早速ギターを手に入れた俺達3人は、そのままチュチュのマンションのスタジオへと向かった。
「チュチュ、本当にいいのか?俺達がこの場所使っちゃって・・・」
「問題ないわ。今日はRASの練習も無いから1日中使ってくれて構わない」
「というより、CiRCLEや他のライブハウスで練習してると、レン君の修行風景がバレちゃうかもしれないからね。これからの練習拠点はずっとこの場所だと思うよ」
「おいチュチュ。本当にそれでいいのか?」
「全面的に協力するって言ったでしょ?「誰にもバレずに」という条件を満たすなら、ギターケースを持っている姿を目撃されるだけでもアウト。今日は買ったばかりだったし、人通りの少ない場所を3人で警戒し、ギターケースを持ってる嘘の理由を準備することによって対処していたけど、その手も連続でいつまでも通じる訳じゃない」
「それは、確かに・・・」
「だから、家に帰る時は、ギターもここに置いて行ってもらう。その間は、ワタシがRASのメンバーにもバレない場所でちゃんと預かっておくわ。RASの練習が終わったら、アナタたちに連絡するから、そこでスタジオを開放する。・・・こんな感じで考えてるわ」
「待って。それはチュチュちゃんの負担が大きすぎるよ。そこまでやってもらって、RASのことだってあるのに、私たちの練習まで見るなんて・・・」
「マリナ?確かにワタシは全面的に協力するけど、優先順位はRASが上のままよ。場所だって積極的に貸すけど、RASの都合が合わなければ貸さないことだってある。仮に貸せても、練習終わりが夜の時だと、アナタ達のスタジオ入りはかなり遅くなる」
「いや、場所貸してくれてる時点で感謝してもしきれないけど・・・」
「指導面だって、ワタシは初心者に教えられるほどギターを極めていない。気まぐれに様子を見に来たりはすると思うけど、精々その程度よ。忘れないで?ワタシはあくまで、アナタ達がやろうとしてる面白そうなことに、横から一枚噛んでいるだけの協力者にすぎない。場所は貸すけど、手取り足取り面倒を見れる訳じゃない」
「でも、やっぱり助かるよ。本当にありがとう。練習拠点がずっとここなら、しばらくは世話になり続ける訳だし・・・」
「何度も言うけど、やっぱり場所貸してくれるのは本当に大きいよね」
「も、もう!あんた達の活動方針もワタシのスタンスも決まったんだから、もうその話はいいでしょ!今日だけはワタシも最後まで付き合うから、さっさと練習始めるわよ!スタジオこっちだから!」
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スタジオの端っこでノートPCを開いて、別の作業をしているチュチュを余所に、俺達の練習は始まった。
初日の今日は、ギターの部品の名前や必要な知識、チューニングを始めとするギターの基礎や、押さえやすいコードを一通り教えてもらっている訳だが。
「まりなさん。頭がパンクしそうだ・・・」
「いや。大丈夫だよ?最初から一気に覚えようとしなくても。少しずつでいいから」
「でも、知らなかったです。ギターの音なんてみんな同じだと思ってましたけど、1つ1つのコードに、ちゃんとした違いがあるんですね」
「そうだけど・・・。でもレン君、小さい頃にギターは触ってたんだよね?その時は気付かなかったの?」
「はい。今みたいな気付きなんて無かったです。今だって、説明の意味が理解できているのが不思議なぐらいですし・・・」
「幼少期のアナタ、ますます本当に病気だった説が濃厚になったわね。音の高低を認識してたかも怪しいなんて・・・」
「チュチュ・・・」
相変わらずノートPCからは目を離してないままだが、耳はこちらに傾けてくれていたらしい。
「あとレン。次に弦を弾く時はもっと力を込めてやりなさい。さっきから音が弱くて芯が無いのが気になって仕方ないわ。何を怖がってるのかは知らないけど」
「まぁ、レン君の気持ちは分かるけどね。初心者の時は、ついつい慎重になっちゃうし・・・」
「そうなんですよねぇ。弦を壊したらどうしようとか・・・」
「金属製のワイヤーが人間ごときの指の筋力で壊れる訳ないでしょ。もっと思いっきりやりなさい。アナタ、筋はいいんだし」
「おう・・・。えっ?俺、筋いいの?」
「言っておくけど、あくまで「初心者にしては」の話よ。聞いてると実際、飲み込みは早い方だと思うし・・・」
「そうだよ。今日中にTAB譜ありで『きらきら星』ぐらいなら弾けるんじゃないかな?」
「『きらきら星』って・・・あんな超絶級の高難易度楽曲を!?アレを・・・始めたばかりの俺が、たった1日で習得できるんですか!?」
「え、そうかな?幼稚園でピアニカ使ってやったりしなかった?」
「違うわよマリナ。多分その幼稚園で何回やっても出来なかった記憶が今でも残ってるのよ・・・」
「よっしゃ!やってやろうじゃねえか!『きらきら星』のフルコンボ!!」
「私、『きらきら星』にここまで情熱を燃やせる子、多分初めて見たよ・・・」
「まぁ、ある意味レンだけの才能ね」
こうして、俺は更にまりなさんからの指示のもと、ギターの練習へとのめり込んでいくのであった。
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のめり込んだはいいが、所詮は初心者。当然、その先は苦労も続いた。
左手の指で苦戦したり。
「くそっ、指が届かないッ!」
「レン君、落ち着いて!一旦やめよ?」
「いいや大丈夫だ。この程度なら気合で・・・!」
「ちょっ、ホントにダメだって!初心者のうちから無理なんてしたら―」
ピシッ!
「痛い~~~ッ!!指が!指がああぁぁ!!」
「だから指つっちゃうって言おうとしたのに・・・」
「アナタ達、何やってるのよ・・・」
ストローク(右手のピックの動き)の練習で苦戦したり。
「うーん。やっぱり途中で引っ掛かるんですよね。どうもスムーズにいかない」
「ピックの角度、もう少し緩めてみようか」
「はい・・・」
「・・・難しい?」
「いやいや全然。楽しくやってますよ」
「本音は?」
「左手だけでも大変なのに!!なんで右手の動きまで難しいんだよぉぉぉ!!!」
休憩時間を自分から突っぱねたり
「2人とも、そろそろ日没だけど、夕食とかどうするの?休憩がてら、出前でも取りましょうか?」
「うるせぇ。今いいところなんだから後にしろ!」
「ちょっ、ワタシ家主なんだけど・・・!」
「レン君。ずっとぶっ通しでやってるんだし、休憩ぐらいしようよ」
「結構です。俺は疲れてなどいません」
「いや、せめて夕食だけでもさぁ・・・」
「結構です。俺は空腹など感じていません」
「私がお腹空いたんだって・・・」
「ちょっとレン。いくら何でも自分勝手―」
「ええいうるさい!!今は調子いいから止まりたくないんだよ!もっと俺に教えろ!もっと俺に叩き込め!もっと俺に技術を寄越せぇぇー!!!」
「ちょっ、チュチュちゃん助けて!練習しすぎでレン君が壊れた!!」
「あぁもう、仕方ないわねぇ!」
休憩の時に、お試しで最難関と呼ばれるFコードに挑戦してみたり。
「嘘ですよね?この弦全部を?人差し指だけで?」
「そうそう。それで中指をここに置いて、小指と薬指を~」
「待ってください!無理ですって!普通のホモサピエンスの指の構造じゃ不可の―」
ピシッ!
「ノブァアアアアアア!!!」
「レン、また悲鳴上げてる・・・」
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練習の途中に無理をして左手をつったり、といった感じのトラブルはあったが、初日の練習は想像を遥かに超えて順調に進んだ。
音楽を教わってて調子がいいなんて、人生で初めてだった。
そして調子の良さもそのままに、TAB譜の読み方も理解し始め、徐々にギターの手の動きにも慣れ始めていった。
そして練習開始から苦節4時間、俺はまりなさんのボーカルにメロディを添えられるまでに成長した。
「きー」
~♪
「らー」
~♪
「きー」
~♪
「らー」
・・・~♪
「ひー」
~♪
「かー」
~♪
「るー」
~♪
「よー」
・・・
「よー」
~♪
「ぞー」
~♪
「らー」
~♪
「のー」
~♪
「ほー」
~♪
「しー」
~♪
「よーー・・・」
~♪
俺とまりなさんのタッグ。
ギターが初心者なのもあり、コードチェンジは遅く、途切れ途切れの超絶スローテンポの『きらきら星』にはなったが、なんとか弾ききることは出来た。
下手な演奏だっただろう。クオリティは酷いものだっただろう。人様の前で聞かせていいものでもなかっただろう。
でも俺は今、人生で一度も成し遂げられなかったことを、確かに成し遂げたのだ。
楽器で一曲分、全て演奏するということ。
一般人が幼稚園や小学校で平然とやってのけていたことに、俺はやっと手が届いたのだ。
「はぁ・・・。はぁ・・・」
「チュチュちゃん。どうだったかな・・・?」
トップクラスのプロデューサーにこんなものを聞かせるなんて、本来なら憚られることではあるが・・・
「演奏のレベルはズタボロもいい所ね・・・」
・・・
「でも、アナタは1つの曲を、ちゃんと最後まで弾ききった。これは一般人にとっては小さな1歩だけど、アナタにとっては大きな1歩よ」
・・・!
「・・・おめでとう」
「よっしゃあぁぁぁ!!!やった!やったよまりなさん!俺やったよ!!」
「うん。私も凄く嬉しいけど、これ『きらきら星』なんだよなぁ・・・」
練習の初日は、俺にとっての大きな1歩によって幕を閉じたのだった。