・・・にしても、今回も不調気味。
俺の部屋は片付いていてシンプル・・・と言えば聞こえはいいが、割と殺風景な部屋だ。勉強机とベッドが並び、小さい本棚と引き出し付きのハンガーラックがあり、敷かれたカーペットには小さなテーブルが置かれて・・・それだけだ。部屋として最低限のものはあるが、最低限の物しか無い。物がなさ過ぎて散らかることすらない、飾り気のない部屋だ。
そんな殺風景な部屋にメガネを掛けた美人が一人。
「姉さんみたいなオシャレな部屋じゃなくてすいません」
「いえいえ。ジブン、こうゆう部屋の方が落ち着くので」
「だったらいいですけど。・・・お茶です」
「あぁ、これはどうも」
部屋の中にアイドルがいるというのは中々に異様な光景だが、俺が連れ込んだ訳じゃない。寧ろ言い方的には向こうが上がり込んで来たという表現の方が近い。
ドラマ台本の読み合わせで俺に協力して欲しい。とのことだったが・・・
「で、今日の目的は読み合わせの練習ってことでしたけど、・・・俺、演技とかやったことないですよ?演劇部の人たちとか、それこそ千聖さんが男役やった方がいいんじゃ?」
「いえ、その千聖さんから言われたんです。「ある程度のセリフは問題無いから、後は気持ちを作る方が大事だ。だからまず男に触れてこい」と。・・・それに、千聖さんも忙しい方ですから」
「気持ちづくりのために男に触れてこい?麻弥さん、今回どんな役なんですか?」
「はい。今回のドラマは高校生の恋愛を描いた短編もので、そのうちの1話を担当させて頂くことになってまして」
「あ、それうちの姉さんも見てるやつだ。・・・それで、麻弥さんの役は?」
「ジブンの役は主人公の幼馴染の役なんですが、自分への好意に無頓着な人なんです。それ故に主人公のアプローチに鈍感だったり、思わせぶりな態度で主人公をモヤモヤさせたり・・・なんて言うか、「自分のことを好きになっちゃうような人なんている訳ない」って思ってるんですよね」
「ネガティブ抜きでそう思ってそうな辺り、麻弥さんのハマり役ですね」
「そうですかね?でも、役の喋り方とか雰囲気はジブンに寄せて書いてくれたそうなので、それはあるかもしれませんね。オファーを頂いた時は驚きましたが・・・」
「パスパレで主演映画に出たことだってあるんですから、可能性は十分ありましたよ。時代が麻弥さんに追いついただけです」
「だったらいいんですけどね・・・。では、そろそろ練習にしましょうか」
「了解です。どのシーンをやれば?」
「はい。この台本の付箋のところなんですけど・・・」
こうして俺たちの読み合わせの練習は幕を開けた。
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「麻弥さん、今のはどうでしたか?」
「うーん。もう少しで掴めそうな気はするんですが・・・」
「一旦休憩にしませんか?ずっとぶっ通しでやってますし」
「そうですね。すいません。ジブンが不甲斐ないばかりに・・・」
読み合わせは何度もやっているが、やはり気持ちを作るというのがどうも上手くいかないらしい。麻弥さんの人間性に合わせた脚本なだけあって、大体のセリフ自体は問題ないらしいが、後半でセリフに気持ちが乗らなくなるのだと言う。
「そもそも、異性の好意に気付いて恥ずかしくなるというのがよく分からなくて・・・。ジブン、そんな経験無いですし。そもそもそこまでモテたこともないですし・・・」
「麻弥さんを部屋に連れ込んだ主人公が、麻弥さんの手を握ってアプローチを仕掛けるシーンですよね。今まで鈍感ムーブだった麻弥さんがようやく照れ始めて、主人公に恥ずかしがった反応を見せる・・・」
「そこなんですよね。どんな感情なのか、ジブンも分からなくて・・・」
「やっぱり俺の演技じゃ引き出せないんですかね?麻弥さん自身すらも知らない感情は」
「いえ、問題があるのはジブンの方なんです。レンさんがどんな行動を取るかは台本に書かれてるし、これが演技の練習であって、レンさんが私を好きになった訳でもないと、頭でわかってしまっているので、やっぱり未知の感情を引き出すのは難しくて・・・。もっと頑張らないと・・・」
ベッドに腰掛け、休憩用に用意したレモンティーを飲みながら、二人で長いため息を吐く。
どんな感情でやっていいのか麻弥さん自身も分かっていないのに、読み合わせなんてしても意味なんか無いんじゃないだろうか・・・?
いや、こんなこと考えちゃダメだ。本人は真剣に悩んで俺を頼ってくれたのに。いや、麻弥さんに俺を頼るよう指示を飛ばしたのは千聖さんだが・・・。
「ん?千聖さん?」
「あれ、どうかしました?」
麻弥さんの反応をスルーし、俺は記憶を辿る。麻弥さんが、演劇部や千聖さんを頼らず、わざわざ俺に助けを求めた理由。
『その千聖さんから言われたんです。「ある程度のセリフは問題無いから、後は気持ちを作る方が大事だ。だからまず男に触れてこい」と。』
・・・そうゆうことか。まったく麻弥さんめ。頑張らなきゃいけないのは俺の方じゃないか。
「麻弥さん、確認ですけど、異性に恋愛的な好意を向けられたことは本当に無いんですね?」
「ええ。まぁ、地味で目立たない感じの人種だったので」
そうやって自嘲的に笑う麻弥さん。本当にモテなかったのか、それとも台本の中のヒロインのように自分への好意に無頓着なのかは分からないが、麻弥さんが初心なのはわかった。
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「麻弥さん。そう言えば、思い出したことがあるんです」
「思い出したこと、ですか?」
「はい。ちょっと耳を貸してほしいんですけど」
「はいはい。それでは失礼して・・・」
そう言って麻弥さんは俺に寄り添い、耳の後ろに手を当て、横顔を近づける。麻弥さんは完全にリラックスしている。その綺麗な横顔を見て、覚悟を決める。
そして・・・
ちゅっ
ほっぺにキスをした。
「・・・」
「・・・」
「ぬええぇぇっ!?ちょっ、なんてことしてるんですか!?」
「ほっぺにキスしました」
「そうゆうことを聞いてるんじゃありません!ダメですよ。好きでもない人とこんな——」
「好きですよ?」
「・・・へっ?」
麻弥さんの顔が赤くなっているのがわかる。でも、まだ足りない。
「麻弥さんのことはずっと前から好きですよ?気さくで優しくて、いつも俺の話を真剣に聞いてくれて、笑った顔が可愛い麻弥さんが・・・女の子として大好きです」
「いやっ、待ってください。なんでそんないきなり——」
「俺だって我慢してたんです。あなたはアイドルだし、こんなことしちゃダメなのは分かってる。でも、もう限界なんです。日に日に麻弥さんへの気持ちは強くなるし、諦めようとしてるのに麻弥さんのことが嫌いになれないんだ!」
「レ、レン、さん・・・?」
「それなのに、男の部屋に一人で上がり込んで、綺麗な横顔まで晒して・・・無防備すぎますよ。人の気も知らないで」
「レンさん。勢いだけでそんなこと言っちゃダメですよ。少し冷静に——」
「勢いだけでこんなことを言ってるんじゃない!俺は本気で——」
「うわぁっ!?」
俺が迫ると麻弥さんはそのまま後ろに倒れ込んでしまった。勢い余って俺も麻弥さんを覆うように倒れ込む。・・・俺が麻弥さんをベッドに押し倒したような体勢だ。
「痛てて・・・すいませんレンさん。大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。・・・ごめんなさい」
事故とは言え、自分に言い寄ってきた男に押し倒されているのに、相手の心配をするなんて・・・麻弥さんは本当に優しい人だ。
「あの、ではなぜ謝っているのに退いてくれないのでしょうか?それどころか両手首まで抑えられているのですが・・・」
「麻弥さんが大好きだからです」
「うぐっ!まだ言いますか・・・」
「このまま襲って食べてしまいたいぐらい好きです」
「も、もう!本当にダメですってば!もう少し冷静に——」
「嫌です」
「ううぅ・・・せめて少し整理する時間を——」
「あげません」
ただでさえ頭が回る人だ。冷静になる時間なんて与える訳にはいかない。顔を真っ赤にして、息も荒く、涙目でこちらを見つめる麻弥さん。かなり動揺しているのが分かる。
「・・・本気、なんですか?」
「愛しています」
「はうぅ・・・」
「好きです麻弥さん。大好きです。その綺麗な髪も、澄んだ瞳も全部独り占めしたいぐらい好きです。あなたの全てが好きです。大好きです」
「むぅ・・・今日のレンさんは何かおかしいです。その気持ちだってきっと何かの勘違いですよ」
「じゃあ、勘違いじゃないって証明します」
「証明?」
「キスしましょう」
「へっ・・・?」
麻弥さんの両手首は抑えている。抵抗されても問題は無さそうだ。
俺は真っ赤になった麻弥さんに顔を近づける。
「あの、レンさん?ダメですよ。ジブン、アイドルなんですよ?」
「そんなの知らないです。麻弥さんが悪いんですからね?」
もう鼻先が触れ合う距離まで近づいた。
「レンさん・・・。これ以上はほんとに、恥ずかしい・・・」
「恥ずかしがってる麻弥さんも可愛いですよ」
麻弥さんに見つめられながら、顔の距離を更に近づける。麻弥さんのファーストキスがすぐそこにある。
「・・・!」
ぎゅっと麻弥さんが目を瞑った。そのタイミングを見計らった俺は・・・
ペチッ!
「ふぎゃっ!」
麻弥さんに軽めのデコピンをお見舞いした。訳も分からず間抜けな声を出す麻弥さん。その後も状況が分からないのか、俺の顔や辺りを見回している。
「麻弥さん」
「はい?」
いたずらに成功し、俺は笑顔で麻弥さんに言い放った。
「ばーか☆」
・・・めっちゃ怒られた。
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「・・・なるほど。つまり私たちは最初から勘違いをしていたと」
「そうゆうことです。そもそも千聖さんは読み合わせをしてこいだなんて言っていない。千聖さんから「気持ちを作る方が大事で、男に触れてこい」という指示が飛んでいるのなら、麻弥さんに必要なのは練習ではなく「体験」だったんですよ。」
「それで、その「体験」がアレだと?」
「悪かったですよ・・・。でも、俺がやるべき仕事は、麻弥さんを照れさせることだったんですよ?ただでさえ精神的に落ち着いた、あの麻弥さんを。それも褒めちぎるとかじゃなく、自分の「好き」という感情でだ。手心加える余裕なんて無かったんです」
「だからってあんなやり方・・・せめてやろうとしてることを前もって言うぐらいしてくれても・・・」
「やる事が練習だってわかってると難しいって言ったのは麻弥さんですよ?」
「うぅ・・・流石はリサさんの弟。人をからかうのが上手い」
「で、どうです?異性の好意に気付いて恥ずかしくなる気持ちはわかりましたか?」
「レンさんが乙女の純情を弄んでくれたお陰でバッチリですよ・・・」
「いやもう、それは本当に悪かったですって・・・申し訳ないと思ってますよ」
「アレ程のことをしておいて、「申し訳ない」の一言で済むと?」
「じゃあ、どうすればいいんです?」
「ああ、別に大したことじゃないですよ。取り敢えずその場に正座して、歯を食いしばって頂ければ」
「やだ、超怖い☆」
「正座」
「あ、はい」
言われた通り、正座をして歯を食いしばる。すごく怖い。
「目はちゃんと閉じましたね?」
「はい。真っ暗で怖いです」
「よろしい。では、いきますよ?」
そして・・・
ちゅっ
ほっぺにキスされた。
「なっ!?麻弥さん!?」
「フヘへ・・・いい照れ顔ですね。これでチャラにはなりませんが、仕返しの一つにはなりました」
「あ、あの・・・」
「では、そろそろ帰りますね。あ、お見送りは結構です。外もまだ明るいですし。今日はありがとうございました。」
そして、麻弥さんは部屋の扉を静かに閉めた。残されたのは顔を熱くした俺一人。
「不意打ちって・・・こんなにヤバいのか・・・」
その後、麻弥さんから
『最後はあんな感じになってしまいましたが、今日は本当にありがとうございました。恥ずかしいですが、今回の出来事はちゃんと自分の演技に落とし込んでみせます。』
との連絡が届いた。相変わらず律儀な人だ。
そしてこの連絡以降、しばらく口を聞いてくれなかったのは言うまでもない。
「読みにくい」や「良かった」などの感想や意見、また「このキャラを見てみたい」、「このシチュが見てみたい」などのリクエストがあれば受け付けていますので、気軽にお願いします。
後、「この話が一番好き」などの感想も待ってます。参考にしたいので。
感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。
なんか、中々すっきりした状態で書けない。誰か、迷走の抜け方とか知りません?