ガールズバンドとシチュ別で関わっていく話   作:れのあ♪♪

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終章9.逃走

 

 つくしがバンドに加入してからというもの、俺のギターの調子はすこぶる上がっていった。演奏にも余裕が出てきて、ミスも着々と減りつつあった。

 そして今はつくしと2人でスタジオに籠り、音を合わせ続けている。チュチュは別の作業が佳境に入って手が離せないらしい。まりなさんは忙しいから後で合流するとのこと。

 

「お兄・・・じゃない。レンさん、またギター上達した?」

「呼び方変えるなら敬語もつけろよ・・・。でも、そうだな。指がギターに馴染んできたことは分かる。今までは集中して、頭ではこうしようって思っても指が追い付かなかったんだけど、今はそれが消えつつある」

「体の感覚が、ようやく脳に追いついたってこと?」

「そうだな。と言っても、未だに要所で出てくるFコードは指が追い付かないんだけど・・・。演奏中のコードチェンジであれを抑えるのは、まだ指先の慣れが足りない」

「でも凄いよ。こんな短期間でここまで習得するなんて。もう少しで1曲フル演奏出来るんじゃない?」

「いや、まだだ。もっと頑張らないと・・・」

 

 それに、これは1人でやってきてる訳じゃない。

 

「俺がここまで音合わせが出来るのは、お前がドラムを叩いてくれるお陰だよ。つくし」

「そう?」

「あぁ。俺がどんなに演奏の沼に沈み込んでも、お前のドラムはちゃんと聞こえる。なんて言うか、つくしの音は体に馴染むから、聞いていて安心するんだ」

「前にも言われたけど、相性が良いんだろうね。私も、レンさんのギターは体に馴染むから、ちゃんと叩きやすいし」

「そうだな。だからこそ俺はドラムを通じて、メンバー全員と音を合わせられるんだと思う」

「でも、どうして私とレンさんは相性が良いんだろう?楽器の経験も差が出てる筈なのに」

「うーん。兄妹だから?」

「別に私たち、血の繋がりも無ければ、書類上の繋がりも無いじゃん。幼少期を共に過ごしたわけでもないし」

「さっき俺のこと『お兄・・・』って言いかけてたくせに」

「ぐぬぬ・・・」

 

 可愛い。

 

「さて、そろそろ練習に戻るか」

「だね。休憩も充分取ったし」

「じゃあもう1回、最初から合わせよう」

「了解」

 

 ドラムセットに座るつくしと向かい合い、俺たちはチュチュとまりなさんが合流するまで、ひたすらに練習にのめり込んでいくのだった。

 

 

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「アナタたち!やってるわね!」

「やっほー2人とも。差し入れ買ってきたよ!」

「おいつくし!差し入れだってよ!」

「やったー!」

 

 つくしとの練習に一段落ついた辺りで、達成感に満ちた顔のチュチュと、仕事終わりのまりなさんがスタジオ入りした。

 この後は誰が言い出す訳もなく、いつも通りにメンバー揃って円形に並んで座り込む。

 事前に言われてはないが、多分ミーティングの雰囲気だ。

 

「全員、揃ってるわね?」

「揃ってるけど、何か報告?」

「えぇ。いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?両方アナタに関係することよ」

 

 メンバー全員が、俺の方を見る。

 リーダーのお前が決めろってことか。

 

「・・・悪い方から」

「OK.よく聞きなさい」

「おう」

「まず、これからアナタに練習してもらうべきことが更に増えることになったわ」

「えっ、なんで?」

「忘れているかもしれないけど、アナタはギターではなくギターボーカル。作詞は出来てないから暫くボーカルのことは考えなくていいと言ったけど、ついさっき、その『暫く』が終わったのよ」

「と言うことは・・・。じゃあ、お前が言ってた『いい知らせ』って」

「そうよ。ついにこのバンドのオリジナル楽曲の作詞が完了したわ!!」

 

 おおぉーー!!

 と、俺たち3人の拍手がチュチュに送られる。

 そして、それと同時に俺たち3人のスマホが一斉に振動した。

 

「これが楽曲に仮歌を差し込んだデータよ。レンにはこれを聞いて練習をしてもらう」

「なるほど。じゃあ、早速聞い―」

「No.それはまだ後の話よ。アナタがどれだけ歌えるのかは、まだ誰も分かっていない。アナタ自身でさえも」

「えっと、つまり・・・?」

「だから、今日の練習の最初はアナタのボーカルとしての能力を試す」

「ボーカル・・・」

「何よ?覚悟決めたんじゃなかったの?」

「いや、歌なんて・・・もうずっと歌ってないからな。合唱祭も逃げ続けたし、なんならそれが原因で不登校になったぐらいだし、今でこそ付き合いが良いことで定評のある俺だけど、カラオケの誘いだけは絶対に乗らずにやってきたし」

「レン君、鼻歌すら歌わないもんね」

「そうやって聞くと、本当に音楽を避け続けてたんですね」

「ここまで逃げ続けてた俺に、務まるのかな・・・」

「だから、その務まるかどうかを最初に見るって言ってるのよ。それに、今まさに立ち向かおうとしてるのだから、逃げてた過去なんて関係無いわ」

 

 そう言うと、チュチュはマイクスタンドを準備し、言い放った。

 

「何でもいいわ。まずは好きな歌を歌いなさい」

 

 

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 俺はマイクスタンドの前に立っている。

 更にその前には、俺を見守る3人のメンバー。

 

「・・・」

 

 覚悟は決めていた。

 過去と向き合うことも、ちゃんと決めた。

 ギターだって、弾けるようになってきた。

 

「・・・・・・」

 

 なんでもいいから、好きな歌を、歌う・・・。

 

「・・・・・・・・・」

「あの、レン君?」

 

 好きな歌を歌うって・・・なんだ?

 チュチュは、何を言っているんだ・・・?

 

「は・・・ぁ・・・」

 

 せめて、せめて声を出そう。

 

「はぁ、あぁ・・・」

 

 おかしい。まるっきりダメだ。なんでここに来て何も頑張れないんだ俺は・・・?

 歌おうと思えば思うほど、呼吸が浅くなる。体が震えて、足がすくんで、冷や汗が止まらなくなる。

 

「かっ・・・はぁ・・・っ!」

 

 歌わないと・・・

 歌わないと歌わないと歌わないと歌わないと・・・!

 

「あ  ―」

 

 焦る気持ちに体は追い付いてはくれず、俺の体は膝から崩れ落ちて、急いで駆け寄るメンバーの3人の姿を最後に、俺の意識は途絶えた。

 

 

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 意識は倒れてからすぐに戻った。多分、ただの一時的な失神だったのだろう。

 今は、スタジオの壁に背中を預けて座り込んでいる。

 

「心配しましたよ。いきなり倒れるから」

「あぁ、悪い・・・。寒いな」

「凄い汗だもんね。ほら、このタオル使って」

「どうも・・・」

 

 顔と首筋の汗を拭いて、自分の身を抱くように体を温める。

 呼吸はマシになったが、気を抜くと、また体が震えそうになる。

 

「ホットミルク、淹れてきたわよ。熱いからゆっくり飲みなさい」

「うん。・・・ごめん」

「そういうのは体調戻してから」

「はい・・・」

 

 ホットミルクはありがたい。

 でも、大雨に降られた時のように冷え切って、重くなった体には、雀の涙ほどの効果しかない。

 

「過度の発汗、体の震え、浅くなった呼吸、おまけに極度の緊張状態による気絶・・・症状だけならPTSDと一緒よ?アナタ、マイクスタンドで殴り殺されそうになった経験でもあるの?」

「いや、それは・・・無いと思うけど」

「じゃあ、マイクの前に立ってる時、どんな気分だった?」

「えと、それは・・・」

「・・・いや、やっぱり言わなくていい。酷なこと聞いたわね」

「え、なんで・・・?」

「レンさん。体、震えてます」

 

 気付くと、俺の体はガタガタと震え、手汗も酷くなっていた。

 

「どんな気分だったかは、あまり覚えてない。焦ってたような、不安だったような・・・そんな感じ」

「少なくとも、マイクの前で歌おうとしてる人間の心理じゃないわね」

「そうだよな。なんで、あんな風になって、気絶までしたんだろ・・・?」

「多分それ、レン君の拒絶反応じゃない?」

 

 考える素振りを見せるまりなさんが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ただでさえ音楽への苦手意識を10年以上拗らせてた訳だし、多分レン君の脳で『音楽をする=自分を傷つける行為』って公式が成り立ってるんじゃないかな?だから、レン君の無意識下には音楽への恐怖がある」

「でも、ギターはどうにかなりましたよ!なんでこっちだけ?」

「ギターは、レン君が早めに諦めることが出来たから、嫌な思い出も少ないんだと思う。でも、歌は違う。合唱祭で嫌な思いをしたり、怖い思いをしたり、友達を失くしたり、不登校にまでなったり、数年間でそれなりのトラウマを積み上げてる」

「でも、もう過去の話だ」

「そうだね。でも、心の問題はそう簡単に解決はしないんだよ。レン君の脳はね、自分を守ろうとして危険信号を出してるの。『これに手を付けたら、また辛い思いをするぞ』ってね」

 

 言われてみると、そうかも知れない。

 ギターはたまたま上手くいってるけど、歌がダメなままだったら?

 失望されて、指導されても改善できずに、更に失望されて、見限られて、これまでに積み上げてきた信用も全部失って、「あいつはもうダメだ」って・・・。

 怖くない方がおかしい。俺は、そんな怖いことをしようとしてたのか?

 

「レン君。でも、希望はまだあると思うんだ!心の問題さえどうにかすればさ・・・」

「そうですよ!頑張ればどうにか出来ますよ!」

 

 この2人が励まそうとしてくれるのは分かる。でも俺の心に浮かんだのは、何とも最低な感想だった。

 

 何言ってるんだ?こいつら。

 何が「頑張ればどうにか出来る」だ。俺が今まで頑張ってなかったとでも思っているのか?音楽を「やる」と決めただけでも頑張ったのに、10年以上逃げ続けたものと向き合うだけでも必死だったのに、ギターの指導にも死ぬ気で食らいついていたのに。

 ・・・俺は、何も頑張ってなかったのか?

 

「そうね。ステージでは大勢の観客の前で歌いきるメンタルも必要になってくる。アナタにはなんとしてでも克服してもらわないと」

 

 なんて?

 ここまでやってる俺に、心の問題もどうにかして、歌の技術も上げて、大勢の観客のプレッシャーに耐えるメンタルまで身に着けろだと?

 

「さぁ、そうと決まれば特訓よ!気合い入れなさい!」

「・・・むり」

「は?」

 

 思えば、俺の心はマイクスタンド前で倒れた時点で、既に限界を感じていたのかもしれない。

 

「・・・どういうつもり?」

「いや、だから、むり、なんだけど・・・」

 

 この3人の言葉に悪意が無いのは頭で分かってる。

 でも、なんだか、今はもう、色々と耐えられなかった。

 

「レンさん、どうしたんですか?いきなり、そんな」

「そうだよ。どうして?」

「レン、アナタの覚悟はその程度だったの?」

 

 あぁ、もう失望されてるんだろうな。

 

「ごめん・・・」

 

 でも、無理なものは、仕方がないんだ。

 

「もう、つかれた・・・」

 

 胸ぐらに掴みかかるチュチュの怒号は、あまりよく聞こえなかった。

 

「ごめん・・・ごめんなさい・・・」

 

 まりなさんに抑えられたチュチュをよそ目に、俺は自分の荷物を持ち上げた。

 

「俺なんかが、みんなを巻き込んじゃって、ほんと、すいませんでした。もう、誰にも迷惑かけないから。・・・ごめんなさい」

 

 俺は重たい足取りでスタジオを出て行った。

 あんなにも気合と覚悟を持って取り組んでいた割に、ポキリと、俺の心はあっさり折れた。

 

 またしても俺は、音楽から逃げた。

 





 次の更新は、明日。

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