死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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第二十四話:極悪非道の死に激つ

 領域展開。それは呪術戦の極致。莫大な量の呪力だけでなく、高度な結界術も必要とされる呪術の奥義と言っても過言ではない大技だ。

 

 なにせ領域とはその術師の世界。引き込まれた者はまともな対抗策がなければ、何も出来ずに殺されるだけだろう。

 

 そんな絶死の世界に引き込まれた蒐獄は──能面の下で小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元の地面が一瞬無くなったのかと錯覚する程度の浮遊感。倉庫の硬質なコンクリートの床から、ぐにゃりとした感触の大地へと置き換わる。

 

 一瞬の暗転の後、俺と蒐獄は元々いた薄暗い倉庫ではなく、一切視界を遮るものがない満天の星空の丘陵に立っていた。しかし、丘陵は若草が芽吹き小川が流れているような、そんな心安らぐ自然を感じさせる光景ではない。

 

 この丘陵を、いや、この世界の大地の全てを成すのは死屍だ。衣服など着ていない、皮膚すら殆ど残っていない損傷の激しい無数の遺体群。彼らの眼窩は全てが黒い空洞で、あるはずの眼球が存在しない。

 

 その行方不明の眼球は夜空にあった。満天の星空の綺羅星、その全ては血走った眼球だ。まるで本当に星であるかのように、元々そうであったかのように、我が物顔で充血した眼球が黒い空で蠢く。爛々と怨恨に濡れた視線は俺だけを睨みつけていた。

 

 血で赤黒く染まり、皮膚の剥げた遺体が成す無数の丘陵は、地平線の果てまでいくつも散見できる。それらが底無し沼のようにドス黒い夜空との境界線を曖昧なものにしていた。

 

 もはや俺には必要ないが一つ息を吸う。濃厚な死臭と血の臭いが混ざり合った空気が肺を犯した。酷い吐き気を催すが何処か心地よい。慣れ親しんだ死体の臭いだ。それはこの世界が、こんなにも悍ましい世界が俺の生得領域だからか。

 

「ははッ!」

 

 笑いが抑え切れない。最悪で最高の気分だ。身体の末端は氷のように冷たいのに、腹の底は溶岩を流し込まれたかのように熱い。死ぬのは人間の最大の快楽だというが、なるほど、それは確かなのかもしれない。思考は何一つハッキリとしないが、目の前の蒐獄だけは殺さなければならないと、本能にも似た執念が脳内で強く叫んでいる。

 

「『破魔槍(はまや)』!」

「……ッ!」

 

 俺の叫びに呼応して、蒐獄の四方八方の屍が操り人形のように起き上がる。その手には穂先だけでなく、柄の全てが骨で出来た槍が握られていた。所々の肉体に欠落がある屍達は、ぎこちない動作で破魔槍を投擲する。

 

「押し潰せ」

 

 投擲し終わった屍も、まだ地に伏していた屍達も蒐獄に殺到した。何十何百の屍はすぐに奴の姿を飲み込む。小さい丘がこの世界に新しくできた。その丘は剥き出しの筋力と自重で潰れて潰れて──黒く燃え上がる。

 

「──ハハ! 最高だな! 領域を使える能面(コレクション)はまだ持ってねぇ! 絶対にお前を(能面に)してやる!」

「殺されるのはお前だ、クソ野郎」

「ハハ、ハハハ! でも、お前はやっぱり馬鹿だな! 俺相手に領域を使うなんて馬鹿すぎる!」

 

 血と体液に濡れた蒐獄だが、それは全て屍のものだ。奴自身に一切の怪我は見受けられない。ふざけた野郎だ。やはりあの能面に刻まれた術式、『新皇祟総術』は厄介過ぎる。格だけならば御三家の相伝術式に並ぶだろう。

 

「『形影相弔(けいえいあいとむらう)』」

 

 蒐獄はその身体に黒い炎を纏った。いや、それだけではない。身体が金属のような鈍く硬質な光沢を放ち始めた。おそらくは完全に穴熊を決め込むつもりなのだろう。

 

 黒い炎は大地の屍に燃え移り、急速にその勢いを増していく。領域展開とは生得領域を呪力で構築した結界術の一種。俺の呪力が満ち満ちている世界は、あの呪力を貪る炎にとってはそこらにガソリンがばら撒かれているのと同義だ。俺の領域を燃やし尽くし、呪力も底をついて術式が使用できなくなった俺を殺すのが奴の狙い。

 

 俺は結界術は不得手だ。

 “一生に一度の領域展開”という破れば死の、生命を賭けた縛りで何とか展開できた。その領域が黒い炎によって飲み込まれ、呪力を奪われていく。

 いくら肉体を仮死状態にして呪具化し、他者の遺体を取り込んで呪力を湧き出させる『没薬・(サイ)』を過剰摂取していても、この呪力消費は馬鹿にならない。

 

「ダメ押しだ『武者苦者』……ほら、逃げ惑え」

 

 奴の影からのっぺりとした人形が四体現れる。その影法師は今までとは違っていて、今の蒐獄のように黒い炎を纏っていた。その両腕の形状を刀のように変化させて真っ直ぐに俺に接近してくる。

 

 その光景を見て、俺は安心していた。あの影法師は式神だとかではなく“分身”に近いだろう。ならば香那の近くにいた影法師群の心配はいらないはずだ。式神は呪力さえあればある程度の自立行動が可能だが、分身体で本体とそれこそ世界が分たれているのにも関わらず、自立行動が可能なのはそうないだろう。

 

 将門公の伝説については調べたが、影武者伝説は北斗七星に準えて七騎である事が多い。だから、きっと香那は無事のはずだ。

 

「ほぅら、逃げないと燃えて死ぬぜ? 逃げても炎が燃え広がるがな! お前を(能面に)したらあの娘もこの炎で殺してやるよ! ハハ、お揃いだなぁ!」

「完全解放『暴天』」

「ハハ、は?」

 

 蒐獄は俺が無様に逃げ回ると思っていたのだろう。随分と調子が良さそうに嗤っていた。気に食わない。だが、黒い炎を纏って我先にと殺到してきた影法師共を俺が左腕で殴り、その存在を四散させると奴の笑いは止まった。ざまぁみろと、俺も奴を胸中で嘲笑する。

 

 思い出すのは渋谷の乱入者。奴の肉体は呪力が全くなかった。あの黒髪の男──術師殺しと恐れられた存在は蒐獄にとって天敵。だからこそ、蒐獄は渋谷からすぐに逃げたのだ。黒い炎は術師相手ならば最大の防御手段であり必殺の攻撃手段。それが一切効かない術師殺しと戦い、殺されるのを防ぐために。

 

 だが『暴天』は、俺が扱えるように少し元の左腕を切り貼りしている。完璧に黒い炎を無効化できるわけではない。現に、少しだけではあるが黒い炎が燃え移ってしまった。

 

「まさか、その腕は……! ッ! 『新皇祟総術』で可能なのは」

「術式の開示なんてさせねぇよ! 『殭星頭』!」

『『『くるなくるなくるな!』』』

『『『やめろやめろやめろ!』』』

『『『しにたくないしにたくない!』』』

「く、そ……!」

 

 奴はおそらく能面の術式の詳細を開示する事で、分身か肉体の硬度でも上げようとしたのだろう。だが、わざわざそれを聞いてやるつもりはない。大地の屍たちによる無数の怨嗟の大合唱、倉庫の時とは比べ物にならない世界を揺らす程の音圧によって、奴の言葉を掻き消し身体の自由を奪い取る。

 

 術式の開示などさせない。奴にもう主導権を与えない。

 

「……借りるぞ、七海」

「……!」

 

 俺は背中に隠し持っていた短剣ほどの呪具を取り出す。その呪具には刃などなく、形状だけなら棍棒のようだ。そして斑らの模様が目立つ血染めの布が幾重にも巻かれていた。

 

 それを左手で握りしめ、右手を添えて呪力を込めながら蒐獄に向かって駆けだす。屍が積み重なったぐにゃりとして凸凹の酷い肉の地面でも、この世界の主である俺にとっては平坦に慣らされた地面のように走りやすかった。奴はまだ呪詛に身体を縛られている。

 

「……ぉ、お、ぉぉおおお!」

 

 あと数メートル。狙いは能面。奴の生得術式自体に戦闘能力はない。あの能面を破壊することが出来れば、奴を殺す事は容易くなるはずだ。そうでなくとも傷を負わせてやる。

 

「『誼桙裂屠(ギムレット)』!」

「おおおおお!!」

 

 俺は呪具を力一杯に振るう。その瞬間に蒐獄はその身を縛る呪詛に打ち勝った。回避は不可能だと察したのだろう。俺の狙いがその能面である事も。奴は咄嗟に能面を庇った。

 

「喰らえ!」

「ぉおぉおお゛!」

 

 空間が歪み、黒い閃光が世界に迸る。百万分の一、その刹那の奇跡。

 

 ガギンと轟音が鳴り響く。人の腕と布で幾重にも巻かれた棍棒が出していい金属音ではない。これまで一切の傷を受けていない蒐獄の肉体はまさに鋼だ。かの将門公も、その額を射抜かれるまで戦場でも一切の手傷を負わなかったのだという。確かに硬い。黒閃の一撃だというのに、その金属の光沢を放つ腕は耐え切ろうとしている。左手の呪具がみしりと嫌な音を立てた。

 

 だが、この呪具に宿る術式は『十劃呪法』だ。強制的に弱点を創り出す術式。俺はこの術式を、この術式の持ち主を信じている。

 

「ハァ!」

「っ゛!」

 

 奴の能面を守る右腕を抉り飛ばし、能面にヒビを入れる。しかし、そこで呪具の限界が来てしまった。黒閃による呪具への多大なる負担のせいか、呪力を貪る炎のせいか、想像以上に能面が硬かったせいか。完全には破壊できなかった。

 

 呪具が砕け散る。布の下の白かった骨の破片が、蒐獄の血で赤く染まっていた。それは奴に喰らわせた手傷の確かなる証拠。

 

「お゛ぉぉおお゛お゛!!」

「クソ!」

 

 蒐獄は地の底から響いてくるような唸り声を上げながら、全身に纏っていた炎の勢いを強くした。左腕は大丈夫でも全身を焼かれるわけにはいかない。すぐに後ろに飛び距離を取る。

 

「ハハ! ハハハ! ハハハハハ! 断末魔なんて聴き慣れてるんだよ! こんなんをどれだけ束ようとも、どうせ死に体の負け犬遠吠えだ! もう効かねぇ!」

「……」

 

 右腕の手首より少し下あたりから先を失ったのに、蒐獄は何の痛痒も感じていないように振る舞っていた。イカれている。いや、こいつはそういう人間なのだろう。自分の痛みも他者の痛みも分からない、どうしようもなく救えないクズ。そういう人間だ。

 

「残念だったなぁ! 今のがとっておきの呪具だったんだろ? ハハ! いや、とっておきはこの領域か? ハハハ! 褒めてやるよ!」

「……」

 

 気がつけば黒い炎はかなり燃え広がっていて、この赤と黒の世界が元々そうであったかのように馴染んでいた。奴の言う通り領域はもう限界。世界の輪郭はすでにぼやけ始めていて、遠くの風景は解像度が低い写真のように不鮮明なものになっている。

 

「お前も! お前の家族も! 全てが俺に殺されるんだよ! ハハ! 馬鹿だなぁ! 哀れだなぁ!」

「……違うな」

「あ? 何が違うってんだ?」

 

 俺は右腕で懐に忍ばせた物を取り出す。それは小さな匣。俺の血で綴られた呪符に覆われた匣だ。

 

「お前は二つ間違えてる。一つ目、とっておきはどの呪具でも領域でもない。これだ」

「何言って……」

 

 俺の二十二年間の全ての経験、呪具呪物、この領域、黒閃すらも今この時のための前座。本命はここからだ。

 

「そして、二つ目はお前が殺した俺の家族の数。三人でも四人でもない。五人だ」

 

 だが、それを奴が知らないのも無理はない。奴が家族を殺した二十二年前のあの日は、新しい家族が出来た事を祝う日だった。

 蒐獄が殺した俺の家族は、二人の母に一人の父、一人の妹。──そして、一人のまだ性別も分からぬ胎児。

 

「『常世郷より帰りたまへ』『天磐櫲樟船(あめのいわくすぶね)』」

「──ッ!」

 

 匣の全ての呪符が朽ち果てた。そして、二十二年間溜め込まれた俺の呪力が溢れ出る。この領域全ての呪力を集めても、この呪力量の前では搾りかすも同然だ。いや、それよりも驚くべきはその質。この狭い匣の中で煮詰まった呪力は、この世のものとは思えぬ程に濃密で死の予感を感じさせた。

 

 その中身を、二十二年間溜め込み続けた呪いにあてられ、姿を禍々しく変質させた死胎を手に取る。

 

「『汝、その無垢なる命、穢れし荒御魂と成れ』」

「させるか! ……ッ! 離せ!」

 

 御神体に捧げる祝詞のように、滑らかに力強く言葉を発する。蒐獄もただ見ているだけではなく俺に近づこうとするが、大地の屍達がその身体に絡みついて動きを封じた。

 

「『汝、その純真なる命、狂いし大怨霊と成れ』」

「クソ!」

 

 言葉を続ける。謳い上げるようなその言の葉に、領域内の屍たちが拍手をし出した。いや、魂振と言うべきか。来たる神に捧げる祝福の音色。ただし、手の甲と甲を打ち合わせる逆拍手だったが。

 

「『汝、その潔白なる命、堕ちし禍ツ神と成れ』」

「ぉおぉおおお!」

 

 俺の生得領域が震える。屍たちの拍手喝采は地響きが如きまで莫大な物になっていた。蒐獄がようやく屍たちの人垣を抜けるが、再び足を掴まれ腕を掴まれ首を掴まれて、屍の山にその姿を消す。

 

「『贄は此処に在り、神よ、生まれ堕ちろ』」

「ぉおお゛お゛!」

 

 もう全ての儀式が終わる。この呪物が完成するのを止める事は出来ない。蒐獄は今までで最もドス黒い炎の矢を放ってきた。未だ見た事のない程の熱量だったが、屍が俺の代わりとなってそれを受ける。矢が突き刺ささった瞬間、その屍は真っ黒な炭となった。

 

 俺は左手の奴の血がこびり付いた骨の破片を強く握り、高々と振り上げる。

 

「死屍創術極ノ番『ヒルコノカミ』」

 

 振り上げた左手の骨片を、俺がその魂を歪めてしまった存在に右手ごと突き刺した。




下の挿絵は『ヒルコノカミ』の発動前状態です。
少しでも参考になれば幸いです。
押絵とかは余り好みではない方もいるでしょうし、素人の絵ですのでお目汚しになってしまうかもしれません。
そういった方はどうかお避けください。


【挿絵表示】


出来るだけ呪術っぽい線で描けるように意識しましたが難しいですね。
エヴァのアダムと呪術の呪胎九想図の生物的な気持ち悪さを混ぜ合わせた感じを出したかったのですが、少しでもそれが伝わったら嬉しいです。
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