この話は、短め。
アタシの弟は、小さい頃から音楽が出来なかった。
でも、アタシの弟は真面目だった。小学校の音楽の授業にもついていけなかった弟だったけど、ついていけないなりに一生懸命だった。
家にリコーダー持って帰って自主練をする小学生なんて、そうそういないだろう。
「ねぇレン。こうやって1つ1つの音を繋げて、曲が出来ていくんだよ。分かる?」
「うん。わかる」
「本当に?」
「・・・ごめんなさい。やっぱりわかんない」
「うーん。説明が悪いのかな?どこが分からないの?」
「何がわかんないところなのか、分かんない・・・」
「そっかぁ」
「ごめん」
でも不条理なことに、その真面目さが報われることは無かった。
今思えば、弟は上手くなりたくて練習をしていた訳じゃなかった。動機は普通になるためで、上を目指す向上心などではなかった。
弟は、音楽を楽しんでなどいなかった。
怒られないために、浮かないために、嫌われないために練習する弟。
弟はいつも何かに焦っていて、いつも何かを怖がっていて、いつも何かに怯えていて・・・いつも、辛そうだった。
姉として、もう見ていられなかった。
「お姉ちゃん、今のは・・・できてるってことになる?」
「・・・」
「できてない?」
「ねぇレン。もうやめない?」
「なん・・・で・・・?」
「だって、これ以上やっても・・・」
「待って!ちゃんとやるから見すてないで!」
「・・・!」
「次はちゃんとやる!言ったこともまもる!まじめにやるから。ちゃんと歌えるようになるから。だから、お願いだから・・・」
「レン、違うよ?アタシはね―」
「お願いだから・・・嫌いに、ならないで・・・!」
レンは、自分を責めるようになった。
そしてその度に、何度もアタシに謝るようになった。
その様子は、どこまでも痛々しかった。
まだ小学生の小さな男の子にこんなことを言わせているこの状況が、もう耐えられなかった。
「ダメダメでごめんなさい。お姉ちゃんの弟なのに何もできなくてごめんなさい」
「レン・・・」
「ごめんなさい・・・」
アタシは泣きじゃくる弟を、ただ抱き締めてあげることしか出来なかった。
アタシも友希那も、なまじ音楽が出来たせいで、レンの痛みを分かってあげられなかった。
「まじめじゃなくてごめんなさい・・・!いつもふざけてごめんなさい・・・」
「レン、やめて」
「やる気がなくてごめんなさい・・・歌えなくてごめんなさい・・・」
「やめてってば・・・!」
「ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさい・・・」
「もうやめてよ!!レンが一番辛いのに謝らないで!!」
これ以上、自分を傷つけて欲しくなかった。
「大丈夫。もう大丈夫だから。ね?」
・・・
「だから、もうやめよ?」
「無理だよ・・・みんなに、嫌われちゃう」
「アタシが好きでいてあげるよ。お姉ちゃんが最後まで味方してあげるから・・・」
「ごめんなさい。何もできなくて・・・」
「別に音楽なんて出来なくても、レンには他に良いところがいっぱいあるんだから大丈夫だよ。お姉ちゃんが保証してあげる。出来なくていいんだよ。出来なくったってさ・・・」
アタシはもう、レンに頑張って欲しくなかった。
これ以上は、大好きな弟が壊れてしまうような気がして。
後悔がある訳じゃない。
これ以上、音楽に大好きな弟を傷つけさせる訳にはいかなかった。
アタシは、ちゃんとかけるべき言葉をかけたとも思う。
でも、『出来ない』を受け入れるということは、『出来る』可能性を見限ることに他ならない。
『出来るかもしれない』という可能性を、アタシがレンから奪ったんだ。アタシが、その可能性を信じきれなかった。
それよりも先にレンが壊れてしまうかもしれなくて、それがたまらなく怖かった。
レンが自分の可能性を見限った原因は、レンに理解を示さなかった指導者のせいでもなければ、レンに辛く当たったクラスメイト達のせいでもない。
レンから音楽を取り上げたのは、アタシなんだ。