死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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最近友人たちとビリヤードに行ったんですが、二箇所から出血しました。

ビリヤードって結構ハードなスポーツですね。


第五話:追跡者と追放者

 山の合間から太陽が顔を現す。直視できる程度の優しい朝焼けが、山の深い緑に映えている。

 

「猪野、そろそろ起きろ」

「……おはようございます。動きはありました?」

「雑魚呪霊は何体かいたが、関係のなさそうな野良だな」

 

 いつ呪詛師が襲ってきてもいいように、弓矢を携え夜通し警戒していたのだが、あまりに動きがなくて拍子抜けした。見張りをさせた朽鼠(きゅうそ)らが見つけた呪霊も、蠅頭より少し強い程度の雑魚が数体だ。それらもあっけなく祓うことができ、呪詛師とは関係ないだろう。

 

「準備はできたか?」

「うっす、いつでも行けます!」

「よし、なら行くぞ」

 

 弓矢と刀を一度チェロケースの中にしまって背負い、大きい手持ちカバンを一つ持って受付へ行く。呪詛師が見つからなかった時のために、もう一泊する旨を女将さんに伝えるためだ。やはり、男の二人組で大きな荷物を持っている俺たちのことを不審な目で見ていたが、何も口にすることはなく民宿を出て行く俺たちを見送った。

 

「なんか俺ら怪しまれてません?」

 

 民宿から出た後、こそこそと猪野が耳打ちしてきた。どうやらあの女将の目が気になったらしい。

 

「まぁ、死体でも山に埋めに来たと思われてんじゃねぇか?」

「え、そんなことないんですけどね」

「実際、似たような仕事だろ」

「はは、確かに」

 

 そんな風に誤解されているのは、十中八九でかいチェロケースを背負って山に向かう俺のせいだろうが、これがないと仕事にならないんだから仕方ない。

 人の目がなさそうな程度に山を登ると、俺はケースを開けて弓を取り出して数本の矢と刀を取り出す。矢の先端が人間の指なのが半分、小さな壺のようなのが半分だ。手持ちカバンから矢筒を取り出し、矢を入れ左腰に付ける。反対側に刀を差したりして準備をしていると、予め待機させておいた朽鼠らが茂みから顔を出した。

 

「山の中に人や血の匂い、残穢はあったか?」

『くくぉん!』

 

 一番鼻が効く狐狼狸(ころり)が俺の質問に肯定し鳴いた。それを確認し、狐狼狸と他の奴らに命令をする。

 

「そうか、とりあえずそれを辿ってくれ」

『くぉん!』

「朽鼠、以津魔天(いつまでん)は周囲の警戒を」

『ピィ!』

『いつまでぇぇ!』

「……やっぱ便利っすよね。この子ら」

 

 俺たちのそんなやりとりを黙って見ていた猪野が、散開した朽鼠たちを見ながら口を開いた。

 

「あ? どうした急に」

「索敵苦手なんで、司條(しじょう)さんの術式が羨ましくて」

「俺は一級だと戦闘能力は劣るが、索敵能力はそこそこあるからな。こいつらのおかげで」

「十分強いですけどね。あ、荷物持ちますよ」

「助かる。カバン持ってちゃ弓が引けねぇわ」

 

 狐狼狸を先頭に、俺と猪野が真ん中でその両端に朽鼠がいて、後ろに以津魔天が飛んでいる陣形で森を進む。矢を弓にたがえて十分に周囲を警戒しながら、俺は半歩後ろの猪野に話しかけた。

 

「強いといえば、お前の術式のが強いだろ」

「え、そんなことないっすよ」

「そうか? 七海にも褒められたんだろ?」

「そ、そうですね」

 

 猪野の術式である『来訪瑞獣』はかなり強力な術式だ。降霊術の一種であり、四種もの異なる能力を発現できる。それは実質的に普通の術師よりも手札が多いということを意味し、対応できる場面も多く有用だ。

 

「俺はお前の術式が羨ましいよ」

「いやいや司條さんのがいいですって」

「なら、俺の術式が使えるなら使いたいか?」

「え、いや、それはその」

「ははは、それが答えだ」

 

 少し意地悪なことを聞いてしまったかもしれないが、言葉に詰まる猪野の様子が面白くて笑ってしまう。こんな扱いづらい術式なんか、そうそう欲しがる奴はいないだろう。

 そんな他愛もない話をして山を分入っていると、ふと頭に疑問が浮かぶ。その気になったことについて猪野に聞く。

 

「なぁ猪野。お前の術式って顔を隠すことで自身を霊媒にして、瑞獣の力を降ろしてんだよな?」

「はい、そうっすよ」

「顔を隠してると戦いにくいか?」

 

 その質問に猪野は少し考えてから答えた。

 

「えーと、そうですね。多少視界が狭まるんで戦いにくいですけど、そうしないと術式が使えないんで、どうにかして慣らしましたね」

「そうか。……なら、顔を隠してる呪詛師がいたらどんなことを疑う? 例えば……能面だとかで」

「能面? そうっすねぇ」

 

 続けた俺の質問に、猪野は先よりも長い時間考えている。おそらく、自分が能面を被った呪詛師と対峙した時、どのようなことを考えるか実際に脳内で相対してみて考えているのだろう。

 しばらくしてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「まず、顔が割れるのを避けてるのを疑いますね。次に相手の術式絡みですかね」

「なるほど。続けてくれ」

 

 続きを促すと、猪野は言葉を続ける。

 

「前の理由は呪詛師なんて後ろ暗い事やってるんですから、顔はまぁバラしたくないでしょうしね。でも、能面……わざわざそんなものを着けてたら、術式に関係あるのかとどうしても勘繰っちまいます。俺の術式が術式なんで」

「お前の術式が顔を隠すからか?」

「そうですね。能面ってつまりは一種の仮面だから、やっぱり降霊術に関わってくると思うんですよ。古来から日本だけでなく海外でも、仮面を被り自分とは別物になって超常的な力を行使しようとしたり、神を宿して奇跡を起こそうとしてたんで」

 

 ほら、シャーマンとか変な仮面被ってるイメージありません? そんなふうに言葉を続ける猪野に、なるほどと納得しながら能面の男について考える。確かに、顔を隠すだけならもっと他の手の入りやすく、視界の確保できるものがあるだろう。

 

 例えば、バイクのフルヘルメットだとかの方が手に入りやすく、能面よりも丈夫で視界も開けている。能面なんて買ったら足がつきそうな代物を、わざわざかぶる必要はない。だとすると、やはりあの呪詛師の術式絡みだろうか。

 

「しかし、なんでそんな事聞くんです? そういう呪詛師とでも戦ったんですか?」

「ああ、まぁ、そんなとこだ。色々教えてもらって悪いな。降霊術の本職から話を聞けて参考になった、ありがとう」

「いえ、これぐらいならいくらでも大丈夫ですよ」

 

 今は目の前の任務のことの方が大事だと気持ちを切り替え、頭の中からあの能面の男に対する憎悪を排除する。どう頑張っても燻り続ける憎悪から目を背けるように、まだ朝だというのに薄暗い深い森に視線を向けなおした。

 

 

 

 

 

「やっぱ山歩きはキツいっすね」

「登山道を外れると特にな。ほら、水だ」

「あざっす! ふぅ、カロリーメイトいります?」

「お、助かる。ありがとうな」

 

 四時間以上は歩いて太陽が真上になった頃に、涼しげな沢に出たので少し休憩することにした。山の中で直射日光は少ないといえ、八月近い気温の中歩き続けるのは術師とはいえキツい。

 猪野から受け取ったメープル味のカロリーメイトを齧りながら、小話に興じる。

 

「しっかし、なんで砥川(とがわ)はこんなとこにいるんですかね! 探すこっちの身にもなってほしいっすよ」

「はは、そうだな。まぁ、奴さんとしては見つかりたくないから、その点でいえば理にかなってる」

「でも夏の山の中に潜まなくてもいいじゃないですか!」

「そうだな。……ほら、そろそろいい頃合いだろ。もう少し深くまで潜って、見つからなかったら一度帰ろう」

「了解!」

 

 一休みを終えて、再び山の中へ分け入っていく。随分前に登山道からは逸れていて、整備されていない山道はかなり歩きにくい。四つ脚の狐狼狸や飛んでいる以津魔天が羨ましくなってきた頃、先導する狐狼狸が妙な行動を取った。

 

『く、くぉーん』

「狐狼狸、どうした?」

「どーしたんすか? 司條さん」

 

 休憩してから数時間後、狐狼狸は困惑した様子でその場でクルクルと回り始める。困ったような様子だ。どうやら、辿ってきた匂いが途絶えてしまったらしい。

 

「対象の匂いを見失ったらしい」

「あらら、そうですか。一度引きます?」

「ああ、そうし……どうした? 猪野」

「あれ、なんすかね」

 

 何かを見つけたような様子の猪野は、十メートルほど離れた木の、少し高いところに巻きつけられた茶褐色の布を指差していた。少し離れた奥の木にも同じような布があり、どうやら等間隔で木に巻きつけられているようだ。

 

「境界標か? いや、こんなには必要ないか」

「近づいてみます?」

「ああ、そうしよう」

 

 森林の土地の所有権を分かりやすくするための境界標の一種かと思ったのだが、それならもっと目立って分かりやすくするはずだ。こんなぱっと見だと木と同化していて、見落として気がつかないような色を使うはずがない。

 

「ちょっと、届かないっすね。登ります」

「いや、いい。朽鼠、噛み切ってこい」

『ピィピィ!』

 

 朽鼠がすいすいと木を登り、その布に歯を突き立てた。もし誰かの所有物だと申し訳ないが、人を殺した呪詛師を見つけるためだ。それに、妙に小綺麗なその布は深い森の中では明らかに浮いていた。少しして噛み切れ、布が地面に落ちる。その裏地を見て猪野が驚いたような声を上げた。

 

「司條さん! これ!」

「ああ、どうやら“当たり”らしいな」

 

 その裏地にはびっしりと呪符が貼られていた。そして、呪符を破壊したことで隠されていた結界──帳の一部が可視化される。おそらく、この木々に等間隔に巻きつけられた布の呪符によって帳を維持し、術師にも()()()()()()()()を張っていたのだろう。

 

「帳自体の効果は、呪力を外に出さないのと迷い込んだ非術師を追い払う効果あたりか?」

「多分そんな感じっすね。でも、この帳に入るまでの匂いが残ってるということは、多分対象は今いるってことですよね?」

「ああ、おそらくな。……侵入するぞ」

「はい!」

 

 狐狼狸を先頭に帳に向かって進む。黒い壁の膜を通り抜ける感覚がするが、特に抵抗してくる様子もなく入り込めた。

 だが、その帳の中の異様な雰囲気に顔が歪むのを感じた。隣の猪野も同じ雰囲気を感じたようで、少し狼狽した様子で口を開く。

 

「なんすかこの呪いの気配! 対象は二級術師程度じゃないんすか!」

「……これは、まずいな。少なく見積もって一級はある。……いや、もしかすると……」

 

 特級かもしれないと、後に続くその言葉を飲み込んだ。しかし、少し前に戦った口裂け地蔵の領域に満ちていた空気よりも、禍々しく濃厚な呪いの気配だ。呪力感知は得意な方だが、すぐそばにこの気配の主がいるのか遠くにいるのかすら分からない程、感覚を狂わせる強い気配。

 

「猪野、カバンをよこせ」

「……うっす」

 

 弓矢を置いて猪野が持っていてくれたカバンを受け取り、中からまた新たな異形を取り出す。それは今までの異形よりも大型で、いくつもの呪符が貼られていた。

 

「『葬頭河の淵より猛りて出よ』『伽楼堕(ガルダ)』」

『グガァァア!』

 

 貼り付けられていた呪符が朽ち果て、解放された異形が勇ましい声で鳴く。筋骨隆々な人間の腕が付いた大鷲だ。宿す呪力量も、偵察用の狐狼狸や以津魔天とは比べ物にならない程に多い。その人間の腕は、鈍く輝く赤黒い紋様が刻まれていた。

 背負っていたチェロケースを開け、細身の槍を取り出して伽楼堕に手渡す。同時に、周期的に膨張と収縮を繰り返し蠢く呪符に覆われた握り拳ほどの物体と、白い布で覆われた二尺ほどはある長い荷物を取り出した。握り拳ほどの物体を懐に入れ、荷物の方を以津魔天に持たせる。

 

「……一度撤退しません? 正直、俺たちの手に負える案件じゃないと思うんですが」

 

 確かに俺も撤退出来るならしたいが、そういう訳にもいかないだろう。おそらく、この気配の主は呪詛師ではない。もっと別の何かがここにはいる。

 

「……すでに呪符を破壊し、帳に入ったことはバレてる。この帳と気配の主が違うとしても、こんな気配を放つ奴だ。もう気づいてるだろうな。逃げても背中を刺される。最悪、村の非術師が犠牲になる」

「それは、そうですけど」

「安心しろ。特級とはやりやったことはある。遭遇しても無理に祓いにいかずに、ある程度ダメージを与えて撃退するのを目標にしよう」

「……了解です」

 

 大き過ぎる気配に警戒しながら、無言で帳の中の山を進む。先のように軽口を言い合う余裕もなく、荒い息遣いと落ち葉を踏みしめる音、伽楼堕と以津魔天の羽ばたく音だけが聞こえる。

 

 夏だというのに、いやに寒く。それなのに汗が止まらない。

 

 がさりと、茂みが大きく揺れて人影が飛び出た。

 

「誰だ!」

「お、お前たちもあいつの仲間か⁉︎」

 

 飛び出してきた人影は、金髪で線が細くチャラチャラとした小物で着飾った男だった。売れないホストのような風態。それは紛れもなく、プロフィールで見た呪詛師である砥川善一だ。しかし、焦りに顔を歪めて酷く息を切らしている。まるで、怪物から逃げ回っている鼠のような弱々しさを感じた。

 俺はいつでも矢を放てるようにしながら、狙いを眉間に合わせながら口を開く。

 

「高専の司條だ! “あいつ”とは何だ!」

「こ、高専! っ、もう何でもいい! あいつを祓ってく……」

nigashimasenyo(逃がしませんよ)

「クソッ! もうやられたのか!」

 

 現れたのは、白い身体に黒の模様を持つ妙な雰囲気を纏った呪霊。人型で、発する言葉が理解できない音の羅列であるのに、何故だか理解できて気持ちが悪い。

 

「『十二支より来たれ辰!』行け!」

『シュラァァア!』

 

 巨大な蛇のような呪霊が、砥川の言葉とともに現れて白い呪霊へと矢のように向かう。砥川の言葉と術式からして、取り込んで『辰』の性質を与えて強化した呪霊なのだろう。一級にも届きうる存在感があった。しかし、相対しているのは特級だ。それも、相当高位の存在。

 

orokana(愚かな)

「く、ガァ!」

 

 その白い呪霊が手をかざすと、いくつもの槍を束ねたかのような鋭さと太さを持つ木の根が発生し、『辰』もろとも砥川の胴体に風穴を開けた。致命傷だ。絶命している。

 それを見ていた俺は、小さな声で猪野に話しかけた。

 

「……猪野、祓除した呪霊の最高等級は?」

「……準一級っす」

「そうか。……なら、その万倍やばいと思え」

mokutekidegarimasenga(目的ではありませんが)

 

 白い呪霊の視線が──目はなく、眼窩からは小さな木が生えているだけだが──明らかに俺らに移ったのを感じた。どうやら、逃がしてくれるつもりはないらしい。

 

「来るぞ! 構えろ!」

「っ! はい!」

shindeitadakimasu(死んで頂きます)

 




花御のセリフは次のお話から普通になります。原作でも最初の方はよく分からない言語だったけど、途中から普通になってたから大丈夫ですよね?

正直、一々フォントを変えるのがめんど……読者の皆々様方が読みやすいのが一番大事ですのでね。
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