《竜》の満ちる世界   作:UNKNOWNと戦いたい

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10―竜王国

 合同会議―――その通達を受け、数日後。

 

「………なにもありませんね」

 

 リ・エスティーゼ王国南東………その先に広がる砂漠を、ナーベラル・ガンマがそう評する。

 

(これが、覇種とやらの爪痕か………)

 

 山々も微かな原型を残すのみで、大地は殆ど砂漠化している。

 その惨状に言葉を喪っていると、鎧の音が隣から聞こえる。

 

「初めまして、かな」

 

 白金の鎧を纏う存在に、今回は荒事になるまい、と連れ出したユリ、ナーベラルが身構える。

 

「よせ」

 

 それを手で制し、モモンガはその眼光を鎧へと向ける。

 

「初めまして、だな。私はモモンガという者だが」

「ツァインドルクス=ヴァイシオン。キーノから聞いているかな?アーグランドの竜王だ」

 

 覚えの無い名に首を傾げれば、ヴァイシオンを名乗った鎧はああ、と苦笑の気配を零す。

 

「すまない、王国ではイビルアイと名乗っていたね」

「ああ、彼女か………というコトは、貴方がプレイヤーを知っている?」

「ああ………と、来たみたいだね」

「来た、って………ぇ?」

 

 唖然となるモモンガの視線の先には、遠目にも判る超巨大な影。

 

「も、モモンガ様………!」

「ああ、心配しないで大丈夫だよ。あれは―――この国の、首都だ」

 

 ユグドラシルにも確かにあった、しかし決定的に違うモノ―――巨大な船舶だ。

 

 そう、巨大なのだ。シェンガオレンなど、比では無い程に。

 

「で、デカ………」

「この砂漠地帯で、ああした形で不定期に移動しているんだ。砂地は他に比べ、モンスターの活動域が地中にも及びやすいからね。他に比べ枯れている分、モンスターが強く育ち難い、強力なモンスターが居着くには旨味に欠けるとか要因は様々あるのだけど、それでも脅威はいる」

 

 どんどん巨大になる船は、リアルでも見る機会が皆無のタンカーとは大きく異なるとわかる。

 縦ではなく横に大きく作られたそれは、よくよく見れば一隻ではなく、無数の船の連なりにより大都市を形成していると判る。大型船舶の上に建築された建築物の群れが多数集まる事により、一つの大型都市となっているのだ。

 

「それらから安定して逃れた上で、定住基盤を作るのも難しいこの地に適応してみせた訳だ」

「成程………それで船か」

「らしいね。幸い、技術自体はかなり発展していたらしい」

 

 そう話している間に、超大型船は無事接岸。改めてその威容に目を奪われていると、都市の一つから地上へと続く橋がかけられ、同時にビーストマンの衛兵が次々現れる。二人が警戒を示す中、ツアーは悠然と進み、懐から今回の合同会議の通達書、及び正式に招待された事を示す招待状を提示。モモンガもそれに倣えば、彼らも直ぐに姿勢を正す。

 

「確認いたしました。ようこそ、竜王国へ」

「入ってすぐが、商業区画となります。会議場、及び宿を用意した行政区画は中央となります」

「わかっているよ。と、君は初めてだったね。案内はいるかい?」

 

 そう振り返れば、モモンガは暫し黙考。

 

「いや、折角の申し出で悪いが、自分の足で散策してみるとしよう」

「そうか。じゃあ、気を付けて」

 

 と、ツァインドルクスはそのまま一人乗り込む。二人が不満を示す中、モモンガは欠片も気にすることなく巨大都市船へと乗り込み、商業区画と呼ばれた賑わいの街へと踏み入る。人間とビーストマンで賑わう街中では、枯れた土地の国とは思えない活気に溢れた声が響いている。少しばかり驚いていると、見覚えのある人影に気付く。

 

「む、イビルアイか」

「その声は………モモンガか。随分と早い到着だな」

 

 何時の間にやら、互いに呼び捨てするようになっていた人物。現地の吸血鬼(ヴァンパイア)がこちらに気付き、何かしら買い込んだと思しき袋を片手に駆けてくる。意外に思っていると、背後から殺気。恐らく、呼び捨てが気に食わないのだろう。とはいえ、どちらも気にした様子は無い。

 

「ああ。竜王国がどういうものか、気になってな。しかし、随分と活気があるようだが」

「この国がどういうものか、わかるだろう?」

 

 足元を軽く示してから、イビルアイは露天に並ぶ品々を指さす。

 

「お陰で、製造業が発展していてな。輸出も相応にあるが、こちらの方が安く買える」

「ふむふむ」

「加えて、今年は霊山だそうでな。いつも、霊山が来るときはこの活気だ」

 

 ここで、知識にある単語ながら、聞くとは思っていなかった単語が飛び出す。

 

「霊山?」

「ああ。『霊山龍』と呼ばれる、ジエン・モーランの亜種が来るんだ。見た目も美麗だし、収穫物も希少価値が高い。背中から採取される鉱石類は誰一人として加工できていないが、単純な美術的価値だけで鑑賞用に高い値が付くし、霊水晶に至っては質が悪い方が売れる始末だ」

「質が悪い方が?」

「というのも、美し過ぎてな。質が良すぎると、却って値をつけるのが躊躇われるんだ」

 

 未知への好奇心、そしてコレクターの血を全力で騒がせる情報に、モモンガの心が躍る。

 

「それはまた………私も参加したいものだな」

 

 背後の二人がぎょっとした顔になるが、二人は気付かず話を続ける。

 

「まあ、討伐ではなく採取が目的だからな………というか、アレを討伐とか無理だし」

「そんなにか」

「シェンガオレンより格段にデカい、砂海を泳ぐ龍だぞ?」

「無理だな、うん」

 

 シェンガオレンですらあれだったのだ、出来る訳がない。

 

 モモンガは即座にその結論を出し、全力で頷いた。人間であったなら、冷や汗だらだらだったであろう。あそこまで全力を出した上、こちらが有利な場所に誘い込んで尚あそこまで苦戦したというのに、相手のフィールドで戦うなど到底勝てる訳が無いだろう。第一、アレより巨大などと想像もしたくない。

 そして、シェンガオレンと守護者の死闘を聞き及んでいたユリ、ナーベラルともに顔面蒼白だ。

 

「というか、よくそんなの相手にできるな………」

「戦いはしないさ。そもそも、奴はこちらから手を出さなければ無害だ」

 

 そう笑い、イビルアイは転移魔法でその場を後にする。《飛行(フライ)》の魔法も使える彼女は、この移動都市をある程度自由に行き来することが出来る為、転移魔法と併せて気軽に往復ができる。そして、接岸したことで位置も決まり、今なら仲間たちを連れて来れる、と一度戻ったのだ。

 

「しかし、霊水晶か………一度、見てみたいものだな」

 

 美し過ぎて、値段をつけることが躊躇われる逸品。見たいに決まっている。

 

「それなら、後日幾らでも見せてやるから。今はこの国を満喫していってくれ」

「うぉわっ?!」

 

 驚き飛び上がりかけるモモンガが振り返れば、ラフな格好ながら高貴さを感じさせる女性が一人佇んでいる。ユリ、ナーベラルが全力で攻撃せんと身構えるが、モモンガは慌ててそれを制止。冷や汗の錯覚を拭いたくなるのを堪え、その女性と目を合わせる。七彩にも見える虹彩を持つ独特な彼女からは、僅かながら人間と異なる気配が感じられる。

 

「ええと、どちら様で?」

「あー、今はお忍びでな。下手に名乗れんのだ」

 

 カラッと笑えば、ユリとナーベラルは『なんだこいつ』と別の意味で警戒。

 

「それと、祭に加わりたいなら構わんぞ。多少は差っ引くことになるが、霊山龍由来のモンの希少価値を考えれば本当に微々たるもので済むし、我が国としても人手が多いに越したことは無いからな。ただでさえ食糧やら各種原料を輸入に頼りっきりなんだ、稼げるときにトコトン稼がねば後が辛くなってなぁ」

 

 実感の滲み出す言葉に、モモンガのみならず、背後の二人もその正体を察する。

 

「………まさかとは思うが」

「言うなよ?いや本当に」

 

 お忍びの竜王国女王、ドラウディロン=オーリウクルスが懇願が入ったトーンで静かに告げたかと思えば、綺麗に思考を切り替えたようで、ちらちらと町中に視線を彷徨わせる。その先を追えば、次々と魅力を感じる店やその看板が目に入っていく。それこそ、王国の方で工面した外貨で足りるか不安になる程だ。

 

「ここいらはウチで一番賑わってる場所だからな。存分に楽しんで、金を落としてくれよ、客人」

「無論、魅力的なものがあるのなら、財は惜しまぬさ」

(惜しまないには、色々心許ないけどなぁ………!)

 

 余裕を以て応じるが、内心は涙目である。ユグドラシル時代のインフレ感覚とリアルの貧困層の感覚が絶妙に噛み合い、何とか金銭感覚は崩れていないが、そのせいで却って不安が激増。自身の性分が最大の敵となるのだ。

 

「それは有難いな………っと、宰相め、わざわざ精鋭を呼びおったな。では、また後程!」

 

 と、仕事の山をほっぽり出し、プレイヤーの確認に来た女王はその場から逃げ出す。

 

「………捕まえなくてよかったのですか?」

「まあ、色々教えて貰った礼だ。それで、お前たちはどうする?」

 

 モモンガが振り返れば、当然二人はだんまり。自分たちの望みを口にするなど、不敬とでも考えているのだろう。ここまで散々頭を悩ませてきた要素であるが、今回に限れば、対ナーベラルにいい切札が用意できていた。

 

「そう言えば、コキュートスには希望通り、新たな武器を与えたな」

 

 シェンガオレンの外殻を加工した刀………パンドラ曰く、潜在能力はもっと凄まじい筈なのに、それを引出す術がないと嘆いていた逸品。それでいて、ユグドラシル基準でも十分な純物理攻撃性能と、コキュートスに有難い防御ボーナスを併せ持つ優れた一振りを与えたことを告げれば、ナーベラルの顔色が変わる。

 なにせ、彼女の創造主である弐式炎雷と、コキュートスの創造主である武人建御雷は非常に仲が良かった。NPCの人間関係はギルドメンバーのそれに準じた面も少なくない為、彼女に対し彼の名を出せば、それなりの変化がみられる筈、と判断したのだろう。

 

「………いえ、ですがコキュートス様は、先の戦いで多大な戦果を挙げております」

(ああ!?そうじゃん、ナーベラルたちは戦えてないじゃん!)

 

 そして、ここで痛恨のミス。彼女たちプレアデスは、現地レベルの都合、マトモに外で活動させられていないのだ。リ・エスティーゼ近郊は特に強力な個体が多いというコトもあり、活動は専ら市街地での後方支援等に留まっているのだ。そして、欲を出すことを『報奨』と捉えられてしまえば、彼女たちは一層私心を殺してしまうだろう。

 

「………だが、お前たちは現地の者たちの手伝いもしていただろう?それへの報奨だ」

「いえ、あの程度では………」

「構わん。それに、コキュートスが求めた武具は最上級、お前たちはこの街で済む程度に留まる」

 

 そのグレード差が成果の度合いに対するモノである、と強引に繋げ、反応を窺う。

 

「………でしたら、その」

「構わん、言ってみろ」

 

 一瞬ユリを気遣うように視線を向けた彼女は、意を決して口を開く。

 

「コキュートス様が美味と仰っていた、レウスウイスキーなる美酒を味わってみたいです」

(アレか!あの高級品とか言ってた………こっちでなら安く済むか?)

 

 内心冷や汗をかくが、言い出したことを今更撤回も出来ない。

 

「では、探してみるとしよう。ユリはどうする?」

「私は………セバス様が聞いたという、現地の竜を従えるという者について、知りたく思います」

 

 ユリの願望は、モモンガをしても予想外だった物。

 

(こっちのモンスターってテイムできるのか!?てかセバス、教えてくれても………あいや、今後の動きが未定の状態で変な情報を貰ってたら、下手したら俺がやらかしてたかもしれないしなぁ)

 

 同時に、アウラがそれをできるのか、と思案するモモンガを、ユリは真剣な表情で見据える。

 彼女に、彼女たちプレアデスにしてみれば、強力な竜を従える事が叶えば、それだけでも主たちの役に立てるかもしれない、という一縷の望みでもあるのだ。『戦闘メイド』という役割で創造されながら、敵がより強大である、()()()()()()本来の役職を遂行できない現状は、それほどまでに辛く、苦しく、同時に恐ろしいものなのだ。

 

「では、そちらについても調べてみるとしよう」

「ありがとうございます!」

「御慈悲、誠に感謝いたします!」

 

 往来の只中で跪く二人に慌てながら、モモンガは彼女たちが見せた望みを叶えるべく、雑踏へと進んでいく。人間とビーストマンが混在する中、人間に対し警戒、或いは蔑視の色がまだ残る二人であるが、多少なりともナザリック外に出していたお陰か、そこまでではない。

 

 その一点に密かに安堵しながら、モモンガは未知の塊たる国の、最大の街へと意識を向けた。




★設定

・竜王国首都

複数の巨大砂上船の集合による大都市。緊急時には、個々がばらけて航行する。


・『霊山龍』ジエン・モーラン亜種

竜王国南東の大砂漠地帯を回遊する、超巨大古龍の一種。
他二種以上に希少価値が高く、その背に連なる『霊水晶』に至っては、低品質の方が有難がられる程。質が良いと、却って値段をつけて貰えないという贅沢な逸品。それ以外にも、他二種同様に未知の鉱物を得ることが出来、それらをドワーフ宛てに輸出するだけで数年分は稼げる。


・コキュートスの刀

剛種シェンガオレンの外殻を加工したもの。
ユグドラシル基準でも十分な性能を持つ逸品。
先があるのは判明しているが、そこに至る為のカギが詳細不明。


・レウスウイスキー

リオレウスの炎で燻した樽で作られた、竜王国名産の高級酒。

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