不思議なものですね。
俺にとって羽沢珈琲店は作業が捗る場所の1つだ。流石にPCをがっつり開いてキーボードを叩くわけにはいかないが、メモ帳にボールペンを走らせて記事の構成を練るにはもってこいの場所だ。それに、この場所には癒しだってある。
普通に考えれば、「たかが喫茶店で癒し?」という結論になってしまう訳だが、ここは普通の喫茶店とは違う。なぜなら・・・
「お待たせしました。こちら、サンドイッチとカフェラテになります」
「おっ、来た来た」
店員さんが可愛い。これに尽きる。
店の雰囲気も良いし、コーヒーの味も当然いいが、つぐみの笑顔を見るために来ている部分だって少なからずある。しかも今日は現役のアイドルも向こうで接客してるし、日によっては俺の妹も一緒にここで働いている。
つぐみ、イヴ、つくし・・・癒し効果だけならそこらのキャバクラなんて消し飛ぶ勢いだ。
「それで、作業は順調?」
「ちょっと疲れ気味で困ってたけど、つぐみが来てくれて元気出たからもう大丈夫」
「も、もう!お世辞なんていいから!」
はい、可愛い。
「でも、ちゃんと元気は出てるって。今日中に良いところまで進むといいけど・・・」
「あんまり頑張り過ぎないようにね?レン君ってばすぐに無理しちゃうんだから」
「お前にだけは言われたくねーよ」
「ふふっ、それもそっか。じゃあわたし、もう行くね」
「おう。またな」
例の如く仕事中のつぐみに元気を貰い、俺もそのまま自分の仕事に打ち込もうとしたが、去っていくつぐみの足取りは、どこか不自然な印象を受けた。
「つぐみ、ちょっといいか?」
「・・・何かな?」
「ちょっと失礼」
「へっ?」
俺はつぐみの下目蓋を下げて、その色を確認する。正常な場合であれば下目蓋の色は血色が分かるピンク色の筈だが、つぐみのソレは、明らかに色が薄くなっていた。
「・・・つぐみ、もしかして貧血気味だったりする?」
「うーん。確かに言われてみれば、そうかも。朝は大丈夫だったんだけど・・・」
「意識はハッキリしてる?」
「それは大丈夫。ちょっとフラフラするだけ」
世間はソレを「大丈夫」とは呼ばない。
ならば後は迅速に。
「あなたを貧血と風邪気味の疑いで連行します!理由はもちろん、お分かりですね?あなたが私を天使のような笑顔で騙し、心配を掛けさせたからです!」
「そんな。大げさだって」
「覚悟の準備をしておいてください!早急に休ませます!栄養も取らせます!労働時間も、問答無用で切らせてもらいます!寝間着の準備もしておいてください!貴方は急患者です!自室のベッドにぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!?」
変に優しくするとツグろうとする可能性があるので、こういう時は多少強引でも勢いで黙らせる方が良かったりする。
つぐみも押し黙ったので、隙を突いて他のことも済ませるとしよう。
「イヴー!あと店長!ちょっと急患入る!」
周りの許可を得ることができた俺は、そのままつぐみを部屋まで運ぶことになった。
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「つぐみ、入っていいか?」
「どうぞー」
つぐみの冷蔵庫の中身を部屋に持って入る頃には、つぐみは制服から寝間着に着替えてベッドに座り込んでいた
スポーツドリンクを近くに置くと、つぐみが話しかけてきた。
「あの、お店の方は?」
「お客さん多くないから頑張ってイヴと回すってさ」
「そっか・・・」
「それで、熱は?」
「37度」
「微熱か・・・。貧血で免疫下がってるところに付け込まれた感じだな。休ませてよかったよ」
「むぅ、朝は本当に大丈夫だったんだよ?」
「今は大丈夫じゃないだろ。さっさと休め」
さっきまで店員として働いていただけあって、俺に文句を言い返してくる程度には元気らしい。
「ところで、レン君は帰らなくていいの?」
「店長に「娘を頼む」って言われた。今日は急ぎの用事も無いから、取り敢えず家族の人が店の用事済ますまでは居るつもり」
流石にそれまで立ちっぱなしも疲れるので、このまま少し間隔を空けてつぐみの隣に座る。
「まぁ、せっかくだ。何か適当な話でもしよう」
「確かに、最近レン君としっかり話したりしてなかったし、ちょうどいいかも」
「学校も一緒じゃないし、お互い忙しいからな。接点が少ない以上は仕方ないだろ。話す時なんてバイトの時ぐらいしかないし」
「そうだよね。だからちょっと嬉しい」
そう言ってつぐみは微笑む。こうして純粋に俺を求めてくれるのは、俺も嬉しい。
・・・天使だ。
「レン君、もうちょっと隣、詰めていいかな?」
「いや、俺が詰めるよ。無理すんな」
少し移動して、つぐみと肩が触れ合う。
「つぐみって、こんなこと言ってくるタイプだったっけ?」
「流石に普段は違うけど、今はちょっとね・・・」
「そうか」
つぐみは更にこちらへ体重をかけてくる。
「レン君」
「何?」
「頭、撫でて」
「・・・」
「ダメ?」
「いや、いいけどさ」
微熱で心が弱ったからか、いつもより甘えん坊になっている気がする。いいのか?こんなに甘やかして。
・・・別にいっか。いつも頑張ってるし、可愛いし。
「おいで」
「んんー・・・」
「よしよし」
俺は窓からの光を受けながら、つぐみの頭を撫で続けた。
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頭を撫でた後も、つぐみの要求は続いた。肩に頭を預けだしたり、腕に手を回して来たり、そして今は俺の膝枕を占領している。
「つぐみ、そろそろ離れてもいいと思うんだけど」
「やだ」
「でも、そろそろ店も閉まると思うし」
「イヤったらイヤ・・・」
つぐみは俺の服の裾を掴んで離さない、俺もそろそろ出て行った方がいい時間なのだが。
「行かないで・・・」
行ける訳ない。
「あと10分だけな」
「もっと」
「流石に無茶だって」
「レン君が冷たくなった」
「頭撫でて膝枕までしてる俺に対して冷たいだと・・・?」
「だって他の子にはもっとしてるんでしょ?」
「そんなこと無いよ。俺のことなんだと思ってるんだ」
「女たらし」
「えぇ・・・」
つぐみは起き上がり、そのまま俺の手首を掴んでくる。「逃がさない」とでも言うかのように。
「いつも他の女の子ばっかり見てる」
「そんなこと無いって」
「いつも他の子とイチャイチャしてる。わたしだって仲良くしたいのに、いつも別の子と話してる」
「つぐみ・・・?」
いつもの優しい雰囲気はなく、気付いたら不満をぶつけられていた。
「今日ぐらい、わたしのこと見てよ・・・」
「なんだ?もしかして俺に惚れでもしたか?」
「そんなんじゃないけど、わたしなんて要らない子なのかなって思っちゃうじゃん」
「そんなことないって」
「いいもん。どうせわたし、他の子みたいに可愛くないし」
「この世界の基準でお前が可愛くないのはヤバいだろ」
体調を崩したからだろうか?つぐみがネガティブ気味になっているような気がする。
まぁ、確かに風邪の時とか、気落ちしたりするけど。
取り敢えず頭でも撫でとこう。撫でやすいし。
「つぐみは要らない子なんかじゃないよ」
「嘘だ。お店に来たら、イヴちゃんと楽しそうにお話してるし」
「あいつは誰にでも楽しく話しかけるだろ」
「つくしちゃんの接客にもデレデレしてるし」
「お前の接客でもデレデレしてるよ」
「やっぱりこの店にわたしは要らないんだ・・・」
「羽沢珈琲店で羽沢つぐみが要らないとか、もう事案だろ」
「・・・レン君」
「何?」
「ごめんなさい」
「次それ言ったら引っぱたくからな」
つぐみは何も悪くないだろうに。ここまで来ると痛々しいな。ちょっと涙目だし。
まぁ、このネガティブはあくまで体調崩して心細くなってるだけだろう。一晩寝たら治る筈だ。
取り敢えず、つぐみに睡眠欲が無い今は、何か気が逸れるようなことをする方がよさそうだ。
「つぐみ。何か楽しい話でもしよっか」
「楽しい、話?」
「あぁ。何でも話してやる。今井リサの意外な一面の話でも、奥沢美咲の恥ずかしいエピソードでも、何でもいいぞ」
「・・・何でも、いいの?」
「もしかして、聞きたいこととかあるか?まぁ、個人のプライバシーを侵害しない程度なら、いいけど」
「うん。じゃあさ・・・」
つぐみは弱々しくも、少しいたずらっぽい微笑みでお願いしてくる。
「レン君の恋バナ、聞きたいな」
「・・・えっ、なんで?」
「知らないの?女の子ってみんな恋バナが好きな生き物なんだよ?」
「いや、なんで『俺の』恋バナなのかって意味なんだけど」
「ダメ?」
「いや、いいけど。その手の話題で話せることなんて、理想のタイプとかぐらいだぞ?」
「そうなんだ。好きな子とか、いないの?」
「いないな」
「過去に恋した人とかも?」
「うん。いないんだよ。昔は友達とか多くなかったし、他人としっかり関わったりしてなかったからな・・・」
「そっかぁ。じゃあ、誰かに告白されたことは無いの?昔はともかく、今は色んな子と話すでしょ?」
「告白はされたこと無いけど、イヴから手紙で屋上に呼び出されたことはあるぞ?」
「それ、羽丘まで噂来たから知ってるよ?ラブレターだと思ったら果たし状だったやつでしょ?」
「あぁ。知ってたか。うん。しばらく言い争った後に、ウレタン棒で叩きのめし合ったんだよ」
「手紙開いて果たし状だった時、泣きそうなレベルで落ち込んだんでしょ?」
「なんでそこまで詳しい部分まで知ってんだよ」
「だって、美咲ちゃんがお店に来てくれた時に大笑いで話してくれたから」
「あの女・・・。次会ったら島流しにしてやる」
「うん。楽しそうに話してたよ。「レンのやつ、上げて落とされてやんの」って」
「ヘソから電気流すのも追加だな」
美咲のやつ、現場にいた時は優しかったのに。
まぁ確かに、俺も男友達が全く同じ目に遭ってたらって思うと絶対に面白がるだろうけど・・・。
「でも、告白されたりも無いんだね。レン君、いい人なのに」
「まぁ、結局『いい人』止まりらしいんだよな。俺って。付き合いたいって段階まで意識されないというか。・・・やっぱり顔か?変に中性的だから意識されないのかな?」
「それはないんじゃない?顔立ちは整ってて、流石リサさんの血縁者って感じだし。ちょっと中性的なのもいいと思うよ。女装とかこなせそう」
「・・・女装の話はするな」
「え?あぁ、うん・・・」
少し困惑した表情のつぐみだが、追求は止まらない。
「じゃあさ、好きって程じゃないにしても、可愛いなとか、魅力的だなって思ってる女の子はいないの?タイプの女の子とかさ」
「難しいな」
「ふぅん?」
・・・
「つくしちゃんとか、どうなの?」
「なんでアイツが出てくるんだ」
「だって最近仲いいじゃん。緊張しがちなつくしちゃんの接客も、レン君相手だとリラックスしてるし、レン君もつくしちゃん相手だと、表情が緩くなるし、お互いに自然体な感じがするんだよね」
「そりゃ最近になって仲良くはなったけど、所詮それだけだぞ?」
「『それだけ』の割には、やっぱり距離感が近い気がするんだよね。2人とも、なんか笑顔が多い気がするし」
「そんなこと言ったら、お前だって紗夜さんと一緒の時は距離感近いし笑顔も増えるだろ」
「ちょっ、わたしは関係ないじゃん・・・!」
でも、つくしと一緒の俺は頬が緩むのか。まぁ、アイツは変に気を遣わなくていいから、自然とそうなるのかもしれない。
「つくしちゃんのこと、可愛いって思う?」
「そりゃあ、そのぐらいの感想は持ってるよ」
「一緒に居てドキドキする?」
「しない」
「一緒に居て、ドキッとしたことはある?」
「・・・何回か」
「つくしちゃんのこと、どう思ってる?」
「ただの仲いい後輩。妹みたいなもん」
「好き?」
「Likeの意味なら」
「じゃあ、Loveの意味なら?」
「好きか好きじゃないかで言うなら、好きじゃない」
「気になる?」
「・・・」
「つくしちゃんのこと、気になる?」
「気になるか気にならないかで言うなら・・・気になる」
「きゃっ♡」
「うるせぇな」
若干腹は立つが、つぐみはさっきよりも元気そうだ。
メンタルも回復して、体調も安定してきたのかもしれない。
「その様子なら、もう大丈夫そうか?」
「うーん。そうだね。若干頭はボーッとするけど、あともう一眠りしたら全快だと思う」
「よかった。足痺れそうだったんだよ。膝枕」
「あぁ。ごめんごめん。面倒かけたね」
「いいよ。こんぐらい」
ベッドから離れて荷物を纏めていると、布団を被りなおしたつぐみが、うつ伏せでこちらを見てくる。
「レン君は、つくしちゃんが気になるんだね♡」
「勘違いするなよ。そう言ったのだって、俺の理想のタイプに一番近いのがつくしってだけだからな?」
「ふぅん?まぁでも、話してて退屈はしなかったよ。ちょっと面白かった」
「そりゃあ良かった。じゃあ、もうすぐで家の人も来ると思うし、そろそろ行くよ」
「そっか。夜道、気を付けてね」
「おう。そっちもちゃんと温かくして寝ろよ?」
「うん」
「何かあったら、連絡してくれていいから。あと、治ってもあんまり無理するなよ?」
「もう。そこまで世話焼こうとしなくていいよ。嬉しいけど」
「そうかよ。じゃあ、親御さんに挨拶してくるから」
「わかった。レン君、今日は本当にありがと」
「まったくだ。今度奢れよ?」
「そうだね。じゃあ、何かレン君の好きなものでも―」
「嘘だよバーカ。お大事に」
「ははっ、レン君が同期の女の子に奢らせたりする訳ないか。うん。気にせず休む」
「おう。じゃあな」
最後に小さく手を振るつぐみを確認して、俺はつぐみの部屋を後にした。
ちなみに、つぐみの親御さんからは今日のお礼としてちょっと良さげなコーヒーの粉末を頂いたので、帰ったら姉さんに渡して一緒に飲もうと思う。
この小説の強みは、
・作者の心が弱いから原作キャラが深く傷ついたり曇ったりしない。
・基本的に1話完結なのでいきなり更新が途絶えても続きが気にならないで済む。
の2つだと思ってます。
弱みは、やっぱり可愛く書けるときと書けない時があることですね。
特に彩ちゃんは全然可愛く書けませんね。作者が彼女を尊敬しちゃってるせいで、気付いたらちょっぴりカッコよくなっちゃうんです…。
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