死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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第四話:呪術師と呪詛師

 まだ俺の名字が司條ではない頃、夏には家族で小さな湖のほとりにある、これまた小さなキャンプ場に行くのが習慣だった。そこはあまり人気ではないのか、他に人がいても一組か二組ぐらいで、人見知りだった俺にはありがたかったのを覚えている。

 

「昔、パパはここでママと出会ったんだぞ」

 

 アルコールに弱いのに、毎回ここにくると必ずお酒を飲んだ父は、顔を赤くしてそんな事をいつも言っていたのも覚えている。

 

刻嗣(ときつぐ)、楽しい?」

 

 まだ赤ん坊の妹をあやしながら、母が俺に問いかける。

 

「うん!」

 

 俺はこの場所が好きではなかった。

 

 青々とした木々の緑は心地よい。自然の中で走り回るのも気持ちがいいし、バーベキューで焼いた肉も特別な感じがして美味しくて好きだ。

 

 だが、湖が嫌いだった。確かに綺麗な湖だ。住んでいるところでは見たことのないような、青くて美しい鳥がよく飛んでいた。カメラが好きな父は、その鳥を撮るために来ていたらしい。

 

 だが子供の頃の俺にはその美しい鳥より、湖の中央にいる悍ましい存在の方が印象深かった。青白い肌の、歪な風船のように膨らんだ存在。何をするのでもなく、ずっとぷかぷか浮きながらと空を見上げている。湖や森の静かで調和した景色の中、その景色の調和を破壊していた。この場所に来るごとに、その身体は醜く大きく膨らんでいる。

 

 その存在に目線をやらないようにしながら、ここでのキャンプで時間を費やしていた。今思えばそれは幸運なことで、俺は町でも時々見かける奇妙で醜い存在に、目線をやらないようにして生活していた。その存在が呪霊と知ったのは少し先の事で、奴らは見られていると気がつくと襲いかかってくる性質があるらしい。

 

 目線をやらないようにしてたのは、本能的に奴らの性質に気付いていたわけではない。単に俺が臆病で、その気持ちの悪い存在を見ていたくないからだった。

 

 それに、家族の誰にも見えていない存在が見えているとまだ小さな子供の頃に気がついたのは、ひどく心細い事だったと覚えている。

 

 もし、早くにその事を両親に相談していれば、きっと家族は全員助かったはずなのだ。ただ、俺が両親に心配かけたくないと変に気を使ってしまったせいで、みんな死んでしまった。自分の愚かさが呪わしい。自分の短慮が呪わしい。

 

 だが、それ以上に、あの能面の黒い炎の男が許せない。

 

 俺は、奴を殺さなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

「『砥川善一(とがわぜんいち)。元二級術師。四年前、地方での呪霊祓除任務中に一般人を術式により殺害。呪術規定第九条違反を確認。以降、対象を高専から追放、呪詛師と認定』っすか。術式の情報は……」

 

 補助監督が運転する夕方の高速道路を走る車の中、二級術師である猪野がとなりの席で、高専から支給されたタブレットに表示された情報を読み上げた。砥川善一、それが今回の討伐対象だ。

 呪術を扱い、一般人や他の術師に危害を与える呪詛師。俺の家族を殺した能面の男の同類だ。まぁ、能面の男と比べると、今回の対象は圧倒的に小物ではあるが。

 

「……『干支揃え』? どんな術式ですかね?」

「十二体までの呪霊を取り込み、干支になぞらえた性質を与えて強化し操る術式らしい」

「え、強くないっすか?」

 

 猪野があげた疑問に、その答えを予め対象のプロフィールを読んで知っていた俺が答えた。確かに強力な術式ではあるが、それ故に弱点もある。

 

「確かに強力な術式だが、十二体いないと付与する性質が格段に弱くなるらしい。それがブラフかもしれないが、まず一体を祓って様子を見て、押し切れそうだったらそのまま押し切ればいい」

「操ってるのが一級だとか、特級の可能性は?」

「そうだったらお手上げだな。だが、四年前の時点で取り込んでいる呪霊の最高等級は準一級だ。それも、高専の呪術師の力を借りて何とかだったそうだ。その程度の術師が、呪詛師に堕ちて高専のバックアップがなくなったのなら、せいぜいもう一体準一級を取り込んでいる程度だろう」

 

 呪霊の取り込みに他の呪詛師が力を貸していたら、もう少し強い呪霊が手札にあるかもしれない。呪詛師には呪詛師の暗い繋がりがあるからだ。ただ、呪詛師どもが他者のために術式を持つ準一級以上の呪霊の取り込みに力を貸すのは、相当金を積まないと無理だろうなとも思う。

 高専の助けで取り込んだ呪霊の術式も、対して恐るべきものではない。もちろん十分に警戒すべきではあるが、二級術師の猪野でもおそらく祓えるだろう程度の脅威だ。

 

「なるほど。だから一級の司條(しじょう)さんと二級の俺だけなんすね」

「まぁ、そうだな。上は俺らだけで十分だと判断したんだろう。十二体一気に襲ってくる場合が怖いが、そうなったら引きながら少しずつ削ろう。お互い遠距離攻撃ができるしな」

「了解っす!」

 

 猪野の術式は二級術師の中では十分に強い。油断しなければ何とかなるはずだ。砥川自体の戦闘能力は高く見積もっても二級程度。式神使いとの戦い方をベースに組み立てていけば、戦闘でも危険性は少ないだろう。

 

「おそらく潜伏しているのは渡益山(とえきさん)だったか。……妻鹿さん、まずその山の麓の渡益村に行くんですよね?」

「ええ、そうです。その村の民宿を借りていますので、そこまでお送り致します」

 

 運転している若い男の補助監督に聴くと、ハキハキとした声でそう答えた。

 

「あとどれぐらいで着きますか?」

「そうですね。高速を降りて、まだ少し行かなきゃダメなので、もう少しかかると思います」

「それまで寝てても大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。お気になさらずに」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 その返答を確認してから、隣でタブレットの情報を読み込んでいる猪野にも声をかける。相手は山に潜伏している呪詛師だ。予め罠だとか結界を張っているかもしれない。体力や集中力も切らすわけにはいかないだろう。

 

「猪野、お前も休んどけよ」

「うっす、でももう少し情報を頭に入れときたいんで!」

「そうか、まぁ、あんまり張り切りすぎんなよ」

 

 そう俺は答えて目を窓にやる。窓の外で夕日が山の谷間に沈んでいくのが見えた。呪霊を取り込む術式に、昔世話になった先輩のことを思い出しながら目を閉じる。

 

 どうにも、嫌な予感がまたしていた。

 

 

 

 

 

「司條さーん、着きましたよ」

「……ん、起こしてもらって悪いな」

 

 猪野の声に目を覚ました。窓の外には、すっかり夜の闇に覆われた田舎の風景があった。灯りは少ないが、呪霊がいるような様子はない。車から出て、トランクに積んである荷物の回収に向かう。

 

「大丈夫っすよ。妻鹿さん運転ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

「いえいえ、ご武運を。任務を終えたら連絡をくださいね。回収しに参ります」

「了解しました」

「了解です!」

 

 荷物を全て降ろしたあと、妻鹿さんが運転する黒い車は元来たであろう道を帰っていく。それを見送り、荷物を持って民宿に入る。時計は九時の少し前を指していて少し遅かったが、まだ受付をしていて助かった。

 両手(・・)に荷物を持ち、背中に大型のチェロケースを背負った和服の男と、軽装の若い男の組み合わせに少し不審な目を向けていたが、特に何を言われる事もなく部屋に案内された。面倒ごとには関わりたくないのだろう。案内された和風の一室は、思っていたよりも広く快適そうだ。

 荷物を置き、車に乗る前にコンビニで買っておいた蕎麦を食べながら話す。

 

「とりあえず、今日は休もうか。呪詛師が根城にしてるかもしれない夜の森は危険だ。明るくなってから、明日の朝に山に潜ろう」

「了解です! 一応見張りも必要ですよね。呪詛師が感づいてるかもしれないし、まず俺が見張っときましょうか?」

「いや、俺は車で寝ておいたし、俺が見張ろう」

「え、いいんですか? 時間で交代します?」

 

 アジフライ弁当を食べている猪野の提案に、少し考えてから答える。

 

「……いや、大丈夫だ。こいつらもいるしな。お前は朝まで寝とけ」

「ありがとうございます!」

 

 俺が持ってきた荷物を叩きながらそういうと、猪野は素直にそう返した。山歩きはかなり体力を使う。起伏や溜まった落ち葉だけでも肉体的にキツイのに、どこに潜んでいるかも分からない呪詛師や呪霊に警戒し続けるのは精神的にもひどく疲れるだろう。術師とはいえ、普通の身体をしている猪野を休ませるべきだと判断した。

 

「そうだ、猪野。討伐対象の呪詛師のことだが、できたら生け捕りにしたい」

「別にいいっすけど、何でですか?」

「聞きたいことがあってな、無理はしなくていい。殺さなきゃ危険がありそうだったら、迷わず殺せ」

「了解です」

 

 呪術師が高専で繋がっているように、呪詛師も闇で繋がっている。いや、呪詛師は小賢しく狡猾に立ち回らないと、高専にすぐに目をつけられるためにそうするしかないのだろう。基本的には呪霊だけで手一杯な高専には、呪詛師全てを追う人手が足りないのだ。人を何人も呪殺するなど派手な事をしていない限り、中々動き出すことが出来ない。

 呪詛師が闇で繋がっているからこそ、もしかしたら俺の家族を呪殺した能面の男の情報を持っているかもしれない。二十年以上手掛かりがないその男について、はした金欲しさに呪詛師になった小物が知ってるとは思えないが、一応聞いておきたい。

 

「本当に無理はしなくていいからな」

 

 そんな個人的な要件で他人を危機に晒すわけにはいかないので、念を押しておく。

 

「大丈夫っすよ。それに、俺もできたら人は殺したくないんで。捕縛して高専に連れてけば、後は上がいいように処理してくれますよ」

「悪いな」

「それぐらい大丈夫ですって」

「そうか、助かる。……なら、この任務が終わった後、飯でも食いにいくか。俺の奢りだ」

「え! じゃあ焼肉いきましょ! 焼肉!」

「ああ、いいぞ」

「やったー!」

 

 その後も、色々と接敵した時の打ち合わせをしたりして夜も更け、十二時近くになった頃には、「ここの風呂温泉ですよ!」とテンションの上がっていた猪野は眠っていた。

 

 ぐっすりと眠っている猪野を横目に俺は、畳の上に寝かされた呪符を貼られてぬいぐるみのように脱力している異形たちを前に、呪力を込めた言霊を口ずさむ。

 

「『葬頭河の淵より群れて出よ』『朽鼠(きゅうそ)』」

「『葬頭河の淵より化けて出よ』『狐狼狸(ころり)』」

「『葬頭河の淵より叫びて出よ』『以津魔天(いつまでん)』」

 

 その言葉に反応し、異形に貼られていた保命延年符に似た呪符が朽ちた。そして、異形たちが起き上がる。

 

 背中に人の目玉が埋め込まれた鼠の異形が二体。狐の顔に狼のような身体と狸の尾を持つ異形が一体。猿の仮面を被った頭部に、蛇の尾がくっ付いた大きな鷲の身体を持つ異形が一体だ。

 

「この宿を中心に警戒しろ。もし呪霊や怪しい人間がいたら鳴け」

『ピィピィ!』

『くぉん!』

『いぃつまでぇ!』

「……以津魔天、お前は鳴かなくていい」

『いつまでぇぇ……』

「ほら、行ってこい」

 

 窓を開けると以津魔天は飛び去り、狐狼狸は軽やかに飛んで出て行き、それに続くように朽鼠たちが最後に出て行く。深い夜の闇に消えていく異形の姿を見て、一般人(・・)に見られる心配はないだろうと安心した。

 

 部屋にぽつんと残された俺は直垂の懐に手を伸ばし、そこにある硬質な感触を確かめる。その確かな感触と呪力を持つ物品を取り出そうとして──やめた。明日には呪詛師と戦う可能性がある。余計な消耗は避けるべきだ。

 

 座り込んでスマホを取り出し、片耳だけにイヤホンを付けて適当な音楽をかける。いつ敵が来てもおかしくないように弓と矢を近くに寄せ、目釘を外さない程度に刀の手入れをする。

 

 そんなことをして、夜が明けるのを待った。




実はお気に入りが10行くまでちょくちょく小説情報を見ていて、10になったやったーと思っていたら、なぜか自分もお気に入り登録していて自分を入れて10で恥ずかしかったです。

作者も自分のをお気に入り登録できるんですね。

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