死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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第十四話:色街にて

 後部座席に俺を乗せた黒い車が、夜だというのに昼間のように明るい繁華街を走る。明るいというより、煌々と輝いていると表現すべきか。もうすっかり日は落ちているのに、夜の闇を払う不健康な発色のネオンライトが目に痛い。そのネオンの強い輝きが、一層この街の闇の深さを印象付けている気さえした。

 

 昼間人口と夜間人口は違うが、どちらにせよ人の多い東京には呪いがたまりやすい。個人的には、人の下卑た欲望が吐き出される夜の方が呪霊は活発に蠢いていると思う。呪詛師も闇夜に乗じ、その身を闇に隠しながら悪事を成すのだ。

 

 不夜城の如き喧騒の絶えない繁華街から目線を外し、手元のタブレット端末へと落とす。そこにはいくつかの事件の詳細が載っていた。今回の任務は呪詛師の捜索、もしくは捕縛らしい。

 ……肝心の呪詛師の情報はほとんど書かれていないが。

 

「……ホストクラブやキャバクラ、風俗店の売り上げ金の盗難。……本当に一級案件ですか?」

 

 手元の資料には、いくつかのいわゆる“夜の店”から売り上げ金が盗まれた事件についての情報、その状況が詳しく書かれていたが、いまいち一級が出張るほどの任務とは思えなかった。

 

 自分の力を過信しているわけではないと思いたいが、人死にどころか怪我人すらいない事件だ。盗難も被害者からしたらたまったものではないだろう。しかし、普段扱っているのが油断すれば自分が死ぬような案件なので、どうにもしっくり来ない。

 

 呪詛師絡みの事件でも、二級呪術師なら危険はないだろう。というか、これぐらいの事件ならば警察の領分ではないのか。

 

 最近、準一級程度の呪霊のはずが一級でも上位の呪霊だったり、二級程度の任務のはずが特級と遭遇したりなど散々な目に遭っている俺だ。上層部が労ってくれているのかと一瞬思ったが、上の人らはそんなお優しい心などないだろう。

 

「確かにただ呪術を使って盗みをしているぐらいなら、一級が駆り出されるほどの事件じゃないっス。ただ、現場から複数の残穢が見つかったっス」

「……複数の呪詛師が共謀してる可能性があるってことですか。最悪組織化していると」

 

 運転している補助監督の新田さんが俺の質問に答えた。それを聞き少し納得する。組織化した呪詛師の対処は、単純に強力な呪霊を一体祓うより場合によっては労力が必要だ。呪霊に比べ呪詛師は悪知恵が働く者も多いし、一千万を超える人々が行き来する東京の人混みに潜伏されたら、見つけることすら難しくなる。

 

 それに、往々として組織化された呪詛師は大きな事件を引き起こす。

 

 去年の百鬼夜行が記憶に新しい。千を超える呪霊が東京と京都に放たれた前代未聞の呪術テロ。あんなこともあって、上層部は少しでも呪詛師が団結する可能性を潰したいのだろうと当たりをつけた。

 

「……盗難という危険度が低い事件なので、詳細な調査が遅れていて情報も少なかったんですが……」

「組織化した呪詛師たちの処理は面倒だから、その可能性が浮上した時点で少しでも早く解決するため一級にあてがわれた任務ということですか」

「そういうことっス」

 

 ほとんど情報がない状態から、組織化しているかもしれない呪詛師たちの捜索、戦闘を加味しての任務ということだろう。それならば確かに、二級だと万が一ということもある。

 

 術式持ちとの戦闘は、自分と敵の術式の相性だけが全てではない。味方同士の術式の相性も大きく勝敗に関わってくる。未だ術式の詳細が割れていない相手は、潜在的な危険度が高いと上層部が判断したのかもしれない。

 

 今は盗難だけで済んでいるが、規模が大きくなれば殺人も厭わないようになる可能性もある。最悪、夏油さんのように呪術界の転覆を狙う可能性すらあるかもしれない。

 

「……何か術式の情報はありますか?」

 

 手元のタブレットには、被害にあった店の位置やその日付や写真があるばかりで、呪詛師の術式に関わってきそうな情報はない。強いていうならば、ほぼ全ての事件で金庫の中や鍵のかかった部屋から、鍵を破壊されずにお金が盗まれたという状況が多いのが目に付いた。

 

 密室トリックというやつだろうか。だが、俺は探偵でも警察でもないし、なんなら犯人は呪詛師だ。鍵を開けて閉める術式、なんて身も蓋もないのが答えなのかもしれない。金庫の方はともかく、部屋の鍵は壁抜けができる程度の弱い呪霊を躾ければ何とかなる。

 

「……確定的なものではないことを念頭に入れて欲しいんですけど、その事件が高専の気を引いた理由があるっス」

「それは?」

「金庫や売り上げ金を保管している部屋に、誰かがいる状態で盗まれたケースがいくつかあるっス」

 

 その話が本当だとしたら、流石に警戒が必要だろう。部屋に人がいるのに気づかれないように金庫からお金を盗むなど、何かしらの特殊な術式が必要不可欠だ。おそらく五条さんでさえ不可能。……まぁ、あの人はそんな事はしないし、する必要もないが。

 

「一応聞きますが、その誰かが犯人ではなく?」

「そうっス。その人たちはそのお店の管理人やオーナーで、気がついたら無くなっていたらしいっス。一人は『一度金庫にお金を入れ、後で計算するために出そうとしたら全て無くなっていた』と証言したっス。勿論、その間自分以外の人間は部屋に入っていないそうっス」

「……なるほど。それは少し怖いですね」

 

 とにかく、その現象が呪詛師の術式によるものにしろ、手懐けているかもしれない呪霊によるものにしろ、かなり特殊な術式だ。

 

 限定的な瞬間移動の術式。自己を認識させない術式。幻覚を見せる術式。超高速で動く術式。

 

 様々な術式の可能性が脳内に湧いて出る。何人かの術式の力を合わせて、その不可思議な現象を可能にしているのかもしれない。……ダメだ。現時点では情報が少なすぎる。どうやら俺はシャーロックホームズにはなれないらしい。

 

「残穢の数は? 組織化しているかもしれないと判断したのは、現場にいくつかの残穢があったからなんですよね?」

「ハッキリとしたのが二つっス。……そして、本当に微かに残っているのが一つあったそうっス」

「……少なくとも、二人組以上だと思っておいた方がいいという事ですね」

「現時点ではそう……電話、出ても大丈夫っスよ」

「すみません。失礼します」

「どうぞっス」

 

 会話の途中で俺のスマートホンが震えた。電話のようだ。運転手の新田さんに断って、その通話に出る。電話越しに落ち着いた女性の声が聞こえた。

 

『こんな時間に悪いね。司條』

「いえ、問題ありませんよ。……例の件ですか?」

『そうだ。……とはまだ言い切れないが、少し興味深い情報があった。一応耳には入れておこうと思ってね』

 

 その声の主は、俺が能面の呪詛師についての情報を集めてくれとお願いした冥さんで、それ以来はじめての通話だ。フリーの術師である冥さんならば、高専に所属している俺の知らない情報網への伝手があると踏んでのことだったが、思っていた以上に早い連絡で驚いた。

 

『最近、呪詛師の間で妙な呪具の噂が出回っているらしいんだが、知っているか?』

「……いえ、知りません」

『そうか。……その呪具の効果は分からないが、全てに共通しているのが形状だ』

「……その形状は?」

 

 少し声が震えているのが、自分自身のことながらハッキリと知覚できる。それは、二十二年間何の情報も得られなかった俺の、何よりも渇望していた情報をようやく知ることが出来る喜びから来る震え。その後に続く言葉が、自分が期待しているものだろうと確信に近い予感があった。

 

『能面。面種は異なるが、全て能面の一種らしい』

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 一人用にしては大きすぎるホテルのベッドに寝転がる。少し前に冥さんから伝えられた情報が、頭の中から離れなかった。

 

 ──君の探している呪詛師に関わっているかまではまだ分かっていないが、『能面』という言葉の符号の一致から君に連絡させてもらった。

 

 確かにまだ確定ではない。二十二年も何も行動を起こしていなかった奴が、何故急に呪具をばら撒き始めたのかも不明。別人の可能性すらある。だが、ようやく掴んだ奴に繋がるかもしれない情報に、自分でその呪具の出元について調べたい欲求が肥大化していく。

 

 だが、与えられた任務を放り出すわけにもいかない。七海と虎杖君の任務も手伝いたい。俺の一個人的な執着で、通すべき義理を蔑ろにするわけにはいかないだろう。

 

 横になっていたベッドから立ち上がり、持ってきた荷物を開けた。その中から黒い箱を選んで窓際に置く。

 

「『葬頭河の淵より集いて出よ』『閂鼠(せんそ)』」

『キィ』『キィチ』『キチチ』『キィ』

「三匹で動け。怪しい人間を見つけたら一体が、お前らの呪力がなくなりそうになったら全員帰ってこい」

 

 俺は窓を少し開け、ガタガタと動き出したその黒い箱の蓋を開けた。そこから何十匹もの蝙蝠が飛び出す。蝙蝠は闇が深い空へ溶けていくように飛んで行った。地上は真昼のように明るいが、対照的に夜空はひどく暗い。あんなにも欲望と光に溢れる地上から、この星も見えない夜空を見上げる物好きなどいやしないだろう。

 

 一応細心の注意を払い、わざわざ最上階のホテルを借りた甲斐がある。まぁ、男一人で時間を過ごすのは少し物悲しい場所だが、背に腹は変えられない。いわゆる夜の街のホテルだが、この辺りで拠点にできそうな場所はこういう場所しかなかったのだ。

 

 普通のホテルだとチェロケースを背負い、両手に荷物を持った俺は警戒される。チェックインの時に「この辺に音楽スタジオはありますか」と聞いて、音楽家であることを装う必要もない。

 

 ……経費で落とす為に報告するのは少し恥ずかしいが、やましい事はしていないのだから堂々としておけばいいだろう。

 

「……とりあえず、待ちか」

 

 事件を起こしているとされる呪詛師集団は、もともと横浜だとか神奈川などの首都圏でも、同一の手口で犯行を起こしていたらしい。数件の事件を起こすと、すぐに別の場所へと移ってしまうそうだ。そして、つい最近この街でも似た手口と残穢が窓によって確認された。

 

 警察や高専を恐れているのかどうかは分らないが、その行動に呪術を扱うものとしては随分と慎重な印象を受ける。一般人には呪力を纏うだけで勝てるだろうに、そうも犯行場所を転々と変えている理由が思い浮かばなかった。

 

 夜の街というだけあって、十二時を回ってもまだまだ賑やかな街だ。いや、むしろここからが本番なのかもしれない。夜の店の売上金を盗むという事は、奴らが動き出すのは真夜中の終わり頃から夜が明ける直前だろう。それは七海達を手伝いたい俺に都合が良かった。夜は呪詛師たちを探し、昼は七海から連絡があれば手を貸すことができる。

 

 それでも手持ち無沙汰なので、あの匣を取り出す。血文字の呪符が幾重にも貼られた異様な匣を。

 だが、その匣からは呪力は殆ど感じられない。それもそうだ。この呪符の効果は封印というよりも、『熟成』とでも言うべきものだ。この匣の中身は、まだ呪物として完全に成っていない。二十二年間、俺の呪力をただ貪欲に取り込んでいるだけだ。

 

 『悪辣にして冒涜、人の禁忌を犯し尽くす非道の術理。語るも憚られる其の秘奥。悍ましき技法であり、唯一の例外なく生命を奪う忌むべき外法』……一年前、夏油さんがこの呪物についての伝承を語っていたことを思い出す。こんな忌み物を創り出せる術式など迫害されるのも当然だと、少し自嘲気味に呪力を練り上げた。

 

 いつ戦闘になってもいいように、ある程度の呪力は残しながら匣に呪力を込め続ける。時折呪力の補給のために帰ってくる閂鼠(せんそ)にも呪力を補給し、呪詛師が現れるのを待つ。

 

 しかし、その日は何事もなく夜が明けた。

 

 

 

 

 

 次の日の二十二時頃、七海から電話がかかってきた。真面目な七海にしてはこんな時間に珍しいなと思いながら、それに出る。その時の俺はホテルを変えて捜索拠点を移し終えていて、だがまだ閂鼠を放つにも早すぎ暇を持て余していた。

 

『もしもし、七海です。こんな時間にすみません』

「いや、別に構わない。手伝いがいるのか?」

『はい。明日、例の呪霊と交戦した場所にもう一度行くので、その時同行してください』

「分かっ……例の呪霊と交戦した場所?」

『はい。今日の午後、つぎはぎ顔の人型呪霊と交戦しました』

 

 何事もないように言われた言葉に、一度はそのまま会話を続けようとしてしまった。まさか、もう交戦しているとは思わなかったのだ。

 

「手を貸すって言っただろ。ヤバそうな相手だと分かってんだから、俺を好きに使って良かったのに」

『……すみません。家入さんに貴方があまり調子が良さそうでなく、遺体の記憶を覗く際に大分無茶をしたと聞いていたので』

 

 俺が眠っている間に話している時、多分家入さんから聞いたのだと推測する。実際体調は本調子ではないし、無茶をしたのも本当の事なので強く出れなかった。特級並みの呪霊を相手取る時に、一級でも戦闘能力の劣っていて本調子でない俺を連れるのは、むしろ足手まといだと考えたのだろう。

 

「身体は大丈夫か?」

『ええ。多少手傷は負いましたが、家入さんに治してもらいました』

「敵の等級だとか、術式は?」

『人語を完全に理解し、会話が成立していました。特級は間違い無いと思います。術式は魂の形を変える術式と言っていました』

「……魂の形」

 

 その魂とやらは分からないが、悍ましい術式であることだけは分かった。あんな異形に人間が改造されても即死しない事を不思議に思っていたが、どうやら肉体ではないものを無理矢理に変えているらしい。だからあの生命を冒涜した姿形でも、彼らは生きていたのかとようやく腑に落ちた。

 

『資料は後で送ります。あと、猪野くんも参加してもらおうと思っています』

「ああ、分かった。猪野も手数が多い。戦力になるだろう」

『すみません。……今度は私がお酒を奢りますね』

「ああ、楽しみにしておくよ」

 

 そこで会話が切れた。少しして送られてきた資料を開くと、それは地図であり地下のトンネルにマークが付けられている。どうやら、生活排水やらを処理した水を川に流すトンネルで遭遇したらしい。

 あの遺体の記憶も、水の流れる音と声が反響していたのを思い出す。なるほど、呪霊らしく陰気な場所を住処にしていたのかと納得した。

 

 資料を読み込んでいると、気づいた時には十二時を過ぎていた。昨日のように黒い箱を取り出し、窓際に置く。

 

「『葬頭河の淵より集いて出よ』『閂鼠(せんそ)』」

『キィキィ』『キィチチ』『キィ』『キチチ』

「三匹で動け。怪しい人間を見つけたら一体が、お前らの呪力がなくなったら全員帰ってこい」

 

 夜の闇に消えていった蝙蝠たちを眺めながら、自分の任務も手早く終わらせなければと考える。呪具を創るのは、高専か本家でしかできない。東京の家は殆ど寝るための場所だ。このホテル暮らしを強いられる任務は、なかなか俺にはキツイものがある。流石にホテルで遺体から素材を切り出し、呪具を創るわけにはいかない。

 

 早く呪詛師どもが見つかることを祈るのだが、結局その日も空振りに終わった。

 

 

 

 

 

「悪い待たせ……あれ、虎杖君はいないのか?」

「ええ、彼には高専で待機してもらっています」

 

 集合場所の橋の下では、もうすでに七海と猪野が待っていた。一番最後に来てしまったことを謝ろうとしたが、虎杖君の姿が見えないことに気がつき疑問が漏れる。どうやら、七海は虎杖君が改造人間と戦うのはまだ早いと判断したそうだ。

 

「三人集まったし、もう行きます?」

「ええ、そうしましょうか」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 橋の下から人目がなさそうなトンネルの中へと少し入り、背負ってきたチェロケースを開ける。近接は七海がいるし、俺は援護に回るべきだと考え弓矢と矢筒、刀を取り出した。

 刀を右腰に差し、矢筒を左腰に装備する。適当な呪具も胸元に入れておく。そして、カバンから二体の朽鼠(きゅうそ)を取り出し、ひんやりとしたトンネルの地面に置いた。

 

「『葬頭河の淵より群れて出よ』『朽鼠(きゅうそ)』」

『ピィ』『ピィピィ』

「こいつらに前と後ろを歩かせよう」

「助かります」

 

 あまり明るいとは言えないトンネル内だ。どこから襲ってくるか分からない。一々警戒して神経をすり減らすべきではないだろうと、朽鼠に俺たちの代わりに警戒させる。

 

「あとこれを。被害者から創った呪具だ。一度っきりしか使えないし、奴の術式を考えるとこれも効かないかもしれないが、ないよりはマシだろう」

 

 そう言ってから、七海と猪野にナイフ程の刃渡りの呪具を渡す。奴は自分の魂を強く保つだかをすることで、七海から受けた損傷をすぐに治したらしい。今回の俺たちの目標は、対象の呪霊の呪力が尽きるまでダメージを与える事だ。いくらダメージを回復できても、それには呪力が必要なはず。ならば、少しでもダメージを与える手段は多い方がいいだろう。

 そうして、俺たち三人を朽鼠が挟むようにしてトンネルを進む。青臭く、じめっとした嫌な空気だ。水がしとしとと流れる音と俺たちの足音、そして時折虫か何かが蠢く音だけが響くトンネル内を進む。

 

「……七海さん、司條さん」

「気づいています」

「……ああ、いるな」

 

 十数分歩き、頭の中に入れてきた地図があと少しで目的の場所だと示し始めた頃、全員が何十もの呪力を持つ存在の気配を感じ取った。だが、特級相当の大きな呪力は感知できない。それでも警戒を弱めること無く、一際大きな地下の空洞に立ち入る。

 

『あ、あ、あいすぅ』

『ぱんけぇーきぃいぃ』

『どこぉ、ぉおぉ、どこぉおおぉ』

 

 七海とつぎはぎ顔の人型呪霊との戦闘によるものか。いくつもの瓦礫が散乱するその場所には、高熱にうなされ錯乱した病人のように、もしくは低級呪霊のように、意味を持たない言葉を呟く異形の者たちがいた。確実に三十を超える彼らが意味するのは、これだけの人たちが悪意にその命を弄ばれたということだ。

 

 ふざけるな、舐めやがって。

 

 無意識のうちに弓を引く手に力が入る。だが、その矢を真に向けるべき相手はここには見当たらない。どういう事だと考えるが、明確な答えが出てこない。わざわざこんな数の手駒をここに用意しているのに、ここで俺たちを迎え撃つつもりではないのかと。

 

 そんな煮え切らない疑問を抱えていると、七海の携帯が鳴った。電話だ。まだ警戒している様子の改造人間たちがいつ襲ってきてもいいように構え、七海に電話に出てもらう。どうやら、電話の相手は虎杖君らしい。

 

「どうしまし──里桜高校に帳が?」

 

 里桜高校。確か、つぎはぎ顔の呪霊と接触した可能性のある人物が在籍する高校だったか。ここにその呪霊がいない事と、それが無関係とは考えられなかった。しかし、その高校に帳が降りたということは、人間の呪術師ないしは呪詛師と繋がりがあるということではないのか。どんどん状況がキナ臭くなっていく。

 

「──すぐ戻ります。虎杖君は待機していて下さい」

 

 そう言って七海は電話を切った。だが、おそらく虎杖君は待機するつもりがない事を七海は分かっているのだろう。元来た道へと振り返った。

 

「そういうわけなので後任せます。猪野君、司條」

「ちょっと待て、里桜高校に行くんだろ。俺か猪野も一緒に向かった方がいいんじゃないか?」

「……いや、二人にはここをお願いします。私は、五条さんを襲った呪霊たちと貴方達が遭遇した呪霊、そしてつぎはぎ顔の呪霊は関係があると思っています。もしかすると、その特級相当の呪霊がここにくる可能性もあるでしょう。戦力を分けるなら二人づつの方がいい」

 

 確かに同時期に急に現れた言葉を理解する呪霊たちだ。すでにそのうちの二匹は繋がっていることが分かっている。ならば、つぎはぎ顔も奴らと繋がっていると考えるのが自然だろう。俺たちが遭遇した白い呪霊も、俺か猪野どちらか片方だけなら確実に殺されていた。

 

「それに、私は呪術師として任務を遂行し、一人の大人として必ず子供(虎杖君)を守らなければならない」

「……分かった。死ぬなよ。これが終わったら、お前に酒奢らせるんだからな」

「ええ、分かっています。猪野君、無事に切り抜けられたら、一級推薦の件引き受けてもいいですよ」

「がんばるぞーっ!! おー!!」

 

 テンションが上がった猪野を置いて、七海が元来た道を駆けて引き返していく。改造人間は呪霊の等級でいうとせいぜい三級。強くてもギリ二級程度らしい。実際に戦った七海の話だ。信用できる。

 

 三十を超える数がいるが、二級の猪野と一級の俺がいれば問題ないだろう。術師の二級は、呪霊の二級を祓えて当たり前なのだから。

 

「猪野、一級推薦よかったな。おめでとう」

「はは、まだ決まったわけじゃないっすよ」

「おいおい、まさかこの場面を切り抜ける自信がないのか?」

「冗談。ぜってぇ七海さんから一級推薦もらってやりますよ」

「その意気だ。背中は任せる」

「ウッス!」

 

 少し会話をしてみたが、猪野には緊張した様子はなかった。手遅れとはいえ、さっきまでは元人間を殺すのは抵抗がありそうだったが、今は心配いらないだろう。相当七海に推薦してもらえるのが嬉しいのだと見える。

 いや、少しでもその抵抗を減らすため、七海は猪野に一級推薦をしてもいいと言ったのだ。

 

 俺は彼らの記憶を覗いてから、どれだけの苦痛が彼らを襲っているのか知ってしまった。身体を、いや魂だったか。ともかく、それを弄ばれる苦痛は耐え難いものだった。せめて今すぐ楽にしてやろうと、俺は迷いの心を断ち切る。

 

 俺たちに警戒していたのか、様子を伺っているばかりだった改造人間たちも、ついに焦れたのか襲いかかってきた。俺も猪野も彼らへと向かって呪具を、術式を放つ。

 

「『(サン)』!」

「一番『獬豸』!」

 

 こうして、暗いトンネルでの何十体もの改造人間との戦いが始まった。

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