これで、頭の中にあった設定は全部かな。
新聞部の取材やCiRCLEのバイトによって、俺は様々なガールズバンドと関わっている。その甲斐あって、俺はガールズバンドの様々なことを知っている。
だが逆を言うと、関わりが増えたせいでガールズバンドにも俺のことをよく知られることになっている。
そして、最近のガールズバンド達の中でこんな噂が広まりつつあった。
『レンと友希那、実は不仲説』
まぁ、説もなにも、不仲なのは事実だ。
普段ライブ終わりにスタッフへの挨拶を欠かさない友希那さんも俺のことはスルーするし、普段愛想よく接客する俺も、友希那さんが相手の時はぎこちなくなる。
いや、友希那さんが怖くて「不干渉でいよう」なんてことを言い出したのは俺だし、最初に友希那さんから逃げたのも俺だし、関わりを絶ったのも俺だ。
結局、悪いのはいつも自分だ。
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少しだけ、幼少期の話をしよう。
俺は幼少期からリズムも取れなければ、音程も分からず、そもそも音楽を楽しいと感じ取る感性も欠落していた。「おかしい」と指摘されても、何がどうおかしいのかすら理解できなかった。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
しかし、まだ小さかった俺自身ですら理解できてない俺の内面の問題など、外から他人が見て分かるものじゃない。
どんなに真面目に取り組んでも、ふざけているようにしか見えなかったのだろう。
「レン、あなた本当に真面目にやってるの?」
「ごめんなさい・・・」
音楽の話をする時の友希那さんは、少し怖かった。この頃からストイックに音楽へ取り組んでいた友希那さんから見て、音楽で「ふざける」俺のことは、さぞ許せなかったことだろう。合唱祭で「不真面目な」俺の態度を先生から聞きつけた友希那さんに怒られたこともあった。
優しい友希那さんが変わっていくようで、音楽が嫌いになった。
音楽の話になった瞬間、周囲に見捨てられるようで、音楽を好きになれない自分が受け入れられなくて、友希那さんが怖くなった。
俺の事情など、誰も理解してくれなかった。周りの大人も、幼馴染も、俺自身も。
だから逃げた。逃げて、孤独による安息を求めた。
姉さんや友希那さんといる時間は、自分の無能さを突き付けられるのが怖いだけの時間に変わって、失望されるのが怖いだけの時間になって、だから先に逃げた。
逃げた先は、安らかだった。穏やかだった。楽だった。
・・・そして、凄く寂しかった。
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そして、それから3年近く経った今も、俺はその溝を埋められていない。
今までずっと目を背け続けてきた問題だったが、噂が広まったことによって、そのことを少し考えるようになっていた。
こうして昼休みの屋上で、先輩に話を聞いて貰う程度には。
「すいません彩さん。長々と話し込んで」
「なるほど。友希那ちゃんと上手くいってないって噂、本当だったんだね」
「はい。なんか、話してスッキリしました」
「そう言う割にはスッキリしてなさそうに見えるけど?」
「・・・」
普段はふわふわピンクのくせに鋭いな。この人。
「別に、マシにはなってますよ。本当です」
「でもモヤモヤもしてるんだ?」
「・・・分からないです」
・・・
「どうすればいいんですかね?」
「レン君は、どうしたいの?」
「うーん。やっぱり分からないです・・・」
どうしたいとか、そんなのは別にない。彩さんに話を聞いて貰ったのだって、ただ何となく話を聞いて欲しかっただけで―
「あぁもう!煮え切らないなぁ!」
「うおっ!なんですかいきなり」
彩さんは俺の言葉も聞かず、俺の両肩をガシッと掴む。
「自分の気持ちぐらいハッキリさせなさい!男の子でしょ!?」
「なんだ!?年上か!?」
「年上だし家でもお姉ちゃんだよっ!」
「あ、そっか」
「そうじゃなくて!レン君はウジウジし過ぎなの!」
「いや、だって―」
「本当は友希那ちゃんとこのままなんて嫌なんでしょ!?寂しい思いしてきたんでしょ!?だったら寂しい時ぐらい「分からない」なんか言ってないで、ちゃんと「寂しい」って言いなよ!」
「別に、俺はそんなこと思ってない・・・!」
「じゃあハッキリさせなよ」
「・・・」
「どうしたいの?」
「それが、分からないって言ってるんじゃないですか・・・」
「分からない分からないって、レン君はそうやって逃げてるだけじゃん。友希那ちゃんからも逃げて、自分の気持ちからも逃げるの?」
彩さんの目線は何よりも真剣だった。
「仕方ないじゃないですか。怖かったり気まずかったりするし―」
「あぁもう・・・!だから、そんなことは聞いてないじゃん!」
我慢の限界だったのか、彩さんは声に怒気を込めながら、俺の胸ぐらに掴みかかる。
「君が!どうしたいかって聞いてんの!」
「・・・!」
俺の気持ち。俺が、どうしたいか。
「彩さん」
目を逸らすことなく、彩さんは俺をじっと見据える。
「友希那さんと、話したい」
「・・・」
「話せるように、なりたい」
「・・・」
「このままで、終わりたくない」
「・・・」
「ちゃんと、仲直りしたい」
「やっと言ったか。こいつめ」
そう言うと、彩さんはやさしい表情に戻り、俺の胸ぐらから手を離した。
「なんか、すいません。面倒かけて」
「ホントだよ。私、怒鳴ったりするの得意じゃないんだからね?」
「よく知ってますよ」
俺がどうしたいかは、もう彩さんに聞かれてしまった。
「でも、どうしたもんかなぁ」
「いや、どうするも何も、話に行くしかないじゃん」
「いや、それは分かってますけど、もう何年も話してないし、何を話したもんか」
「それはさっきレン君が言ってたじゃん。「仲直りしたい」って、言いに行けばいいんじゃない?」
「そもそも、会ってくれますかね?」
「流石に100%大丈夫、とまでは言ってあげられないよ。私も神様じゃないし」
「俺のこと、嫌いになってるかも・・・」
「そうかもね」
「今より嫌われるかも・・・」
「まぁ、それもあり得る話ではあるよね」
・・・
「でも、行動しないならいずれにせよ一緒だよ。レン君の気持ちは、レン君にしか伝えられない」
「彩さん・・・」
「ぶつからなきゃ伝わらないことだってあるよ。たとえば、自分がどれくらい真剣なのか・・・とかね」
そうだ。俺は結局、一度たりとも友希那さんと向き合ってはこなかった。
だけど、もういいだろう。逃げるのにも、目を逸らすのにも、怖がるのにも、いい加減飽きた。
「彩さん」
「何?」
「話聞いてくれたのが彩さんで、本当に良かったです」
「ふふっ、いい顔だね。さっきよりスッキリしたんじゃない?」
「お陰様で」
・・・
「レン君」
「?」
「・・・頑張って」
「はい。ぶつかってきます」
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俺は公園のベンチに座って、待ち人を待ち続けた。
この公園に来るのも、かなり久しぶりだ。
辺りを見回すとシロツメクサがちらほら見える。昔はこの公園で、姉さんと友希那さんの歌を聞かせてもらったっけ・・・?
俺は友希那さんと話をするべく、久しぶりの連絡を取った。「話をしたいからこの時間にこの公園で待つ」ぐらいのメッセージをチャットで送ったぐらいだが、既読は付いた。
しかし、返信は無いし、そもそも今まで不仲だったから来ない可能性の方が高いまである。
「まぁ、その時はその時か」
友希那さんは、誘いを受けてどう思っただろう。今まで自分と話したがらなかった幼馴染が、いきなり連絡を寄越してきたのだ。
・・・どう思われていてもいいから、せめて来てくれることを祈ろう。この後にどうなるとしても、せめて、言うべきことぐらいはハッキリ言いたい。
そう思った矢先、俺の携帯に着信が入った。
・・・友希那さんからだ。
「はい。もしもし」
プツッ―
「・・・切れた?」
と思ったのも束の間、俺の後方から声がかかった。
「久しぶりね」
「忍者かよ」
会いに来てくれたはいいが、友希那さんは正面には立たなかった。しかも声の聞こえ方からするに、多分こっちを向いていない。
まさか、久しぶりに交わすことになる幼馴染との会話が背中合わせみたいな形で始まるとは。
「そんなところに突っ立ってないで座ったらどうですか?」
「いいえ。このままでいいわ。あなたも、座ったままでいい」
「目を見てすらくれないのかよ。そんなに俺が嫌いか?」
「それはないわ。向き合えないのは、もっと別の理由よ」
「・・・?」
「・・・怖いのよ。不用意に近づくと、あなたを傷つけてしまいそうで」
「友希那さん・・・」
「あなたが呼んでくれたことは、本当に嬉しかった。でも、突然のことだったから、まだ心の準備が出来ていないの」
「・・・」
「多分、あなたはちゃんと覚悟を決めてくれたのだと思う。口下手で不愛想な、こんな私のために。でも、私自身に、まだそれが足りない」
「・・・そっか」
表情も見えないし、声だってこちら側に向けられている訳ではないが、友希那さんが申し訳なさそうにしているのは分かった。
・・・でも、そうか。友希那さんも友希那さんで、俺に後ろめたい気持ちがあったのか。
「友希那さん、そのままでいいから聞いてください」
「何?」
「俺、やっぱり友希那さんと仲直りしたいです。最初に友希那さんから距離を置いたのは俺だけど、やっぱり寂しかったから・・・」
「レン・・・」
「昔みたいに、とか、贅沢言わないですし。せめて、ちゃんと向き合って話せるようになりたいです。この関係性のまま終わりたくない」
「・・・」
「頼むよ」
友希那さんはしばらく黙っていた。俺の真剣さぐらいは伝わっているといいが。
「レン、手を出して」
「手を?」
「えぇ。右手を少し外側へ・・・そう。そこでいいわ」
そう言われた時、俺の手に1枚の紙きれが置かれた。
「ライブの、チケット・・・?」
「私は口下手だから、音楽が無いと気持ちを伝えるなんて出来ない」
「それはまた、友希那さんらしい・・・」
「だからこれで、今の私を見て欲しい。あなたが嫌った音楽に命を懸ける、今の私を。そして、ライブの後も私のことを考えてくれるなら、その時は感想の1つでも聞かせて頂戴。その時には、私も正面からあなたと向き合うから」
そうまで言われたら仕方ない。
「・・・確かに受け取ったぞ」
「ええ。それじゃあね」
その言葉を最後に、友希那さんは姿を消した。
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Roseliaのライブは圧巻と言っていい。何年も前に聞いたきりの友希那さんの歌声は、更に力強くなっていて、スタッフとしてステージの端で聞くものとは明らかに違った。
『きっと悔しくって 情けなくって 涙したって 此処に居るよ 扉は開けておくから』
あぁ、そうか。
人は音楽を聴くと、こんなにも鳥肌が立つのか。ライブで心を揺さぶられるのは初めてでは無い筈なのに、さっきから胸の高鳴りが抑えられない。
どうしようもなく体が熱くなるのを感じる。
『魅せよう 新たな姿を』
知らなかった。俺の幼馴染は、こんなにもカッコいい歌を歌うのか。ステージに立つ友希那さんは、こんなにもカッコいいのか。
こんなの・・・
「こんなの、好きになるに決まってるだろ・・・」
Roseliaのライブは大盛り上がり。俺の心は、完全に釘付けになった。
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ライブの感想は早く言いたかったが、流石に控室に突撃をする訳にもいかず、どうしたものかと頭を抱えることにはなったが、連絡はすぐに入った。
『CiRCLEのカフェテリアで待ってる』
ライブの興奮も冷めぬまま、俺は友希那さんの元へ走った。
「・・・早かったわね」
「感想、早く言いたかったんです。カッコよかったって」
「・・・そう」
冷めた反応だと思ったが、少し顔が赤らんでるところを見ると、嬉しくなって照れてることも分かる。
「俺はバカだし、大した感想は言えないんですけど、友希那さんの本気は伝わりました」
「ええ。ライブは常に全力で取り組んでるけど、今回は特に熱が入った自覚があるわ。前にあなたが伝えてくれた分ぐらいは、返したかったから」
「そう、ですか・・・」
「・・・」
「・・・」
感想は伝えた。でも、しっかり会話をするのは久しぶりだからか、お互いに気まずくなって沈黙が訪れる。
「ねぇ、レン。あなたは私と、「仲直りしたい」と言ったわね?」
「はい」
「その、私も・・・レンとは仲良くしたい。でも、お互い話し方も忘れてしまってるし、急に昔のようには戻れないと思うの」
「ですよね。こうして話してるだけでも、まだ気まずいですし・・・」
「ええ。だから・・・」
友希那さんが、そっと右手を差し出してきた。
「その、歩み寄るのは少しずつにしましょう?まずは、握手から・・・」
俺は、差し出された手を握り返す。
誰もが使う友好の証。完全な形ではないけれど、溝は埋まったと言っていいだろう。
「友希那さん。これからは、なるべく話しかけるから」
「ええ」
「気まずくても、挨拶ぐらいはするから」
「私も、これからは気を付けるわ」
「Roseliaにも、取材しにいくから」
「えと、それはもう少し考えさせて頂戴・・・」
友希那さんとの雪解けは姉さんのようにはいかなかった。絡み辛さも残るだろうけど、そこはゆっくり、時間をかけて修復しようと思う。
こうして俺は、不完全ながらも友希那さんとの仲直りを果たしたのだった。
これで、ちょっとした気まずさを残しながら6話の友希那編に繋がっていくって感じですね。
過去編はこれで全部です。
・・・どうでしたか?よかったら感想書いて下さい。余談ですが、彩ちゃんを可愛く書けないのが、私の悩みです。