ハイカラ十四番街   作:凍り灯

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構想だけは大分前にあったやーつ。
ゆるーく5話程度でやっていきます。







残心

 

 

 

 

 

静寂。

どこかで木板の床を慌ただしく踏み歩く音と振動が、たった二人しかいないこの広い空間に僅かに伝わる。

 

張り詰められた弓の弦のように、一杯に引き絞られた空気。

1人の、静かで長い息合い(呼吸)がゆったりと、それでいてさらに空気を急速に緊張させる。

 

その静かに伸びるような音が止むと同時に、まるで時が止まったかのように空気が凝固した。

少し離れて座る青年も、その空気に引っ張られるように自然と息を止めてしまう。

 

たった数秒で解放されるはずなのに、座っている青年にとってそれはとても長く感じた。

まだ解放されない、まだ、まだ…

 

と、そんな空気など知らぬと言わんばかりに近づく足音。

ドタバタドタバタ。

無遠慮な足音が。

 

―――!

 

それと、声。

 

控える青年もその近づき続ける音につい冷や汗を流すが、今この場では動くこともままならず。

この空間を作り上げたもう一人の人物も微動だにせず、表情すら動いていない。

聞こえてないのでは?と疑う程に集中しきっている。

 

隊長ーーー!

 

構わず、そして明らかにこちらに近づく声に流石に(だがそれでいて細心の注意を持って静かに)腰を上げようかと身動(みじろ)ぎした青年は、途端にその思考をも止める。

 

今まで以上の緊張感が彼を包んだからだ。

意図したものではない、無意識の静かなプレッシャー。

霊圧を伴わないが、それでも尚、彼の動きを止めるのに十分だった。

 

立ち上がるべく体勢を変えようとした身体を元に戻し、彼も空間の支配者に(なら)って声も足音も無視した。もう気にならなくなったのだ。

今、全てが解き放たれる。

 

「隊長!!!―――あ」

 

道場の木製の扉が叩きつけられるように開いた轟音、そして少女の大声、加えて「しまった!」と言うような間の抜けた声。

 

それらすべてを置き去りに、張り詰めた弦が()()()()その手から離され、"矢"が放たれた。

 

「――――――」

 

スコン、と快音。

 

残心。

 

矢は60m以上離れた的のど真ん中に。

矢を放った人物の腕に感服するように、座っていた青年は「さすがです」と賞賛の声を静かに告げる。

 

その数秒、紫がかった黒髪を黄色いリボンで結った少女は、扉を思いっきり開いた姿勢のまま硬直していた。片腕は前に手の平を開いたまま伸びきり、口は開きっぱなし。

座っている、スカーフを死覇装の内側に巻き込む様に身に着けている黒髪の青年は目を向けることすらしていない。意識は全て矢を放った人物に割いていたのだ。

 

そうして先ほどまで空間の支配者であった人物―――壮年の男性がようやく弓を降ろし、振り返る。

白髪が多く混じる銀と黒の頭髪を総髪(そうはつ)にした男性、"一条(いちじょう)恢石(かいごく)"は目尻を下げながら困ったような表情をし、未だに固まったままの少女に声を掛けた。

 

「"茜雫(せんな)"さん。まずは用件を聞きましょう」

「は、はい」

 

穏やかな声だ。明らかに気遣われている。

少女、茜雫は全てを悟った。

この後自分に待つのは目の前の隊長ではなく、その横に控える"一之瀬(いちのせ)"による長ったらしい説教だということを。

 

「そ、総隊長が隊長をお呼びと伝令がありまして…詳しくはこちらに」

「わかりました。ご苦労様です」

「いえ…」

 

伝令から渡されたであろう書状を茜雫は恢石へと気まずそうに受け渡す。

ゆっくりとここまで歩いてきた一ノ瀬は何も喋らないが、呆れたような表情をして彼女を見下ろしている。

 

しょうがないなー、なんて言うように終わらないのは、この知り合ってまだ短い間柄でも知っていた。

さすがに自分が邪魔をしてしまったのは理解しているし、だけどやっぱり説教なんて面倒だ。

 

どうしようどうしようと目線をせわしなく振りまく茜雫を前に、恢石は仕方のない子だなぁと小さく笑った。

 

「"先生"の元に行きますよ。一之瀬くん、君も付いてきなさい」

「…わかりました」

 

命拾いしたな。

そんな声が一之瀬から聞こえた気がした茜雫は、冷や汗を流しつつも歓喜した。

ありがとう隊長。I love you タイチョー!

 

が、同時に伝令の"ある言葉"を思い出して茜雫は一気にテンションが下がった。

 

「…………………隊長一人で来て欲しいと、言ってました…」

「…そうですか………」

 

そう自ら死刑宣告を言い放つのだった。

 

 

 

程なくして、茜雫と一之瀬は苦笑いの隊長を見送るために隊舎の入り口まで来ていた。

 

茜雫は来る必要はなかったのだが、見送りからスムーズに"お話"するために一之瀬が引っ張ってきている。

この後のことを思ってか彼女は半笑いであった。

 

「程々にしておくんだよ?茜雫さんはまだまだ慣れていないんだからね」

「慣れていないからこそ、今の内にしっかり教え込む必要があると具申します。特に隊長への礼儀などは」

「あははははは…」

 

2人の隊長に隊長羽織りは無い。代わりに死覇装と同色の前の開いたトンビコート、背中は白くひし形で抜き取られており、その中には"黒い十字"があった。

戸魂界(ソウルソサエティ)では珍しい頑丈そうな黒いブーツ。薬指と小指だけ色の反転した黒い手袋。首元には白黒市松模様のネックウォーマー。腰には刀を二本差し、鞘に吊り下げられているのは円と五本の支柱だけで構成された舵輪のような銀の装飾品。

そして今、矢の入った(えびら)を背負う。弓はない。

 

「それじゃぁ後は頼みましたよ」

「はい、お任せください」

「いってらっしゃい、隊長」

 

コツコツと音を立てながら恢石は自らの隊である()()()()、通称"黒十字四番隊"を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。総隊長殿。雀部(ささきべ)副隊長殿も」

 

畳の匂いが落ち着きを促す広い和室。

総隊長である元柳斎(げんりゅうさい)が月に一度、隊士たちを集めて開く茶会にも使われる部屋だ。

恢石(かいごく)は既に座して待つ総隊長、そしてその副隊長に頭を下げ入室後、対面に正座した。

 

「うむ。現世への調査ご苦労であった。ちと間が悪かったがのう」

「ありがとうございます…今回の四十六室の命である"叫谷(きょうごく)"の調査…今思えばこれも私を外へ釣りだすためのものだったのでしょうか」

「四十六室が抹殺された推定時期を考えればそうであろうな。叫谷を利用することをも念頭に入れるための"調査員"とされたのじゃろうて」

「しかし未だ何の干渉もないところを見ると、定時報告の段階でどうやらお眼鏡には叶わなかったようですが…愛染さんの調査の結果はまだ?」

 

"愛染さん"と言う言葉に元流斎は眉間に皺を寄せる。

これは失言だったなぁ、と表情を(つくろ)いながら、今後は気をつけるようにしようと心に留めた。

 

愛染が離反したのだ。恢石が居ない間に。

機嫌がいい訳がない。

 

「浮竹が主導で調査に当たっておる。まだしばらく時間はかかるじゃろう」

()()()の仕事であればこちらからも人員を出せますが?」

「今はお主の隊の再編に集中せい。今回の騒動で幾名か"移籍希望者"が出ておるからの、長次郎」

「はっ。恢石殿、こちらを」

 

ほんの数枚。幾名かの死神のプロフィールが書かれた薄紙を受け取る。

今回の"移籍希望者"だ。

それをさらりと目を通す。

そこには十二番隊のまだ新米の隊士や、何度か顔を合わせたことのある実力者、七番隊の四席の名前すらあった。

 

「…まだ増えると思いますか?」

「さてのう。今回は人死が少ない。あまり大きな動きはなかろうて」

 

元柳斎はその長く白い髭を()くように(いじ)る。

戦いがあれば十四番隊の隊士は増え、なければ減っていく。人員移動が頻繁、且つ他隊では扱いが難しい死神が移籍してくる故に繊細な動きが恢石には求められているのだ。

 

例えば心的外傷後ストレス障害、PTSDと呼ばれるトラウマを抱える隊士。

例えば四肢や臓器などを一部失い、通常の業務が臨めなくなった隊士。

 

個人的事情とは言えない、そして時間が解決するとも限らないため"休隊"とはできない。

当人に職務続行の意思がある故に"除籍"ともできない。

そう言った例外…悪い言い方をすれば"扱いに困る"死神の受け皿として機能するのが恢石が隊長を務める"十四番隊"…正確には四番隊の管轄である"黒十字四番隊"の役目だ。

 

当然、トラウマを克服すれば元の隊に復隊することもあるし、リハビリによって身体の欠損をものともしないように働けるようになれば同様。

故に出たり入ったりが忙しい隊なのだ。

そしてそのような理由がなくとも復隊せず、残り続ける隊士もいる。彼の補佐をしている一之瀬のように。

 

「分かりました。責任を持って彼らを導きます…それで、本題は報告書に()()()()()()方ですね」

「うむ。今より雀部に記録を取らせる」

「よろしくお願いします雀部副隊長殿。たまに早口になるので間に合わないときは言って下さい…そうですか、では始めましょう―――

 

旅禍が戸魂界に現れ、四大瀞霊門(しだいせいれいもん)が降りた時、本来ならば地獄蝶を通して私たちに報告が来るところが、一切の連絡はありませんでした。

ですのでしばらくは気づくことなく調査を続行。瀞霊門が降りて四日目までは情けないことに一切何も知らない状況でした。つまり、愛染さん…あぁ失礼します、愛染死亡の報すらも知らなかったということです。

 

その調査の最中、"茜雫"さんと出会ったわけです。

 

詳細はもう一つの報告書の方に…あぁ、読まれましたか。では割愛します。取り敢えずは共に戸魂界に来るようにと説得は出来ましたということで。

 

ここからですね。

 

調査の最終日でもありましたので、穿界門(せんかいもん)を開き帰還しようとしたところ、何故か開くことができませんでした。

さすがにこれはおかしいぞ、となったので地獄蝶を通して連絡しましたが定型句しか返ってこず。

最初から地獄蝶に細工が施されていたのでしょう、それと調査場所周辺の門に関しましても。

 

偶然なのか、それとも意図的なのかはわかりませんが、そこで浦原元十二番隊隊長殿と会うことになりました。

 

ええ、そうです。あの浦原()()です。

 

無視できることでもありません。ですので、一先ず話を聞くことに。はい、まさか何の処置も施していない町で戦うわけにはいきませんからね。"限定解除"も下りてませんでしたから。

 

そこで愛染さ…愛染のことを知ったわけです。最初は半信半疑ではありました。

私にならば話してもいいと思ったのでしょうね、それと同時にもう皆が知ってしまう時が近づいているとも。

はい。享楽さんであればもっと建設的な会話が出来たのでしょうが…。

 

いえ、それ以外大して話をしたわけではありません。探り合いは苦手ですから。本当に。いえ、申し訳ないです。

ただ、彼の通信機と接続するための方法を教えて貰いました。…これです。

"今後のために必要であれば"と。

 

それから、浦原さんに茜雫さんを調べて貰うこともお願いしました。

()()事件を起こしたと言われる浦原さん相手に軽率…ではあるのはわかっていたのですが、色々怪しい出来事でありましたし、実際に話してある程度は信用できると判断しました。

何より戸魂界に戻る前に彼女の容態を知る必要があると思っていたので。お許しください。

 

…ありがとうございます。

結果的には、その判断が間違っていなかったのは救いです。

 

はい、彼女にとって受け入れがたい事実ではあったでしょう。ですが、今はそれを乗り越えようとしています。であれば手を差し伸べない理由はありません。

 

…その後、穿界門の件ですが、浦原さんに別の地区、別の死神であれば開けられるかもしれないということを教えて貰えたので、別地区の現担当者の元に移動しようとしたのです―――――――――」

 

 

 

『では浦原さん。茜雫さんの件、改めてありがとうございます。通信機のアドレスは必ずお渡ししますので』

『ええお願いします恢石さん、また近いうちに』

『さ、行きますよ。一之瀬くん、それと茜雫さん』

『…そっちに行けば…本当に()()()()()()のね?』

『茜雫さん、それはあなた次第です。勿論、サポートしますが』

『準備できました、隊長―――!?』

『これは―――』

 

その時は霊圧で死神か虚かの判別はつきませんできたが、少なくとも副隊長相当以上の霊圧を感じ取ったのです。

 

『あ〜わりぃんだが。もう少しばかり留まってもらうぜ』

『スターク、ここでやっちまうのか?』

 

背の高い瘦せ型の男性と、角の生えた帽子を被った―――割れた仮面だったわけですが―――少女がいきなり現れたのです。元々どこかに待機していたんでしょうね。

 

『な、なに!?こいつら…!』

『限りなく人に近い…破面(アランカル)、ですか…一之瀬くん、茜雫さん、下がって…困りましたね、()()()()()()()()()()()()()()()。"限定解除"しても私の体質では厳しそうですね』

『(余りバレたくないのでどうにか出来るうちはお願いします〜。逃走はサポートできるッス)』

『ご迷惑はおかけしませんよ。ですが、まともに戦っていられませんね、逃げますよ。茜雫さん、失礼しますね』

『はい…!』

『うぇ!?ちょっと!?』

『あ、オイ!待ちやがれぇ!!』

 

破面の姿から最上級大虚(ヴァストローデ)級の可能性もあり撤退を選択。

一之瀬くんは制限されていなかったとは言え、私は限定解除が下りていない上に()()もありますから、茜雫さんを引っ張って逃げざるを得なかったのです。

すぐに追いつかれてしまったのですが…

 

『悪いが逃がすわけにはいかねぇぜ』

『…っ!隊長!』

『(早いッスねぇ…霊圧は並みですがどうにも違和感が…?あの上着の効力ッスかねぇ…アタシが作った物に似てますし、これじゃぁ実力も定められない)』

 

そこで茜雫さんが斬魄刀を解放、戦闘行為に移ろうとしていました。何とか二人を逃がすべく私も覚悟を決めました。

 

『夕闇に(いざな)え!"弥勒丸(みろくまる)"!!』

『茜雫さん!…仕方ありませんね。私はこちらの男性の方の方を受け持つので―――』

『待て待て待て。足止めしろとは言われたがよ、殺せとは言われてないんだ』

 

なんてこと言い始めたのですよ…ええ、破面がです。明らかに組織的な命令があったということです。

 

『んな!?スターク!!今の内にやっちまった方が―――痛い!殴んな!?』

『一之瀬くん、茜雫さんを前に出さないように…信じると思いますか?』

『ご勝手に。俺はストーカーよろしく追い回すだけだぜ』

『ふむ…』

『隊長…!』

『スターク!』

『―――おや、なんだちょうどいい時間ですね―――ティーブレークといきましょう』

『………あ?』

『(変わらないッスねぇこの人…あの破面も変り者みたいですし、任せてもよさそうだ)』

 

 

 

「―――相当の手練れでした。向こう()特殊なコートを着ていました。それである程度霊圧を隠してたらしいのですが…まず間違いなく隊長格、それも一部の者でしか対応できないと考えた方がいいでしょう」

「虚の体制が()()()()()お主がよく無事だったものよ」

「えぇ、それはもう、技術開発局折り紙付きのこのコートの上からでもヒリヒリと…死ぬほどやる気がなかったんです、そのお相手さんは」

 

ふぅ、と一息。

恢石(かいごく)は喉を潤すために雀部が淹れてくれた熱い煎茶を飲み、その波立つ(やなぎ)色の水面を見やる。

最終的に「足止めさえできればいいや」と何故か紅茶を一緒に飲んだことは言わない方がいいだろう。

愛染さんの件で機嫌が悪い先生には毒である、と思いつつお茶の味を楽しみ、オフレコ部分のやり取りを思い出す。

 

 

 

『へぇ、ソーサーで飲むねぇ』

『本場のロシアでも、現代ではもうそれをする人は子供くらいらしいですよ』

『だとよ、ほらリリネット』

『ガキ扱いすんじゃねぇよ!?あちぃ!?』

『あぁもう…大丈夫?見た目通り子供ね

 

余りに人間的過ぎましたねぇ、彼らは。

 

『ロシアンティーはジャムを中へと入れると思われがちですが、実際は温度を下げないようにスプーンで直接舐めながら紅茶を飲むそうです』

『さすがに虚圏(ウェコムンド)でもやったことはねぇな』

『隊長、注ぎます』

『あぁありがとう、一之瀬くん。彼にも』

『…』

『そんな眉間に皺寄せながら淹れなくてもな』

『それで、足止めとは?―――愛染さんの指示ですか?』

『ブフォッ!バレてんじゃねぇか!』

『あぁ、やはりそうでしたか』

『……………あ!?』

 

それこそ、出来れば戦いたくないと思うぐらいに。

 

『なんだ、もう知ってんのか―――あんまリリネットをからかってやんなよ』

『ええ、今日知ったばかりですが―――いえ、つい、いたずら心が』

『―――で?こんな席まで用意して、俺は言ってもいいことしか喋んねぇぞ?』

『私、腹の探り合いは苦手なんですよねぇ』

 

おっとりと言う私の言葉に、名も知らない彼は溜息を一つ。

果たして紅茶の礼なのか、面倒になったのか(後者な気はしますが)さっさと事情を口に出しました。

 

『ストレートなのは紅茶だけで十分だぜ…―――このコートで破面の霊圧を隠してんだ。ついでに俺の霊圧自体もある程度。向こう(戸魂界)にバレちまうからな。今はゴタゴタしてるだろ?余計な邪魔出来ねぇんだわ、そのたっめに貰ったもんだしな。だからコートが破けるような真似はしたくないのさ』

『おや奇遇ですね。私もこのコートがなければあなた()の霊圧に触れただけでグロッキーです。私の"体質"はもう知っているんでしょう?破れでもしたら、情けなくも使い物にならなくなるので』

 

互いに目を合わせる。

少女の破面がズズズッと紅茶を(すす)る音が聞こえていた。

 

『…やりあっても互いに不毛だってことはわかったぜ』

『…そのようですね』

『おーい!茶のおかわりくれよー!』

『この隊長の"サモワール(湯沸し器)"はトルコ製のアンティークです。力加減の知らなさそうなあなたは不用意に触れないでください』

『ブーブー!』

『うわ~どう見ても高そうだものね。ね!私が淹れていい?』

『…つーかそのティーセット、どこから出したんだ?』

 

 

 

「―――今は波風立てるつもりがないということかのう」

「恐らくは。私を現世に引き留めた理由も、知覚外からの攻撃を面倒だと思ったから程度でしょうね。東仙さ…東仙や市丸なら反膜(ネガシオン)が降りるのを目視してからでも()()()()()ので。…しかし私を殺さなかった理由としては、些か疑問が残りますね」

 

明らかにあの時、殺そうと思えばできたはずだ。

 

一度その存在(破面)を確認してしまったが故に、恢石に不利な状況がああまで成立するなんてことはもうこれ以降ないだろうに。

邪魔されると面倒だが、排除しなくても特に問題ないということだろうか。

それとももっと別の理由?

 

元柳斎が茶を一口、口に含む。

当然彼もまた同じ煎茶だ。

"洋"を好かないのだ。だというのに事あるごとに雀部は洋食やら紅茶やらを勧めていた。さすがにあれから数百年、もう諦めただろうか。

 

恢石は彼の淹れた紅茶が好きだったりする。オシャレ好きとして息も合うので昔から何かと仲がいいのだ。

チラリと恢石が雀部を見ても、姿勢をきっちり正したまま何も語らない。

視線を戻す。

 

「やはり空座町に何かありそうです、叫谷の件もありますが…そちらはもう彼にとって問題ではなさそうです…油断はできないですが」

 

既に帰還して一週間。

浮竹の調査の結果を考慮しなければわからないが、恢石は叫谷に関しては考えなくていいと思っていた。

愛染の言葉が本当ならば、()()()()()()()()()()()()()をしても意味がないからだ。

 

茜雫の事を報告した段階でも動きはなく、叫谷で"依代(よりしろ)"にするつもりであれば件の破面を使ってさっさと連れ去らせた方が早かっただろう。

どちらにせよ今は戸魂界で保護している。愛染であろうとこちらで動けば必ず予兆が出る。

叫谷の入り口は現世にしか存在しないため、向こう(愛染)はどうしても二度手間になる。後手には回らないはずだ、と恢石は考えた。

 

「"思念珠"とはまた珍しいものがあったものじゃ…任せて良いのか?」

「彼女に発破をかけたのは私ですから、責任を持ってこちらの隊でお預かりします」

 

茜雫は"思念珠"と呼ばれる存在だ。

それは()の"弥勒丸"の持ち主を知っていたからこそ気づけたようなものだ。

 

輪廻から外れた"欠魂(ブランク)"と呼ばれる存在、それから抜け落ちた記憶の集合体が"思念珠"と呼ばれるものだ。

 

突如発生した存在であるため過去は無く、しかし様々な記憶を元に産まれたためにどこかの誰かの記憶を持っている。

何より当人がそれに気が付いていなかった。生まれたばかりなのだから当然ではある。

弥勒丸も、100年前に"拘流(こうりゅう)"に飲み込まれ死亡したある隊士の斬魄刀だった。

 

"叫谷"とは欠魂が断界内で集合して生まれる空間。

思念珠は欠魂から抜け落ちた記憶の集合体のために、叫谷にいようものならば、叫谷中の欠魂を呼び寄せてしまう。

 

その寄り集まる力は絶大で、叫谷自体を収束してしまう程。

 

叫谷のある断界とは現世と戸魂界の間にある場所のため、欠魂が収縮する力によって二つの世界が接近、衝突することによって世界の崩壊の可能性があるのだ。

 

思念珠…茜雫は全ての崩壊の鍵だ。

この世で一番危険な存在と言える。

 

「ならば、よい」

 

その言葉に乗せられた重みは、恢石にはわかった。

 

…とは言え、茜雫を受け入れる上でゴタゴタと在りはしたが、結局全て"推測"でしかない。

叫谷はいくつもあり、どこか適当な所に茜雫が入った所で世界崩壊足りえない。それ相応の大規模な…それこそ戸魂界と現世両方に届くような大きな叫谷があったら、の話なのだ。

 

自然にできるものではない。方法があるかもわからないが、人工的にやらない限りは、ほぼ不可能だと言われている。

しかも欠魂の集まる力は強大なれど、広大な叫谷中から集まる時間は非常にゆっくり…らしい。それこそ意図的に活性化させでもしない限り、何年待つ必要があるかもわからないという。

 

当然、今のところそんな大きなものは戸魂界の歴史上で見つけられていないし、そんな酔狂なことを考える輩もいない。

だからまぁ取り合えず監視しとけばいいかなぁって感じでどうにかなった。

 

元柳斎も甘くなったものだと、しみじみと感じながらまた茶を啜る。

 

しばらくは欠魂がぼつぼつ見えてくるかもしれないが、茜雫が"茜雫"としての記憶を作っていけばそれも収まるだろうと思っていた。

 

思念珠は数多の記憶によって生まれた存在。

故に何よりも"記憶"が力になる。

欠魂が寄り集まるのは自身の残照を求めての事だ。だが、それが欠魂の記憶以外の"記憶"の奥底に埋もれてしまえば?

 

要は欠魂の求める記憶とやらを薄くしてしまえばいいのだ。誰のものでもない"過去"ではなくそれを越える"未来"を与えることこそが恢石が今、彼女にすることのできる唯一の手伝いだ。

 

何の確証もないが、記憶によって形作られている以上、それに意味がないとは思えなかった。

 

―――とりあえず日記ですかねぇ…記憶の混乱予防にもなりますし―――

 

しばらくは技術開発局にお世話になるだろう。

涅くんには十二番隊の隊士の移籍であーだこーだ言われそうだなぁ、と呑気に思う恢石であった。

 

それから一番隊隊舎を出たのは日も暮れた頃。

さりげなく帰り際に雀部から珍しい紅茶の茶葉を貰ったり、そのお返しに今度最近出来た"かふぇ"とかいう所にでも行きましょうなどと約束をしていたり。

 

これからまた大変だぞ、と(ふんどし)を締めてかからねばならぬと覚悟しつつ、つい手元にぶら下がった珍しい茶葉を一(べつ)する。

 

―――あぁまず、新しい隊士の受け入れ準備を済まさないと―――

 

どこかで隊士を集めて紅茶でも楽しめればなぁ、なんて、しばらく先になりそうなティータイムに思いを馳せた。

 

 

 

 

 









次話は剣八が代替わりしたら投降します。(他の小説途中なので暫く先です)
100年くらい待ってもらえれば大丈夫です。


◇補足と紹介◆

・箙【えびら】:矢筒のこと。
・恢石のコート:虚に対しての抵抗力が弱すぎる恢石専用の耐虚霊圧トンビコート。技術開発局創成当時に浦原に頼んで作ってもらった。ネックウォーマーや手袋等も同じ効果を持つ。
・七番隊の四席:鎖結(さけつ)魄睡(はくすい)の破壊は免れたらしいが十四番隊送りになった。

■一条 恢石【いちじょう かいごく】
自称ハイカラおじさん。
虚に対しての耐性が著しく低かったりと制限が多く、特異な斬魄刀のこともあってか限られた状況でしか実力を発揮できない。正対した場合、対破面は厳しいと言わざるを得ない。
結構古参。

■黒十字四番隊【十四番隊】
精神的、身体的な理由から戦闘行為が続けられなくなった死神たちの受け皿となる隊。
正確には四番隊の管轄、下部組織であり、それでも"十四"の数字を与えられているのは隊長の存在故に。
隊花は藤。
一括して"移籍希望者"と呼称するが、四番隊の診断の後、強制異動の場合も多い。
原作では存在しない隊。
だからきっと存在しない人間がいることもあるだろう。
ダークワンとか言う奴らはずっと前に拘突に轢かれました。いやな事故だったね。

■一之瀬 真樹【いちのせ まき】
隊長補佐として表向きは十一番隊より移籍。
"隊長補佐"とするのは特殊な隊故に副官たる副隊長を定めないため。立場は三席相当。なので副官証はない。
本来十一番隊のゴタゴタをきっかけに戸魂界を去るのだが、アニメ版と原作ではそこの描写に明らかに差異があるので、少し変更。
剣八に恨みはなく、十一番隊の風習そのものを忌み嫌う。
地味に110年の間も補佐として勤めている。
(アニメ、バウント編より)

■一条 茜雫【いちじょう せんな】
存在しない人間、"思念珠"という、輪廻から外れた"欠魂"から抜け落ちた記憶の集合体。
かなり特異な事例のためなんやかんやあったが十四番隊に配属する形でおさまった。苗字がないので一条性を名乗らせ、玄姪孫(げんてっそん)(自分の兄弟姉妹の玄孫)だと説明してる。
過去のない彼女のためと、恢石の勧めで日記を書いている。
チャームポイントは黄色いリボンだが、どうにも似合ってない気がしてる。
(劇場版 MEMORIES OF NOBODYより)

■破面約二名
こっちも特殊なコートを纏っていたせいで戸魂界に観測されず、どれくらいの実力かもわからなかった。(浦原の霊圧を遮断する外套を参考にしたみたい)
強くて且つ余計な事しなさそうなので今回のお使いに抜擢。
しかし茶を飲んでくるとは思わなんだ。
二日間も足止めしたけどずっと飲んでいたのだろうか?
司る"死"の形から、茜雫にシンパシーを感じたのも、こうなった理由かもしれない。
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