死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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第十二話:昼飯にて

 母さんと妹と昼飯を一緒に食べるなど、かなり久しぶりの事だ。半年ぶりぐらいかもしれない。あまり東京では食べる機会のない、鰆の西京焼きの身をほぐして白米と共に食べる。シンプルな塩焼きもお酒の肴として好きだが、味噌の風味がある西京焼きも白米と相性がよく箸が進んだ。

 

「ご飯おかわり!」

「はいどうぞ、香那さん」

「ありがとう!」

 

 香那が空になった茶碗を当主様に手渡す。ご飯作りやそれをよそったりするのを、当主様は自分でやるのだ。確かに術師は身の回りの家事ができる人は多いが、家にいる当主が直々にそういったことをするのは珍しいだろう。ご飯が山盛りになった茶碗を受け取った香那の手には、先程あげた銀色のブレスレットが揺れていた。

 

「お兄ちゃんはおかわりしないの?」

「俺はこれで十分だ。……最近高専はどうだ?」

京都校の(ひょうひょこうひょ)?」

「コラ、香那さん。食べ物が口に入ったまま話してはいけません」

 

 受け取った茶碗から搔っ食らうように白米を口へ運んでいた香那は、案の定当主様に注意をされた。背筋に鉄芯が入っているかのように真っ直ぐで、動きにくい着物でもそれを一切感じさせない品のある所作の当主様からしたら、香那の所作は司條家に相応しくないものだからだろう。身内しかいないため少し緩かったが、口に食べ物を入れたまま話すのは流石にアウトのようだ。

 しっかりと口の中のものがなくなってから、香那は口を開く。

 

「ごめんなさい。お母さん。えーとね、そろそろ交流会だからさ、みんな気合入ってるんだよね。だから、みんな遊んでくれないんだよねー」

「もうそんな時期か。お前は出な……ああ、三年までの行事だったな」

「そうなんだよ! 去年負けちゃって黒星で終わっちゃったからなぁ。それまで勝ってたのに! 特級なんてずっこいよ! 乙骨憂太め」

 

 確か、去年は東京校から一年生の乙骨憂太くんが交流会に参加したらしい事を聞いた。入学時から特級で、一度四級に降格したが再び特級になった化け物だ。五条さんとかなり遠いが血縁があるらしい。菅原道真の血どんだけだよと思っていると、香那がその話を掘り下げる。

 

「お兄ちゃんが高専生の時はどうだったの?」

「それこそ俺の時は、学生中に特級になるような先輩がいたからな。それも二人も。その先輩が出てた時は勝って当たり前だし、俺が三年の時の交流会もなんとか勝ったから全部白星だな」

「うわぁ、ずっこい」

 

 正直、それには同意する。五条さんと夏油さん、片方だけでも相当相手からしたら厄介だろうに、両方が揃って参加しているなど考えたくもないだろう。

 まぁ、あくまで交流会だ。勝ち負けに重きを置いている訳でなく、お互いの意識と実力を切磋琢磨するための行事。その点悔しがっている香那は、十分にその意義を果たしているといえよう。

 一度漬物を口に運んでから、味噌汁を啜る。わざわざ鰹節から出汁をとっているのだろうか。鰹の強い旨味が感じられた。

 

「お兄ちゃんはいつ向こうに帰るの?」

「ん、明日の朝一だな」

 

 味噌汁の入ったお椀を口から離し、机に音を立てないように置いてから答えた。帰ったら東京で呪詛師探しの仕事が入っている。

 

 捜索能力だけは他の一級に劣ってはいない自負がある俺には、その仕事はだいぶ楽な部類だ。それに、自分で殺した遺体(素材)じゃないと創れない呪具もある。そのためにも、新たな被害者が出ないためにも、早く帰って呪詛師を見つけなければならない。

 

「そっか。早いね。……ねね。じゃあさ、午後に久しぶりに手合わせしてよ」

「別にい──」

「──ダメです」

「……だそうだ。悪いな、香那」

 

 呪術師同士の模擬戦は、相当気心の知れた相手じゃないとまずい。お互いの術式を使い、手札を見せるのだ。どこから術式の情報が漏れるか分からない。

 

 司條家では、特に香那のように戦闘用の相伝術式を持つ術師は、戦闘を必要最小限にしろという教育をされる。その行き過ぎて臆病ともとれる方針のおかげで、司條家は今まで存続してきた。術式のある程度の概要は知られても、詳細な技や攻略法を確立されないために。

 

「えー、何で? 私の術式が漏れるような、外部の相手じゃないからいいじゃん」

 

 香那が口を尖らせて当主様にそう言う。香那は戦いが好きなバトルジャンキーではないはずだが、珍しく当主様に反論していた。もしかしたら、説得に手を貸してくれなかった俺をボコボコにしたいのかも知れない。

 

 司條家には五条家のように、圧倒的な性能を持った術式はない。加茂家のように、平安時代から正統派や伝統派だとか呼ばれるような実力を支える術式もない。強いて言うならば禪院家が近い。だが、司條家が出来たのは禪院家のせいだ。

 

 強力な術式持ちを取り込んで、その権勢をより強大なものにしていた禪院家に狙われ、家ごと取り込まれそうになった者たちが、「取り込まれ家名を奪われ、誰かにこうべを垂れるぐらいなら我々で協力しよう」という建前の元で手を組み、出来たのがこの司條家だ。

 

 とはいえ、俺も同じ家の者同士なら別に問題ないとは思う。しかし、当主様が止めるなら仕方ない。流石にまだ実力では勝っているはずだ。だが、十年ほど年の離れた妹にボコボコにされたら流石に傷つく。少し身体の調子が悪い俺を、当主様が心配してくれたのかも知れない。

 

「刻嗣さんはお休みの日にわざわざ京都まで来ています。一日ぐらい休ませてあげてください」

「……はーい」

「……それに、香那さん」

 

 わざわざ理由までつけて止められてしまい、香那は少し残念そうな声を上げながらも手合わせをするのを諦めたようだ。だが、当主様の言葉はそこで終わらなかった。

 

「貴女、刻嗣さんを倒して、一級推薦を貰うための理由にするつもりでしょう」

「……え」

「な、そ、そんな事ないよ」

 

 その当主様の言葉に、香那は明らかに狼狽している。その様子を見て、本当に俺をボコボコにするつもりだったのかと結構な衝撃を受けた。

 

「香那さんが夜な夜なこっそりと術式を使っているのを知っています」

「え、つ、使ってないよ」

「三日前ぐらいの夜に、『出来た! これでお兄ちゃんをフルボッコにして一級推薦させてやる! 待ってろ一級!』と叫んでいましたよね。……私の部屋まで響いてきましたよ」

「……」

 

 どうやら香那は俺をボコボコにするのではなく、フルボッコにするつもりだったようだ。当主様の呆れたと言わんばかりの視線が香那に突き刺さる。

 

 その意外に似ている声真似に、性格はあまり似ていなくてもやはりこの二人(・・・・)は親子なんだなぁと現実逃避気味に感じながら、正直少し傷ついていた。

 

 久しぶりに会った妹が、自分をフルボッコにする算段を立てているなど考えもしなかったからだ。いや、そうさせてしまったのは俺が説得に手を貸さなかったせいだから自業自得かと、そう考え始めた時に香那は口を開く。

 

「……も」

「も?」

 

 香那は下を向いてプルプルと震えていた。怒っているのかと思ったが、隠れてこっそりしていたことが全部バレていたのが恥ずかしかったのだろう。顔は怒りの赤というより、羞恥で耳まで真っ赤に染まっていた。

 

「もう忘れて! ごちそうさまでした!」

 

 香那は少し前に見たのと同じような切り替えの速さで、ちゃんとごちそうさまでしたと言って部屋を出て行く。いつの間にやらご飯も一粒残さず食べ終わっていて、そういうところは律儀だなぁと香那のその背中を見送る。

 

「……やっぱり、香那に何かしらの条件を与えてそれを達成したら、一級推薦をあげてもいいんじゃないですか? ……例えば、黒閃を経験するとか」

「そうすると、その条件を無理矢理に達成しようとして、無茶をする可能性があります。あの子はそういう子でしょう。黒閃を出すため、不得手な近接を仕掛けて格下に負ける可能性もある。……それに、黒閃は狙って出せるものじゃない。むしろ、狙って力めば力むほど遠のく。貴方も知っているでしょう?」

「……それは、そうですが」

 

 流石は当主様だ。俺なんかよりも、よほど香那のことをよく分かっている。当主としての目によるものか、母としての愛というものか。いや、親であれば誰でも、自分の子が死ぬかも知れない仕事に送り出すのは絶対に嫌だろう。

 それを本人が望んでいても、子供が傷ついて嬉しい親がいるはずがない。目の前のいつも感情を外に出さず、私情を抑え込んでいる当主様でも同じか。

 

 ……そういえば、彼女が泣いたのを二度だけ見たことがある。

 

 一度目は当主様の夫、俺からすると義父が亡くなった時。まだ香那が生まれてすぐ、術師であった義父は呪霊に殺されてしまったのだ。一度目の時はまだ分かった。子を成した夫を亡くしたのだ。泣いても当然だ。むしろ、今まで強い感情を見せてこなかった彼女に、「ああ、この人も泣けるんだな」と安心すらした。

 

 二度目は、俺が左腕を失った姿を見た時だ。

 左腕を失った俺を見て、ただだだ悲痛そうな顔で俺の肩口を確かめるようにさすりながら、声を押し殺して泣いていた当主様の姿を忘れることができない。当主様が「ごめんなさい、ごめんなさい」と、何度も嗚咽ととも俺に謝っていたのを覚えている。

 

 その時の俺は、復讐を果たすためだけに生きていた。わざわざ司條家のある京都の高専ではなく、家族が眠る東京に住み、復讐心を絶やさぬようにするほどに。そんな俺が少しでも強くなりたいと乞い願い、得た結論が自分で腕を切り落とすことだったのだ。

 

 一種の縛り。後天的な肉体的欠損による呪力出力の増大化を狙ったそれは、天与呪縛による肉体の欠損から着想を得た。

 更に、自分の切り落とした腕を解剖し、関節の可動域を、筋肉の柔軟性を、骨格の形状を直に触れて知る。その過程で術式の解釈を広げ、深めていった。例えば、切り落とし脱落した身体の一部は死屍として解釈される事など、そんな新たな知識がどんどん増えていく。

 

 自らの腕を切り落とした俺を狂ったと罵った者もいたが、俺は復讐のための知識が増えていくのを楽しんですらいた。

 

 そして欠損による戦闘面の不利を補うため、元々あった『義骸』という呪物を発展させて『換装義骸』を開発する。それは一種の義手であり、素材に応じた効果を持つ呪物だ。

 それを左腕として使うことによって、縛りを破ってしまうかもしれない可能性はあった。しかし、術式の解釈を深めていた俺は、無意識のうちに大丈夫だろうと理解していたのだ。

 

 天与呪縛のサンプルケースは少なかったが、その数少ないサンプルの一人に与幸吉という子がいた。その子は肉体の一部が欠損していたが、傀儡操術という術式で視覚もリンクした傀儡を操ることが出来る。

 俺のしたことはそれと変わらない。あくまで義手のようなものとして、左腕の代わりに呪具を使ったのだ。もし家入さんに頼んで反転術式で治していたら、縛りは効果をなくしていただろう。義手を使っても本質的に治ったわけではないし、自らで腕を切り落とすというのが、おそらく一番縛りとして大切な部分であった。

 

 そうして上昇した呪力出力と深まった術式の解釈によって、俺は以前よりも格段に強くなり、一級推薦を貰うほどになった。その頃に当主様から本家に一度呼び戻される。俺は自分が強くなった事に酔っていて、褒められるのだろうかとその時は呑気に考えていたのだ。腕一本でこれならば、縛りの効果の底上げを狙い、両脚も切り落とそうとも本気で考えていた。

 

 だが、待っていた当主様は苦虫を噛み潰したような顔をしていて、 俺にはその理由に全く心当たりがない。ただ一言、「……左腕を見せなさい」と言われ、言われた通りに義骸を外した左腕を見せた。先のない肩口をジッと見て、確かめるように震えていた手で俺の左肩をさすり、そして泣き出してしまったのだ。

 

 その瞬間の俺は、本当に何故当主様が泣いているのかが、全く検討さえつかなかった。尊敬する当主様が急に泣き出した事に、何かしてはいけない事をしてしまったのかと恐怖さえ抱いた。本当にバカだ。答えは簡単で、当主様は俺の事を心配してくれただけだというのに。

 

 そんな優しい()を、再び悲しませるような事はしたくない。香那が力不足のまま一級に上がり、もし死んでしまうようなことがあれば必ず母は悲しむだろう。断言できる。俺の推薦によってそうなってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。

 

「……ごちそうさまでした。美味しかったです」

「お粗末様です」

 

 カラカラになった喉を緑茶で潤し、礼を言ってから席を立つ。鰆の西京焼きは、俺がこの家に拾われた頃に始めて美味しいと言った料理だ。

 

 死んでしまった母が、祖母から教えてもらったというそれにとても似た味で、始めて食べた時に親を思い出して泣いてしまった事も思い出した。それ以来、よく食卓に出してくれるようになったし、今も時々に俺が本家に帰った時は、いつもこの料理を出してくれる。

 

 俺を養子にした時はまだ二十代前半であったのに、懸命に俺の母であろうとしてくれた。その恩義には、必ず報いなければならない。

 

 南殿から出て北殿に戻る道すがら、そんなこと考えながら歩く。十数分も歩いてようやく北殿へと着いた。汚れてもいい服、作業着のようなそれに着替え、北殿の裏山に横穴を掘って作られた工房へ向かう。

 

 死体安置所と呪具呪物の製作所を兼ねた工房。一種の結界が張られた工房は、ネズミやウジ、蝿だとかの命ある下等な呪力を持つ生物では入ることができない。ここに入れるのは、一定以上の呪力を持つ術師、もしくは命ない屍だけだ。

 

 小綺麗ではあるが、悍ましい死の匂いが染み付いた薄暗いその部屋で、陽が落ち採光窓から光が入らなくなるまで呪具を作り続ける。青白い皮を剥ぎ、硬くなった冷たい肉を削ぎ、骨から彫り出していく。いつまでも慣れない死臭に耐えながら、ただ黙々と。

 

 

 

 

 

 時計の短針が指し示すのは十一時頃、南殿で当主様が用意してくださった夜ご飯を食べ終わり、北殿に戻って今日三度目のシャワーを浴びた後だ。布団を敷き、俺は胸元からある物を取り出した。

 

 それは匣だ。

 

 大きさだけいうならば、丁度香那に渡したブレスレットの桐箱と同じほど。ただ明らかに違う箇所があるとしたら、悍ましい物を封印するかのように、血で書かれた呪符が隙間なく貼られている事だろうか。

 

 俺は布団に入り、その匣を大切なものを扱うかのように両手で包む。そして、ありったけの呪力を流し込んでいく。

 

 呪術師としての才能は呪力量の多寡だけでは決まらない。だが、多い事に越した事はない。俺は二十二年前のあの日の光景を思い出す事で、負の感情がとめどなく溢れ出る。

 

 目の前で両親と妹が燃やされる恐怖。

 何も出来ない自分の無力さへの絶望。

 そして、あの能面の男に対する殺意。

 

 その負の感情に付随して、膨大な呪力が腹の底から湧き上がってくるのだ。その点でいえば、俺には呪術師の才能があるらしい。それが奴に起因する物だという点で、内臓が焦げ付くような苦々しい憎悪も湧き上がるが。

 

 いや、そもそも思い出す必要すらない。焼印のように魂に焼き付けられたその記憶は、目を閉じるだけで鮮明にまぶたに浮かぶ。視覚だけではない。吐き気を催す家族の焦げた肉の臭い。鼓膜を破りたくなるような家族の断末魔。全てが鮮明な感覚で残っている。

 

 約二十二年間、普通に寝る前には、必ずこの事を欠かした事はない。奴への怨みを湧き上がらせながら、呪力を込め続ける。込めて、込めて、込めて。限界まで呪力を振り絞り匣の中に込めた後、俺は気絶するかのように眠りに落ちた。

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