ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

6 / 68
お気に入り7000記念。
大変お待たせいたしました。

時系列としては、ダークライ事件の二週間〜くらい。
なのでまだ波導は未習得。


前回の映画編は七万という頭のおかしい文字数だったので、今回も同じくらいの文字数になりました。

誤字報告いつも助かっております。




EX episode 『ディアルガ vs パルキア vs ダークライ』

 悪夢の騒動から、少し経った。

 あれから街は機能を取り戻し、今では完全に立て直していた。完全に機能を停止しかけていたにも関わらず、この短期間で元に戻ったのは、ジムリーダーであるカイムが迅速な対応を行ったからだろう。無論カイムだけのおかげではない。カイムの対応についてきてくれたたくさんの人々や、ポケモンリーグからの支援を取り付けてくれたシロナの功績も非常に大きい。

 とはいえ、その先頭に立っていたのはカイム。自分が悪夢に落ちた後のことも考え、マネージャー達に一時的な引き継ぎをしていたことも大きい。

 

「調子はどう?」

 

 早朝、庭のフィールドでストレッチをしているカイムにシロナが声をかける。数日とはいえ、完全に寝たきりだったカイムの体は大きく鈍っていた。そのためジムが停止している間に、鈍った体を叩き起こすためにバシャーモとの組み手を行っている。

 

「悪くない」

 

 組み手後のストレッチをしながらカイムはそう答える。眠っていただけでなく、多くの悪夢の力を自身の精神に集めたせいで想定以上に体は鈍っていた。しかし、元の身体能力が高いこともあり、既に本来の身体能力を取り戻しつつある。組み手をしていたバシャーモも、目覚めた当初はやや動きにキレがなかったが、カイムとの組み手で調子を取り戻していた。ブラッキーだけは何故か衰弱せず、目覚めても何も問題なかったのだが、未だにその理由はわかっていない。尤も、ブラッキー自身が全く気にかけていないため、気づかないだけなのかもしれないが。

 シロナも悪夢に潜ったが、クレセリアの力と高い親和性を持っていただけでなく、クレセリアが悪夢の力を中和していたため、悪夢による衰弱がゼロに等しい。また、あの時はギラティナの加護も働いていたため、クレセリアの力との親和性が薄くとも衰弱はしなかっただろう。

 

(…まだ、悪夢の力を感じるな)

 

 拳を握りながらカイムはそう考える。

 カイムは悪夢の領域でアカギをガス欠にさせるほど多くの悪夢の力を取り込んだ。取り込んだ力が何か悪さをするわけではないが、時折カイム自身の意識が悪夢の領域に入り込み、寝起きが悪くなるくらいだった。大した影響ではないし、そもそもこの程度で済んでいるカイムがおかしいのだが。

 

「万全…とは、言えない感じ?」

「言ったろ。悪くない。だが、よくもない」

「そんなすぐ万全にはならないか。仕方ないわ」

 

 かなり無茶をした自覚もある。たかだか数週間で完全になるとも思えない。しばらくはリハビリだろうな、と考えたところで、シロナは一つ提案をしてきた。

 

「ねえカイム。ちょっとだけ、旅行に行かない?」

「旅行?」

「ええ。あまり遠くには行けないと思うから、シンオウ地方…それも近場になると思うけど、どうかしら」

 

 体力が戻りきっていない以上、移動に体力を使う遠出はできないだろう。そのため、あまり遠くない場所で、ということを提案した。

 

「…ふむ、いいかもな」

「でしょ?」

「ああ。だが、どこへ行く?」

「カイムはどこか行きたいところない?」

 

 シロナの問いかけにカイムは暫し考え込む。近場ということで、スマートフォンでタウンマップと睨めっこしていたが、すぐに顔を上げた。

 

「アラモスタウンなんてどうだ?」

「あら、いいじゃない。前は行けなかったものね」

 

 アラモスタウンは、以前シロナが学会で訪れた街。以前訪れた際は、カイムがシロナに同行できなかった。そのため、一人でアラモスタウンに訪れていたが、カイムとしても歴史的建造物のある街は興味がある。加えて、ミオシティから比較的近い。条件としては、合致する。

 

「じゃあアラモスタウンに行きましょ」

「お前はいいのかよ。前に行ったろ」

「一人でね。貴方と行きたいのよ」

「………そうか」

 

 唐突な不意打ちに、カイムは押し黙る。

 そんなカイムの姿が嬉しくて、シロナは楽しそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、二人はアラモスタウンに訪れた。

 

「はー…すげえ街だな」

 

 大きな街と、街の中央に聳え立つ時空の塔に思わずカイムは呟く。様々な遺跡や建造物を見てきたカイムだが、ここまで大きな塔はそうない。比較的近代の建物ではあるが、この塔にも長い歴史がある。シンオウ神話に直接的に関わるものではないが、シンオウ神話をモチーフにしている建造物故に、歴史を学ぶ者としてカイムも見ておきたかった。

 

「特殊な街よね。立地も街の様子も」

「ああ。この街は、湖の上にある島にできているんだな」

「そうよ。この大きな橋が唯一街と本土を繋ぐ道なの」

「災害で陸の孤島になりそうだ」

「捻くれてるわねぇ」

 

 確かに捻くれた物言いだが、カイムの言っていることは間違いではない。本土と街を繋ぐ道が橋しかない以上、あの橋が崩れたら普通に移動できる手段はかなり限られてしまう。浪漫があるし、カイムとしても興味深い街ではあるが、防災についても考えるあたりがカイムの捻くれた部分を象徴しているようだった。

 橋を渡り、街へと足を踏み入れる。石造の街はミオシティの造形とかなり異なっており、シンオウ地方の中でも異色の街並みだった。

 

「石造の街…かなり変わっているな。ここら辺、よく石材が取れるのか?」

「ええ。この周辺では石材が多く取れるし、クロガネシティも近いからね。木造にするより、石造にした方が材料の調達がスムーズだったのよ」

「なるほど」

 

 改めて街並みを見回す。街の規模としては大きく、どこも人で賑わっている。街の特性上、農作物等は外部から仕入れてきたものが多いようだが、その分加工品の露天が多い印象だった。

 加えて、家の構造もミオシティと比較して異色。石造の家々が立ち並び、アパートのように並んでいる。

 

「…シンオウ地方の街、というより、アルトマーレが一番似てるな」

「そうね。アルトマーレも石造の街だし、家の構造もアルトマーレそっくり。詳しいことはわからないけど、もしかしたら同じ時代の建造物なのかもしれないわね」

「案外、繋がりがあったかもしれんな」

 

 そう言いながら二人は宿泊先へと足を向ける。荷物を預けて散策へと向かい、アラモスタウンの街を見物していく。

 街を進んでいくと、広場に出た。街の中央にある時空の塔の目の前の広場であり、下から時空の塔を見上げることができる場所だった。

 

「すげえ」

「圧巻よね。とても大きいし、造形も見事の一言に尽きるわ」

「だな」

 

 時空の塔そのものもすごいが、広場は別の理由で盛り上がっていた。エンペルトとドダイトスがぶつかり合っており、バトルが繰り広げられている最中だった。

 

「バトル中か」

「そうね。入ってくれば?」

「……いいかもな」

 

 ダークライ事件から休養を優先していたため、バトルをほとんどしていなかった。組み手くらいであったため、ここで一度バトルしておくのもいいだろうと考えた。

 カイムが観客達の間を抜けていく。そこでちょうどエンペルトとドダイトスのバトルが終了した。互いの健闘を讃えて、トレーナー同士は握手をしている。ただ、バトルできなかった赤髪のトレーナーはバトルができなかったため、やや手持ち無沙汰にしていた。

 

「誰か!あたしとバトルしてくれる人はいない?」

 

 そう声を上げると、カイムが一歩前に出た。

 

「相手、頼んでいいか」

 

 カイムの言葉にトレーナーは思わず瞠目する。いつも通り無表情のカイムから放たれる覇気の強さ。それが重厚な鋼のように重く感じられたからだ。それだけで、カイムがかなり強いことを本能的に察する。

 

「…お兄さん、強いでしょ」

「さあ?どうだろうな」

「いいじゃん。じゃあ、あたしのゴウカザルとお相手してくれるかしら?」

 

 トレーナーはボールからゴウカザルを出す。

 カイムの目から見ても、このゴウカザルはよく鍛えられている。見たところ、エリートトレーナーくらいの実力はあるだろう。決して手を抜ける相手ではない。

 

「ああ。じゃあ同じタイプのこいつで相手をしよう」

 

 そう言ってカイムはボールからバシャーモを出す。悪夢に潜ったせいで若干衰弱していたバシャーモとあのゴウカザルならば、いい勝負になるだろうとカイムは考えた。

 

「いいね、じゃあ…はじめるよ!」

「ああ」

「ゴウカザル!マッハパンチ!」

「はやてがえし」

 

 高速で放たれた拳を、バシャーモが弾き返す。先制攻撃をいきなり弾き返してくるバシャーモに、トレーナーは一瞬動揺した。

 

(うっそ!この速度に反応してきた⁈)

「動揺したな」

 

 バシャーモはゴウカザルの腕を掴むと、そのまま投げ飛ばす。ゴウカザルは叩きつけられた瞬間、体勢を立て直した。

 

「ならこうよ!アクロバット!」

「みきり」

 

 ゴウカザルの素早い連撃をバシャーモは見切り、攻撃を防ぐ。一度距離を取ったゴウカザルは、バシャーモの出方を伺うように構えた。

 

(…状況判断ができてる。なるほど、一筋縄じゃいかんか)

 

 手を抜ける相手ではないと思っていたが、想定していたよりも強い。そう感じたカイムとバシャーモは一段階、集中を深くした。

 

「バシャーモ、ブレイズキック」

 

 バシャーモは足に炎を纏い、ゴウカザルに迫る。ゼロから一気に最高速度へ辿り着く敏捷性にゴウカザルは一瞬驚くが、決して対応できない速度ではない。タイミングを合わせてカウンターを叩き込もうと構えるが、あと二歩程度の距離になった瞬間、一気に速度が上がった。

 

「⁈」

「インファイト」

 

 『ブレイズキック』による脚力の上昇により、一息で最高速度まで上り詰め、そこに加えて特性『加速』を利用した不意打ち。バシャーモの高い速度と高威力の『インファイト』が合わさり、ゴウカザルに大きなダメージを与えた。ゴウカザルは咄嗟に後ろに飛ぶことで威力を僅かに軽減したが、次の攻撃は耐えられそうにない。

 

「こんな隠し玉があるなんて…貴方、何者?」

「一般人」

「冗談!ゴウカザル、ストーンエッジ!」

 

 ゴウカザルが地面を叩くと、地面から岩石の刃が飛び出してくる。命中精度はやや粗い技だが、この岩石の刃は的確にバシャーモに向かっていた。

 

「避けられんな。バシャーモ、砕け」

 

 咆哮と共に、バシャーモが地面を踏み抜く。そして踏み抜いた力をそのまま利用し、『インファイト』によってゴウカザルの『ストーンエッジ』を砕いた。当然無傷とはいかないが、直撃と比べればはるかにダメージを抑えられている。

 

「そこよゴウカザル!ドレインパンチ!」

 

 だがバシャーモの行動を読んでいたゴウカザルは、バシャーモが砕いた岩石の陰に潜み、バシャーモに近寄っていた。次の一撃を確実に決めるために気配を殺し、バシャーモが気づく前に射程圏内まで入っていたのだ。

 バシャーモに拳がぶつかり、バシャーモの体力を奪う。特性『鉄の拳』によって威力が底上げされた一撃は、『インファイト』によって耐久力の下がったバシャーモに大きなダメージを与えた。

 体力を回復したゴウカザルは、追撃としてもう一度『ドレインパンチ』を放つ。しかし、この追撃をバシャーモはゴウカザルの拳を燃え盛る足で防いでいた。耐久力が下がったバシャーモでは防ぎきることはできず、ダメージが貫通してしまうが、それでも確実に威力を削っていた。

 

「崩せ」

 

 バシャーモはゴウカザルの拳を防いだ足を振り上げてゴウカザルを弾くと、振り上げた足をそのまま下ろし、足でゴウカザルの頭を掴んで弾くと、反対の足で回転するようにゴウカザルを蹴り飛ばした。

 

「すごっ!」

「追撃!」

 

 炎を纏った足でゴウカザルを踏み抜こうと足を叩きつけるが、ゴウカザルは地面を押すことでその場から退避する。

 

「ここよ!マッハパンチ!」

 

 そしてそのまま高速の拳でバシャーモに肉薄する。当たればダメ押しに繋げられる一撃だっただろうが、バシャーモはその一撃を見切っていた。

 

「はやてがえし」

 

 再び高速の一撃を弾き返し、ゴウカザルを怯ませる。その隙に、咆哮と共に炎を纏った足でゴウカザルの拳を打ち払う。そして飛び上がり、そのまま踵落としの要領で足を叩きつけた。効果今ひとつの技だが、この一撃はゴウカザルの残っていた体力を消し飛ばすには十分すぎる一撃だった。

 

「ゴウカザル!」

「勝負ありだな」

「あっちゃー…こんな一方的かぁ…お兄さんほんと何者?ジムリーダーか何か?」

「どうだろうな」

 

 まだ就任してから日が浅いということもあり、カイムの顔はあまり知れ渡っていない。そのため、こうして街でバトルしたとしても案外気づかれないこともある。ミオシティの者なら先日の一件もあり、知らない者はいないだろうが、こうして他の街だと今までと変わらない反応をされることが多い。

 

「何にしてもいいバトルだったよ!ありがとうね!」

「ああ」

「お兄さん、多分外部の人よね。アラモスタウンには観光?」

「そんなところだ。時空の塔の見学にな」

「ああ、あれね。あたしはそんな詳しくないから解説とかできないけど」

「そうか」

「じゃ、またね!次は負けないからー!」

 

 トレーナーはそう言って去っていった。

 残されたカイムはバシャーモの治療を済ませると、バトルを見ていたシロナのもとへと歩いて行く。シロナは近くにあったベンチでカイムのバトルを見ており、その手にはボトルが握られていた。

 

「お疲れ様」

「ああ」

「はい、これ」

 

 カイムはシロナからボトルを受け取ると、ボトルを開いて水を飲んだ。そしてそのまま隣に腰掛けると、バシャーモもカイムの隣にどかっと腰を下ろす。

 

「悪くなかったわね」

「そうか?……そうかもな」

「二人ともちょっと動きが固かったわね。バシャーモは上半身と下半身のラグが、カイムはオーダーが一歩出遅れてる部分があったわ」

「…そうだな。ストーンエッジは、回避できた」

 

 ゴウカザルの『ストーンエッジ』。予備動作があったため、どちらも本調子であったのなら、回避からのカウンターを叩き込めたかもしれない。『ドレインパンチ』を防げたかもしれない。いずれにしても、もう少しリハビリが必要となるだろう。

 

「今は休みましょ。そのための期間でもあるし」

「ああ。だが、休みすぎて鈍るのもよくねぇ。ジムリーダーなんだ」

「ええ。うまく調整していきましょ」

「そんで?このあとはどうする。このまま時空の塔に行くか?」

 

 時空の塔は目の前。この街で一番の見どころであり、二人の目的でもある塔であるため、このまますぐに訪れるのも選択肢としてはありだろう。

 

「んー…それでもいいんだけど、先に行きたいところがあるの」

「へえ。どこだ?」

「この先にある庭園なの。そこで友達が待っててくれてるのよ」

「友達?」

 

 シロナの言葉に首を傾げるが、そういえば以前シロナが一人で訪れた時にそれっぽい話をしていたことを思い出す。

 

「そういやそんな話してたな」

「ええ。その子、この街のガイドなの。私も一度訪れているからそれなりに詳しいけど、さすがにガイドと比べたらね」

「そりゃそうだ」

 

 事前に調べた情報だと、このアラモスタウンには天才建築家が設計した庭園がある。そういった情報は調べられるものの、他の細かい部分は街に住む者の方が詳しい。

 加えて、シロナの友人だという。カイムからしたら、シロナの提案を断る理由はなかった。

 

「じゃ、その庭園とやらに行くか」

 

 知らぬ間に頭にブラッキーをへばり付かせたカイムが立ち上がり、シロナに手を差し出す。シロナは一瞬だけ驚いたように目を見開くが、ふっと笑ってカイムの手を取った。

 

「案内、よろしく」

「ええ、もちろん」

 

 二人は手を取り合って、庭園へと足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭園はとても静かで、野生のポケモン達が穏やかに暮らす場所だった。

 

「いい場所だな」

「そうでしょ?」

 

 ポケモンだけでなく、人も穏やかに過ごせる空間。時の流れがゆっくりに感じられるほど穏やかな雰囲気の庭園をカイムは見渡す。

 

「…どこか、見覚えがあるように思える」

「へえ?どこかしら」

「………そうか、アルトマーレ」

 

 穏やかな空気の庭園。それはアルトマーレの兄妹が過ごす庭園と似たものだった。ラティオス達がいるあの庭園も、ポケモン達が穏やかに過ごしている空間であった。ただ違うのは、アルトマーレは『心の雫』を安置する秘密の庭園であるため、限られた人しか入ることができない。このアラモスタウンの庭園は、誰でも入ることができる。今もちらほらとだが、人影が見えた。

 

「そうね、アルトマーレの庭園に似ているわ」

「街の雰囲気…石造なのもあるけど、なんとなく意匠も似てる気がする」

「デザインか…いい目の付け所ね。確かに似ているわ」

 

 この庭園をデザインしたのは、ゴーディという建築家。ゴーディが存在したのは、今から100年近く前の話。アルトマーレはそれより前から存在する街であるため、ゴーディがデザインの参考にした可能性はゼロではない。また、カイムも資料でしか見たことないが、パルデア地方のベイクタウンのデザインにも僅かに共通点があるように思える。

 とはいえ、これはあくまで見た目だけの印象。故に、確証など何もない話になる。

 

「…ゴーディ、だっけか?この庭園をデザインしたの」

「ええ、そうよ」

「ゴーディはどうしてこの庭園と時空の塔を作ったんだろうな」

 

 カイムの言葉に、シロナは首を傾げる。

 

「どういうこと?」

「いや…なんというか、こういう庭園やあんなバカデカい塔を建てるなんて、並々ならぬ情熱がないと無理だと思うんだ」 どちらかだけならいざ知らず、両方ともなると何かとてつもない情熱がないと不可能だろうとカイムは考えた。

 

「この庭園だけならわかる。あの塔…作るのにどれだけの費用と時間が必要だったのかを考えるとな」

「ゴーディがどうしてここまでのものを作ったのか…か。確かに不思議なものね。そのあたりの記録は残ってないのかしら」

「ゴーディの記念館とか、記録を残しているところはないのか?」

「どうかしら。あ、でも…確か時空の塔の地下にゴーディの研究室があるらしいわ」

「ほう…興味深いが、さすがにパンピーに見る術は無さそうだな」

 

 二人を一般人と称していいかどうかはさておき、実際二人がその研究室に入る術はない。厳密に言えばシロナはどうにかできそうだが、少なくともカイム一人では不可能だろう。

 

「それにしても…本当にいい場所だ」

「落ち着くわよね」

「んで?お前のダチはどこにいんだ?」

「庭園の中心部にいるって…あ」

 

 シロナが視線を巡らせると、中心部の噴水に腰掛ける金髪の女性が目に入った。そしてそこからは、草笛の音。

 

「…この音、なんだ?」

「草笛よ。あの子が吹いているの」

「あいつがお前のダチか?」

「ええ。いきましょ」

 

 シロナに続いて、女性の方へ足を向ける。遠目に見える女性は草笛を吹き、その周囲には野生のポケモン達が気持ちよさそうに笛の音に聞き入っていた。

 

(知らない曲だ。どこか落ち着くような…綺麗な音だな)

 

 シロナは草笛の音に合わせて鼻歌を歌っている。どうやらシロナは知っている曲らしく、上機嫌な様子だった。

 

「知ってる曲か?」

「そう。前に聞かせてもらったの」

「へえ。なんて曲だ?」

「確か、オラシオンって名前だったわ。お祖母さんから受け継いだ曲らしいの」

「へえ。まあ、俺が知らないのも無理はねえか」

 

 音楽に対して特段疎いわけではないが、詳しいわけでもない。知らなくても無理はないだろう。

 草笛を聴きながら、二人は女性の元へと歩いて行く。そしてちょうど一曲吹き終わったところで、二人は女性の元へ辿り着いた。二人の気配に気づいた女性は、二人に目を向けるとパッと表情を明るくした。

 

「あ、シロナさん!」

「久しぶりね、アリスさん」

「お久しぶりですー!」

 

 女性は楽しそうに駆け寄ると、隣にいるカイムに目を向ける。

 

「お隣の方は…」

「ああ、アリスさんは初めてよね。この人はカイム。私の助手兼弟子よ」

「カイムだ。ミオシティのジムリーダー。よろしく」

「ミオシティ…」

 

 先日のダークライ事件は、シンオウ地方だけでなく世界的にも注目された事件だった。その事件に対して献身的に尽力したジムリーダーというのは、ガラルにいるイサナにすら伝わるほどだったため、ミオシティジムリーダーと名乗れば色々思うところがあるのだろう。

 

「先日色々あったが、まあ気にしなくていい。もう解決した」

「そうですね。じゃあ改めて…あたしはアリス。普段はこの街で音楽を勉強してます。それで、アルバイトでガイドもやってるんですよ」

「ガイドなんだな。まあ、よろしくたのむ」

「前に来た時、街を案内してもらったの。行きたいところがあれば、案内してくれるわ」

「任せてください。どこでもご案内しますよ」

「心強い」

 

 アリスはざっとカイムの全身を見渡す。

 普通、普遍という言葉が似合いそうな男性だった。シロナと同じように黒を基調とした服装であり、黒のパーカーに紺色のインナー、黒のスキニーと青いスニーカーという出立ちだった。腰にはボールホルダーがあり、ボールも六つある。特徴的なのは、やはり瞳だろうか。青みがかかった黒い瞳はあまり見ない色だった。深い海のような色をしており、表情が全く動かないながらも優しい光を宿している。

 

「じゃあまず、この庭園からご案内しますね」

「ええ、よろしくね」

 

 アリスに連れられて、二人は庭園を進んでいく。どの造形物も綺麗に造られており、非常に歴史的な価値のあるものだとわかる。だが、その価値の高さを感じさせないほど自然で、暖かみのある造形だった。

 全体的に異国風の造形が多い庭園だった。先ほど言ったように、アルトマーレの街並みに近い構造をしており、他のシンオウ地方の街と比べて異色の光景といえる。

 

「ん」

 

 そんな中、水路を泳いでいたヌオーとウパーが顔を出す。

 

「なに、どした」

 

 カイムはしゃがんで、ヌオー達と視線を揃える。するとヌオーはぬぼーっとした顔を向けると、カイムの顔に水をかけた。

 

「ぶっ!」

「あ、またカイムが遊ばれてる」

「……このやろう」

 

 相変わらずぬぼーっとした表情のヌオーの頭をカイムはポンポンと撫でる。濡れた顔をハンカチで拭うと、カイムは前を歩くシロナとアリスを追って歩き始めた。

 

「この庭園は、昔ゴーディがデザインした庭園なんです。ゴーディについては…どれくらい知ってますか?」

「100年近く前に実在した天才建築家。庭園だけでなく、時空の塔のデザインも行なっており、街全体のデザイン自体も携わっている。街並みについては、ゴーディの意匠がかなり込められている。個人的には、建築家としての一面より、時空研究者としての一面に興味がある」

「うわ、めっちゃ詳しい」

「こんなもん誰でも調べられる」

 

 一体いつ調べたのか、と思えるような情報量に、シロナは相変わらずだなと苦笑する。ゴーディは建築家としては有名だが、時空の研究者としての一面はほとんど知られていない。それをこの短時間で調べ上げたのは、さすがとしか言えなかった。何より、時空の研究者としての一面は、シロナですら知らなかった情報だ。

 

「建築家としては有名だし、そっちについてはあたしも多少わかります。でも、時空の研究者としてはあんまり詳しくなくて…そっちは、トニオに聞いた方がいいと思います」

「トニオ?」

「あたしの幼馴染です。ゴーディの子孫なんですよ」

「ほう」

 

 是非話を聞きたい。そんな風に見られる表情をカイムはしたが、それに気づけるのはシロナだけだった。

 

「ま、おいおい話を聞きたいところだ」

「そのうち会えますよ。だって…」

 

 アリスが言い終わらないうちに、空気が振動しはじめる。ビリビリと振動する空気は、気流の乱れのような天候のものとは違う雰囲気のものだった。振動は穏やかに過ごしていた野生のポケモン達を怯えさせ、ポケモン達は飛び去ってしまう。

 

「っ…」

 

 揺れる空気に反応したのか、一瞬だけシロナの頭に針が刺さったような痛みが走る。すぐに痛みは感じなくなったものの、今の痛みと感じた感覚にどことなく覚えがあった気がした。

 

「シロナ」

「あ…」

 

 今の痛みの中に感じた感覚が何なのか考えていると、目の前にカイムの瞳があった。

 

「大丈夫か?」

「え、ええ…大丈夫よ。今のは、何?」

「わからん。気流…ではないみたいだが…」

 

 何か知っているか?とカイムはアリスに視線を向ける。視線を向けられたアリスは、苦笑しながら首を振る。

 

「すみません…あたしもよくわからなくて。ここ最近ちょっと変なんですよ」

「この異変、いつ頃からかわかる?」

「えっと…詳細の日程はわかりませんけど、二、三週間前です」

(二、三週間前…ダークライ事件が終息したのと同じくらいの時期…何か関係あるのかしら)

 

 解決したばかりということもあり、まだあの事件の残滓が残されているのかとシロナは勘繰る。しかし、時期が同じ以外何も共通点がないこともあり、これ以上考えても予測の域を出ない。そもそもシロナ自身、夢の世界の影響力の詳細についてはいまいち把握できていない。今回の事件において、夢の世界についてはほとんどヒカリに頼ってしまったこともあり、実際に長い時間悪夢の領域にいたカイムの方が影響力については詳しいまである。

 

「そう。心配だけど、考えてわかるものでも無さそうね」

 

 材料が少な過ぎる現状、考えられることはほとんどないと判断したシロナは、一度思考を打ち切る。ただ、何か判断材料がないか探すためにも頭の片隅に意識だけは残しておいた。

 

「切り替えていきましょ。せっかく来たんだもの。色々見て回らないと勿体無いわ」

「…ま、そうだな」

「というわけでアリスさん。時空の塔、案内してもらってもいい?」

「もちろんです!じゃあ早速向かいましょ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリスに連れられて、カイムが先程バトルした広場へと戻り、時空の塔へと足を踏み入れた。

 地上から入れる場所は、塔の基盤部分。奥には木の上で草笛を吹く少女と、たくさんのポケモン達のオブジェがあった。非常に細かい造形をしており、年季が入っているものの綺麗に手入れされたオブジェは非常に美しいものであった。

 

「へえ…すげえな」

「これも、実はゴーディがデザインしたものなんですよ。ここで時折、ポケモンコンテストも開催されているんですよ」

「フィールドがあるんだったな。ちょいちょいコンテストが開かれてる。以前シンオウ地方全域のNo.1を決める大会が開かれたこともあるとか」

 

 シロナとカイムはポケモンコンテストにはそこまでの興味を示さない。無論全く見ないというわけではないものの、必ずチェックするほど熱心ではない。ミクリやルチアのように、知り合いが出ているものはみる、程度のものだった。

 前回訪れた際、シロナはこのオブジェを見ている。その際にも思ったが、このオブジェにいる少女の容姿が知り合いに似ていた。この疑問を前回は聞くことはなかったが、今回は聞いてみようと思い問いかけた。

 

「ねえアリスさん。この少女…アリスさんに似ていない?」

「あ、気づきました?このオブジェの子…あたしのおばあちゃんがモデルなんです」

「え、おばあさん?」

「はい。あたしのおばあちゃんが子供の頃に、ゴーディがこの塔を作ったんです。それで、あの庭園でおばあちゃんが草笛を吹く様子をこのオブジェにしたらしいの」

 

 アリスの祖母の幼少期にこの塔ができたらしい。そしてこのオブジェを作る際、アリスの祖母が完成したばかりの庭園で草笛を吹いている姿がゴーディの印象に残り、この庭園を作った目的通りの姿をオブジェという形で残した、とアリスは説明した。

 

「人とポケモンが共に過ごせる…みんなの庭の風景が、ゴーディの印象に残ったみたいです」

「みんなの庭か…いいわね。素敵なオブジェだわ」

「しかし…似てるな」

「ん?」

「アリスとアリスの祖母さん。そっくりじゃねえか」

 

 カイムの言う通り、アリスとアリスの祖母の姿は非常によく似ていた。それこそ、あのオブジェの少女がアリスだと言われれば信じられるレベルで似ている。

 

「えへへ、よく言われます。お母さんもそっくりだし、うちの家系は遺伝子が強いのかもしれません」

「そうか。そういう家系もあるだろう」

 

 カイムはどちらかと言えば父親似だが、アリスと祖母ほどそっくりではない。ここまで家系で似るものなのか、と考えたところで、シロナと妹のクロナも髪の長さ以外はそっくりだということを思い出し、『そういう家系もあるか』と考えた。

 

「じゃあ次行きましょう。次は空間の塔ですよ」

 

 アリスに連れられて、二人は時空の塔を見学していく。

 空間の塔には複数の球体により空間をモチーフとしたオブジェ、そして時間の塔には振り子によって時間を表すオブジェが存在した。

 

「時間と空間…シンオウ神話で有名なディアルガとパルキアを示すオブジェか」

「はい。神と崇められる対のポケモンをオブジェによって表現したものとなっています」

「ゴーディは、神話に興味のある方だったのか?」

「どうでしょう…ゴーディの人となりについては、あたしにはなんとも。でも、トニオなら何か知ってるかも」

「ふむ…やはり、後ほどトニオとやらに会わせてほしいものだ」

「もちろんです!きっとカイムさんなら仲良くなれますよ!」

「そうね、きっとそうだわ」

 

 シロナは一度トニオと出会っている。トニオは真面目な青年で研究熱心な青年であった。もしかしたら、カイムと話が合うかもしれないとシロナは考えた。

 そう考えたところで、時空の塔から音楽が鳴り響く。響き渡る音楽は時空の塔だけでなく街全体に響いていった。

 

「…これは」

「時空の塔は世界最大の楽器なんです。時間になると、自動的に鳴るようになってるんですよ」

「ほう…どうやって鳴らしているんだ?」

「音盤っていうものをセットしているんです。好きな音盤を持っていけば、いつでも好きに鳴らせるようになってますよ」

「カイム、興味ある?」

「機械には。鳴らすこと自体はあんま」

 

 ダツラの影響で少なからず機械に対する知識のあるカイムは、機械への興味もある。そのため、かつて建築家がデザインした機械というのは興味があった。

 

「音盤鳴らすとこまで行けるのか?」

「行けるけど…エレベーターないから、普通に行こうとすると歩きよ?」

「問題ない…と、言いたいところだが…さすがにこの高さ上がるのはな」

 

 時空の塔の高度は相当なもの。いくら鍛えているカイムといえど、この高さを登るのは堪える。前回シロナが登った際は、八割ほど気球で登ったため大したことはなかったものの、今は気球が近くにない。取りにいく時間を考えると、今登ることはあまり現実的ではないだろう。

 

「仕方ない。また今度にする」

「お二人はいつまで滞在しますか?」

「三日後よ。それまで、この街にいるつもり」

「では、明日にでもどうです?あたし、明日休講なのでいつでもいけますよ」

「あら、そうなの?じゃあ、お願いする?」

「ああ、頼む」

「喜んで!じゃ、次行きましょう」

 

 そうして二人はアリスに連れられて、時空の塔を観光していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし…この庭園結構広いな」

 

 昼食を済ませ、シロナ達は庭園へと戻ってくる。庭園を一望できる高台から庭園を見下ろしながら、カイムはそうつぶやいた。

 今いるこの庭園は、街の面積の約一割を占めるほどの大きさだった。一割、とだけ聞くと大したことないように思えるが、アラモスタウン自体が実はかなり広い。それこそ海沿いの街であるミオシティよりも面積としては広く、街中を移動するための空飛ぶタクシーがあるほどだった。

 

「自然をそのまま残している部分もあるので、ゴーディが手を加えた部分は六割くらいみたいですよ」

「この面積で六割手ぇ加えていたら、かなりのもんだろ。それに、自然をうまく残しても違和感がない。いいデザインなんだな」

「人だけでなく、ポケモンにも寄り添った形にするために自然を残していたのかもしれないわね」

「ふふ、そうですね」

 

 穏やかな風に靡く髪を抑えながら、アリスは頷く。

 アリスにとっても、この庭園はお気に入りの場所。故に、二人にこうして褒められることは嬉しかった。きっとトニオがいたら喜んだんだろうな、とアリスが考えたところで、遠くから走ってくるポケモンが見える。

 

「あら…?あの子…」

「エルレイド?」

 

 走ってきたのは、この庭園に暮らすエルレイド。何やら焦った様子であり、アリスの姿を見つけるとすぐに一方向を指差して鳴いた。

 

「…なにかあったのか?」

「多分。とにかく、行ってみます」

「カイム、私たちも」

「ああ」

 

 エルレイドを追って3人は走り始める。少し走った先で水路があるエリアに出た。水路の側には他のものと似たような造形をした柱がいくつも立っていたが、その中の何本かが倒れている。

 

「これは…」

「また…」

「また?アリスさん、これ…初めてじゃないの?」

 

 アリスは悲痛に表情を歪めながら頷く。

 

「…ここ最近、この庭園でこういうことが起こっているんです。さっき感じた変な感じのあれが起こるようになってから…」

「頻繁にあるの?」

「庭園のものに影響が出るほどのものは、多くはありませんが何度か」

 

 アリスの言葉を聞いたシロナは、倒れた柱に目を向ける。柱は根本が捻れたような形になり、自重に耐えきれず倒れたようだった。誰かが危害を加えた、とは思えない形状であり、人の手でできるようなものには思えなかった。

 

「カイム、どう思う?」

「人の手じゃ無理だな。薬品で溶かしたようなもんでもねぇ。ポケモンの力でも…こんな形にできるとは思わん」

「サイコパワーならどう?カトレアみたいに、サイコパワーがあれば…」

「不可能じゃないかもしれんが、多分違う。サイコパワーといえど、物理法則を捻じ曲げるほどの力はそう出せん。ミュウツー(例外)を除けば、ポケモンでもこういうことはそうそうできんだろう」

「私も同じ意見。多分…これは空間そのものが捻じ曲げられている感じがするのよ。確証はないけど、他に説明できないしね」

 

 木造ならギリギリわからなくもないが、石造りの柱が溶けたように捻じ曲げられるとしたら、薬品やシロナの未知の力を除けば、空間から捻じ曲げられたとしか考えられない。カイムの言うように、サイコパワーは物理法則を凌駕するほどの出力は人どころかポケモンにもそう出せない。そうなると、考えられるのは空間からの作用しかないのだが…空間そのものを捻じ曲げることができるポケモンなど、二人には心当たりがなかった。『トリックルーム』のように時空を歪めることはできても、あくまでそれは速さ関係が逆転するだけ。空間を捻じ曲げるのとは、また違う。

 

「一体誰が…」

「ダークライだ」

 

 シロナが考えようとした瞬間、知らない声が響く。声がした方に目を向けると、そこには公爵風の服を着た男性がいた。

 

「…ダークライ、だと?」

 

 男性の言葉にカイムが反応する。鋭い視線を向けられた男性は、得意げに語りながらシロナ達に歩み寄る。

 

「ダークライってのは?」

「なに、これをやったポケモンのことだ」

 

 男性は倒れた柱に足を乗せながら言う。どうやらこの男性はこの現象の元凶がダークライのせいであると断定しているらしい。

 

「おっと、申し遅れた。わたしはアルベルト。この街の男爵だ。よろしく頼むよ、シンオウチャンピオンとミオシティジムリーダー」

「はじめまして、チャンピオンのシロナよ」

「カイム。あんたの言う通り、ミオシティジムリーダーだ。そんで?男爵はどうしてダークライがこの現象の元凶だとわかったんだ?」

「奴が少し前からこの庭で目撃されるようになってね。それと同時に、謎の空間の振動と庭園の異変…ダークライがこの現象の元凶と言うには充分だろう」

(……状況証拠しかないじゃねえか)

 

 確かにダークライのことをロクに知らない人からすれば、この状況証拠だけでそう判断してしまうのも仕方ないだろう。だが、実体験をしたカイムとシロナからすれば、それだけでダークライの仕業だと判断はできなかった。

 

「最近、庭園の中のあちこちでこういうことが起こっている。全て、ダークライの仕業だ」

「断言するんすね」

「他に何があるというのかね?仮にそうでなかったとしても、悪夢を見せるポケモンなどいるだけで迷惑だ」

 

 誰だって悪夢など見たくはない。それは自明なのだろうが、どことなく鼻につく物言いにカイムは目を細める。カイムの雰囲気が明らかに不機嫌になったのを感じたシロナは少し苦笑するが、その瞬間近くの茂みが揺れた。

 

「何?」

「ダークライか!ゆけ、ベロベルト!」

 

 アルベルトはベロベルトを繰り出し、付近の茂みを攻撃させようとするが、そこから感じた気配がポケモンではなく人のものであることに気づいたシロナはアルベルトの肩を掴んで止める。

 

「待って!人の気配よ」

「何?」

「そこの人!出てきてくれるかしら」

「…もしかして、僕のことですか?」

 

 茂みから顔を出したのは、メガネをかけた青年だった。手にはノートパソコンを持っており、他にもいくつか機材を抱えている。

 

「トニオ!」

「あら、トニオさん。久しぶり」

「あ、アリス!それにシロナさんも!お久しぶりです」

 

 青年の名はトニオ。以前アラモスタウンを訪れた際にアリス伝でシロナと知り合った青年。先ほどから何度か名前が出てきていたため、こんなところで会えるとはシロナも予想していなかった。

 

「それでトニオ、何してたの?」

「フワライドに頼んで、この辺りの時空を観測していたんだ。ここ最近、何かおかしいだろう?なにかわかるかもしれないと思ってね」

 

 そう言ってトニオは倒れた柱の根本に手を添える。

 

「何かが起こっているんだ。本来ならあり得ない、何かが」

 

 ノートパソコンの観測ソフトと柱を睨めっこするトニオ。だがそこに崩れた柱のカケラが落ちてくる。このまま落ちればトニオの頭に直撃する、というところで、カイムがそのカケラを掴んだ。

 

「研究熱心は結構だが、もう少し周りを見て動くことをおすすめしよう」

「あっ…ありがとうございます。えっと…」

「カイムだ。シロナの助手」

「よろしくお願いします、カイムさん」

「それで、その観測ソフトについてなんだが…どういう仕組みで時空間を観測しているんだ?」

「フワライドの観測アンテナが観測した時空間の状態をこのソフトに送信して、3Dマップに転写しているんです。ほんの数秒ラグはありますけど、精度としてはかなり高いものです」

「あんたが開発したのか?」

「えっと…はい。過去の研究データをより高い精度にするために…」

「すげえな。じゃああのフワライドのアンテナについてだが…」

 

 元より研究内容に興味があったためか、カイムはトニオの観測ソフトに対して次々と質問していく。トニオとしても今までまともに話がわかる人がいなかった故か、話を聞いてくれるのが嬉しくてカイムの問いかけに答えていた。

 そんな二人の様子を見て、シロナとアリスは顔を見合わせて笑う。

 

「カイム、いつもああなの。気になる研究分野だと、食いつきがすごくてね」

「みたいですね。でも、意外です。シロナさんの助手だから、てっきり歴史方面の研究だと思ってました」

「専門はもちろん考古学よ。でもカイムの知識は結構幅広くてね。機械や情報学方面にも知識があるから、そっちの方にも興味があるのよ」

「そうなんですね」

 

 ダツラやマサキのように、変わった知り合いが多い故か、カイムの知識の幅は広い。本人としてはいい迷惑、と言いそうだが、この幅広い知識はカイムの強みの一つでもある。シロナの専門外の分野にも明るい知識を持つカイムの存在は、シロナとしてもありがたいものだった。

 

「ダークライではないようだし…仕方ない。一度退散するか。ではアリス、一緒に行こうではないか」

 

 研究トークを続ける二人を楽しそうに見るシロナ達だが、アルベルトは興味なさげに呟く。そして目的のダークライがいないため、アリスと共に戻ろうと言ってアリスに声をかけてきた。

 

「お断りします」

「そんなことを言うなよ。君は私の未来の妻なのだから」

 

 アルベルトの言葉に、トニオの言葉が止まる。ぼんやりと話を聞いていたカイムも空気を読んでトニオに突っ込むことはせず、黙ってトニオの様子に気を配っていた。

 

「そのお話は!はっきりとお断りしたはずです!」

 

 安堵するトニオ。それを見て、カイムは『なるほど…』と内心で呟く。

 

「ごめんごめん。何にしても、こんなところでする話ではなかったね」

「あたしは、トニオが好きなんです!だから貴方のお話は受けません!」

 

 アリスの言葉に、トニオは瞠目し、アルベルトは大爆笑した。

 そしてシロナとカイムは『ほう…』と関心しながら二人のやり取りを眺める。

 

「これは久々に笑える冗談だ!」

「あ、あはは…そうだよね、冗談だよね…」

「……もう!」

 

 トニオとアリスの態度を交互に見たカイムは腕を組むと、シロナの隣に移動して小声で話す。

 

「…もしかして、そういうこと(・・・・・・)か⁈」

「ええ、そういうこと(・・・・・・)よ」

「なるほど…」

 

 見たところ、トニオもアリスも互いに内心で想っているのだろうが、恐らくそれにお互い気づいていない。両片思い、というやつか、とカイムは内心で考え、苦笑した。

 

「これは、苦労しそうだな」

 

 トニオとしても想いを寄せているのだろうが、恐らく自己評価が低いのだろう。アリスから好かれる、という発想が希薄故に、今のアリスの言葉もその場しのぎのためにいったものだと判断してしまった。

 これは大変そうだ、とカイムは苦笑するが、そんなカイムに対してシロナはジト目を向ける。何故急にそんな目を向けられるのかとカイムは戦々恐々していると、シロナは大きくため息を吐いた。

 

「それ、貴方が言う?」

「?」

「……まあ、いいわ。もう前の話だしね」

「は?」

 

 何が言いたいんだ、とカイムは視線を向けるが、シロナはため息を吐き、アリス達に目を向ける。肩を組もうとしてくるアルベルトの手を払うと、トニオの側に退避していた。

 その瞬間、再び時空の乱れが発生する。トニオの観測ソフトには時空間の乱れが観測され、波のように街全体を覆っていた。

 

「またか…一体何が起こっているんだ」

 

 トニオがノートパソコンのモニターを見た瞬間、シロナが再び頭痛に襲われる。

 

「つっ!」

「シロナ、どうした」

「また…頭が…」

 

 鋭い痛みに、思わず座り込んでしまう。シロナの肩を抱き、カイムはシロナを近くのベンチに座らせた。

 

「大丈夫か」

「ごめん…少し、待って」

「気にするな。治るまで待とう」

「ありがとう…」

 

 ズキズキと痛む頭に顔を顰め、アリスとトニオも心配そうに寄ってくる。しかし痛みの鋭さに、二人へ対応をすることができない。少々情けなく、それと同時にこの痛みの中に感じる僅かな『感情』をシロナは感じ取った。

 

(これ、は…何?誰かが、怒っている…?)

 

 痛みの中にシロナは『怒り』の感情を感じ取る。誰の怒りなのか、何故怒っているのか、何故シロナが怒りを感じ取れるのか…何一つわからない。

 そうこうしているうちに、時空の乱れが治まる。それと同時に、シロナの頭痛もまるでなかったかのように消えた。

 

「あ…」

「大丈夫か?」

「あ、うん。もう大丈夫」

「………そうか」

 

 どことなく不安が残るが、シロナがそう言う以上何も言わなくていいだろうとカイムは考える。そしてシロナに手を貸して立ち上がらせると、同時に太陽が雲に隠れて影が濃くなった。

 

「!」

「カイム?」

 

 何かの気配を感じたカイムはバッと振り返り、アルベルトのさらに向こう側へと視線を向けた。シロナもカイムの視線を追ってそちらに目を向けると、石造りの花壇がまるで鋭利な刃物で斬られたように切れ目が入り、崩れ落ちる。

 

「これは…」

 

 崩れ落ちた花壇の側に、何か蠢く影がある。影からは、死神のような見た目のポケモンがゆっくりと姿を現した。

 

『ここに来るな』

「ダークライ…」

 

 姿を見せたのは、ダークライだった。

 

「やはりお前か。いけ、ベロベルト!はかいこうせん!」

 

 ダークライが姿を見せたことで、アルベルトは今回の事件がダークライの仕業であると確信した。ならばここで討ち取ってしまうのが手っ取り早いと考え、ベロベルトに攻撃指示を出した。

 しかしダークライはベロベルトの攻撃を影に潜ることで回避し、シロナ達の足元を翻弄するように駆けずり回る。そして姿を現すと同時に、『ダークホール』をベロベルトに向けて放った。突然の反撃と素早い切り替えにベロベルトは反応できず、目の前までダークライの攻撃が迫っていたが、ベロベルトを庇うようにカイムが立ち塞がる。カイムの全身を『ダークホール』が覆い尽くすが、カイムは『ダークホール』の力を打ち払った。

 

『!』

「随分と出力が下がってんな。お疲れか?いや、これが本来の出力か?」

 

 悪夢の深淵で超高出力の力を取り込み続けたカイムは、悪夢に対して異様なほどの耐性を身につけていた。それ故に、アカギの助力のない通常の出力程度の『ダークホール』ではカイムを悪夢に落とすことはできなくなっていた。

 

『お前は…』

「こんな短期間でまた会うことになるとはな。お前、何してんだ?」

『何故ここにいる』

「そいつは、こっちが聞いてる。答えろ、何してんだお前」

 

 鋭い視線を向けながらカイムはダークライに問いかける。しかしダークライは答えない。そのまま暫し睨み合いが続くが、ダークライは目を逸らすと影に溶け込んで消えた。

 気配が消えたことを感じたカイムは小さくため息を吐くと、ベロベルトを振り返る。

 

「無事か?」

 

 カイムの問いかけにベロベルトは頷く。まさか人に庇われるとは思っていなかったのか、どことなく状況を飲み込めていない様子だったが、カイムは特別気にすることなくアリス達に目を向けた。

 

「一度退散しよう。状況を整理しないと」

 

 状況をうまく飲み込めていないシロナ以外の者にそう声をかけ、カイムは空を見上げる。何の変哲もない空だが、何かが起こる予感があった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 アルベルトを除く一行はポケモンセンターに一度腰を落ち着けた。アルベルトはダークライを探す、と言って一度自宅へと戻っていったため、ここにはいない。

 現状、何もわかっていない。しかしいくつか手がかりは見つかってきているため、ここで状況を整理しておこうというカイムの提案に、シロナはもちろんのこと、アリスとトニオも乗ってくれた。

 

「俺についていくつか聞きたい様子だろうが、先に言っておく。長い話になるし、色々と面倒だから全部は話せん。とりあえず、俺はダークライの悪夢の力に耐性があるとだけわかってくれればいい」

 

 この話は終わり、とでも言うようにカイムは腕を組む。

 シロナはカイムがそれ以上何も言う気がないことを察して、一歩前に出た。

 

「じゃあ、状況を整理しましょ。トニオさん、さっきのデータを見せてくれる?」

「はい」

 

 ノートパソコンに先程測定したデータを映し出す。時空が波打ち、街全体が歪むような観測データであり、過去に起こったデータも似たようなものだった。ただ違うのは、発生場所が少しずつ違うというところだろうか。

 

「この時空の乱れが発生するようになってから、庭園での異変が発生してます。多分、この時空の乱れと庭園での異変には関連性があると思います。そして、同じ時期に庭園でダークライが見られるようになりました」

「……やっぱり、アルベルトの言う通りダークライの仕業なんですか?」

「候補が今のところ他にいないけど…僕は違うと思う。お二人もそう考えていますよね」

 

 トニオの言葉にシロナは頷く。むしろ、そう考えていたからこそ、こうして状況整理の時間を取った。

 

「ええ、その通りよ。私はこの一連の騒動はダークライが原因だとは思っていないわ。正確には…ダークライだけのせいではないと思っているの」

「何かしら別の要因が働いているってことですよね」

「ええ、私はそう考えているわ。カイムはどう?」

「時空の乱れの原因はわからん。現状、材料が少なすぎるからな。ただ、時空の乱れについては、ダークライは無関係だ。これだけは断言できる」

 

 シロナですら、ダークライは何かしら関係があるのではないかと考えていたが、カイムは時空の乱れとダークライは無関係だと断言した。少なくとも、発生の原因ではないと言える要素を見つけていたらしい。

 

「カイム、ダークライが時空の乱れと無関係だと言い切れる理由は?」

「ダークライに、時空を乱す力はない」

「え?」

「あいつの力がどれだけ増したとしても、時空を乱すような力はそもそも持っていない。ダークライは時空の乱れ発生とは無関係だ」

 

 悪夢の力に、現実の空間(・・)をどうこうする力はない。人を眠らせ、意識を悪夢の世界に引き摺り込むことはできても、時空間を乱すような力はない。それは悪夢の深淵でアカギによって強化されたダークライの力を体感したカイムだからこそ、よくわかるものだった。

 

「悪夢の力で干渉できるのは、夢に接触できる意識のみ。最高峰まで強化させたとしても、こんな風に時空間を乱すような力にはなり得ない」

「どうして、そんなことを…」

「言ったろ。話す気はない」

 

 トニオとアリスはうまく理解できず、シロナを見る。視線を向けられたシロナは苦笑し、小さく首を振った。シロナとしても、カイムの言う言葉を実感できたわけではない。シロナが悪夢の深淵に辿り着いた時は、クレセリアの力でダークライの力を中和していた。それ故に、カイムのように直接ダークライの力に触れたわけではない。そして、ミオシティで何があったのか…それを話す気もないため、こうして曖昧な態度で誤魔化すしかなかった。

 

「ただ、時期から考えて、ダークライが時空の乱れに対して何かしらのアクションを起こすつもりなのだとは思う。何をするつもりかはわからんがな」

「ですよね…現状、まだわからないことが多すぎる」

 

 トニオも現状データが少なく、何が起こっているのかはわからない。もう少しデータ集めが必要か、と考えたところで、アリスがトニオの腕を引いた。

 

「ねえ、トニオ。トニオの研究室に、ゴーディの過去の記録があるわよね。調べてみたら、何かわかったりしない?」

「なるほど…そうだね、かつての記録にも目を通して見た方がいい。ありがとうアリス。早速取り掛かるよ」

「ありがとうトニオさん。何かわかったら、教えてくれる?」

「はい、では僕はこれで」

 

 そう言ってトニオは何か考え込みながらポケモンセンターを後にする。その際に柱や扉にぶつかっていたあたり、やはり考え込むと周りが見えなくなるらしい。

 

「考え込むと、いつもああなんです。すぐ周りが見えなくなっちゃう」

「苦労しそうだな。周りが見えなくなるタイプの制御は、一筋縄じゃいかん」

 

 シロナもどちらかといえばそのタイプであるため、体調管理のためにカイムが逐一ストップをかけたりしている。研究に没頭したい気持ちはわからないでもないが、もう少し周囲や自身にも気を配った方がいいのだろう。

 

「まだ、トニオさんには伝わってないんだ」

「…はい。伝えているつもりなんですけど…自己評価が低いから冗談に思われちゃうんです。さっきみたいに」

「自己評価が低い、か。誰かさんを思い出すわね」

「実に耳の痛い話だろうよ、その誰かさんは」

 

 じろりと視線を向けられたカイムは、苦い顔をしながら肩を竦める。どうやら似たようなやり取りが二人の間でもかつてあったのだろうとアリスは予想し、苦笑した。

 

「しかしあんた、モテるんだな。トニオだけでなく、アルベルト男爵とは」

「あはは…アルベルトからは、別に嬉しくないんだけどね…それに、トニオにもうまく伝わってないし」

「あとはトニオさんがアリスさんの想いを理解するだけって感じがするけど、それが一番難関そうね」

「…はい」

 

 困ったように笑いながらアリスは頷く。

 トニオも、あの様子からすると、アリスに好意を向けているのは間違いない。しかし、トニオは自信がない。加えて、アルベルトのように高いステータスを持つ存在が近くにいることで、より自身が矮小に思えてしまうのだろう。それ故に、トニオは『自分がアリスから好意を向けられるはずがない』という固定観念に囚われている。この固定観念を払拭させない限り、アリスの思いが伝わることはないだろう。

 

「権力でゴリ押しされる前に、どうにかなるといいな」

「あたしもまだ学生だし、いくら高慢なアルベルトでもそんなことしないと思うけど…」

「さすがにね。でも、それはそれとして早く伝わるといいわね」

 

 この問題に関して、シロナは少しだけ先輩だった。カイムという劣等感の塊みたいな男に想いを伝えるために、どれだけ苦労したか今でもよく思い出せる。今でこそバカップルのようになっているものの、かつてはそうではなかった。故に、アリスの気持ちはよくわかる。

 しかし、これはアリスとトニオの問題。アドバイスや手助け程度はできても、最終的には二人がどうにかするしかない。

 

「はい。で、話は変わるんですけど」

 

 しんみりした空気を変えるように、アリスは手を叩いてシロナに笑顔を向けた。

 

「シロナさんはカイムさんのどんなところが好きなんですか?」

「その話すんなら俺のいねーとこでしてくれ…」

 

 露骨に面倒くさそうな表情をするカイムの肩をシロナはがっしりと掴みながら満面の笑みを向ける。笑顔の圧力に負けたカイムは少し視線を巡らせると、諦めたようにため息を吐いて視線を逸らした。

 

「前に来た時は、まだ付き合い始めたばかりくらいの時期だったわね」

「一年は…経ってないですよね。前はリーグ後だったけど、今年のリーグはまだでしたし」

「そうね。そっか、もうそんなに経つのか」

 

 色々とバタバタしていたこともあるが、時の流れが早く感じる。もうあの想いを伝えたリーグから一年近く経つことになるのだ。

 あれから何か変わったかと言われれば、そんなに大きな変化はないように思える。強いて言えば、普段の生活で距離が近くなった(ベタベタするようになった)ことくらいだろうか。

 

「色々聞きたいのだろうし、できることならお答えしてあげたいけど…カイム、この手の話苦手なの。だから、この話は二人の時にね?」

 

 ウインクするシロナの姿に、思わず同性のアリスですら見惚れてしまった。以前会った時も美人ではあったが、今のシロナはもっと美人でどこか艶やかに見えた。カイムとどのような一年間を過ごしたのかはわからないが、とても良い時間だったことだけはアリスにもわかった。

 

「でも、せっかくだし何かは話すわ。カイムのことを知ってもらうきっかけにもなるしね」

「何話すんだよ」

「そうねぇ…私たちの初めての出会いとか」

「あ!聞きたい聞きたい!」

「…まあ、いいか」

 

 諦めたように背もたれに寄りかかったカイムを見て、シロナは笑う。許可が降りたことを理解したアリスは早速質問に入った。

 

「お二人はどこで出会ったんですか?」

「初めて会ったのは、カイムの大学よ」

「大学!じゃあお二人は同じ大学だったんですか?」

「いいえ、私はハイスクール卒業してすぐにナナカマド博士の研究所に入ったの。それで、カイムの大学はカントー地方のタマムシ大学なのよ」

「え、すごーい!カイムさん頭いいんだ」

「……勉強しか出来なかったんでな」

 

 大学に進学したことは無駄ではなかったし、自分の力で達成した大きなことの一つだと認識しているが、その動機があまりいいものではなかった。わざわざアリスに言うことはしないが、苦労したことも含めて少々苦い記憶でもあった。

 

「それでそれで?どんなふうに出会ったんですか?」

「カイムの研究室の教授とナナカマド博士繋がりで知り合っていたの。それで、カイムの大学でセミナーをしたの。その時にカイムの研究室の教授のところを訪ねた時に、カイムと出会ったのよ」

「わあ…なんか、運命的!」

「ふふ、そうかもね」

 

 気まぐれ、では無いにしろ、あの時にセミナーを受けていなかった場合シロナはカイムとは出会えなかった。だから、運命と言えばそうなのかもしれない。偶然が重なったことで、こうして今一緒にいられる。幸運という他ない。

 

「そこでカイムのことを弟子にスカウトしたの。弟子兼助手って感じ」

「あ、じゃあやっぱり教え子はカイムさんのことだったんですね」

「そうよ」

「へえ、じゃあ二人は恋人であり師弟なんですね」

「そうなる」

 

 そうカイムが答えると、ブラッキーがボールから出てくる。ブラッキーはぷるぷると頭を振ると、カイムの肩によじ登った。そして肩車状態になると、むふーっと満足そうに息を吐いた。

 

「わぁ、ブラッキーだ!かっこいい!」

「かっこ、いい…?」

「え、ブラッキーってかっこよくないですか?」

「ああ、そういう。まあ、否定はせん」

 

 ブラッキーというポケモンは見た目はクールであり、悪タイプということもあり、格好良く見えることも理解できる。しかし、カイムのブラッキーは非常に甘えん坊であり、とても可愛らしい態度を取る。故に、カイムの中でブラッキーがかっこいいという印象が全くなかった。

 

「こいつは甘えん坊でな。いつも甘えてくるからあんまりそういう印象なくてよ」

「確かに…とっても甘えてますね!あたしも撫でて大丈夫ですか?」

「ああ」

 

 アリスがブラッキーに手を伸ばして優しく撫でると、ブラッキーは気持ち良さそうに喉を鳴らす。出会ってから全く表情の動かないカイムとは対極的なリアクションをするブラッキーの態度をアリスは少しだけ意外に思った。

 

「カイムと真逆よね」

「えっ⁈」

「ふふ、気にしないで。実際その通りだし。ね?」

「うちの連中は、俺と違って感情表現が豊かだからな」

 

 少しだけ誇らしげに言うカイムを見て、アリスは少しだけ驚いたように目を見開く。どうやら、カイムは自分のポケモンに対して愛情を持って接しているらしい。シロナが一緒にいるためポケモンにも優しいのだろうとぼんやり思っていたが、実際その通りだったのだろうとアリスは納得した。

 

「カイムはポケモンのことが大好きなのよね」

「…否定はせん」

 

 カイムの言葉にブラッキーは嬉しそうに尻尾を揺らして喉を鳴らす。そしてカイムの頬を暖かい舌で舐めた。

 

「ふふ、じゃあ私も」

 

 ブラッキーが舐めた方とは逆の頬にシロナは口付けを落とす。突然の行動にカイムは固まり、アリスは一気に顔を赤くした。

 

「……お前…」

「んー?何ー?」

「……いや、もういい」

「はわぁ…思ってたより、ラブラブだった…」

 

 げんなりするカイム、楽しそうなシロナ、顔を赤くするアリス、ごろごろと甘えるブラッキーという、意味不明なメンバーの中、カイムは一人ため息を吐く。

 その後もアリスの質問に、シロナが楽しそうに答え、カイムが頭を抱え、ブラッキーが甘えるという意味不明ながらも楽しげな時間が流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 宿泊先の部屋の窓を開けて、外を眺める。色とりどりの花火が時空の塔周辺に打ち上げられ、時空の塔を照らしていた。

 

「綺麗な花火ね」

 

 入浴から上がったシロナは、髪を拭きながらカイムに歩み寄る。カイムは視線をシロナに移すことなく、窓際でカイムと共に花火を見ていたムクホークを撫でた。ムクホークは特にリアクションすることはしないが、少しだけ気持ち良さそうに目を細める。

 

「もう上がったのか」

「ええ。そんなに早かった?」

「お前にしては少しな」

 

 そこでカイムはシロナに目を向ける。キャミソールとショートパンツという非常にラフな格好に、内心でため息を吐いた。あまりにもラフな服装だが、咎めたところで聞かないことを理解しているカイムは何も言わずムクホークのトサカをもふもふする。

 

「ね」

「ん」

「髪、お願いしていい?」

「ああ」

 

 シロナはカイムにタオルとドライヤーを渡してソファに腰掛ける。カイムはそのままタオルとドライヤーで乾かし始めた。程よい熱風とバスタオルの感覚に身を委ねながら、シロナは今日の観光で撮った写真を見返す。カイムとの写真以外にも、庭園にいたポケモンやアリス達と撮った写真を見返して微笑んだ。

 

「楽しそうだな」

「そう?」

「ああ」

「ふふ、そうかもね。実際、今日は楽しかったわ」

「不穏な感じしたがな」

「そうなのよねぇ…」

 

 本来なら、今日はただただデート兼観光を楽しむ予定だったのだが、庭園の異変とダークライの出現により、不穏な空気になってしまった。それがシロナとしては少しだけ不満であった。

 

「カイムはどう思う?ダークライのこと」

「なんとも言えん。ダークライが何故ここにいるのか、俺らが出会った奴と同じ個体なのか…色々と気になることはある。ただ、あの異変…あれはダークライの力じゃねえのは確かだ」

「貴方がそう言うんだし、そうなんでしょうね」

「逆にシロナはどう思った。なんか見知らぬ頭痛に襲われてたが」

 

 時空の乱れと同時に襲われた頭痛。鋭く刺さるような痛みはよく印象に残っている。頭痛持ちではないシロナが頭痛に苦しむという珍しい光景はカイムもよく印象に残っていたし、内心心配していた。

 

「ああ、あれね。時空の乱れに当てられたのかもしれないわね」

「軽いな…まあ今のところそれくらいしか考えられんが」

「わからない以上、考えすぎても仕方ないわ。でも、頭の隅にはいれておきましょ」

 

 カイムとしては心配ではあるが、シロナがそう言う以上過度な心配はよくないと考え、一度思考を打ち切る。そのまま暫し髪を乾かし、綺麗に乾いたのを確認したカイムはドライヤーのスイッチを切った。

 

「今のところ、頭痛については何もわからないわ。それに…そんなに気にしなくてもいい気がするの」

「勘か?」

「勘よ」

「お前の勘は当たるからな」

 

 タオルを畳んで置いたカイムは、窓際でぼんやりしていたムクホークのトサカをもふもふする。撫でられたムクホークは小さく喉を鳴らすと、カイムの服を引っ張った。

 

「ああ、わかってるよ」

 

 早く風呂に入って寝ろ、というムクホークのメッセージにカイムは苦笑し、着替えを取ってバスルームに入って行く。あのダークライ事件以降、ポケモン達からの監視が強くなったことで、カイムの肩身が狭くなった。真面目気質なルカリオ、メタグロス、普段寝てばかりでおっとりしているくせに面倒見のよいムクホークが特に監視をきつくしていた。

 バスルームに入っていったカイムを見届けたシロナは、残されたムクホークを撫でる。撫でられたムクホークは嘴で羽を毛繕いしながら、シロナのされるがままになった。

 

「あ、シロナ」

 

 突然カイムがバスルームから顔を出す。着替えの途中故か、半袖のインナー姿であり、鍛えられた筋肉が浮き彫りになっていた。

 

「ど、どうしたの?」

「ムクホークとブラッキーをブラッシングしておいてほしい。櫛はバッグに入ってる」

「わかったわ」

「頼む」

 

 それだけ言ってカイムはバスルームに戻った。

 シロナはカイムが戻ったバスルームの扉をぼんやり見つめる。脳裏には、カイムの浮き彫りになった筋肉と鎖骨。何度も見ているはずなのに、今もなお目が引かれてしまう。

 

「もう…ラフな格好で出てこないでよ」

 

 どう考えてもブーメラン発言なのだが、珍しくその自覚はないらしい。

 とりあえずブラッシングをしようとカイムのバッグから櫛を取り出す。それと同時にブラッキーがムーンボールから出てきた。ブラッキーはシロナにすり寄ると、だっこをせがんでくる。そんなブラッキーを抱き上げて窓際のソファに腰掛けると、ブラッキーを膝に乗せた。

 

「貴女達のご主人、本当に困ったものね」

 

 隣のムクホークは『全くです』とでも言うように喉を鳴らし、ブラッキーはよくわからないのか首を傾げて尻尾を揺らした。ムクホークは櫛で翼をとかされて、ブラッキーはシロナの膝で丸くなる。

 

「綺麗な毛並み…いつもカイムがブラッシングしてくれてるものね」

 

 そう言いながらシロナはブラッシングを続ける。ブラッシングしながらも、シロナが口にするのはカイムの話ばかり。色々と異常が起こっているのにこのバカップルは…と内心で呆れながらも、シロナの優しい手つきで行われるブラッシングにムクホークは身を委ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、二人は再び時空の塔に訪れていた。

 

「あ、シロナさーん!カイムさーん!こっちこっち!」

「ごめんアリスさん、待たせてしまったわね」

「大丈夫です!じゃ、早速行きましょ」

 

 二人はアリスと合流した後、時空の塔の地下へと向かった。地下には、この時空の塔の地下には、時空の塔の設計者であるゴーディの研究室があるらしい。そしてトニオはよくその研究室に篭って研究をしているとアリスが教えてくれた。

 

「しかし、いいのか?」

「何がですか?」

「研究室。入っていいのか?」

「いいんですよ。トニオの招待なんですから」

「…ま、持ち主の招待ならいいか」

 

 カイムは頭をがしがしとかきながら、小さく息を吐く。そんなカイムを見ながらシロナは笑った。

 

「そんなこと言って。誰よりもカイムが楽しみにしてたじゃない」

「おい…言うなよ」

「あら、何か問題?」

 

 くすくすと笑うシロナに対して、カイムはむすっと表情を歪めながらシロナの肩を小突く。そんなカイムの態度にシロナは笑顔を深くし、笑った。

 

(…本当に仲良しね)

 

 二人のやりとりをアリスは意外に思いつつ、少しだけ羨ましく思いながら見ていた。トニオに対して想いを寄せているが、その想いはトニオに伝わっていない。そのため、平然とイチャつく二人を少しだけ羨ましく思った。

 

「さ、ここがトニオの研究室ですよ」

 

 そうこうしているうちに、研究室へとたどり着いた。

 

「トニオ〜いる?」

 

 研究室の奥へと足を向けながら二人は研究室を眺める。見たところ、設計図に関する研究書のようだった。

 

「すげえ。こんなにたくさんの研究書」

「ええ。設計図以外の建築関連の研究書もあるわ。古いけど、論文もあるし…あ、これは時空間関連の論文ね」

「見てみたいものだな。実に、興味深い」

「トニオ!」

 

 二人が研究室に関する話をしていると、突如奥から叫び声が聞こえる。何事かと二人が奥へと走ると、アリスがトニオを抱き抱えていた。

 

「トニオ、トニオ!しっかりして!」

「何があった」

「トニオが、トニオが倒れていて…」

 

 トニオに目を向けると、トニオは目を閉じて横たわっている。しかし、トニオは穏やかな呼吸を繰り返しており、異常があるようには見えない。

 

「…ねえ、アリスさん。もしかして…」

「ん……ああ、アリス」

「トニオ!」

「おはよう」

「は?」

「やっぱり…ただ、眠っていただけね」

 

 異常な様子は見えず、規則的な呼吸。もしかして眠っていたのでは、と考えていたが、やはりそうだったらしい。そんなトニオにシロナとカイムは苦笑し、アリスは怒ったように表情を歪めた。

 

「もう!」

「あいた⁈」

「床で寝ないで」

 

 アリスの手が離され、トニオの頭が床に落ちる。そんな様子に二人は苦笑し、恥ずかしそうに服をはたきながら立ち上がった。

 

「実は、悪夢を見たいと思って…」

「悪夢を?」

「ダークライの特性…『ナイトメア』を受けようとしたのか?」

「はい。どうやらゴーディは、悪夢からヒントを得たみたいなんですよ」

「悪夢から?」

 

 トニオから渡された日記を開く。

 そこにはゴーディの手記が記されており、時空の塔の設計に関する手記だけでなく、何故ゴーディが時空の塔を建造することになったのかも記されていた。

 

「これはゴーディの手記ね」

「……悪夢は、やるべきことを教えてくれた?どういうことだ?」

「どうやら、ゴーディが生きていた時代にもダークライがこの庭園に住み着いていたらしいんですよ。そこで恐らく、悪夢を見た。その悪夢が何をすべきか教えてくれた、と」

「続きには、『オラシオンを残す』って書いてあるわね…オラシオンって、確かアリスさんの…」

「はい。おばあちゃんが残してくれた曲です」

「……残す?どういう意味だったのかしら」

 

 オラシオンという曲自体は、アリスの祖母がアリスに伝えている。わざわざゴーディが残すという意味がよくわからなかった。そして何故時空の塔に関する手記がその前に書かれていたのか、悪夢が教えてくれたこととは何なのか。謎は多いが、考えてもわかるものでもなかった。

 

「それで?悪夢は見れたの?」

「いやぁ…それがさっぱりでね。ただの快眠だったよ」

「床で快眠しないでよね」

「机で爆睡できる阿呆も世の中にはいる。床でも寝れる奴もいるだろうよ」

「ちょっとカイム?」

「自覚あんなら机で寝るな」

 

 ジト目でカイムの脇を肘で突くシロナに、肩を竦めるだけのカイム。思っていた以上に仲良しな様子の二人をアリスとトニオは苦笑するが、内心で羨ましく思っていたりしたが、それを口にすることはなかった。

 

「あ、そうだアリス。君のお祖母さんの写真が出てきたよ」

「え?」

 

 トニオがアリスに一枚の写真を渡す。写真はモノクロで日焼けもしており、かなり古い。写真に写っていたのは、一人の老人とアリスに似た少女だった。

 

「アリシアおばあちゃんだ」

「わあ…本当にアリスさんそっくりね。隣にいるのは?」

「ゴーディです」

「あ、この人がゴーディなのね。おばあちゃんと交流あったって言ってたし」

 

 祖母であるアリシアからゴーディの話を聞いたことはあった。交流があったことは聞かされていたが、こうして実際目の当たりにすると本当だったのだと実感できる。

 そこでアリスは写真を裏返す。するとそこには、見覚えのない紋章と楽譜が記されていた。

 

「楽譜?」

「ああ。何の楽譜かまでは僕じゃわからなかったけど、君ならわかるかなって」

「…これ、多分オラシオンよ」

「あ、そうなんだ。でも、どうしてゴーディとアリシアの写真の裏にオラシオンが?」

「日記にあった『オラシオンを残す』というのは、これのことなのかしら?」

「有り得ない話ではないが、そこに時空の塔の話も加わるとわけわからんな」

 

 そこでカイムは研究室を見渡す。研究書の他にも、いくつかものが置いてあった。

 

「これは…」

「あ、それは音盤です。塔を鳴らすやつですよ」

「ああ、これが…こんな形してんだな」

 

 修理中の音盤なのか、蓋が取り外されている。中の機構を見ようと蓋を持ち上げると、トニオがカイムの隣に立った。

 

「良ければ、機構について解説しましょうか?」

「ありがたい。頼んでいいか」

「もちろんです」

 

 そうして二人は音盤の機構について話し始める。トニオの解説に対して、時折カイムが質問を挟み、トニオが質問に答えるという形で解説は進んでいった。

 そんな二人をシロナとアリスは楽しそうに見つめている。

 

「トニオ、楽しそう」

「自分の研究に興味を持ってもらえるって、嬉しいことなのよ。きっと興味を持ってもらったことが嬉しいのね」

「そうかもしれません。あたしは研究のことさっぱりだし」

 

 トニオのことは好きだが、アリス自身は研究のことは理解できない。トニオもそれはわかっているため、あまり深いことはアリスに話そうとしない。それ故に、自分の研究に興味を持ち、ある程度理解できるカイムの存在はありがたかったのかもしれない。

 

「でもそれはそれとして…もう少しこっちを気にかけてくれてもいいんじゃないとも思います」

「ふふ、そうね。もう少し気にかけてくれたら、貴女の気持ちにも気づけそうなのに」

「昔から自己評価低いから、トニオ」

「カイムもよ。似たもの同士なのかもね」

 

 そうこう話していると、突然時空の歪みがアラモスタウン全域を覆った。それに気づくと同時に、トニオの時空計測機がアラートを発する。モニターに映し出された結果を見ると、アラモスタウンのモデルのすぐそばに『あるはずのない別の空間』から時空の歪みが発生していることが記されていた。

 

「これは…この空間は…」

「…多分、時空の狭間です。時空の狭間から、この歪みがきていたんだ」

「時空の狭間?トニオ、何それ」

「僕たちが過ごしているこの空間以外にも、他の空間が存在しているんだ。本来、空間同士は決して接することはない。そして、空間と空間の間に存在する虚無のような場所…それが、時空の狭間と呼ばれる場所だ」

「そこから歪みが来ている、と」

「恐らく。でも、時空の狭間で何が起こっているんだ…?」

 

 時空の狭間は本来、虚無に近しく何もない場所だと言われている。故に、時空の狭間から何かしら干渉が起こることは本当無いはずなのだが、こうしてこちらの空間に干渉されている。時空の狭間に、何か存在しているとしか考えられない状況だった。

 そしてそこに、さらに強烈な空間の歪みが発生した。再び時空計測機が大きなアラートを発し、異常なことが起こっていることがわかった。

 

「なんだ、これは…」

「……もしかして、俺らが思ってた以上にやばいことが起こってるのかもな」

「やばいこと?どういうことですか?」

「時空の狭間で何かが起こり、こっちに干渉してきてる…時空の歪みが街全体に広がるんじゃないか?今までは庭園だけに抑えられていたが、街全体で庭園で起こってたことが起こり始める、とか」

「あり得ますね」

「とにかく、一度外に出ましょう。何か起こっているかもしれないわ」

 

 シロナの言葉に頷いた一同は、外へと出る。しかし、シロナの想定とは異なり、外の様子はあまり変化はなかった。時空の歪みで皆空を見上げてはいるが、見た目上は何も変化がない。

 

「…何も変化はないわね」

「そうですね…あまり変化はないみたいです。でも、時空計測機はまだ異常を示しています」

「…………」

「カイム?」

 

 シロナは周囲に変化がなさそうだとあたりを見渡していたが、そんな中カイムは一点を凝視して渋い表情をしていた。

 何があるのだろうと視線を追うが、何もない。だがカイムはそこに何かを感じているのか、視線を逸らさない。

 

「何かあるの?」

「……いる」

「え?」

「少し下がれ」

 

 カイムはそういうと同時に、シロナ達の前に一歩出る。そしてその瞬間、影の中からゆっくりと死神のような存在が姿を現した。

 

「ダークライ…」

『………』

 

 ダークライとカイムはじっと睨み合う。互いに言葉を発することはなく、ただただ重い緊張感があたりを漂っていた。

 

「何しにきた」

『……出ていけ』

「あ?」

『出ていけ!』

 

 ダークライは叫ぶ同時に、『ダークホール』を周囲にばら撒く。咄嗟にカイムはシロナ達の前に立ち塞がり、『ダークホール』を受けるが、ばら撒かれた悪夢の力は周囲の人やポケモン達を眠りに落とした。

 

「てめぇ…何してんだ」

『…出ていけ』

「それは、俺らに言っているのか?」

違う(・・)

「……やっぱそうか」

「見つけたぞダークライ!」

 

 ダークライの言葉にカイムが首を傾げた瞬間、別の声が響く。声の主はアルベルト男爵であり、側にはベロベルトもいた。

 

「ここでお前を倒してみせる!ベロベルト、ジャイロボール!」

「は⁈おい馬鹿、よせ!」

 

 突如攻撃に移ったベロベルトに対してカイムは思わず声を上げるが、カイムの言葉ではベロベルトは止まらない。高速回転しながらダークライへ突っ込んでいく。

 だがダークライはその程度の攻撃では止められない。一瞬だから視線を向けると、ベロベルトの攻撃を回避した。

 

「すばしっこいな。ならば…ベロベルト!はかいこうせん」

 

 強烈なエネルギーがダークライに向けて放たれるが、ダークライはほとんど見向きもせず回避する。なおも攻撃を続けてくるベロベルトを鬱陶しく思ったのか、ダークライは『ダークホール』を放った。驚いたベロベルトは『ダークホール』を咄嗟に回避するが、ベロベルトの後ろにいた無関係のビーダルが避けられず、意識が悪夢に囚われてしまった。

 

「小癪な…すぐに討伐してくれる!いくぞベロベ…」

「やめろっつってんだろ」

 

 突如、アルベルトはカイムに胸ぐらを掴まれる。突然の行動に驚いたアルベルトは言葉を失うが、すぐに立て直してカイムの腕を掴んだ。

 

「なんの真似だ」

「こっちのセリフだ。お前、何してんだ」

「わたしはダークライを倒し、この町を元に戻すためにやっているのだ!どきたまえ。さもなくば、君ごと排除するぞ」

「…善意100%の迷惑行為ほど、面倒なものはねぇな」

「何を言っているんだね?」

 

 カイムの言葉にアルベルトは眉を顰める。事情を知らないアルベルトからすれば、カイムの行動は異質極まりない。しかし、事情を知るシロナとカイムからすれば、今やるべきことがダークライの討伐ではないことは明らかだった。

 カイムは背後にいるダークライに目を向ける。

 

「ダークライ」

『………』

「どっか行ってろ。お前はお前が成すべきことを成せ」

 

 カイムの言葉を聞いたダークライは、ゆっくりと影に沈み込み、そして消えた。

 邪魔される要素がなくなったことを確認したカイムは、アルベルトに向き直る。ダークライに逃げられたアルベルトは苛立たしげであり、非難の視線をカイムに向けてきた。

 

「さて…これで少しは聞く耳を持ってくれるか?」

「何を話すというのかね?まったく…君のせいで、ダークライを取り逃したではないか」

「黙れ」

「はっ?」

「黙れ。お前と違ってこっちは、ダークライ(あいつ)の力を誰よりもわかってんだ」

 

 正確には、カイム以上に理解している人物は一人いるが、そこは今必要な情報ではない。気にすることなく、カイムは続ける。

 

「どういうことかね?」

「ミオシティの一件は知っているか」

「あ、ああ…無論だとも。比較的近いし…」

 

 そこまで言ってアルベルトは目を見開く。

 

「まさか…あのミオシティの一件はダークライの仕業なのか⁈」

「正確には、あいつの力を無理矢理引き出した奴の仕業だ」

「ダークライめ…まさかそんなことをしていたとは!やはり、このわたしが討伐するしか…」

「話聞いてたか?ダークライは無理矢理力を使わされてただけだ。そこにあいつの意思はねぇ。あいつも被害者だぞ」

「だが!奴が悪夢を見せる害悪ポケモンであることに変わりはない!」

「……ちっ、面倒くせぇ」

 

 アルベルトの中ではダークライ=悪者、という固定観念が完全に確立しているらしい。どうすることもできないと察したカイムは、話を戻した。

 

「で、だ。俺はあいつの力を身をもって体感している。あいつの力は確かに脅威だ。だが、あいつの力はあくまで夢に干渉する力しか持たない。どれだけあいつの力が増幅されようとも、空間をどうこうすることはそもそもできん」

「だがダークライが現れてからこの街がおかしくなった!ならば奴の仕業と思うのは至極真っ当だろう!他に容疑者もいない以上、奴の仕業と考えるのは当たり前だ!それに、君の言っていることもどこまで正しいかわからん以上、信じることはできん!」

 

 アルベルトの言い分も尤もではあった。ダークライの力をカイムがどれだけ詳しく知っていたとしても、アルベルト達はカイムの言葉がどこまで正しいか判断できない。加えて、ダークライ以外に容疑者となる存在もいない以上、ダークライに容疑がかけられるのは仕方ないだろう。

 あまりにも頑なであるアルベルトに、カイムは大きくため息を吐く。アルベルトの言い分もわかるし、何よりダークライの無罪を主張できるだけの材料がない。そう考えたカイムはアルベルトの胸ぐらを離した。

 

「なら勝手にしろ。一応忠告しておくが、下手に手を出すな。空間がおかしくなっている今、悪夢に落ちた時どう作用するかわからん」

「ふん、恐るるに足らんな!行くぞベロベルト!」

 

 ベロベルトを引き連れて去っていくアルベルトの背中を眺めながら、カイムは再度ため息を吐く。仕方ない部分もあるが、このままではベロベルトが悪夢に落ちるのも時間の問題だろう。早めにこの異変の要因を突き止める必要があると考えたカイムはシロナに目を向けた。

 

「悪い、説得できなかった」

「気にしないで。申し訳ないけど、彼に期待はしていないわ。それより、これからの話をしましょう。まずは悪夢に落ちたポケモン達の保護。それからダークライが何をしにアラモスタウンに来たのか。この空間の異常の原因が何なのか」

「シロナさん、フワライドの観測データの分析が完了しました」

「ありがとうトニオさん。わかる範囲で教えてくれるかしら」

「はい。今、アラモスタウン全体を謎の空間が覆っているみたいなんです」

「どういうこと?」

 

 シロナの問いかけに、トニオはPCのモニターを見せる。アラモスタウンの3Dモデル全体を球体で包み込むようなモデルが表情されていた。

 

「強く空間に作用する力が街全体を覆っているんです。何がこの力を発しているのかは分かりませんが、この街全体を覆っている力が一連の異常を引き起こしているみたいです」

 

 街を覆う謎の力が街の異常の原因らしく、庭園のものが崩れたりしたのもこの力が強く作用した結果らしい。ただトニオ曰く、この謎の力は少し前まで街全体を覆うような形ではなかったという。時空の乱れ、という形で作用はしていたが、街全体を覆うような形ではなかったのだとか。

 

「さっき研究室にいた時に観測された時空の異常…あれがトリガーだと考えてよさそうね」

「はい。あの瞬間の映像をフワライドのカメラが記録していました。被害にあったポケモン達の保護ができ次第、この記録を少し分析してみようと思います」

「お願いするわ。じゃあまずはポケモン達の保護ね。ポケモンセンターにかけあって避難所にしてもらいましょう。カイム」

「もう連絡した。センターを解放してくれるように話はつけたから、眠ったポケモン達を運ぶぞ」

「さすが経験者。さ、みんな!手伝って!」

 

 シロナとカイムは手持ちのポケモン達を出し、悪夢に落ちたポケモン達をポケモンセンターへと運んで行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで全部か?」

 

 一通り街全体を見て周り、悪夢に落ちた人やポケモンがいないか探し回った。全員回収できたかどうかはわからないが、ミオシティの時と比べて規模が小さく、広場以外ではあまり悪夢の被害にあった者はいなかった。

 

「多分。ルカリオやトゲキッス達に街を見て回ってもらったから大丈夫だと思うわ。それに、ポケモンセンターから街全体に通知を出してもらっているし、見落としがあっても連絡があるはずよ」

「ならいい」

「しかし…この短期間で二度も似たようなことにあうなんてね」

 

 シロナの言葉にカイムは苦笑する。実際、少し前に似たような事態が発生して走り回っていたというのに、またこんなことがあるとは夢にも思わなかった。もしや自分は既に悪夢の中に囚われているのでは?と思いもしたが、ブラッキーの甘え具合とバシャーモのアイアンクローが現実と相違ないことから現実だと判断したのはまた別の話。

 

「ミオシティの時より、随分出力が低い。おかげで被害者も少ないからまだ楽だ」

「おかげで対処も早かったしね」

「喜んでいいか微妙なとこだがな。それより、さっきから出てきたこれはなんだ」

 

 カイムが周囲に目を向けると、半透明の人やポケモンが何かから怯えながら逃げるような姿があった。彼らはこちらのことが見えないようであり、手を触れることもできない。前回のミオシティではこのようなことは起こっていない。

 

「多分…悪夢に囚われた人たちの意識、よね。どうして具現化しているのかしら」

「さあな。少なくとも、ダークライの力ではない。あいつは人の意識を悪夢に落とすことはできても、落とした意識を具現化させる力はない」

「となると…やっぱり空間の異常よね。トニオさん、何かわかったことはある?」

「あ、はい。ちょうどたった今」

 

 トニオはシロナ達にモニターを見せる。モニターには人のモデルから何かが浮き上がるようなモデルが映し出されていた。

 

「どうやら、みんなの悪夢が現実に映し出されているようなんです。空間が乱れ、悪夢に落ちた人たちの意識が現実に浮き上がってきているようなイメージです」

(…本来、夢の世界と現実世界は干渉しない。眠りの中でしか、夢の世界には干渉できないが…空間に異常が発生したこととダークライの力が働いたことで、現実と悪夢の世界が簡易的に繋がってしまったのかもな。実際、悪夢を見ている本人たちは見えるが、見ている悪夢そのものは現実には映っていない)

「空間と悪夢…規模は小さいけど、すぐに解決できそうにないわね」

 

 悪夢はもしかしたらどうにかできるかもしれないが、空間の方はどうすることもできない。今はトニオの分析を待つしかなかった。

 

「あの、シロナさん」

「ん?」

 

 どうするか考えていたシロナに、トニオが声をかけてくる。

 

「僕、一度研究室に戻ります。さっきの映像の分析だけでなく、空間の分析も並行してやるとなると、このノートPCだけじゃ少し厳しいので」

「ああ、そうよね。わかったわ。トニオさん頼りで申し訳ないわ」

「いえ、これは僕のやるべきことです。気にしないでください」

「ありがとう。そうだ、アリスさん。トニオさんについていってあげて。その方が、連絡もスムーズにしやすくなるでしょ」

 

 連絡しやすいのはもちろん理由としてあるが、トニオは一人だとどことなく危なっかしい。研究面ではサポートできないが、他の部分ではアリスのサポートが必要になることもあるだろうとシロナは考えた。

 

「ええ、わかりました。じゃ、トニオ。行こう」

「うん」

 

 二人がポケモンセンターから出ていくのを見送り、シロナ達は一息つくようにソファに腰掛けた。

 

「とりあえず、分析待ちってとこか」

「そうね。私たちは空間に対する知識、あまりないから」

「だな。まあ、あんま長引くようなら衰弱防止策も考えにゃならんが」

 

 ミオシティでの経験から、対応策はすぐに出せる。どうにかなるだろうと考えたところで、一人のトレーナーが二人に歩み寄ってきた。

 

「あの…今、大丈夫ですか?」

「ん…あ、あんたはゴウカザルの」

「あ、覚えててくれました?」

「ああ。そんで?どうした」

「えーっと…なんて説明すればいいかな…」

 

 歯切れの悪いトレーナーに、シロナとカイムは首を傾げる。そんな二人を見て、トレーナーは半信半疑といった口調で口を開いた。

 

「実は…少し前から街全体を不思議な霧が覆っているんです。それで…」

「それで?」

「……街から、出られなくなりました」

「…は?」

 

 トレーナーの言葉に二人は固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人はトレーナーに連れられ、街と本土を繋ぐ橋を訪れる。すると話にあったとおり、街全体が謎の霧に覆われていた。

 

「この霧…さっきまではなかったわよね」

「ああ。少なくとも、ダークライが出てきた時にはなかった」

「この霧、きりばらいをしても晴れないんです。普通の霧じゃない」

 

 シロナは前に出て先を見つめる。濃い霧は数メートル先すらも見えなくするほどであり、足を踏み入れたら視界はほとんど役に立たないほどだろう。

 ふとシロナは視線をずらして橋の外を見る。本来なら美しい湖の水面が見えるはずだが、見えるのは同じ謎の霧だけ。しかし霧そのものは街を囲んでいても、街の中には影響を及ぼしていなかった。

 

「この先に誰か行ったりした?」

「はい。ただ…外に出ようと歩いていっても、いつのまにか戻ってきてしまうんです」

(…戻りの洞窟に近いわね。ただ、戻りの洞窟は条件を満たせば先に進めた。今回のこれは…そんな感じしないわね)

 

 シロナは試しに、足元にあった石ころを霧に向かって投げる。すると石ころは霧の中へ溶けるように消えた…と思ったら、霧の中から出てきてシロナの足元へ転がった。

 

「…完全に空間が遮断されているわね。外に出られない状態にされているわ」

「閉じ込められたってことか?」

「そうなるわ。多分、外からもこちらに干渉できないようにされてるでしょうね。不可侵の空間が作り出されているのよ」

「不可侵…空間を歪ませられてるのか?」

「多分ね。悪夢が部分的に現れているのも、空間が強い力で歪められて、この街を覆う空間と局所的に触れ合ってしまったからじゃないかしら」

 

 本来、現実世界と夢の世界は干渉し合わない。しかし、空間が強い力で歪められた場合は夢の世界と局所的に干渉する可能性はある。ダークライの力でこの街に働く悪夢の力が強くなっていることも考慮すると、その可能性は高いとシロナは考えた。

 

「そんな強い力を出せる存在がいるの…?いや、いたとしても…どうしてこの街を隔離したのかしら。何か目的があるのだろうけど…」

「夢の世界に干渉するほど強い空間の力を持つ存在なんて、そういないだろ。それこそ、パルキアとかか?」

「空間の神ね。パルキアなら、多分それくらいできるんじゃないかしら」

 

 これがパルキアの仕業かどうかはわからないものの、空間を支配できる力を持つ存在など他に候補がない。もしかしたらミュウツーならできるかもしれないが、ミュウツーがここにいるはずもない。無論、パルキアがいるのもおかしな話ではあるのだが。

 

「しかし、実際のところどうするよ。この状態が続くとなると、かなりまずいぞ」

「外部からの救援も絶望的ね。この状況を作り出した要因を探すしかないと思うわ」

「だよなぁ」

 

 このまま閉じ込められた状態が続くと、人々の生命活動にも支障が出かねない。悪夢に落ちた人々やポケモン達も緩やかに衰弱していく。ミオシティの時は外部からの支援が得られたものの、今回はそうもいかない。

 しかし、それでも二人にできることはない。対症療法はできても、原因そのものをどうこうすることはできない以上、トニオの解析が終わるのを待つしかなかった。

 

 どうしたものかと、頭を悩ませ始めた瞬間、聞き覚えのある声が響いた。

 

「大変だー!」

 

 声がした方をみると、ピンク色の巨体がこちらに向けて走ってきていた。よくみるとその存在は、ベロベルトだった。

 

「ベロベルト…よね?でも今、男爵の声で…」

「……ああ、そういう」

「え?」

 

 カイムの呟きにシロナは聞き返すが、カイムは応えることなく走ってくるベロベルトに歩み寄る。

 

「愉快な姿になったな。ダークライを倒しに行ったんじゃなかったのか?アルベルト男爵(・・・・・・・)

「え…アルベルト男爵⁈」

 

 カイムの言葉にシロナは思わず目を見開いた。目の前にいるのはどう見てもベロベルト。アルベルト男爵は確かにベロベルトを手持ちに加えていたが、彼自身は普通の人間。ベロベルトではない。

 

「ど、どういうことカイム」

「多分、ベロベルトが悪夢に落ちたんだ。そして、ベロベルトは男爵の姿になる夢を見ている。空間が歪んで、悪夢が現実に干渉している今…ベロベルトの夢が本人に影響を与えたんだろうよ」

「な、なんだと⁈ベロベルトがわたしになっている夢を見ているだと⁈」

「他の連中と違う夢を見ている理由まではわからんがな」

「なら、ベロベルトを起こせば…」

 

 アルベルトの言葉にカイムは首を振る。

 

「無理だな。一度悪夢に落ちたら、しばらくは起きない。ダークライ本人の意思で解除するか、時間経過で悪夢から抜け出すか…『誰かが引っ張り上げる』かのどれかだな。ま、どれも望み薄だ。ベロベルトが起きるまで耐えろ」

「なんだと⁈ならばやはり、ダークライを倒すしかないな!この空間の異変も全てダークライが原因だ!憎むべき悪の存在を…このわたしが打倒してみせる!君も力を…」

 

 ベロベルト(アルベルト)がカイムに向けて手を差し出してくるが、カイムはその手を取ることなく冷たく言い放った。

 

「しねぇつってんだろ。話聞いてたのか?この空間の異変はダークライじゃねえ。あいつにそんな力はない」

「ふん!確証のない言葉に説得力などない!シロナさん、是非貴女もダークライ討伐にお力添えを…」

「申し訳ないけど、私は参加しないわ。この空間の異変を解決することが何よりも先決。それに、私もダークライが原因だとは思えないの」

 

 カイムはアカギを除けば、恐らく現存する人間の中で最もダークライの力を長く体感した人物。そのカイムが『違う』と言うのであれば、シロナの中で疑う余地はなかった。

 

「……むう、仕方ない。動ける者だけでやるしかないか。キミ、ついてきたまえ。ダークライを討伐しにいくぞ」

「え、あ…」

 

 シロナ達を案内したトレーナーは迷うように二人に目を向ける。彼女としても何が正しいかわからない状況であり、男爵の言い分もカイムの言い分もわかる以上、判断に困るのだろう。

 そんな彼女の意図を読み取ったシロナは優しく微笑み、小声で耳打ちした。

 

「行くといいわ。私たちと違って貴女はこの街の住民だし、下手に関係を悪くしない方が得策でしょ?」

「……すみません。ありがとうございます」

 

 アルベルトはこの街で有数の権力者。シロナ達のように外部から来た人間ならともかく、この街の住民となると話は変わってくる。下手に権力者に楯突くのはあまり得策とは言えない。

 アルベルトについていく後ろ姿を見送った二人は、街の方へ目を向ける。相変わらず濃い霧に包まれた街は不気味な雰囲気を放っており、来た時とはまるで違う空気になっていた。

 

「さて…俺らができること、なくなったな」

「そうね。トニオさんの解析が済むのを待つしかないわ。そういえばカイム」

「ん?」

「貴方はダークライの気配がわかるの?」

「ああ。多分今は、街の中心部付近にいる。ちと距離があるから大まかな位置しかわからないがな」

 

 カイムは悪夢の力を多く取り込んだ影響か、悪夢の力の源であるダークライの位置はぼんやりとわかるようになっていた。それ故に、いつもダークライが現れる直前に気づいていた。

 

「影に潜っているとかは気配が薄すぎてよくわからん時もあるが、普通にしている時なら大体わかる」

「やっぱりそうなのね」

「今ここで役にたつ能力かは些か疑問だがな」

 

 ダークライに接触したところで、あの口下手が簡単に口を割るとは思えなかった。もしカイムがダークライを討伐するつもりなら役にたつ能力だったであろうが、そうではない以上、あまり役には立たない。

 そこでシロナのスマートフォンが振動する。画面を見ると、相手はアリスだった。

 

「もしもしアリスさん?」

『あ、シロナさん!トニオの解析がそろそろ終わりそうなんです!時空の塔まで来れそうですか?』

「わかったわ。すぐに向かう」

 

 それだけ言ってシロナは通話を切る。カイムの方へ視線を向けると、ぼんやりと話が聞こえていたカイムは既にタクシーを呼んでいた。

 

「解析終わったんだろ?」

「ええ。すぐに向かいましょ」

「時空の塔へ行くんなら、ムクホークに頼んでもいいが…できるだけ体力残した方がいいと思ってタクシー呼んだ。いいだろ?」

「ええ、その方がいいわ」

 

 シロナとしてもこの後何が起こるか予想もつかない。ただ、ずっと胸騒ぎがするため、トゲキッスの体力はできるだけ温存させておきたかった。そういう意味でも、カイムの判断は英断だった。

 こんな事態でも空飛ぶタクシーは稼働していた。カイムの呼びかけに気づいたタクシーはすぐに二人を時空の塔へと連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時空の塔地下にあるトニオの研究室に、二人は足を踏み入れる。

 

「あ、シロナさん!カイムさん!」

「お待たせ。それで、解析はどう?」

「悪夢の実体化が発生した時刻の前と後で、時空の状態を解析しました。その結果をお見せします」

 

 モニターに映されたモデルには、普段の空間の状態と今の空間の状態が映されていた。空間は普段と比較して明らかに大きく波打っており、通常とは異なる。

 

「空間は、ある時点を境におかしくなりました。おかしくなったことで、悪夢の実体化が起こり始めたんです。つまり、このある時点(・・・・)が全ての始まりだった」

「ここで何が起こったか…それが重要ってことね」

「はい。この空間がおかしくなった時刻…その瞬間を僕のフワライドが記録していました」

 

 そう言ってトニオが出したのは、街全体を謎の光が覆った瞬間だった。

 

「これ…確か、このあとにダークライが…」

「はい。これが発生した直後、ダークライが現れました。そして、僕らが庭園でダークライに出会ったのも、庭園に異常が起こった直後…つまり、ダークライは空間の異常を察知して現れていたんです」

「…なるほど、らしい(・・・)わね」

「え?」

「なんでもないわ。それで、この光は何が原因かはわかった?」

「画像の解析をしました。解像度を限界まで上げてみた結果…」

 

 トニオが解析した画像は、謎の光が出てきた瞬間だった。時空の塔の上空に謎の球体が現れ、その球体から発せられた光が街全体を覆う、という流れであり、この最初に現れた球体を解析したらしい。

 解像度に限界があるため、はっきりとした姿は見えない。しかし、そこに映っていたものをシロナとカイムは知っていた。

 

「これ…まさか、パルキア⁈」

「画質は荒いが…他に考えられんな。実際、パルキアだと仮定すれば、この空間の異常も理解できる」

「何故パルキアが来たのかまではわかりません。しかし、パルキアが原因だとすれば…」

「空間ごと捻れたような柱や、空間ごと切られた花壇の説明もつくわね」

「なるほど、ダークライ(あいつ)の言ってた意味がようやくわかった」

 

 広場でダークライに遭遇した時、ダークライは『出ていけ』と言った。その言葉が自分達に向けて言われた言葉なのかどうかを確認したところ、『違う』と言われた。あの言葉を信じるならば、別の誰かへと向けられた言葉だとわかる。つまり、ダークライはアラモスタウンへやってきたパルキアに対して『出ていけ』と言っていたのだろう。

 

「ダークライは、パルキアに対して…?」

「ああ、多分な。しかし…パルキアは何故この街に?」

「そこまではわかりません。ただ、パルキアをどうにかしないと僕らはこの街から出られません。それに、この後どうなるか予想もつかない」

「どうにかって…簡単にはいかないぞ。伝説のポケモンとまともにバトって、勝てるわけない」

 

 伝説のポケモンは伝説に残されるだけあり、持つ力も普通のポケモンとは比べものにならない。空間の力を操るパルキアも例外ではなく、槍の柱で出会ったときはディアルガの力と合わせることで、不可侵の障壁を築いた。仮にディアルガの力がなかったとしても、破壊することは難しかっただろう。

 

「でも、何もしないわけにもいかないわ。まずはパルキアの確認、そしてダークライの捜索をしましょう」

「はい。パルキアの位置は確認できています。相変わらず時空の塔上部にいるようです。でも、ダークライの位置は…」

「ダークライは俺が探す。大まかな位置はわかる」

「頼むわ。とりあえず外に出ましょう。パルキアの状態も確認しないと」

 

 シロナに続いて、一同は研究室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、ダークライが時空の塔上空に向けて突っ込んでいくところだった。進路の先には何もないように見えるが、よく見ると若干風景が歪んでいる。

 

「ダークライ…」

 

 だが、ダークライの体は不可侵の空間に阻まれ、突撃の反動をそのまま受けて地面に叩きつけられた。即座に立て直し、不可侵の空間に攻撃を放つ。しかし、ダークライの力をもってしても、パルキアが籠る不可侵の空間は破れなかった。

 

「…まずいわ」

「シロナ?」

「…パルキアが、目覚める」

 

 不可侵の空間といえど、干渉を受ければ空間を作り出している本人は感じ取る。小さかったパルキアの気配が大きくなるのをシロナは感じ取った。

 シロナの言葉の通りパルキアは目を覚まし、不可侵の空間を消し去り地上に降り立った。咆哮を上げるだけで凄まじい圧力が周囲を襲う。それと同時に、街全体を覆っていたキリが晴れ、空は異次元空間のものに染まった。

 

「これは…どうなってやがる!」

「街が、まるごと異次元空間に飛ばされている!」

 

 驚愕するカイム達を他所に、ダークライがパルキアに攻撃を加える。しかしパルキアは見向きもせず、空間を遮断する防壁を作り出して攻撃を防いだ。

 防がれてもなお、ダークライはパルキアへの攻撃を続ける。全てパルキアの防壁に防がれるが、何度も攻撃されて鬱陶しく感じたのか、パルキアはダークライへと視線を向け、そして排除するべく飛び上がった。

 その瞬間、アリスはパルキアの肩にある宝珠に傷が入っているのを見た。弱々しく輝く宝珠は、パルキアが傷ついていることを感じ取らせるには十分なものだった。

 

「パルキア…もしかして、怪我してない?」

「怪我?」

「うん。肩の宝珠…っていうのかな。あれが傷ついていたの」

「……もしかして、パルキアがここに来たのは傷を癒すため?」

「不可侵の領域を作って何もしなかったのも、傷を癒すためなら納得いくな。ただ、傷を癒すのに何故ここを選んだのかはわからないが」

 

 傷を負っていたのなら、それを癒すための行動をとるのはわかる。しかし何故アラモスタウンが選ばれたのか。それはさすがにパルキアにしかわからない。

 そしてそのパルキアは、ダークライのもとへ飛んで行き、ダークライとの交戦を開始した。傷があるからか、ダークライへ全力を出す必要がないからかはわからないが、あまり苛烈な攻撃はしていない。

 対して、ダークライはそうではない。相手は神として崇められる力を持つ存在。いくら強力な悪夢の力を持っていても、パルキアに直接影響を与えられるほどの力はない。

 

「…もしかして」

 

 何かに気づいたカイムはスマートフォンを取り出し、ポケモンセンターへとかける。電話に出たジョーイと二、三言葉を交わしたカイムは電話を切り、口を開いた。

 

「悪夢に囚われていた連中が、目を覚ましたらしい」

「みんな目を覚ましたんだ!でも、どうして急に?」

「ダークライが悪夢の力を分散させてる余裕がなくなったんだろ」

「じゃあ、悪夢の実体化も…」

「夢を見てる奴がいないなら、終わっただろう。だが、結局あれはどうして起こったんだ?」

「推測ですが…パルキアがアラモスタウンに来たことでここ周辺の空間が不安定になった。不安定になった空間とダークライの悪夢の力が重なることで、不完全ながらも夢と現実が干渉し、悪夢が実体化していたのではないでしょうか」

 

 本来、悪夢は実体化するものではない。夢の世界にいる意識が現実世界に実像として現れるなどということは、悪夢の力だけでは起こり得ないもの。つまり、他の力が働いていたということになる。

 パルキアが傷を癒すために一時的にアラモスタウン周辺の空間をまるごと異次元空間に取り込んだ。それにより、アラモスタウン全体の空間は本来ならあり得ない挙動を起こされたことで街が存在する空間に異常が発生し、異次元空間に取り込まれた街と悪夢の世界が一時的に干渉した。結果、悪夢が実体化したのだとトニオは予想した。

 

「パルキアがこの街丸ごと異次元空間に飛ばしたことで、空間にバグが発生…結果、本来なら絶対に干渉しあわない世界同士が干渉したのね」

「今あるデータと状況証拠からは、そう考えられます」

「じゃあ、あのパルキアの怪我は一体誰が…?」

 

 シロナがそう口にした瞬間、強力な龍の力が雨のようにパルキアに向けて降り注ぐ。直前でパルキアはバリアを展開したが、防ぎきれずにダメージを受けた。

 凄まじい咆哮が辺りを揺るがす。咆哮の余波は時空の塔の時計の針を出鱈目に回転させ、空間内の時間の流れをおかしくするほどの力だった。そして青い影がパルキアに襲い掛かる。その影の招待を、シロナとカイムは知っていた。

 

「ディアルガ…!」

「時を司る神…ディアルガ!もしかして、パルキアに怪我を負わせたのはディアルガ?」

「可能性としてはあるかもな。パルキアほどの存在にダメージを与えるとなると、相当な力を持つ存在じゃないと厳しい。一時的とはいえ、パルキアを撤退させるほどだ。しかし出会った途端これとはな。何やらかしたんだあいつら」

「出会う…出会うはずの、ない……そうか、このことだったのか!」

 

 突如声をあげたトニオに、シロナ達は視線を向ける。その視線を受けながら、トニオは語り始めた。

 

「出会うはずのない存在が時空の狭間で出会う。時空が歪み、怒りが街を包む。そして全ては崩壊する」

「トニオ、なんのこと?」

「ゴーディの手記に書かれていたものだ。恐らくゴーディは、このことを予期していたんだ」

 

 ゴーディは、『夢』でこの未来を見ていた。自分が生きている時代に起こることか、それとも遥か先の未来で起こることなのかすらわからない、破滅の未来を。

 そしてこの未来を防ぐために策を巡らせた。考えて考えて、結果…この未来を回避する策を思いついたという。

 

「ダークライの悪夢を通して、この未来を見たゴーディは、何かを残したはずだ。それが何か…」

 

 トニオが考えようとした瞬間、ディアルガとパルキアの争いの余波が飛んでくる。それを察知したシロナが咄嗟にポケモンを繰り出そうとするが、それよりも早く黒い影がシロナ達の前に立ち塞がった。

 

『ふん!』

 

 強力な『あくのはどう』によって、余波を弾き返すだけでなく、ディアルガ達にも攻撃を加えたのは、ダークライ。皆を守るために、体を張って弾き返した。

 

「ダークライ!」

『…下がれ、シロナ(・・・)

「貴方、やっぱり…!」

 

 シロナは目を見張る。名乗っていないというのに、ダークライはシロナの名前を知っていた。つまり、このダークライはカイムの夢の中で出会ったダークライと同じ個体ということ。

 ダークライは振り返ることなく、ディアルガ達に向かっていく。ダークライに気づいた二柱の神は、まずは目障りな存在を消しに攻撃を始めた。

 

「あ、おい!」

 

 ダークライはシロナ達に目を向けることなく、ディアルガ達の元へ飛んでいく。その後ろ姿を見て、カイムは内心で舌打ちした。

 

「カイム、あのダークライ…」

「わかってる。今は任せるしかない。俺らがあいつら相手にできることはない」

「…そうね」

 

 ダークライの攻撃は、二柱の神を倒せるほどのものではない。しかし、気を逸らし、時間を稼ぐことはできる。加えて、シロナ達があの戦いに割って入れるような力はない。今はダークライに任せるしかなかった。

 

 事実上、三つ巴の戦いとなった今、ダークライの勝機は漁夫の利を狙うしかない。ディアルガとパルキアは互いに攻撃しあいながらも、ダークライへの攻撃も行っている。互いに弱ったところを狙えばいいのだが、実際問題そうもいかなかった。

 街を守る、という使命があるダークライは、二柱の神の攻撃によって破壊される街も守らねばならない。故に、神々の力を防ぎつつ、ディアルガ達を弱らせて戦わねばならなかった。相手が格下、または同格ならば可能だっただろうが、格上を通り越して神として崇められる存在だと話は変わる。どのように守るか思考を巡らせた瞬間、ディアルガとパルキアから凄まじいエネルギーを感じた。

 

「これは…時間と空間の力が凄まじい勢いで集まっている!」

「まさか…『時の咆哮』と『亜空切断』⁈そんなものがぶつかったら、余波だけで街が危ないわ!」

 

 ディアルガの『時の咆哮』とパルキアの『亜空切断』。膨大な時の力を凝縮し、時間の流れを歪めるほどのエネルギーを放つ『時の咆哮』。そして空間すらも切り裂く『亜空切断』。それぞれディアルガとパルキアを象徴する力として伝承に残されていた。この力同士がぶつかり合った時、時空間にどのような影響が出るか予想もつかない。少なくとも、不安定な空間に取り込まれているアラモスタウンは、ただでは済まないだろう。

 それはわかっている。しかし、それを止める手立てを持つ者はここにいない。

 

 時のエネルギーの奔流と、空間すら断ち切る斬撃。二つが街の上空でぶつかり合った。上空でぶつかり合ったエネルギーは、ほぼ真下にいたシロナ達にも影響を与えた。咄嗟にシロナのトゲキッスが『ひかりのかべ』を展開し、カイムのブラッキーが全員を覆う範囲に『まもる』を展開することでなんとか直撃は防いだものの、全員を庇ったブラッキーは一撃でガス欠になってしまう。

 

「ブラッキーが一撃で…」

「まずい…今の攻撃の影響で、街を包む異次元空間の壁が壊れ始めた」

「どういうことトニオ」

「…端的に言うと、このままだと街はこの時空の狭間に消える!」

 

 トニオの言葉通り、街を包んでいた空間の壁が壊れ始め、街の外側から徐々に消え始めた。

 

「つまり、放っておくと街ごと消滅ってことか」

「そうなります…」

「ふむ…」

 

 カイムは争う二柱の神とダークライへと視線を向ける。そのまま何かを考えるように目を伏せた。

 そんなカイムを他所に、シロナはトニオへと問いかける。

 

「トニオさん。ゴーディの手記に何かヒントはない?ゴーディがこの事態を予期していたのなら、何か対策を講じていたはず」

「はい。ゴーディの手記には続きがあります。悪夢は私がやるべきことを教えてくれた。未来のために、オラシオンを残さなければならない、とあります。ここは確か、お二人が読んだ場所でしたね」

「ええ。つまり、ゴーディはオラシオンこそが破滅の未来を防ぐ鍵だとわかっていたのね」

「恐らく」

「オラシオンって…アリスの吹いてた曲だろ?落ち着く曲だったが…あんなにところ構わず暴れ回ってる奴らに聞かせるのか?」

 

 庭園で聞いたオラシオンは、確かに心が穏やかになる曲だった。人はもちろん、ポケモン達も落ち着かせる効果がある。あの二柱の神に聞かせれば、多少の効果はあるかもしれない。

 しかし、それはそれとして、あそこまで怒り狂っているディアルガ達の耳に届くとは思えない。そもそも聞かせるためにはかなり近寄らなければならず、あんなところで曲を演奏する余裕などないだろう。

 だがその瞬間、アリスとトニオは目を見合わせる。

 

「そうだ、音盤!」

「そうだよアリス!音盤でオラシオンを演奏するんだ!時空の塔は楽器!ゴーディは悪夢で未来を見て、時空の塔を建てることを決めた!そしてオラシオンを残すという記録…ゴーディはこの未来を、時空の塔でオラシオンを演奏することで解決できると考えたんだ!」

「オラシオンを残すってそういう意味だったのね。でも、肝心のオラシオンの音盤はトニオさんの研究室にあるの?」

「いや、研究室にはありません。あったら、覚えています。でも他にも音盤が納められている場所があるんです」

あそこ(・・・)ね、トニオ!。じゃあ早く時空の塔へ…」

 

 アリスが言い終わらないうちに、再び凄まじいエネルギーを感じ取り、シロナ達は空を見上げる。ディアルガが胸元にある宝珠に時の力を集め、再び『時の咆哮』をパルキアに向けて放った。

 パルキアは迎撃できないと判断すると、即座に回避行動に移る。ディアルガの放った『時の咆哮』はパルキアに当たることはなかったが、ちょうどその射線の先にいたシロナ達へと向かってきた。

 

「しまっ…」

 

 まずい、と思った時には時すでに遅し。カイムの手持ちで最も硬いブラッキーは既にガス欠。仮に万全だったとしても、あの膨大なエネルギーを防ぐことはできない。そしてシロナの手持ちで唯一フェアリータイプのトゲキッスですら、あまりに膨大なエネルギーによってタイプ相性すらも無視し、一撃で致命傷になりかねない。

 打つ手がない(詰み)。その言葉が脳裏をよぎった瞬間、ダークライが強力な悪夢の力で作り出した防壁を纏い、シロナ達を守った。

 

『ぐっ、おおっ!』

 

 だが、いくらダークライの力が大きくとも、ディアルガの力には敵わない。いくらか軽減させたとしても、その威力は絶大であり、『時の咆哮』を受けたダークライは爆煙を纏いながら庭園へと落ちていった。

 

「ダークライ!」

 

 そして落ちていくダークライの元へ、真っ先にカイムとアリスが走り出す。その二人を追って、シロナとトニオも庭園へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭園に辿り着いたカイムは、悪夢の気配を頼りにダークライの姿を探す。ある程度場所がわかる以上、見つけるのはそう苦労しなかった。

 木に寄りかかり、力無く倒れるダークライの側には野生のポケモンが数匹いた。心配そうに倒れるダークライを見ている。そんなポケモン達にカイムは優しく声をかけながらダークライに近寄る。

 

「……大丈夫だ。任せてくれ」

 

 カイムは倒れ伏すダークライに近寄り、屈む。呼吸はしているが、呼吸は荒く、苦しそうにしていた。

 そこに追いついたアリスも歩み寄ってくる。傷ついたダークライを見て、悲痛に表情を歪めながらダークライに手を添えた。

 

「ダークライ…」

『…っ!』

 

 アリスの手の感触に、ダークライは目を覚ます。咄嗟に飛び退こうとするが、ディアルガの攻撃の傷が痛み、呻き声をあげてしまう。

 

「動くな、傷が深い。最低限の治療はしてやる」

『…カイム…それに、アリシア?』

「違うわ。わたしはアリス。アリシアは、わたしのおばあちゃん」

『………そうか』

 

 ダークライはそれだけ言って目を閉じ、されるがままになる。

 

 数分後、簡易的な応急処置ではあるが、カイムは治療を終える。治療のおかげで、ダークライの体力はかなり回復した。とはいえ、あくまで応急処置。全快とは言えない。そうこうしているうちに、シロナ達も合流する。

 

「最低限の応急処置だが、無いよりマシだろ」

『……ああ』

「ダークライ…ごめんなさい、貴方は街を守ろうとしてくれたのよね」

『………』

 

 ダークライは答えない。アリスの声も言葉も、かつてダークライの心を開いたアリシアと酷似していたため、思わずかつての記憶がダークライの脳裏によぎった。しかし、目の前の女性はアリシアではない。姿が似ていても、同一人物ではない。その事実にダークライは目を伏せる。

 そのまま影に潜ろうとしたところを、カイムが呼び止めた。

 

「おい待て。治療の代価として、いくつか聞かせろ」

 

 カイムの言葉に反応したダークライは、数秒固まる。だがやはり、治療の代価と言われると無碍にできなかった。

 言葉はないが、動く気配のないダークライを見て、聞く気になったと判断したカイムは口を開く。

 

「まず、あいつらは何故戦ってるんだ。相当お冠のようだが、何したらあんなになる」

『……互いの領域を侵害されたと思い込んでいるようだ』

「実に神らしい理由だな」

「本来なら出会うはずがない存在同士…偶然出会ったとしても、そう判断してしまうのも仕方ないわね」

「何故出会ったのか気になるところだが、時間がない。お前はあいつらを街から排除しようとしているという判断でいいか」

『…ああ』

「だがお前の力でも、あの二柱の神を止めるのは難しい。間違いないか?」

 

 ダークライは答えない。

 確かにダークライは通常のポケモンと比較して強い力を持つ。空間が歪んでいる今なら、擬似的に悪夢の世界を現実に持ってくることも可能であるため、普段よりも力は増していると言ってもいい。しかし、それでも神の力には及ばない。時間稼ぎはできても、そう長くもたないことはダークライもわかっていた。

 

「お前はミオシティで、アカギの力で強大な出力を得た。街全域を覆うほどの出力を」

『………』

「あれほどでなくとも、俺と組むことで似たようなことはできないか」

 

 カイムの言葉にシロナは目を見張る。

 

「カイム、何を言っているの」

「ダークライの力の出力を上げれば、ダークライ単体が時間稼ぎするよりも長くもつだろ」

「そうじゃなくて…」

「今必要なのは時間だ。オラシオンのことがわかったが、そのオラシオンを俺たちはまだ手に入れていない。どれだけ時間がかかるかもわからない以上、時間が必要だ。少しでも崩壊までの時間を稼ぐには、こいつの力が必要不可欠。なら、出力を少しでも上げて長く時間を稼ぐべきだろ。アカギほどの出力はさすがに得られんだろうが、無いよりマシなはずだ」

 

 カイムはアカギと同じように、悪夢の底へと辿り着けるほどダークライの力と親和性がある。しかし、ここでは力の試運転もできないし、そもそもアカギほど高い親和性があるわけでもない。アカギと比べたら出力は下がるだろうが、ダークライの力を底上げできれば時間を多少長く稼げるだろうと考えた。

 

『……何を言っている』

「今はできるのかできないのかだけ答えろ。できるのか?」

『……可能だが、初めてのシンクロでは色々と障害が起こる。本来、互いの力を慣らす時間が必要だ。慣らしも無しにやれば…お前の体にどんな影響がでるかわからん』

「できるんだな。ならやるぞ」

『お前…話を聞いていたか』

「言ってる場合か?このままだと、あと一時間もたない。あいつら次第で、もっと早く消える」

 

 今もなお、街は崩壊を続けている。住民達は街の中央部にある庭園奥地へと避難し初めているが、いつ崩壊に巻き込まれる者がいてもおかしくない。

 

「カイム…」

「…わかってる。だが、他に選択肢がない。ダークライが落ちたら、もう時間稼ぎすらままならない」

「…そうね、その通りだわ」

 

 シロナの言葉に、カイムは振り返ることなく答える。色々と思うところはあるが、確かにカイムの言う通り時間があまりにも足りない。神々の戦いが激化することを考えれば、ダークライの力の出力増加は必須だった。

 

『…覚悟はできているんだな』

「ああ」

『…わかった。手を出せ』

 

 カイムはダークライが差し出してきた手を取る。すると、黒いオーラがカイムとダークライから吹き出し、そして混ざり合った。

 シロナが夢の世界でギラティナと繋がったような変化はない。しかし、ダークライの傷が塞がり、明らかにエネルギーが増加したのを感じ取った。

 

『これで我々は繋がった。お前の力を貸してもらう』

「ああ、好きに使え」

『…加減をする余裕はない。覚悟しろ』

「舐めんな。お前こそしっかりやれよ」

『……ふん』

 

 それだけ言って、ダークライは影に潜る。

 ダークライを見届けたカイムは立ち上がり、いつも通りの無表情で振り返った。

 

「これで少しは長持ちする。今のうちに、時空の塔へ行こう」

「だ、大丈夫なんですか?」

「問題ない。少なくとも、今のところは。それより時間がない。はやく時空の塔へ」

 

 カイムの言葉に頷いたアリスとトニオは時空の塔へ向かう。二人を追うようにシロナとカイムも続くが、カイムの背中をシロナは複雑な表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダークライに足止めを任せ、シロナ達は時空の塔へと訪れる。訪れた場所は、たくさんのポケモンとアリスの祖母であるアリシアをモデルにしたオブジェが設置されている広間だった。

 

「研究室に無い音盤は、全てここにある。この中のどれかがオラシオンのはずだ!」

「どれかって…」

 

 シロナはオブジェの下に安置されている音盤達を見つめる。その数は、10どころか20を超えるほどの数があった。

 音盤を鳴らすためには、時空の塔最上階まで行かなければならない。音盤一つ一つの重さはそこまでではないものの、三つ以上同時に持ち運ぶことはほぼ不可能。仮に全ての音盤を最上階に持って行けたとしても、起動させるにはそれなりに時間が必要。どれが正解なのかを確かめている時間があるとは思えない。

 

「これ全部試す時間はねぇぞ」

「どれがオラシオンなのか…ゴーディの手記に何かヒントはなかったかな…」

 

 トニオが呟いた一言で、シロナはふと研究室を訪れた時のことを思い出す。あの時空の塔建設の理由を綴っていたページには、『オラシオンと時空の塔を残す』という手記があった。そしてそのページには、ゴーディとアリスの写真。

 

(あの写真…確か、オラシオンの楽譜があったわね。それと、謎の紋章…紋章?)

 

 思考の末、辿り着いた一つの可能性。写真に残された紋章と、音盤一つ一つに刻まれたマーク。それらが酷似していることにシロナは気づいた。

 

「アリスさん、ゴーディとアリシアさんの写真!今持ってる?」

「あ、はい。ここに」

「そこに何か紋章が書かれていたわよね。その紋章と同じマークが書かれた音盤がオラシオンじゃないかしら」

「あっ!」

 

 シロナの言葉で何かに気づいたアリスは、ゴーディとアリシアの写真を取り出して裏返す。刻まれていた楽譜と謎の紋章を見つめ、紋章と同じ模様が刻まれた音盤を探した。

 

「…あれです!あれがオラシオンだわ!」

「あれか。カイムさん、手伝ってください!」

「ああ」

 

 アリスが指し示した音盤を取るために、トニオとカイムは協力して台座を回す。アリスの指差した音盤は、確かに写真と同じ模様が刻まれているものだった。

 

「これね」

 

 シロナは音盤を取り外す。普段ならフィジカルに優れたカイムに渡すが、今のカイムはダークライと繋がった状態。少しでも負担を減らすために、シロナが運ぶこととした。

 

「じゃあ最上階に行きましょう」

「はい。ヒコザル!出番よ!」

 

 気球で最上階へと向かうために、アリスはヒコザルを繰り出す。そして一同は外にある気球へと乗り込むために走り出した。

 

「っ!」

 

 だが走り出そうとした瞬間、カイムの足から力が抜ける。咄嗟に持ち直したが、普段ならあり得ないような力の抜け方にカイムは表情を歪めた。

 そしてそんなカイムの様子がおかしいことにシロナはすぐに気がつく。アリス達を追いながら小声でカイムに問いかけた。

 

「大丈夫?」

「…ああ。まだ、な」

「無理はしないでね」

ダークライ(あいつ)次第だ。俺にそこら辺はコントロールできん」

 

 シロナと違って、カイムはポケモンと初のシンクロ。シロナ自身も慣らしはなかったものの、今回はかなり状況が異なる。カイムに何か不具合が起こることも大いにあり得るが、ダークライからしてもカイムのことを気にかける余裕はない。今はただ、何も起こらないことを祈りながらやれることをやるしかなかった。

 

「気にするな、とは言わん。だが、今は成すべきことを成そう」

「…そうね」

 

 心配だし、他に選択肢もない。カイムの言う通り、今は成すべきことを成そうと考え、シロナはアリス達の背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『かぁっ!』

 

 シロナ達が気球に乗り込んでいる最中も、ダークライは街を守り続けていた。ディアルガの『りゅうせいぐん』やパルキアの『はどうだん』を防ぎながら、二柱の神をどうにかやり過ごしていた。

 カイムとシンクロしたことで、ダークライの出力は飛躍的に上昇していた。さすがにアカギには遠く及ばないものの、普段よりも遥かに強い力を扱える。加えて、空間が歪み夢の世界の力と僅かに干渉しているため、悪夢の力も扱えた。

 しかしこれだけ出力が上がってなお、神の力には及ばない。被ダメージは大きく減ったものの貫通ダメージが大きく、広範囲に及ぶ街への被害をゼロにはできない。

 

『ぬぅあ!』

 

 『ダークホール』によって二柱の神を悪夢に落とそうとするも、ディアルガは『ダークホール』自体の時間を止め、パルキアは空間を歪めることで軌道を反らせる。

 『ダークホール』は非常に強力な技だが、悪夢の世界で強化された状態でなければ少しのタメが必要となる。カイムとのシンクロによって強化されたとしても、そこまで強化はされていない。

 

『あれは…』

 

 そこでダークライは時空の塔のすぐそばで気球が浮き上がるのを見た。ダークライにも見覚えのある緑色の気球であり、アリス達が乗っていることを確認した。

 カイムは『時間が欲しい』と言っていた。具体的な策については聞かなかったが、何かしら考えがあるのだろうとダークライは考える。

 今もなお争いを続ける神は互いを攻撃しあい、その余波で街を破壊している。この余波にアリス達が巻き込まれる可能性は非常に高い。瞬間的ではあるが、彼らの守護にもリソースを割くべきだと判断した瞬間、ディアルガ達が気球のすぐそばを高速で通り抜ける。それと同時に、パルキアの放った『はどうだん』がディアルガに当たり、爆煙が気球を襲った。

 

「しまっ…!」

「ムクホーク頼む!」

 

 気球が揺られてシロナはバランスを崩してしまう。落ちそうになったシロナの手を、カイムが繰り出したムクホークが掴み、塔の中央部分にある螺旋階段へと降り立った。

 シロナが着地すると同時に、今度はディアルガが反撃として『りゅうせいぐん』を放つ。放たれたエネルギーはパルキアだけでなく、パルキアの近くにあった時空の塔へも降り注いだ。

 

『ふんっ!』

 

 しかしそのエネルギーをダークライが大部分を消し去る。一部消しきれなかったエネルギーは塔の一部を破壊し、その破片が気球を突き破った。

 

「気球が!」

「ちっ!」

 

 この気球はもたないと即座に判断したカイムは気球からジャンプした。当然カイムの身体能力といえど、螺旋階段までは届かない。カイムが飛んだのを見たシロナは、即座にトゲキッスを出して着地の補佐をさせる。

 

「悪い、助かった」

「お互い様よ、気にしないで」

「シロナさん!カイムさん!大丈夫ですか⁈」

「大丈夫よ!ここは危ないわ!二人は庭園に戻って!」

「はい!ヒコザル、気球を戻すわよ!」

 

 アリスが気球を戻そうとした瞬間、再びディアルガの『りゅうせいぐん』が放たれる。パルキアは防いだが、狙いがそれたエネルギーは気球を掠めた。幸いにもアリス達に直撃することはなかったものの、気球はバランスを崩した。

 

「トニオ!アリス!」

「カイム、下がって!ガブリアス!」

 

 アリス達だけでなく、自分達にも迫ってきていたエネルギーをガブリアスが打ち消す。

 

「こっちは大丈夫です!お二人はオラシオンを…」

「まずい!アリスさん!」

 

 迸る時の力を、シロナは感じ取った。あの力は間違いなく『時の咆哮』であり、あれが放たれたらパルキアとそう距離が離れていないアリス達も巻き添えを受けかねない。

 だがディアルガにとっては関係ない。パルキアを排除すべく放たれた攻撃が空に輝いた。

 しかしパルキアもただで受けるはずがない。即座に空間の力を利用してその場から瞬間移動した。ディアルガは退避したパルキアの方に向けて『時の咆哮』の向きを修正するが、その軌道上にはアリス達が乗る気球。

 

(あっ…)

 

 バランスが崩れた気球に退避行動などできるはずもない。このままではあの凄まじいエネルギーに巻き込まれる。そう考えた瞬間、アリス達の前に黒い影が現れた。

 黒い影…ダークライに『時の咆哮』が直撃する。悪夢の力で身を守りながらとはいえ、本来なら時空を歪めるほどの時のエネルギーの奔流。受け切れるはずもなく、ダークライは気を失って庭園へと落ちていった。

 

「ダークライ!」

 

 アリスとトニオはダークライが防いだ『時の咆哮』の余波を受けてしまう。爆煙の勢いに揺られてトニオが落ちてしまうが、即座にフワライドに掴まった。アリスはバランスを崩しながらも滑空していく気球にうまいこと掴まり、ギリギリで庭園に着地することができた。

 遠目ではあるが、二人の無事を確認したシロナは安心したように息を吐く。だがシロナ達の役目は終わっていない。オラシオンを鳴らすために、最上階へと急がねばならない。

 すぐに最上階へ向かおうとカイムに視線を向けると、そこには螺旋階段に寄りかかるカイムの姿があった。

 

「カイム、大丈夫?」

「なん、とか…」

 

 やや弱々しく答えるカイムに、シロナは眉を顰める。先ほどまで、ダークライにエネルギーを吸われることでの疲労はあっても、ここまで衰弱した様子はなかった。だというのに、この一瞬でカイムが一気に弱った。

 何かある、と考えたシロナはすぐに一つの仮説に辿り着く。

 

「もしかして…ダークライが受けたダメージが貴方にフィードバックされてるの?」

 

 シロナの言葉にカイムは小さく頷く。

 本来、バディを組んでポケモンの力をより多く引き出す際にポケモンが受けたダメージがトレーナーにフィードバックされることはない。現にシロナはギラティナとバディを組んでいた際、ダメージのフィードバックなどなかった。

 しかしカイムはダメージを受けている。シロナの時と異なる点が多くあるためどれが原因かはシロナにもわからなかった。

 

「…カイム、動ける?」

「ああ…ちとしんどいが、まだ動ける」

「わかったわ。ちゃんと着いてきてね。ガブリアス、援護頼むわね」

 

 シロナの言葉を了承するようにガブリアスは雄叫びを上げる。先導するように走り出したガブリアスに続いて、シロナ達は最上階に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水に落ちる感触で目を覚ます。

 全身はズキズキと痛み、先ほど受けた応急処置も既に意味を成していない。それどころか、先ほど受けたダメージで応急処置を受けた時よりも状態は悪い。

 

『ぬ、うぅあ…』

 

 彼…ダークライに自身の傷を癒す術はない。自己治癒力も高いとは言えないため、この傷を自力で回復させるには相当な時間を要する。怒り狂った神々がそんな時間を待つはずもないし、そもそも彼らは街の安否など気にしない。

 

『……あの(馬鹿)め、私の傷を一部肩代わりしたな』

 

 ダークライはふらふらと木に寄りかかりながらそう呟く。

 ディアルガのあの攻撃を(悪夢の力で軽減したとはいえ)正面から受けてなお、意識を保てている。本来ならあり得ない。あれほどの威力を正面から受ければ、ダークライといえど立てるはずはない。

 それでも意識を保てている程度にダメージが抑えられているのは、ひとえにカイムのおかげだった。ダークライはカイム自身の力だけでなく、悪夢の底でカイムが吸収し、未だに多く残っていた悪夢の力を引き出してパワーアップしていた。引き出すだけならば問題なかったが、カイムが想定よりも強く結びついていたため、ダークライが許容できないほどのダメージを受けると、余剰ダメージがカイムの方へフィードバックされるようになっていた。おかげでダークライのダメージは思いの外少ないが、カイムへダメージが入ってしまっている。

 無論、カイムは意識してやっていることではない。完全に無意識で行っている。ダークライとしてはありがたいが、ポケモンと人間では許容可能なダメージが大きく異なる。いくらカイムが頑丈といえど、神の攻撃がフィードバックされるとなると、命を削る危険性すらあった。その証拠に、シンクロしているカイムの気配が弱くなっている。

 

『…………』

 

 街のことのみを考えるのであれば、カイムのことを気にする必要などない。そもそもカイムはこの街の住民ではない。気にかける必要など、本来ならないはずだった。

 だが、それはできない。カイムはダークライへと歩み寄ってきた二人目(・・・)の人間。見捨てることなどできなかった。

 

「ダークライ!」

 

 突如、声が響く。

 声がした方に視線のみを向けると、初めてダークライへと歩み寄った少女と瓜二つの顔がこちらを心配そうに見つめていた。

 

『…アリシア……では、なかったな』

「そうよ、わたしはアリス。ダークライは、街を守ろうとしてくれたのよね」

『…………』

 

 アリスの言葉でダークライの脳裏に溢れ出す、かつての記憶。

 いるだけ悪夢を見せてしまう特性。これにより、どこにいても疎まれる存在だった。このように生まれた以上、これ自体は仕方ない。そもそも普段は誰も存在しない絶海の孤島…新月島にいる。孤独が日常であったため、己の居場所など求めなかった。時折本土に行くこともあった。そしてどこでも疎まれ、場合によっては攻撃される。それが当たり前だった。

 しかし、この街は違った。正確には、この街で出会った少女は。

 

 

 

『ここにいていいんですよ』

 

 

 

 初めて言われた言葉だった。

 いるだけで悪夢を見せてしまうというのに、それをわかってかわからずか、少女は『ここにいていい』とダークライに言った。

 

 

 

『ここは、みんなの庭だから!』

 

 

 

 太陽のような笑みを浮かべる少女の言葉に、ダークライは初めて居場所を得られた気がした。少女の言葉を半信半疑で聞き入れ、暫しの間ここに住み着いた。少女…アリシアはいつでも笑顔で出迎え、共にいるポケモン達も徐々にダークライを受け入れ始めた。

 戸惑いはあった。どんなに受け入れられたとしても、自身の特性は誰彼構わず悪夢を見せる。誰も悪夢など見たくはない、当たり前だ。それでも、彼女らは決してダークライを邪険にしなかった。

 

 心地よかった。

 ここの時間が、空間が、風が。

 彼女の近くが。

 

 初めて居場所を作ってくれたアリシアはもういない。瓜二つといえど、アリスはアリシアではない。しかし、アリシアの心を受け継ぐアリスが大切にしている庭を、これ以上無惨な姿にさせたくなかった。

 もしかしたら、カイムがダークライのバディになれたのも、アリシアの心と通ずるものがあったのも要因なのかもしれない。この庭のように、凡庸ながらもたくさんの心と繋がれる心を持つカイムだからこそ、悪夢すら受け入れられた。むしろ凡庸だったから繋がれたのかもしれない。当たり前のように受け入れ、繋がる…アリシアと似た心の持ち主を、失うわけにはいかなかった。

 尤も、わざわざこんな危険なことを買って出るところは、アリシアと似ても似つかないが。

 

『…ふっ』

「ダークライ?」

『お人好しどもめ』

 

 ダークライはアリスの肩を優しく叩くと飛び上がった。

 ダークライが飛び上がった先には、今もなお争いを続ける二柱の神。そんな神々に向けて、ダークライは今出せる最大出力で『ダークホール』を放った。

 

『出ていけ!』

 

 突如現れたダークライの攻撃に、ディアルガ達は反応できない。悪夢の力に飲み込まれ、動きが止まった。

 だが、最大出力でも足止めが限界。完全に眠らせることはできず、微睡わせることが関の山だった。ディアルガは時の力で少しずつ悪夢の世界を減衰させ、パルキアは悪夢の力が蔓延する空間を切り離そうとしていた。

 

『長くは、もたないな…』

 

 今出せる全力でもこれだ。カイムとシンクロしていなければ、そもそもここで足止めすることすらできなかっただろう。

 視線のみを時空の塔へと向ける。音盤を持った金髪の美女と黒髪の青年が螺旋階段を駆け上がっているが、最上階まではまだある。そもそも高すぎる建造物を足で駆け上がっているのだ。時間がかかるのは必然。

 ならば今己がすべきことは、彼らのために時間を稼ぐこと。しかし、全力の『ダークホール』でも僅かな時間を稼ぐのが精一杯。既に街の七割が消えており、これ以上崩壊が加速すれば人命に関わる。

 

『……賭けるしかないな』

 

 この異次元空間は、ディアルガとパルキアの衝突により、非常に不安定な空間となっている。それ故に、本来なら干渉しないはずの夢の世界と僅かに干渉しあっている。加えて、カイムがかつて取り込んだ多大な量の悪夢の力。これらの条件が揃っていれば、悪夢の世界そのものを部分的に展開することも可能ではないかとダークライは考えた。

 

『…やるしかあるまい』

 

 既に肉体は限界。これだけ崩壊が進んでいる今、『時の咆哮』と『亜空切断』がぶつかり合えば、間違いなくこの街は消し飛ぶ。出し惜しみをしている余裕は、もうない。

 階段を駆け上がるシロナ達が視界の隅に映る。ダメージが流れ込み、やや顔色の悪いカイムを見て、少しだけ悪く思いながらも、ダークライは力を溜め込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 延々と続く螺旋階段を登るシロナは、張り裂けそうなほど脈打つ心臓と限界を訴える足に鞭打って今もなお走り続けていた。シロナも学者とはいえ、ポケモントレーナーという一種のアスリート。カイムほどではないにしろ、それなりに鍛えている。しかし、これほどの高さの階段をそれなりの重量があるものを持って駆け上がるのはかなりの負荷になる。もう少しではあるが、まだ目的地は先。一度止まりたいという思いはあるものの、一刻を争うこの時に休む余裕はない。

 

「はっ、はっ…くっ…」

 

 しかし、限界なのも確か。無理矢理体を動かしていたとはいえ、ペースが落ちてきている。休むとまではいかずとも、ペースを落とさないと体が動かなくなってしまいそうだった。

 

「カイム、大丈夫?」

「なんとか」

 

 それはカイムも同様だった。シロナとは違い荷物はないものの、ダークライから流れ込んだダメージは少なくない。普段の調子であれば、ここまで疲弊した顔にはなっていなかっただろうが、ダメージが疲労を促進させていた。

 

(可能なら、トゲキッスに乗っていきたい。でも、ディアルガ達の戦う余波で気流が乱れていてうまく飛べない…ガブリアスに背負ってもらう?いや、狭すぎてガブリアスがうまく動けないわ。もう走るしかないのよね)

 

 やや辟易しながらも、シロナは足を踏み出す。

 街の崩壊は進んでおり、街の中心部にある時空の塔や庭園も消え始めていた。そう長い時間はない。それに、シロナの予想が正しければ、次に『時の咆哮』と『亜空切断』がぶつかり合えば、この空間はその時点で崩壊し、跡形もなくなる。ダークライの時間稼ぎも、見たところ長くもたない。早く行かなければ、と考えたところで、ダークライの『ダークホール』が打ち破られた。

 

「まずい…」

 

 解放された神々が、再び力を溜める。ディアルガは胸の、パルキアは肩にある宝珠に力を溜め、自身が繰り出せる最強の一撃を放とうとしていた。

 力の溜まるスピードは遅いものの、シロナ達が最上階に行くまでの猶予はない。ここはもう一か八かでトゲキッスに連れていってもらおうとシロナがボールを用意した瞬間、カイムがダークライに視線を向けた。

 

「………」

 

 カイムは何も言わない。ただダークライと視線をかわすだけだった。

 視線をかわしていた時間は二秒にも見たない。しかし、その短時間で何かあったのか、カイムは目を伏せて苦笑した。

 

「好きにやれ。覚悟の上だ」

 

 カイムはそう呟く。シロナは何を言っているのかわからなかったが、その瞬間神々の力がさらに膨れ上がった。

 

「あれは…もう…」

 

 あんな力が放たれれば、不安定な空間でなかったとしても広範囲が消し飛ぶ。しかもエネルギーが溜まるスピードが一気に上昇した。とてももう間に合わない。

 ダークライでも、あんな力は受けきれない。あれほどのエネルギーをどうにかするには、それこそ世界そのものをもって受けなければならないほどだ。今の空間が耐えられるはずがない。

 

 詰み。その思考が過った瞬間、カイムの膝が崩れた。

 

「カイム⁈」

 

 駆け寄ろうとするシロナを、カイムは手で制する。そしてダークライに視線を向けた。シロナもカイムの視線をおってダークライに目を向けると、ダークライから強力な悪夢の力が溢れ出す。それと同時に神々の攻撃が放たれ、ぶつかり合った。

 

 

『ここは、みんなの庭だ』

 

 

 溢れ出した悪夢の力はダークライを中心に広がり、ディアルガ達を飲み込んだ。溢れ出した悪夢は、世界そのものとなってぶつかり合った強大なエネルギーの余波を飲み込む。そして神々を完全では無いにしろ、意識を悪夢の中に落とし、動きを極端に鈍くさせた。

 

「あれは…」

「悪夢の、世界そのものだ」

 

 鼻血を流しながらカイムは呟く。

 血を流すカイムにシロナはぎょっとするが、カイムは汗を流しながら血を拭った。

 

「俺の中に残っていた悪夢の力を使って、悪夢の世界そのものを一時的に展開したんだ。あれほどのエネルギーは世界そのものでないと受けきれない。なら、受け切れる世界を展開してやれば、衝撃はどうにか逃がせる」

 

 理屈としてはわかる。世界でしか受けきれないなら、世界そのものを展開すればいい。言うのは簡単だが、実際はできるはずはない。

 しかし、この異次元空間は部分的とはいえ、夢の世界と干渉している。加えて、カイムがかつて吸収し、そのまま残っていた膨大な量の悪夢の力。この状況下でのみ、悪夢の世界を展開することが可能だった。

 

「カイム、その血…」

「…世界そのものを展開したとはいえ、完全じゃない。受けきれなかった衝撃は一部外に出ているし、中にいるダークライにはダメージが入る。フィードバックが来ただけだ」

「来ただけって…わかっているの?その鼻血、受けたダメージが脳にまで達している可能性があるのよ⁈」

「だろうな」

 

 シロナの言う通り、自分の脳にもダメージが入っている感覚はあった。動けなくなるほどではないが、頭痛が酷い。この頭痛と鼻血に関連性がないとは思えなかった。

 

「シロナ」

「何?」

「先に行け」

 

 カイムの言葉にシロナは目を見開く。

 

「なに、言ってるの?」

「俺はもう、立つ力もない。ダメージ云々もあるが、ダークライが俺のエネルギー全部持っていって、全身疲労でロクに動けん。今の俺は、足手纏いにしかならん。置いていけ」

 

 既にカイムは立つことすら難しかった。ダメージのフィードバックもあるが、ダークライが極限まで力を絞り出した影響で、カイム自身の波導(エネルギー)もほぼ枯渇していた。そのため全身は鉛のように重く、ダメージも重なって根性で動くこともできなかった。

 動けない自分を背負って行く余裕は、シロナにはない。すぐにでも最上階へ行く必要があるというのに、お荷物を増やすわけにはいかなかった。合理的に考えた結果だと言わんばかりに、淡々とカイムは告げた。

 

「……嫌」

 

 しかし、シロナはそれを拒否した。確かに合理的だといえる。実際、シロナはカイムを背負って行けるだけの余裕はない。だがそれでも、ここに置いていくという選択肢をシロナは取らなかった。

 

「…おい」

「ええ、そうね。私に余裕はない。本来なら貴方の言うように、置いていく方がいいのかもしれないわね」

「なら早くいけ。あいつの稼げる時間は長くねぇぞ」

「でも、それをしたら私の世界()は守れないの」

 

 シロナの言葉に、カイムは目を伏せる。

 先日の事件で、顕にした己の世界。その世界観に則れば、シロナの世界に自身がいることはわかる。そして、自身がいなくなった場合、シロナの世界は大きく揺らいでしまうことも。

 しかしこのままでは、カイムだけでなくシロナ自身も、街そのものも消えてしまう。状況としては、先日のミオシティよりも遥かに悪い。そんな中であれもこれもと欲張ることは、全てを台無しにすることになってしまう。最悪の事態は街も人も共倒れし、全てが無に帰すこと。それを考え、何かを予め切り捨てる必要があった。少なくとも、カイムの頭では何も犠牲にせず事態を解決する手法は思いつかなかった。

 この選択が成功した場合、最悪の事態は回避できる。しかし、同時にシロナの心に大きな傷を残すこともカイムは理解していた。ミオシティでの一件で『残された者』のことを考えるようになったものの、他の手段がない。

 

「……前に言われたことは、理解してる。だが…足手纏いを連れて行く余裕はないだろ」

「そうね。貴方の選択は間違いではない。でも、その選択を私の心が拒否しているの。貴方がいない世界なんて嫌よ」

「………」

「貴方は時に自分すらも勘定にいれ、切り捨てる強さを持っている。それは己の弱さを…限界を知っているから得られた強さよ。今の貴方は残されたもののことも考えた上での選択なのも、理解しているわ。でもね…」

 

 シロナは今もなお少しずつ流れ落ちる血を拭いながら言う。

 

「全てを選べるだけの強さを持つ人でなくとも、力を合わせればなんとかなることもたくさんあるのよ」

「……そうか、そうかもな」

 

 カイムは小さくため息を吐く。

 確かに、シロナは自分にはない力を持つ。自分にはできなくとも、シロナならば。そんな風に思えた。

 

「…どうするんだ。この階段の幅だと、肩を貸すってのは無理だぞ」

「動けないなら、動ける人に担いでもらえばいいのよ」

 

 そう言ってシロナは、カイムのボールホルダーから一つのボールを取り外し、ポケモンを出した。出てきたのはバシャーモ。

 

「バシャーモ。貴方なら、カイムを背負って上まで上がれるわよね」

 

 シロナの言葉にバシャーモは頷き、カイムを背負う。確かにバシャーモならばカイムのことを背負って上まで行けるだろう。しかし、この螺旋階段は本来ポケモンが通ることを想定していない幅であるため、バシャーモでもやや狭い。カイムを背負うとより狭くなるため、バシャーモにかかる負担は大きい。

 だがそれでも、バシャーモも置いていくつもりなどない。今がどれほど切迫しているかわかっている。しかし、ここに置いて行けばどうなるかわからない以上、多少負担が大きくともシロナの言う通り上まで背負ってでも連れて行くと決めていた。

 

「…悪い、頼む」

 

 カイムの言葉にバシャーモは頷く。そしてそれを確認したシロナは、再び気合いを入れて最上階に向けて足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロナ達が再び塔を登り始め、頂上まであと数分程度まで来た時、悪夢の世界が揺らいだ。

 揺らいだ理由は単純。

 

 

 

ダークライの限界だった。

 

 

 

 空間が歪み、部分的に夢の世界が現実と干渉したことで、悪夢の世界を呼び出し、時と空間の衝突の衝撃を飲み込んだ。

 しかし、この悪夢の世界は無理矢理作り出した世界。衝撃を吸収しきれず、一部の衝撃は外に出る、またはダークライ自身が引き受ける結果になった。既に限界を超えていたダークライは悪夢の世界を具現化させることで無理矢理意識を保っていた。己のテリトリー下でのみ可能な限定的強化であったが、それすらも吹き飛ばすほどのエネルギーを受けてしまった。

 

『ぬぅ、あぁ…』

 

 徐々に悪夢の世界が萎んでいく。

 ダークライは視線のみを塔に向ける。シロナとバシャーモに背負われたカイムの姿があった。やはりカイムはダークライがエネルギーを吸収した結果、動けなくなったらしい。尤も、カイムの力を使っても稼げた時間は僅かだった。

 しかし、カイムの力が稼いだ時間は大きな意味があった。この時間がなければ、二柱の神はとっくに悪夢の世界から抜け出していた。より強い悪夢の力で神々を縛ることができたのは、カイムの中に残っていた悪夢の力とカイム自身の力のおかげであった。

 

『お、おお…!』

 

 だが、どんなに力を振り絞ったとしても、相手は世界の理を司る神。悪夢の世界を司るダークライよりも遥かに強い力を持っている。そう長い時間、縛れるはずもなかった。

 萎んでいく世界から神々は抜け出す。微睡みから抜け出した神々は、悪夢を展開した黒い影を見つめた。

 

「ダーク…ラ、イ…」

 

 バシャーモの背中でカイムが小さく呟き、ダークライへと目を向ける。ボロボロの体を無理矢理動かした結果、動くことすらできない状態となっていた。

 そして動けず、動きを封じてくる目障りな存在に向けて、二柱の神は攻撃を放った。動けないダークライが回避することすらできず、直撃した。

 

「がふっ!」

 

 ダークライとシンクロしていたカイムにも、ダメージがフィードバックされ、止まり初めていた鼻血が大量に流れ、バシャーモの背中を濡らした。それを感じ取ったバシャーモは立ち止まり、シロナも止まってダークライに視線を向ける。

 攻撃の爆煙から、ダークライの姿が出てくる。力なく落ちていき、街と同じように姿が消えていった。

 

「ダークライ!」

 

 シロナの叫びに消えかけのダークライは僅かに目を開く。悲痛な表情のシロナと力なく目を向けるカイムを見て、目を細めた。その表情は、どことなく満ち足り、笑いかけたように見えた。

 

 

 そして、目を閉じたダークライは完全に消え去った。

 消え去る直前、カイムの脳裏に声が響く。

 

 

『あとはたのむ』

 

 

 繋がっていたカイムのみ聞こえた声。声を聞いたカイムは弱々しく拳を握った。その拳を見たシロナは苦しそうに目を閉じた。

 

 

「……行くわよ。ダークライの思いを無駄にしないために」

 

 目を伏せ、血が滲むほど唇を噛み締めながらも、シロナはそう告げる。

 悔しさはある。悲しみも。だがそれは、今吐露する感情ではないと己を諫め、シロナ達は再び塔を登り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、辿り着いた…!」

 

 息絶え絶えになりながらも、シロナ達は最上階に辿り着く。余波を防ぐために同行していたガブリアスですら疲れたように息切れしていた。ワンテンポ遅れて、カイムを背負ったバシャーモも辿り着く。

 

「あとは…この音盤を」

 

 シロナは以前トニオ達が動かしていた時の動きと同じように、セットされている音盤を外してオラシオンの音盤を取り付けようとした。しかし、オラシオンの音盤はうまくセットされない。取り外した音盤とのサイズが異なるのだ。

 

「嘘⁈セットできない⁈」

 

 音盤はセットできないと鳴らせない。だがオラシオンだと考えて持ってきた音盤がセットできない状態。今から取りに帰る時間はない。どうする、と考えた瞬間、中心部にもうワンサイズ大きいセット部分があることに気づく。

 

「もしかして…」

 

 シロナはオラシオンの音盤を中心部にセットする。音盤はしっかりセットされ、稼働可能状態になった。

 

「やった!あとは…」

 

 最後に起動するためのレバーに手をかける。少々固かったものの、なんとか下まで下ろすことができた。

 その瞬間、再び強烈なエネルギーを外から感じる。ディアルガとパルキアが再び『時の咆哮』と『亜空切断』を放とうとしているのだろう。今アラモスタウンに残っているのは、時空の塔と側にある庭園のみ。次にあの攻撃がぶつかり合えば、この空間は保たない。

 早く起動しないか、と装置を見上げる。確かに装置は起動しているが、以前起動させた時と比べてメーターの動きが悪い。

 

「これは…?」

「……エネルギーが足りていない」

 

 バシャーモに背負われたカイムが弱々しく告げる。

 

「塔…以外の街がほとんど消えたことで、今使えるエネルギー源が地下にある予備電源しかない。元々古い機械だ、燃費が悪いから今ある電力じゃ足りんのだろう」

「じゃあ…もう無理なの?」

「まだ、ある」

 

 カイムはバシャーモに背負われたまま、機械に指を向けた。

 

「電力が足りないなら、その分を補えばいい。ポリゴンZの10まんボルトで…チャージしてやれ」

「でも…そんなことして壊れない?」

「古い機械だから、構造は単純…多少乱暴なチャージでも、対応できる。ただ、ポリゴンZの力だけじゃ足りん可能性もある。だから…あの、歯車を回せ」

「歯車…これ?」

 

 シロナが指差したのは、装置の両隣にある巨大な歯車。シロナの記憶の中でもこの歯車が回転していた記憶がある。

 

「メタグロスと……ミカルゲ。こいつらの、サイコキネシスで…多少無理矢理でも回せ。そうすれば、多少エネルギー足りなくても…動く」

「…わかったわ。ボール借りるわね」

 

 シロナは自分のポケモンだけでなく、カイムのボールホルダーからボールを取り、ポケモン達を出した。出てきたのはポリゴンZ、ミカルゲ、そしてカイムのメタグロスだった。

 

「ポリゴンは10まんボルトでチャージ!ミカルゲとメタグロスはサイコキネシスで歯車を動かして!」

 

 ポリゴンZが発する電撃が装置に足りないエネルギーをチャージしていく。しかし、ポリゴンZはノーマルタイプ故に電気タイプの技はやや威力が劣る。エネルギーはチャージされるが、やや足りない。

 その足りない部分は、ミカルゲとメタグロスが補う。本来ならエネルギーが足りず、少しずつしか動かない歯車を『サイコキネシス』でサポートすることで、無理矢理動かした。そうすることで、装置が完全に起動した。

 

 消えかけの時空の塔から曲が流れる。以前アリスが草笛で吹いていた曲…オラシオンが光と共に街に流れ始めた。

 

「これは…」

 

 オラシオンが流されると共に、時空の塔から光が溢れる。それだけでなく、塔の中から枝のようなものが開いてきた。それだけでなく、曲に合わせて光の花が開いていき、光が集まって翼のように開いた。

 

「すごい…これが、ゴーディの残したオラシオン…!」

 

 開かれた光は、残された街だけでなく異次元空間を照らす。そして街だけでなく、争う神々すらも包み込んだ。

 エネルギーを溜め込み、今にも放とうとしていた神々は、光に包まれたと同時に動きを止める。怒りで互いのことしか頭になかったはずの神々は、優しく荘厳で、怒りに満ちた心すらも落ち着ける音と光だった。

 動きを止めた神々を音と光が包み込む。互いに負った傷が癒されていき、パルキアの負った宝珠の傷すらも癒されていった。

 

「傷が癒えていく…」

「…祈り、か。なるほど、言い得て妙だな」

「カイム、大丈夫?」

 

 先ほどよりも覇気のある声。シロナが視線を向けると、顔色が良くなったカイムがバシャーモの背中で苦笑した。

 

「なんとか。オラシオンには傷を癒す作用もあるらしい。頭痛も鼻血も治った。疲労までは抜けないみたいだが」

「そう、よかった…本当に」

 

 脳へのダメージとなると、場合によっては命に関わる。実際は検査してみないとわからない部分もあるが、少なくとも違和感が消えたのなら一安心だった。

 優しく包み込んでくる光の中で、二柱の神は見つめ合う。そして神々が咆哮をあげると、異次元空間に消えた街が完全にもとに戻った。しかし、あくまで消えた部分が戻ってきたにすぎない。神々の争いで破壊された街は戻っていなかった。

 

 突如、ディアルガが咆哮を上げる。するとディアルガの周辺に12本の光の刃が現れた。光の刃はディアルガの側から消えると、街全体を取り囲み、針のようなものが現れ、反時計回りに回り始めた。針が回るほど、街の損傷も戻っていく。

 

「これは…ディアルガの力?」

「街の損傷を戻してくれているのね。時間を巻き戻しているんだわ」

「すげえ」

 

 街の損傷が完全に戻ると、ディアルガはどこかへと飛び立っていった。恐らく、自身がいるべき場所へと帰ったのだろう。

 残されたパルキアはディアルガの姿を見送ると、最上階でこちらを見上げてくるシロナと、バシャーモに背負われたカイムの姿があった。

 

「パルキア…お願い!街を元に戻して!」

 

 シロナはパルキアに街を元に戻すように懇願した。

 そのシロナの姿を見て、パルキアは僅かに目を見開く。かつてパルキアとディアルガ、そして『さらに上の存在』を崇めていた民…その中にいた一人にシロナは似ていた。

 しかし、あの民ははるか昔に滅びた。もしかしたら、あの民の血を引く者なのかもしれない。尤も、どうであったとしても今は関係ない。

 

 パルキアが咆哮をあげると、街全体は吸い込まれるように異次元空間から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロナが再び目を開けると、街は完全に元に戻っていた。側にはバシャーモに背負われたカイムと、ポケモン達。

 

「戻った…のよね」

「多分な」

 

 カイムはバシャーモの背中から降りると、街全体を見渡す。街は完全に戻っており、異次元空間のような異質な空ではなく、澄み切った青い空が広がっていた。

 

「戻ったのね」

「ああ」

 

 シロナが視線を下に向けると、アリスとトニオを含めた街の住民たちがいた。アリス達はシロナに気づくとこちらに気づいて手を振ってきた。

 

「みんな無事みたいね」

「だな。ディアルガが時を戻してくれたし、多分みんな無事だろ」

「それもそうね。じゃあ、庭園に集合しましょ」

 

 シロナはスマートフォンを取り出すと、アリスに電話をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロナ、カイム、アリス、トニオは庭園にて再会した。皆無事であり、多少怪我をしたこともあったらしいが、オラシオンとディアルガの巻き戻しで完全に治ったらしい。

 

「とりあえず、みんな無事で良かったわ」

 

 シロナの言葉にアリスとトニオは目を見合わせて頷く。

 

「お二人もよく無事で」

「なんとかね。すごく疲れたけど」

「階段ダッシュは疲れますよね。途中からとはいえ、かなり段数ありましたから」

「本当よ。苦労したわ」

 

 シロナも鍛えているとはいえ、音盤を抱えてあの階段は非常に負担が大きい。同じ状況であれば、カイムですら大きく疲労していただろう。そんな状況を気力で乗り切ったシロナの底力もかなりのものだが、カイムはそれに触れることはなかった。

 

「カイムさんも無事で何よりです」

「ああ…まあな」

 

 実際はダークライが受けたダメージのフィードバックがあり満身創痍になっていたのだが、そこをわざわざ言うこともない。

 

「そういえば…カイムさん、ダークライとシンクロしてましたよね?体には…何も異常はないんですか?」

「ん?ああ、一応。ちと疲れるくらいだな」

「なるほど…でも、やはり疲労はあるんですね」

「エネルギー吸われてる感じ。詳しくはわからんからダークライに聞いてくれ」

「ダークライ…」

 

 カイムの言葉にアリスは目を伏せる。ダークライは、アリスとトニオを庇って『時の咆哮』を受け、そして消えた。ディアルガは時を戻し、怪我や街の損傷を元に戻したが、その中にダークライが含まれていたかはわからない。

 例え神といえど、死した者を蘇らせることはできない。これは自然の摂理であり、世界の理ともいえる事実。ダークライは消滅であり死亡ではない。とはいえ、あれはほとんど死亡と判断できてしまうものだ。復活は望み薄かもしれない。

 

「…ダークライは、この街を守ろうとしてくれていたんですよね」

「そうなるわね」

「……なのに、わたしたちは最後までダークライに寄り添ってあげられなかった」

 

 瞳に涙を溜めるアリスの肩をトニオが優しく叩く。ダークライはアリシアに心を開き、この庭園を守ってくれた。形はどうであれ、その事実は変わらない。もっと早く寄り添うことができたのではないか。そんな思いが、後悔がアリスの中にあった。

 シロナはそんなアリスとは逆に、一切表情を変えないカイムに目を向ける。普段から表情の変化がないカイムだが、感情はある。それどころか、感受性は強い方だ。そんなカイムがシンクロしたダークライの消滅で何も感じていないはずがない…のだが、カイムは何も変化がなかった。

 

「ねえ、カイム」

「ん?」

「…ダークライについて、何か知ってる?」

 

 感受性が強いカイムがダークライの消滅で何も変化がない、ということはありえない。何か知っている…または感じている部分があるのではないかと考え、カイムに問いかけた。

 

「ああ」

 

 そしてシロナの問いかけにカイムは視線を向けず肯定する。

 

「やっぱり…何か知ってそうだと思ったのよ」

「一応言っておくが、黙っていたわけじゃない。確信が待てなかったんだ」

「確信?なんの?」

「ダークライとの繋がり。あいつとシンクロしたことで、繋がりを感じるようになった」

「じゃ、じゃあ!カイムさんは今でもダークライとの繋がりを感じているんですか⁈」

 

 アリスの言葉にカイムは肩を竦める。

 確かにダークライとの繋がりは感じている。しかし、その繋がりは非常に弱く、本当に感じている程度で居場所まではわからなかった。

 

「生きてはいるよ。それは間違いない」

「そっか…よかったぁ…」

 

 アリスは心から安心したような表情になる。そんなアリスをほんの僅かに苦笑しながら見ていたカイムは視線をずらすと、やや呆れたような表情をしたシロナがいた。

 

(……バレてるかこりゃ)

 

 シロナの勘の良さに内心で脱帽しながら、カイムは立ち上がる。

 

「出てくるように言ったんだが、断られた」

「どうして?あ、もしかして怪我とか…」

「いや、そうじゃなさそうだ。多分、あんたの真っ直ぐな好意にどう対応すりゃいいのかわかんねぇんだろ」

「そっか…仕方ないね。ずっと一人だったんだし」

 

 嬉しそうに、そして少しだけ寂しそうにアリスは呟く。

 シロナも立ち上がると、アリスとトニオに向き直った。

 

「大丈夫よ。また会いに来てくれるわ」

「そう、ですよね。また会えますよね」

「あいつ、寂しがり屋だからな。アリスがいるなら、また来るだろうよ」

「そうだと嬉しいです」

 

 はにかむように笑ったアリスの隣で、トニオも頷く。トニオの表情は明るかったが、疲労により顔色が僅かに悪い。色々なことがいきなり来たものだから、疲れてしまったのだろうとシロナは考えた。

 

「今日はここで解散にしましょ。二人とも、疲れたでしょ?」

「…そうですね、確かに疲れました」

 

 トニオは疲れたように笑いながら答える。シロナ達もかなり疲労しているが、トニオ達もそれは同様だった。特にトニオはかなり高速で解析を続けたため、シロナ達とは違う意味で疲れていた。

 

「また明日会いましょ。私たち、明後日までいるから」

「はい!じゃあまた明日ご連絡しますね!」

「お疲れ様でした」

「おう、お疲れ」

 

 そう言ってシロナとカイムはアリス達と別れ、宿泊先のホテルへと足を向けた。

 宿泊先への帰路につくなか、シロナはカイムに向けて問いかける。

 

「ねえカイム」

「ん?」

「ダークライが出てこなかった理由、本当は他にもあるんじゃない?」

「…やっぱ気づいていたか」

「貴方が何かを誤魔化したりする時はわかりやすいのよ」

「そんなわかりやすいかねぇ。ポーカーフェイスは得意なつもりなんだが」

「大体無表情だから変わらないわよ。それで、ダークライはどうして出てこなかったの?さっきの理由は嘘じゃないんだろうけど、あれだけってわけじゃないんでしょ」

 

 シロナの問いかけにカイムは目を伏せる。

 

「ダークライは、確かに復活してる。だが外傷が治ったとしても、あいつの消耗がゼロになったわけじゃない。端的に言えば、消耗しきってんだよあいつ」

 

 自身だけでなく、カイムの力も根こそぎ使って神々を足止めした。その代償は大きく、外傷がなくなったとしても大きく消耗してしまった。とてもではないが、アリス達の前に姿を見せる余裕はなかったらしい。

 

「ミオシティに続いて、こんな高出力のエネルギー使いまくったら、そら消耗するだろうよ。今は休ませてやれ。それがお互いのためだ」

「そういうことね。繋がりが薄くなっているのは…」

「あいつが消耗しきってるから。回復すりゃあ元に戻る。その後どうするかはあいつ次第だが」

 

 どれほどの時間がかかるかはわからない。数日程度で回復するのかもしれないし、もっと長い時間が必要なのかもしれない。

 カイムとの繋がりが薄くなったのはダークライが消耗しているのもあるが、取り込んだ悪夢の力を使い切ったこともある。悪夢の力がなくなった今、カイムとダークライの繋がりは確かに存在するものの、薄くなってしまっている。

 カイムは悪夢の力との親和性が非常に高いが、自ら悪夢の力を生み出すことはできない。そもそも人が扱える力ではないため、どれだけ親和性が高くとも生み出すことはできないもの。あのアカギですら、ダークライを通して初めて扱えるものだった。

 

「ただ、思ったより元気そうだ。数日もすりゃ回復するかもな」

「元気そう?」

文句をいう(・・・・・)元気がありゃあ十分だろ」

 

 誰もいないはずの物陰。そこに視線を僅かに向けながらカイムは言った。シロナもそちらへ視線を向けるが、何もいない。視線も気配も感じないが、これだけでカイムの言いたいことがどういうことかを理解した。

 

「ほーんと、よく似てるわね」

「あ?なんの話だ?」

「寂しがり屋でいじっぱり。素直じゃないとこなんてそっくり。シンクロできるわけだわ」

「なんの話だ」

 

 本気でわかっていないのか惚けているのからわからないが、カイムは肩を竦めて歩いて行く。その隣に並びながら、シロナは二人(・・)の寂しがり屋に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 ポケモン達をポケモンセンターに預け、二人はホテルへと戻ってきた。普通の回復ならばそう長くはかからないものの、今回は時空の歪みの中での行動だったため、身体に影響がないか検査も含まれている。この検査も含めると、センターから戻ってくるのは明日の朝になる、とジョーイから告げられた。

 特に『時の咆哮』と『亜空切断』の衝突の余波を一身で防いだブラッキーの消耗は大きかった。回復だけなら今晩中には回復するが、ダークライを除けば最も強く時空の影響を受けたポケモンとなる。そのため、念入りな検査をした方がいいとのことだった。一晩預けるということを知ったブラッキーは、膨れっ面でカイムの腕にしがみついて離れようとしなかったが、なんとか説得して預けることができた。尤も、戻ってきたあとはずっとへばりついているだろうが。

 

「やれやれ…甘えん坊もあそこまでとはな」

「あら、可愛いじゃない。貴方と離れたくないのよ」

「ありがたいっちゃありがたいが…もう少し聞き分けが良くてもいい気がするんだがな」

 

 そう呟きながらカードキーでホテルの部屋を開ける。時空間が歪んだ場所にいたため、街が霧に包まれた時刻からそう長い時間は経っていなかっまものの、さすがに疲労感も強い。何より、カイムは一時的に脳にダメージを受けた。明日検査してもらう予定だが、それまで安静にしている必要があるため、今日はもうホテル内で過ごすことになりそうだった。

 

「さて…じゃあ、こちらも始めましょうか」

 

 シロナはジャケットを脱いでノースリーブのシャツ姿になると、突如カイムの両肩を思いっきり押してベッドへと押し倒した。

 

「ちょっ」

「黙って」

 

 シロナは前腕でカイムの首を押さえ付けると、互いの呼吸が当たるくらい接近してきた。カイムを見つめる目にハイライトはなく、その鋭い眼光に思わずカイムは息を呑む。

 

「さてカイム…話してもらえるわよね?」

「な、何を…ですか」

「ダークライとのシンクロ…あれを相談することなく実行したことを」

 

 カイムはバツが悪そうに視線を逸らす。

 先日のダークライ事件で、カイムは無断で悪夢に潜ろうとしていた。ガブリアスの勘の良さでそれは回避できたものの、カイム自身は相談せずに潜ろうとしていたことは間違いない。その後この行動を咎められ、シロナから叱られるだけでなく、ポケモン達からボコボコにされるというお咎めも受けた。あれだけボコボコにされればカイムも反省しただろうとシロナも考えていたが、まさかあれだけやっても反省していなかったのかと内心で怒っていたのだった。

 

「あれはあの場で思いついたんだ。だから、相談云々はできなくてだな…」

「思いつきであんな危ない真似をしたの?脳にダメージがあったかもしれないのよ?」

「いや…そんな危険なことだと思ってなかったんだ。ダークライが全身疲労くらいは指摘してたが、まさかダメージが流れ込むなんて考えてもなかったんだよ」

 

 実際、シロナ達がギラティナやクレセリアと共に悪夢の中で戦った際、シロナ達にダメージがフィードバックされている様子はなかった。そのため、今回ダークライとシンクロしてもエネルギーを吸われる程度で、ダメージが来るとは全く考えていなかった。

 

「お前らはダメージが返ってきた様子もなかった。あの時は夢の世界での出来事だから色々と違うのかもしれんが…ここまで危険なことになるとは思わなかったんだよ」

「…確かに、私の時とはかなり違う。私自身、ダメージが戻ってくるなんて予想もしてなかった。でも本当にあの瞬間思いついたことなの?とてもそうは思えなかったけど」

「……本当にあの瞬間思いついたと言ったら、嘘になるかもな」

 

 ダークライが時間を稼いでいる、ということがわかった瞬間、この案が思い浮かばなかったといえば嘘になる。ただあの時点ではできるかどうかの保証もない。加えてダークライの場所に移動するまでの時間は僅かかつ、急いでいた。相談する余裕などない。

 

「だがあそこで言う余裕ねぇよ。ほとんど思いつきだったし」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 シロナとしてもカイムの言い分はわかる。あの場でいちいち相談して決める余裕はない。ダメージのフィードバックなど恐らくあの場で想定できた人物もいないだろう。あのダークライ本人ですら想定していなかった以上、どうすることもできなかった。

 カイムの言い分もわかるし、自身の思いがただの言いがかりに近いこともわかっている。ただそれはそれとして、こんな短いスパンで大事な人が傷つくのを見て、何もできないというのはシロナの人生の中でももどかしさはトップクラスだった。

 

「…………」

「自分を軽視してたわけじゃねぇ。でも、あの時は少しでも時間が必要だった。だからその…えっと……まあ、なんだ…結果論だがいいじゃねえか」

「わかってるわよ!でもね!貴方が傷つくことで私もポケモン達も心配するのよ!」

 

 それからシロナは『カイムが周囲にとってどれだけ大きな存在なのか』や『怪我を侮るな』と色々言ってくるが、疲れて頭の回っていないカイムは全く別のことを考えていた。

 

(……こいつ、本当に顔もいいな)

 

 カイムはシロナの内面…心のあり方に惚れている。無論他のところも好きだが、シロナは世間的にも相当美人な外見をしている。少し動けば触れ合ってしまうほどの距離にそんな美しい顔があり、頭の回っていないカイムはそちらに釘付けになっていた。

 きめ細やかな肌、絹のように美しい髪、宝玉のような輝きを放つ銀灰色の瞳…あらゆるものに目を奪われていた。シロナの言葉は耳に入っているが、全く頭に入っていない。そんな様子のおかしいカイムに、シロナは思わず声を上げる。

 

「カイム!聞いているの⁈」

「…ああ、聞いてる」

 

 シロナの言葉で我に帰ったが、明らかに聞いていなかった様子のカイムに、シロナは表情を消して続けた。

 

「じゃあ今、何の話してた?」

 

 聞いていなかったカイムに答えることはできない。そのため正解を答えることはできないため、思いついたことをそのまま口に出した。

 

「……ブラッキーは膨れっ面も可愛い痛ってぇ!」

 

 的外れなことを言うカイムの耳を思いっきり引っ張り、引っ張られたカイムは声を上げる。

 

「痛えだろ!」

「やっぱり聞いてないじゃない!そんなことは今は言ってないわよ!」

「はあ⁈ブラッキーがかわいいことはどうでもいいってか⁈」

「違うわよ!ブラッキーが可愛いのはいつものことでしょ⁈」

「…………そうだなぁ!ブラッキーが可愛いのはいつもだな!うちの連中はみんな可愛いがな!」

 

 半ばヤケクソで答えるカイムに、シロナは一瞬ぽかんとしてすぐに笑い出した。何故笑い出したのかわからないカイムは訝しげに表情を歪めるが、シロナは一頻り笑うとそのままカイムの体に倒れ込む。

 

「ごめん、本当はわかってるの。前の約束を忘れたわけじゃないって。でも、私はいつも守ってもらってばかりで…何もできない。そんな自分が不甲斐なくて、もどかしくて…半ば八つ当たりみたいなものなの」

 

 初めからわかっていた。カイムは約束を忘れたわけではないことを。結果的にこうなってしまったものの、カイムは自身を軽く見てあんな行動に出たわけではない。初めから、自分を含めた街全てを守るために自分にできることを全うしたまでだ。

 しかし、悪夢に潜る時もシロナは何もしてやれなかった。いつも見ているだけで、『自分の世界』を守るために必死なカイムに、直接的に力になれることがなかった。それがもどかしくて、不甲斐なくて、癇癪のようなものが起きてしまったにすぎない。

 尤も、その癇癪もカイムの親バカっぷりに毒気を抜かれてしまったのだが。

 

「防ぎようがなかったのも、貴方の行動が結果的にみんなを救ったのもわかる。でもね、何もできないのは…やっぱりもどかしいわ。ごめんね」

「…気にすんな、とは言わん。逆の立場なら、多分俺は同じことを思ってる。それに、こんな短期間で非常事態に二度も出くわしゃあな」

「うん。ごめんね」

「いいって」

 

 そう言ってカイムはシロナの頭をぽんぽんと撫でる。

 そのまま暫し寄り添い合っていたが、このままだと眠ってしまいそうだと感じたカイムは起きあがろうとした。しかし体を起きあがらせようとすると、シロナが無理やり押さえつけてくる。

 

「…お姉さん、起きたいんすけど」

「……」

「お姉さん?」

「駄目」

 

 シロナはカイムの上半身に抱きつき、起き上がらせないように力をこめる。体勢が体勢だけに、カイムも無理やり起き上がることができない。

 

「このままだと寝ちまいそうだから、せめて起き上がらせてくれませんかね」

「嫌」

「………ええ」

「…お願い、もう少しだけ…ここにいるって実感させて。私の世界()のために」

 

 その言葉に、カイムは言葉を詰まらせる。心配させてしまったことも事実。しばらくは好きにさせようとカイムはベットに体を沈めた。

 

「わかったよ。好きにしろ。要望がありゃ可能な限り聞く」

「……ほんと?」

「無理なものは無理って言うからな」

「じゃあ、明日までずっと一緒にいて。ポケモン達が戻ってくるまでの間、独り占めさせて」

 

 顔を上げることなく言われた言葉。視線をずらすと、表情は見えないものの真っ赤に染まった耳が見えた。

 

「へーへー、仰せのままに」

「………ねえ」

「んだよ」

「私は…貴方の世界にいる?」

 

 一瞬何のことかわからなかったが、すぐに先日言ったカイムの『世界観』のことだと気づいた。

 

「人間の中では、一番大きな割合を占めてる」

「……うん」

「もう阿呆な真似はしない。ま、今回は見逃してくれれば嬉しい」

 

 その言葉にシロナはゆっくりと顔を上げる。銀灰色の瞳がカイムを見つめ、そして唇が触れ合った。互いの存在を確認するかのような触れ合い。一瞬にも思えるような時間の間、互いの存在だけを感じていた。

 数分後、二人は顔を離す。見つめ合ったまま、シロナは優しく微笑んだ。

 

「ね」

「ん?」

「あとで美味しいもの、食べに行かない?」

 

 どのみちアラモスタウンには明後日まで滞在予定。明日は簡易的に検査もあるためあまり体力を使うことはできないものの、食事に行く程度はできる。ホテルのレストランも悪くはないが、せっかくなら美味しいところに行きたい。シロナもアリスほど店は知らないが、カイムの調査能力を持ってすれば店の調査程度そう時間はかからないだろう。それに、店を調べるだけならシロナでも十分。

 

「そいつはいい。何食いたい?」

「お酒飲みたいから、お酒に合うやつ」

「へいよ。調べておく。俺も久々に飲むか」

「明日検査するんだから、飲みすぎないでよ。カイムあんま強くないんだから」

 

 『わかってる』と苦笑しながら、シロナを抱き抱えて起き上がる。そして再度、触れ合うだけのキスを落として、スマートフォンを手に取った。

 

「いい店、あるといいな」

「アリスさんに聞いておけば良かったわね」

「連絡するか?」

「いい。向こうも疲れてるだろうし、二人の時間を邪魔しちゃ悪いわ」

「かもな。だが、ありゃあ苦労するぞ」

「だからそれ、貴方が言う?」

 

 鈍感、というか、己を軽視するレベルでいえば、カイムもトニオも大差ない。そんな面倒な男を好きになってしまったという意味では、シロナもアリスも男の趣味は大差ないのかもしれない。

 尤も、カイムはそんなこと考えていない。全くわかっていない、とは言わないものの、あそこまで露骨にアプローチされて気づかないほどではないと考えていた。

 

「人間、自分のことになると馬鹿になるって本当ね」

「俺のことか?」

「他に誰がいるのよ」

「あんな酷くねえよ」

「いや、あれより酷いわよ」

 

 シロナの言葉にカイムは『マジか…』と表情を沈める。一応思い返してみるものの、そんなに酷かったのだろうか、と首を捻った。

 そんなカイムを見て、おかしそうにシロナは笑った。そしてカイムの手を引いて、二人で寄り添い合ってソファに座った。

 

「でも、もういいの。確かに貴方は鈍感だし捻くれているし自己評価が無駄に低いし小言も多いけど」

「ほぼ悪口じゃねぇか」

「それでも、貴方は私の大切な人。こうして心が通じ合って、一緒にいられる…とても素晴らしくて、嬉しいことよ」

 

 ダークライに、悪夢の中で『心の繋がりが強い』と言われたことを思い出す。他者の夢に潜るということは、シロナが考えている以上に繋がりが深い者でないと不可能。それだけ通じ合えているという事実も、通じ合える人と出会えたという事実も嬉しかった。

 

「貴方が一緒でよかった」

「…そうかい」

 

 カイムは最後に小さく『俺もだ』と呟くと、シロナの頭に自分の頭を乗せる。珍しくポケモンがいない時間はほんの少しだけさびしくもあるが、お互いのみのことを考えられるというのは嬉しかった。

 

 二人だけで過ごせる時間。とても穏やかで、優しくて、甘い時間は、夜が更けていくまで続いた。

 

 




お気に入りしてくださる皆様、ありがとうございます。

アラモスタウンに実際は空飛ぶタクシーはありませんが、アラモスタウンがスペインモチーフということで、スペインをモデルにしたパルデアのようにタクシーがある設定にしました。タクシー役を担うのはムクホークかフワライド。


没シーン

ダークライ『領域展開、深淵黒夢域(ナイトメアゾーン)
シロナ「説明してカイム。私は今、冷静さを欠こうとしているわ」



二人の子供の設定ができたのに、まだ結婚してないのなんで???


Q.ダークライのダメージがカイムにも分配されたのはどうして?
A.カイムの精神()とかつて取り込んだ悪夢の力が深く結びついていたからです。ダークライがカイムに残っていた悪夢の力を引き出したことで、悪夢の力と深く結びついていた精神も想定以上に深くシンクロしてしまい、ダークライのダメージが一部カイムに流れ込む形となりました。

Q.なんか『時の咆哮』と『亜空切断』強化されてない?
A.されてます。技の説明にある通り、時空歪めたり次元ごと切り裂くこともできます。

Q.シロナさんってもしかして独占欲強い?
A.強い。ふとした瞬間に嫉妬します。触れ合えない期間が長いと、ポケモン相手にも嫉妬します。


シロナ
ギラティナと繋がった影響で、ギラティナの怒りを感じられるようになっているが、波導未修得世界線故に制御が効かず、一方的に怒りを押し付けられて頭痛という形で現れる。カイムの無茶に対して『必要があった』という理性と『傷ついてほしくない』という感情が混ざり合い、押し倒す(未遂)という行動になった。ポケモン達が戻って来るまでの間、カイムを独り占めした。風呂も一緒に入った可能性有。

カイム
ダークライと一時的にバディを組む。アカギほどの出力は出せないものの、ダークライの力を通常よりも多く引き出すことが可能。ただ、波導未修得かつ化け物相手に無茶したダークライが限界以上の力を引き出し、必要以上の波導(エネルギー)を吸われたことに加え、シンクロが想定以上に深くなりダメージがフィードバックされました。結果、脳にダメージが入り、流血。もし流血後、塔を登る時にシロナと別行動をしていた場合、カイムはダークライと一緒に消えていた(消えてても後にパルキアによって復活させられた)。本人はいまだに自分を一般人だと思い込んでいるが、そもそも一般人は悪夢の力を取り込んだら目覚めないため、逸般人になりかけている。無論、無自覚。

アリス
思っていた以上にシロナとカイムがバカップルしてて、驚き七割呆れ二割羨望一割の視線を向けていた。二人が帰った後、トニオと付き合った模様。

トニオ
ゴーディの子孫で、時空の研究者。まだ若く、ゴーディの残した研究記録を辿る程度だが、頭脳は明晰。シロナ達の子供が生まれたくらいの時期に時空研究者として有名になる。

アルベルト男爵
CV山寺宏一。

ダークライ
映画と比較して饒舌。孤独耐性MAXだったが、アリシアに出会って寂しがりになった。実はカイムと似た性格であるため、同族嫌悪っぽい雰囲気を出しているが、時折悪夢の中で会いにいくくらいには懐いている。でも決して認めない。性格はいじっぱり。





今月中に本編更新予定。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。