それはバシャーモも同じ。出が早く威力の低い一撃であったとしてもダウンする。ならば、あとはトドメを刺すだけ。

 

「かげうち!」

 

 エルレイドの素早い一撃。自らの影から放ったエネルギーがバシャーモに襲いかかる。

 しかし、カイムはこれを待っていた。

 

「はやてがえし」

「っ⁈」

 

 だがそれを見切ったバシャーモの不意打ちに近い一撃がエルレイドを貫く。威力は高くない。だが、先制できるほど早い一撃よりも早く、鋭い一撃は、エルレイドをダウンさせるには十分すぎる一撃だった。

 弾き飛ばされたエルレイドはフィールドを転がる。そしてミツルの目の前に来た時には、目を回していた。

 

「エルレイド戦闘不能!このバトル、カイムさんの勝利です」

「くっ…」

「ふう…さすがに、全部思い通りとはいかんか」

 

 バシャーモを労いつつボールに戻し、カイムはミツルへと歩み寄る。自身の中で色々と反省点はあるが、今は反省の時ではない。

 俯くミツルに声をかける。

 

「お疲れ」

「あ…はい。ありがとうございました」

「強えな。リーグ出場は伊達じゃねえな」

「……ボクなんて、まだまだです」

「向上心があるのはいいことだ。ただ、具体的な反省をすることだな」

 

 そう言ってカイムはバトルに出したポケモン達をボールから出し、治療を始める。テキパキと治療を進めるカイムの背中を、どことなく虚な瞳で見つめながらミツルはカイムに言葉を投げた。

 

「あの…」

「ん?」

「ボクを…強くしてくれるっていうのは…」

「ああ、受けるよ」

「……ボクは、強くなれますか?」

 

 あの憧れた背中のように強くなりたい。そう願ってここへ一縷の望みを賭けてここに来た。自分の望みの通り強くなれるか…少なくともカイムの目から見て可能性があるかどうか聞きたかった。

 

「なれるよ」

「っ!」

強くは(・・・)なれる」

「……え?」

 

 どことなく含みのある言葉。意味がよくわからずミツルは聞き返す。

 

「ど、どういう意味ですか?」

「強くはなれるよ。ただ、お前が望む通りにはなれん」

「の、望む通りって…」

「バトル見てわかった。お前、誰かのバトルそのまんま参考にしてんだろ」

 

 そう言われてミツルは息を呑む。今まで言われたことなかった事実を言い当てられ、驚愕に思考が止まる。

 

「な、なんで…」

「お前のやり方、所々に見覚えがあってな。ガンガン攻めて、相手が硬いと積む。基本的な部分はオーソドックスだが、相手の隙を見つけるとカウンターを考慮せず突っ込んでくる。戦法というか、癖が似ているな。意図的か?無意識なら重症だが」

「な…何を言って…」

「その癖がちょいと見覚えがあってな。目標にしてんのは、ユウキか?」

 

 バシャーモの治療を終え、メタグロスの治療を始めたカイムの脳裏には一人の少年のバトルが浮かんだ。ヒカリと同類の、天才と呼ばれるタイプであり、レックウザに選ばれ、人知れずダイゴと共に世界を守った少年…ユウキ。その際にユウキはレックウザと戦っており、その一部始終はシロナとカイムは見ていた。また、今回ミツルを指導するにあたり、リーグに出ていたユウキのバトルを見て、違和感を感じた。それが部分的にミツルとユウキのバトルが似ているということから感じた違和感だった。

 

「お前は真似ることをやめろ。まずはそこから」

「あ、あの!」

「あ?」

「ボクは、ユウキさんみたいに強くなりたくてここに来ました!ユウキさんみたいに戦いたくて…あんな風に戦いたくてここに来たんです!」

「そうか。じゃあそれやめろ」

 

 必死に伝えるミツルに対して、カイムは視線すら向けずあっけらかんに言ってのける。そんな態度と想定していなかった言葉に思わず声を上げた。

 

「ボクを強くしてくれるんじゃないんですか⁈」

「ああ」

「じゃあ…」

「お前にとって、強さは一種類しかねえのか?」

 

 カイムの言葉の意味がわからず、ミツルは押し黙る。どういう意味なのか考えているのを見て、呆れたように表情を歪めた。

 

「じゃあお前がユウキのようにバトルできない理由を教えてやる」

「っ!」

「まず、当たり前のとこから。手持ちポケモンが違う。ポケモンまるっきり違うのに似たようなことしてんじゃ合わなくて当たり前だ」

 

 ポケモンの手持ちによって、戦術を変える。無論トレーナーやポケモン自身の性格も大いに関わってくる。

 

「お前はポケモンを見ていない(・・・・・・・・・・)。そんな状態でここまで来られたのは、大したもんだがな」

「………は?どういう意味で…」

 

 言い終わらないうちに、カイムの鋭い視線がミツルを射抜く。刃の如き鋭い視線に、思わずミツルの言葉は止まった。

 ミツルの言葉が止まったことを確認すると、再びバトルに出ていたルカリオの治療に視線を戻す。そしてミツルにとって一番効く言葉をなんでもないように言った。

 

「お前はユウキみたいなやり方に適性がない。目指すだけ無駄だ」

「なっ…!で、でも!ボクはこのやり方でリーグ出場まで行けた!ここまで来られたならあとは自分で詰めていくだけってカイムさんも言ったじゃないですか!その詰め方を知りたくてボクはここに来た!それなのに適性がないって…変じゃないですか!」

「変じゃねぇよ」

 

 ルカリオの治療を終えたカイムは、メタグロスの頭に腰掛けると、相変わらずの無表情かつ感情の篭らない目でミツルを見つめる。

 

「お前がリーグ出場まで行けたのは、とある天賦の才によるもの。だがその才は、今のやり方では十全に発揮できない」

「え?」

「お前が今のまま鍛えて行きゃ、まあリーグ出場くらいはある程度安定してできるだろう。ただ、リーグ決勝まではまず行かない。ジムリーダー以上の一定以上の実力を持つ連中には通じない。初戦敗退…ここが限界だ」

「で、でも前回は勝ててます!2回戦まで進めて…」

「あ?んなの単純だ。お前のやり方はデータが増えるほど対策しやすくなる。前回、初リーグだろ?他のトレーナー達がお前のデータ持ってなかったからやれただけだ」

 

 空いた口が塞がらなかった。まさかここまで理詰めで否定されるとは思いもしなかったため、ミツルの中で返す言葉がなくなっている。負けた時とは違う嫌な汗がミツルの背中を伝う。

 

「ダイゴからもらったデータ、結構多かったから全部見たが…こんだけデータありゃ、対策は十分できる。しかもお前は手札がわかりやすい。予選の組み合わせ次第では本戦出られん可能性すらある」

「っ!」

「お前が誰を目標にするかは自由だ。ただ、真似してるだけじゃ目標には届かんぞ」

「ボクは…ユウキさんみたいにはなれないんですか…?」

「なれない。諦めろ」

 

 カイムの言葉にミツルは絶望したように目を見開く。憧れた存在のようにはなれない。その事実はミツルの心を折るには十分すぎた。

 そんな姿を見かねた…わけではないが、カイムはさらに言葉を投げかける。

 

「ただ、やり方次第だ。さっきも言ったが、お前には才能がある。ちゃんとしたやり方をすりゃ、今よりは強くなれる」

「ほ、本当ですか?」

「ここで嘘吐く意味ねえよ」

 

 カイムなりにミツルには思うところがあった。適性のないやり方でリーグ出場できるくらいの実力まで上り詰められたのは、やはり才能があったからだろう。ただその才能を十全に発揮させるには、ユウキと同じやり方では不可能だった。

 それを理解している…というより、見覚えがあった(・・・・・・・)からこそ、カイムは受け入れた。そしてそれが己が適任であることも。

 

「ど、どうすればいいんですか⁈」

「詳しい指導は明日以降だ。とりあえず今日は帰れ」

「いえ!ボクはまだできます!」

「うるせえ、黙って帰れ。何戦したと思ってんだお前」

 

 ビシッとデコピンを放ってポケモン達を連れてカイムはさっさと歩いていってしまう。確かにミツル自身、強敵との連戦故に疲労は大きかった。しかしそれ以上に早く強くなりたいという思いが強かったが、オーバーワークを決して許さないカイムはデコピンで指導を入れるのだった。

 ただ、カイムに可能性があると言われたことは嬉しかった。疲労があるのも事実。故に、ミツルは大人しくカイムの言葉に従って宿泊先へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいんですか?」

 

 ルカリオとキリキザンが組み手をするのを見ているカイムに、マネージャーがそう聞いてくる。

 カイムはその問いかけに視線を向けることなく答えた。

 

「何が」

「あの子ですよ。あんな厳しいこと言っていいんですか?」

「その程度で心折れるようならその程度ってだけだ。それに…」

 

 カイムはそこで一度言葉を切る。個人的に思うところがあるが故に、言葉に詰まっていた。

 

「カイムさん?」

「……それに、一度完全に折らないとテコでも動かねえよあれ。正直、メンタルガタガタだったからうちの連中でも勝てるかもと思っていたが…想像以上だった。自分のスタイルを確立させれば、トップレベルになれる…が、いらんことに執着しすぎてるせいで視界が死ぬほど狭くなってる。まずは、その偏見を無くすためにも一度折る必要があった。折らないと(負けないと)、聞く耳すら持たん」

 

 ユウキに近づきたい。ユウキのように戦いたい。

 その思いは、かつてイサナやダイゴのように戦いたいと願ったカイムと全く同じだった。ただカイムと違うのは、才能があったということ。合わないやり方でリーグ本戦に出場できるだけの才能は、磨けばジムリーダーや四天王にも届くだろう。

 

「ただ、あの様子だとまだ諦めてなさそうだが」

「そうなんですか?」

「諦めてないというか…わかってないというのが強いか。ま、明日以降やらせることに不満を垂らすとこまでは想像ついてる。どこまで耐え切れるかは知らん」

「え?どれだけ耐え切れるかって…そんなにキツイトレーニングするんですか?」

ある意味(・・・・)な。あいつには、キツイかも」

 

 言っていることは要領を得ない。だが今まで色々なトレーナーを見てきたカイムならどうにかしてくれるのだろうと、マネージャーは内心で結論付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジム仕事を終え、カイムは帰宅した。日が傾いてきたとはいえ、まだまだ暑く汗が滲む。鍵を開けて扉を開くと、どこからか笑い声が聞こえてくる。

 帰ってきたことを察したのか、シロナのルカリオが出迎えてきた。ルカリオはカイムを見ると手招きし、リビングの方へ歩いていく。ルカリオのあとについていくと、シロナとカルネが庭でポケモン達と遊んでいた。

 

「あ、カイム!おかえり!」

「おかえりなさいカイム君」

 

 ただ、その服装は通常のものではなかった。

 

「……何してんだ?」

「見てわからない?水遊び」

 

 二人は、水着を着ていたのだ。

 シロナは昨年海底遺跡を捜索した際に来ていた黒い水着にカトレアとお揃いのパレオ、カルネは白いチューブトップにパレオという出立ちだった。

 

「…いやそれはわかる。なんでんなことしてんだ?」

「暑かったし、日も落ちてきたから」

「十分な理由でしょ?」

「…………まるで意味がわからんぞ」

 

 遠い目をするカイムを見て、シロナとカルネは目を見合わせて笑った。何がおかしいのだか、と言うようにカイムは荷物を置いてウッドデッキに腰掛ける。

 

「それで?お仕事はどうだった?」

 

 シロナの問いかけに、カイムは顔を顰めながら頬杖をつく。

 

「…前途多難。大分頑固な奴で、すぐに軌道修正は難しいだろうな」

「ミツル君…だっけ。難しいんだ」

「かつての誰かを思い出すよ…嫌な話だ」

 

 むすっとした表情で愚痴るカイムの隣にシロナは腰掛ける。するとブラッキーがボールから出てきて、カルネの足元へと歩いていった。そしてカルネの足にすりすりと頭を擦り付ける。カルネはブラッキーを優しく抱き上げると、二人に歩み寄った。

 

「そんなに大変な子なの?」

「ええまあ…目標にしてる奴がいるみたいでして、そいつと同じようなバトルをすることに拘ってる。強さについても、随分と偏った考え方みたいでしてね。かなりできるようになってるからこそ、矯正すんのは骨が折れそうっす」

 

 ミツルの思考はかなり固まっている。ユウキに対して強烈な憧れがあるが故だろう。憧れることはいい。ただ、その憧れが強すぎるが故に色んなものを見失っている。それでは類稀なる才能を活かしきることができないだろう。それは、ジムリーダーとしては非常に不本意な結果。

 それになにより、かつての己に似ている。姉やダイゴに憧れ、同じように戦おうと努力し、そして諦めた。そんな己に似ていたからか、ミツルをどうにか軌道修正させたいと内心で考えていた。

 

「すっかり指導者ね。初めて会った時と大違い」

「代理含めりゃ、それなりにやってるんで」

「ふふ、そう。貴女のトレーナー、しっかり成長してるじゃない」

 

 ブラッキーはカルネに頭を撫でられ、気持ちよさそうに喉を鳴らしながら目の前にいるカイムに前足を伸ばす。そしてカイムの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「…なんだ、どした」

「カイム君のことを偉い偉いしてるのよ」

「ほっとけ…」

 

 呆れたようにため息を吐きながらも、カイムはブラッキーとカルネを止めることはしない。ポケモンに甘いカイムのことだ。嫌ではない以上、好きにさせようと考えているのだろう。

 楽しそうにするカルネとブラッキー、そして呆れながらもどことなく嬉しそうなカイム。そんな二人と一匹を見て、シロナも楽しそうに笑った。

 

(ブラッキーは本当に誰とも仲良くなれるわね。カイムの無表情と無愛想とは本当に真逆だわ)

 

 人懐っこいブラッキーは、あまり関わりの深くないカルネですらすぐに懐いた。シロナ同様、ポケモンのことを心から愛するカルネにはすぐに心を開いたし、カルネも懐かれるのが嬉しいためブラッキーに甘えられたら可愛がっている。その流れで、ブラッキーはカルネのポケモンとも仲良くなるのが一番早かったりもする。

 

「ほらほらカイム君。ブラッキーからよしよしされてどう?」

「ちょ、なんすか…ブラッキーも楽しそうにすんなって」

 

 抱っこされたブラッキーはぷにぷにとカイムの頬に前足を当て、カルネもそれを促進させるように体を近づけていく。肌が触れ合うほどの距離ではないが、一歩近寄れば抱きしめられるくらいの距離。

 そして、カイムのどことなく楽しそうな顔。自身のポケモンの肉球を頬に当てられて半ば遊ばれている状況だが、ポケモンが大好きなカイムは内心嬉しく思っていたりする。

 

 そんなカイムの内心を理解しているシロナは、『楽しそうだ』と思いつつも、もやっとしたものが胸中に宿る。

 カルネは友人であるし、心から信頼している。カトレア同様、心からの友人だと断言できる。寧ろ年齢のことを考えると、一番気心の知れた友人かもしれない。

 しかしそれはそれとして、今の状態は思うところがある。

 

(ちょっと近いんじゃない?今カルネさん水着でしょ?カイムもなに(ブラッキーに)デレデレしてるの?去年着たとはいえ、この水着の感想言ってくれてもいいんじゃない?あ、カイム今カルネさんの足見たでしょ!見るならこっち…じゃなくて!)

 

 様々な感情がごちゃごちゃと頭を過ぎる。しかしこんな幼い感情を表に出すことなどできない。

 理性と感情。笑顔に隠しながらも、その二つがシロナの頭の中で混ざり合う。せめぎ合う二つの心に、二人の声は頭を素通りしていく。

 

「おいシロナ。お前も…」

 

 さすがにそろそろどうにか止めようと、シロナに助けを求めてカイムはシロナに視線を向ける。

 

 次の瞬間、カイムはシロナの胸の中にいた。

 

「え」

「えっ」

「?????????」

 

 カルネはもちろん、抱き寄せたシロナも抱き寄せられたカイムも訳が分からなくなっていた。

 状況を理解したカルネはニヤリと冷やかすように笑い、その表情から状況を察したシロナは顔をみるみる赤く染めていく。

 そして抱き寄せられたカイムは、脳に叩きつけらた情報を処理しきることができず、フリーズしていた。

 

「あらあら〜?シロナちゃん、大胆じゃない」

「い、いやっこれは…えっと、その…違……くないけど、えっ、あ…」

「なーに?わたしとカイム君が楽しくしてるのに妬いちゃったの?」

「ち、違…いや、えっ?わ、私は、その…えっと」

「焦ってるシロナちゃん、かわいい〜」

「も、もう!カルネさんいじわる!」

 

 顔を真っ赤にしながらシロナはカルネに涙目で睨みつけてるが、カルネは全く気にした様子はない。寧ろ楽しそうにブラッキーと笑っている。

 シロナが涙目で言い返し、カルネは冷やかすように笑う。そんなやり取りをしている中、カイムはいまだにフリーズしていた。というより、脳が情報を完結させることを本能的に拒否していた。

 完全にフリーズしているカイムを他所に、未だなシロナはカイムの頭を抱き締めていた。それどころか羞恥の感情が心を占めているためか、より強く抱き締めてきていた。

 

「こんなに揶揄われているのに、カイム君のこと離さないのね」

「っ〜!」

「?!????!」

 

 さらに力が込められ、カイムの脳は完全にショートした。

 ずっとフリーズしたままのカイムに、シロナは助けを求めて目を向ける。

 

「カイムもなんとか言ってよ!……って、あれ?」

「あー…完全にフリーズしてる」

 

 脳が情報を処理することを本能的に拒否させた結果、カイムはほぼ意識がブラックアウトしてしまったのだった。

 そもそもカイムからしたら水着姿のシロナというだけでそれなりに刺激が強い。そんな状態で顔を抱きしめられたら、あまりの刺激の強さに脳がダウンすることも仕方ないのかもしれない。

 完全にフリーズしているカイムを見て呆れたのか、ガブリアスがシロナのトリトドンに何かを言うと、トリトドンはカイムの顔に『みずてっぽう』を放って無理矢理意識を覚醒させた。

 

「わっ」

「っ!」

 

 水により意識が覚醒し、水をかけられたことに驚いたシロナはカイムを解放する。解放された頭はシロナの太腿に落とされ、その衝撃で完全に意識は復活した。

 

「あ…?」

「だ、大丈夫?」

「ああ…多ぶ、ん」

 

 目を開いたカイムの視線の先には、水が滴りどことなく艶めかしい水着姿のシロナだった。

 再び脳がショートしそうになるが、気力で意識を保つ。むくりと起き上がったカイムは、自分のトリトドンを出した。

 

「トリトドン、みずのはどう」

 

 そして何故か自分に向けて『みずのはどう』を撃たせる。

 押し流されるカイムをシロナとカルネは目を丸くしながら見ていた。色々と意味不明なカイムの行動の理由はわからない。水に押し流されるカイムは変わらず無表情であるため、実にシュールな光景だった。

 押し流されずぶ濡れになったカイムは起き上がると、完全に悟ったような顔で水が滴る顔を腕で拭う。その仕草を見てシロナは内心でドキッとしていたのだが、それにカイムとカルネが気づくことはなかった。

 

「なにしてるのカイム君」

「…涼んだだけっす。お気になさらず」

「そう?それより濡れたままだと風邪ひくわ。着替えてきたらどうかしら」

「そうします」

 

 夏といえど実際濡れたままだと風邪を引きかねない。内心で何やってんだと自身に呆れながらカイムは濡れたパーカーを脱いだ。

 薄手のパーカーの下に着ていたのは、青いスポーツウェア。通気性が良く速乾性があるとはいえ、これだけ濡れれば乾くのにしばらくかかる。夏故に着ているウェアは当然半袖。顕になった鍛えられた腕に今度はシロナがドギマギしてしまう。

 普段からもっと無防備な姿を互いに見ているとはいえ、いつもと少し違うだけで意識してしまう自分にシロナは少し呆れた。確かに心の底から彼のことを愛していると断言できるが、既に付き合って一年、同棲を始めたのも数年前。関係性的にもこの程度で意識してしまうのはどうなのだろうと思うが、やはりそれはそれとしてシロナにとってはやや刺激の強い光景ではあったらしい。

 

「さすがにこのまま部屋入るわけにもいかねぇな…足だけは拭くか。シロナ、そこのタオル取ってくれ」

「えっ、あ、うん」

「あ?どうした」

「な、なんでもないわ。はい」

「…そうか。サンキュ」

 

 濡れたカイムをまじまじと見ていたことに疑問を思われたが、特に気にすることなくカイムはタオルで水気を最低限拭き取る。そしてポケモン達をフィールドに出した。

 

「わり。ちょいとシャワー浴びてくるからポケモン達見ててくれ」

「ええ。いってらっしゃい」

「すんませんカルネさん」

「気にしないで。面白かったわ」

「……どーも」

 

 そう言ってカイムは部屋に上がる。そして浴室へと向かおうとリビングを横切っていくが、リビングのドアに手をかけたところで振り返った。どうしたのだろうと二人が視線を向けると、カイムは少し照れくさそうに口を開く。

 

「シロナ」

「ん?」

「……似合ってる。綺麗だ」

「っ!あ、ありがとう」

「カルネさんも似合ってますよ」

「ふふ、ありがと」

 

 それだけ言ってカイムはリビングを出て行く。

 残された二人はカイムの後ろ姿を見送った。そしてカイムがいなくなったことを確認すると、カルネは楽しそうに笑いながらシロナの隣に腰を下ろす。

 

「良かったわね、シロナちゃん」

「……不意打ちはダメよ…」

「聞いた?綺麗だって!似合うとは私にも言ってたけど、綺麗はシロナちゃんにしか言わなかったわ!」

「………もう…普段は言わないくせに…」

 

 顔を真っ赤にしながらも、口角が明らかに緩む親友を見ながらカルネは笑う。こういった感情の露呈は、シロナにしては珍しい。

 他人からしたらただの甘いやり取りを見せられただけで、一銭の得にもなりはしない。比較的よく見せられるカトレアですら、このやり取りは茶化さないと過度な糖分にやられかねないのだが、カルネはそうならない。

 

「うん、二人のやり取りは見てて素敵ね」

「…なんかカルネさん、意地悪ね」

「うふふ、ごめんね。次のお仕事でちょっと参考にしたくて」

 

 そう言って水を飲むカルネは、ほとんど歳の変わらないはずなのに大人びて見えた。というより、今の自分が歳の割に子供っぽいだけかとしれないとシロナは思い始めた。

 だがそこでふと、カルネの言葉に違和感のある言葉に気づく。

 

「お仕事の、参考?」

「ええ。次のドラマの役でね」

「……ちなみにそれ…どんな役なの?」

 

 シロナの問いかけに、カルネはにまーっと笑いながら答える。

 

「そうねぇ…端的にいうと、今まで恋を知らなかったキャリアウーマンが、世話焼きの男性に甲斐甲斐しく世話を焼かれて知らず知らずのうちに恋に落ちるって役。原作付きのドラマよ」

「…………え?」

 

 どことなく聞き覚えのあるようなシチュエーションに、シロナは思わずカルネを見つめる。見つめられたカルネは、全く気にしていないような表情でシロナの目を見て笑った。

 

「今のシロナちゃんそっくりなのよ。ちょっとした仕草でドキドキしたり、揶揄われるとむくれたりするところとかね〜」

「そ、それで私のこと揶揄ってるの⁈」

「ん〜?どうかしらね〜」

「意地悪!」

 

 カルネの腕に抱かれていたブラッキーをひったくり、ブラッキーの後頭部に顔を埋めて真っ赤になった顔を隠した。

 そんな可愛らしい反応を示すシロナがとても愛らしく思えたカルネは、顔を埋められているブラッキーを優しく撫でる。撫でられたブラッキーは気持ちよさそうに、そして嬉しそうにごろごろと喉を鳴らした。

 

「あとでコーヒー淹れてくれたら、今はここまでにしてあげる」

「わかったわよ…もう」

 

 むすーっとしながら、シロナはカルネの申し出を受け入れる。そして嬉しそうに喉を鳴らすブラッキーを再び抱きしめた。

 

 

 

 一方カイムは、シャワーを浴びながら顔を赤くし悶えているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは?」

 

 夕食を済ませ、家事も全て済ませた後、テレビで何かを見ているカイムに、シロナは後ろから寄りかかるようにしながら声をかける。(カルネは入浴中)

 カイムは視線のみをシロナに向け、そのまま隣で真剣に映像を見るキリキザンの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「ミツル…ああ、ダイゴから頼まれた奴のバトルレコード」

「ああ、その子なのね。どう?」

 

 シロナの問いかけにカイムは重いため息を吐いた。

 

「見どころはある。今まで挑戦してきたトレーナーの中じゃ、頭ひとつ抜けてる。ちゃんと鍛えりゃ、四天王にも引けを取らん」

「そんなに?貴方がそんなに言うなんて珍しいじゃない」

「才能は相当だ。天才には届かないが…努力次第で天才にも張り合える。お前と似たタイプだ」

 

 そう口にするカイムの目はどことなく鋭い。何か理由があることを察したシロナは、キリキザンとは逆側に腰掛ける。

 

「何か思うところがあるのよね」

「ああ、まあな」

 

 カイムは一度言葉を切ると背もたれに寄りかかりながら答えた。

 

「こいつは、昔の俺だ。ま、才能のレベルはこいつの方がはるかに上だが」

「昔のカイム?」

「…天才に憧れ、天才と同じようにやろうとしてる奴だ」

 

 カイムがかつて姉のイサナやダイゴに憧れたように、ミツルもユウキに憧れた。そして同じようにバトルすることに拘り、固執している。

 

「そういうことね」

「昨日も言ったが、結局こいつの心を折ることが俺の役目だ。ただ、なまじ強いだけに俺よりタチが悪い」

 

 ミツルは正直強い。合わないやり方と固執した戦法のせいで色々とチグハグになっているものの、とある才能がそれを感じさせない強さを作り上げていた。

 だがそのせいで『今のやり方で強くなれる』と思い込んでしまっていた。憧れたユウキの戦法を真似しつつ、やりやすい戦法で一定のレベルに達したためそう思い込むのも仕方ない部分はあるだろうが、それではせっかくの素質が活かし切れない。

 

「強いには強いが…限界だな。これ以上は無理だろう」

「……確かに、合ってないわね。ポケモン達もさることながら、彼自身にも合わないやり方を無理矢理やってる感じがするわ」

 

 ミツルのバトルを見ながらシロナはカイムの言葉を肯定する。

 ただ、それでもなお強い。少なくとも、ジムチャレンジ程度なら間違いなく難なく突破するだろう。

 

「皮肉なもんだ。かつての己と同じ境遇の奴を指導するとはな」

「でもやる気よね」

「…いつも言ってる。運が良かった俺は、他の奴の力になりたい。ジムリーダーやってる理由は大半それだ」

 

 しかしカイムはそこで重々しく天井を見上げる。

 

「ただ…さすがに心折るのはちと気が引ける。なまじ強いからこそ、完全に折らないと俺の話は聞かん」

「だからジムトレーナー達とバトルさせたの?」

「ああ。今回は負けたが、うちのレベルならあと二回、いや…早けりゃ次には勝てる奴も出てくるだろうよ」

「で?完全に折った後はどうするの?」

「しばらく見させる(・・・・)。人の話聞く頭にさせた状態じゃないとどうもできん」

 

 今のところミツルはカイムに対して従順だが、内心ではまだ折れていない。今回カイムは勝つことができたが、カイムのジムリーダーという立場がまだミツルの心を保たせていた。今日話したことも頭には入っているだろうが、心には届いていない。強い意志と憧れ(嫉妬)が、カイムの言葉を阻んでいた。

 

「強さとは何か…それを考える頭になってもらわにゃ話にならん」

「強さとは何か、ね。貴方がそれを言うのは何か感慨深いものだわ」

「ミツルの中では、強さ=ユウキになってる。力の象徴…もとい目標があるのはいい。でも、それしか知らないのはだいぶ問題だ。バトルや自分の心と向き合わせることも考えにゃならんな」

 

 ミツルは才能がある。だが、ユウキのような天才ではない。決して天才の領域に踏み込むことは、彼ではできない。

 ではミツルはユウキに勝つことができないか、と言われたらそうではない。バトルでは、自身とポケモン、そして相手とどう向き合うかが重要となってくる。人もポケモンも、常に移ろいゆくもの。だからこそバトルの結果は毎回変わり、人々の心を惹きつけるのだろう。

 そして天才の領域にいる者…ダイゴやユウキ、レッド、ヒカリのようなトレーナーには天才のトレーナーしか敵わないかと言われたら、答えは否。

 シロナがそれを体現している。シロナは確かに才能に溢れたトレーナーだった。しかし、決して天才ではない。シロナがチャンピオンとして長年君臨しているのがその証拠である。自身とポケモン達に向き合い続け、全員で相手を向き合うことで己の強さと相手の強さを引き出す。それが一番自分とポケモンの強さを引き出せると知っているから。そして己の強さを完全に引き出したシロナは、天才の領域にいるダイゴやレッドにも引けを取らない強さを持っている。

 そんなシロナに鍛えられたカイムだからこそ、ミツルに対してどう鍛えればいいか道筋を立てることができた。そして何より、かつての己と同じような少年を放置することなどできなかった。

 

「話聞くようになったとしても、まだ先は長いだろうがな」

「そう?どうすればいいか教えようとは思わないのね」

「思わねえよ。答えを教えるのはそりゃ楽さ。だが、答えを教えるのが楽なのは指導者側だけだ。その分の負担は、教えられる側が背負うことになる。そんなのは指導者の怠慢他ならん」

「指導者の怠慢、か。手厳しいわね」

「こうなったのはどっかの誰かのせいだな。考えさせることに意味があるって教えた誰かが」

「ふーん、厳しい人ね」

 

 まるで他人事のように言うシロナだが、カイムをそう指導したのは他でもないシロナ。尤も、シロナは指導者の怠慢とまでは思っていない。考えさせることがカイムのためになるとは思っていたが、その負担が教えられる側の負担になるとまでは考えていない。この辺りはカイムがジムリーダーをやっていくことで得た指導者としての考えなのだろうとシロナは納得した。

 

「難しいわよね、人を指導するのって」

「ああ。一人一人、違う適性がある。俺ごときをここまで育てたシロナはすげえよ」

「カイム」

 

 シロナはカイムの顎に手を置いてぐっと自身に顔を向けさせた。

 何事かと驚愕に目を見開く。シロナの目は優しい光を宿しながらも、ほんの少しだけ怒りを含んでいた。

 

「また、自分を貶めてる」

「あ…悪い」

「癖みたいなものになってるわね。悪い傾向よ。ま、これでも良くなってきてる方だと思うけど」

 

 少しだけ不機嫌そうにシロナはカイムに寄り添う。長年の癖と自身への評価は多少マシになれど、たかが一年程度で完全に消すことはできない。

 

「貴方は貴方。私が、ポケモンが大好きな貴方よ」

「ああ。意識しておく」

「よし」

 

 シロナはそう言ってカイムを抱き寄せる。

 

「…またカルネさんにいじられるぞ」

「いーの。カルネさん、お風呂入ったばっかだから大丈夫。むしろ、いじられたからこうして癒してもらってるの」

「そうかい。好きにしろ」

 

 ここ数日、カルネがいるため、こうした接触は控えていた(無意識にやってることはあったが)。そして度重なるカルネからの弄り。それらを癒すためにも、シロナはこうしてカイムのことを抱きしめることでメンタルを回復していた。

 そしてカイムはカイムで、顔には出さないもののこうされることは嬉しいため、されるがままになっていた。

 隣にいるキリキザンは『またやってるよ』と言わんばかりのため息を吐く。新入りである彼も、カイムの手持ちに加わってしばらく経つ。この二人は基本的に常識的かつ、理知的な会話が多い。そんなところを尊敬しているのだが、カップルとしてはどうにも糖度が高すぎる。ベタベタするのはいいが、もう少しどうにかならないものかと思う。先輩ポケモン達はこんな高い糖度のやり取りをずっと見ていたのかと思うと、あの遠い目になるのも頷ける。

 

 隣でキリキザンがそんな遠い目をしていることに気づくことなく、カイムもシロナに身を委ねた。

 

(…落ち着く)

 

 ミツルのことは色々と考えつつ、慎重にやらねばならない。そのため、精神的負担もあった。普段の業務に加えてこれだ。疲労もこれから溜まっていくだろう。癒せる時に、癒しておきたかった。

 

「ね」

「ん?」

「好きよ、カイム。全部が、好き」

「…ああ、俺も…俺を見つけてくれたお前の全てを愛してる」

「嬉しい」

 

 互いの心音に安心しながら、どちらからともなく二人は口付けを交わし、目を閉じる。そのまま意識は少しずつ微睡に落ちていった。

 

 

 

 

 そしてその光景を入浴から上がったカルネに見られ、夜のガールズトークでシロナがいじられたのはまた別の話。

 

 

 

 




ミツル君でした



美人にくっつかれて内心帰りたい気持ちでいっぱいなのに無表情が祟って受け入れられていると勘違いされてぐいぐい来られて、そこをシロナさんに見られてあとで黒い笑顔で説教されるカイムが見たい。



Q.何故毎度のことこんなにイチャつくんですか?
A.「違うんです。ここまでデロデロにする気はなかったんです。ただ気づいたらこうなっていたんです。お願いです、信じてください」と作者はもうしております。



シロナ
無意識嫉妬でカイムもろともだいばくはつ。

カイム
巻き添え食らった。ミツルのことで若干頭を悩ませてる。

ミツル
スグリ君亜種。スグリのように主人公(ユウキ)に憧れ、ある意味スグリ以上の闇堕ちを原作で見せた悲しき少年。色々と思考に偏りがあり、カイムに折られてなお、ユウキのようにバトルすることを諦めきれていないあたり、頑固さはピカイチかも。

カルネ
砂糖耐性があってもコーヒーは欲しくなる。

作者
「抱けー!結婚しろー!」の精神で砂糖漬けの話を書き続けた結果、砂糖にやられて命を削り始めた。早く結婚させないと作者の命が危うい。過度な糖分が作者の命を蝕み始めている。


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