死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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このお話では、映画館での改造人間の設定に小説版のお話を取り入れていますが元のお話を知らなくても読めます!ですが北國ばらっどさんの小説版はどちらも本当に面白いので、呪術廻戦が好きなら是非一度手に取ってみてください!




第十三話:高専にて

 窓から見える外の景色が流れていく。今はちょうど、愛知と静岡の県境ぐらいだろうか。あと数時間もせずに東京に着くだろう。

 

 京都駅で買った八ツ橋をつまんで小腹を満たす。今はどこでも大体の銘菓は買うことができるが、なるほど、確かに現地で買ったほうが美味しいような気もする。五条さんの言っていた事に賛同するのは癪だが、珍しくあの人が正しいと思えた。

 

 無駄にでかいチェロケースを後ろに置くためのスペースがあるこの座席、特大荷物スペースつき座席を伊地知がいつも予約してくれるので助かっている。八ッ橋は伊地知と五条さん用のお土産も買った。伊地知にはいつもの礼で、五条さんにはだる絡みされないようにだ。

 

 そういえば、そろそろ七海が虎杖くんと任務をしている頃だろうか。まぁ、あいつ(七海)なら心配いらないだろうと、再び流れていく窓の外の景色に目を向けた。

 

 

 

「家入さん、どうかしました?」

「司條、ちょうど良かった。少し手を貸してくれ」

「別にいいですけど……解剖ですか?」

 

 東京校の高専の休憩所。あまり品揃えが良くない自動販売機の前で、どれにしようかと指をさまよわせていた所を家入さんに捕まった。適当なお茶を買い、家入さんの後ろを歩きながら話を聞く。

 

「ああ、検体が二つある。片方頼みたい」

「分かりました。どんな呪いの被害者ですか?」

「……見たほうが早い」

 

 俺には専門的な医学知識はないが、呪いで亡くなった遺体ならば呪術的な面から死の原因を推測できる。術式によって、鮮度の良い遺体なら無理やり情報を抜き出すことも出来るのだ。そのため時々家入さんの解剖を手伝いする事もある。

 

 年に一万を超える行方不明者の大半が呪いの被害者だ。彼らの遺体は呪霊という存在を秘匿するため、高専で内密に処理される。そこから俺の素材となる遺体も多い。というか殆どがそうだ。

 だが、呪いに殺された人の遺体が遺族に返還される事はほぼない。それもそうだ。バスケットボールぐらいの大きさに圧縮された遺体や、血を全て抜かれ干からびた遺体など、明らかに一般人からしたら超常的すぎる。呪術師は呪霊を祓うだけでなく、呪いという超常的な現象を秘匿し、民間人の心の安寧を守らなければならない。

 

 家入さんは高専でも希少な、他者に反転術式を施せる術師。流石に一万近い呪いの被害者の全てを家入さんが解剖するわけではないが、少しでも負担は軽くすべきだ。手伝いを頼まれた時は大体引き受けている。

 今回も何かしらの呪いの被害者の解剖だろうと、そう当たりをつけ詳細を聞いた。だが、結構しっかりと物を言う家入さんにしては、今回は珍しく口ごもっていた。少し不吉な予感を感じながら、高専の解剖室へと向かう。数分歩き、ようやく目的の場所へと着いた。

 

「……これが今回の検体だ」

「……こ、れは、呪霊? ……いや、それなら」

 

 ──ありえない。そう続く言葉を口に出す事は出来なかった。

 

 解剖台に置かれていた遺体は、醜い狛犬のような異形と三流スプラッタホラーに出てきそうな異形だ。少なくとも、人間のようには見えない。むしろ呪霊に近い姿だ。だが、完全に生き絶えているにもかかわらず、その身体は残っている。

 

 呪霊ならばそれはおかしい。どんなに強力な呪霊であろうと、死ねば(祓われたら)消える。伝説に残るような呪霊であれば何かしらを残すのかもしれないが、目の前に置かれている遺体には確かに肉の体があった。

 

「七海たちが呪殺された被害者の調査をしている際、こいつらと交戦したらしい」

「犯人の目星は?」

「まだほとんど不明だ。だが、防犯カメラの映像には何も写っていないことから、おそらく呪詛師ではなく呪霊の仕業だ」

「……それは、マズイですね」

「ああ、そうだな」

 

 犯人の術式の詳しい仕様は分からないが、人間を改造する術式だと仮定した時、それはかなり危険な事態だ。人間がその術式持っているのも危険だが、呪霊が持っているとすればその呪霊の危険度は跳ね上がる。

 

 術式自体の危険度も勿論高い。それに加え、生物の身体は極めて緻密なバランスの上で保っているのに、ここまで元の姿からかけ離れた姿へと変えるには、術式の理解や人体の理解を相当深める事のできる知性が必要だろう。

 

 そんな知性を持つ呪霊など、最低でも一級の上澄み。いや、術式の危険度を加味すると、特級にすら分類される可能性すらある。たとえ一級術師の七海でも相当危険だ。

 

「……とりあえず、解剖しよう。少しでもこんな事が可能な術式の情報を得るためにも」

「ええ、そうですね」

 

 チェロケースなどの荷物を、邪魔にならないように部屋の外へ出す。自前の肉屋のエプロンのような作業着を着て、和服の袖を捲り肘あたりで縛って汚れないようにし、両手にゴム手袋をはめた。

 

「解剖用の器具借りますね」

「んー、好きにしろ」

 

 俺は、四肢が切断された狛犬のような異形の検体を解剖する事になった。その四肢はどこも同じような長さだけ残っていて、おそらくこっちは七海が処理したのだろうと気付く。こんな胸糞悪い仕事を押し付けてしまった事が、本当に申し訳ない。

 

 遺体を前に一度手を合わせ、黙祷を捧げる。その後家入さんから借りたステンレス製のメスで、異形の腹の皮を裂く。その感触はこんなにも人からかけ離れた姿なのに、死後から少し経過し冷たく硬くなった人間の感触に他ならない。二十年以上屍を切り刻み、呪具を創り続けてきたのだ。間違えるわけがない。

 

「……そっちはどうだ」

「人間ですね。確実に。……正直半信半疑でしたが断言できます。……クソッ、胸糞悪い」

 

 どんな感性があれば、人間をこんな生命を侮辱した姿に変える事が出来るのか。いや、人間の負の感情から生まれてくる呪霊のことだ。いくら考えても、その思考回路を理解できるはずがない。ただ一つ分かるのは、被害者たちは底知れぬ悪意によってその身体を歪められ、生命の尊厳を踏み躙られたのだろう事だ。

 

「骨格が歪み、神経が捻れ、内臓が変形し、筋肉が過肥大しています。……こんだけ無理に肉体を歪められるのは、相当な激痛でしょうね。それこそ、死んだ方がマシなぐらいの」

「だろうな。……脳幹の辺りが不自然にイジられている。脳さえもイジることが出来るなら、呪力を扱えるように出来るのかもしれないな」

「……なるほど」

 

 脳など未だよく分かっていないことがあるのに、呪術という科学的な説明のできない要素が絡んでくると、解剖だけでは完全な解析はすることができないだろう。

 あまりしたくない手段だが仕方ない。一つ手を打つ事にした。

 

「こっちの検体の脳はまだ傷付けてません。即席ですが、記憶を覗いてみます」

「待て。それは危険だ。この検体は確かに元は人間だが、脳にも全身にも手が加えられている。お前は死体の記憶を覗くというより、追体験するだけだろ。この検体にそんな事をしたら、何かしらのフィールドバックがあるかもしれない」

「いえ、無理はしません。本当にヤバそうだったらすぐやめます」

 

 俺の行為を止めてくれる家入さんだが、元はと言えば俺が担当するかもしれなかった任務だ。少しでも情報が欲しい。そうでもしないと、七海に申し訳が立たない。

 俺が意見を変えるつもりがないのを理解したのだろう。家入さんは一つため息をしてから口を開いた。

 

「……分かった。無理はするなよ」

「家入さん。何か器を持ってきてくれますか」

「少し待っていろ」

 

 メスとゴム手袋を外した家入さんが、何かしらの器を取りに備品が入っている棚へ向かう。その間に俺は検体の心臓を切り取った。おそらく心臓だろうと思うが、確信はない。あまりに歪んだ形状をしているからだ。

 

「これでいいか?」

「ええ、十分です。ありがとうございます」

 

 家入さんが持ってきた、メスだとかの器具を入れるための銀色の四角い器を受け取る。俺は器を解剖台の余ったスペースに置き、その上で心臓を真二つに両断した。

 中にはまだ固まっていない血液があり、器の中へと滴り落ちていく。やはり鮮度があまり良くなく、血の色は赤黒い。だがこれぐらいならば何とかなりそうだ。

 

 俺はゴム手袋を脱いで胸元から小刀を取り出した。右手と小刀を一度流水で洗い、ライターも取り出して小刀の刃を炙る。十分に加熱した後、手のひらを真一文字に切り裂いた。

 

「……っ」

 

 鈍い痛みに耐えながら、手のひらから流れ出る血液に呪力を込め器の中へと注ぐ。検体の少し黒くなっていた血液と、俺のまだ赤色が鮮やかな血液が混ざり合って奇妙なグラデーションを成している。俺と検体の血が一対一ぐらいの割合になったのを見計らい、血液を注ぎ込むのをやめた。

 小刀を一度置き、手のひらの傷に意識を集中させる。反転した呪力で傷を治そうとして──家入さんに手首を掴まれた。

 

「え、ちょ、どうしたんですか」

「お前、私を誰だと思っている。その傷ぐらい治してやるさ」

「ああ、そういう事ですか。すみません。お願いします」

 

 正直心臓が飛び出そうな程驚いたが、家入さんに治癒をお願いする事にした。家入さんは俺の傷口を確認して呪力を流し込んでいく。一呼吸の間に傷は綺麗に消えた。

 

「ありがとうございます。……やっぱり早いですね」

「当たり前だろう。お前に反転術式のコツを教えたのは私だろうに」

「……いや、あれは参考にならないというか……」

「ひゅーひょいっだ。呪力をひゅーひょいっとするだけ、簡単だろ?」

「……」

 

 やはりその説明は分からなかった。家入さんは指先をひゅーひょいっのリズムでくるくると動かしていたが、その動きが意味するところを俺は理解できない。家入さんは本当に感覚派というやつなのだろう。

 

「……あー、とりあえず、もう下準備始めますね。遺体の鮮度が大事ですし、血も固まっちゃうので」

「ああ、そうだな」

 

 筆を取り出して、俺と遺体の血が混ざり合った赤黒い血を筆先につける。そして、呪力を込め遺体の全身に紋様を描いていく。本当は紋様を彫ってから筆を入れなければならないのだが、今回はただでさえ時間がギリギリだ。一回きりならばこれだけで十分だと判断した。

 順序と形状を間違えぬよう丁寧に、しかし素早く描いていく。十分ほどで何とか全ての下準備を終えた。

 

「……早いな」

「二十年以上もやっていればこんなもんですよ。……慣れたくはありませんが」

 

 この遺体が俺が殺した奴ならばもっと楽にすむのだが、理想ばかりを言っても仕方ない。メスに呪力を込めて頭部を開く。呪力を込めた刃物は、堅牢な頭蓋骨すら簡単に切り裂いた。脳漿が溢れ出て生々しい色の脳味噌が露出する。

 

「『汝、累積し記憶、その全て我の物に成れ』」

 

 俺は目を閉じ、その露出した脳味噌に額を当てる。冷たく、それでいて吐き気を覚えるような感触がした。

 

 瞬間、俺の視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、その全てに俺のものではない感覚が流れ込んできた。二重になった感覚に違和感と吐き気を覚えるが、出来るだけ俺自身の感覚を閉ざし、この遺体の感覚を掴むことに集中して記憶を探る。

 少しして、見つけた。目当ての記憶だ。

 

 ──そこは薄暗い場所。高架下か、地下か。とにかく人気のなさそうな所だ。目の前には、男か女かも分からない老人が力なく伏している。

 

『いい洗……っか……コ……二』

 

 真横にいたスキンヘッドの男が、自分の脚の汚れを気にした様子で何かを言っている。内容はハッキリとは聞こえない。 やはり、少し死後から時間が経ち過ぎていたようだ。

 

『知ら……よ。探す……弁当買っ……らにすんべ』

 

 今度は、俺が記憶を覗いている男の方が口を開いた。そのままこの場所に響く声で隣のスキンヘッドの男と喋っている。反響具合からして、何かしらのトンネルかもしれない。男達の声がうるさくてあまり辺りの環境音が聞こえないが、水の流れる音がかすかに聞こえた。

 

『いぃっ──』

 

 そちらの方は視線をやっていたのに、一瞬で隣のスキンヘッドが消える。いや、スキンヘッドがいたはずの場所に悪趣味なモアイ像のような、不気味な埴輪のようなチェスの駒ほどの大きさの何かが落ちていた。

 それを不思議に思う間も無く、身体に何かが触れた感触が走る。

 

『おべッ──』

「ガァァアアァアアア‼︎」

「──! ──!」

 

 身体に何かが触れたのを認識した瞬間、俺の全身に今まで感じたことの無い苦痛が襲う。いや、これは俺の感覚ではない。この遺体の感じた苦痛だ。

 無理矢理に全身を圧縮させられる。骨格が、神経が、筋肉が極限まで内側に引っ張られるような、想像を絶する激痛。内臓を直接握られたかのような、本能的な拒絶感。

 

 本来の俺の聴覚が家入さんの声を拾うが、内容を認識する余裕はない。全身を襲う形容しがたい激痛に耐えながら、こんな悍ましい事が可能な呪霊の正体の一端を、今絶対に掴まなければいけないと認識した。奥歯を砕かんばかりに噛み締め、すぐにでも飛びそうな意識を保つ。

 

 ──何かに、拾い上げられた。拾い上げた呪霊のチラと見えたその顔はまるで人間のようで。だが、不気味なつぎはぎ顔をしていて──。

 

「おい! 司條! もうやめろ!」

「……ッ!」

 

 両肩を掴まれて無理矢理に引っ張られ、接触していた額と脳味噌が離れた。同時に繋がっていた感覚も途切れる。遺体の血の紋様も輝きを失った。

 

「大丈夫か?」

「ハァハァ……すみません。助かりました」

「無理はしないと言ったよな?」

「……すみません」

「お前は少し無茶をするきらいがある。無茶をするなとは言わないが、本当に必要な時だけにしろ」

「はい。……少し、お手洗いに行ってきます」

 

 まだ両手両足が強く痺れている感覚があるが、それを隠してトイレへと向かう。なんとかトイレにたどり着いて、蛇口をひねり顔を洗った。額に付着しているぬちゃついた脳漿を洗い落とすために。

 

 まだ震える手で何とか脳漿を全て洗い落とし、再び解剖室へと戻ろうとした時、ついに胃の奥から逆流してくるものを抑えきれそうになくなった。

 

「っ、おぅえぇ」

 

 個室に飛び込み、便器にそれを吐き出す。新幹線で食べた八ツ橋がまだ形を残していた。朝はそれ以外なにも食べないで良かったと、内臓をぐちゃぐちゃにされた感覚が薄れてきたのを感じながら思った。

 

 普通の遺体の記憶を覗くだけでも気分がかなり悪くなるのに、あの悍ましい術式を受けた感覚も触れてしまったのがいけなかったようだ。まだ本調子ではない俺には、少し刺激が強過ぎた。

 

 だが、無茶をした収穫はあった。呪霊の特徴と術式について。この二つはかなりの情報になるだろう。あの異形は肉体があるため非術師にも見えてしまうだろうに、なぜまだ発見されていなかったのか疑問だったがその答えが分かった。

 

 それはあの記憶の男達と同じように、人間のサイズを小さくして持ち運んでいるのだろう。それこそ、必要な時にいつでも異形を生み出すために。

 

「……クソッ」

 

 人間をただの捨て駒として扱うつぎはぎ顔の呪霊に強い嫌悪感を覚えるが、お前も変わらないだろと心の中で誰かが囁く。生者の尊厳を嘲笑い使い潰すあの呪霊と、死者の尊厳を無視し使い潰すお前に何の違いがあると。だが、俺はその囁きに答えを探さない。無駄だと知っている。今できる事をやるだけだ。

 

 再び蛇口をひねり、口の中を洗い流す。身体の痺れや違和感はだいぶマシになった。気持ちを切り替えてからトイレを出て、再び家入さんのいる解剖室へと向かう。

 

 

 

 

 

「今、戻りました」

「そうか。……吐いてきたのか?」

「え、……そんなに分かりやすかったですか?」

 

 何事もなく帰ってきたつもりだが、家入さんは俺を一目見てそう言った。やはり本職の目は誤魔化せないらしい。

 家入さんは一つ大きなため息をしてから、俺に向かってペットボトルを放り投げる。キャッチすると、それはじんわりと温かかった。多分、自動販売機のあったか〜いのお茶だろう。今この時期に売っているとは思わなかった。

 

「そんだけ顔色が悪ければ誰でもわかる。その術式の反動に私は薬を処方できんが、それを飲んで少し横になって休んでろ。気休めだが、温かいお茶はリラックス効果が期待できる。胃にも負担がかからない。落ち着いたら覗いた記憶について教えてくれ」

「……分かりました。お茶、わざわざ買ってきてくれてありがとうございます」

 

 ペットボトルのキャップを開け、温かいお茶を飲む。空っぽになって冷えた胃にお茶が流れ込み、身体の中心から少し暖かくなったような気がした。家入さんの言葉に甘え、言われた通りに部屋の隅の椅子に横になる。それだけでも身体が楽になっていくのが分かった。身体が楽になっていくにつれ、意識が遠くなっていく。

 

 

 

 

 

「──おい。司條。休んでいるところ悪いが、七海にお前の覗いた記憶を教えてやってくれ」

 

 いつの間にか寝てしまっていたようで、家入さんの声で目を覚ました。身体はかなり楽になっていて、痺れや違和感もほとんど消えている。家入さんからスマホを受け取って、電話先にいるらしい七海に話しかけた。

 

「七海聞こえるか? 司條だ。今俺に変わった。件の呪霊についての情報を伝えるぞ」

『ええ、分かりました』

 

 俺が覗いた遺体の記憶から、おそらく七海達が追っている呪霊はつぎはぎ顔の人型呪霊だという事を伝えた。そして七海達を襲った改造人間たちは、どこか水辺近くの音が反響するような場所でその呪霊に遭遇した事も伝える。

 

「かなり危険な相手だと思う。人手が必要なら言ってくれ。今すぐには無理だが、必ず手伝う」

『ええ、必要そうならば連絡します。その時はお願いします』

「ああ、遠慮するなよ」

『呪霊の情報も助かりました。お陰で捜索場所を大分絞り込めます』

「お前なら遅かれ早かれ見つけるだろうが、少しでも力になれたなら良かった。今家入さんに変わる」

 

 俺が伝えるべき事は全て伝えた。家入さんにスマホを返し、俺は身体の調子を隅々まで確かめる。呪力も十分回復しているし、夜の呪詛師の捜索では戦闘になった場合を考えても、十分に戦うことが出来そうだ。

 

「そうだ。虎杖は聞いているか」

『あ、ウス』

「司條、コイツらの死因は身体を改造させられたことによるショック死。そうだよな?」

「え、……はい。そうだと思います」

 

 急に話を振られて戸惑ったが、その意図を一瞬遅れて理解した。家入さんの質問を肯定する。

 

「君が殺したんじゃない。その辺り、履き違えるなよ」

『はい……』

 

 以前聞いた時には、虎杖くんは快活で明るい印象通りの声をしていたが、今は少しその明るさが陰っていることが声色から分かった。

 数ヶ月前までは一般人だった彼だ。こんな薄暗い業界に入るまで、人の死などそう身近ではなかっただろう。家入さんは彼を心配しているのだと気がついた。

 電話が切られ、家入さんがスマホをしまった。

 

「優しいですね」

「精神面のケアも出来る限りしてやらないとな。ただでさえ病みやすいこの業界だ。彼のような、優秀な術師の卵が潰れないようにしているだけさ」

「そう、ですか。……俺も何かフォローすべきでしたかね」

「……いや、こんな業界だからこそ、過保護にするのもよくない。若者は私たちの想像以上に成長が早いからな」

「……過保護はよくない、ですか。そうですね。少し、傲慢すぎました」

 

 “過保護にするのもよくない”。

 

 その家入さんの言葉に、虎杖くんだけでなく妹の香那のことも思い浮かんだ。二人とも、術師では稀有な善性を持っている。そして俺は彼らを歳下だというだけで、出来るだけ危険から遠ざけるべきだと考えてしまっている。

 だが、本当に彼らの事を考えているならば、過保護にしすぎるのはむしろ将来彼らを危険にさらす行為なのだろう。しかし、やはり心配なのだ。彼らの善性が穢れてしまうことが、彼らが呪いに惨たらしく殺されてしまうことが。

 

 本当にはっきりしない情けない男だと、堂々巡りに陥った思考を打ち切って立ち上がる。そして、家入さんに尋ねた。

 

「すみません。この検体ってもう処理するだけですよね?」

「ああ、そうだが。……呪具を作るつもりか?」

「ええ。少しでも戦力を上げたいので」

「分かった。諸々の手続きは私がやっておく。ここは好きに使ってくれ」

「ありがとうございます。任務が夜に入っているので、それまでにはここ綺麗にしておきますね」

 

 俺が術式で呪具を創る際、その素材に適した遺体の要素は三つある。

 

 一つ目は、俺の呪力との親和性。俺自身だったり、俺と血縁的に近い遺体だ。これは今回関係ない。

 

 二つ目は、死の間際にどれだけの苦痛を味わったかだ。呪力の源が負の感情ならば、死への恐怖という根源的なそれを強く抱えて亡くなった遺体が、呪具を創るのにに適しているのは必然だろう。

 

 三つ目は、呪具呪物の使用対象によって殺された遺体だ。この原理の理由は俺にも分かっていないが、これも必然的なものだろうと思う。何百何千年も呪力を纏い続ける呪具があるのだ。呪力が負の感情から生まれるものとしたら、呪具にも『魂』というべきものが宿っているのだろう。だからこそ、自分を殺した相手には一層牙を剥く。

 

 この考えがあっているかは分からない。だが、それが俺の術式の解釈。それだけが確かであり、それ以外には必要ない。

 

 今回の遺体は二つ目と三つ目を満たしている。特に、三つ目の条件を満たしているのはデカい。それを満たす遺体から創った呪具は、他の呪具に比べてかなり出力が上がる。

 猪野と遭遇した特級相当の白い呪霊から逃げ切れたのも、奴に殺された呪詛師(砥川)がいたからだ。せいぜい二級相当の破魔槍(はまや)でも特級に効く呪具になったのだから、この要素の重要性が分かる。

 

「解剖、手伝ってもらって悪かったな。お前に借り一つだ。今度飲みにでも行こうか」

「気にしなくてもいいですよ。……俺は家入さんみたいにお酒強くないですし」

「全く飲めないよりマシだ。じゃ、暇な時あれば教えろよ」

「はい。分かりました」

 

 そう言って解剖室を出て行く家入さんを見送る。七海よりもお酒に強い彼女と飲むのは、俺ではペースを考えねばすぐ潰れてしまう。

 

 一度深呼吸して遺体に向き直り、両手を合わせて黙祷を捧げる。生前にその命を弄ばれ、死後もその遺体を使い潰される事を申し訳なく思う。死後の世界があるならば、どうか安らかにと願って黙祷を終える。

 

 冷たい感触のメスを、再び手に取った。

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