死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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第二話:携帯苦闘

 被害者の遺体や遺物を探している時、プルルルルと左胸辺りの懐が電子音を伴って震えた。

 こんな時間に誰だよと思いながら、残った右腕で四苦八苦して震える携帯を取り出し、その着信元を確認する。その着信元に自分の眉が歪むのを感じながら、電話に出た。

 

「はい、どうし」『オイオイオイ司條ゥ。 オイオイオイ、オイ』

「……それ、雑にイラつくんでやめて下さい。五条さん」

 

 発信者はもう夜も更けてきた頃だというのに、やばいモノでもキメてるのかと思うほどにテンションが高かった。

 その電波越しだというのにも関わらず、軽薄さを窺い知ることが容易な先輩の声を聞くと、更に眉間のシワが深くなったのを明確に感じた。

 

『オイ司條ゥ。僕が電話してあげたんだからワンコール以内に電話に出ろよ』

「面倒くさい彼女みたいなこと言わないでください」

『お前彼女とかいたことあるのかよ』

「要件がないなら切りますが」

 

 この人と言葉を交わせば交わすほど苛立ちが増すばかりだと判断し、通話をいつでも切断できるようにして答える。

 

『ちょっと待てって、ちゃんと話を聞かない男は……モテないぞ?』

「切りますね」

『あ、ちょま』

 

 つーつーと、どこか虚しさを含んだ音が夜の森に響く。だがすぐに携帯は再び震え始めた。発信元はやはり五条と表示されている。

 

「何で」『オイオイオイ司條ゥ。オイオイオイ、オイ』

「……それ気に入っているんですか?」

『オイ司條ゥ。僕が電話してあげたんだからワンコール以内に電話出ろよ』

「いや、しつこいです。早く要件を言ってください。また切りますよ」

 

 携帯電話の奥から『ノリが悪い後輩だなぁ』と、なぜか呆れたような声を上げている先輩に、今すぐ切って着信拒否にしてやろうかという衝動に駆られる。しかし、本当に用事があったら困るので、ぐっとこらえて続きを待つ。

 

『ちょっと司條に見てもらいたいものがあってね。明日高専に来てよ』

「は、何言ってるんですか。今山奥にいるんで無理ですよ。あとまさかですけど、その明日って今日じゃないですよね」

『あ、めんごめんご。もう十二時過ぎてるね。じゃあ今日中に高専で。すぐ麓まで降りて車飛ばして朝イチで新幹線乗れば、三時ぐらいまでには間に合うでショ』

 

 携帯電話を怒りで握り潰さないか心配になりながら、無茶ばっかり言う適当な先輩に返答する。

 

「馬鹿言わないでくださいよ。それに、今左腕無いんで運転できません」

『──へぇ。司條が“腕”を使うなんて珍しいね。結構強い呪霊だった?』

「術式の付与されていない不完全な生得領域を展開していたので、強めの一級ぐらいじゃないですかね」

『そっか。雑魚だね』

「……誰もが貴方みたいに領域を展開できたり、特級を簡単に祓えると思わないでください」

 

 この先輩は、実力だけは圧倒的なのが一番タチが悪い。そして、自分にできる事を他人もできるようになるのを期待しているのもだ。

 

『まぁ、司條のことは置いといて』

「勝手に置いとかないでください」

『移動手段は伊知地に丸投げしとくから安心して。ちゃんと間に合わさせるからさ』

「……」

 

 最近、会うたびにやつれが酷くなっている気がする一年後輩の補助監督を気の毒に思いながら、自分が行くことがさも確定しているように話す口ぶりに頭が痛くなる。こうなったら、もう予定を変えることは出来ない。この人との長い付き合いの中で、よく知っている。

 

「自分が行くのが確定になっているのはいいです。いや、よくはありませんが。それで、見てほしいものって何ですか」

『話が早くて助かるよ。僕が司條に見て欲しいのは、ちょっと珍しい呪いにかかった遺体だよ』

「遺体って……なら家入さんでいいじゃないですか」

『もちろん硝子にも見てもらうけど、一応司條にも見て欲しいんだよね。司條の術式的に、呪いに触れた遺体は色々見てきてるでしょ? ……少しでも得られる物は多くしたいんだ』

 

 その五条の話し方にいつもとは違う陰りを、違和感を抱いたが、余計な追求をするのはやめておいた。なぜか追求するの気になれなかったからだ。だが、せめて何を見せるつもりなのかだけは、詳しく聞いておこうと口を開く。

 

「……ならその遺体の詳細を。せめてそれだけは教えて下さい」

『お、やる気になった? えっとね、虎杖悠二の遺体だよ。特級呪物“両面宿儺”のうつ──』

 

 つーつーと夜の山に再び電子音がこだまする。それはもちろん俺が電話を切ったからだ。だが再び電話の呼び出し音が鳴り出す。それを受信元も見ずに、ワンコール鳴り終わるより早く電話に出る。

 

『ちょっと、何切ってんの』

「貴方がふざけたこというからでしょう。両面宿儺……そんな化け物、関わりたいと思う奴がいると思いますか?」

『大丈夫、大丈夫。もう死んでるし。……クソ共のせいで』

「……」

 

 ようやく違和感の正体が分かった。

 確か両面宿儺の器は即刻死刑が行われるはずだった事。そして、それを五条さんが無理を言ってその死刑を引き延ばしたことを思い出した。

 

 呪術界の上のお偉いさんは、呪術界の体制と立場の安寧を守る為ならどんなことでもするだろう。おそらく、上の人らがその器を死に至らしめる謀でもしたのだ。だから今、五条さんは虫の居所が悪いのだろうと、そう結論付ける。

 

『未来ある若人の青春を奪うなんて、あのバカ共は本当どうかしているよね。……だからさ、せめて僕は悠二の死を無駄にしたく無い。力を貸してくれ、頼む司條。お前の力が必要なんだ』

 

 ちゃらんぽらんで何時もふざけていて軽薄な五条さんには珍しく、神妙で真面目な声色だった。五条さんの理想は知っている。そして、最強の呪術師である五条さんにそれ程まで言われるほど、両面宿儺の器は可能性のある男だったのか。

 

「……危険性は?」

『大丈夫だと思うけど、心配なら解剖には僕が付き添う。そうすれば安全でしょ?』

「はは、確かに。それなら何より安全でしょうね」

 

 正直、あまり上層部に睨まれるようなことはしたくはない。だが少し、興味が湧いた。

 

「……分かりました。出来るだけ早くそちらに着くよう努力します」

『──司條、ありがとう』

「……別に、いいですよ。感謝しなくて。貴方らしくない。自分も五条さんには色々とお世話になってますから。でも、自分は体制側です。決して深入りはしませんから」

 

 本当に珍しいことがあるものだと。

 新鮮な驚きを感じていた。まさかあの五条悟が感謝の言葉を使うなんて。

 空から星が降ってくるぐらいに珍しいことに、少し調子が崩される。

 

『あ、司條』

「何ですか」

 

 驚きを通り越して少し感動していると、電話の奥からまた五条さんが話し始めたのが耳に入る。

 

『男のツンデレって気持ち悪いからやめたほうがいいと思うよ?』

「……は?」

 

 ……は? 

 

『ま、来てくれるならいいや。出来るだけ早く来るって言ったんだから、ちゃんと三時までにはこいよ。十分遅れるごとにマジピンタ一発な。術式は使わないから安心していいよ。あ、あとちゃんとお土産持ってこいよな。僕の好きそうな甘いヤツ。東京駅でならどこのお土産も買えるいい時代になってるけど、なんか風情がないよね。そう思わない? 思うよね。僕は思う。やっぱり、その地方で買ったヤツにこそ、そのお土産の価値があると思う。なんか味も違うしね。分かるでしょ。その地方で買ったやつのが気持ち美味しいよね。一、二割増しぐらいにさ。だから、ご当地のヤツ買ってきてね』

「……」

『あ、それとさっき電話はワンコール以内に出ろって言ったけど、あんまり早過ぎるとなんか不気味だからやっぱりほどほ──』

 

 我慢の限界だった。通話を遮断し、再び呼び出し音が鳴るより早く五条悟を着信拒否にする。あの先輩を一瞬でも少し見直した自分が馬鹿だったと、深い雲の夜を見上げながら思った。

 

 






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