なんでも屋アールグレイ-The Shadow Bullet- 作:「旗戦士」
シノの刀の名前に苦労しました。
もう少しで戦闘シーンです。
<翌日・萩野家リビング>
上手く日本酒が利いていたのか、昨日の夜はよく眠れた。
緋紗子に起こされて時計を見ると、針は午前9時を示している。
「紫乃くん、おはよう。よく眠れた? 」
「えぇ。久しぶりの布団で快眠でした」
「それは良かったわ。朝ごはん出来てるから食べてね」
「ありがとうございます」
寝癖を整えてから彼はリビングのイスに座った。
テーブルには目玉焼きと野菜炒めの乗った皿とご飯と味噌汁のお椀が置かれている。
「おお……! ひ、久方ぶりの日本の朝食だ……! 」
「アメリカにも味噌汁とかあるんじゃないの? 」
「あるにはあるんですが、どれも日本のものには敵いませんよ。少し味付けがしょっぱいんです」
「へぇ、そうなのねぇ」
いただきます、と一礼してからシノは味噌汁を啜った。
ほど良い塩味と味噌の香りが喉元を通り、彼は目に涙を浮かべる。
「う、うまい……」
「ちょっと、そんな泣くほどなの? 」
「俺の周りに味噌汁を作れる人間がいなくて……。ううっ……もうアメリカ帰りたくない……」
「今までアメリカにいた人間の言葉じゃないわよね!? 」
あっという間に味噌汁を飲み干し、シノはご飯と目玉焼きをかき込んだ。
喉に詰まった瞬間、手元にあった牛乳を飲み干す。
「緋紗子さん、おかわりお願いします」
「え、えぇ。まだあるからいっぱい食べてね」
その言葉がシノに火を点けた。
野菜炒めを頬張り、大盛りのご飯を口に含む。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
米粒の一つも残さず完食したシノは、口元をティッシュで拭くと食器を台所へ片付けていった。
蛇口をひねり皿の汚れを落とすと、食器棚に洗った皿を置く。
「わざわざそこまでしなくてもいいのに」
「いいんですよ。俺がいきなり押しかけたんですから。それより、秀人はどこに? 」
「工房で朝早くから仕事してるわ。行ってみたらどう? 」
「そうします。朝ご飯、ありがとうございました」
服を着替え、ロングTシャツと長ズボンを穿いてからシノはワークブーツを履くと、秀人のいる工房へ歩みを進めた。
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<朝・萩野工房>
工房の中に入ると一気に熱気が押し寄せる。
思わずシノは声を上げるが、構わず奥に進み続けた。
「秀人、おはよう」
「おっ、紫乃か! おはよう! よく眠れたか? 」
「おかげさまでな。今は何をしているんだ? 」
「丁度いいタイミングでいい鋼が手に入ったもんでな、こうして刀の形を造ってるんだ。ちょっと離れててくれ、今熔炉から取り出す」
頭にタオルを巻いた秀人は、専用のエプロンと軍手を身につけ、熔炉から赤く熱されている鉄を取り出す。
既に刀の形に近づいたものとなっていた。
「あーらよっ、と」
秀人は手にした金槌で鉄の棒を打ち付ける。
かん高い音が工房内に響いた。
「しかし、刀の製作は随分と早いものなんだな」
「あぁ。お前の連絡を受けてから色々と準備しておいたんだ。本来ならもっと時間が掛かるんだが、紫乃の頼みだからな。知り合いを総動員してやらせてもらったよ」
「何から何まですまないな、秀人。感謝の念が尽きん」
「気にすんな、俺が好きでやってる事だしよ。ま、もちろん代金は頂くぜ」
「分かっている。俺の口座から支払おう」
ニッ、と秀人は笑うと再び作業に移る。
次第に刀としての形が整っていくのが視界に入った。
そして数十分後、綺麗な反りと切っ先が完成し、秀人は粘土を刀身に塗り始める。
「……それは何をしているんだ? 」
「"土置き"だよ。こうして耐火性のある粘土を塗ってから焼き入れると、本来の日本刀の波紋と形が出来上がるんだ。そしてそこから刀身を研いで、鞘を造ったり柄を造ったりする」
「さすがだな。アメリカにはお前みたいな刀匠はいなくて困っていたんだ」
「まあ、これが仕事だから。最も、親父は俺にも禊葉一刀流を会得してほしかったみたいだけどな」
粘土を塗った刀を今度はかまどに入れた。
「……お前は、それで良かったのか? 」
「あぁ。そっちの方が性に合ってる。前に出て戦うなんて事、俺は怖くてできないよ」
「ふふっ、お前もあいつと同じ事を言うんだな」
「あいつ? 誰の事だ? 」
「俺の今の仕事仲間だ。そいつも以前秀人と同じようなことを言っていた」
秀人はかまどに眼を向け、刀の様子を見る。
「へぇ、その人とはなんだか気が合いそうだな」
「あいつは気難しいぞ。酒と煙草が無ければ発狂する」
「それってアル中なんじゃ……」
「いや、奴は酒に弱いから中毒に至る量には達していない」
「ははっ、なんだか中途半端な人だな」
頃合いを見て秀人は刀をかまどから取り出し、水の入った桶に入れた。
音を立てて刀身が急激に冷やされ、桶からは湯気が上がっている。
「よし、こいつはいい具合だ。曲がった部分もあまりない。微調整だけで済みそうだな」
「本当か? あとどれくらいかかりそうだ? 」
「最低でも4、5日は掛かるかもな。専門の職人さんには話をつけてあるから、泊まり込みで作業してもらう事になるだろうな」
「そうか」
秀人はシノと会話しながら刀の柄となる部分に穴を空けた。
その瞬間、はっとしたように秀人が顔を上げる。
「やべっ、忘れた! 紫乃、この刀の銘はどうする? 」
「日本刀には製作者の名前と地名を入れるのが普通だろう? 俺が決めてもいいのか? 」
「あぁ。俺がお前に託した剣だ。好きに呼んでくれ」
シノは唸るように顎に手を当てた。
「……"日秀天桜"、なんてどうだ」
「なるほど、ここらの地名を取り入れたのか。しかも俺の名前の字も入ってるし。いいんじゃないか」
秀人は思い立ったように"日秀天桜(ひびりてんおう)"と刀の柄に刻み込む。
その後彼は刀を高く掲げると、刀身が日光に反射して煌めいた。
「いい刀だ。一生の宝物にする」
「へへっ、頼むぜ。そうしてくれたらこいつも喜ぶってもんさ」
「紫乃くーん! 秀人ーっ! お昼ご飯出来たわよー! 」
「おおっ、ちょうどいいタイミングで。腹ペコペコだよ」
「行こうか。秀人、この刀はどこに置いておけばいい? 」
「ああ、この上に置いてくれればいい。俺が保管するから」
言われるがままシノは指定された場所に刀を置く。
その足で二人は家のリビングへと戻って行った。
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<同刻、シカゴ市内・バー"REST">
「ぶへっくし!! 」
「きゃあっ!? ちょ、ちょっと! 集中してる時に大きいくしゃみは止めなさいよ! 」
「うおっ、風邪かい? グレイの兄ちゃん」
シエラはビリヤードのキューを台に立て掛け、グレイに詰め寄る。
その隣でデイビッドとソフィアがウィスキーの入ったグラスを呷っていた。
「いや、悪ぃ悪ぃ。こりゃ誰かが俺の事噂してやがんな」
「意外と綺麗なお嬢さんとかが噂してるかもしれませんよ? グレイさん」
「ははっ、そいつはいいや」
「なーに調子づいてるんですか、彼女いるっていうのに」
バーカウンターでコップを拭きながら上品に笑うマスターを横目に、グレイは鼻をかむ。
「グレイ、あんたが邪魔したからもう一回あたしの番ね」
「おいおい! 生理現象に文句言うのはなしだぜ! 」
「ダ・メよ! どう考えてもあのタイミングは狙ってたじゃない! 」
「狙ってねーって! お前そんなに勝ちたいからって大人げないぞ! 」
「あっはっは、二人は見てて飽きないねぇ」
交際中なのにも関わらず子供みたいに言い争う二人を見て、ソフィアとデイビッドは笑った。
「全くもう、本当に子供みたいなんですから」
「まあ、喧嘩するほど仲が良いって言うだろう? そういう事さ」
「ほっほっほ、その通りですね。実はソフィアさんも羨ましいと思っているのでは? 」
「……まあ、彼氏の一人くらいは欲しいですよ。私も23歳だし。けど、こんな容姿からか相手にしてくれる人あんまりいなくて……」
ソフィアは俯く。
そんな彼女の肩をデイビッドが叩いた。
「大丈夫さぁ、ソフィアちゃん可愛いんだからきっといい人いるって。あ、そうだ。ワイルドバンチんとこのハーヴェイ君なんてどう? 彼きっと真面目だからいいんじゃない? 」
「えぇ、私もお似合いだと思いますよ」
「は、ハーヴェイさんですか……。ぶっちゃけ好みかも……」
ソフィアの脳裏には以前ハーヴェイと共に仕事をこなした場面が思い浮かぶ。
彼の"貴女の背中は、僕が守ります"という台詞が妙に残っていた。
「あっ、ヤバいですこれ。今めっちゃ顔赤いですよね」
「はい。恋する乙女というような感じです」
「今の若い子はかわいいねぇ~。おっさんもそういう初々しい恋愛ってのをしたいよ」
「ジジイもそう思います」
顔を赤くしながらソフィアはウイスキーを呑む。
喉元を熱い液体が流れ、次第に彼女も酔っていった。
「そういや、なんでマスターはハーヴェイのことを知ってるんだい? 」
「以前あの方がこちらに一人でいらっしゃいましてね。お客様もあまりいなかったのでお話してみたんですがこれが気の合う方で、電話番号と名前を教えてもらったわけです」
「なるほどねぇ。さすがマスター、商売の仕方が上手だ」
「ほっほっほ、お褒めに預かり光栄です」
その瞬間、バーの扉が音を立てて開く。
灰色のスーツに身を包み、珍しく眼鏡をかけたハーヴェイが店に来た。
「いらっしゃいませ、ハーヴェイさん」
「どうも、お久しぶりです。って、あれ? グレイさん? 」
「おー、ハーヴェイじゃねーの。久しぶりだな、元気だったか」
「えぇ、おかげさまで。うちの番犬もグレイさんに会いたいと嘆いてましたよ」
「ははっ、あんな野郎まっぴらごめんだね」
彼はまずビリヤード台にいるグレイ達に挨拶をしに行き、軽く彼らと談笑する。
シエラとの自己紹介を終えると、今度はカウンター席までやって来た。
「よっ、ハーヴェイの兄ちゃん。おたくらが先に帰っちゃってあの時寂しかったのよ~? 」
「すいません、キッドが帰ると駄々をこねて仕方なくて。そちらもお元気そうで何よりです、デイビッドさん、ソフィアさん。それにマスターも」
「まあまあ、そんなお堅い挨拶はいいからさ。俺達と飲まないか? 」
「僕は構いませんが……。皆さんはいいんですか? 」
「いいんだいいんだ。気にすることはねぇ。な、ソフィアちゃん? 」
「も、もちろんですっ! というか大歓迎ですよ! 」
思わず声が上ずってしまうが、ハーヴェイはそんな様子を笑顔で見つめながらソフィアの隣に座り、酒をマスターに注文する。
先程のデイビッドとマスターの会話によってより彼を意識してしまっているせいか、ソフィアはハーヴェイの顔を直視出来ずにいた。
「ソフィアさん、顔が赤いようですが大丈夫ですか? 少し失礼しますね」
「えっ、何を…………わわわっ!? 」
瞬間、ハーヴェイの顔との距離が一気に縮まり、彼女は目を瞑る。
ハーヴェイはキスをする気など毛頭なく、ただ熱がないかを額で計った。
「大丈夫そうですね。……って、ソフィアさん!? 」
「顔が近い……そんな……いきなり大胆な……きゅ~……」
「ソフィアさん!? どうしたんですか!? 」
興奮し過ぎて彼女の頭はパンクし、間もなく可愛い音と共に気絶する。
隣にいたデイビッドとマスターはため息を吐いた。
「ソフィアちゃん……。こりゃあ相当辛い恋路になりそうだぜ……」
「えぇ……。そうですね……」
「二人とも! ソフィアさんが急に倒れてしまって! 」
「お前のせいだ天然ジゴロ! 」
「天然ジゴロ!? 」
ソフィアとハーヴェイ、二人の恋路はいかに。