ただただシロナさんとまったり過ごすだけの話   作:職業病

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ダイパリメイクの嬉しさから勢いで書きました。


後悔はしていません。


第一部
1話


早朝

 

 

涼しい空気が肌に触れるのがわかる。

深呼吸すると、冷たい空気が肺の中を満たすのがわかる。

 

布団から体を起こし、傍らで眠るブラッキーを起こさないようにベッドから抜け出す。

 

スウェットを脱ぎ、クローゼットから白いシャツと黒のスキニーを取り出して着替える。

 

まだ半覚醒状態の頭で部屋から出て、洗面所へと向かう。

 

顔を洗い、歯を磨き終え、『ある部屋』の扉を見る。

 

 

扉を僅かに開けると、そこには書類や本の山に埋もれながらも机で突っ伏して眠る金髪の美女がいた。

 

 

また徹夜したのかと呆れながらも、シンオウ地方のチャンピオンと考古学者を両立させるのは並大抵の大変さでは無いことを知っているため、もう少し寝かせておこうと考え、毛布をかけて扉を閉める。

 

首を回しながら台所へ向かうと、寝室からブラッキーが欠伸をしながら出てきた。まだ眠いのか、ほとんど目が開いていない。

 

 

そんな相棒に苦笑しながら、青年は台所で朝食の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

いい匂いと調理の音に女性は目覚める。

顔を上げると、書類と本の山、そしてスリープモードに移行したパソコンのモニターがあった。

 

「あー、寝ちゃったのね」

 

時計を見ると、朝の7時過ぎ。起きる時間としては普通だが、昨夜作業していた時間を考えると、睡眠時間はやや足りていない。

そのためか、頭は動かず、さらには身体の倦怠感も大きい。コンディションとしてはあまり良くはない。

大きく伸びをすると、肩にかけられた毛布が落ちた。自分でかけた記憶はない。となると、同居している彼によるものだろうと考えた。

 

ひとまず部屋を出て、音のする台所へと向かった。

 

そこでは一人の青年がせっせと調理に勤しんでいた。傍らにいるブラッキーが青年に言われたものを冷蔵庫から取り出すなどしていて、彼らの信頼度の高さがこのやりとりだけでも見てわかる。

 

「おう、起きたか」

 

低い声で青年は女性を出迎える。

 

「おはよ」

「おはようさん。また徹夜か」

「ええ」

「立場上忙しいのもわかるが、ほどほどにしとけ。ぶっ倒れることが一番無駄に時間を食うことになるからな。効率良くやりてぇなら、ちゃんと休むこった」

 

突き放すような言い方をしているが、言葉の節々から女性の身体を案じていることが聞いて取れる。

 

「そうするわ。ありがと」

「ならシャワーでも浴びてもう一眠りしてこい。結構ひでぇツラしてんぞ」

「え、そんなに?」

「徹夜明けなら誰だってひでぇツラしてんだよ。いいからさっさとシャワー行って寝ろ」

「ええ。でも眠るのは朝ごはん食べてからにするわ。お腹空いたの」

「そうかい。好きにしろ」

 

ぶっきらぼうに言っているが、調理を進める青年の手つきはとても丁寧で淀みがない。誰でも一目見れば手慣れていることがわかる。

 

「じゃ、シャワー浴びてくるわね」

「おう、ゆっくりしてこい。シロナ」

「そうさせてもらうわ、カイム」

 

女性…シロナは自身の助手でもある青年…カイムに優しい笑顔でそう返すのだった。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「ふー、さっぱりした」

 

シャワーを浴びて僅かに頬を上気させたシロナは台所へと出向いた。

台所には膝にブラッキーを乗せてスマートフォンをいじるカイムの姿があった。ブラッキーは上を見上げてカイムの顎をくんくん匂い嗅いでいるが、カイムは慣れているのか特に反応はしない。

シロナの姿を見るとカイムはスマートフォンをポケットにしまう。

 

「おう、上がったか」

「ええ、お待たせしました」

「いい。じゃ、そこの皿を運んどいてくれ」

「わかったわ」

 

既に盛り付けが終わった皿を食卓に運ぶ。今日の献立は卵焼きに魚の塩焼き、そしてサラダ、そこに白米とネギと豆腐の味噌汁といったシンプルながら栄養バランスにも気を使ったものとなっている。

 

「今日も美味しそうね」

「どーも」

 

興味なさげに答えるカイムだが、僅かに嬉しそうに口角を上げているのがわかり、シロナはカイムに気づかれないように小さく笑った。

カイムが白米と味噌汁を運んだところで二人とも席につき、手を合わせた。

 

『いただきます』

 

二人で箸を動かし、食事を進める。

カイムの足元ではブラッキーがカイム特製のポケモンフードを食べており、その様子をシロナは慈愛の籠った目で見ていた。

 

「今日のポケモンフードも、貴方の特製?」

「ん、ああ。ちょいと味付け変えてみたが、この様子だとお気に召したようだな」

 

一心不乱に食べ続けるブラッキーを見て柔らかく微笑むカイム。

そこにシロナはカイムに一つ提案をした。

 

「ねえ、私の子達にも食べさせてあげてくれない?」

「シロナのポケモンにまで好みが合うかはわからんが、いいよ。結構量作ってあるから、好きに食わせな」

「ありがと」

「んで?今日の予定は?」

「ご飯食べたらもう少し寝るわ。流石にちょっと根詰めすぎたみたい」

 

シャワーを浴びたおかげでだいぶ良くなったが、それでもまだ身体は重い。疲労はやはり睡眠で回復するのが一番だ。

 

「そうしとけ。ポケモンにいらん心配かけんなよ」

「ええ。だから今日の午前中は完全にオフにするわ。午後は少しやることあるけど、それもそんなに時間かからないわ。論文を最後に仕上げるだけだし」

「ああ、書き終わったのか」

「漸くね。仮説から結論に至るまで結構色々解明する必要があるものが多かったから時間かかったけど、おかげで良いものができたわ」

 

チャンピオンと考古学者という二足の草鞋を履きながらもここまで両方で結果を残せるのはシロナの才覚、そしてなによりも努力の賜物だろう。

 

「そうかい。おつかれさん」

「カイムはどうするの?」

「俺は、まず洗濯だな。その後ちょいとポケモン達自由にさせて、午後には少しジムに行く」

「今日も行くのね」

「一応、ジムトレーナーなんでな。わざわざトバリシティまでいくのが面倒だが」

「いいじゃない。ポケモンに乗って飛ぶの、得意でしょ?」

「……まぁいいんだけどさ」

 

適当に返事をしてせっせと食事を続けるカイムを見てシロナも食事を進める。

しかしやはり男の方が食べるのが早く、カイムは一足先に食事を終え、立ち上がった。

 

「ごっそうさん。洗い物は台所へ置いといてくれ」

「わかったわ」

「それと、洗濯物は…」

「いつものカゴに入れてるわよ」

「そうかい」

 

それだけ言ってカイムは出ていき、ブラッキーがそれに続く。

 

ぶっきらぼうで言葉には遠慮が無いが、言葉の節々には優しさと、そして面倒見の良さが滲み出ている。

表情は滅多に変えないが、ポケモン達の前では優しい表情をすることをシロナは知っている。彼の交友関係の中でも、彼が笑う場面に立ち会ったことがある人間は少ない。

 

「もうちょっと素直なら、きっとモテるんでしょうね」

 

それはそれでちょっと面白くないけど、と思いはしたがシロナは口に出さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っし、終わり」

 

洗濯物を干し終えてカイムは一息つく。

傍らには風に揺られる洗濯物を眺めるブラッキーと、洗濯かごを持つルカリオがいる。

二匹の頭を軽く撫でると、縁側に座り大きく伸びをした。

 

腰につけられたモンスターボールを投げると、中からバシャーモとムクホークが飛び出してきた。

 

「好きにしてていいぞ」

 

そういうとバシャーモとルカリオは拳を合わせて組み手を始めた。

両者の実力は拮抗しており、一進一退の攻防が続く。

一方ムクホークはなにをするでもなく、カイムの隣に座り、風を感じながら目を閉じた。

 

「……強くなったなぁ」

 

二匹を眺めながらカイムは呟く。

 

カイムは元々、ホウエン地方出身であり、少年時代にポケモン図鑑を携えて旅に出た。

その後、四年半近くかけてジムバッジを全て手に入れたが、ポケモンリーグには挑戦せず、しばらく各地を回りながら勉強したのちにカントー地方のタマムシ大学で学ぶ道を選んだ。

ポケモンマスターになるという年頃の少年ならば誰でも夢見る目標をカイムも当初持っていたが、彼自身にはあまり育成の才能は無かった。共に旅立った友人達は二年程度でほとんどのジムバッジを手に入れたが、カイムはその倍以上の月日をかけてジムバッジを手に入れた。ジムバッジ以外のことに時間を割き、寄り道をふんだんにしたことも起因しているが、ジムバッジのみに専念しても三年は必要だっただろう。

 

その頃には最初のポケモンであるイーブイと父親から授かったアチャモはブラッキーとバシャーモに進化していた。

 

そこで彼は『自分にはバトルは向かない』という風に考え、ポケモンについて学ぶ道を選ぶことにした。大学に行くことについて両親は反対しなかったし、学力も足りていたため試験にはあっさり通った。

 

そしてそこでなにをしていくか決めようとしていたが、気がつけばシンオウ地方で家政婦紛いのことをしている。

 

「もう、二年くらいか?」

 

カイムがシンオウ地方に来てから二年、ここでの生活にもだいぶ慣れたように思える。数年前まで自分がシンオウ地方にいるなどとは想像していなかったが、人生とはなにが起こるかわからないものである。

 

カイムは顔を上げて、シロナの眠る部屋を見上げる。

 

 

三年前

 

 

カイムが大学四年生になった時に配属された研究室の教授がシロナと交流のある教授だった。

その教授から今度大学でシロナの考古学に関するセミナーがあると聞き、学友と共にそれに参加した。当然だが、セミナーには相当な数の生徒が参加しており、考古学部以外の学生までいる始末だった。現チャンピオンの話を聞くなどそうそうできることではないため、考古学を専攻していなくとも聞きたいと思う気持ちは理解ができる。

 

セミナーはつつがなく進んだ。シンオウ神話に関する話から、他地方の歴史まで色々なことを解説していくシロナの姿はとても輝いて見えた。

 

セミナー終了後はシロナに数多くの生徒が集い、質疑応答を繰り返していた。無論セミナーに関係のあることだけという条件はあったが、それでも多数の生徒が質問のために手を挙げていた。

カイムはこれでは相当時間がかかると踏んで、講義室を後にした。シロナの話は聞いてみたいとは思うが、これほど時間をかけたいとは思わないためさっさと研究室へと戻った。

 

研究室に戻りしばらく課題を進めていると、気がつけば日が暮れていた。そろそろ帰ろうかと考え、手元の資料を整理していると研究室の扉が開かれた。

 

 

そこにいたのはシロナだった。

 

 

突然の来訪に驚いたが、この研究室の教授がシロナと交流があることを思い出したカイムは平静を保っていられた。

 

「あら、貴方はここの学生さん?」

「あ、はい。カイムといいます」

「そう、カイムくんね。私はシロナ。シンオウ地方で考古学者をやってるわ」

 

とても優雅に話すシロナは間近に見るととても美人だった。

膝近くまで伸びた絹のような髪に美しい銀灰色の瞳、そして自信に満ちた口元。

これほどの美人はそういないだろうとカイムは場違いなことを考えながらシロナを見ていた。

 

「知ってます。さっきのセミナー、参加させてもらってたので」

「あらそうなの?嬉しいわ。どうだった?」

「興味深い内容でした。考古学専攻としては、色々学ぶことがありましたよ」

「ありがと」

「教授に用があったんですよね」

「そうね。学生さん達の質問ラッシュも終わったから、ご挨拶にと伺ったんだけど」

「生憎、今は会議です。少し時間かかるかもしれません。さっき出て行ったばかりなので」

「入れ違いになっちゃったのね。タイミングが悪かったわ」

 

そこでシロナはカイムの机に置かれている資料に目を向ける。

 

「それは?」

「ん、ああ…俺の研究テーマについてのプロポーザルですよ。テーマは、現在未解明のアンノーンについての…」

「アンノーンね。確かにあれはなかなか面白いテーマよね。ちょっと見せてもらっても?」

「いいですけど、学生のものをプロが見てもお遊びにしか見えないのでは?」

「そんなことないわ。経験が浅い人が作ったからといって、それは無価値なものかどうかなんて決まってないもの。経験が浅くても、それがその人の全霊を尽くして作り上げたものなら間違だとしても、大きな価値があるものよ」

「……そうですか」

 

流石チャンピオン、というべきか、一介の学生程度では太刀打ちできそうにないと考えたカイムはシロナにレポートを渡した。

一言礼を言ってシロナはレポートに目を通し始めた。

 

暫しの沈黙の後、シロナは一呼吸吐くとカイムにレポートを返してこう言った。

 

「凄くいいわ、このレポート」

 

目を輝かせて言うシロナに対してカイムは顔をなんとも形容し難い表情にする。プロの考古学者にレポートを褒められるという非常に嬉しい事実だが、お世辞なのではと捻くれる彼の精神が素直に喜ぶことを許さずなんともいえない表情をさせた。

 

「…はぁ、どうも」

「あ、お世辞だとか思ったでしょ?」

「はい」

「もう、素直に喜べいいのに。でもね、このレポートが良かったことは本当よ」

「……具体的にはどこが良かったんですか?」

「まずはアンノーンに対する目の付け所ね。アンノーンは今のところ非常に謎が多いポケモンで、古代遺跡に『アンノーン文字』と呼ばれる文字があるから古代から存在するポケモンなのはわかっている。でも彼らの生態についてはほとんど分かってないのよ。生息地はある程度絞れてはいるけど、繁殖方法や何を食べるのかなどはほとんど未解明。だから貴方はまず生息地に目をつけたのね」

「世の中のお偉いさん達が散々調査してもわかってないことを学生風情がわかるわけない。だからまずはわかるところから目を向けるのは当たり前でしょう」

「そうね。でも意外とそれをできる人は少ないわ。生態をちゃんと一つ一つ読み解いていくのはすごく時間がかかるからね」

 

生態と一言で括っても個体差によって大きく差がある場合もある。故に生態を調べる場合はサンプルを相当数集める必要がある。

 

「やるなら、ですけどね。実際にやるとなると簡単にはいかない」

「わかってるわ。でも貴方、このレポートでネットや参考書でわかる限りサンプルを集めてるし、やる時はやるでしょ?」

「………まぁ、やりますかね」

「ほら。熱意は本物。それに目の付け所がいいのはそれだけじゃない。アンノーンはそれぞれ形が異なる。生息している場所によって形が違うんだけど、それを『生息場所ごとの形によって、場所の特徴を纏める』ってそこまでやる人はいないわ。だからこのやり方は非常にいい視点を持って進められる研究なの」

「………」

 

ここまでストレートに褒められる経験が無いためカイムは狼狽える。

 

「まだ書きかけのレポートをそんなに褒めてくれるとは思いませんでした」

「それだけ目の付け所が良かったのよ」

「…ども」

「うんうん、こういう新しい視点を持った人が今の考古学界隈には必要なのよ。古き良き文化を受け継ぐことと同時に新たな風も取り入れることって大事だからね」

「ならシロナさんがいるでしょ」

「私だけじゃダメなの。それについて来てくれる人がいないと、私がいなくなったらそれで終わりになっちゃうから」

「まるで俺が考古学界に入る前提ですね」

「違うの?」

「さぁ、どうですかね」

 

カイムはシロナから窓の外に目を向ける。

日が完全に落ち、街灯が大学の構内を照らしているのが見えた。

 

「やりたいことを探して大学に来たんですけど、結局見つからなかったんです。考古学を専攻したのも『歴史』と『ポケモン』が好きってだけで、本当にやりたいかどうかは結局わからなかった」

「そっか。やりたいことと好きな事が必ずしもイコールになるとは限らないものね」

「俺はどうも考えすぎちゃうんで……どんどん迷走していく。こいつらにも格好つかねぇ」

 

机に置かれたモンスターボールを撫でてカイムは目を伏せた。

そんなカイムの様子を見て、シロナは腕を組んだ。

 

 

そして予想外のことを言い放った。

 

 

「カイムくん、貴方、私の助手にならない?」

 

 

あまりにも予想外過ぎてカイムは言葉を失う。

 

「……は?」

「やりたい事を探しているんでしょ?だから私の下で考古学について学んでみないかしら。それで考古学を学びたいと思えるならそれでいい。私の下にいれば色々と世界を見れるからそれでやりたいことを見つけられればそれも良し。それに来年からすごく忙しくなっていくから、ちょうど助手が欲しかったの。どうかしら、悪い話ではないと思うのだけれど」

 

悪い話どころかシロナの下で学ぶなどそこいらの学生からしたら喉から手が出るほどほしい権限だろう。カイム自身としてもそれは相当ありがたい提案であり、ノータイムで首を縦に振れるものだった。

だがその話を受けるにしてもカイムとしては大きな疑問がある。その疑問を解消せずにこの話を受けることはできない。

 

「…非常にありがたい話だし、すぐにでもと言いたいところなんですけど」

「あら、なにか聞きたい?」

「なんで会ったばかりの学生にそこまで肩入れできるんですか?」

 

カイムはシロナと出会ったばかり。いくら考古学に対する目の付け所が良くてもそれだけでここまでしてくれるとは思い難い。

シロナは学者とチャンピオンの両方を熟す人だ。故に、暇では無い。なのにその時間を割いてまでカイムに時間をかけようとするのは何故なのかカイムはわからなかった。

 

「そうね、見どころがあるっていうのと…貴方はとてもポケモンを大事にしているのがわかるから」

「え」

「それに人を見る目には自信があるの。将来有望な青年を『何がやりたいかわからない』なんて理由で燻らせておくのはもったいないわ」

 

ここまでチャンピオンに言われて素直に頷けないほどカイムは捻くれてはいない。

まだ信じきれない部分もあるが、自身の未熟な見解にここまで熱く語ってくれたのだ。その彼女の熱意に応えるのが筋だと考えてカイムは薄く笑う。

 

「そこまで言われて、断れるほど俺は捻くれてませんよ」

「じゃあ、私の助手になってくれるのね?」

「卒業したら、ですけどね。それくらいは待ってください」

「構わないわ。卒業まで色々と教えてあげるわね。なんならバトルの指南もしてあげるわ」

 

誰もが振り返るような顔でウィンクをして手を差し出すシロナに対してどう返せばいいかわからずカイムは苦笑しながらシロナの手を取り、握手をした。

 

その後連絡先を交換し、カイムは時折シロナに質問や添削、指導を依頼し、シロナはそれに暇さえあれば応えるようにしていた。

 

だが連絡を続けていくうちにカイムはシロナが案外ズボラであることに気がついた。

まず連絡をしてくる時、シロナは基本的に自宅のPCからカメラ付きで連絡してくるのだが、彼女の背景には必ず研究資料と思われるものが散乱しておりお世辞にも綺麗な部屋とは言い難い。また、忙しさ故に食事に対しても頓着が無いように見える。朝食をアイスのみで済ませる時もしばしばあるらしく、普段の美しい立ち振る舞いからは考えられない私生活にカイムは頭を抱えた。

 

シロナとて人間。完璧超人だとは思っていなかったが、卒業後はシロナの研究室兼自宅付近で部屋を借りて彼女の指南を受ける予定だったため、この部屋に通うのかと考えると頭が痛くなってくる。

 

カイムは割と几帳面な一面があり、割となんでもきっちりこなしたいタイプだった。他人にまで几帳面な部分を強要する気はないが、あまりにも不健康だったりズボラだったりすると放っておけなくなる性分であり、結果として学友達からは『おかん』と呼ばれる始末だった。

 

その場にいないため、カイム自身がシロナの部屋をどうすることもできない。卒業したら、まずはシロナの部屋の掃除からだとカイムは覚悟を決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

一年後

 

 

無事に大学を卒業し、カイムはシンオウ地方へと旅立ち、そして助手兼家政婦へとなった。

 

最初は敬語は欠かさないカイムだったが、あまりにも無防備かつズボラなシロナに日々小言を言う過程で敬語は完全に外れ、現在のような関係へと落ち着いた。

 

「もう二年か。早いな」

 

僅かに潮を感じられる風を受けながら、なおも組み手を続けるバシャーモとルカリオを眺める。ブラッキーはカイムの膝で丸くなり、ぼんやりと風景を眺めている。

 

少しの間そうしていたが、時計をふと見ると9時前になっていた。

 

「シロナのポケモンにも飯やらねぇと」

 

カイムは立ち上がり、台所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、シロナが起きて来た。

 

「おはよう〜」

「おう、調子はどうだ」

「だいぶいいわ」

 

朝食を食べた時よりも遥かに顔色がいい。しっかり回復できたようだ。

 

「みんなの面倒見てくれてたのね。ありがとう」

「いい。好きだからな」

 

シロナのポケモン達とじゃれたり、遊んだりしているポケモンを見て僅かに口角を上げるカイム。

シロナはその隣に座り、カイムの持つ資料を覗き込んだ。

 

「あら、新しい論文じゃない」

「つい先日発行されたからな。シロナの名前使って送ってもらった」

「また私の名前使ったの〜?」

「いいだろ別に。助手の特権だろうが。そもそも使えって言ったのシロナだ。文句を言われる筋合いはねぇ」

「それもそうね。別に悪いことしてるわけじゃないし、いっか」

「まだ寝ぼけてんのか?」

「まさか。それで?その論文はどう?」

「新しく見つかったシント遺跡についての論文だ。随分珍しい場所にあるみたいでな。遺跡に使われた石の年代からいつの時代なのかを割り出したみたいだ」

「常套手段だけど、一番正確性の高い割り出し方ね」

「他にも遺跡に使われてる記号や文字に関する考察も理論立ててうまく書かれてる。まだ第一報だから情報量は多くないが、今後注目を集めそうだ」

 

ボトルに入った水を飲みながらカイムは論文をシロナに渡す。

早速シロナは論文に軽く目を通す。やはり学者なだけあり、要点のみを的確に読み取るのはカイムよりも早く、そして理解するのも早い。

 

「この人が書いたのね。信憑性も高そうだわ」

「助手になるまで気づかなかったけど、案外そういうのでもテキトーに書く人もいるのな」

「もちろんいるわよ。考古学界だって、一枚岩じゃないんだし」

「良くも悪くも、人が集まれば多種多様になるか」

 

立ち上がり、大きく伸びをしたカイムは眼鏡を取った。

 

「ブラッキー」

 

シロナのグレイシアと遊んでいたブラッキーだが、カイムが呼ぶと顔をぱっとカイムに向けて駆け寄ってくる。

 

「どこか行くの?」

「買い物。ジムに行くから、晩飯の食材も買っておきたい。ルカリオ、バシャーモ。お前らはどうする?」

 

ムクホークは完全に昼寝モードのため寝かせておいて、シロナのルカリオやガブリアスと手合わせをしている二匹に声をかける。

だがどうやら組み手がいいところらしく、そちらを優先したいとのことなのでそのままにさせておくことにした。

 

「気合入ってんな」

「あの二人は好戦的だからね。うちの子達と戦えるのはいい刺激になるんでしょう」

「だろうな」

 

シロナのポケモン達はやはりチャンピオンに育成されただけあり、実力は文字通り桁違いだ。好戦的な二匹からすれば、格上と戦い、そして力をつけれる、うってつけの機会。シロナは忙しいため、いつも自宅にいられるわけではない。故にシロナのポケモンと手合わせできる機会はそれほど多くない。その機会を存分に活かしたいと二匹は考え、そしてカイムもそれを察していた。

 

「んじゃ、ちょいと留守番しておいてもらうかね」

「お買い物行くのでしょう?私も行くわ」

「え」

「え?ダメ?」

 

小首を傾げるシロナをジト目で見るカイム。

 

「…シロナがいると、やたら目立つんだよ」

 

シロナは、目立つ。

すらりと高い身長に、膝近くまで伸ばした金髪。さらにはスタイルも顔もいいときた。目立たない要素が無い上に、シロナ本人はチャンピオン兼考古学者という非常に有名な肩書きまである。そしてそれに追随するようにカイムがいれば必然的にカイムも目立つ。

 

「別にいいじゃない」

また(・・)週刊誌に取り上げられてもしらねぇぞ」

「平気よ。別に隠すような関係でもないし。それにあまりにもあること無いこと書くようなら握りつぶすから」

「こっわ」

 

涼しい笑顔でそういうシロナに薄寒いものを覚えながら、カイムはメモ帳に買うものをメモしていく。

 

「今日は普通に野菜炒めね」

「あんたはほっとくとロクなものくわねぇからな」

「あら酷い。多少考えては食べてるわよ」

「何も言わないと朝食をアイスだけで済ませるような奴が言う言葉じゃねぇよ。ただでさえ忙しいんだ。栄養バランスくらいはちゃんとしねぇとすぐに身体壊すぞ」

「本当に世話焼きよねぇ」

「やかましい」

 

上着を羽織り、エコバッグを持ち外出の準備をカイムは済ませた。シロナも普段の厚手の黒コートではなく、薄手の黒いカーディガンを羽織った。

 

「行くか」

「そうね」

 

 

 

ーーー

 

 

 

「………」

 

やはり、と言うべきか、カイムの予想通り街中では群衆の注目の的になっていた。

当然だろう。シンオウ地方でシロナのことを知らない人の方が少ない。それくらいの有名人が街中を歩いていたら、誰でも注目する。

そしてそれはシロナの横を歩くカイムにも視線が向けられる。多少慣れたとはいえ、カイム自身はただの一般人。シロナのようなカリスマ性も無ければ多数の視線に対する耐性もない。

その視線を受けながら内心でげんなりしながらもスーパーへと足を向ける。

 

「視線が痛え」

「あら、ミオシティの人達はもう私達のことを見慣れているはずよ」

「最初ほどじゃ無いにしろ、見られることにゃ慣れてねえよ」

 

目立たない学生時代を過ごしてきたカイムにとって視線は慣れないもの。しかもたまに好奇の目以外にも嫉妬が混ざった視線も感じる。その視線を向けてくる人間がなにかをする可能性は低いが、そのような視線を向けられてもカイムは全く嬉しく無い。

 

「有名人なんて連れて歩くもんじゃねぇわな」

「ジムトレーナーになったんだし、貴方自身も多少は有名になったんじゃない?」

「ジムリーダーならともかく、ジムトレーナーのことを誰が覚えてんだよ」

「あら、私は覚えてるわよ」

「あんたの記憶力を誰でも持ってるわけじゃねーの」

 

他愛のない話をしながら共にスーパーへと出向く。

野菜と肉、そしてその他にも少しの保存食とポケモンフードの材料、きのみや調味料をカゴに入れてレジを通る。

帰る際にレジ打ちしていた女性にシロナが優雅に手を振っていたりしていたが、カイム自身は軽く会釈しただけだったのは別の話。

 

 

 

買ったものを冷蔵庫に整理しながら入れ、簡単に夕食の下拵えをする。それが終わると、シロナと共に昼食を済ませた。

 

昼食後、少し休んだ後カイムは身支度を整えポケモン達をボールに戻す。

 

「じゃあ、行ってくる。今日の晩飯はちと遅くなるが、絶対にキッチンに立つなよ。小腹が空いた時用におにぎり作ってあるからそれを食え。いいな」

「わかってるわよ。どれだけ信用ないの」

「お前に一度家事を任せたら下手な空き巣よりも散らかったじゃねぇか」

「うっ…」

「とりあえず大人しくしてろ。ポケモン達に構ってやれ」

「わかったわよ」

「行ってくる」

「いってらっしゃい」

 

ムクホークに跨り、空を飛んでいくカイムを見送りながらシロナは自身のポケモン達をボールから出し、そして全員と共に思い思いの時間を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまで!勝者、ジムトレーナーカイム!」

 

ジムリーダーのスモモの掛け声でバトルが終了する。

カイムはポケモンをボールに戻し、額の汗を拭う。

対するチャレンジャーは悔しそうに傷ついたポケモンを戻し、カイムのもとに歩み寄ってきた。

 

「…負けました」

「筋はいい。もう少し経験を積めばすぐにジムバッジも集まるだろう」

「具体的にはどうすればいいと思いましたか?」

「もう少しポケモンに委ねた戦いをしてもいいと思った。一から十まで指示するんじゃなくて、戦闘におけるアドバイスをバトルの合間に挟んでここぞというときに技の指示を出す。ポケモンは頭がいい。だから俺たちトレーナーが指示を出さなくてもある程度勝手に判断できる」

「…なるほど。ぼくはまだこの子達を信じきれてなかったのかもしれませんね。参考になりました、ありがとうございます」

 

それだけ言ってチャレンジャーの少年は去っていった。

 

「お疲れ様です、カイムさん」

 

傷ついたポケモンを回復させているとジムリーダーのスモモが声をかけてきた。

 

「どーも。お疲れ様です」

「別に敬語じゃなくてもいいんですよ?カイムさんの方が歳上なんですし」

ジム(ここ)ではスモモの方が立場が上です。敬語を使うのは必然かと。それに、負け越しているのでね」

「まだ私の方が強いですからね」

 

朗らかに笑う少女にカイムは肩を竦める。

このジムにはシロナの紹介で入り、それ以来ジムでバトルの腕を磨いている。他のジムトレーナーとはいい勝負ができ、現在では他のジムトレーナーよりも強くなったカイムだが、スモモには負け越しが続いている。

ジム入会当初は他のジムトレーナーよりも弱かったが、シロナの指導とバトルの経験を積み、ついにはジムのNo.2にまでなった。愛想のないカイムに最初は他のトレーナー達はあまりいい顔をしなかったが、真面目かつストイックにトレーニングを続けるカイムの姿を見て、それに負けないようにトレーナー達も負けじとトレーニングを重ねた。気がつけばカイムはジムに溶け込んでおり、素直ではなく愛想も無いが、気配りができるいい奴だとジムメンバーには思われていた。

 

「今日のチャレンジャーはこれで最後だったので、今日は上がっていいですよ」

「ん、じゃあそろそろ上がります。お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

 

更衣室へと歩いていくカイムの後ろ姿をみていると、隣にジムトレーナーの一人が立っていた。

 

「カイムの奴、本当に強くなりましたね」

「そうですね」

 

トレーナーの言葉にスモモは頷く。

 

シロナに紹介された時の印象は『パッとしない』感じだった。バトルも基礎ができている程度で才能らしいものは感じなかったし、なにより愛想が全く無い。スモモとしても最初はとっつきにくいイメージがあった。

だがそれでも努力は怠らず、積極的にトレーナー達と話してアドバイスを求める姿には好感が持てた。そのカイムの姿をみて、ジムトレーナー達もより努力を重ねたためジム全体のレベルが底上げされたように思う。

 

「未だに愛想はないがな」

「あれはカイムさんの持ち味でもありますよ」

「そうだなぁ。しかし、まさか一年で抜かされるたぁな」

「基礎ができていたとはいえ、一年ちょっとであそこまで強くなれるんですし、自分が足りないものがわかるんでしょうね。あと単純に考えることが得意なんですよ」

「シロナさんの弟子だからなぁ。羨ましい限りだ」

「お二人はどんな関係なんですかね」

 

シロナの話では『助手兼弟子』と言っていたが、どうやらシロナとカイムは同じ拠点で生活をしている。人の色恋沙汰に首を突っ込む気はないが、相手があのシロナ故にスモモも気になっていた。ミステリアスなシロナの私生活で唯一存在を知られており、そしてその私生活を唯一知っている存在ともなれば誰でも気になる。

以前さりげなく生活について聞いてみたが、カイムは頭を押さえながら深いため息をつくだけで答えなかった。なんとなく聞かない方がいいのかと察したスモモはそれ以上聞くことはなかったが、それでも気になる。

 

「おーそれ気になってな、前にカイムに聞いたんだ」

「なんて返ってきたんですか?」

「すっごい苦い顔しながら『助手』って答えた」

「???」

 

助手という関係はそれほどまで辛いものなのか、と考えたがいくら考えてもわかりそうにないのでスモモは考えることをやめた。

 

 

二人の関係がどのようなものなのか、それを知るのは本人達だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

ムクホークの背中に跨り、上空からミオシティを目指すカイムはそう呟いた。季節的には暖かくなってくる時期だが、夜の上空ともなるとまだ寒いため厚手のジャケットを着てきたのは正解だったかとカイムは内心で過去の自分を褒めた。

 

今日はトレーニングも行い、同時に数人のチャレンジャーとも戦った。チャレンジャーはジムバッジを複数持っている者から、まだ持っていない者まで様々だった。ジムトレーナーはチャレンジャーのバッジ所持数に応じて使うポケモンや戦法を変える。本来、トレーナーは使うポケモンは変えないし、さらには戦法も基本あまり多くはない。トップトレーナーならばともかく、一般トレーナーはそれが普通だ。故にジムトレーナーはそのトップトレーナーと同等近いものを要求される。それだけの柔軟性をジムトレーナーは求められる。

 

カイム自身にバトルの才能は無い。だからシロナの指導を受け、そしてジムで実践を積んだ。

その結果、ポケモン達のレベルも上がり、本気のジムリーダーともいい勝負できるようになるくらいにまで腕が上がった。

 

「凡人なりに強くなれたかな」

 

カイムの呟きに対してムクホークは当然だとでもいうように高らかに鳴いた。

そのムクホークの鳴き声にカイムは一瞬呆けたが、すぐに笑顔になりムクホークの頭を撫でた。

 

「お前らがいてくれたからだな」

 

嬉しそうに鳴くムクホークの声を聞きながらカイムは前を見据える。

 

「さあ、早く帰ろう。シロナが待ってる」

 

夜の闇の中、カイムはゴーグルを装着し、ムクホークは速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

書き上げた論文を読み返し、おかしなところや誤字脱字が無いかを確認しながらシロナはカイムの帰りを待っていた。

事前に伝えられていた時間はそろそろだ。もし遅れるようなら、几帳面なカイムのことだしなにかしら連絡があるだろう。連絡がないということは、時間通りに帰ってくるということだろう。

 

「そろそろかしらね」

 

傍らにいるミカルゲが肯定するかのように鳴いた。

すっかり暗くなった窓の外を見ていると、夜闇に紛れてはいるが僅かに空に小さな影が見られる。

 

「あ、帰ってきた」

 

ムクホークが玄関前に降り立ち、その背中からカイムが降りた。

シロナは窓を開けてカイムを出迎える。

 

「おかえり」

「ああ、ただいま」

 

笑顔のシロナに対してカイムは無表情だが、すぐそばにいるムクホークに顔を押し付けられ、僅かに笑顔が溢れている。

 

「わーったわーった、飯にしよう。今日もありがとうな」

 

ぽんぽんとムクホークを撫でてカイムは鍵を開けて家に入る。

シロナは2階から降り、カイムを出迎えた。

 

「お疲れ様。今日はどうだった?」

「スジのいいチャレンジャーが来たよ。今回は勝ったけど、多分次戦う時には勝てないだろうな」

「そう。また才能ある子が出てきたのね」

「赤いベレー帽みたいな帽子被ってる奴だ。まだ13歳くらいだろうに、既にバッジを4つ持ってる。すぐに強くなるだろうよ」

「いいわね。次のポケモンリーグ、楽しくなりそうだわ」

 

楽しげに笑うシロナを横目にカイムは手を洗い、そしてエプロンをつけた。

 

「すぐに飯作る」

「ゆっくりでもいいわよ」

ポケモン達(こいつら)が腹減らしてんだ。今日も頑張ってもらったんだし、すぐに作る」

「じゃ、その間話し相手になってくれる?」

「片手間でよけりゃ、いくらでも」

 

 

 

 

 

 

「この前、旅をしてる女の子に出会ったのよ」

「ほう」

「その子も12、3歳くらいの子でね。少しだけ話したんだけど、旅を始めてまだ一年弱なのにもうバッジを6つ手に入れたんだって」

「一年経たずに?そいつぁすげえ」

 

四年近くかけたカイムとは大違いである。

 

「その子、次のポケモンリーグに参加できそうよ」

「最近は若い才能が多くてすごいな。確か、セキエイ高原の現チャンピオンもそんくらいだろ?」

「ええ、オーキド博士のとこの子ね。あのワタルさんに勝つなんてすごいわよね」

「全くだ。聞いた話だと、ホウエン地方にも今強い奴がいるんだろ?」

「誰情報?」

「ダイゴ」

 

現ホウエン地方チャンピオンのダイゴからの情報ならば、信憑性は高い。同じチャンピオンとして多少の関わりがあるが、シロナから見てもダイゴが適当なことを言うようには思えなかった。

 

「すごいわね、若い子達が破竹の勢いで強くなる。黄金世代って感じ?」

「かもしれんな。だがその点に関しちゃ、シロナも変わんねーだろ」

「そう?」

「お前がチャンピオンになったのはいつだ?今のセキエイ高原のチャンピオンとそう変わんない歳だろ。それでそれからずっとチャンピオンの地位を守り続けてる。本当にすげぇよ」

「珍しく素直に褒めるじゃない」

「未だに本気のジムリーダー相手に勝てない俺からしたら、チャンピオンを守り続けてるシロナはすげえ。そう思っただけだ」

 

フライパンで炒め物を作りながらカイムは心底そう思う。

しかもシロナはチャンピオンだけでなく、考古学者としても名を馳せている。両立させることがどれほどすごいか、考古学者の助手とジムトレーナーをやっているカイムにはよくわかる。

 

「カイムだって似たようなものじゃない?」

「スケールが違う。俺がやってるのは、お前の劣化版だよ。尤も、それを悪いと思ったことはないがな」

「そうなの?」

「上は目指すが、ポケモンリーグ上位に行けるような器じゃないことくらいは理解してる。だから俺は俺なりに価値のあることをやる。そんだけ。才能がない凡人でも、努力すりゃある程度にはなるって教えてくれたからな」

 

味付けの塩胡椒を炒め物にふりかけながらカイムは言った。

その答えにシロナは少し驚いた顔をしたが、すぐに満足そうに微笑んだ。

 

「それに、現状に満足してるわけじゃない。努力は続ける。せめて本気のジムリーダーに一度くらいは勝ちたい」

 

常勝できるほどの実力を付けるにはまだ相当な時間が必要だろう。だが勝利に手が届くかどうかのレベルであれば、どうにかなるだろう。

 

「貴方ならなれるわ」

「精進しよう。さ、できたぞ」

 

コンロの火を消して皿に盛り付ける。

作り置きしておいたスープも温め直し、底の深い皿に注ぎ込んだ。

 

「飯は身体作りの基本だ。何事も健康あってのものだってことを忘れんな」

「ええ、よく肝に銘じておくわ」 

 

相変わらずの世話焼きぶりに笑いながらシロナはスープを運ぶ。

ぶっきらぼうな口調のくせに、こういう人の良さは隠しきれていない。不器用なカイムの態度をシロナは気に入っている。

 

ポケモン達をボールから出し、カイム特製のポケモンフードを皿に入れる。

 

「ちと遅くなったな。悪い」

「いいのよ。このくらいなら誤差」

「シロナがキッチンに立つ前に帰ってこれて良かったぜ」

「明日本気でトレーニングしてあげようか?」

「勘弁してくれ」

 

他愛のないやりとりからも日常を感じる。

非日常でなく、このいつも通りの日常にシロナは幸せを感じる。

 

「食うか」

「ええ」

『いただきます』

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

庭のウッドデッキに座り、シロナはグラスに入った液体を流し込む。

アルコール特有の苦味と豊かな香りが口を満たしていく。飲み込むと、喉が僅かに熱くなる。

空を見上げると、星が僅かに輝いているのが見える。部屋の光にかき消され、あまり数は見えない。

 

「珍しいな、酒飲むなんて」

 

風呂から上がったカイムはシロナにそう言う。薄い長袖のシャツにスウェットというラフな出立ちでシロナの隣に座った。

顔は風呂上がりのため紅潮しているが、髪はしっかり乾かしてきている。几帳面なカイムらしい行動である。

 

「せっかく論文を書き上げたのだもの。ちょっとだけ贅沢」

「そうか。論文は出したのか?」

「ええ。あとは協会の査読待ち。少しゆっくりできる期間ね」

 

シロナは近くのテーブルに置いてある瓶を手に取り、カイムに見せる。中には黄金色の液体が部屋の光に反射して光る。

 

「飲む?」

「少し貰う。あんま飲めないから俺」

「お酒は弱いわよね」

「こればかりは体質だ。鍛えてどうこうなるもんじゃない」

 

酒の味は好きなんだけどな、と付け加えてカイムはシロナからグラスを受け取る。グラスに氷を入れ、ウィスキーを注ぎ込む。温度差で氷が割れる音が心地よく感じられる。カイムはそこに追加で炭酸水を注ぎ、グラス内の氷に指を添えてよくかき混ぜた。

 

「おつかれ」

「ありがと」

 

軽くグラスを合わせ、互いに酒を煽る。

 

「上質だな。飲みやすい」

「でしょ?この前ナナカマド博士に教えてもらった銘柄なの」

「いいじゃん。またいい酒聞いておいてくれよ」

「あまり飲めないのに?」

「味がいい酒は飲みたいんだよ。少しでもな」

 

再びカイムはグラスを傾け、酒を飲む。

非常に飲みやすく、味もいいが、アルコール度数が高いためあまり飲めないだろうと考え、飲むペースを落とすことにした。

 

背後で音がする。振り返ると、ボールから出ていたブラッキーが歩いてきていた。ブラッキーはカイムの隣に座ると、空に見える三日月を見上げた。

 

静かに時は進む。

 

風に揺られる木々の音と、夜行性のポケモンの小さな鳴き声だけが聞こえる。

 

「いい夜ね」

「ああ」

 

ブラッキーがカイムの足に自身の顔を押し付け、そのままカイムの足を枕に寝転がった。

 

「ふふ、ブラッキーは本当にカイムが好きなのね」

 

シロナがカイムに寄り添うブラッキーを撫でると、ブラッキーは気持ちよさそうに身を捩らせ、当然だとでも言うように小さく鳴いた。

 

「モテモテね」

「さあな」

「照れなくてもいいじゃない。才能よ?」

 

ポケモンから好かれるというのはそれだけで才能だとシロナは考えている。それはポケモン達から見ても『この人は信頼できる』と行動を示さずとも伝えられる証拠なのだから。

 

「…かもな」

 

むず痒いような顔をしながらブラッキーの頭を撫でるカイムを見て、シロナは悪戯心が芽生えた。

 

「……えい」

「⁈」

 

突如、シロナはカイムに身を寄せ、その頭をカイムの肩に置いた。

 

「………どういうつもりだ?」

「ブラッキーだけズルいじゃない」

「………」

「ドキドキしてる」

「ほっとけ」

 

顔色は変わらないが、耳が赤くなっている。

顔は逸らされてしまったためよく見えないが、きっと苦い顔をしているのだろう。

普段あまり表情の変化がないカイムの顔色を変えられていると思うと、シロナはどこか楽しくなり悪戯が成功した子供のような笑顔になった。

 

尤も、胸の高鳴りについてはカイムのことを言えないのだが。

 

「酔ってるのか?」

「ええ、少し」

「ならそのくらいにしておけ。明日に響く」

「そうするわ」

 

シロナはグラスを置き、よりカイムに身体を寄せた。

カイムは鬱陶しそうなため息を吐いたが、それを拒否することはしない。

 

「ねえ」

「なんだ」

「もう二年になるけど、どう?」

「どうとは?」

「楽しかった?」

 

カイムは空を見上げた。

シロナに助手に誘われ、考古学について学びながらバトルの指南を受けた。そしてジムを紹介してもらい、そこでトレーニングを続け、今やジムのNo.2。

 

大学入学時には想像もできないような二年だった。

 

思い返すと、色々と厳しいこともあった。だがそれ以上に、今のカイムはこう思えた。

 

「ああ、楽しかったよ」

 

シロナと出会い、そして人生が変わった。きっと彼女と出会わなければここまで充実した人生は送れなかっただろう。

その感謝の気持ちを込めて、カイムはそう告げた。

 

「良かった」

「シロナは?今の生活は楽しいか?」

「そうね」

 

シロナは目を閉じてこの数年を思い返す。

 

シンオウ地方のチャンピオンを守りながらも考古学者として研究を重ねる。大変ではあった。チャレンジャー達は確実にシロナ対策を構築してくるし、学者としてはまだまだ若く実績も少ないため甘く見られがち。それらを全て捻じ伏せるためには並大抵の努力では足りなかった。

 

しかしシロナには大切なポケモン達がいた。彼らがいたから全力で挑んだし、頑張れた。

 

だが実績を積めば積むほど周囲の人達とどことなく距離を感じるようになった。彼らにその意思があるかはわからないが、どことなく距離を感じてしまう時がしばしばあった。

 

『さすが天才』

『圧倒的な才能』

『天才の成せる偉業』

 

そう言われること自体は不快ではない。賞賛の言葉だとわかるため、素直に受け取ってはいるが、シロナ自身の積み重ねた努力を『才能』の一言で片付けられるのはどうもいい気はしなかった。

無論彼女の努力を知り、そして認めてくれる人もいる。彼女に近しい人は皆シロナの努力を知っている。だからこそ、その彼女の積み重ねたものに対して敬意を持って讃える。

そうわかってはいても、その人達が常に側にいるわけではない。だから本当の意味で認めてくれる人はシロナには側にいなかった。

 

正直、カイムも最初は今までの彼らと同じだと思っていた。

助手にならないかと声をかけたのも、彼の頭脳とポケモン達への愛情が本物だということが一目でわかったからだ。本格的に調査や研究をするにはどうしても一人では厳しくなることがわかった。

だからタマムシ大学でセミナーを頼まれた時、見所のある学生がいないかなと僅かに期待していた。

 

セミナーを受けていた学生達は皆優秀なのだろう。だがそれでもシロナの助手足り得る学生はいなかった。

 

最後に知り合いの教授の研究室に向かい、挨拶をしようとしたところでカイムに出会った。

彼のレポートを見て、彼の頭脳がとてもいい視点を持ち合わせており、そしてそれをうまく扱いきれていないことがわかった。さらにポケモン達を気遣うような言葉。

これを見てシロナはカイムを助手にしたいと思った。これだけの頭脳を腐らせておくのは勿体ないと思う気持ちもあったが、それ以上にポケモン達のために生きたいと願う青年の力になりたいと思ったのが強い。

 

すぐに彼を勧誘し、そしてカイムはそれを受け入れた。

 

その後しばらくバトルや研究の指南をしたが、人に興味無さそうなカイムが思いの外世話焼きで几帳面だということに気がついた。

部屋の整理整頓や食事のことまで言うようになり、気がつけば必ず使っていた敬語すら抜けていた。

 

シロナはちゃんと一人の人間として見て、そして心から心配して言ってくれるカイムの言葉がとても嬉しかった。

 

 

 

 

一緒にいたいと思うようになった。

 

 

 

 

だから余ってる部屋をシロナとポケモン達でどうにか片付け、その部屋をカイムに与えた。

カイムは難しい顔をしていたが、得意ではない整理整頓をしてまでも部屋を与えてくれたシロナの熱意に負け、シロナの自宅に住むようになった。

 

それから毎日、楽しかった。

 

人がいてくれること。

 

 

 

一緒にご飯を食べてくれる人がいること。

 

 

 

帰りを待っていてくれる人がいること。

 

 

 

そしてその人が帰るのを待つことができること。

 

 

 

シロナにとって、その日常はとても暖かくて、かけがえのないものになった。

 

「うん、とても楽しくて、かけがえのないものだわ」

「そうかい。そいつはいい」

ポケモン達(この子達)と、貴方のおかげね」

 

カイムは答えない。

僅かに視線をずらしてカイムの顔を見ると、耳がさっきよりも赤くなっているのがわかった。

 

「顔赤いわよ?」

「酔いが回ってきただけだ」

 

カイムはグラスを傾けながら言う。

 

「そういうシロナも、顔が赤いが?」

「…酔いが回ってきただけよ」

 

赤くなった顔を見られないようにカイムの肩に乗せた頭を僅かに下に向ける。

 

確かに顔が熱いが、これはきっとアルコールが回っただけだ。

そう自分に言い聞かせながらも、頭の位置は動かさない。

 

 

 

「ね」

「ん?」

「もう少し、このままでいい?」

「ああ」

 

 

 

カイムの言葉が嬉しくて、つい口角が緩む。

 

 

夜風が熱くなった頬を撫でる。

 

 

少し冷たかったが、熱くなったシロナには丁度いい冷たさだった。

 

 

 

 

 

願わくば、カイムも同じ風を快く思ってくれたらいいな、と思ったがそれは口に出さなかった。

 

 

 

 

 

部屋の光が寄り添う二人とブラッキーの影を映していた。

 

 

 

 




登場人物
カイム(オリ主)
身長:174㎝
年齢:23歳
好きなもの:ポケモン 歴史 料理
嫌いなもの:特に無し

手持ちポケモン
ブラッキー:Lv53
バシャーモ:Lv50
ルカリオ:Lv48
ムクホーク:Lv48

シロナの助手。基本世話焼きで大雑把そうな性格に反して几帳面。だらしない人がいると放っておけなくなる。
ホウエン地方のミナモシティ出身。


シロナ
身長:170㎝
年齢:25歳
好きなもの:ポケモン アイス カイムの料理
嫌いなもの:ポケモンを蔑ろにする人

みんな大好きシロナさん。戦闘BGMは死ぬほどかっこよくて初めて聞いた時震えた。前奏からもうかっこいい。つまりかっこいい。
私生活がズボラということからカイムに世話を焼かれている。一度自分でもできるということを見せようとしたら10分で止められた。


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