ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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UA100万記念

本編でアルトマーレ行った時点で察していると思いますが、作者は水の都が一番好きです。

前半はシロナさんがラティアス相手にいちゃついて、カイムとラティオスがわちゃわちゃするだけです。
ラティアスがシロナさんのこと好きすぎる気もするけどかわいいからOKです。

半月くらいで爆速で書いたため、誤字脱字が多いかもしれません。
毎度のことながら、誤字報告してくださる皆様、ありがとうございます。

六万字です。


EX episode 『水の都の護神 ラティアスラティオス』

 ヨシノシティからクルーザーで数十分。

 

「見えてきたな」

「こんな早くまた来ることになるとはね」

 

 水の上に存在する都、アルトマーレが見えて来る。以前来た時とさして変わりはない。ホウエン地方に行く時、ホウエン地方の天候で足止めをされた際に立ち寄った以来であるため、期間としてはほぼ空いていない。

 

「来ることはカノンに伝えたんだっけか」

「ええ。ラティアスが楽しみで落ち着かないから早く来てほしいって」

「変わらんな」

 

 最初の訪問でラティアスは非常にシロナに懐いており、それ以来カノンと連絡を取るたびにラティアスの写真や声が入り込んでいた。先日来訪した際もラティアスの喜び様は凄まじく、会える時間はべったりだった。

 なお、カイムはラティアスに遊ばれておりシロナほどではないが懐かれた。カイムの場合、どちらかといえばラティオスの方がより懐かれていたように思える。

 

「ちょうど水上レースがやってるんだっけか?」

「ええ。ちょっと見ていく?」

「時間があればな。どうもラティアスの相手で今日は終わりそうでならんから」

「ふふ、そうかもね」

 

 そうこう話しているうちに、フェリーはアルトマーレに到着する。

 荷物を持って船着場に降りると、カノンとボンゴレが出迎えた。

 

「シロナさーん!カイムさーん!

「カノン、ボンゴレさん。こんにちは」

「どーも」

 

 出迎えてきた二人に軽く挨拶をしながら歩み寄る。

 

「お元気でしたかって言うほど期間空いてませんね」

「ふふ、そうね。こんな高頻度で来るとは思わなかったけど」

「我々としては嬉しい限りですよ。さ、行こう。ラティアスが待ちくたびれて宥めるラティオスがそろそろ限界なんだ」

「ふふ、待たせちゃってるわね。行きましょう」

 

 シロナはボンゴレに続いて歩き始める。

 カイムもその後を追おうとしたところで、カノンがカイムの顔を覗き込んでくる。

 

「……んだよ」

「カイムさん、前よりいい顔してますね」

「はあ?」

「ホウエン地方で、何かいいことありました?」

 

 カノンの言葉にカイムは肩を竦める。いいことと言えることは確かにあった。ただ同時に、色々と大きな事態にも遭遇したため、なんと言えばいいか少しだけ迷って、口を開いた。

 

「…まーな」

「どんなことがあったんですか?」

「んー……子供には言えん。いや、子供じゃなくても言えんが」

「もう!子供扱いしないでください!」

「俺から見りゃまだまだガキだっての」

 

 やれやれといった様子でカイムは荷物を持ち直しながら歩き始める。

 カノンは頬を膨らませながらそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷物を宿泊先に預け、シロナとカイムは秘密の庭園を目指す。カノンには先に庭園に向かってもらっていた。ボンゴレは仕事があるらしく、仕事場に戻ると言っていた。

 

「また会えるのね」

「今日は疲れそうだ」

 

 苦笑しながらカイムは言った。正直、ラティアスの相手をするのは非常に疲れる。遊ぶ体力が無限なのかと思えるほどずっと遊んでいるからだ。シロナ相手には甘えてばかりいるが、カイム相手には飛び回る。疲れるに決まっている。

 

「嬉しいのよ。ここまで本気で遊んでくれる人、そういないから」

「………」

「照れなくていいのに」

「うるせ」

 

 照れているのか、カイムは困ったように表情を歪めてシロナはそれを見てクスクスと笑った。

 そうこう話しているうちに二人は見覚えのある路地裏にたどり着いた。

 

「行きましょう」

「ああ」

 

 二人は路地裏の闇の中に入り、進んでいく。

 少し歩くと、光が見えてきた。光の元へと進んでいくと、見覚えの庭園に出た。

 

「何度来ても素敵な光景ね」

「今のところ、俺が見た庭園の中では一番綺麗だ」

「穏やかで、素敵な空間。ラティアス達の心みたいな場所よね」

 

 ラティアス達の一族が代々守り継いで来た街。その中心となったこの庭園の歴史と、歴史を紡いで来た者達の心からの祈りが込められたような庭園。人としても学者としても、この光景に関わることができたという事実がとても嬉しかった。

 シロナは庭園を見渡す。街に住み着くポケモン達が憩いの場として使う様は、とても穏やかな空間だった。変わらず綺麗な庭園を見渡していると、シロナの目の前に赤い影が現れ、抱きついてきた。

 

「わっ!ラティアス!」

 

 その影はラティアスだった。ラティアスはシロナが現れるやいなやシロナに抱きつき、シロナの顔に自分の顔を擦り付けている。どれほどシロナに会いたかったのかがよくわかる態度だった。比較的最近会ったばかりだというのにこの甘え様は、シロナにどれだけ懐いているかがよくわかる。

 

「もう、ふふ…甘えん坊なんだから」

 

 シロナもラティアスを抱きしめて、その頭を撫でる。ラティアスは嬉しそうに鳴き声を上げてシロナに甘える。その様子を見てカノンは笑った。

 

「ラティアス、本当にシロナさんのことが好きですよね」

「元より好かれやすい。そう不思議なことじゃねえよ」

「それはカイムさんもじゃないですか?」

 

 カノンの言葉と共にカイムは頭上に気配を感じた。上を向くと、青い影がカイムの視界を覆い尽くした。

 

「よ、ラティオス」

 

 青い影はラティオスだった。ラティオスはカイムの周囲をくるくる回り、カイムの顔を舐める。

 

「ん…変わらず元気そうだな」

 

 ラティオスの顔を撫でてカイムは少しだけ笑う。ラティオスとしても、カイムは良き友人であり、人間の中でカノンとボンゴレ同様に最も信頼できる人物だった。ラティオスは警戒心が強く、人前に姿を見せることはほぼないし、ここまで懐くことなどカノンとボンゴレ以外に事例はなかった。だからこそ、カノンとボンゴレ視点でここまで懐いている姿を見れて嬉しい限りだった。

 そこでラティアスがシロナを伴いながらカイムの目の前までやってきた。その目には『遊んでほしい』と書かれているのがよくわかる光が宿っており、それを見てカイムは苦笑する。

 

「遊ぶか?」

 

 カイムの言葉にラティアスはパッと花が咲くような笑顔になり、元気よく頷くのだった。

 

「はいはい。よし、おめーら。遊びの時間だぞ!」

「みんな、出てきて!」

 

 シロナとカイムはボールを空中へと投げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…はぁ…はぁ…」

「大丈夫?」

 

 息も絶え絶えになって床に突っ伏すカイムにシロナは水を渡す。カイムはそれを力なく受け取ると少しずつ飲み始めた。

 

「疲れた」

「身も蓋もない感想ね」

 

 草原に大の字になって寝転ぶカイムの頭上にラティオスがふわふわと浮かぶ。その表情はどことなく申し訳なさそうに見えた。

 

「お前の妹、恐ろしい体力だな」

 

 ラティアスは未だに他のポケモン達と遊んでおり、とても楽しそうにしている。今はガブリアスと鬼ごっこをしているのか、ガブリアスに追いかけられて喜ぶラティアスの姿があった。

 

「普段とは違う友達に会えて嬉しいのよ」

「かもな」

 

 しばらく息を整えて起き上がると、再びラティアスが目の前にくる。その背中にはブラッキーが乗っていた。頭上をくるくる回ると、背中からブラッキーが飛び降りてくる。

 

「おっと」

 

 ブラッキーを難なく受け止めると、今度はラティオスが目の前にくる。その背中にはシロナとカイムのトリトドンが乗っており、頭をゆらゆらと揺らしていた。その横にはムクホークが飛んでいる。基本まったりした性格をしているこの三匹は誰とでもすぐに仲良くなる。

 なお、ルカリオとバシャーモはラティアスとトゲキッス相手に鬼ごっこをしているのか、ラティアスとトゲキッスにめちゃくちゃ追われていた。先ほどまでラティアスを追いかけ回していたガブリアスはメタグロスの上に乗って楽しそうにしている。

 

「お前ら…」

「あはは!みんな仲良しね」

「前回が初対面だろうに」

 

 トリトドンはラティアス達とは前回の訪問が初対面だが、元はNから託されたポケモンであることが関係しているのか、数日も経たないうちにカイムの手持ち全員と馴染んだ。特にムクホークとブラッキーの二匹といるのをよく見る。

 メタグロスは非常に真面目な性格をしているが、堅物ではなく色々なポケモン達を相手に遊んでいる様子があるため問題なく馴染めている。そして人やポケモンを乗せるのが好きなのか、しょっちゅう誰かしらを頭に乗せて歩き回る姿が目撃されている。メタグロスの上には比較的新入りのキリキザンもおり、ガブリアスと楽しそうに何か話していた。

 

 そんな中、ルカリオ達がバテて突っ伏しているのが見える。どうやら遊び倒されたらしい。

 そしてフリーになったラティアスはカイムの隣で座っているシロナを抱き上げ、そして木に吊り下がっていたブランコに乗せた。

 

「あら、またブランコしたいの?」

 

 ラティアスは頷くと、シロナと共にブランコを漕ぎ始めた。

 

「ふふ」

 

 シロナは楽しそうにブランコを漕ぐラティアスを愛おしそうに見つめた。幼い態度を見せるラティアスは歳の離れた妹のように感じながら相手をしていた。

 それをぼんやりと眺めるカイムの隣にカノンが腰を下ろした。

 

「どんだけ遊ぶんだか」

「まだまだ遊びたいお年頃なんですよ。子供ですからね」

「そうか」

 

 カイムからすればカノンもまだ子供なので『お前もまだ子供だけどな』と考えたりしていた。

 

「何か言いたそうですね、カイムさん」

 

 だがその考えからくる謎の間があったカイムに対してカノンは圧のある笑顔を向ける。その笑顔を見てカイムは『やべ、ミスった』と内心で冷や汗をかいきながら目を逸らした。

 

「いや、なんも」

「な・に・か、言いたいようですね?」

「…なんもねえよ」

 

 必死に目を逸らしながらそう言うが、全く誤魔化せていないことは明白だった。

 

「へえ?『お前もまだ子供だろ』とか思ったんじゃないんですか?」

「なんでわかっ……イエナンデモ」

「…ぷっ!あはは!カイムさん、嘘つくの下手すぎません?」

 

 先ほどまでカイムに対して圧のある笑顔を向けていたカノンだったが、カイムがあまりにも嘘をつくのが下手すぎて笑ってしまった。

 

「うるせえな…ほっとけよ」

「絶対トランプとか弱いでしょ」

「いや、そうでもねえ」

 

 カイムは嘘をつくのは下手だが、あくまで言葉にする場合のみだ。基本表情がほとんど動かないカイムは常日頃からポーカーフェイスであるため、トランプなどは割と強い。カイムがシロナ相手に良い勝負ができる数少ないものでもあった。

 

「あー、なるほど。確かに表情ほとんど動きませんよね」

「褒められてるのか貶されてるのか」

「貶してはいませんよ?まあ、特別褒めてるわけでもありませんけど」

 

 褒められてはいないことにカイムは微妙な表情をするが、その横にラティオスがきたことで僅かに表情を緩める。カイムはラティオスのすべすべした顔を撫でて再び水を飲んだ。

 

「そういえば、ラティオスとカイムさんってあまり表情が動かないのが似てますよね」

 

 そう言われてカイムとラティオスは目を見合わせる。実際、僅かな時間しか触れ合っていないがラティオスの笑顔というのもあまり見ていない。ラティアスと比べたら確かに表情は動きづらい方だろう。

 

「俺ら、似てるんだってさ」

 

 カイムの言葉にラティオスは小さく頷いた。

 嫌がられていないことを少し嬉しく思いつつ、カイムは人には滅多に向けない(シロナは例外)柔らかい表情をラティオスに向けて首を撫でた。

少しの間ラティオスを撫でていたが、カイムは立ち上がり、ラティオスを伴って庭園内を巡り歩き始めた。

 

「ちょっと歩こうぜ」

 

 そう言うカイムの言葉にラティオスは頷く。ブラッキーを地面に下ろして、カノン、ラティオスと共に庭園を歩き始めた。

 庭園内には噴水がいくつかあり、それぞれの噴水が水路で繋がっていた。その水は最終的に庭園下部に位置する場所へと水が流れていく仕組みになっている。

 

「前来た時も思ったけど、綺麗な場所だよな」

 

 静かに流れる水の音と風に揺られる木々。そうした自然の音とこの庭に訪れている野生のポケモン達の声。とても穏やかな場所であり、落ち着いた空間だった。

 

「お前らはここに住んでいるんだよな」

 

 カイムの問いにラティオスは頷く。ここに心の雫が保存されている以上、この庭園を拠点として使うことは不思議ではない。自分が今いる場所がアルトマーレという街にとっていかに重要な場所なのかを理解しているつもりだが、この穏やかな空間を見ているとそれをつい忘れてしまいそうになる。

 

(…この場所は、この街の歴史を伝える場所なんだよな)

 

 アルトマーレという街がどのように存続してきたか。何をもってこの街を守り、そして存続させてきたのかを記し、後世に伝えるために。

 ふと笑い声が聞こえたためその方向を見ると、シロナとラティアスがミロカロスに巻きつかれて笑っているのが見える。そしてその奥にはラティアスを相手にしていたバシャーモ、ルカリオ、ミカルゲ、ガブリアスが疲れ切って倒れていた。その様子を見てカイムとラティオスは苦笑する。

 

「……お前の妹、元気すぎるだろ」

 

 ラティオスが申し訳無さそうな顔をしながら小さく鳴き声をあげる。普段鍛えられているガブリアス達を疲れ切って倒れ伏させるほど激しい遊びってどんなのだと内心で戦慄する。遊ぶ体力と闘う体力は別とはいえ、身体が出来上がっている彼らを疲れさせるなど尋常ではない。恐らくアドレナリンによるブーストがあるのだろうが、それを考慮しても相当な体力ではあるのだが。

 

「しかもまだ遊ぶし」

 

 幼子は遊ぶ体力が無尽蔵だと言うが、本当らしい。シロナに抱きつき戯れるラティアスはまだまだ元気そうだった。そんなシロナとラティアスを見て、カイムとラティオスは目を見合わせて笑う。

 

「すげえな、あいつら。元気な相方だし、お互い大変だな」

 

 ラティオスはカイムの言葉に頷き、手をカイムに差し出す。そのラティオスの意志を読み取ったカイムは、ラティオスに拳を差し出して互いに拳を合わせた。

 

「なあラティオス。お前って、この街詳しいんだよな」

 

 ラティオスはカイムの言葉に頷く。人前に姿を見せないとはいえ、ラティオスはよくこの街を飛び回っている。さすがに店などを聞かれたらラティオスもわからないが、いい景色などが見えるところなら案内できるだろうと考えた。

 

「…その、朝でも夕方でもいつでもいいんだけどよ。眺めのいいところ教えてくれねえか」

 

 ある意味想定通りの問いかけ。ただ、何故知りたいのかということはわからない。どうしてそんなことを知りたいのか、と首を傾げると、カイムは気恥ずかしそうに目を逸らした。

 

「……シロナを連れていきたいんだよ。前、このリングとイヤリングをもらったけど、俺はこの街で何も返せてねえから」

 

 今もなおつけているリングとイヤリング。ラティオスと同じ色のそれらは最初にアルトマーレに訪れた時にシロナから贈られたものだ。あれ以来、ほぼ毎日欠かさずつけているそれは、二人の関係の象徴ともなっている。

 ただ、カイムからしたらもらってばかりという思いがあった。この大切なものと同じ様なものを返すことはきっと簡単ではない。だからせめて、この街に関係する何かをシロナに返したかった。

 そこまで聞いてラティオスは一瞬目を丸くするが、すぐにくつくつと笑い始めた。まさか友がこんなことを考えているとは思いもしなかったからだ。

 

「な、なんだよ。笑うことねえだろ」

 

 むすっと表情を歪めるカイムに対してラティオスは変わらず笑う。そんなラティオスに笑いすぎだ、と言う様にカイムはラティオスの胴体を軽く小突いた。小突かれたラティオスは笑いながらカイムの顔に自分の顔を擦り付ける。

 

「ん、なんだよ」

 

 ほんの僅かだが顔を綻ばせるカイムの逆の頬にブラッキーが頬擦りし始め、ブラッキーとラティオスに挟まれるような形になったカイムは、やれやれといった表情をしつつも、どこか楽しそうに二匹のことを優しく撫でた。

 

 

 そしてそんな二人を遠くから見つめ、スケッチブックに鉛筆を動かすカノンの姿があった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 しばらくラティオスと共に庭園を巡っていると、突如背後から声をかけられた。

 

「カイム」

 

 呼ばれた方を向くと、シロナがラティアスを伴って歩いてくるのが見えた。何事かとシロナの方を見るが、シロナは手招きをするだけ。何かはわからないが、とりあえずカイムとカノン、そしてラティオスはシロナについて行った。

 シロナについて行った先には、『心の雫』が安置されている噴水の側だった。

 

「どうしたんだ?」

「せっかくカノンちゃんがいるんだし、ちょっとこれについて聞いてみようと思ったの」

 

 そう言ってシロナが指差したのは、足元に描かれた絵画だった。石畳に彫られた絵は何かを記している。

 

「そういや、前は聞かなかったな」

 

 最初に訪れた時はアルトマーレの歴史を知ったところで終わっている。アルトマーレを『邪悪』から守る装置のことでカイムが少し心を痛めることもあったが、歴史を学ぶ者として知ることができたのは非常に貴重なものだと思えた。そして先日訪れた時は急な来訪ということもあり、カノン達があまり時間を取ることができず、この石畳について聞くことはできなかった。

 だがシロナ達が知ったのはあくまで一般人でも知ることができるようなものまで。装置について少し深く知ることはできたが、それもあくまでカイムの予想があってこそ。だからちゃんとあの装置の歴史も次に訪れた時に知りたいとシロナとカイムは考えていた。

 

「カノンちゃん。この床に記されているのって、歴史以外にもあるわよね」

「はい。この絵画は、大聖堂に展示されている心の雫を使って街を守る装置の使い方を記しているんです」

「心の雫が媒介になるのね」

「基本あの場所から心の雫は動かしません。でも、街を邪悪から守る時にはラティアスとラティオスがここからあの装置へと移すんです。そのあとは…」

 

 カノンはそこで口をつぐむ。

 以前の訪問でカイムが察したこの機械の秘密。それはエネルギー源としてラティアスかラティオスを生きたバッテリーとして扱うという事実。街を守るためにとったカノンの一族とラティオス達の決意の結果が、この装置の本当の姿。

 

「…使われてる文字は、俺らが使っているのとあんま変わらないんだな」

「同じ国ですからね」

「そうだな」

 

 カイムは床に刻まれている文字を読み解き、メモ帳にメモしていく。機械の知識を持つカイムはたとえ古くても使われていた機械について知りたかった。それが後ろ暗いものであったとしても、この機械がこの街と人々を守ったというのは事実。だからこれを作った人々とラティオス達の先祖の思いがこもった機械について記録し、そして残したかった。

 

「カイムさん、これを読んだだけでわかるんですね」

「理系の知識も幅広く持ってるからね。そこに関しては、私よりも知識は多いわよ」

「あの装置について知りたがるのも、やっぱり考古学者として興味があるからですか?」

「ええ。私達は歴史を知り、学ぶ者だから。でもそれだけじゃない。その歴史に対して敬意を払い、そしてそこから得られるものを自身の糧にしていく。そういう存在だからこそ、こういう悲しい歴史も知っていく必要があるのよ」

 

 考古学者である以上、どんな歴史であろうと『かつてそういう事実があった』ということは記録していく。今まで記録してきた歴史の中には痛ましいものや暗いものもあった。

 

「でもね、私はこのアルトマーレの歴史はとても誇らしいものだと思うの。確かにラティアス達の命を使うものかもしれない。それでも、この街を守るためにそれを決意した人とポケモン達のその心は、気高いもの。とても誇らしく、素晴らしい歴史よ。たとえ表に出なくても、彼らの決意は残していくべき存在だと思ったの」

 

 シロナから見ても、このアルトマーレの歴史は街の美しさからは考えられないような暗さがある。だがそれでも、カノンやボンゴレが守ってきたこの秘密は人情と決意が溢れている。きっとこの決断を下すのも苦渋の決断だっただろう。その決意が街を守っているという事実が、シロナとカイムの心を動かした。

 

「…あたし、この秘密をずっと一族で守ってきました。悲しくも思いましたし、苦しく思う時もありました。でも、シロナさんみたいに言ってくれる人がいてくれたら、これからもこの責務を全うできると思います」

 

 カノンは幼い頃からこの秘密を一族の一員として守ってきた。ラティアスとラティオスと仲良くなってからはかつて先祖がやったことが理解できなかった。だからこの責務を嫌に思うこともあった。

 しかし、シロナのような人物がこの責務を誇らしいと言ってくれる。ならば、誰にも認められなくともこの責務をこの先も続けられる。そう思えた。

 

「ふむ……思ったより細かく書いてあるな」

 

 一方、カイムは描かれた絵画の記録を取り続けていた。

 カノンによると、この街に伝わる伝説と、例の装置の操作方法についてだと言っていた。実際、装置については相当細かく書いてあり、中にはラティオス達をできるだけ傷つけることなく使用するものもあった。

 

「どう?」

「随分前の時代であるはずなんだが、中々高い技術だ。一昔前とは思えんな」

「街を守るための装置だもの。技術としてはすごいわよね」

「ああ。外敵からの侵入を防ぐ術や、水をあえて引かせることで街での行動を制限させる術や、鉄柵を流動的に動かすこともできるみたいだ。できることについては、かなり幅広い」

「街を守るため、ね。そのための装置だもの。できても不思議ではないわね」

「ただ、あえて簡単に読み解けないようにするために順番をバラバラにしてある。書かれてる文章を並べ直す必要があるが、これもさしたる問題にはならない。それに、シロナの言う通りこれら全部あくまで心の雫とラティオス達のエネルギーあって初めて可能になるものだ。エネルギー源…って言い方は嫌だが、元を考えると簡単に読み解かれないようにするには必要な手段かもな」

 

 シロナにじゃれつくラティアスをみていると忘れそうになるが、ラティアス達はれっきとした伝説のポケモン。心の雫もラティアス達由来の宝石だ。これくらいできても不思議ではない。

 

「しかもこの装置が暴走した時や装置を悪用された時の対処まで書いてある。随分用意周到だ」

「悪用?」

「街を我が物にしようとしたりするのがいないとも限らん。そういうのがなんかやらかした時のためにってことだろう」

「そっか…敵は内側にいる可能性も考慮した結果、ということね」

 

 主に歴史について書き記し、使用方法や最悪の場合の対処法については大雑把にメモ帳に記録していく。公開する気はないが、頭に全て記憶できるほどカイムの記憶力は良くない。カノンの一族のような庭園の守護者ではないが、何かあった時力になれるかもしれないし、この知識がどこかで役に立つ可能性もある。

 

(最悪の場合、か)

 

 これだけの文章を残すということは、それだけのことがあったということなのだろう。先人達が残した以上、何かしらのことが起こった、または起こる可能性を考慮していたということ。

 それを記録し終わると、カイムは立ち上がりラティオスを撫でた。ラティオスは気持ちよさそうにされるがままになっている。それを見てカイムは小さく、そして悲しげに笑う。

 

「……かっこいいな、お前ら」

 

 その呟きはラティオスの耳に届くが、よく意味がわからずラティオスは首を傾げる。

 カイムはなんでもない、とでも言うように首を振ると、待ちくたびれてうずうずしているラティアスに目を向けた。

 

「シロナ、ラティアスが待ちくたびれてる。相手してやれ」

「あら」

 

 シロナがラティアスを見ると、ラティアスはシロナとカノンの手を引いて庭園へと降りていった。

 それを見届けたカイムは再び絵画へと視線を落とす。

 

「心の雫。悪しきものが使いし時、心は汚れ、雫は失われる。この街と共に…か」

 

 心の雫が無くなり、そして装置の暴走によって完全に制御が不能になった場合、このアルトマーレという街は滅びる。そう記されていた。そしてそうなった場合の対処法も。

 

「………」

 

 心の雫という宝玉によって今まで大きな災害もなく、穏やかに美しく繁栄した街。だが裏を返せば、この雫がなくなればそのツケを払う必要が出てくるとも言える。

 

(…恐らく、心の雫という強力かつ貴重な宝玉を悪用されないようにするため。そして、その情報を持った存在をこの街諸共文字通り()()()()ための防衛機構…随分用意周到だ。もしかしたら、一度やられたのかもしれんな。いや、そもそも()()が伝承にあった『悪しき者』なのかもしれん。そうしなければならないほどの存在だったということか)

 

 自分達の存在そのものを賭けて、悪しき者を消し去る備え。ここまでの備えを残さなければならないほどの存在に狙われたこの街は、それ相応の価値があるのだろう。過剰にも思えるが、悪用されることで被害を街の外に出すくらいなら、諸共消し去る方が被害は小さく済むかもしれない。そこまで考えたかつての住民の心を考え、カイムは僅かに顔を顰める。

 そんなカイムのことをラティオスは覗き込む。やや心配するような光を宿したラティオスに、カイムはなんでもないと言うように首を振った。

 

「なんでもねえ。ほら、ラティアスが暴走する前に行こうぜ」

 

 視線をラティアスに向けると、ラティアスがルカリオを抱えて飛ぼうとしているのが見える。ラティアスはまだ幼く、ブラッキー程度の重さを抱えて飛ぶのが限界。ルカリオ程度であっても抱えて飛ぼうとしたら、間違いなく落としてしまうだろう。それを理解しているラティオスはやれやれといった顔をしながらラティアスの方へ向かった。

 ラティアスの方へ向かうラティオスをほんの少しだけ悲しげに眺めながら、カイムもゆっくりシロナ達の方へ歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

翌日

 シロナとカイムは変身したラティアスを伴ってゴンドラに乗りながらアルトマーレを回っていた。

 ゴンドラを操縦するのは、前回のエキシビションでシロナと優勝争いをし、今回の夏の本大会で見事優勝を果たしたロッシ。

 

「ありがとうロッシさん」

「構わないさ。この前のエキシビション、いいレースができたからね。逆に今回の本大会は競えるライバルがいなくて少し物足りなかったくらいだった」

「ふふ、今回はロッシさんの一人勝ちだったものね」

「貴女が出てくれれば良かったのだけどな」

「残念。今回は()に会いに来ただけだから」

 

 正確には調査や記録もあるが、わざわざそれを言う必要はない。シロナは側にいるシロナそっくりに変身したラティアスに目を向けながら言い、ラティアスは肯定するようにシロナの腕に抱きついた。

 

「そうか。似ていると思ったけど、やっぱり姉妹だったんだね。でも、シロナさんもカイムさんもこの街の住民じゃないよね?」

「ええ。私達、シンオウ地方から来たの。この子は留学のために来てるのよ」

「シンオウ地方か。わざわざ他の地方から来てくれて、この街に住む者として嬉しいよ。妹さんもこの街を留学先にここを選ぶとは、見る目があるね」

 

 ロッシは軽口を叩きながら笑う。

 前回、二人はゴンドラに乗らなかった。というよりも思ったよりもバタバタしていたため乗る暇がなかった。アルトマーレの名物としてゴンドラが真っ先に上がるくらい有名なのだが、それに乗らずに帰ってきてしまったので今回は絶対乗ろうと二人は決めていた。ボンゴレに乗せてもらうのでも良かったが、彼は彼で仕事がある。ただの観光に来ている自分達が邪魔するのも申し訳ないと考え、普通に乗ることに決めた。

 そこでたまたま会ったロッシに声をかけられ、変身したラティアスも含めてゴンドラで街を巡ることになった。カイムはブラッキーとトリトドンを膝に乗せて楽しそうにする二匹を撫でている。

 いくつかの場所をゴンドラで巡り、現在は次にどこへ向かうかを決めている最中だ。

 

「大聖堂にはもう行ったんだっけ」

「ええ。一通り見て回ったわ」

「そうか…お客さんの予約があるから、次の場所で時間切れなんだが…ここからいけるいい場所は……ああ、少し行ったところにいいスイーツ店があるよ。そこのクレープ、かなり美味しいから是非食べてみてほしい」

「クレープ!前に行ったところとは違う場所ね。いいわね、行きましょう。カイムと()()()もいいでしょ?」

「ん、ああ」

「!」

 

 ゴンドラに揺られながらぼんやり街を眺めていたカイムにシロナはそう聞くと、カイムはぼんやりしていた意識を戻してシロナの言葉に頷く。そして『ティア』と呼ばれた少女…ラティアスも元気よく頷いた。前回食べたクレープが気に入ったのか、その目はとても輝いている。

 なお、ラティオスはボンゴレについており、街を巡回している。変身が苦手なラティオスはずっと一緒にいることができない。そのため、今はラティアスに二人を譲る形にしていた。

 

「じゃあそのお店までお願いします」

「はいよ!任しといて」

 

 ロッシはその店に向けてゴンドラを動かした。

 どことなくぼんやりしているカイムに対してシロナは声をかける。

 

「どうしたの?なんかぼんやりしてるけど」

「ああいや…大した理由じゃない。なまじ知識があるせいでな。大聖堂のあの機械の使い方が頭の中ぐるぐるしてる。考えすぎるのは俺の悪い癖なんだが…どうもな」

 

 ロッシがいるため詳細は話さないが、どうやらカイムは昨日例の装置の使い方を知って以来それのことばかり考えてしまっているらしい。

 

「考えるのはいいけど、今は楽しみましょ。そういう考えは、宿泊先で聞くわ」

「…ああ、そうだな」

 

 せっかくオフで来ているのだ。楽しむことが今カイムがやるべきこと。知った歴史についてあれこれ考えるのは学者としての性かもしれないが、今はその時ではない。

 頭を切り替えるために、カイムはタブレットで先程話に上がったクレープ屋の情報を調べる。ネットの評価を見ると、お勧めされるだけありかなりの評価だった。それに気づいたシロナとラティアスがカイムのタブレットを覗き込んでくる。

 

「あ、話に出てたクレープ屋?」

「ああ。評判はかなり良さそうだ」

「カイムとティアはクレープ何味にする?」

「そうだな…俺は……ミックスベリー」

「いいわね。じゃあ私は…チョコレートにしようかしら。ティアはどうする?」

「……!」

 

 ラティアスは一通り見た後、『アルトマーレスペシャル』というクレープを指した。

 他にも色々とメニューを見ているうちにゴンドラは件の店にたどり着いた。ゴンドラから降りる際、トリトドンをボールに戻すがブラッキーは先に降りたためそのままにした。

 

「また会えてよかったよ」

「ええ。また縁があれば」

「チャオ!」

「チャオ」

 

 ロッシがゴンドラで去っていくのを見届けて、シロナとカイム、ラティアスはスイーツ店へと向かった。店で注文し代金を支払うと、クレープがすぐに渡された。

 

「わあ…すごいわね」

 

 手に取ったクレープを目の前に、シロナは感嘆の声をあげた。サイズそのものはそこまで大きくなく平均程度の大きさだが、見た目がとてもよかった。派手というわけではないが、他にはないような盛り方をしており、クレープにはラティアスとラティオスの姿が描かれた焼印をしてあるというアルトマーレならではの特徴もあった。

 

「すげ」

「人気なのもわかるわ。今はまだ開店したばかりの時間だったから人が少なかったけど、昼過ぎくらいになったらすごそうよね」

「いい店をいい時間帯に連れていくとはな。大したガイドだ」

「ロッシさんに感謝ね。さ、いただきましょ」

 

 シロナとカイム、ラティアスは噴水のある小さな広間にあったベンチに腰を下ろし、クレープを食べ始める。

 

「わ、おいし。前のも美味しかったけど、こっちも美味しいわね」

「!」

 

 楽しそうにクレープを齧るシロナとラティアスを横目にカイムもクレープを食べ始めた。カイムのミックスベリークレープは、様々なベリー本来の甘みと酸味を使った味わいになっており、生クリームなどのトッピングと共に食べることでよりベリー味を引き立たせていた。

 くんくんとクレープの匂いを嗅ぐブラッキーに少しだけクレープをちぎって与えた。ブラッキーはそれを嬉しそうに食べる。

 

「うまい」

「ほんと?カイムのはミックスベリーだっけ」

「ああ」

「一口くれる?」

 

 カイムは無言でクレープをシロナに差し出す。

 

「ん」

 

 シロナはそれに躊躇なくかぶりつき、クレープを味わう。どちらのクレープも美味しいが、シロナ的には自分の注文したチョコレートの方が好みだった。

 

「ミックスベリーもいけるわね。美味しいわ」

「そうかい」

「ティアはどう?美味しい?」

「!」

 

 ラティアスはシロナの言葉に頷く。その顔は喜色に染まっており、とても嬉しそうだった。

 

「ふふ、美味しいのね。良かったわ」

「嬉しそうに食うな。俺のも食うか?」

「!」

 

 カイムはラティアスに自分のクレープを差し出す。ラティアスは差し出されたクレープに齧り付き、笑顔を向けた。それに続くようにシロナも自分のクレープをラティアスに差し出すと、ラティアスはシロナのクレープにも齧り付いて嬉しそうにもぐもぐと口を動かす。

 

「ふふ、嬉しそうね」

「前食ったクレープで好物になったのかもな」

「これだけ嬉しそうに食べてくれるとこっちまで嬉しくなるわね」

「違いない」

 

 普段から料理を嗜むカイムからしたら、よくわかる感覚だった。別段料理好きではない(と思っているだけ)カイムが料理を続けているのは、食べてくれる人がおり、その人の嬉しそうな顔が好きだから、というのが強い。

 

「じゃ、カイム。私のも食べる?」

「いや、俺は…」

 

 別にいい、と言おうとしたカイムの目の前にシロナはずいっとクレープを差し出した。それどころか、シロナがやろうとしていることに気づいたラティアスまでもクレープを差し出してくる。

 

「はい」

「……」

「いや…」

「あーん」

「!」

 

 先ほど平然と差し出したが、よくよく考えると公衆の面前でクレープを食べさせ合うなど典型的なカップルだ。ラティアスはどちらかというと娘ポジになるが、カイムはあまり公的な場所でスキンシップをすることはしようとしない。

 それはシロナもだが、先程やったことだし純粋にカイムにクレープを味わってもらいたいという思いがあった。

 

「あーん!」

「……わーったよ」

 

 引く気が全くなさそうなシロナとラティアスに負けたカイムは、半ば諦めたように差し出されたクレープを口にする。チョコレートの甘さとその中にあるほのかな苦味、そしてトッピングの甘さと生地の味がいいバランスで存在していた。また、ラティアスのクレープもクリームの甘さと他のトッピングのバランスが非常によく合っているものだった。

 

「どう?」

「うまいな」

「ふふ、そうでしょ?個人的にはチョコレートが一番好みね」

「そうか」

 

 カイムはそれだけ言ってブラッキーを撫でて、ブラッキーに一口クレープを与える。ブラッキーは小さい口をもくもくと動かしてクレープを食べた。

 その様子を見ながらシロナはカイムに言った。

 

「カイムって、あんまり甘いもの食べてる印象がないんだけど」

「そうか?」

「ええ。お菓子もあまり食べないでしょ?」

「そう…だな」

 

 思い返してみると、あまりお菓子類を食べた記憶がない。甘いものが苦手とかそういうわけではないが、自主的に食べることはほとんどない。

 

「食べないわけではないが…ああ、あれなら食う」

「あれ?」

「ブドウ糖」

「お菓子って言うの?それ」

 

 そのブドウ糖を食べるのも何か作業をしたり勉強したりするときに食べているだけ。本当に脳を動かすためだけに食べているにすぎない。

 

「もうちょっと娯楽を作ったら?ストイックなのはいいけど、過ぎたるは及ばざるが如しよ」

「…そうか。なら今度またお菓子作りでもしてみるか」

「どうしてそうなったの?」

「これならポケモン達もシロナも喜ぶかなって…」

 

 あまりにも他人本意なカイムの答えにシロナは苦笑する。

 

「いや、貴方自身が楽しめるものにしないと」

「む……じゃあやっぱ本かな。この前出たシキミの小説、まだ読めてないし。あとはバシャーモと組み手とか…パルクールまたやるのもいいかもしれん」

「ええ。そういう趣味をもっと増やしなさい。きっと貴方の幅を広げてくれるわ」

 

 もぐもぐとクレープを食べ進めながらそんな雑談をする。そうこうしているうちに、ラティアスはいち早くクレープを食べ終えて野生のポケモンと遊び始めていた。

 

「相変わらず元気なことで」

「ふふ、そうね。あの子のいいところだわ」

「間違いない」

 

 食べ終えたクレープのゴミをまとめながらシロナは言う。色々な世界を知ることがその人自身の幅を広げ、その幅は必ず人をいい方向に成長させてくれる。たくさんの世界を知っておく。これがトレーナーとしてのシロナが大切にしていることの一つだった。

 

「…色々やってみるか」

「まあお互い忙しい身だからね。余裕がある時にやってみるといいかもしれないわ」

「ああ。本分を忘れない程度に、な」

 

 カイムもゴミをまとめて近くにあったゴミ箱に捨てる。

 立ち上がり首を回していると、ブラッキーがパッと顔を上げた。

 

「ブラッキー?」

 

 目つきを鋭くしながら路地の方を睨みつけている。そちらは確か先程、ラティアスがポケモンを追いかけていった方向。気づいたらラティアスが視界に入らないところにいないことにも違和感を感じ、二人は視線を鋭くした。

 なんだろうとその方向を見てみるが、普通に路地が続いているだけ。しかしなおもブラッキーは視線が鋭い。

 

「どうした?」

「何かあるのかしら」

 

 なんだろうと首を傾げるが、ブラッキーは唐突に走り出した。

 

「あ、おい」

「行きましょう。ラティアスに何かあったのかも」

 

 シロナとカイムは走っていくブラッキーの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 アルトマーレの街は街中にいくつもの水路が通っている。

 そのため小さく小回りの効く船であれば、街中を船で回ることも可能。街全体に水路があるため、単純な移動速度のみを考慮するのならば、ボートなどの船で移動するのが一番早い。

 それを知っていた金髪の女性と銀髪の女性…ザンナーとリオンはボートで街中を回っていた。そして二人は目当てであった少女を発見した。

 

「あれがラティアス…」

「ええ、間違いないわ」

「ふーん」

 

 ザンナは特殊なサングラスをかけ、路地を歩いて野生のポケモンを撫でる少女に目を向ける。するとサングラスを通して映った少女の姿は人ではなくポケモンの姿だった。

 

「いい服着てるわね。どこのブランドかしら、アレ」

 

 姉妹はボートでラティアスに近づいていく。

 

「ねえ、それどこのブランドの服?」

 

 金髪巻毛の女性…ザンナーがラティアスに話しかけると、ラティアスは訝しげな表情をすると、逃げるようにザンナ達と逆方向に歩き始めた。

 

「ちょっと〜逃げなくてもいいじゃない」

「お話しましょうよ。ねえ?ラティアス」

 

 リオンの言葉を聞くとラティアスは目を見開き、走り出した。

 

「逃がさないわよ。いきなさい、エーフィ」

「アリアドス、あなたも行きなさい!」

 

 エーフィとアリアドスはラティアスに向けて走り出す。

 エーフィの放ったサイケこうせんがラティアスに直撃し、一瞬足を止めさせた。その瞬間にアリアドスが糸を吐き付けラティアスを完全に拘束する。

 

「ん〜いい手際ね。トレビアン」

「どうしてそんな逃げるのよ。アタシ達は、ただお話したかっただけよ?」

 

 ザンナーがラティアスにそう話しかけるが、ラティアスの本能が『この人間に関わってはいけない』と警鐘を鳴らしている。シロナとは真逆の、悪に染まった心を向けられラティアスは逃げだそうにも絡みつく糸のせいでうまく動けない。

 

「さて、ようやく話ができそうね。貴女には聞きたいことが…」

「何をやっているの貴女達!」

 

 捕らえられているラティアスの元に金髪の美女…シロナが駆け寄ってくる。ラティアスに巻き付けられた糸に一気に頭に血が昇りそうになるが、それよりもラティアスを解放することが先決だと行動する。糸に手をかけ、きつく締め上げる糸を素手でちぎっていく。

 

「何って、この子のファッションチェックをしてあげてただけよ〜?」

「嫌がってるでしょ!そんなこともわからないの⁈」

「あら、アタシはすっごく楽しいわよ」

「わたしも」

「誰も貴女達の話なんてしてないわよ!」

 

 珍しく怒りを露わにしたシロナが怒りの表情をザンナ達に向ける。

 その顔を見てザンナは目を細めた。

 

「へえ……結構美人じゃない。アタシほどじゃないけど?」

「下衆に褒められたところで何も嬉しく無い」

「あら怖い。せっかくカワイー顔してるのに台無しねえ」

 

 シロナはザンナーを無視してアリアドスの糸を引きちぎっていく。だが予想よりもきつく締め上げられていて、思うように糸がちぎれない。波導で強化した腕であれば少しずつ可能程度だが、それでもなおゆっくりしか進まない。

 

「それより、その子はアタシ達と遊ぶの。勝手なことしないでくれる?」

「ラティアスがそれを望んでいないことくらいわかるでしょ。勝手なのはどっちよ」

「あら生意気。エーフィ、この調子に乗った女をお仕置きしてあげなさい!」

 

 エーフィがシロナの前に飛び出してきて、額の宝石に力を溜める。その力を放ち、シロナに攻撃しようとした瞬間、シロナの目の前に黒い影が躍り出た。黒い影はエーフィの攻撃を受けるが一切動じない。

 

「楽しそうなことしてんな。俺も混ぜてくれよ」

 

 シロナの後ろから低い声が聞こえてくる。

 何事かと声が聞こえた方を見ると、無表情の男が歩いてきた。シロナを守った黒い影は男…カイムのブラッキーだった。エスパータイプの技は悪タイプであるブラッキーには無効。それ故ブラッキーは一切ダメージを受けなかった。

 

「へえ…悪くない動きね」

 

 リオンはブラッキーだけでなくただ歩いてくるカイムにも当てはまる言葉を使った。歩く時重心が一切ブレない歩き方から何かしら武術をやっていることを見抜いた。泥棒という危険なことをやっている以上、相手ができるかどうかをある程度見抜くことができる。

 ただその意味でいえば、カイム以上にラティアスを解放しようとしている女性、シロナの方が危険だった。明らかに纏う空気が一般人ではない。ザンナー自身もそれはわかっているようだが、あらゆる障害を潜り抜けてきた姉妹にとって高い壁は燃える要因にしかならない。

 

「派手なことしてんな。人の姿してるやつ相手に手ぇ出すなんて」

「アタシ達の見た目なら何しても絵になるじゃない?だからちょっとくらい派手にやった方がよく映えるのよ。綺麗な絵の価値はボウヤが思うより価値のあるものよ」

「そうかい。そんな絵を買う奴は相当趣味が悪いんだろうな。イカれてるとしか思えん。悪趣味極まりない、反吐が出る」

 

 カイムの言葉にザンナーは目を細めた。自分の美貌に絶対的な自信を持つザンナーは容姿やスタイリングを貶されることは逆鱗に触れると同等のことだった。

 

「言うじゃ無いボウヤ。エーフィ、スピードスターで二人まとめてお仕置きしてあげなさい!」

 

 エーフィはスピードスターを放ちシロナとカイムを攻撃しようとするが、ブラッキーの『しっぺ返し』がスピードスターを打ち破る。指示も出していないのに自律的に行動したブラッキーにザンナーは驚愕で言葉が詰まる。

 

「そっちが先に手出ししてきたんだ。やり返されても文句は言うまい」

 

 そういうとカイムはボールを空に向かって投げる。ザンナ達の真上に放られたボールからは、メタグロスが現れた。

 メタグロスは重力に従ったまま落下し、ザンナ達の乗るボートの船尾に乗った。しかしメタグロスの重量は約550kg。ボートの船尾がその重量に耐えられるはずもなく、メタグロスはボートの船尾を破壊しながらボートをひっくり返した。

 

「ちょっ⁈」

「嘘でしょ⁈」

 

 ボートにのっていたザンナ達はひっくり返るボールと共に空中に投げ出され、そして水路に落ちていった。

 

「なにすんのよ!」

「めちゃくちゃよ!」

「おっとこいつは失礼。まさか壊れるなんて思わなくてな」

「ちょっ⁈」

 

 水路から這いあがろうとしたザンナとリオンのことを上から踏むようにして再び水路に落とす。それを見て無表情のままカイムは腕を組んだ。

 

「無様だな。悪党が水路に叩き落とされているのを見るのは初めてだが、思いの外爽快感がある。もう一度やってみたいから早く上がってきてくれないか」

「誰もアンタの感想なんて求めてないわよ!」

「お前らがやってたのはそういうことだ。因果応報だよ馬鹿共。ブラッキー、あくのはどう」

 

 ブラッキーの一撃が水面を穿ち、大きく爆発する。その瞬間カイムは二人の盗人が煙幕で退却し始めていることに気づいた。

 カイムがそうしている間にメタグロスはエーフィとアリアドスを吹き飛ばし、ラティアスを縛っていた糸を爪を使って引きちぎった。シロナはメタグロスのおかげで緩んだ糸を一気に引き裂き、ラティアスを解放する。

 

「行きましょう。彼女達のポケモンが立て直す前にここを離れるの」

「足止めさせておくよ。思いの外レベルが高い。あの逃げ腰相手だと捕獲できるかは五分五分だ」

「お願いね。庭園で合流しましょう」

「ああ」

 

 エーフィとアリアドスの相手をカイムに任せ、シロナはラティアスの腕を引いて走り始めた。

 しかし多少道を覚えたとはいえ、シロナはこの街の住民ではない。道を把握しきれていない部分がある。

 

「ごめんなさいラティアス。庭園までの案内、お願いしてもいい?」

 

 ラティアスは頷くと人の姿のままシロナの前を走り始めた。

 シロナはラティアスの背中を追って走り、庭園まで止まることなく走り続けた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 秘密の庭園に戻ると、ラティオスがカイムを出迎えた。

 

「ラティオス。シロナ達は?」

 

 ラティオスは視線を庭園の中心部にある木に向ける。そこにはシロナにしがみつき寝息を立てるラティアスがいた。

 とりあえず無事だったことに安堵しつつ、カイムはシロナのもとへ歩いていく。

 

「カイム。無事でよかったわ」

「とりあえずな。ラティアスは…」

「緊張の糸が切れたみたい。眠ってしまったわ」

「みたいだな」

 

 ラティアスはまだ幼い。このような人の悪意を感じたことはあれど、実際にラティアス自身がその悪意を受けたことは無かった。初めて受けた悪意は予想よりも気色悪く、ラティアスの神経を削ったのだろう。現に眠っている今もシロナのことを決して離そうとはしない。

 

「カノンとボンゴレさんは?」

「連絡を入れたわ。すぐに来る」

「…そうか」

「あの二人は?」

「悪い。取り逃した」

 

 本気で捕まえに行くつもりだった。ブラッキーとルカリオでエーフィとアリアドスを蹴散らしてさっさと捕まえようと思ったが、予想外に逃げ足が速かった。カイムの手持ちで素早く動けるバシャーモとルカリオに追わせたが、その二匹を振り切るほど上手く逃げられた。仮に見知った土地であってもおそらく捕まえられたかどうかは微妙なライン。それほどまで凄まじい逃げ足だった。

 

「あいつら…ザンナーとリオンか」

「知っているの?」

「ああ。ここ最近、随分派手に色々やらかしてる姉妹だ。国際指名手配されるくらいにはな」

 

 カイムはスマートフォンに映した画面をシロナに見せる。そこには先程の金髪と銀髪を携えた女性が映っていた。カイムが調べた範囲ではあるが、すでにわかっている被害は相当なもの。一部界隈では神出鬼没なやり方とその美貌から『怪盗』とも呼ばれており、ファンもいるとかなんとか。

 

「…かなり派手にやってるわね。これだけ情報が出回っているのに捕まっていないあたり、腕もあるみたいね」

「すまん」

「気にしないの。このレベル相手だと私でも、捕まえられたかどうか…」

 

 バトルの腕はともかく、ここまで逃げ続けていられる以上、逃げることに能力を極振りしているのだろう。そう考えると、シロナでも捕まえられたかどうか。

 

「シロナさん!カイムさん!」

 

 カノンとボンゴレが庭園に入って走ってきた。

 

「すみません、遅くなって」

「大丈夫よ」

「ラティアスが襲われたって…」

「ええ。盗人の二人に」

「ラティアス…」

 

 シロナにしがみついて眠るラティアスをカノンは優しく撫でる。

 ボンゴレはシロナに問いかけた。

 

「何故、その二人はラティアスを…?」

 

 ラティアスを狙う理由として考えられるものとしていくつか考えられるが、一番考えやすいのはやはりラティアスそのものの売買だろう。

 

「一番考えやすいのは、ラティアスを捉えてハンターや裏世界に売り捌くってのだな」

 

 ラティアスは非常に珍しいポケモン。故に裏社会に流せば、かなりの金額になるだろう。確かにこれは一番わかりやすい理由だろう。

 シロナもそれはわかっているが、どうも引っかかる。ハンターとしてはやり方が回りくどい。どうにもしっくりこなかった。

 

「……カイム、ザンナーとリオンの過去の履歴をもう少し調べられる?」

「少し待て」

「シロナさん?」

「…いえ、気がかりなことがあるの」

 

 カイムはスマートフォンを操作し、ザンナとリオンの過去の履歴を見ていく。過去に盗みに入った施設、盗んだ品等を全て見ていくと、シロナの頭に浮かんだ仮説がより強固なものになった。

 

「ねえカノンさん。アルトマーレの伝説…心の雫の伝説って割と一般的だったりする?」

「え…どうでしょう。アルトマーレに住む人なら誰でも知ってるけど、他の土地の人は知らないんじゃないかな」

「でも、伝説そのものが出回っていないわけじゃない」

「それは多分そうです。伝説だけなら知っている人や乗ってる文献があってもおかしくはないと思います。御伽話として伝わっている可能性は高いかも」

「つまり、心の雫の『存在』そのものが外部の人が知っていてもおかしくはない」

「心の雫を狙っている、ということですか⁈」

「はい」

 

 カイムに見せてもらった過去の履歴を見ると、この姉妹は基本的に宝石や貴金属などの高級なものばかりだった。時々価値のある書物などもあったが、それでもポケモンを捕縛して売り捌くハンター紛いのことをするタイプには見えない。

 そうなると、彼女達がラティアスを狙った理由は、『ラティアスにまつわる何か』が目的だったと考えるのが妥当である。

 

「心の雫はこのアルトマーレにしかない宝石…狙われる理由としては、十分ですな…」

「でも、どうすれば…」

 

 そもそも心の雫はあくまで伝説上の存在とされている。この心の雫の存在を公にしてない以上、公的な機関の助けも大きく借りることは難しい。もし公にしてしまえば、ここであの姉妹から守れたとしても今後も同じような事態が起きかねない。

 

「とりあえず、ラティオス達はしばらくこの庭園から出ない方がいいわ。ラティアスの擬態が看破されてる以上、ラティオスの透明化も多分見破られる。貴方達の存在からここを見つけられる恐れもあるからね」

「そうだな。ワシらもあまりここに来ない方がいいかもしれん」

「で、でも…ラティアス達を一人にしておくなんて…」

「何も完全に来ないようにするってわけじゃないわ。確かボンゴレさんのゴンドラ修理場からここに繋がっていましたよね」

「うむ」

「ならそこから来ればいいわ。公に見える場所からこの庭園に来ることを避ければいいのだから」

 

 今もここまで怯えているラティアスを放置することはできない。ラティオスがいればとりあえずは問題ないだろうが、信頼している人物と触れ合いその心の傷を少しでも早く治すことも大切だとシロナは判断した。

 そう話しているうちに、ラティアスが目を覚ます。寝ぼけ眼を瞬かせ、目の前にシロナがいることがわかると、ラティアスは嬉しそうにシロナに抱きつき頬擦りをしてくる。そのラティアスの様子を見てシロナは僅かに微笑み、ラティアスの頭を撫でる。

 

「ラティアス…よかった」

 

 カノンがラティアスが目覚め、無事がわかり安堵する。

 

「こうなった以上、俺らもここに近寄らない方がいいな。さっきの一件で俺とシロナも因縁がつけられてる。俺とシロナが下手にここに近寄るとそこからこの場所がバレかねん」

「そうね」

 

 この場所はラティオスとラティアスの力で隠されている。夢幻ポケモンの力のおかげでまず普通に発見することはできない。結界のようなものだろう。

 だがこの結界の機能は隠すことに特化している。物理的な防御力はない。つまり入り口さえ見つけてしまえばそこまでだ。

 シロナの言葉を聞いたラティアスは悲しそうに目を伏せる。せっかく会えたのにこんなことで会えなくなってしまうのが悲しいのだろう。

 

「この件が片付いたら、また遊びましょ」

 

 ラティアスは寂しそうに頷く。今が非常時だということを理解しているのだろう。

 

「いい子ね」

「戻るか。ラティオス、ラティアスの側にいてやれ。お前もしばらくここから出ない方がいい」

 

 カイムの言葉にラティオスは頷き、その顔をカイムの顔に押し付けた。

 

「苦労をかけるな」

 

 困ったように笑いながらカイムは呟いた。

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの窓を開け、寄りかかりながらシロナはカイムに問いかける。

 

「面倒なことになったわね」

 

 せっかくのオフに大切な友人に会いに来たというのに、とんだ邪魔が入ったせいでまともに会うことができなくなってしまった。腹立たしいことこの上ないが、こうなってしまった以上解決する以外方法はない。

 

「明日はあの姉妹の捜索をしよう。とっとと捕まえられれば、普通のオフになる」

「そうね…でも、そう簡単にはいかないでしょ?」

「いかないだろうな。素人の俺たちが簡単に見つけられる程度の腕ならそもそももう捕まってんだろ。警察に協力は要請したし、人員を増加してくれはしたが、その程度で捕まるほど甘い相手でもあるまい」

「そうよね…」

「我慢比べじゃこっちが不利だ。こういうのは結局、俺らは専門外だしな。厄介なのが、奴らが機械に精通していることだ」

 

 機械に精通していることが何故厄介なのか。それがわからずシロナはそのことをカイムに尋ねた。

 

「どういうこと?」

「あの庭園はラティオス達の力で『見えなくしているだけ』だ。上から目視で見つけることも多分不可能だろうが、奴らはそもそもラティアスの擬態を見破っている。どういう仕組みかは知らんが、夢幻の力を見破る術を持っていると考えていいだろう。普通に考えりゃ、その手段は機械頼りのものだ」

 

 波導使いの可能性もあるがな、と付け加えるが、言いながらもカイムはこの可能性は低いことを理解している。人に宿る波導は本来、見ることも感じることもできない程度。ゲンのような波導使いから指導を受けたのなら話は別だが、波導使いは波導を教える相手を選ぶ。あんな悪党に波導を授けるとは考えにくいため、波導使いとして覚醒している可能性はかなり低い。

 

「つまり、庭園の場所がバレるのも時間の問題ってことね」

「ああ」

 

 どういうやり方かはわからないが、ラティアス達の夢幻の力を看破できる以上、ラティオス達の結界が見破られるのも時間の問題。幸いあの姉妹は基本的に二人で行動しているため、人海戦術で庭園の場所を探り当てることはできない。加えてアルトマーレの街は迷路のように入り組んでいるため人海戦術を使えない以上すぐには見つからない。

 

「タイムリミットは、私たちがアルトマーレに滞在できるギリギリまでね」

「あと五日ってとこか。厳しいな」

 

 二人はアルトマーレの住民ではない。故に滞在期間にも限界がある。その期間内にどうにかしてこの件を終わらせなければ大変なことになるという予感がシロナにはあった。

 

「俺らとの因縁がある以上、その期間内に俺らがアルトマーレを彷徨いていれば何かしらアクションがあるかもしれんが…」

「面倒なのはそうじゃなかった時ね。単純な武力では勝てないことは向こうもわかったと思う。だから私たちがアルトマーレから去るまで姿を隠す手段を取られたら勝ち目は無いわ」

「短期決戦しかないか。でもどうやって見つける?向こうは国際警察からも逃げられるほどだ。警察の手を借りるとはいえ、こっちは素人だぞ」

「いくつか手段はあるけど、正攻法はルカリオの波導感知ね。昼間の接触で波導のタイプは記憶しているみたいだから。ただアルトマーレそのものがかなりの広さで入り組んだ地形だから正直これは厳しいわ」

「波導感知か…」

 

 実際この街の広さだとルカリオの感知範囲をもってしても街全体を回るだけでかなりの時間がかかる。向こうがその場に留まり続けるのならともかく、そうでない以上このやり方は厳しい。シロナとカイムも波導感知は可能だが、ルカリオと比べると狭い。特にカイムは波導がまだ覚醒しきっていない。垂れ流されているものを留めることが限界レベルである以上、波導に頼ることはできないに等しい。シロナは可能ではあるが、詳細に把握できるのはまだせいぜい半径2メートル程度の範囲が限界。あまり頼りにすることはできないだろう。

 

「ムクホークとトゲキッスの顔は向こうに割れてない。空からも探してもらうか」

「カイム。前にギンガ団のネットワークに侵入したみたいにこの街の監視カメラに侵入とかできない?」

「機材が足りん。ノートパソコンだけじゃさすがに無理だ。警察に交渉はしてみる」

「そうよね…うーん」

 

 正直打てる手は少ないだけでなく、その手全てが決定打に欠ける。

 

「明日、ちゃんとボンゴレさん達とも話し合った方が良さそうね」

「そうだな。最悪、ラティアス達には心の雫を持って別の場所に避難ってのも考慮に入れたほうがいい」

「そうね。とりあえず、今日はもう寝ましょ。明日、朝から動くためにも」

「ああ」

 

 二人だけで話していても解決できないと判断したシロナとカイムはそのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ザンナーとリオンは仮の拠点としている一室で画面に向き合っていた。尤も、ザンナーの方は何かの作業をしているのではなく、ただお気に入りのブランドのカタログを眺めているだけだが。

 

「ねーリオン。昨日のボウヤ達ができるのはわかるけど、わざわざアタシらが身を隠す必要あるの?心の雫の場所はまだわかってないけど、隠れなきゃいけないほどとは思わないんだけど」

 

 やや不満げにつぶやくザンナーに対して、リオンはPCのモニターから視線を動かすことなく答える。

 

「念の為よ。昨日の二人に目をつけられた以上、あまり派手にやると面倒なことになると思うの」

「確かにちょっとはできる奴だったし、わからなくもないけど…アタシらが警戒しなきゃいけないほど〜?」

「姉さんの悪いところよ。まあ、あたしが慎重なところもあるけど…あの二人、多分あたし達よりも単純な武力は上よ。正面からやったらほぼ間違いなく負ける」

「……それは否定しないけど、アタシ達なら…」

「本当、姉さんって興味あること以外は全然知らないのね。あの二人、特に金髪ロングの女はやばいわ。これ見て」

 

 リオンに言われてザンナーはモニターに目を向ける。するとそこには、チャンピオンズトーナメントの決勝で戦うシロナの姿があり、その姿は昨日二人が見たものと同じだった。

 

「嘘、あの女チャンピオンだったの?」

「シンオウ地方チャンピオンよ。それに、男の方もジムリーダー。ま、こっちはジムリーダーとしての実績はほぼない新人みたいだけど」

「確かに、正面からいくのは難しいか。でもなんでアルトマーレにいるの?シンオウ地方の人間でしょこいつら」

「流石にそこまではわからないわ。観光か何かでしょ。でも、本当に面倒な連中に見つかったわ」

 

 今まで自分達を捕まえようとしてくる存在とはたくさんやり合ってきた。中には猛者もおり、苦戦を強いられたこともあったが、最終的には勝利を収め、欲しいものを手に入れてきた。だが、さすがにチャンピオンやジムリーダーを相手にしたことはない。バトルという競技において世界最高峰クラスを相手にするとなると、捜索は素人でも見つかった場合は逃げる以外の選択肢がなくなる。チャンピオンシロナはシンプルな武力。ポケモンを戦わせた場合、卑怯な手を使っても、恐らく勝てない。ジムリーダーの方はなんとかなるだろうが、リオンから見てあのジムリーダーはなんとなく相手にしたくなかった。

 

「で?ラティアスの行方は?」

「モジュール使って街中の映像を集めてる。擬態できる以上、サーモグラフィーでの捜索になるけどね」

「ちょっと時間かかりそうね。ま、仕方ないか。危ない橋は大好きだけど、必要以上に危ないのは勘弁」

「珍しいわね、姉さんが素直に待つなんて」

「流石のアタシもチャンピオンを相手にしたくはないわ。地味なジムリーダーはどーでもいいけど、相手にしたら面倒くさそうだし」

 

 昨日、二人を追跡してきたジムリーダー(カイム)は、想定していたよりもはるかに長く追いかけてきた。ワイヤーガンや煙幕を使って逃走していたにも関わらず、警察よりもはるかにしつこく追跡してきた。相当身軽な二人にも引けを取らないほどの身体能力を見せつけ、逃げ切るまでかなり時間を使ったことはリオンにとっても記憶に新しい。しかし、さすがに数々の警備を潜り抜けてきただけあり、最終的には撒くことができた。

 

「タイミングが悪かったわね。あたし達らしくはないけど、じっくりやっていくしかなさそうよ」

「そうねぇ…むかつくけど、仕方ないわね。で?調査はどんな感じ?」

「今のところ反応はないわ。人とポケモンは体温が違うし、昨日見つけたラティアスの体温と色彩パターンは記録してる。見つかったらアラームが鳴るようになってるんだけど…」

 

 そこでリオンはモニターに視線を戻す。いくつかのモジュールが街中を目立たないように巡回しており、調査を進めていた。サーモグラフィーモードでも今のところ見つかっていない。これはしばらくかかりそうだ、と思ったところで、一つのモジュールが写す映像に違和感を感じた。

 

「こいつ…」

「何、どうしたの?」

「昨日のジムリーダーよ!多分、あたし達を探してるのよ」

 

 映像には、黒髪の青年がブラッキーを肩に乗せて街の広場を歩いていた。

 

「へぇ…堂々と探してるじゃん。見つかるわけないのにさぁ〜」

「そうねぇ。厄介な相手がいるのに、外を彷徨くわけないじゃない」

 

 ザンナーの煽るような言動にリオンも同意しつつ、一つの違和感を覚える。探している視線の方向が、明らかに道行く人々ではないのだ。やや上の方…それこそ、屋根の上や空の方向だった。

 

「何こいつ…視線が上の方なんだけど」

「アタシらが輝かしいからって、空にいるわけないのに」

「何を探してるの…?」

 

 このジムリーダーも、自分達と同じようにラティアスを探しているのだろうか。あり得ない話ではない。ジムリーダーの権限で一時的に保護するために探しているということもあるだろう。

 

「金髪ロングはいる?」

「今のところ見ないわね。目立つ風貌だし、すぐわかると思うけど…まあ街全部を見てるわけじゃな…」

 

 言い終わらないうちに、リオンは目を見開く。

 ジムリーダーの肩に乗るブラッキーが、こちらを見ていたのだ。咄嗟にモジュールを帰還させようとしたが、即座にモジュールの映していた映像がブラックアウトする。そしてそのウィンドウには『No signal』の文字。

 

「…なに、どうしたの」

「…モジュールに気づかれた。でも、早すぎる。気づかれてから数秒でモジュールがやられるなんて…」

「確か追ってきた時、ルカリオとバシャーモがいたわ。機動力的に、そこら辺が視認可能な範囲にいたらできるんじゃない?」

「あり得るわね…逆探知される心配はないけど、本気でやらないと時間かかりそうね」

「ふーん、そう。リオンが本気でやるなら、アタシもちょっとやる気出そっか」

「どうする気?」

「変装はアタシの得意技なのよ」

 

 ザンナーはにやりと笑いながら髪を纏めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「案外みんな知らないものねぇ」

 

 街中で一人、変装した姿でアイスコーヒーを啜りながらザンナーは呟く。誰にも見破られた事のないほど完璧な変装。リオンにすら見破れないほどの腕前であり、これだけはリオンをも凌駕する腕前だった。

 そんな完璧な変装をしてザンナーが何をしていたかというと、変装した状態で博物館や美術館の係員に心の雫に関する伝承を探っていた。ほぼ確実にあるとは思うが、現状その存在を目にした者はいない。だから鍵になるようなことを知ってる者はいないかと聞き込みをしていたのだが、何も収穫はなかった。

 

(ラティアスがいた以上、心の雫が実在してる可能性はある。それに、リオンの話だと博物館にあるよくわかんない装置は心の雫を媒介とするらしい。なら、存在して隠されている可能性は高いわよね。博物館の一番深いところにあると思ったけど、まだ調べてないし後で調べようかしら)

 

 そういう貴重なものは大概博物館の奥にあると相場が決まっているが、大聖堂と博物館がセットになっているため、少し苦労するかもしれない。そんなことを考えて再びアイスコーヒーを口に含むと、視界の隅に金髪が映った。

 

(あの女…!)

 

 そこにいたのは、長い金髪を携えた美女のシロナだった。

 

(なんで…って、アタシらを探してるのか。うーん、リオンの時といいタイミング悪いわねぇ。さっさとどっか行ってくれないかしら)

 

 今の変装はウィッグまで使用した完全な変装。指名手配されておきながらも二人が平然と生きているのもこのスキルのおかげであり、警察の目の前を素通りできるほどの完成度だ。バレるはずがない。そう考えてシロナのことを観察しながらコーヒーを再び口に含んだ。

 

(…へー、やっぱアタシほどじゃないけど美人ねぇ。あれだけ美人でチャンピオンか。人気すごそー)

 

 そんなことを考えながらスマートフォンでシロナのことを軽く調べると、バトル以外にもたまにモデルをしていたりするらしい。認めるのは業腹だが、ザンナーが認めるくらい美人であった。

 なんとなく面白くなく、ほんの少しだけ殺気を込めた視線をシロナに向ける。

 

 

 これが悪手だった。

 

 

 突如、シロナが変装したザンナーに目を向けた。髪型によって隠れている左目がザンナーを射抜く。銀灰色の光を向けられたザンナーは、背筋が凍る思いに駆られた。

 

「っ!」

 

 その瞬間、ザンナーはその場を離れた。

 

(なんなのアイツ!あんなほんの一瞬見ただけで普通気づく⁈どうなってんのよ!)

 

 人混みに紛れながらザンナーは走る。泥棒を続けてきたとこで鍛え上げられた逃走スキルはどれだけ人がいようと全力と変わらない速度で駆け抜けられる。

 しかしシロナはそうもいかない。人混みをかき分けながら進むため、必然的に速度が落ちる。ザンナーとの差は広がる一方。

 

「…ルカリオ」

 

 このままでは逃げられると悟ったシロナは、ルカリオに追跡を命じる。建物の上に飛び乗り、上からザンナーを追跡してきた。さすがのザンナーもポケモンの身体能力には敵わない。あっという間に追いつかれ、ルカリオがザンナーの行先に着地した。

 

「ちぃ!ほんとに面倒ねあの女ァ!エーフィ、サイコキネシス!」

 

 ザンナーはエーフィを繰り出し、『サイコキネシス』で周囲のものを投げ飛ばすことでルカリオに攻撃する。しかしルカリオは飛んでくるものがどこに来るのか全て波導の流れから読み切り、最小限の動きで回避した。

 だが、ザンナーもただの武力でシロナに勝てるとは思っていない。投げ飛ばしたものの中にスタングレネードと煙幕弾を忍ばせており、それらを同時に炸裂させた。この二段構えは逃げることにおいてはかなり効果的。そのため、追跡が専門外であるチャンピオンならば逃げ切れると別方向に走り出そうとした瞬間、ザンナーの頬を『はどうだん』が掠めた。

 

(嘘でしょ⁈なんで場所がわかるのよ⁈)

 

 ルカリオの波導感知能力は、視界と耳を潰されていても問題なく活動できるほど鋭い。シロナのルカリオは半径30m以内の範囲に存在する波導を持つ存在を完全に把握することが可能。例え見えなくとも、近くにいるザンナー達を逃すようなことはしない。

 

(思っていた以上に手強い!ラティアス用に用意したものだからあまり使いたくないけど、この際贅沢言ってらんないわね!)

 

 突如、ザンナーはワイヤーガンを取り出し、建物上に逃げる。それを見たルカリオがザンナーを追おうと飛んだ瞬間、ルカリオの足が『サイコキネシス』によって捉えられ、地面に叩きつけられる。

 この程度であれば即座に抜け出し、ザンナーを追うことができる。そう考えたルカリオは『サイコキネシス』を振り切ろうとするが、その瞬間ザンナーが投げた玉がルカリオの眼前に迫ってきた。玉は膜のようなものを広げながら弾け、ルカリオの体を絡めとる。捕まった瞬間、ルカリオの全身が強力な電撃が襲った。突然の電撃に体が硬直し、肉体を痺れさせる。動けなくなったルカリオは地面に倒れた。

 

「威力はかみなり三発分に確定麻痺。射程が短い以外は最強の捕縛手段よ。もう追ってくるんじゃないわよ」

 

 憎らしげに呟いて、ザンナーは逃げる。波導を広げて気配を探るも、突如としてザンナーの波導が感じられなくなった。

 

「ルカリオ、大丈夫?」

 

 ガブリアスに抱えられて建物上に跳んできたシロナは、ルカリオが捕らえられている網に手を触れた。その瞬間、強い電気がシロナの指を痺れさせた。

 

「っ!強い電撃…波導で体を強化しても痺れるなんて。ルカリオ、少しだけ我慢してね」

 

 シロナは両手に波導を凝縮させ、ルカリオを捕える網に手をかける。ガブリアスに協力してもらいながら網を解いた。解放されたルカリオに麻痺治しを使い、回復させるとシロナは立ち上がった。

 

「これでよし。あいつには逃げられたわね」

 

 シロナはザンナーが逃げた方を見る。そこには既にザンナーの姿はない。波導の残滓すら残っていないところを見ると、波導を消す(気配を消す)ことだけはできるらしい。恐らく、気配を消すことが必要に駆られてきた生活であったため、本能的にそれだけを習得したのだろう。この気配を消すというのみで言えば、波導を覚醒させているシロナよりも上手。これだけ気配を消すのが上手ければ、国際警察から逃げ続けられてきたことも納得できる。

 ルカリオは逃したことに顔を顰めるが、そんなルカリオをシロナは優しく撫でた。

 

「気にしないで。あのレベル相手だと、さすがに私たちじゃ難しいわ。それに、思っていた以上に気配を消すのが上手い。これは追跡できないわ」

 

 舐めていたわけではない。だが、想定していた以上であったことは間違いない。

 

「……ちっ」

 

 本当に珍しく、シロナは舌打ちする。シロナにとってこの街は思い入れが強く、ラティアス達兄妹は大切な友。彼女らを害そうとするザンナー達が許せなかった。

 

「舐めた真似してくれるわね」

 

 突如、隣に立つルカリオが戦慄する。

 シロナが纏う波導が、一気に重くなった。ビリビリと肌を刺すような波導ではなく、重くのしかかる様な波導。シロナのポケモンになってかれこれ10年ほどになるが、ここまで怒りを露わにするシロナは見たことはほとんどなかった。

 だが、その重くのしかかる波導はすぐに消える。一瞬にして気持ちを切り替えたシロナは思考を巡らせた。

 

「とはいえ、手強い相手なのも事実なのよね。時間がないけど、焦らずに行きましょう。とりあえず、カイムに連絡ね」

 

 普段のシロナに戻ったのを見て、ルカリオは少しだけ安心しつつ、内心で戦々恐々していた。一番付き合いの長いガブリアスに目を向けると、ガブリアスは頷く。

 

 これもシロナの一面だが、これは友を害されたことによる怒り。我々の主人の魅力だ。

 

 そう言うような表情にルカリオは頷く。あまりに珍しく怒髪天を衝いたシロナに動揺したが、これも友を心から思うシロナの魅力。変わらず信じてついていけばいいと納得し、シロナの後に続くのだった。

 

 

 

 一方、路地裏でザンナーは息を整えながらエーフィをボールに戻していた。

 

「あの女ァ…ここまでやるなんて。やってくれるわね」

 

 額に滲ませた汗を拭うこともせず、ザンナーは視線をきつくしていた。

 

「くっそ…国際警察よりずっと厄介じゃない。あんなに怒り狂って追ってくるなんて……ん?あいつ、なんであそこまで怒ってたの?」

 

 確かに、ラティアスを傷つけた。だが、ラティアスはシロナのポケモンではない。ポケモンという種族を愛しているのは恐らく間違いない。だがあそこまで殺気を向けてくる理由がわからなかった。

 

「…もしかして、あいつらラティアスと関係ある?」

 

 あの話たまたまいたと勝手に考えていたが、そうでなかったとしたら?個人的に繋がりがあったからあの場にいたのであれば、あの二人を追うことでラティアスに近づけるのではないか。そう仮説を立てた。

 

「……アタシらを手こずらせたら、どうなるか教えてやるわ。手荒なマネをさせたのはあんたらよ。後悔させてやるわ」

 

 悪どい笑みを浮かべながら、ザンナーは姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カイム、どう?」

 

 シロナがホテルに戻ると、カイムが何かPCで作業をしていた。手元にあるのは、昼間にカイムが見つけた小型飛行カメラ。遠隔操作で映像を送ることができる仕組みとだけ聞いていたが、それ以上は知らない。

 問いかけられたカイムは、モニターから目を離すことなく答える。

 

「…相当手練れだ。奪われた時のことを考慮して、完全に使い捨てになってる。足跡が残らないように逆探知不可能な設定だ」

「そう。機材が足りないから、とかではないのよね」

「あればできるかもしれんが…俺じゃ無理だろう。マサキレベルの奴連れてこないと、多分できん。そっちは?」

「こっちも逃したわ。想像以上に逃げ足が早いし、何より気配を消すのがうますぎる。索敵で見つけることは、無理ね」

「そうか」

 

 やはり、こういった分野は専門外故に、相手にするにはやや力不足。カイムの情報収集能力、シロナの索敵能力は一般人と比較してはるかに高いものの、相手が相手故にうまく見つけることができない。シロナがザンナーを一瞬見つけることができたものの、全力の逃走を捕えることができなかった以上、警戒レベルは格段に上がっている。恐らく、もう簡単に姿を見せることはないだろう。

 

「より難しくなったか」

「そうね。多分、もう簡単に姿は見せないでしょう」

「…どうする?」

「舐めた真似されたのよ。辞めるわけないじゃない」

「無論だな」

 

 カイムは膝で丸くなるブラッキーを撫でながら外に目を向ける。窓から見える海は酷く穏やか。この穏やかな光景を守るために、ラティオス達の一族は陰ながら動いてきた。だというのに、その積み上げてきた平穏を貶め、己の欲のためだけに狼藉を働こうとする下手人への憎しみが心の中に募っていることを感じる。

 

「カイム」

「ん?」

「落ち着いて。気持ちはよくわかるけど、ボールペンが折れかけてるわ」

 

 そう言われてカイムがふと手を見るとボールペンにヒビが入っていた。思っていた以上に力を込めていたみたいで、これ以上力を込めたら折れてしまうだろう。

 

「悪い」

「カイムはまだ覚醒しきってないけど、半覚醒状態なんだから体が強化されてるのよ。精神の昂りが波導の乱れに繋がっているわ」

「…なるほど、まだ見えないからわからなかった」

 

 カイムが拳を握ると、波導が凪いでいく。それを見たシロナはカイムの頬を優しく撫でた。

 

「怒る気持ちはよくわかるわ。だからこそ、落ち着いて対応しましょう。今日から夜と昼で交代で見張りましょう。連中は夜闇に紛れて動くかもしれない」

「なら夜は俺がやろう。ブラッキーは夜目が効く。ムクホークに乗せて、夜の街を見張る。外の活動者が少ないなら、俺のルカリオと合わせて波導感知の精度もやや上がるだろ」

「…そうね。確かに、夜は貴方の方がうまく動けるでしょう。ボンゴレさんとカノンにも連絡しておくわ」

「頼む。ほら、ブラッキー。行こう」

 

 カイムはブラッキーをぽんぽんと叩くと、ブラッキーは耳をピンと立てて伸びをする。そしてブラッキーはカイムの肩に飛び乗ると、すりすりと頭を頬に擦り付けてきた。

 

「行ってくる」

「ええ。よろしくね」

 

 ジャケットを羽織ったカイムは部屋を出ていく。

 その後ろ姿を見送ったシロナは、明日の捜索のためにベッドに寝転び、目を閉じた。暖かい布団のはずだが、一人で眠るベッドはどこか冷たく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう…」

 

 ボンゴレはゴンドラの修繕場で手を動かしながら滲んだ汗を拭う。

 ラティアスが襲われてから、もう三日。シロナ達と国際警察が泥棒姉妹を探しているが、いまだに見つかっていない。

 

「…………」

 

 ラティアスがあんなに懐く人はいない。ボンゴレ達一族を除いて、ラティアスがあそこまで会いたがる人は見たことがない。また、ラティオスもボンゴレ達一族以外の外部人間に心を開いた試しはない。そのラティオスがあそこまでカイムに懐き、親友のように過ごしていた。そんな彼らの手を借りなければならない現状に少しだけ己の不甲斐なさを感じる。

 ラティオス達と関わりが深いボンゴレ達一族が表立って動くことは得策ではない。もしボンゴレ達が狙われた場合、シロナ達のように自衛する手段がない。だから表に立つことができないのだが、そのことを少し心苦しく思う。

 

 そこで、ふと視界の隅に動く気配。そちらに視線を向けると、そこにはエーフィがいた。

 

「どうしたおまえさん。どこから」

 

 言い終わらないうちに、エーフィの念力がボンゴレの意識を刈り取る。倒れたボンゴレを現れたアリアドスが糸で縛り上げ、その後ろからザンナーとリオンが現れた。

 

「ん〜エーフィ、トレビアン」

「さすが、いい仕事ね」

「リオンもね。この爺さんと()()()が国際警察と連絡を取ったのを見つけたじゃない」

「これは苦労したけどね」

 

 通信を傍受したり、ネットワークに侵入する必要があったため、さすがのリオンもかなり苦労した。尤も、この二人に目を向けたのはザンナーが変装によって得た情報を元に決めた方針。二人の仕事が噛み合った時の高揚感は代え難いものだと実感しながら、二人は修繕場の奥に続く扉に目を向ける。

 

「あそこかしら?」

「多分ね。ま、あそこじゃなくてもここを探せば見つかるでしょ」

「ふふ、お宝は目の前ね」

 

 不敵に笑いながら、二人は奥へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 

 ラティアスとラティオスは庭園から一切出ず、二人だけで静かに過ごしていた。

 その日もいつも通り静かに過ぎ、夜になったため共に眠りにつく。だがそんなラティオスの耳に風車が回る音が入ってきた。

 

 ラティオスはその音に敏感に反応し、起き上がる。ラティオスが起き上がった気配を感じ取りラティアスも目を覚ます。ラティオスが庭園の入り口に目を向けると、そこには金髪と銀髪の女性がエーフィとアリアドスを携えて立っていた。

 

「あら、いい場所ね。アタシの別荘ここにしようかしら」

「悪くないわね。そのためにもまずは前の住民をどうにかしなきゃだけど」

 

 シロナ達が言っていたラティアスを襲った女と特徴が一致している。あの二人がラティアスを襲い心の雫を奪いにきた連中に違いないことを察したラティオスは、二人に突撃していく。

 

「あら、手荒い歓迎ね!」

「出て行く気は無さそうじゃない」

 

 続け様に攻撃を放つが悉く回避される。なら透明化をすれば回避できないだろうと考えてラティアスとラティオスは透明化するが、それを見た姉妹はサングラスをかけた。

 なんだろうと一瞬考えたが、カイムのラティオスの透明化も見破られる可能性があるという言葉を思い出す。ラティオスがまずい、と思った時にはもう手遅れだった。

 

「エーフィ!スピードスター!」

「アリアドス、ナイトヘッド!」

 

 まだ幼く、戦う力も弱いラティアスを狙って放たれた攻撃の射線上にラティオスは咄嗟に飛び出してラティアスを庇った。一つの攻撃なら耐えられたかもしれないが、二つの攻撃を同時に受けたラティオスは耐えきれず地面に墜落してしまう。

 それを見たラティアスがザンナとリオンに反撃しようとするが、真っ直ぐ突っ込んでくるだけの相手に攻撃を当てることなど造作もない。再びアリアドスが放った『ナイトヘッド』がラティアスに直撃し、地面に落ちた。

 

「弱い方からいただくわ!」

 

 ザンナーが投げた小さな球はラティアスに向かって広がり、半透明の赤いネットへと変化してラティアスに迫る。ラティオスはラティアスを守るためにそのネットを身体で受けた。

 ネットで縛られたラティオスの全身に電気が流れるような激痛が走る。その激痛はラティオスに飛行させることすら不可能にさせるもので、あまりの激痛に意識が朦朧としてしまう。

 

「あーら妹思い。人だったら良い男なんでしょうね」

 

 激痛に耐えながらなんとか意識を繋ぐラティオスの視界に入ってきたのはリオンが先程の球をもう一つ手に取るものだった。

 ラティアスが鳴き声を上げながらラティオスに近寄ろうとしてくる。

 

 

来るな。

 

 

 その意味を込めた鋭い鳴き声。ラティオスの鳴き声はラティアスをその場に踏みとどまらせた。

 

「ラティアスはもう少し弱らせなきゃ駄目そうねえ。エーフィ、サイコキネシス」

 

 エーフィが念力を放ちラティアスを攻撃しようとするが、そのエーフィに向かってラティオスは無理矢理体を動かしエーフィに体当たりする。エーフィは回避できたが、狙いが逸れて『サイコキネシス』はラティオスに直撃した。

 手負いに加えて自由を奪われた状態では効果今一つのサイコキネシスであってもダメージは大きくなる。元々満身創痍なところに追い討ちを仕掛けられたラティオスだが、それでも妹を守るためにもまだ意識を失うわけにはいかないと根性で耐え切る。

 

「手間かけさせるんじゃないわよ!」

 

 リオンがラティアスに向けて球を投げる。

 あれにラティアスまで捕まってしまえば、助けを呼びに行くこともできない

 なんとしても妹だけは。その思いがラティオスに最後の力を振り絞らせた。空中で展開される捕獲ネットがラティアスに迫るが、ラティオスが身体を張ってラティアスを守った。

 再び激痛がラティオスの身体を襲う。ラティアスが声を上げながら近寄ろうとしてくるが、ラティオスは再び叱りつけるようにラティアスに鳴き声を上げた。

 

 

来るな。

ここでお前まで捕まったら誰がこいつらを止めるんだ。

自分はいい。早く逃げろ。

自分が身体を張ったことを無駄にするな。

 

 

 このラティオスの思いがこもった声はラティアスに届き、ラティアスは泣きそうになりながらも透明化を施しながら噴水から逃げ出した。

 

「あら、逃げられちゃった」

「一匹いれば十分よ」

 

 ラティアスが逃げ出せたことに安堵を感じ、ラティオスの意識は激痛によって薄くなる。

 

 

きっとラティアスはシロナやカイムを呼んできてくれる。

彼らならラティアスを、この街を助けてくれる。

 

 

 妹が姉のように慕うシロナと、親友のカイムなら大丈夫。そう信じてラティオスは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 微かな気配を感じたシロナは深夜に目を覚ます。

 

「……?」

 

 布団から起き上がり、周囲を見渡す。しかしシロナの目に映るのはなにもないが、窓の方からコンコンと叩く音が聞こえる。

 ふと窓の外に視線を向けると、そこから気配を感じた。その気配は、窓際にぶら下がるカイムだったが、カイム以外にも気配を感じる。

 

「…ラティアス?」

 

 シロナはベットから降り、窓を開ける。カイムは身軽な身のこなしで窓際に腰掛けると、安心したように息を吐いた。

 

「よかった、起きてくれたか」

「カイム、どうしたの?」

 

 カイムが視線を後ろに向けると、開けた窓から透明化を解いたラティアスが入ってきてシロナに抱きつく。その顔は悲しみと恐怖に染まっていた。

 カイム曰く、夜の街を捜索していたら、ラティアスが透明化を施したまま抱きついてきたらしい。様子がおかしいことに気づいたカイムは、すぐにホテルに戻ってきた、という流れだった。

 

「ラティアス…ラティオスは?」

「…やられたか」

 

 ラティアスは震えながらカイムの言葉に対して頷く。

 その答えにシロナとカイムは顔を顰める。

 

「先手を打たれたな。こんなに早く見つけられるとは思わなかった」

「想像以上にやり手だったわね。認識が甘かった」

「どうする?」

「どうもこうもないわ。叩き潰してラティオスを取り戻す」

「…ああ、そうだな。すぐに支度しよう」

 

 シロナは側にあったカイムのジャケットを羽織る。二人ともモンスターボールを腰につけていつでも出られる準備は完了した。

 

「問題はどこにいるかだ。この街の中を闇雲に探し回ってもまず見つからんぞ」

「ラティアス、ラティオスがどこに連れて行かれたかわかる?」

 

 ラティアスはシロナの言葉を聞くと頷いて目を閉じる。そして次に目を開くと、その目は青白く光っており、シロナとカイムを包む空間が作り出された。

 

「夢写し…これは、ラティオスの見ている景色か」

 

 夢写しで映し出された光景は、大聖堂の機械のある空間だった。その光景にはラティオスが機械のエネルギーとして使われる収容スペースに閉じ込められており、それを縛られたカノンとボンゴレが見ているのが映し出されている。そして、大聖堂の機械には青い宝石が装着されていた。

 

「あいつら…何しでかす気だ?」

「わからない。でも、心の雫も持っていかれている以上放ってはおけないわ。今事情を知っていて動けるのは私たちだけ。すぐに動きましょ」

「ああ」

 

 シロナの言葉を聞いたラティアスは夢写しを解除し、窓から外へ飛び出した。

 だがその瞬間、カイムは視界の隅に蠢くなにかを捉えた。

 

「すぐに行くわ。少しだけ…」

「シロナ、窓から飛び出せ」

「え?」

「早く!」

 

 訳はわからないが、必死な様子のカイムを見てシロナは窓から飛び出した。シロナの身体はラティアスが受け止め、ゆっくり近くにあるゴンドラに降ろす。

 体勢が整い先程までシロナがいた部屋に視線を向けると、先程までなかったはずの鉄格子が窓を覆っていた。

 

「どういうこと⁈」

「わからん。だが時間がない!一旦俺は放って先に大聖堂にいけ!」

「ごめん。先に行くわ!」

 

 カイムは心配だが、今はそれ以上にラティオスの安否を確認しなければならない。水路にミロカロスをだし、シロナはミロカロスに跨った。

 

「ラティアス、大聖堂まで案内して」

 

 ラティアスは頷くと先導して大聖堂へと向かう。ミロカロスはシロナを乗せてラティアスへとついていく。

 ミロカロスの速度があれば10分も経たずに大聖堂へと到着するだろうが、今は一分一秒すら惜しい。限界までミロカロスに速度を出してもらい大聖堂へと向かう。

 だが突如、鳴き声のようなものが聞こえてきた。シロナが背後に視線を向けると、夜の空に影が飛んでいるのが見える。

 

「あれは…プテラ?」

 

 化石ポケモンのプテラらしき影が空を飛んでおり、こちらに向かってきているのが見えた。

 

(そういえば、あの大聖堂にプテラの化石があったわね。そうなると、奴らからの刺客と考えるのが妥当かしら)

 

 どうにかしてまかなければならない。あれを連れて行った状態であの姉妹を相手取りたくないと考えたシロナは、ラティアスに視線を向ける。ラティアスはシロナの視線の意味を瞬時に察してすぐ横にあった細い水路へと進路を変更した。ミロカロスもそれに続きコースを変える。

 プテラもそれを追ってくるが、その水路の広さではプテラは通れない。建物に阻まれて水路に落ちるのが見えた。

 

「これで終わりじゃないはず…よね」

 

 ただ落ちた程度で終わるのなら、刺客としては力不足だ。すぐに追っては来ないだろうが、どうにかしなければならない。

 シロナはスマートフォンを取り出し緊急呼び出しコールをかけた。相手は2コールも経たずに電話に出た。

 

「カイム?」

『シロナ、無事か?』

「なんとかね。やって欲しいことがあるの」

『なんだ』

「今、化石ポケモンのプテラに妨害されてるの。追手が来てる状態で奴らを相手にしたくないわ。どうにかして」

『わかった。プテラだけか?』

「大聖堂にあった化石を一時的に復元したものだと思うの。だから他にあった化石…多分カブトプスもいるわ」

『プテラとカブトプスか。任せろ』

「頼むわ」

 

 それだけ言ってシロナは電話を切る。

 再び気配を上空に感じる。先程落ちたプテラが空から追跡してきた。

 

「ミロカロス!避けて!」

 

 シロナの言葉の直後、ミロカロスとラティアスの横を『はかいこうせん』が通り過ぎる。衝撃でバランスを崩しかけるが、すぐに立て直す。

 反撃しようとモンスターボールを手に取るが、プテラを襲う影が見えた。鳥のような形で頭には立派なトサカがあった。

 

「ムクホーク…ありがとう」

 

 カイムのムクホークがプテラを相手にしている。よく見ると、ムクホークの背中にはブラッキーもおり、『バークアウト』などで遠距離の攻撃でプテラを攻撃していた。カイムとは少し距離があるようだが、カイムの指示無しでも十分動けており、プテラ相手に全く引けを取らない。

 

 ムクホークとブラッキーがプテラを相手にしてくれているおかげでプテラを撒くことができた。だが即座に追加の追手、カブトプスが迫ってきた。

 

「やっぱり来たわね」

 

 ラティアスに向けてカブトプスが大きな鎌を振り下ろそうとしているが、ミロカロスが『みずのはどう』でそれを妨害した。

 倒すには至らないが、一瞬足止めすることはできた。その足止めをした瞬間にルカリオが運んできたトリトドンが水路から顔を出し、追い討ちのハイドロポンプを放った。ハイドロポンプで動きが封じられている状態のカブトプスにルカリオが『はどうだん』を放ち、カブトプスに大きなダメージを与えてすぐには動けなくした。

 

「ありがとう、みんな」

 

 トリトドンはゆらゆらと頭を揺らし、ルカリオは小さく頷きシロナの言葉に応じる。それを見届け、ラティアスとシロナは大聖堂へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて…」

 

 石造りの建物の屋上に降り立ったカイムは、水路から起き上がるカブトプスとこちらに向けて威嚇してくるプテラを見下ろしながらブラッキーとメタグロスを出し、傍に立っていたバシャーモが足に炎を宿した。ルカリオ、ムクホーク、トリトドンもそれぞれ配置につき、二体を囲むように構える。

 

(……覇気が強い。だが、動きがちぐはぐだ。完全マニュアル操作なんか?同時操作なんて慣れねえことした結果ってところか)

 

 復活させられた化石ポケモンは確かに通常よりも強い。しかし、その動きは何かに操作させられているように部分的にちぐはぐなことが多い。普通にやれば大したことはないだろうが、今は早急に片付ける必要がある。

 何より、ラティオスが捉えられている。シロナだけでどうにかできる可能性もあるが、あの機械が絡んでいる以上、カイムの力が必要になる可能性もある。こんな前座に構っているつもりはない。

 

「ラティオス待たせてんだ。3分で終わらせるぞ」

 

 カイムはいつもより目つきを鋭くしながら言う。

 その言葉に、ブラッキーは普段からは考えられないほど悪い笑みを浮かべ、バシャーモは足に炎を宿したまま振り回し、ルカリオは波導を全身から激らせる。ムクホークはあくびをしながら二体を睨みつけ、トリトドンは頭をゆらゆらと揺らし、メタグロスは小さく動いて鋼の肉体を揺らしながら敵を睨みつけた。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 大聖堂前広場

 

「ついた!」

 

 シロナは広場に飛び出すとミロカロスをボールに戻す。ラティアスと共に大聖堂に向けて走り、大広間に急いだ。

 このままなんの邪魔もなければ数分もかからず大広間に辿り着くだろう。

 

 

そう、なんの邪魔も『なければ』だが。

 

 

 シロナの耳に水が湧き上がるような音が聞こえた。咄嗟に足元に視線を向けると、水がタイルの目に沿ってシロナとラティアスを取り囲む。

 

「なっ⁈」

 

 水の範囲外に出ようとしたが、次の瞬間には湧き上がってきた水がシロナとラティアスを飲み込み、水の柱と化した。

 

(しまった!)

 

 水流の中でミロカロスをボールから出そうとしたが、取り囲んでくる水は球体を形成し、中で強い水流が成している。水流と息ができない環境で身体がうまく動かせず、ボールがシロナの手から離れていってしまった。

 

(ボールが!)

 

 息が続かず、意識が朦朧としてくる。視界に映るラティアスも呼吸ができずに苦しんでおり、どうにかしようとシロナはもく。どうにかラティアスの手を掴むことができたが、それ以上はどうすることもできない。波導で肉体を強化しても、酸素はどうすることもできない。

 

(もう…息が…)

 

 シロナは息を吐き出してしまい、力が抜けていく。

 それを見たラティアスは目を見開く。兄であるラティオスとは別ベクトルで大切で大好きなシロナの命が危ぶまれている。その事実がラティアスの力を覚醒させた。

 

 ラティアスは全身からサイコパワーを激らせる。放出したサイコパワーはミストとなり球体を形成すると、水の柱を撃ち抜いた。撃ち抜かれたことで水の柱は破裂する。

 ラティアスのおかげで水の柱から解放されたシロナは広場のタイルに叩きつけられる。咄嗟に着地しようとしたが、うまくいかずに足を捻ってしまった。

 

「ゲホッ!ゲホッ…ゴホッ…はあ、はあ…」

 

 飲み込んだ水を吐き出し、なんとか息を整える。水に濡れた髪をかきあげ、周囲の様子を確認すると、全身から発していた光が消えて地面に落ちるラティアスの姿があった。

 

「ラティ…ゲホッ……ラティアス!」

 

 叩きつけられた際に足を捻ってしまい、捻った足が痛みを放ち始めるが、地面に倒れるラティアスにシロナは駆け寄る。ラティアスを抱き上げて安否を確認しようとすると、ラティアスは目を開いた。

 

「良かった…大丈夫?」

 

 シロナの言葉にラティアスは頷く。

 

「行きましょう。まだ何も終わってないわ」

 

 シロナは立ち上がり、ラティアスにそう言うと足の痛みを堪えて大聖堂に向けて走り出し、ラティアスもそれに続いた。

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

大広間

 

 昼間の荘厳な雰囲気とは異なり、広間の中心にある装置は不可解な電気を発しながら明らかに制御できていない様子で動き回っていた。

 

「これ、は…」

 

 どう見ても暴走している。しかも暴走の仕方も尋常ではない。このまま放置していれば装置以外にも被害が出るのは明白だ。

 そしてそのエネルギー源として使われているラティオスもこのままでは無事では済まない。現にラティオスは身体からエネルギーを吸われて苦しげに声をあげている。それどころか、時折血を吐いている。明らかに命を削るほどのエネルギーが吸収されていた。

 一刻も早く救出しなければ。そう考えた瞬間、ザンナーとエーフィの姿が目に入る。ザンナー達もシロナに気づいたのか、臨戦態勢に入った。

 

「こんな時に…!エーフィ、サイコ…」

「ミカルゲ、あくのはどう」

 

 放たれた念力をミカルゲが身体を張って止めるだけでなく、そのまま全身から発せられた波導をザンナー達に向けてぶつけた。効果抜群の悪タイプの技が直撃したエーフィはそれだけで動けなくなり、生身の人間であるザンナーもその場に倒れた。

 続いてシロナは囚われているカノンとボンゴレの救出に取り掛かる。アリアドスが巣を作り二人を縛っているが、アリアドスもろともトゲキッスの『エアスラッシュ』で沈めた。糸が切れて解放された二人は地面に崩れ落ちる。捕まる際、エーフィの念力を受けた影響か、意識ははっきりしているが身体が言うことを聞かない状態だった。

 

「すまぬ、シロナさん…ワシらがどうにかせねばならんことを…」

「今はそんなことを言ってる場合じゃありません。これを止めないと」

「…ここまで暴走していると、正規の手法で止めることは…」

 

 暴走を続ける機械にエネルギーを吸われ続けていたらラティオスの命が危うい。

 

「動力を落とせば…」

 

 機械に詳しくないシロナだが、動力源そのものを断ち切ってしまえば止まるはずだと考える。素人の考え方かもしれないが、今は一刻も早くラティオスを救出することが先決。そう考えてシロナはラティオスの捕まっている球体に向けて走り出し、ラティオスを引き抜こうとしたがバリアのようなものに弾かれてしまった。

 

「きゃっ!」

 

 弾かれた衝撃でシロナは尻餅をつく。ラティオスはバリアによって隔離されており、バリアは非常に強力なものだった。波導で強化された肉体を僅かながら痺れさせるほどの出力を持ち、恐らくシロナの、人間の身体能力では解放することなどできないだろう。それほどまで強固なものだった。

 

「なら…お願い、ガブリアス!げきりんよ!」

 

 シロナはボールを空に向けて投げ、ガブリアスを繰り出す。ガブリアスは全身に龍の力を激らせると、強力な一撃をバリアに叩きつけた。だがガブリアスの一撃を持ってしても、バリアを破ることはできなかった。

 

「ガブリアスでも破れない?なら、ルカリオ!」

 

 ガブリアスが爪を叩きつける横にルカリオが現れ、硬化させた拳を全力で叩きつける。だが、これだけの威力を持ってしても破ることができない。

 

「そんな…どうすれば」

 

 シロナは機械の構造はわからない。ただラティオスが動力になっている、ということのみ把握しているだけ。どこをどうすれば効果的にバリアを解除することができるのかわからない。

 

「シロナ!」

 

 そこへ、浅い傷をいくつか負ったカイムが現れた。カブトプスとプテラと戦った際の傷だろうが、見たところ大した傷はない。

 思った以上に早い到着に一瞬だけ驚くものの、すぐに切り替えてカイムの助けを求めた。

 

「カイム!この機械、どうすれば止まる⁈」

「これ、完全に暴走してやがるな。動力を落とせばいいが…」

 

 カイムは今もなお苦しむラティオスに目を向ける。命をもエネルギーに変換して搾り取られる様に顔を顰め、地面に目を向けた。

 

「……エネルギーは地面を伝って供給されてる。物理的に断ち切ることは…まずやるしかねえか。ボンゴレさん、少し床壊すぞ」

「…ラティオスの命には変えられん。やってくだされ」

「メタグロス、アームハンマー」

 

 カイムはメタグロスを繰り出す。出てきたメタグロスは、鋼の剛腕を振り上げると、エネルギーが流れ出ているであろう回路に向けて剛腕を振り下ろした。

 轟音と共に、床に大きなヒビが入る。そこに向けて間髪入れず、ルカリオとバシャーモが強烈な一撃を叩き込んだ。この連携攻撃により、床は完全に機械と断絶されたが、そもそも導線が存在していたわけではないこともあり、機械は動きが鈍くはなったものの止まりはしない。

 

「くそ、動力源を完全に断ち切らないとダメか」

「…どうすれば」

「ぶち破る…が、できなかったんだよな」

「ええ…」

「…外部からは不可侵…なら、内部からは?ラティアス、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カイムの言葉に、ラティアスは目を見開く。夢写しはラティアスとラティオスが意識を同調させることで発現する現象。故に、ラティオスの意識がなくともラティアスから干渉し、半強制的に覚醒させることもできる。

 ラティアスは頷くと、意識をラティオスに向ける。苦しむ意識に一瞬呑まれかけるが、即座に持ち直してラティオスの意識に触れる。するとラティオスがラティアスの意識に同調し、両者の身体が大きく輝いた。

 

「ラティオス…!」

 

 ラティオスの身体からサイコパワーが発せられ、サイコパワーが太陽の如き光を放ちながら球体に形成された。このラティオスの力に呼応するように、ラティアスのサイコパワーも大きく放出され、ミストのような性質に変化した。ラティオスの太陽(ラスターパージ)とラティアスの(ミストボール)が同時に放たれる。内部と外部から同時に放たれた力は、ラティオスを閉じ込めていたバリアを急激に弱めた。

 この一瞬をシロナとカイムは見逃さない。

 

「ガブリアス!」

「メタグロス、バシャーモ、ルカリオ!」

 

 弱まったバリアに向けて4体のポケモンが全力の一撃を叩き込む。全方位から強力の一撃を受けたバリアはビリビリと悲鳴をあげると、ガラスが砕けるような音と共にバリアを展開していたリングにヒビが入り、地面に転がった。

 

「ラティオス!」

 

 解放されたラティオスは重力に従って落ちていく。地面に落ちる寸前にラティアスとカイムが受け止めたことで叩きつけられることは避けられたものの、根こそぎエネルギーを持って行かれた挙句、捕縛の際につけられた傷が思いの外深い。血は止まっているものの、放っておけば命に関わりかねないほどだった。

 

「酷い…」

「…くそ、道具は今ない。治療のために連れて帰ろう」

「ええ。ガブリアス、手伝って」

 

 ガブリアスは頷くと、傷ついたラティオスを背負う。心配そうにラティオスに顔を擦り付けるラティアスだが、ラティアスも慣れない力を使いすぎて消耗が激しい。そのせいでふらついてしまうが、その体をメタグロスが受け止めて頭に乗せた。

 

「ラティアスも頑張っていたもの。少し休んで」

 

 疲れ切っているラティアスの頭を優しく撫でるシロナを見て、安心したようにラティアスは弱々しく笑う。

 

 とりあえずラティオス達が無事に救出されたことに安心したボンゴレは、停止した機械に目を向ける。動力源が絶たれたことで完全に停止した機械の操縦席が僅かに開き、そこからリオンがぐったりとした様子で顔を出した。そこにいつの間にか復帰したザンナーが近寄る。

 

「リオン大丈夫〜?」

「うう…あんまり…」

「ちょっと欲張りすぎたわね。じゃ、あんたのやりたいことは終わった…というか止められたし、心の雫はアタシがもらっていくわよ」

「…ええ、いいわよ」

「ん、おっけー」

 

 ザンナーは身軽に飛んで、心の雫が設置されている部分に飛び乗った。そこには、あの美しい青い宝玉はなく、汚れた水のように濁り切った宝玉があった。

 

「なーによこれ。濁り切ってるじゃない!も〜リオンが変なことに使おうとするから…」

 

 だがあの心の雫であることに変わりはない。さっさと回収してずらかろうとザンナーが心の雫に手を伸ばすのを見た瞬間、ボンゴレは目を見開いた。

 

「触っちゃいかん!」

「は?」

 

 ボンゴレの言葉と同時に、リオンの指先が心の雫に触れる。その瞬間、心の雫は黒く染まり、弾け飛んだ。

 

「っ⁈」

 

 弾け飛んだ衝撃でザンナーは弾かれ、リオンのいる操縦席に落ちる。この時に何かに触れたのか、それとも心の雫が消滅したことによるものか、再び機械は暴走を始めて強烈なエネルギーを放ちながら動き始めた。先ほどよりも激しく動く機械に、撤収を始めていたシロナ達は目を見開く。

 

「なに、これ…どうなってるの⁈動力源はもう…」

「心の雫。悪しきものが使いし時、心は汚れ、雫は失われる。この街と共に…これのことか」

「カイム君、知っていたのか」

「庭園の石板を解読しました。この機械の使い方と、そして警告ですよね」

「うむ…心の雫は、その名の通り心を映す鏡。持つ者の心に応じて、輝きを変える。闇に心を染めた者が持つと、その輝きを失うように()()()()()()()

「できている?」

「強力な力を持つ宝玉だ。だからこそ、悪用されればアルトマーレどころか更なる大規模で被害が出る。それを防ぐためにつけられた()()()()だ」

 

 心の雫はそれ自体が強力なエネルギーを秘めた宝玉。アルトマーレ周辺の環境を安定させるために存在しているが、扱い次第ではアルトマーレだけでなくさらに広範囲…全世界規模で被害を出すことも可能なほどだ。

 そのことを機械の作製者達は把握していた。だからこそ、もしもの時のために心の雫諸共、この街だけで被害を抑えることにした。こうすることで、悪用された際は被害をこの街だけに抑えることができる。被害を抑えるための()()()()が、この事態だった。

 

「力を持つ存在を作り出したことの責任と罪…これを守り抜くのが、我々一族の役割だ。ラティオス達も含めてな」

「…止める方法は?」

「ない。心の雫が失われた今、機械の反転もできない」

「……どうなるんですか」

「恐らく、この街は沈む」

「住民の避難は?」

「……わからぬ。だが、恐らくそんな時間はない」

 

 ボンゴレの言葉を肯定するかのように、僅かな地鳴りが聞こえる。何かしら街に起こり始めたということだけは理解できた。

 その音を聞いたラティオスが目を開く。街全域に影響する何かを感じ取り、弱々しくガブリアスの背中から浮かび上がった。

 

「ラティオス…休んでろ。傷が深い、下手に動くな」

 

 カイムがそう声をかけるが、ラティオスはただじっと外を見つめる。今何が起こっているのかを理解できているのはラティオスのみ。どうするべきかを考えているように思える表情だった。

 そしてラティオスは何かを決心したかのように一瞬目を閉じると、ラティアスに目を向ける。ラティアスはラティオスの視線に気づくと、ラティオスと共に外へと飛んでいった。

 

 ラティオス達の後を追っていくと、そこは大聖堂の屋上のバルコニーだった。夜故に街は静けさを保っているが、各地に張り巡らせられている水路から水が引いて行っているのが見えた。

 

「…水が、海に…」

 

 これだけでシロナはこれから起こることを察する。街全体から水が引いていくほどの規模だ。街そのものを潰すことなど容易い規模の、津波だろう。これほどの規模と速度となると、住民の避難も間に合わない。

 

「これがアルトマーレの自滅機構…」

「ええ…我々もこんな形のものであることは初めて知りましたが…文字通り全てを流し去るものなのでしょう」

「…こんな形で終わるの…わたし達の街が…」

 

 恐怖を感じながらも、どこか諦めたかのようなカノンの言葉に、シロナは表情を歪める。カノン達一族は代々、この街の秘密を守ってきた。故に、あり得るかどうかはともかくどことなく覚悟はあったのかもしれない。しかし、それはそれとして恐怖がないわけではない。声が震えているのを感じ取った。

 正直な話、ここにいるメンバーだけならば生き残ることはできる。ムクホークやトゲキッス、ガブリアスなどの力を借りることで空中に逃げることができるだろう。しかし、それは誰も納得しない。この美しい街が理不尽に滅亡することは、とても看過できない。

 

 だが、シロナとカイムにできることはない。

 

 いくら大きな力を持つシロナといえど、自然災害の相手はできない。どう足掻いたとしても、津波をどうすることなどできるはずがなかった。

 どうすれば、と目を伏せた瞬間、カイムの視界の隅に何かを決心したラティオスの表情が見えた。

 

「…ラティオス?」

 

 カイムの呟きに、ラティオスは視線を向ける。その目はどこか寂しそうで、そして何かを決心したような強い光を宿していた。

 ラティオスは隣にいるラティアスに目を向ける。ラティオスの意図を即座に把握したラティアスは力強く頷いた。

 

「ラティアス…あなた達、何をするの」

 

 シロナの言葉に、ラティアスは笑顔で振り返る。そしていつものようにシロナに抱きついて、すりすりと顔を擦り付けた。普段であれば優しく撫でて抱きしめ返すのだが、何かを決心した兄妹を前にシロナの心は不安に駆られていた。

 

「ラティオス、ラティアス…お前達…」

「そんなこと、できるの?」

 

 ボンゴレとカノンの言葉に、ラティオスは頷く。そして、ラティオスはボンゴレに、ラティアスはカノンに額を合わせた。何かを察したボンゴレとカノンは、悲痛に表情を歪める。

 

「おい、ラティオス。何をすんだ」

 

 カイムもなんとなくは察している。だが、()()()()()()()はわからない。嫌な予感と動悸が止まらず、口の中が乾いていく感覚がした。

 そんなカイムを見て、ラティオスはふっと笑う。家族でもない、ただの友に向ける笑み。そして、再会したときのようにぐりぐりと頭を押し付けてくる。

 一頻りじゃれついて満足したのか、ラティオスはカイムに笑みを向けた。その笑みに()()()()を察したカイムはラティオスに向けて手を伸ばすが、その手は空を切る。

 

「ラティオス、ラティアス…待てよ、おい!」

「そんな、待って!」

 

 ラティオスとラティアスは、海に向けて飛んでいく。暗い夜の空を赤と青の二つの存在が流星の如き光が引き裂いた。

 

「ラティオス!」

 

 カイムの悲痛な声が響く。

 ラティオスの肉体は、とっくに限界を迎えている。今すぐ命に関わるほどではないにしても、これ以上エネルギーを使えば本当に命に関わりかねない。ラティアスも、ラティオスよりも軽傷とはいえこれ以上のエネルギー消費は大きく消耗すしてしまうだろう。

 

 ラティオスの体に太陽の如き光が宿り、ラティアスの体にはミストのような光が放たれ始めた。

 

「駄目だお前ら!そんな力、それ以上使ったら…!」

「駄目よラティアス、ラティオス!あなた達が…!」

 

 夜闇の先に現れた大きな津波を前にしながらも、兄妹には恐怖がなかった。アルトマーレで最も高い建物である大聖堂すらも飲み込むほどの高さの津波。それを前にしても、二人に恐怖はないように見えた。

 しかし、恐怖がないように見えるだけであり、恐怖はある。後ろから聞こえてきた友人の悲痛な声に後ろ髪を引かれる思いが湧き上がる。ここであの津波を止めることに躊躇いはないが、そうすることで自分達もただでは済まないこともわかる。

 

 だが、これが自分達の使命だと、ラティオス達はわかっている。

 だから躊躇うことはない。

 

 

 寂しくはあるが。

 

 

 眩い光がラティオス達を包む。強烈な光は共鳴するように大きくなっていき、まるで太陽のように輝き始めた。

 

「っ!トゲキッス!」

「ムクホーク!」

 

 これを見て、シロナとカイムは即座に飛行ポケモンに跨ってラティオス達を追い始めた。あれ以上の力を使ってしまったら、二人は深刻な消耗を負ってしまう。特にラティオスは、間違いなく命を落とす。それをわかってしまったから、シロナ達はラティオスを追いかけた。

 できることなどない。追いついたとしても、ただ危険になるだけだということも理解している。それでも、大切な友が命を賭けようとしている様を見ているだけなどできなかった。

 

 ラティオスはラティアスを見る。ラティアスは兄の視線に対して笑顔で返した。

 

『互いに、いい友を持ったな』

『シロナさんはお姉ちゃんって感じだけどね』

『そうだな』

『お兄ちゃん』

『ん?』

『あたし、あの二人のこと大好き!』

『そうか』

 

 

『俺もだ』

 

 

 一族を除けば、ラティオス達にとって唯一の人間の友。ここまで自分達を思ってくれる友がいることを嬉しく思いつつ、二人は津波に突っ込んだ。

 

 大きな光が迫り来る津波に伝播していく。

 光は津波の勢いを弱め、急速にエネルギーを失わせていき、エネルギーを失った津波は街に到達するよりも遥か前で崩れ落ちた。

 光の中心は津波を崩すと、空に向けて大きく光を放ち、光の柱として海の中心に立つ。何かが空に登っていく道のようにも見えるそれは、少しの間光を放つと、やがて消えた。

 

「ラティオス、ラティアス!」

「ブラッキー!」

 

 シロナの悲痛な叫びと同時に、カイムはブラッキーを出して肩に乗せ、夜目が効くブラッキーの目を使って夜の海に落ちたであろう二人を探し始める。シロナは目に波導を集中させることで視力を強化し、ラティアス達を探す。

 海面ギリギリまで高度を下げ、水に沈んでいようとも見逃さないように探しているが、見つからない。

 

「どこ、ラティアス…この辺りのはずなのに…!」

 

 ただでさえ力を酷使した状態でのこれだ。すぐに治療しないと、二人とも命に関わる。その事実がシロナ達を焦らせる要因になっていた。

 捜索を続けいると、突如視界の隅に赤い影が海に浮かんでくるのを捉える。即座にそちらへ目を向けると、そこには海に住む水ポケモンに浮かべられたラティアスの姿があった。

 

「ラティアス!」

 

 体を乗り出そうとしてバランスを崩し、トゲキッスの背中から落ちてしまう。だがそんなことに気を留めることなくシロナは泳いでラティアスに近寄っていった。そこにムクホークに跨ったカイムとゴンドラにのったボンゴレ、カノンが合流した。

 シロナは水ポケモン達と協力し、ラティアスをゴンドラに乗せる。シロナ自身もカイムの手を借りてゴンドラに上がった。

 

「ラティアス…」

 

 シロナとボンゴレがラティアスの容体を見る。傷はあるし、何よりエネルギーが枯渇しているが、命に別状はないだろう。

 

「うむ、命に別状はないだろう」

「エネルギーが枯渇してるけど、休めば問題ないわ」

「よかった、よかった…ラティアス」

 

 ほっとしたように息を吐くカノンは、ラティアスを抱きしめる。その感触でラティアスは目を覚ました。

 

「ラティアス…目が覚めたのね。よかった」

 

 目覚めたラティアスは小さく頷き、カノンに顔を擦り付ける。

 一同はラティアスの無事に安心するも、ラティオスの姿がないことに気づいた。

 

「ラティアス…ラティオスは、どこだ」

 

 カイムの声はどこか震えている。友人であるラティオスのことをとても大切にしている。だからラティオスがいないことに、強く反応していた。

 ラティアスはカイムの言葉に目を伏せる。そして、ラティアスの腕の中に抱えていた物を見せた。

 

「っ!」

「これ、は…心の雫…?」

 

 ラティアスの腕の中にあったのは、青い美しい宝石…心の雫だった。砕けたものと変わらないほど美しい光を放っている。

 だが、なぜ砕けたはずのものがここにあるのか。ラティオスはどこへいってしまったのか。それらの謎の答えは、最悪の予想が出てきてしまう。

 

「…まさか」

「ラティアス…まさか、これ(心の雫)が…ラティオス、なの?」

 

 シロナの問いかけに、ラティアスは頷く。

 ラティオスは、津波を止めるために全ての力を使った。それこそ、命すらもエネルギーに変換して止めた。それほどまでのことをしなければならないほどの規模だったということもあり、津波を止めた時にラティオスに残されていたのは自らの心と力尽きる直前の肉体。このままでは、ただ命が尽きるのみ。ならば、残された己の全てをかけて街を維持するための()を残そうとし、そして自らが心の雫になることを選んだ。

 

「そんな…ラティオス…」

「お主は、アルトマーレを守る礎になったのか…」

 

 ラティオスは文字通り護神になるために、己に残された全てを捧げた。その事実に、一同は愕然とする。大切な存在が全てを賭けて立ち向かい、そして礎となって全てを元通りにした。

 アルトマーレのため犠牲になった(心を捧げた)。その事実にシロナは口元をおさえて涙を流し、カイムは目を見開いた。カイムの青い瞳は動揺するように揺れており、事実を受け止めきれていないことがわかる。

 

「ありがとう、ラティオス」

 

 カノンはラティアスごと心の雫を抱きしめながら一筋の涙を流した。

 

「あたし達は、これからも守るよ。あなたが守ったこの街を。だから、見守っていてね」

「わしもいる。共に、守っていこう」

 

 決意を込めるような言葉は少しだけ震えている。まだ受け止めきれていないところもあるだろうが、それでも街を守る一族として、ラティオスが守ったこの街を繋いで行く。そんな決意がこもった言葉だった。

 

 そんなカノンとボンゴレと共に、心の雫を庭園に納める。

 夜の庭園は酷く静かだった。悲しみを払拭しきるにはあまりにも少ない時間の中、シロナとカイムはカノン達と別れた。

 

 カイムは静かな時間の中、ただ虚無感に心が染まっていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、シロナは不思議な空間にいた。

見上げると澄み切った空が広がっており、見下ろすと鏡のようにシロナの姿を反射する水面があった。

見渡すが、何もない。音も聞こえない。不思議な場所だが、恐怖はなかった。むしろどこか落ち着くような、そんな場所だった。

特別身体に違和感はない。負傷した足を動かして見るが、痛みもなく普通に動く。足を動かすたびに床の水面は波紋を広げていった。そのまま少し歩いてみるが、本当に何もないし誰もいない。

 

だか不意に気配を感じる。その気配はシロナの大切な人の気配に少し似ているような気がした。

 

「カイム?」

 

カイムの名前を呼ぶが、返事はない。ただシロナの声が響くだけだったが、感じた気配はすぐ近くにいる。

気配の方へと歩いていくと、そこには青く輝く宝石があった。その宝石にシロナは見覚えがある。

 

「心の雫…」

 

美しく輝く心の雫に触れると、雫は僅かに光を放った。そしてその光から伝わってくる感情を感じ取ったシロナはここにシロナの意識を連れてきたのが誰なのか気がついた。

 

「……そう、貴方だったのね」

 

悲しげに微笑んだシロナは目を閉じる。そして感じられる気配から流れ込んでくる感情をシロナは読み取った。

何をいいたいのか、何を伝えたいのか。それらを理解したシロナは目を開けて悲しげに微笑んだ。

 

「…ええ、伝えておくわ」

 

シロナは優しく宝石を撫でる。その思い、心を受け取ったことを確認するように、優しく。

 

「ありがとう」

 

シロナの言葉を受け、心の雫は光を小さくしていく。そして光が消えると同時に、シロナの意識も闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、宿泊先の天井だった。

 窓の外を見ると陽が昇り始めたくらいの時間であり、空は分厚い雲が覆っている。

 隣を見ると、いつもいる最愛の人の姿はない。気配も部屋の中からは感じられない。どうやらどこかへ外出しているようだった。

 

「……」

 

 シロナはベッドから抜け出すと、スキニーを履き近くにあったカイムのパーカーを羽織って街へ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 シロナが辿り着いたのは、秘密の庭園だった。数日前までラティアスとラティオスの拠点であった場所であり、シロナとしてもいい思い出が詰まった場所である。

 路地を抜け、ラティアスの力で隠されている道を抜けると、抜けた先にカノンの姿があった。だがシロナは彼女がラティアスであると即座に見抜いた。

 

「ラティアス」

 

 ラティアスはシロナの姿を見ると、視線を庭園の中心部に向けた。ラティアスの視線を追うと、その先には黒髪を短く切り揃えた男性が立っている。

 

「……ありがとう」

 

 シロナはラティアスの頭を撫で、男性のもとへと歩いていく。その男性はシロナが最も大切にしている存在、カイムだった。カイムはただ何もせず、小さな噴水の前で佇んでいる。

 

「…カイム」

「……シロナか。何してんだ」

「起きて貴方がいなかったから、ここかなって」

「そうか」

 

 カイムは振り返らない。

 少しの沈黙の後、カイムが口を開く。

 

「シロナ」

「…なに?」

「シロナは、誰かがいなくなることを経験したことあるか?人でも、ポケモンでも」

「…一度だけ。おばあちゃんのポケモンが」

 

 祖母であるアイナのポケモン、ウィンディが亡くなるところを幼い時に見た。よく相手をしてくれたため、アイナよりもはるかに泣き腫らしていたことを覚えている。

 

「…俺は、ばあちゃんと父さんのケッキング。子供ながら、もう会えない事実に泣いたのを覚えてる」

「…そう」

「………人もポケモンも、いつか死ぬ。当たり前のことだ。わかっているさ、そんなこと」

 

 形あるものはいつかなくなる。命あるものは、いつか死ぬ。生まれた瞬間から死に向かって歩み続ける。そこに疑問はない。当たり前のことだと、理解はしている。

 

「…こんな早く、こんな形で別れることになるなんて…考えてなかった」

「……そうね」

「…今なら、少しだけアカギの気持ちがわかる。この苦しみは、確かに耐え難い」

 

 心の底から無限に溢れ続ける悲しみと虚無。この心を、きっとアカギは耐えきれなかったのだろう。そして、今ならアカギの気持ちがよくわかる。これほどまでの苦しみは、確かに耐え難い。

 

「……大丈夫?」

「…ああ」

 

 カイムが道を踏み外すようなことはないと信じている。この発言も、踏み外さないと自分でわかっているからこその言葉。わざわざ大丈夫か、と確認したが、問題ないとわかった上で聞いたものだった。

 心配そうにラティアスがシロナの側にくるが、シロナは問題ないというように頷く。シロナがそう言うなら、とラティアスは納得するが、まだ目は心配そうにカイムを見ている。

 

 突如、心の雫が安地されている噴水に水滴が落ちる。

 

「…ああ、雨か」

 

 カイムの呟きにシロナは空を見上げる。そのシロナの頬に一滴の水滴が落ちてきた。鉛色の空から降り始めた雨は、徐々に勢いを増していく。決壊した心が溢れ出るように、雨は強くなっていった。

 カイムの目の前にある噴水の水面は、雨によって波紋が広がり続けている。それにより、そこに安置されている心の雫の姿は歪んで見える。まるで、心の雫が泣いているように見える姿だった。

 

「…カイム」

「……悪い、今は側に来ないでくれ。頼む」

 

 両腕を噴水の淵におき、カイムは項垂れるように水面を見つめる。

 カイムの頼みに反し、シロナとラティアスはカイムへ歩み寄った。

 

「……来るなって言ったろ」

「愛してる人がそんな顔してたら、一人にできないわ」

 

 カイムの顔は、いつもと変わらない無表情。だが、瞳に宿る光は悲しみと虚無に満ち、いつもの力強さはない。

 瞳から流れ落ちる雫は、涙か雨かはわからない。混ざっているのか、一体化して水面に落ちていく。

 

「…見んなよ」

「どうして?」

「……ラティオスの一番近くにいたラティアスが気丈にしてるんだぞ。たかがダチの俺が、こんなんになる資格…ねえだろ」

 

 声が少しずつ震えていく。少しだけ、水面に落ちる水滴が増えた。

 

「……俺は、ただのダチだ。ラティオスと触れ合った時間は、ラティアスと比べて少ない。ラティアスの、方が…絶対辛い。だから…俺は……大丈夫だから…すぐに、治るから…だから…」

 

 表情は変わらない。ただ、声の震えが大きくなっていく。

 そんなカイムを、シロナとラティアスは優しく抱きしめた。

 

「過ごした時間の長さじゃないわ。そこに、どれだけお互いを思う心があったのか…貴方が、ラティオスのことをとても大切に思っていたことを知っている。だから、泣いていいのよ」

 

 ラティアスは、シロナの言葉に同調するように頷いて小さく喉を鳴らす。ここまで自分達のことを思ってくれてありがとうと、そういうように鳴いて、ラティアスはカイムを優しく抱きしめた。

 

「……シロナ、ラティアス」

「何?」

「俺、ラティオス(あいつ)といられて…楽しかった」

「そうね」

「ラティオスのこと…大事だった」

「ええ」

「…もっと、ラティオスと……話したかった。一緒に、いたかった…」

「…私たちもよ」

「ラティオス…」

 

 カイムは、尚のこと表情を変えずに涙を流し続ける。そして、安置されている心の雫(ラティオス)に触れた。

 突如、心の雫が輝く。それと同時に、ラティアスが元の姿に戻り、目を輝かせた。

 

「これは…」

「夢写し…」

 

 シロナ達の周辺に夢が映し出される。そこは、シロナが夢の世界で見た青空と鏡のような水面が広がる世界だった。そして、浮かぶ青い宝石。

 

「心の雫…」

「ラティオス、なのか?」

 

 心の雫を中心に、青い龍が姿を見せる。ホログラムのような見た目の龍、ラティオスはゆっくりと目を開いてシロナ達を見つめた。

 ラティオスにカイムはゆっくりと手を伸ばす。ラティオスも応えるように手を伸ばしてくるが、その手は触れ合うことなくすり抜けた。ここに写されているのは、夢。実体がない以上、触れることはできない。

 

『…これは夢。触れることはできない』

「テレパシー…できんのかよ」

『夢だけだ。普段からできるなら、使っていた』

「…そうかよ」

 

 せっかく話すことができるのに、喉から込み上げる言葉が多すぎて言葉が出てこない。ただ口を震えさせるだけで、どう言葉を紡げばいいかわからなかった。

 

「ラティオス…貴方は…」

『シロナ、彼を見つけてくれてありがとう。放っておいたら、ずっといそうだったのでな』

「貴方が教えてくれたからよ。夢の中でね」

「…なんだよ、俺にも会いに来いよ」

『眠らなかったお前に、どう夢で会えと』

「……はっ、それもそうか」

 

 言葉を話してこなかったラティオスだが、こうして言葉を交わすことだけでラティオスだとわかる。その事実に、カイムは少しだけ口元を歪めた。皮肉か、喜びか、悲しみかはわからない感情がカイムの胸中に渦巻く。

 

「ラティオス」

『…なんだ』

「助けられなくて、ごめん。こんなこと思うなんて傲慢かもしれないけど、それでも……ごめん」

 

 アルトマーレは、結果的に救われた。ただ、それも全てラティオスとラティアスが体を張り、力を使い果たしたラティオスが最後に魂と心を捧げて、アルトマーレの()になった。

 だが、アルトマーレを救うために、シロナとカイムは結果的にほぼなにもできなかった。部分的に助けることはできたかもしれないが、結果的にラティオスはその身を捧げる結果となった。

 

『…何故、謝る』

「俺は……何も、できなかった。お前達の力に…」

『なれたよ。なってくれたんだ、カイム』

 

 ラティオスの言葉にカイムは目を見開く。

 

『そもそも、お前たちがいなかったらラティアスと共にこの街を救うことができなかった。お前たちが助けてくれたから、アルトマーレは今もこうして存在する。この結果は、この街の者ではない二人がいてくれたからだ。我々だけでは、この結果にはならなかった』

 

 ラティオスはザンナー達に捕まってバッテリーにさせられた。あの時点で、アルトマーレにいる者だけではもう詰んでいた。隠すことに特化したラティオス達の能力だけでは、あの窮地を脱することは不可能だった。

 それをシロナ達が変えてくれた。二人がいたから、ラティオスは()()()()を使い切ることができた。そのことに感謝ことすれど、謝られる筋合いはない。

 

「……俺は、この街が好きだ。でも、それ以上に…お前達が大事だったんだ」

 

 だが、それでもこの結果には悔いが残っていた。

 街が救われたことは喜ばしい。それに間違いはない。この一件が世間に出ようが出まいがそれはどうだっていい。自分やラティオス達の苦労が報われる云々はカイムの心にはカケラも考えていなかった。

 しかし、何事もなく明けた朝にラティオスはいない。この事実が、何よりもカイムの心を蝕んでいた。ラティオスがいないという事実と、街などどうでもいいと思っているのかという自己嫌悪。この二つの負の感情が心を蝕み、どうしよもなくなっていた。

 

『……そうか』

「カイム…」

「…お前が命をかけて守った街をどうでもいいなんて言う気はない。でも、そこにお前がいないことが……」

 

 普段のカイムからは考えられないほど弱々しい声。前髪から滴る雫が、今もなお流れ落ちる涙と重なって頬を伝った。

 そんな後ろ姿を見て、シロナも堪えていた涙が溢れる。ラティアスと比べてラティオスと関わった時間はやや少ないが、シロナにとってもラティオスはとてもいい友人。妹のようなラティアスと共に自身を慕ってくれるラティオスを失った悲しみは、胸が張り裂けそうなほどだった。

 

『………』

「…ラティオス、ここに来ればまたお前と話せるのか?」

『………わかっているのだろう』

 

 なんとなくわかってはいた。

 ここは、ラティオスが心の雫に宿した最後の意識のカケラが作り出したもの。そしてこの意識のカケラは、もう長くは保たない。

 

「……ああ、そうか」

『カイム、お前と過ごした時間は…とても楽しかった。共に過ごせた時間は多くないが、全て今も鮮明に思い出せる。共にこの庭で駆け回ったこと、街を歩いたこと、お前の料理を…食べたこと。ああ…今思い出してもいい記憶だ』

「………ああ」

『この街にあるたくさんの思い出の中でも、大切なものだ。こんな思い出を作ってくれた二人に、心から礼を言いたい。ありがとう』

 

 優しく微笑むラティオスを見て、シロナは口元を手で覆い、カイムは俯いて歯を食いしばる。なおも流れ落ちる涙が、夢の水面に波紋を作った。

 

『シロナ、ラティアスと仲良くしてくれてありがとう。ラティアスは君のことを心から信頼し、懐いている。まだまだ幼い妹だが、自慢の妹だ。これからも、仲良くしてやってほしい』

「…ええ、わかってる。こんないい子なんだもの。絶対、貴方と同じようにアルトマーレを守ってくれるわ。私ができることは少ないけど、これかはもラティアスに会いに来るわ」

『ありがとう』

 

 ラティオスは俯くカイムに目を向ける。

 

『カイム』

「…ああ」

『お前と友になれて、幸せだった』

「…俺も、だ」

『珍しく素直だな』

「……うるせえ」

 

 悪態を吐きながらも、カイムは顔を上げる。その目からは絶えず涙が溢れ出ているが、その青い瞳はラティオスをしっかりと見据えていた。

 

『…お前の料理を、もう一度皆で食べたかった』

「っ……」

 

 寂しげに笑うラティオスの言葉に、カイムは言葉を失う。いろんな思いが溢れ出し、口に出す言葉に詰まる。涙でぐしゃぐしゃになり、普段の無表情とはかけ離れた友の姿に、ラティオスは寂しさを感じた。

 ラティアスはまだ幼い。街を一人で守り切れるほどの力がない以上、ラティオスが護神としての役割を多く担ってきた。そのため、街に存在するほとんどがラティオスにとって庇護対象であり、それはカノンやボンゴレも例外ではなかった。カノン達もラティオスができないやり方で街を守り、そしてラティオス達自体も守ってきた。互いに守り合う関係性は家族のそれに近い。

 しかし、シロナとカイムは違う。街の者ではない異邦人。それ故か、ラティオスにとって庇護対象でも家族でもない、唯一の友と言える存在だった。故に、この二人への思い入れはカノン達とは別ベクトルで最も強い。そんな二人にこんな顔をさせてしまうことと、彼らと過ごせる時間がこれが最後であるという自覚。もう心のカケラしか残っていないはずのラティオスに、『寂しい』という感情が湧き上がることを感じた。

 

 できることなら、もっと同じ時を過ごしたかった。

 ラティアスと、カノンと、ボンゴレと…シロナとカイムと。

 あの幸せで穏やかな時間。それがずっと続けばいいと思っていた。

 

 しかし、もうそれは叶わない。自らの心のカケラが少しずつ形を無くしてきていることをラティオスは自覚した。

 

「ラティオス…!」

『時間のようだ』

「待て、待てよ…まだ…話したいことが…!」

『そうか』

「まだ約束も、果たしてもらってねぇぞ…!」

『…そう、だったな。すまない』

 

 そこでラティオスはラティアスに目を向ける。ラティオスは目を閉じるとラティアスに何かを伝えた。何かを伝えられたラティアスは少しだけ驚くと、すぐに頷いた。

 

『ラティアス…頼む』

「…もう、行くのか」

『ああ。お前との約束だが、ラティアスに託した』

「………ラティオス」

『なんだ』

「…お前がいないと、寂しいよ」

 

 普段なら、絶対に言わないであろう言葉にラティオスは消えかけの意識の中で驚愕するも、俯くカイムに小さく笑いかけた。

 

『…本当に素直だな』

「…うるせえ」

『…そうだな、寂しがり屋な友に会えなくなるのは…寂しい』

 

 ラティオスの言葉にカイムは顔を上げる。青い双眸からは、絶えず涙が流れており、普段からは考えられないほど弱々しい表情だった。

 

『お前たちと過ごせた時間は…多くない。でも、そのわずかな時間の中であっても、我々のために力を尽くし、そして今…涙を流してくれることが嬉しい』

「……ラティオス」

『お前たちが与えてくれた時間は、妹達と過ごした日々と同じくらい大切な記憶だ。こんな素晴らしい時間を与えてくれたお前たちに…俺の全てを託したい』

 

 そうしてどこまでも広がる空に映し出されたのは、アルトマーレの街。

 

『俺達が守ったこの街は、我々一族が生きた証だ。だが、()()()が生きた証は…この街だけではない』

 

 

 

『ボンゴレ、カノン、ラティアス、シロナ、カイム。お前達が、俺の生きた証だ』

 

 

 

 優しく微笑むラティオスに、カイムだけでなくシロナとラティアスも涙を流す。これが最後の時間だと強く実感させられる言葉が、大きく胸を貫いた。

 

「生きた、証…」

『俺が持っていた誇りも、想いも…全て、皆に託す』

「私たちが、貴方が存在した証」

 

 もう、ラティオスはここにいられない。彼がいたという証は、ラティオスを知る者にしかなることができない。この街ではなく、ラティオスといた、自分達にしか。

 ラティオスの体は既に、半分以上が消えている。残された時間は、僅かしかない。そんな中でも、ラティオスは残された者に向けて言葉を紡ぎ続ける。

 

『俺の物語はここまで』

 

 ラティオスはラティアスに目を向ける。

 

『これから先、きっとお前たちはたくさんの()()と交じり合うだろう。交じり合い、巡り合い…たくさんの奇跡が生まれる。俺とラティアスが、シロナとカイムに出会ったような奇跡が』

 

 消えかけの意識の中に、たくさんの記憶が駆け巡る。ボンゴレやカノンの笑顔、ラティアスと美しい街を巡った記憶、そして…シロナとカイムを含めた皆で笑い合った時間。美しい記憶が自分の物語の締めくくりとなることを、ラティオスはどこか誇らしく思っていた。

 

「ラティオス…!」

『進め、友よ。進め、妹よ。ここから先は…』

 

 

 

 

 

 

『お前たちの(物語)だ』

 

 

 

 

 

 

 ラティオスの体が消えていく。

 思わず手を伸ばしてその体を少しでも留めようとするも、その手は空を切った。

 

「ラティオス…!」

『ありがとう、皆。いつまでも、この街と共に見守っている』

「ラティオス…ラティオス!」

()()()()()

 

 その言葉と共に、ラティオスの体は光となって消えた。

 そしてラティオスだった光が消えると、ラティオスの心象風景も消える。気がつくと、雨がなおも降り続ける秘密の庭園だった。

 

「…なんだよ、進めって。好き勝手言いやがって」

「……カイム」

「なんだよ、生きた証って。くそ…何も言えなかったじゃねえか」

 

 水面に広がる波紋は、雨のものだけではない。たくさんの波紋は、心の雫の姿を歪ませるには十分なものだった。

 

「……ああ、本当に…夜は短すぎる(夢のようだった)

「カイム…」

「もう、夢から醒める時間なのか(ラティオスには会えないのか)

「…夢は、いつか醒める。でも、この夢は大切にしましょう。そうすればいつかきっと…違う形で私たちは出会えるわ」

 

 

 

 

「私たちは、ラティオスが生きた証なんだから」

 

 

 

 

 カイムは空を見上げる。

 鉛色の空からは、相変わらず雨が降り続いていた。別れを惜しむように降り続ける雨に、これが現実であり、ラティオスはもういないことを実感させられる。

 これから先も人生は続く。どんなに悲しくとも、虚しくとも、生きている限り進み続けなければならない。頭ではわかっていても、心の整理はつかない。

 

 だから今だけは、この瞬間だけは立ち止まり、もう会えない友のことを悼むことを許してほしい。もう叶わないささやかで穏やかな願いを惜しむために、今だけは立ち止まり、友のために泣こうと決めた。

 

「…シロナ、ラティアス」

「なに?」

「今だけは、お前たちの側で立ち止まっていいか(ラティオスといていいか)

「…ええ。一緒に、ね」

 

 シロナはラティアスとカイムを優しく抱きしめる。抱きしめられたラティアスは体を震わせながらシロナを抱きしめ、カイムは目を閉じて静かに涙を流した。そんな二人と共に、シロナも小さく肩を震わせて涙を流す。

 

 

 

 声にならない慟哭は庭園に降り注ぐ雨にかき消され、三人が庭園を去ってもなお降り止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭園を去り、宿泊先のホテルに戻る。

 ずぶ濡れになった以上、体は冷え切っていた。ただ、それ以上に心が冷え切ってしまっていたため、冷えた体は全く気にならず、何もする気にならないほどだった。普段のカイムなら間違いなく『まず風呂だ』と言いそうだが、そうならないほどの喪失感がカイムを支配していた。

 だが、そんなカイムを引き摺るようにシロナはカイムを風呂にいれた。気持ちはわかるし、正直シロナ自身も何もしたくないほどの倦怠感に襲われている。しかし、それでもシロナとカイムはラティオスの生きた証。こんな所で体を痛める理由はない。そう切り替えてカイムを暖かい風呂にいれた。

 ただ、いつもと違うのは二人一緒に入っていることだろう。一通り全身を清め終わった二人は、寄り添い合いながら湯船に浸かった。いつもならドギマギしてしまう状況だろうが、二人は何も話すことなくただ静かに体を温めていた。普段のカイムなら断っていただろうが、シロナとしてもカイムを一人にしたくなかったし、カイムも一人になりたくないという思いから二人で入るという結果になった。

 

 のぼせるのでは、と思うほど二人は湯船に浸かっていた。頭が熱でぼーっとしてきた時、カイムが立ち上がりシロナを伴って浴室から出た。着替えが終わると、二人はベッドに寄り添い合いながら横になった。

 どのくらいそうしていたのだろう。気がつけば夜になっていた。

 

「…もう、夜なのね」

 

 早朝から起きていたはずなのに、空腹にならない。喪失感からくるものなのだろうが、普段とは違いすぎる感覚に少しだけ戸惑う。

 

「……夜か」

「ええ。いつの間にか眠ってしまっていたみたい」

 

 シロナの胸の中でカイムが目覚める。寄り添い合う中で眠ってしまっていたことを自覚しつつ、カイムは起きあがろうとしない。

 

「…起きる気にはならないが、眠れる気もしねえな」

「私も」

「今だけは、悪夢でもいいから眠りたいんだがな」

 

 そんな皮肉を言いながら、カイムはむくりと起き上がる。目の下には深いクマか刻まれており、顔色も良くない。

 ふと外を見る。眠った時は強く降っていた雨はもう止んでいる。静かな波の音は、昨夜の一件が嘘のように穏やかな時間を表現していた。

 

「雨、止んでるわね」

「ああ」

 

 再び沈黙が流れる。シロナはカイムの肩に頭を置き、カイムもシロナの頭に自分の頬を寄せた。互いの存在を感じながら、静かに時間は流れていく。

 突如、シロナのスマートフォンに通知が入る。画面を見ると、そこにはカノンからのメッセージが表示されていた。

 

『シロナさん、もし起きていたらお返事くれませんか』

 

 簡素な文で要件は書かれていない。

 特別やることもないし、2人でずっとこうしていても何もしないだろう。そう考えたシロナは、カノンにメッセージを返すと、すぐに返信が来た。何度かやり取りを続けると、カノンから『大聖堂に来てほしい』と伝えられた。

 

「カイム」

「ああ、メッセージ見てた。行こう」

「大丈夫?」

「ああ。今は…カノンとも話したい」

 

 カイムは立ち上がると、黒いジャケットを羽織る。シロナも続いて黒い上着を羽織ると、2人は手を繋いで外に出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大聖堂は、立ち入り禁止のテープが貼られており、一般人は出入りできないようになっていた。

 

「入れないわね」

「まあ、普通そうだろ。昨日のことがなくとも、普通こんなど深夜に入れない」

「カノンからはただ来てくれとしか言われてないし、どうしたら…あ」

 

 シロナの視界が三つの影を捉える。大聖堂の中から、ボンゴレ、カノン、そしてシロナによく似た少女姿をしたラティアスが歩み寄ってくる。

 

「シロナさん、カイム君」

「こんばんは」

「…昨晩は、ご迷惑をおかけしました」

「そんな…ボンゴレさんは悪くないです。お気になさらないでください」

「…ありがとうございます」

 

 苦い顔をするボンゴレだが、シロナが言うようにボンゴレ達が悪いわけではない。小さく息を吐くと、二人に目を向けた。

 

「夜分遅くに申し訳ない。お二人には、ラティオスとの最後の約束を果たすために来てもらいました」

「約束…?」

「そう。聞いたところによると、正確にはカイム君との約束らしいですがな」

「…ああ」

 

 今となっては、懐かしく思えるような記憶。シロナへ何か返したいという思いからラティオスに頼んだものの、この約束は果たされることなく彼はいなくなってしまった。

 

「ラティアスが、ラティオスに頼まれたことだと教えてくれました。お世話になったお二人に、感謝の意を込めてこの約束を果たしましょう」

「ほんとはダメなんですけど、あたし達は特別なので夜の大聖堂にご案内します。さ、いきましょう」

 

 カノン達に連れられて、夜の大聖堂に足を踏み入れる。奥にはザンナー達が街をめちゃくちゃにしたあの機械があるが、暴走の影響で半分ほど破損していた。操縦席に幽閉されていたザンナー達は既に警察に捕まり、脱獄しない限り出てくることはもうないだろう。

 虚無に満ちた心では、憎しみすら湧かない。ただぼんやりと機械を眺め、そのままカノン達に続く。

 

 少し進むと、見慣れない扉が目の前に現れる。どうやら一般公開はされていない関係者専用の扉らしい。ボンゴレが鍵をあけて扉を開くと、そこには上へと続く階段があった。

 

「暗いのでお気をつけて」

 

 ボンゴレは手に持ったランタンを灯し、階段を照らしながら先に進む。しばらくボンゴレの後に続いて進むと、一つの扉があった。再びボンゴレが鍵を使って扉を開いた。

 扉の先は、大聖堂の最上部にあるバルコニーだった。大聖堂の前の広場から街並み、そして更に先にある港まで一望できる。空に浮かぶ月が海に映し出され、美しい空明(くうめい)に思わず目を奪われた。

 

「綺麗…」

「ここは、アルトマーレの街と海を同時に一望できる場所です。我々が知る限り、ここ以上に街を見ることができる場所はない」

「…素晴らしい場所ですね」

「場所が場所だけに、我々一族以外は夜にしか来ることはできませんがね」

 

 この場所は一族であるボンゴレとカノンであれば問題なく訪れることができる場所だが、そうではないシロナ達は人目につかない時間でなければならない。それに、本来なら例えシロナ達であろうと立ち入ることは許されない場所ではあるが、今はラティオスの最後の約束を果たすために特別に許可した。

 

「ラティオスとの約束があったのでね。今回は特別に」

「…あの、その約束って?」

「それは、カイム君から聞いた方がいいでしょう」

 

 そう言ってボンゴレはカイムに目を向ける。相変わらず虚無感を宿した瞳だが、その瞳には小さいながらも力強い光が宿り始めていた。

 

「…初めて来た時さ、シロナはこのイヤリングとリングをくれたろ」

「ええ、そうね」

「これ、俺にとっちゃ大事なものなんだ。だから俺も、お前に何かこの街に関するもので返したかった。それで、ラティオスにこの街で一番いい景色の場所を教えてくれって頼んだ。それが、約束だ」

 

 カイムの言葉を聞いて、シロナは寂しそうに笑う。

 シロナからすれば、返してもらうものなどない。恐らくカイムもそれは理解しているのだろうが、それでもなお返したいと言うのは彼らしいと小さく笑った。

 

「ありがとう、カイム」

「…ああ」

 

 カイムは小さく頷き、街を見渡す。

 街と海は静かに佇む。ラティオスが命を賭けて守ったこの街はとても美しく、水の都と言われるに相応しいものだった。この街こそがラティオス達一族が積み上げてきた平和の証であり、彼らの歴史そのものなのだと改めて実感する。

 

「本当に綺麗な街だ。ラティオスが連れてこようとするだけのものだ」

「そう言ってもらえて、ラティオスも喜ぶでしょうな」

「…お前(ラティオス)が生きた証か。俺たちも、この街も」

 

 小さく息を吐いたカイムは、ラティオスと同じ色のリングを握りしめる。

 

「まったく…こりゃあ、ちゃんと長生きしねえとな」

「そうね」

「生きて、ラティオスが生きた道を…繋いでいかねえと。あいつの道を、心を覚えていく。それが生きた証としての役目だと、思う」

 

 ラティオスの(物語)は終わった。だが、その(物語)は生きた証である者達が繋いでいける。それが己の役割であると改めて胸に刻みつけた。

 

「そうだなカイム君。我々は、ラティオスが生きた証。この道を、繋いでいこう」

「うん、きっとそれがあたし達の役目。ラティオスのためにも、この街をこれからも守って、繋いでいくよ」

「私たちは、ボンゴレさんみたいにアルトマーレを直接守ることはできない。でも、ラティオス達が紡いできたこの道を知り、残し、繋いでいくことはできる。きっとそれが私たちの役割よ」

「ああ」

 

 手に持ったリングを、カイムは右手の薬指にはめる。月明かりに照らされて輝く青いリングは、美しく輝いた。その様を見るカイムの瞳には、もう虚無感はなかった。

 

「…もう、大丈夫?」

 

 シロナの問いかけに、カイムは小さく頷く。

 

「後悔はある。やり直しなんて、何度も望むと思う。この結果には納得してないし、多分死ぬまでこの結果を呪い続けるだろう」

 

 でも、と付け加えてカイムは続けた。

 

「でも俺は…ラティオスの生きた証の一つだ。その答えが得られたから、もう大丈夫」

 

 今もなお、ラティオスが身を捧げたことは納得していない。あの姉妹が余計なことをしなければ、今もきっとラティオスはここにいた。この結末をカイムは生涯呪い続けるだろう。

 それでも、この結果の末にラティオスが与えてくれた答え。この答えを胸に、生きていくことができる。繋いでいくことが、己の使命であり生きていく理由だと答えを得た。

 

「我々は同じ使命を受けた同胞…共に繋いでいこう」

「あたし達がやることだね。ちゃんと、進んでいこう」

「私たちにしかできないことよ。一緒に、繋いでいきましょ」

「ああ」

 

 シロナの言葉にラティアスも頷き、街に目を向けた。

 ラティオスが生きた証として、これから先を生きていく。そのことを決意しながら、一同はラティアスと同じように街に目を向けた。

 美しい街と海を繋ぎ、ラティオスが生きていた証としての使命を果たすことを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 2日後、シロナとカイムは荷物を持って港に来ていた。今日でアルトマーレを去る。数日間の滞在でいろんなことがあった。悲しいことがあったが、友の生きた証としてこれからを生きていく新たな決意を固めた。

 

 ボンゴレとカノンは大聖堂の修繕に駆り出されており、港にはいない。二人が港に来る前に予め挨拶を済ませていたため、ボンゴレ達もシロナとカイムが帰ることは把握しているし、ちゃんと別れは済ませた。

 この挨拶の際に、ラティアスから贈り物があるから港で待っていてほしいと言われて二人は港でラティアスを待っている。

 

「ラティアス、大丈夫かしら」

「大丈夫だろ。あいつはもうすぐ来るさ」

「そうね」

 

 フェリーの時間が迫ってきているが、ラティアスはまだ現れない。もしフェリーに間に合わなかったら後で送ると言われたが、可能な限りラティアスを待ちたい。何より、まだラティアスには挨拶できていないのだ。このまま去ることなどしない。

 フェリーまであと10分ほどになったところで、シロナによく似た少女が走ってきた。

 

「あ」

「来たな」

「ティア!こっちよ!」

 

 ティアと呼ばれた少女はラティアスが変身した姿。ラティアスはやや息を切らしているが、その手には筒状に丸められた3枚の紙が大切そうに握られていた。その紙をラティアスはシロナとカイムに手渡してくる。

 

「これは?」

 

 カイムの問いかけにラティアスは優しく微笑む。

 シロナとカイムは目を見合わせると、紙を開いた。そこには、シロナとラティアスが笑顔で抱き合う姿と、ラティオスとブラッキーに顔を擦り付けられ、優しく二人を撫でるカイムの姿があった。

 

「これ…カノンが?」

 

 シロナの問いかけにラティアスは頷く。

 そして、最後の一枚をラティアスは開いた。紙には、シロナ、カイム、ラティアスとラティオスが共に笑い合う姿があった。ただ時間がなかったのかこの絵だけは色がなく、鉛筆で描かれていた。

 しかし、シロナとカイムにはこの絵と同じ光景が脳裏に焼き付いている。この絵のおかげで、鮮明に思い出せる記憶となり、シロナは優しく微笑み、カイムは小さく笑った。

 

「ありがとうラティアス。カノンにも、よろしくね」

「あとでカノンにも礼を言っておく。ありがとう」

 

 ラティアスは元気よく頷くと、二人に抱きついた。シロナとカイムはラティアスのことを優しく抱き留めると、目を閉じる。

 

 

 その瞬間、三人のことを穏やかな風が包んだ。

 

 

 三人は目を見開いて風が抜けていった海に目を向ける。優しい風は海原へと抜けていき、空へと去っていった。

 

「…今の」

「見ていてくれたんだろ」

「最後に挨拶しにきてくれたのね」

「律儀な奴だ」

 

 小さくカイムは口角をあげる。

 

「またな」

 

 それだけ言ってカイムはまたラティアスを優しく抱きしめ、荷物を持ち直す。シロナもラティアスを抱きしめ、ラティアスも強くシロナを抱きしめる。一頻り抱き合って満足した二人は互いを離し、シロナは荷物を持った。

 

「またねラティアス。元気でね」

「また会おうぜ」

 

 ラティアスが頷くのを見ると、シロナ達はフェリーへ乗り込む。

 しばらくしてフェリーが動き始める。シロナとカイムはフェリーからラティアスに向けて手を振り、ラティアスも手を振って返す。互いに見えなくなるまで手を振り続け、残されたラティアスは街へと戻っていった。

 

 シロナとカイムはフェリーに揺られながら、アルトマーレがあった方角を見続ける。折れないよう保護用の筒に入れられた絵を腕に抱きながら、二人は手を繋いだ。

 

「カイム」

「ん?」

「私、ラティオスの生きた証として進んでいくわ。でも、それは私だけじゃ役割を果たせない。だから、一緒に行きましょう」

「ああ」

 

 カイムは繋いだ手を強く握る。

 

「一緒に行こう(進もう)

「ええ、貴方とならできるわ」

 

 海風を感じながら、ふとシロナは空を見上げる。

 すると、そこには赤と青色が一瞬だけ現れた。驚いたように目を見開いたが、すぐにその姿は消えてしまう。そこにいたのが何なのか、なんとなく想像はできるが、特別言葉にすることなくシロナはカイムの腕を胸に抱いた。

 

 

 

 

 その後、シロナの自宅には3枚の絵が額縁に入れられて飾られた。

 その絵が後に二人の子孫に大きな縁を与えるのだが、それは二人が生きた時代よりもさらに先の話であるため、二人が知ることはなかった。

 

 

 

 




一応言っておきますが、このEX episodeは本編とは別の時間軸であるifルートです。本編の時間軸ではラティオスは心の雫になっていません。

最初はシロナさん達が介入することでラティオスが心の雫にならないエンドも考えていました。ただ、私個人としては『水の都はラティオスが都に心を捧げるところ』までを含めて好きなところなので、原作への敬意を持ってルートの変更はしませんでした。


シロナ
ラティアスにカノン以上に懐かれてる人。ザンナーに『結構美人』と言われていたが、個人的にはザンナーよりもはるかに美人。
古代シンオウ人の血を引くから、多分波導は特質系。

カイム
友人と初めて別れを経験した。本編、番外編含めて彼が泣くのはここだけ。彼が嬉し泣き以外で泣くのはここだけだと決めていました。リオン捜索の時、ブラッキーが肩に乗っていたのは、ブラッキーの波導感知が移動しながらできないため。捜索時のイメージは結界師の『黒姫』。

ラティアス
妹。シロナのことが大好きで、ラティオスのことも大好きで、みんな大好き。幼い妹だったが、兄が礎になったことで自分がアルトマーレを守ることを決意。これからきっと、兄の代わりではなく、己の道として街を守っていくように成長する。

ラティオス
心を捧げた優しき兄。妹や仲間、友と別れ、街の護神となった。



読み返しもほとんどせず爆速で書いたので、後で一部書き直すかもしれません。


本年最後の更新です。
感想の返信できていなくてすみません。本話と一緒に返しますのでご了承ください。

読んでくださった皆様、ありがとうございます。
二人の物語は最終章に入っているので、この先もお付き合いいただければ幸いです。

良いお年をお迎えください。

また来年、よろしくお願いします。

次に二人が行く場所

  • アラモスタウン
  • イッシュ地方
  • ホウエン地方
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