渚ニテ、綾ナス波。   作:hekusokazura

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7.ニート街へ行く。  

 

 

 

「はい、これが先週の売上分」

「ありがとう」

「最近、あんたが持ち込んでくる野菜、評判がいいよ? 痛みが無くって形も揃ってるって」

「そうなんだ。それは嬉しいな」

「なんだったら「私たちが作りました」って写真、売り場に載せてみちゃどうだい?」

「ははっ。そこまで自信過剰にはなれないよ」

「謙虚だね。若いコが作った野菜って分かったら、この辺のお爺ちゃんお婆ちゃん、孫にお小遣いやるつもりで、どんどん買ってくれると思うけど」

「遠慮しとくよ。僕たちまだまだ奥深い農芸の世界に足を踏み入れたばかりだからね」

「そうかい。で、あれが噂の眠り姫ちゃんかい?」

「うん」

「ようやくお山の上から降りて来たんだね」

「最近、僕が持ち込む野菜が評判いいのはたぶん彼女のおかげだよ」

「へー百姓やってるコには見えないけどね~」

「特別手際がいいって訳ではないんだけどさ。一つ一つの作業が丁寧なんだよ、彼女」

「あのコが丁寧っていうか、あんたが不器用すぎるだけじゃないのかい? 最初の頃は、あんたが持ち込んでくる野菜はそりゃ酷いものばっかりだったからねえ」

「それについては何も言い返せないな~」

「あんたがあそこで一人で百姓始めた時は、こりゃ3日で根を上げるだろうなって思ってたんだけどね」

「おばさんたちが色々世話してくれたおかげだよ」

「感心感心。あんたもそんな殊勝なこと言えるようになったんだね。あんたも前は1月に1回でも顔出してくれたら良い方だったけど、最近じゃしょっちゅう元気な顔見せてくれるし、おばさん嬉しいよ」

「はぁ…」

「ってことはあれかい? もしかしたらこれからデートかい?」

「ちょっと街まで繰り出そうと思って」

「そりゃ楽しみだね~」

「それで、おばさん。お願いしたいことがあるんだ」

「なんだい?」

「女の子とデートに行くんだ。やっぱり先立つものがないと…ね」

「おや。ようやく「あのお金」を使う気になってくれたかい?」

「お願いできるかな?」

「いいよいいよ。勿論だよ。うちの旦那も喜ぶよ。うちの旦那、最後まであんたが「あのお金」を使ってくれないって、心配してからね」

「そうだった…ね…」

「じゃあ待ってな。今持ってくるから」

 

 

 原付バイクのタンデムシートにちょこんと跨った少女。少女の視線の先には、一件の農家の玄関先で、少年が白髪頭のご婦人と話しをしている。少年は婦人から何かを受け取ると、頭を下げ、こちらに走ってきた。

「お待たせ」

 ヘルメットを被り、バイクに跨った少年は、足で蹴ってスタンドを畳むと、鍵を捻ってエンジンをスタートさせ、スロットルグリップを捻った。

 トットットと、小気味よい音を立てながら走り始めるバイク。少女は細い両腕を、少年の胴へと回す。

 

 

 2人を乗せて田舎道を走るバイク。

 道の両脇には、青々とした田園風景。時折山の方から風が吹き、稲の葉が生い茂った田んぼの表面に風の波紋を広げていく。

 年季もののバイクは法定速度の半分も出してくれない。少女と同じ名前の鳥が、2人が乗るバイクを次々と追い越していく有様である。

 それでもバイクを駆る少年は、今の2人にとってはこの程度のスピード感がちょうど良いと感じている。

 ゆっくり行けばいい。ゆっくりと。進んでいけば、目的にはいずれ辿り着くのだから。

 体を包み込む爽やかな風と、背中に感じる少女の温もりを感じながら、少年はバイクをトコトコと走らせた。

 

 

 

 2人が跨るバイクは、郊外の大型スーパーマーケットやホームセンターなどが集まる商業施設へと辿り着く。バイクを駐輪場に停め、施設の中へと入った。

 少女は隣を歩く少年の顔を、「どこに行くの?」と見上げる。

「ツバメちゃんの社会復帰支援第1段。まずは服をどうにかしないとね」

 少年は隣を歩く少女の、頭から足もとまでを見る。

 少年が少女のために買った、農作業用のつなぎ服。少女が所持する服は、この作業着と寝巻用のジャージ、そして学校の制服の3点のみだった。ファミリー層向けの商業施設のため、取り立ててお洒落をして行くような場所ではないが、それでも少女のこの出で立ちは目立ってしまう。

 2人の足は「フ○ッションセンター・し○むら」の入り口へと入っていった。

 

 

「これとこれなんて、どうだい?」

 案の定、少女はファッションになってこれっぽっちも興味がないらしい。陳列された様々な服を、ぼんやりと眺めて突っ立ってるだけの少女に、少年は適当に見繕った服を手渡してやる。

 手渡された服を、ぼんやりと見つめている少女。少年に「どうしたらいい?」と視線を向ける。

「ほら、あそこの試着室で試着してみたら?」

「試着?」

「うん。自分の容姿やサイズに合うかどうか、試しに着てみるといいよ」

「そう…」

 少女は少年に促されるがまま、試着室へと入っていく。

 

 

 適当に店内を回っていたら。

「お、お客様…!」

 どこからか店員の悲鳴のような声が聴こえてきた。

 平日の昼下がりで店内の客は疎ら。店員さんを驚かせてしまう要素など、少年の頭には一つしか思い浮かばない。慌てて、試着室へと向かう。

 案の定、試着室から出て売り場をうろうろとしている少女。その隣で、あたふたしている女性店員さん。女の子が下着姿で店内をうろついていたら、そりゃあたふたもしてしまう。

「お客様…、ちょっとお客様…」

 店員は他の客に配慮して小声で少女に話しかけるが、少女は店員にはまるで取り合わず、すたすたと歩いている。

「加地くん…」

 少年の姿を認め、ようやく足を止めた。手に持った服を少年に差し出す。

「これ…、私には大きすぎるみたい…」

「そうかい。じゃあもうワンサイス小さいものを持ってこよう。あ、ごめんさい。すぐに試着室に連れていきますから」

 唖然としている店員を残し、少女の背中を押して試着室へと向かう。

 

 

 カーテン越しに聴こえる衣擦れの音に耳を傾けながら、少年は試着室の前を塞いでいる。

「ねえ、ツバメちゃん」

「なに…」

 カーテン越しに、少女の声。

「ダメだよ。さっきのようなことは」

「さっきのようなことって?」

「服を脱いだまま人前に出てしまうことさ」

「いつもしていることだわ」

「うん、そうなんだけどね」

 

 あの小屋の生活では、少女は少年の前でも恥じらいなく平気で服を着替えている。最初のうちは、人前で裸になろうとする少女に注意したり自室の納戸に押し込んだりしていたが、面倒になってしまった近頃では、少年の前で少女が裸になったり下着姿になったりするのも、すっかり日常の風景となってしまっていた。

 

「人前で、裸になってはいけないの?」

「それがこの世界における標準的なモラルみたいだね」

「モラルってなに?」

「人類が培ってきた道徳観や倫理観によって構築される、普遍的な価値観のことだよ」

「そう…。人前で、裸になってはいけないのね…」

「うん。あとさっきの店員さんに対しての態度」

「態度?」

「そう。店員さん、心配してツバメちゃんに声かけてくれたんだから。ちゃんと返事してあげないと」

「ごめんなさい…」

「別に僕に謝る必要はないさ。ま、ゆっくり慣れていこう」

「うん…」

 少年の背後で、カーテンが開く音がした。

 

 

 未だに心臓が落ち着かないフロアマネージャー。彼女の視線の先には、彼女の寿命を3日ほど縮めてしまった女の子が入った試着室と、女の子の連れの男の子が立っている。男の子はともかく、女の子のあの非常識さといったらどうだ。年頃の女の子を下着姿で歩かせてると変な噂でも立ったら、店の信用問題に関わってしまう。フロアマネージャーの裁量で、出禁にでもしてしまおうか。

 そう思いながら試着室を睨んでいたフロアマネージャー。カーテンが開き、そこから現れた女の子の姿を見て、そんな気持ちは何処かに吹っ飛んでしまった。

 

 

「このサイズならちょうどいいわ。…どうしたの?」

 こちらを見つめたまま、口を半開きにしてぽかんと立ってっている少年。ついでに売り場の奥に立つ店員さんも、こちらを見つめてぽかんと突っ立ている。少女はくてんと首を傾げた。

「加地くん…?」

「あ、いや。うん。どうだい? 着た感じは?」

「うん。ゆったりしてて、いい」

「そう」

「これならお昼寝しても邪魔にならない」

「ふふっ。君の服の良し悪しの判断基準はそこなんだね」

「他に何か基準となるようなものがあるの?」

「例えばほら、その鏡見て、何か思わないかな」

 試着室の姿見に映る自分の姿を見る少女。

 5秒ほど自分の姿を見つめて、そして少年を見る。

「別に…」

「似合ってるとか、似合ってないとか」

「よく分からない…。加地くんはどう思うの…?」

 急に感想を振られ、少年は少しだけ意表を突かれた顔をしたが、訊ねられる前から抱いていた感想をそのまま口にすることにした。

「うん。とても似合ってる。可愛いよ、ツバメちゃん」

「そう…」

 少女は顔を俯かせ、少しだけ頬を赤らめる。

 

「あ、すみません」

「は、はいはい」

 少年に声を掛けられ、少女の姿に見とれていた店員さんは慌てて試着室前まで駆け寄る。

「これ着て帰りますから、タグを外してもらうことはできますか?」

「あ、はい。もちろんです」

 店員さんはウェストポーチからハサミを取り出すと、少女の背後に回り、シャツの襟元にある商品タグを切り取る。

「ツバメちゃん」

 少年は少女の名前を呼びながら、目線で、床に膝をついて商品タグを切り取っている店員さんを指す。

 少女は少年の顔と、店員さんの横顔とを交互に見つめて。

「あの…」

「はい」

 少女に呼び掛けられた店員さんは、スカートの商品タグを切り取り終えると、すっくと立ち上がった。

「何ですか?」

 少女は店員さんの顔を見て、一度視線を床に落として、次に少年の顔を見て、そしてもう一度店員さんの顔を見て。

「さっきはごめんなさい…」

 少女が言う「さっき」とは何時のことだろう。咄嗟に思い浮かばず、しかし今、真新しい洋服に包まれた愛くるしい姿で立っている少女が、3分前にあられもない下着姿で店内をうろうろしていたことを思い出した店員さん。

「いえいえ。今度から気を付けて下されば結構ですよ」 

 笑顔で少女の謝罪を受け入れる店員さんの隣では、少年が「よくできました」とばかりに満足そうな笑みを浮かべている。

 

 

 * * * * *

 

 

 客で埋まる店内。

 少年は窓際の2人掛けの席に座り、窓ガラスから見える街並みの様子を眺めている。

 暫くして、注文待ちの客の列が並ぶカウンターから、プレートを持った少女が現れた。

「はい、加地くん」

 少女はプレートに乗った2つの器のうち、淹れ立てのホットコーヒーが入った紙コップを少年の前に置く。

「ありがとう」

 少年の向いの席に座る少女。少女がテーブルに置いたプレートに乗っているものを見て、少年は目を丸くする。

「それは…、なんだい?」

「ショートソイ抹茶クリームフラペチーノライトシロップウィズチョコレートチップエクストラパウダー」

「ショートソイ…え? 何だって?」

「ショートソイ抹茶クリームフラペチーノライトシロップウィズチョコレートチップエクストラパウダー」

「…それは一体どんな悪魔を召喚しようとしているのかな?」

「ただの注文…」

 そう言いながら、少女は透明の容器に入った茶色の液体に大量の白い泡状のものが乗った何かを、ストローでチューチュー吸い始める。

 

 ストローの中を液体が通過し、少女の口の中へと入っていく。少女の目が少しだけ細まり、少女の眉尻が少しだけ下がり、少女の口角が少しだけ上がる。それは他人が見れば気付くことさえできない、ほんの僅かな表情の変化。

 

「美味しい?」

 そんな少女の顔を、頬杖を付きながら眺める少年。少女はストローから口を離さず、うんうんと頷いている。

 容器の4分の1を喉の奥に注ぎ込んで、少女はようやくストローから口を離した。少年の手の中にある、コーヒーが入った紙コップを見つめる。

「加地くん、たまにはホットコーヒー以外、頼めばいい…」

「いや…、僕はこれで十分だよ…」

 そう言いながら、少年はカップを口に付ける。膝が、心なしか震えている。

 

 世界規模の有名コーヒーチェーン店がこの街に出店したのが1月前。開店2日目にたまたま街に訪れていた2人。店の前にできた行列に興味を持った少年は、これも社会勉強とばかりに面倒くさがる少女の手を強引に引っ張って行列に並んだのだが、いざ注文カウンターに辿り着いたところで目の前に出されたメニュー表に並ぶ意味不明なカタカナの羅列に目を回してしまった。

 

「あんなの…、人が用いていい言語じゃない…。悪魔の所業だ…」

 

 目の前の店員さんと後ろに並ぶ客たちから掛けられる当時のプレッシャーを思い出したのか、少年は顔を青くしている。以後、街に繰り出す度にこのコーヒー店に寄っている2人だが、少年はいずれもただのホットコーヒーしか頼めないでいる。

 一方の少女は伝家の宝刀、「おすすめをお願いします」で初めての注文を乗り切る。その時出されたキャラメルマキアートの味をいたく気に入った少女。以来、来店する毎に様々な注文を試し、今ではカスタマイズメニューを縦横無尽に駆使するまでに至っている。

 

 

「もう僕がツバメちゃんに教えられることは何もないよ…」

 手塩にかけて育てた愛弟子の成長に感動しているかのように呟く少年。

「加地くんも、結構、世間知らず…」

 弟子の鋭い指摘に、少年は苦笑いするしかない。

「まあ僕も普段は殆ど山の上での生活だからね。そりゃ世間知らずにもなるよ」

 そう言いながら、相変わらずストローをちゅーちゅーと幸せそうに吸っている少女を見つめる。

 

 

 1月前に量販店で買った服。淡いクリーム色のプルオーバーシャツに浅葱色のロングスカート、歩き易さを優先させたコンフォートサンダル。すべて同じ店で揃えたものだが、さすがは庶民の味方「ファ〇ションセンターし〇むら」。一式を購入しても、お会計は梅子ちゃん1枚で十分事足りた。シンプルなハーフアップで纏めらた後ろ髪は、出かける前に少年が整えてやったものだ。

 若人が集う店内にあって、何の違和感もない姿。周囲の客たちはこの少女が、つい5か月前に着の身着のままで山の上の農園にふらっと現れ、今でも少年と2人切り、山の上の農園でほぼ自給自足の生活を送っているとは夢にも思わないだろう。

 

 

 頬杖を付きながらぼんやりと見つめていたら、少女がきょとんとした表情で少年を見つめ返してきた。

 幸せそうな表情を見ているのもいいが、このきょとんとした、いかにも世間ずれしていない無垢な少女の表情も可愛らしいと思ってしまう少年。「なに?」と問うてくる少女の視線を無視し、にこにこしながら少女の顔を見つめ続ける。

 すると少女は咥えていたストローから口を離し、容器を少年の方へと差し出してきた。どうやら少年が、少女の飲み物をねだっていると勘違いしたらしい。

 少年は少し身を乗り出すと、遠慮なく少女が持つ容器のストローを咥え、ずずずずっと、容器の中身を一気に吸引し始めた。

 唖然とする少女。

「うわ、甘ったるぅ」

 ストローから口を離した途端、呻き始めた少年の一方で、少女は中身が3分の1になってしまった容器を悲しそうに見つめる。そして口の中を中和させようとホットコーヒーを啜っている少年を恨めし気に見つめつつ、再びストローを咥え、ちゅーちゅーと中身を吸い始めた。

 

 

 ちなみに少女の服をコーディネートしてやった少年自身も、実は殆ど私服らしい私服を持っていなかった。少女の服を買いに行った日も、少年は少女と同じ作業着、ある意味ペアルックで商業施設に訪れていた。せっかく少女が年相応の可憐な服に身を包んだのだからと、少年自身も紺のテーラードジャケットと黒のクロップドパンツを同じ店で購入。さすがは庶民の味方「ファッショ〇センターしまむ〇」。上下一式購入でも梅子ちゃん一枚でお釣りがきたが、靴まで買う余裕はなく、足もとは農作業用の作業靴のままであることが残念である。

 

 少女の顔から目を離し、店内に目をやると、奥の席に座っている10代後半くらいと思しき女の子3人組と目があった。どうやらずっと少年のことを見ていたらしい女の子たちは、少年と目が合うときゃっきゃと小さな歓声を上げてはしゃいでいる。

 少年が作業着ではなくまともな私服で街に繰り出すようになってからというもの、若い女の子たちから視線を集めたり声を掛けられたりすることが増えた。

 普段なら無視したり軽くあしらったりしてやり過ごす少年。

 目の前で、呑気にストローをちゅーちゅー吸っている少女を見て、ちょっとばかし悪戯心が芽生えた少年は、女の子3人組に対して笑顔で軽く手を振ってみた。

 少女は少年が急に何処かに向けて手を振っているのを見て、少年が手を振る方に視線を向けてみる。

 女の子3人組が、きゃっきゃと歓声を上げてはしゃいでいる。

 少女は正面に向き直る。

 そして引き続きちゅーちゅーストローを吸っている。

 自分が他の女の子に向かって愛想を振りまいたことに、少女から何かしらの反応があるのではないかと期待していた少年。

 何の反応も示さない少女に、がっかりしてしまう少年である。

 

 一方で、少年の前に座る少女。

 少女自身も、店内のあちこちから視線を集めていることを、少女自身はまるで気付いていない。今も変わらず、残り少なくなってしまった容器の中身を、ずずずと言わせながらストローでちゅーちゅーと吸い続けている。

 無防備な少女に変わって、少女に視線を投げかけている野郎連中に向かって、まるで狼からか弱い子羊を守る番犬の如く睨みを効かせる少年である。

 

 

 

「ねえツバメちゃん」

 少女はストローを咥えたまま少年を見る。

「提案なんだけど、聞いてくれるかな?」

 少女は頷く。

「君もだいぶ世間に馴染んできたことだし、どうだろう。社会勉強の集大成として、旅行にでも行ってみないかい?」

 少女はストローを咥えたまま、驚いたように目をぱっちり開ける。

「もう少ししたら農繁期に入って身動きとれなくなってしまうから。その前に1泊2日くらいでさ」

 少女は口からストローを離し、空になった容器をプレートの上に置く。

「どうだろう?」

 少女は目を伏せ、テーブルの木目を見つめている。

 

 きっと少女はこの提案を断るだろう。少年はそう予想していた。

 山の上から街まで引きずり出すのに3か月も掛かったのだ。この街のさらに外にまで引っ張り出すためには、更なる時間を要したとしても不思議ではない。

 また根気よく説得していこう。今日はその1日目だ。

 

 そう少年は思っていたのだが、少女から返ってきたのは意外な答えだった。

「うん…、行く…」

「え? いいの?」

 目の前の少女が小さくこくりと頷いたのを見て、思わず前のめりになってしまう少年である。

「加地くんとの旅行…、楽しみ…」

 そう微笑む少女に、テーブルの下で密かにガッツポーズする少年である。

「どこか行きたいところ、ある?」

 少女は「分からない」と首を傾げる。

「どこがいいだろうね。やっぱりこの季節だし海がいいかな。山も涼しくていいかもね。ああ、それとも…、ツバメちゃん?」

 少年が楽しそうに頭の中で旅行の案をあれこれ練っていたところ、向いに座る少女は少年から視線を外し、遠くの方をぼんやりと見つめていた。

 

 少年は少女の視線を追う。視線の先には店内の中央に置かれた公衆テレビ。

 

 テレビ画面に映し出されているのは、どこかの田舎。山間の風景。

 スピーカーからは、落ち着いた女性の声が聴こえる。

 

 

『ここ、○○県××市△△地区はかつてサードインパクトを生き延びた人々が作り上げた小さな集落でした。今ではご覧の通り廃村となっていますが、この村の出身者たちが復興の象徴としてこの村を語り継ごうと出資し合い、旧診療所を利用した資料館が完成し、この度関係者を集めたセレモニーが行われました。一般公開は○月△日からで…』

 

 

「ふーん。復興村か。アディショナルインパクトの前は、この国のあちこちにあったようだね」

 テレビは次の話題に移ったため、少年は正面に向き直る。

 少女が、じっと少年の顔を見つめていた。

 

「加地くん…」

 

「なんだい?」

 

「私、あそこに行ってみたい…」

 

 

 

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