過去編を見てからこの話を読むのも、アリだと思う。
合同ライブ当日。俺とまりなさんはバタバタしていた。
当然、他のガールズバンドの前では、あくまでCiRCLEのスタッフとしての振る舞いをしなきゃいけないし、あと単純にスタッフの仕事が忙しい。
「お客さん、多いね」
「・・・そう、ですね」
受け付けの仕事を他のスタッフに引き継ぎ、スタッフの休憩室でまりなさんと束の間の会話をする。
「レン君、言っとくけど、今日は普段通りの動きじゃないからね?今から向かうのはいつもの持ち場じゃなくて―」
「控え室に直行、でしょ?『演者』として」
「緊張してる?」
「不思議なことに全然です。本番が待ち遠しくて仕方ない」
・・・
「まりなさん」
「何?」
「・・・手とか、握ってもらっていいですか?」
「やっぱり緊張してるんじゃん!」
とか言いつつ、ちゃんと手を握ってくれるのは、うちの上司の良いところだ。
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ライブが始まる直前、まりなさんと控え室の扉の前まで向かうと、既にチュチュとつくしが待っていた。
「予定通りの時間、だよな」
「この中に居るバンドにとっては、予定外も良いところでしょうけどね」
「そうだね。つくしちゃんとチュチュちゃんが本来の衣装に着替えてないところなんて見たら・・・」
「ひっくり返りそうですよね・・・」
「まぁ、ひっくり返すために今まで頑張ってきたんだからな」
今の俺たちの衣装は、CiRCLEのライブTシャツにジーンズを履いただけの、いかにもライブの時のCiRCLEのスタッフみたいな恰好をしている。
前座でCiRCLEのスタッフが乱入するというシチュエーションでいくなら、これ以上ない程の一張羅だ。
「さて、後は手筈通りに控え室を混乱に陥れながら、ステージに乱入するだけよ」
「その部分だけ聞くと、めちゃくちゃ治安悪いな」
「まぁ、手筈通りにやるのが、一番重要ですからね・・・」
とは言いつつ、この場を引っ掻き回すことが出来ること自体はかなり嬉しい。
今から楽しみで仕方ない。
「じゃあ、円陣組もっか」
「円陣?」
「ほら、みんなで考えたじゃん」
「あぁ、アレか・・・」
控え室に入った後にさっさとステージに向かえて、気合が入りそうなものは確かに考えていた。
さっきまで緊張で忘れてたけど。
4人で円形に並び、拳を構える。
バラバラの場所に居た人間たちが、この為だけに集結し、こうして1つの輪となった。確かに今、俺たちは1つのチームだ。
それを、確かめ合うように声をかける。
「We are『The CiRCLE』. Ready?」
「「「「GO!!」」」」
バッ!!
と4人分の拳が、円の中心で打ち付けられた。
「さ、暴れようぜ」
メンバーのギラついた笑顔を最後に、俺は控え室の扉を開け放った。
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「あれ?レン君にまりなさん?どうしてここに?」
なんて疑問をほどほどにスルーしてズカズカと進んでいくが、ザワつきは止まない。
当然だ。本来いない筈のスタッフが平然と入ってきてるし、着替えてくるはずだったメンバーが全然違う衣装着てきてるし。
「あ、レン!」
そんな中でも、うちの姉は冷静に声をかけてくる。
「そろそろ前座のバンドが来るって聞いてるんだけど、何か知らない?」
「は?何言ってんの?」
この場に長居する気は無いので、話は早々に片付ける。
「前座ならもう来てんだろうが。今ここに」
「へ・・・?」
間抜けな声を出す姉を無視し、俺は設置されていた相棒を掴み取り、そのままメンバーを引き連れ、ステージへ躍り出た。
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マイクスタンドの前に立ち、メンバーが持ち場についたことを確認し、一礼。
来てくれたお客様に、CiRCLEのスタッフとして、まずは感謝を。
「皆さん、こんにちは。『The CiRCLE』です。本日は、ライブハウスCiRCLEの合同ライブに来ていただき、ありがとうございます」
少しザワついた観客たちに向け、MCを続ける。
「今回の合同ライブにあたり、多くのバンドがCiRCLEや周りへの感謝を形にするべく、参加を表明してくれましたが、ライブハウスCiRCLE側でも、CiRCLEを練習、ライブで使ってくれるバンドの皆さま、そして観客の皆さまへの感謝を表明するため、CiRCLEの関係者でバンドを組み、前座で一曲披露することが決まりました」
おおぉぉー・・・という声がまばらに上がる。
まぁこれ全部、後付けの理由だけど。
「前の竿隊2人がCiRCLEのスタッフ、後ろの2人がCiRCLEの常連さんです」
「ねぇレン君、もしかしたら、竿隊2人を知ってくれてる人、お客さんの中にも居るんじゃない?私たち、ついさっきまで受け付けのお兄さんとお姉さんだった訳だし」
「あ、確かにそうかも。じゃあ、アレやりますか」
炎の演出意外に、俺がやりたかったもう1つの演出。
バンドっぽくて、ライブっぽくて、誰もが憧れるもの。
「さっきまで受け付けでお客さんを捌いてた、手前のスタッフ2人・・・覚えてる人―――!?」
「「「「「「ウオオオォォォォ・・・!」」」」」」
「あ、凄い!結構いる!」
「ヤバい!これめっちゃ面白い!」
自分の掛け声1つで多くのペンライトが激しく揺れるのは、何とも壮観な光景だった。
「今横でベース持ってるお姉さんの名前・・・知ってる人―――!?」
「「「「「まりなさーーん・・・!!」」」」」
「ですって」
「いや、『ですって』じゃないよ!嬉しいけどさ!」
「これで名前が呼ばれなかったら面白かったんだけどなぁ~☆」
「なんてこと考えるの!?」
初めて立つ場所だし、もう少し固まってしまうと思っていたが、思ってたよりは自然体でいられる。
「じゃあ次の質問は・・・」
「ちょっとレンさん!!」
「アナタ、本番なんだからもっと緊張感持ちなさいよ!」
「あ、すいません」
「レン君、リーダーなのに・・・」
会場の空気は緩んだ。会場は一体感に包まれているし、前座としてはかなりいい仕事をした筈だ。
「さて、メンバーに絞られたところで本題ですが、私たちはあくまで前座、メンバーも寄せ集め。この合同ライブにおいて、本命のバンドではありません」
そう呟き、俺はギアを上げて、気を昂らせる。
確かに、俺たちは本来、お呼びじゃない。
「でも、だからって縮こまってる気は欠片も無ぇ!ステージに立つからにはいつだって全力だ!そうだろ!?」
「「「「「オオオォォォ・・・!!」」」」」
「これは全バンドへの感謝の表明であると同時に、ライブハウスCiRCLEからの挑戦状だ!出演バンド全員喰っちまう勢いで暴れてやるから楽しめよ・・・!」
「「「「「オオオォォォ・・・!!」」」」」
「前座から本命への反乱!どうだ?最高に燃えるだろ!」
今の俺たちの映像を控え室に送っているであろうカメラを指差し、高らかに宣言する。
「Just war baby!!(戦争だコラ!)」
「「「「「ウオオオォォォ!!」」」」」
「それでは聞いて下さい。俺たちの最初で最後の一曲。『ZERO OVER』」
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思えば俺の音楽は、ゼロどころか、マイナスからのスタートだった。
何をやっても基礎以前の問題で、ゼロというスタートラインにすら立てないような、そんな人生だった。
~~~♪
だからこのライブで証明する。このアップテンポに乗せて。
その『ゼロ』を確かに超えたと。
俺はもう、独りじゃないから・・・!
『Break on ! now!』
前奏のアップテンポの曲調に、4人分の叫びが重なる。
『過去の鎖に縛られて
自分に嘘を吐き続けて
閉じられた世界で、生ぬるい平穏を求めた
そんな居心地のいい場所で、知らないふりをし続けた
それでも無謀な挑戦を(傷だらけの指先で)
それでも過去を睨みつけて(血走った眼光で)
叫べ!(break it!!)
戦え!(just war!!)
誰でもない自分のために!
逃げ続けた(自分を!)
暗くなった(世界を!)
壊し続けるための歌を!
無責任に、『出来る』と笑い合いながら』
吹き上がる炎と共に、俺の全てを燃やし尽くす。
『走り出せ そのゼロを超えるために!
『夢』という名の衝動に任せて
闘争せよ その盤面を打ち砕くために!
『常識』という名の檻を蹴り破って
最初から決まった勝負に、支配されないRebellionを
仄暗かった世界に、眩しい程の朝焼けを
後ろに明日は無い。『覚悟』を決めて飛べ!』
~~~♪
『Breave out !!』
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聞こえてきたのは騒がしい歓声と、静かにステージを駆け巡るライブの残響。
「はぁ・・・。あぁ・・・」
大量に噴き出した汗に髪は濡れて、体中を水滴が滴る感触。
ステージのライトがやけに眩しい。そして少し熱い。
「・・・」
予定よりも深く、長く、俺はお辞儀をする。頭を下げることによって、汗がポタポタと落ちる。
聞いてくれたお客さんへの感謝を。
トラウマの権化だったマイクスタンドへ、俺自身を含む、俺を否定した全ての者たちへ。
俺が怖がり続けた、全ての者たちへ。
「ありがとうございました。『The CiRCLE』でした」
万雷の拍手が、そこにはあった。
マイナスから始まった俺の人生が、ゼロを飛び越えた証拠。
独りだった俺が、確かに独りじゃなくなった証拠。
「・・・!」
色々な感情が溢れ出しそうになるのを堪えて、俺たちはステージを捌ける。
俺の後を追うように、他のメンバーもさっさと移動を開始する。
『The CiRCLE』のライブは成功に終わったが、このイベントは始まったばかりなのだ。
その証拠に、ステージを出てすぐの所で、スタンバってるポピパが居て、香澄が右手を差し出している。
「なるほど」
香澄の意図に気付いて、俺は歩きながら香澄とのハイタッチに応じた。
パンッ!
「喧嘩は買ったよ。レン君」
「はっ、抜かせ」
ステージに向かう香澄たちの姿を最後に、俺たちは控え室へと戻っていった。
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控え室に戻ってからの動きは、予めメンバーと話し合っていた。
質問攻めが来たりしてもおかしくないと判断していた俺たちの動きは。
「ねぇ!さっきのライブどういうこ―」
「悪い。俺この後仕事だから」
「すいません。この後着替えないとなんで」
塩対応のどスルー。
ズカズカと進む俺たちの雰囲気を感じて、誰も声を掛けなくなるが、それでも出口の直前で呼び止める人間はいた。
今井リサ。Roseliaのベースにして、俺の姉。
「ねぇレン。さっきのアレって―」
「おう。フロア沸かしといたから」
「ちょっ、そんな『風呂沸かしといたから』みたいに言われても困るって!ちょっとレン!?」
どスルー。
こんなところで歩みを止めていては、次の仕事に移れない。
俺はもうCiRCLEのスタッフでしかないし、ここに入り浸っても仕方ない。
いつもなら友希那さんに突っかかるチュチュも、今は塩対応だ。
「ねぇ、チュチュ」
「あ~ら、ごめんなさい?ワタシこれから着替えなきゃいけないから、アナタと話してる暇なんて無いのよねぇ」
「ちょっ―」
「ほーんと忙しくて困っちゃうわぁ↑↑」
・・・いや、やっぱりチュチュはいつも通りかもしれないが、とにかく俺たちは予定通り、大した時間を掛けずに控え室からの離脱に成功した。
『ライブ後は何事も無かったかのように振舞って、何事も無かったかのように、元在るべき姿に戻る』というものが、メンバー同士で話し合って決めたことだ。
控え室から離脱した後も、メンバー同士で話すことは無い。
4人で最後に拳を合わせて、早口で用件を伝えあう。
「じゃあ2人とも。ライブの続き、頑張れよ!」
「当然でしょ!!」
「はい。お2人も、サポートよろしくお願いします!」
「うん!任せてといて!!」
「よし、じゃあ各自、健闘を祈る!解散!」
その言葉を最後に、俺たちは元在るべき姿に戻る。
チュチュはRASに、つくしはモニカに、俺とまりなさんはCiRCLEスタッフとして運営に。
各自、次のやるべきことを胸に、ギラギラとした笑顔を浮かべながら居るべき場所に帰っていく。
俺たちはもう、『1つのバンド』ではなくなった。
『The CiRCLE』は、ここに解散した。
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【控え室】
「ねぇ友希那。アタシ、やっぱりレンのこと追いかけて―」
「駄目よリサ。今は本番前なのよ?」
「いや、でもさぁ・・・」
「それに、ライブ前にレンが言ったこと、覚えてる?」
「えっと、それは・・・」
『Just war baby!!(戦争だコラ!)』
「あの男は、あれだけ場を混乱で引っ搔き回した挙句、私達への挑発までしてみせた」
「友希那・・・」
「舐められたものね?レンの分際で、この場に居る全員に火をつけるだなんて」
「ははっ、確かに。そう言われると滾った気持ちもあるかも」
・・・
「CiRCLEからの挑戦状、確かに受け取ったわよ。レン・・・!」
「久しぶりの姉弟喧嘩だねぇ。ボッコボコにしてやる・・・!」
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少女たちは歌った。
それぞれの想いを胸にしながらも、たった1人の少年の喧嘩を買うために。
情熱の炎を高らかに燃え上がらせて歌った。
どこかで失ってしまっていた何かを、取り戻すために。
二度と手放しはしないと、叫び続けるために。
喧嘩を売った少年は、それをいつまでも見届け続けた。
感動と尊敬と純粋な憧れをその瞳に映して。
いつまでも、いつまでも目を奪われ続けた。
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【合同ライブ後】
イベント終わりでライブ会場の掃除をすることは、CiRCLEのスタッフとして当然の義務だが、今日に限っては、あまり仕事に身は入っていなかった。
「まぁ、そりゃそうか・・・。てか、今になっても信じられねぇ。俺、数時間前まであのステージの上で歌ってたんだよな・・・」
モップに体重の何割かを預けながら黄昏ると、ライブの余韻が鮮明に思い出される。
特に、今日のイベントは余韻が強い。俺の耳には『The CiRCLE』のライブの残響が残っているだけじゃなく、出演者の演奏も鮮明に残っている。
音楽に触れて、俺の聴きの能力が上がったのか、それとも、俺の挑発で出演者のみんなが熱くなってくれたのか。
「いや、未発表のカバー曲をオンパレードで聞かされまくったからかもしれないな。まさかRoseliaとAfterglowがタッグを組んで『Time judged all』を歌うとは思わなかったもんな。ありゃあオーズもビックリだぜ・・・」
熱いライブを振り返りながら、俺は頬を緩ませる。
Roseliaと言えば、やっぱり最後の曲が良かったな。あのタイミングで『Sprehchor』は反則だ。いい曲なんだよ。アレ。
あとは、最後に7バンド全員で歌っていたあの曲も良かった。スタッフとして、あのライブに携われたことを誇らしく思う。
今日のライブはそれぐらいの盛り上がりを見せる大成功だった。
「―――!」
「―――――!!」
「ん?なんだ?」
気を取り直して掃除を再開しようとしたタイミングで、外から騒がしい気配がした。
「よく聞こえないな・・・」
耳を澄ますと、かすかに聞こえてきた。
「ちょっとリサ!少し落ち着きなさい!」
「リサちゃん!今はまだ掃除中だからダメ―」
「うるさい!どいて!!」
聞き慣れた声を拾った辺りで、会場の扉が開かれた。
息を荒げた姉さんと、バツの悪そうな友希那さんとまりなさんが、そこに居た。
「姉さん・・・?」
姉さんは私服に着替えてはいるが、髪は荒れたままだし、荷物だって持っちゃいない。
この女、最低限の着替えだけして直で来やがったな・・・?
「お客さ~ん。まだ掃除中なんですけど、もしかして忘れ物です?」
「・・・」
俺の言葉に一言も返さず、姉さんは早歩きで俺との距離を詰めてくる。
「友希那さんとまりなさんの制止まで無視なんて、姉さんもワルだな。そんなに俺に会いたかったのか?もしかしてブラコン?」
「・・・」
「違うか。だったらスタッフの分際で姉さんたちのライブに乱入したことか?MCで喧嘩売ったから怒りに来たのか?」
「・・・」
「おい。無視しないでなんとか言―」
ガッ・・・!
俺の元まで詰め寄った姉さんは、有無も言わさずに俺を抱きしめた。
優しい姉さんにしては珍しく、力任せで乱暴な抱擁だった。
「姉さん・・・」
俺は姉さんの背中に手を回し、宥めるように背中をさする。
「もう、分かったからさ・・・」
抱き返す。
「・・・泣くなよ」
「ぐすっ・・・だって、だってぇ・・・!」
「分かったって。苦しいから一旦離せって」
泣きじゃくる姉さんを宥めていると、友希那さんがこっちに歩いてきた。
「あ、友希那さん、丁度いいや。困ってるんだよ」
「そうなの?」
「あぁ。このバカ姉貴、さっさと引っぺがしてくれよ。何言っても離しやしない」
「・・・」
「友希那さん?」
友希那さんは返事をしない。
そして、そのまま俺たち姉弟の元に歩み寄って。
ぎゅ・・・
俺たち姉弟を、まとめて横から抱き締めた。
「レン。初ライブ、お疲れ様」
「ちょっ、なんでいきなりっ、そんなことするんだよ・・・」
「素晴らしい演奏だった」
「ぐすっ・・・なんだよぉ。やめろよ・・・」
友希那さんの手が俺の頭に乗せられて、姉さんと友希那さんの優しさが、俺を包む。
「よく頑張ったわね」
「ううぅ・・・、待ってくれよ。本当に、ダメだってコレ・・・」
俺と姉さんは、しばらく友希那さんの腕の中で泣き腫らすことになった。
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【ライブ会場、入り口】
「ちょっとマリナ?あの3人、放っておいていいの?」
「本音を言うと全然良くはないんだけど・・・まぁ、今日ぐらいはね。後で私がオーナーに怒られればいいだけだし」
「悪い大人ね」
「あの3人の対話を台無しにしてまで、いい大人になろうなんて思わないよ。そんなちっちゃい肩書きとか興味無いし」
「空気が読める大人は好きよ」
・・・
「ねぇ、チュチュちゃん」
「何?」
「どうして、レン君を音楽に誘ったの?」
「気まぐれよ」
「嘘」
「湊友希那への嫌がらせよ」
「その理由は後付けでしょ?それだけで場所の提供も、練習指導も、楽曲提供もやったの?本当に、たったそれだけで?」
・・・
「きっかけが気まぐれだったのは本当よ。ただ・・・」
「ただ?」
「才能の壁に打ちのめされて、それでも最強のバンドを作ろうとしたワタシと、大きすぎる才能の壁があって、音楽を閉ざしたレン。程度の差はあれど、過去のワタシが辿ったかもしれない可能性の1つが、あの時のレンだった」
「・・・」
「他人事だと思えなかった。レンは、もう1人のワタシだった」
「チュチュちゃん・・・」
「あいつはワタシと一緒だった。だから、レンの音楽を閉ざした全てが許せなかった。才能の有無『ごとき』で自分を見限ったレン自身も許せなかった。自分がこうなってたかもしれないと思うだけでイライラした。だからそれを否定したくなった」
「・・・」
「結局、ただの自己満足よ。ワタシは自分がスッキリするためにやっただけ」
「そっか。チュチュちゃん、優しいんだね」
「ちょっと。なんで今の流れでそうなるのよ」
「『自分と同じ』だから、レン君の気持ちが分かったんでしょ?『自分と同じ』だからレン君を信じて、変われるって信じてたから、諦めさせたくなかった。レン君のことが痛いほどに分かるチュチュちゃんだから、共感してレン君のためにあそこまで・・・違う?」
「~~~ッ!!もう!知らない!!」
「素直じゃないな。まったく・・・」
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しばらくして姉さんも俺も、涙が止まって話せるようになった。
今は3人仲良く床に座り込んで、会話を弾ませている。
「まさかレンの前でこうも情けなく泣き腫らすとは。これでもお姉ちゃんとして、弟の前ではカッコつけるって決めてたのに」
「確かに姉さんのあの泣き顔は傑作だったな。写真の1つでも撮っておけばよかったぜ」
「むっ。そう言うレンだって泣きじゃくってたじゃん!友希那にぎゅってされたぐらいでさ!」
「しっ、仕方ないだろ!姉さんからぎゅってされただけでもこっちは限界だったんだぞ!」
「え~~!そこまで言うなら、なんでアタシのハグで泣いてくんなかったの!?レンの涙腺に止め刺したのが友希那なの、ちょっと気に入らないんだけど~!」
「知らないわよ。そんなの・・・」
いつも通り・・・いや、いつも以上に仲良く話せているのが分かる。
「レンは、変わったわね」
「そうか?」
「そうだよ!良い意味でね」
「小さい頃にあんなに音楽と反りが合わなかったあなたが、ガールズバンドを取材するようになって、記事を書いて、ライブに通うようになって、ライブハウスでのバイトまで始めて、今日に至っては・・・」
「ギターボーカルでライブ初参戦、だもんね~。立派にバンドまで組んじゃってさ」
「私たちはレンと仲直りをしていたようで、実のところ、幼少期のレンしか見えていなかったのかもしれないわね」
「そうか?そんなこと無いと思うけど・・・」
「でも、あなたのライブを見た時は、やっぱり驚いたもの。あなたがステージに上がったことも、マイクの前で歌い出したことも、あなたの歌に、感動させられたことも」
「確かに感動しちゃったよね~。ビックリし過ぎてた上に本番前だったから涙は出なかったけど。やっぱり、あの手の気持ちが乗った熱い歌い方は、心に来るんだよ。そう言えば、最近やけに指に絆創膏が多いとは思ってたけど、まさかギターの練習してたからだったとは・・・」
「最近はレコーディングとかで忙しくて会ってなかったのもあるけど、レンが音楽をやる訳ないって固定観念に騙されたわ。あなたの変化に、まるで気付きもしなかった」
「そっか。驚いてくれたなら何よりだ。友希那さんが驚いてたことはチュチュにも教えてやらないとな」
「チュチュ・・・そう言えばさっき着替える時、チュチュと少し話したのよ」
「なんだ。先に話してたのか。あいつのモチベは友希那さん驚かせることにあったからな。話してどうだった?ウザ絡みされたろ?」
「そうだったの?大して長話もしなかったけど」
「マジ?」
それは意外だ。
てっきりマウントでも取りまくったのかと思ったのだが。
「あの時は、あなたのバンドについて聞きたくて、私から話しかけたのだけど、返ってきたのは一言だけだったわ」
「一言って?」
「『うちのボーカルは凄いでしょ』って、それだけを言い捨てて、RASの会話に加わっていったわ」
「・・・なんだよ。あいつ」
「チュチュなりに、自慢のボーカルだって言いたかったんじゃない?」
「そう、なのかな?」
「そうだと思うわ。あの時、私に見せた表情は、とても誇らしげだったから」
「ふぅん・・・」
なんだよあいつ。俺に協力する理由は『湊友希那の悔しがる顔が見たいから』じゃなかったのかよ・・・。
「それにしても、長かったわね。私たちが音楽を始めてから10年近く。レンが楽器を携えて歌うところを、ようやくこの目にできた」
「そうだねぇ。それもあんなに楽しそうにしちゃってさ。もう見れないと思ってたもん・・・本当に長かった」
「レンの道のりは、本当に遠回りだったと思う。その道の障害には、私たちの存在だってあったかもしれない」
「そうだね。アタシたちが遠回りさせちゃった部分も・・・」
「いや、それはないよ」
友希那さんの言葉を遮って、俺は続ける。
「2人らしくもない。見当違いもいいところだ」
「いやいや。間違ってはないでしょ。10年だよ?アタシたちがあの光景を見るのに、10年もかかったんだよ?」
「そうだな。確かに長かった。途方もなく長い道のりだった。でも、全部必要な道のりだった」
今になって思い返すと分かる。
「寄り道、脇道、回り道・・・逃げ道すらも、全部大事な道だった。俺を否定した全てに、今は感謝すらしている。2人にコンプレックスを抱いてたことも、大事なことだったんだ。辛いことも苦しいことも、全部ひっくるめてさ」
「レン・・・」
「出来ないからこそ得られたものがあるし、苦しみの中で見つけたものもあるし、逃げ道を走ったから出会えたものだってある。・・・新聞部とかは、まさにその筆頭だな。うん。全部大事なものだし、そのどれもが、かけがえのないものばっかりだ」
「「・・・」」
「一番の近道は遠回りだった。遠回りこそが、俺の最短の道だった」
・・・全部、必要な道だったから。
「それに、2人が障害だったことは一度もないよ。寧ろ『2人をあっと言わせたい』と思ってからは、大事な道しるべだった。2人が目標としてそこに居てくれたからから、俺はあのステージに立てた」
・・・
「友希那さん、姉さん。本当にありがとう」
姉さんなんていなければよかったとか、友希那さんが幼馴染じゃなければと、小さい頃の俺は何度も考えていた。どんなに大好きでも、完璧な人間に囲まれるのは、辛かったから。
それでも俺は、今になって2人にこう言うのだ。
「小さい頃からこんなにカッコいい2人が居てくれて、俺は幸せ者だ」
そうだ。そんなカッコいい2人がステージで輝いてくれたから、俺はステージに憧れた。
音楽を再開したきっかけはチュチュだったが、無意識の中で音楽をやりたいという想いを持つことが出来たのは、そんな2人が居たからだ。
そんな2人が居て、その他のガールズバンドが居たから、俺は素直な憧れを持てた。
そんな感謝の言葉を伝えると、姉さんが改めて俺に向き直った。
「・・・レン」
「何?」
「よしよし」
姉さんから頭を撫でられる。普段なら手を払いのけるが、今は素直に嬉しい。
「何はともあれ、よく頑張ったじゃん。流石アタシの弟だ☆」
「へへっ、だろ☆」
「レン、今日は珍しく素直ね」
「まぁな。今日ぐらいは昔みたいに振舞ってやるよ。『ゆき姉』」
「あっ、それ懐かしい呼び方じゃん!アタシは?アタシも今日は呼び方変えてよ」
「おね・・・」
「(ワクワク)」
「・・・姉貴☆」
「なんで~~~!!!」
やっと、何の気負いもなく3人で話せるようになった気がする。
音楽が出来ないことへの負い目は、もう完全に消滅した。
観客の居なくなったライブ会場で、俺たちはいつまでも、幼い頃のように語り合った。