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47話
早朝、シロナ宅にあるフィールドから拳を撃ち合うような音が響く。
上はスポーツウェア、下は道着という出立ちの青年と、一匹のポケモンが拳を交わしていた。
「はっ!」
音の正体は、カイムとバシャーモの組み手の音だった。
バシャーモの裏拳を膝で止め、掌底を放つ。バシャーモは見てから掌底を回避すると、上段蹴りをカウンターの要領で出した。カイムはギリギリでのけぞるようにして回避し、バシャーモの足を掴んで投げ飛ばすが、バシャーモは投げ飛ばされながらも空中で体勢を立て直し、即座に構え直す。構え直したバシャーモの目の前には、カイムの足。反射でバシャーモは拳をぶつけることで弾いた。
「ふっ」
弾かれた勢いを利用して、さらに回し蹴りを放つ。バシャーモも同じように回し蹴りで応じ、足がぶつかり合った。
「…やるな」
バシャーモは嬉しそうに雄叫びを上げる。そんなバシャーモを見てカイムは小さく息を吐くと、構えを解いた。
「体術レベルが格段に上がってる。先読みがうまくなってきたし、カウンターのタイミングもいい。あとは、防御と攻撃の切り替えのラグをどこまで減らせるかだな」
汗を腕で拭うと、ちょうどそのタイミングでシロナとカルネが庭に顔を出す。二人とも既に着替えを終え、外出も可能な状態だった。
「カイム、おはよう!朝から精が出るわね」
「ああ、おはよう。どっか出かけるのか?」
「ええ。今日はシロナちゃんとミオシティ観光よ」
「もし時間があれば、ミオジム寄るつもりだから」
「了解。朝飯は?」
カイムの問いかけに、二人は面白そうに笑う。
「私たちの分まで用意しておいてくれてるじゃない。ちゃんと食べていくわよ」
「そうよ。毎日ありがとうね、カイム君」
二人の言葉にカイムは肩を竦める。実際、二人がどうしようとすぐに出られるよう既に用意していた。
「みんなで食べましょ。カイム、ポケモン達は見ておくから着替えてきて」
「助かる」
カイムは出ているバシャーモと、ウッドデッキでうとうとしながらカイムとバシャーモの組み手を見ていたブラッキーを含めた自身の全ポケモンをシロナに託し、汗を拭きながら自室へと戻っていった。
「さ、みんなの食事を用意しましょ」
「ええ。カイムお手製のフードをね」
シロナとカルネは楽しそうに、ポケモン達の食事を用意しにいくのだった。
*
ミツルは昨日同様、ミオジムに訪れた。
昨日はジムリーダーであるカイムに敗れてしまったが、得られるものはあった。カイムに言われたように具体的な反省を行い、改善策を用意した。これならば、きっと次は勝てるだろうという確信を胸に、ジムに足を運んだ。カイムから少し遅めに来るように伝えられていたため、定刻通りジムに訪れる。
「カイムさん!おはようございます!」
「ああ、来たか」
「はい!カイムさんに言われたように、具体的な反省もして、改善策も用意しました。だから…」
自信に満ちた声を上げるミツルに、カイムは目を向ける。その目に宿る光に、感情はない。だがミツルはその光に気づくことはなかった。
「お前、その反省…」
「はい。バトルレコードを見直して、どうするのがいいか具体的に…」
「
「…え?」
カイムの問いかけに、ミツルは首を傾げる。当たり前のことを聞いてくるカイムに、どういう意図があるのかと聞き返した。
「どう言う意味ですか?」
「…………いや、いい。で?どうしたいんだ」
カイムは内心で『やっぱりか』とため息を吐きながらもミツルの望みを聞く。明らかになんでもないとは思えない様子だが、早く強くなりたいミツルは話を進めた。
「またボクとバトルしてください!昨日の反省を活かして、今度はカイムさんに勝ってみせます!」
「…そうか。いいだろう」
「お願いします!」
気合いを入れるミツルだが、カイムのテンションは普段と変わらず凪いでいた。覚悟を決めていたため気乗りはしないものの、バトルすることに抵抗はない。例え、ミツルに恨まれることになろうとも。
なぜなら、これからミツルの心を完全に折ることになるのだから。
「はっ、はっ、はっ」
息切れしながら、ミツルは表情を歪める。
(どうして…!昨日のバトルでしっかり対策は考えてきたのに…全部通じないなんて⁈)
昨日、じっくりレコードを見た。その上で対策を考えてきた。
だというのに、その対策は全く通じない。相手のポケモンが変わっていることも想定して、対策を講じてきた。多少空振ることは想定していたが、ここまで通じないことは想定外だった。
(前回のバトルの反省点は把握してる!カイムさんのパターンも理解しているのに、全部裏をかかれる!ボクが対策してきたものを全部読まれてるなんて…!)
カイムだけでなく、見られた限りのポケモンのデータも見てきた。対策も講じてきた上で、今回のバトルに臨んだ。
しかし、何も通じない。前回と違うポケモンを使い、カイムのポケモンによりうまく対応できるポケモンの組み合わせを構築したつもりだった。なのに、一方的に近い形でやられている。ミツルにとっては全てが想定外で、メンタルがボロボロになってしまう。
「ロズレイド、ヘドロばくだん!」
「ブラッキー、ふいうち」
粗い攻めの隙を狙われ、ブラッキーの『ふいうち』が突き刺さる。物理防御が薄いロズレイドはこの一撃でダウンしてしまった。
「ロズレイド!」
「2-0…いや、ブラッキーも瀕死に近いし、1.5-0か?まあ、こんなもんだろ」
昨日と比較して、余裕のある声にミツルはゆっくりと顔を上げる。ミツルはカイムのいつもと変わらない無表情に、少しだけ怯えてしまう。
「お疲れ。で?どうだった?」
「…全然、対策が通じませんでした…ちゃんと見てきたのに…どうして…」
「昨日と同じことするわけねーだろ。ポケモンも変えたし、バトルの進め方も昨日と全然違うからな」
ポケモンによってできることを増やす。これはトレーナーとして必要なことではあるが、案外できているトレーナーは少ない。ジムリーダーレベルのトレーナーならばできていることではあるが、トレーナー歴の短いミツルができていないのは仕方ない。
「できることはなんでも使う。当たり前に聞こえるかもしれんが、案外できないもんよな」
「……こんなんじゃ、ボクはユウキさんみたいになれない。まだまだ足りないんだ…ユウキさんならこんな時……カイムさん!もう一度、お願いします!」
「………お前なぁ」
呆れたようにカイムはため息を吐く。嫌そうに頭をがしがしとかきながら、カイムは足元ですりすりと頭を擦り付けていたブラッキーを抱き上げた。
「なんで負けたか、わかってんの?」
「…具体的な反省はできてません…でも、ボクは強くなるためにもっとバトルしなきゃいけないんです!」
「へえ?強くなるために?」
「はい!カイムさんも、そのつもりで今日ボクを呼んだんですよね?」
「否定はせん」
実際、ミツルの指導が今のカイムの役目。強くする、という意味では間違っていない。
「ならボクと…」
「いや、いいや」
「えっ⁈」
「今のお前とバトルしても、八〜九割程度の確率で俺が勝つからやる意味ねえよ。ジムトレーナー相手ならいいバトルになるかもな」
唐突な言葉にミツルは目を見開く。
ジムリーダーであるカイムに負けるのはわかる。ジムリーダーでは下位の方とはいえ、カイムの実力は一般トレーナーと比較したら高い。そんなカイムに負けることはまだ理解できる。
しかし、ジムトレーナーに負けるかと言われたらそうは思えない。ジムトレーナーは確かに一定以上の実力を有するが、ジムリーダーと比較したらやや見劣りする。組み合わせや運次第ではリーグ本戦に出場することも可能だろうが、ミツルの自力ならばそうそう負けることはないだろう。
「…ボクが、ジムトレーナーに負けると言いたいんですか?」
「ああ」
「なっ!」
「つっても、お前は納得しねえだろ。論より証拠。うちの連中とやってみろ」
カイムはごろごろと喉を鳴らしながら頭にへばりつくブラッキーをスルーしながらカイムは言う。そのままベンチに腰掛けると、何人かジムトレーナーを呼んできた。
呼ばれてきたトレーナーは、昨日ミツルがバトルしたトレーナーもいるが、今日初めてみたトレーナーもいる。確かに全員強い。しかし、カイムやリーグ予選で戦ったトレーナーと比較したら、やはり見劣りする。とても自分が勝てない相手だとは思えなかった。
「この5人とバトルしろ。勝率八割を超えたら、お前の頼み通りまたバトルしてやる」
「本当、ですね?」
「ああ。信用できんなら契約書でも書くか?」
感情の篭らない瞳を向けられ、ミツルはビクッと体を震わせる。無表情に淡々とした声、感情の篭らない瞳のカイムが何を考えているかわからない。何故ダイゴが自分を託したのか。その理由は未だ見えないが、決して不誠実な人ではないことはわかる。それはジムトレーナーとの会話からも見てとれた。故に、カイムの申し出に首を振る。
「大丈夫です。八割…四人勝てばいいんですね」
「五連戦になる。ちゃんとバトルの合間で休息は取れ。いいな」
「いえ、ボクは…」
「休まねえならやらせねえぞ」
「……わかりましたよ」
大丈夫だと言ってるのに過保護な人だ、と内心で呟きながらミツルはフィールドに向かう。
それを見届けたカイムは、一人のトレーナーをミツルの相手に指名した。指名されたトレーナーは頷いて、フィールドに向かう。
二人がモンスターボールを構えるのを、カイムは変わらず無表情で眺めており、そんなカイムを横目に映しながらジムトレーナーは今朝のことを思い出していた。
***
朝
早めにジムに来たカイムは、予め呼んでおいたジムトレーナー達に簡易的ではあるが指導を行っていた。今日来ているトレーナーは、昨日ミツルとバトルしたトレーナーに加え、ミオジムの中でも腕が立つトレーナーを呼んでいる。
わざわざ昨日のトレーナーと腕が立つトレーナーを呼んだのには無論理由がある。今日はジムチャレンジの予定はない。飛び入りはあるかもしれないが、今日やるメインはミツルとなっていた。
そして一通り指導を終えたカイムは、気怠そうにタブレットをぷらぷら揺らしながら言う。
「と、まあ…こんな感じで頼むわ」
指導を受け、ジムで使うタブレットを見ながらトレーナー達はやや困惑していた。それもそうだろう。カイムから受けた指導は、目的がはっきりしていると同時に、あまりにも悪趣味なものだったからだ。
「あの…カイムさん」
「はいどーぞ」
「そんな気怠そうに反応しないでくださいよ。そんなことより…この指導ってもしかして
「ああ。データ見ての通りだな」
「……非常に有効な対策だと思います。まあ対策と言っていいのかは分かりませんけど…でも、どうしてぼくたちにこの指導を?」
カイムがジムトレーナー達にした指導は、端的に言えばミツル対策。それも非常に有用な対策だろう。いや、対策というより弱点の露見と言う方が正しいかもしれない。
ただそれを何故カイムがジムトレーナー達にしたのか。その理由をトレーナー達はわかっていなかった。だからこうしてカイムに問いかけたが、当のカイムは腕を組んで答える。
「話を通した通り、俺は
「それはわかります。でも、
「だろうな」
「じゃあ…」
「折るためにやるんだよ」
カイムの回答に、ジムトレーナー達は目を見開く。
カイムは普段、無表情で若干口が悪い。しかし、心優しく、ちゃんとトレーナーにもポケモンにも配慮した行動をしている。そんなカイムがこれからのバトル業界を担うであろう若いトレーナーの心を折ると言った。
何を血迷ったのかと、ジムトレーナー達は驚愕するが、カイムはメタグロスに寄りかかりながらジムトレーナー達の疑問に答えた。
「さっき教えた通り、今ミツルは致命的な弱点がある。あいつ自身の腕がいいせいで、思っているより手こずると思うが…一度負けまくって今のあいつを否定しなきゃならん。そのためにも、完全に折る。そうしなきゃ、無駄に意固地になってるあいつは誰の話も聞かねえよ」
正確には一人いるだろうが、と内心で付け加えながらカイムはタブレットをいじる。
そんなカイムの様子に、ジムトレーナー達は困惑したように目を見合わせた。カイムが指導者として優秀であることはわかる。実際、ジムトレーナー達はカイムの指導によって皆ワンランク上の実力になっている。適性を見極め、うまく言語化した上で『考えさせる』指導をするカイムがそう言うならそうなのだろうが、それはそれとして、まだトレーナー歴二年程度の少年の心を折るというのは、どうしても気が引ける。そこまでする必要があるのか、と考えてしまう。
「俺があいつのことボコったところで、完全に折れてはくれねえ。ジムリーダーは、なんだかんだトレーナーとしてはかなり上にカテゴライズされる。実際の実力はともかく、そういう肩書きを持った俺に負けたとしても『強い人だから』っていう理由がギリギリ心の支えになっちまう。だがそういう肩書きのないトレーナーに負け続ければ…心は折れる」
あまりにも性格の悪いやり方ではある。しかも相手が少年ということを考えると、どうにも気が引けてしまう。まだトレーナー歴二年目の少年にやる所業なのか、と。
しかし、同時に『ミツルを強くする』という意味では、効果的であることも否めない。今のミツルが何かに固執していることは、昨日バトルしたトレーナーなら理解できる。そのために、今の彼を否定しなければならない。
「……はあ、わかりましたよ。正直全く気乗りはしませんけどね」
「だろうな。俺もだ」
「ウッキウキでやられても困ります」
「はっ、悪どいツラして楽しみながらやった方が良かったか?」
「その方が似合いますよ」
「おいコラ」
カイムのツッコミに、トレーナー達は笑うのだった。
***
絶望した顔で膝をつく。
嫌な汗が止まらず、呼吸が荒い。
「そ、そんな…」
結果は、まさかの全敗。想定していなかった結果を前に、目の前が真っ暗になる。
決して手は抜いていない。だというのに、ジムトレーナー達相手に負けた。惨敗というわけではなく、それなりにいいバトルにはなっていたというのに最後の最後に詰められてしまった。
「ど、どうして…こんな…」
絶望して項垂れるミツルの視界に、影が映る。視線を上げると、相変わらず無表情のカイムがいた。
「どうだ?」
「…どう、とは…?」
「今の自分が間違いだって、理解できたか?」
「ま、違い?」
「うちのジムトレーナーは、まあ比較的レベル高い。勝率100は…まあ四天王以上じゃないときついだろう。だが単純な
カイムはミツルの横を通り過ぎ、近くにあったベンチに腰掛ける。頭には相変わらずブラッキーがへばりついており、うとうとしていた。
そんなふざけた姿をしているカイムだが、少なくとも本人は大真面目だった。真剣な表情で問いかけられてきた言葉を、ミツルは考える。
「……わかり、ません。ボクが弱かったことだけは、わかります」
だが、答えはわからなかった。ポケモンのレベルはやや上だが、戦術で負けていた、ということだけはわかる。少なくともミツルの中ではそれしかわからなかった。
「そうかい。じゃ、まずそっからだな」
「え?」
「地力では若干お前が上。そうなると、戦術で負けた。それが全員だ。そうなると…何が原因だと思う?」
試すような口ぶりと視線。自身が試されていることに気づいたミツルは頭を回すと、すぐに答えは出た。
「…ボクの対策を、済ませていた?」
その答えを聞いて、カイムはほんの僅かに目を細める。
「どんな対策だと思う」
「えっと……う、ん…ボクの戦法や癖に、有効な手段を…立てて、きたとか…」
「……ふむ、60点」
カイムは立ち上がり、ミツルの目の前まで歩いていく。
ミツルに向けられた青い瞳。そこから放たれる光は相変わらず感情がこもっていないが、どことなく優しい。頭の上でブラッキーが眠そうにしながらごろごろと喉を鳴らしていたが、これにツッコんだ方がいいのか未だにミツルは迷っていた。
ただそれはそれとして、60点扱いされたことの理由が気になる。まずはそちらだ、と聞き返す。
「どのあたりが、足りなかったんですか?」
「確かに、俺はお前の
「それがわかるなら…苦労しませんよ」
「だろうな。だが俺はそれを直で教えてしまったら
「…は?」
「ティーチングとコーチングってやつだ」
ティーチングとコーチング。ティーチングは直接答えを与えて指導する方法であり、コーチングは道筋は示すが答えは与えず、考えさせる指導方法。無論必要なところはカイムも答えは与えるが、これに関しては教えてはならないと考えていた。
「俺がうちの連中に教えたのは、お前の最大の弱点だ。ちょっとデータ読み込める奴なら、誰でも気づく。これに気づかなければ、お前はここが限界だ」
「っ!」
「そのために、まずははっきりさせにゃならんことがある」
カイムは鋭い眼光を向けながら、口を開いた。
「お前は強くなりたいのか?それとも、ユウキのように闘いたいのか?」
「……?」
「この言葉の意味を理解しろ。でないと、お前にバトルを教えることはできん」
「い、いや、どういう意味なんですか⁈それくらい教えてくれないと…」
「これはお前が考え、答えを出さにゃならんことだ。だから教えられん」
カイムは一度言葉を切ると、トレーニングを始めたトレーナー達に目を向けながら腕を組む。ブラッキーは相変わらずうとうとしていた。
「とはいえ、さすがに今のまま考えさせるのは時間がかかりすぎる。だから最低限、お前が答えを出すのにやることは教えよう」
「ぼ、ボクは何をすればいいんですか⁈」
強くなるためにやること。それがようやく教えられるということに、ミツルの心は喜びに震えた。
だがそんなミツルを見て、カイムは小さくため息を吐く。
「…一応言っておくが、優しく指導はできん。どんなことでもやると決心できたら言ってくれ」
「ボクはなんでもやります!どんな厳しいトレーニングでも、強くなれるなら!」
「……そうか」
ミツルはやや気が重そうなカイムの言葉を待つ。そして数秒後、カイムの口から出てきた言葉に、ミツルは目を見開いた。
「じゃあ、うちの連中や俺がバトルするのをしばらく見学な」
「………は?」
「あ?だから見学してろって言ったんだ。ジムチャレンジのバトルも含めて俺らがバトルしてるのを見るのがお前のやることだ」
「い、いや、意味わからないですよ!なんで見学なんですか⁈ジムチャレンジレベルのバトルなんて…今更見る必要なんてないじゃないですか!」
「言葉をそのまんまの意味で受け取るな。問題は、言葉にどういった真意があるのかを考えることだ」
「え、は…?」
「ま、文句があるならやらんでいい。そのまま帰ってもらって、俺は一向に構わん。好きにしろ」
ミツルは興味なさそうに言うカイムに、少し怒りを感じる。
しかし、こちらは頼んでいる立場。それに最初に『気に食わないならやめてもらっていい』と言われている以上、あまり食い下がることもできない。
正直、全くやる意味はわからない。今更やるようなことではないと思うし、時間の無駄ではないかとも考えた。だがダイゴがカイムのことは信用できると言っていた。他に頼れる存在もいないため、ミツルはとりあえずやることを決心した。
「…わかり、ました。やります」
「ん。じゃあ、好きなところで見てろ。ああ、見返したいデータがあればこのタブレットから落とせる。好きに使え」
カイムはミツルにタブレットを渡すと、頭にブラッキーをへばりつかせたままジムトレーナー達のもとへ歩いていく。
タブレットを渡されたミツルは大きくため息を吐き、フィールドの観戦席へと歩いていった。
観戦席へと歩いていくミツルと、ブラッキーを頭にへばりつかせながらジムトレーナー達と共にトレーニングへと向かうカイムを二人の影が見ていた。
「なるほど…そうするのね」
二人の影の一人…シロナはカイムを見ながらそう呟いた。そんなシロナにもう一人…カルネは問いかける。二人は観光の際にミオジム付近に訪れたため、ついでにカイムのことを覗きにきていた。
そしてカイムの指導を見て、カルネは心配そうに問いかけた。
「シロナちゃん。いいの、あれ」
「うーん、そうねぇ…」
カイムの指導方法の意図を二人はなんとなく理解していた。その意図がわかるからこそ、『いいの?』と問いかける。
シロナとしても、カイムの指導方法が有効であることは理解できる。できるが…シロナがこの指導をするかと言われたら、恐らくしない。というかそもそも思いつかないだろう。
「正直、相当しんどいとは思うわ。彼…ミツル君と言ったかしら。彼が答えまで辿り着くまで耐えられるかは、わからないわね」
「そうね。必要とはいえ、見てるだけなんて…」
あそこまでやる気に満ち溢れた少年に、『何もしないで見てろ』とだけ言って見学のみ。かなり酷なやり方だとは思うが、シロナとしては有効なのも理解できる。
「有効とはいえ…厳しいわねぇ」
「カイム君の師匠が厳しかったんじゃない?」
「否定はしないけど、ああいう厳しさじゃないわよ」
少なくとも、シロナの厳しさは『手を引いて導く』厳しさだった。だがカイムの厳しさは『自分で歩かせる』厳しさだ。シロナとは違う厳しさだが、カイムの方がかなり心に
「今は、私たちが介入しない方が良さそうね」
「声かけなくていいの?」
「カイムがやることだもの。任せて大丈夫よ」
「信頼が深いわね」
「大切な
そう言ってシロナは踵を返してジムを後にし、カルネもそれに続いた。
非常に厳しいとは思うが、少なくとも有効ではある。何より、カイムが考えた末にとった指導だ。確実に有効であるため、あとはミツルの精神力のみ。シロナができることは何もない以上、二人を信じるしかない。
相変わらず平然と惚気てくるシロナにやや呆れつつ、カルネもそれに続くのだった。
*
「随分と厳しくしてるみたいね」
夕食を終え、食後にカイムお手製のティラミスを食べている最中にシロナはそう言った。
一瞬何のことかわからなかったカイムは固まるが、すぐに何のことかに気づいてティラミスを飲み込んだ。
「ああ、見に来たのか」
「ええ。シロナちゃんと一緒にミオシティ観光してる時に近くを通ってね。その時にちょっとだけ寄ったの」
「声かけてくれりゃ対応しましたよ」
「取り込み中だったから、悪いかなって」
「大したことはしてませんよ」
実際、通常業務以外は大したことはしていない。ミツルへは見学をさせていただけで特に負担はなかった。故に、あそこで入ってこられたとしても特別問題はなかっただろう。
「ミツル君には、見学させてるのね」
「ああ。まずあいつには、強さへの固定観念を捨ててもらわないとならん。あとは…あいつの憧れとの向き合い方も必要か」
「憧れ…ね」
ミツルは、彼の友人であるユウキへ強い憧れを持っている。ダイゴの話だが、ユウキはミツルが旅に出るきっかけだったとか。旅の中でも何度かバトルしており、初のリーグ出場までは勝てた時もあったらしい。そしてリーグ本戦以来…一度も勝ててない。元々憧れていたらしいが、その事実がより憧れの心を強くしたのだろう。
「憧れか…目標は、努力する心の支えになる。でも強すぎる想いは、人の目を曇らせてしまうものね」
「その通りです。ミツルは多分、普段は冷静なんだと思います。でもバトルのことになると、ユウキのようにバトルすることに拘り、それが強さだと誤認してる。あの場合、寧ろそれしか強さを知らない、というのが近いかもしんないっすね」
「強さの誤認…ああ、それで見学か。なるほど、的確だけど…随分と性格の悪いやり方ね」
「否定はしません。でも、これが一番効くと俺は思ってます」
ミツルが一番重症な意識…それは『強さの概念』だった。それがバトルにも現れており、大きな弱点となっていた。
これを治すためには、まずそこを気づかせる必要がある。それは、自分で気づかなければならないとカイムは考えていた。
「強さとは何か…難しいわね。ちゃんと言語化するとなると、難易度は高いわ」
「あいつは、言語化しないと先には進めん。そういうタイプだ」
寧ろミツルは敢えて言語化を避けているようにすら見える。今の彼になるまで色々あったのだろうが、そこをどうにかしないと彼は次に進めない。
「あんなやる気のある子に見学だけなんて…人の心とかないの?」
「やかましい」
「本当よ。あんな年若い少年の心を折ろうなんて…とても人の所業じゃないわ…」
「カルネさんまで…必要なことなんすよ」
「効率しか考えないなんて酷い人だと思わない?カルネさん」
「全くよ。酷いことするわ」
「え?なんで俺急にディスられてんの?」
急に始まった弄りにげんなりしつつ、食べ終わったティラミスの皿を下げる。そこに食事を終えたルカリオとバシャーモが歩み寄ってきた。そのままカイムとポケモン達は洗い物を始めた。
「それにしても…カイム君、お菓子作りまでできるのね」
今カルネが食べているティラミスはカイムのお手製。以前聞いた話では、お菓子作りまではしていなかったはずだが、まさかここまでのクオリティでスイーツを作れるとは想定していなかった。
「ああ…前に作る機会があって。それから少しやるようになりました」
「前に?」
「……
以前、シロナの誕生日でカトレアが訪れた際、お茶菓子としてタルトを作った。それ以来、休日にシロナと過ごす時など、時間に余裕がある時などに作っている。
元々ポフィンやポロックを作ることができたカイムからすれば、大した変化では無い。ポケモン用に作っていたお菓子を人間向けにした程度だ。
「そうだったのね。このティラミス、とっても美味しいわ。盛り付けも綺麗だし…もしかしていつかお店でも開くつもり?」
「んなわけないでしょ…」
「あら、売れそうなのに」
カルネの言葉にカイムは肩を竦める。
似たようなこと、というわけではないが、居酒屋で料理を出していたこともある。とはいえ、わざわざ話すようなことではないため、口にはしないが。
「そらどーも」
「ふふ、なんだかんだで料理好きだもんねカイム」
「…さてね」
昔から料理は『別に好きというわけではない』と言っていた。その想いは今も変わっていない。
ただ、元々ポケモンに食事を作ることは好きだった。バシャーモはなんでも食べるが、ブラッキーは味にうるさい。食べないわけじゃないが、顔に出る。そのため、ブラッキー(当時はイーブイ)が満足するような食事を出そうと苦心したことは、今となってはいい思い出だ。今も料理を続けているのは、その延長だった。そしてポケモン以外にも、料理を喜んでくれる存在が増えたからだろう。
そうこうしているうちに、カイムは洗い物を終える。洗った食器を棚に戻すと、バシャーモとルカリオの頭を撫でた。
「じゃ、風呂いれてきます。食い終わった皿は下げておいてください」
「ありがとう、カイム」
「ごゆっくり」
カイムはそれだけ言ってキッチンから出て行った。
シロナはティラミスを口に運びながら、カイムの背中を見送る。その背中はどことなく、色々と抱えているように見えた。
「難儀な性格ね、彼」
カルネの言葉にシロナは苦笑しながらフォークを置く。
確かに、難儀な性格ではある。素直ではなく、己のやるべきことに愚直。そして、口下手で不器用。難儀と言うほかないだろう。ミツルのことで色々と思うところがある故に、考え込んでいるようだった。
「多分、昔の自分に似てるから思うところがあるみたい。自分にできることを、精一杯彼にしてあげたい。でも…やりすぎても彼のためにならない。加減が難しいから色々考えているのよ」
「考えすぎないといいけど」
「そうね。私にも、多分できることはあるわ」
カイムの話を聞いている限り、ミツルの心はかなり頑なだった。カイムのやり方は有効だし、必要なことだ。だがミツルの心が保つかどうかと言われれば、また別。カイムもそれは考慮しているだろうが、カイムだけの言葉ではミツルをどこまで導けるかはわからない。
「弟子がいる人の言うことは、説得力が違うわね」
「カルネさんは弟子を取ろうとは思わないの?」
「二人ほど相性のいい弟子に巡り会える気はしないわねぇ…」
カルネ自身、チャンピオンと女優という二足草鞋を履いている以上、相当忙しい。女優の方はマネージャーのおかげで負担は減っているものの、チャンピオンの方はカルネ自身でどうにかしなければならない。弟子を取るのも不可能ではないが、シロナほどしっかりとした指導をできる自信はなかった。
「教えるのは、教わる以上に根気が必要だしね。当時の私も、結構苦労したけど…カイム自身がチャンピオンとしても学者としてもサポートしてくれたからできたことだし」
「二人は運命だったってことね」
「……まぁ、ある意味運命的な出会いはしてるけど」
カイムが所属していた研究室の教授とたまたま知り合いだった、公演後にカイムが課題をやっていた、研究室の教授が不在だった、カイムがポケモンに対して深い愛情をもっていた、などなど…様々な偶然が重なった結果。運命的な出会いと言っても差し支えないだろう。
「きっと、本当に運命だったのよ」
「…かもね」
そう言ってシロナはティラミスの最後の一口を口にいれるのだった。
*
あれから二日。
ミツルは本当に見学しかさせてもらえなかった。
時折カイムが調子を聞いてくるが、見ているだけなので調子も何も無い。一日の最後にジムトレーナーがバトルしてくれるが、相変わらず勝つことはできない。そして、カイムに言われた『強くなりたいのか、ユウキのように戦いたいのか』という言葉の意味もわかっていない。
端的に言えば、停滞していた。
「はあ…」
そして今日も、無為に一日が終わった。
どれだけ見ようとも、ユウキに近づける手がかりはない。そもそもユウキよりも実力が低い者のバトルだ。手がかりなどあるはずもないだろう。
(どうしてカイムさんは…あんな意味わからないことをボクに言ったんだろう)
ミツルの認識では、強くなることとユウキのようにバトルすることは同じだった。あの天才のバトルなのだ。それが最適解以外の何者でもないはずだと、考えていた。
強い人が辿り着く先は同じ。そう考えているのだ。
「調子はどうだ」
そして歩み寄ってきたカイムが調子を聞いてきた。
相変わらずなにも見つけられないミツルはため息を吐きながら答える。
「変わりませんよ。何も…変わらない」
「ふむ、今日は何を見ていたか教えてみろ」
「……戦術についてみてましたけど。別に特筆するものはなかった」
「へえ」
カイムはミツルのノートに目を向ける。手渡してもらい、ノートに目を通した。
(へえ…結構細かく見てるな。メモ書きとしては十分すぎるレベルだ)
想定したよりも、ミツルのメモ書きは細かく書かれていた。誰かを起点に『リフレクター』を貼って、『めいそう』を積んでいくやり方や、『こだわりハチマキ』を持たせたポケモンによる物理技のゴリ押し、耐久性の高いポケモンで相手を疲弊させてからしとめるやり方…思っていた以上に細かい。
(…つか、これだけ見てても
内心でカイムが辟易としている中、ミツルは口を開いた。
「カイムさん…前に言われたこと、考えてみました」
「そうか。で?答えは?」
「何が違うのかわかりませんけど…ボクは強くなりたい。リーグ本戦まではあったあの…突き抜けるような感覚。あの感覚を持って戦えるようになりたいです」
リーグ本戦出場時にまではあった、突き抜けるような感覚。あの感覚を自分のものにすることができれば、ユウキにも届くのではないかと思うほどだった。今のところミツルは、強くなることとユウキのように戦うことの違いを理解していないが、敢えて選ぶなら強くなることだと考えた。
「…強くなることを選ぶか」
「この質問に、なんの意味があるんですか?」
「お前の意思確認さ」
カイムはノートをミツルに返すと立ち上がり、観戦席を降りていく。
「お前がユウキのように戦うことを選んでいたら、そこで終わりにするつもりだった。良かったよ」
「…いや、違いなんてないんじゃ…」
「お前、そのノートに何書いた」
カイムの問いかけに、ミツルは目を見開く。
「トレーナー達の…戦術」
「どうして、トレーナー達はいろんな戦術を使うと思う?」
「自分の手持ちに合っているから…?」
「そうだな。そこで、前の質問だ。強くなりたいか、ユウキのように戦いたいか」
カイムの言葉に、ミツルは暫し思考の海に潜る。
カイムから言われた言葉は、メモしたトレーナー達の戦術。そして、あの問いかけ。これらが繋がっていることだとミツルは考えた。それから少し考えてみた結果、一つの答えに辿り着いた。
「……人それぞれ、得意なことが違う?」
「正解。トレーナーの数だけ、得意なこと苦手なことが違う」
「…いや、当たり前じゃないですか」
「その当たり前のことを、本質としてお前は理解できていない」
カイムはタブレットを手に取ると、ミツルに手渡した。画面に映されたのは、ジムポケモンのステータスや得意な技、苦手な技がリストに記されたものだった。
「ポケモン達には、種族ごとに得意なことや苦手なことが決まっている。そして、ポケモンによって覚える技の範囲や数も違ってくる」
「…そうですね」
「当たり前のことだな。手持ちのポケモンの覚える技…これをうまく組み合わせてバトルしていくものだ」
話が逸れたな、とカイムは一度言葉を切り、ミツルに目を向ける。
「手持ちポケモンの種族を考えて、使う技や育て方を変える。そして、戦術は強いトレーナーのを参考にする。お前、こんな感じだろ」
「なにか、悪いんですか?」
「悪かねえ。最初はそれでいい。だが、今のお前にはそれじゃ足りん」
「足りない?」
「ああ」
カイムは目をフィールドに向け、ポケモン達のケアをしているトレーナー達を眺める。そしてミツルの腰掛ける観戦席の一段下の席に腰掛けた。
「お前はレベルだけなら、リーグ本戦レベルだ。
「……?」
「トップトレーナー達は自分の手持ちのポケモン、ポケモンの覚える技、トレーナー自身の得意不得意を考慮してバトルを組み立てる」
「と、いうのは間違いだ」
カイムの言葉にミツルは目を見開いた。今までバトルを組み立てていた要素…それが間違いだと言われたのだ。驚愕で言葉が出なかった。
「正確に言うと、間違いというより不足している」
「不足?」
「ポケモンバトルは、人とポケモンによって行われる競技だ」
「そう、ですけど…」
「じゃあ、さっき挙げた要素で何か足りないと思わんか?」
そう問いかけられ、ミツルは考える。
先ほど挙げられた要素は、手持ちポケモン、ポケモンの覚える技、トレーナーの得意不得意。そして、ポケモンバトルとは人とポケモンの競技。
ミツルの認識でも、カイムが挙げた要素に不足があるとは思えない。何も間違いではないはずだった。
だが、敢えて何が足りないかを考えた。そしてその答えが出るまでそう時間はかからなかった。
「……もしかして、ポケモンの
「
カイムはそこでボールから三匹のポケモンを出す。出てきたのは、ブラッキー、バシャーモ、ルカリオだった。
「まず、ブラッキー。こいつはずぶとい性格で、防御が得意だ。特防は元々高い種族だから、特防に比べて若干脆い防御を重点的に鍛えてる。その分物理攻撃がちと苦手ではあるんだが、カウンターの要領で放つ攻撃はなかなかの威力になる」
ブラッキーは元より攻撃が得意な種族ではない。しかし、元々高い耐久力が性格によりさらに耐久力が上がっている。そして体を動かすのが得意なこともあり、相手の攻撃を的確に回避、軽減させながらカウンターで攻撃を叩き込むことを得意としていた。
そう紹介されたブラッキーだが、あまりその話に興味はないらしい。ぷるぷると頭を振ると、カイムの腕に抱きついて器用にカイムの体を登っていき、頭に抱きつくような体勢になる。そして満足したようにむふーっと息を吐くと、すりすりとカイムの頭に自分の顔を擦り付けていた。
(…前もこの体勢だったけど、ブラッキーはこの体勢好きなのかな)
真剣な話をしているカイムを気にせず、こうしているあたり確かにずぶとい性格なのだろう。
そしてそんなブラッキーに特別反応することなく、カイムは隣に腰掛けたバシャーモの頭をぽんぽんと撫でた。
「次にバシャーモ。こいつは脳筋な奴でな。陽気な性格してるからか、素早い動きが得意だ。対して、特攻は苦手。特殊攻撃はあんま火力出ない。性格的に向いてないんだろう。だが、エースアタッカーとしてもサポーターとしても優秀なやつさ」
バシャーモは陽気な性格ながら、かつて脳筋思考であり、物理攻撃一辺倒なポケモンだった。全て殴れば解決すると考えていたが、シロナに鍛えられたことで体術による防御を会得した。それによって、特性『加速』や『ビルドアップ』の能力上昇を行い、そのまま戦うだけでなく『バトンタッチ』によって能力を引き継ぐサポーター役としての役割も果たせるようになった。
そう褒められたバシャーモはけらけらと笑いながらカイムの背中をばしばし叩く。叩かれたカイムは苦笑しながらバシャーモと反対側に座るルカリオの頭を優しく撫でた。
「んで、ルカリオだが…真面目な奴だ。個体としての得意不得意がほぼない。
何にも特化していないためか、ルカリオは相手に合わせて物理と特殊を切り替えられるように育った。メインは物理攻撃だが、特殊も十分なレベルで扱える。その分、物理攻撃に特化したシロナのルカリオと比較して基礎火力は落ちてしまう。加えて、バシャーモのようにサポーターとして動くことも想定していないアタッカー限定として鍛えられていた。
「こいつらを例にしたが、どのポケモンにも個体ごとに得意不得意がある。お前はそれを把握してるのか?」
「…ボクは……」
「案外上のレベルの奴でも知らんことは多い。とはいえ、ポケモンの得意を知ることはバトルを極めていく上で必要なことだ。だから聞いたろ?反省は一人でしたのかって」
「っ!」
最後にカイムとバトルする前、カイムは『反省は一人でしたのか』と聞いてきた。具体的な反省というのは、トレーナーだけでもできはする。しかし、要所要所で『ポケモン達がどう感じていたか、どう動きたかったか』というのを知る必要がある。特に、バトル歴が短く、まだ知らないことが多いミツルのようなトレーナーは。
「そうか…ボクに足りなかったのは、自分のポケモンへの理解…!個体ごとの適性…確かに、考えたことなかった…」
「………」
「それで、カイムさんはボクのポケモン達はどんな適性があると考えているんですか?」
「知るか」
「へ?」
「お前のポケモンだろうが。お前らが見つけるんだよそんなもん。俺に聞くんじゃねえ」
カイムの言葉を聞いて、ミツルはどこか腑に落ちてしまう。確かに、カイムの言う通りミツルのポケモンのことはミツルが一番わかってる。カイムに頼ることではない。
「ちゃんとそのあたり考えりゃ、うちのトレーナー相手でも勝てるだろうよ」
今教えたことは、トレーナーとして大切なことである。しかし、今のミツルに一番必要なことはそれではない。
そしてそれは、今のミツルでは辿り着けない。うまく導いていく必要がある。トレーナーとしては正直ここまでで十分だが、ミツルとしてはここからが大きな関門だろう。もしかしたら、カイムだけでは導くことができない可能性もある。
だからこそ、ここで
「じゃあ…!」
「でも、それは強くなったわけじゃない。マイナス補正になってたお前の実力を、本来のものにしただけだ」
「どういう意味ですか?」
「俺が考えているお前の伸び代は、こんなもんじゃない。これができて、初めてお前は自分の壁とぶつかる。その壁を乗り越えられれば、お前は強くなる」
「壁…?」
「ま、アドバイスくらいはしてやる。まずは、自分のポケモン達と向き合え。話はそれからだ」
そう言って、カイムはポケモン達を連れて去っていく。相変わらずブラッキーは頭にへばりついたままで、その尻尾は嬉しそうに揺れていた。
*
夜
家事も終わらせ、論文も修正待ちであり、珍しく手持ち無沙汰になってしまったカイムは、一人でポケモン達が遊ぶのを眺めていた。ブラッキーは月から降り注ぐ光を受け、気持ちよさそうにしており、バシャーモとルカリオはメタグロスの上で瞑想。ムクホークは毛繕いをしており、トリトドンは寝転がるキリキザンの枕になっていた。
「隣、いいかしら」
そんなカイムの隣に、カルネが現れる。カイムはどうぞと言うように頷き、それを見たカルネはカイムの隣に腰掛ける。
「シロナは?」
「お風呂よ」
「そっすか」
月光を浴びるブラッキーを優しく撫でながら、カイムは目を伏せる。どことなく思い詰めるような雰囲気を感じ取ったカルネは、カイムに目を向けた。
「疲れた顔してるわね」
「そーっすか?」
「ええ。なんとなくだけど」
「そっすね。まー色々と頑なでしてねぇ
なんでもないように言っているが、カイムがシロナ以外に愚痴をこぼすのは珍しい。
「強い情念は、人を走らせる原動力になる。だが一方で、強すぎる情念は人を壊す原因にもなりかねない」
「ふふ、苦戦してるみたいね」
「苦戦…苦戦か。そうかもしんないっすね」
ふと、空を見上げる。月はやや欠けているが、数日後には満月になるだろう。
「……カルネさんは、バトルとどう向き合ってます?」
カイムの問いかけに、カルネは一瞬驚いたように目を見開く。しかしすぐに小さく笑い、カイム同様空を見上げた。
「そうね…好きだからやってるっていうのは間違いないわ。他に理由をつけるなら…わたしとポケモン達にとって、自身の表現の場というのが一番しっくりくるかしら」
カルネは演技を生業としている。それ故に、自身を表現者であると考えていた。演技以外の世界で、自分とポケモン達を表現する場が、バトルだと考えた。
「表現の場か…カルネさんらしいっすね」
「カイム君にとっては、どういうもの?」
カイムは一度、目を伏せる。そして傍にいるブラッキーを優しく撫でた。ブラッキーは気持ちよさそうに喉を鳴らすと、カイムの膝を枕に寝転んだ。
「そうですね…好きだからやってるのは間違いないです。でも敢えて言葉にするなら…繋がりの場、ですかね」
「繋がり?」
「俺は昔、
かつてカイムは、シロナに『寂しがりや』と言われたことがある。孤独でいることに思いの外耐性がなく、人やポケモンとの繋がりを持っていたいのだと言われた。
それについて、カイム自身思い当たる節はあった。人でもポケモンでも…側にいてくれる存在がいないことが何よりもストレスに感じてしまう。とはいえ、認めることは癪であるため認めることはないのだが。
「繋がりか。普段の君にしては素直に答えるのね」
「自覚はしてるんで。認めるのは癪ですけど。それに、認めることでしか進むことができないものもある。ミツルがそうです」
ミツルを直接見ていないカルネは、ミツルが何を認めなければならないのかはわからない。だが、きっとそれがミツルにとって最後に必要になる鍵なのだろうと考えた。
「んで…不躾なお願いなんすけど…」
「何?」
「うちの連中と、一戦お願いできないすか」
想定外のお願いにカルネは少し目を見開く。
「…カイム君は相手してくれないの?」
「してもいいですけど、カルネさん的には
「ふふ、バレてたか」
イタズラがバレた子供のような顔でカルネは笑う。
以前カルネと出会った時は、目的の人物とバトルすることはできなかった。それは決してカルネも目的の人物も悪くない。全力でぶつかった結果なのだから。
だがそれはそれとして、
「ただ、わたし…明後日にここを離れるわ。だから、あまりポケモン達を消耗させたくないんだけど…」
「わかってます。だから、1 on 1でもいいんす。やってくれたら助かります」
「ふふ、そう。それだけで済むならいいけど、楽しくなってフルでやっちゃいそうだわ」
「そこは自制してもらって」
「わかってるわ。2 on 2くらいにしておくわ」
「どーも」
「でも、勝手に決めていいの?」
「もう話は通してるんで」
「そう、ならいいわ」
カルネは立ち上がると、ボールからサーナイトを出す。サーナイトもブラッキー同様、月の光を浴びるように空を見上げた。
「で、カイム君」
「ん?」
「シロナちゃんのどこが好きなの?」
カルネの問いかけに、カイムは顔を顰めた。
「なんすかいきなり」
「気になるのよ。シロナちゃんの方から話は聞いたことあるけど、カイム君とこうして二人で話すことってあんまりないから」
「そんな貴重な機会を、んなよくわからん質問に使わんでくださいよ」
「いいじゃない。で?答えてくれるの?」
カルネの言葉にカイムは大きくため息を吐く。そして口を開いた。
「正直…好きじゃないところはない」
「あら」
「あげはじめたらキリがないんで、一番好きなとこだけ言うと…俺を心から信じてくれることです」
「ふふ、そう。いい信頼関係ね、羨ましいわ」
こんなに真っ直ぐ、疑うことなく信じていると言える関係は非常に稀有だとカルネは思っている。どんな人間にも疑う心がある。心から信頼していると言うのは簡単だが、この二人はカケラも疑っていない。そんな関係を築くことができる二人を少しだけカルネは羨ましく思った。
「それにしても、案外平然と惚気るのね」
「あんたが聞いてきたんだろ…」
げんなりしているカイムだが、耳が少し赤い。普段こんなことを言うことはそうそうない。故に、少しだけ恥ずかしくなっていた。
「あとでシロナちゃんにこの話しよっと」
「あんまいじりすぎないようにお願いしますよ」
「考えておくわ」
楽しそうに笑いながらカルネも空を見上げる。
静かな時間が流れていった。
*
翌日
ミツルは再びミオジムを訪れていた。
「……なんか、騒がしいな」
ミツルが訪れた時、何故かフィールドの方が騒がしかった。受付からはフィールドが見えないため、何故騒がしいのかわからない。
「あの…」
「あ、ミツルさん。本日もご苦労様です」
「はい。それで…なんか騒がしくないですか?何かあったんですか?」
「ああ、それはですね…フィールドに行けばわかると思いますよ」
「?」
何かはわからないが、フィールドに行けばわかるらしい。とりあえずフィールドに向かおうと足を向けた。
そしてフィールドに入ると、そこには意外な人物がいた。
「なっ…!チャンピオンのシロナさんと、カルネさん⁈」
そこにいたのは、シンオウチャンピオンのシロナとカロスチャンピオンのカルネだった。シロナはまだわかる。何故カロス地方のチャンピオンまでいるのかとミツルは混乱した。
「ああ、来たか」
「か、カイムさん!どうして、チャンピオンが二人もいるんですか⁈」
「ちょうどカルネさんがシロナのとこ来てて、近くにあったうちのジムに来てくれた」
「は、はあ…」
こんな大物が二人も来ているというのに、カイムは特に驚く様子もなくそう言った。ポケモンジムは基本的にポケモンリーグの施設。リーグチャンピオンが訪れることも、もしかしたらよくある話なのかもしれない。
「シロナ、カルネさん」
「カイム、どうしたの?」
ジムトレーナー達に囲まれる二人をカイムは呼ぶ。まるで親しい間柄のように言うカイムにミツルは内心で驚くが、そんなミツルを気にすることなくカイムはミツルを紹介した。
「こいつがミツル。ホウエン地方から来てる」
「初めまして。私はシロナ。シンオウ地方のチャンピオンよ」
「わたしはカルネ。カロス地方のチャンピオン。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします!」
いきなりの大物に、ミツルは緊張してしまうが、二人の柔らかい雰囲気に少しだけ安心する。
「それで…お二人は何故ここに?」
「元々私はこのあたりに住んでてね。それで、ちょうど私のところにカルネさんが遊びに来たから、このあたりでバトルしやすいミオジムにお邪魔させてもらったの」
「そういう、ことですか。それで、バトルって…」
「わたしと、シロナちゃんのバトルよ」
カルネの言葉にミツルは目を見開き、震えた。チャンピオンズトーナメントで見ることのできなかった組み合わせをこの場で見られることに心から喜んだ。
そして、地方最強のトレーナーである二人…どちらかとバトルすることができれば、失ってしまった『突き抜ける感覚』を取り戻すことができるかもしれない。そう思ったのだ。
「お前はまず見学な」
だがそんなミツルの考えを見透かすようにカイムが釘を刺す。最初からバトルできるとは思っていなかったものの、改めて言われると出鼻を挫かれたような気分になり、がっくりと肩を落とした。
「…ボクは、今日もバトルできないんですか?」
「俺に勝てたら、どちらかとバトルすることを許す」
「なら、昨日までのボクとは違う。今日は勝たせてもらいますよ」
「勝ってから言え」
そう言ってカイムは歩いていってしまう。ミツルはカイムの背中に鋭い視線を向けるが、その視線を感じながらもカイムは全く気にせずフィールドへと降りていった。
「ごめんね。厳しいわよね、カイム」
そんなミツルに、シロナが声をかける。
実際、カイムの言葉は厳しい。無意味なものではないが、真意がよくわからないものがある。昨日言われた『ポケモンの適正』を知った以上、ミツルは自身に足りないものは経験と『突き抜ける感覚』で得られる確信だと考えていた。
今バトルすれば、チャンピオンの二人にはまだ敵わないだろうが、カイムには勝てると思っていた。確かに強いカイムだが、同じジムリーダーであるミクリほど強くはない。今なら勝てるのではないかと考えた。
「いえ…厳しいのはその通りですけど、無意味に厳しいわけではないので」
「そう。なら、しっかり教えてもらうといいわ。きっと、あなたを
「はい」
「うん。じゃ、カルネさん。行きましょう」
「ええ、楽しみね」
そう言って二人はフィールドに降りていく。
そんな二人の姿をしっかり見ようと、ミツルも見やすい位置に腰をおろし、ノートを開くのだった。
チャンピオン。
それは各地方に存在する、その世代でポケモンバトルを極めたトレーナーを示す。ミツルが憧れる存在であるユウキもチャンピオンを目指しており、カイムを紹介してくれたダイゴもホウエン地方のチャンピオンとして君臨している。
そんなチャンピオン同士のバトルだ。熾烈を極めることは言うまでもない。だが、ここまで凄まじいバトルになるとは思ってもいなかった。
(なんだこれ…こんなすごいバトル…映像で見るのと全然違う!)
先日あったチャンピオンズトーナメントは当然ミツルも見ていた。だが、生で見る場合とあまりにも迫力が違いすぎた。
ほんの僅かな時間で繰り広げられる思惑の交錯、強烈な技の応酬…そして、『己の強さを存分に発揮する』スタイルのぶつかり合い。メモを取るのも忘れて、ミツルは見入ってしまった。
「サーナイト!ムーンフォース!」
「ルカリオ!コメットパンチ!」
メガシンカしたポケモン同士の技がぶつかり合い、衝撃波がフィールド全体に広がる。その衝撃波を受けてなお、動じなかったのはフィールドの二人を除けばカイムだけだった。
「すごい…」
二人のバトルを見て、思わず呟く。
これほどのバトルを直接目で見ることができた事実に、ミツルは胸の高鳴りが抑えられなかった。
だが、同時に自身に湧き上がる感情に違和感を覚えた。二人のバトルは凄まじい。これほどのバトルを見ることができたのだ。トレーナーとして、興奮しない方がおかしい。そして同時に、特にシロナのバトルスタイルを詳細に分析し始めている自分がいたのだ。
(ダイゴさんやユウキさんと違う…相手の強さにうまく適応している。相手に合わせて柔軟にバトルを変えているのか?)
初手に出てきたガブリアスと今サーナイトと敵対しているメガルカリオでバトルオーダー傾向が違う。相手のポケモンに合わせてポケモン自身も動き方を変えている。カルネは最初のポケモンにヌメルゴンを出し、シロナはガブリアスを出した。互いにドラゴンタイプであるため、長く時間はかけられないと考えたシロナは、攻撃されることに躊躇せず最速で殴り合いに興じた。カルネはヌメルゴンの強みである多彩な技を駆使して迎え撃ったが、シロナが一歩先を行った。
だがカルネがサーナイトを繰り出すと、『じならし』によって素早さを下げ、次に繋げるようなサポートの技に切り替えた。そしてルカリオをメガシンカさせると、鋭く攻め立てくるカルネの攻撃を『しんそく』の速度を活用しながら回避、反撃に特殊技をいれつつ『バレットパンチ』などの物理技で反撃している。
そんなバトルを見ながら、ミツルはシロナの戦い方から目が離せなくなった。理由はわからない。この感覚は、初めてユウキのバトルを見た時と酷似していた。
(この、感覚は…?)
自分でも言語化できない感覚に戸惑うミツルに、カイムが歩み寄ってくる。
「どうだ」
「…本当にすごいです。チャンピオンズトーナメントは、配信で見てましたけど…映像で見るのと全然違う。細かい動きまで気づけるし、何より迫力が段違いだ。こんなバトルを間近で見られるなんて…」
「だろうな。しかもチャンピオンズトーナメントで見られなかった組み合わせだ」
シロナはトーナメントで初戦にダイゴ、二回戦にダンデ、そして決勝でレッドという組み合わせだった。カルネとは当たることができなかったため、この組み合わせはミツルにとってもジムトレーナーにとっても非常に嬉しい組み合わせだった。
だが、カイムが聞きたいのはそういうことではない。この試合を見せたのは、ちゃんとした理由があった。
「これを見て、お前は
カイムの問いかけに、ミツルは目を見開く。
確かに、二人のバトル…特にシロナのバトルを見て何か感じるものがあった。しかし、その感覚を言語化できない。
「…はい。確かに、ボクは言葉にできない感覚を持っています。でも、これが何なのか…」
「じゃあ整理していけ。まず、二人のバトルスタイルについて。簡単でいい。言語化してみろ」
「えっと…そうですね。まずカルネさんですけど、ポケモンの
ミツルの言葉に、カイムは内心で感心した。分析が得意だと思っていたが、まさかこんな短時間で大雑把といえど言語化できることは想定していなかった。
「ほう、この短時間でよく見てる。そんでシロナは?」
「シロナさんは……ポケモンの強みを活かす点はカルネさんと同じですけど…カルネさんみたいに自分の強さを押し付けるというより…こう……相手のスタイルに合わせてやり方を変える…変幻自在なスタイルって感じですか?」
ミツルの言葉を聞いて、カイムはミツルの方へ視線を向ける。相変わらずブラッキーが楽しそうに頬擦りしているが、全く気にした様子もなく淡々と、だがどことなく嬉しそうに口を開いた。
「本当によく見てる。さすがだ」
「えっ…あ、ありがとう、ございます…」
初めてまともに褒められたこともあり、ミツルは内心で驚く。血も涙もない人だとは思っていなかったが、まさかここでこう褒められるとは思っていなかったからだ。
「そこまで見えてるなら、もう一歩だ」
「?」
「二人のバトル…スタイルは全く違う。だが二人とも、己のスタイルを突き詰めた結果だ。無論、それしかできないのではない。どんなスタイルにも弱点は存在する。その弱点を把握したうえで、対策できるだけの技量を鍛えた結果、チャンピオンにまで上り詰めた。じゃあ、今のお前がやるべきことは何だ?」
「……弱点の対策?」
「違え。まーだ頭かってぇな」
頭にへばりついてごろごろと喉を鳴らすブラッキーを引っ剥がし、膝に乗せながらカイムは続ける。
「お前はまだそれ以前だ。自分のスタイルの確立…そこからだ」
「ボ、ボクのスタイルは…」
「お前の今のスタイルは、ユウキの真似しただけの劣化版だ。んなもんスタイルなんて言うか」
ミツルのバトルスタイルは、ユウキの真似をしたものにすぎない。本当に基礎ならともかく、ここまでレベルが上がったトレーナーがただの真似だけでは上に上がることは決してできない。
「ユウキを目標にしたい気持ちは
「……じゃあ、ボクはユウキさんを目指しちゃいけないんですか」
「目指すのは好きにしろ。ただの劣化版になっていいならな。だから聞いたろ?お前はユウキに勝つのと同じようにバトルするの…どちらを取るかってな」
「あ…」
以前聞かれた質問。
『ユウキのようにバトルするか、強くなるか』の二択の問いかけに、ミツルは強くなることを選んだ。ミツルにとって、その両者は=で結べるものだったが、仮に違うものとして仮定した場合、ミツルは強くなることの方を目標だと考えた。
カイムにとって、ミツルが心の底でどちらが本心なのかを知っておく必要があった。もし本当にユウキのようにバトルしたいだけなら、カイムでもどうしよもなかった。
「正直、
「……やっぱり、ユウキさんは特別なんですね」
「そうだ。勝つことを目標にするのは構わんが、バトルそのものは目標にすんな。お前はユウキを目指すな。お前は、十分素晴らしい階段を登っている」
その一言に、ミツルは絶句する。
ユウキはずっと、届かない存在だった。自分にできないことをどんどんやり遂げ、先へ進んでいくユウキ。そんな彼に憧れた。そしていつしか、ユウキはミツルの中で強さの象徴になった。
いつしか、ユウキと同じようなスタイルでバトルをやり始めた。あのユウキのスタイルだ。天才がやることなのだから、皆最終的に行き着く場所は同じなのだと、そう考えた。そして、真似をするようになってから、一気にバトルの勝率が上がった。ユウキには一向に勝てなかったものの、このスタイルを突き詰めていけば、あの背中に追いつける。そう確信していた。
だがここに来て、それを否定された。ユウキのようにやることがそもそも向いていない。つまり、もう強くなれないと錯覚していたが、カイムはそうではないと言った。しかも、自分には別の道があるから、ユウキを目指すなという。
「素晴らしい階段?」
「言ったろ。お前が向いてないことの真似事だけでリーグ本戦まで行けたのは、とある才能のおかげだ」
「ボクの才能って?」
「端的に言えば、観察眼…目がいい。カルネさんのスタイルを見抜くこと自体は難しくないが、シロナみたいに相手に合わせて手を変えるタイプのスタイルは簡単に見抜けん。それを的確に見抜いてきたのは、さすがとしか言えん。しかもたった二体のバトルだ。これだけで見抜けるのは相当だ。お前が意識しているかは知らんがな」
相手に合わせてバトルを変えるというのは、簡単には見抜けない。ミツルがシロナとカルネのバトルをどれだけ知っていたかはわからないが、見たところこれまで見たことはチャンピオンズトーナメント以外では無いのだろう。その僅か数回のバトルと今回のバトルだけで見抜けるほど、ミツルの観察眼は優れていた。
観察眼が優れているが故に、ミツルはユウキのバトルをかなり模倣できてしまった。そして、観察眼が優れているために対戦相手の分析を細かく分析できるから、ここまで勝ってこられたという。
「ここまでうまく真似できたのも、お前が優れた観察眼を持ち、卓越した思考能力を持っていたからだ。ちょいちょいお前のオリジナルが組み込まれていたから、気づける奴はそういねえだろうが」
「じゃあ、カイムさんはなんで気づいたんですか?」
「ユウキの本気のバトルを間近で見たことがあったから」
空の柱で、ユウキとダイゴがレックウザとバトルした時に、カイムはユウキの動きを見ていた。というより、ユウキの癖やスタイルにダイゴがうまく合わせていたから気づくことができた。
「ダイゴとは昔からつるんでる。だからあいつのバトルについては、それなりに詳しい。そんなダイゴがユウキに合わせてバトルしたとこを見たら、まあユウキのスタイルやら癖もなんとなくわかる。あとはリーグ本戦のバトルも少し」
(それだけでわかるカイムさんも大概では)
内心でカイムにドン引きしているミツルだが、そんなことは全く気づかずにカイムは話を続ける。
「で、お前の才能が目だということだが…ここからどうすればいいかわかるか?」
「それは…」
「ま、これだけ言われても困るわな。もっと簡単に聞こう。お前は誰を目標にするべきだ?」
この目標というのは、バトルのスタイルの話。最終的な目標自体はユウキでいいが、バトルスタイルの目標は必要だ。無論、完全な模倣ではなく、方向性程度の話だが。
(…今のカイムさんの話の流れか、多分…話に出てきた人から言っているんだろう。今話に出てきたのは、ユウキさん、ダイゴさん、カルネさん、シロナさん。この中で、ボクが目標にするのは…誰だ?まず、ユウキさんは違うって明言されてる。ダイゴさんは…自分達の硬さを信じて正面から殴り合うスタイル。カルネさんはさっき言った通り、出したポケモンの強みを活かして、相手を圧倒するスタイル。二人のスタイルは強さを押し付けるという意味では、二人とも似通ってる。多分、ユウキさんもこれに当てはまる。じゃあ…あと残るのは…)
ほとんど消去法だが、ミツルは一つの結論に辿り着く。
「…シロナさん?」
「正解。じゃあシロナがどんなスタイルなのかもう一度言ってみろ」
「相手に合わせてスタイルを変える…変幻自在なスタイル」
「そうだな。このスタイルの強みは?」
「……相手に合わせてやり方を変えるから、常に相手の苦手なやり方で動ける」
「いいね」
シロナはバランスのいいチームを組んでいるため、どんなタイプが相手でもうまくバトルを組み立てられる。ガブリアスがエースとしてよくバトルをしているが、ガブリアスが相性が悪い相手には敢えてサポーターになり、『ステルスロック』や『がんせきふうじ』、『じならし』などで後続のサポートが可能となる。そしてそういった場合は相性のいいポケモンにアタッカーをまかせていた。
「じゃあ逆に、どんな弱点がある?」
「………何かを極限まで鍛えた人と比べて、特化した強みがない」
「お前は本当に頭がいいな。じゃあもう一歩踏み込んでみろ」
カイムは暇そうにしているバシャーモとなんだかんだで真面目に聞いているルカリオに、手で『遊んでこい』とジャスチャーする。すると二匹は立ち上がり、フィールドで組み手を始めた。
そんな二匹を眺めながら、膝で丸くなるブラッキーを撫でる。
「ユウキやダイゴみたいな天才は、得意なことをそれこそ極限まで極めることができる。ダイゴは防御力と攻撃力、ユウキはスピード、カルネさんは身のこなしと中・近距離戦。つってもこれだけじゃない。極めた分野以外も一流レベルだ。じゃあシロナは?」
「…あらゆる分野が一流」
「そ。極めた分野相手でも、十分対応できるくらいのな。同じ分野だけでバトルしたら勝てんだろう。じゃあ、何故勝てると思う?」
「……たくさんの手札で戦うことができる!」
他のトレーナーと比べて遥かに多い手札を持つということは、たくさんの戦法を行うことができ、相手が苦手とする戦法を行うだけでなく、戦法でブラフを張ることもできる。
無論、言うは易し。うまく戦法を使い分ける頭と、臨機応変に戦法を切り替えることが必要となる。
「とはいえ、言葉で言うより難しい。手札を増やすために必要なことは、バトルを
「?」
「バトルを見ることの目的を間違えないこと。片方だけに注目せず、両者の意図を把握し、オープンに見るのが…」
「ん?」
「もっとこう…はっきりと言葉にして言ってくれませんか。手札を増やすために必要なことがこう…抽象的すぎます。オープンな視界ってどういうことですか?」
ミツルの言葉に、カイムは少しだけ驚いた顔をすると、小さく苦笑した。その表情に、ミツルは少しだけむっとするが、それに気づいたカイムは謝るように手を上げる。
「な、なんですか」
「ああいや、悪い。馬鹿にしたわけじゃねえ。少し、
「昔?」
「今は関係ない話だ。で、アドバイスの内容についてだったな」
ミツルが言っているのは、『オープンな視界』という言葉についてだろう。確かに、言葉の意味としてはかなりふわっとしており、どういう意味なのかわかりづらい。アドバイスとしては、はっきり伝わるものではないため、一歩手前で止まっている。ちゃんと伝えてほしい、というミツルの言葉に対して、カイムはブラッキーの顎を指でくりくりと撫でた。
「皆まで言わん。手解きはしてやるし、道筋を示すくらいはする。だが最後の答えってのは、自分で見つけるもんだ。さっきの目標についても、お前は自分で答えを出した」
「それにどんな意味が?」
「はっきりとこう、と伝えられるより…自分で掴んだ答えなら、一生忘れない」
カイムの言葉に、ミツルは目を見開く。
「俺が答えを伝えることはできる。だがお前がその通りにやったとして、そのあとは?その先を自分で切り開けるようになるためには、自分で掴んだ答えが土台にいないと迷走する。それが今のお前だ」
ミツルは自分の答えを見つけることなく、ユウキという存在をベースにバトルを鍛えてきた。己で見つけた答えではなく、ユウキが至った道をそのまま辿ったため、迷走してしまった。
「
ここ数日、バトルを見ているだけだった。ミツルは意味などないと思っていたが、カイムはちゃんと考えて指導してくれていた。ちゃんとカイムなりに考え、ミツルを導こうとしてくれていた。そんなカイムから、学べることは多々あり、それが自分のためになると確信があった。
「やります。貴方から学べることがたくさんあると、今ならわかる」
「そうか」
淡々とそれだけ言ったカイムはタブレットを手渡してくる。
「まずは強さの固定観念を捨てるところからだ。ここでバトルしたデータの大体が入ってる。目の前でバトルがない時は色々見てみるところから始めろ。強さとは…その答えを見つけてみろ」
強さとは何か。
先ほどまでのミツルなら、強さ=ユウキだと答えたであろう。しかし、たくさんの戦法があるように、きっと強さというのはそう単純なものではない。ミツルはそう考えていた。
「カイムくーん」
「へーい。じゃ、考えてみろ」
「はい」
バトルを終えたカルネに呼ばれ、カイムはフィールドへと降りていく。ミツルはその背中を見て、これからの自分がどうなるか少しだけ楽しみになった。
「隣、いい?」
カイムとカルネがバトルしているのを集中していたミツルの元に、一人の女性が歩み寄る。ミツルが視線を向けると、長い金髪を携えた女性…シロナだった。集中していたこともあり、シロナが近寄ってきたことに気づかなかったミツルは驚いて声をあげてしまう。
「し、シロナさん⁈」
「あ、ごめん。集中してたよね」
「い、いえ…大丈夫です」
「ありがと。それで、隣いい?」
「あ、はい。どうぞ」
ミツルが観戦する隣にシロナは腰を下ろし、カイムとカルネのバトルに目を移す。カルネの方が実力が高いのもあり、カルネが押していた。そもそもカイムの実力はジムリーダーの中でも下位。チャンピオンのカルネに勝てる実力ではない。
しかし、純粋な実力差の割に善戦していた。カルネの攻撃を見てうまく受け、カウンターで攻撃を加えていく。実力の割に、カルネのポケモンを削っているのは、やはりカウンターを得意とするカイムの戦法が高い精度で成り立っているからだろう。
「カイムのバトル、どう?」
「カイムさん…カウンターうまいですね。なんかこう…誘っているように見えない動きで誘うのがうまいです。カルネさんもカウンターが多いことに気づいているけど、完全に対応しきるのは難しそうですね」
「そうね。カウンターって気取られれば一気に崩れる諸刃の剣みたいなスタイルだから。しかも面倒なのがカウンター一辺倒にならないところね」
ポケモンごとに多少の違いはあれど、どのポケモンもカウンターをうまく使いこなし、カルネのポケモンの体力を削っている。しかし、カルネのポケモンの攻撃は非常に苛烈であるため、うまく受け流し、カウンターを入れたとしても削られる体力はカイムのポケモンの方が大きい。
「…ボクとバトルしてた時もでしたけど、見てから動くのが得意ですね。あれは…どうやってるんですか?」
「端的に言えば、観察眼が優れているのよ。小さな予備動作も読み取り、相手の動きを瞬時に予測できるの」
「観察眼…なるほど」
「トップレベルのトレーナーなら似たようなことはみんなやってるわ。でも言うほど簡単じゃないのよね。どうしても多くの経験値が必要になるから」
カイムの観察眼は、ミツルのようにかつて姉の真似をしようとしていた。その際、姉のバトルを非常に細かく観察しており、旅に出てからもバトルしたトレーナー達のことを観察する癖がついていた。バトルを諦めてからも、観戦時は必ず同じように観察していた結果、ここまでの観察眼が身についた。
「…今のボクには、まだ無理そうです」
「簡単にはいかないわ。でも、君ならきっと身につけられるはずよ」
「ボクに、できますか?」
「カイムは何て言ってた?」
「自分で掴んだ答えなら、一生忘れない…とだけ」
「なら、大丈夫よ」
シロナはミツルに微笑むと、真剣な表情でバトルに望むカイムを見る。カルネのオーダーはカイムのオーダーを上回る精度だが、カイムは負けることなくオーダーを出していた。
「カイムは、できる人にしかやれと言わないわ」
「!」
「カイムね、人を見る目があるから。教えるのもうまいし、きっと新しい貴方に導いてくれるわ」
「…そうですね」
カイムはユウキのような天才ではなく、そしてミツル同様天才に憧れた存在だった。だからこそ、今ミツルに何が必要なのかわかっていた。
ここにきたばかりのミツルはカイムのことを疑っていたが、今ならわかる。きっと今の自分がいる場所は、かつてカイムが通った道なのだろう。
「ミツル君は、バトルが好きなのね」
「はい。ボク…旅に出る前、ポケモントレーナーに憧れてました。それで、ボクの憧れたポケモントレーナー像と同じ存在のユウキさんに、いつしか憧れるようになったんです」
「そうなの。ねえ、良ければミツル君が旅に出てからの話を聞かせてくれない?」
「拙い話でよければ…」
「ええ、是非」
ミツルは元々引っ込み思案で大人しい少年だった。しかし、ずっとポケモントレーナーに憧れていた。あんな風に心のままバトルできたら、きっと楽しいだろうと。
そんなミツルの前に、ユウキという少年が現れた。自分をあっという間に外へ連れ出し、心のままに進んでいくユウキの背中にミツルは憧れた。
しかし、いつしかこの憧れの心は度重なる敗北で暴走してしまった。勝つことのみに固執し、ポケモン達を見ることを忘れた。ひたすら走り続け、そして…ここで止まった。
ここまでのことを話していくと、不思議なことに頭の中が整理されていく。シロナにわかるように話すためだからだろうか。何にしても、今の自分に必要なものの一つは状況整理だったのかもしれない。
「それで今ボクは、強さとは何なのか…その答えを探しています。ずっとボクにとっての強さはユウキさんそのものだったから」
「強さとは何か…難しいわね」
「シロナさんでも難しいんですか?」
「ええ。強さなんて、時と場合によって姿を変えるもの。人によっても違うしね」
バトルを繰り広げるカイムとカルネ。二人が持つ強さも異なる。それに、強さとはバトルのみに適応される概念ではない。シロナといえど、簡単に答えを出すことはできない。
「バトルはもちろん、体や心の強さもある。どんな強さを求めるか…簡単に答えを出すのは早計よ」
「色んな強さか…そうですね」
「実は私とカイムね、ユウキ君に会ったことがあるの」
「えっ…あ、そういえばそんなことカイムさんが言ってましたね」
二人は空の柱の一件の際、ユウキに出会っている。あの時出会ったユウキは、ダイゴに並んで鮮烈な強さを持つ少年だった。恐らく、ヒカリと同じように、選ばれた子供なのだろう。
「ユウキ君は、きっと何かを目標に突っ走れる人。自分を支えてくれる存在も、その時は完全に忘れて突っ走れる…そのまま突き抜けられる強さを、彼は持っていた。でも、そういう強さは誰もが持っているものじゃない。私たちが持っていい強さじゃないと思うの」
『ま、これは私の持論だけどね』と付け加え、シロナは目を伏せる。何も語らないが、シロナにもそういうことがあったのかもしれないとミツルは考えた。
「強さとは、実に多彩。ユウキ君のように鮮烈な強さや、カルネさんみたいに優雅で強烈な強さ…カイムみたいな粘り強さもある。色んな形の強さに出会える…そんなポケモンバトルが私は好きなの。君も、バトルを通して求める強さに出会えるといいわね」
「強さとは、多彩…そうか」
ミツルが求める強さがどんなものかはわからない。しかし、今ここで強さとは多彩で、様々な形があるということが、どこか腑に落ちた。もしかしたら、心のどこかでは理解していたのかもしれないが、ようやく今ここで言語化できたように感じた。
「ボクは、焦りすぎてたんですかね」
「そうかもね」
「…ダイゴさんが、どうしてボクをここに来させたのか。今ならわかります。焦りすぎてたボクを、落ち着かせるためだったんですね」
様々な理由はあるだろうが、今一番必要だったことをカイムは教えてくれた。心を折られたものの、
「またダイゴさんにお礼言わないと」
ミツルはぽつりと呟く。
シロナがミツルに目を向けると、ミツルは穏やかな表情をしながらバトルを眺めていた。バトルを眺める目はとても穏やかで、カイムが言っていた余裕のない、危うい光は宿っておらず、年相応の少年のような表情をしていた。
(少しだけ、手伝えたかしら)
カイムと比べたら大したことはしていないかもしれない。だが、少しでもカイムの手助けになれただろうかと考えながら、シロナはフィールドに視線を戻すのだった。
ーーー
夜
ミオジムを後にし、ミツルは宿泊先へと足を向けていた。昼間の暑さとは打って変わり、心地よい海風が吹き抜けていく。隣を歩くエルレイドも海風を気持ちよさそうに受けていた。
晴れやかな気持ちで歩いている中、ポケットに入れているスマートフォンが振動する。なんだろうとスマートフォンを取り出すと、そこに記されていた名前に目を少しだけ見開いた。
「もしもし?」
『おーミツル!元気ー⁈』
「もちろん。そちらもお元気そうですね、ユウキさん」
『へへへ、当たり前だろ!』
電話をかけてきたのはミツルが目標とするユウキだった。相変わらずの元気な声に、少しだけ安心する。
しかし、いくらユウキが元気とはいえ、いきなり通話をかけてくることはそうない。何があったのだろうとミツルは問いかける。
「どうしたんですか?こんな夜に」
『ああ。ダイゴさんから聞いたんだけどさ、ミツル今シンオウ地方にいるんだろ?』
「はい」
『なあ、シンオウ地方ってどんな感じなんだ?オレまだシンオウ地方行ったことないからさ!知りたいんだよ!』
「どんな感じ…うーん。そんなホウエン地方と大きくは変わりませんよ。あ、でも少しだけ涼しいかも」
『へー。そういえばシンオウって、冬はめっちゃ雪降るらしいもんな!夏も涼しくて過ごしやすいんだな!そんでそんで⁈誰か強い人とバトルしたか?』
やはりバトルが大好きなユウキらしく、すぐにバトルの話になった。とはいえ、ミツルとしてもユウキに話したいことがある。
「そう、ですね。今、ボクはミオシティにいて、ミオジムのジムリーダーとバトルしましたよ」
『ミオジムか!えーっと…あ、カイムさんじゃん!』
「ユウキさん、知り合いだったんですね」
そういえば、会ったことがある的なことをカイム本人も言っていたことをミツルは思い出す。
『オレ、前にカイムさんに会ってな。あの時はバトルできなかったから、いつかバトルしたいと思ってたんだよ』
「とても強かったです。今のボクじゃ、勝てなかった」
『ミツルで勝てなかったのかよ⁈めっちゃ強えじゃん!』
才能のレベルは比べるまでもない。だが、それでも未熟な秀才と成熟した凡人だと、まだ後者の方が優れていることもある。
「ユウキさん」
『ん?』
「ボクは、貴方を目標にしてました。今もそれは変わりません」
『あ、そうなのか?へへ、なんか照れ臭いな!』
「ユウキさんは、ボクにないものを持ってた。だからずっと、ユウキさんみたいになりたかった」
自分のずっと先を走り、自分が欲しいもの全てを持っていた。だから憧れ、ユウキのようになりたかった。
だが、それはできない。自分がどう足掻いてもどう真似しても、近づくことはできても決して届くかことはない。それを、理解してしまった。
『オレがミツルにないものを持ってたって言うけどよ、オレにないものをミツルは持ってるよな』
「…え?」
ユウキになく、自分にしかないもの。そんなものがあるとは思ってもおらず、ミツルは思わず聞き返してしまう。
『だって、ミツルってめっちゃ頭いいじゃん!こう…うまく言葉にするっていうかさ!オレ、ミツルみたいにじっくり考えるの苦手だからさ…ミツルのそういうところ、すげーってずっと思ってたんだ!』
ユウキはミツルのようにじっくり考えることが苦手だった。直情的で、色んなことが直感でできてしまう。それは才能という他ないが、思考能力という意味では、ミツルの方が上を言っていた。
『考えるのが得意なミツルとのバトルってさ、いつもオレが考えられないような手を使ってくるから楽しいんだ!』
「…ボクも、ユウキさんとのバトルは学びが多くて好きです」
『だよな!オレとバトルしてるとき、ミツル楽しそうだもんな!』
あまりにも純粋で真っ直ぐな心。突き抜けていくユウキの持つ心は、非常に強く、そして真っ直ぐなものだった。疑うことを知らないような、純粋な心。その心を見つめるたびに、自分との違いを見せつけられるたびに、自分が惨めに思えてしまった。ユウキと自分を比べるたびに、ユウキと違う自分への呪いのような思いが積もり、突き抜けていこうと走り続けた。一番側にいたポケモン達のことすら見ないで。
だがユウキはユウキでミツルのことを上に見ていた。自分に無いものを持つ…そう思っていたのは、ミツルだけではなかった。ミツルのように暗い思いになることがなかったのは、さすがと言わざるを得ないが。
「ボク達は、お互い違うものを持っていたんですね」
『きっとな!だからオレ、ミツルと会えてよかったって思ってるぜ!』
「ボクもです。色々ありましたけど…ユウキさんに出会えたから今のボクがあるし、ポケモン達とも出会えた」
隣にいるエルレイドに微笑みかけながらミツルは言う。視線に気づいたエルレイドは笑顔で頷いた。
勝つことに固執していた時、ポケモン達のこんな笑顔は見れなかった。
ポケモンも自分も、まだまだ未熟。
これからもたくさん間違えるだろう。でも、ポケモン達と一緒ならまた乗り越えられる。それに、間違えることが悪ではないということを知った。わからないのなら聞けばいい。自分よりも先を歩いてきた人はたくさんいる。頼って聞いて、ポケモン達と考える。これならきっと、間違えたとしてもまた前を向ける。今のミツルは、そう思えた。
『勝っても負けても、バトルは楽しい。ホウエン地方に帰ってきたら、またバトルしようなミツル!』
「はい!次は負けません!」
『オレだって負けないぜ!フロンティアで強くなったオレを見せてやるよ!』
心に燻っていた呪いはもうない。
また一から歩いていこうと決意しながら、ミツルは親友との雑談に花を咲かせていた。
*
夕食を済ませたカイムは洗い物をしていた。シロナは後が詰まる前に早めに入浴に向かい、カルネは明後日から始まる撮影の打ち合わせがあると言って、現在はマネージャーと通話をしている。
ルカリオ、バシャーモと共に洗い物を終えたカイムは、二匹の頭を撫でて台所から出た。足元にいたブラッキーはバシャーモの頭によじ登り、なにやらバシャーモ、ルカリオと共に楽しそうに笑っている。
(シロナは風呂長いし…カルネさんも打ち合わせだと言ってたし、しばらくかかるだろうな。仕事…も、今論文添削待ちだったわ。ミツルの指導でも考えるか?波導の修行も…いや、ミツルの方が優先だな)
そう考えて、カイムはタブレットを取り出してソファに腰掛ける。タブレットに保存されているミツルのバトルレコードと手持ちデータを呼び出そうとした瞬間、声が響いた。
「カイム〜」
声の主は、聞き間違えるはずもなくシロナ。カルネが打ち合わせで部屋にこもっていることを考えると、シロナ以外の選択肢はないのだが。
(…あいつ今風呂だよな。なんかあったか?)
シロナが入浴中にカイムを呼ぶことなどほぼない。シャンプーでも切らしたか?と思いつつ風呂場に向かう。
「入るぞ」
「はーい」
カイムが洗面所の扉を開く。シロナは風呂場におり、曇りガラスの向こうにいるのがシルエットでわかった。
「どうした」
「ボディソープが切れちゃったの。替えがあるから取ってくれない?」
カイムが予想したものと近く、ボディソープが切らしたらしい。詰め替え用のものを買い置きしてあっただろうと棚を開くと、予想した通り詰め替え用のボディソープがあった。
「あったぞ」
「あった?」
するとシロナが風呂場の扉を少しだけ開き、顔を覗かせてきた。
「っ!」
入浴中だったシロナは、長い髪から水を滴らせており、何とも言えない色気があった。垂れる雫が首筋を通り、鎖骨付近へと落ちていく。そして曇りガラスの向こうには、肌色のシルエット。
自然に視線を逸らし、カイムは詰め替え用ボディソープをシロナに渡した。
「ありがと」
「…ああ」
「…どうしたの?」
視線を頑なに向けないカイムに、シロナは問いかける。内心で誰のせいだ、とツッコミつつ、カイムは大きくため息を吐いた。
「風呂、途中だろ」
「?」
「……ほら、もういいだろ」
押し付けるように詰め替え用ボディソープを渡してくるカイムに首を傾げるが、シロナはすぐに自分の姿を思い出した。
そしてここで悪戯心が芽生えたシロナは、カイムに問いかける。
「ねえカイム」
「なんだ」
「一緒に入る?」
カイムの足が止まる。既に耳が赤くなっていたカイムだが、さらに首元まで赤くなっていくのが見えた。
これは効果抜群だったな、と思いつつ、顔を赤くして俯くカイムが見れてシロナとしては十分な収穫だった。前回同じ
シロナがいい気分で戻ろうとした瞬間、カイムが風呂場の扉に手をかけてそれを止める。何事かとシロナが目を向けると、目の前には青い瞳。
「えっ」
「お前、それ前にも言ってたけど…いいのか?」
「あ、えっ?」
「お前がいいなら入ってもいいんだぞ」
カイムの声色に冗談の雰囲気はない。これが冗談の類ではないことを察した。そして察したことで、どんどん自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
「い、今はカルネさんいるし…」
「打ち合わせ、一時間以上かかるって言ってた。始まった時間を考えりゃ、俺が出るまでは十分すぎる」
「あ、う…」
「……揶揄うのも結構だが、お前反撃された時の耐性なさすぎだろ」
顔から火が出そうなほど顔を真っ赤にするシロナを見て、カイムは思わず苦笑する。カイム自身、シロナからの攻撃は非常に良く効くのだが、カイムが反撃するとシロナは自分よりも遥かに効いていた。
「だ、だって…」
「あ?」
「かっこいい、から…」
「……眼科いけ、阿呆」
甘く見積もっても、カイムの容姿は並の域を出ることはない。そのカイムをかっこいいと評するシロナの美的センスを疑いつつも、そう言われることは嬉しい。シロナが意図した攻撃よりも、こういった半分無意識の攻撃の方がカイム的にはダメージが大きかったりする。
「はあ……もう戻れ。風邪ひくぞ」
「あ、ありがと」
そう言ってカイムは風呂場から去っていった。
シロナも風呂場の扉を閉じ、カイムから渡された袋からボトルにボディソープを移し替える。ボトルに注がれる液体を眺めながら、先程向けられた青い瞳のことを思い出していた。
青みがかかった黒い瞳。まるで深い海のような色…あの色がシロナは好きだった。見ているだけで吸い込まれそうで、落ち着く色。
そんな色の瞳が、まるで宝物を見るように優しい光を浴びて見つめてくる。ポケモン達を見つめる時とはまた違う、自分だけの宝物を見つめるような…そんな目。あの瞳を見るだけで、体の奥が温かくなってくる。
「…綺麗な目」
カイムの姉であるイサナや、母であるタキ。二人ともあの色の瞳を持っていた。もしかしたら、流星の民特有のものかとも考えたが、よくよく考えると流星の民であるヒガナの瞳の色は違う。分家特有のものなのかもしれないとシロナは結論付けた。
髪から水滴が落ちる。
「………」
水滴は冷えてきているはずだが、今のシロナは気にならなかった。ぼんやりとした熱に浮かされ、脳裏にずっとあの青色がちらつく。
『入ってもいいんだぞ』
そう言われて、思わず込み上げてきた思い。それを自覚して、再び顔を赤くした。
(…今私……もしかして、一緒に…)
思考を考え切る前に、湯船に頭をつける。
「〜〜っ!」
そして唐突に冷静になり、シロナは勢いよくボディソープの蓋を閉じた。高速で身体を洗い終え、顔を真っ赤にしたまま湯船に浸かる。カイムにベタ惚れしていることは自覚していたが、二十代後半でこんな年頃の女の子のようになるとは思いもしなかった。
「…はぁ……もう、効果抜群よ」
自分がこんな思いを抱えているなど、かつての自分なら信じないだろう。
想定していたよりも、ずっと素敵で苦しい思い。それでも、カイムの名前を呼ぶだけで胸の奥が温かくなる。カイムが名前を呼んでくれるだけで心が安らぐ。そんな人と出会えた幸運を心から嬉しく思いながら、目を閉じてお湯の温かさに見を委ねるのだった。
その夜、またカルネにいじられて顔を真っ赤にするのだが、それはまた別の話。
一方その頃
《……主、波導が乱れています。どうされましたか》
庭のフィールドで波導の修行をしていたカイムに、波導を見ていたルカリオが心配するように鳴き声をあげる。
鳴き声からなんとなく心配されていることを察したカイムは、苦い顔をしながら首を振る。
「…悪い、なんでもねえ」
再び波導を整え、徐々に流れを抑えるようにするが、脳裏に先程のシロナの姿が過ぎる。そのせいで再び波導が乱れてしまい、カイムは頭を抱えた。
『かっこいい、から…』
シロナの言葉で再び顔に熱が走る。普段顔色がほとんど変わらないカイムの顔が赤くなるのを見て、『またか』とでもいうようにルカリオが呆れたように息を吐く。
ムクホークを布団に波導の修行を見ていたブラッキーは楽しそうに尻尾を揺らし、小さくあくびをした。
その日の修行は全くうまく行かなかった。
二人のバトルをカットしてしまい申し訳ありません。
今回のメインは二人のバトルではないし、書くならちゃんと3 on 3で書きたかったので今回は無しです。
ミツル君の弱点
・ユウキの真似をしようとして、ポケモン達に合わないオーダーを出す。
・本能的に察する才能が無いのに、ユウキみたいに思考しないでバトルしようとする。そのせいで対応力が低く、テンプレの単調的なバトルになる。
言わせてみたいセリフ
強敵相手にカイムと共闘して、若干呑まれ気味なカイムへのシロナさんからのセリフ
シロナ「この程度で呑まれるの?そんな生温い鍛え方はしてないはずよ。5分もあれば落ち着くかしら?」
バトルを辞めると決めた時のカイムとダイゴ
カイム「もうバトルは辞める。十分すぎたさ」
ダイゴ「……カイム、キミは…」
カイム「これでいい。これでやっと…お前を心から応援できる」
この場面が本編で出てくる機会はない。
不思議のダンジョンのトレーナー版がみたい。ギルドマスター兼相棒にシロナさん、主人公にカイム的な話。
いっそ第五世代の登場人物でもいいかとも思ってます。マスターにアデク、相棒にベル、主人公にトウヤとか。または相棒にチェレン、主人公にトウコ。
誰か書いて。
シロナ
酒が入ると楽しくなるが、初心なのは変わらない。酒は強いが押しには弱い。バレンタインは基本買った物を上げる。手作りは親しい人やお菓子作りを教えてくれた人のみ。なお、本命チョコだけ気合いの入り方が違うらしい。
努力値はAS全振り故に、攻める割に
カイム
酒が入ると寝る。酒は弱いし押しにも弱い。バレンタインというイベントに縁がなさすぎて、シロナと同棲するまで存在を忘れていた。
努力値はH全振りで、BDにもかなり割いてる。メンタル強度は百折不撓だが、種族値が低いため
カルネ
そんなに酒は強くないが、割とよく飲む。好きな酒はワイン。
ミツル
未成年。闇堕ち回避ルート。ただ、まだ強化はされていないため、しばらくミオシティに滞在。
作者
砂糖に命を蝕まれているくせに、砂糖を入れないと気が済まない阿呆。
レジェンズ続編、嬉しい。
次回、タマゴ。
お気に入りが7000近くなりました。7000超えたら、なんか書きます。
感想・評価は励みになります。良ければお願いします。
みなさんの推しタイプは?
-
ノーマル
-
ほのお
-
みず
-
でんき
-
くさ
-
こおり
-
かくとう
-
どく
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じめん
-
ひこう
-
エスパー
-
むし
-
いわ
-
ゴースト
-
ドラゴン
-
あく
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はがね
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フェアリー