なんでも屋アールグレイ-The Shadow Bullet-   作:「旗戦士」

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あまり進まない回。
文字数自体も少な目です。


order8.腹を括れ

<明け方、"なんでも屋アールグレイ"事務所>

 

 

誰にも嗅ぎ付けられずに事務所へ戻ると、まず3人は各々の場所で休息をとる。

コーヒーを淹れ、ため息を吐くグレイ。

彼は事務所のソファで佇むソフィアにもう一つのマグカップを差し出し、彼女の目の前にあるテーブルに静かに置いた。

 

 

「……あの」

「謝罪の言葉はいい。とりあえずコーヒー飲んで落ち着け」

「ありがとうございます……」

 

 

顔を俯かせるソフィア。

人が目の前で死んだのだ、無理もないと言いたいところだが。

既に彼女は裏の世界に足を踏み入れた人間。

そんな甘い言葉は通用しない。

 

 

「ビビったか? 目の前でベンが頭にナイフ刺さって死んだことによ」

「う……そ、それは……」

 

「恥ずかしがらなくていいさ。人が目の前で死んで正気でいられる奴なんて場慣れした人間か気が狂ってる野郎だけだ。何も気にすることはねぇ。けどよ、これだけは覚えとけ。俺達はこういう風に人を殺し、生き永らえている事をな」

「……生き、永らえる……」

 

「入る時に覚悟があるか聞いたよな? 人を殺す覚悟は、悪事を働く覚悟はあるかって。率直に言うと、お前にはまだ早すぎると思う」

「で、でも! 私はもう決めたんです! 」

 

「決めた結果がこれか? 何の事情があるかは俺は知らねぇし、知ったところで同情するぐらいしかできない。辞めるのも、ここに留まるのもお前さん次第だ」

「……少しの間、考えさせてください……」

 

 

グレイに正論を突き付けられ、ソフィアはただ俯くことしかできなかった。

覚悟があると言ったのは自分だ、やっぱり出来ませんでしたなんて言葉は表社会でも裏社会でも通用するような理屈ではないことは既に分かっている。

そうか、とグレイは一言相槌を打つとソファを立ち上がり、コーヒーを入れたマグカップを片手に事務所の窓を仰いだ。

 

世辞辛い世の中になったものである。

そう思いつつグレイはコーヒーを啜った。

 

 

「随分と風当たりが強いな、お前らしくもない」

「そういうお前こそ、他人を心配するなんて珍しいじゃねぇか」

 

「今後の方針に関わるからな。どうするんだ? 」

「どうするも何も、決めるのはあいつ自身さ」

 

 

ソフィアが立ち去ったことを確認すると、二人の様子を一部始終見ていたシノが彼の元へと歩み寄ってくる。

"今後の方針に関わる"、シノはそう言っているが彼自身はソフィアのことが心配なんだろうか。

お互い丸くなったものである。

 

 

「……本当は、あいつを巻き込みたくないだけじゃないのか? グレイ」

「巻き込みたくない? はっ、馬鹿言えよ。そんな丸くなったつもりはねぇさ」

 

「……それもそうか。まあ明日で全ての答えを出すだろうな、ソフィアは」

「答えは神のみぞ知る、ってね」

 

 

慌てたように弁解すると、グレイは再びコーヒーを啜った。

夜のシカゴを見つめながら、彼はソファに座り直す。

 

――――そうだな。確かに誰も巻き込みたくないな。お前も、シエラも、ソフィアも。

胸に秘めた強い意志がグレイの脳を刺激し、過去の記憶をフラッシュバックさせた。

 

 

一枚の古ぼけた写真。軍の制服を着こみ、全員で敬礼する姿。

仲間たちの悲鳴。血。止まらない血。流れる血。血塗られた記憶。

 

声にならない悲鳴が彼の口から吐き出される。

そうして、一夜は明けて行った。

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<同刻・ソフィアの部屋>

 

 

 

 

二人に一言告げてから、新しく割り当てられたこの部屋に一人で彼女は佇む。

ソフィアが来るということでグレイが無理を言って事務所の一個上の階に部屋を用意してもらい、前に住んでいたアパートから引っ越してこっちにやって来たわけである。

 

ベッドの上に座り、毛布に包まるソフィア。

突然先程の光景が脳裏に浮かび、思わず彼女は毛布をぎゅっと握ってしまった。

 

血が流れる様子を初めて見た。

瞳孔は開き切って、額の切り口から血が溢れるあの様子。

恐ろしかった。あそこで正気を保てたことが不思議なくらい、怖かった。

 

彼らは毎回あのような依頼をこなしている。

次にああなるのは自分になってしまうのか、そう考えると震えが止まらない。

 

 

「お母さん……お父さん……。私、とんでもないことしちゃってるよ……」

 

 

今は亡き父と母のことを思い浮かべながら、一人で呟く。

忌まわしき記憶が同時に蘇り、ソフィアの目から涙が零れた。

 

両親はある殺人鬼に殺され、残されたのは妹のマリー一人だけ。

その殺人鬼も捕まってはおらず、挙句の果てには妹も病に倒れてしまった。

頼るものは何もない。

全て自分の力だけで妹と一緒に生きていく決めてきたのに、このザマ。

 

事情を話しても返って来るのは同情の言葉だけ。

やるしか、ない。

他人を踏みにじってでさえも、生きていかなきゃならない。

 

 

「マリー……。お姉ちゃんね、決めたよ」

 

 

今日買ったP2000のグリップを握り締め、彼女は静かに目を閉じる。

今度こそ、覚悟は決まった。

 

 

「……守りたいものがあるから。たとえ私が悪者になっても、私は戦う」

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<翌日、"なんでも屋アールグレイ"・事務所>

 

 

翌朝。

いつものようにソファで寝ていたグレイは台所から聞こえる物音に気付き、警戒しつつ起き上がると愛銃のM586を咄嗟に構える。

 

「う、うわぁっ!? そんな物騒なもの向けないでくださいよ! 」

「あ、悪い悪い。ソフィアか。まだ営業時間じゃないから他の奴かと思っちまった」

 

「んもー、せっかく朝ごはん作ってあげてたのにー」

「お? マジで? ちょうど腹減ってたんだ、恩に着るぜ」

 

 

物音の主は事務所のキッチンで料理をするソフィアであった。

思わず不審者かと警戒したグレイは即座にM586をホルスターに仕舞い、彼女が持つフライパンを覗き込む。

ほど良い小麦色のホットケーキがそこにはあり、思わず感嘆の声を上げた。

 

 

「……グレイさん。私、ここに残ります」

「そうかい。ま、俺としては使える奴が残ってくれるから有難い限りなんだがな」

 

「えへへ……。その、またよろしくお願いしますね! 」

「おう。ひとまず腹ごしらえすっか。依頼の話はそれからだ」

 

 

そう言うとグレイは彼女の頭を一撫でし、ソフィアが手にしていたフライパンからフライ返しでホットケーキを一枚皿にのせる。

照れ隠しのように自分も皿に盛りつけると、彼らは朝食を食べ始めた。

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<同刻、"なんでも屋アールグレイ"・事務所前>

 

 

 

 

早朝のシカゴ市内に、大きな麻袋を肩に提げた大男が一人。

髪の毛は坊主、服装は道着のみというかなり奇抜な格好で、背丈は190㎝ぐらいあるだろうか。

周囲の人間が彼を変人の目で見るが、彼は構わず事務所へと歩みを進めた。

 

 

「ここが、噂のなんでも屋……。ここに依頼すれば、師匠は……」

 

 

思いつめた表情と共に歩みを進めて行くと、大柄な体格のせいか道行く人が彼に道を開けて行く。

これから先に過酷な運命が待ち受けていることさえこの男は知らなかった。






というわけでソフィア回です。
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