ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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本編50話目


相変わらず遅くて申し訳ない。


待ってくれてた方が多くて嬉しいです。
UA100万突破しました。数年書いてますが、こんなに見てもらって嬉しい限りです。この場を借りて、皆様に心から感謝を申し上げます。ありがとうございます。

本編50話。
4万字です。
次回から最後のイベント関連の話になるので、長かった第4部はここまでです。想定していたより進まなかった二人の関係。


50話 マサゴタウン

 シロナの仕事部屋に、沈黙が流れる。

 シロナはPCのモニターに真剣な表情で向き合い、そんなシロナを前にカイムはいつも以上に険しい顔で腕を組んで押し黙っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 暫し沈黙の時間が続く。そしてシロナはタブレットを置くと、カイムに向き直った。

 

「カイム」

「……ああ」

 

 いつも以上に硬い表情で答える。

 そんなカイムに対して、シロナは表情を柔らかくして口を開いた。

 

「OKよ。もう直すところはないわ」

「…っづぁあ…終わったぁしんど…」

 

 シロナの言葉に、カイムは大きく息を吐いてオフィスチェアに倒れ込む。そんなカイムの肩をバシャーモとキリキザンが叩いた。

 とはいえ、カイムのこの反応も無理はない。この数ヶ月、執筆とジムリーダー業を並行して進めてきた。どちらも慣れているものではない故に、とても簡単にこなせるものではなかった。そんな中で二人の指導者から情け容赦など一切ない厳しい指導を受け続けたのだ。ようやく終わったことに安堵するのも無理はない。

 

「ふふ、お疲れ様。頑張ったわね」

「一応二本目とはいえ…まだまだ慣れねぇな。プラターヌ博士にも死ぬほど直されたし…」

「プラターヌ博士が添削してくれたから、私が直すところは思ったより少なかったわね。でも考古学の部分は専門の私がメインで直さないといけないから、分担して添削っていう珍しいやり方だったけどなかなか面白かったわ」

 

 今回、プラターヌ博士が執筆に協力してくれたが、プラターヌ博士の専門はあくまで『ポケモンの進化』であり、考古学ではない。故に、専門としている者でしかわからないことも多くある。元よりシロナが指導者兼共同研究者として進めてきたが、シロナだけでなくプラターヌ博士もカイムの論文指導を行うことで、時間はやや多くかかったものの、非常に完成度の高い論文になった。

 

 尤も、その過程でカイムが二人の指導者から理詰めでボコボコにされたのは言うまでもないのだが。

 

「多少経験積んだとはいえ…プラターヌ博士はもちろん、シロナからもまだまだ学ぶことばかりだ」

「当たり前よ。私の先生はナナカマド博士なんだから」

「やっぱ厳しいのか?」

「もちろん。ただ、理不尽な詰め方はしてこなかったわ。理詰めでボコボコにされたけど」

「弟子揃って師匠と同じ詰め方かよ…」

 

 二人が指導してくる際の言葉遣いは決して厳しくはなかった。厳しくはなかったが、理論立てて指導されるのは非常にためになると同時に、それに気づかなかった己の未熟さも浮き彫りになる。指導してくれた二人には心から感謝しているが、それはそれとして(主にメンタルの)疲労の度合いが高くなったのは言うまでもない。

 

「でもおかげさんで、完成度は高い論文になったと思う」

「ええ、それは間違いないわ。この論文は、廃れていた『レジポケモン研究分野』を大きく進歩させるものになるわよ」

「だといいな」

 

 レジポケモンの研究が進んでいない以上、レジスチルから得られた情報だけでも大いに研究を進歩させられる。しかし、公表できない情報もいくつかあるため、一部の情報は公表せず、隠したまま論文を執筆した。カイムはもちろん、シロナ、プラターヌ博士もそれを把握した上で書き切っているため、その情報がなくとも論文のストーリー構成は問題ない。

 ただ、それでも大筋を作ったのは、学者としてはまだ未熟な部分も多くあるカイム。心配がないといえば、嘘になるだろう。

 

「大丈夫よ。一部隠したとはいえ、論文の構成に問題はないわ。ちゃんと筋道を立てて書けているから、問題ないわよ」

「そうか」

 

 とはいえ、ここまで来た以上心配する意味はない。自分一人ならともかく、すでに自分よりもはるかに経験と実績を積んだ二人からの指導が入ったのだ。自分程度が心配する意味はないと結論付け、思考を切り替える。

 

「じゃあこの論文は出版社に出しましょう」

「ああ。俺から出せばいいんだよな」

「そうね、今回は貴方から提出しましょ。前回は初めてだったけど、もう一度出したことあるから」

「わかった」

「一応最終チェックはしておきなさいね」

「ああ」

 

 手にタブレット端末を持って、カイムはシロナの仕事部屋から出て行った。その後ろ姿を見送り、シロナはオフィスチェアの背もたれにもたれかかる。

 正直、シロナの想定ではあと一月弱必要だと思っていた。情報の貴重さと重さを考えれば、論文にまとめあげるのはかなりの労力が必要とらなるからだ。いくらか経験を積んだとはいえ、まだカイムの学者としての能力は発展途上。もう少し時間が必要だと思っていたが、想定よりも効率よく時間を使って進めていたらしい。

 

 なお、それによりバシャーモとガブリアスにしばかれる回数が増えたのはいうまでもないが。

 

「思ったより成長してるわね」

 

 シロナがここまで付きっきりで指導した者はカイムしかいない。気まぐれ、とまでは言わないが、思いつきで指導を提案した青年がここまで成長するとは思いもしなかった。加えて、今後の人生を共に歩みたいと思える人になるとは本当に思わなかった。

 

「人生わからないものね」

 

 そう呟きながらシロナはPCのモニターに目を移す。モニターに映されたカイムの論文を眺める。

 完成度としては申し分ない。廃れているレジポケモン研究分野の中では、まず間違いなくトップクラスに重要な論文になると、あまりレジポケモンの分野に明るくないシロナでもわかった。

 

 しかし同時に懸念もあった。

 この論文が発表されることによる副作用のようなもの。それがいくつか考えられる。

 まず最初は、レジポケモンへの過度な注目。これは廃れていた研究分野であるが故の反動のようなものだろう。一気に様々なことが明らかになり、レジポケモンへの注目が集まることは間違いない。それと同時に、レジポケモンを悪用しようとする輩が現れないとも限らない。

 次に懸念されるのが、カイムとシロナの関係が邪推されること。実際付き合っているため邪推されたことが事実なのだが、マスコミの中には迷惑を考えない者もいる。過去にシロナ自身も迷惑を被ったことがあるため、その被害がカイムに向かう可能性があった。

 そして最後…シロナにとって最も懸念されるのが、カイムの引き抜きだった。今でこそシロナと共に研究しているが、今回の論文でカイムの能力を買われて引き抜こうとする者も出てくるかもしれない。

 

 シロナとしては引き抜きを一番心配していた。カイム自身が学者として成長するのは非常に喜ばしいが、カイムがシロナの助手として動かなくなるわけではない。助手としての能力が非常にシロナと相性がいいカイムを手放したくないという思いがあった。また、助手としての能力云々を抜きにしても、引き抜かれた場合はカイムと共に過ごせる時間が減ってしまう。それは避けたかった。

 

(引き抜き…あるのかしら)

 

 今回の論文は非常に良い出来であるとシロナも思っている。しかしそれはそれとして、カイム自身は現状まだ実績もほとんどない。そんな若者をわざわざ引き抜こうとする物好きがいることはあまり考えられない。

 

「ま、私がその物好きか」

 

 ポケモンのことをとても大切にしているが、自分には何もない。そんな青年を助手にした自分も大概物好きだな、とシロナは苦笑する。

 

 そこでふとモニターにメールの通知が現れる。表示された差出人を見て、シロナは目を丸くしながらメールを開いた。

 

「ナナカマド博士…?」

 

 メールの差出人は、シロナの学者としての師匠であるナナカマド博士だった。時折連絡を取るものの、頻繁にやり取りはしていない。どうしたのだろうと思いながらメールを開くと、記されていた内容に驚きながらも顔をほころばせた。

 

「耳が早いわね」

 

 そうつぶやいたシロナは部屋を出て、ポケモン達のもとへ向かう。カイムが論文の提出を済ませたらメールのことを伝えようと考えながら、寄り添ってうとうとしているムクホークとトゲキッスを撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー終わったぁ」

 

 論文の提出を済ませ一息ついたカイムは伸びをして、頭にへばりつくブラッキーを引っ剥がす。ブラッキーを小脇に抱えながら部屋から出ると、シロナが二匹のトリトドンと手遊びをしているところだった。

 

「あ、カイム。論文出せた?」

「ああ」

「そう。とりあえずひと段落ね、お疲れ様」

「ありがとう」

 

 一言礼を言いつつ、小脇に抱えていたブラッキーをシロナの隣におく。ブラッキーは『むー』と喉を鳴らしながら、シロナと遊んでいたトリトドンとじゃれあい始めた。

 カイムは庭に視線を移す。庭ではバシャーモとルカリオが組み手をしており、そんな二匹を楽しそうに見るタツベイがいた。タツベイは側にいるガブリアスの頭に乗りながら組み手を眺めており、その姿はまるで親子そのもの。自分よりもガブリアスに懐いているように見える姿に苦笑していると、シロナが隣に立った。

 

「タツベイ、バトル見るの好きみたいね」

「みたいだな。本人が望むなら、そのうちバトルの練習始めるのもいいかもしれん」

「いいかもね。ドラゴンタイプの指導、初めてでしょ?うまくできる?」

「わかんなきゃお前に聞くから問題ない」

「ふふ、そうよね。ガブリアスにも懐いてるし、うまくできると思うわ。どうやらガブリアスと少し近い性格してるみたいだし」

 

 ガブリアスは陽気な性格、タツベイはいじっぱりな性格。少し異なるが、比較的近い性格をしているため、きっと近いやり方で育成できるだろうとシロナは考えた。

 ドラゴンタイプは比較的育成が難しいという通説があるし、実際その通りである。カイリュー、ボーマンダ、メタグロス、バンギラス、ガブリアスなどの強力なポケモンは特に難しいし、そもそも個体数が少ない。そのためトレーナーの中でも手持ちに加えているトレーナーは少なく、一部腕に自信のあるトレーナーだけだった。故に育成事例が少なく、うまく育成できないという話もよく聞くものであった。

 

「まだ生まれたてだし、しばらくはできないけどね」

「さすがにな。しばらくは遊ばせておくさ」

「まずはちゃんと自分で動けるようになってからね」

 

 まだ生まれたばかりで足がおぼつかないこともあるため、まずは最低限体ができてからだろう。本人の意思がどうであれ、しばらくは成長を見守るしかない。

 

 しばしポケモン達のことをぼんやりと眺めていたが、ふと思い出したようにシロナが口を開いた。

 

「あ、そうだカイム。次の休み空いてる?」

「ああ、空いてる。なんかあんのか?」

「次の休み、マサゴタウンに行かない?」

「マサゴタウン?なんでだ」

「ナナカマド博士があなたに会いたいんだって」

 

 シロナの言葉にカイムは目を見開いた。

 

「ナナカマド博士が?なんで?」

「1番の目的はメガシンカのデータ取りよ。でもプラターヌ博士からあなたの論文完成を聞いたみたいでね。あなたと話してみたいんだって」

「ああ、なるほど」

 

 プラターヌ博士はシロナの兄弟子。その兄弟子の師匠はナナカマド博士である以上、カイムの論文の報告があったとしてもおかしくない。

 

「わかった。俺も少し話したかった」

「何か聞きたいことあったの?」

「ポケモンの進化について少し気になることがあってよ。メガシンカじゃない純粋な進化についてな」

「どんなこと?」

「道具を使って進化するポケモンのこと」

 

 ポケモンの中には特定の道具を使うことで進化するポケモンがいる。例えば、シロナの手持ちにいるトゲキッスは『光の石』を使うことで進化できるポケモンである。カイムはそういった道具を使うことで進化するポケモンについて興味があるらしい。

 

「どんなことに興味があるの?」

「道具を使うポケモンの中でも、自然にあるもの以外に人工物を使うことで進化するポケモンについてな。例えば…ブーバーン。あいつはブーバーに『マグマブースター』を使うことで進化する。マグマブースターは本来、高出力ブースターを開発する過程でできた試作品。それを使って進化するポケモンがいるんだ。どういった仕組みなのか気になるだろう」

「確かにそうね。『王者の印』とかならまだわかるけど、ああいう近代的な道具で進化するのは不思議なものよね」

 

 ポケモンの進化はいまだに謎が多い。最終進化だと思われていたポケモンが特定の条件を満たすことで進化することもある。そういったポケモンに少し興味があるため、是非話を聞きたいと前々から考えていた。

 

「道具がポケモンの遺伝子にどう作用するのか…確か、博士が研究してたから可能な範囲で知りたいと思ってな」

「いいことね。きっとナナカマド博士なら答えてくれるわ。その分野については、私もそこまで詳しくないから」

「シロナは?メガシンカ以外の用事はないのか?」

「あるわよ」

 

 少しだけ目を細め、今もなおじゃれあうトリトドンとブラッキーを優しい瞳で見つめる。その瞳に宿る光は優しいが、その奥にほんのわずかだが『怒り』のような感情があることをカイムは見逃さなかった。

 

「…なんの用事だ?」

「あなたも知ってること。ダークポケモンについてよ」

「ダークポケモン?なんでだ?」

「前に博士と話した時、次会った時聞かせてほしいって。博士も少し、心当たりがある情報があるんだって」

「でも…ダークポケモンは…」

 

 ダークポケモンは、レオがスナッチしたハッサムが最後。シャドーが作り出したダークポケモンはもういないはずだとカイムは考えた。

 そんなカイムの考えを肯定するようにシロナは頷く。

 

「そうよ。ダークポケモンはもういないわ」

「じゃあ、どうして…」

「ミレイちゃんから連絡があったの。ウバメの森にいるセレビィと出会えなかったって。まあでも仕方ないわよね。セレビィも常にあそこにいるわけじゃないから」

 

 セレビィ自体が珍しいポケモンであると同時に、彼らは時間を跳躍する。その影響で、目にすらこと自体がかなりのレアケース。レオ達が会えなかったとしても、仕方ないことだろう。

 

「それで他にセレビィに関する伝承がある場所を教えて欲しいって言われたのよ。私があと把握してるのはトワさんのところだけだし、一応他に候補がないか博士に聞いてみようと思ったの」

「そういうことか」

「望み薄ではあるけどね」

 

 いくらナナカマド博士といえど、セレビィが現れる場所に心当たりがあるかどうかはわからない。シロナも他に心当たりはなかった。博士であったとしても、望み薄だろう。

 

「リライブは…セレビィの力で記憶を呼び戻すんだよな」

「ええ。消された記憶を巻き戻すようなイメージらしいわ」

「心は記憶に強く結びついている。心を取り戻す最後の鍵は、記憶ってことか。なら、もしかしたら記憶を司るユクシーでもリライブできるかもしれんな」

「あり得るわね。それについても、少し博士と話してみましょ」

 

 それだけ言ってシロナはカイムの腕に自身の腕を絡め、寄り添うように指を絡めた。

 

「どうした」

「んー?だめ?」

「いや」

 

 シロナに応えるようにカイムも手を握り返す。身長差がないため肩同士が触れ合い、体温を感じ、どこか安心するように感じる。そのままシロナは目を閉じ、カイムの腕を抱くように引き寄せた。そのまま遊ぶようにカイムの手をにぎにぎと弄ぶ。

 

「…あ、ペンタコ大きくなってる」

「なんでわかるんだよ…」

「それはもちろん、毎日ベッドの中で握ってるから」

「ヒトが爆睡してる時に遊ばないでもらえますかね」

 

 知らぬ間に遊ばれていることにげんなりしつつ、それ以上言うことはしない。なぜなら、自分も似たようなことをしていることがあるから。ただ、カイムは夜ではなく早朝なのだが。

 

「意外とカイムって、ノートにもよく書くわよね」

「直接手ェ動かした方が頭の中整理できることもある。俺みたいなタイプは特に」

「いいことよ。自分の頭の中を整理する方法を知るのは大切だわ」

「いいこと言いながらにぎにぎすんなや」

 

 楽しそうに手や上腕をにぎにぎと弄ぶシロナに呆れるようにため息を吐く。

 どことなくブラッキーに似たような甘え方をしてくるシロナに少し呆れつつ、握られた手をすっと持ち上げてシロナの頬に添えた。左目を隠す前髪を優しく撫でる。錦糸のように柔らかく美しい髪を撫でると、シロナはくすぐったそうに身じろぎした。

 

「もう、なーに?くすぐったいわよ」

「お前が俺の腕で遊ぶから、俺は髪で遊ぶ」

「遊ぶって言う割に優しいわね」

「女の命を雑に扱うわけにもいかねぇだろ」

「あら、優しいわね」

「嫌ならやめるが?」

「やめないで。もっと」

「へーへー、仰せのままに」

 

 撫でられながら嬉しそうに顔を綻ばせるシロナを見て、カイムはほんの僅かに表情を緩める。嬉しそうなシロナの様子は、普段の凛としたものとはかけ離れており、この表情を独占できることを内心で嬉しく思った。

 そこでふと、普段は隠れている左目の瞳が目に入る。右目同様の銀灰色の美しい瞳。月の光のように美しいが、時に太陽のように力強い光を宿す瞳に、カイムの視線は吸い寄せられていた。

 

「どうしたの?」

 

 カイムの視線に気づいたシロナが問いかける。

 その問いに、カイムは苦笑しながら答えた。

 

「いや…シロナはさ、俺の目の色のことよくこう…綺麗って言ってくれるだろ」

「そうね。深い海みたいで、優しくて綺麗な色…素敵な色よね。あ、目の色以外も素敵よ」

「いや……ああ、どーも…」

 

 唐突な正拳突き(誉め殺し)にカイムは思わず口をつぐむが、頭をがりがりとかいて話を戻す。

 

「で、目の色についてだが…お前の目の色も綺麗で珍しいよなって話」

「あら、ありがとう。でも、そうね。確かに私の容姿は少し特殊かも」

「金髪はまぁ探せばちらほらいる。カトレアとかデンジとか。でも銀灰色の瞳の色はシロナ以外見たことねえんだよ」

「確かにそうかも。私も家族以外で…」

 

 ふと、そこで言葉が止まる。

 この時シロナの脳裏には、ガブリアスの卵をくれた人物が過った。あの時の人物のことはほとんど覚えていないが、あの人物の瞳の色も銀灰色だった…気がする。

 

「シロナ?」

「え?」

「どうした、急に止まって」

「ああ、うん…ちょっと昔のこと思い出しただけ。気にしないで」

「昔のこと?」

「うん。ガブリアスのタマゴを私にくれた人のこと。その人も瞳の色が銀灰色だった…気がするの」

「気がする?」

「すごい昔だからあんまり覚えてないのよ」

 

 それこそシロナがまだ4歳〜5歳くらいの頃。故に、シロナの中でも記憶が曖昧だった。

 

「もう20年前よ。さすがに曖昧なのよね。それに、あの時はポケモンのタマゴもらったことが嬉しくてあまりその人の顔を見てなかったのよ」

「あーなるほど。確かにそら覚えてないわな」

 

 幼少期となると、まだポケモンを持っていない。そんな時にポケモンのタマゴを託されたら、確かにそのことに頭がそれいっぱいになってしまうだろう。特に、昔からポケモンが好きだったシロナなら余計にそうなる。

 

「あの人、誰だったのかわからないのよね。でも、今思い返すと私やおばあちゃん、クロナと似てた気がするのよ」

「誰か知らん人に声かけられた事実もあれだが…お前の家族と似た色してるってことは親族か何かか?アイナさんとも同じってことは…アイナさん側か?」

「わからないのよ。おじいちゃん側の親戚には会ったことあるけど、おばあちゃん側の親戚って会ったことないのよ。おばあちゃん自身一人っ子だったみたいだし」

「へえ…」

 

 シロナは両親を知らない。祖母であるアイナもシロナに語っていないため、今のところ両親についてここまで何も知ることなくきた。

 カイムが調べたら、もしかしたら多少わかるかもしれない。先ほど話に出てきた人物が親の可能性もあるが、シロナの予想だと違うらしい。ただ根拠はなく、ただの勘らしいが。

 

「もしかしたら、あの人も親族の誰かだったかもしれないわ」

「かもな」

「まあここまで来ると、そこまで興味もなくなるんだけどね」

「……まあお前がいいならいいよ。気になるなら調べてやるけど」

「ええ、その時はよろしくね」

「ところで、いつまで人の腕で遊ぶ気だ?」

 

 こんな真面目な話をしている中でも、シロナはカイムの腕で遊んでいた。真面目な話をしている中で好き勝手やるのがますますブラッキーらしく、内心でツッコミを入れつつカイムは問いかける。

 

「私の気が済むまで」

「ますますブラッキーみたいな感じになってんじゃねぇか」

「いいじゃない、ブラッキーかわいいでしょ?」

「お前は可愛いより綺麗の方が似合ってるぞ」

「ふふ、ありがと。あなたも素敵よ」

「…そうかい」

 

 少しだけ耳を赤くしながら小さくため息を吐くカイムをシロナはさらに強く抱き寄せる。

 観念したようにされるがままになるカイム相手に、シロナは上機嫌でちょっかいを出していくが、あまりにもやられっぱなしであったカイムは反撃として抱き上げて強く抱きしめた。

 

「わっ」

「遊びすぎだ」

「嫌じゃないんでしょ?」

「…調子に乗るな」

 

 そう言ってカイムはシロナの後頭部に手を添えると、引き寄せるように口付けを落とす。一瞬驚いたシロナだったが、カイムに応えるようにシロナもカイムの頭を抱くように腕を回して抱き寄せた。

 

「珍しく積極的ね?」

「珍しくは余計だ」

「あら、だっていつも私からじゃない」

「……否定はせんが、認めるのも癪だな」

「でしょ?」

「……今度覚悟しやがれ」

 

 如何にも小物が言いそうなセリフではあるが、ややオーバーヒート気味の思考回路ではこれしか出てこず、そんな単純な思考回路をしている自分にカイムは呆れる。どうやら今回は痛み分けではなく、カイムの敗北らしい。

 

 ただそれはそれとして、その日のうちに手痛いしっぺ返しを受け、この日の勝敗は五分五分になった。尤も、受けたダメージはシロナの方がはるかに大きかったらしいが、それは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の休日、二人はマサゴタウンを訪れていた。

 理由は無論、ナナカマド博士に会うため。このマサゴタウンには彼の研究所があり、運良く二人の休みと博士の休みが重なったため、こうして研究所に訪れていた。

 

「久しぶりだわ」

「やっぱシロナもここで修行してたのか?」

「ええ、そうよ。研究所近くのマンション借りてね」

「……一人暮らしか」

 

 壊滅的な生活力のシロナが一人暮らし。それを考えただけで頭を抱えたくなるが、過去の話。想像しないようにしながらカイムはシロナと共に研究所に足を踏み入れた。

 研究所入ってすぐに、赤い帽子を被った少年が何かの書類を運んでいるところだった。その少年は二人に気づくと駆け寄って声をかけてくる。

 

「こんにちは!もしかして、博士にご用のお客さんですか?」

「ええ、そうよ。ナナカマド博士に会いにきたの」

「お話は聞いてます。ご案内しますね」

「ありがとう。ところで、君は?」

「あ、すみません。ぼくはコウキ、ナナカマド博士の助手です!」

 

 少年はコウキと名乗った。

 確かに彼の持つ書類は博士の研究に関係するもの。部外者の少年に研究に関するものを持たせるタイプではないため、彼が助手というのも本当なのだろうとシロナは考える。

 

(確か、助手を雇ったみたいなことを言ってた気もするわね)

 

 今回呼ばれるにあたり、博士との会話の中にそのような内容があったことを思い出す。昨年くらいから助手として一人の少年の面倒を見ていると言っていた。

 

「君がコウキ君ね。博士から少し聞いてるわ。あ、私はシロナ。昔、博士の下で研究を学んでいたの。それでこっちはカイム。彼は私の助手よ」

「よろしくお願いします!お二人のことは博士から伺ってますよ。さあ、博士がお待ちなのでいきましょう」

「お願いね」

 

 そうして二人はコウキに連れられて、ナナカマド博士がいる部屋まで進んでいく。道中、シロナは過去を懐かしむように視線を巡らせていた。

 

「懐かしいか」

「ええ。そんなすごい昔ってわけでもないけど、ここで学んだことが今も鮮明に思い出せるわ」

「いい修行時代だったんだな」

「もちろん。同時に、すこーしだけトラウマでもあるけどね」

 

 ナナカマド博士は基本優しいが、研究において手を抜くことは決してしない。それは指導であっても同じであり、非常に厳しく指導を受けたことをシロナは思い出していた。理不尽では決してない。ただ、正論パンチというのはなかなかメンタルに来る時もある。

 

「師匠譲りの厳しさか」

「あなたの指導方法もなかなかよ?」

「ほっとけ。バトルと研究じゃ全然違えよ」

「方針は通ずるものがあるわ。とは言っても、結局その人の性格によるものが大きいけどね」

 

 シロナの厳しさも、結局本人主観で厳しくすることが最も効果的かつ、これくらいの厳しさなら耐えられると考えた上での厳しさ。確かにメンタルは削られるが、実際効果があった以上カイムとしては肩を竦めるしかできなかった。

 互いに修行時代を思い出して少しげんなりしていると、博士の部屋に辿り着く。部屋の扉をコウキが軽くノックして開いた。

 

「ナナカマド博士!お二人がお見えですよ!」

「おおコウキ。連れてきてくれてありがとう。シロナ君、カイム君。足労をかけたな」

「博士、ご無沙汰してます」

「お久しぶりです」

「よく来てくれた。座ってくれたまえ」

 

 ナナカマド博士は二人を出迎えると、開いていた本に栞を挟んで閉じ、二人を接客用のソファに座るよう促す。

 博士の催促に従ってソファに腰掛ける。コウキは『お茶を淹れてきます』と言って一時的に席を外した。

 

「わざわざここまで来てくれてありがとう。すまないな、私が会いたいと言ったのに来てもらって」

「大丈夫ですよ。そこまで遠いわけでもないので」

「助かる。カイム君もありがとう」

「いえ、またあえて嬉しいです」

 

 カイムの言葉に安心したように博士は頷いた。

 早速本題に入ろうと、ナナカマド博士は小さく咳払いをして口を開く。

 

「さて、早速本題に入ろう。私が君達を呼んだのは、カイム君が書いた論文についてだ」

「シロナから最低限は聞いてます。内容について聞きたいと」

「うむ。今回、私は査読に参加していないのでね。シロナ君の弟子である君の論文について色々聞きたくてね」

 

 博士は真剣な表情をしながらタブレットを取り出す。タブレットにはカイムが書いた論文が映されており、博士のコメントらしきものが一緒に記入されていた。

 

「事前に読ませてもらったが、素晴らしい出来だった。指摘や質問は色々あるが、まずはそれを伝えておこう」

「あ、ありがとうございます」

「今回は共同研究者として、プラターヌ君もいるからか…文章構成にシロナ君とプラターヌ君の癖がちらほら見られたね。二人の指導者としては、少し嬉しい発見だったよ」

「やっぱ、癖ってあるもんなんですか」

「無論だ。誰が教えても、人それぞれ癖はできる。恐らく、君にも癖は出来始めているだろう。特に、シロナ君とプラターヌ君の癖は似ているからか、読んでいて全く違和感がない。そういう意味では、指導者としての相性は良かったようだ」

 

 人の好みや性格によって、文章の書き方に多かれ少なかれ癖はできる。しかしそれを見抜くとなると、相当な数論文を読んでいないと判断はできない。たった二本しか論文を出していないカイムの論文の中で、シロナの癖を見つけられるのは鑑識眼が卓越している証拠だろう。

 

「君の癖はまだわからないがね。ただ指導者の癖が染みつきやすいこともある。現に、プラターヌ君は私の癖…というか、好みかな?少し染み付いて彼の癖になってるからね」

「そう、なんすね」

「君も論文を読んでいけばわかる」

 

 そう言って博士は優しく微笑む。その表情に少しだけカイムの緊張は解れた。

 それと同時に、コウキが冷たい麦茶を運んでくる。全員の前にグラスを置いてお茶を注ぐと、お茶菓子も一緒においた。

 

「ありがとうコウキ君」

「いえ、ぼくも一度お会いしたかったので。あ、このお茶菓子美味しいのでよければ」

「ええ、ありがとう」

「では、ぼくはこれで…」

「いや、コウキ。せっかくの機会だ。君も同席したまえ」

「えっ。でも…」

 

 コウキが躊躇するのは仕方ない。

 カイムの論文は現時点では世に公開されていない。故に、関係者以外は基本的に内容は伏せるべきもの。コウキはまだ研究を本格的に始めているわけではないが、最低限『守秘義務』については理解している。だから、部外者である自分が内容を聞いてもいいものかと躊躇していた。

 そんなコウキの考えを見透かすように、博士はコウキの肩を優しく叩く。

 

「確かに彼の論文はまだ世に出ていない以上、部外者である君が内容を知ることはいいこととは言えない。しかし、本来は私も部外者だ。研究に直接関わっていないからな。それに、身内だけならば影響はない。君が内容をペラペラ話すとも思えん。だから聞いていくといい」

「…わかりました。せっかくの機会ですし、ぼくも内容は気になってました。ということで、カイムさん。よろしくお願いします」

「ああ、答えられる限り答えよう。ただ、諸事情で詳細を話せない部分もある。そこだけ把握しておいてくれ」

「もちろんです!じゃあ早速…と言いたいんですけど…ぼく、カイムさんの論文読んでないので質問とかできないんですよね…」

 

 カイムの論文はナナカマド博士にのみ送られている。そのため博士自身は読んだものの、コウキはまだ内容を知らない。また、助手になってから日も浅いため、今のコウキが読んだとしてもわからない部分が多くある。今ここでカイム達の話を聞いたとしても、大筋を知らない以上、ほとんど理解できないだろう。

 それを聞いたナナカマド博士は顎に手を当てると、すっと目を細めてカイムを見つめた。

 

「ふむ…いい機会だ。では、こうしよう。カイム君、これからコウキに君の論文の解説をしてみてくれ」

「…端的に言うと、発表しろと」

「うむ。当然資料などは用意してないだろう。論文に使われている図を見せたりしながら、コウキに解説していってくれ。ただし、ただ解説するのも面白くない。いくつか条件をつけよう」

「条件、ですか」

「まず、制限時間は20分。多少ぶれるのは構わんが、可能ならプラマイ3分で抑えてほしい」

 

 20分。それなりに長い論文をその時間でまとめるのは、本来なら難しい。それが初見の論文ならより難易度は高くなるだろうが、これから解説するのは自分で書いた論文。少々難しくはあるが、できなくはない。

 そんなカイムの考えを見抜いたのか、博士はさらに条件を追加する。

 

「とはいえ、これは君が書いた論文。この程度は当たり前のようにできるだろう。解説する相手…つまり、コウキに合ったレベルで解説することも条件に加えよう」

「コウキに合ったレベル?」

「ああ。コウキは昨年から私の助手として動いてくれている。非常に勉強熱心ではあるが、彼はまだスクールを卒業したばかりの少年だ。長年研究に携わり、たくさんの知見を得てきた我々とはベースとなる知識レベルが異なる」

「…つまり、誰でもわかるように説明しろってことですね」

「話が早いな」

 

 不敵な笑みを浮かべて博士は頷く。

 つまりこれは試験のようなものだろう。カイムはもちろん、カイムの指導者として動いてきたシロナへの試験。

 

「相変わらず、厳しいですね」

「ふふ、教え子の弟子だ。どの程度のものか、是非見極めたいと思っていたのだよ。シロナ君のことだ。生ぬるい鍛え方はしていないという確信のもと、試させてもらおう」

「だってよ。どうする?カイム」

「やるに決まってる。こういう機会はそうねえ」

「いい返事だ。ではコウキ、彼の解説をよく聞くといい。質問があればメモしておきなさい。まずは、通して聞いてみよう」

「はい!」

 

 コウキがノートとペンを用意したのを見計らい、カイムはタブレットを取り出してデスクに置く。

 

 そして論文に載せている写真や図を使いながらコウキに論文の解説をしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上が、論文の内容。レジポケモンと古代人の歴史だ」

「なるほど…ありがとうございました」

 

 一通り発表を終えたカイムは小さく息を吐いてタブレットを置く。コウキもノートを置いて頭を下げ、隣の博士は深く頷いた。ストップウォッチを見ると、21分。時間としてはちょうどいいくらいの長さにまとまっていた。

 

「いい発表だった。よくまとめられていたな」

「どうも。ただ、ぶっつけだったんで個人的に微妙なところがいくつかありましたけどね」

「練習も無しでやったのだ。十分だろう」

「そうよ。本来、こういうのは練習してからやるものだから。それで博士。博士目線、カイムの発表は何点ですか?」

「ぶっつけ本番であることを考慮すれば、95点だ。ただ純粋な発表として見た場合は、少し点数は下がるがな」

「それは何点ですか」

「75点」

「ええっ?もう少し高くないですか?ぼく、ちゃんと内容理解できましたよ?」

 

 コウキのいう通り、1番の目的であるコウキへ理解させるということに関して言えば、かなり高い水準でクリアしている。コウキとしては、せめて80点以上はあってもいいと思っていたが、想定よりも低い点数に思わず声を上げてしまった。

 

「うむ、確かにそうだ。コウキもわかるようにうまく解説してくれた」

「なら…」

「だが、解説の中でいくつか不足部分があった。例えば『古代人』について。時短のためかつ、コウキも理解している前提で話を進めていた。だが、この『古代人』はカイム君が仮定で設定した名前だ。古代シンオウ人のように既に呼称が定まっているものならともかく、古代人については正式な民族名が定まっていない。まあ今回は一つしか選択肢がなかったからわかったが…古代人についてはもう少し解説が必要だった。現に、古代人についてコウキは簡単に説明できるか?」

「うっ…」

「前提条件の説明か…確かに、時短のために端折りましたね」

 

 シロナも含め、この場において古代人とはレジポケモンと共に文明を築いた民族であることは承知している。しかしこの呼称はあくまで仮の名前。コウキも話の流れからなんとなく察してはいたものの、ちゃんとした説明はなかった。

 

「そうだろう。これで、マイナス10点」

「あとの15点は?」

「プレートについての説明が多い。確かに筋道を立てて解説する以上、プレートについても触れなければならないだろう。だが、一番大切な場所はあくまでおふれの石室とレジスチルの記録。プレートに記されているのは、古代シンオウ人の記録だ。レジスチルの記録と擦り合わせて信憑性を高めるためだったのだろうし、論文としては深掘りしてもいい。しかし、今この場で深掘りすると時間が足りなくなる。今、コウキに理解してほしい部分を履き違えてはいけない。これが、マイナス10点」

 

 理詰めで採点する博士に、カイムは思わず苦笑する。この詰め方が、まさにカイムの指導者であるシロナそっくりなのだ。やはり師弟ということもあり、シロナの指導方法には博士の指導が色濃く残っているらしい。

 

「あとの5点は?」

「これは私の好みも含まれるが、あまりにも硬すぎる」

「……ん?」

「今の君の解説は、学会発表だったら十分だろう。しかし、今は我々だけ。そこまで堅苦しくやる必要はない。今回はコウキに解説するのがメインである以上、もう少し砕けた雰囲気でやらねばコウキも萎縮してしまう。君らは初対面で、ここにいるのは皆歳上。君らが人格者だとわかっていても、遠慮が出てしまうだろう」

「発表も、時と場合で柔軟にやれってことですね」

「うむ、話が早くて助かる」

 

 確かに、とカイムは苦笑する。

 今ここにいる人物は、コウキ以外全員成人している。また、学問の道に入った時間についても、コウキと比べて遥かに多い。一番経験の少ないカイムですら、コウキと比較できないほど経験を積んでいる。

 無論これはコウキに非があるわけではない。年齢を考えれば当たり前のことであり、博士の助手になってから日は浅い。

 

 だからこそ、このような発表に対しては過度に真剣に向き合ってしまう。真面目なのは結構だが、必要以上に真剣に聞かせてしまうだろう。

 

「…確かに、硬すぎましたかね」

「だが、これが学会発表だったら君の発表は正しい。そこは忘れないようにな。そしてシロナ君」

「は、はい!」

「よく鍛えているな。たった数年でここまでいい論文を書けるようになるには、指導者がしっかりしていないとできん。君のかつての指導者として、私はとても誇らしいよ」

「ありがとうございます、博士」

 

 博士の言葉にシロナは思わず顔を綻ばせる。今でこそ独立したとはいえ、自身の師にこうして認めてもらえるのは非常に嬉しいものだった。厳しく指導されたし、自身も厳しくした。この道が間違っていなかったと改めて実感できた。

 そんなシロナを見て、博士は優しく笑いながら頷く。そして側にいるコウキに目を向けた。

 

「コウキ、どうかね。何か質問とかがあれば聞くといい」

「あ、はい!いくつか聞きたいんですけど…いいですか?」

「ああ、聞かせてくれ」

「ありがとうございます!」

 

 それからしばらく、コウキの質問に答える時間が続いた。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

「いやー、すっごく面白かったです!まさかレジポケモンにあんな歴史があったなんて…」

 

 論文解説を終え、昼食を済ませて食後のお茶を飲みながらコウキはそう言った。

 

「そもそも記録がないからな。廃れていただけある」

「記録が残っていない理由も興味深かったです。古代シンオウ人との対立、文明の発達に…封印。記録が残っていない理由もこれだけで色々考えられますね。それに、レジポケモンの生態についても面白かったです!()()()エネルギーを持つからこそ、レジギガスが封印されてからも再起動することができたなんて」

 

 楽しそうに言うコウキの言葉に、カイムはほんの少しだけ目を細める。

 コウキが言うように、()()()()レジポケモンは強大なエネルギーを有していたから、レジギガスが封印されても再起動を果たすことができたと言っている。

 しかしそれは真実とは少し異なる。レジポケモンは確かに強大なエネルギーを有するが、彼らのもつエネルギーは無限。強大などという生半可な言葉では表すことができないほどの存在だった。

 

(本当の意味で無限…宇宙そのものが終焉を迎えるまで、存在が消えることないほどのエネルギーを有する生命体。そんなものが知られたら、どんなことに利用されるか…考えたくもねぇ)

 

 この事実が公開された場合、レジスチルだけでなく他のレジポケモンを悪用しようとする輩が現れる。それを考慮して、カイムは無限のエネルギーではなく強大なエネルギーというぼかした表現にした。

 尤も、レジポケモン達は皆強力な力を持つ。簡単に悪用されることなどないだろうが、そもそも企みが発生しないことが一番である。

 

「かつて栄えた文明がレジポケモン(彼ら)によって齎された資源を使っていたとなると、確かにおふれの石室のように鋼や電気を利用できていたとしてもおかしくないな」

「おふれの石室の奥部屋に残された家屋跡には、鋼や電気を利用していたと思われる痕跡がありました。実際のところどう使っていたかはもう少し発掘が進まないとわかりませんが、残骸から概ね想像つきます」

「うむ、強大な文明だったのだろう。しかしそれ故に、どうして滅びたのかが気になるところだ」

「滅びた要因は次の論文にでもしますかね。今回はレジポケモンの歴史についてがメインなので。古代人のことも多めに書きましたが、今回はメインじゃない」

「うむ、次回の論文を楽しみにしていよう」

 

 博士はそこで話を切って、ぐいっとお茶を飲み干す。そしてシロナに目を向けた。

 

「さて、カイム君の論文は非常に興味深く、まだ議論をしてみたいところではあるが…今日のメインはこれではないのでな。シロナ君、この後に見せてほしいのだが…可能かね」

「ええ、博士。私もガブリアスも準備できています」

「助かる。さてコウキ、君も見ていくといい。シンオウではなかなか見られん光景だぞ」

「はい!」

「よし。では、外へ行こう。バトルはできんが、動くスペースくらいはあるのでな」

 

 博士に連れられて、シロナ達は外へ出る。飼育しているポケモンが遊ぶためのスペースだが、現在飼育しているポケモンはポケモンセンターへ定期検診に行っており、誰もいない。今であれば、他のポケモンを怯えさせることもなく、メガシンカの能力上昇を存分に測ることができる。

 

「ではシロナ君、頼む」

「はい。行くわよガブリアス!」

 

 シロナはガブリアスを繰り出すと、ブローチに取り付けたキーストーンを掲げる。その瞬間、キーストーンから光が溢れ出し、ガブリアスの持っているメガストーンと共鳴した。

 光はガブリアスを包み込み、繭のような形になる。そしてメガストーンの力を全身に循環させたガブリアスは繭を打ち破り、禍々しい姿で現れた。

 

「やはり、映像で見るものとは段違いの空気だ…!素晴らしい覇気だ!」

「すごい…これがメガシンカ!」

「本来、自力ではこれ以上進化できないポケモンが、石と人の力で更なる進化を遂げた姿だ。何度か見たことあるが、これほどまでの覇気を持つ者はいなかったな」

「ふふ、ありがとうございます。博士の教え子時代と比べて、はるかに強くなってますから」

「シロナ君、ガブリアスと触れ合っても?」

「ええ、どうぞ」

 

 シロナの許可を得た博士は、ガブリアスに近づいてデータを取り始める。その際、ガブリアスに『久しぶりだな』と言っていたため、教え子時代からガブリアスとの面識はあったらしい。

 

「…うむ、予めもらっていたガブリアスの元のデータを比較して、やはり全体的な数値が上がっている。メガストーンの能力向上は凄まじいものだ。だが同時に、能力が上がるだけでなく一部能力が下降することもある。これが実に興味深い」

「能力が下がることがあるんですか?」

「うむ。例えばガブリアスだが、メガシンカすると耐久力や攻撃力は上昇するが、素早さが下がる。元々の素早さが高いため、この僅かな下降が大きな差になることもあるだろう」

 

 博士は一度ここで言葉を切ると、ガブリアスの腕に触れながら続ける。

 

「私はこの理由を明らかにしたいと思っている。とはいえ、私はメガシンカの専門ではないのでね。カロスのプラターヌ君と共同で研究している。君に…いや、君たちにあげたキーストーンは、共同研究のためにカロスを訪問していた時に見つけたものだ」

「代表著者がプラターヌ博士で、共同研究者として博士の名前が出ているメガシンカ関連の論文を前に見ました。その続き、ということですね?」

「ああ。前回の論文はメガシンカのエネルギーがポケモンの肉体に及ぼす影響についてだ。そして今回は、メガシンカのエネルギーによって変動する能力について書いていく」

 

 メガシンカは強力故に、ポケモンの能力にも大きく影響する。普通に考えれば能力は上昇する方向に伸びるはずだが、ポケモンによっては能力が下がることもある。また、能力の伸び方も種族ごとに大きく異なり、どういった方向に伸びるかは千差万別。その能力の伸び方に博士は目を向けたらしい。

 

「カロスでは能力が伸びるポケモンしか見られなかったのでな。下がるポケモンがいないかと考えたところ、君のガブリアスがまさにそうだったことを思い出したのだよ。付き合ってもらってしまってすまないな」

「いえ、このくらいでしたら問題ありません。それに、私も興味あったので。実際、どうやって調査するんですか?」

「ガブリアスの進化前と進化後の身体構造をスキャンしてデータを取る。能力の変動は、エネルギーの強化によって得られた身体構造が関係していることが現在の仮説でね。それを裏付けるためのデータ取りというわけだ。コウキ、スキャン装置を用意してくれ」

「はい、博士」

 

 そう言ってコウキと博士は準備を始める。

 装置の準備はできないシロナ達はその様子を見ていた。準備を進めるコウキ達を見ながら、シロナはカイムに小声で話しかける。

 

「ねえカイム、あのスキャン装置…どういう仕組みなのかしら」

「見ただけでわかるほど精通してねえが…見た感じ、ポケモンセンターの検診で使う検査装置に似てる気がする。検診のときのあれだ」

「ああ、確かに。仕組みは似たようなものなのかもしれないわね」

「体の構造を調べるんなら、似た仕組みなのも必然だろう。俺としても気になるところだ。確かに能力が下がる要因は考えたことなかった」

「さすが博士。素晴らしい視点だわ」

 

 そのまましばしの間、二人がガブリアスの身体測定を眺めていた。

 しばらくすると、二人はデータを見て頷く。そして博士は二人を振り返った。

 

「ありがとうシロナ君。とりあえず必要なデータは取れた」

「お役に立てて何よりです。また必要な時は言ってください」

「助かるよ」

 

 そこでふと、博士はシロナの側にいるカイムに目を向ける。カイムはコウキにこのスキャン装置について色々聞いているようで、表情は変わらないながらもどこか楽しそうにしていた。そしてコウキも、こういったことを話せる人があまり多くないこともあり、嬉しそうに装置について語っている。

 研究の世界にこのように有望な若者がいることを嬉しく思いながらその光景を見ていたが、ふとカイムの腰につけられたチェーンが目に入った。そこには、かつて博士がカイムに託したキーストーンがつけられていた。

 

「そうだカイム君」

「あ、はい」

「君にもキーストーンを渡したのだったね。あの時はメガストーンはシロナ君に託したが、君はあれからメガストーンを手に入れたりしたかい?」

 

 カンナギタウンでキーストーンを託された時、博士は『ガブリアスナイト』と『ルカリオナイト』を託した。この時、カイムは『ルカリオナイト』の譲渡を打診されたが、使いこなせると思えなかったカイムはそれを断った。

 あれから特別話は聞いていなかったが、カイムにメガストーンを手に入れたかどうかを尋ねた。もし入手しているのであれば、是非見せて欲しいと考えて博士はそう聞いたが、カイムはどこか微妙な表情をしている。

 

「あー…まあ、はい。一応」

「ほう!それはいい!可能なら見せて欲しいのだが…どうした?」

「ああいや…えっと……できるにはできるんすけど…制御がうまくいってないんですよ」

 

 カイムはバシャーモのメガストーンをダイゴからもらったため、メガシンカ自体はできる。しかし制御がうまくいっておらず、持続時間が非常に短い。初めてメガシンカした時は5分程度しか維持できなかった。今でこそ波導の制御方法を学び、持続時間は多少伸びたものの、バトル中では相変わらず5分ちょっとしか維持できておらず、使い物にならないほどではないが、まだ使いこなせているとは言い難い状況だった。

 

「ふむ、なるほど。持続時間が短いと」

「持続時間が短いし、切れた後ほとんど動けなくなるほど消耗してしまうんです。多少マシにはなりましたが…ガブリアスみたいにこんなうまく制御しきれてなくて」

「消耗が激しい。ふむ…」

 

 博士は腕を組むと険しい顔で黙り込む。

 どうしたのだろうとシロナに目を向けるが、シロナは苦笑しながら首を振った。

 

「一度考え込むと、しばらくこのままよ。多分、有用な意見をくれるからしばらくこのまま待ちましょ」

「…そうか」

 

 シロナが言うように、かなり深く思考の海に潜っているようで、時折何か口にしながら考え込んでいる。その集中力は凄まじく、とても声をかけられる様子ではなかった。

 暫し思考していた博士だが、突如として視線をカイムに向けた。

 

「カイム君」

「は、はい」

「私が思うに、メガシンカの持続時間が短い理由は、君とポケモン…どちらかの()()がどちらかに追いついていないからだと思う」

「精神が、追いついていない?」

「メガシンカは、人とポケモンの()を繋げ、キーストーンとメガストーンを共鳴させる。つまり、双方の精神が同レベルである必要があるのだよ。尤も、精神のレベルなど数値で測れるものではない。では実際どういったところに要因があるか…私が思うに、迷いや恐れのような()()があるかが関係してくるのではないかと考えている」

 

 メガシンカを使うトレーナーが何故少ないか。その理由は、単純に制御が難しいからだろう。そもそもキーストーンやメガストーンが貴重ということもあるが、制御が容易なものであれば、もっと使用人口が増えていてもおかしくない代物。入手難易度以外にも使われない理由が、制御の難易度が高いというものだった。

 メガシンカは非常に強力である反面、制御できなければトレーナーもポケモン自身も傷つける。例えばメガヘルガーが力の制御ができない場合、膨大になった熱をうまく扱えず、自らの肉体を焼き、溶かしてしまう。メガサメハダーは古傷に苦しむことになる。そして過去にメガバンギラスが我を忘れてトレーナーに襲いかかるという事例もあった。

 

 メガシンカは人とポケモンの精神力に強く影響を受ける。進化するだけでもハードルが高いというのに、完全に制御させるためには力に流されない強靭な精神力が必要となる。強いだけあり、ものにするためには心身共に相当の実力が要求される。

 今、バシャーモは進化はできるが、力が必要以上に放出されて長時間維持できない。つまり、進化させるためのハードルはクリアしているが、制御する段階に問題がある。だが、暴走ではなく力の過度な放出となると、バシャーモが力に呑まれているというわけではない。

 そこで博士が考えたのは、『精神力の不均衡』だった。どちらかの精神力が強く、どちらかの精神力が弱ければ、力は安定しない。安定した力でなければ制御難易度はさらに跳ね上がる。詳細はわからないが、これが要因なのではないかと仮説を立てた。

 

「カイムの心に…迷い?」

「そうかもしれないが、()()()()()()()()()()()

「どういうことですか?」

「カイム君が要因の可能性もあるし、君のポケモンが要因の可能性もあるということだ」

「!」

 

 メガシンカに関わるのはトレーナーとポケモン。故に、必ずしもカイムに要因があるとは限らない。

 カイムとバシャーモは波導の制御をある程度ものにしたが、いまだに戦闘中は必要以上のエネルギーが消費されるため、慣れていないだけだと考えていたが、メンタル的な問題があるとは考えもしなかった。シロナが気づかないのも、まだメガシンカに対する見識が浅いからだろう。

 

「とにかく、一度見せてはくれないか。バトル面では役に立たないが、何かしらわかるやもしれん」

「カイム、見てもらいましょう。私も制御に関しては知見がない。慣れ以外の要因がある可能性があるなら、見てもらうだけでも何かしら得るものはあるはずよ」

「…そうだな」

 

 カイムはボールからバシャーモを出す。バシャーモはあらかた話は把握しているのか、ボールから出るとすぐに頷いた。

 

「…はじめるか」

 

 バシャーモの了承を得たカイムはそう呟き、キーストーンに手を添えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はぁ…」

「なるほど…確かに、消耗が激しすぎるな」

 

 息切れしているカイムと進化を解いて座り込むバシャーモを見て、博士はそう呟いた。バトルもしていないのに明らかに消耗しすぎているのを見るに、やはり制御がうまくいっていないのだろう。

 隣にいるガブリアスはいまだに進化状態を維持している。バシャーモとガブリアスでは、純粋な肉体強度も精神力もレベルが異なる。しかし、ここまで差が出るほどなのかとも思える。バシャーモは仮にもジムリーダーの手持ちの中でNo.2。エース運用も起点作成もできるオールラウンダーであり、メンタル面でガタガタになることはない。カイムの考えでは、自分に要因があるのではと考えていた。

 

「…バシャーモだけでなく、カイム君の消耗も激しい。暴走するのは、力に呑まれてしまうパターン。だが力に呑まれてしまうようなことはない。ある意味制御はできている。肉体のレベルは足りていると見ていいだろう。ならやはり、精神か?」

「………精神」

「進化できている以上、肉体の方はメガシンカに耐えられている。暴走している様子もない。暴走しない…これが気になるな」

「私もそれが気になっていたんです。進化そのものを許容できていて暴走する様子もない。でも過度に力が放出されて維持できない…あまり聞かない事例だなって」

 

 暴走もせず、過度な力で肉体が傷つくわけでもない。ただ、消耗が激しい。メガシンカの中では聞いたことのない事例だった。波導の制御によって持続時間が伸びたものの、いまだに戦闘で使えるものにはならない。この要因にシロナは頭を悩ませていた。

 しかし、カイムはなんとなく理由に気付きつつあり、博士の言葉でシロナも確信に至った。

 

「…メガシンカは、肉体と精神…両方が一定以上の水準でなければ進化できない。そして進化できたとしても、制御できるレベルの水準に達していなければ自らも傷つける…って解釈で間違いないですか」

「うむ、その通りだシロナ君」

「…なら、要因はやっぱり博士の言う通り精神ですね」

「ほう、わかるのか」

「正確には、()()()()()が正しいです」

 

 シロナは体力を使い果たして座り込むバシャーモを優しく撫でながら続ける。

 

「メガシンカは、十分な肉体強度と卓越した精神力が必要です。そして精神に限って言えば、()()()()()()()()()()()()です。なにせ、互いの心を通じ合わせることで、キーストーンとメガストーンを共鳴させるんですから」

「……もしや、そういうことかねシロナ君」

「え?博士、どういうことですか?ぼく全然わかってないんですけど」

「メガシンカはトレーナーとポケモンが心を通わせることでできる。そして、メガシンカするポケモンには十分な肉体強度と卓越した精神力が必要。つまり、トレーナーにも卓越した精神力が必要なのだよ」

「ということは…カイムさんの精神力が、追いついていないってことですか?」

「私たちの解釈はこうだ」

 

 博士はタブレットに一つの図を映し出す。そこに映されていたのは、メガシンカの際のエネルギー循環図だった。人とポケモンは互いの力を共鳴させ、増幅させるもの。共鳴させる際、互いのエネルギーをキーストーンとメガストーンを通して循環させる。

 

「互いにエネルギーを循環させる際、どちらかの肉体・精神の水準が高い場合、水準が低い方は高い方と同じだけのエネルギーを要求される。肉体と精神が強靭であるだけ、宿るエネルギーは強い。水準が低い方は、同じだけのエネルギーを要求されるとなると、エネルギーを出すために多くの体力が必要となるのではないか、と考えている」

 

 博士は映し出した図に注釈やメモを書き込む。

 平時の際に宿すエネルギー(波導)は、己の肉体と精神によって強度が決まる。平時のエネルギー(波導)の強度に差があれば、均衡を保たせるためには低い方がどうにかしてエネルギー(波導)を追加で用意せねばならない。

 

「つまり、メガシンカは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのではないか、ということよ」

「どちらかの水準が高い場合、共鳴に必要なエネルギーが高い水準に合わせられてしまう。エネルギーが低い方はなんとか同じだけのエネルギーを捻り出すが、無理やり放出しているためあっという間にスタミナ切れになる。そして、高い方も不安定な進化を維持させるために、多くのエネルギーが消費されてしまう。これにより、どちらもバテてしまうという現象が起こるのではないかな」

 

 そして同じだけ用意できたとしても、安定した状態とはいえない。故に、不安定な状態の維持のためにバシャーモだけでなくカイムも消耗が大きくなってしまう、という仕組みなのではないかと博士とシロナは予想した。

 

「メガシンカも使い手次第で不安定になってしまうんですね」

「あくまで予想だがね。とはいえ、割と真に迫った仮説だとは思う」

「ええ、そう思います。貴方もなんとなく自覚してたんじゃない?ただ、()()()()()()()()()まではわからなかったけど」

「…そうだな」

 

 座り込むバシャーモに視線を向ける。バシャーモは言われて漸く気づいたようで、難しい顔をしながら頬をかいていた。

 

「なんとなくはわかってはいたが…言語化はできてなかった。だが、なるほど。そう言われると納得する」

「私もまだメガシンカについてはそこまで知見があるわけじゃないし、シンオウ地方だとそもそもほとんど見られない現象よ。気づかないのも仕方ないわね」

「うむ。それに、君らの事例はかなり珍しい。肉体と精神は多くの場合、同じように成長していく。それに、見たところ君らは本来であれば()()()()()()()()()()()だ」

「そんな気はしてました」

 

 苦笑しながらカイムは肩を竦める。

 どれだけ波導の制御ができるようになろうと、一番力が必要なバトル時は5分しか保たない。どちらかの何かが足りないとは考えていたし、()()()()()()()()()()かはわかっていた。

 だから、今こうして露見した事実に向き合うためにもカイムは口を開く。

 

「ナナカマド博士」

「うむ、わかっている。コウキ、シロナ君。休憩にしよう」

「えっ⁈で、でも博士!カイムさんは…」

()()()()()、彼は今から二人だけの時間が必要なのだ。ほら行こう。この前いいお茶菓子をもらったのだよ」

 

 半ば強引に博士はコウキを連れて研究所に戻っていく。

 残されたシロナとカイム、そしてバシャーモはその背中を見送る。シロナはカイムとバシャーモをまとめて抱きしめると、二人の耳元で口を開いた。

 

「大丈夫よバシャーモ。カイムは聞いてくれる。それに、多分()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから」

 

 シロナの言葉にバシャーモは頷く。言うまでもないか、と小さく笑ったシロナは、カイムの頬を優しく撫でた。

 

「カイム」

「ん、わかってる」

「ええ。でも、必ずしも言葉でなければならないわけじゃないわ。二人とも不器用なんだし、()()()()()()()でぶつかるのもいいかもしれないわ」

「そうだな」

 

 シロナはカイムの頬に口付けを落とすと、手を振って博士とコウキの元へと歩いていった。

 残されたカイムとバシャーモは目を見合わせる。バシャーモはどうすればいいかわからない表情で頭をがりがりとかいている。その仕草は、困った時のカイムそっくりだった。

 

「バシャーモ」

 

 そんな仕草のバシャーモに苦笑しながらカイムは口を開く。

 

「ちと、話そうや」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ」

 

 そう言ってカイムはバシャーモにポロックとポフィンを渡す。バシャーモの隣に腰掛け、自分はボトルに入ったコーヒーを飲んだ。

 バシャーモの手に落とされたのは、甘いポロックと辛いポロックだった。

 

「お前、それ好きだろ」

 

 バシャーモは頷くと、嬉しそうにポロックを口に含んだ。美味そうに食べる様子にほんの僅かにカイムは頬を緩めた。

 もぐもぐと食べるバシャーモに、カイムは目をすっと細めて口を開く。

 

「お前、焦ってんだろ」

 

 バシャーモはビクッと反応すると、気まずそうに目を逸らす。

 

「少し前に通達された()()もあるんだろうが、停滞してきてるのが1番の理由か?それに加えて、他の連中(手持ち)が少しずつお前に追いついてきてる。そして極め付けに、ブラッキーが完全に波導をものにしてレベルアップ。焦るのもわかる」

 

 カイムの言葉にバシャーモは『隠せねえなぁ』とでも言うように苦笑しながらため息を吐く。

 バシャーモは停滞していた。体術の練度は着実に上がってきているが、肝心のレベルは69からしばらく上がっていない。そしてライバル兼後輩であるルカリオのレベルが68となり、着実に自分に迫ってきている。そして何より、自分と同じ最古参であるブラッキーのレベルが75に達したことが一番大きいだろう。元より自分よりもバトルの才能はあったが、ここにきてその差が如実に現れてきたことがより焦りを加速させていた。

 

「気持ちはわかる。身近に自分よりできるやつがいたら、焦るよな。ちょうどレベルが70手前で上がりにくいことを考慮しても、まあそう考えちまうのはしゃーない。実際、お前がどっか焦ってるのわかっててどうすればいいかわからなかった」

 

 側から見てて、バシャーモに焦りがあることは時折見て取れていた。普段から陽気なムードメーカーであるバシャーモは一見するとそんな様子は見えない。少なくとも、カイムの手持ちで気づいていたのはブラッキーだけだろう。

 カイムは気づいていたものの、どうすればいいかはわからなかった。焦りに起因するものは思いつくが、一朝一夕でどうにかなるものではない。また、論文とジムリーダー業務が忙しく、あまり時間を割いてやれなかったことも要因ではある。

 

(いや、言い訳か)

 

 時間を割いてやれなかったのは事実。トレーナーである以上、どうにか時間を割いてケアすることが必要だが、それをしなかった自分の落ち度であるとカイムは己を戒めた。

 再びコーヒーを喉に流し込む。コーヒーの苦味がいつもより強く感じられ、ほんの僅かに目を細めた。

 

「悪い。あんま時間割いてやれなくて」

 

 カイムの言葉にバシャーモは首を振る。

 バシャーモのリアクションを予想していたカイムは、ボトルを置いて立ち上がった。上着を脱ぎ、畳んで置くと、バシャーモに向き直る。

 

「バシャーモ、組み手するぞ」

 

 突然の申し出にバシャーモはギョッとする。カイム自身、唐突であることは自覚しているのか、苦笑を浮かべていた。

 

「正直、今でもどうすりゃいいのかはわからん。お前の焦りや不安が()()()()()()()()()()()も把握しきれてない。どうすりゃお前の心を全部知れるのかわからん。だから、お前の全部をぶつけてこい」

 

 人とポケモンは言語でのやり取りは基本できない。テレパシーを使えるポケモンであれば可能だろうが、テレパシーを使えるポケモンはそういない。基本的に何が言いたいかはわかるものではあるが、このように『何が原因なのか』を詳細に知る必要があるものに関しては言語でなければ伝わらないものが多い。

 だからといって何故組み手なのか、とも思うが、バシャーモは生粋の武闘派でカイムもかなり武闘派寄り。拳を合わせれば伝わることも多くあることを知っている。言葉でできないことは肉体言語に頼るという脳筋仕様だが、当人達はこれで納得しているからこそシロナもそれ以外の方法(ただ話し合う以外の方法)もあると告げた。

 

 バシャーモもそれがわかったのか、素直に頷く。そして立ち上がると、普段の組み手のように構え、それを見たカイムも構えた。

 数瞬間の沈黙。構えた右手の甲が僅かに触れた瞬間、バシャーモが動く。左手で掌底を放つが、カイムは掌底を肘で受け止めた。カイムは受け止めた掌底を弾くと、足払いを仕掛ける。しかしバシャーモはそれを難なく避けると拳を振り抜いた。

 

「ふっ」

 

 拳を右手で受け流し、左手で突きを繰り出すが、バシャーモも拳を出すことで拳同士がぶつかり合った。

 本来、ポケモンの身体能力でぶつかられた場合、人間側が負ける。しかし波導を扱えるようになったカイムは、技を使われない限り単純なぶつかり合いでは弾かれないようになっていた。

 

 互いに弾かれた反動を利用してハイキックを出す。ぶつかり合った足からは、少しだけ迷いが感じ取れた。

 バシャーモはその迷いを感じさせないようにするためか、考えないようにするためか、速度にものを言わせて連撃を仕掛けてくる。拳、肘、蹴り、膝蹴り、掌底、裏拳…様々な手法で攻めてくるが、それら全てを弾かれてしまう。その事実がより一層焦りを加速させていた。

 

(…そうか、お前は……自分が()()()()()()()をわかってて、余計にそう感じてたのか)

 

 バシャーモから伝わってくる焦りと、組み手前に話した事実。それらを組み合わせて、心の底にある不安がどんなものかをカイムは理解した。

 カイムの手持ちは、ブラッキーを筆頭に皆何かしら得意がある。ブラッキーは起点作成に卓越した身体運びを活用したアタッカー。ルカリオは起点作成はできないが、物理・特殊共にハイレベルな能力を活かしたオールラウンドアタッカー。ムクホークはタイプ相性に関わらず大体誰でもゴリ押しできる高火力型アタッカー兼『威嚇』と『フェザーダンス』を利用したデバフ要員。このように様々な特性がある。

 バシャーモ自身、『加速』を活かしたハイスピードアタッカーであり、『おにび』を使った起点作成もできる。しかし、どちらの役割も言ってしまえば()()()()()スタイル。ルカリオやキリキザンほどカウンター系の技は使えないこともあり、カイムのスタイルには合わないのではないかと拳を合わせながらバシャーモは思っていた。

 

 端的に言えば、バシャーモは能力的に平凡の域を出なかった。

 

 普段はそんなこと全く考えない。仲間が、主人(カイム)が強くなることは心から誇らしいと思っている。ただ、自分を含めた皆が強くなって行く中で、自分が何も持たないままだと思うことが稀にあった。何かに特化しているのが必ずしもいいことではない。だが、換えが効くというのもまた事実。決して誰かが悪いわけでもなく、ただ漠然とした不安があった。

 

 自分はカイム(ジムリーダー)のポケモン足り得ているのか、と。

 

 シロナのガブリアスにはどう足掻いてもなれない。これはもう割とすっきり諦めてる。憧れはすれど、目指しはしない。だがいつも自分の前を歩くブラッキーに追いつきたい、隣に並び立ちたいという思いははるか昔からあった。

 

 自分が強ければ、カイムはバトルを辞めることもなかったのではないか。

 

 心が折れてバトルを辞めていたカイムだが、それはカイムの本心ではないことも気づいていた。自分自身、バトルすることは好きだった。カイムがバトルを好きである以上に、どんな思いでやっていたかも知っている。だから辞めたことを責める気はないが、未練がないとは思わなかった。自分が強ければ辞めなくてもよかったのでは、と思うこともあった。

 そして与えられた新たなる力。これも制御できず、使い物にならない。これが一番決定的に不安を根強くさせる要因だった。

 

 自分は平凡な域を出ないのだろう。運動能力、体術に自信はあるが、速度以外で自分が一番のものはない。その速度も、場合によってはルカリオに抜かれる。

 それが何かを諦める理由にはならないし、言い訳にするつもりもない。そもそも、普段そんなことは考えない。でも、ふとした時に思う。自分は平凡なのだと。

 

「はぁっ!」

 

 カイムの拳を防いだ反動で仰け反る。

 集中できていない。一度考え出したせいで悪い考え、考えないようにしていた不安がどんどん溢れてくる。

 

「わかったよバシャーモ」

 

 カイムの掌底を受けながら、声が響く。ハッと視線を戻すと、カイムが既に回し蹴りの体勢に入っていた。

 

「それがお前の不安だったんだな」

 

 咄嗟に防御に入るが、体勢が不十分な防御は突き抜け、バシャーモの体を穿ち抜いた。波導により強化された回し蹴りは、思いの外威力が強くダメージにはならなかったものの、体勢を崩して膝を突くには十分だった。

 そんなバシャーモに再度カイムは構える。

 

「来い」

 

 力強い目に、バシャーモは目を見開く。あの頃のような無気力な光ではなく、力強い光。

 そんなカイムに恥じないために、バシャーモは立ち上がり組み手の始まりと同じように構えた。そして二人の手の甲が触れ合うと、バシャーモは咆哮をあげながら最高速でハイキックを放つが、カイムは拳を振り下ろしてハイキックを叩き落とす。そしてカウンターとして背中からぶつかってバシャーモを弾き飛ばした。

 だがバシャーモは弾き飛ばされながら体勢を立て直し、最高速でカイムに迫る。最高速度の蹴りか拳が来ると瞬時に察したカイムは、速度に合わせてカウンターをぶつけようとタイミングを合わせて拳を突き出した。

 しかしバシャーモは、カイムの目の前に来た瞬間、足を強く踏み込んだ。瞬間的に速度がほぼゼロになり、速度に合わせてカウンターを出していたカイムの攻撃は当たらない。そして速度をそのまま威力に変換した一撃を放った。

 

「っ!」

 

 咄嗟に波導を凝縮して攻撃を防ぐ。身体能力をフルに活かした一撃故に、まともに受ければひとたまりもなかっただろう。なんとか防いだが、防いだ腕が痺れている。波導を駆使して防いだにも関わらずここまで威力を通しているところを見るに、相当な威力なのだろう(それを生身かつほぼ無傷で防いでいるカイムも人間辞めてそうな耐久力なのだが)。

 

「いってー…いい一撃だった。速度を威力に変換か…なるほど、俺が考えた加速不意打ちを応用した一撃だったな」

 

 直前で寸止めに近い形で威力を落としたが、普通の人間なら打撲くらいはできる威力だ。それをほぼ無傷で防いでるお前はなんなの?と言わんばかりの視線に、カイムは肩を竦める。自分のトレーナーが人間辞め始めてることにドン引きしていると、カイムはシロナが置いて行ったであろう水を飲みながらバシャーモに向き直った。

 

「俺、強くなったろ。波導はもちろん、体術も」

 

 バシャーモは頷く。当たり前といえば当たり前だが、カイムはトレーナーとしてはもちろん、武術家としても大きく実力を伸ばした。トレーナーとしてはシロナが鍛えたから、そして武術はトバリジム時代から半分趣味、半分ポケモンを鍛えるために学んだ。強くなるのは当たり前だろう。

 

「トレーナーとしても、武術を学ぶ者としても…俺がここまで来れたのはお前らがいたからだ。シロナ、ブラッキー…そしてお前。誰が欠けても、俺はここまで来れなかった」

 

 だがそこまで努力してこられたのは、皆がいたから。特にシロナ、ブラッキー、バシャーモ。この初期からいるメンバーの誰が欠けてもきっとカイムはここまで来られなかった。手を引いてくれるシロナ、ただ共にいることを一番としてくれるブラッキー、そして自身と同じように平凡でありながらも共に研鑽を積もうとしてくれるバシャーモ。全ての要因がここまで辿り着くために必要なものだった。

 

「お前が自分をどう思うかは自由だ。でも、自分は換えが効くと思わんでくれ。ま、あんま人のこと言えないんだけど」

 

 よくわからんところが似やがって、と軽く肩を叩く。そしてそのままバシャーモの肩を組むと、青い瞳を向けながら言った。

 

「極論、本当の意味で換えが効かない存在ってのはないのかもしれん。でも、俺はお前がいい。お前じゃなきゃ駄目なんだ。お前も()()()()()()()なんだからよ」

 

 世界。そこまで言うか、とバシャーモはけらけらと笑い、そしてカイムと肩を組む。そしてそのまま後ろに倒れ込み、二人は地面に転がった。

 

「まー歳上と古参とか色々あるんだろう。お前、考えなしに思えて意外と真面目いでででで!」

 

 考えなしと言われたことに怒ったのか、ギリギリとアイアンクローで頭を締め上げられる。ギブアップを伝えるようにタップすることでようやく解放された。

 

「いってぇ…考えなしは言い過ぎか。えーっと、あれだ、ムードメーカー。うまく空気を作ってくれるし、他のポケモンへの気遣いフォローしてくれる。俺の手が周りきらない時、いつも色々してくれてる。まあなんだ…」

 

 カイムは倒れたままガリガリと頭をかきながら言う。

 

「ちゃんと見てるから、俺には色々ぶつけてこい。年長者としての自覚があるのは結構だしありがたいが、お前のフォローは俺がする。というか、させてくれや、相棒」

 

 カイムの手持ちで一番手がかからないのは、間違いなくバシャーモ。次点でルカリオ。そして一番手がかかるのは(生まれたてのタツベイを除けば)ブラッキーだろう。うまいこと古参同士でバランスが取れているように思えるが、それはそれとしてちゃんとバシャーモのことは見ている。若干時間は減っているかもしれないが、その時間を古くからの友として、相棒の片割れとして過ごそうと改めて考えた。

 そんな思いが伝わったのか、バシャーモはけらけらと笑いながらカイムの頭をぐしゃぐしゃにする。元より髪が短いカイムはあまり髪型が崩れるとかないため、されるがままになっていた。一頻りやって満足したのか、バシャーモは大きく息を吐いて空を見上げる。

 

 確かに、変なところが似ているらしい。でもそれでいいとわかった以上、あとはどうにかなるだろうと考え、空を見上げた。なんとなく吹っ切れた気がするバシャーモを見て、カイムも空を見上げる。

 

 そんな二人をシロナは研究所の2階から優しい表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻、二人は一通り用事を済ませて博士の研究所を後にした。

 

「お疲れ様」

 

 夕食を済ませてぼんやりと庭で空を眺めていたカイムに、シロナはグラスを差し出す。グラスには黄金色の炭酸の液体が入っていた。

 

「これは?」

「ジンジャーハイボール。薄めにしてるから大丈夫よ」

「そら助かる」

 

 グラスを手渡してシロナはカイムの隣に腰掛ける。そして軽くグラスを合わせると、喉に流し込む。程よいアルコールを感じる割り方にシロナは満足そうに笑った。

 

「うん、これくらいの割合がいいわね」

「さすがに注いで混ぜるくらいはできるんだな」

「なによ。さすがにできるわよ」

「できなきゃ困る」

 

 苦笑しながらカイムも一口飲む。あまり強くないアルコールを感じつつ、もう一口口に含んだ。

 視線の先には、メタグロスの上で瞑想するバシャーモとルカリオ。やはり武闘派の二人は気が合うのか、時折こうして共に瞑想することもある。ほとんど変化はないようだが、色々と吹っ切れたらしい。さすがに一朝一夕で制御できるわけではないが、今日だけでかなり改善傾向は見られた。少しずつ制御できるようになればいいだろう。

 

「私たちにとっても色々と収穫のある時間だったわね」

「偶然とはいえ、良い機会だった。さすが進化学の権威…専門以外の分野も知見が広い。色々アドバイスや気づかなかった視点までもらえた。流石すぎる」

「ふふ、私だけではできない講義ができたから良かったわ」

「それも目的だったりしたか?」

「さあ、どうでしょう」

 

 艶やかに笑うシロナにややげんなりしつつもう一口飲む。

 シロナは現時点で素晴らしい知識と経験を持つが、学問においてはナナカマド博士の経験値には及ばない。それ故に、自分よりも経験値のある博士から知見を得るきっかけを与えたかった。

 

「バシャーモについても、わざとか?」

「ええ」

「それは認めんのかよ」

 

 バシャーモのメガシンカ制御の要因はシロナにもわからなかった。だから進化のスペシャリストである博士からきっかけを知ろうと考えた。

 

「タイミングが良かったっていうのが一番大きいけどね。たまたま博士が()()()()()()()で声をかけてくれたから」

「……それだけか?」

「ん〜?」

「いや、タイミング良かったってのは嘘じゃないことくらいわかる。多分それが一番なのはわかってるけど、他の要因もあったんだろ」

「それは貴方もわかってるんじゃないの?」

 

 シロナの言葉を肯定するようにカイムはため息を吐く。

 先日ポケモンリーグから来た()()()。そこに記された内容は、年末イベントへの参加オファーだった。そしてポケモンリーグからのオファーということもあり、イベントはバトルの大会。

 ただ、大会としてはやや特殊なルールだった。

 

「…お前、ずっと企画してたイベントってこれだろ」

「ええ。特殊なルールだったからかなり調整に時間かかっちゃった」

「お前の思惑は()()()()?」

 

 シロナはカイムの問いに答えることなく再びグラスに口をつける。炭酸を口の中に感じながらグラスを置き、空を見上げた。

 

「趣旨としては、招待状に書かれていた通りよ。シンオウの人にシンオウのトレーナーの素晴らしさを、可能性を知って欲しかったの。だから公認トレーナー全員と、フロンティアブレーンにもお声がけしたイベントにしたのよ」

「殊勝な心掛けなことで」

「バトル界隈は今、素晴らしい才能を持つトレーナーが増えてきてる。そんな彼らの()()()()に続く者のために、今の素晴らしさを知ってもらうことは必要なことよ」

「そうかい。まあその通りだが」

「それが一番の理由。それで、私個人の理由としては…」

 

 シロナは視線のみを動かしてカイムを見る。その瞳に宿る光は、どこか挑発するような怪しい光を宿していた。

 

「あなたと戦いたかったの」

 

 シロナの言葉にカイムは視線を鋭くする。

 

「そいつは、()()()()()()()?」

 

 カイムがつきだしたスマートフォンの画面には、ポケモンリーグからの招待状が映されていた。そこに書かれていた文字を見て、シロナは笑みを深くする。

 

 

 

『シンオウ地方 スタータッグトーナメント参加招待状』

 

 

 

 シンオウ地方のチャンピオン、四天王、ジムリーダー、一部フロンティアブレーン、そして招待枠トレーナーがタッグを組んで鎬を削る大会。その招待状がカイムに届いたのだ。

 

「この大会の趣旨的に、今の言葉はどっちの意味も取れる。どっちの意味だ」

「うーん、どっちもかしら。あなたを相手にしたい気持ちもあなたと戦い抜くことも…どっちも私の望みよ。正直、この大会の発端はこの思いに起因してるわ」

「この崇高な趣旨は後付けかよ」

「元々考えてたことよ。私の我儘と考えを同時に叶えられる方法が、これだったの」

 

 シロナの目から見ても、今のシンオウ地方のバトル界隈は非常に賑わっていた。ベテランから新人まで、非常に多くのトレーナー達が日々研鑽を積み、腕を磨いている。中でもヒカリを筆頭とした若いトレーナー達が台頭してきている事実は、業界の未来が明るいことを示していることに他ならない。

 だからこそ、今のシンオウ地方がどんなに素晴らしいバトルができるのかをシンオウ地方にいる人々に知って欲しかった。だが、ただの大会では面白味がない。だからあまり前例のないタッグバトルという形式を取った。こうすることで、トレーナーとの相性や可能性をより強く示すことができると考えたからだ。

 

「貴方は強い。とても強くなった。でも、シンオウ地方のトレーナーも知っての通り強いわ。正直、今の貴方でも下から数えた方が早いくらいにね。だから、短期間で確実に強くなれる方法が制御方法の修得(今回の一件)だったのよ」

「ついでにしちゃあ手がこんでんな」

「そう?いいタイミングだった。本当にそれだけよ。私だけじゃ、解決できなかったしね」

「ありがたい話だ」

 

 実際、シロナが言うように二人だけで解決できるものではなかった。ついでの用事とはいえ、かなりいい機会を与えてもらったことは間違いない。そのことを感謝するように、カイムはシロナの髪を優しく撫でる。

 

「どうしたの?」

「いやなに。これは()()()()()()()()()みっともねぇ真似はできんなと」

「誰とペアになるかは開会式に決まるからね。私も、誰と組んだとしても全力で挑むつもりよ。たとえ、貴方が相手だとしても」

「俺としちゃあ御免被りたいがな。お前の相手なんて、トラウマが蘇りかねん」

「その割に楽しそうだけど?」

「さあ?」

 

 グラスを揺らしながらカイムは肩を竦める。正直、誰と組んだとしてもうまくやれるだろうが、シロナが敵になった場合は色々とすごいことになりそうだと思っていた。修行時代のトラウマと自分ができることがどこまで通じるかを試せるいい機会とも捉えられる。

 ただ、それはそれとして、本心としてはシロナには隣にいてほしい。その思いはシロナも同じであり、一緒に頂に立ちたいという思いがあった。だがその私欲のためだけにイベントを開催するわけにはいかない。誰と組むかは運次第だった。

 

「どちらにしても、楽しい年末になりそうだ」

「間違いないわね」

「そうなると、大掃除やお節の準備は早めにしておかねぇと…」

「ねえ、今その感想なの?もっと他にあるでしょ」

 

 あまりにも主夫すぎる感想に思わずツッコミをいれてしまうが、シロナは笑ってカイムの肩に頭を預ける。カイムは特に何も言わないが、シロナの肩に手を回して抱き寄せた。

 

 特に何も言葉はない。しかしそれで良いと思える空気だった。

 たとえこれからある祭典で敵になろうとも、今はお互いが側にいればそれでいいと思えた。

 

 二人の間に穏やかで静かな空気が流れている。

 この空気がこの先もずっと続くのを願いながら、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

夜中にカイムの手で遊ぶシロナさん

 

 

 

 

 あまりにも深い眠りに落ちているカイムの顔は、少しあどけない。普段は眉間に皺がよっていて、いつも難しい顔をしている。

 そんな彼が優しい表情になる時がある。それは、眠っている時とポケモンといる時、そして私と二人だけの時。この時の顔を見るだけで胸が暖かくなるのは、あまりにもベタ惚れしすぎだろうか。

 

「…もう少し、表情豊かになってもいいのに」

 

 出会った時と比べたらかなりマシになったと思う。でも、大体いつも無表情か仏頂面。そんな表情も素敵だけど、もっといろんな顔も見たいと思ってしまうのは強欲だろうか。

 

 そんなことを考えながら眠るカイムの頬を撫でる。あまりにも深く眠っているカイムはこの程度では起きない。それをいいことに、頬だけでなく髪も撫で回す。やや固く短く切り揃えられた黒髪が指にかかる。優しく撫で回していると、シロナとカイムの間で眠るブラッキーが薄く目を開いた。夜行性のブラッキーはカイムと違って眠りが浅めだからこのくらいでも起こしてしまうが、特に気にすることなくブラッキーは再び目を閉じた。

 

「…そういえば、ブラッキーとカイムの目の色って逆よね」

 

 ブラッキーは鮮やかな赤で、カイムは深い青。赤と青を逆の色とするかはわからないけど、なんとなく関連性があるように思える。

 カイムの瞳が好き。無論他のところも好きだけど、この優しい瞳はいつも私を安心させてくれる。深い海のような色はとても綺麗で、彼の心を表しているようにも思える。空のように全てと繋がれるわけではないが、たくさんのものを繋いでくれる…そんな心のあり方をしているように感じる。

 

 これだけ撫で回しても、全く起きる気配はない。いつも寝つきがとてもよく、眠りが異常に深い。その癖、起きる時間はやたら早い。改めて考えると、不思議な睡眠をする人よね。

 

「むん」

 

 すやすやと眠るカイムの耳を軽く引っ張る。当然、反応はない…と思ったけど、少しだけ身じろぎをして顔がこちらを向いた。

 誰もが『普通』と言うであろう顔。確かにそうかもしれない。でも、ふと見せる優しい表情はとても魅力的。多分、あの表情を見たことあるのは彼の家族を除けば私とダイゴ君、あとはポケモン達くらいだろう。

 

 ふと、布団の中にあるカイムの腕を取り出す。鍛え抜かれ、引き締まった腕に、勉強と格闘技の練習で硬くなった手。よく見ると、ペンを握っていたことによるタコができている。それに、鍛錬の結果か、小さい傷跡もいくつかあった。

 

「………」

 

 なんとなく、指を絡める。指を絡めてにぎにぎと握ってみると、やはり彼の手の方が幾分か大きい。身長はそんなに変わらないけど、こういうところはやはり男性なんだなって思う。

 

「んん…」

「!」

 

 珍しく、小さなうめき声と共に体がこちらを向く。今日は少しだけ眠りが浅いのかもしれない。

 うめき声なだけあり、いつもより少し低い声。元から高いわけではないけど、いつもより少しだけ低い気がする。

 

 彼の声は優しい。口調がぶっきらぼうだから勘違いされやすいけど、本当に優しい。声だけでなく、口にする言葉、態度、仕草…どれも他者を慮るものばかり。その優しさに甘えてばかりな気もするけど、私は彼の優しい心に少しでも長く触れていたい。

 

 

『シロナ』

 

 

 名前を呼ばれるだけで暖かい気持ちになる。

 だから、名前を呼んでほしい。優しくて柔らかい、包み込んでくれるような、その声で。

 

 私がこんないろんな思いを溢れ出させながら手をにぎにぎしてるのに、本人は気持ちよさそうに寝ている。どう思う?ねえブラッキー。あ、肉球柔らかい。やっぱりこの子は可愛い。カイムの普段の態度と大違い。もうちょっと愛想よくしても……全然想像できないからやっぱナシで。

 

「zzzz」

「ほんとに気持ちよさそうに寝るわねぇ…」

 

 すやすやと眠るカイムの顔はいつも通り無表情だが、眉間にシワがないだけでここまで変わるものなのか。なんとなく眉間を指で抑えてみる。やはり反応はない。最近視力が少しずつ落ちてきているらしいが、もしかしてそれも関係しているのかしら。

 ぐりぐりと眉間をいじる。少しだけもぞもぞと動き、距離が近づく。少しでも動けば、触れてしまうほど。

 

「……ん」

 

 ぐっと近づいて、口付けする。手と違って柔らかい唇の感触と、少しだけ高い体温を感じる。

 

「んっ、ちゅ…ふ…」

 

 啄むようなキス。眠っている彼にこんなことしてるなんて、知られたら引かれてしまうだろうか。いや、でも彼も時折早朝に似たようなことをしてるからおあいこだろう。

 なおも唇を重ねる。カイムから返ってくることはないけど、こうして触れ合えることは嬉しい。もっと触れていたいし、触れて欲しい。

 

 多分、私はとても強欲なのだと思う。

 

 こんなにもたくさんもらっておいて、もっと欲しいと思ってしまう。いつの日かカイムが言っていた『欲しがるばかりではいつか何ももらえなくなる』という言葉に当てはまってしまうだろうか。私は彼に、どれだけのものを与えられているだろうか。不安になる時も稀にある。

 でも彼は、いつも『もらってばかり』だと言う。そんなことは決してない。私も彼にはたくさんもらってる。だからきっとおあいこだ。

 

 

 どんな言葉も、どんな想いも…届かなければ今はない。

 近づけても届かない言葉や想いもある。

 

 

 でも、彼の言葉も想いも、私にはちゃんと届いてる。

 きっと、私の言葉も想いも届いてる。

 だからこれからも()()()は伝え続ける。

 

 

 あなたが必要だと。

 あなたと一緒に生きていきたいと。

 

 

「ありがとう」

 

 

 唇を離しながらそう呟く。

 応えはない。でも、届いていることがわかってるから必要はない。

 

 幸せを噛み締めながら私は目を閉じる。

 この先もこの幸せが続くよう心から願い、眠りについた。

 

 

 

 




Cパート


 カイムがギルドに正式加入してから、数ヶ月。日々は目まぐるしく過ぎていった。

 この数ヶ月でさらに『時の歯車』が盗まれ、時が止まった土地ができた。現状、時が止まった土地はほとんど人が寄りつかない場所故に、時間の停止に巻き込まれた人はいない。しかし、徐々に時間の停止が広がっている以上、人が住む土地に影響を与えるのも時間の問題。
 時間が停止した場所に足を踏み入れても、短時間ならば問題はない。しかし長時間滞在すると、人やポケモンであっても時間の停止に巻き込まれることが報告された。

 事態を重く見たギルド上層部は、『時の歯車』の捜索を命じた。

 現状、『時の歯車』の場所はわかっていない。だが、『時の歯車』が失われた土地の関連性や神話、過去の記録から、各地方にあると思われる場所にそれぞれギルドメンバーを派遣。中には『時の歯車』を発見したチームもあり、その周辺に簡易的なベースキャンプを作り、『時の歯車』を護衛するよう動いている。

 しかし、犯人はその護衛を半ば不意打ちとはいえ真正面から撃ち破り、『時の歯車』を持ち去った。

 急拵え故に、万全の体制だったとは言えない。しかし集められたのはチームリーダーを筆頭とした腕利き。それを正面から撃ち破れるとなると、下手人の腕は相当なものだとわかる。
 今回の襲撃は、たった二人で行われたことが現地にいたトレーナーから報告されている。二人で正面から来るとなると、下手人の腕はギルドトップレベルだと推定された。

 これを受け、ギルドはさらに警戒度を上昇。
 残りの『時の歯車』の特定と保護を最優先に動き始めた。









 ギルド上層部が警戒度を上げたことにより、冒険者ギルドシンオウ支部も『時の歯車』捜索に大きく力を入れ始めた。通常任務を疎かにするわけにはいかないため最低限のメンバーを残し、多くのメンバーを捜索に派遣し、シンオウ地方全体を調べて回っている。おかげで人手不足は加速したが、事務面ではカイムのサポートが功を奏してうまく回せていた。
 この『時の歯車』捜索には当然ギルドトップのシロナや四天王も派遣されている。彼らは素の実力が非常に高いため、サポーター数人と捜索に向かうことになっており、それはシロナも例外ではない。ただ、人手不足が加速したこともあり、最高レベルの実力を持つシロナが連れていけるサポーターは一人という縛りが設けられた。
 そしてその一人として選ばれたサポーターは、案の定カイムであった。ギルドに正式加入してからというもの、シロナは事あるごとにカイムを引き連れて(引き摺り回して)任務に向かっていた。おかげでそこそこ強いレベルだったカイムの実力は飛躍的に上昇したが、同時にシロナの無茶振りに頭を痛めることもしばしばあった。
 そんな日々を過ごすうちに、二人の人格的相性が良く、仲が深まっていった。元々仲は良い方だったため、お互い徐々に意識しあうのに時間はかからなかったものの、シロナは奥手、カイムは()()()()()()で動くことはなく、周囲が若干やきもきしていることに二人は気づいていない。

 そして現在、二人は『時の歯車』捜索のために、シンオウ地方にある湖…エイチ湖を訪れていた。その理由は、『時の歯車』がある()()()()()()と判断されたためだ。
 他の『時の歯車』もだが、どこに存在しているか詳細の記録が残されていない。シロナが知る中で最も調査能力が高いカイムが全霊を上げて調査してなお、可能性がある場所をピックアップできただけだった。そのため、可能性のある場所をしらみ潰しに探すことになった。

 このエイチ湖は、知恵なき者が訪れた時、記憶を消されるという伝承が残されている。そのため、あまり近寄る者がいない。そういう場所にこそ、『時の歯車』があるのではないかとギルドは考え、シロナとカイムを派遣した。

「ここがエイチ湖ね」
「霧が深いな。ほとんどなんも見えないぞ」

 目の前に広がるのは、近くにいるシロナの姿ですら霞むほどの霧。かろうじて湖の水面の場所はわかるものの、湖の全容を見ることはできない。

「ここまで見えないとはね…さすがにこれで探索は難しいわ」
「きりばらいでも駄目だ。多分、特殊な霧なんだろうよ」
「でしょうね。恐らく、結界の類だわ。ここ自体が前から踏破困難の領域として登録されているダンジョンだもの。何かを守っていると考えていいと思うわ」
「伝承に加えて結界か。信憑性が増してきたな」

 ここに当たりをつけたギルド上層部はそれなりに見る目があるのだな、と内心で感心しつつ、カイムは周囲を見渡す。本当にほとんど何も見えず、ダンジョンの入り口である湖中心にある小島も見えないほどだった。
 だがそこで、ふと視界の隅に何かが映り込む。それに近づいて見ると、カイムの身長よりもさらに大きな石像だった。

「…これは?」
「何か見つかったの?」
「ああ…何かの石像だ」
「こんなところに石像…?ギルドの記録にはなかったわ。それに、この石像はグラードンのもの…どうしてこんなところに…」
「グラードン?」
「ええ。かつて大地を創造したと言われる古代のポケモンよ。ホウエン地方で語られる伝説のポケモンなの」
「…ホウエン地方」

 僅かな頭痛がカイムを苛む。時が止まった土地を見た時から、何かしらのきっかけで小さな頭痛が起こるようになっていた。どういったきっかけなのかはわからないが、シロナは自分の過去に関係しているのではないかと助言し、その可能性を考えたカイムは頭痛が起こった時のきっかけをメモに残している。しかし、今のところ関連性は見られず、あまり効果はなかったが。

「また頭痛?」
「……ああ」
「何か思い出した?」
「いや、なにも…」

 何も思い出せない、と言い切らないうちに、カイムはシロナの手にあるものに目を奪われた。ルビーのように赤い輝きを放つ石は、どこか異様な気配を感じる。

「その石は?」
「ああ、ミロカロスに拾ってもらったの。湖の底に沈んでいたんだけど、なんかこう…強い気配を感じたから」

 シロナは『波導』という生体エネルギーを操る術を持っている。そのため、カイムと比べて遥かに強い気配感知能力を持っていた。

「強い気配を感じるでしょ」
「ああ…それに、熱?を感じる」
「そう、この石…熱を持ってるの。何か特別な感じがするでしょ」
「そうだ、な」

 突如、強い頭痛。ノイズが走るように視界が暗くなり、立つことすらできなくなる。

「ぐっ…⁈」
「カイム⁈」
「あた、まが…ぐっ、うう…」

 うめきながら頭を抑えるカイムの体をシロナは支える。支えられるカイムは頭を刺すような痛みと同時に、何か湧き上がるような感覚があった。

「これ、は…」

 脳裏に蘇るのは、ノイズまみれの映像。

 今いるエイチ湖と同じ光景。
 そして隣にいる、()()の存在。一人は今目の前にいるシロナが持つものと同じ形状のものを持っており、もう一人はグラードンの石像を見上げていた。

『そうか、この石をここにはめ込めばこの結界は解ける』
『え、これ使うのかい?ボクとしては持って帰りたいんだけど』
『阿呆、この期に及んでなに舐めたことほざいてんだお前』

(この声…俺?それにお前らは、だれだ…)

 恐らく自分と思われる声と、顔もわからない誰か。だが恐らく、この二人と自分が親しい関係にあることはわかる。
 それに、今シロナが持つ石。これを石像にはめ込むことでこの霧の結界が解けるらしい。

『はは、キミは相変わらずだね。でも、ここは譲ってほしい』
『わかってるよ。さすがにここでボクの趣味を優先はしないさ。しかし、やっぱりカイムの情報は的確だね。石像があるのをわかったうえで来られたのは大きな時短になったよ』
『こんなもん誰でも調べられる。特別なことじゃねえ』

 自分の知らない自分が、誰かと楽しそうにしている。
 その誰かの顔は見えない。ノイズに塗りつぶされ、声すらもまともにわからないほど壊れた『記憶』に、カイムは思わず顔を顰める。
 記憶はここで終わる。これ以上思い出せることはないのか、徐々に頭痛も引いていった。

「大丈夫?」

 ふと意識を引き戻すと、目の前にシロナの顔があった。心配そうにカイムのことを覗き込んでおり、美しい銀色の瞳にカイムは思わず目を逸らしてしまう。

「あ、ああ…問題ない」
「何か、思い出したの?」
「…少しだけ。この霧の結界を…俺は、()()は一度解いたらしい。その時の記憶が少し」
「この結界を解いた…?どういうこと?」
「その石を、この像の台座にはめろ。それで霧は晴れる」

 やや覇気の弱い言葉だが、嘘を言っている様子はない。この霧があるとロクに探索もできないが、『きりばらい』でも消せない霧である以上、探索するためにはカイムの言葉を信じる以外に道はなかった。
 手に持った石を言われた通り台座にはめこむ。すると、台座は僅かに振動し、そして強烈な光を放った。

「なに⁈」

 あまりの光の強さにシロナは思わず目を閉じる。
 徐々に光がおさまり、目を開くとそこには美しい湖畔が広がっていた。

「すごい…あの霧が一瞬で…」
「………」
「カイム…貴方、ここに来たことがあるの?」
「……多分」

 突如湧き出してきた記憶は、いまだにノイズまみれではっきりしない。目の前にあるものと同じ石像と、知らない男二人。二人の男の顔はノイズまりれでほとんど見えず、声もノイズ混じりではっきりしない。
 だがノイズの中にある光景は目の前の湖畔と同じもの。つまり、カイムはここに来たことがあるということなのだろう。

「思い出したのは、この石のことと…多分、俺の元仲間。でも顔も声も名前も思い出せない」
「でも、少し思い出せたのね。それにここに来たことがあるってことは、貴方もシンオウ地方の人だったのかもしれないわ」
「…わからない。ただ、ここと少し風景が違う気がする」
「え?どういうこと?」
「…俺の記憶が不完全なせいもあるだろうけど、なんかこう……色がない場所だった」

 思い出した記憶は、確かにこの湖畔の風景。しかし、記憶が不完全なせいか湖畔の風景は全てモノクロになっていた。カイムの仲間と思われる二人に色はあるためなんとも言えないが、風景に色がないことに違和感があった。
 とはいえ、ここで考えてもわかるはずもない。今は霧の結界がはがれ、先に進めるようになったことを喜ぶべきだろうと思考を切り替えた。

「この調子で記憶が戻ってくれば、きっとその理由もわかるはずよ」
「…ああ、そうだな」
「さ、いきましょう。この先に、きっと時の歯車があるわ。私たちで見つけて保護体制を整えないと。やることは山積みよ」
「ああ」
「頼りにしてるわよ、カイム」

 月のように美しい笑顔をカイムに向けながらシロナは言う。
 そんなシロナの姿にカイムは目を奪われる。ほんの一瞬固まってしまったが、すぐに頷いた。

「善処しよう」
「ええ、お願いね」

 変わらず美しい笑顔を向けながら、シロナはカイムの手を引いてエイチ湖の中央にある洞窟へと向かう。シロナに引かれる手をなんとも言えない表情で見つめていたカイムだが、すぐに視線を前に向けてシロナの隣に並ぶのだった。





ーーー





「ミロカロス!なみのり!」
「トリトドン、だくりゅうだ!」

 洞窟の最深部にて、二人は激闘を繰り広げていた。
 エイチ湖の洞窟を進み、最深部に辿り着いた二人を待ち受けていたのは、グラードンだった。グラードンは二人を見るや否や襲いかかってきて、二人を排除しようと苛烈な攻撃を仕掛けてくる。
 咆哮と共に地面から岩の刃が突き出て、ポケモンだけでなくシロナ達にも襲いかかってくる。シロナは横に、カイムは後ろに下がることで攻撃を回避し、ポケモン達に指示を出す。

「カイム、カバーをお願い!じこさいせい!」
「れいとうビームで地面を凍らせろ!」
《グオオォオォォォ!》

 威嚇するような咆哮。
 それだけで肌がビリビリと震える。伝説に残るポケモンなだけあり、その力は凄まじい。
 だが同時に、二人は違和感も感じていた。


 伝説のポケモンがこの程度のものなのか?


 確かに二人は強い。特にシロナは競技としてもシンプルな武力としてもシンオウ地方最高峰のレベルだ。だが、神話に伝わるほどの存在と戦えるほどなのかと言われたら、否だろう。カイムのサポートありきだとしても、互角以上に戦えているのは違和感があった。

「ねっとうで視界を塞げ!」
「ミロカロス、ハイドロポンプ!」

 ミロカロスの放った激流がグラードンを貫く。攻撃を受けたグラードンはゆっくりと地面に倒れた。

「勝った…?」
「強かった…強かったけど……違和感あるわね」
「伝説に残るポケモンが、こんなもんなのか?」
『それはわたしが作り出した幻影です。本物はこの程度ではないでしょう』

 突如響く声。そして声と同時に、倒れていたグラードンが光と共に消えた。
 光がおさまると、そこには一つの影が漂っていた。

『初めまして、わたしはユクシー。エイチ湖の番人です』
「これ…テレパシーか」
「みたいね。かなり力のあるポケモンでしょう。さっきのグラードンを作り出していたのも、あなた?」
『はい。手荒な真似をして申し訳ない。しかし、わたしとしてもあなた方の力を確かめる必要があったのです』
「力を確かめる?どういうことだ?」
『口で説明するより、見てもらった方が早いでしょう。こちらへいらしてください』

 ユクシーは洞窟の奥地へとゆっくり向かっていく。
 2人は目を見合わせるが、ユクシーに悪意がないことを感じとり、そのままユクシーの後についていった。

 しばらく進むと、地底湖に辿り着く。地底湖にもかかわらず、周囲は明るい。地底湖は壁や天井から水色の結晶が飛び出しており、結晶が光源となって地底湖全体を照らしているようだった。

「エイチ湖の地下にこんな空間があるなんて…」
『ここまでたどり着いた者は多くありません。それに、たどり着いた者は()()()()()()()()()()()()()()ので、記録は残らないでしょう』
「湖に関する記憶を、消される?どうしてそんなことを?」
『その答えは彼方にあります』

 ユクシーが示したのは、地底湖の中央部。地底湖の中央部は強い光を放っており、周囲の結晶と比べものにならないほどの光量だった。

「…あれは」
『あなた方が探していた時の歯車です』
「やっぱり、ここにあったのね」
「時の歯車を守るために、ユクシーは番人をしているのか」
『はい。ここに歯車が安置されて以来、邪な心を持つ者を通さぬために』

 シロナは『時の歯車』に目を向ける。『時の歯車』は息を呑むほど美しい光を放っていた。あれほどの神秘を宿した物体となれば、時を司るものと言われても納得する。

「とても綺麗ね、カイ…ム」

 シロナがカイムに視線を向けると、カイムは目を大きく見開いた状態で『時の歯車』を見つめていた。普段のカイムとは思えないほど強烈な視線を向ける様に、シロナは少しだけ恐怖を抱いた。

「カイム?」
「…あ?ああ、なんだ」
「大丈夫?何か、様子が変だったけど」
「…いや、なんでも……なくはないけど、大丈夫」

 明らかに動揺した様子を見せるカイム。自分でも動揺してるのはわかったが、どうして動揺しているのかがわからなかった。恐らく自分の記憶に関することなのだろうが、詳細はわからない以上、気にしないように首を振った。
 心配ではあるものの、ここで考えてわかることではない。そう考えたシロナは話をユクシーに戻した。

「ユクシーは時の歯車を守るためにここにいるのよね。じゃあ、私たちのことをここに素直に通してくれたのはなんで?」
『お二人がここに来るまでの会話から、時の歯車を守るために来たということを理解したからです。今現在、世界各地で時の停止が広がっていることはわたしも把握しております。目的が同じであれば、手を組むこともできると考えました』
「手を組む…ありがたい話だが、ここに訪れた者の記憶を消せるんだろ?なら、不確定要素である俺たちを迎えるのはリスクが高いんじゃないか?」
『仰る意味はわかります。しかし、わたしだけでは時の歯車を守り切れない可能性を考えました。わたしは能力の特異性こそあれど、わたし自身の戦闘能力はそこまで高くない。記憶に作用する力が通じないほどの相手であった場合、わたしだけでは守り切れませんから』

 ユクシーも世界各地で時間が停止していることは感じていた。そして番人であるユクシーは世界各地にある時の歯車の安置場所には、(例外も多くあるが)ユクシー同様番人がいることを把握していた。そして停止した場所にはユクシーのように特異な能力を持つ番人がいたが、それでもなお歯車は盗まらた。
 だからユクシーは下手人に対して自身の能力が通じない可能性を考えた。もし記憶の力が通じなかった場合、武力面では大きな力を持たないユクシーは対策しきれないと考え、二人との対話を試みた。

「そうだったのね。なら、ギルドから腕利のトレーナー達を手配するわ。可能なら近くにベースキャンプを作ってここの護衛をしようと思うのだけれど、どうかしら」
『とてもありがたい申し出です。是非ともお願いしたい』
「わかったわ、可能な限り早く手配するわね。ベースキャンプの設置についてあなたに要望があれば聞きたいのだけれど…どうにか連絡を取る方法はない?」
『でしたら、この洞窟に住むケーシィに伝達係を任せます。後ほどお二人について行かせて、連絡を取れるようにしましょう』
「助かるわ、ありがとう」

 そこまで話をつけてふとシロナは一つのことを思い出す。カイムの方に一瞬だけ視線を向けると、ユクシーに向けて問いかけた。

「ねえユクシー、もう一つ聞いてもいい?」
『はい』
「あなたって、人の記憶を元に戻すことってできる?」
「!」
『どういうことですか?』

 シロナはカイムの許可を取った上で事の経緯をユクシーに話す。カイムが記憶をなくしていること、どういった経緯でシンオウ地方にたどり着いたのかわからないことを語った。

『なるほど、そういうことですか』
「どう?何か思い当たることはある?あなたの様子を見たところカイムがここを訪れたってことは無さそうだけど…」
『そうですね、カイムさんはここに訪れたことはありません。それに、わたしは記憶を全て消すほどの力はありません。ここの記憶のみを()()力はあれど、完全に消すことはどんな力があっても難しいでしょう』
「解く?」

 ユクシーは空中に一つのイメージを浮かび上がらせる。イメージは鎖のような見た目をしており、ユクシーを取り囲むように浮遊していた。

『記憶とは、鎖のように連なってできています。記憶のかけらが連なり、自身の記憶として成り立つものです。記憶の鎖を一部ほどくことは可能ですが、全てをバラバラにすることは相応の力が必要です』
「そうなると…俺の記憶は消えたわけではなく、ほどけただけなのか」
『はい。記憶の鎖をほどくことは理論上可能ですが、記憶のかけらを消し去るのは困難を極めます。恐らく、わたしの力を限界まで引き上げてもできません』

 記憶とは小さな記憶が連なったできるもの。繋がった記憶は鎖のように形を成し、一つの記憶として出来上がる。そのため、記憶を失うということは記憶のかけらがほどけることだとユクシーは告げた。それと同時に、記憶を形成する記憶のかけらそのものを完全に消し去ることは困難であるとも言った。

「記憶のかけらは消えない…なら、俺が何かを見て記憶を思い出すってこともあるのか?」
『あると思います。思い出しやすい記憶と思い出し難い記憶があるように、強い記憶と弱い記憶があります。強い記憶のかけらは記憶がほどけたとしても、記憶のかけらに強く結びついた風景や出来事をもとに湧き上がってくる可能性は高いかと』
(…そうなると、結界を解いたあの出来事は俺の中で強い記憶ってことか)

 時折ある頭痛も、恐らく弱い記憶が反応しているもの。つまり、ユクシーの言う記憶の鎖の話は正しいのだろう。

「ユクシーは、カイムの記憶を元の形に戻すことはできる?」
『不可能ではないかもしれません。しかし、記憶が完全にほどけてしまった状態となると、非常に多くの時間を要します。加えて、記憶のかけらが意識の海に沈んでしまった(ほとんど思い出せない)状態となると、難しいでしょう』
「…そう、やはり難しいのね」

 いくら記憶を司る力を持っていても、記憶のあらゆることを解決できるわけではない。ダメ元ではあったため落胆はないものの、記憶を取り戻すことに関しては簡単にはいかないらしい。

「わかった、ありがとう。俺の記憶のことは気にしなくていい」
『お役に立てず申し訳ない。しかし、力になれることがあれば申しつけてください。可能な限りお力になりましょう』
「ありがとうユクシー。さあカイム、戻りましょう。ギルドに報告して、一刻も早くベースキャンプを設置しないと」
「ああ、そうだな。とりあえず、報告して申請書を提出すればすぐに動ける状態にまではしてある。報告書の記入はほとんど完了してるし、チーム編成についてもパターンをいくつか考えてる。帰ってマスター(ナナカマド博士)に相談するとしよう」
「相変わらず仕事が早いわね。助かるわ。じゃあユクシー、ケーシィ伝にまた連絡するわね」
『承知しました。連絡、お待ちしております』

 そう言って二人はエイチ湖を後にした。
 本来の目的は果たした。記憶に関することは大きな収穫はなかったが、目的の達成ができた以上、仕事としては十分だろう。
 ギルドに戻った二人はその後すぐにベースキャンプ設置に動き出し、ユクシーの協力があったとはいえ、僅か三日でベースキャンプの設置を完了した。とはいえ、二人は護衛には回らず再び『時の歯車』捜索に戻った。



その二週間後、エイチ湖の時が止まったという報告が上がった。








全然関係ないけど、シロナさんにスリット入ったホルダーネックのドレス着て欲しい。


シロナ
最近アルセウスの衣装が出て先祖の脳を破壊したと思われる人。正直両親については何も考えてないけど、とりあえずウォロさんは親ではない想定。個人的にはコギトさんの直系で、シロナさんはウォロさんの意思を継ぐもの的な立ち位置だと思ってる。古代シンオウ人は寿命が長いみたいだし、ウォロさんは存命。シロナさんにガブのタマゴを与えたのもウォロさん。
最近の悩み:こちらから攻めてもカウンター喰らって大体負けること。

カイム
シロナさん同様特別な血筋だが、分家かつ流星の民の血はかなり薄まっているため長寿とかはない。ただ、瞳の色は流星の民(分家)相伝の色で、ヒガナの緋色っぽい色と逆の色(青みがかった黒)。メガシンカの制御は改善傾向だが、完全な制御はまだできていない。
最近の悩み:視力が落ちてきた。

ナナカマド博士
デンボクさんの子孫で、ポケモンの進化に関する分野において世界的権威と言われるほどの功績を持つ博士。コウキは一応2年前から研究所に出入りさせているが、本格的に助手になったのは今年から。

コウキ
本作ではヒカリが原作主人公なので、博士の助手として活動。立場的にはカイムと似ているところもあるため、割とカイムと仲良くなって時折連絡を取るようになったとか。ヒカリ、ジュンとも友人だが、バトルより学問の方に興味を示すホップタイプ。リーグに出てる二人を『すごいなー』程度の感情で見ているらしい。

バシャーモ
実はカイムの手持ちで一番気遣いできる陽気な奴。普段は陽気で元気な奴だが、稀にメンタルが限りなくマイナスよりになる事も。メガシンカによって心の奥底にあった焦りが浮き彫りになり、うまく進化できなかったことが露見した。ある意味カイムと一番近いかも。

ブラッキー『ボク?ボクはカイムとみんなと一緒にいられれば別になんでもいいんだ。バトルできようができなかろうが、みんながいればいいの!』
バシャーモ『そういうとこだぞお前』


UA100万記念に映画編執筆中です。

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