CiRCLEでバイトをしているという設定もそろそろ活かしておかないとなという気持ちとも相談し、こうなりました。
ライブハウスCiRCLE、この街のガールズバンドの多くが練習場所やライブ会場として使い、交流の場の一つとして挙げられる場所であり、また俺のバイト先でもある場所。
最初はガールズバンドの取材の一環として選んだ職場だったが、今となってはやりがいのある労働のひとつだ。
「あ、レン君、掃除お疲れ。」
「どうも。まりなさん、次の仕事は?」
「今日はもう特に無いかな。お客さんもほとんど居ないし」
「了解っす」
今日は随分と仕事がサクサク終わった。こうなると後はお客さんを待ちつつまりなさんと雑談するぐらいしかやることが無い。
「レン君もここの仕事が板についてきたね。新人君って呼んでた時が懐かしいよ」
「といっても働いて1年とかですよ?俺」
「でも助かってるのは本当だよ?男手って貴重だし」
「まぁ、確かに。男少ないですもんね。この街」
仕事中とは思えないほど普通に雑談しているが、お客さんが少ないとこんなものだ。
「あ、外から歩いてくるあの子。お客さんじゃない?」
「本当だ。あれはイヴですね。」
「だね。対応は私がやるから、3番の鍵の用意お願い」
「了解」
そうしてると、イヴが扉を開けて入ってくる。
足取りが重いような気がするが、疲れているのだろうか?自主練だったらあまり無理をしないで欲しいが・・・
「あ、イヴちゃん。いらっしゃい。今日も自主練?頑張るね」
「はい・・・」
「3番スタジオ空いてるから、レン君から鍵もらってね」
「はい。ありがとうございます・・・。それでは・・・」
そのままイヴはお通夜のように落ち込んだテンションで鍵を受け取って歩き去っていった。
そのすぐ後にまりなさんを見るとこちらを見て無言で頷いてきた。どうやら考えていることは同じらしい。俺はそのまま頷き返して、まりなさんと共にイヴの後を追った。
・・・さすがにあんな状態のイヴを放ってはおけない。
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「ねぇイヴちゃん。大丈夫なの?顔色悪いよ?」
「!・・・大丈夫です。本当に大丈夫ですから」
「大丈夫なわけないよ!せめて話だけでも———」
追い付いてまりなさんが声をかけるが、イヴは碌な反応を返さない。そしてまりなさんがイヴの肩を掴もうとした瞬間
「近づかないで下さい!今だけは本当にダメなんです!」
イヴの悲痛な叫びが響いた。
「近づくなって・・・おいイヴ、まりなさんにそんな言い方、」
「私だってこんなこと言いたくありません!!マリナさんもレンさんも大好きなのに・・・うぅっ・・・」
そう言ってイヴはその場にうずくまった。「取り敢えず訳を話してもらおう」というまりなさんの案のもと、俺たちはラウンジの長椅子に移動したのだった。
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自販機で飲み物を買いつつ、3人で長椅子に並んで腰掛ける。俺とまりなさんでイヴを挟むような並びだ。
まりなさんとイヴの分の飲み物を渡していると、イヴは訳を話し始めた。
「実は先日、チサトさんに1週間のハグ禁止令を出されてしまったんです・・・」
「なるほど・・・・・・・・・なるほど?」
「あの日はチサトさんへのハグ欲が特に強くて、休憩時間ができるとすぐにハグをしに行っていました。最初は「暑い」と言いつつも受け入れてくれたのですが・・・」
「ハグ欲・・・うん。それで、千聖さんに怒られたと」
「はい。「誰にでもハグをし過ぎだ。これから芸能界でやっていくためにも、もう少し日本人としての距離感を覚えてもらわないと困る」と」
「そうか。でも、千聖さんは理不尽に怒りをぶつけたりするような人じゃないからな・・・。お前、どんだけ抱き着いたんだよ?」
「26回です」
「リアルな数字だなおい」
「あんまり言いたくないけどさ。千聖ちゃん、割と我慢した方じゃない?」
「確かにあの日はやり過ぎたかもしれません。でも、本当に千聖さんが大好きな気持ちが抑えられなくて・・・」
「あまりにも悪気が無いもんだから怒るに怒れなかったんだろうな。今まで。」
「全部私が悪いのは分かってます。でもあそこまでするのは本当に大好きな人にだけです。誰にでもするわけじゃありません・・・」
「お前が千聖さんラブなのは十分わかったよ。誰が悪いとかじゃないってこともな」
「でも、しばらく誰ともハグしてなかったせいで、少し近づかれただけでその人に抱き着いてしまいたくなるんです・・・」
「ああ、さっき「近づくな」って言ったのはそれが理由か」
別にイヴだって四六時中誰かにくっついてる訳じゃない。・・・いや、結構くっついてることが多いが、基本的にはただの元気で明るい女の子だ。誰にもハグをせずに1日を終えたことぐらいはあるだろう。
イヴがここまで取り乱しているのは、多分戸惑っているのだ。ハグにはストレスを低減し、安心感を得られる効果がある。いつも問題なく得られていた安心感が消えて、不安になったりネガティブな感情が出ているのだろう。
さらに、ハグを『してはいけない』という強迫観念めいたものがプレッシャーになっているのだ。千聖さんに対して悪いことをした後ろめたさも相まってイヴを追い詰めているのかもしれない。
「ねえイヴちゃん。取り敢えず、ギターでも抱いてみる?人じゃないならいいでしょ?」
「・・・はい」
「レン君」
「わかりました。レンタルのやつ持ってきますね」
そして、CiRCLEで貸し出されているもので一番抱き心地がよさそうなギターを選んでイヴに持っていった
・・・なんだよ抱き心地がよさそうなギターって
「イヴちゃん、どうかな?」
「すいません。やっぱり人の温もりじゃないとダメです」
「そっか・・・」
「うぅ、チサトさん・・・アヤさん・・・ヒナさん・・・マヤさん・・・」
こうしてる間に、イヴは今にも泣きそうな顔になっている。預かったギターを戻しながら、俺はイヴを元気づける方法を考える。
でも、人の温もりか・・・あ、そうだ。ハグでさえなければいいのか。それで尚且つイヴがハグ欲に負けてもハグが出来ない状況さえ作れば・・・。
よし、まりなさんにチャットするか☆
「あれ、チャット?ああ、ふむふむ。なるほどね。」
「ただいま戻りましたよっと」
「お帰り、チャットなら読んだよ」
「そりゃよかった。話が早くて助かりますよ」
「・・・レンさん?」
「イヴ。ちょっと目を閉じてて欲しいんだ。10秒でいい」
「目を、ですか?はい。10秒ですね」
イヴが目を閉じ切ったことを確認して、まりなさんとアイコンタクトをとる。あとはタイミングを合わせるだけだ。・・・せーのっ!
「えいっ」
「てりゃ」
「ほわっ!?な、何を?」
俺たちがしたことは簡単、二人で片方ずつイヴの手を握っただけだ。ただ、仲のいい人間との接触をずっと避けていたイヴはこれだけで照れているようだが。
「ダメです!こんなことをされたら私のハグ欲が・・・!」
「ふーん?じゃあやってみたら?腕は両方私たちが抑えてるよ?」
「あっ・・・」
「寧ろこの状態ならもっと近づけるよね?」
「お二人とも・・・いいんですか?」
「問答無用!レン君、3人でおしくらまんじゅうだよ。」
「了解!」
「ひゃーっ!!」
イヴの嬉しそうな悲鳴と共にしばらく3人でイチャつきまくった。
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「なんか久しぶりにはしゃいじゃったなあ。イヴちゃん。満足した?」
「はい!日本の伝統おしくらまんじゅう、楽しかったです」
「そうだな。おしくらまんじゅうに関しては、今度ちゃんとしたルールの遊び方を教えよう」
お客さんがいないことをいいことに俺たち3人は普通にはしゃぎ、満足感に満たされた疲労を味わっていた。
ただイヴの手を上からそっと握るだけだった俺とまりなさんの手も、いつの間にかイヴと恋人つなぎをしている。どうやら彼女を元気づけることには成功したようだ。
「そうだ。せっかくだし、この状態で写真撮ろうよ。」
「いいですね!ほらレンさん、もっとこっちへ寄ってください!」
「さっきまで近づくなって言ってたくせに・・・」
「ほら二人とも、撮るよー?」
「「はーい」」
そうして俺たちの思い出の1枚は、まりなさんの携帯に収まるのだった。
「これでよし、後で二人にも送るね。あ、千聖ちゃん達パスパレのメンバーにも送っておいた方がいいかな?」
「ですね。画像送った後に『若宮イヴはCiRCLEが頂いた!』って送りましょう」
「レンさん!?そんなことをしたらチサトさんたちが心配してしまいますよ?」
「じゃあ、レン君の案採用で」
「マリナさん!?」
「いっそのことイヴちゃんを本当に頂いちゃうのもアリかな?」
「あ、いいですねそれ。一発で看板娘ですよ」
「レンさん!?早く逃げないと・・・手が、2つとも封じられてます・・・!」
「じゃあイヴちゃん。ちょっと事務所でイイコトしようか?なに、簡単な作業だよ」
「そうそう。ちょーっとサインとかしてもらうだけでいいからなぁ?」
「お、お二人とも、どうか正気を!!チ、チサトさーん!!助けて下さーい!!!!」
結局イヴを看板娘にすることはできなかったが、この日をきっかけに俺とまりなさんは少しだけ、今までよりもイヴと仲良くなった。
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感想、一言でも書いてくれたら嬉しいです。待ってます。
ハグは保有ストレスの約30%を解消することが出来るらしいですね。
まぁ、イヴちゃんとハグできたら30%じゃ済まないと思いますが。