死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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第十話:呪霊達の酒語り

 さざなみの音が響く南国風の海岸沿い。リゾート地と見紛うほど穏やかなその場所には、小さな出店のような屋台があり二人の人影があった。その屋台は屋外でもお酒を楽しめるよう、最低限の器具を備えたバーだ。

 

「ねぇ、夏油。まだぁ〜」

「ふふ、ちょっと待ってね」

 

 バーのカウンターの椅子に座るのはつぎはぎ顔の男。真人と呼ばれる呪霊だ。だが、呪霊だというのにその所作は酷く人間じみていた。少し子供っぽい雰囲気であり、出店の中にいる変な前髪の男に話しかけている。話しかけられている夏油と呼ばれた男は、シェイカーにお酒を入れているようだ。

 

 そして浜辺にはリゾート地に不釣り合いな、そこら辺にありそうなマンションのドアだけが、どこの建物につながる入り口でもないのに直立している。その浜辺にぽつんとあるドアが開いて音を立てた。そこから、右手と胴体に小さくない風穴が空いた花御が現われる。

 

「お、花御、お仕事お疲れさ……え、その怪我どうしたの?」

「あの呪詛師、そんなに強かったかな? 花御なら戦いになってもすぐ殺せると思ったんだけど」

 

 軽くはない怪我をしている花御に、真人と夏油は少し驚いたような様子を見せた。森に潜伏している呪詛師を見つけ、引き入れるか殺すかの仕事を任された花御だが、呪詛師の想定される実力からして怪我をする事はないと二人は考えていたからだ。

 

『呪詛師はすぐに片付けましたが、高専の術師二人と遭遇しました。傷はその術師によるものです』

「その術師達は殺した?」

『いえ。彼方も撤退を狙っていて増援を呼ばれたようなので、万一を考えて私も撤退をしました』

「ふーん。その傷治さないの? 結構消耗しているとはいえ、呪力自体は足りてるでしょ?」

『どうやら妙な呪いがかかっているようで、なかなか治りそうにありません』

「花御、相手はどんな術師でどんな術式だった?」

 

 夏油の質問に、花御は戦闘中の事を思い出す。和服の司條と呼ばれていた男と、顔を隠していた猪野と呼ばれていた男。顔を隠していた方の術式は分からないが、和服の方の術式は覚えていた。

 

『片方は『死屍創術』と自分で言っていました。司條と呼ばれていて和服の術師です。もう片方の術式は分かりませんが、顔を隠していて猪野と呼ばれていました』

「ふむ……一級の司條刻嗣と二級の猪野琢磨かな」

「どんなやつら?」

 

 夏油は花御からの情報を聞いて、おそらくその二人だろうと当たりをつける。真人は花御にここまで傷を負わせた術師が気になるようで、その詳細を夏油に聞く。シェイカーを振りながら夏油は答えた。

 

「二人とも呪いを継ぐ家の出だね。死屍創術と降霊術の来訪瑞獣という術式だったかな」

「花御はどっちにやられたの? やっぱ一級?」

『ええ、式神使いかと見誤り、間合いと戦い方を間違えました』

「死屍()術だっけ? 屍を()る術式?」

「いや、死屍創術のそうは(つく)るの(そう)だよ。(あやつ)るの(そう)じゃないね。……でも、まぁ同じようなものかな」

「へぇーご大層な名前だね。屍を創る術式なんて」

 

 夏油が四つのカクテルグラスを取り出して、シェイカーの中身を注ぐ。大き目のシェイカーであったため、四人分でも丁度いい量であった。

 

「死屍創術は屍で呪具呪物を創る術式だよ。確かに物量には注意が必要だけど、君たちが油断せず立ち回ればなんて事ないさ。武器が無くなれば術式が無いのと同じ。……ほらできたよ。飲んでみて」

「ふーん。俺も一級ぐらいの術師と戦いたいなぁ。……これがカクテルね」

『何を飲んでいるのですか?』

「真人が急にこれを飲んでみたいと言い出してね。ほら、これが花御の分。おーい、陀艮の分もあるからね」

 

 花御はカウンターに置かれた白濁色のカクテルが注がれたグラスを手に取り、おそるおそる口元へと運ぶ。ライムだろうか。爽やかな匂いと酒精の匂いが混じり合う液体が喉を通る。ライムの柑橘系の強い香りは、森への畏れより生まれし花御には、存外心地の良いものであった。質の良い酒は、綺麗な水が欠かせないからかもしれない。ただ、この一杯のために人間がどれだけの美しき自然を破壊し、穢したのかという一点においてのみ、花御は不服ではあった。

 酒など呪霊には必要ないものだが、それは人間であっても同じ。生きるのに必要のないただの嗜好品の一つだ。人間は嗜好品という無駄を楽しむ。ならば、真に人間たる呪霊も酒を嗜むことは特段変わったことではないらしい。むしろ、酒という嗜好品が生み出す負の感情は、呪霊を生み出す胎盤となっているだろう。

 

「こんなの、何が美味しいんだか。人間は分からないね」

 

 いつの間にやら飲み終えていた真人は、初めての刺激に顔をしかめてそんな事を言っていた。どうやら口に合わなかったらしい。カウンターに突っ伏した。

 

『……どうして急にこれを?』

「んー? 本で読んで気になってね。このカクテルを飲みたくなったんだ」

『何か特別なものなのですか? これは』

 

 花御は真人が古今を問わず、雑多に本を読んでいるのを知っている。本と言えるのか分からぬ古い仏教やらの擦り切れた経典から、現在の作家が書いた詩集まで。最近では『雲の巨人』という詩集を読んでいたのを思い出した。

 

「ギムレットには早すぎる、か。やっぱりよく分からないや」

「それはこれが偽物だからかもね。本物はライムを絞って使わない。コーディアルライムを使うんだ。急に真人が飲みたいって言ったからライムしか用意できなかったけど、コーディアルライムも取り寄せようか?一週間もあれば手に入ると思うよ」

「別にいいや。思ってたより美味しくなかったし」

「ん、分かったよ」

 

 カウンターで色々と後片付けをしていた夏油も、グラスの一つを手に取った。温くなる前に飲もうとしたのだろう。慣れた動作で口元に運ぶ。

 

「……しかし、死屍創術ね」

「夏油、どうしかしたの?」

「ふふ。いや、少しね」

 

 何がおかしいのか、薄く笑っている様子の夏油に気がつき、カウンターに突っ伏していた真人が聞く。夏油も自分が笑っていた事に気が付いていなかったのか、真人に聞かれて初めて自分が笑っている事を認識したようだ。

 夏油は残ったグラスの中身を飲み干し、今度は明確に笑いながら答えた。

 

「屍を弄ぶなんて、趣味が悪いと思ってね」

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