ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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タマゴ


短編です。


48話 ミオシティ

 ぽふん

 

 そんな感触を感じたカイムは、頭を上げる。

 見ていたタブレットを置くと感触の原因を探して視線を巡らせる。視線の先にいたのは、ムクホーク。背中にはブラッキーが乗っており、ぴょこんと顔を出してきた。

 

「どうした?」

 

 もふもふとした感触の正体は、ムクホークの翼だった。論文の添削が映されたタブレットを置くと、起き上がる。ムクホークはカイムが起き上がるのを見て、ムクホークは視線をリビングの方へ視線を向けた。

 

「……?」

 

 リビングの方に何かあるのだろうか。

 そう考えながら起き上がり、リビングへと足を向ける。ムクホークもブラッキーを背中に乗せたまま、ぴょんぴょん飛びながら着いてきた。

 リビングに来たカイムだが、特に何か変わったことはない。ポケモンのうちの誰かがイタズラされた様子もないため、どうしたのだろうとムクホークに目を向けた瞬間、何か物音が聞こえた気がした。

 

「今、何か…」

 

 カイムがリビングに目を巡らせると、リビングの隅の方から音が聞こえてくるのがわかる。コトコトと小さな音が不規則に聞こえており、聞き覚えのない音だった。

 

「あそこは確か…」

 

 音が聞こえる場所に歩み寄ると、そこにはヒガナから託されたタマゴがあった。タマゴは毛布で包まれた状態で、バスケットに安置されている。そのタマゴからコトコトと音が時折聞こえてくる。

 

(タマゴか…そういや、カルネさんがもうそろそろ孵化するって言ってたな。今すぐ生まれるほどじゃ無さそうだが…明日くらいには生まれるかもしれん)

 

 ポケモンと共に過ごすようになってからかなり長い時間が経つが、カイムがポケモンのタマゴを見るのは初めてだった。たまたまそういう機会がなかったというのもあるが、タマゴというのはいつどこで出てくるものなのかわからない。今のところ判明しているのは、同じタマゴグループのポケモン同士でないとタマゴができないことくらいだろうか。また、メタグロスのように性別のないポケモンは、メタモンとしかできない。

 

「ムクホークはこれを知らせに来たのか?」

 

 カイムの問いかけに、ムクホークは頷く。

 

「ありがとう。そろそろ生まれるとは思っていたが…こんなにすぐくるとはな」

 

 明日は朝からジムがあるが、今日の夜から深夜のうちに生まれるのであれば、孵化に立ち会うことができるだろう。

 

「…深夜以外の俺が見られない時間は、交代でポケモン達に見てもらうことにするか」

 

 さすがに深夜はポケモン達にも眠ってもらう必要があるため、深夜に監視させない。とりあえず日中に生まれることを願うしかないと考え、カイムはタマゴに毛布をかけなおし、リビングのソファに腰掛けた。

 

「…何が生まれるんだろうな」

 

 コトコトと音を立てるタマゴを眺めながらカイムは呟く。

 ヒガナが自らの罪と向き合うために託されたタマゴ。ヒガナ曰く、知らぬ間に紛れ込んでいたと言っていた。実際ポケモンのタマゴはいつの間にか存在しているパターンが多く、タマゴができた瞬間を見た人物はいない。いまだにポケモン生物学でも大きな謎となっているほどだった。

 そしてこのタマゴはまず間違いなく、ヒガナの手持ちポケモンの誰かのタマゴ。ヒガナの手持ちはヌメルゴン、オンバーン、ボーマンダのようにドラゴンタイプのポケモンが多い。ガブリアスが何やら気にしていたこともあり、恐らくドラゴンタイプのポケモンだということは予想できるが、さすがにどの種類のポケモンが生まれてくるかはわからない。こればかりは生まれてくるのを待つしかないだろう。

 

「…どんなやつだろうな」

 

 ポケモンも感情のある生き物。同じ個体は存在しない。同じ種族であっても好きなものも嫌いなものも違う。例えどんな個体であろうともカイムは他のポケモン達と変わらず接していくつもりだが、うまくやれるかどうかはまた別だ。今まで出会い、手持ちに加えてきたポケモン達は皆運良く仲良くやれているが、今回生まれてくるポケモンが同様にやれるかどうかはわからない。楽しみではあるが、僅かながら不安もあった。

 

「お前ら、仲良くしろよ?心配してねぇけど」

 

 カイムの言葉に、ムクホークは当然だと言うように頷き、ブラッキーも同意するように喉をくるくると鳴らした。そんな二匹の様子を見て少し安心したカイムは二匹の頭を優しく撫でると、夕食の支度を始めるために台所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タマゴ、もうすぐなのね」

 

 夕食を食べながらシロナはそうカイムに言う。シロナの言葉に水を飲んでからカイムは頷いた。

 

「ああ、中から音がする。多分そろそろ」

「そう。いよいよね、楽しみだわ」

 

 かつてヒガナから託されたタマゴ。託された時は動くことも音がすることもなかったが、ここにきて孵化できるくらいまで成長が進んだらしい。音が聞こえてくるタマゴをポケモン達も興味深そうに見ていた。

 

「あの様子だと、明日の朝には産まれるかもね」

「真夜中だと、ちょいと困るがな」

「誰かに見張っててもらう?ミカルゲならしょっちゅう夜更かししてるから大丈夫だと思うけど」

「いや、いい。今日はリビングで寝る。そうすりゃ産まれる時に誰かしら気づけるだろ」

「眠りが深い貴方が気づくのかしら…」

 

 カイムの眠りは非常に深い。それこそ、深すぎてダークライのいる悪夢の領域に呼ばれてもいないのに意識が触れてしまうほどだった。目覚まし時計で目覚められるが、少し物音がした程度ではまず起きないだろう。

 

「ブラッキーが気づく。気づいたら、起こしてくれるだろうよ」

「そうね、ブラッキーは夜行性だし。きっと起こしてくれるわね」

 

 ブラッキーは本来夜行性。カイムと一緒に寝たいから普段は早めに寝ているが、その眠りは浅い。物音や気配で眠りから覚めることもあった。きっとタマゴが孵る音で目覚めるだろう。

 

「じゃあ、今日はリビングね」

「お前はベットでいいぞ。わざわざ付き合う必要はねえ」

「あら、せっかく生まれてくるのよ?その瞬間に立ち会いたいわ」

「なら布団運ぶのくらい手伝えよ」

「もちろん」

 

 カイムとしては、シロナがいるかどうかはどちらでも問題ない。本音を言えばいてくれたら嬉しいが、今優先すべきは己の欲望ではないことをカイムはよく理解している。それに、シロナがいなかったとしても、ブラッキーを筆頭に、ポケモン達と共に眠るつもりだった。メタグロスは体格と重量の都合でボールから出せないものの、他のポケモン達全員と眠れる機会は割と珍しい。ハイスクールの修学旅行をカイムは思い出していた。

 

「…シロナって、ハイスクール行ったっけ?」

「ええ。でも、そんなちゃんと通ってないわ。ハイスクール入学前にチャンピオンになったから、チャンピオン業と並行してだったわね」

「うへぇ…並行して学生やれんのかよ」

「チャンピオン業があるから免除されてる課題とかもあったわ。ちゃんと通った日にちはそう多くないと思う。でも友達もいたし、それなりに楽しかったわよ。成績も良かったしね」

「姉貴ほどじゃないかもしれんが、お前の多才さも十分化け物レベルか」

 

 シロナはハイスクール入学時、既にチャンピオンだった。元より学力は十分だったが、一度しかない人生である以上、学生という期間を過ごしたいと考え、ハイスクールに入学した。リーグとの提携学校に入学することもできたが、自分で試験を受けた。ただ、事前にチャンピオン業に理解のある学校を選んだのは言うまでもない。

 そしてハイスクールに通う過程で、歴史の面白さに目覚めた。もとより遺跡や歴史が好きではあったものの、ここで歴史の奥深さや魅力に目覚めて、本格的に学ぶようになった。

 

「イサナさんと比べられたらたまらないわよ」

「姉貴は化け物通り越してる。ありゃ本格的に人外だ」

「お姉さんでしょ?そんな言い方しないの」

「本当のことだ」

 

 言い方は散々だが、事実である以上シロナも苦笑するしかない。シロナも相当優秀だが、それは努力によって培われたもの。しかしイサナは努力以上に才能でカバーしている。本能的に己の糧にする最短効率の手法がわかり、どんなことであっても吸収力が凄まじく高い。ポケモンバトルも少し見ただけで、どこをどうすればバトルに勝てるか、このポケモンはどんなことが向いているのかを把握できる。10年以上のブランクがあったにも関わらず、(代理とはいえ)ジムリーダーになったカイムとかなりいいバトルができていた。加えてサメハダーはともかく、ゴリランダーはバトル用に育成したポケモンではない。そんな状況下であそこまでのバトルができるのは、シロナも才能という面では認めざるを得ない。

 ただ、イサナはバトルにあまり興味を持たなかった。本人曰く『見る方が好き』とのことであり、こういう意味でイサナは『才能』はあったものの、バトルに興味を持つという『素質』はなかったのだろう。皮肉なことに、カイムとは真逆のあり方だった。

 

(聞いた話が事実だとしたら、あのままバトルを続けていたらレッド君レベルになっていたと言われても納得できるわ)

 

 現時点でトレーナーのワールドランキングがあったとしたら、恐らくレッドが一位になるだろう。シロナも自分のバトル、ポケモン達に自信はある。しかし、それでも戦績やバトルの完成度はレッドの方が上だとわかっていた。そして、イサナがバトルを続けていたら、確実にレッドレベルのトレーナーになっていただろう。

 尤も、シロナもランキングを作るとすればトップ5に入るレベル。カイムからすれば十分ハイレベルなのだが。

 

「そういえば、イサナさんこの前連絡してきたわよ。ルリナさんとのツーショットだったわ」

「ガラルで仲良いみたいなこと言ってたしな。それに、姉貴はスタイリストでルリナとよくつるんでいるらしいから、不思議じゃねえよ」

「カイムも人脈広いけど、イサナさんもよねぇ。そのあたりは、やっぱり姉弟って感じね」

「姉貴ほどダチは多くねえよ」

「あら、十分よ。ダイゴ君、ヒョウタ君、トウガンさん、スモモちゃん、スズナちゃん…他にもダツラさんやミクリさん、カトレア…他にもアイリスやルリナさん、ソニアさんもいるわよ。これだけいれば十分でしょ」

 

 よくよく考えると、一般人と呼べる人がいない。この友人ラインナップを見て、人脈が狭いとはとても言えないだろう。そもそも、ジムリーダーをやっている時点で彼自身が普通の一般人とは言えない。

 

「かもな」

「でしょ?貴重な素質よ。大事にしなきゃ」

「運がいいだけな気もするが…ま、いいや」

 

 それだけ言ってカイムは食べ終わった皿を下げ、水洗いしてから食洗機に並べる。そのまま食事を進めるポケモン達のもとへ歩いていった。一部食事を終えたポケモンの頭を撫でたり皿を回収したりと、いつも通りの風景だった。もう少しでこの光景の中に新しいポケモンが加わるのかと思うと、どことなく楽しみに思える。

 

「タマゴか。ガブリアス…フカマルの時は、どうだったかしら」

 

 ガブリアス…フカマルのタマゴは、ある時『見知らぬ男性』から託されたものだった。あの男性が何者だったのかはわからない。顔も思い出せないが、このガブリアスは今やシロナの相棒である。託してくれたことは感謝しているが、得体が知れないことに間違いはない。祖父母にこの話はしたが、特に何も言われなかったことは少し疑問ではあるが。

 そしてフカマルが生まれた時はとても嬉しかったことを覚えている。お互いに運命のような出会いだったと思っているし、欠かせない存在。

 

(フカマルが生まれた時、まだ他にポケモン持ってなかったわね。だからこんなたくさんのポケモンに囲まれて産まれてこれる子は…きっと幸せね)

 

 どんな性格なのかはわからない。ただ、なんとなくだが今いるポケモン達ともうまくやれそうな気がしていた。

 

「楽しみだわ」

 

 トリトドン二匹がカイムの足元でわちゃわちゃして、そんな二匹をやれやれといった様子でカイムが撫でていた。そしてわらわらとポケモン達に群がられている様子を見てシロナは小さく笑い、カイムのもとへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入浴を済ませてもなお、タマゴは産まれなかった。もしかしたら、とは思ったが、もう少し時間が必要らしい。

 

(音がする頻度は少しずつ増えてる気がする。あと数時間は必要かもしれんな。そうなると…ど深夜か朝方か。まあ、そういうこともあるだろうよ)

 

 明日は平日で、いつも通りジムもある。とても徹夜でタマゴの誕生を待つ余裕はない。やはり夕食の時に出した案のリビングで寝る、を敢行する必要があるらしい。

 

「まだ産まれそうにないわね」

「もう少し時間がいるな」

「待つ?」

「いや、さすがにいつ産まれるかわからんし寝る。明日もジムがあるし、待つ余裕はねえ」

「そう。じゃ、お布団持ってきましょ。寝る準備しなきゃ」

 

 そう言ってシロナとカイムはマットレス、敷布団をリビングに運び、テーブルやソファをずらして眠れる場所を確保した。真夏ということもあり、掛け布団といえるようなものはほとんどかけず、タオルケット(とポケモンの体温)で眠っている。加えて、二人は普段寄り添いあって眠っているため、風邪をひくことはない。そして今も当たり前のように、布団は一枚しか持ってきていなかった。尤も、いくら広いリビングといえど家具を完全に動かさないと、大人二人が横になれるスペースはないのだが。

 

「今日はみんなで寝るか」

 

 そう言ってカイムはポケモン達を出す。ブラッキー、バシャーモ、ルカリオ、ムクホーク、トリトドン、キリキザンがリビングに出てきた。メタグロスはサイズと重量的に室内にはいられないため、ボールに入ったままだった。明日のバトルでは出してやろうと決め、カイムはシロナと共に布団に寝転がる。

 ブラッキーはいつものようにカイムの側で丸くなる。バシャーモはソファに寝転がり、ルカリオはソファを背もたれにして腕を組み目を閉じる。ムクホークはタマゴの横にいつものクッションを持ってきて眠り、キリキザンもムクホークの側に寝転がった。トリトドンはシロナの隣で丸くなる。

 結果的に、ポケモンに囲まれて眠るという珍しくも穏やかな空間で眠ることになった。

 

「メタグロスはさすがに無理ね」

「あのサイズと重量だ。仕方ねえ。明日のバトルで多めに出してやるさ」

 

 そんなことを話しながら、視線だけタマゴの方へ向ける。時折音のするタマゴは今にも産まれそうだが、まだ少し時間は必要だろう。

 

「産まれそうになったら、誰かしら気づく…よな?」

「多分?ブラッキーとかは気づきそうだし、すぐそばにいるムクホークも起きそうよね」

「俺ぁ眠りが深いから、気づいたら起こしてくれ」

「ま、貴方は気づかないでしょうからね。意識だけはしておくわ」

 

 さすがに約束まではできないが、意識だけはしておこうとシロナは考える。案外、眠る前の意識というのは寝起きに関係してくる。完全ではないものの、それくらいは必要だろう。

 

「じゃ、おやすみ。産まれるといいわね」

「ああ、おやすみ」

 

 そう言ってシロナは目を閉じる。日々の疲れもあるが、いつものように側に最愛の人がいるという事実がシロナをすぐに眠りへと誘うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 穏やかな寝息を立てながら自身の腕を抱くシロナを感じながら、カイムはぼんやりと天井を眺める。

 

(…普段なら、すぐ寝られるんだがな)

 

 もとより眠りが深く、眠りに落ちやすいカイムだが、珍しく今日は眠れずにいた。布団が違うだけで眠れない、というような繊細さはカイムにはない。環境の違いが要因でないなら、眠れない理由はそれ以外になる。

 

(……少し、興奮してるのかもな)

 

 実は、カイムはまだタマゴからポケモンが産まれる様をほとんど見たことがない。遠目や映像ではあるものの、間近で見た経験はない。それ故に、どことなく興奮している部分もあるのかもしれない。

 

「う、んん…」

「………こいつは」

 

 もぞもぞと動きながらシロナがカイムに近づく。今のシロナに意識はない。完全に無意識の行動なのだが、こういう眠っている時の動きが日に日にブラッキーに近くなるのは何故なのだろうか。ポケモンはトレーナーに似るという話はあるが、何故彼氏のポケモンに似るのか。

 最近はカイムの腕がお気に入りなのか、よく抱きついて眠っている。もしカイムの腕の代わりに抱き枕があったら、くったりした感じになっていただろう。

 

「…………」

 

 そして抱きつかれている、ということは、密着しているということでもある。シロナの匂い、息遣い、感触…様々な情報が伝わってくる。しかも季節は夏。シロナの服装はキャミソールとショートパンツ。体温や感触がかなり強く感じられてしまう。それだけでなく、暗いとはいえ間近にいる以上、視界への情報も少なからずあった。

 普段は割とすぐに眠ってしまうため意識しない。しかしこうも状況が状況であるため、色々な情報がダイレクトに脳に叩きつけられていた。

 

(…こいつは本当に……無防備すぎんだろ)

 

 まるで宇宙の真理を知ったニャオハのような顔をしながら、カイムは虚空を眺める。あまりにも無防備すぎるため大丈夫なのか、と心配になるが、外ではちゃんとしている(できている)のが不思議でならない。

 そしてこの状態は、色々な情報が叩き込まれ続けているため、猛毒と砂嵐のスリップダメージを与え続けられているようなものだった。普通であれば、理性(HP)をゴリゴリ削られてあっという間に理性はダウンさせられていただろう。

 しかしこの男、理性(メンタル)が鋼タイプだった。普段の攻撃は効果抜群だが、猛毒と砂嵐は鋼タイプに無効。ダメージがないわけではないものの、削られることはなかった。

 

「寝るか」

 

 そう呟くと、ブラッキーが薄く目を開く。そしてカイムの腕を枕代わりにして頭を乗せると、くるくると喉を鳴らして目を閉じた。

 

 両側から健やかな寝息を感じながら、カイムも目を閉じる。

 願わくば、これから産まれてくるポケモンも同じように共に眠れるような関係性になれることを願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 

 深夜、誰もが寝静まり、空が白み始めた頃にシロナは目覚めた。

 静かに起き上がり、周囲を見渡す。カイムだけでなくポケモン達も眠っており、誰も起きる様子はない。時計も起きるには早すぎる時間を示している。

 普段はこんな時間に目覚めることはほぼない。ここで目覚めたというのは、もしかしたらタマゴに何か動きがあったのかとタマゴに目を向けた。しかしタマゴはまだ産まれておらず、音がするだけだった。だが音は大きくなっており、今にも産まれそうな雰囲気がある。

 

「…もう少しかしら」

 

 そこでシロナは側に気配を感じる。視線を向けると、そこにはルカリオが立っていた。気配に敏感なルカリオも目覚めた、ということは、やはりタマゴが産まれる兆候なのかもしれない。

 

「…!」

 

 そう考えた瞬間、何かが割れるような音がする。タマゴの殻に僅かながらヒビが入っていたのだ。

 これを見たシロナは、即座にカイムの体を揺らす。しかし、眠りが深いカイムはその程度では目覚めない。わかっていたことだが、こんな時でも変わらないカイムにやや呆れつつ、カイムの耳に口を近づけた。

 

「カイム、起きて」

 

 シロナの言葉に反応したカイムがゆっくりと目を開く。悪夢の底でカイムの夢にダイブした影響で、シロナはカイムの意識をなんとなく感じ取れるようになっていた。その結果、意識を感じながら『起こそう』とすると、カイムの意識を眠りから覚ますことができるようになった。

 

「…ん……あ」

 

 目覚めたカイムは二、三度目を瞬かせると、むくりと起き上がる。そしてタマゴを見ると、驚いたように目を見開いた。

 

「…産まれるのか」

「ええ、そうよ。見届けましょ」

 

 カイムと共に、シロナとポケモン達はタマゴの元へ集まる。

 少しずつヒビが大きくなっていき、そして殻が一欠片割れて、落ちた。割れた部分には、一つの大きな瞳。その瞳とカイムは目があったのを感じ取った。

 少しずつヒビは大きくなり、そして中にいたポケモンの姿が現れる。青い体をした小さな体のポケモンがタマゴの中から出てきた。

 

「こいつは…」

「この子はタツベイね」

 

 タマゴから現れたのは、タツベイだった。青い体をした子供のドラゴンであり、最終的にはボーマンダへと進化するポケモンである。ヒガナの手持ちにボーマンダがいたため、恐らくあのボーマンダの子供になるのだろう。

 産まれたばかりのタツベイは、カイムのことをじっと見つめる。それに気づいたカイムは、タツベイにそっと手を差し出した。その差し出された手を見たタツベイは、まだ覚束ない足取りでカイムの手を取ろうとするが、足がもつれて倒れてしまう。そのタツベイの体をカイムの手が抱き止めた。抱き止められたタツベイは、カイムの手の感触が気持ちよかったのか、すりすりと頬擦りをしてくる。

 

「ふふ、かわいいじゃない」

「ああ、そうだな」

「親だと思われているみたいよ。よかったわね」

「よかったよ。嫌われなくてな」

 

 今のところ、タツベイからの印象は悪くないらしい。くるくると喉を鳴らしながら甘えてくる姿は愛らしく、思わずカイムの鉄面皮も僅かにほころんだ。

 このタツベイがバトルに興味を示すかはわからない。しかし、もしバトルをやりたがらなくとも、タツベイにも他のポケモンと同じように接していこうと考えながら、タツベイの頭を優しく撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のミオジム

 

「おはようござーいまーす」

「おはよー」

 

 ジムトレーナー達がジムに集まってくる。ジムトレーナー達は普段、チャレンジャーの相手や自身のポケモンやジム所属ポケモンのトレーニングを行っており、日々研鑽を積んでいる。だがポケモンバトルだけでなく、普通の勉学や仕事も行いながらやっているトレーナーがほとんどだ。

 そんなミオジムに所属するトレーナーの一人である少年。少年は現在ハイスクールの生徒であり、ハイスクールに通いながらもミオジムで腕を磨いている。いつの日か、このミオジムのジムリーダーであるカイムのようになることを目標に日々研鑽を積んでいた。

 学校も夏休みということで、少年は朝からジムに顔を出した。バトルの腕を磨くのはもちろん、休憩時間や隙間時間に学校の宿題をやろうと教材も持ち込んでいる。あわよくば、カイムに教えてもらおうとかも考えたりしているのだが、それはまた別の話。

 そんな少年が周囲を見渡す。ジムトレーナー達がチャレンジャー戦やトレーニングの準備をしているが、その中にカイムの姿がない。いつも誰よりも早く来ているカイムの姿がないのは、違和感があった。

 

「あれ?カイムさんは?」

「まだ来てません。珍しいですよね」

 

 少年に答えたのは、最近ミオジムに通っているミツルというホウエン地方から来た少年だった。相当性格の悪いやり方で指導されたにも関わらず、折れることなく通い続けている姿に、少年は改めて頑張ろうと思ったのは別の話。

 

「ミツル君、今日も早いね」

「いえ、好きでやってることなので。でもカイムさん、どうしたんですかね」

「あの人が休むのに連絡しない…なんてことないもんな。どうしたんだろ」

 

 真面目の具現化みたいな性格をしている男が、連絡を怠るということはない。だというのに連絡がない、ということは来るには来るのだろうが、やや遅れるのだろうと少年は予想した。

 

(さて、僕も準備をしないと)

 

 カイムのことは少し心配ではあるが、朝一であるジムチャレンジの相手を任されているため、少年は準備に取り掛かる。

 そして準備が半分ほど完了し、ミツルとストレッチやウォーミングアップをしている時、カイムがジムに来た…来たのだが、普段とは明らかに違う様子だった。

 足元にブラッキー、背後には乗ってきたムクホークがいるのは変わらないが、腕の中にタツベイがいた。そしてそのタツベイが、しきりにカイムの腕に噛みついている。

 

「わりい、遅くなった」

「あー…いや、まだ余裕ありますけど…」

 

 明らかに疲れている、というより、事態を飲み込めないといった顔だった。

 

「どうしたんですかカイムさん。そのタツベイ」

「あーいや……知り合いに託されたタマゴが昨日孵ってな…」

「それはいいんですけど…なんでそんなに噛みつかれているんですか?」

 

 カイムの腕の中にいるタツベイは、何故か膨れっ面でカイムの腕に噛みついている。普段のブラッキーのような甘噛みではなく、ちゃんと歯を立てて噛みついているため、歯型が腕についていた。

 タツベイの様子を見た感じ、嫌がっているようにも見えなくもない。だがカイムがポケモンに対して気に障るようなことをするともあまり考えられないため、どうしてそうなったのかをミツルは問いかけた。

 

「……わかんねぇ」

「ええ…」

「昨日は別にこんなんじゃなかったんだが…」

 

 産まれてから朝までの間はそれなりの時間を過ごしたが、その間はカイムに甘えてきていた。ブラッキーほどではないものの甘えてくる様子を見たところ、少なくとも嫌われてはいないと思っていた。だが、通勤のために外に出て、せっかくだから外を見せてやろうとしたら噛みつき始めた。外に出たくなかったのかと思ったが、外の景色は楽しそうに見ている。そのため、余計に理由がわからなくてカイムは頭を悩ませていた。

 

(カイムさんが嫌われるなんてことあるのかな…?まあ合わないポケモンも人もいるだろうけど、そんな風には見えない)

 

 ミツルはそう考えてタツベイを見る。するとタツベイは少し嬉しそうにカイムの腕をぎゅっと握っていた。そしてミツルが自分を見ていることに気づいたタツベイは、目を見開いてカイムの腕に噛みついた。

 

「いってぇ!」

 

 噛みつかれてなお、腕からタツベイを離さないのはさすがと言うべきか。そして噛み付くくせに、カイムの腕から降りようとしない。

 

(…もしかして)

 

 ミツルは一つの仮説に辿り着く。そして隣にいたジムトレーナーも同じことを思ったのか、苦笑しながら頷いた。

 

「多分、あのタツベイは甘えるのを見られるのが恥ずかしいんだよ」

「きっとそうですね。いじっぱりな性格なのかもしれません」

「かもね。似たもの同士だね、あの二人」

「ですね」

 

 やはり嫌われていなかったとミツルは納得する。

 だがカイム自身はわかっていないのか、げんなりしながら準備を始めていた。頭もよく、いろんな人の細かい部分によく気がつく人なのに、変なところで鈍いんだなとおかしくなってミツルは笑った。

 

「なに笑ってんだミツル」

「いえ、なんでも。さ、カイムさん。アップを始めましょう」

「…ああ、わかってるよ」

 

 小さくため息を吐きながら、カイムはミツルやジムトレーナーと共にアップを始める。その腕にいるタツベイはいまだに腕から降りようとせず、そんなタツベイを見て、カイムの足元にいるブラッキーは楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はじめに見たのは、青い光だった。

 

 とてもきれいな光だったから、ぼくはその光にむけて手をのばそうとした。でもとどかなくて、ころんでしまったんだ。

 そのとき、ぼくをうけとめてくれた手がとてもやさしくて、あたたかかった。とてもやさしい手の心地がよくて、かおをあげたんだ。そしたら、そこにはやっぱりとてもきれいな青い光があった。

 ぼくをうけとめた手は、ぼくがはじめてみた青い光の目をした人だったんだ。ぼくは、この人がぼくの『おや』だってわかった。とてもやさしくて、きれいな目をした人。

 

 うまれたばかりのぼくだけど、この人のことがすきになった。とてもやさしくて、いっしょにいたいっておもえる人だった。

 ぼくが近くにいったら、とてもやさしい手つきでぼくをなでてくれる。ほかのポケモン達も、ぼくと同じようになでてもらっていた。みんなそのかおがしあわせそうで、ぼくもそのなかまになったんだって、うれしかった。

 でも、なでられてうれしそうにしてるのを見られるのは、ちょっとはずかしい。だからうでにかみついちゃう。ほんとはもっとなでてほしい。でも、ほかの人に見られるのははずかしいんだ。

 こんなことばかりしてたら、きらわれちゃうかなっておもったけど、ブラッキーは『絶対そんなことないよ』っていってくれた。

 

 すなおになれないぼくだけど、この人といっしょにたのしくすごしたい。

 

 




Cパート



 波の音が響く中、シロナは一人佇んでいた。

「綺麗…」

 月明かりが水面に反射し、輝く様を見て、一人呟く。任務帰りに寄って見たが、やはりこの場所はいつ来ても心安らぐ。側にいた相棒であるガブリアスは、シロナの言葉を肯定するように鳴き声を上げた。

「少しここで休んでいきましょ。今回も厳しい任務だったし」

 シロナは近くの岩に腰を下ろし、ガブリアスも隣に寝転がった。
 心地よい風を受けて目を閉じる。暫しの間、潮風を感じながら波の音を楽しんでいると、ガブリアスがぱっと起き上がった。突然起き上がったガブリアスの気配にシロナは目を開き、ガブリアスに視線を向けた。

「ガブリアス?」

 じっと砂浜の先に視線を向けるガブリアスにシロナは首を傾げる。ガブリアスは立ち上がると、のしのしと歩いていった。

(…何かあるのかしら)

 シロナも立ち上がると、ガブリアスについていく。
 少し歩くと、ガブリアスが立ち止まった。どうしたのだろうとガブリアスの背後から顔を出すと、その先にあるものに目を見張った。

「嘘…まさか、人⁈」

 視線の先には、人が倒れていた。短い黒髪の青年であり、見たところ年齢はシロナと大差ない雰囲気だった。
 まさか人が倒れているとは思わなかったシロナは、慌てて青年に駆け寄る。青年を抱き起こして安否確認をするが、呼吸はしているし、目立った外傷もない。やや顔色が悪く見えるが、見たところただ気を失っているだけのようだった。
 まずは起きられるかどうかを確認するために、青年の体をゆすりながら声をかける。少し声をかけると、青年はゆっくりと目を開いた。

「…う、あ…」
「君、大丈夫?」
「あ、ああ…」

 青年は目を開く。青年の瞳は青みがかかった黒色の珍しい色をしており、まるで深い海のようだった。その海のような瞳が月光を受けて鈍く輝く様に、思わずシロナは見惚れてしまった。

「…ここは?」
「あっ!ここはスズラン島の海岸よ。貴方は倒れてたの」
「スズラン…島?」
「え、聞き覚えない?」
「ああ…」

 困惑したように周囲を見渡す青年。まるで初めて見る風景を見渡すように視線を巡らせる青年は、まだ意識がはっきりしていないのかどことなくぼんやりしている。
 何か様子がおかしいとわかったシロナは、青年に問いかけた。

「貴方…ここに来るまでのこと思い出せる?」

 シロナの問いかけに青年は目を伏せ、ゆっくりと首を振った。

「…思い出せない。というか、何も思い出せん。ここにどうやって来たのか…どうしてここにいるのか」

 青年は、何も覚えていなかった。何故ここにいるのか、どうやって来たのか…何も。どんなに思い出そうと頭を巡らせるが、頭に霞がかかったようになり記憶が遡れない。
 記憶がない。それが事実かはわからないが、嘘をついているようには見えない。何もわからないなら、恐らく身寄りもない。そう考えたシロナは、一つの提案をした。

「とりあえず、私達の拠点に来たらどう?そこで一度落ち着いて、ゆっくり思い出してみたら?」
「………」

 シロナの提案に、青年は暫し考える。自身のこともわからないが、相手の素性もわからない。本来なら素性のわからない相手から世話になることはないが、今は頼れる人もいないし、己の記憶もない。

「…すまない、少しだけ世話になってもいいだろうか」
「ええ、もちろん。じゃあ早速向かいましょ」

 シロナは立ち上がるとガブリアスをボールに戻して立ち上がる。それに続いて青年も立ち上がると砂を払い、シロナに向き直った。

「助かる」
「いいのよ。人助けは私たち(・・・)の本分だから」

 そこでシロナはふと、一つのことを思い出す。

「そういえば、まだ名乗ってなかったわね。私はシロナ、冒険者ギルドシンオウ支部所属の冒険者よ」
「冒険者…?」
「そう。各地にあるダンジョンの開拓や民間人からの依頼、お尋ね者の捕縛をやってるわ」
「…そうか、そういう人達がいるんだな」
「これからいくのは、私たち冒険者のギルド…拠点ね。冒険者はみんなそこで寝泊まりしてるの。みんないい人だし、遭難者の保護もやってるから遠慮しなくていいわよ」
「……ありがとう、助かる」

 素直に頭を下げる青年に優しくシロナは微笑むと、最も大切な情報について問いかけた。

「それで、君の名前は?名前はわかる?」

 青年は一瞬海に視線を向け、シロナに視線を戻す。
 月明かりを反射し、青い光を宿した瞳がシロナを捉えた。

「俺はカイム。名前以外何も思い出せないが…よろしく頼む」

 青年…カイムは静かに答える。表情はまともに動かないが、とても優しい光を宿す瞳を見て、シロナは微笑み返しながら頷くのだった。



 これが私たちの出会いだった。
 
 綺麗な月が海を照らす、美しい夜だったことを今もよく覚えている。
 





ポケダンの冒頭だけ作ったので、ここで供養。
もしかしたらCパートとして二千弱程度の文字数で短編連載的なことを今後も続けるかも。結末だけ決まってるが、ジュプトルポジを誰にするか決められない。

書きたかったんや。許して。



シロナ
カイムの腕を抱き枕にするのがお気に入り。なお、逆のことをされると内心でめっちゃ動揺しながらも嬉しくなる。異性(カイム)の好きな部位は目と腕と鎖骨。はよ結婚しろ。
タツベイがカイムに噛み付く理由はなんとなく察しているが、面白いから黙っている。

カイム
くらったな!無量空処を!状態の男。異性(シロナ)の好きな部位は目と足。はよ結婚しろ。
ポケモンに嫌われる経験がほぼなかったため、タツベイに嫌われてると思い込んで内心ショックをうけている。ただ何故嫌われている(素直じゃないだけ)のかわからないため、珍しく悩んでいるとか。

ミツル
現在はコトブキシティにいる親戚の世話になっており、週に何度かミオシティに通っている。修行しながらも最低限勉学にも励んでおり、成績はそこそこいい。元々考えるのが好きなタイプだが、考えすぎてドツボにハマる時もある。

タツベイ
レベル1
性別 オス
性格 いじっぱり(時々すなお)
ヒガナから託されたタマゴから産まれた。いじっぱりな性格のせいでカイムに素直に甘えられず噛みついてしまうが、内心では甘えたいと思ってるため、ところ構わず素直に甘えられるブラッキーが少し羨ましい。噛み付く理由は、外で甘えているのを見られるのが恥ずかしいから。
カイムの手持ちだと陽気で絡みやすいバシャーモと頭に乗せてくれるメタグロス、手持ちの中では比較的新入りのキリキザンと仲良し。他のポケモンともよくつるんでいるのを見かけるが、一番好きなカイムには素直になれない。


生まれたてのポケモンについて
今までのアニポケやゲームで産まれてすぐに戦えることを見て、産まれた時点で3〜5歳くらいの知能を持っている設定。故に、タツベイは外でカイムに甘えている姿を見られるのを恥ずかしがった。


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