「だからもうやめよう」と言われた過去
「だから頑張ろう」と言われた現在。
『停滞』の過去と、動き出す今。
今までガールズバンドを応援してきた俺が、つくしに「頑張ろう」と言われて、数時間が経った。
今の俺を取り巻いているのは、チュチュのスタジオに、4人のバンドメンバーが円形を作って床に座り込む、いつもの光景。今日もこの光景を見ることが出来てるのは、本当にありがたいことだ。つくしには感謝しなければ。
そう思ってると、チュチュが口を開いた。
「ワタシ、この男は今いる3人から1発ずつ殴られる義務があると思うのだけど」
「あの、その節は本当に申し訳なかった!」
「まぁまぁ。レン君もこう言ってるんだし・・・」
「まりなさん。大丈夫ですよ。俺はそれぐらいのことをしましたし・・・さぁ、まずはチュチュから―」
「はぁ。もういいわよ。そんな憑き物が取れたみたいにスッキリした顔されると、殴る気も失せるし」
「いいのか?」
「どうせ、どこかで吹っ切れたんでしょ?だったらもういい」
チュチュからも許し?は得た。なら、やるべきことを終わらせよう。
「じゃあ、そろそろ昨日の続きといこうか」
「続き?」
「だから、ボーカル能力のテストだよ。俺、途中で体調崩しちゃったし」
「いや、待ってよレン君!あれは体調崩すとかってレベルじゃなかったでしょ。いけるの?」
「分かりませんよ。でも、いつかはやらないといけないことだ。あと、チュチュ」
「・・・何?」
「ボーカルのテスト、ドラムにも協力してもらうのは、アリか?」
「まぁ、アナタの歌さえ聞ければ問題はないけど・・・」
「よし、そんじゃあ行くぞ。つくし」
「了解」
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俺は、マイクスタンドの前に立っている。
「よぉ。昨日ぶりだな」
俺の敵、トラウマの権化。それが今、目の前にある。
「レンさん。もういける?」
「悪い。もうちょっとだけ待ってくれ」
「ごゆっくり」
指でスティックを回すつくしの姿を確認してから、俺は目を閉じて、深呼吸を始める。
「すぅぅ・・・ふぅぅ・・・」
トラウマは、ある。恐怖も、不安もある。
脳天へ酸素を回し、持ち前の集中力で、姿を持たぬ怪物たちに向き合う。
こいつらに呑まれれば、昨日の二の舞だ。足がすくんで、何も出来なくなってしまう。
「ふーっ・・・!」
練習はしていない。それが出来る時間がそもそも無かったし、気持ちが切り替わっただけで、変化などは生まれない。河原から帰っても、俺は鼻歌の1つも歌えなかった。
だから、イメージした。マイクスタンドという恐怖の権化の前で歌いきることによる、トラウマの克服。
歌詞を覚え、『チュチュがこの歌詞に込めたイメージを』隅々まで読み取って。
俺は時間の限界まで、何度もイメージだけを繰り返した。何度も、何度も。
「はぁぁ・・・」
忘れてはならない。イメージするのは常に最強の自分。外敵など要らない。
俺にとって戦う相手とは、自分のイメージに他ならない。
恐怖も、不安も、弱い俺が勝手に作り出した、ただの幻想だ。
だから、まずはそのふざけた幻想をこの手でぶっ潰す。
「・・・」
思えば本当にふざけた話だ。恐怖も不安も、全て失敗することを前提に考えるから生まれるものだ。
余裕なんてものは、成功が絶対的だから生まれるものだ。
弱気なだけの俺なんて、焦りに支配されて当然だった。
「・・・」
心臓は高鳴っているが、これが負の感情に由来したものじゃないことは分かる。心臓に反比例して、頭の中は妙に落ち着いていて、すっきりとしている。
あぁ。俺は、マイクスタンドが目の前に置かれているこの『極限状態』に、そのまま呼応したのだろう。
・・・ゾーンに、入った。
「よし・・・」
実力や経験の持ち合わせは相変わらずない。でも、持ってなくても歯ァ食いしばって『やる』しかないんだ。
それに・・・
『必要なのは才能でも、他人からの支配でもない。必要なのはアナタの意思、ただそれだけよ』
大丈夫だ。必要なものはちゃんと揃ってる。
さぁ、闘いの時だ。
「・・・」
親指を立ててドラムに合図を送ると、スティックの音が鳴り、それに続いて力強いドラムの前奏が流される。
出番が近づく。そして・・・
「~~~♪」
「ねぇ、チュチュちゃん・・・」
「この歌は・・・!」
このボーカルテストでチュチュから受けた指令は、何でもいいから好きな歌を歌うこと。
チュチュたちのもとに戻る時に、何をすれば申し訳が立つか、昨日の俺は河原で日の出を見ながらつくしと話し合った。
そこで思い当たったのが、スマホの中。チュチュからメンバー全員に送られた仮歌付きの楽曲データだった。
「~♪」
この歌であれば、チュチュも文句は言わなくなると思った。
俺の姿から連想されたこの曲とこの歌詞であれば、俺の気持ちを乗せて歌えると思った。
ずば抜けて俺との相性が良いドラムが後ろに居れば、更に心強くなると思った。
そして俺は、この曲をつくしのドラムに合わせて歌うことによって、テストを受けることを決めた。
「~♪」
今出せる『最強の自分』を、この2人に・・・!
全て、全て・・・!
全て!!
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一曲、フルで歌い切ってやった。
「ははっ・・・。案外、簡単だったな・・・」
全ての神経を使いきったからか、俺の体は、また崩れ落ち始める。
でも、嫌な感じじゃない。全力ギター演奏の後のような、満足感と達成感。流れる汗も、今は気持ちがいい。
後方へ倒れながら、俺はマイクスタンドに向けて拳を突き付ける。
「俺の勝ちだ」
ドサッ・・・。
倒れ込んだ後、メンバーがすぐに駆け寄ってくれた。
よし、なんとか前みたいに気絶もしないで済んだようだ。
「レンさん!大丈夫ですか!?」
「あぁ。大丈夫だ。ありがとな。ドラム叩いてくれて・・・」
「レン君、倒れてる割に随分いい顔してるけど、1曲歌い切った気分はどう?」
「なんか、疲れすぎて大したこと言えないんですけど。でも結構、悪くはなかったかな・・・?」
「ふふっ。そっか」
飛び切りの笑顔を向けるまりなさんに支えられながら、俺は最後の砦と向かい合う。
「さてチュチュ、テストの結果はどうだった?」
「そうね。改善点は多いわ。声量はドラムに負けてるし、技術面でも杜撰なところはある。でも・・・」
「でも?」
「歌に気持ちが乗ってるのは、強く感じた」
「チュチュ・・・」
「歌詞に共感できる部分も多かったんだと思うけど、よく歌詞を読み込んでくれたんでしょうね。作詞者として、これほど嬉しいことも無いわ」
「そんだけいい曲だったんだよ。歌詞の考察は好きだし、共感もしやすかった」
「この曲をアナタに渡して正解だったわ。やっぱりこれはRASの曲じゃなかった。最も歌詞を輝かせてこの曲を歌えるのは、アナタしかいない。この世でアナタだけよ」
「・・・ってことは?」
「合格よ。アナタをこのバンドのボーカルとして認めるわ。ビシバシやるから覚悟しなさい?」
静寂、そして・・・
「よっしゃあああぁぁぁ!!!!」
喉への気遣いも忘れて絶叫する『ボーカル』の姿が、そこにはあった。
憑き物は落ちた。
呪縛は剥がれ、鎖は千切れ、檻は蹴り破った。
もう何も、俺を縛らない。
この縛からの解放を以って、俺は証明する。
俺に『出来ない』ことは、もう何も無い。
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ボーカルとしての仕事は決まったが、いきなり通しの練習がある訳でもなく、練習が始まってから、俺はずっとボーカルとしてのノウハウをまりなさんに叩き込まれている。
「意識すること、意外と多いですね・・・」
「うん。それにレン君はギターボーカルだから、さっき言ったことをギターを弾きながらやらなくちゃいけないんだよ」
「うげ・・・」
「あと、口の方向はマイクに向けなくちゃいけないから、下を向いてギターの手の動きをじっくり見ながら演奏することもタブーだからね?」
「うげぇ・・・」
「指の確認をするタイミングは、おいおい覚えていけばいいけど、顔をお客さん側に向けるのは、ボーカルじゃなくても一緒。ライブは音楽を奏でる場所じゃなくて、音楽を届ける場所なんだって意識を忘れちゃダメだよ」
「お客さんに意識を向けながら演奏なんて、本当に出来るんですか?指が見えないの、キツくないですか?」
「慣れれば出来るよ。リサちゃんだって、演奏しながらファンサービスで観客にウインク飛ばしたりするでしょ?」
「あんの化け物め・・・」
「まぁ、確かにライブ中にあの余裕を持って演奏できる胆力は、貴重だと思うけどね」
「でも、どうやって習得するんですか?指を見ないで演奏するなんて」
「そんなの、限界まで何回も反復練習して、体に動きと感覚を覚えさせるしかないでしょ。最後に必要になってくるのは、いつだって努力と積み重ねだよ。死ぬほど鍛える。結局それ以外に出来ることなんて無いんだよ」
「要するに『死ぬ気でやれ』と?」
「そゆこと☆」
「やって、やって、やりまくれと?」
「小さな努力の積み重ねが、明日への一歩を切り開くんだよ」
キツいなぁ・・・。
「さて、そろそろ休憩にしようか。向こうの2人も休憩入るみたいだし」
「そうですね。あ、チュチュ~。そこの水、取ってもらっていいか?」
「これ?」
「さんきゅー」
疲れた喉を潤しながら、いつものように円形に並ぶメンバーとの話し合いが始まる。
今回はつくしからスタートだ。
「そう言えば私、ずっと気になってることがあるんです」
「気になってること?」
「はい。私が加入してから、一度も聞いてないワードがあって」
「聞いてないワード?」
「はい。今更聞くのもおかしい話なんですけど・・・」
つくしは少し遠慮がちに口を開いた。
「このバンドのバンド名って、なんて言うんですか?」
「あぁ、そんなことか」
それは当然・・・。
当、然・・・。
「「「・・・あっ」」」
「3人とも忘れてたんですか!?」
ここに来て由々しき事態。
「今思えば、私たち、なんで忘れてたんだろ?」
「そうね。『あのバンド』とか『このバンド』とかって呼び方をずっと使ってて、正式な呼び方が無いって、なんか不便だなー、とは思ってた筈なんだけど」
「バンド名を考えるような余裕も無かったからな。そんなことに時間使うぐらいなら練習したかったし・・・」
「だからって3人とも忘れてるのは問題でしょ。誰も考えなかったんですか?」
「「「まったく」」」
「えぇ・・・」
でも、なんだかんだ演奏は形になってきた。最初の頃に比べて、練習時間の少なさや環境にも慣れてきて、このバンドは全体的にも余裕が出てきている。
出来ないことが多くて張り詰めていた時とは違う。
「いい加減、バンド名決めるか。いつまでも名無しじゃカッコつかないし、呼び名が無いの、単純に不便だったし」
「そうね。不便だったし」
「不便だったもんね~」
「あの、不便だったから決める訳じゃないですよね?それが理由で決まるの、なんか嫌なんですけど」
ちょっとつくしがうるさい気がするのを無視して、俺はメンバーに問いかける。
「取り敢えず、何か案とかある?」
「「「・・・・・・」」」
「まぁ、さっきまで練習しててガッツリ疲れてる状態で聞かれても困るか」
「というか、レン君が決めなよ。リーダーでしょ?」
「そうよ。ここに居る全員、アナタの目的のためだけに集まってるのよ?アナタの為に結成されたバンドなんだから、名前だってアナタが決めるべきなんじゃないの?」
「そりゃあそうだけど、だからってメンバーの案も聞かずに独断で決めるのも違うだろ。俺がとてつもなくダサいバンド名考えたらどうすんだ」
「その時は流石にちゃんと止めますけど、せめて最初の案はリーダーから出すべきだとは、私も思います」
「うーん・・・まぁ、それもそうか」
「別に、すぐに最適解を出せって言ってる訳じゃないわ。最初の案だけでもいいから」
「そうだな・・・」
この手のことを率先して決めるのって、普段ならあまり得意じゃないが、今回はそうでもなかった。
自分を含めて、自然と円形に集まるメンバー、普段はバラバラな人間たちが、何の因果かここに集まっていると思うと、何となく、パッと浮かんだ。
「『The CiRCLE』ってのはどうだ?」
「「「・・・!」」」
「ライブハウスCiRCLEのスタッフ2人に、CiRCLEの常連が2人、普段の私生活もバラバラな4人が、紆余曲折あってこのスタジオに集まって、たった今も、こうして輪っか作って話し合ってる。だからピッタリかなって思ったんだけど、どうよ?」
「いや、決定でしょ」
「案だけでいいって言ったのに、なんで最適解を出すのよ・・・」
「合同ライブの前座にはピッタリかもしれませんね。他でもないライブハウスCiRCLEから出たバンドって感じで」
「えっ、嘘だろ?まだ1発目だぞ?まだ『The CiRCLE(仮)』ぐらいのテンションじゃねえのかよ?」
「『THE THIRD(仮)』みたいに言ってんじゃないわよ。リーダーが発案して、1人残らず腑に落ちたならもう決定よ」
「そうだね。CiRCLEで行われる合同ライブの為だけに組まれたバンドが、CiRCLEからの刺客として飛び込むのも、面白そうだし」
「うそぉ・・・」
「これよりもいいバンド名、無いですしね」
「・・・えっ、マジ!?」
バンド名、決定。
「じゃあ、レン君。演奏も形になって、バンド名も決まって心機一転。何かリーダーとして無い?」
「いきなり!?」
「そうですよ。何か一言あるでしょ?」
「ほーら。早くしなさい」
「ええぇ・・・」
・・・
「よーし!」
合同ライブまで、あと少し。
「みんな!気張ってこうぜ!!」
あまりにも雑な掛け声だったが、それにもちゃんと応えてくれる辺り、本当に良いメンバーに恵まれたと思う。