・・・今日の新聞部の部室は静かだ。まぁ、部員は俺一人しかいないし、今日に限らず新聞部の部室は来客が無い限りは基本的に静かなものなのだが、それでも作業が順調に進んでいる時はキーボードを叩く音が響き渡っているものだ。
そして、そのキーボードを叩く音すらしないぐらいに静かだということはつまり・・・
「作業進まねぇー・・・」
全然集中できていないのだ。確かに元々俺は要領よく作業をこなせるタイプの人間ではないが、もはやこれはそんな問題じゃない。
そもそも今日のこの状態は部活中に限った話ではない。授業中ですら集中力がほとんど続かず、ろくに話も聞けなかった。
・・・なんか今日は、ひたすらに調子が悪い日だった。
そして、作業を投げ出して天井のシミを数え始めたころドタドタと落ち着きのない足音が聞こえてきた。
おそらく香澄かこころ辺りだろう。作業がよほど切羽詰まってない限り客人は嬉しいのだが、今は誰かの相手をする気力も無い。香澄やこころみたいな連中だったら猶更だ。
別にあいつらのことは嫌いじゃないし、好きか嫌いかで言うならぶっちぎりで大好きな部類に入るのだが、でも・・・
「今だけはちょっと・・・めんどくさいかなぁ・・・」
我ながら狭量だと思うが、もうそんな気分になってしまっている。遠くからだんだん近付いてくる足音に「来るな」と念じてしまっている自分がいる。いっそのこと居留守でも使ってやろうか・・・?
しかし念は届かず、その足音は俺の部室まで襲来し、かなりの勢いで扉を開け放った。
バタンッ!
「すいません!!れーくん居ますか!?」
「居ないよ」
「そっかぁ、残念。ありがとねー!」
バタンッ!
俺のことを「れーくん」と呼んだ少女は、そのまま勢いよく扉を閉め、ここに来た時と同じように、落ち着きの無い足音を鳴らしながら走り去っていった。
「・・・」
・・・
「えっ、あいつマジで行っちゃったの!?」
今井レン、焦る。
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北沢はぐみ、ハロハピでベースを担当するスポーティでボーイッシュな元気っ子であり、美咲が言う『3バカ』の一人である。こころと同じく持ち前の明るさで周りの雰囲気を持ち上げてくれる存在だ。・・・あと、仲良くなった人に変わったあだ名をつける奴でもある。
そして今は部室から走り去ってしまった彼女を連れ戻して向かいの椅子で休ませているところだ。
「もー!れーくん酷いよ!遊びに来た友達をだまして追い返すなんて!」
「いや、あれはもうだますとか追い返すでもないだろ。俺がいないならそもそも返事すら返ってこないことが何故わからない?」
「で、でもれーくんが「居ない」って言ったんだもん・・・」
「俺、もうお前の純粋さが怖いよ」
本来、「居ない」って言われたら「居るじゃねえか!」ってツッコんで欲しいものなんだが・・・。
「で、はぐみ。今日はどうしたんだよ。何か用事があったんだろ?」
「あ、そうだった。実はちょっと、お買い物に付き合って欲しくて」
「買い物って、一人じゃだめなのか?」
「うん。はぐみが買いたいのはぬいぐるみなんだけど、その・・・結構フリフリの可愛いやつでね。置いてあるお店もファンシー全開で一面ピンクの大きいお店なの・・・」
「もしかしてそれって、駅前のショッピングモールで新しくオープンしたファンシーショップ?」
「そう!そこなの!なんていうか、お店の雰囲気が可愛すぎて一人だと入る勇気が出なくて・・・」
「なるほどなぁ、確かにあれは一人だと躊躇うよな・・・」
特にはぐみは心のどこかで「自分に可愛いものなんて似合う訳がない」と思ってしまっている節がある。その辺りも関係しているのだろうか。
「うん。他の仲良い子も誘ったんだけどみんな忙しいみたいで・・・。れーくんが忙しいなら、もう諦めようかな・・・」
正直、俺の気分は未だに優れはしないが、女の子が困っているのを放置することは絶対にしたくない。友達だし、「諦める」と口にした時にこんなに落ち込んでしまうのなら猶更だ。
・・・ま、どうせ部活にも集中できてなかったし、気分転換も必要か。
「おいはぐみ、ちょっと外出て待ってろ。40秒で支度する」
「え?」
「だから、行くんだろ?ショッピングモール」
「いいの!?ありがとう!!」
やっぱりはぐみは落ち込んだ姿よりも、元気に笑ってる姿の方が似合う。
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はぐみと学園を出た後、俺たちはそのまま制服姿でショッピングモールへ直行した訳だが、建物に入って件のファンシーショップの前まで来てから歩みは止まっていた。
「・・・可愛いな」
「うん。はぐみ、浮いちゃわないかな?」
「お前は大丈夫だろ。寧ろ心配なの俺じゃないか?今更だけど男だぞ?もうお前だけ放り込んで外で待ってた方がよくないか?」
「待ってよ。一緒に来てくれるって言ったじゃん!」
なんだろう。彼女の付き添いでランジェリーショップに連れられてしまった彼氏って、こんな気持ちなんだろうか。
「でも、ここまで来て帰るって選択も無いよな。まぁ、気楽に行こう」
「そうだね。多分入っちゃえば楽しいもん」
「よし、突撃だ!」
「了解だよっ!」
ファンシーショップの内装は相変わらずのピンク一色だが、ぬいぐるみを始めとしたグッズが多く、その界隈に明るくない俺でも本格的なことが分かる。店の規模も大きく、つい俺も辺りを見回してしまう。
そして何より・・・
「わぁ~~っ!!すごいよれーくん!見てよあのクッション!すっごい可愛い!」
連れのはしゃぎ方がすごい。そう言えば可愛いものとか大好きだったな。こいつ。
「あんまり走り回るなよ。ここ結構広いし、はぐれたら後が大変だ」
「わかってるよー。れーくんも早く!」
「はいはい。わかってるからもうちょっとゆっくり行こうぜ。な?」
それにしても品揃えが凄い。ぬいぐるみもそうだが、ポーチやメイク道具みたいな日用品までファンシー色に染まっていて、そこらじゅうの棚に並んでいる。
ただ見て回るだけなら楽しいが、探し物をするともなると骨が折れそうだ。
「なぁはぐみ。お目当てのものは見つかりそうか?」
「うーん。ちょっと難しいかも・・・どこにあるんだろ?ふわウサギ」
「ふわウサギ・・・いかにもモフモフしてそうな名前だな」
俺たちは店内を見て回りながら、目当てのウサギを探すのだった。
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店内に入り、俺たちはかれこれ30分近く彷徨い歩いたが、結局目当てのぬいぐるみは見つけ出せずにいた。
「ねぇ、れーくん。やっぱりはぐみがこの店にいるのって変かな?」
「別に変じゃないだろ。どうしたよ藪から棒に」
「えと、なんて言うか、あんまりにも見つからないから、神様に「はぐみには似合わないからやめろ」って言われてるのかなって」
「それホントなら神様の性格悪すぎだろ。それにはぐみ、似合うと思うけどな。店にも馴染んでるし」
「でもはぐみ、そんなに可愛くないし・・・」
「可愛い方だろ」
「可愛くないもん!どうせ気を遣ってるだけなんでしょ?」
困ったな。見つからな過ぎてネガティブになってる。このままだと一人で帰ってしまうこともあるかもしれない。
・・・というか、はぐみが「可愛くない」って言われてるのは単純にムカつく。たとえそれを言った人間がはぐみ自身であっても。
「はぐみ、ちょっと手貸せ」
「手を?」
「あんまりこうゆうことはしたくないんだけどな」
困惑しながら差し出された小さな右手、俺はそれをそっと両手で持ち、そのまま自分の胸の中心へと、はぐみの手を押し当てた。
「あの、れーくん。もしかしてドキドキしてる?」
「男って可愛い子に触られるとこうなるんだけど、知らない?」
「これって、はぐみで?」
「なんなら学年の可愛い子と制服着たまま放課後デートって時点で結構ヤバかった」
「・・・!」
「放課後デート」という単語に反応してか、少し照れた表情を見せるはぐみ。
「今日つけてるヘアピンも似合ってるし、店の中で可愛いものに囲まれてるはぐみにも・・・ドキドキした」
そして最後にはぐみの目を見て大事なことを伝える。
「はぐみは可愛いよ」
恥ずかしい・・・。
「そう、なんだ・・・」
「ようやくわかったか」
「うん。わかったから、手、離していいかな?流石にはぐみも、恥ずかしいかも・・・」
「もう「可愛くない」なんて悲しいこと言わないって約束できるか?」
「約束する。はぐみ、可愛いもん」
「よろしい」
はぐみの元気も戻ったし、もう大丈夫そうか
「よし、じゃあウサギ探しの再開と行こうか!」
「そうだね!張り切っていこー!」
そして早々にはぐみの手を解放した。
さて、こうなったら隅々まで探しぬいてやろう。ウサギの一体や二体、この俺が見つけ出して――
「あのー、お客様?」
「「はい?」」
「何かお探しでしょうか?」
「「・・・」」
「お客様?」
「その手があったか・・・」
抜かってた。ウサギの一体や二体、店員さんに頼んだら一瞬じゃないか。
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あの後、はぐみの目当てのふわウサギは無事に確保が完了し、その後は二人で屋台で買ったたい焼きを食べながら帰った。
そして夜も更けた頃、はぐみからチャットが届いた。
『見て見て~!この子すっごく抱き心地いいんだよ!』
一緒に送られてきた写真にはふわウサギを抱きしめてご満悦の表情を浮かべるパジャマ姿のはぐみ
「パジャマ姿のはぐみ、可愛いな」
・・・
「保存しとこ」
はぐみとの買い物の後、俺の画像フォルダに新しい宝物が追加されたのだった。
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反映できるかは不明ですが、確認はします。応えられなかったら「すいませんでした」ってことで・・・