死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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第六話:盤根錯節と轟音炸裂

「『射し指』!」

「一番『獬豸(カイチ)』!」

『そんな攻撃に意味などありませんよ』

 

 俺の放った矢も猪野の放った霊獣の力も、白い呪霊は避けずにその身体で受けた。だが、その白い鎧のような外皮を纏った身体には傷一つ付いてなく、彼我の圧倒的な実力差を残酷に示している。

 

『すぐに楽にしてあげましょう』

 

 その言葉とともに呪霊の背後に巨大な植物が現れた。異常に悍ましく育ちきった巨大なひまわりような姿形だが、黄色い花のあるべき所にはナハナハと狂ったように笑う種がびっしりと詰まっている。

 その異形の種子を見て、背筋に悪寒が走った。

 

「猪野! 俺の後ろに!」

「了解!」

 

 とっさにそう叫び、弓を足元に捨て左手で刀を握る。背負っているケースの肩掛けを切って邪魔なケースを地面に落とし、その流れで刀を納刀した。地面にケースが落ちて音を立てるのと同時に、数え切れないほどの量の種子が射出される。

 

「『骨奪技巧(こつだつぎこう)』! シン・陰流居合『露払い』!」

『ほう。なかなかやりますね』

 

 左手に呪力を流し込み、その腕に蓄積された技術と経験を強制的に発露させる。身体が腕の動きに合わせて踏み込み、無理やりに身体を捻って何百年積み重ねられた技術体系のその一端を模倣した。

 

「ッ!」

 

 なんとか種は全て凌ぎ切ったが、残心を残す身体に鈍痛が走る。それもそうだ。俺はシン・陰流など納めていない。

 その技を使う身体ができていないのに、自分の関節の可動域や筋肉の柔軟性を無視して無理やりに技を模倣しているのだから当たり前だ。何年何十年も刀を振ってきて身体が適応している者たちとは違い、多少剣術をかじった程度の俺では負担が大きすぎた。せいぜい、シン・陰流の技はあと二度行使するのが限界だ。

 しかし、そのことを相手にバレないようにさも平然を装う。まだまだ俺はいけるぞと誇示するために、口角を吊り上げて余裕そうな表情を浮かべて呪霊に笑いかけた。

 

「おいおい、どうした? その程度か?」

『なるほど、ならばこちらで行きましょうか』

「チィ!」

 

 あわよくば俺らが脅威だと、もしくは少々骨が折れる相手だと認識せて引かせることが出来れば上々だと思っていた。だが、まだまだ奴にとっては俺は脅威たりえないらしい。

 今度は指先から植物の鞠のような物を三つ生成し、俺たちの方へと飛ばしてきた。

 

「お前は本体を! 鞠は任せろ! 『燐華』!」

「了解! 『獬豸』!」

『ふむ』

 

 胸元から呪符が貼られた小さな団子ほどの大きさの球体を三つ取り出す。強く握って呪力を流し込み、飛来する鞠に向けて思いっきり投げつけた。鞠に着弾すると同時に燐華は轟と炎上し、植物の鞠を焼き切る。

 

「その調子で奴も燃やしてくださいよ!」

「生木は燃えにくいんだ!」

 

 猪野が再び繰り出した『獬豸』は、呪霊に軽々と右手で防がれた。その光景を見て、このままだとジリ貧でいつかは戦闘能力の優っているあの白い呪霊に押し切られ、二人とも殺されるだけだと状況分析を終える。

 

 俺たちのこの場での生存方法は三つ。

 

 一つ目は討伐。

 これはほぼ不可能だ。この特級呪霊の戦闘能力の底は見えていないが、今までに祓ったどの呪霊よりも強力だろう。特級は一度祓ったことがあるが、こんなにも流暢な言葉を話すような存在ではなかった。この呪霊は独自の言語体系を持っているようだから少し違うかもしれないが、明確に言語を使っている以上は俺の祓った特級よりも格上であることは確実だ。独自の言語を操っている以上、人間よりも格上かもしれない。感じる呪力も桁違い。おそらく領域も持っているだろう。勝ち目はゼロに等しい。

 

 二つ目は逃走。

 しかし、ただ逃げ切るのもまた不可能に近い。この帳を張っていた砥川も自身の結界内ですら逃げ切れていなかったのに、俺たちが山の中で逃げ切ることができるとは考えられない。追ってきたこの呪霊に非術師が殺される可能性もある。それだけは絶対に避けねばならない。だが、戦闘で相手を消耗させてその間に逃げることは、選択肢の一つとしてまだ討伐するよりも現実的だ。

 

 三つ目は撃退。

 基本的に上二つの勝利条件を満たせない以上、この方法を狙うしか俺たちに生き残る術はない。この呪霊に消耗させるなり面倒な相手だと認識させるなりして、俺たちと戦う意思をなくさせるのだ。その為にはこの特級相手に戦って、最低限太刀打ちできるのが大前提。撃退するにしろ逃走するにしろ、戦う事は絶対に避けることができない。

 

伽楼堕(ガルダ)! 槍を使え!」

『ガァァアア!』

『式神!』

「ああ! そうだよ!」

 

 この呪霊は、おそらく俺の事を呪具で自身と式神を武装した式神使いだと考えている。

 この呪霊についての情報を一級の俺でも持ち合わせていない。上の怠慢か俺への嫌がらせでなければ、この呪霊はまだ発生して日の浅いのか、今まで被害を出さず潜伏していたのかということだろう。このことが意味するのは、術師と戦った経験は少ないという事だ。シン・陰流も知っている可能性は低い。俺たちの本当の術式に思い当たる可能性も低いはずだ。術式持ちとの戦いにおいて、術式を知っているか知らないかは最も重要な要素の一つ。術式の開示が一つの大きな縛りとなるほどに。

 

 ならば、その勘違いを利用するほかない。

 

「突き刺せ!」

『樹々よ!』

『ガァァアアァア!』

 

 上空で滞空し様子を伺っていた伽楼堕が、俺の声に反応して急降下し呪霊に迫った。伽楼堕が持つ呪具に警戒したのか、呪霊は足元から樹々の槍を生み出し迎撃する。しかし、伽楼堕はその飛行能力を活かして、間一髪で全ての槍を避け切り肉薄した。

 

『くッ!』

 

 急降下し重力を味方に付け、伽楼堕はその筋骨隆々な右腕に携えた槍を突き立てる。流石の特級でも、何十メートル上空からの勢いがついた呪具の刃から完全にその身を守ることは出来なかったようだ。

 穂先が少しだけその白い外皮の右腕に突き立つ。

 

『この程度……!』

「伽楼堕良くやった! 『(カン)』!」

『ッ!』

「カバンは捨て置いて走れ!」

「はい!」

 

 穂先の紋様が赤く輝き、呪霊の右腕を貫通する。怯んだ様子の呪霊を見て納刀し、足元の弓を無理矢理に矢筒に押し込みチェロケースを素早く拾い上げて猪野に叫んだ。

 

「どうせすぐに追ってくる! 油断はするな!」

「了解!」

 

 一瞬稼いだ時間を利用して、山の険しい道を走りながら猪野に話しかける。

 

「猪野! やって欲しいことがある」

「っ! なんすか!」

「それは──」

 

 あの呪霊に少しでもダメージを与える為の作戦を猪野に話す。それには猪野の術式が必要で、成功すれば特級と言えども小さくはないダメージを与えられるはずだ。しかし、タイミングが重要で作戦を共有する時間が必要だった。

 

「──だ。できるか⁉︎」

 

 俺の作戦に顔を隠して目だけを出していた猪野は頷き、了承した様子でこちらを見ながら口を開く。

 

「やってやりますよ! そうでもしないとあの化け物からは逃げられなさそうで……奴が来ます!」

「クソ! もう追ってきたのか!」

『逃がしませんよ!』

 

 呪力で強化した脚で全力疾走していていたのに、呪霊は軽々と俺たちに追いついた。それは呪力量も肉体的にも、俺たちより圧倒的に優っているという事だ。

 背を向け逃げるのをやめてチェロケースを投げ捨て、再び左手を刀に掛け呪霊に向き直る。

 

「『骨奪技巧』! シン・陰流居合『新月』!」

 

 剣閃すら認識できないほど、速さに特化した高速の居合で追跡者を迎撃する。二級程度なら容易く両断するその刃を、小さな木が生えた顔面向けて思いっきり振り抜くが、鎧のように硬い白い外皮には跡が残る程度だった。しかし、眼窩から生える小さな木は刃は受けて欠ける。

 どうやら、あの木は他に比べて脆いらしい。

 

「もう一発喰らいやが……」

「司條さん! 足元!」

「ッ! 助かった! 猪野!」

『外しましたか』

 

 もう一発刃を突き立ててやろうかとした瞬間、猪野の声に足元の土がわずかに盛り上がったのに気付く。とっさに後ろに飛び退くと、足元から剣山のように鋭く尖った樹々が勢いよく突き出た。もとよりカウンター狙いで刃を受けたのだろう。もしそのままあの場にいたら、身体中が穴だらけになっていたことにゾッとする。

 

「『獬豸』!」

『だから、効きませんよ』

「チッ!」

「クソ!」

 

 呪霊は瞬間的に発生させた植物をこちらにさし向ける。その速度は瞬き一つでもすれば反応が間に合わないほどで、その内の一本が頬をかすめて傷を創った。流れ出た熱い血液が頬を濡らす。

 

「『(レキ)』!」

「『獬豸』!」

 

 ガンベルトのポーチを開け、赤い紋章の刻まれた平たい石のような物を取り出して投げつける。初見の俺の攻撃は警戒したのか呪力で強化した右腕で受けたが、猪野の『獬豸』ほどの攻撃力のない『礫』は傷一つ与えることが出来なかった。

 

『もう終わりですか?』

 

 大きな樹の塊から何十本もの鋭く尖った樹々が飛び出し、面攻撃で襲いかかってくる。躱すことは不可能だと判断し、刀を納刀し再び居合の体勢をとった。

 

「『骨奪技巧』! シン・陰流居合『露払い』ッ!」

『凌ぎ切れますか?』

 

 過度な負荷に身体が悲鳴をあげる。身体を高速で捻り刀を振り、迫り来る樹の槍をなんとか凌ぐがその勢いは中々衰えない。

 

「『獬豸』!」

『邪魔ですね』

「『骨奪技巧』! シン・陰流居合『新月』!」

 

 猪野へと注意を向けた瞬間、樹々による攻撃の嵐が一瞬緩まった。その隙に猪野との間に飛び出し、無理をして刀を振るう。

 四度目のシン・陰流の技の模倣。三度の限界を超えたシン・陰流の技の行使に、身体中の少なくない筋肉が断絶したのを感じながらも無理矢理に模倣した技は、呪霊の呪力を込めた右腕で完璧に防御されていた。

 

「クソッ!」

『動きが鈍っていますよ?』

「な! しまっ!」

「司條さん!」

 

 完璧に防御された事と限界を超えた技の模倣による反動で、僅かに俺の動きが止まったのを呪霊は見逃さなかった。俺の足元に小さなツタを生成し、右足を絡め取った。

 

「ッ!」

『串刺しになりなさい』

 

 細長いツタとは思えないほどの強靭な力によって、身体が宙に持ち上げられて振り回される。勢いをつけ、剣山のように鋭い樹々が生成された地面に叩きつけるつもりだと、急速に迫る地面に発生した樹々を見て理解した。

 

以津魔天(いつまでん)!」

『いつまでぇ!』

 

 何とか刀で足を縛り付けるツタを切った。飛んでいる以津魔天を空中で蹴り飛ばし、身体を何とか剣山へ向かう軌道から逸らす。しかし、完全には軌道を変えることは出来ずに地面に叩きつけられた。背中を強打し、左腕に樹々が突き刺さる。

 

「グ、ガァァアァァア!」

『腕が潰れましたか。殺したと思いましたが、しぶといですね。……次は貴方です』

「ッ!」

 

 俺に左手の痛覚はない。だが、少しでも油断を誘う為に絶叫し悶絶する演技をする。その様子を見て絶叫を聞き、呪霊はしばらくは俺が戦闘にまともに参加できないと考えたのだろう。俺への警戒を解き、猪野の方に注意を向けた。猪野は悶えている俺の反対方向へ走っていて、呪霊の視界に俺は写っていないだろう。こっそりと刀を右手に持つ。

 

『逃げても無駄で……』

「『この怨み、晴らさでおくべきか』!」

『な、左腕が!』

 

 シン・陰流が使える腕は貴重だが、この状況でそんなことを考える余裕などなかった。一息の間に呪力を込めた言葉を言い切り、左腕を切り落とす。実力差によって発動するかが心配だったが、どうやら上手く発動したようだ。呪霊の白い袋に包まれている左腕に呪いが掛かり、同じような傷がついたのだろう。袋が血によって紫に染まる。どうやら、この呪霊の血の色は紫色のようだ。

 

 呪霊はこの状況に混乱しているらしい。腕が一つ潰れる程の大怪我をした敵が何事もなく立ち上がっている事、そしてその敵が自分の腕を切り落としたと思ったら、自身の腕に大きな傷が付いているという数多の不可思議な出来事が同時に襲ってきたのだ。無理もないだろう。いや、ここで少しでも混乱してくれないと、俺たちには生存の目はない。

 

「喰らえ!」

『ッ! 避けねば!』

 

 残った右腕で、胸元から呪符が何重にも貼られた膨張と収縮を繰り返す物体を取り出す。これが俺たちの切り札だ。

 俺のありったけの呪力を込めて、それを呪霊に向かって投げつける。しかし、奴も馬鹿ではなかった。今までの呪具より飛び抜けて多い呪力が込められたそれに、混乱していただろうに戦い始めてから一度もしなかった回避(・・)をした。

 

「猪野ォ!」

「『獬豸』!」

『そんなもの効か……な!』

 

 今までこの呪霊は全ての攻撃を避けず、その頑強な身体で受けてきた。自身の防御力への自負かは知らないが、それが奴の命取りになる。奴は何度も猪野の『獬豸』を受けているが、一度も避けようとはしていない。

 

 つまり、猪野の『獬豸』が対象を追尾することを奴は知らない。

 

 俺の投げた呪具を避けた呪霊に向かって、『獬豸』がその呪具を突き刺し一体化しながら追尾する。『獬豸』が呪霊に最大限に近づいた瞬間、俺は叫んだ。

 

「『心悸劫震(しんきこうしん)』!」

 

 轟音とともに、呪具は手榴弾のように呪力と血液を撒き散らして炸裂する。至近距離でその衝撃を受けた呪霊は、樹々を薙ぎ倒し森の奥へと吹き飛んでいった。

 

「……当たった、んすよね?」

「奴に変な術式がなければな」

 

 『心悸劫震(しんきこうしん)』は俺の術式で創れる呪具の中で、破壊力だけに限れば最も強力な呪具の一つ。実際、一度だけ祓ったことのある特級も殆どがあの呪具のおかげだ。奴に対し致命傷になるかは分からないが、それなり以上のダメージが入っていることを祈る。

 

朽鼠(きゅうそ)、以津魔天。奴の消えた方を見てこい!」

『ピィ!』

『いつまでぇ!』

 

 頼むからもう撤退してくれ、なんなら祓えててくれと願いながら奴が消えていった森の方を睨む。しばらくの間、俺も猪野も残った異形たちも、静寂に包まれた森の中で警戒を続けていた。しかし、どれだけ経っても薄暗い森の向こうからはなんの音もしない。

 

「……逃げましたかね?」

「だといいがな」

「一度俺らも撤退しますか?」

「ああ、そうし……危ない!」

『くぉん!』

 

 俺たちは、奴の消えていった森の方に注意を向けすぎていた。そのせいで、背後から音も気配もなく素早く伸びてきた樹の槍に気がつかなかった。

 

「ガハッ」

『まず、一人』

 

 気がつくと俺は猪野を庇っていて、胴体に樹の槍が深々と突き刺さっていた。

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