ミツル君編ラスト
一旦彼の話はここで終わりです。
エピローグとかで少し書くとは思いますが、メインで書くのはこれで最後です。
波の音が聞こえる。
この街に来てから、ずっと聞こえてくる音に少し慣れてきたように思える。そんな波の音を聞きながら少年…ミツルは少し先を走る青年の背中を追っていた。
「はっはっ、はぁ、はっ…」
軽いジョギングと聞いていたが、体を鍛えていないミツルにはかなりのハイペース。隣を走るエルレイドはさすがにまだまだ余裕がありそうだが、ミツルにはついていくので精一杯だった。
「……大丈夫か」
目の前を走っていた青年、カイムは立ち止まり振り返る。その額には僅かに汗が滲んでいるが、ミツルと比べると体力は遥かに余裕がある。
「だ、大丈夫、じゃ、ないです…」
「ペース上げ過ぎたか。ここらで休もう」
「す、すみません」
「いい。
カイムはゆっくり歩き始め、ミツルとエルレイドもそれに続く。ゆっくり歩きながら息を整えていき、ふと視線を横に移すと日光に照らされた海があった。
「ミツル」
「あ、はい!」
「エルレイドとそこのベンチ座って休んでろ。飲み物買ってくる」
「はい」
言われた通りベンチに座り、再び海に視線を移す。穏やかな波の音が響いており、今は船も出ていないためただただ静かな水平線が広がっていた。
「もう四ヶ月経ったんだ」
シンオウ地方に来てから、もう四ヶ月。当時は暑かったが、今はシンオウ地方らしく厳しい寒さが襲いかかる季節となっていた。ダイゴに言われるまま来たシンオウ地方だったが、あの時と比べて随分と自分は変わったように思える。ユウキに憧れ、彼と同じようにバトルすることに拘った結果、暴走して精神も体力も擦り減らしてポケモンにも心配をかけてしまった。そんなこともあったな、と思いながら今の穏やかな時間を過ごしながら思う。
(あのまま突き進んでいたら、僕はどうなっていたんだろう)
ふと、そんなことを思う。あの時は盲信的にユウキのようにバトルすることに拘り、あらゆることを無視して走り続けた。結果的にはカイムが止めてくれたが、あのまま走り続けたら…もしかしたら、今隣にいるエルレイドもいなくなっていた可能性すらあるのではないか。そこまでして走り続けた先にあるものは、果たして自分が本当に欲しかったものなのか。そんな薄寒い想像にミツルは思わず身震いした。
「寒いか」
そんな考えを遮るように、カイムの声が聞こえてくる。手に持っているのはスポーツドリンクと暖かいお茶で、両方をミツルに手渡してきた。
「冬でも水分補給は忘れるな。熱中症の危険はないが、脱水症状にはなる」
「はい、ありがとうございます」
「今日も寒い。お茶も飲んで体冷やさないようにしておけ」
そう言ってカイムもミツルの隣に腰掛け、ペットボトルの水を飲む。全く疲れた様子がないのはやはり、鍛え方が違うのだろうとミツルは内心で納得する。元々引っ込み思案であまり外で走り回るタイプの子供ではなかったミツルは、カイムのように強靭な体ではない。ここまで差があるのも当然だろう。スポーツドリンクを飲みながら、自分ももう少し鍛えた方が良いのだろうかと考えていると、カイムはボトルの蓋を閉じて視線をミツルに向けた。
「なんでいきなりジョギングについてきたいとか言ったんだ」
カイムの問いかけに、ミツルは海に目を向ける。
「…カイムさんが、普段どうやってトレーニングしてるのか知りたくて」
「俺の?知ってどうすんだよ」
「真似する気はありませんけど、どうやって強くなったのか、どうしてそのトレーニングを選んだのか知りたくて」
「へえ」
ミツルは師匠であるカイムが普段どうやってトレーニングし、強くなっているのかを知りたかった。真似するためではなく、どういったロジックに基づいてトレーニングをしているのかを知りたかったのだ。
「ジョギング程度じゃ特になんもわかんねえだろ」
「いえ、そんなことないです。ポケモンバトルはスポーツである以上、体力を鍛えるのはわかりますけど、トレーナーであるカイムさん自身が鍛える必要はない。でもトレーニングに組み込んでいるってことは、体力が必要なスタイルなんだってわかりますよ」
「俺の趣味ってことは考慮しねえのな」
「それはあるかもしれませんけど、体力作りが必要なスタイルだって考えられる一因にはなりますよ」
「そうかい」
ちゃんと頭使えるようになってきてるな、と考えつつ、カイムはボトルを置く。
「なんでそんなこと考えるようになった?」
「えっと…ミオジムのジムトレーナーのみなさんとバトルして、本当にいろんなスタイルがあることを知ったんです。カイムさんみたいなカウンタースタイルもあれば、ノーガードの撃ち合いスタイル、搦手で弱らせて行くスタイル…言葉で表すだけなら簡単ですけど、トレーナーとポケモンごとに似たスタイルでも大きく違う。それをより実感したからです、かね」
今まではユウキのスタイルこそが最高でそれ以外は目に入っていなかった。だが落ち着いて見てみると、トレーナーの数だけスタイルがある。そしてどれも同じものはない。そのことをより強く実感してから、たくさんのトレーナーのバトルを
するとどうだろう。狭窄していた視界が晴れるように、たくさんのことが目に入るようになった。これまではユウキの背中を追いかけることしか考えず、それ以外のことに目を向けることもしなかったというのに、たくさんのことを知りたいと思うようになった。だからまずはミオジムのジムトレーナー達のことを知ろうと思い、バトルするだけでなくたくさんの言葉を交わした。まだ成果に結びついてはいないが、きっとこれが無駄ではなかったと思える日がくると、今はそう思っている。
そして明日、ミオシティのスタジアムで大きな大会がある。ポケモンリーグが主催している大会で、参加者もそれなりに多い。さすがにポケモンリーグほどの参加者はいないが、ジムトレーナーレベルがゴロゴロいる大会だ。新たなスタイルを確立させている最中のミツルにとっては、ここまでの修行の成果を見せるいい機会だと言える。だからこそ、この数ヶ月間ずっと指導してくれたカイムのことを知りたいと思った。
そう考えながら目の前のカイムに目を向ける。腕まくりをしたカイムの腕はよく鍛えられていた。
「カイムさんって…」
「ん?」
「どうして、こんなに鍛えているんですか?格闘技も…トレーナーとして必要だったとかですか?」
「ああ?あー…体を動かすのが好きなのと、
「…ん?」
後半の言葉がわからず、ミツルは首を傾げる。
「ポケモンの視点が、わからなかった?」
「ああ」
「どういう意味ですか?」
「実際に戦うのはポケモンだろ?ポケモンが実際戦う時、あいつらがどんな視点なのかが想像できなかった。戦う側の視点はどんなものなのか、どんな思いに駆られるのか。それを知りたかったんだ」
戦う側の視点は実際に戦うことでしか理解できない。凡庸なカイムには実際に戦うことでしかその視点を得ることができなかった。
しかしいくらカイムが運動能力に優れていようとも、いきなりポケモンと組み手ができるようになるわけではない。だから格闘技とポケモンバトルを両方学ぶことができる場所であるトバリジムをシロナに紹介してもらった。トバリジムで格闘技とポケモンバトルの基礎を学びながら、自分に合ったスタイルの模索を続けていき、結果的に戦う側の視点をある程度理解することができた。
「普通はいらないと思うけど、俺は欲しかった。というか、ないと多分上達しないって言われた。他者の視点を理解することはできるけど、戦うという特殊な視点についてはうまく理解出来なかったんだ。だから実際に俺自身が戦う視点を体感するしか、戦うポケモンの視点を理解する術がなかった」
カイムがかつて伸びなかった理由の一つは、戦う側の視点を理解することができていなかったということ。スポーツを多くやってきたカイムはそれなりに『プレイヤー』としての視点はあれど、『戦う者』としての視点がなかった。普通のトレーナーであればここまでする必要はないだろうが、カイムはこれがないことで伸び悩む一因になっていた。
「本来は不要だ。やりたいなら話は別だが、お前は特に不要」
「えっ?あ、いや…僕はやりたいわけではなくて」
「わかってる。やってた理由を知りたいだけだろう。だがお前はまだ暴走癖が残ってる。釘刺しておかないと、ちょっと試してみよう程度の空気感で没頭しかねない」
「うっ…」
「そこまで心配しちゃあいねぇが、一応な。お前は、まず今のトレーニングを続けるこった」
「はい」
立ち上がり、ぐーっと伸びをするカイムの言葉にミツルは頷く。
既に上がっていた息は整い、心地よい程度の疲労感がある程度。足は少し重いが、筋肉痛になるほどではない。明日の大会はベストコンディションで挑めるくらいには回復できるはずだ。
「明日の大会はどうやるつもりだ?」
大会のことを考えていた矢先、カイムに問いかけられてミツルは驚いたように目を見開く。そんなミツルを見てカイムは顔を顰めた。
「…なんだよ」
「いや…ちょうど大会のこと考えてたので驚きました」
「お前はわかりやすいからな」
「そうですか?」
「ああ」
そんなにわかりやすいだろうか、とミツルは疑問を覚える。
「僕、わかりやすいですか?」
「ああ。
「?」
「そこはいい。んで?どうやんだ?」
深い海のような色の瞳に見つめられてミツルは少し背筋が伸びる思いに駆られる。初めて会った時は無機質に見えた瞳も、今では見慣れてどことなくお人好しなように見えていた。
「そうですね。自分のやり方を貫くっていうのは誰が相手でも変わりませんけど、使う手札に関しては相手ごとに変えるつもりです」
「オーソドックスに行く感じな。いいと思うが、相手も対策をしてくる。どう対策するかは相手次第だが、思い通りにいかないことの方が多い。その時はどうする」
「自分で考えられる限りのことは、考えておくつもりです。自分がこう出てきたら、こうされそう。その時はこれとこれとこの手札が使えるって感じに。だから相手のスカウティングはしっかりやります」
「うん、いいと思う」
ミツルの武器は深く考えられること。この武器を活かすためには、どれだけ無数のパターンを考えておけるかが鍵になる。ユウキやヒカリのような直感型とは違い、事前に考えたものが本番に大きく影響するスタイルだ。それを理解しているミツルは事前のスカウティングをしっかりしておこうと考えていた。
(もう一歩踏み込めれば完璧だが…さすがにまだ難しいか)
現時点でも
「聞きたいことがありゃ答えるが、できるだけ自分で頑張ってみ。良い機会だし」
「はい!」
「んじゃ、そろそろ戻るか。体が冷える」
カイムはボトルを近くにあったゴミ箱に入れると振り返る。相変わらず表情に変化はないが、これがこの人の普通なのだとすっかり慣れたミツルは笑って頷いた。
ミツルもボトルをゴミ箱に入れると、温かいお茶をポケットに入れて立ち上がり、カイムの隣に並んで歩く。
「明日」
「はい?」
「頑張れよ」
「は、はい!」
珍しい言葉に一瞬驚くも、ミツルは笑って頷くのだった。
*
翌日
ミオシティスタジアム
「人、思ったより多いな…」
選手受付を済ませたミツルはスタジアムの観客席を歩いてスタジアムを見て回っていた。流石にポケモンリーグほどではないにしろ、ミツルからしたらかなり多い人が入っていることに少しだけ驚いていた。あまり大会に出たことがなかったというのもあるが、恐らく前はそんなことを気にしていなかっただけなのだが。
そう歩いていると、コートを着ている男性にぶつかりかける。
「おっと」
「あ、すみません」
ミツルは咄嗟に回避しようとするが、回避しきれず腕と腕が軽く当たってしまう。男性はじっとミツルを見つめてくる。なんだろうとミツルが首を傾げると、男性は小さく笑って首を振った。
「ああいや、すまない。君は見たところ、出場者かな?」
「は、はい!」
「私もなんだ。今回はライバルということになる。当たれるかどうかはわからないが、よろしく頼むよ」
「…はい、よろしくお願いします」
男性は優しく笑うと手を差し出す。その手を取ってミツルは男性と握手を交わした。
「私はタイガ。君は?」
「ミツルです」
「ミツル君。君とバトルできるのを楽しみにしているよ」
「はい!」
ミツルはそのまま歩いていくタイガの後ろ姿を眺める。見たところ、カイムよりも歳上。ただ、纏う空気はカイムよりも強そうに思える。あんな強そうな人も参加しているのかと、楽しみになりつつもほんの少しだけ、今の自分がどの程度通じるか怖くもなる。
そのまましばらく歩いていき、参加者専用の入り口に辿り着く。参加者用パスを見せて中に入り、控え室と向かう途中で金髪の美女と出会った。
「あら、ミツル君」
「あ!シロナさん!お久しぶりです!」
「ええ、久しぶり。ミオジムで会った以来ね」
シンオウ地方チャンピオンのシロナに出会い、ほんの少しだけ高揚する。以前、カイムに弟子入り直後に出会い、それ以来会うことはなかったが、相変わらずの美しさと覇気の強さだった。
「今日は大会に参加しにきたのね?」
「はい。せっかく近場であるんだし、参加しようと。カイムさんにも勧められましたし」
「ああ、そうなのね。いいことよ。大会でしか得られない経験値ってやっぱりあるから、いっぱいいい経験してね」
柔らかく笑うシロナにミツルは頷く。
同時に、シロナがどうしてここにいるのかと疑問に思った。今回の大会は公認トレーナーであるジムリーダー、四天王、チャンピオンの参加は不可。ならば参加者ではないはずだが、関係者入り口であるここにいる以上、何かしらの形で関係があるはず。エキシビジョンなどはなかったはずだし、バトルをするわけではないのだろう。
「シロナさんはどうしてここに?参加者…ではないですよね」
「ええ。今回は解説として呼ばれているの。今回の大会はポケチューブの方で配信されるから」
「そうだったんですね」
「ミツル君の試合はいつ?」
「僕はBグループの3試合目からです」
今回の大会参加者は64名。この64名を16人グループ四つに分けて予選を行い、各グループのトップ2を本戦に進むような仕組みになっている。ミツルはBグループに分けられており、このグループを勝ち抜いて本戦に出ることを最初の目標としていた。
「どのグループの試合を配信に載せるかはその時次第だから見れるかはわからないけど、あなたのバトルを期待してるわ」
「ありがとうございます。ご期待に応えられるよう頑張ります!」
「ふふ、頑張ってね。あなたなら大丈夫よ。カイムに色々教えてもらっているでしょ?」
「シロナさんは、カイムさんをよくご存知なのですか?」
シロナがミオシティ付近に住んでいるという話をどこかで聞いたため、ミオジムリーダーであるカイムとの交流が深くても不思議ではない。
「ええ、それなりに付き合い長いのよ。なにせあの子、私の弟子だから」
「え、ええ⁈カイムさんって、シロナさんの弟子だったんですか⁈」
「あれ?カイムから聞いてない?」
「聞いてないです…」
(…わざわざ言うこともないってことかしらね)
二人の関係については基本的に二人から言うことはない。弟子や助手としての立場は多少言うこともあるが、ミツルには言っていなかったらしい。わざわざ言う必要もないとカイムは判断したのだろうとシロナは考えた。
「わざわざ自分から言うこともないし、知らなくても無理はないかもね。あんまり自分の話しないし」
「そう、ですね。確かに自分の話をしてる印象はないです」
「でしょ?ポケモンやバトルの話ばっかりしてるんじゃない?」
「あ、そうですね。自分の話はしませんけど自分のポケモンの話は多いです」
カイムはポケモンやジムトレーナーの話はよくする。バトルに関することから普段の生活に関することまで、案外よく喋るのだ。無論自分から話に行くわけではないが、聞けばちゃんと話すし、それに伴ってポケモンのことを話したりするのだ。この時、ブラッキーが頭にへばりついたままいつもの無表情で自分のポケモンの話をするカイムの姿はなかなかにシュールであったりするのだが、ミツルはもう見慣れていた。
「ふふ、やっぱりね。元々口数が多い方じゃないけど、ポケモンのことになると結構話してくれるの」
「ポケモンによくじゃれつかれているのも見ますし、ポケモンのことが好きで、好かれやすいんですかね」
「そうなの。カイムのタツベイのこと、わかる?よく噛みついていると思うんだけど」
「わかりますよ。ジムでもたまに噛みつかれてます」
「やっぱり。それでタツベイなんだけど、家だとカイムによく甘えてるのよ。(ガブリアスを除けば)一番懐いているのは間違いなくカイムなんだけど、外だと恥ずかしくて噛みついちゃうみたい」
「ああ、やっぱりそういうことだったんですね」
甘えたり噛みついたりとなかなか差が激しいタツベイだが、本心はやはり甘える方らしい。ミツルとしてもそうなのかなと思っていたが、シロナ視点からでもそうにしか見えないらしい。
「本人がわかってないのが面白いわよね」
「普段はあんなに色々わかるカイムさんでも、わからないことってあるんですね」
「もちろんよ。私でもカイムでも、わからないことはたくさんあるわ。まあ、タツベイのことについては鈍感すぎるとも思うけどね」
普段は別段鈍くはない(恋愛関連は除く)のだが、よくわからない部分で鈍感なことがある。よくわかんないわよね、と笑いながら言うシロナにミツルも笑って頷いた。
(思ってたより慕われてるみたいね。カイムの性格考えたら不思議でもなんでもないけど)
無愛想なくせに誠実。ぶっきらぼうだがお人好し。一見しただけではまずわからない人間的魅力があるのがカイムだ。ここまでちゃんと師弟関係が続いていたのなら、ミツルが懐くのも決して不思議ではない。
「さて、カイムのことはまた話すとして…今日の大会、目標は?」
「もちろん優勝です!…って、言えたらよかったんですけど…」
「あら、何かあるの?」
大会に出ている以上、優勝を目指すのは当たり前。だがミツルは優勝を目標にしていない…できない理由でもあるのだろうかとシロナは首を傾げた。
「いや、優勝を目指しはしますよ。そのために手は抜きません。ただ、僕は新しいスタイルでトレーニングを始めたばかりです。正直…自分でもまだ完成には程遠いと思ってます。予選を勝ち抜くくらいはしたいですけど、今の僕じゃ
「まだ、ね。じゃあミツル君の目標は?」
「一番の目標は、今のスタイル
ミツルは今でこそ自分のスタイルを見つけられたが、少し前まではユウキと同じ直情型の超攻撃的スタイルだった。ユウキに憧れてユウキと同じようにバトルすることに固執していたが、ミツルの適性としては合うタイプではない。リーグ本戦出場までいけたのは、ミツルの努力と分析力、そしてルーキー故のデータの少なさという利点があったから。当時の実力では、初見の相手ならばともかく対策されると途端に勝てなくなってしまうため、もうリーグの出場は難しいだろう。
そして今はユウキ模倣スタイルは捨て、新たに自分に合ったスタイルでトレーニングを続けているが、まだまだ練度は低い。手札が増えてきたことと素のレベルが高めということもあり少しずつ勝てるようにはなってきているが、まだ武器として使えるほどの手札は多くなく、時折かつてのユウキ模倣スタイルに寄ってしまうこともあるため、練度としてはまだまだ足りない。ミオジムのジムトレーナー相手にもまだ大体負け越している相手が多い。ミオジム全体のレベルが高くなったこともあり、今の自分はジムトレーナーレベルだろうと分析していた。故に、今の自分では優勝は難しいと考えていた。
「今回の大会はジムリーダーみたいな公認トレーナーはいませんけど、シンオウリーグ主催ということもあって参加者のレベルは高めです。今の僕でどこまでいけるかは、正直わかりません」
「そう。でも、そうやって自分の実力を正しく判断できるのは大事なことよ。自信過剰でも過小評価しても、本来の実力を発揮しにくくなるからね」
「カイムさんにも同じことを言われました」
「でしょうね。あの子の師匠は私なんだから」
そう言ってウィンクするシロナはとても美しく見えた。
それと同時に、シロナが師匠ということに関連して一つ気になることが出てきた。
「カイムさんが弟子とのことですけど、カイムさんがこう…指導される側ってあんまり想像できないです」
ミツル視点、カイムは非常に腕の良い指導者に見えており、逆に教えられる立場であることがあまり想像できなかった。
「誰でも最初は誰かの教えを受けるものよ。それこそカイムもね。カイムは寧ろ、教わるまで本当に何も知らなかったわ。基礎的なことも知ってはいても実感できていないって感じでね」
「カイムさんにも、そういう時があったんですね」
ミツルの言葉にシロナは頷く。
真面目に話は聞くし言われたことを忠実に実行しようとする素直さもあるが、言葉を噛み砕いて己の糧にするまでに時間がかかった。そういう意味では、出来のいい弟子とは言えなかったかもしれない。だがポケモンと共に才能の無さを実感しながらもバトルへ真摯に向き合い、努力を重ねる姿はシロナとしても非常に印象に残っている。そんな姿に惚れた一因があったりするのだが、それはまた別の話。
「みんな最初はそうよ。時折、自らの手で全てを切り開く者もいるけど、ほとんどがそうではない。だから自分だけでどうにかしようとする必要はないのよ」
「はい、今ならわかります」
「そう?なら、もう大丈夫ね。あなたはきっと自分の道を進めるわ」
この少年は強くなる。そう感じさせる覇気を感じながらシロナはそう言った。これもきっと、カイムという師匠に巡り会えたからだろうと考え、自分の孫弟子が強くなることを心から願った。
「あ、そろそろ行かないと」
ふと近くにあるモニターの時計が目に入る。まだ少し余裕はあるが、念のため早めに現場についておきたかったミツルはそろそろ行こうと判断し、シロナは優しく頷いた。
「ええ、頑張って」
「はい!」
「じゃあまたね」
シロナは手を振って去っていき、ミツルも集合場所に向かって足を進める。その中でふと、シロナとの会話で気になることを思い出した。
(そういえば…シロナさんはどうしてカイムさんの家での様子を知っていたんだろう)
あまり自分のことを話さないカイムの家での様子をシロナは知っていた。師弟ということを考えれば、プライベートでも交流があってもおかしくはない。その中でカイムが話したのか、それともその場を見たのかはわからないが、師弟故に知っていたのだろうと一人で納得して再び足を進める。
ミツルの予想は間違ってはいない。だが、ミツルが思っていたよりも遥かに親密な関係であることをミツルはまだ知らない。その事実を知るのは、もう少し先の話。
*
開会式は何事もなく始まった。
「ではこれより、オフィシャルカップ イン ミオスタジアムを開催いたします!」
主催者の言葉と同時に、スタジアムが歓声に包まれた。
出場者は各グループごとに集められている。そのまま開会式はつつがなく進行していき、司会者が最後の項目に入る。
「では最後に、ミオシティポケモンジムのジムリーダーであるカイムさんから一言、お願いします」
司会者の言葉が終わると、カイムが登壇する。その表情はいつも通り無表情。登壇した上で、カイムはぐるりと参加者全員を見渡す。その中で、ミツルとほんの一瞬だけ視線が交わった。
「今日、この場にいるトレーナー達。まずは、ミオシティの一員としてこの大会に参加してくれたことを感謝する。皆がどういった目標を持ってこの大会に臨んでいるかは人それぞれ大きく異なるだろう。その目標に優劣などない。皆、己の目標に向けて全力を尽くしてほしい」
ここで一度言葉を切り、再び口を開く。
「さて…先に現実を言っておくと、この中で一人を除いて負けを経験しない者はいない。いや、ルール的に全員経験する可能性すらある。だが、ここでの負けは決して弱さの証明ではないということを覚えておいてほしい。こうしてここに挑んだこと自体が、一つの大きな経験値であることを忘れないでほしい。挑む者だけに勝敗という導と、その莫大な経験値を得る権利がある。今日敗者であったとしても、大切なのは次…
そう言ってカイムは壇上から降りる。その背中には大きな拍手が送られ、ミツルもカイムに拍手を送った。
前に似たようなことを言われたことを思い出しながら、ミツルは改めてカイムの言葉を胸に刻むのだった。
「始まりました、オフィシャルカップ。今回はミオシティスタジアムでの開催となり、まもなく予選が始まります。実況は私、フルタテ。解説にはシンオウ地方チャンピオンのシロナさんにお越しいただいております。シロナさん、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
オフィシャルカップ配信画面で、実況と並んでシロナが映る。いつもの穏やかな笑みを浮かべながら実況の言葉に頷いた。
今回のシロナは参加者ではなく、解説役のゲストとして呼ばれている。こうして解説役になることは何度もあるため、シロナとしてはそれなりに慣れた役割でもあった。
「今回の予選は16人4グループでトーナメントを行い、決勝まで勝ち上がった二人が本戦に出場。本戦のトーナメントは予選を勝ち抜いた8人で行うというルールになっています。サブフィールドも含めて、これから予選は並行して進行することになります」
ミオスタジアムはサブフィールド含めて、合計4面。各グループごとに一面分のフィールドを割り当てて、並行して進んでいくことになる。そのため、配信に載せている試合以外にもあるが、そちらは配信には載らない。
「総勢64名が本戦には8人まで減る。本戦に出られるのは一握りというのは、リーグに近いものがありますねシロナさん」
「そうですね。かなり近いシステムになっているので、リーグ出場を考えているトレーナーには予行練習に近い形で大会に臨めるかもしれませんね。ただ、リーグよりもスケジュールがタイトなことを考えますと、トレーナーとポケモンのスタミナも考えなければならないです」
「スタミナとは?」
「バトルする際、トレーナーも瞬時の判断が必要なため結構体力を使うんです。ポケモンも、ポケモンセンターで体力の回復はできますが、疲労を完全に回復させるには休息を取るしかない。だから連戦していくと、疲労は蓄積していくんです。連戦になるため、スタミナも大事になってくると思います」
「なるほど。トレーナーとしての地力が試されるルールと言えますね」
その後、スポンサーから出ている商品の紹介や出場トレーナー達のリストを見せたりして配信は進んでいく。
そして定刻となり、各グループの第一試合が始まった。
「さあ、各グループの第一試合が始まります。当配信ではAまずグループの試合をお届けいたします。Aグループ第一試合はトバリジムトレーナーのゴウシ対イッシュ地方出身のタイガ。ルーキー対ベテラントレーナーのマッチアップです。いってみましょう!」
「よろしくお願いします」
試合が開始すると同時にタイガはクロバット、ゴウシはゴウカザルを繰り出した。
「さあ先発はクロバット対ゴウカザル。タイプ相性を考えるとややクロバットが有利に思えますが、そこのところはどうでしょうかシロナさん」
「飛行タイプを持つクロバットが有利ですね。加えて、毒タイプも格闘タイプを半減させるため、メインウェポンの格闘技がほぼ機能しないことを考えると、クロバットが有利でしょう。クロバットは素早さも高いので、試合はクロバット有利に運べるとは思います。ただし、クロバットは耐久力がやや低い。なので試合はゴウカザルがどれだけうまくクロバットの攻撃を捌けるかにかかってきそうです」
「ベテラン相手に不利な戦いを強いられるゴウカザルですが、どう試合を動かしていくか注目です!」
そうして試合が開始した。
バトルはクロバットの『エアスラッシュ』が放たれると同時にスタートする。ゴウカザルはうまく回避すると同時に、クロバットに向かって『ほのおのパンチ』を放った。クロバットは空中で回避して『ヘドロばくだん』を放つが、ゴウカザルは身軽な動きで距離を取って回避し、回避の反動を使って『アクロバット』で肉薄。そして追撃の『ほのおのパンチ』をクロバットに叩き込んだ。
「両者素晴らしい身のこなし!互いにダメージがないものの、ハイレベルな技の応酬を繰り広げています!」
「互いに素早さが高いポケモンであることを活かしていますね。防御ではなく回避を選んだのも、回避力に自信のある証拠でしょう。特にゴウカザルの動きがいいものでした」
「と、いいますと?」
「回避の反動を利用したアクロバットです。攻撃に入る際の予備動作を、回避の反動をうまく利用したことでほぼゼロにしています。これによってダメージにはならなくとも、追撃を確実に当てることに繋げました。良い判断ですね」
ダメージを受けたクロバットが空中で体勢を立て直すと、既にゴウカザルが目の前に迫ってきていた。このまま更なる追撃を加えようとしたが、クロバットは『エアスラッシュ』でゴウカザルを押し戻す。若干怯んだゴウカザルに対して、クロバットはさらに『ヘドロばくだん』を叩き込み、ゴウカザルとの形勢を逆転させた。
「おっとこれは少し深追いしすぎたか。手痛い反撃です」
「ダメージを受けたことを活かしましたね。わざと隙を見せたことで追撃してきたゴウカザルの一瞬の隙を狙った素晴らしい切り返しです」
「さすがにベテランとなると強さの厚みがありますね。常に余裕があるように見えます」
「タイガ選手は過去のイッシュリーグ本戦出場経験があります。やはり数値だけでは測れない大きな経験値がありますね」
「さあこのベテラン相手にルーキーがどうやって挑むか!ここからも目が離せません!」
その後、タイガのクロバットがゴウカザルを倒し、次に出てきたフローゼルがクロバットに辛くも勝利。しかし最後はギャラドスがフローゼルを倒してタイガの勝利となった。
「さあ一回戦も第三試合に突入いたしました。先ほどはCグループの第三試合をお届けし、ロン選手が見事勝利を勝ち取りました。他グループについても結果が出ておりますが…おっと、Bグループの試合がまだ続いているようです。こちら、見ていきましょう」
配信画面にBグループの試合が映される。Bグループは現在、ミツルとナギサジムのジムトレーナーがバトルを繰り広げており、ミツルがやや優勢といった状況だった。
相手のブーバーンがミツルのロズレイドに『かえんほうしゃ』を当て、ダウンさせる。これによりポケモンの残りは一対一になり、お互い最後のポケモンとなった。
「これで1vs1、残数でいえばイーブンになりましたが、後出しが効くミツル選手がやや有利か。さあミツル選手、次のポケモンはどうする」
ミツルはガブリアスを繰り出した。地面・ドラゴンタイプのガブリアスは炎タイプのブーバーンに有利を取ることができるが、サブウェポンならブーバーンもガブリアスにダメージを入れられる。また、ガブリアスが火傷を受けてしまった場合、弱点をつけたとしてもバトルは長引き、不利になる可能性もある。決して油断できる対面ではない。
そうしているうちにバトルが再開される。ブーバーンは『かえんほうしゃ』を振り回すように放ち、ガブリアスの視界を塞ぐ。ガブリアスのタイプと耐久力なら無理矢理突破しても痛手にはならないが、ミツルは万全を喫することを選び、『スケイルショット』で炎を打ち払いつつ素早さを上げた。
打ち払われた炎の背後から、毒の塊が放たれる。咄嗟に『ドラゴンクロー』で迎撃するが、飛沫までは弾くことができない。受けてしまったガブリアスの特防が大きく下がった。
「おっとこれは…」
「アシッドボムですね。特攻メインで、ガブリアス相手にタイプ相性のいい技をあまり持たないブーバーンの火力を底上げする算段でしょう。炎の壁に隠して放つ。シンプルですが、とても効果的なやり方です」
「タイプ相性が不利であっても勝ちを取りにいく貪欲なやり方!素晴らしい気迫を感じます!」
ミツルの指示のもと、ガブリアスが動く。『ドラゴンクロー』で強化した爪を地面に突き立てながら踏み込むことで一気に加速し、ブーバーンに肉薄する。ブーバーンは冷静に『サイコキネシス』を放つが、ガブリアスは足だけでなく爪もうまく使うことで『サイコキネシス』の効果範囲から逃れつつ、ブーバーンに迫っていく。ブーバーンが念力の進行方向を咄嗟に切り替えてガブリアスを捉えるが、ガブリアスの侵攻を止めることはできずダメージを受ける。
このまま畳み掛けてくると思い、ブーバーンは反撃としてゼロ距離『だいもんじ』を放つも、ガブリアスは上がった素早さを利用して素早く下がり、距離を取る。遠距離での技の撃ち合いなら特攻メインのブーバーンに部があると踏んでブーバーンは『ねっさのだいち』を放った。このブーバーンの攻撃に対して、ガブリアスは『じしん』でブーバーンの技を相殺する。
相殺された影響で、フィールドの視界が土煙で塞がれる。互いに位置を把握できなくなったが、突如土煙の中から激昂したガブリアスが姿を現し、ブーバーンに一撃を加えた。
「ここでガブリアスからの手痛い一撃!」
「視界を塞ぐことで次の行動のタメを隠し、相手が動く前に最速の一撃を加える。ここまで鮮やかにやれるのは、日頃から似たようなセットプレイを練習してきた結果ですね。トレーナーの意思をポケモンが瞬時に理解し、実行できる。ガブリアスとミツル選手の信頼関係がよくわかる攻撃です」
激昂したガブリアスがさらにもう一撃を加えようとした瞬間、ブーバーンはゼロ距離で『だいもんじ』を放ちガブリアスを押し戻す。効果は今一つだが、特防が大きく下がったガブリアスには思いの外ダメージが大きい。そう何度も受けられないことを察したミツルは即座に方針を切り替えた。
押し戻されたガブリアスだが、今のガブリアスに理性はない。本能の赴くままにブーバーンへ迫ろうとしたところを、ブーバーンは『きあいだま』を放った。理性のないガブリアスならば一直線に迫り来ることを予想し、凝縮されたエネルギーがガブリアスにむけて一直線に放たれた。
「ガブリアス!」
突如、ミツルの声が響く。ミツルの声はガブリアスの理性を取り戻させ、『げきりん』による身体能力向上を中断させつつ、ガブリアスに回避という行動を取らせた。
唐突に行動が大きく変わったことにブーバーンは対応できない。技を中断されたことによる怒りをぶつけるように、ブーバーンに迫ったガブリアスはその強靭な脚を地面に叩きつけた。技の中断による威力上昇が、『じだんだ』の威力を大きく上げ、ブーバーンを撃ち抜いた。
これでもギリギリ体力の残ったブーバーンは咄嗟に『ダブルチョップ』でガブリアスを牽制しようとするが、ガブリアスは『ドラゴンクロー』で技を相殺しながらも弾く。これにより出来た隙を突き、ガブリアスは『ドラゴンテール』をブーバーンに叩き込み、ブーバーンをダウンさせた。
「ここで決着!ブーバーンのダブルチョップを読んでいたガブリアスがドラゴンクローで弾き、尚且つ弾いた反動を利用した一撃が叩き込まれた!Bグループ第三試合はミツル選手の勝利となります!」
「素晴らしい試合でした」
「最後の弾き、これは最適解とも言える最高の一手でしたね!」
「そうですね。弾く際に最も重要となってくるものはタイミング。このタイミングを試合中に完璧に掴んでいました。加えて、弾いた時にお互いに発生する反動。この反動まで利用するというのは、日頃から弾きの練習をしていなければできないでしょう。練習の成果をうまく出せたいい試合でしたね」
シロナの言う通り、ミツルはカイムの指導の中で相手の技を弾く練習をしていた。カイムのポケモンの技をひたすら受け、弾くという練習を続けてきたおかげで、ミツルのポケモンの防御能力は非常に上がっており、ミオジムのジムトレーナーすらも凌駕する腕前となっていた。
「ブーバーンの押し戻すための攻撃。これを二回受けたことで完全にタイミングを掴む。言うことは簡単ですが、たった二回でタイミングを掴むのはなかなかできることではありません。普段から相手の動き方を分析する観察眼が養われていた結果とも言えるでしょうね」
「トレーナー歴でいえばまだまだルーキーともいえる年数ですが、ここまでの実力を見せてくる!これからが楽しみなトレーナーといえるでしょう!さあこれで一回戦第三試合が全て終了いたしました!結果の方を見ていきましょう!」
予選トーナメントの各グループ第三試合が終了し、結果が映し出される。ミツルは無事に予選一回戦を勝ち上がれたため、続く第二回戦へと駒を進めることができた。解説としての対応を進めつつ、シロナは内心でミツルが勝ち上がれたことに拍手を送るのだった。
*
「はぁ〜…」
午前中の部が終了し、ミツルはスタジアムのロビーで大きく息を吐きながらベンチに腰掛ける。午前中で予選日程の全てが終了し、ミツルは無事に予選を通過して決勝トーナメントに進めることが決定した。予選トーナメントの決勝では惜しくも負けてしまったものの、決勝トーナメントに進めたことは素直に喜んでいた。ただ、連戦だったこともあり、やや疲労が溜まってきているのも実感している。
午後からある決勝トーナメントが開始するまでかなり時間がある。ポケモン達もポケモンセンターへと預けているため、今は休息をとって午後に備えようと考えていた。
「あ、いたいた」
そんなミツルに、一人の女性が声をかけてくる。顔を上げると、そこにはシロナが優しい顔をしながら立っていた。
「あ、シロナさん」
「予選お疲れ様。決勝トーナメント進出おめでとう!」
「ありがとうございます。予選決勝では負けてしまいましたけど…」
「まずは進めたことを喜びましょ。それで、ミツル君はこれからどうする?」
「これから昼食を食べて休んだら、相手の対策を始めようかなと」
「ご飯、食べるとこは決めてる?もし良かったら、一緒に食べない?カイムと食べるつもりだったから、ミツル君もどうかなって」
「いいんですか?」
「もちろんよ。あなたさえ良ければ、だけどね」
「ぜひ。カイムさんとも少しお話ししたかったので」
カイムとは昨日のトレーニングの付き添いからあまり話をしていない。ただ単に話す時間がなかっただけで特段理由はない。そして今日はこのスタジアムにいるはずだが、自分の試合もあったことで探すこともできなかった。可能なら予選のフィードバックでももらえたらと思っていたため、この機会はミツルにとって嬉しいものだった。
「じゃあ行きましょう。まずはご飯買っていかないとね」
「はい」
二人は売店に足を運んでいき、一通り食料を買ってから移動した。
移動先はバックヤードにあるシロナ用に割り当てられた控室だった。扉を開くと、そこにはブラッキーを肩車した状態でノートPCをいじるカイムがいた。
「ただいま」
「おう。随分早く見つかったな」
「たまたまね」
カイムはPCから目を離してミツルに目を向ける。
「お疲れさん。まずは決勝トーナメント進出、おめでとう」
「ありがとうございます。カイムさんのご指導のおかげです」
「そうかい。こちらとしても、教えたことが身についてるみたいでよかったよ」
「はい」
「とりあえず、飯だ。午後から決勝トーナメントだろ。ちゃんと食って休んでおけ」
「そうね。じゃ、ご飯にしましょ」
シロナはビニール袋をデスクに置いて買ってきたものを並べる。サンドイッチやおにぎり、惣菜などがあり、栄養バランスはともかく、空腹を満たすには十分な量だった。
「売店だからこれくらいしかなかったけどね」
「十分だろ。つか、シロナは解説で呼ばれてんだろ?弁当くらい出るんじゃないのか?」
「ええ。だから私はもらったお弁当。これは二人の分よ」
「カイムさんのお弁当は無いんですか?」
「俺は別に挨拶終えたらもう役目はねえし、本来ならここにいなくていい人間だ。わざわざそんな人間に出す弁当はねえよ」
そうカイムは言っているが、本当は密かに見学に来ていたスモモに譲っただけ。本来は準備されておりカイムも受け取ってはいたが、カイムがいなくなったことでまた時折食事を抜いているスモモに弁当を押し付けただけなのだった。無論、これを知っているのは当人達を除けばシロナだけだが、わざわざ言うようなこともしなかった。
「んじゃ、食いながらフィードバックしていくか」
「え」
「おん?いらねーの?」
「い、いえ!ぜひ!」
まさかカイムからフィードバックを提案されると思っていなかったミツルは思わず変な声を出してしまったが、向こうからやってくれるのであればありがたいことこの上ない。手を除菌シートで拭いておにぎりに手を伸ばしつつ、カイムのフィードバックに耳を傾ける。
「全体的に良くなってる。確実に使える手札を使ってんのもいいし、所々挑戦しようとしてるのも見て取れた。相手のレベルも考えると、決勝トーナメントまで進めたのはちゃんと実力になってるのがわかる」
「ありがとうございます」
「今回、特定の手札に絞って使ってる感じか?ワンパターンってほどじゃないけど、結構近いセットプレイが多かった気がする」
「あ、はい!使える段階になったものを実践でもちゃんと使えるか試したくて」
「ん、いいんじゃないか。ただ、もう少し使う手札は増やした方がいい。実践でできる機会が限られている以上、数少ない機会は活かした方が有意義だ。相手に合わせてメインの手札と予備プランみたいな感じで考えて、あとは追い詰められた時に咄嗟に出るように自分ができることを改めて確認しておくといい。本当に決めたものしか使わないと、それしかできない試合になりかねん」
カイムがミツルへフィードバックしているのを見ながらシロナは少しだけ感心する。以前指導する姿は見たことがあったが、こうして一人に対してしっかり指導する姿はあまり見たことがない。無論ないわけではないが、こうして間近に見る機会は少ない。自分の弟子の弟子、いわゆる孫弟子へつきっきりで指導する姿は見ていたなかなか感慨深いものがある。もしかしたら、学会の時のナナカマド博士も同じような気持ちだったのかもしれないとシロナは内心で考えた。
「最後の試合は…まあ出だしで躓いたからなぁこれ」
「相性で言えば最悪の相手になっちゃったんで…」
「まーバトルやってりゃ出し負けることもある。その後早めに交代したのはいい判断だったが、交代することを念頭に置きすぎたせいでジバコイルへの交代が読まれていた。そっから色々崩れていっちまったな」
「出し負けた時の交代って、どうするのがいいんですか?」
「出したポケモンにもよるが、アタッカーなら攻め気を見せることだ。このまま突っ張るのか交代するのか。それをバトルの中で悟らせないことだ。あまりにも悪いなら、相手が技出す前に直で交代するのもいい。サポーターなら即座にやられることもあるまい。やることやって退場、または交代だ。基本、アタッカーの方が交代の判断は難しい。だから悟らせないことが大事。ただ、どっちで行くかは即座に決めろ」
「なるほど…」
食事を挟みつつフィードバックが進んでいくが、基本的にシロナが口を挟むようなことはしない。時折質問することはあれど、シロナがどうこういうことはせず、ただカイムとミツルの師弟関係という心温まる風景を楽しみながら食事を進めていた。
「俺が気になったのはこんな感じ。どうだ?聞きたいことあるか」
「いえ、気になったところは全部話してもらえたんで」
「ん。なら、飯食っておけ」
「ふふ、お疲れ様」
「しっかり休んでおけよ。次、何試合するかはわかんねぇが激戦だぞ」
「はい。あ、そうだ。お二人の目から見て、決勝トーナメントで注目してるトレーナーはいますか?」
決勝トーナメントは総勢8名のトーナメント。ミツルもこの8名に含まれているため、残りの7名の中で注目しているトレーナーを知りたかった。
「シロナ、先」
「私?いいわよ。今回のトーナメントならほぼ一択ね。タイガさん」
「!」
「だよなぁ。まあ今のところ一強感あるし」
「シンプルに実力があるのはもちろんだけど、特に気になったのは毎回使うポケモンを変えていることね。当たり前に聞こえるかもしれないけど、同じポケモンを出さないってすごいことよ。多分、敢えて縛っている感じがあるわ」
タイガの対戦相手を考えれば、同じポケモンを出してもいい場面はあった。だが、タイガはそれをせずに敢えて別のポケモンを出していた。恐らく、ミツルと同じように優勝以外の目的があって参加しているとシロナは予想していた。
「僕もタイガさんが特に強い印象を持ってました」
「そりゃ強いわよ。だって、一昨年のイッシュリーグベスト4よ?」
「えっ!」
「過去に何度かイッシュリーグ本戦に出てる。単純な実力でいえば、相当だ。単純なら実力なら多分、俺より上」
「⁈」
タイガの実力は公認トレーナー以上のものであり、本気のジムリーダーを相手にしても同格以上のバトルができるどころか勝てるバトルも多くあるだろう。それこそ単純な実力であればカイムを上回る。
「なんでわざわざシンオウのオフィシャルカップに出ているのかはわからないけどね」
「そんな実力者だったんですね…」
「イッシュのオフィシャルカップは何度か優勝しているみたい。ほんとになんでわざわざシンオウに来たのかしら」
「さあ?ただ、レッドとグリーンも武者修行で別の地方行ったりしてるし、似たようなものなのかもな」
「レッドとグリーン…もしかして、カントーの?」
「ええ。
「ま、実際のところはどうかは知らんけど」
リーグならともかく、わざわざ他地方のオフィシャルカップに出る理由はよくわからないが、間違いなく本大会で純粋な実力は最も高いと言えるだろう。
「一昔前のお前ならいいバトルはできたかもな」
「勝てる、とは言わないのね」
「勝てはしない。ぶっつけ本番ならともかく、事前に情報を集められて対策されたら間違いなく負ける」
「僕もそうだと思います。でもだから余計にわからないですね…どうしてシンオウ地方に来たんでしょう」
「さてね。さっきも言ったけど、そこはなんとも。ま、バトルした時に聞けばいいんじゃないか?」
「はい」
その後、食事を進めながらも雑談し、ミツルはしっかりと休息を取ることができた。
*
午後になり、決勝トーナメントの試合相手が決まった。
なんとミツルの相手はあのタイガ。正直、一番当たりたく無い相手ではある。シロナとカイムが言っていたように、実力が一人だけ飛び抜けている。今のミツルで勝つことは難しい。少しでも実践経験を増やすために極力最後の方で当たりたかったが、これは運である以上どうしようもない。切り替えて対策を進めようと僅かな時間でポケモン達と共に対策を考え、できる限りの準備を進めた。
そして前の試合が終わり、次はミツルの試合。フィールド整備のために少し時間があるため、ミツルはバックヤードの廊下でモニターをぼんやり眺めていた。モニターには『タイガvsミツル』と表示されている。今までなら色々と思うところがあっただろう。それこそ、『こんなところで躓いていたらユウキに近づくことなんてできない』くらいのことは思っていたはずだ。
「……」
今思い出しても、少し前の自分がどれだけ無謀なことをしていたかよくわかる。そして、どれほどポケモン達に心配をかけたのかも。
「ミツル」
そんな物思いに耽っていると、カイムが歩み寄ってくる。
「カイムさん」
「試合、もうそろそろだろ」
「はい。でも、もう少し時間はあります」
「そうかい。しかし、ついてねぇな」
ついてない、とは、対戦相手のことだろう。
「そう、かもしれません。でも、ある意味幸運とも思ってます」
「ほう?」
「だって、お二人の目から見ても今回の大会で一番強い人なんですよね。なら、そんな強い人と直接当たれるなんて運が良いじゃないですか」
強いトレーナーとのバトルで得られる経験値は非常に多い。自分と相手の差を如実に目の当たりにし、課題を明確にすることができる。
「なるほど、そりゃ確かに」
「はい。今の僕では…その…決勝トーナメントに出られるくらいの相手に勝てる保証はない。なら、強い人と早めに当たって全力をぶつけて、課題を明確にした方がいいかなって」
「随分と
「…余裕なんてありませんよ」
「
今までのミツルなら、きっとこうは考えられない。良い方向にメンタルの余裕が出てきたのは成長という他ないだろう。
「そうですね。確かに、余裕があるのかも」
「いい傾向だ。何事も余裕があることが大事だ。つっても、いつもそうとはいかねえのが難しい」
「ですね」
いつもいつも余裕をもって対処できるのであればいいが、現実はそうもいかない。ミツルも今ならそれがよくわかる。
そんな会話をしていると、試合の時間が近づいてくる。
「移動するか」
「はい」
二人は他愛のない話をしながら選手用ゲートまで辿り着いた。そしてその間にいつの間にかブラッキーがカイムに肩車されており、顔を擦り付けながら喉を鳴らしていた。
「…カイムさん」
「ん」
「ブラッキーって…すごい甘えたがりですよね」
「ああ。放っておけ」
「見慣れましたけど、似合ってませんよ」
「シバくぞ」
カイムは基本無表情。故に怖い印象を持たれがちであるため、甘えん坊のブラッキーとセットなのは正直似合っていないように思える。ブラッキーがここまで懐く理由は知らないが、確かに尊敬できるし皆が思うほど怖くない親しみやすい人だった。ダイゴが勧めて来た理由も今ならよくわかる。
「冗談ですよ」
「遠慮がなくなってきやがったなこの野郎」
ため息を吐きながらもカイムの声に苛立ちはない。むしろ、ミツルの変化を少し喜んでいるように聞こえた。
ゲートの前にいるスタッフがミツルに声をかける。
「ミツル選手ですね」
「はい」
「お相手のタイガ選手もたった今、ゲートに辿り着きました。これから試合が始まりますので通知が入り次第、入場をお願いします」
スタッフの言葉にミツルは頷き、カイムの方に視線を向ける。
「出番だな」
「はい。ちょっと緊張します」
「そんなもんだ。全く緊張しねぇのはバトル馬鹿くらいだ」
「かもしれませんね」
ミツルは小さく笑う。
同時にスタッフの方に通知があり、ミツルに声をかけてきた。
「ミツル選手、通知が入りました。入場をお願いします」
スタッフの言葉にミツルは頷く。そしてゲートの先に目を向けた。
「いけるか?」
「はい」
カイムの言葉に、ただ頷く。その瞳に宿る光は強い。
「ん。じゃあ、かましてこい」
カイムはミツルの背中を思いっきり叩く。
叩かれた背中には、痛みだけでなく少し暖かさを感じる。何か、暖かい繋がりのようなものを感じた。
「はい!」
戦う時は一人。
でも、独りではない。
繋がりがあるのだから。
「さあ次の試合に参りましょう!次の試合は、タイガ選手対ミツル選手です!Aグループを圧倒的な実力で勝ち上がったタイガ選手と、Bグループを堅実なバトルで勝ち上がったルーキーのミツル選手の対戦です!」
ミツルとタイガは同時にポケモンを繰り出す。ミツルはファイアロー、タイガはドリュウズを繰り出した。
「ミツル選手はファイアロー、タイガ選手はドリュウズです」
「タイプ相性は…互いに悪くないですね。ファイアローはドリュウズ相手にタイプ一致技が効果抜群ですが、ドリュウズは岩タイプのサブウェポンを扱えます。岩タイプ技はファイアローに4倍弱点であるため、互いに弱点をつける形と考えていいでしょう」
「注目のバトル、スタートです」
先にドリュウズが動く。ドリュウズは『すなあらし』を展開し、フィールド全体を砂嵐で包み込む。これによりドリュウズの素早さが上がる。
「特性『砂かき』ですね。ドリュウズの素早さを上げると同時に、ファイアローへのスリップダメージが目的でしょうか」
「ええ。ファイアローの特性『疾風の翼』は体力が満タンの時しか発動しません。非常に強力な特性を防ぎつつ、自身を強化できる選択です」
ミツルは動じない。この可能性は初めから考えていたし、防ぐことはできないとも思っていたからだ。
ファイアローは『ニトロチャージ』でドリュウズにダメージを与えつつ素早さを上げる。ドリュウズはファイアローの体を受け止めながらもファイアローを地面に叩きつけようとするが、ファイアローは軽やかな体捌きで空中に戻り体勢を整える。そして空中から『かえんほうしゃ』を放つが、ドリュウズは素早い動きで回避した。
そして回避の勢いを利用し、ファイアローへと肉薄する。硬化させた頭でファイアローに向けて突撃。咄嗟に回避するも、回避しきれずにファイアローの体勢が崩れる。そこにドリュウズが『ブレイククロー』を叩きつけ、大きなダメージを与えた。しかしその瞬間、ドリュウズの爪が焼けるような痛みを持つ。
「アイアンヘッドからのブレイククロー。素早い技の切り替えはまさしく熟練の技か!」
「タイプ不一致技でも出が早い。使い慣れていますね」
「しかし、同時にドリュウズへもダメージが入りました。これは…火傷でしょうか」
「特性が『疾風の翼』ではなく、『炎の体』でしたね。なるほど、初めから砂嵐を読んでいた構築ですね」
「ミツル選手、対策をよくしてきたことが伺えます!ダメージはあったものの、火傷による攻撃力低下は大きいアドバンテージです!」
攻撃力が下がっていようとも、ドリュウズの勢いは止まらない。続け様に『アイアンヘッド』をぶつけてダメージを与えるも、火傷により攻撃力の落ちたドリュウズではファイアローにも大きなダメージを与えられない。その隙を利用したファイアローが反撃に出る。至近距離で『だいもんじ』を放ち、大きなダメージを与えた。ドリュウズは咄嗟に『ドリルライナー』で回避しつつダメージを軽減するが、高威力技を受けたためダメージは大きい。火傷も相まってドリュウズの体力はすでに半分を切っている。形勢としてはミツルの方が優勢だろう。
だがこの程度では追い詰めたうちに入らない。ミツルは再び気を引き締め、さらに攻撃を加えていく。『ねっぷう』で広範囲攻撃を放ち、ドリュウズの逃げ道を塞ごうとする。この判断は決して間違いではない。素早さが大きく上がったドリュウズを捉えるためには、広範囲技が最も適している。だが、タイガはこれを待っていた。
突如、ドリュウズの進路が変わる。『ドリルライナー』で『ねっぷう』を突き破りながら、ファイアローに肉薄する。そしてファイアローの目の前で攻撃を切り替え、再び『ブレイククロー』でファイアローにダメージを与えた。
負けじとファイアローは『フレアドライブ』で反撃し、大きなダメージを与えながら弾き飛ばす。ドリュウズは『ブレイククロー』で迎撃しつつダメージを軽減。そして弾き飛ばされながらも体勢を整え、『ロックブラスト』を放った。連続で放たれた岩石は真っ直ぐファイアローに飛んでいき、このうちの三発がファイアローを貫き、大きなダメージを与えた。
「これは手痛い一撃!ファイアローの反撃をものともせず、的確にファイアローの隙をついた!」
「反撃を想定してブレイククローを維持していましたね。これによりダメージを軽減しつつ、体勢を戻しやすくしました。やはり体捌きは本大会トップレベルですね」
ファイアローはダメージを受けたが、まだ倒れていない。負けじと炎を纏ってドリュウズに突撃していく。最後の全力の一撃だと感じ取ったドリュウズは、迎え撃つように構えた。最高のタイミングでファイアローの攻撃を弾き、カウンターを叩き込むために。
ファイアローの速度は凄まじい。簡単に見切ることはできない。だが、ドリュウズなら完全に見切れる。ファイアローが眼前に迫り、ドリュウズがカウンターの『ブレイククロー』を叩き込もうとした瞬間、ファイアローが纏っていた炎が霧散する。
「これはっ⁈」
(フェイント!)
『フレアドライブ』の速度を利用した突撃。この突撃をキャンセルさせることで、速度は急激に落ちる。速度が落ちたことでドリュウズは完全にタイミングを外し、『ブレイククロー』を空振った。この隙を見逃さずファイアローは全力の『オーバーヒート』をドリュウズにぶつけた。
完全に入った。その確信はあるが、決して油断しない。ファイアローは一度距離を取ると、持ち物の『白いハーブ』で下がった特攻を元に戻した。
予想通り、ドリュウズは立っていた。着弾の瞬間、『ブレイククロー』を『ロックブラスト』に切り替え、直撃を避けたのだろう。
しかし体力は大きく削れた。あと一撃でドリュウズはダウンする程度の体力。ならばここから畳み掛けると考えた瞬間、ドリュウズが地面に潜った。
「これは…あなをほるですね」
「ファイアローには無効でしょうが、これは攻撃ではなくファイアローを撹乱するための一手ですね」
飛行タイプを持つファイアローに地面タイプ技は無効。無効とわかっていて使うとなると、機動力への活用だろう。特に今は砂嵐で視界も悪い。不意打ちするには絶好の状況だ。
「ふー…」
ミツルの集中力が深くなる。特性によって素早さが上がっているドリュウズならば地面から出てきて最速の不意打ちを加えることも可能だろう。そしてファイアローにはその不意打ちを受け切るだけの体力はない。視界も悪い今ならば最速、最短で叩き込むことが最善の一手。
そこまで考えた瞬間、地面からファイアローに向けて飛んでくる影があった。ファイアローはそれを見切り、カウンターの『フレアドライブ』を叩き込むが、ファイアローがぶつかったのはただの岩石…『ロックブラスト』の弾丸だった。
フェイント。
先ほどミツルがドリュウズにやったことに近い。フェイントによりできた隙を利用し、そこに最高の一撃を叩き込む。意趣返しに近い戦法を取られてファイアローは大きく目を見開いた。
再び影。ファイアローは『フレアドライブ』の炎を維持したまま咄嗟に回避するが、今度は二発放たれてきたため回避しきれない。無理矢理体を捻ることで掠る程度に済ませられたが、体勢が崩れて次の攻撃は回避できない。
ドリュウズはこれを待っていた。
回避ができない状態のファイアローに最高の一撃を叩き込むことができるこの隙を見逃さない。地面から飛び出し高速でファイアローに迫ったドリュウズは、地中で溜め込んだエネルギーを爪に纏わせた。例え反応ができたとしても、回避には間に合わない。
そう思い込んでしまった。
「っ⁈」
ファイアローの鋭い目がドリュウズを射抜く。そしてコンマ1秒にも満たない圧縮された時間の中で、ドリュウズはファイアローが纏う炎が凝縮されていくのを見た。
この瞬間、タイガとドリュウズは
「オーバーヒート!」
迫り来るドリュウズに向けて、爆発の如き炎が放たれた。どう考えても直撃。軽減させたとしても、ドリュウズが耐えられるとは思えない高火力技が放たれ、ファイアローの視界が炎で埋め尽くされる。
だが、放たれた炎の中からドリュウズの爪が現れた。ドリュウズが放とうとしている技は『ギガインパクト』。ノーマル技の中でも最高峰の威力を誇る技。そんな高威力技のエネルギーを爪の先端に全て集めることで、『オーバーヒート』の爆炎を貫通し、ダメージを最小限に抑えつつファイアローに肉薄したのだとミツルは瞬時に理解した。
「叩き込め!」
ドリュウズの一撃はファイアローを貫き、地面に叩きつけられる。威力を『オーバーヒート』貫通のために大幅に削ったとはいえ、スリップダメージもあったファイアローは耐え切れるはずもなく倒れた。
「ここでダウン!ファイアロー、健闘しましたがドリュウズに敗れました!最後の一撃は完全に入ったと思ったんですが…」
「恐らく、ブレイククローでオーバーヒートを貫いたのでしょう。先ほど、ドリルライナーでねっぷうを突き破ったのと同じ要領です。ダメージの軽減と直撃回避の両方を担う一撃でした。加えて、維持することで最後のカウンターとしての役割もありました。カウンターを回避される可能性も考慮した二段構えでしたね。ミツル選手の一撃もフェイントを入れた素晴らしいものでしたが、タイガ選手が一枚上手でしたね」
「ベテラントレーナーの実力は伊達ではありません!強さの厚みを感じさせる一手でした!しかし、ミツル選手も素晴らしい対策を見せてくれました。ここからのバトルにも目が離せません!」
ドリュウズもダメージは大きく、体力は一割程度。最後のカウンターが外れていたら、間違いなくファイアローが勝っていた。ベテランとルーキーの経験差を感じさせないバトルに、タイガは内心で冷や汗をかきながらも不敵に笑う。そしてそれに応えるようにミツルも笑った。
「さあ次のポケモンは誰になるか!ここからも注目していきましょう!」
その後、ミツルはタイガのポケモンが最後の一体かつ体力を半分削る健闘を見せるも、敗北してしまった。
しかし、フィールドから去るミツルの顔に陰りはない。どこか晴れやかな表情をしながらフィールドを去る姿に、シロナは大きな拍手を送るのだった。
*
大会はタイガの優勝で幕を閉じた。予想通りではあったが、どの試合もタイガは決して余裕があったわけではない。どのバトルもギリギリまで追い詰められているため、余裕はなかっただろう。現に本人も『全ての試合で全力を尽くした』と言っていたし、相当疲労している様子だった。
そしてシロナは現在、閉会式も終わって配信も終了したため、飲み物でも買って一息ついてから帰ろうと思い、自販機へと足を向けていた。売店でも良かったのだが、帰る観客でかなり混んでいたため自販機にしていた。
少し歩き、自販機へと辿り着く。その隣には喫煙所があり、一人の男性が煙草の煙を吹かしていた。
「おや」
「まさか、今回の大会の優勝者がいるとは思いませんでした」
「はは!優勝者である以前に一人の人間ですから。人によっては煙草くらい吸いますよ」
男性は優勝者のタイガ。疲れた表情をしながら煙草の灰を灰皿に落とした。
「私もまさかシンオウ地方チャンピオンと会えるとは思いませんでしたよ」
「売店が混んでましてね。一番近い自販機がここだったんです」
「そうでしたか」
「試合、お疲れ様でした。それと優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます。イッシュ地方もでしたが、シンオウ地方もオフィシャルカップはレベルが高い。一筋縄ではいかないどころか、ほぼ全ての試合が全力だった。まあそれは参加者全員でしょうけど」
「印象に残った試合はありますか?」
シロナは自販機にお金をいれながらそう問いかける。タイガはその問いに対して、ほぼ即答で答えを返してきた。
「決勝トーナメント第一試合ですかね」
その言葉を聞いて飲み物を取ろうとしていたシロナの手が止まる。その試合はミツルとのバトルだったからだ。
「彼はすごい、本当にすごい。まだまだ荒削りですが、技の使い方が抜群に上手かった。トレーナーを初めて数年とは思えないほどに。ただ、使う技や活かし方のパターンがまだ少なく、甘い部分もある。私が今回勝てたのは、ここの弱点をつけたこと、そして出し勝ちの対面がうまく作れたことが要因ですね」
「随分と高く買ってますね」
「そう思えるだけの才能を感じました。どことなく、貴女のバトルに近いようにも感じましたね。セットプレイやコンボ、反撃、防御の手札を的確なタイミングで切っていくやり方は、貴女に近い気がしました」
「そこまで研究してるとは」
「シンオウ地方に来たトレーナーで、貴女のことを調べない人はいませんよ」
シロナは十年以上もチャンピオンの座を守りぬいており、先日あったチャンピオンズトーナメントでも準優勝。世界的に見てもこれほどのトレーナーはそういない。そんなトレーナーのことを調べないわけないと言えば、その通りだと納得するしかない。
「ミツル君のことですが、彼はきっとまだまだ強くなる。現時点だとジムリーダーに勝つことは難しいでしょうけど、きっと将来的には地方の中でもトップレベルのトレーナーになる。そんな風に思えるほどでしたよ」
「本当に高評価ですね」
「ええ。恐らく、経験を積んだら…彼は私よりも強くなる。
「少年?」
「私がシンオウ地方に来るきっかけになった少年ですよ。帽子を被った15歳くらいの少年です。彼は本当に強かった。そして若いトレーナーの可能性を見せてもらった」
ベテランであるが故に、タイガは己の強さに自信がある。しかし強くなればなるほど、上の段階へ行くために要求される努力量は加速度的に増えていく。故に、ここ最近の停滞を感じていた。リーグ本戦に出場できるようなトレーナーと常日頃から切磋琢磨できるのならいいが、全てをバトルに費やせるような年齢でもない。妻子持ちである以上、それが顕著だった。
今の生活に不満は一切ない。幸せだと心から思えている。しかし同時に、トレーナーとして超えられない壁に当たっていることも確か。引退も考え始めるような年齢ではあるが、自分もポケモンもまだ上があるとずっと思っていた。
修行の岩屋と呼ばれる洞窟で鍛錬をしていた時、一人の少年に出会った。帽子を被った優しそうな少年であったが、バトルが始まった時の眼光の鋭さは今思い出しても冷や汗が流れる。そしてその眼光の鋭さを忘れさせるほど、高揚したバトルができた。彼の実力は恐らく四天王クラス。四天王の誰と戦っても必ずいいバトルになる。時の運が味方すれば、チャンピオンになることだってあるだろう。それほどだった。
そして同時に、今まで経験してきたバトルとは違うものを見た。バトル自体が何か特殊だったわけではない。だが、強さ以外の何かを彼とポケモンから感じた。それが何なのかはわからない。ただ、今の自分では理解できず、知らないバトルと世界があることをこの歳になって実感した。
だからタイガは他地方の大会を巡ることにした。無論家族がいる以上、長期間離れることはできないため、予め大会の時期を調べていく形にはなるが、世界を巡ることにしたのだ。これが自分とポケモンの新たな可能性を見出すことができる大きな一助になるという、根拠のない確信があった。
「若いトレーナーというのは、ただ未熟なだけではない。私のような可能性の限界を感じている大人にも、眠っている可能性があると思い出させてくれる。それを見つけて、またあの少年と戦うために…こうして他地方の大会に出ることにしたんです」
「そうでしたか。己を見つめ直す旅ってところですね」
「ええ、まさしく」
タイガは煙草の火を消し、吸い殻を専用のゴミ箱にいれるとシロナに向き直る。
「いつか、貴女とも戦いたい」
「ええ。その時は是非、お願いしたいわ。私の孫弟子を認めてくれたあなたと」
「孫弟子?」
「ええ。ミツル君は私の弟子の弟子だから」
「貴女に弟子がいたとは…」
カイムとシロナの師弟関係は世間的にはほとんど知られていない。知り合いならばともかく、そうでない者はほぼ知ることはないだろう。それがイッシュ地方の人間ともなれば尚更である。
「貴女の弟子となると、やはり有名なトレーナーで?」
「どうでしょう。でも、
「?」
「ふふ、秘密にするほどのことではありませんけど、下手に騒ぎ立てられるのも面倒なので敢えて言わないことにしておきますね」
そう言って笑うシロナにタイガは降参するように肩をすくめた。
「わかりそうにもないんで、これ以上追求しないでおきます」
「気が向いたら考えてみてください。答えがわかったら、その人のバトルを見てみるといいですよ。ミツル君と結構近い部分があるので」
「その方も、ミツル君くらいの才能を持つ方で?」
「いえ、全然そんなことはないかと」
今でこそミツルと比べてカイムの方が強いが、ミツルが成長したらカイムは勝てない。それほどにまで二人の才能の差は大きい。無論それはカイムもわかっている。いつか自分が追い抜かれることを自覚し、羨望を向けながらも、その日が来ることを誰よりも楽しみにしていることも、シロナはわかっていた。
「でも、とても強い。人としても、トレーナーとしても。そんな人です」
「……ふふ、なるほど。それはいつか、一手お手合わせ願いたいところだ。願わくば、貴女よりも先に」
「簡単に勝てるとは思わない方がいいですよ?」
「そんなこと思わないさ。死力を尽くして、勝たせてもらうとも。さて、そろそろ私は行きます。明日にはシンオウを離れねばならないのでね」
「そうでしたか。私は時折イッシュ地方に行くので、いつかお手合わせしていただけたら嬉しいです」
「もちろん。それでは、またいつか」
そう言ってタイガは去っていく。その背中を見送ったシロナは、買った飲み物を持ってスタジアムに戻っていくのだった。
*
夜も更けてきて、観客全員がいなくなった静かなスタジアムをミツルはぼんやりと眺めていた。本来ならミツルがいられる時間帯ではないのだが、今はカイムとシロナ同伴ということで特別にスタジアムに残ることを許してもらっている。
「誰もいないスタジアムって、なんかいいよな」
観客席でスタッフがフィールド整備をしているのを眺めていたミツルに、カイムはそう声をかけながら隣に腰掛ける。その手には暖かいお茶があり、ミツルに差し出してきた。ミツルはそのボトルを受け取りながら頷く。
「はい、なんかこう…いいですよね」
「熱気が残ってる感じがして、残った熱気から戦いの記憶が思い返される。いいバトルができた時はより鮮明にな」
「カイムさんって、大会出たことあるんですか?」
「さすがにあるわ。ジムトレーナー時代に何度か。優勝経験はねえけどな」
「そんなに強いんだから、もう少し出てもいいんじゃないですか?」
「ま、来年はどっかしら出てみようかね。今年は…色々ありすぎた」
苦笑しながら言うカイムにミツルは首を傾げる。ミツルはダークライ事件のことをよく知らない。故に、あの事件が大惨事になりかねないほど重要だという認識がないのだ。しかし当事者からすればとても軽く見られるものではない。体力も精神も限界まで使った非常に困難な事件であったことは疑うべくもない。さらにホウエン地方への遠征では、世界を救った光景を目の当たりにし、ダークポケモンとの会合まであった。そして最後に論文執筆と学会発表。少し前まではただのサポーター兼トレーナー程度だった自分が、ジムリーダーになった途端にこれだ。今までと比べて、凡人にはあまりにも濃すぎる一年だった。
「色々?」
「色々は色々だ。話すと…あまりにも長え。少なくとも、こんな寒空の下で話すようなことではねえよ」
「そうですか」
二人の言葉が途切れる。
そうして少しの間、二人はスタジアムを眺めていたが、カイムがふと口を開く。
「今回の大会、どうだった」
カイムの問いかけにミツルはほんの少し考え、口を開く。
「楽しかったです」
「そうか」
「はい。今までの大会の中で、一番楽しかった」
ユウキの背中しか見ていなかった頃なら考えられないほど、バトルに没頭できていたように思える。結果としては優勝を逃してしまったものの、そのことに対する忌避感はない。むしろ晴れやかな気持ちでいられている。
「バトルの時も色々考えられて、すごく頭が冴えてた。自分の調子が良いことが自分でわかった。ポケモン達の調子も最高だった。対戦相手も強くて、相手の強さに引っ張られるように自分の調子がどんどん上がっていく感覚があった。すごく、楽しかったです」
「そうか」
楽しそうに言うミツルに、カイムはいつも通りの口調で続けた。
「負けてもなお、『楽しい』と思えるのは、お前が自分の登るべき階段を登り始め、それを実感できているからだろうよ。そんな風にバトルと向き合えるようになってるってのは、教えた側からするとなかなか感慨深いものだ」
「そんなにですか?」
「碌に飯も食おうとせず、ポケモンにまで心底心配されてるような暴走列車が、負けたことよりも経験できたことに重きを置いてる様を見せられちゃあな」
「うっ…」
「今はそうじゃない。それでいい」
カイムはほんの少しだけ口角を上げる。それはわずかではあるものの、ミツルでもわかるくらいの笑顔だった。
「カイムさんって、笑うんですね」
「ああ?ツラの話か?俺の表情筋は仕事しないで有名だぞ」
「いばることじゃないですよ」
「ほっとけ。事実だっての」
カイムはそう言って立ち上がる。フィールド整備がそろそろ終わりそうなのか、スタッフ達が片付けを始めていた。
そんなスタッフ達に目を向けながらも、カイムはミツルに問いかける。
「お前は今日、優勝できなかったな?」
「え?あ、はい」
「負けは今の力の認識だ。オフィシャルカップの予選ですら優勝できない。それが今のお前の実力だ」
「ですね」
「何が足りないか。色々見えてきたとは思う。その足りないことを正しく認識し、次にどうするか。大事なのはそこだ。己の至っていない部分を知るってのは、案外難しい。だがそれを直視できるのであれば、お前はもっと強くなれる」
深い海のような青い瞳がミツルを射抜く。その目に宿る光は、ミツルを試すような、そして鼓舞するような強さを持っていた。
「今の力の認識は、弱さの証明ではない。お前は自分の足りない部分を直視できる。じゃあ、その足りない部分を知ったお前は…
「何者に、なるか」
「俺達はポケモンバトルという競技の挑戦者だ。日々失敗と成功を繰り返し、ポケモンバトルという競技の未知なる領域へと挑戦していく者達だ。挑戦者である限り、俺達は日々問われる。お前は明日、何者になるんだと」
挑戦者。確かにその通りだと思う。ポケモンバトルはトレーナーとポケモンの組み合わせ次第で無限にパターンができる。つまり、部分的でも自分で開拓していかなければならないことがある。確かに挑戦者というのもしっくりくる表現だと思った。
そして何者になるか。今の自分が何者でもないというような意味合いにも思えるが、そうではないことがわかる。今日の己が何を積み上げ、何を成したか。それらを思い返し、今日の自分が『何者』なのかを考え、そして明日は何を成し、『何者』になるか。そういった意味合いなのだろうとミツルは納得した。
「良い言葉ですね」
「受け売りだけどな」
「関係ありませんよ。僕は、明日何者になるか。うん、ちゃんと考えます」
「ん、考えてみ」
「ところで、これ誰の受け売りなんですか?」
「
「あ、シロナさんなんですね」
「あら、私の話?」
突如、シロナの声が響く。ミツルが振り返ると、シロナが小さく手を振りながら歩いてきていた。カイムは振り返ることなくひらひらと手を振って応える。
「シロナさん」
「お疲れ。仕事は終わりか?」
「ええ」
「打ち上げは行かねえのか?」
「今日はいいわ。それに、私は準備関連は何も携わってないから」
「そうかい」
師弟と聞いていたが、二人の会話はどことなくそんな感じがしない。師弟というより、パートナーというか、さらに近い関係性にも思える。シロナは二人に歩み寄ると、カイムの隣に腰掛けた。
「で?なんで私の話?」
「今日の敗北者は、明日何者になるか。これの受け売り先の話」
「ああ、それ。確かに私がカイムに言った言葉ね」
「思い返したくない授業時代だ」
顔を顰めながら言うカイムにミツルは首を傾げる。
「なんでですか?」
「正直、しんどい記憶が大半だから」
「え?そんなに?」
「想像つかないかもしれんが、
今思い返してもげんなりしてしまうほどの厳しさ。決して声を荒げたり手を上げたりはしてこないが、理詰めの正論パンチでひたすら殴り、答えに辿り着くまで答えを与えない。正しい指導方法だが、できない自分も含めて思い返すと頭が痛くなる思いだった。
「ぜ、全然想像つきません…」
「あら、何か不満?」
「不満はねえよ。必要なことだってわかる。だがそれとこれは話が別だ。思い返してげんなりするのは仕方ねえ」
「ふふ、そう?ならいいわ」
「カイムさんがそんなに言うなんて…じゃあ、カイムさんとどっちが厳しいですか?」
「ヒントを与える数が少ないからシロナ」
これについては俺のせいでもあるけどな、と内心で付け加えながらカイムは顔を顰める。カイムの頭は決して悪くないが、どうにも自分から新しいものを考えつくという方の思考は苦手だった。というより、画期的な思考ができなければならない、完璧にやりきらなければならないという呪いのような固定観念が染み付いていたからだろう。それにいち早く気がついたシロナは、その固定観念を矯正するためにヒントを与える数を絞り、自分で気づかせることに焦点を当てていた。正解すれば正解である理由を与え、間違えれば何故違うのかを逐一説明した。が、それは正論パンチであることに変わりはない。加えて、正解できたとしてもそれが即座にできるかと言われたらまた別。そこからできるようになるまで反復練習をさせられれば、げんなりもする。
「カイムさんも厳しいですけど…」
「俺なんぞ甘い方だ」
「散々な言い方じゃない。でも厳しくされた意味、今ならよくわかるでしょ?」
「そらな。感謝はしてる」
「ならいいわ」
「そこまで言われるとちょっと気になりますね」
バトルの時に多少苛烈になることは必然。ただ、指導全体でここまで言われるというのもあまりない。そこまで言われると、少しだけ気になる。
「ちょっとの指導ならともかく、がっつり指導されるのはやめとけ。すぐに熱入り始めてしんどくなるぞ」
「散々な言い方ねほんと」
「事実だろ」
「否定しないけど」
「余計気になりますよ」
「アドバイスもらうくらいにしとけ。いやほんとマジで」
本格的に表情がげんなりし始めたカイムを見て、ミツルは思わず笑ってしまう。カイムの表情は動きにくいが、喜怒哀楽があることはわかっている。ただ、ここまで表情で語ってくることが初めてであったため、なんだか面白くなってしまった。それと同時に、ここまでカイムの表情を引き出すことができる二人の信頼関係を強く感じた。
「それでミツル君。今のあなたは、何を目標にしてるの?」
シロナの問いかけにミツルは誰もいなくなったフィールドに目を向ける。
「そうですね…まず、カイムさんに勝つことです!」
「もっとでけぇ目標はねえのかよ…」
「大きいですよ。僕にとってカイムさんは、本当に大きな壁です」
カイムはユウキのような天才ではない。たまたま最高の師匠に巡り会えた凡人。だがそれでも、ミツルに道を示し、壁として存在しているカイムの存在は非常に大きな存在だった。
「しばらく難しそうですけど、でもいつかあなたを超えます。そのあとは…僕も、ジムリーダーになろうと思ってます」
「四天王になるくらい言えや」
「そこまでいったらチャンピオンでもいいんじゃない?」
「
「四天王の壁がどれだけ高いかはまだ実感してません。だからまず、ジムリーダーになりますよ。カイムさんよりも強いジムリーダーに」
そう言って笑うミツルの顔は、初めて会った時と比べものにならないくらい明るいものだった。
ミツルは立ち上がると、二人を振り返る。
「今日は、ありがとうございました。おかげで、今の僕がどんなものかわかりました」
「そうか。なら、あとやることはわかるな?」
「はい。帰って、休むことです」
「わかってんならいい」
「では僕は帰ります。シロナさんも、ありがとうございました」
「ええ。またね、ミツル君」
「はい!また!」
そう言ってミツルは帰っていった。
ミツルの背中を眺めながらシロナは微笑む。
「良い顔するようになったじゃない」
「マイナスをゼロにしただけだ」
「そう?あの顔は、もうプラスになってない?」
「知らね」
興味なさそうに言うカイムだが、その表情はどこか晴れやかであることはシロナのみが知っていた。
カイムは缶コーヒーを飲み干すと、大きく息を吐いて立ち上がる。
「俺らも帰るか」
「ええ。冷えてきたしね」
「この時期の寒さは堪える。早く帰ろう」
白い息を吐きながら言うカイムの手を握り、二人は家に帰っていった。
「大会か」
シロナはソファに腰掛けながら、初めて出場した大会のことを思い出していた。
(あの時はまだまだ緊張してたわね。初めての大会は確か…ベスト4とかだったかしら?手持ちもまだガバイ卜とミロカロス、あとはルカリオと…ミカルゲかしら。懐かしいわ)
旅に出て三ヶ月くらいだろうか。当時、ナギサシティで開催されていた年齢制限のある大会に出た。その時はまだ手持ちも揃っていなかった。バッジも全部集まっていなかったはず。大会にはバッジを揃えたトレーナーもいたことを考えると、結構な快挙な気もする。
そんなことを考えていると、カイムが隣に腰掛けてきた。相変わらずブラッキーが肩車状態でくるくると喉を鳴らしている。
「何考えてんだ?」
「んー?初めて出た大会のこと。ベスト4くらいまでいったかなーって」
「さすがとしか言えん」
「カイムは?初めて出た大会は?」
「…ああ、苦い記憶さ。修行時代よりもずっとな」
「理由、聞いてもいい?」
「大したことじゃねえよ。初めて、姉貴と公で比べられたのが大会だったってだけ」
イサナは当時、ミナモシティで有名人だった。地域大会だけでなく、それなりの規模の大会ですら優勝してきた。そしてその弟であるカイムにも当然のように期待の目が向けられていたが、イサナと同じようになんてできるはずがなく、当然のように一回戦負けだった。あの時向けられた心無い比較の言葉が、呪いの始まりだった。
「そこからだったのね」
「まーな。ガキの俺にはきつかった」
「もしかして、大会にあんま出ない理由の一つってそれ?」
「トラウマってほどではないけど、嫌な記憶の一つではある。理由の割合としては、5%くらい」
「思ったより少ないわね。二割くらいはあると思ってた」
カイムの肩に頭を乗せながらシロナは言う。
「じゃあ今度の大会は、ちょっと嫌だったりする?」
「んあ?いや別に。これは本当。今と昔は違う。それにちょっと、楽しみなんだ」
「あら、そうなの?」
「久々の大会ってのもあるけど、敵でも味方でも…シロナが出る大会に出られるって機会は、多分そうそう無い。だから楽しみ」
サポーターであるカイムは、シロナが大会に出る場合はサポートに回るため大会に出ることはない。そういった理由から、カイムとシロナが同じ大会に出るという機会はほぼゼロに等しい。故に、イレギュラーとはいえ同じ大会に出られることはカイムにとって楽しみといえる要素だった。
「願わくば味方でいてほしいけど、そこは運次第ね」
「敵に回したら怖そうだ」
「それは私のセリフ」
「ああ?俺がいたところで、そこまで怖かねえだろ。面倒ではあるかもしれんがな」
「いいえ、怖いわよ。だって、あなただから」
「随分と曖昧な理由なことで」
ブラッキーの尻尾を撫でながら言うカイムをシロナは優しく抱きしめる。
「どうした」
「敵になったら、あなたといられる時間が減るでしょ?だから今のうちにチャージ」
「なーに言ってやがるか」
「事実でしょ?さすがにペアになれなかったら部屋も一緒にいられないし…いやいられるけど、大会のこと考えるといない方がいいでしょ?だから、今のうちにこうしてるの。嫌?」
「悪い気はしねぇ。好きにしろ」
「そう?じゃあ、お風呂一緒に入る?」
カイムが固まる。そして耳が少しずつ赤くなっていくのがわかった。自分は不意打ちを得意としている癖に不意打ちには弱いということはわかっている。そもそも不意打ちに強い人間などいるのかとも思うが、耐久力のあるカイムであっても身構えていない時の一撃は重い。
「…お前なぁ」
「んー?私達恋人よ?変な話かしら?」
「…………こいつ」
顔を顰めるカイムに楽しくなり、シロナは顔を寄せながらカイムの頬を突く。普段働かない表情筋がこうして顰められる様を見るのは、普段負ける方が多いシロナからすると本当に良い気分だった。
ただ、あまり煽りすぎるとカウンターを受けることを知っているシロナは、このあたりにしておこうと考えて手を引く。ここまで狼狽えたカイムを見られたのだから、今日は自分の勝ちでいいだろうと納得して立ち上がった。
「ふふ、冗談よ。じゃ、お風呂入ってくるわね」
笑いながら部屋から出ようとしているシロナだったが、その手をカイムがつかんだ。
「わかった」
「へ?」
「風呂、入るぞ」
カイムの言葉に今度はシロナが狼狽える。
「え、えっと…さっきのは、冗談で…」
「前に言ったろ。俺は別に構わんと」
「その、いや、えっと…あの…」
「お前から煽ってきたんだ。なら、文句はあるまい」
冗談のつもりで言ったが、本気だった部分もある。そのことを見抜かれていたと自覚したシロナは、顔がどんどん熱くなるのを感じた。
「ほ、ほんとに、入るの?」
「俺は構わん。お前がどうしたいか。それだけだ」
そう言われるとシロナも黙るしかない。カウンターが来る前に引き上げようと、半ば勝ち逃げみたいな形で終わらせようと思っていたのに、想定以上にカウンターが速かった。完全に己の失策だったと少しの後悔と共に、
「…………」
「で?どうするんだ?」
暫しの沈黙の後、シロナは俯いて顔を真っ赤にさせながらカイムの耳元で何かを囁いた。その言葉を聞いてカイムはため息を吐きながら頷く。
「わかった。じゃあそうしよう」
「………うん」
「お前なぁ、前にこの煽りで反撃されたの忘れたのかよ」
以前もシロナは同じ煽りをして反撃を受けている。そのことを忘れたわけではなく、寧ろ鮮明に覚えていたのだが、負けっぱなしが嫌というのと期待があったことで思わず口にしてしまった。尤も、この時はカイムにも多大なるダメージがあったのだが。
「…うるさいわよ」
「これに懲りたら、攻撃のためだけにこの煽りを使うのはやめるこった。別に風呂くらい、いつでも一緒に入れるんだからなこちとら」
「…うん」
「じゃ、ほら。行きな」
「…ん」
そう言ってシロナは顔を真っ赤にしたまま風呂場へと向かっていった。残されたカイムは少し呆れたようにため息を吐き、部屋へと戻る。
二人がこの日、一緒に風呂に入ったかどうか。
それを知るのはシロナの言葉を聞いていたブラッキーのみだった。
Cパート
ゲーチスから未来の話がリーダー達に伝えられてから、カイムに対する見方が変わったように思える。いつも通りに接しているものの、本当に僅かだが距離を感じるようになった気がする。
決して誰もカイムに直接的なことは言わないし、噂話のようなものもされない。だが、それでも距離はある。カイム自身も色々と自覚があるのか、カイム自身も少しだけ距離を取るようにしているようにも感じていた。
そんな日々にシロナは心を痛めていた。自分がどんな思いを抱えているのかは、もう自覚している。その心を伝える勇気はないが、それでもその心を向けている相手が距離を置こうとしている姿を見るのは、心苦しかった。
そんな日々が続いていた中、プラズマ団がNを捕縛したと報じた。プラズマ団の仕掛けた罠にはまり、捕縛されたとのことだった。この報告を受け、ギルドは世界的な警戒令を解除。N捕縛時に見つからなかった『時の歯車』の捜索に方針を切り替えた。
そしてNは、未来への追放が決まった。
「Nが…捕まった」
「…そうか」
「未来に追放され、二度とこの時代には来られないようにするため、ゲーチスさんとプラズマ団の一部が未来に同行するらしいわ」
「………」
シロナの言葉にカイムの頭がズキズキと痛み始める。まるで、このままでいいのかと問いかけるように。
「追放は、いつだ」
「時空ホールが見つかってからだそうよ。最近立て続けに時間の停止が起こっていたシンオウ地方は時空の乱れが大きいから、シンオウ地方で時空ホールを作れる場所を探すみたい」
「…そうか」
記憶は朧げだが、かつて仲間だったN。彼が追放されることに対して、カイムは言葉にできない痛みを覚える。まるでそれをさせてはいけない。そう記憶が訴えるようにも感じるが、あくまでそう感じるように思えるだけ。根拠のようなものは何もない。
「カイム…」
「…大丈夫。気にするな…とは言わんが、本当に大丈夫だ」
「そうじゃなくて…あなたは…」
そこまで口にしてシロナは言い淀む。Nが仲間であったのなら、彼のことを知れば記憶が戻るかもしれない。そう言おうとしてシロナは止まった。そんなことはカイムもわかっているだろうし、何より記憶が戻った場合に、カイムはNの仲間となって世界を滅ぼす側に回ってしまうのではないかという危惧があった。そして、記憶を取り戻したカイムはギルドから去り、シロナの手の届かない場所に行ってしまうのではないか。そんな思いが、シロナを思いとどまらせていた。
(…本当にずるいわね、私)
側にいたい。その思いを優先してしまったように感じ、シロナは小さくため息を吐く。
カイムはただ、ぼんやりと外の月を眺めているだけだった。その瞳からは何を考えているのはわからなかった。
Nが捕縛されて少しした後、時空ホールが完成したとの連絡があった。場所はテンガン山の麓。ギルド関係者はプラズマ団の呼びかけに応じて、指定された場所に赴いた。そこにはプラズマ団のリーダーであるゲーチスとその部下である黒装束3人が縛り上げられたNを取り押さえながらいた。
「みなさん、召集に応じていただきありがとうございます」
「…ええ」
「ギルドの皆様のご協力の末、こうしてNを捕まえることができました。Nの協力者もいたみたいですが、主犯がNであることは間違いありません。なので我々は、この主犯であるNと共に未来へ戻り、彼が二度とこの時代に干渉しないようにいたします」
「…プラズマ団はどうなるのですかな?」
ナナカマド博士の問いかけにゲーチスは頷く。
「プラズマ団はそのまま存続します。ワタクシがいなくとも、問題なく運営されますとも。これからも、ギルドに協力する方針は変わりません」
「そうでしたか」
「皆様のおかげで、非常に有意義な時間をこちらで過ごすことができました。ありがとうございました」
「こちらこそ、多大なる協力に感謝しております」
「もう少し、こうしてお話ししていたいですが…そうもいかない。時空ホールを維持するのも、それなりにエネルギーが必要ですから」
ゲーチスの背後には、時空ホールとそれを維持するための装置がある。あれのためにそれなりのエネルギーが必要とのことはなんとなくわかるため、あまり時間がないのも事実だろう。
ふと、Nが視線を上げてカイムを見つめた。カイムは複雑な視線でNを見つめるが、そこにどんな意図があったのかはシロナはわからない。
そしてその瞬間、何か殺気のようなものを感じる。自分に向けられたものではないためか、どこからきているのかはわからない。ただ、ぼんやりと殺気が周囲に漂っていた。
「では、皆様。本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
「はい。おい、まずはNと時空ホールに入れ」
「はっ」
部下の黒装束がNと共に時空ホールに入り、姿を消した。時空を超えるという珍しい光景に目を奪われていたが、その瞬間に空気が揺れた。
「っ⁈」
Nを捕縛していた黒装束と同じ姿をした部下がカイムのことを取り押さえる。咄嗟にカイムは部下のことを蹴り飛ばして拘束から逃れたが、さらにもう一人同じ姿の黒装束が現れるとカイムの首筋にスタンガンを当てて気絶させた。
「はっ?」
「なんだ⁈」
「彼はNの協力者です。ただ、記憶がなくなっていたためこちらではなにもしてませんがね。協力者であったことは事実ですので、捕縛させてもらいますよ」
「どうする気だ!」
「未来へ追放します。では、おさらばです」
ゲーチスと黒装束はカイムを引きずるようにしながら時空ホールへと移動していく。その姿を見て、シロナは思わず駆け出していた。
「シロナ君⁈」
ナナカマド博士の制止を聞くことなく、シロナは時空ホールに走り出す。同時に外套を羽織った恐らく男性と思われる誰かも物陰から飛び出してきた。だが、シロナを止めるというよりも時空ホールに向かっている。ただシロナはそんなことを気にしている余裕はなく、ただ時空ホールに手を伸ばしていた。
黒装束とゲーチスはカイムを連れて既に時空ホールの中へ消えている。閉じかけの時空ホールにシロナと外套の男は手を伸ばし、そして時空ホールの中に消えていった。
目を覚ます。夜のように黒い空があった。起き上がって周辺を見渡すと、荒廃した世界が広がっていた。
「目を覚ましたようですね」
そんなシロナの側には外套を羽織った男性が立っていた。
「貴方は…」
「ああ、しばらく
男性は外套のフードを外す。そこには、シロナも見知った顔があった。
「ダイゴさん⁈」
「初めまして、ではないですよね。お久しぶりです、シロナさん」
ホウエン地方チャンピオンであるはずのダイゴの姿にシロナは驚愕の声を上げるのだった。
Q.オフィシャルカップって何?
A.この世界ではポケモンリーグのシーズンは10月から開始し、8月のポケモンリーグで終了します。シーズンが開幕してから定期的に開催されているリーグ公式大会は2種類あり、シーズンカップは四天王、ジムリーダー、チャンピオンなどの公認トレーナーでも参加可能な参加制限のない大会です。対してオフィシャルカップは公認トレーナーの参加ができない言うなればアマチュアのみ参加可能な大会です。どこで開催されるかは時と場合により、今回はミオシティで開催されました。
ミツル
闇堕ち完全回避で光のミツルになった。目標はジムリーダーになる、というよりまずはジムリーダーに勝つことを掲げている。
シロナ
解説役。孫弟子が強くなっている様を見て、ナナカマド博士がカイムを見ていた時の気持ちがわかるようになった。
一緒に風呂に入ったかどうかは、ブラッキーのみが知ってます。結婚した後は多分、日常的に一緒に風呂入ってる。
カイム
弟子の活躍を見てた。ミツルを闇堕ちから完全に救った。シロナと風呂にはなんならいつも入りたいと思ってる。彼も男ですから。ただ、風呂入りたい欲求はシロナの方が上だということを彼はわかってない。
タイガ
知ってる人は知ってるトラウマ。
次回、タッグバトル大会。
事実上、最終章。