ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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予告編的なやつです。


1/6 日間ランキング21位
ありがとうございます。
更新してから若干間を空けているんですが、やはりラティオスは人気なんですかね。

水の都を爆速で書き上げた反動で一月は一文字も書けませんでした。

水の都を見たことが無い方。
現在某通販の密林プライムでポケモン映画全部見られるのでぜひ。





52話 スズラン島

 チャンピオンについて、どう思いますか?

 

 

 

「チャンピオン…シロナさんか。強い…っていうのは、言うまでもないか」

 

 ヘルメットを被った青年が、汗を拭いながら言う。

 

「僕は、そう何度もバトルしたわけじゃないんですけど…できないことがないんですよ。あらゆる分野で天賦の域まで鍛えてる。広く深くっていうのかな。何か突き抜けたものを極めるのではなく、()()()()()()()()()()()()()()って感じ」

 

 青年は手に持ったツルハシを岩盤に突き立て、中から出てきた白金珠を手に取った。

 

「白金珠みたいに輝くものを持ちながら、岩盤みたいに土台が盤石な人だと思ってる。僕の友達がそれをより強くしたよ」

 

 青年…ヒョウタは汗を拭いながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

「チャンピオン、シロナさんね〜。バトルと普段で全然違うんだよ」

 

 少女は花壇の花に水をかけながら考えるように顎に指を当てた。

 

「完璧に見えるけど、ちょっと抜けてる人間らしい人だよ。一緒にいて楽しいし、色々知ってるけど…ちょっとした時に抜けてる人なのがわかるの。でも、バトルしてる時は別人みたいに苛烈な一面が見えるよ。本人は楽しむことを一番に考えるけど、勝つことへの思いは本物。どちらも素のシロナさんなんだ」

 

 側にいるロズレイドを撫でながらナタネは続ける。

 

「それでね、自分の強みをより輝かせてくれるの。この花達みたいにね」

 

 水を受けて輝く花を優しく撫でながら、ナタネは花の様に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロナさんですか。強い、本当に強いです」

 

 道着に身を包んだ少女は、道場で空手の型を出しながら言った。

 

「あの人の強さは、千差万別。何をしても、一流なんです。物理・特殊、どちらも対応できますし、搦手相手に上からねじ伏せることも切れ味を上げた搦手で上に行くこともできます。あれほど手札が多い人を、あたしは知りません」

 

 少女は流れ落ちる汗を腕で拭いながら構えを解いた。

 

「あたしのライバルの師匠ですからね。強くないわけがないんです。あたしの目標の一人ですよ」

 

 少女、スモモは強い光を宿した瞳を向けながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、チャンピオンか。あれほど力強いバトルをする人は世界を探してもそういないだろう」

 

 マスクを被った巨漢は腕を組みながら目を伏せる。

 

「オレも長らくジムリーダーをやっているが、あの人に勝ち越せた試しはない。実に多い手札を持つだけでなく、自身のポケモンの特性をよく理解している。毎度毎度、マキシマムなバトルを見せてくれるから、バトルを見ていて飽きん」

 

 腕組みを解いて体の調子を確かめるようにストレッチしながら、男は視線を鋭くした。

 

「流水の如く変幻自在、それでありながら滝のように力強い。シンオウ地方にあれほどマキシマムなトレーナーはいない」

 

 マキシは不敵に笑いながら、拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロナさんデスカ。とても優雅で、エレガントな人デス」

 

 紫のドレスに身を包んだ女性は側にいるムウマージを撫でながら言う。

 

「楽しむことを一番に考えていマスが、自分だけが楽しむのではなく、一緒に楽しむことができるバトルをする人デス。まるで自分と相手でダンスを楽しむかのように…とても、とても素敵で魅力的な人なんデスヨ」

 

 女性はムウマージと踊るように動きながらも、笑みを深くした。

 

「女性としても実に魅力的デース。またバトルできる機会があるなんて、とても嬉しい限りデスね」

 

 メリッサは優雅に笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーシロナさんか。ほんと、気合いの入ってるいいバトルするよね」

 

 学生服に身を包んだ少女は、スマートフォンをぷらぷら揺らしながら答える。

 

「あたしも自分のバトルには自信あるよ。何より気合いを重んじてバトルしてるし、あたしのポケモンもそれが合ってる。だからこのスタイルを貫き通していくし、これからも変わらないわ。でも、シロナさんはあたしとは()()()()気合い入ったバトルするんだ。それに、人の気合をより入れてくれるように立ち回る。それが自分に合ってるってわかってるんだね」

 

 少女は腰に巻いていたカーディガンに腕を通すと、楽しそうに笑った。

 

「あんなに可愛いのに、バトルにかける気合いは超一流。またバトルするのが楽しみ!」

 

 スズナは気合いを入れるように拳を握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チャンピオン、か。言うことは色々あるが…ま、何よりも強いってことだな」

 

 機械をいじりながら青年は続ける。

 

「オレはシビれるバトルが何より好きだ。自惚れるつもりはないが、オレも腕に自信はある。だから、オレがシビれるほどのバトルをできる奴ってのは、そんなに多くない。だからかな。あの人とのバトルは、正直今までのバトルした中だと一番印象に残ってる。こちらのポテンシャルを限界まで引き出しておいて、それをさらに上回るんだから」

 

 機械の部品を取り換え、工具を使ってセットする。そして配電盤を弄って機械に通電した。通電した機械は動き出し、足場が動いていく。

 

「元々強かったのに、ここ最近はより一層磨きがかかってる。オレは、あの人を超えることを目標としてるぜ」

 

 青年、デンジは不敵に笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロナさん?強いよねぇ。ボクは四天王になってまだ日が浅いけど、まだ勝ち越せたことないんですよ」

 

 緑髪の青年は楽しそうに笑いながら言う。

 

「ボクが四天王になった理由は、ボクが大好きな虫ポケモンの素晴らしさを伝えるためっていうのが一番ですけど、純粋に実力を高めるためっていうのもあります。強くなればもっと強い人が相手してくれるでしょ?だからボクは四天王になりました。おかげでキクノさんやオーバさん、ゴヨウさんともバトルしてより虫ポケモンの魅力を磨くことができました。でも、さらに磨いた虫ポケモンでもあの人を超えられない」

 

 ぐっと大きく伸びをしながら側にいたハッサムによりかかる。

 

「シンプルに目標ではあります。それに、あの人は虫ポケモンの魅力をより引き出してくれる。そんな人です」

 

 青年、リョウは楽しそうに、それでいて不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロナさん?そうねぇ…あの子とももう長いわねぇ」

 

 柔和に笑う老婆は、カバルドンを優しく撫でながら物思いに耽る。

 

「初めて会ったのはもう10年以上前で、まだ少女って感じだったわ。とても元気いっぱいで、それは可愛らしい子…あら、そういう話じゃない?ふふ、ごめんなさい。今の四天王であの子がチャンピオンになってから在籍しているのはもうわたしだけだから。そうね…一時期はあの子のガブリアスの指導をしたこともあったけど、あの頃から格段に強くなったし、今は立派なレディね。でも、変わらないところもあるわ」

 

 何かを思い出すように笑いながら老婆は笑う。

 

「今も昔も、自分もポケモンも、そして他人の可能性も追い求める。そういうところはずっと変わらない。素晴らしいチャンピオンよ」

 

 楽しそうに笑いながらキクノはそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロナさんか!アツい人だよな!」

 

 赤いアフロ頭の男は快活な笑みを浮かべながら続ける。

 

「あの人のバトルはよ、いつも全力なんだ。いやみんなバトル中は全力だぜ?そら当たり前のことなんだけどよ…あの人の全力はちょっと違うんだ。なんて言うか…『君の一番強いところを見せてみなさい!』って言われてるようなバトルをすんだ!しかも、その100%を見せたとしてもその上を超えてくるからやべえのなんの。マジでやっててビビるわ」

 

 チャンピオンとのバトルを思い出し、冷や汗を流す。

 

「だからオレは、あの人を超えてもっとアツいバトルができるようになるぜ。今回の大会も、マジでアゲていくからな!」

 

 アフロ頭の男、オーバは気合いをたぎらせるように笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「チャンピオンですか…私の目標ですね。本当に強い方ですから」

 

 サングラスをかけた男性は開いた本のページに栞を挟み、本を閉じる。

 

「私も四天王になってそれなりになりますが、あの人に勝ち越せたことがないです。どれだけ対策してこようと、あの人は必ずその上をいく。前回のポケモンリーグで奥の手(メガシンカ)を出したのですが、それすらも打ち破られた。彼女にかかれば、奇策ですらも一流に纏め上げる。それも無数の手札を持つ故の強さなのでしょうね」

 

 胸ポケットにかけられたサングラスを拭き、綺麗になったことを確認して男性は立ち上がる。

 

「このシンオウ地方において、現時点で最強のトレーナーですよ」

 

 ゴヨウは柔らかく笑いながらも、不敵に笑う口角は静かな闘志を秘めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおチャンピオンか!そうだなぁ、今更私が語ることがあるとは思えんなぁ!グハハハハ!」

 

 豪快に笑う男性は、ツルハシを肩に担ぎながら豪快に笑う。

 

「私もトレーナーになってから長いが、あれほどなんでもできるトレーナーはいないな!何かを極めたトレーナーは何度か戦ったことはあるが、あそこまでなんでもできるトレーナーは見たことがない!どんなトレーナーも得手不得手があるように、なんでもできるトレーナーというのは私が見てきた中だと相当稀だ!しかも全てを一流レベルにするとなると、手持ちポケモンとの兼ね合いもある!チャンピオンはもちろん、ポケモン達自身の腕にも関わる!」

 

 採掘で掘った鉱石を袋の中にいれ、その袋を肩に担ぐ。相当な重量があるだろうが、男性は軽々と担いでいた。

 

「だが、私も負けるつもりはない!新たに鍛え直した鋼の力を振るうには十分すぎる相手だ!」

 

 豪快に笑いながらトウガンは闘志を激らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、シロナさんについて?すっげえよなあの人!めっちゃ強えんだよ!」

 

 金髪の少年は目を輝かせながら言う。

 

「オレ、この前のポケモンリーグでバトルしたんだけどよ、すっげえ強かったんだ!オレがやろうとしてること、全部やったんだけど勝てなかったんだぜ!最終的な目標はダディを超えることってのは変わらないけど、シロナさんを超えることも目標になった!それくらいすげえんだよあの人!」

 

 リーグでバトルしたことを思い出しながら、少年は楽しそうに続ける。

 

「オレ、まだまだだけど…あんなすごい人達がいるところでまた戦えるんだろ?だから、きっとまた強くなれる!」

 

 少年、ジュンは快活に笑いながら、近いうちにある大会に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シロナさんについて?うーん…色々あるから迷っちゃうな」

 

 ニット帽を被った少女は少しだけ困ったように笑う。

 

「シロナさんは、あたしが旅してる時に何度か助けてもらったの。ちょっとしたことから大きいことまで色々。元々目標してたけど、そのおかげでより目標って印象が強くなったなぁ。あたしがバトル始めたいって思うようになった理由もシロナさんだったし、リーグで戦ったことや色々な経験も含めて、今もシロナさんはあたしの目標!だからまた戦えるの、すっごい楽しみ!」

 

 少女は楽しそうに笑いながら側にいるエンペルトを撫でる。

 

「どんなバトルになるかはわからないし、まだまだシロナさんには及ばないけど…あたし、頑張る!」

 

 少女、ヒカリは太陽のように明るい笑顔を向けながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「チャンピオンについて?あー…今更言うことあります?これ」

 

 何やらぶつぶつ呟きながら、青い瞳の青年は続ける。

 

「チャンピオンが強いってことは言うまでもないでしょう。どうせ俺以外の人が散々言ってるでしょうしね。だから敢えて言うなら…変人っすかね。なんで?まあそうなりますよね。いやだって、普通バトルする時に相手のポテンシャルを引き出させるなんてことせんでしょ。バトル後に『ここもっと伸ばせる』とかならともかく、バトル最中にすることは普通しない。まあ、チャンピオンが強いかつ強い奴とバトルしたいからってことだろうけど」

 

 頭にへばりつくブラッキーがゴロゴロと喉を鳴らしているが、青年は特に気にしていない。

 

「この大会もそういうことなんでしょう。今シンオウ地方で活躍するトレーナーのポテンシャルを引き出し、今の自分に何ができるかを再確認させるための。あと、単純にあの人がやりたかったから。いいこと考えるけど、ここまでの規模でやろうとすんのは、素直に尊敬しますわ」

 

 なおも喉を鳴らしているブラッキーを撫でながら、青年…カイムはやや呆れながら言った。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 スズラン島ポケモンリーグスタジアムの控え室にて、シロナは一人で待機していた。

 これから始まるのは試合ではない。ただの撮影…もとい、ライブ配信。年末に予定しているタッグバトル大会の告知配信だ。そのために今、シロナは配信前の準備をしていた。

 

「んー…おかしなところは、ないわよね?」

 

 鏡を見ながらシロナは呟く。シロナの服装はいつもの黒コート。首には赤いリングと、黒いチョーカー。そして胸元にはブローチがある。いつも通りの服装だが、人前に出る以上身嗜みはしっかりとしたいという思いがあった。

 いつもいるカイムだが、今はいない。今日は主催者であるシロナのみで撮影を行う予定故に、このような形になっている。

 

「撮影自体はやったことあるけど、ライブ配信は初めてね。こういう時にこそ、カイムにいてほしいんだけど…仕方ないか」

 

 試合の時は確かにライブ配信だが、あれはあくまで試合。撮影とはまた違う。普通の撮影は最悪ミスしてもカットや編集でどうとでもなるが、今回はそういかない。慣れないことはさすがのシロナも緊張する。

 台本は全て暗記済み。どう進めるかもスタッフとの打ち合わせは完璧。とはいえ、緊張するものはする。

 

「ん?」

 

 突如、シロナのスマートフォンが振動する。

 撮影関連ではない。もしなにかあれば直接来るだろうから、恐らく撮影とは関係ない誰か。

 そう考えてシロナがディスプレイを見ると、そこに記された文字を見てシロナは小さく笑った。

 

「もしもしカイム?」

『おう、今平気か』

 

 電話の向こうから聞こえてきたのは、聞き慣れた低い声。その声を聞くだけで少し緊張がほぐれた感じがするあたり、相当単純な性質だなとシロナは軽く苦笑する。

 

「ふふ、ええ。ライブ配信まで、あと一時間くらい」

『そうかい。今ならいけると踏んで電話してみたが、たまには俺のカンも当たるもんだな』

「あら、貴方の勘も当たる時は当たるじゃない」

『お前ほどじゃねーよ』

「それで?どうしたの?」

 

 電話してきたからには、何かしら用事があるのだろう。火急の用事とは思えないが、何かしらなければわざわざ電話をかけてこない。そもそも彼は今ジムで仕事中だ。電話の向こうからバトルの音や人が話す声がかすかに聞こえてきた。電話の理由はなんとなく理由はわかるが、敢えて問いかける。

 

『別に。用ってほどでもない。ただ』

「ただ?」

『緊張してんじゃねーかって』

 

 低い声からの言葉にシロナは小さく笑った。

 

「あら、どうしてそう思うの?」

『撮影の時は大体若干緊張してるだろ。ライブ配信となったら、余計かなって』

「それだけ?」

『電話する理由としては十分だろ』

「ふふ、そうね。ちょっと緊張してる」

『だと思った』

 

 カイムの言う通り、シロナはちょうど緊張していた。普段の試合や撮影とは異なる配信という形に少なからず緊張しているが、それを普通に予想されたことに嬉しく思いつつ、ちょっとだけ単純な自分の性格に再度苦笑する。

 

『ま、俺ができることなんぞ無いんだが』

 

 俺はVTRでしか出ねーし、と軽く煽るような言葉にシロナは少し口を尖らせる。今回のライブ配信では、事前に撮影したVTRが使われ、その中にはカイムのインタビューもある。自分で企画した以上、この告知配信は自分が出るべきだとわかっているが、緊張している自分に対して余裕そうなカイムのことを少しだけ恨めしく思う。

 

「何もできないのに電話してきたの?」

『何か問題でも?』

「まさか。もっと声聞かせて」

『何を話せと』

「いいから、何か聞かせて」

 

 どうしよもないほどの緊張ではないものの、やはり落ち着くことはできない。少しでも落ち着くためには、やはりカイムの声を聞きたいという思いがシロナにはあった。

 電話の向こうでカイムがでかいため息を吐くのが聞こえるが、すぐに口を開いた。

 

『俺が弟子にしてるミツル、覚えてるか』

「もちろん」

 

 ジムトレーナーとしてではなく、カイム一個人として鍛えている少年、ミツル。ダイゴの紹介でカイムと出会い、それ以来カイムを師匠として日々バトルの腕を磨いている。シロナから見ても才能ある少年であり、ちゃんと鍛えればカイムを優に上回り、トップレベルへと足を踏み入れられるだろうと見立てていた。とはいったものの、ミツルはレッドやグリーン、ヒカリやユウキのような天才ではない。そのため、トップに至るためには正しい努力を無数に積み上げていくしかない。

 その正しい努力の道標を立ててくれるのがカイムだった。シロナの元で修行し、バトルを学んだことにより、優れた鑑識眼を会得したカイムは、どんなトレーナーであっても適したスタイルを導き出すことができる。元々他者の適性を見抜くことには優れていたが、バトルを学んだことでそれがより強化された。そしてそんなカイムの元で修行するミツルは既に頭角を表し始めており、レベルの高いミオジムトレーナー相手にも全く引けを取らなくなっていた。

 

『シロナのバトルを参考にしていてよ。シロナとはやり方は違うが、かなり良くなってきてる』

「私とはどう違うの?」

『シロナは相手のやり方に適応していく後手必殺の構えだが、ミツルは手札をガンガン切って相手が適応する前に倒す先手必勝型。さすがにお前ほどの適応力を身につけるには時間が足りないし、何よりあいつはお前ほど器用じゃない。この方が合ってる』

「手札を切るタイミングが違うってことね。面白いじゃない」

 

 似たような方針でも、スタイルが大きく異なることはよくある。ダイゴとカイムの方針はやや似ており、両者とも高い攻撃力を活かすためのやり方だが、フルアタックスタイルとカウンタースタイルとかなり異なる。この二人のように、ミツルとシロナのように多数の手札を持ちながらも手札を切るタイミングが全く違うが、それも個人の適性に合わせた結果だった。

 

『シロナは相手の動き方をみてから手札を切る。だがミツルは相手が動く前に手札を切り、対応される前に別の手札で畳みかけたりとかな』

「私とはかなり違うわね。自分の強みを伸ばすよりもただひたすらできることを増やす方針は、人よりもポケモンの可能性を追求しなきゃいけないから少し大変ね」

『できることを伸ばしていくかできることを増やしていくか。両方トレーナーならやるが、どちらに重きを置くかの違いだな』

「いろんなトレーナーがいて、いろんなバトルがある。どんな競技でもそうだけど、ポケモンとやるバトルは追求できる可能性や選択肢が多い。だから面白いのよね」

『違いねえ』

 

 バトルという競技は当然ながら、全てのトレーナーごとにスタイルが大きく異なる。トレーナーの適性は無論のこと、手持ちのポケモンも大きく違うのだ。例え同じポケモンを手持ちにしたとしても、大きくスタイルは異なっただろう。

 その可能性の多さが、シロナにとって面白いと思えるものだった。人とポケモンの可能性、これを追求することがシロナのトレーナーとしてのモチベーションであり、カイムがジムリーダーを勤める理由だった。

 

「貴方の持つ可能性は私が見つけた」

『ああ。見つけてもらったな』

「どんな人にも、可能性がある。それを教えられた貴方が、今はいろんな人に可能性を与えてる。感慨深いわね」

『かもな』

「でも、最近こうも思えるの。私が貴方を見つけたと同時に、貴方に私を見つけてもらったとも考えられないかって」

『なーに言ってやがる』

「私が見つけただけじゃこうはならなかったでしょ?だから、私たちはお互いを()()()()()()()()()()って考えられない?」

『かなり変わった考え方だが…まあなんだ、悪くねえ』

 

 互いに互いを見つけることができた。その考え方はカイムにはなかった。だからこそ、シロナの考え肩は面白いと思えたし、そうであったら嬉しいとも思えた。そしてカイムも、その考え方を悪くないと思えた。

 

『んで?今回の配信はどんなこと言うんだ?ただの大会告知だけか?』

「告知するだけなら、リーグから通知するだけでいいわ。今回はこの大会にどういう理由があるのかを、シンオウ地方のみんなに知って欲しいの。だから、わざわざリーグ公式SNSでライブ通知し、ポケチューブのリーグ公式チャンネルで配信するんだから」

『はっ、殊勝なこった』

「ずっと考えてたことだから。このシンオウ地方という歴史ある大地に生きるみんなに、私たちトレーナーとポケモンの素晴らしさを伝えたいって。そして私たちの姿がいつか世代を担うトレーナーの見本になり、超えていくことを願ってね」

 

 どんなものであれ、いつかは終わる。シロナが現在シンオウ地方最強と言われている今の立場も同様に、遠くない未来に終わることになるだろうとシロナは考えていた。

 負けるつもりは毛頭ない。だが同時に、ずっと自分が頂点にいることも良くないとも考えている。相反する二つの考えを持ちながらも、シロナが頂点にい続ける理由があった。自分の全てを費やし、力を尽くし、それでもなお自分を超えてくる存在がいつか現れると確信しているからこそ、こうして続いてくる者達の可能性と素晴らしさを常に伝え続けたい、伝えることがチャンピオンとしての責務だと考えていた。

 

『俺もその可能性に含まれるのか?』

「ええ。でも貴方はどちらかと言うと、()()でしょ?」

『あ?』

()()()ってことよ。先に進む者達の道標となり、正しい道へと導く側」

『お前は先に立ち、俺は後ろから後押しするってか?』

「どう?私と貴方で先に続く者達を導くの。そしていつか私を超え、更に先に進む者の行先を見る。素敵じゃない?」

『…そうだな、そいつはいいな』

 

 自分とシロナで、先と後ろからトレーナー達を導く。そんな大層なことが自分にできるか、とも思えるが、もしできるなら。きっとそれはバトル界隈を発展させることの一部は担えることになるだろう。

 幼い頃夢見た頂点に立つこと。それは自分には叶えられないし、その立場は重すぎる。今の自分が、きっとトレーナーとしては最高の形なのだとカイムには考えられた。

 

『カイムさーん』

 

 電話の向こうからカイムとは違う声が聞こえてくる。前に話したミツルの声と似ていることから、恐らくミツルの声だろう。

 

『今の動き、どうでした⁈』

『70点。受け身とれつったろ、次』

『ええ⁈』

 

 そんな微笑ましいやり取りにシロナは笑う。師匠としてかなり厳しくやっているようだが、前のミツルの言葉から二人の関係は良好だとわかる。

 

『呼ばれた。そろそろ行く』

「ええ、電話ありがとう」

『ああ』

「カイム」

『ん?』

「愛してるわ」

 

 シロナの言葉に一瞬だけカイムの言葉が詰まるのがわかる。だが、すぐに再起動したカイムは口を開いた。

 

『ああ、愛してる』

「ええ。また後で」

『ああ』

 

 それだけ言ってシロナは電話を切る。

 たった一言。それだけで嬉しくなり、心が落ち着く。完全に緊張が消えたわけではないが、かなり軽くなった。今日はこのままスズラン島に宿泊することになるため、カイムに会うのは明日。少しだけ寂しくもあるが、自分が決めたこと。ならば最高の形にしてやろうと腹を括るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ミオジム

 

 エルレイドがカイムに背負い投げを決められて地面に叩きつけられると、即座にカイムの手刀がエルレイドの眉間に突きつけられた。

 

「受け身が苦手だなエルレイド。人間の俺程度の投げに受け身取れないようじゃまだまだだ」

「カイムさん達の体術レベルが高すぎるんですよ…」

「バトルする時は常に半歩引けるように、どんな攻撃を受けてもすぐに元の体勢に戻れるように意識しろ」

 

 ミツルに対して指導を行うカイムを見ながら、三人のジムトレーナーが雑談をしていた。

 

「相変わらず、ミツル君には厳しいなぁ」

「ほんとですね。まあ、僕らにも十分厳しいけど」

「しかし…変わり身早すぎますね」

「ん?どういうことですか?」

「さっきカイムさん、誰かに電話してたでしょ?誰かはわからないけど、多分彼女さん」

「お、彼女か。珍しいな、勤務中に電話するとこなんざあんまねぇんだが」

「何話していたかはわからないけど、最後に『愛してる』って言ってたんです」

「おお〜相変わらずラブラブだねぇ。誰だか知らねえけど」

「そんな会話してすぐにあれですよ?すごいですよ」

「そ、そんなこと言うカイムさん全然想像できない…あんな厳しいのに…」

「はっは!あいつらしいじゃねえか!」

 

 ベテラントレーナーは一頻り笑うと、ミツルを指導するカイムに目を向ける。

 

(しかし、うまく隠すねぇ…あんなラブラブでミオシティに住んでるのに、さっぱりバレないのはすごいな。まあ、遠くない未来に一緒になるんだろうけど。どうなるのか、楽しみだ)

 

 そんなことを考えながらカイムの指導を眺めているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 動画サイトに一つのライブ配信通知が入った。

 配信通知を出したチャンネルは、ポケモンリーグシンオウ支部公式チャンネル。各地方ごとに存在しており、ポケモンリーグ主催の大会やイベントをライブ配信したり、バトルの切り抜き動画などを上げたりしている。

 今回の配信通知は、年末にあるバトルイベントの告知。サムネイルにはポケモンリーグの紋章とジムバッジ、そしてバトルフロンティアの紋章だった。リーグとジムバッジだけならともかく、フロンティアまで関わるというのは、なかなかない。そのこともあり、このサムネイルのインパクトから配信待機者数は既に十万を超えていた。

 

 そして、定刻になると同時に配信が開始した。

 

 画面に映るのは、シンオウリーグスタジアムの中央に立ち、ライトに照らされる金髪の美女…シロナ。凛とした佇まいは、普段のバトルしている時とは少し異なる雰囲気があった。

 

「こんばんは。シンオウ地方チャンピオンのシロナです。今日はたくさんの人に見てもらえて、とても光栄です」

 

 既にこの放送を見る視聴者は十二万を超えた。無論シロナはそれを知らないが、待機時点で十万近くいたことは把握している。今もそれ以上になっているだろうとは予想していた。

 

「今日、このような場を用意してもらったのは、ポケモンリーグ主体であるバトルイベントを行う告知をするためです」

 

 スタジアムのメインモニターに大きく映し出されたのは、出場者達。ジムリーダー、四天王、フロンティアブレーン一名、そしてシロナ。彼らが自らのボールを手に持った写真とポケモンリーグのロゴが入ったイメージ画像だった。

 

「私は、トレーナーになってからずっと考えてました。強くなるためにはどうすればいいのか。常に考え続け、その果てに私なりの答えを見つけ出し、シンオウ地方の頂点に立った。そして頂点に立った今、私をここまで高めてくれたシンオウ地方がどれだけ素晴らしい場所なのか…それを、みんなに知って欲しくてこのイベント開催を考えました」

 

 自分を高めてくれた土地、シンオウ地方。数々の歴史があるだけでなく、豊かな自然と素晴らしい人の繋がりを齎してくれるこの土地に、どれほどの可能性と力があるのか。それをシロナは伝えたかった。

 

「今トレーナーとして活動している人も、これからトレーナーになりたいと考えている子も…今シンオウ地方で鎬を削り、バトル環境の最先端にいるトレーナー達のことを見て、『私たちのシンオウ地方がどれほど素晴らしい可能性に満ちているか』を実感してほしい」

 

 シロナは一度言葉を切ると、闘志を宿した瞳をカメラに向ける。

 

「どんな業界も、常に人が流動していく。ポケモンバトルも同じで、ポケモンと一緒に行う競技だからこそ、より流動性は高くなる。そしてそれは同時に、たくさんの可能性を秘めていることに他なりません。その可能性は誰しもが持つものであり、自分だけで見つけ出せるものではないかもしれない」

 

 この時のシロナの脳裏には、一人の青年の姿が浮かぶ。可能性を持ちながらも、その可能性を開花させる術を知らない者もいる。だがそれを知らないから、という理由だけで見過ごすのはとても勿体無い。

 このバトルという業界で活躍する挑戦者達の勇姿を皆に届けることで、自らの可能性に向き合い、そして才能を開花させ、センスを磨き上げる機会を与えるきっかけを作りたい。その思いがシロナをここまで動かした。

 

「誰もが持つ可能性を見つける…そのために、今最先端にいる挑戦者達の姿を見てほしいんです。彼らの姿は、きっとこれからバトルの世界を担う皆に影響を与え、更なる発展に繋がると信じています。私は、私たちは…シンオウ地方の持つ可能性がもっと大きいものだと思っている」

 

 

 

 

 

 

「以上のことから私は…シンオウ地方で名を馳せるトレーナー達の勇姿を見せる『スタータッグトーナメント』の開催を宣言いたします!」

 

 

 

 

 

 この瞬間、世界でもトップレベルの実力を持つシロナからの言葉に魅せられたトレーナーが大勢いた。自分一人に向けられた言葉ではない。だがそれでも、自分達の持つ可能性を楽しみにしている、と言われたら、同じ競技をしている者であれば、奮い立つものがあるだろう。

 

「この大会にかける私の想いはこれくらいにして…次は、この大会について皆に知ってもらおうと思います」

 

 生放送の画面に新たな画面が映し出される。そこには、今回の大会の出場トレーナーの名前が記されていた。

 

 

クロガネジム ヒョウタ

ハクタイジム ナタネ

トバリジム スモモ

ノモセジム マキシ

ヨスガジム メリッサ

ミオジム カイム

キッサキジム スズナ

ナギサジム デンジ

バトルマウンテンキャプテン トウガン

四天王 リョウ

四天王 キクノ

四天王 オーバ

四天王 ゴヨウ

チャンピオン シロナ

招待枠 ヒカリ

招待枠 ジュン

 

 

「ここに出ている16名が、今回の出場トレーナーです。ジムリーダー、四天王、チャンピオンに加え、新しくフロンティアブレーンに就任したトウガンさんに、招待枠として二人のトレーナーを呼んでいます。この二人が招待枠として呼ばれた理由は、ここ最近の戦績が素晴らしいからです」

 

 ヒカリとジュンは昨年のシンオウリーグから頭角を表したルーキー。ヒカリは昨年のリーグで決勝まで進み、シロナと同格のバトルをした。無論純粋な能力値や実力はまだまだシロナには劣るが、閃きと爆発力は瞬間的に四天王やシロナすらも凌ぐほどになる。また、今年はリーグに出ずにバトルフロンティアでひたすら腕を磨いて、いくつかの施設で金色のシンボルを獲得するほどになった。

 実力においてはジュンも負けていない。今年のリーグではシロナ相手に素晴らしいバトルを見せ、リーグ以外にも地域大会や各地のジム巡り、そしてバトルフロンティアのシンボル獲得と、とてもルーキーとは思えない戦績を残している。

 

「まだトレーナーを始めて2年の二人がこれほどの戦績を残している事実に、私はシンオウ地方の可能性の大きさを見出しました。だからこの二人をシンオウ地方の可能性の一つとして招待しました。二人の活躍、期待しています」

 

 画面が切り替わる。

 次の画面には、大会のルールが記されていた。

 

「次に大会のルールです。今回の大会はタッグバトルなので、この16名でペアを組むことになります。ただ、トレーナーごとによって相性や実力が異なるので、ペア組み次第ではそのペアが勝ち抜くことが決まる、みたいなこともあります。これがタッグバトルの大会があまりない理由ですね。なので今回は、ポイント制を採用します」

 

ジムリーダー、招待枠 3pt

四天王、フロンティアブレーン 4pt

チャンピオン 5pt

チーム上限 9pt

 

「各トレーナーごとに、ポイントを設定しました。上限が9ptで、下限が6ptです。そして、上限ポイントからチームポイントを引いたポイント分、道具の使用が可能となるのが今回のルールです」

 

 例えば、ジムリーダーと四天王が組んだ場合、チームポイントは7になる。上限の9との差は2ポイント。つまり、2ポイント分の道具の使用が許可されるということ。

 

「この使用可能の道具は、持ち物はもちろん、スピーダーのような瞬間強化アイテムも含まれますが、回復アイテムの使用は禁止です。また、使用中も試合は止まりませんので、瞬間的に味方一人がフィールドに残されることになります。加えて、強化アイテムは2ptとして計算されるため、使う際はパートナーと十分に協議する必要があるでしょうね。ただ、どんなペアだったとしても、デフォルトで持ち物一つは許されています」

 

 デフォルトでペア内の持ち物は一つ。そして持ち物全般は1ptだが、試合中使える強化アイテムは2pt換算。自身のペア次第で持ち物、アイテムの使用回数が決まるというルールで今回の大会は開催される。

 

「使用ポケモンについてですが、トレーナー1人につきポケモンを6体登録し、一試合につき2体のポケモンを選択してバトルに出します。つまり、一つのペアで一試合に4体のポケモンを使役してバトルすることになります。そして今回の大会では、使役ポケモンの連続起用を禁止するルールを設けました」

 

 合計8ペアでのトーナメントになるため、MAX3試合。そして1試合で2体のポケモンを使役するが、試合で出したポケモンは連続で試合に出すことができないという縛りを設けた。

 今回この縛りを設けた理由として、大会のコンセプトが『トップトレーナー達の勇姿を見せる』というもの。故に、同じポケモンだけでバトルする可能性を少しでも排除するためにこの縛りを設けた。ペアや対戦相手次第では連続で同じポケモンを出すことになる可能性もあるため、それを封じたことになる。

 

「この縛りを考慮したうえで、バトルに出すポケモンを考えなきゃいけないので、ペア同士での相談が必須です。トレーナーの腕の見せ所なので、そういうところに着目して見るのもいいと思います」

 

 『さて、長くなりましたが』とシロナは言葉を切ると、大会ルールがまとめられた画面に切り替わった。

 

 

大会ルール

ペアについて

ペアはポイント制で、ペアポイント上限は9pt

・ジムリーダー、招待枠 3pt

・四天王、フロンティアブレーン 4pt

・チャンピオン 5pt

ペアのポイントを上限ポイントから差し引いて、残ったポイントの分だけ持ち物やアイテムを使える。持ち物全般は1pt、瞬間強化アイテムは2ptで換算される。また、ペアポイントがいくつであろうとペアの中で1つ持ち物を持たせることが可能。

*なお、瞬間強化アイテム使用時に試合は止まらない。使用中はペアの片割れが1人で相手をしなければならないため、リスクが大きい。

*使用可能な瞬間強化アイテムは『ディフェンダー』、『スピーダー』等の能力段階を上げるもののみ。

*メガストーンの使用は可能だが、複数のポケモンがメガシンカできる場合であったとしても一試合一体のみ。

*回復系アイテムは使用禁止。

 

 

使用ポケモンについて

バトルポケモンは各トレーナー6体登録し、登録ポケモン以外は出せない。試合には各トレーナー2体ポケモンを選択して出すが、一度試合に出したポケモンは次の試合に出すことはできない。

*1試合挟んだ後であれば出すことは可能。

 

 

「大会のルールはまとめた通りです。このルールで進行していくので、よろしくお願いします。初めての試みということで実際やってみて何かしら不具合とかもあるかもしれませんが、精一杯やっていきます」

 

 タッグバトルの大会自体がほとんど前例がない。それ故に、色々と不確定要素は多くあり、実際にやってみないとわからないことも多いだろう。だがそれでも、シロナは踏み切った。自身の考える可能性の素晴らしさを、シンオウ地方全体に知ってほしいから。

 

「最後に、一番注目するペアの決定についてですが…これは大会の開会式に決めます。決定方法はくじ引きによるものなので、参加者、私も含めて誰と組むかは直前までわかりません。事前の打ち合わせもほぼ無しで、全員がこの大会に臨むことになります。条件は全員同じです」

 

 大会までの期間、もしペアが決まっていた場合はペア同士で何かしらトレーニングや打ち合わせができるだろう。しかし、そこに割くことができる時間は人それぞれ異なる。だからこそ、大会直前までペアを決定せずに極力同じ条件になるようにした。

 

「大会はここ、スズラン島のポケモンリーグスタジアムで開催します。チケットはこの放送終了後、ポケモンリーグ公式サイトからお申し込みください。チケットの当落は抽選になりますので、興味のある方は是非応募してみてくださいね」

 

 ウィンクをしながら言うシロナの姿を見た視聴者達が一斉にポケモンリーグ公式サイトを開いたのは言うまでもない。

 

 その後、シロナと共にキャスターの女性でタッグトーナメントに関するSNSでの告知、それに伴うシロナの直筆サインや大会ロゴが入ったグッズの抽選・販売などを告知し、生放送は幕を閉じた。

 たった20分程度の放送ではあったが、最大視聴者数は15万を超えており、トレンドに入っていたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影を終えた夜、ホテルのラウンジでシロナは外を眺めていた。

 吐く息が白くなり始めている。シンオウ地方の厳しい冬が始まろうとしているのをシロナは感じた。

 

「一年…は経ってないけど、久しぶりね」

 

 半年以上前、カイムのジムリーダー承認試験の際にここを訪れた。カイムがジムリーダーとなった時に、このホテルのレストランでお祝いの食事をし、このラウンジで話をした。

 

「あの時、論文のオファー…というか、研究のオファーが来たのよね」

 

 シロナが専門としているシンオウ神話。それに関連するプレートからレジポケモンとアルセウスが争っていたことを論文として記した。プレートの発見もあり、考古学分野でカイムの論文はそれなりに注目されただけでなく、ナナカマド博士とプラターヌ博士の2人から『レジポケモンに関する研究』を強く勧められ、プラターヌ博士の口添えもあり出版社との連携も取り付けることができた。学者としてカイムは大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。

 教え子というより、助手としての側面の方が遥かに強いカイムだが、トレーナーとしても学者としても大きく躍進しているのがとても嬉しかった。

 

「…まだ半年と言うべきかもう半年と言うべきか。どちらかしらね」

 

 あの時、カイムは『待っていてほしい』と言った。どういった意味のものなのかシロナもなんとなくは察しているし、シロナとしてもその願いは心の中にある。待っていてほしいと言われたものの、正直あまり待っているという感覚はない。

 

「あの子がわざわざ『待っていてほしい』なんてね。慣れてないくせにそんなこと言うなんて…いや、慣れてないからこそかしら」

 

 ここ最近、なんとなくこそこそ準備しているのは知っているが、敢えて気づかないフリをしている。多分、カイムも気づかれていることに気づいているが、おおっぴらにすることはしていない。健気に慣れないことを進めている姿を嬉しく思いながら、シロナはポケモンリーグスタジアムを見下ろした。

 無人のスタジアムは暗く、とても静かだった。遠くない未来、あのスタジアムでまた戦うことになるのが今からとても楽しみに感じていた。

 

「おや」

「ん?」

 

 ふと声が聞こえて振り返ると、金髪の男性がいた。

 

「まさかこんなところで会うとは」

「それはお互い様ですよ、クロツグさん」

「はっはっは!それはそうですな!」

 

 ジュンと良く似た顔立ちの男性は、クロツグ。現在はバトルフロンティアのタワータイクーンとして挑戦者を待ち受けている。そんなタワータイクーンが何故ここにいるのかをシロナは問いかける。

 

「どうしたんですか?リーグの方にいるなんて珍しい」

「いや何、少し用事があってね。用事と言っても、委員長と飲むだけなのだがな!」

「クロツグさんは、委員長と仲が良かったんでしたね」

「うむ。私がチャンピオンの時からな」

 

 当時は副委員長だったがな、と付け加えながらクロツグは豪快に笑う。

 クロツグがシロナに敗れてチャンピオンの座を明け渡し、それから数年後に当時の委員長が引退して現在の委員長になった。それももう、かなり前の話だが。

 

「君もチャンピオンになって10年以上か。時の流れは早いものだ」

「そうですね。あの決勝戦は、今も鮮明に思い出せます」

「だろうな。私もだ」

 

 懐かしむように、そしてどこか寂しげにクロツグはリーグスタジアムを見下ろす。

 

「あれほどのバトルは、そうない。今もバトルを生業にしているが、あの時ほど心躍るバトルは経験できん。私の人生の中でトップ3に入るほどだ」

「そこまで言ってもらえるのは光栄です」

「ふふ、あの時の君は本当に強かった」

 

 脳裏に浮かぶのは、まだ幼さの残る少女の瞳に宿る透明よりも綺麗で鮮烈な輝き。今の己の全てを賭けて戦いに臨んでくる姿に、思わず笑顔になったことをよく思い出せる。

 そしてその少女に全霊を賭けて戦い、最後は敗れた。あの複雑な心は、今でも形容し難い。

 

「あの時のことは、今でも夢に見るよ。最高の瞬間と最大の悔しさが入り混ざったあの時間のことをね。それまではほとんど夢を見たことがなかったというのに」

 

 クロツグの表情はとても複雑な表情だった。いい思い出を振り返るような、それでいて一生癒えない後悔を思い出すような、そんな複雑な表情。

 そしてその表情は、いつか自分も同じ思いを抱えた時に経験するのだろうと、シロナは考えた。

 

「…珍しく感傷に浸ってしまった。すまない」

「いいえ。きっと同じ思いを、私はいつか経験する。先人の思いを聞けて、良かったです」

「ふ、そうか」

 

 クロツグは小さく笑うと、手に持っていたボトルの水で喉を潤し、再び口を開いた。

 

「そういえば、今日の放送は見たぞ。随分と大掛かりなイベントをするそうじゃないか」

「ああ、はい。ずっとやりたいなと思ってたことでしたので。本当はもう少し規模は小さくする予定だったんですけど、まさかポケモンリーグスタジアムでやることになるなんて」

「そこは確か委員長の発案だと聞いたぞ」

「はい。どうせやるなら、スタジアムでと話をつけてくれたんです」

 

 当初はヨスガシティにあるスタジアムで、という話だった。ヨスガシティのスタジアムはリーグスタジアムと比べたら大きくは無いが、当初の規模を考えればちょうどいいくらいのサイズだった。しかし委員長はシロナの提案を聞くうちに、このイベントへの思い入れが強くなっていき、規模を大きくしてより多くの人にシンオウ地方の可能性を知ってもらおうとなった。

 

「はっはっは!あの人はイベント好きだからな!それにシンオウ地方の可能性なんてことを言われたら、規模を大きくしたくなってしまうだろうよ!」

「おかげですっごく忙しかったんですけどね。もう本当に手配大変でしたよ。スタジアム自体は押さえられましたけど、その他のことがより大規模になったので」

「だろうな。これほど大規模なイベントだ。準備も相当だろう」

「本当に大変でしたよ…」

 

 準備の期間を思い出しながらシロナは苦笑する。ポケモンリーグの準備も大変ではあるものの、すでにノウハウが確立されている以上ある程度は準備は容易になっている。

 しかし今回のものはそうではない。そもそもルールを作る段階でそれなりに時間を費やした。加えて大規模イベントと化したことによる人員確保など様々な手続き、手配が膨れ上がった。普段の研究、チャンピオン業を並行して行うのはなかなか骨が折れたことは記憶に新しい。

 

「はっはっは!君がそこまで溢すとなると、本当に大変だったのだろうな!」

「色々手を貸してもらったのでどうにかなりましたけどね」

「人の手を借りるのは悪い事ではない。誰しも、いろんな人の手を借りながら生きていくものさ」

「ふふ、そうですね」

 

 笑いながらクロツグの言葉にシロナは頷く。何事も一人で完結するものはない。当たり前のことをしたまでだと納得して、視線をスタジアムに向けた。

 そこでふと思い出したようにクロツグが口を開く。

 

「そうだ!聞きたいことがあるのだが」

「なんですか?」

「今回の大会、君の主観で構わないのだが…注目のトレーナーは誰だ?」

「注目トレーナーですか…難しいですね」

 

 シロナとしては、誰もが注目トレーナーとして考えている。全てのエントリートレーナーは誰しもが強みを持っている。それらの強みは当然、シロナにはないものであり、シンオウ地方の可能性の一つを突き詰めた結果とも言える。だからこそ、簡単に誰に注目しているとは決められない。

 暫しの間頭を悩ませていたシロナだが、決心したように顔を上げた。

 

「一人には絞れなかったんですけど、いいですか?」

「うむ、構わんぞ」

「強いて言えば注目トレーナーは、四人です。招待枠の二人、トウガンさん、そしてミオジムリーダー(カイム)です」

「ほう?その心は?」

「まず招待枠の二人についてです。ジュン君は…言わずともですね。ヒカリちゃんはご存じですか?」

「無論。彼女は幼い頃からジュンと遊んでいたからな。よく知っているとも」

「じゃあまず二人まとめて。あの二人は、単純な数値はまだジムリーダーと同程度のレベルです。でも、ヒカリちゃんは逆境を前にした時の閃きと爆発力。ジュン君は自分の強みを相手に押し付けるゲームメイクセンスが何よりも強みですね」

 

 招待枠、ということもあり、二人への注目度はシロナの中でも高めであった。ヒカリはシロナ同様のオールラウンダーだが、追い詰められた際の逆転の一手を閃く確率が異常に高い。この閃きから逆転した試合は数多くあるため、(本人に自覚があるかはわからないが)これはヒカリの最大の武器と言えるだろう。

 ジュンは閃きというよりも、自分のやり方を押し付けるやり方が非常に強い。互いにやりたいことをやろうとすると、洗練された一手を出した方の策が通る。だが、捨て身のゴリ押しをすることで己のやり方を貫くこともできる。ただ捨て身ではないのがさらに強いところで、敢えて次に繋げる動きもできるようになってきているところがシロナとしては注目ポイントだった。

 

「なるほどな。倅が注目されているのは、なかなかいい気分だ」

「ジュン君はクロツグさんを目標としてますよね。何かきっかけとかあったんですか?」

「決定的なものはないさ。ただ、あいつが生まれた時から私は四天王、タワータイクーンと立場のある状態だった。故に、その姿に憧れたのだろう。父としては嬉しい限りだ」

「そうだったんですね」

「フロンティアブレーンとして、あいつが来るのを待つさ。いつか、私のことも追い抜いていくだろう」

 

 楽しそうに言うクロツグの思いが少しだけシロナは理解できる気がした。負ける気はないが、自分を超えていく若者の姿を見るのはきっと、とても素晴らしい気持ちになれるだろうから。

 

「次はトウガンさんだな。今度同僚となるわけだが…どこを注目してるんだ?」

「フロンティアブレーンは単純な強さとは違う強さが必要。ジムリーダーの時から強かったトウガンさんがどんな強みを手に入れたのかが気になりますね」

 

 今回トウガンがフロンティアブレーンとして勤めるのは、バトルマウンテン。ホウエン地方にあるバトルピラミッドと同じルールであり、継戦能力が非常に求められる施設ということもあり、シロナの予想ではさらに粘り強くなっているのではないかと考えていた。

 

「なるほど、確かにな。同僚として、今度一度手合わせ願うとしよう」

「組織が違うし、私は簡単にはできなさそうですね」

「ま、すぐは無理でもいつかできるだろう。それで最後の一人は…ミオジムリーダーだったかな?」

「ええ」

 

 あまりカイムのことを知らなかったクロツグはスマートフォンを取り出し、カイムのことを軽く調べる。そして一通り調べた結果、意外そうな目をシロナに向けた。

 

「…彼を注目する理由は?」

「ふふ、その様子だと理由が見当もつかない感じですか?」

「はは…彼には悪いが、その通りだ。あまり大会の戦歴もないからか、情報が少ないことも理由としてはあるがね。承認試験に通っているから実力は疑うべくもないだろうが…あえてここで注目する理由は何かな?」

「正直、これが通常のシングルバトルの大会だったらそこまで注目してません」

「…ほう?今回がタッグバトルだから彼に注目すると」

「ええ」

「それはどういう理由なのかな?」

 

 シロナは笑うと、カイムに注目する理由を答えた。決して彼が身内だからというわけではなく、シロナにとってちゃんとした理由があった。

 一通り理由を答えたクロツグは目を見開く。そして楽しそうに笑った。

 

「はっはっは!なるほど、そういうことか!それは確かに注目するな!」

「でしょう?」

「まさか()()()()()()()()()()()()()()()()とはな!カタログスペックで全く注目すべきポイントがないと思ったが、これは()()()()()()()()()()()()()()()()だな!」

 

 あまり見たことのない異質な才能と言えるだろう。これを才能と言うべきかどうかはわからないが、少なくともシングルバトルでは無用なものだと言える。

 

「しかし、そんな才能を持つとは…ダブルバトルならともかく、シングルバトルでは()()()()()()()()()()

「ええ。本人は自覚がないようですし、その才能のせいで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ね」

「なるほど、あり得るな。何より、シングルバトルでは無用どころか()()()()()()()()()()()()。自覚がないなら尚更だ。だが、タッグバトルとなれば話は別だ」

「でしょう?だからこそ、私は彼に注目してます。自分の弟子となれば尚更です」

「ほう?君の弟子なのか。ならば余計に注目するな」

 

 そこでクロツグのスマートフォンが振動する。画面を見てクロツグは苦笑した。

 

「おっと、妻からだ」

「あら、早く出ないとですね」

「うむ、また話そう。大会、楽しみにしていよう」

 

 それだけ言ってクロツグは帰っていく。

 その後ろ姿を見送ったシロナは、再びスタジアムを見下ろした。誰もいないスタジアムだが、遠くない未来にまたあの場で戦えると思うと、どこか嬉しくなってしまう。

 そしてその時、彼が隣にいてくれたら嬉しい。相対する可能性も大いにあるしそれはそれで実に心躍るから、実に悩ましいところだ。こんな悩みは贅沢極まりないが、主催者として頑張ったのだしこれくらいは許してほしいと考えつつ、空を見上げる。

 

 夜空に浮かぶ月は明るくスズラン島を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日のミオジム。

 既に日は沈んでいる。ジムチャレンジは締め切っているが、トレーニングを続けるトレーナーが多くいる。普段であればジムリーダーであるカイムももう少しトレーニングや指導をしていくが、今日は別件があるため荷物を纏めて帰る準備をしていた。

 

「お?カイム、今日は上がりか?」

 

 普段と比較してかなり早い上がりであることを珍しく思ったベテランジムトレーナーがカイムに声をかける。

 

「はい。ちょっと…」

「……ああ、嫁さんか」

「いや…まだ結婚してないっすけど」

「おお、まだか!」

「………」

 

 恨めしそうな視線を向けてくるカイム相手に、ベテラントレーナーは豪快に笑いながら背中を叩く。

 

「はっはっは!いやぁすまんな!てっきりもうそうなってたと思っちまった!なにしろ、トウガンの奴が『もうそろそろ』みたいなことをしょっちゅう言ってたからな!」

「…やめてくれます?」

「わーってるって。広めやしねぇよ。ただ、時間の問題だとは思うがな」

「……否定はしませんけど」

 

 世間的にはシロナのプライベートは謎に包まれている。そんなシロナが結婚を発表したら凄まじいほどの騒ぎになるだろう。わざわざ公表しなければならないことではないかもしれないが、遅かれ早かれ世間に知られる。それくらい有名人である以上仕方ない部分はあるが、カイムとしては少々頭の痛い話ではあった。

 こういう対策は残念ながらカイムの専門外。シロナに任せ、その手伝いをするくらいでいいだろうと考えたところで、一人の少年がロッカールームに入ってくる。

 

「あ、カイムさん。今日はもう上がりですか?」

 

 少年はミツルだった。ミツル目線でも普段遅くまで残ってるカイムが早上がりするのは珍しく思ったのだろう。

 

「ああ。ちょいと用事がある」

「そうですか…聞きたいことがあったんですけど」

「急ぎならメールに入れてくれ。明日までに返しておいてやる」

「いえ、また週明けに聞くので大丈夫です」

「そうか。じゃ、そうしてくれ」

 

 そう言ってカイムはバッグを肩にかけてミツルとベテラントレーナーに向き直る。

 

「んじゃ、俺は帰る。最後の奴は鍵閉めわすれんなよ」

「はい」

「大会近いからトレーニングしたいのはわかるが、やり過ぎんなよ。休日も来ていいけど早めに上がれ。ちゃんと休むことも大事だからな」

「わかってますよ」

 

 苦笑するミツルだが、かつてのことを考えればこれを言われることは仕方ない。もうオーバーワークになることはそうないだろうが、自分でも熱中すると周りが見えなくなる傾向があることは自覚している。甘んじて受け入れるしかないと苦笑した。

 そんな二人を見ていたベテラントレーナーは感心したように腕を組む。

 

「カイム、お前…随分とミツルのことを気にかけてるよな」

「そりゃしますよ。ダイゴ(ダチ)に信じて託されたんだ。それに、有望なトレーナーを潰す真似はしない。ジムリーダーっすから」

「殊勝な心がけなことで。だがそれだと、放っておいたらミツルが潰れるみたいな言い方だな」

「そうでしょう。自覚もあるだろうし」

「はは…そうですね」

「自覚があるならいい。それに、お前はもう()()()()()()()()()()()わかってる。もう大丈夫だろうが、念のためな」

 

 かつてのミツルならともかく、今のミツルは自分に何が合っているかを理解している。自分に合ったスタイルに合わせてトレーニングを続けていけている。

 とはいえ、まだまだ若いミツルでは自分を制御しきれない部分もある。そこをカイムがうまくコントロールしていくことで、ミツルを確実に実力をつけていた。

 ジムリーダーとしての責務としてミツルを鍛えているが、それ以上に親友であるダイゴに託されたというのがカイムとしては大きい。親友として言われたというのはもちろんだが、ダイゴは『カイムだから』託してくれた。ダイゴから頼み事をされたことは何度かあるが、カイムだからという理由で頼まれたことはほぼない。というか、そもそもその個人だからという理由でする頼むようなことはあまりない。そんな中、あのダイゴが自分だからという理由で頼んできた。

 

『ボク視点、キミ以上の適任はいない』

 

 カイムだから託す。そんなことを言われたら、カイムも断れない。

 

「あんなこと言われちゃな」

「なんか言ったか?」

「いえ、なんも。んじゃ、帰ります。最後戸締りお願いします」

 

 それだけ言ってカイムは帰っていった。

 その背中を見ながらミツルは呟く。

 

「…僕も、あんな風になれるかな」

「なんだ、随分とカイムに入れ込んでるな」

「…あんな風に、正しい道を示せるようになりたいです」

 

 きっと自分と同じように暗中模索となってしまうトレーナーはたくさんいる。全員とは言わずとも、そんなトレーナーを少しでも減らすためには、道を示す存在が必要。ミツルにとってそれはカイムだった。だからか、そんなカイムの()()()をミツルは尊敬の念を抱いていた。

 自分がジムリーダーになるかどうかはともかく、いつか自分と似たようなトレーナーがいた時、カイムのように手を差し伸べられる人間でありたい。ミツルはそう思った。

 

「そうかい。んじゃ、頑張んねえとな」

「はい!」

 

 そう言ってミツルとベテラントレーナーはフィールドに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き抜ける風の冷たさに思わず身を震わせる。

 シンオウ地方は北国故に、冬も他の地方と比較してやや早めに始まり、尚且つ寒い。ずっとシンオウ地方に住んでいるシロナといえど、寒いものは寒い。コートは着ているが、内側の服はやや薄い秋物。冬が始まってきたこの季節にしては少しだけ薄い。

 

「寒くなってきたわね」

 

 スーツケースを引きながら呟く。また長く厳しい冬がやってくるが、外の寒さを感じるほどに家の中の暖かさをより強く実感できる。そんな冬がシロナは好きだった。

 ミオシティに到着してからまた少し移動していく。迎えに来てもらってもよかったが、なんとなく自分の足で帰りたかったため敢えてバスを使って街の外れまで移動した。そこからさらに歩いて、自宅へと辿り着いた。

 

 家の中の電気はついている。既に同居している彼は帰っているようだ。事前に帰る時間を連絡していたため、早めに帰宅して待っていてくれたのだろう。

 鍵を差し込み、ドアを開く。外と比較して暖かい空気に思わず緊張が緩む。するとドアを開いた音に反応したのか、ブラッキーが奥から顔を出してきた。

 

「あ、ブラッキー」

 

 ブラッキーはシロナを見るとピンと耳を伸ばす。そしてトタトタと歩いてくると、シロナに抱っこをせがみ始めた。シロナはブラッキーを抱き上げて撫でていると、ブラッキーと同じところからカイムが出てきた。

 

「あ、カイム」

「おう。おかえり」

「ただいま」

 

 靴を脱いで玄関に上がりると、カイムがスーツケースを持ち上げて部屋に持って行こうとするが、シロナはカイムの服の裾を掴んで止める。何事かとカイムが足を止めて振り返ると、シロナはブラッキーを片腕で器用に抱き上げたまま空いているもう片方の腕を広げた。シロナの意図を察したカイムはやや呆れたように息を吐くと、スーツケースを置いてシロナとブラッキーを抱きしめる。

 

「…ふふ」

「なんだよ」

「暖かい」

「寒くなってきたからな」

「そういう意味じゃないわよ」

「じゃあどういう意味だよ…」

「カイムはわかんなくていいの」

 

 『理不尽だ…』と呟きながらもカイムはシロナの身体を離さない。なんだかんだ言いつつ、カイムはシロナの隣にいるのが一番好きな時間。たった一日しか離れなかったというのに、今こうして隣にいてくれることがあまりにも嬉しい。単純な自分にやや呆れつつも、これが自分の本心であることを理解しているためシロナを離すことはしない。

 暫しの時間、互いの体温を感じていたが、二人に挟まれているブラッキーのごろごろという喉の音で我にかえる。カイムが身体を離すと、シロナは少しだけ名残惜しそうにしながらもブラッキーを優しく撫でた。

 

「手、洗ってこい。飯用意してるから」

「ありがと」

 

 カイムはスーツケースをシロナの部屋へと運び、シロナはブラッキーを床に置いて洗面所へと向かった。

 

 手洗いうがいを済ませた後に食卓へと向かうと、既に食事が準備されていた。魚の柚庵焼き、ほうれん草のおひたし、筑前煮、油揚げ入りの味噌汁、白米と納豆という和食のお手本のようなメニューだった。

 

「リクエスト通り和食でまとめたぞ」

「あ、柚庵焼き!嬉しいわ!」

「好きだったろ。ちょうど材料も安かったしな」

「ええ、ありがと」

「ポケモン達の飯も出したし、俺らも食おう」

「「いただきます」」

 

 二人はそうして食事を始める。カイムはいつも通りさくさく食べ進めているが、シロナは好物ということもあってか、普段よりも時間をかけて味わいながら食べているように見えた。

 

「随分、じっくり味わってんな」

「ええ、美味しいもの」

「それだけか?」

「一仕事終えた後のご飯って、美味しいでしょ?」

「はっ、違いねえ」

 

 口角を少しだけ歪め、不器用ながらも笑顔のようなものを見せるカイムに、シロナは笑顔を向ける。そんなシロナを見て、カイムは訝しむような表情を見せた。

 

「なんだよ」

「んー?昔と比べて、随分表情豊かになったなって」

「疲れてんのか?」

「そこまで言う?」

 

 苦笑しながら言うシロナは、柚庵焼きを口にする。

 

「あなたは、表情が動かないだけでちゃんと喜怒哀楽がある。人よりは薄いかもしれないけどね。わかりにくくとも、あなたの心はちゃんと動いているの。顔に出ないだけ。でも、ここ最近は少しずつ顔に出るようになってきた。多分、気づくのはあなたの家族を除けば、私と親友のダイゴ君くらいじゃないかなって」

「似たような話は何度か聞いたな」

「そうね、似た話はしたかも。でも、いいの。とても大事で、素敵なことだから」

「…なるほど、わからん」

 

 自分の話であるが故に、いまいちシロナの話はよくわからない。だがシロナが自分の話をして穏やかな表情をしているのであれば、特に言うことはないと考え、味噌汁を流し込む。

 

「スズラン島でね、前にあなたと行ったレストランでご飯を食べたの」

「ああ、承認試験の時の」

「そう、そこよ。今回はコース料理じゃなかったけどね」

「そんで?」

「とても美味しかったわ。でもね…やっぱり、あなたのご飯が一番好きって改めて思ったの。食べていて、安心する味…あなたがいるからかもしれないけど…あなたと食べるあなたの作ったご飯を食べてると、心から安心するわ」

「…一般的な飯だろうに。大袈裟だな」

 

 カイムの料理の腕は相当良い。それは間違いないが、あくまで一般人レベルでの話。さすがに料理の修行などはしていないため、料理を生業とする者と比較したら劣る部分は多くあるだろう。それに、料理の中には効率化を求めたりしたせいで半分手癖で作ったようなものもある。その程度の腕の自身と、高級レストランでたくさんの人を唸らせてきた料理人の料理を比較したとて、雲泥の差があるだけだろう。

 そんなことはシロナも理解はしている。単純な味というものだけならば、レストランのもののほうが良いだろう。しかし、『安心できる』という意味でカイムの料理に勝るものはなかった。特にこの大仕事を終えてきたということもあり、余計そう感じるのかもしれない。

 

「庶民飯でここまで言われるとはな」

「いいじゃない。私、庶民だし」

「はっ!チャンピオンと学者の二足草鞋履いてる奴が何を言うか」

「えー?少なくとも金銭感覚は庶民だと思うんだけど」

金銭感覚(そこ)は否定しねえ。正真正銘パンピーの俺と感覚が同じなんだ。違ったら、一緒に住んだりもしてねえよ」

「ふふ、よかった」

 

 そのまま他愛のない話を続けているうちに、食事はあっという間に終わった。

 ポケモン達の食事も終わったのを見計らって、カイムは食器を下げて洗い物を始める。それを見たルカリオはいつも通りカイムの隣に立ち、洗った食器を布巾でふいて、食器棚にしまっていく。普段食器棚に食器をしまっているバシャーモはタツベイとじゃれあっており、肩車のような状態でタツベイの相手をしていた。

 

(…やっぱり、バシャーモって面倒見いいわね。ガブリアスと似たような性格だけど、陽気な子って案外面倒見いいのかしら?それともタツベイとの相性がいいだけ?どっちにしたって、歳上としての自覚が強いのよね)

 

 ガブリアスもだが、バシャーモも面倒見がいい。基本的に陽気な性格だが、二人とも根っこはトレーナーに似て真面目な部分があるのだろう。それが災いして考えすぎることもあったが、そこはカイムがうまく解決したようだった。

 

「何ぼんやりしてんだ」

 

 そんなことを考えているうちに、洗い物を終えたカイムがルカリオと一緒に戻ってきた。いつの間にかルカリオの頭の上にはブラッキーがいるが、ルカリオは気にしていないようだった。

 

「んー?相変わらずみんな仲良いなって」

「そうだな。うまくみんなでタツベイの面倒見てくれてるから、かなり助かってる」

 

 『一番手ェかかる奴が最年長でな』と呟きながらカイムはブラッキーを撫でる。言われているブラッキーは特に気にすることなくされるがまま撫でられており、ごろごろと喉を鳴らしていた。その流れでルカリオの首元も撫でると、表情はほとんど変わらないものの、ルカリオの雰囲気がほわほわと柔らかくなるのを感じる。

 

「タツベイはどう?」

「相変わらず外では噛みつくが、それ以外はまあ普通。バトルにはそれなりに興味があるみたいで、ジムのバトルをよく見てる。まだトレーニングはしてないが、いつかはやってもいいかもな」

 

 そう話しながらカイムはシロナの隣に腰掛ける。

 

「とりあえず、生放送お疲れさん」

「ありがと。すっごく緊張したわ」

「ジムでみんなで見てた。盛り上がってたぜ」

「ふふ、恥ずかしい。見返してないけど、緊張してたからどこか変になってるかも」

「違和感はなかった。緊張してんなって感じはしたけど」

「そんなに?」

 

 シロナ自身、緊張していた自覚はある。だがそんなにわかりやすく緊張していただろうか、という疑問もあった。

 

「さっきシロナが言ったろ。俺が表情豊かになったとかなんとか。それに近い。多分、あの緊張に気づけるのは家族除けば…俺とかカトレアくらいだろ」

「そういうこと。それはあるかもね」

 

 付き合いの長いカトレアはもちろん、ここ数年長い時間を共にしているカイムにもその緊張は理解できた。声がどことなく固く、表情の変化も少ない。他者から見れば本当に僅かな差でしかないが、付き合いの長い者であれば理解できる程度の差だった。

 

「で?イベント自体の反応はどうだった?」

「気になるか?」

「それは…主催者だもの。気になるわよ」

「盛り上がってたぞ。あまりないタッグバトルの大会だ。ルールもその分特殊だし、気になる要素としては十分だろ」

「そう。否定的な意見は案外ないのね」

「ねえだろ。否定する意味も理由も」

「こういうのは初めてだから、ちょっと気にしすぎかも知れないわね」

 

 そう言ってシロナはカイムに体を預ける。

 今回の大会、初めての試みが多い。それ故にシロナとしても不安があった。

 

「…ねえ」

「ん」

「カイムは、誰と組みたい?」

 

 突然の問いかけにカイムは少しだけ考え込むが、すぐに口を開く。

 

「難しい問いかけだ。極論を言えば、全員だ。だが、組みたいという意味で言えばシロナ一択だ」

「…なにか少し、含みがある言い方ね」

「前に言ったように、お前と戦うことも期待してる。俺単体じゃあ、お前に勝てるはずもない。だが、誰かと組めば…」

「私にも勝てるって?」

「かも、だがな。組んだ相手にもよるからなんとも言えん」

「言うじゃない」

 

 あの卑屈な青年が、こんなに自信たっぷりになるとは思いもしなかった。いや、自分の実力は正確に推測っているため、自信とはまた違うかもしれない。だがそれはそれとして、カイムが『シロナに勝てるかも』と言うのは、シロナとしては成長を感じられるものだった。

 

「似たような話、前もしたよな」

「したわよ。でも、また聴きたくなったのよ」

「そうかい。好きにしろ」

「私も同じ気持ち。あなたが隣にいることも、あなたと相対することも望んでる」

 

 シロナはそのまま身体をずらし、カイムの膝に頭を乗せた。

 

「どうした」

「いいでしょ。落ち着くのよ」

「筋肉で硬えだろうに」

「寝心地の良さと落ち着くかどうかはまた別よ」

「暗に寝心地は悪いつってるようなもんだろそれ…」

 

 やれやれといった様子で小言を溢しながらも、カイムはされるがままになる。

 

「カイム」

「あ?」

 

 シロナは笑顔で頭をぐりぐりと膝に押し付けてくるが、それ以上は何も言わない。シロナが何を欲しているのかを察したが、なんとなくそのまま思い通りになるのも癪だった。

 

「ねー」

「……」

「ねーえー」

「あーもー…わーったよ」

 

 しつこく催促してくるシロナに根負けしたカイムは、シロナの頭を優しく撫でる。錦糸のように艶やかな髪を優しく撫で、頬に手を添えた。少しだけ冷たい手のひらを感じ、まるでカイムの手に自身の頬を擦り付けるように顔を動かした。その動きがまるで甘える時のブラッキーのように見え、カイムは苦笑する。

 

「…優しい手。冷たくて、気持ちいい」

「寒くなってきたからな」

「知らないかもしれないけど、あなたの手はいつも少し冷たいのよ」

「…末端冷え性か?」

「違うわよ。いやそうかもしれないけど…多分ね、あなたは少し体温低いのよ。一緒に眠っているからよくわかるわ」

「…お前の体温が高いんじゃなくてか?」

「それはわかんないわ。お互い、自分と比較して、しかわからないもの」

 

 シロナは手を伸ばしてカイムの頬を撫でる。やはり少し冷たく感じるのは、自分の手と比べてカイムの頬の温度が低いからだろう。

 

「やっぱり冷たい」

「そうかい」

「手が冷たい人は心が温かいって言うけど、本当かもね」

「さてな。誰もがそうではあるまい」

「そうね」

 

 そんなやりとりをする二人のもとに、タツベイを肩車したバシャーモとガブリアスが歩いてくる。どうやらタツベイはもう眠いみたいで、バシャーモの肩でうとうとしていた。

 

「もうタツベイがおねむみたいね」

「寝かせてくる」

「ええ」

 

 シロナは起き上がるとカイムの頬に口付けを落とし、立ち上がってポケモン達の方へ行った。

 その背中を見送り、カイムも立ち上がりバシャーモの肩でうとうとしているタツベイを抱き上げる。タツベイはカイムの体温がわかるのか、すりすりとカイムの腕に顔を擦り付けた。

 

「…なーんで外では噛みつくかねぇお前は」

 

 いまだに噛みつかれる理由がわかっていないカイムに、『マジかこいつ』という目をバシャーモとガブリアスは向けていたが、その視線にカイムが気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、二人は同じ布団で横になっていた。電気はつけたまま横になり、シロナがいじるタブレットの画面をカイムが眺めていた。

 タブレットの画面には、大会運営としての書類。大枠は決まり、細かい部分もほとんど決まったものの、まだまだやることはある。

 

「まだまだやることは多そうだな」

「ええ。本当は大会が終わってからもやることあるんだけど、大会後のことを委員長に任せる代わりに、大会前はいっぱいやることを請け負ったの」

「なんで大会後のことは免除してもらったんだ?」

「勝とうが負けようが、大会後は疲れるだろうって」

「なるほど」

 

 どんな大会であれ、終わった後の疲労感は大きい。本来なら大会後でもやることは色々あるが、選手として出るシロナのことを気遣って事後処理は委員長が全て請け負ってくれた。その分大会前にやることの多くはシロナがやることになったが、大会後にやるよりは遥かにマシだろう。

 

「タッグバトルとなると、気にすることも増えるし疲れそうだ」

「タッグバトル得意なあなたがそれ言ってもなぁ」

「…あ?俺が?」

「そうでしょ?」

「あんま経験ないからなんとも」

「……ああ、そうかもね」

 

 やはり()()はないらしい。シングルバトルの素質は凡庸の域を出ないが、タッグバトルやダブルバトルならそれ以上。タッグバトルは組んだ相手に大きく左右されるため断言はできないが、ダブルバトルなら四天王相手でもいい勝負ができるほどだ(勝てるとは思えないが)。

 

「今更だが、俺がいるとこでやっていい仕事なのか?」

「そうじゃなかったらここでやらないわよ」

「それもそうか」

「ま、あなたなら見られても問題無さそうだけどね」

「そうかい。ま、あんま根詰めすぎんなよ」

「それはあなたもでしょ?」

「おん?」

「だってあなた、そろそろ()()でしょ?」

 

 それを聞いたカイムは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「…やめてくれ」

「私は楽しみよ?あなたの姿がテレビでも見られるんだから」

「あー…本当にやめてくれ。そもそも普通に仕事してる姿ってだけだぞ。面白くもなんともねえ」

「面白いかどうかじゃないのよ。あなたが頑張っている姿がみられるってだけで充分だわ」

「見られる側からしたらたまったもんじゃねえよ…」

「ジムリーダー全員やってるんだから文句言わないの。それに、あなたは大会での私の姿をよく見てるじゃない。だからおあいこ」

 

 『それを言われると弱いな』と呟きながらカイムはため息を吐く。

 カイムは先日、ジムリーダーとしてテレビコトブキの取材を受けていた。この取材は主にジムリーダーとしての働きの取材であり、今回の大会の出場者全員が受けたもの。シロナがタッグバトル大会の出場者を公開した来週から、毎週二人ずつ取材内容を公開していくことになっている。

 そしてその中でカイムは4番目。再来週には公開されることになるため、カイムとしては気が重い限りだった。なお、公開される順番は取材の都合がつきやすかった人から順番というだけで、それ以上の理由はないらしい。

 

 ただそれはそれとして、目立つことを好まないカイムからしたら、自分の特集みたいなものが放送されるのは頭の痛い話だった。取材そのものは既に終了しているし、何かやらかしたわけでもないのだが、自分のことでわざわざテレビの枠を使われるのは正直なところ嬉しくはない。しかも放送後はポケモンリーグのポケチューブチャンネルに動画としてアップされるとのこと。こうなると、他地方にいるダイゴやカトレアにも見ることができるようになる。いじられる気しかしないため可能ならポケチューブへのアップだけでもやめてほしかったが、例外はないらしい(というかシロナがアップさせるから無意味)。

 

「実に嫌な話だ」

「いーの。私が見たいから」

「限定公開とかにしてくんねぇかなぁ…」

「もう諦めて」

「あ〜…」

 

 嫌そうに息を吐いたカイムは伸びるように腕を上げる。

 その時、布団から出てきたカイムの手からあまり覚えのない匂いがした気がした。

 

「ん?」

「あ?」

「なにか…いい匂い?」

 

 シロナはタブレットを置くと、カイムの手を自分の顔に寄せて匂いを嗅ぐ。普段嗅がない爽やかな香りがカイムの手から微かに漂ってきた。

 

「この匂い…もしかして、ポケモンのシャンプー変えた?」

「よく気付いたな。ちょうど今日変えたばっかだ」

 

 カイムの手に残っていたのは、ポケモン用シャンプーの残り香だった。ブラッキーとムクホーク、そしてトリトドンを風呂で洗った時に使ったシャンプーの香りが残っており、シロナがその香りに気付いたようだった。

 

「いい匂い…どこでこんな良さそうなシャンプー買ったの?」

「買ったというか、貰った。ジムトレーナーの奥さんがポケモン用シャンプーの販売会社で働いてるらしくて、試作サンプルのモニターになってくれって」

「そういうことね。カイムがわざわざシャンプー変えるなんて何事かと思ったわ」

「ひでぇ言われようだが、事実だからなんも言えん」

 

 カイムは基本的にこういう美容系に明るくない。まるっきり知識無しというほどではないだろうが、疎い方だろう。それ故に、シャンプーやコンディショナーなどを変えるという発想はあまりない。ポケモンから何かしら要望があれば別だろうが、本人から進んで変えることはしないだろう。

 

「つーかよく気付いたな。そんなに匂うか?」

「んー?ちょっとだけ」

「…………わからん」

 

 シロナが気付いたから気づくだけの残り香があるのかとも思いきや、カイムの嗅覚ではまったくわからない。慣れてしまい麻痺しているだけなのかもしれないが、それでも全然わからなかった。

 

「もしかしたら、波導の影響で五感が鋭くなったのも関係してるかも」

「すげえ…この短期間でどんだけ強くなんだよ。俺なんてまだ纏うことすら意識せにゃならんのに」

「素質がありますから」

「違いねえ」

「でもカイムの波導もよくなってきてるわ。少しずつだけど、着実に洗練されていってるもの」

「まだそれすら判別できねえよ。ま、地道にやっていくさ」

 

 そう言ってカイムは小さくあくびをして、布団の中に潜り込む。寝るのだろうと察したシロナは作業中だったタブレットの書類を保存して、電気を消した。暗くなった部屋の中でシロナも布団に潜り込み、カイムの手を握って体を密着させる。

 

「んー」

「…なんだよ」

「んふふ」

「なんだよ」

 

 むにーっとシロナの頬を軽くつねるが、くすぐったいのかシロナは身をよじってカイムの体に自分の体を寄せる。

 

「あったかい」

「そらな」

「…隣にあなたがいると、安心する」

「奇遇だな」

「ね」

「ん?」

「ぎゅってして」

 

 シロナの言葉に従って、カイムはシロナの胴体に腕を回す。そうすることでシロナの頭はちょうどカイムの胸あたりに押し付けられた。やはりカイムの体温はあまり高くないのだろう。あまり暖かいとは感じない。

 カイムの心音が聞こえる。とくん、とくんと聞こえてくる音がシロナを安心させた。それにカイムの匂いも感じる。とても安心する感覚がシロナの胸中に広がっていった。

 

「…あなたの側は安心するわ」

「そうかい」

「できることならずっとこうしていたい。そうはできないとはわかってるけど、ずっと側にいたいし、いてほしいわ」

「…ああ、俺もだ」

「もっと、強く抱きしめて」

 

 さらに腕に力を込める。まるで自分と一つにするかのように、強く、強く。

 

「んっ、は……んんっ」

「…変な声出すな」

「ご、ごめん…気持ち良くて…」

「…お前なぁ」

 

 色々と思うところはあるが、天然なのだろうと結論付けてため息を吐く。そして当のシロナはというと、嬉しそうにカイムの胸板に自分の額を擦り付けていた。

 愛おしい。その思いが強く湧き上がってくる。

 

「シロナ」

 

 シロナは呼ばれて顔を上げると、その頬に手が添えられた。

 そして次の瞬間、二人の影が重なる。唇から伝わる感触を受けてシロナはカイムの首に腕を回してより深く繋がろうと力を込めた。

 暫しの口付けの後、口を離す。

 

「逃げやしねぇよ」

「わかってるわよ。もっと、あなたからしてほしいだけ」

「……たまにならな」

 

 そう言ってカイムはシロナの額に口付けを落とすと、布団を掛け直す。眠るのだろうと判断したシロナもカイムの頬に口付けをすると、カイムの首元に自分の顔を埋めて目を閉じた。

 

 

 ただお互いが側にいる。その事実だけで、いつもよりよく眠れる。

 穏やかな夜、寄り添い合う二人が静かに眠りについた。

 

 




Cパート

「で?どうなんですか?」
「……え?なんのこと?」

 ギルド食堂で女性陣のみが集まって食事(女子会)をしている際、唐突にチームリーダーのスズナがシロナに問いかける。なんのことかわからず首を傾げるシロナだが、スズナはにまーっと笑って口を開いた。

「カイムさんのことですよ。気になってるんでしょ?」
「えっ⁈な、なん…」
「見てればわかりますよ〜。ね、ナタネさん」
「わかるわかる〜!男性陣がどう見てるかはわかんないけど、少なくともここにいる人は大体気づいてるんじゃない?」

 グラスをぷらぷらと揺らしながらナタネもにまーっとした笑顔をシロナに向ける。そんなナタネの言葉に同意するように大半の女性陣は頷いた。

「……私って、そんなにわかりやすい?」
「同性から見たら、ですけどね。まあ男性陣にも気づいてる人は少ないながらもいるとは思いますけど」
「まああれだけ引き摺り回していたら、お気に入りであることくらいは察しがつきますよ」
「……そうかも」

 ジョッキに口をつけながらシロナは視線を逸らす。
 確かに、執拗にカイムのことを連れ出していた自覚はある。カイム自身の能力がシロナによく合っていたというのもあるが、それ以上に強い思いがあったことは事実。能力が合っている、というだけでは説明ができないほど連れ回せば、噂になっても仕方ないだろう。

「やっぱりそうなんですね。カイムさんのことをよく連れ出しているのでそうなのかな?とは思ってましたけど」
「スモモちゃんも気づいてたの?」
「そうなのかな?程度ですけどね」
「あれで気づかない女性はここにはいまセンヨ」

 メリッサにまで言われてシロナは観念したように両手を上げた。

「やっぱりバレるか〜…」
「あ、自覚あったんだ〜」
「……まあ、ね」

 カイムのことを気に入っていることは自覚していた。彼の側は居心地が良い。そのせいで彼のことを連れ回しているというのは、本人としても自覚はあった。
 ただその先の関係になることを望んでいるかと言われると、少し考えてしまう。一緒にいたいとは思うが、恋人になりたいかと言われるとわからない。

「良い人ですからね、カイムさん」
「面倒見いいよね。なんというか、お兄ちゃんみたいな感じする」
「わかる!気が効くし、つい頼っちゃうところあるよね!あたしの草ポケモンにもよく懐かれてるし」
「ポケモンに懐かれるのは一つの才能デスネ。事務処理能力も高いし、尖った能力はありませんがオールラウンドに有能な印象が強いデス」

 他の女性陣からの評価も高い。シロナも彼女らが言うことはよくわかる。実際カイムは実に有能であり、ギルドにとって必要な存在となってきている。
 ただ、依然として素性についてはなにもわかっていない。ギルドとしても時折調査したりしているものの、『カイム』という人物については何の情報も出てこなかった。それ故に、ギルドは少しだけカイムの扱いを慎重にしようと考えていたが、シロナはチャンピオン権限で好きにしているというのが現在だった。

「ね、シロナさん」
「ん?」
「カイムさんのこと、どう思ってるの?」

 ナタネの問いかけに、シロナは少しだけ頬を染めて目を伏せる。それだけで女性陣はシロナの想いをなんとなく把握した。

「やっぱり、そういうこと?」
「…どうなのかしら。確かに、彼は私の中で他の人とは心の場所が違う気がする。でも…この想いが(そう)なのかと聞かれると…今はわからないとしか言えないわ」
「そっか。じゃあ、ちゃんと考えないとデスネ」
「既婚者が言うと違いますね〜」
「年齢ならシロナさんよりも上デスからネ!」

 メリッサは一呼吸置いてジョッキのジンジャエールを飲むと、シロナに優しく笑いかける。

「だからこそ、彼への想いがどんなものなのかは自分の中ではっきりさせておくことをおすすめしますヨめ
「え?」
「彼、記憶がないのでしょウ?なら、記憶が戻ったらここを去ってしまうのではないデスカ?」

 その可能性はシロナも考えていた。断片的に思い出された記憶には、カイムのかつての仲間がいる。なら記憶が戻ったら、彼はここを去るのではないか。そう思っていた。

「…その可能性は、あると思います。でも…彼の記憶を取り戻す手伝いはしたいんです」
「…その結果、彼がここを去ることになっても?」
「うん。そうなったとしても、彼がそれを望んでいるから」
「真っ直ぐだなぁシロナさん」
「でも、ちょっとこれに関しては少し慎重にならないととも思ってるの」
「?」
「…カイムは多分、記憶を取り戻したいと思っているけど、同時に記憶を取り戻すことを怖がっているわ」

 明らかに矛盾する二つの思いを抱えているのをシロナは本人から聞いていた。記憶を取り戻して自分が何者なのかを知りたい。しかし、同時に記憶を取り戻すことで発生するであろう不具合を懸念していた。

「みんなは、無くした記憶が戻ってきたらどんな感じだと思う?」
「え…どんなんだろ」
「うーん…想像できないですね…」
「人の性格や人格って、その人の経験や記憶が大きく影響してることが多いらしいの。そんな中、記憶を無くしたらどうなると思う?」
「…人の人格は、記憶に引っ張られることが多い…記憶を無くしたことで、違う人格や性格で生きているって可能性があるってことデスカ?」
「カイムはそう考えてるわ」

 人格は経験や記憶によって肉付けされることが多い。それ故に、記憶を無くしたカイムはベースとなる人格以外はほぼゼロになり、シロナに拾われて以降の経験が記憶を無くす前の自分とは違う人格になってしまったのではないかと懸念していた。
 そんな中、記憶を取り戻したらどうなるか。


『…今の俺は、消えちまうんじゃないかって…思うんだ。確信はない。でも…それも含めて、俺は記憶を取り戻すのが……怖い』


 そうシロナに吐露したカイムの姿は、今までのどんな時よりも弱々しかった。あの姿を見て、記憶を取り戻す手伝いをすることが本当に正しいのか疑問に思ってしまった。

「私は自分の想いがどんなものなのかまだ、わかってない。それに、カイムの記憶のこともある。だから、私は自分のためにも彼のためにも…ちゃんと自分のことを考えないとって今思ったわ」
「…うん。シロナさんがそう考えたなら、きっとそれが正しいよ」

 スズナの言葉にシロナは頷く。
 そしてどことなくしんみりしてしまった空気を切り替えるようにパンっと手を叩いた。

「さ、せっかくの女子会なんだし、もっと色々お話ししましょ!」
「そうよ!ナタネさん最近彼氏できたでしょ!」
「うええ⁈なんで知ってるの⁈」

 そんな話でワイワイ騒ぎ始めた声を聞きながら男性陣の一部はカイムの部屋で飲み会をしていたのだが、それはまた別の話。








Q.カイムって凡庸なのにジムリーダーやれてるのは何故?
A.彼のバトルの才能を『極・天賦・秀・優・普』の五段階で表すと、元々の才能は『普』です。ただ、シロナという最高の相性を持つ師匠に巡り合い、カイムが鍛錬するのに最適な環境があったため、今の彼は『優』の上澄みにいます(でも『秀』にはギリギリ届かない)。
才能レベル『普』であったとしても、環境次第で上の段階にいけます。ただし、『極』に行くためには『天賦』の才能を持つ人の環境、巡り合わせ次第で、個人だけでは絶対に到達できません。

Q.『極』にいるのは誰ですか?
A.現時点で『極』に達しているのはレッド。他のチャンピオンは極限集中状態になると『極』に足を踏み入れます。また、過去に『極』にいたのは若かりし頃のオーキド博士とアデクです。
『天賦』はシロナ、グリーン、ダイゴ、ワタル、アイリス、カルネ、ダンデ、オモダカ。あとは条件付きでカリン、ゴヨウ、キバナ、クロツグ、アデク。他の四天王、フロンティアブレーンは『秀』の上澄で、条件や鍛錬次第で『天賦』に達しますし、片足突っ込んでるトレーナーもいます。
ただ、『天賦』レベルの才能も巡り合わせや鍛錬次第で『極』に達します。グリーンとアイリスは『極』到達レベルの才能を持ちますが、現時点では『天賦』です。『極』は本格的に修羅の道に足を突っ込んでいるので、通常は『天賦』レベルが天井です。
また、『極』に達した者が常に勝てるか、と言われたら話が変わります。コンディション、フィールド、相性、事前準備でバトルの結果は大きく変動します。『極』トレーナーの事前準備無しvs『天賦』トレーナーの事前準備ありだと、勝率は『天賦』の方が高いです。

Q.スマホロトムまだないの?
A.ロトムというポケモン自体がまだ普及していない(そもそも目撃例がほとんどない)ため、図鑑にも載っていません。ただ、ギンガ団のアカギの研究記録から『ロトム』と名付けられた存在がいるということだけは、記録に残されています。作中時間であと二、三年で発見・普及していく想定です。


シロナ
生放送してた。予告番組みたいなものをしてほしくて今回の生放送になったが、結局タッグバトル編のルール開示のためだけにできた回。シロナさんが誰と組むかはまだ決めていませんが、今のところ二つの世界線を考えてます。


カイム
シングルバトルでは無用な才能を持つ男。ぶっちゃけダブルバトルでもなくても普通に強くなれるある意味異端だが、それ以外は凡庸。どんな才能があるかは、実は連載初期からちょこちょこ描写されてる。一応カイムのプロット作った段階でこの才能自体は持つという設定にしていたが、まさか本編で書く日が来るとは作者も思っていなかった。

クロツグ
タワータイクーンで、元チャンピオン。実際にチャンピオンだったかは明言されていないが、それっぽい描写だったりダイパでの戦闘BGMがチャンピオン戦のものだったりと色々仄めかされているので元チャンピオンということにした。手持ちにレジギガスはいない。




今回はシロナさんメインだったし、次回はカイムでずっと書きたかった「プロフェッショナル」的な奴を書こうと思います。ジムリーダーとしての職業の捏造もありますが、書きたかったからやります。


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