1.麻弥さん
2.演技練習という名の恋人ごっこ
3.千聖さんに言われて・・・
の3つです。『ガルシチュ』でリクエストを募集して以来、初めてのトリプルバインド系のリクエストです。
挑んではみたものの、私の文才ではやはり1話分のボリュームで収められそうにもなく、また前のイヴ編の時みたいに分割することにしました。
(下)は明日のこの時間帯に出します。
『ねぇレン。少し頼まれて欲しいことがあるのだけど、今から部室にお邪魔してもいいかしら?』
いつも通りの放課後、新聞部で記事を書いていた頃に千聖さんからチャットが届いた。
別に断る理由も無かったので応じたはいいが、承諾の返事を送ってからというもの、なんだか背筋に悪寒というか、妙に嫌な予感を感じ取っていた。
千聖さんは常識も良識も備えた人であることはちゃんと分かっているのに、なぜか小さな胸騒ぎを抑えられずにいた。
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新聞部までやってきた千聖さんの相談内容は麻弥さんに関することだった。
聞くところによると前に麻弥さんが出演した短編恋愛ドラマの評判が良かったらしく、また恋愛ドラマの出演が決まったらしい。それでまたも男性経験が足りないと判断された麻弥さんのため、街中でデートするシーンの練習に協力して欲しいというものだった。
だが、アイドルが男と街中を歩くわけにもいかない。麻弥さんが変装してもバレる可能性は0ではない。人通りが多い場所でデートシーンの練習をするには、「隣の人間が男である」という前提をどうにかするしかない。
そこで向かいに座る千聖さんが笑顔を浮かべて凶悪に言い放った内容がこうだ。
「女装しなさい」
っ・・・!!
「千聖さんっていつもそうですよね!俺のことをなんだと思ってるんですか!?」
「あなたのことは薫の次に雑に扱っていい人間だと思っているわ」
「もうちょっと大事にしてやれよ薫先輩を!そしてついでに俺も!」
いや、理屈としては正しいのかもしれない。麻弥さんの立場を考えたら致し方ないのかもしれないが・・・
「とにかく女装はダメです。いくら千聖さんのお願いでも限界はあるんですから」
「「お願い」・・・ねぇ」
俺の拒絶を聞いた瞬間、千聖さんはスッ・・・と俺を見据え、机に身を乗り出しながら俺の首筋に指を這わせる。
「レン・・・」
そしてそのまま千聖さんの細指が俺の顎を持ち上げる。俗に言う「顎クイ」によって、俺は千聖さんの眼光を見せつけられる。
「カン違いしないでね?お願いじゃないの、命令」
「拒否権は?」
「面白いことを言うわね。レンの分際で拒否をする「権利」だなんて」
「うっわ。すげー横暴・・・」
しかもこの人、面白いとか言ってる割に圧が凄い。俺の委縮を感じ取ってくれてか、千聖さんはすぐに座りなおしてくれたが、雰囲気はそのまま。千聖さんは思ったより真剣なようだ。
「でもレン、私は本気よ。麻弥ちゃんが持つアイドルとしての新しい可能性を、ここで無下にはしたくないの。世間の注目だって集められるようになった今、麻弥ちゃんの演技に妥協は許されない。だから力を貸してほしい。・・・お願いよ」
「千聖さん・・・」
千聖さんの目は真剣だ。おふざけや嫌がらせでこんな表情なんて出来る訳がない。
・・・まったく、最初からこんな風に頼んでくれればよかったのに。
「そこまで言うなら・・・」
「よかったわ。こんなこと、他の人には頼めないから」
「まぁ、千聖さんの本気は伝わったから女装は構わないですけど、俺が女装なんかしても男だって見破られませんか?」
「大丈夫よ。あなたの顔って割と中性的な方だし」
「そうですか?」
「えぇ。目鼻立ちも整ってるし、髪も男子にしては長い方だし、メイクと帽子で問題なく誤魔化せると思うわ」
「でも、じゃあそのメイクはどうするんです?俺はメイクの経験なんて無いし、服だって女物の持ち合わせがある訳じゃない」
「それも大丈夫よ。信頼できるスタイリストに相談したから」
「スタイリスト・・・?」
千聖さんの人脈ならその手のプロの知り合いがいてもおかしくはないと思うが、このことって業界関係者にバレちゃいけないのでは・・・?
「えぇ。とっても信頼できるスタイリストさんよ。オシャレさんだし、メイクだって得意だし、誰よりもあなたに似合う服装を考えてくれそうで、そして何よりあなたの知り合いでもある」
「いやいや、千聖さん。俺の知り合いにそんな都合の良い人なんているわけ・・・」
いや、待て。その条件に当てはまりそうな知り合いなら心当たりがあるかもしれない。確かにあの人はライブ前のメイクを自分の分だけじゃなくメンバーの分までこなすこともあるし、何より秋服の買い過ぎで「自分の弟に」少量の借金をする程度にはオシャレにこだわる人だ。
「あの、千聖さん。できたらこのこと、身内にはバレたくないんですけど・・・」
「ごめんなさい。このことはもうあなたのお姉さんに打診したわ」
「どうしてだよおおぉぉぉぉー!!!」
なんでよりにもよって自分の姉に女装の協力なんてしてもらわないといけないのだ。・・・絶対からかわれる。
「ちくしょう・・・。あれもこれも全部、わざわざ男性経験の無い麻弥さんをヒロインにしたドラマのプロデューサーが悪いんだ。もし会うことがあったら、一切の前触れもなく俺の『牙突』でぶちのめしてやる・・・」
「「俺の」って・・・そもそも『牙突』はあなたの技でもないでしょ。まぁでも、仕方ないことよ。麻弥ちゃんには麻弥ちゃんにしかない魅力があって、それがプロデューサーにとって最大の需要だったのよ」
「麻弥さんだけの・・・需要?」
「えぇ。あれは紛れもなく麻弥ちゃん特有のものよ。分からないかしら?」
確かに麻弥さんは魅力あふれる人だと思うが、ドラマを監督する人間にとっての最大の需要・・・と言われるとパッとしない。麻弥さんは美人だが、ただ美人なだけでいいなら他の人でもいい筈だ。それこそ、美人で演技の経験も豊富な千聖さんとか。
「パスパレのメンバーを想像すると分かりやすいかしら」
「パスパレの?」
「えぇ。まずは彩ちゃん。研究生として努力を積み重ね、アイドルとして花開いていくシンデレラストーリーを体現した女の子。その経歴を持つだけあってナチュラルボーンアイドルとしてのオーラが強いでしょ?」
「確かに。彩さんはいかにも「アイドル!」って感じはしますけど」
「じゃあ次は私、幼少期から子役をこなして、今でも女優として活動中。芸歴も長い方だし、どこか近寄りがたいイメージがあるみたいなのよね」
「千聖さん、芸能人オーラすごいですもんね。初見だと敷居が高い感じはあるかも」
「次のイヴちゃんはフィンランドと日本人のハーフ。あの真っ白で純粋な雰囲気には汚しがたい印象を受けるわよね。
日菜ちゃんは言わずもがな、天真爛漫の天才肌で、言動から見ても常人が理解できる範疇を超えた「領域外の生命」だし」
「自分のバンドメンバーに「領域外の生命」って言うなよ・・・」
「でも日菜ちゃんの頭の中がどうなってるかなんて、想像つかないでしょ?」
「確かに・・・」
「そして今言った4人と比較して、麻弥ちゃん。素朴で謙虚で、ガツガツしてない、メガネをかけた大人しい女の子」
・・・
「なんか手の届きそうなイメージしない?」
「あ、すげーわかる」
「そうゆうことよ。今回のプロヂューサーはリアルさだけじゃなく、視聴者にとってより身近で、親しみやすい恋愛を見せたいのね。直接聞いたわけじゃないから推測の域は出ないけど」
「ほへー」
確かに、彩さんや千聖さんみたいな風格の美人はどこを探したって見つかりやしないだろう。
でも、麻弥さんみたいなタイプの美人なら頑張れば見つけられそうな気がしてくる。学校の図書室で見かけたり、登校中の電車とかでたまたま遭遇したり、廊下を歩いてる時にそんなこんなで偶然目が合ったりとか・・・うん。可能性は0じゃないと思えてくる。
「なるほど。まぁ、麻弥さんの抜擢理由には納得しましたけど・・・」
「気になること、まだある?」
「はい。前に麻弥さんを手伝った時(※本作13話参照)も思ったんですけど、千聖さんが男役をするのはダメなんですか?」
「今回はダメね。麻弥ちゃんに足りないのは恋愛経験というより男性そのものの経験だし、それに・・・」
「それに?」
「実は私、彩ちゃんと似たようなことをして失敗したのよ」
「彩さんと?」
「えぇ。前にパスパレでラブソングのカバーをすることになったのだけど、彩ちゃんもそうゆう経験無かったから、曲の理解を深めるために軽い恋人ごっこをしたのよ。さっきのレンと同じ発想でね」
「でもそれで、失敗だったんですよね・・・」
そう。あの千聖さんですら失敗・・・。やっぱり同性同士だと上手くいかないものなのだろうか。
「そうなの。加減を間違えてメロメロにし過ぎたのよね」
「は?」
「ちょっとドキドキしてもらうだけのつもりだったのに、3日間ぐらい私がいないと生きていけない体になっちゃったのよね。『思考回路はショート寸前』ぐらいにしておきたかったのに、もう完全にショートしちゃって・・・」
「失礼承知で言いますよ。テメェ彩さんに何しやがった!」
「「何を」って・・・ただの恋人ごっこよ。耳元で愛を囁いたり」
なんだろう。この聞いてはいけないもの聞いてしまっている感覚。
「いいコトを教えてあげる。彩ちゃんって耳が弱いのよ♡」
「あの、千聖さん?」
「少し長めに放置しちゃった時なんて大変だったのよ?2人きりになった途端すぐに顔を赤らめて、上目遣いでおねだりしてくるんだもの。『ねぇ千聖ちゃん。なんで意地悪するの?もっとナデナデしてよ・・・』なんて。すっごく可愛かったわ」
「・・・もう一度聞きますよ。彩さんに何をした?」
「安心しなさい。彩ちゃんはああなったけど、危ないこともディープなことも無かったわ。取り敢えず「唇へのキス」以上のことはしてないと言っておくわね」
「逆にそれ以下のことはしたと・・・」
「そうね。太ももを軽くなぞったり、頬にキスをしたり・・・耳たぶを甘噛みした時に弱点が耳だって分かってからはずっと耳を攻め続けたわね。それからはバックハグで逃げ場を奪って、後ろから耳元で「好き」とか「可愛い」とか「愛してる」みたいに甘い言葉を言い続けてたら、後は勝手に彩ちゃんが堕ちたわ」
「何が「勝手に堕ちた」だよ。確信犯じゃねえか」
「胸を触られた訳でもないのにあんなに顔を赤くして・・・あの時の恥ずかしがる彩ちゃん、本当に可愛かったわぁ♡」
「えぇ・・・」
もう怖いんだけどこの人。なんかちょっと恍惚としてるし・・・。
「あの、彩さんは無事なんですよね?」
「あぁ、それなら心配ないわ。さっきも言ったけど彩ちゃんの調子がおかしかったのは3日だけよ。その後はちゃんと正気を取り戻したし。でも彩ちゃん、おかしかった時のことをよく覚えてないらしいのよね」
「え、どうして?」
「ほら、人間の記憶って睡眠中に整理されるものでしょう?彩ちゃん、私のことで頭がいっぱいになったせいで夜も眠れなかったらしいのよね。」
「千聖さん・・・」
「で、正気を取り戻した後にその時のことを聞いても、「ごめん。千聖ちゃんに対してドキドキしたりしたのは覚えてるんだけど・・・なんだろう。悪い夢を見ていた気がする」としか答えてくれなくて・・・」
「もうそれ洗脳が解けた人のセリフじゃないですか・・・」
「まぁ、そんな失敗もしたからそう気軽に麻弥ちゃんに同じことはしたくないのよ。まぁ、レンの気持ちを優先して麻弥ちゃんが百合堕ちしてもいいのなら、それでもいいけど」
「百合堕ちはもう確定なのかよ・・・」
麻弥さんの百合堕ち・・・それはそれで見てみたい気もするが、彩さんが陥った惨状を聞いておいそれとその選択を踏むことはできない。
「やるしかない、か」
「面倒かけるわね。前にも協力してもらったのに・・・」
「ホントですよ。今度奢ってもらいますからね?」
「えぇ。予定が合えばそうさせてもらうわ。牛丼でもラーメンでも好きに頼みなさい」
こうして俺は千聖さんの奢りと引き換えに麻弥さんとの練習に付き合うことを承諾した。
千聖さんに奢ってもらえる上に麻弥さんとのデートまでできるだなんて、普通なら贅沢の極致なのだが・・・
「女装なぁ・・・」
それだけを呟き、天井を眺め、俺は千聖さんに見守られながら、そっと腹を括ったのだった。
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