なんでも屋アールグレイ-The Shadow Bullet-   作:「旗戦士」

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シノの刀編にはほとんどグレイ達は出てきません。


order23. Silver Agony

<千葉県某所・萩野工房>

 

成田空港から車で約一時間。

シノは"荻野工房"と書かれた看板を懐かしく感じ、その下をくぐる。

奥に進むと一軒家と大きなかまどを携えた作業小屋が目を引き、そしてその隣には剣術道場が視界に入った。

 

「お袋! ただいま」

「あら秀人、早かっ――――」

「お久しぶりです。緋紗子さん」

 

中年の女性は玄関口で呆然とシノを見つめる。

 

「し、紫乃くん……? 」

「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 

瞬間、パンと軽い音が玄関口で響いた。

シノの頬を彼女が平手打ちした音である。

そして、緋紗子は紫乃の事を抱きしめた。

 

「馬鹿! 手紙を置いただけでいなくなって! 私たちがどれだけ心配したか分かっているの!? 死んだのかと思ったのよ! 」

「す、すいません……」

 

「お袋、そんな怒らないでやってくれよ。紫乃にも理由があるんだし」

「……何があったのか、話してもらうからね。まずは上がってちょうだい」

 

「は、はい。お邪魔します」

 

シノは靴を脱ぎ、生まれ育った家へと上がる。

言われるがままリビングに行くと、彼はボストンバッグを端に置いた。

 

「はい、お茶」

「あ、ありがとうございます。緋紗子さん」

 

「そんな仰々しく呼ばなくていいわよ。昔みたいにおばさんでいいじゃない」

「は、はぁ……」

 

「どうした紫乃? 久しぶりにお袋の凄味に負けたか? 」

 

瞬間、秀人の頭に拳骨が直撃し、鈍い音が響く。

 

「それで? 今までどこに行ってたの? 」

「アメリカに、行ってました。もちろんお金は自費です」

 

「お金のことはいいのよ。どうしてアメリカに? 」

「家族の仇を討ちに、です」

 

緋紗子の表情は沈んだものになった。

 

「……紫乃くん、そんな事をしても……残るのは虚しさだけじゃない? 」

「えぇ。確かにその通りです。ですが俺は……それを黙って見過ごせる程お人好しじゃありません」

 

「あなたが死んでしまう可能性だってあるのよ!? 」

「それは……」

 

彼は言葉に詰まる。

 

「だから復讐なんてもう止めて。もうこれ以上、あなたが傷付くところを見たくないの」

「ですが……! 」

「だってもクソもないわ! 息子がわざわざ死にに行くところを見て止めない親なんていない! 」

 

"息子"という言葉がシノに重く突き刺さった。

血が繋がっていなくとも彼女は彼の事を息子と呼んでくれている。

 

「…………それでも俺は」

「まあまあ、紫乃もお袋も落ち着けって。せっかく来てくれたのに喧嘩してちゃ再会の喜びを分かち合えないじゃないか。なっ? 紫乃」

 

「あっ、あぁ」

「そういう事だ。お袋、ちょっと親父のとこに行ってくるよ。今いるよな? 」

 

「え、えぇ。道場の方にいるわよ」

 

秀人に連れられ、リビングを出る二人。

玄関口でため息を吐きながらシノは靴を履いた。

 

「悪ぃな。お袋もお前の事を思って言ってくれてるんだが……」

「いい。俺のやっている事が間違っているのは確かだからな」

 

「それでも、俺は紫乃に賛成だ。誰かが被害を受けて、それを泣き寝入りしろなんて世界は間違ってる。だから俺は誰が何と言おうと、紫乃の味方だ」

「秀人…………。ありがとう」

 

秀人はただ笑ってシノの背中を叩く。

それを合図に、二人は家を出てすぐ右側にある道場へと向かった。

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<萩野工房・道場>

 

 

「親父。いるか? 」

「おう、どうした秀人――――」

 

道場へ向かうとそこにはあぐらを掻いて座る白髪交じりの長髪に厳格な顔つきをした男性がいた。

彼こそが秀人の父親でありシノの師匠でもある、"萩野征志郎"である。

 

「……お前……紫乃か? 」

 

呆然とする中で彼は立ち上がった。

征志郎の問いにシノは頷く。

 

「はっはっは! この馬鹿野郎! 今までどこほっつき歩いてやがったんだ! 」

「痛ててっ! 止めてくださいよ師匠! 」

「うるせぇ! このこの~! 」

 

子供の頭をなでるように征志郎は彼の頭をわしゃわしゃ掻きまわす。

 

「しかしなんだって急に帰ってきたんだ? アメリカから帰るなんて余程のことがない限り帰れないぜ? 」

「……白鞘が折れた為と、師匠に禊葉一刀流の"奥義"をご教授願いたいと思ったため来ました」

 

「ははぁーん、なるほど……。刀の件はいいとして、奥義はそう簡単には教えられないな」

「百も承知です。ですが、奥義を習得する為ならどんなことでもする覚悟はあります」

 

「よしきた。まずは道着に着替えろ。話はそれからだ」

 

そう言われるとシノは玄関まで戻り、急いでボストンバッグから道着に着替えた。

脱いだ服を折りたたんでバッグに仕舞うと、彼は道着のまま道場へと上がる。

お辞儀をしてから入ったシノに木刀が征志郎から投げ渡された。

 

「どぉりゃっ!! 」

「ッ! 」

 

眼前に現れた木刀を間一髪で防ぐと、シノはそれを押し返す。

 

「うむ、腕は落ちていないみたいだな。ならばっ! 」

(来る……! )

「禊葉一刀流秘技、"無塵"」

 

抜刀の構えのまま征志郎はシノとの距離を詰め、柄頭でシノの木刀を叩きつけた。

強烈な衝撃と共に防御の体制が崩れそうになるが、衝撃を殺してなんとか体制を保つ。

 

「ふんっ! 」

「だぁっ! 」

 

鍔競りあった状態から一度互いの木刀を合わせ、鈍い音が道場内に響いた。

観戦している秀人は苦笑している。

 

「禊葉一刀流、"雪走"」

 

そのまま沈黙を破るようにシノが征志郎へ一気に近付き、木刀を振り上げる。

 

「"峻烈"! 」

「むうっ! 」

 

振り上げた反動のまま素早く3連撃を見舞うが、全て征志郎の手によって防がれた。

舌打ちをすると、彼は今度は一歩前へ踏み出す。

 

「禊葉一刀流、"天津風"」

 

小手を狙った神速の一撃も見切られていたのか、両腕を上げて征志郎はその攻撃を回避する。

そのまま振り降ろされんとされる木刀を見やると、シノは素早く地面に手を着いて身体を一回転させた。

 

「いい腕だ。年月を重ねて更に上達している。だが、まだまだ甘いな」

「ま、参りました……」

 

足払いによって床に叩きつけられたシノは木刀の切っ先を突き付けられる。

征志郎は得意げに笑った。

 

「よし、模擬戦も終えたとこで飯だ飯! 秀人、準備できてるか? 」

「もうすぐじゃねぇの? お袋も準備してたみたいだし」

 

「わかった。さあ紫乃、手を貸せ」

「は、はい」

 

大きな手のひらを握って起き上がらせてもらうと、彼は一足先に道場を出て行く。

シノは道場の周囲を見回した。

 

「……何もかも、懐かしいな」

 

彼の脳裏にここで過ごした思い出が浮かぶ。

何度征志郎の稽古に弱音を吐いたことか。

 

「親父……か」

 

「おーい紫乃! 何やってんだ、早く来い! 」

 

「すいません、今行きます! 」

 

遠くから征志郎の呼ぶ声がすると、シノは道場を出て行った。

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<夜・萩野家リビング>

 

 

「おかえり、もうご飯出来てるわよ」

「お袋、今日のご飯は? 」

 

「唐揚げよ。紫乃くんも秀人も好きでしょ? 」

「やりぃ! 」

 

家の玄関に入った瞬間、香ばしい匂いが全員の食欲を刺激する。

汚れた手を洗い、服を着替えるとリビングのテーブルには皿に盛りつけられた大量の唐揚げがあった。

 

「いただきまーす! 」

 

全員がリビングのイスに座ってから箸で唐揚げを摘まみ、一気に頬張る。

肉汁とぱりぱりの皮が口の中を独占し、紫乃は思わず目を瞑った。

 

「な、懐かしい……。この味だ……」

「アメリカじゃ食べられなかったの? 唐揚げとか」

 

「はい。どうしても骨付きのフライドチキンになってしまって」

「がっはっはっは! 緋紗子の料理に敵う訳ねーって! 」

 

「ちょっとあなた。やめてよ恥ずかしい」

 

そんな二人の様子を見て、秀人は苦笑する。

 

「そういや紫乃、向こうでさすがに女の一人や二人は出来てんだろ? 」

「ぶっ!? げほっごほっ!? 」

 

「ちょっと、食事中にはしたないわよ秀人。……で? どうなの? 」

「あぁ、昔から紫乃は女の子と話すと赤くなったもんなぁ。師匠が聞いてるんだぜ? 聞かせてくれよ」

 

「うっ……」

 

全員からの期待の視線に、シノはため息を吐いた。

 

「ま、まあそれなりには。同業者ですが、好意を寄せられてる人はいます」

「おぉ~! お前も罪な男だ! はっはっは! 」

 

「マジかよ紫乃……。俺彼女いねぇんだけど……」

「…………なんかすまん、秀人」

 

「あんたは甲斐性がないからモテないのよ」

 

緋紗子の言葉が彼の心に突き刺さる。

 

「写真あるのか? 見せてくれ」

「ちょっと待っててください…………」

 

そう言いながらシノはバッグから携帯を取り出し、ヘルガの写真を見せた。

 

「め、めちゃくちゃ美人……。てめぇ紫乃! お前だけいい思いしやがって! 」

「馬鹿、胸倉を掴むな秀人! 」

 

「ほほう、紫乃と釣り合ったいい人じゃないか。大切にしてやれよ」

「ちょっ、まだ俺は付き合ってる訳じゃありませんって! 」

 

「じゃあこれからね! 良い報せ期待してるわー! 」

「だからまだ付き合ってる訳じゃ……ああもう……! 」

 

どんちゃん騒ぎな彼らを抑えようとした瞬間、シノの携帯から着信音が響く。

一瞬にして静かな空気になり、シノは断りを入れてから電話に出た。

 

『もしもし? 』

『シノ? 私ヘルガ。そっちには着いた? 』

 

『ヘルガか。あぁ、今知り合いの家にいる。携帯の料金は大丈夫なのか? 』

『問題無し。ちゃんとWi-Fiを通して電話してる』

 

英語で電話しているところを聞かれたのか、秀人たちの方は盛り上がっている。

 

『そうか。それで、どうした? お前が電話なんて珍しいな』

『その……シノの事が心配で……』

 

『……お、俺は大丈夫だ。こっちの知り合いにも良くしてもらっている。ヘルガの方は? 』

『問題ない。すこしグレイ達と呑んで酔っている。ただ、貴方がいなくて寂しいだけ』

 

『……よくそんな事が惜しげもなく言えるな』

『褒めてくれてもいい』

 

苦笑しながらシノはため息を吐いた。

 

『……そうだな。そっちへ帰る時に何か土産を買っていこうと思う。何がいい? 』

『抹茶味のお餅。一度日本に来て食べた事があるけど本当に美味』

 

『分かった。適当に抹茶系統の菓子でも買って帰る。じゃあな』

『ありがとう。それじゃあまた』

 

電話を切り、シノは再びリビングへと戻る。

そこにはニヤニヤと彼を見つめる萩野親子がおり、シノは再びため息を吐く。

 

「なあ紫乃、今の電話って……」

「……そうですよ。さっき言った女性です」

 

「ちきしょう紫乃! てめぇ歯ァ食いしばれ! 」

「なっ! よせ秀人! お前じゃ俺に勝てない! 」

 

「余計に傷付くわ! 」

 

楽しい食事と共に、夜は過ぎて行った。

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<深夜・萩野家、庭>

 

 

食事も終え、風呂も入り終えたシノは寝間着に着替えて庭の縁側に座る。

昔秀人と共同部屋だったので荷物や布団もそこにあるのだが、時差ボケのせいか上手く寝付けなかった。

日本の冬の寒さを忘れていたのか、彼は寝間着の上に一枚ダウンを羽織る。

 

「……よう、紫乃。お前も寝付けなかったのか」

「師匠……」

 

酒瓶の片手に征志郎が隣に座った。

コップを置くと、彼は日本酒を注ぎ始める。

 

「まあこいつで一杯やろうや。酒の席じゃないと話せない事もあるだろ? 」

「そう、ですね。いただきます」

 

シノが酒を飲むと思って持ってきたのか、征志郎はもう一つもコップに日本酒を注いだ。

コップをカチン、と合わせると二人は一気に酒を飲み干す。

 

「ふぅ。久々の日本酒は効きますね」

「はっはっは、お前が酒に弱いだけだ」

 

そう言いつつ、征志郎は空いたコップにまた酒を入れた。

 

「……なぁ、紫乃よ。お前……まだ復讐を続けるつもりか? 」

「…………はい。それこそが俺の目標であり、生きがいです。家族の無念を、俺は晴らさなきゃいけない」

 

シノの脳裏に家族の死に様がフラッシュバックする。

父は銃弾で穴だらけになり、犯され殺されていく母と妹。

 

自分も傷を負ったが、あの時死んだふりをしてなんとか九死に一生を得る。

しかし、それは家族を見捨てたをも同然だった。

 

「そうか……。復讐に一人の男を狂わせるとは、世の中は残酷なままだ」

「……そうですね」

 

「お前、アメリカに行って何人斬ってきた? 」

「数えきれないほど、です。この手で人を殺めてきました」

 

シノは自棄になりながら日本酒を飲む。

 

「……禊葉一刀流は殺人剣、人を斬る為に編み出された剣術だ。お前の使い方は間違っちゃいない。だが、俺にはお前が感情に溺れているようにしか見えないのだ」

「俺が……溺れている? 」

 

「あぁ。禊葉一刀流は殺人剣であると同時に、弱い者を守る為に編み出された活人剣だ」

「……人を活かす剣、ということですか」

 

征志郎は頷く。

シノの答えに彼は満足げだ。

 

「その通り。紫乃、お前の剣は復讐の為にあるのではない。守る為にその剣はある」

「しかし、俺は! 」

「それを理解していないようでは、奥義は習得できん。雑念を取払い、明鏡止水の心を手に入れた時、奥義への第一歩が始まる」

 

シノは拳を握りしめる。

 

「俺はもう寝る。明日も仕事で早いからな。その間に秀人と刀の事でも話しておくといい。じゃあな」

「…………はい。おやすみなさい、師匠」

 

征志郎は立ち上がり、酒とコップを持っていきながら家の中へと戻って行った。

頭が真っ白になり、色んな感情が溢れ出てくる。

 

 

「俺は、どうしたらいいんだ」

 

 

か細い問いのみが、夜の庭に響いた。






刀編、まだまだ長くなりそうです。
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