ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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人には絶えず仕事という義務が課せられる。
厄介なものだな、残業というものは。

遅くなってしまいました。
いつも誤字報告ありがとうございます。大変助かっています。


ミオシティばっかです。

49話です。


49話 ミオシティ

 コトブキシティの空港に一人の青年が降り立つ。不思議な雰囲気を纏った青年は空港のロビーに降り立ち、あたりを見渡した。

 

「初めての外の世界か…」

 

 初めての光景に青年は目を細める。自身の故郷を離れ、遠くへと来たことを実感しながら、少し楽しそうに周辺を見渡した。故郷の空港からこの地へと降り立ったが、やはり遠く離れていることもあり、同じ空港でも色々と違う部分が目立つ。

 ふと頭の中に響いてきた『声』。姿は見えないものの、それは青年と共にこの異邦の土地へとやってきた存在の声だった。

 

「外の世界…までは言い過ぎかな?でも、ボクは故郷から離れるのは初めてだからね。少し感慨深いものがあるんだよ。故郷を旅してきたけど、故郷以外を旅するのは初めてなんだ。だから、ある意味初めての旅立ちなんだよ」

 

 故郷では色々あった。間違いも犯し、間違いに気づかせてくれる『友』にも出会った。『彼ら』との出会いは、自身を、世界を見つめ直し、再び歩むきっかけを作ってくれたため、心から感謝している。

 そして故郷以外の世界について考えた時、真っ先に思い浮かんだ『友』の存在。外から来た異邦の『友』…あの時は迷い、悩んでいたが、あれからどうなったのだろう。彼なら乗り越えられただろうが、『連絡してこい』と言われていたのに、一年連絡しなかったことに、もしかしたら怒られるかもしれないと内心で苦笑し、そして案の定(・・・)だった。

 

「…あんなに怒るのはボクも想定外だったな。クールな彼のことだし…小言くらいで済むと思ったんだけど…」

 

 そう苦笑いしながら青年は買ったばかりのスマートフォンの画面を見る。そこには一件のメッセージが表情されていた。

 

 

『こっちの駅まで来い。コトブキからなら、そう遠くない』

 

 

 淡白なメッセージ。彼の性格をよく表したような内容に、青年は小さく微笑んだ。

 

「さあ、行こう。これ以上彼を待たせたら後が怖い」

 

 人の流れに逆らうことなく、青年は歩きながら小さく呟く。

 その声を聞いている者は何も答えない。だが、この声は確かに『友』に届いていることを確信した青年は、少しだけ嬉しそうに歩くペースを早めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 タツベイが生まれてから、一月ほど経過したある日。

 論文の執筆もいよいよ終盤となり、日々ジムリーダー業務と並行して論文の執筆に勤しむカイムだが、生まれたばかりのタツベイにはそれなりに手がかかる。ポケモンは生まれてすぐでも多少の知性を有するとはいえ、生活の面倒は見る必要がある。シロナやポケモン達のおかげで負担はかなり減らされているとはいえ、負担がないわけではない。普段の仕事に加えてタツベイの世話もカイムは積極的にやっていることもあり、カイムに少し疲れが見え始めていた。

 その理由の一つが、タツベイの噛み癖だろう。タツベイは家ではカイムのことを親として認めているため、よく甘えている。しかしそれは外に行くと一変し、カイムによく噛みついていた。噛み付く理由は、恐らくただ単に『甘えてるのを見られるのが恥ずかしい』だけなのだろうが、カイム自身がそれをわかっていない。そのため嫌われているのか好かれているのかよくわからず、頭をぐるぐるさせていた。悪意に対して敏感なのに好意に対してはとことん鈍感だった。

 

(多分…というかほぼ間違いなく照れ隠しなんでしょうけど……本人がここまで()()()()()とはね)

 

 普段は比較的鋭いというのに、何故こういうよくわからない部分で鈍感なのかとシロナはやや呆れつつタブレットを眺める。

 カイムは今、プラターヌ博士と論文の打ち合わせ中だった。そのため(ブラッキー以外の)ポケモン達は現在、シロナに面倒をみられている。そして問題のタツベイだが、シロナのガブリアスの頭に乗って楽しそうにしていた。ガブリアス自身、タマゴの時から目をかけていたためか、タツベイに積極的に絡みにいっており、どこか親子のようにも見える関係になっていた。

 

「…あの子(ガブリアス)がこんなに面倒見のいい子になるなんてね」

 

 ガブリアスは、シロナの初めてのポケモン。タツベイ同様にタマゴから生まれ、ここまで共に過ごしてきた。陽気な性格故に、ムードメーカー的な立ち位置になることが多かったが、今では年長者ということもあって全体的に保護者ポジになることが多い。ガブリアスの寿命を考えると、まだガブリアスの精神年齢は大学生くらいのはずだが、こんなにも母性の強いタイプだったのかと内心で驚いていた。

 

 ポケモンは種族ごとに寿命がかなり異なる。ブラッキーのような通常のポケモンは(種族ごとにかなり差はあるものの)概ね50年あたりだろう。だが、ガブリアスやボーマンダのようなドラゴンタイプのポケモンは人よりも寿命が長い。短い種族でも100年を超えることがほとんどだ。また、カイムの手持ちで言えばメタグロスもかなり長寿であり、200年を超える個体も確認されている。そのため、三世代に渡って血族に仕えた個体もいたという記録もあるらしい。

 

(ボーマンダも寿命がかなり長い。もしかしたら、あのタツベイはカイムの子供のポケモンにもなるかもしれないわね)

 

 親族間で手持ちが移り変わることは珍しくない。無論、人とポケモンの相性にもよるため必ずあるというわけではないが、どうしても人とポケモンでは寿命が異なる場合もある。そのまま野生に帰るポケモンもいれば、新たな主人と共に歩むポケモンもいる。どうなるかは、タツベイ次第だろう。

 

(…………カイムの子供)

 

 今は()()、二人とも法的には一緒になっていない。しかし、その先のことは二人とも既に考えている。なんなら、カイムがジムリーダーになった日に明言はしていないものの、お互いの想いは確認していた。故に、ほぼその先まで見据えているのだが、カイムはまだ論文を書き切っていない。そのため、正式にはまだ何もない状態だった。

 しかし、シロナの心は既に決まっている。この先の未来をともに歩み、そしていつの日か朽ちるその日まで一緒にいたいと願っている。そのため、いつか家族が増えることも考えたりはしたことがあった。

 

(家族か…そういえば、カイムの家族はナダさん以外みんな目が青いわよね。タキさんの目が青いし、もしかしたら…流星の民の血なのかもしれないわね。そうなると、カイムの子も目が青くなるのかしら。それとも…)

 

 カイムの母であるタキの瞳は、カイム同様青みのある黒色。そしてその瞳の色は姉であるイサナも受け継いでいる。もしかしたら、カイムの子はカイムと同じ瞳を持って生まれるかもしれない。

 ただ、その可能性からはもう一つの可能性も考えられる。その可能性は、母親の瞳を持って生まれる可能性。そしてそこまで考えたシロナは、顔を少し赤くして頭を振った。

 

(まだ先の話よ。ここで考えても何にもならないわ)

 

 今現在、()()()()()()()が一番高いのはシロナだろう。シロナ本人としてもそれを望んでいるが、まだ確定した未来ではない。

 

 ここにカトレアがいた場合、『そうならないわけないでしょう?逆にシロナさんとここまで相性がいい人なんているわけないじゃないですか。寝言は寝てから言ってくださる?早く結婚なさい』と言っていただろうが、シロナはそんなことを思われているとは夢にも思っていない。

 

 そこまで考えて、シロナは思考の海から抜け出す。その抜け出した要因は、スマートフォンの振動音だった。スマートフォンの持ち主は、カイム。珍しくスマートフォンを置きっぱなしにしているが、カイムは今打ち合わせ中。対応できないため、相手次第ではシロナが出ようとスマートフォンを手に取る。そこに記されていたのは、登録されていない番号。

 

(…誰かしら。カイムのジムリーダーのスマホじゃなくて個人の番号を把握している人ってこと?もしかしたら、知り合いが番号変えたとか?)

 

 もし番号が流出しているようだと一大事だが、あのガードの硬いカイムだしないだろうとも考える。知り合いの可能性も考え、シロナは通話ボタンを押した。

 

「もしもし?」

『あ、その声はシロナかな?』

(この声…)

 

 聞こえてきたのは落ち着いた青年の声。どこか聞き覚えのある声が誰のものかすぐに気づいたシロナは、思わず声をあげた。

 

「もしかして…N⁈」

『そうだよ。久しぶりだね、シロナ』

 

 声の主はイッシュ地方で出会った友人、Nだった。

 カイムの悩みから抜け出す一言を送り、そして最後に再会の約束をして以来音沙汰がなく、カイムが時折ぼやいていた。

 

「久しぶりじゃない!どうしたの急に」

『二人に会ってから、かれこれもう一年近く経ってしまったからね。連絡を取ろうと思ったんだ』

「ふふ、もう一年よ?カイムが連絡してこない〜ってぼやいていたわ」

『あ、あはは…確かに、彼は言いそうだ。それより、そのカイム本人はどうしたんだい?取り込み中かな?』

「ええ。今、ちょっと打ち合わせ中なの」

『そうか、タイミングが悪かったね。じゃあシロナに伝えておこう。ボクは今度、シンオウ地方に行く予定なんだ』

「え?シンオウに来るの?」

『うん。()()()整理がついたからね。それで、()()が他の友達にも会いに行ってみたらって言われて、真っ先にカイムが思い浮かんだんだ』

 

 へえ、とシロナは内心で少しだけ意外に思う。

 カイムとNの関わった時間はそう長くない。せいぜい1日程度だろう。その短い時間の中で、Nがそこまでカイムに対して親愛の情を抱いているとは思いもしなかった。無論人との繋がりは時間ではないが、ここまでとはシロナも予想できなかった。

 

「あら、カイムのことを随分と大切に思ってくれてるのね。嬉しいわ」

『…ボクはポケモンのトモダチはたくさんいるけど、人の友達は多くなくてね。それに、一番歳の近い友達だからかな。彼との会話は、どこか心地いいんだ』

「ふふ、そうね。わかるわ」

 

 淡々としているが、彼との会話はストレスがなく、心地がいい。その感覚はシロナもよくわかる。そのため心からの同意だった。

 

「ん、通話中か。悪い」

 

 そこに、頭にブラッキーをへばりつかせたカイムが現れる。打ち合わせが終わったのか、やや疲れつつもどこか楽しそうな表情をしている(なお、ほぼ無表情)。

 

「あ、カイム。打ち合わせは終わった?」

「ああ。通話中なら戻るが…って、それ俺のスマホじゃねぇか」

「ええ。あなたに用がある人だから。じゃあ代わるわね」

『うん、頼むよ』

 

 シロナはカイムにスマートフォンを手渡す。首を傾げながら受け取ったカイムは、電話を手に声をかけた。

 

「もしもし?」

『やあカイム、久しぶりだね』

「その声…お前、Nか?」

『うん、そうだよ。久しぶり』

 

 電話越しに聞こえてきた声に、カイムは思わず目を見開いた。まさかNがかけてくるとは夢にも思っていなかったらしい。

 

『キミにかけたらシロナが出てね。少しだけ話したんだけど、今取り込み中だったかい?』

「いや、もう終わった。気にしなくていい。それで?今更連絡してきた理由はなんだ?」

 

 目を細めながら言うカイムに、シロナは『あ、これ怒ってる』と察する。電話の向こうにいるNもそれを感じたのか、若干声が強張った。

 

『あー…いや、今度シンオウ地方にいくつもりで…』

「へぇ?シンオウに来ると。それは別にいい。予定は後で聞こう」

『か、カイム?』

「まず聞かせてもらおう。一年、音沙汰なかった理由は?」

 

 声は淡々としている。普段と変わらない口調ではあるが、明らかに普段より声が低い。どことなく怒気を含んだ声を電話越しに聞いたNは少し冷や汗を流しながら苦笑する。

 

『えっと…前に話したように、ボクは昔間違いを犯した。この間違いに向き合い、世界を見て回ったんだ。それで、その過程でできた友達と出会い、ボクなりに答えを探した。今後、どう生きていくかをね』

「…答えは出たのか?」

『うん。みんなのおかげでね』

「…色々あったんだな」

『そうだね、色々あったよ。キミは前に、ボクの話を聞いてくれただろう?今回の旅のことを話す相手のことを考えた時、真っ先にキミが思い浮かんだんだ。でもどうせなら会って話したいだろう?イッシュでできた友達にも会った方がいいって言われて、今回シンオウに行こうと考えたんだ』

 

 カイムとは違うものだが、Nにも答えを探すものがあった。その答えを探して旅を続け、新たに出てきた友人と間違いに気づかせてくれた親友に再び出会い、自分なりの答えを出した。

 この答えを出すまでの過程を、誰かに話したかった。この旅で『自分の間違い』と直接関わらなかった人…そう考えた時に真っ先に出てきた存在が、カイムだった。

 

『キミと話したかったんだ。キミはボクの話を聞いてくれたからね』

「あの砂浜のこと言ってんのか?」

『うん。あの時、キミはボクのことを何も知らなかったのに話を聞いてくれただろう?』

「……あれを聞いたと言っていいのか?」

『もちろん。少なくとも、ボクには十分救いだったから』

「……そうかい」

 

 カイム本人としては、本当に大したことをしていない。故に、どう答えればいいのかわからなかったが、本人がそう思っているならいいだろうと小さくため息を吐いた。

 

「で?ひと段落ついたのはいいが…一年以上連絡する余裕もなかったと」

『いや…えっと、その……』

「忘れてた、だろ?」

『い、いや!二人のことはちゃんと覚えていたよ!でも…連絡することは…うん、忘れてた』

「だろうな。ま、そんな余裕がなかったってのもあるだろう。イッシュであったゴタゴタに首突っ込むわけにもいかねぇし、これ以上は言わねえが…お前の連絡先知らねえこっちからしたら、色々と気になるだろうが」

『ごめんよ。あの時、ボクはイッシュでしか使えないライブキャスターしか持ってなかったんだ。だから連絡先を渡せなくて。今もポケモンセンターから連絡してるんだ』

 

 ポケモンセンターには国外にもかけられる通話システムがある。あまり利用される機会はないが、Nのように国外への通信手段を持たない者や未成年には時折利用される。

 

「は?なら早く言えよ…あんま長く使ってると迷惑になるだろうが。ったくお前はよくわかんねえとこ抜けてんな…わかった、今日はもういい。ただ、シンオウ来る前に連絡入れろ。そんで、可能ならこっちでも使えるスマホ買え。いいな」

『はは、わかった。心配かけて済まない』

「いい。じゃーな、また連絡してこい」

『うん、またね』

 

 カイムはため息を吐きながら電話を切る。そして打ち合わせの時からずっと頭にへばりついていたブラッキーを引っ剥がし、小脇に抱えてソファに腰掛けた。

 

「N、元気そうでよかったわね」

「…ああ、そうだな」

「連絡遅かったとはいえ、あんなに怒らなくてもいいのに」

「うっせぇ。俺もあんなキレるとは思わなかったんだよ」

 

 カイムはむすっとしながらブラッキーを優しく撫でる。ブラッキーはごろごろと喉を鳴らしながらカイムの膝を枕に頭を乗せた。

 

「あいつが色々あったのは察してた。すぐに連絡できねぇことはわかってた…はずなんだが、なーんか突っかかっちまった。ちと悪いことしたかもしれん」

「そうよ、NにはNの事情があるんだからあんなに強く言わないの」

「………かもな」

「それだけ寂しかったのよね?」

「ああ?違えよ…」

 

 小さく息を吐きながらカイムは口を閉じる。

 もとよりカイムは周囲のことを非常に大切にする。それ故に友人達とは誰が相手でも定期的に連絡を取るようにしていた。無論いつもカイムからではなく、相手から連絡がくることもザラにある。そのためか、連絡が途絶えたりするとやや心配したりする傾向にあった。

 そういう部分も含めて、彼はやはり寂しがり屋なのだろう。

 

「色々落ち着いたみたいだし、来たら歓迎してあげましょ」

「それは当たり前だ。しかし、前回のカルネさんに続いてよく人が来るな」

「確かにそうね。今年は特に」

 

 年始のカトレアを始め、ヒカリ、ダイゴ、ゲン、トウガン、カルネと多くの人が立ち寄っている。普段は外に調査や仕事に出るコトが多いが、今年はカイムが論文執筆とジムリーダーで家にいることが増えたのが要因だろう。

 

「いいコトじゃない」

「まーな。ただ、どいつもこいつも大物すぎる気もするが」

 

 シロナ自身がチャンピオン故に仕方ない気もするが、それにしてもチャンピオンが半年で二人も訪れるのは、(自称)一般人であるカイムからしたらカルチャーショック的なものに陥っていた。

 

「あなたもジムリーダーでしょ?いい加減慣れたんじゃない?」

「否定はせんが、そもそも知人をジムリーダーとかチャンピオンって肩書きであんま見てない。慣れる云々というより、改めて思い返すとって感じか?」

「貴方らしいわね」

 

 人の肩書きではなく、人柄で判断する。カイムらしいといえばらしい言葉にシロナは小さく笑った。

 それと同時に、庭の方から鳴き声が響く。鳴き声の主はガブリアスであり、その尻尾にはタツベイが乗っていた。どうやら、仕事が終わったならお前が面倒を見ろ、ということらしい。

 

「へーへーわかってら」

「ガブリアスがずっと面倒を見てくれていたの。懐かれているみたいね」

「俺よりガブリアスに懐くのなんなん…?」

 

 そうボヤきながらカイムは立ち上がり、ガブリアスの方へ歩いていく。相変わらずタツベイのことでは鈍感らしいカイムに苦笑しながら、残されたブラッキーを優しく撫でた。

 

「貴女のご主人、よくわかんないわね」

 

 ブラッキーは首を傾げると、ごろごろと喉を鳴らしながらシロナの膝で丸くなる。甘えん坊なのはブラッキーもタツベイも同じはずなのに、タツベイはうまく感情表現ができないらしい。まだ幼いタツベイには仕方ないことだが、そこはカイムがうまくバランスを取れる…だろうとシロナは考え、ガブリアスにしばかれタツベイに抱きつかれるカイムを眺めていた。

 

 とても平和で暖かい光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 列車から降り、駅から出たNは周囲を見渡す。

 イッシュ地方にも電車はあり、地方全体に行き渡っている。しかしその電車とは別に、イッシュ地方にはバトルトレインと呼ばれるものが存在した。N自身は乗ったことはないが、友人であるトウヤは腕試しとして何度か乗ったと言っていた。

 イッシュに戻ったあとは、トウヤや彼の友人達と共に挑むのもいいな、と考えつつ、Nは目的の人物を探す。メッセージによると、彼…カイムは駅のロータリーで待っていると書かれていた。

 

(目立つタイプじゃないけど…意外と見つからないな。目立つシロナも今はいないみたいだし、少し時間かかるかも)

 

 ミオシティはそれなりに栄えている街。駅前となると、それなりに人の数は多い。人通りが多い分、カイムのことを探す難易度も上がる。

 そしてカイムと共にいるシロナだが、今は仕事でいないということを予め聞いている。そのため、シロナを目印にカイムを見つける、ということがNにはできなかった。

 

「えっと……どこかな」

 

 スマートフォンを手に持ちながらNは周囲に視線を巡らせる。

 すると、視界の隅に水色の体が見えた。見覚えのある色に気づいたNはそちらに目を向けると、トリトドンとカイムの姿があった。カイムはトリトドンとベンチに腰掛けながら、何か手遊びのようなものをしている。そんな二人のもとへNは歩いて行き、声をかけた。

 

「カイム」

「…ん、よお。やっと来たか」

 

 いつもと変わらない無表情を向けながら、カイムはNに視線を向けた。カイムの隣にいたトリトドンは嬉しそうに声を上げる。

 

「久しぶり、と言った方がいいのかな?」

「まぁ、そうだな。直で会うのは久しぶりだろう」

「元気そうで良かったよ」

「お前もな」

 

 Nはトリトドンの隣に腰掛け、トリトドンを優しく撫でる。撫でられたトリトドンは表情を変えないが、気持ちよさそうに小さく鳴いた。

 

「トリトドンも久しぶり。カイムのもとで元気にやれてるみたいだね」

「うちの連中と相性がいいんだ。無論、シロナの方ともな。んで?シンオウに来た感想は?」

 

 Nはトリトドンから視線を外し、道行く人々に目を向けた。

 

「そうだね、まだ来たばかりだけど…やっぱりイッシュとは空気が違うね。でも、いいところだと思う」

 

 Nはまだシンオウ地方に来て1日も経っていない。だが、見慣れない風景の中にたくさんの人々がポケモン達と共に過ごしている風景はNにとってとても好ましいものだった。特に空港のあるヨスガシティはその空気感が顕著だったように思える。

 

「ま、イッシュは遠いしな。そら空気感違うだろうよ」

「今のところヨスガシティとミオシティしか見てないけどね。色々案内してくれるとボクは嬉しいな」

「ま、可能な範囲でな」

「カイムは今もジムトレーナーをやっているのかい?」

 

 以前出会った時、カイムはまだトバリジムのジムトレーナーだった。

 そんなこともあったな、とぼんやり考えつつ、カイムはトリトドンの頬をむにむにといじくる。

 

「いや、今はミオシティのジムリーダーしてる」

「ジムリーダー!そうだったんだね!昇進…とは少し違うかな?でも色々乗り越えられたってことだよね?」

「そーなんのか?ま、きっかけはお前だったし、その点については感謝してる」

 

 己を否定する悪癖。これを克服できたきっかけを作ったのは、間違いなくNだった。あの時のNの言葉があったからこそ、今の自分がある。不可思議な出会いではあったものの、このこともあり、カイムの中でNへの信頼度は高いものだった。

 

「そうか。キミも、色々乗り越えられたんだね」

「おかげさんで。つっても、まだまだ新参者で実力不足だがな」

「だとしても、友達として嬉しいよ。キミが色々なものを乗り越える一助になれたって事実はね」

「そうかい。そらよかったな」

「そうだ!ねえカイム、キミがジムリーダーをやるジムに行ってみたいんだ。どうかな?」

「はぁ?ジム?いや、いいけどよ…バトルしたいのか?お前そんなバトルジャンキーだったっけか?」

 

 以前出会った時、Nとはバトルをしなかった。元々プラズマ団の王としてポケモンリーグを襲撃し、当時チャンピオンであったアデクを退けている以上、バトルの腕はチャンピオンレベル。バトルが強いのは把握していたが、バトルしたがるのは少々意外だった。

 

「いや、そうじゃない。もちろんキミとバトルしてみたさはあるけど、ボクとしてはキミがジムリーダーとして指導している姿を見たいんだ」

「はぁ?余計意味わかんねぇよ」

「いいじゃないか。キミが頑張っているのをみたいんだ」

「まーいいけどよ…今日、ジムそのものは休みだぞ?多分何人か自主トレしてるけど…」

「それでいいよ。仕事の邪魔になってしまうからね」

「仕事してんのが見てーのか、ただ単にジムを見てーのかわからんが…まぁ、いいだろ。んじゃ、移動すっか」

 

 カイムは立ち上がり、トリトドンをボールに戻す。Nをカイムに続いて立ち上がり、頷いた。

 

「うん、よろしく頼むよ」

「ほんとに大したもんは見れんぞ。あんま期待すんな」

「大したものかどうかは、ボクが決めることさ」

「そうかい。ま、好きにしろ」

 

 がしがしと頭をかきながらカイムは歩き始める。そのあとに続いてNも歩き始め、カイムの隣に並んだ。

 

「お前でけぇんだよ。俺がチビに見えるだろうが」

「キミも平均くらいはあるだろう?」

「しばき回すぞてめぇ」

「鍛えてるキミのしばきは痛そうだから勘弁してほしいな」

 

 非常に楽しそうに笑うNを見て、カイムは小さく息を吐く。いつも柔らかい表情をしているNだが、こんな風に笑うのは見たのが始めてだった。そもそも関わった時間が短いから当たり前だろうが、こんな風に笑ってもらえるならまあいいか、と本当に小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Nと共にミオジムに訪れる。普段であれば人で賑わっているが、休日故に静かであった。しかしそんな中でもトレーニングと思われる音が聞こえているため、誰かがトレーニングに励んでいるのだろう。

 休み故にフロントには誰もいないが、気にすることなくカイムはNに向き直った。

 

「休みだが、ここがミオジム。中、見学していくだろ?」

「休みなのに入れてくれてありがとう。もしカイムさえ良ければ、見学していきたいな」

「良くなかったら連れてきてねーよ。じゃ、いこうぜ」

「うん」

 

 カイムはNを伴ってフィールドへ向かう。一階にあるメインフィールドには一人の少年がポケモン達と共に何かトレーニングに励んでいるのが見えた。

 

「やっぱあいつか」

「予想通りの人物かい?」

「まーな。一応軽く挨拶だけしておくか」

 

 そう言ってNと共にフィールドに降りた。

 少年は二人の影が近づいてくるのに気づいて視線を向ける。カイムに気づいた少年はパッと表情を明るくして近づいてきた。

 

「カイムさん!お疲れ様です」

「お疲れ。休日にトレーニングはいいが、やりすぎんなよ」

「はい、わかってます。早めに上がるようにしますよ」

「ん、ならいい」

「ところで…こちらの方は?」

 

 少年はカイムの隣にいるNに目を向ける。目を向けられたNは柔らかく微笑むと手を差し出した。

 

「ボクはN。カイムの友達だよ」

「N…?」

「変わった名前だが気にするな。こいつはイッシュ地方出身でな。シンオウに旅行に来てんだ」

「そうだったんですね。はじめまして、ボクはミツル。ミオジムでカイムさんの指導を受けているトレーナーです」

 

 ミツルはNの手を取り、握手を交わす。

 不思議な雰囲気のあるNだが、悪い感じはしない。あまり見たことのないタイプの人物でたり、友人であるユウキとは真逆の落ち着きのある青年といった印象だった。

 二人が挨拶を終えたところでカイムは周囲を見渡す。ミツル以外のトレーナーもちらほらいるものの、普段と比べたら明らかに少ない。

 

「思ったより多いな」

「そうなのかい?」

「ああ。まあ今度、ミオシティのスタジアムで大会あるから、それ用にトレーニングしてんだろ」

「大会があるんだね。となると…カイムも?」

「いや、俺ぁ別件でな」

 

 カイムはあまり大会に出ない。かつては己の実力不足とシロナのサポートをメインでやっていたが故だが、今回は学会準備のためだった。論文もほぼ完成し、あとは軽い手直し程度。そのため、論文完成度合いから学会に間に合うと判断したシロナが事前に申し込んでいた学会に向けた準備も進めている。大会に出られないことはないものの、処理能力が決して高いわけではないカイムに大会と学会両方は厳しいだろうと自分で判断し、今回の大会は出ない方向に決めた。

 

「ミツル君も出るのかい?」

「はい。普段ご指導いただいてることを発揮できるか試したいので」

「指導は…カイムが?」

「はい!教えるの、すごくうまいんですよ!」

「へえ…確かにそんな感じするよね」

「技術的なことはほぼ教えてねぇよ」

 

 ミツルのレベル自体は、既にリーグ本戦出場可能レベル。技術的な部分で教えなければならないことはほぼない。バトル時のメンタルトレーニングや、ポケモンの体の使い方・作り方といった部分の指導が多い。

 

「手札は揃ってきてる。あとは使い方と、使うまでの進め方を詰めていきゃいい」

「それが難しいんじゃないですか」

「だから教えてんだろ」

「そうでしたね」

 

 そう言って笑うミツルの表情に陰は見えない。この僅かなやり取りだけで、Nは二人がいい師弟関係を築けていることを理解した。

 

「なんか聞きたいことがあれば後で聞く。悪いが先にジムを案内する約束なんでな」

「大丈夫ですよ。ではNさん、また」

「うん、ありがとうミツル」

 

 そう言ってミツルはポケモン達と共にフィールドに戻った。

 その後ろ姿を見送って二人はジム内部を巡っていく。地下のフィールドやデータルーム、トレーニングルームなども巡り、地上のフィールドに戻ってきた。

 戻った時、ミツルは他のジムトレーナーとバトルをしており、カイムはNと共に眺めている。その姿を見ながら、Nはミツルのバトルする姿を見て内心で感心しながらつぶやいた。

 

「ミツル、すごいね…かなり強いみたいだ」

「ああ。ここ来た時点で、リーグ本戦出られるくらいの()()はあった」

「リーグ本戦に?すごいじゃないか。そこまで実力があるなんて…」

「伸び悩んでここに来たって感じ」

 

 伸び悩むと濁したが、実際はユウキという天才に脳を破壊されて自身を追い込んでいくという非常に危険なことをしていた。今となってはその影はもうないものの、もしカイムと出会っていなかったら自身かポケモンのどちらかが()()()()()だろう。

 

「伸び悩むか…それで君のところに?」

「ああ。まあ、ダチの紹介だけどな」

「友達か。キミを紹介するとは…いい目をしてるようだね、その友達は」

「付き合い長い奴だから」

 

 幼少期より続くダイゴとの縁。今も付き合いがある友人の中では最も長く、気心知れた友人だと言える。

 友達という言葉を聞いて、カイムは一人の少年のことを思い出した。

 

「友達と言えば…トウヤつったか?会えたのか?」

「…そうか、キミはトウヤに会ったんだったね」

 

 リュウラセンの塔に行った際に出会った少年、トウヤ。

 Nがプラズマ団の王としてリーグのトップに立った際、Nを止め、黒幕たるゲーチスを退けた少年であり、ゼクロムの対となるレシラムに選ばれた英雄だった。以前出会った際はNを探し、ゼクロムの気配を感じてリュウラセンの塔へと訪れ、カイム達と出会ったという経緯だった。

 

「うん、会ったよ」

「なんて言われた?」

「はは…君以上に、しこたま怒られたよ」

 

 カイムは知らないが、Nとトウヤの別れはトウヤにとってはとても納得できるものではなかった。間違いに気づき、どう生きるかを考えるために一人旅に出たが、トウヤに対しては言いたいことを言うだけ言ってどこかへ去っていってしまった。

 トウヤは旅の道中で何度かNと遭遇しており、そして最後に戦ったが、その過程でNとは友達になれると思っていた。しかし最後はゲーチスのこともあり、Nは己を見つめ直す旅に出てしまい、友達になれず仕舞いだった。そこに加えて、一方的な別れ方。怒られても仕方ない。

 

「そらそうだ。あいつ、相当必死にお前のこと探してたぞ。なんとなく気づいていたんじゃねぇの?」

「気づいてないと言ったら嘘になるけど、あそこまで必死に探してくれてたとは思わなくて…」

「お前は言葉が足りん。人間なんて、言葉にしても伝わらないことが多いのに、言葉足らずだったら余計伝わらん。ならせめて、言葉にすべきことはしておけよ」

 

 経験者からのアドバイスだ、と付け加えて、カイムはNの頭を小突いた。N自身自覚はあるようで、苦笑しながら頷く。

 そして気になる言葉についてカイムに聞き返した。

 

「経験者ってことは、キミも?」

「ああ。俺はダチじゃなくて姉貴だったが」

「お姉さんがいるんだね。どんな人なんだい?」

「自由奔放、傍若無人…色々当てはまるが、一番はやっぱ『天才』かね」

「天才って…バトルの?」

「いろんな分野において、かな。バトルは特にだが」

 

 勉強、運動、楽器、美術…あらゆる面でイサナは天才だった。多少才能の差異はあったものの、あらゆる面で凡庸だったカイムからしたら、才能の塊でしかなかった。

 そしてその中でもピカイチの才能だと断言できるのは、ポケモンバトルの才能だった。鍛え方、オーダー、技構成などなど、あらゆる面で才能を発揮し、当時ミナモシティを騒がせていた。

 

「なんというか…すごいお姉さんだね」

「実際すげえよ。意味わからんくらいなんでもできる。今はガラルでスタイリストしてるよ」

「ガラル地方なんだね。聞いた感じ、キミとはあまり似てなさそうだ」

「全く似てねえよ」

 

 似ている部分は、容姿では目、性格では人を引き寄せるくらいだろうか。姉弟としては、正直なところほとんど似ていないとも言えるだろう。そもそもイサナは母親のタキに、カイムは父親のナダに似ているため、似ていないことも仕方ないのだろうが。

 そこまで話して、カイムはふと一つのことを聞いていなかったと思い返す。

 

「そういやお前、親…というか、家族は?」

「…ボクの家族か。そうだね…難しいな」

「あ…いや、無理にとは言わねえ。少しでも嫌な気分になるなら、無理して話さなくていい」

 

 突如、Nの雰囲気が変わる。どういった理由があるのか知らないが、家族について話すことで少しでも嫌な思いをするなら話さなくていいとカイムは言いながら、内心で少しだけ後悔した。

 だがNは気にしていないとでも言うように、小さく首を振ると、話し始めた。

 

「大丈夫、平気だよ。ただ…家族についてどう言うか少し難しいんだ」

「どういうことだ?」

「ボクは血縁という意味での家族を知らない。物心ついたころにはもう、ボクはポケモン達と暮らしていたからね」

「ポケモンと?」

「うん。昔からポケモンの言葉を理解できたんだ。ポケモン達はみんな、人の言葉を使うことはできないけど、人の言葉を理解できる。そんなポケモン達と意思疎通することでなんとなく言葉を覚えて、ポケモンと一緒に生きていたんだ」

 

 今でもあの頃の生活を思い出せる。緑に囲まれた世界で、ポケモンと共に生きてきた素朴ながらも輝かしい日々。自分が何者かなど気にもとめず、ただひたすら生きてきたあの日々は、今でもNにとっては大切な思い出だった。

 

「ポケモンと共に生きていたある日…ボクは育て親に拾われた」

「育て親…」

「うん。()の下で育ち、言葉を聞いて…ボクはボクなりに考えてプラズマ団の王になった…はず」

「は?なんだよ、『はず』って。お前の意思じゃないのか」

「ポケモンと過ごした幼少期を除いて、ボクに意思らしいものがあったかは疑問だね」

 

 Nの育て親…ゲーチスは、Nを己の野望のためだけに育てた。自分だけがポケモンを使える世界…そんな子供が考えたような野望を叶えるために、Nを育ててきた。そのために洗脳まがいの教育を施し、自身の考えこそが世界のためになると刷り込み、いつしかそれが正しいと思えるように育てた。

 ゲーチスに育てられた期間から、トウヤと対峙するまでの時間に、自分の意思があったのか。そう聞かれると、Nは答えられなかった。盲目的にゲーチスの言うことを信じ、ロクに考えることなく生きてきた自分に意思は、心はあったのか。今思い返しても、どうだったか答えられない自分がいる。

 

「ボクがプラズマ団としてしようとしたことは、間違いだと思う。いろんな世界を見て、それを確信した。これからは人とポケモンのためになるように生きたいと思ってる」

「じゃあ何に悩んでんだ?」

「………ボクに、人やポケモンのために生きる資格はあるのかな」

 

 かつては人とポケモンを引き裂こうとした。それが間違いだと気づき、正しい方向を示してくれたトウヤ(友達)には感謝しているし、彼らと肩を並べて生きたいと思っている。

 

 

だが過去は消えない。

 

 

 自業自得ではあるが、自分がかつてそういうことをしようとしたという事実は消えない。ロクに考えることも世界を見ることもせず、そんな罪深いことをしようとした自分に、他者のために生きる資格があるのか。その答えは世界を見てきた今でも出せていない。

 

「資格…資格ね。それ、そんなに重要か?」

「え…?」

「つーか、資格ってなんだよ。免許みたいに発行されてるもんなのか?」

 

 手に持ったジムリーダーIDをくるくる回しながら言うカイムに、Nは視線を向ける。意味がわかってなさそうなNに、カイムは続けた。

 

「お前が何をしたいか…それはお前が決めればいい。だが、人とポケモンのために生きる資格とやらは、誰が決めるものなんだ」

「!」

「人の生き方を強制させることはできん。こうでなければならない、というものは本来この世にない。あるのは、それぞれの都合だ。かつてのお前の都合(信念)、育て親の都合(野望)、今のお前の都合(思い)…色々あるだろう。あとは、お前がどうしたいか。それだけだろ」

「ボクが…どうしたいか」

 

 人それぞれ都合がある。それが善意であろうと悪意であろうと…人それぞれに『こうあるべき』という考えがある。しかし、本来世界にあるべき姿など定義されていない。

 最終的には、自分がどうしたいか。それだけが自分の生き方を決めることができる。

 

「気持ちはわかるがな。自分程度がやる意味はあるのか、やったところで何にもならないんじゃないか…自分は、何者にもなれないんじゃないか。他人ならともかく、自分のことになるとそう考えちまう」

「…そうだね」

「ま、自分で決めきれないなら、人にいうこともいいだろう。前の俺みたいにな」

「ふふ、そうだったね。うん…そうだった。キミは、そういうよね」

 

 かつてシロナから聞いた『こうでなければならないというのは本来この世に無い。あるのは各々の都合』というカイムの言葉。本人から聞かされ、彼がこういう人物だと改めて認識し、Nは笑った。

 

「結局、ボクがどうしたいかだね」

「そう。お前はどうしたいんだ?」

「…ここまできたら、言うまでもないんじゃないか?」

「言語化ってのは大事なんだよ。ま、俺に言う必要はねえよ。お前の中で決めたのなら、それでいい。つーか俺が言わなくても決めてるんじゃねぇの?」

「………」

「決めているけど、不安はある。だから相談したってとこか?」

「さすがジムリーダー…隠せないね」

「はっ!それなりに多く人を見てきたからな。隠したいならもっとうまく言うこった」

 

 そう言ってカイムは立ち上がる。バトルを終えてこちらに手を振っているミツルに向けて足を向けようとした瞬間、Nはカイムの背中に声をあげた。

 

「カイム」

「ん?」

「ボク、やってみるよ。自分にできること…したいことを、少しずつ」

「そうか」

 

 表情はほぼ変わらない。表情から読み取れる感情はないものの、少しだけ雰囲気が柔らかくなったのをNは感じた。

 ふっと笑ったNも立ち上がり、カイムの隣に並ぶ。

 

「キミは自分のことはやたらネガティブなのに、人のことになるとすごく老成した考えができるんだね」

「ほっとけ。人間、自分のことになるとバカになるって言うだろ」

「ふふ、そうだね。やっぱり、キミにも会ってよかった」

 

 友達であるトウヤにも同じようなことを言われたが、やはり年の功もあるカイムの方が言語化がうまくできているため、すっとNの心に響いた。無論トウヤの言葉もちゃんと響いているが、他者の指導をしているカイムの方が伝わりやすい言葉だった。

 

「ほら、ミツルが待ってる。行こうぜ」

「カイム」

「ん?」

「……ボクは、キミの友達でいられている?」

 

 なんだ急に、と思うと同時に、Nの真剣な表情を見て、小さく息を吐いた。

 

「ああ、お前は俺の友達だ」

 

 まっすぐで短い言葉。ただそれだけの言葉だが、ちゃんと真摯に答えられたものだとわかったNは、小さく笑った。

 

「ありがとう」

()()()()だ」

 

 Nは少しスッキリした顔をしながらカイムと共にミツルのもとへ向かった。

 

 

 その後、ミツルやカイムともバトルし、Nにとってとても楽しい時間を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイム、本当にいいのかい?」

「家主がいいつってるからいいだろ。それに、そんな珍しいことでもねえ」

 

 シロナ宅の目の前まで来たNに、カイムは素っ気なく返す。

 現在二人はシロナの自宅まで来ている(カイムの自宅でもあるが)。その理由は、当然招待されたからである。まだ宿泊先を確保していないという割と素っ頓狂なことを言ったNをカイムは自宅に泊めると言った。無論このことについてはシロナに連絡し、承諾済み。加えて、こういったことはあまり珍しくないため、あまり気にすることでもなかった。

 さすがに少し申し訳なさがあるのか、Nとしてはやや消極的ではあった。しかし、カイムだけでなくシロナからも快くされた以上、断ることも悪いかと考え、大人しくついてきた。

 

 鍵を開けて、中に入る。その音に気づいたシロナがリビングから出てきた。

 

「あ、N。久しぶり」

「久しぶりシロナ。招待してくれてありがとう」

「気にしないで。あなたとはまた話したかったから」

 

 微笑みながら挨拶をかわす二人を他所に、カイムはさっさと靴を脱いであがる。すると腰のボールからブラッキーが出てきて、ぷるぷると頭を振った。

 

「ほれ、上がれ。シロナとも色々話してえだろ」

「うん。じゃあお邪魔するね」

 

 その後、Nは荷物を置いて案内されたリビングへと行く。

 リビングは清潔感に溢れており、綺麗に整頓されていた。Nはシロナが整頓が苦手であることを知らないため、『二人でうまく綺麗にしているんだな』と考え、通されたソファに腰掛ける。正面にシロナが座り、カイムは庭にポケモン達を出して、好きに遊ばせた。

 Nはカイムが出したポケモン達に目を向ける。最後に見た時にはいなかったポケモンが数匹おり、手持ちが増えたことを察した。

 

「また会えて嬉しいわ、N」

「ボクもだ。二人とも元気そうでよかったよ」

「貴方もね。今日はお迎え一緒に行けなくてごめんなさい」

「気にしないでほしい。突然だったし、シロナもチャンピオンで忙しいだろう?」

「まあね。今日は年末にあるリーグイベントの打ち合わせがあったの」

「リーグ主催のイベントかい?」

「そうなの。それなりの規模でやる予定だから、ちょっと調整が難しくてね」

 

 年末に企画しているイベント。過去にリーグでもやった事例のないイベントであるため、シロナと運営共に調整に苦心していた。それも粗方固まってきたとはいえ、まだまだやることはある。通常のチャンピオンとしてと業務も並行してあるため、忙しさはそれなりにある。休日であるはずの今日にカイムとともにNの迎えにいけなかったのも、そういったことが関与していた。

 

「どんなイベントなんだい?」

「バトルのイベントだけど…あまり大会ではみないルールね」

「へえ…それは楽しみだね。配信とかはする予定はあるかい?」

「もちろん。やる時は教えてあげるわ」

「それは楽しみだ。それで…そのイベントにカイムも出るのかい?」

「ふふ、ええ。出るわよ」

 

 今度のイベントにはカイムも参加することになっている。一応カイムもそれは把握しているが、どんなイベントなのかを知らない。本人としてはまあいいか程度にしか考えていない。

 

「そうか…それはより見たくなってきたよ」

「でしょ?というか…そのカイムは?」

 

 カイムが帰ってこないな、と庭に視線を向けると、カイムは腕をタツベイに噛みつかれていた。噛みつかれていたカイムはもう慣れたのか、げんなりしながらもぽんぽんと頭を撫でている。

 

「あー、タツベイに捕まってたのね」

「あのタツベイは?前に見た時はいなかったけど」

「知り合いに託されたタマゴから最近生まれた子なの。ただ…恥ずかしがり屋でね。私や誰もいない時はカイムに甘えるんだけど、他の人がいると恥ずかしくてカイムに噛みついてしまうの」

「そっか、今はボクがいるからか」

 

 本来は甘えん坊なタツベイだが、いじっぱりで恥ずかしがり屋な部分がある。それ故に、人がいると甘えられず恥ずかしくてカイムに噛みついてしまう。その理由をカイムがいまいち理解しておらず、嫌われているのか好かれているのかわかっていなかった。なんとなくカイムの表情がスッキリしていないのもそれが理由なのだろうとNは理解した。

 

「ただ恥ずかしがっているだけよって言っているんだけど、カイムはいまいち理解してないみたいなの」

「変なところで鈍感だね…」

「そうなの!まあ実害らしい実害もないし、いつか気付くと思うんだけど」

 

 やれやれといった様子のシロナから、ポケモン達の相手をするカイムに目を向ける。いつも通り無表情ながらも、ポケモン達にいじられてややげんなりしつつも嬉しそうにしていた。

 

「…ボクの出番かな?」

「かもね。ただ、今はできないから、あなたの話を聞かせてくれる?」

「もちろん。じゃあボクがイッシュ地方で体験したことから話そう」

 

 楽しそうにするNに、シロナも笑顔を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 散々ポケモンにもみくちゃにされた後、カイムがリビングに戻るとNがペンを片手に紙に何かを書いていた。

 

「あ、カイム。戻ってきたのね」

「悪い、待たせた。で、Nは何をやってんだ?」

「今シロナに数学について語っていたんだ」

「そういや…お前数学好きって言ってたな」

「そうなんだよ。カイムは数学はどれくらいわかる?」

「一応大学入試レベルはわかる。ちょいちょいダツラ(先輩)の話に出てきたから、知ってるものもあるが…まあ詳しくはねえ」

 

 情報学や機械、電子系にも強いため忘れられがちだが、本来カイムの専攻は考古学。数学にはあまり明るくはない。ダツラが何故か授業してきたため多少の知識はあるものの、専門家と比較したら素人同然レベルである。

 

「そっか。じゃあキミにもこの暗号について教えてあげよう」

「暗号?」

「そう。数学を暗号にするとても面白いんだ。文章を数字で表し、それをさらに暗号化して秘匿するものなんだ。非常に秘匿性が高く、ものによってはスーパーコンピューターでも解くのに時間がかかるんだよ」

 

 そう言ってNはシロナに解説した時に使った紙を見せる。そこには『ガブリアス』をアルファベットに置き換え、置き換えられたアルファベットを数字に変えている。

 

「こんな感じでアルファベットに置き換えた数字を、鍵になる数字を用いて暗号化していくんだ。問題形式だと、この鍵になる数字がどんなものかあらかじめ定義されるだろうね。この暗号形式だと、大体鍵になる数字は素数だ」

「素数…1と自分だけでしか割り切れない数字のことだよな」

「そう。不規則に現れるとても興味深い数字だ。この素数という概念もなかなか面白いんだけど、今は一旦置いておこう。話を戻すけど、この暗号は三つの数字を鍵にして、最初の文章…今は『ガブリアス』という文字を割り出すんだ」

 

 紙に書かれたpやらqやらeという文字をベースとした数式が書かれた紙を眺めながらカイムは目を細める。計算一つ一つはまだなんとかできるレベルだが、それらはあくまで桁数が小さい数字だからであり、これが桁数の多い数字となった場合は考えたくもないことになる。

 

「この計算を解いている最中なの。計算機使えばなんとか解いていけるわよ」

「まあ…確かに計算機使えばなんとかいけそうだな」

「だろう?つまり、ここまでは《簡単なこと》なんだよ」

「ぶん殴るぞお前」

「パソコンにとっては、って意味だよ」

 

 確かに人が手で計算できるレベルなら、機械には簡単だろう。だがそれを『簡単』だとカイムは言いたくなかった。

 

「…つまり、この三つの数字をこの条件の通りにすると、別の数字の羅列になり、これをさらに規則性に従って解くと『ガブリアス』になるってことか」

「理解が早いね。その通りだよ」

「で?シロナは解けたのか?」

「もう少し…」

 

 電卓を叩きながら悪戦苦闘するシロナはどことなく楽しそうにしているが、カイムはこんな面倒な計算やってられねぇとげんなりしていた。確かに不可能ではないものの、どこかで計算ミスをしたら全て無駄になると考えたらとてもやってられない。

 それから数分、シロナは手を上げて導き出した数字を見せる。

 

「どう⁈N!」

「すごい、正解だよ」

「やった!やったわカイム!」

「これやったのかよ…意味わかんねえ。しかも計算ミスなしか」

「電卓使ってるし、さすがにね。それでN、これで終わりじゃないんでしょ?」

 

 Nが言うように、電卓を使えば手で計算できてしまう暗号など、脆弱と言わざるを得ない。

 そしてシロナの予想通り、Nは頷くとタブレットに次の数式を見せた。

 

「もちろんだよ。この暗号は三つの数値があれば解けてしまうけど、本来は二つしか与えられない。この先に与えられた数値nからさらに二つの数値…さっきで言うpとqを導き出すんだ。そしてこのpとqは素数という前提条件もある。この数値からpとqを導けるかな?」

 

 与えられた数値を見て、シロナは苦笑する。計算していくことは、確かにできるかもしれない。しかし導き出された数値が『素数』であるかどうかも考慮すると、気が遠くなりそうだった。

 

「これはボクが作った暗号だから、そこまで時間はかからない。でも桁数が増えた場合…コンピュータでも難しい。現状、人が思いついている方法で最も効率のいいやり方が思いついていないからしらみ潰しにやるしかない」

「人が思いついていない方法はコンピュータにも教えられないものね」

「そう。これが素因数分解の難しさだ」

「だが時間をかけりゃできるんだろ?」

「そうだね、暗号のレベル次第では途方もない時間になるけど、確かに解ける。だから、本当に機密レベルの高いものに関しては、数値が一つしか公開されない」

「……ん?」

 

 この暗号は三つの数字があれば人でも解ける。二つだとコンピュータならば(途方もない時間が必要ではあるが)ギリギリ可能。

 しかし、数値が一つしか与えられていないとなると、話は変わる。

 

「……それって」

「無理じゃん」

「そう、無理なんだよ」

「…………暗号としては多分正しいのでしょうけど、何かしらこの敗北感」

 

 満面の笑みで『無理』と言い切るNに苦笑する二人。

 ただ、本来暗号という役割を考えれば、この不可能と言える難易度にすることが正しいのだろう。

 

「このくらいの文章なら数桁レベルだが、実用されてるものはどのくらいなんだ?」

「ものによって様々だけど、ボクが知ってる限りだと1000桁以上のものはあるみたいだよ」

「…1000桁って言うと、構成される素数は……約500桁。途方もないわね」

「無量大数って何桁だ?」

「69桁だね」

「………もう考えるだけ無駄か」

 

 カイムは遠い目をしながら思考を止め、シロナもペンを置いた。

 だがNは変わらず楽しそうにしており、さらに話を続ける。

 

「この暗号は世界の重要な情報を守ったり、ネット通信にも使われたりしている暗号なんだ」

「素因数分解の難しさがそのままセキュリティの堅牢さに繋がっているってことよね」

「その通り。数学は、世界のいたるところで使われているんだ」

「他には?」

「みんながよく知っているのなら、黄金比とかどうだい?」

 

 ウキウキと続けて話をするNを目の前に、シロナとカイムは目を見合わせる。そしてここまで楽しそうにしているところに水を差すのも悪いか、とアイコンタクトで伝えたい、シロナは楽しそうに笑いながら、カイムはやや疲れたようにNの話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 Nの数学談義が終わり、夕食を済ませた後、カイムは風呂をいれに風呂場へと足を向けた。

 残されたシロナとNはポケモン達と触れ合いながら雑談を重ねる。

 

「キュレム?」

「そう。イッシュにかつていた伝説の龍…その抜け殻のポケモンさ。ゼクロムとレシラムはもとは一つの存在で、二つに別れた時に残された肉体…それがキュレムだ」

「そんなポケモンがいたのね…さすがに知らなかったわ」

「ボクも…詳しく知ってるわけではなかったよ。ゼクロムも詳細は知らないみたいだったし」

 

 小さく笑いながら語るNの脳裏に、少し前の養父の姿が過ぎる。養父に『道具』のように扱われる無機質で冷たい抜け殻の龍。あの時はこの一年で新たに出会ったキョウヘイとメイ、そしてゼクロムの気配を感じて飛んできたトウヤとトウコの協力もあり、ゲーチスを退け、ゼクロムも取り返すことができた。そのままキュレムは姿を消してしまったが、ゼクロムとレシラムのように記録もほとんど残っていない龍がいるとはシロナも知らなかった。

 

「ゼクロムとレシラムは、太極の螺旋…存在そのものが太極図を示す存在。キュレムは、太極を内包する『円』そのものみたいなものね」

「うん、その通りだと思う。矛盾と螺旋…ゼクロム、レシラム、キュレムはそれぞれ太極を示す存在。概念そのものを体現する存在…とても、興味深いよ」

「同時に、恐ろしくもあるけどね」

「当然だね。ボクら人間は彼らと比べて非力だから。それに、概念そのものを体現しているんだ。恐怖を感じない方がおかしいよ」

 

 そう言ってNは目を伏せる。その脳裏には、ゼクロムを吸収して不完全ながらもかつての力を取り戻したキュレムの姿が過った。

 

「ゼクロムは…一時的とはいえ、吸収されてたのよね。大丈夫なの?」

「吸収された時の記憶は、ゼクロムにあまり残っていないみたいでね。どうやら吸収されたあとの自我の主導権はキュレム側にあったらしい。ただ、分離した時に力の大部分は持って行かれてしまったみたいで、今は療養するためにダークストーンになってる」

「そう。無事ならよかったわ」

 

 リュウラセンの塔で出会ったゼクロム。物静かであまり生物らしさを感じられない立ち振る舞いだったが、シロナ達を気遣って自身の弾けるようなオーラを抑えたり、環境の変化を緩やかにさせて体調が崩れないようにしてくれたりと、どことなくカイムのような細やかな気遣いができる存在だったことをよく覚えている。そんな『友人』が無事であることをシロナは素直に喜んでいた。

 

「それで…ゲーチス、だっけ。その人はどうなったの?」

 

 Nの育て親、ゲーチス。Nを拾い、己の駒とするために育ててきた存在。その彼が結局どうなったのかとシロナは問いかけた。

 

「……わからない。彼の部下の話だと、精神破綻を起こしてしまったと言っていたが…どこまで事実かは…」

「精神破綻…!どうしてそんなことに…」

「…彼は、長年を費やした計画が全て無になったことが、とても耐えられなかったのだろう。もともと、うまくいかないと癇癪を起こす人だったらしいから」

(らしい?)

 

 育て親だというのに、まるで知らない他人の話をするような口調に、シロナは少し違和感を覚える。

 

「らしいって…ゲーチスは、あなたの育て親なのよね。知らなかったの?」

「うん。ゲーチスはボクの前では穏やかな人だったから。取り乱すところは、ほとんど見たことないんだよ」

「……あなたの前では、いい親だったのね」

「洗脳的思考を植え付ける以外はね。今でも思うよ。ボクは彼を説得する方法があったんじゃないかってね」

 

 幼い頃のゲーチスは、少なくともNの目の前ではいい親だった。当時は植え付けられている思考が悪いものではないと思っていたということもあるが、かつてのゲーチスをいまだに『悪』だと断じきることができない自分もいた。

 ゲーチスを止めたことに一切後悔はない。正しいことをしたと考えているが、彼を改心させることはできなかったのか、といまだに考えていた。

 無論今更考えたところでどうしようもない。わかってはいるのだが、考えてしまう。だがゲーチスに言われた()()()()()のせいで、日が経っていないのもあり、まだしばらくは考えてしまうだろう。

 

「考えても仕方ないんだけどね」

「仕方ないわよ。こういうのって、すぐにどうにかなるものじゃないものね」

「シロナもかい?」

「ええ。前にカイムが無茶した時にね」

 

 あの時の苦しみは今でも思い出せる。最愛の人が悪夢の底に行こうとしていて、自分は何もできない状況。何も助けになれないことがこれほどまで苦しいことなのかと…初めて芽生えた苦しみを、今も忘れることはできない。

 

「形は違うと思うけど、身近な人の状況で傷ついた心はすぐには癒えないわ。だから仕方ないことよ」

「…そうだね、そうなんだろうね。でも、今は大丈夫だって思えるよ」

「あら、そうなの。どんなことをがあったのかまでは詳しく聞かないけど、何か吹っ切れるきっかけでもあった?」

「うん」

 

 この時、Nの脳裏にはこの場にはいないイッシュ地方にいる友達だけでなく、今近くにいる友人達の姿があった。当然、その中には目の前にいるシロナの姿もある。

 

「簡単に言えば、みんなのおかげだよ」

「そう、ならよかった」

 

 Nの純粋な笑顔につられて、シロナも笑う。

 そこに、尻尾にブラッキーとうとうとしているタツベイを乗せたガブリアスが現れた。

 

「ガブリアス、ありがとう」

「じゃあ、少しだけ恩返しの時間だ」

 

 ガブリアスの尻尾からおりたブラッキーは、Nの言葉に反応するように小さく鳴き声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイム、お風呂ありがとう」

 

 庭のウッドデッキに腰掛け、ぼんやりと外を眺めているカイムにNは声をかける。カイムの側には丸くなったブラッキーとキリキザン。ブラッキーはすやすやと寝息をたてており、キリキザンは瞑想しているのか、背筋を伸ばして静かにしていた。

 

「おう。シロナは入ったか?」

「うん」

「ん」

 

 カイムの隣にNは腰を下ろす。普段はまとめられている髪も、今は下ろされており、やや雰囲気が異なる。

 

「色々世話になって悪いね」

「気にすんな。この程度、大したことじゃねえ」

「ふふ、そうか。ありがとう」

 

 Nは髪を軽くまとめて、丸くなっているブラッキーを優しく撫でる。撫でられたブラッキーは目を開けて、カイムの膝から降りてNとカイムに挟まれるように座った。

 

「相変わらずキミのブラッキーは人懐っこいね」

「いつまでも甘えん坊でな」

「かわいいじゃないか」

「そうだな」

 

 そこでNは側にいるキリキザンに目を向ける。Nが出会った時はいなかった手持ち。見たところ、まだまだ未熟ながらも鍛えられていることがわかる。そしてカイムの側で瞑想をしているあたり、カイムのことを主人として認めているのだろう。

 

「キミも随分強くなったんだね」

「お前のおかげでな」

「ボク『も』、と言うべきじゃない?」

「言うまでもねぇだろ。別にお前が全部どうにかしてくれた、なんて思っちゃいねえよ。だが、お前がきっかけを作ったのは間違いない」

 

 一番大きな要因はシロナだろう。だが、シロナだけでは()を超えることはできなかった。たくさんの仲間が支えてくれたからここにいる。

 とはいえ、きっかけを作ったのは間違いなくNだった。自分を信じられないなら、まずは周囲の言葉を信じるところから始めたらどうか、と。それがきっかけだった。

 

「大したことはしてないよ」

「はっ!お互い様ってか?」

「ふふ、その通りさ。シンオウに来てから、()()()()()()()()()()()()()()。だから、一つキミの力になるとしよう」

「は?」

「キミ、手持ちにタツベイがいるね?」

 

 Nの言葉に、カイムは目を細めて小さくため息を吐いてメタグロスの上で眠るタツベイに視線を向けた。

 

「…シロナから聞いたか?」

「うん。それと、()()()にね」

「……知っての通り、タツベイが俺に対してだけ噛み癖があってな。この理由がわかんなくてよ」

 

 シロナが言うように、やはりカイムは何も理解していない。そのうえ、割と本気で悩んでいる様子に、Nは苦笑せざるを得なかった。シロナの言うように、変なところで鈍感らしい。

 

「キミが家事をしてくれてる間に、少しタツベイと話したんだ」

「!」

「どうしてキミに噛み付くんだい?キミのことが嫌いなのかって」

「……あいつは、なんて?」

 

 カイムにしては珍しく弱気な声。恐らく、ポケモンに嫌われる経験がほとんどないため、少し不安なのだろう。野生ならともかく、手持ちとなると話は変わる。不安に思うのも仕方ない。

 だが、そんなカイムのことをわかっているのにも関わらず、Nは満面の笑みで楽しそうに言った。

 

「教えない」

「は?」

「タツベイの親はキミだろう?カレがどう考えているか…キミ自身が理解してあげなきゃ」

「てめぇ…その長え髪を三つ編みにしてやろうか?」

「それはやめてほしいなぁ」

 

 からからと笑うNに一瞬湧いてきた毒気も抜かれ、カイムは諦めたようにため息を吐く。実際、Nの言う通りであり、タツベイの親はカイム。タツベイのことはカイム自身で解決しなければならない問題だった。

 とはいえ、このままでは無駄に悩ませてしまう。そもそもこの話は、ここに来てからNは一度()()()()()()()()()()ことの恩返しのために持ち出した話題。何もしないのは、恩を返さないのと同じであるため、Nは続けて口を開いた。

 

「タツベイが言ったことを伝えるのはできないけど、アドバイスくらいはするよ」

「…なんだよ、そのアドバイスって」

「キミはそのままでいい」

 

 Nの言葉に、カイムは目を見開く。

 

「そのままでいいって…」

「言葉通りだよ。キミは、今まで通りタツベイに接してあげればいいんだ。キミがみんなと同じようにタツベイを大切に思うその心を…まっすぐカレに向けてあげればいい。その心は、ちゃんとカレに伝わってる」

 

 Nがタツベイと話してわかったのは、タツベイもカイムのことが大事だということ。ただ、いじっぱりな性格が素直にその心を表に出させられないだけで、ちゃんと認めてくれているということだった。

 大切であるが故に、素直になれない。そんな子供らしい心のあり方をしているだけにすぎなかった。

 

「まだ生まれたばかりの心は、未熟でうまく行動という形にできない。だから、どう接すればいいのかわからず、理にかなわない動きをするものだ。でも、キミの心はちゃんと届いてるよ」

「………そうか」

「うん。だから、キミはキミのままでいい」

「……嫌われてるってわけじゃ、ないんだな」

「断言するよ。それはない」

 

 力強い否定。

 ポケモンと話すことのできるNの言葉には、それ以上の説得力がある気がした。

 

(ちぐはぐな行動も、結局…素直になれないだけ。そしてカイムは、マシにはなったもののまだ自己評価が低い。だから『嫌われている』って考えがどこかこびりついて、今みたいな形に落ち着いてしまったんだろうね。まったく…ボクもだけど、カイムも大概不器用だね)

 

 己の自己評価が低いが故に、噛みつかれるという態度を取られて『恥ずかしがっている』という思考にはならないらしい。なにより、カイムはタツベイの性格が『いじっぱり』だと思っていない。本人は『きまぐれ』か『すなお』だと思っているらしく、よくわからないところで鈍くなるのはシロナの言う通りだった。

 

「…じゃあなんであいつはあんな噛み付くんだ?」

「それはキミが理解することで、ボクが言うことじゃないよ」

「違いねえ。しかし、お前の言葉はなんか説得力あるよな。ポケモンと話せること込みでも、なんかこう…すっと入ってくる」

「そうなのかい?」

「ああ。そういうとこは、少しシロナに似てるかもな」

 

 シロナも教えるのがうまいだけあり、他者に響くことをよく言う。それは諦めていたカイムを再び立たせるだけでなく、どんなに苦しくても足がかりになってくれるような言葉としてカイムの道標になってくれていた。

 Nの言葉もそれに近いものがある。シロナのような道標とは少し違うが、言うなれば自身を振り返り、そしてそこからどう進んでいくかを考え直させる機会を与えてくれるような言葉だった。そしてまた、カイムはNの言葉で後ろ向きになりがちだった思考を止める機会を与えてくれた。

 

「シロナとは違う方向性だが、響く言葉だ」

「ふふ、そうか。友達の助けになれるのは、やっぱり嬉しいね」

「そうかい。まあわからんでもないが」

 

 ぶっきらぼうな態度とは裏腹に、お人好しのお節介。そんなカイムが友の助けになることが嬉しい、と言うのは非常によくわかる話だった。

 

「お前は、シロナとは違う方向性だが、俺の悩みを解消するのが得意みてぇだな」

「確かにそうかもね。でも、それはキミもじゃないか」

「はぁ?俺、お前の悩みとか……ああ、聞いたか。つっても、あれに関しちゃお前もう決めてたろ」

「そうだけど、迷いはあった。その迷いがなくなったのはキミのおかげだよ」

「そうかい。ま、手助けくらいにはなったか」

 

 ブラッキーの頭を優しく撫でながらカイムは呟く。

 気持ちよさそうに喉を鳴らすブラッキーを見て、Nは嬉しそうに顔を綻ばせた。そしてそんなNの表情を見て、カイムは首を傾げる。

 

「なんだよ」

「いや、キミ達は本当に心が通じ合っているんだなって。お互いがお互いのことを大切に思える…ブラッキー以外のポケモン達もそうだった。タツベイも含めてね」

「昔からポケモンには好かれやすくてな」

「いいことだよ。そこはボクと同じかな」

「かもな」

 

 喉を鳴らして甘えるブラッキーの顎を優しく撫でながらカイムは肩をすくめた。

 そこでふと、Nはタツベイと話した時に一緒にいたブラッキーのことを思い出す。あの時、タツベイと話しながらも、ブラッキーからの話も聞いた。その時のことをカイムに言ってみようと口を開く。

 

「ねえカイム」

「ん?」

「シロナにはいつプロポーズするんだい」

「っ⁈」

 

 ぎょっとしたように目を見張るカイム。

 そんなカイムを見て、いつもと変わらない柔らかな表情でNは続けた。

 

「まだ結婚してないんだろう?いつするのかなって」

「……付き合ってることは言ってねぇが、まあ同棲してることから察したってのは予想がつく。だがそこまで踏み込まれるとは思いもしなかったよ」

 

 Nには二人の関係は言っていないものの、同じ家にいる以上恋人同士であることは察されるだろうと思っていた。しかし、こちらが明言しなければ、わざわざ突っ込むようなことはしないだろうと考えていたものの、予想を外してNは踏み込んできた。

 今はNとカイムの二人だけである以上、そこまで気を使う必要はない。しかし、前の印象からNがこの手の話をしてくることに内心でカイムは驚いた。

 

 そんなカイムの心境を他所に、Nは爽やかな笑顔を浮かべながら言う。

 

「ああ、ブラッキーが言ってたんだよ。ラブラブでとっても仲良しでもうそこいらの夫婦よりも夫婦してるのにまだ結婚してないって」

「ブラッキーちゃん?」

 

 ブラッキーは目を逸らした。

 

「ブラッキーちゃん、ご主人のこと勝手にペラペラ喋るのやめてね?同じこと前に言ったよね?」

 

 小言をぶつけながらブラッキーの頬をむにむにと伸ばすが、当のブラッキーは気持ちよさそうに『むー』と喉を鳴らしている。それどころか、もっとやってと言わんばかりに頬を擦り付けてくる。

 

 ブラッキーに効果はないようだ。

 

「いらんことまで喋んなよな…」

「ふふ、いいじゃないか。ポケモン達から見ても、キミ達はとても仲良しなんだってわかったんだし」

「それは……そうだけどよ…」

 

 ブラッキーの頬をむにむにしながらカイムは少しずつ尻すぼみな声を出す。悩みがあろうともこんな態度になるカイムは見たことがなかったため、今度はNが内心で驚いていた。

 

「何か気がかりでも?」

「……気がかりっていうか…その………どう、言えばいいのか……」

「ああ、そういうこと」

「お互い、人生の中で大きなイベントだ。だから……いいものにしてぇんだよ…」

 

 むすっとしながらブラッキーの頬をむにむにいじるカイムに、Nは苦笑する。

 カイムの言わんとしていることはわかる。人生において相当大きなイベントになることはまず間違いない。しかし、ここまで弱気になるのもどうかと思う。

 

「ボクは経験ないし的確なアドバイスはできないけど…キミがシロナのことを考えて考えて…その先にあるものなら、きっといいものになるんじゃないかな」

「…………ま、そうだよな。最後に決めるのは俺だ」

「そうさ。例え答えを持っていたとしても、ここでボクが言えることはなかったと思うよ。友達として、ボクはキミがやるべきことだと思ってる」

「だな」

 

 小さく息を吐いてカイムは空を見上げた。月は半分ほど満たされており、星も僅かに見える。

 

()()()が来たら、教えてね」

「へーへー。ったく…どいつもこいつも似たようなことばっか言いやがって」

「それはそうさ。キミは友達だからね」

「まあ、わからんでもない。ダチのそういうのは、知りたいもんだろう」

 

 カイムは躊躇なくNを『友達』だと言う。その言葉を聞いて、Nは目を閉じた。

 

「友達か」

「あ?なんだよ」

「キミは友達(そう)いってくれるんだね」

「別に俺だけじゃねぇだろ。あの…そう、トウヤ。あいつらもそう言うだろ」

「もちろん。みんなボクの友達だ」

「じゃあなんだよ」

 

 別段カイムだけがNを友人としているわけではない。しかしNが友人として言ってくれることをやたら気にしている。どうしたのだろうと問いかけるが、Nはなんでもないと言うように首を振った。

 

「なんでもないよ。キミにもそう言ってもらえて嬉しいんだよ」

「はあ?」

「ボクに家族と呼べるものはいない。だから友達の存在が、ボクには大きいってだけさ」

 

 Nにとって、家族と呼べるような存在がいない。かつては育て親ゲーチスは、今や親として呼ぶことはできない。故に、最も近しい人の存在は友人となっていた。

 詳しい事情を知らないカイムは首を傾げる。そんなカイムの姿を見て、Nの脳裏にゲーチスの言葉が蘇った。

 

 

 

『ポケモンと話せる化け物が!人間の言葉を語るな!』

 

 

 

 この言葉はNの心に深く突き刺さっていた。自分が人ではないため、人ともポケモンとも繋がりを持てないのではないかという思いがあった。だから自分がトウヤやカイムのような人と本当に友人でいられているのか。そんな迷いがあったのだ。

 

 しかし、トウヤもカイムも、そんなNの迷いなど知るかと言わんばかりに、Nのことを『友』だと言い切った。それだけでNは十分だった。

 

(ボクは、ゲーチスの言うように人ではなく化け物なのかもしれない。でも、そんなボクを友達だと言ってくれる人とポケモンがいる)

 

 孤独ではない。たとえ人でなかったとしても、自分と共に生きてくれる友がいる。それだけで大丈夫だと思えた。

 

「よくわかんねえよ」

「ボクはキミ達がいるから一人じゃないって実感できるんだよ」

「…?」

「ふふ、わからなくていいよ。これはボクがわかっていればいいことだ」

「…そうかい。まあお前が納得してんならそれでいい」

 

 詳しい事情を知らない以上、カイムがNの真意を理解することはできない。だが、友人の助けになれていることは間違いないだろうと考え、それ以上深く考えることをやめた。

 

「カイム」

「ん?」

「ありがとう」

「このやり取り、昼間にしたよな」

「いいんだよ。ボクに必要なことだから」

「はっ、そうかよ」

 

 呆れたように鼻で笑いつつ、カイムはNの肩を小突く。そんなカイムを見てNは笑い、Nもカイムの肩を小突き返した。

 

「で、いつ結婚するんだい?」

「その話続けんのかよ…!」

 

 満面の笑みを浮かべるNに対して、カイムは頭を抱えた。

 

 

 

 

 楽しそうにいじるNに、げんなりと頭を抱えるカイムはまるで旧知の友のようであり、少し前まで迷いを抱えていたようには見えなかった。そんな二人のやり取りを楽しそうに見るブラッキーは尻尾を揺らし、空に浮かぶ月を見上げる。

 わいわいと騒ぎ始める二人の心は、夜空のように晴れ渡っていた。

 

 

 




Cパート

「カイム。貴方、正式にギルドメンバーにならない?」
「……は?」

 ギルドの世話になるようになってから、一月。カイムはシロナから唐突にそう言われた。

 冒険者ギルドシンオウ支部には、8つのチームで構成されている。それぞれチームにはリーダーがおり、ヒョウタ、ナタネ、スモモ、マキシ、メリッサ、トウガン、スズナ、デンジがリーダーを勤めている。そして、その上に上層部という形で、四天王とチャンピオンのシロナがおり、ギルドマスターはナナカマドが勤めていた。
 記憶喪失の青年…カイムは、ギルドで世話になりながらも、それぞれのチームの世話になりつつ、サポーターとして動いていた。身寄りもなく、自分が何者なのかもわからない。そんな状態ではギルド以外世話になれる場所もなく、本人の希望もあってサポーターとして動いていたが…このサポーターが想定以上にいい仕事をしていた。
 探索先ダンジョンまでのルート確保、任務の分別と適正チームへの割り当て、お尋ね者の事前情報通知、任務用アイテムの手入れ・配布などなど…任務に出向かないギルド職員の動きとしてはあまりにも有能すぎた。しかも、本人のバトルの腕もリーダー達と同等か、若干劣るレベル。そして何より、ダンジョン内部での適応力とサバイバル能力の高さは、常に人手不足の現場メンバーからすれば、現場に常にいてほしいレベルだった。

「と、いうことで…貴方を正式にメンバーに加えようと打診してるの。どこも人手不足だし、貴方みたいな人を現場に出さない理由はないからね」
「それは…まぁ、そうかもしれんが……俺みたいな素性のしれない奴を命懸けの場所に連れて行っていいのかよ」
「確かに素性はわからないけど、貴方みたいな人材を遊ばせておく余裕もないのよ。仮に何かあったとしても、どこかのチームと一緒に行動してたら、下手なこともできないでしょ」
「俺が記憶をなくしているフリをしているだけだったら?」
「本当にそうなら、そんなこと聞かないでしょ」
「………」
「それに、ダンジョン調査や任務でいろんな場所を巡れば、貴方が自分に関するものが見つかるかもしれないでしょ?」
「!」

 シロナの言葉に、カイムは目を見開く。その考えはなかったとでも言うように、頭をがしがしとかいた。正直、能力を評価してくれるのは嬉しいが、それ以上に過去の手がかりが見つかるかも、という言葉はあまりにも魅力的な言葉だった。
 暫しの沈黙の後、カイムはシロナに目を向ける。

「…わかった。今の俺にとっちゃ、正直他に頼れる場所もないからありがたい」
「決まりね!マスターから許可はもらってるから、あとは手続きだけよ」
「仕事が早えことで。で?俺に何をさせたいんだ?」

 一応カイムはサポーターとして全てのチームと一度は任務に出たことがある。そのためどのチームに配属されたとしても問題なく対応できるだろうと考えた。
 だがシロナはその言葉を聞くと、表情を引き締める。そんなシロナの表情を見て、カイムは少しだけ目を見開いた。

「……この世界の理である『時』。『時』を支え、定められた理の通り世界を運営するものが、盗まれたの」
「…どういうことだ?」
「私たちの住む世界は、『時間』と『空間』が互いを支える形で成り立っている。でも、『時間』を司る物体があるべき場所から盗まれたの」
「盗まれた場合、どんな不都合が起こるんだ」
「その土地の時間が完全に停止する。風も吹かず、雨も降らず、光も感じられない土地になるわ」

 シロナは一枚の写真を見せる。そこには、時が止まったことで色を失った土地が写されていた。

(これは…)

 突如、カイムの頭に衝撃が走る。針が刺されたような痛みに思わず顔を顰め、そんなカイムをシロナは心配そうに覗き込んできた。

「どうしたの?大丈夫?」
「…大丈夫だ。続けてくれ」

 顔を顰めるカイムをやや心配しつつ、シロナは話を続ける。

「この時が止まった土地が何かあるってわけじゃない。でも、この時が止まった空間は少しずつ広がるの。まだまだ広がるペースは遅いけど…このままのペースで盗まれていくと、世界全域の時が停止するわ」
「……その時の停止を防ぐために、シロナが動いていると」
「ええ。他の地方のギルドのトップも含めて、世界的に行っているの」

 カントー本部のレッドとグリーンとワタル、ホウエン支部の()()トップのミクリ、イッシュ支部のアイリスとアデク、カロス支部のカルネ、アローラ支部のヨウとミヅキ、ガラル支部のダンデ、パルデア支部のオモダカとネモが調査を行っている。

「トップ総動員とは穏やかじゃねぇな。んで?その時を支えるものが、盗まれていると」
「ええ。そして、時を支える物が…『時の歯車』と呼ばれるもの。本来はどこに安置されているか一般人にはわからないものなんだけど…犯人はどうやってか、時の歯車を探し出し、盗み出したの」
「…ただのお尋ね者にできる所業じゃねえな」
「ええ、相当な手練れよ。周囲にほとんど痕跡を残さないことからも、ギルドのトップレベルの実力はあるとみていいわ」

 その言葉を聞いて、カイムは顎に手を当てて思考の海に潜る。
 自分の存在が求められた理由。そこから鑑みて、今自分がすべきことは何か、最終目標から逆算していき、目を開いた。

「時の歯車を盗んだ奴の手がかりは何もないのか?」
「いいえ。少ないけど、いくつか」

 シロナは手元にあった資料をカイムに手渡す。
 資料には、時の歯車が盗まれた場所と時が止まった時刻、そしてその周囲にいた怪しい人物がピックアップされていた。

「この中に、盗んだ人がいると思うの。盗まれた場所と時刻から…犯行は多分、複数人だと()()()()考えているわ」
「……その言い方だと、お前の考えは違うのか」
「ええ。私は、単独犯だと考えているわ」
「根拠は?」
「痕跡が少なすぎるからよ」

 どんなにうまくやろうとも、人は存在する限り必ず痕跡を残す。複数となれば、それだけ痕跡は増えるだろうが、今のところほとんど見つかっていない。これだけ痕跡が少ないということは、単独である可能性が高いとシロナは考えていた。

「ここまで少ないのなら、単独…多くても二人までだと思うの」
「……もう少し調べられそうだな」
「やっぱり?」
「いや、まだ深掘りできそうなとこもあるなって。ただ、調べられたとしても、その先を推理する頭は俺にはねぇ。そこから先は…」
「ええ、そこからは私たちの仕事。でも、私たちだけじゃ()()には辿り着けない。そのために貴方を頼るの」

 調査能力だけでいえば、カイムはシンオウ地方で最高峰。その調査能力を活かすためにも、シロナはカイムを正式にギルドメンバーに加えたかった。正式メンバーでない者だと、閲覧権限や使用可能な道具の範囲がかなり狭まる。今回の一件を解決するには、必ずカイムの調査能力が必要だと考えた結果であった。

 尤も、他の理由もあるのだが、それを口にすることはない。

「貴方の力が必要なの。どう?」
「…わかった。世話になってるし、協力させてもらおう」
「ありがとう!じゃあ早速申請しましょ」

 楽しそうにしながらシロナは申請書を持ってくる。
 やれやれとやや呆れつつ、カイムは書類を受け取って書き始めた。しかし、頭の中は別のことを考えていた。

(…あの時が止まった世界。俺は……見たことがある気がする。それに、あの時が止まった土地は、ホウエン地方のカナズミシティ付近。そこに先遣隊として派遣された…ダイゴ。こいつを、俺は……知ってる、のか?)

 確証は何もない。ただ、そんな気がするだけという根拠も何もない感覚。しかし、時が止まった世界とダイゴの名前を見た時、ちぎれて沈んだはずの記憶の鎖のカケラがほんの少しだけ浮き上がってくるような感覚がした。

(…ダイゴとやらに会えば、わかるのか?)

 僅かに燻る不安を掻き消すように、カイムは書類にペンを走らせるのだった。






Q.シロナさん、カイムのメッセージアプリアイコンはどんなの?
A.シロナさんは槍の柱とガブリアス、ヘッダーに無人のポケモンリーグスタジアム。カイムはアルトマーレの海、ヘッダーにポケモン達の寝顔。

Q.いつも二人で寝ているようですが、夏でもくっついて寝てるんですか?
A.どんなに暑くても無意識のうちに抱き合って寝てます。

Q.なんで結婚してないんですか?
A.いや…作者()に聞かれても…

Q.シロナやカイムがNとバトルしたらどちらが勝ちますか?
A.シロナ相手なら五分、カイム相手なら九割五分Nです。ゼクロム使われたらシロナでも勝てない。

Q.カイムのキャラクターとしてのモデルはいますか?
A.一応います。こういう不器用で優しい人は昔から好きです。凡人、無表情は『東京喰種の平子丈』さんモデルです。なんの特徴もないのに何故か強いタイプって良くないですか?

Q.カイムの手持ちで一番シロナさんに懐いているのは誰ですか?また、逆の場合は誰ですか?
A.ブラッキーです。他の手持ちも懐いていますが、どちらかというと尊敬の念話が強いです。シロナの手持ちで一番カイムに懐いているのは多分ミカルゲ。要石磨きがめっちゃ上手いから。次点でミロカロス。ガブリアスは無理しようとするカイムをしばいてるから保護者ポジ。
 




シロナ
ナナカマド博士のもとで修行していた際、数学についても多少学ぶ。でもめっちゃ詳しいわけじゃない。

カイム
ダツラに(半ば強制的に)教えられたから多少数学はわかる。Nとの関係は、ダイゴとは少し違う持ちつ持たれつの友人関係。

N
数学オタク。彼ならRSA暗号も桁数次第では解けそう。ポケモンの言葉がわかるため、タツベイの本音を理解し、(全て伝えたわけではないが)カイムに『大丈夫』だと伝えた。タツベイをいじっぱりにしようと考えた時から、Nを出すことを決めていた。
BW2最後にゲーチスから結構エグいこと言われてる。


次回は残りのシリーズの予告に近い感じの話です。
遅くなってしまい申し訳ない。終わりが近づいてきて執筆意欲は高いのですが、絶望的に時間がない。


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また次回お会いしましょう。

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