なんでも屋アールグレイ-The Shadow Bullet- 作:「旗戦士」
あまり進みません。
<聖フィリア総合病院・ヘルガの病室>
シノはあの場にいた全員を帰らせ、一人ヘルガの病室で彼女の寝顔を見つめた。
ヘルガは生きている。
だがもう、銃を握る事はできない。
「俺が……彼女の生きる道を……奪ったのか……」
あの時、背後に気を配っていたら。
シンに斬られる事を恐れず、キッドの声に気付けていたら。
ヘルガは、こんな目に遭う必要はなかったのではないだろうか。
「ヘルガ……。お前を守ると誓ったのは……俺なのにな……」
シノは寝ている彼女の顔を撫でた。
呼吸機は付けたままで、スーッという静かな寝息が聞こえる。
アンジュの説明によると彼女の背中の神経が銃弾によって損傷しており、その神経は右腕のもの。
銃が握れない、というのは右腕の神経損傷が原因で手の震えや痺れが生じるからだという。
「……俺に出来ることは……」
既に明け方を迎えているシカゴ市内には、まだ誰もいない。
彼が出来ることはただ一つ。
ヘルガが目覚め、事実を伝えること。
「あら、まだいたの? てっきり帰ったのかと」
「……アンジュか。帰る事など、俺には出来ん。彼女が目覚めるまでな」
「一途なナイトさんね。彼女も幸せだと思うわ」
「幸せ、か。だが、俺はヘルガの生きる道を奪った」
アンジュは丸椅子を彼の隣に置くと、そこに腰を落ち着ける。
「じゃあ、逆に聞くわ。彼女の"生きる道"って何なの? 」
「それは……ヘルガの狙撃、だろう。彼女が最も得意とする、な」
「違う。それは生き延びる為の手段に過ぎない。それが無くなっただけの事よ」
「……ッ! 」
あまりに冷淡な返答を聞き、シノは思わずアンジュの両肩を掴んだ。
彼の呼吸は荒く、アンジュを睨みつける。
「事実だ……。俺が……それを無くした」
「なら、アナタが一緒にいてあげたらいいじゃない。守るって言ったのはアナタなんでしょう? 」
ハッと我に返り、シノは彼女の両肩から手を離す。
アンジュはただ彼の微笑み、シノの背中をさすった。
「大丈夫。ヘルガはアナタの事、そんな風に悪く思ってないわ。グレイも、みんなそう思ってる」
「……不安なんだ。グレイにも同じことを言われたが、正直そう確信できない」
「だからそうして待ってるんでしょう、彼女が起きるのを。アナタみたいなイイ男、そうそう見たことないわ」
「……フッ、どうだかな」
自嘲気味にシノは笑う。
「シノ、アナタがヘルガに道を示してあげなさい。それが、寄り添う者のやるべき事」
「道を、示す……俺が? 」
「えぇ。形がどうであれ、シノがヘルガを支えるのよ。アナタが望むなら……ずっとね」
道を示す。
シノの頭にアンジュの言葉が刻まれ、彼はヘルガに視線を移した。
「ん……」
「ッ!? ヘルガ!? 」
「あら、私そういえば用事思い出しちゃったわ。じゃあね、頑張って」
彼女が目覚めると同時に、アンジュはシノにウィンクを残しつつ病室を出て行く。
ヘルガはゆっくりと目を開き、寝たまま傍にいるシノに視線を向けた。
「シノ……? 」
ヘルガが起き上がると同時に、シノは彼女を抱きしめる。
手術の跡が少しだけ痛むが、構わずヘルガは彼を受け入れた。
「ヘルガ……! 良かった……良かった……! 本当に……ッ! 」
「シノ、私……」
「いい、何も言わないでくれ……。このままで……このままでいさせてくれ……」
「……ふふっ、分かった」
ヘルガが目覚めた安堵からか、シノの目から涙が溢れる。
一方彼女もあまりよく動かない右手に違和感を抱きつつも、微笑んでシノを背中をさすった。
今は、このままで。
溢れ出る感情を抑えきれず、シノはヘルガを抱きしめる力を強める。
「……落ち着いた? 」
「あ、あぁ。すまない」
涙ぐんだ声で応えつつ、シノはヘルガを離す。
手術後の彼女にいきなり無理をさせてしまった、と彼は内心反省した。
「びっくりした。いきなりシノが抱き付いてくるなんて」
「……やめてくれ、少しだけ恥ずかしい。ヘルガ、状態はどうなんだ? 」
「多分、大丈夫。右腕があまり良く動かないけど」
ヘルガの答えに、シノは戦慄する。
アンジュの言っていた事の重大さが今になってやっと理解できたからだ。
利き腕である右腕のしびれと震え。
スナイパーにとって全神経を集中させるべき利き腕は、もう彼女の言う事を聞かない。
「……ヘルガ。良く聞いてくれ。お前の右腕は……もう銃を握れない」
一瞬だけ、ヘルガの目が見開かれた。
直後、彼女は少しだけ寂しそうに笑う。
「それでも……」
シノは俯いていた顔を彼女に向ける。
「それでも、シノが無事なら私はいい。シノは、私にとってかけがえのない人。だから、シノ。もう泣かないで? 」
ヘルガの満面の笑みが、彼の心を突き刺した。
抑えていた感情は止まる事を知らず、シノの目から再び涙が零れる。
その雫を、ヘルガが人差し指で受け止めた。
「……あぁ。あぁ……そうだな……。もう、泣かないさ……」
「シノは泣き虫。でも、そんなところも大好き」
シノはフッ、と笑うと彼女の両肩に手を置く。
「ヘルガ。今なら言える。今だから言える事がある」
「? 」
「愛している、ヘルガ。お前が好きだ。世界中の誰よりも」
彼はそっと、彼女の唇に自分の唇を優しく合わせた。
驚いたようにヘルガは目を見開き、そして再び笑顔になる。
「私も。私も、シノの事……愛してる」
その言葉を聞き、シノはニヤリと笑う。
シノはヘルガを抱き寄せ、しばらく彼女を離さなかった。
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<聖フィリア総合病院・廊下>
包帯に巻かれた足と肩をさすりながら、グレイは壁に寄り掛かる。
……まさか、いち早く来たつもりが既にシノがいるとは。
内心驚きつつも、一部始終聞こえた会話の内容に彼は不敵に笑った。
「ここは禁煙だけど? 」
「おっとアンジュ、いたのか」
懐から"ラッキーストライク"を取り出し火を点けようとすると、いきなり現れたアンジュに制止される。
メガネの奥の目が妖しく光るのを察した彼は、大人しく彼女に従う事にした。
「……入らないの? 」
「相棒の逢引きを邪魔する訳にゃいかねえさ。それに今入ったら二人に殺されちまうよ」
「ふふ、それもそうね」
「お前も分かってて聞いてるだろ? 」
アンジュは頷く。
「"道を示す"、ね。良い言葉だ」
「あら、どこから聞いてたの? 」
「お前がシノを励ますとこからだ。隊長と同じ事を言うなんて、アンジュも歳取ったな」
「アナタも、でしょ? 」
お互い不敵に笑い合いつつも、寂しげにグレイは病室の扉へ視線を向けた。
「アンジュ。治す方法は、本当にないのか? 」
「あるにはあるわ。でも……それを選ぶのは彼女よ」
「……それもそうだ。俺が強制しちゃいけねえな。今あいつは幸せになりつつあるんだ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に落ちろ、ってね」
「ふふっ、何それ? 」
「ジャパニーズのことわざって奴だ。一つ賢くなったな、アンジュ」
グレイは持っていた袋と花束をアンジュに手渡す。
中にはフルーツや食料が入っており、彼女はそれを受け取る。
「ヘルガに渡しといてくれ、"恋のキューピッド"からだってな」
「はいはい。素直じゃないのね」
「生憎、これが性分なもんで」
そう言いつつ、グレイはアンジュに背を向けた。
アンジュが別れの言葉を口にすると、彼は左腕を上げて応える。
「……さーてと、俺も頑張りますかね」
誰もいなくなった病院の廊下で、一人の男の声が静かに響いた。
書いてて爆発しろと思いました。