諦めた主人公のヒーロー美学 作:通りすがりのヒーロー
「やっぱり来てるよ、兄さん」
「まったく、豪勢な見送りだな」
僕達は森の中の暗い道を走り抜ける。隣にいる兄さんに目を合わせるとさらに加速した。通り過ぎた道には矢や魔法が跳んできて酷いことになっている。
前を見ると木々が少なくなり、十人くらいのメイドたちが現れる。そして一斉に仕掛けてきた。僕は氣を出しながらうまく弾きながら進んでいく。そんな中、兄さんが大きく動いた。
「きゃっ」
「嘘っ!」
「はぁ……」
僕はたまらずため息を吐く。さすがに見慣れてはいるがいつ見てもひどいものだと思う。兄さん得意の女性天敵の鬼畜攻撃コンボ。一言で説明すると女性の下着を抜き取り、さらに耳たぶを噛み氣を流して相手を失神させる鬼畜技だ。
一応、僕も使えるが使えば元の世界では間違いなく捕まってしまうだろう。
「おっ、やっとおでましか」
兄さんが声を上げると茂みの奥から一人の女性が現れる。今まで襲ってきたメイドたちのリーダーだ。
「お二人方、失礼します。まったく、変態兄弟。あなたたちは北の森に婦女子を襲う妖怪の伝承でも残すつもりですか」
「あの~、やっぱりその伝承は僕まで語られるんですか……」
「当たり前だろ。お前も意気揚々と脱がしてたじゃないか」
「いやいやいや、やってないよ!」
「左様でございますか」
「ワルキュリアさんも納得しないで」
「ふふっ、冗談ですよ」
ワルキュリアさんは楽しげに僕らを見て笑みを浮かべる。
「部下たちは……いえ、あの娘たちは最後にあなた様たちの思い出になりましたか?」
「言うまでもないが忘れるわけねぇだろ」
「もっ、もちろんですよ!」
「ありがとうございます。あの娘たちも喜んでいることでしょう」
忘れるわけがない。この世界に来て過ごした日々。出会った人々。しかしそれは僕を変えるのにも十分な動機でもあった。
「では、最後にどうか私の心にもあなたたちを刻んではくれないでしょうか?」
そして兄さんは動きだす。ここで動かないなんてありえない。それは兄さんの美学に反するからだ。ちっぽけに見えるけどとても大きな美学。兄さんの覚悟。
でも僕にはそんな美学を持つ資格はない
ことの終わりにワルキュリアさんが僕に向かって悲しげな視線を送ってきたような気がしたが僕は振り返らず先へ進んでいった。
夜は明けてきて徐々に明るくなっていき、目的地にたどり着く。僕はふと兄が背負っている袋に目を向けた。
「その袋ってやけに大きいけどまさか……」
「そのまさかさ」
「……本当、さすがだよ」
「さっきまでちょっと騒いでたからな。今は少し眠ってもらってる」
袋の中身がなんなのか分かった僕は今日何度めか分からないため息を吐いた。まぁ、きっと兄さんならなんとかすると勝手に考えて現実逃避をすることにした。
「そういえばリスティさんとしっかり話さなくてよかったの?」
「一応、最後に話してきたしな。それにあいつもわかってるはずだ。というかお前こそルーティエと話してきたのかよ」
「……話してきたよ。最後になると思うし。あの人には本当にお世話になったしね」
「泣かしてないだろうな?」
「も、もちろん」
「まぁデクの場合、自分が泣いちゃうか?」
「泣かないよ!」
兄さんはふざけたように笑い出す。
最後まで相変わらず兄さんは兄さんのようだ。
とても明るくて強くてきっと僕の世界にいれば立派なプロヒーローになってただろう。まぁそんな人じゃなければはぐれと呼ばれていたとはいえ勇者にはなれないだろうが。
「デク」
兄さんは今までの笑顔とは違い、こちらに真剣な顔を向けてきた。
「本当にいいのか?」
僕は兄さんの言った言葉の意味を理解した。それは帰るか帰らないかではなく僕が以前もっていた夢についてだろう。子供が根拠もなく語るような大きな夢。僕はそんな夢を持っていた……あの日までは。
思い起こすはこちらの世界に来る前に見ていた画面の向こうに映る憧れていたヒーローの姿。
__自分に個性がないと言われ泣いていた母の姿
__この世界に来た時の出会い
__交わした少女との約束
__夢と決別したあの日の出来事
個性がないと言われた時とは違う、本当に大事なものを僕はなくしたのだ。
「ごめん、兄さん」
「……っ!」
兄さんの握っている拳が震える。兄さんはなにか僕に伝えたい言葉があるのかもしれない。でもその言葉を聞く資格を僕は持ってない。
そしてゲートは光だす。僕たちを元の世界に返すために。
「お別れだね。ちゃんと帰れるといいけど」
「ああ。まぁ帰れなかったら面倒みてやるよ。もちろんその分、働いてもらうけどな」
「……もちろん」
その言葉を最後に僕たちはこの世界から姿を消した。
ことの始まりは中国のとある都市で「発光する赤子」が生まれたというニュースから始まった。そして時は経ち世界の人口の八割が個性という超常的な力を持つようになり、超人社会と呼ばれるようになる。その力を悪用する者たちはヴィランと呼ばれ、力を正義のために使い人々を救う者たちをヒーローと呼んだ。それ故に皆はヒーローに憧れヒーローを目指すものは多い。
僕はそんな世界で暮らしていた。しかし僕は無個性である。この個性が当たり前ともいえる世界で個性がないとなるとあまり良い扱いされないとは当たり前となるわけで……。
「おい、何だよこのノート」
「おいおい、マジか」
「はっ!」
「……」
僕の前で焦げていく僕が持つ最後の将来のためのヒーローノート。そしてかっちゃんは窓の外に放り投げる。僕はその光景をただ静かに見ている。なにやら笑いながら来世だ、個性だなど言っているが何も耳に入ってこない。
僕はノートが投げ込まれた窓を一瞬見た後、無言で歩き始めた。
「おい、待てよ。クソナード!」
「……」
相変わらず友人のきたない言葉を聞き流し、教室を出ていく。あんな友人だが誰よりもヒーローになりたい思いがあることを僕は知っている。なによりとても強い個性を持っている。きっと彼ならNo.1ヒーローになることも夢ではないだろう。
そしてふと頭の中にかっちゃんに落とされたノートが思い浮かぶ。しかし僕はそれを振り払うと駆け足で家に向かった。
僕の名前は緑谷出久。異世界であるアレイザードに飛ばされ帰ってきた元ヒーロー志望の中学生だ。