死屍累々の丘に立つ   作:半睡趣味友

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第七話:術式開示と反撃開始

 意識がボンヤリとして、思考が定まらない。

 今俺はどんな状況だ。

 何をしていたんだ。

 

『猪野! やって欲しいことがある!』

『っ! なんすか!』

『それは──俺が持つ切り札を確実に当てるために、お前の『獬豸』でサポートをしてほしい!』

 

 後頭部と腹部がいやに熱を持っていて熱い。皮膚が裂け、血液が流失している。

 

『具体的には何をすれば⁉︎』

『あの呪霊は攻撃を受けるばかりで回避しようとはしていない。だからお前の『獬豸』の追尾効果を隠したまま、奴に避ける価値のない攻撃だと認識させるんだ。出来るか⁉︎』

 

 ああ、そうだ。猪野との任務中に特級呪霊と遭遇したんだ。立てた作戦はこれ以上ない形で成功したが、奴の方が単純に強かった。それだけの事だ。だから、俺は今死にかけている。

 

 少しずつ記憶が戻ってくる。俺は不意をつかれて身体を貫かれた後、そのまま近くの木に叩きつけられたのだ。軽い脳震盪でも起こしたのだろう。気絶してしまっていた。

 

「……今、どうなって」

『くぉんくぉん!』

「……狐狼狸(ころり)

 

 身体を貫いた樹の槍は、おそらくいくつかの臓器を傷つけている。だが、心臓や肺を潰されていなくて助かった。即死はしていない。俺たちの不意をつくために、速度特化で創造したのだろう。樹の槍はおそらく威力を捨てていて、細い樹であったのが幸いした。

 しかし、術師とはいえ身体に風穴が開くのはまずい。このままでは出血によってそう遠くないうちに死ぬだろう。

 

「……良かった。これは無事か」

 

 未だ出血が止まらず、血に濡れ赤黒く染まった懐にある硬質な感触の箱に傷がついていないこと──つまりその中身が破損していない──を確認し、俺の身体は酷い状態だというのにまず安堵した。

 

「……やるしか、ないか」

 

 だが、このままでは死ぬのも時間の問題だ。あまり使いたくはなかった手を使おうと、一つ決断する。

 震える手でポーチの一つを開けた。今にも気絶しそうな意識を何とか腹部の激痛で保ち、そのポーチの中の物体を取り出す。それは、赤褐色の粉末が入った半透明のカプセル。

 病院で処方される薬ではない。俺の術式で創った一種の呪具だ。いや、分類的には呪物に近しいか。これは本当に奥の手だ。寿命は削られるだろうが、仕方ない。

 

「『没薬』」

 

 カプセルを口の中に放り込む。胃だか食道だかが傷付き、口の中に迫り上がってきた鉄の不味い味がする血を水代わりに腹の中に落とし込んだ。その血の塊と共に嚥下すると、胃の底が溶かした鉄を飲み込んだのかと錯覚するほどに熱くなる。

 

「ぐ、が、ぎぐぐ」

 

 肉体の異物に対する拒否反応を示す苦痛に耐えていると、胃の底は溶け落ちそうなほどに熱いというのにそれに反比例して身体の末端から底冷えしていくのが分かる。まるで死屍(しし)になっていくかのように。

 身体に鈍く光を放つ赤黒い紋様が浮き出る。それと同時にカラカラだった呪力が再び湧きはじめた。痛みも幾分かマシになった。

 

 だが今の身体では戦えない。どうするべきかと、茫洋としながらも多少冴えてきた頭を回す。まず、戦える身体に治さなければならない。いや、この場合を正しく言い表すのは“直す(エバーミング)”か。

 

 呪力を反転させる。シラフでは全ての神経を集中させても、自分の身体限定で指の先を切った程度の傷しか治せないちゃっちい反転術式。しかし、この状態の身体ならば術式と併用することで、多少の傷は修復することが可能だ。すぐにでも行かねばならない所がある。

 

 後頭部と腹部の傷がグチュグチュと音を立てて塞がった。

 

 

 

 

 

『何処まで逃げるつもりですか?』

「ハァハァ! クソ!」

 

 司條が意識を失ってから、猪野は追いかけてくる特級呪霊の花御から命からがら逃げていた。心の中で置いてきてしまった司條に詫び、無事であることを祈りながら。

 

「『獬豸』!」

『先程は油断しましたが、結局これ単体では私にはダメージを与えることは不可能ですよ』

 

 振り向きざまに放った『獬豸』を、花御は油断なく呪力で強化した右腕で防ぐ。そして、樹々の槍を生成して猪野を襲わせた。

 

「っ!」

 

 猪野は転がるようにその樹の槍を避けるが、大きく体勢を崩してしまう。その大きな隙を見逃す花御ではない。再び樹々の大槍を生成し、その隙だらけの身体を貫かんと迫る。

 

「くっ!」

 

 猪野は次の瞬間に自分の身体を襲うだろう痛みに目を瞑って備えるが、いつまで経っても樹々の槍は身体を貫くことはなかった。

 

「……伽楼堕(ガルダ)! 司條さんは無事か⁉︎」

『ガァァアアァア!』

 

 しかし、服が何かに引っ張られる感覚と浮遊感にその瞑った目を開けると、伽楼堕(ガルダ)が猪野の服を人間の腕の方で掴んで飛んでいた。伽楼堕はどこから持ってきたのか、猪野には見覚えのない短槍をその鉤爪で掴んでいる。

 

 攻撃を躱された花御は伽楼堕を見て、殺したはずの式神使いの男がまだ生きていた事に驚く。そして、森の木々の間から和服の男がゆらりと現れた。出血が多すぎたのか顔の色は蒼白で、霊鬼のように不気味な雰囲気を放っている。露出している皮膚には濁った赤黒い斑紋が浮き出ており、その皮膚の上に赤黒い紋様が輝いていた。

 

『まさかまだ立ち上がれるとは、なかなか丈夫ですね』

「……昔の人々は木乃伊(ミイラ)を削った物を、あらゆる病毒に効く万能薬『没薬』として珍重したそうだ」

『……何を言っているのですか?』

 

 急に妙な事を言い出し話が噛み合わない司條に、花御は気でも触れたのかと思った。だが、構わず司條は口を開き続ける。

 

「何だろうな! 以津魔天(いつまでん)! “腕”を寄越せ!」

『いつまでぇ!』

『ッ! させません!』

 

 空を飛んでいた以津魔天がその鉤爪で掴んでいた、白い布に包まれた物体を司條の真上から落とした。花御はそれから感じる呪力は異常に“小さい”にも関わらず、先程喰らったあの炸裂した呪具以上の危険性を無意識的に感じ取る。それが司條の手に渡らないようにするため行動しようとした瞬間、司條が森全体に響くような声で叫ぶ。

 

「『葬頭河の淵より群れて出よ』! 『朽鼠(きゅうそ)』!」

『何をし……!』

『ピィピィ』『ピィ』『ピィ』『ピィピィピィ』

『新たな式神か!』

 

 司條の叫び声に呼応して、森の奥からいくつもの鳴き声が近づいてくる。その鼠のような姿の矮小な呪力しか持たない異形たちは、十数匹全てが花御目掛けて飛びかかった。

 

『この程度の式神など!』

「『(バク)』!」

『何ッ!』

 

 飛びかかった朽鼠たちは、全てが花御の目の前でその身体を四散させた。いくら一匹一匹の持つ呪力が小さくとも、それらの自爆が何十も積み重なると流石の花御とはいえその場でたたらを踏む。

 その間に司條は以津魔天の落とした物を掴み、白い布を剥ぎ取った。それはいくつもの呪符が貼られた左腕。何重にも堅牢に封印するかのように貼られた呪符の上からでも、極めて発達した筋肉が見て取れた。

 

「儀式省略! 強制換装! 『暴天』!」

 

 司條がその腕を肩口に押し当て接続した。妨害をすることが出来なかった花御は油断せず、司條の一挙手一投足を見逃ぬよう間合いを取って動きを待つ。腕の動作を試すかのように、司條は手のひらを開いたり閉じたりしている。

 やはり左腕からは極小の呪力しか感じられない。だというのに花御は身震いを催す脅威を感じ、それが酷く不気味であった。

 

「……行くぞ」

『なっ! 消え──グハッ!』

 

 司條の小さな呟きを花御が認識した瞬間、司條が消えた。気がつけば顔面を殴られ、樹々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいた。

 花御は決してよそ見などしていない。その事が意味するのは、ただ司條が特級呪霊の認識速度を超えて動いたという事。

 

 ──どういう事だ! 何が起きた! 

 

 花御は思考を巡らせ、その有り得ないはずの事象について考える。少し前までは自分でも対応できる程度の動きであったはずだ。あのシン・陰流とかいう剣術もそれなりの動きではあったが、今の動きとは全く比較にならない。あくまでもあの剣術は、研鑽を積んだ術師ならば到達出来るだろう領域であった。しかし、今の動きは違う。人間という枠組みを遥かに超えた化け物じみた動きだ。そこまで考え、花御は不審に思う。

 

 ──なぜ追撃が来ない? 

 

 あの身体能力であれば、間を与えず追撃をする事が可能であろう。そうしないという事が意味するのは、あの動きは何度もできるようなものではないという事。もしくは──それ以上に強力な手札がまだ残っているという事だ。

 

 吹き飛ばされた方向で、呪力が大きく膨れ上がっていくのを感じる。伽楼堕と呼ばれていた異形が持っていた短槍を、司條が構え呪力を込めているところだった。

 

 ──まずい! 

 

 気がつけば花御は司條に向けて走り出し、短槍を投擲される前に殺さんと動き出していた。あの身体能力で追いかけられれば、逃げ切る事はほぼ不可能だ。ならば、短槍に呪力を込め終わる前に殺さねばならない。

 

「伽楼堕! 時間を稼げ!」

『ガァァアアァア!』

『邪魔です!』

 

 司條もそれに気付き、上空で飛んでいた伽楼堕に命令する。空から襲いかかってきた異形に対し、花御は今までで一番巨大で鋭い樹を生成し、伽楼堕の首を刎ね飛ばす。その勢いで巨大な樹を司條の方へと差し向けるが、司條は空中へと飛んで避けた。

 避け場のない空中で身動きできない司條に狙いを定め、花御は自身の足元から鋭い樹を生成して攻撃する。

 

『なっ!』

 

 確実に当たるはずの狙い澄ました一撃は、司條を僅かに逸れた。花御を後ろから急な衝撃が襲い押し倒され、樹の槍の狙いが狂ってしまったのだ。

 

『式神ではないのか!』

 

 衝撃の正体を知るために視線を背後に向けた花御は、自分の背中にまとわりつく存在に驚愕の声を上げる。その理由は、首から上を失った伽楼堕が猛禽類の強靭な脚力を使い、鋭く尖った鉤爪を花御の背中に突き刺して地面に固定していたからだ。

 ただの式神なら頭部を大きく損傷してしまえば、何か特別な能力でもないと呪霊のように呪力に還るだろう。だが、伽楼堕は頭部がないというのにも関わらず行動を続けていた。花御を強靭な両腕で地面に押さえ続けている。

 

 式神ではないならこの呪力が漲る異形は一体何なんだと、地面に押し倒されながら混乱している花御に対し、司條が答え合せをするように口を開く。

 

「俺の術式は『死屍創術(ししそうじゅつ)』。屍を加工し、呪具や呪物を創り出す術式。この左腕も、その異形どもも、この短槍も、全て俺が創った呪具や呪物の一種」

『……! 術式開示か! 喰らいなさい!』

「っ! ……続きだ。俺はこの術式で呪具を創る際、呪具に縛りを付与する事が可能だ」

 

 花御は伽楼堕に拘束されながらも、司條に向かって樹の槍を伸ばす。司條は何とかして避けるが、花御は攻撃するのと同時に自身を拘束している伽楼堕にも樹を突き刺し、無理矢理にでも拘束を解こうとしている。

 

「本来は二級三級程度の呪具にでも、『使用回数』や『使用者』、『使用対象』についての縛りを付与する事で、瞬間的には一級を超える出力となる」

『ハァ!』

 

 花御は司條の持つ短槍に宿る呪力が莫大な量となっているのを見て、拘束から抜け出す事を優先した。伽楼堕の身体が樹によってもはや肉塊(ミンチ)となり、拘束が完全に外れる。

 

「そして素材の話だが、呪具の対象になる奴に殺された奴の屍から創った呪具は、出力が格段に上がるんだ。……ちょうどいい素材(砥川)があって助かったよ」

『クッ!』

 

 花御が司條に背を向けて走り出す。司條と花御の間に何十もの樹々が生成される。

 

 ──少しでも距離を稼がねば! 

 

 呪霊の本能がそう叫んでいた。人間の森への畏れを胎に生まれ落ちてから、未だ死の危険など感じたことはなかった花御だが、今確かに死が身近に迫っていることを感じ取っていた。

 

 しかし、森を駆け抜ける脚が空を切る。

 

「二番『霊亀(レイキ)』! 司條さん! 今だ!」

『なっ……!』

 

 茂みから飛び出した猪野は、サッカーのスライディングのように低い体勢で花御の脚元に滑り込み、その勢いで花御の脚を後ろから掬い上げるように蹴り上げた。猪野の両足には霊獣による特殊な性質を持つ呪力が纏わりついていて、地面を氷上のように滑るその動きは非常に素早く、死角から飛び出してきた猪野に花御は反応出来なかった。

 

「『仇討破魔槍(あだうちはまや)』ァァア!」

 

 司條は大地を抉り取るほど力一杯に助走し、左腕に持った槍を全身全霊の力を振り絞って投擲した。

 短槍の放つ赤い光が一直線に花御へと向かう。さながら夜空に走る一筋の流星のような輝き。

 

『グ、ガァアァアアァァ!』

 

 司條が投擲した短槍は、花御との間にあった樹々を軽々と粉砕し花御を襲う。空中で体を捻り呪力で強化した右腕で受けるが、穂先は腕を貫通して胴体にもその刃を喰い込ませる。

 

「『(ホウ)』!」

 

 破魔槍はその言葉に呼応して輝きを増し、さらに加速して花御ごと森の奥底へと消えていった。

 

 

 

 

 

 森の奥深くへと俺の投げた短槍の放つ赤い光が消えた後、奴の様子など確認せずにそこから背を向けて走る。

 

「猪野! すぐに撤退だ!」

「はい!」

「以津魔天! お前はケースを回収してこい! 狐狼狸! お前はカバンだ!」

『いつまでぇ!』

『くぉん!』

 

 猪野に声をかけ、脚を呪力で強化して元来た渡益村(とえきむら)の方へと向かう。登山道から外れた険しい山道を下りながら、俺は胸元からスマートフォンを取り出す。走りながら何度も補助監督に電話をかけた。

 

『もしもし、妻鹿です』

 

 三度目でようやく電話が繋がる。

 

「ハァハァ! 対象を捜索中に特級相当と思われる呪霊と遭遇! 対象は死亡! 呪霊の方と交戦したが、多分祓えていない! 応援を頼む!」

『な、は、はい! 了解です! 至急手の空いている術師を向かわせます!』

「頼む! できたら五条さんを呼んでくれ!」

『はい! 各所に連絡を取るため、一度切ります! ご武運を!』

 

 つーつーと電話が切られる。これでここに特級がいるという情報は報告できた。最低限の仕事はできただろう。

 感覚的に、あの呪霊を祓うことは出来ていない。だが小さくはないダメージを与えることができ、距離も稼ぐことができた。今が俺たちが撤退する唯一の機会。脇目も振らずに走り続ける。

 

 俺たちは必死に走り続け、日が赤くなってきた頃には村が見える所にまで来ていた。

 

「ここで待機だ! これ以上村に近づくと、奴が追ってきたら村に被害が出る可能性がある!」

「了解です!」

「っ、ハァハァ」

「大丈夫ですか?」

 

 立ち止まると一気に身体に負担が押し寄せてきた。身体に走る赤黒い紋様も掠れ、『没薬』の効果がほとんど切れている事を示す。

 『没薬』は屍毒によって身体を仮死状態にし、自分の身体を屍に見立て擬似的な呪具として強化し扱う劇薬の呪物だ。俺の術式は死屍にしか発動できない極めて範囲の厳しい術式のため、こうでもしなければ自身を強化できない。

 

「『解じ……! ぐ、は!」

「ちょ、どうしたんすか!」

 

 左腕の呪物もできれば使いたくない代物だ。その接続を解除しようとした瞬間、左腕が意思に反して動いて俺の首を圧し折ろうとしてくる。万力のような力で気道を潰され、呼吸が出来ない。何とか肺に残った空気を掻き集め、言葉を紡ぐ。

 

「……き、『きょ、うせい、かい、じょ』……ぷはっ。ハァハァ」

「ほ、本当に大丈夫ですか?」

「……何とかな」

 

 急に自分の首を絞め始めた俺に、猪野が心配の声を上げた。やはり、身に余る力は使うべきではないなと身に染みて実感する。

 

「その腕、何なんですか?」

「これは……極めて強力な天与呪縛を持つ素体から作った『換装義骸』だ。……学生時代の話だが、あの五条さんを殺しかけた化け物らしい」

「五条さんを⁉︎それは化け物ですね」

「そうだな。……まぁ、もう死んでいる。俺らが会うことはないだろう」

 

 呪力が一切ない天与呪縛だった男を加工したこの呪物は、呪符で何重にも力を制限しているのに化け物じみた出力を持っている。加工する際に自分の元々の腕を多少ツギハギしたのにも関わらず、完全に操ることができていない。

 おそらく天与呪縛の効果も生来のまま発揮されていないのに、あれ程の動きを可能にするのだ。元々がどんな化け物だったのか想像もつかない。そんな化け物を倒した五条さんも五条さんだが。

 

「猪野、俺が気絶してから時間を稼いでくれて助かった」

「いや、ただ死に物狂いで逃げてただけですって」

「それでもだ。そのお陰で俺が砥川の死体から呪具を創れた」

 

 気絶から目覚めた後に俺は砥川の死体を探し、術式によって呪具を創っていた。

 『破魔槍』はせいぜい二級程度の呪具だが、『術式開示』に『使い捨て』、『使用可能者は自分のみ』という三つの限定的な縛りと『素材が対象によって殺害された者の屍』という極めて限定的な条件、更に残りほぼ全ての呪力を注ぎ込み『暴天』で投擲するといういくつもの要素が重なり、何とかあの特級に効果的な呪具となった。

 

 それに、あの呪具を当てられたのは猪野が足止めをしてくれたからだ。俺一人ではとうに殺されていただろう。

 

「よくあの特級相手に飛び出せたな。まさか、スライディングを決めてやるとは思わなかった」

「あはは、マジで死ぬかと思いましたよ」

「特級相手にあんなに動けるんだ、一級に推薦してやろうか?」

 

 二級であるにも関わらず、特級でも相当強力な力を持っているであろう呪霊に対してよく動けたものだ。準一級程度ならなんの問題もないだろう。

 

「あー、気持ちはありがたいんすけど。俺は七海さんの推薦で一級に上がるって決めてるんで」

「そうか、確かにあいつは同級生の俺から見ても出来た奴だ。あいつの推薦のが俺より価値があるだろうな。俺より」

「ちょ、司條さんが嫌なわけじゃないですって」

「はは、冗談だ……悪い、限界だ。落ちる」

「え、ちょ、司條さん!」

 

 奴が追ってくる気配もなく、他愛のない話をしていると完全に呪物(『没薬』)の効果とアドレナリンが切れてしまったようで、意識が急速に遠くなっていく。今更ながら今日の短い間で胴体を貫かれ、大量の呪力を使い、いくつもの死線を越えていたことを思い出す。

 

 猪野の声も遠くなっていき、意識は深い闇に閉ざされた。

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