なんでも屋アールグレイ-The Shadow Bullet- 作:「旗戦士」
<シカゴ市内、セントラル通り>
翌日。
グレイは切らした銃弾の補給を行おうと、シエラのいる"ウェッソン鉄砲店"まで単身向かっていた。
昨日の高校生――戒斗の戦闘スタイルや表情が彼の脳裏に焼き付いて離れない。
どうせなら美女のが良かった、とグレイは内心嘆いた。
「おーいシエラ、珍しく俺が時間通りに来たぞー」
『あ、ちょっと待っててね。……今開けるわ。用件は? 』
「弾薬を貰いに来た」
『はいはい』
煙草を吸いながら、彼は鉄砲店のインターホンを押す。
直後自動ドアが開き、グレイは店の中に入った。
「ごめんなさいね。ちょっと知り合いが来ちゃって」
「別に気にしないでくれ」
どうやら店に誰かもう一人客が来ている様である。
声からして若い青年だ。
「よう、シエラ。久しぶ――」
「他の銃でも見て――」
「……あっ」
「お、また会ったな」
黒いジーパンに黒いロングコートを羽織り、ボサボサの黒髪を携えた日本人と視線が合う。
グレイはその顔に見覚えがあった。
戦部 戒斗(いくさべ かいと)。
戦部探偵事務所の"黒の執行者"と呼ばれる青年である。
「……何しに来やがった。俺を殺しに来たのか」
「おいおい、今にも俺を殺しそうな目で見てくんなよ」
「えっ、何? 二人とも知り合いなの? 」
「まあ、ちょっと仕事で知り合った仲でな」
戒斗が睨みつけてくるのもそのはず、二人は昨夜殺し合いをしたばかりの仲。
その相手が同じ店にやって来たとしたら、殺しに来たと疑うのも無理はない。
「まあまあ、落ち着けよ。俺はただ弾薬補充に来ただけなんだって」
「……フン、信用できねえな」
「信用されなくて結構。シエラ、弾薬頼めるか? 」
「今戒斗くんの銃の方をやってるからちょっと待って。今この子を分解して掃除してるから」
そう言うと彼女は作業台の方へ戻り、額に掛けていたゴーグルを掛け直す。
グレイは戒斗の隣に寄ると、彼と肩を組んだ。
「なぁ。やっぱりお前もあれ目に入ったか? 」
「はぁ? 何言ってんだアンタ。あれってなんだよ? 」
「あれだよあれ。あいつの豊満に実ってる二つのメロンの事さ」
「…………アホかあんた。」
シエラに聞こえない様に、グレイは小声で話す。
戒斗の方は呆れ返っているが、構わずグレイは続けた。
「あの大きさに惹かれないなんて、執行者様はゲイか何か? 」
「テメェ、額に風穴作りてーのか」
「冗談冗談。で、どうなんだよ? やっぱ気になるよな? 」
「……まあ、ちょっとは。でも同じぐらいの奴を知ってるからどうとは言えねえよ」
その返答を聞いた瞬間、グレイは笑って彼の背中を叩く。
「ぎゃっはっはっは!! いいねえ、青いねえ! お兄さん、お前の事気に入ったぜ! 」
「痛えよオッサン! 年下からかって喜んでんじゃねぇ! 」
「オッサンじゃねぇよ、俺はまだ27だ」
「十分オッサンじゃねーか」
「何ィ!? これでも女の子からはイケメンって言われてんだからな! 」
一気に騒がしくなる店内を横目に、シエラはカウンターから戒斗の"ミネベア・シグ"をショーケースの上に置いた。
新品同様に磨かれた黒い銃身を眺めると、戒斗は満足げに懐のホルスターに仕舞う。
「助かる。代金はいくらだ? 」
「メンテ費込みと弾薬代で156ドル。キャッシュでもカードでも大丈夫よ」
「ならカードで。しばらくはここにいるから、また頼むかもしれない」
「ご贔屓に。サインしておいてね」
言われるがまま戒斗はレシートにサインをし、シエラに手渡した。
「はい、いつもの.357マグナム弾。これでいいの? 」
「おう。あと5箱ほど貰えるか? 」
「毎度。全部で67ドルよ」
「70ドルで。釣りはいらないぜ」
「ん、ありがと。じゃあね、グレイ」
「またな。今度飲みにでも行こうや」
グレイも彼女に別れを告げ、先を歩く戒斗を急いで追いかける。
彼の肩を叩くと、仏頂面でグレイを見た。
「……なんだよ。まだ何かあんのか? 」
「飯でも行こうぜ。ちょうど昼時だしよ」
「アンタ、昨日殺し合った人間と飯行くだなんて神経イってんじゃないのか? 」
「そう言うなって。いいとこ知ってんだよ、ここら辺知らないだろ? 」
「けっ、好きにしろ」
不敵に笑いつつグレイは戒斗の横を歩く。
鉄砲店の路地を二人が出ようとしたその時であった。
「……なあ、兄ちゃん達よ」
「ん? なんだおっさん。俺達これから飯食いに行くんだけど。退いてくんねーか」
いかにも柄が悪そうなチンピラが二人の前に立ち塞がる。
グレイは彼を退かそうとするも、一向に退く様子が見られない。
不審に思った戒斗が周囲を見回した。
同じようなチンピラたちが二人を取り囲み、今にも得物を取り出そうとしている。
「あぁ、そういう。けど、場所が悪いな。どこか移動してから話聞いてやるよ」
「そんな風に言える立場なのかぁ? 俺達の言う事聞かなきゃ、暴れてそこの鉄砲店の店主を間違えて撃っちまうかもしれねぇぜ? 」
「……何が目的だ」
「いやぁ? ただ、黙って俺達について来れば何もしねえと約束してやるよ」
「オーライ、分かった分かった。おい高校生、飯奢るのはまた今度な」
「何言ってやがんだ。そこのガキも一緒だっつーの」
グレイを拘束すると同時に、戒斗も後ろから打撃を受けた。
思わず彼から呻き声が漏れる。
「おい! そいつは関係ねぇ! 離してやれ! 」
「だからそんな風に言える立場なのかって言ってんだよ」
地面に叩きつけられ、チンピラはグレイの顔を蹴り上げた。
衝撃と痛みが彼を襲い、口の中から出血している。
「……オッサン、無理すんな。黙って連れて行かれてやるよ」
「……ちっ、悪い」
「物わかりがいいな。連れてけ」
二人の腕をガッシリと固定し、裏路地に停めてあったバンに二人を乗せた。
そそくさとその場から立ち去ると、跡形もなくグレイと戒斗を誘拐する。
「……グレイ? 」
騒音を聞きつけてやって来たのか、シエラが鉄砲店の裏手のドアをバンと開けた。
しかしそこには誰もおらず、床に落ちた血痕のみが残っている。
そして、彼女の目には見慣れないバンが映った。
シエラの頭の中が目まぐるしく回転し、一気に不安に駆られる。
もしやグレイと先程の日本人に何かあったのではないか、と。
「こういう時って……警察……いや、何も無きゃ立ち会ってくれないわ……」
一心不乱にスマホを取り出し、電話帳の項目をタッチする。
そこにはシノの番号が表示され、おそるおそる彼女は電話した。
『もしもし。シエラか、掛けてくるなんて珍しいな』
「お願い……助けてシノ! グレイが、グレイが……連れ去られちゃったかもしれないの! 」
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<"なんでも屋アールグレイ"事務所>
突然シエラから発せられた言葉を、シノはあまり信用していなかった。
まさか、あのグレイが誘拐などというミスを犯すはずがないと。
「どういう事だ、落ち着いて説明してみろ」
『う、うん。あたしがグレイと戒斗って子の銃を見てあげた後に二人が店に出て、その後何か大きな物音とかが聞こえてきたのよ』
「何? "戒斗"だと? 」
『えぇ、高校生くらいの男の子でボサボサの黒い髪に黒ずくめの格好してたわ。それで、物音がした後に出て確認してみたんだけど、誰もいなくて血痕だけが残ってた』
シノは違和感を覚える。
確か、"黒の執行者"は戒斗と呼ばれていた。
名前だけ同じという可能性もあるが、シエラの言う特徴と昨日見た執行者の外見は一致する。
しかしなぜ、グレイがその執行者と共に行動しようとしたのだろうか。
「……分かった、シエラはヘルガとマスターに連絡してくれ。俺からグレイに電話を掛けてみる」
『ごめん……助かるわ』
「それとシエラ。あいつは何としてでも俺が見つけ出す。安心しろ」
『……ありがとうシノ。じゃあね』
「あぁ、頼むぞ」
電話は切れ、シノのスマホは待ち受け画面を表示する。
急いでシノはグレイの連絡先をタッチし、電話を掛けた。
だが、数コールの呼び出し音と共に電話は切れる。
意図的に切られたのだ。
「シノさん、どうしたんですか? 」
「……やられた。グレイが誘拐された」
「えぇっ!? あの人って誘拐できるんですか!? 」
「冗談を言っている場合じゃない。ソフィア、グレイの携帯のGPSを調べられるか? 」
「や、やってみます! 」
ソフィアは慌てながら自分の部屋に戻り、専用の装置を弄ってからパソコンを起動する。
数分後、画面にGPSを表示するプログラムが起動されるが、グレイの携帯からは発信されていない。
「うーん……。GPSも発信されていないなら、電話を出て逆探知するしか……」
その時。
シノの携帯ではなく、事務所に置いてある据え置き型の電話から着信の音が聞こえた。
不審に思いつつも、彼は受話器を手に取る。
「もしもし。こちらなんでも屋アールグレイ。ご用件をどうぞ」
「……貴方、もしやシノ・フェイロン? 」
「何者だ。グレイを誘拐した連中の手先か? 」
「違う。私は戦部戒斗の仲間。昨日貴方と刃を交わした者」
「……何の用だ? 生憎今は依頼を請けている余裕はない」
「違う。協力を申し出ている。戒斗が電話を掛けっぱなしにして、私たちに異変を知らせた。シノ・フェイロン。昨日の事を言い争ってる場合ではない。私たちの仲間と、貴方がたのオーナーは一緒に誘拐されている」
感情の起伏が少ない少女の声が聞こえ、シノはソフィアに視線を移した。
彼女も既に準備を始めており、"SIG SG552"をゴルフバッグに詰めている。
「分かった。どこで落ち合う? 」
「協力、感謝する。まずは私たちのホテルに来てほしい。シカゴのエンパイアホテルの704号室」
「俺達は仲間を集めて向かう。1時間ほど掛かるかもしれない」
「了解。こちらも今シカゴに来ている知り合いがいるから、それを呼び出す」
「では、1時間後に」
「失礼する」
受話器を置き、シノは刀袋と"グロック17"をホルスターに仕舞った。
ソフィアの方は既に準備ができているらしく、車のキーを彼に手渡す。
シノが車に乗り込んでエンジンを掛けようとしたその時、シノの携帯が再び鳴り響く。
『シノさんですか? マスターです』
「すまない、我々の内輪話のせいで」
『お気になさらず。グレイさんや、皆さんにはお世話になっていますから。今回はこのジジイの力、僭越ながら使わせていただきます』
「助かる。今から車で迎えに行くから、待っていてくれ」
携帯を切ってエンジンを起動し、まずはマスターの元へ二人は向かった。
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<シカゴ市内、エンパイアホテル>
ヘルガとマスターを一行に加え、シノは車をエンパイアホテルの駐車場に停める。
フロントのスタッフに704号室から呼び出された人物だということを告げると、スタッフは彼らを快く目的のへやへと案内してくれた。
ノックして数秒後、可愛らしい寝間着に身を包んだ遥が部屋へと彼らを招き入れる。
中には昨日のポニーテールの女の子にもう一人金髪のグラマラスな女性が座りながらシノ達を歓迎した。
「遥、そいつらが言ってた協力者ってのか? 」
「そう。"白鞘"シノに、ソフィア・エヴァンス。それと後ろのご老人と女性は……」
「マスター、とでもお呼びください。以後お見知り置きを」
「ヘルガ・サンドリア。よろしく」
へぇ、と興味を示した金髪の女性がヘルガへと歩み寄る。
「"蒼弾"ヘルガ・サンドリア……。もしや、アンタがそうかい? 」
「……貴女は? なぜそれを知っている」
「リサ・フォリア・シャルテラールだ。噂はかねがね聞いてるぜ? 」
「"鷹の目"……。そう、貴女が。今日はよろしく」
不敵に笑うリサを一瞥し、差し出された手を握るヘルガ。
その空気を一蹴するようにマスターが間に入った。
「お二方。火花を散らす先が間違っておりますよ。まずはグレイさんと戒斗さんの居場所を突き止めるのが最優先です」
「なんだ爺さん。邪魔する――」
「……最近のご婦人は、荒っぽくて困る」
「…………」
普段の温和な表情とは一変、マスターの目が見開かれリサに視線を移す。
その威圧感に臆する事もせず、リサは視線を戻した。
「……では、私の方から。先程、戒斗の電話から着信があった。厳密に言えば、戒斗の電話を使ったギャングから連絡が来た」
「その人は、なんて言ってた? 」
「"今日の午前0時、シカゴ郊外の3番地倉庫にて待つ"との事。来なければアールグレイ・ハウンドと戒斗を殺すと言っていた」
「場所の指定か。確実に罠だな」
シノの言葉に、全員が頷く。
直後、琴音が鞄から地図を取り出した。
「さっきパソコンで中の写真を調べて、印刷しておきました。結構広いみたいです」
「これはご丁寧にどうもありがとうございます。じじいには有難いですね」
「それでみなさん、配置はどうしましょうか? リサさんとヘルガさんには遠くから狙撃してもらうとして」
「陽動、だな。俺がその役を担おう」
「なら私は琴音さんと一緒に二人の救出に向かいます! 」
「ではジジイもそのお手伝いとしましょうか」
「了解。私はシノ・フェイロンと共に陽動役に徹する」
各々の役割が決まったところで、琴音が写真に印をつけていく。
「こんなもんかしら。どういう段取りでいく? 」
「まずは遥とシノが正面から入る。おそらく連中はグレイとその戒斗君だったか、二人を縛り上げた状態でそのまま放置しているはず」
「私たちをおびき寄せる算段。そこで敢えて釣られ、銃撃戦になる。その間に琴音とソフィアとマスターで二人を救出した後、リサとヘルガの援護により離脱。アールグレイと戒斗が戦える状態にあるか不明だけど、どちらにせよ早めの離脱を推奨」
遥の言葉にヘルガやマスターは内心驚く。
こんな女の子がここまで作戦を考えられるものなのか、と。
「……なるほど、承知致しました。ならばここはジジイが先陣を切り、先にお二人を連れて琴音さんとソフィアさんは離脱してください。遥さん、シノさんはこの二人を援護しながら離脱、そして私が最後に撤退します」
「了解。その間私とリサはマスターを援護。リサ、異存はない? 」
「構わねえよ。どっちが多くぶっ殺せるか勝負といこうじゃないか」
相変わらずの好戦的な性格に、遥は思わずため息を吐いた。
だが、これほど頼もしい助っ人はいない。
「というか、改めて思うと凄まじい顔ぶれだよなぁ。"白鞘"に"蒼弾"、忍者に執事の爺さんときたもんだ。こりゃ、相当楽しめそうだな」
「な、なんかあたし達萎縮しちゃうというか……ねぇ? 」
「た、確かにそうですね……」
不安そうな表情を見せる琴音とソフィアの肩を、リサが叩いた。
「そんな顔すんなよ。琴音は今まであたしの弟子としてやって来たし、そこのソフィアちゃんだって、アールグレイ・ハウンドや白鞘と死線をくぐり抜けて来たんだろ? 」
「……俺は二人の事を信用している。それだけは覚えておけ」
「後ろは私めがお守りします。存分にどうぞ」
そう言いつつ、シノとマスターは部屋を出て行く。
素直になれないシノににやけつつも、二人は覚悟を決める。
時間は、刻一刻と迫っていた。
うーん、書いてて楽しいです。