香澄の記事を仕上げてしばらく。ポピパのメンツとも仲良くなり始めた頃。俺は音楽への興味が殆ど無いことを知られていた。
「音楽に興味は無いくせに、バンドの記事は書きたいのかよ。なんか矛盾してね?」
有咲に言われて、もう少しガールズバンドのことを知るべく、向かったCiRCLEでAfterglowとのライブに遭遇し、心を揺さぶられた(本作、12話参照)ことをきっかけに、俺は新聞部の活動で明確な目標を持つようになった。
音楽は出来ないままだったけれど、
『夢に向かって突き進むガールズバンドを応援したい』
俺の記事がその手助けになればと考えるようになった。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
その明確な目標を果たすべく、ガールズバンドのことをもっと近くで知ることが出来ればと思った俺は、CiRCLEのバイト募集に目を付けた。
志望動機は「取材のため」と不純なものではあったが、人手も男手も少ないCiRCLEで採用されるのは難しくなかった。寧ろ歓迎されたとも言っていい。
最初はミスも多かったが、スタッフはみんな優しかったし、ガールズバンドの頑張る姿を間近で見られる環境はありがたかった。
しかし、しばらくして俺は、バイト先をCiRCLEにしたことを後悔した。
「あなた・・・、レン?」
「・・・人違いです」
「流石に無理があるでしょ。名札も『今井』って書いてるし」
「あはは・・・。お久しぶりです」
そう、生活は闇から遠ざかったが、俺は結局、姉さんや友希那さんとは険悪なままだった。
「どうゆうつもり?あんなに音楽を敬遠していたあなたが・・・」
「あんたには関係ないよ友希那さん。別にいいだろ。誰かに迷惑をかけてる訳でもないんだから。そこは不干渉でいこう。俺もあんたには干渉しない」
「レン・・・・・・そう。分かったわ」
この頃の友希那さんがドライだったのは、ある意味救いだった。バイト中に姉さんが来店することもあったが、気まずかったのか、お互いに話すことは無かった。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
この頃から、CiRCLE以外の活動にも支障が出始めた。
要領が悪かった俺は、バイトも部活も忙しくなった状態で勉強との両立まで出来るほどの器用さは持ち合わせていなかった。
「今井、また成績落ちてるぞ」
「はい。反省してます」
俺は反省などしていなかった。中学から不登校を散発していた俺は、中学の基礎も出来ておらず、授業にもついていけなくなり、早々に勉学から見切りをつけた。
けど、勉強が出来なくても、バイトと部活があるから平気だった。取材に足を運び、PCと睨み合って記事を書いている間だけは、イヤなことも忘れられた。
だが、それも長くは続かなかった。
『毎週月曜の朝に記事を掲載する』
新聞部の活動内容はそれだけであり、俺の代より前までそれは続けられてきた訳だが、今までのそれは、全て複数人が所属してきたからこそ出来ていたことであり、取材も編集も役割がちゃんと分担されていたから成り立っていたものだ。
それを入部したてで未経験の1年生がたった1人でこなすことなど、土台無理な話だったのだ。
バイトに時間を取られることもあり、俺はかなりの無理をした。
ただでさえ要領が悪い俺に、やったこともなく慣れないことばかりの作業。ほぼ毎日の徹夜を決行し、意識の限界をエナジードリンクで誤魔化し、なんとか月曜の朝に間に合わせる毎日。片頭痛はまるっきり治まらず、寝不足も拗らせた。
度重なる無理のせいで、俺の体はボロボロだった。
「いい加減にしろ!」
そんな体調で授業中に集中できる筈もなく、座席での居眠りを繰り返していた俺は何度もお叱りを受けた。
「その授業態度で成績も悪いんじゃ、部活にも行かせられないぞ」
「ふざけんな!なんでこんなことで俺の居場所が奪われなきゃいけないんだ!」
今思えば逆ギレもいい所だが、新聞部の活動しか心の拠り所が無かった俺にとって、それはあまりにも痛手だった。
部活停止の脅しを掛けられた以上、俺も勉強から逃げることは出来なくなった。「次のテストで赤点が出るようなら部活停止、場合によっては退部も―」などと言われてはどうしようもない。
中学の基礎は欠落し、自分が今受けている授業内容の理解すらしていなかった俺だったが、もう「できない」とすら言ってられなくなった。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
放課後は部室に籠り切りだった俺だが、脅されて以降は図書室にも顔を出すようになった。少しでも集中できればと思ったが、体調を崩し、片頭痛を持ち続けていた俺にとっては、それも容易ではなかった。
でも、逃げる選択も出来ない俺は、それでも歯を食いしばって問題集を進め続けた。
「あの、今井さん?」
「あれ、氷川先輩・・・?どうしたんです?」
「いえ、風紀委員の連絡事項を新聞部の方でも載せて欲しいので、そのことについて話し合う・・・と言っていた筈ですが、部室に居なかったので」
「あれ、そうでしたっけ?すいません。ぼーっとしてて・・・」
連絡事項の話し合いはサクっと終わったのだが、話し合いは終わらなかった。
「数学、苦手なんですか?」
「・・・だったら何です?」
「いえ、あまり根を詰め過ぎない方がいいですよ?少し辛そうに見えます。目元のクマも酷いですし・・・」
「関係ないだろ。用事は仕事の話じゃなかったのか?」
「いえ、あなたが大丈夫ならそれで構いません。取り敢えず、気が揺れると敬語が抜ける癖は直した方がいいですよ。それでは。また」
----------------------------------------------------------------------------------------------------
「それで、あとはこの部分を代入すれば―」
「あの」
「はい。分かりにくかったですか?」
「いや、なんで俺に勉強教えてんだよ?」
「困っている様子でしたので」
「1人でいいって言ったろうが・・・」
紗夜さんは度々、俺の勉強を見るようになっていった。
「図書室に来ては辛そうな表情で自習をしに来る男子生徒がいる。というのを、図書委員の知り合いから聞いたので」
「それはバンドメンバーの白金さんの話か?『Roseliaの氷川さん』よぉ」
「ご存知、だったのですね」
「ガールズバンド追ってりゃ嫌でも分かるよ。CiRCLEでも見かける時はあるからな」
「イヤでも分かるのに取材へ来ないのは、お姉さんと湊さんがいるから、ですか?」
「うるせえな」
「・・・気持ちは少しわかります。身近な人間が優秀すぎると、惨めになるのはいつも自分ですから」
「先輩・・・」
無能なだけだった俺に理解を示してくれたのは、この人が初めてだったと思う。
「共感、という訳ではないけれど、なんだか放っておけなくて」
「こんなやる気のない人間によくもまぁそんなことが言えますよ。あんたに教えてもらってるこの時ですら集中続いてないのに。こんな無能なんか放ってギターの練習した方がいいですよ」
「確かにあなたの集中は散漫なところがあると思いますが、やる気が無いとは思いません」
「は?」
「足繁く図書室に通い、誰に言われるでもなく自習を続け、私の説明にも少ない集中力で、それでも食らいつこうとしている。・・・そこまで必死になっている人間を「無能」だなんて言葉で片づけたくありません」
「・・・」
「それに、部活もバイトも休んでないんでしょう?明らかなオーバーワークです。油断すると死にそうなので本当に放っておけません」
「いいだろ別に。無理でもなんでもしなきゃやってられないんだよ」
「・・・お姉さんも心配してましたよ」
「なんでアイツが出てくるんだ。尚のこと関係ないだろ」
「家で見かけても体調は悪そうで、それなのに部屋の電気は深夜でも付いたまま・・・真剣にあなたの身を案じていました。気まずいから遠慮して何も言えてないらしいですが」
「それは・・・」
「正直に答えてください。あなた、今日で何徹目ですか?」
「・・・数えてねーよ」
この時の紗夜さんは、珍しく強引だったと思う。
「あなたを寝不足と偏頭痛の容疑で連行します。今のあなたに必要なものは勉強ではなく保健室です」
「ご忠告は助かるがそんな暇は無い。後にしろ」
「承服できません。抵抗するなら殴り倒してでも連れて行きます。今のあなたがどれだけ頑張っても、赤点回避なんて出来ませんよ」
「いい加減にしろ!今の俺はここで止まる訳にはいかないんだ!」
「・・・!」
「どいつもこいつも「出来ない出来ない」ってバカにしやがって。俺がいつまでもアイツの劣化版だと思うなよ・・・」
今までの我慢が、とうとう限界を迎えていた。
「心配も同情も要らないんだよ。どうせ俺のことなんて、誰も信じてないんだから!」
「そうですか・・・」
立ち上がって怒鳴り散らした俺に紗夜さんはゆっくりと歩み寄った。
年下の分際で好き勝手に言われて怒ったのか。
ぎゅ・・・
と、思った瞬間。俺は目の前の女性に優しく抱き締められていた。
「そんなに悲しいことを言わないで下さい」
「先輩・・・?」
「本当に以前の私に似ているわ。ここまで思い詰めて・・・」
「・・・」
「肌荒れも酷い。相当ストレスをため込んでいたのね。血色も悪いから、食べ物も碌に喉を通ってなかったんでしょう?」
「・・・」
「それほどに頑張っていたんです。それは私が保証します」
「・・・!」
「信じていますよ」
張り詰めていた糸が解ける感覚が確かにあった。もしかしたら俺は、ずっとその言葉を言って欲しかったのかもしれない。
「離れてくれ」
「嫌でしたか?ハグはストレスの軽減になると聞いたのですが」
「・・・恥ずかしい」
その後、保健室に連行された俺は死んだように眠った。
眠ると言うより、もはや気絶の勢いだったらしい。
偏頭痛が治った。
寝不足が治った。
肌荒れが治った。
体力が回復した。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
睡眠時間を少し確保するだけで環境は随分変わった。途切れてばかりの集中も続くようになり、教師は俺を見限っていたが、紗夜さんは俺を信じ、基礎から熱心に教えてくれた。
そして・・・
「それで、結果は?」
「お陰様で、部活停止は無さそうです」
俺の心の拠り所は、なんとか守り通すことができた。
「今井さん、突然ですが、ファストフードは好きですか?」
「好きですけど・・・最近は食べてないですね」
「では、これから食べに行きませんか?今回は私の奢りで構いません。あなたの健闘を称えてのものなので」
「・・・えっ、マジすか?」
----------------------------------------------------------------------------------------------------
奢りと聞いて浮かれたのも束の間、ファストフード店への行き道で不運は起こった。
「あれ、紗夜じゃん。それにレンまで・・・奇遇だね」
「今井さん」
「(最悪だ・・・)」
俺の思考は、すぐさま離脱の方向へシフトした。
「俺、帰ります」
「どうしたんですか?そんないきなり・・・」
「バンドメンバーなんだろ?俺といるより向こうと一緒に居た方が良い筈だ。積もる話もあるだろうしな。それじゃあ、また」
ガシッ
「流石に待ってください。どちらかと言うと積もる話があるのはあなたでしょう。・・・って掴んでるんですからせめて大人しくしてください!」
「えっと・・・アタシ、もう行くね。2人の邪魔しちゃ悪いし、それじゃ」
「待ってください!どうしてお互いにその場から消えようとするんですか!ちょっ、せめてどちらかは止まって下さい!2人とも!」
離脱は失敗した。
「まったくもう。どこで血の繋がり発揮してるんですか」
「いや、でも・・・」
「とにかく、お互いに遠慮して逃げようとしていることは分かりました。ですので間を取ります」
「間?」
「はい。間を取って、私が離脱します」
『間を取る』とは?
「いや、先輩。それはおかしいでしょ」
「おかしいも何もありません。とにかく今井さん!」
「「はい」」
「・・・すいません。どっちも『今井さん』でした。えと、レンさん」
「はい」
「先輩としてのアドバイス・・・という訳でもありませんが、1度くらい腹を割って話してみてもいいと思います。とにかく、後悔の無いように。それでは」
・・・離脱は、失敗した。
「えっと、行こっか」
「・・・あぁ」
そしてこれが、数年ぶりに交わされた姉弟の会話となった。
----------------------------------------------------------------------------------------------------
「それにしてもビックリしたよ。まさかレンがCiRCLEで働いてるなんてさ」
「あぁ」
「ガールズバンド追って記事も書いてるんだよね。アタシも読んでみたいよ」
「そうか」
姉さんは自然体で振舞おうとしてくれたが、俺はそうもいかなかった。姉とどうやって話していたかなど、もう覚えていなかったから。
「・・・体調、良くなったんだね。安心したよ」
「・・・」
「レンがアタシを嫌ってるのは分かってたし、声かけても怒らせちゃうだけだと思って・・・それで、結局何もできなかった」
いつの間にか、姉さんの目には涙が溢れていた。
「ごめんね・・・寄り添ってあげられなくて・・・。レンが辛い時に・・・何もしてあげられなくて・・・本当に、ごめん・・・」
この場に着くまで、姉と話すのは嫌だった。しかし、姉さんの言葉を聞くと、そんなことはどうでもよくなった。
姉さんが泣いてるのは、もっと嫌だったから。出来ることならいつも笑っていて欲しいと思えるぐらいには、大切に想ってる人だから。
「謝るなよ。悪いのは全部俺じゃないか」
「えっ・・・?」
「だから、避けたり、無視したり、心配かけたり・・・」
「・・・」
「意地張って悪かったよ。ごめん・・・」
「レン・・・」
数年間も関係を拗らせてた割に、話の決着はあっさり着いた。
・・・特別なことは要らなかった。ただこうして話し合えてさえいれば、それで。
「そもそも、別に俺は姉さんを嫌ってなんかなかったぞ」
「嘘だ。無視したし、避けたし、ちょっと睨んできたのも覚えてる」
「・・・でも、「嫌い」とは言ってないだろ。分かれよ」
「・・・」
「・・・?」
「わ・・・」
「わ?」
「分かるかあぁぁ!!!」
この後に姉弟喧嘩のようなやり取りが続いた後、騒ぎすぎて店から追い出された。
それからは色々とどうでもよくなり、俺たちは笑いながら手を繋いで帰った。
・・・幼い頃に仲良くしていた、あの時の感情を取り返すように。
今回は本当に、脳内で燻っていた設定を放置するのが嫌になって出力しただけです。
流石にこれで「感想くれ」とまでは言えませんが、思うところがあれば一言でもコメントしていって下さい。
次の投稿は、また甘ったるい感じの話でも書こうかなって思ってます。