おふざけやイチャつきが続いてたのもあるし、この設定だけが出力されずに頭の中をぐるぐるしてるのも嫌だったので、自分のために書きました。
取り敢えず、頭の中にあったものを出せて一息、といった感じ。
幼少期の俺は、根暗という程でもないが、引っ込み思案で積極的に外へ出て遊ぶタイプではなかった。
しかし、姉さんはそんな俺をよく外へ連れ出してくれた。どんな場所に行くとしても、姉さんが一緒なら怖くなかった。
友希那さんと出会ったのもそんな幼少期の頃。小さかった俺はまだ舌足らずだったのでうまく「ゆきなちゃん」とは呼べず、うまく言えなかった「な」の部分を抜き、
「ゆきちゃん」
と呼んでいた。
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少し大きくなると、友希那さんの家族の影響もあり、俺たち3人は音楽に触れることとなった。友希那さんはメキメキと才能の一角を現し、姉さんもそれに続いて楽しく参加していたが、俺の場合、そうはいかなかった。
音程もリズムもまるで取れない。前提として音楽の楽しさが理解らなかった。
「レンは下手っぴだなぁ」
なんて言われてからしばらくして、俺は音楽を「やる側」から身を引き、公園で姉さんと友希那さんが歌うのをお客さんとして「見る側」となった。
自分は音楽ができないことを早々に理解した俺だったが、大して気にはしていなかった。
2人に歌を聞かせてもらう時間は、本当に楽しかったから。
でも、今になると理解る。あの時の俺は、大好きな2人が笑顔で幸せそうにしているから楽しかったのであって、結局のところ、俺は音楽を楽しんでなどいなかったのだ。
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小学生になってしばらくして、ようやく自分の音楽適正の無さが病的で、少しばかり異常なものであることに気付いた。「音痴」なんて言葉では片づけられに程に
音楽を担当していた教師も熱心に指導してくれたが、何度指導しても成長を見せない俺に対して、次第に敬遠する姿勢を取るようになった。
「やる気が無い」
その一言で片づけられたのを最後に、俺を指導する教師は1人も居なくなった。
合唱祭なんかがある時は特に大変だった。俺はただ、足を引っ張ることしか出来なかったから。
「ちょっとは真面目にやってよ!」
真剣に何度も練習をした後に、クラスメイトの誰かから言われた一言はそれだった。
当然俺は真面目だった。
しかし、どこがどのように間違っているかすら、俺にはてんで理解らなかった。
分かったのは取り敢えず俺が悪いということだけ。
学年も最後辺りに差し掛かると、「もう今井は口パクでいい」と言って見限られた。「楽そうで羨ましい」とも言われたが、出来ることなら俺だって普通に歌いたかった。
でも、得体も知れない何かに、訳も分からないまま首を絞められ続けるような責め苦を味わわなくていい事実に対して、どこか安心してる自分も居た。
「幼馴染の湊さんはあんなに上手なのに・・・」
「お姉さんは普通に歌えるのに・・・」
そんな声を聴かなくて済むのは、寧ろありがたかった。
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中学に上がる頃には、姉さんや友希那さんとも折り合いが悪くなった。
2人が悪かった訳ではない。音楽で更に才能を磨き上げる友希那さんに、何でもかんでもサラりとこなして、一種のカリスマ性を発揮する姉さんに対して、何の個性も持ち合わせなかった俺が、醜く一方的にコンプレックスを感じただけだ。
ずば抜けてデキた人間が身近に2人も存在するという環境は、ただ俺を惨めにするだけだった。
2人を避けるようになった俺だったが、他人には優しくしようと努めた。誰かに優しくすれば、
「今井君は優しいね」
なんて誉め言葉が返ってくることを知った。
・・・何の才能も個性も持ち合わせていなかった俺は、誰かに優しくする以外の褒められ方を知らなかったのだ。
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しかし、中学に上がってしばらくすると、近いうちに合唱祭があることを担任の教師が知らせた。
クラスは大盛り上がり。合唱曲はどんな歌にするかでクラス中が白熱の議論を交わす中、俺の中に沸き上がったものは絶望だった。
小学校の6年間で失敗を続けてきた俺に、「次こそ歌えるようになろう」などと前向きに考えることが出来るようなメンタルは残っていなかった。
「またあの苦行を強いられるのか」そんな気持ちでいっぱいになって、どんどんネガティブに陥っていく俺は・・・
「先生、具合悪いんで保健室行ってきます」
逃げることしか出来なかった。
もう、何も見えない。何も聞こえない。何も響かない。
気付いた時には、俺の心から光は消え失せていた。
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「一度逃げると逃げ癖がつく」なんてよく言われたりするが、それは俺も例外じゃなかった。
学校には通うが、合唱祭の練習には意地でも参加せず、校内の人気のない所で過ごす生活。
最初はバッシングを受けたものだが、3日もすると同じ小学校だった奴が広めたのか、「今井レンは歌えない」ということは常識になっており、練習で俺に構う生徒は居なくなった。しつこく説得を試みる教師も中にはいたが、全て無視した。
合唱祭当日も俺は顔を出さなかった。
「お前らはいいよな。どうせ俺なんか・・・」
このことをきっかけに、俺は音楽の授業もサボるようになった。
合唱祭だけ参加せずに、体育祭や文化祭だけ出るのも忍びない気がしたのでそれらの準備期間がある時は、もう制服着て家を出るだけでそのまま不登校を決め込んだ。
行事が絡む時だけしかサボってなかったとは言え、俺の異常な欠席の数は両親にも知れ渡り、こっぴどく叱り飛ばされた。
しかし、結局この生活態度は卒業までずっと治らなかった。
見限られていたのか、そのうち両親は何も言わなくなった。
行事の準備期間の授業を受けられていないせいか、ただでさえ良くない成績も順調に降下の一途を辿った。
不真面目な素行は生徒の内でも敬遠され、なんとか上手くやっていたクラスメイトや友人も、俺から距離を置くようになった。
・・・俺は、独りになった。
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中学の勉強もろくにこなせなかった俺だが、辛うじて花咲川に合格することは出来た。姉さんと友希那さんは進学校の羽丘に行っているが、そんなことは知らない。
合唱祭がある訳でもない。高校の芸術系科目は「音楽」と「美術」の選択なので音楽から逃げることは出来る。
「今井レンです。言う事とかは・・・特に無いです」
しかし、そこから景気よく高校デビューなど出来やしなかった。
中学時代の度重なる素行不良に則り、俺のメンタルは既に荒んでいた。3年近く人との関りを断絶していた俺は、友人の作り方も忘れていたし、最早それを思い出そうと考えることすら億劫になっていた。
「キラキラドキドキしたいです!」
クラスメイトの自己紹介など、もはや聞いてすらいないし、名前も覚えようとは思わない。
「はぁ・・・。眩しすぎだろ。鬱陶しい」
長すぎる自己紹介タイムを、俺は春の日差しに文句を言って過ごすのみとなった。
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新聞部との出会いは、結構唐突だった。最後の部員だった去年の3年が卒業し、部員が0人になり、もぬけの殻になった部室にたまたま遭遇した。部室も人通りが少ない場所にあり、他の生徒は見向きもせず、興味を示しても、入っても頼れる先輩がいない中で活動しなければならない未来が待つ部活に入ろうとする生徒は居なかった。
その惨状で、尚且つ顧問もやる気の無い人間だったが、俺には丁度良かった。
今思うと、人との関りを持ちたくなかった俺だが、それでも居場所は欲しかったのかもしれない。
家族とも上手くいってなかった俺が、遅くまで帰らなくてもいい理由を見つけられたのは、やはり大きかった。
新聞部の経験など無かったが、そもそも活動する気も無かった。顧問もやる気を持ってないし、帰る時間まで昼寝でもして過ごせばいい。怒られたら出ていけばいい。怒られるのなんて、もう慣れっこなのだから。そう思っていた。
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やる気の無い顧問だったが、流石に活動内容を教えるぐらいの義務はこなした。
「去年の子はこのPCを使って作業してたのは知ってるんだけど、どんな風に動かしてたかとかはよく分からないの。だから、その辺はもう任せます。何もできないなら、別にそれで構わないし。正直、この部も別の人から引き継いだだけで、私も顧問としてはただのお飾りなんです。去年の人たちは週1で記事の掲載をしてたけど、その辺りもあなたに任せます。まぁ、自主性の尊重ってことで」
それを言った後はすぐに部室を離れ、それ以降、顔を見せることも無かった。
だが、俺にとっては好都合だった。
「自主性ね。だったら意地でも働いてやらねぇ」
部室のノートPCは、電源が付くことすらなかった。
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なんてことを言ったはいいものの、自主的に入部しといて何も仕事をしない・・・なんてことが出来るほど俺は不良になり切ることは出来なかった。
臆病だった俺はせめて形だけでもそれっぽくすることは出来ないかと、記事のネタ探しをしてみることにした。最初は慣れないことに苦労することになったが、突破口は意外とすぐ近くにあった。正確には、すぐ後ろの席に。
「Glitter*Greenはどうかな?近いうちにライブやるし、最近はガールズバンドも流行りだし・・・」
「今井」と「牛込」、まだ座席が出席番号順に並んでいたこともあり、その縁あってりみから情報を聞き出すことが出来た。
音楽に関わる事は抵抗があったが、「ただ取材をするだけなら」と思えば仕事をする気にはなれた。
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取材の許可は簡単に取れた。寧ろ、りみに紹介されて来たことを伝えると、かなり快く受け入れてくれた。
「そうかぁ。君がりみのクラスメイトか」
「新聞部、1人しかいないなんて大変だね。しかも1年生なのに・・・」
「私たちに出来ることなら、何でも協力するからね!」
そう。グリグリの許可は容易かったし、特にゆりさんには大変良くしてもらった。問題はライブの撮影許可。
ライブハウス『SPACE』のオーナーに会ったのもこの時。最初は撮影許可どころか、会場に入ることすら許されなかった。
「気に入らないな。お前、音楽を楽しめる人間じゃないだろ」
「・・・!」
俺が過去に言われてきたことを初見で言われた時はかなり焦ったのを覚えている。
「・・・仮にそうだったとして、何の問題が?根拠だって不明瞭だ」
「そんな根性で聞きに来るなら演者に失礼だ。それに、恐らくお前の為にもならないだろう。参加しても待ってるのは、お前にとっての退屈だけだ」
「そうですか。許してもらえないなら、もうこれ以上は何も言いません。申し訳ありませんでした」
オーナーの言うことは当たっていたし、説得力はあった。しかし、結局それが入場拒否に繋がるのは、気に食わなかった。
目の前の女性がどれほどの人物かなど、俺は1ミリも知らなかったから。
「オホーツクババァ」
ガシィッ・・・!
「何か言ったか?」
「いえっ、何も!」
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しかし、後日になってライブの撮影許可は突然下りた。後から聞いた話だと、
「「楽しめる人間じゃない」からなんて、そんなのおかしいです!そんな人すら感動させて、キラキラドキドキできるのが、音楽の力じゃないんですか!?」
なんてことを俺が店を出て行った後にオーナーに言いに行ったバカがいたらしい。どこのバカかは知らないが。
「客にライブの撮影許可が出せないのは変わらない。お前だけに許可したら他の客に示しがつかないからね。だからお前にはこの腕章を付けて、観客としてではなく、撮影係の1人としてライブに参加してもらう。それでいいね?」
「オーナー・・・ありがとうございます!」
「当日はGlitter*Green以外のバンドも撮影してもらう。あくまで撮影係として振る舞うこと。間違ってもフラッシュを焚くなんて馬鹿な真似はするなよ。演者や観客を妨害するようなことがあれば即刻消えてもらう」
「はい・・・!」
当日のライブはかなり盛り上がった。どのバンドも迫力があって、俺が取材していたGlitter*Greenも、多くのお客さんが心を奪われていたと思う。
・・・でも、俺の心に一番残ったのは、飛び入りで参加したクラスメイトの、粗雑な『きらきら星』だった。
そう。「音楽を楽しめない」俺が、初めて釘付けにされた演奏だった。
曲が短いからか、俺が釘付けにされたからか、時間はあっという間に過ぎた。そのせいでその時の『きらきら星』の写真は香澄のソロで1枚、有咲とのデュエットで1枚、りみとのトリオで1枚、そしてその3人が揃った写真がもう1枚。その計4枚だけしか残っていない。
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ライブから数日、香澄の『きらきら星』が忘れられない俺は、記事のメインをグリグリではなく、乱入した香澄たちにすることを思いついた。失礼は承知だったが、
「いいじゃん。面白そう!」
「楽しみにしてるね」
・・・今思うと、本当に良い人達だと思う。
そして、写真をメインで使う許可を香澄に取りにいった時も、話は早く進んだ。
「えっ!?噓でしょ今井君!?私、新聞に載っちゃうの?しかも初版で!?」
「あぁ。戸山さん、結構目立ってたし、なるべく上手く書くからさ。牛込さんも、いいかな?」
「私も、それはいいけど・・・」
「あとは、B組の市ヶ谷さんにも話を・・・」
「有咲には私から話つけとくよ!新聞載りたい!」
「じゃあ戸山さん、そこら辺は任せた」
「アイアイサー!」
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入学当初まで、俺は闇の住人だった。
音楽が嫌になって逃げて、人との関りが嫌になって、独りで永遠に地獄を彷徨うんだと思っていた。新聞部だって、まともに活動する気なんて無かった。
ただ、その新聞部の活動は、結局音楽に関わることになって、香澄を始めとする色々な人とも関わるようになって、なんだかんだ独りからも遠ざかるようになった。
いつの間にか、随分前に失った筈の情熱を取り戻すようになった。
「もう一度求めてみるか。光を・・・」
何をやっても上手くいかない。要領はひたすらに悪い。どこまでいってもリサの劣化版。そんな俺だ。そう言われ続けた俺だ。
そんな言葉ばかりを思い出す。思い出して、でも。
「はっ。知るかよ。「やる」って言った分の責任ぐらい果たしてやる・・・!」
こうして俺は入部して初めて、PCの電源を付けた。
・・・
「・・・どうやって使うんだ?これ」(機械音痴)
俺の初めての記事作成は、早々に難航の兆しを見せた。
「ソリティア以外のPCの使い道なんて分かるかあぁぁ!!」(機械音痴あるある)
俺が新聞部のPC作業に慣れるのは、まだ先の話。
(下)は1時間後に更新します。