《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
疲れているのかな?ああ、ゴゴモアと戯れたい………ポカラに癒されたい………
行政区画―――竜王国最大の砂上船『七彩』に内包されたそこにある、要人向け宿泊施設。
「ふぅー………」
厳重な警備のそこで、モモンガは密かに安堵の息を吐いた。
(船もそうだけど、色々独自に走りまくってるなあ………いや、来てよかった)
竜王国の大部分である砂上移動都市船を支えるのは、発達したマジックアイテム製造技術。この国を支える重大産業の一つであるこれらの産物は、王国で一般流通するものと比べると大分趣が異なっている。この世界独自の発展は見てきたつもりだが、この地は群を抜いていた。
(この過酷さが成長の秘訣、なのか………いや、けどリアルはあれだったしなぁ)
一概に比べることが出来ないのは、百も承知だ。それでも、やはり羨ましく思えてしまう。
「モモンガ様?」
「ん?ああ、いや、なんでも無いさ」
脅威に溢れた世界に生きる者たちと、死に絶えた世界に生きた者。環境の違いは大きいと理解していても、やはりこちらの人々の方が好ましく思えてしまう。仲間たちも、彼らを見れば気に入っただろう、などと思案しながら、月明かりに照らされる街並みへと視線を移す。
行政区画ということで人影はまばらであるが、意外と物寂しさは感じない。
「さて、明日はソリュシャンとエントマが担当だが」
二人の纏う空気が変わる中、モモンガは続ける。
「お前たちには、自由を与える………と言いたいが、最低限守護者の護衛は付ける必要がある」
「承知しております」
ユリの返答に頷き、続ける。
「言い換えるなら、それ以外の制約は設けん。お前たちが思うがままに、未知を探索するといい」
休暇を根付かせたいという打算と、自分と異なる視点から新たな情報が得られる可能性がある、という打算の入り混じりに、気遣いの心を山盛り乗せたプラン。二人は思ったより乗り気の様子。というのも、この間に情報を得ることに加え、自分たちが戦線に貢献する手段を発見できるかもしれない、という期待が芽生えているからだ。
「畏まりました」
「うむ。護衛はユリにセバス、ナーベラルにコキュートスでいいか?」
「御心遣い、感謝致します」
二人の反応に一先ず安堵し、テーブルに並ぶ購入品の数々と、自身の財布を見比べる。
(………ペース配分、少しミスったか?)
王国より報奨、及び謝礼として提示された額が規格外過ぎて、尻込みの末、大分減らして貰ったモモンガだったが、それを今更になって少しばかり後悔する。とはいえ、剛種二匹という素材の宝庫を丸ごと引き取っていた事もあり、それを込で考えると過剰に思えてしまい、良心が咎めた。
「………頑張るかぁ」
二人に届かぬ独り言と共に、綺麗な月が浮かぶ空を見上げた。
*
純白の鎧と、貴人が通りを歩む。
「マジで?剛種を?」
「ああ。キーノから聞いた限りでも、錆びたクシャルダオラとシェンガオレンを倒している」
愕然とするドラウディロンを尻目に、ツァインドルクスは周囲の気配へと意識を割く。
「何より厄介なのは、
「全く未知、というと?」
「そのままの意味だよ。
その言葉に、ドラウディロンはその端麗な顔を強張らせる。
「『赤衣の』か………成程、それは恐ろしいな」
「民にのみ知られた、素性不明の男………そして、キミという
高い知覚能力を持つ竜王たちの認識をすり抜けた、何者か―――その出で立ちから『赤衣の』と称された存在は、文字通り正体不明の存在だ。ドラウディロン生誕前に竜王国へと現れ、彼女が『先祖返り』………『真なる竜王』、即ち始原の魔法を扱える存在と同等である、と予言し、この国の未来を祝福した存在だ。
そして、知られていないながら、八欲王の国にも現れ、破滅を予告した存在でもある。
「改めて口に出してみると、ほぼ確実に関連があると思えるね」
「というか、確実だろ、ソレ………古龍の動きへの警戒といい、やってらんねー!」
「あー、うん………本当に申し訳なく思うよ」
評議国のすぐ南に凍王龍、司銀龍が居を構えたのが、約400年前。
そして、冰龍の来襲は200年前………この時、何が起きたか。
「『
「ああ。キーノがああなる原因で………当のキュアイーリムは、滅尽龍に喰い殺されたそうだ」
凄惨な過去であることに違いは無い筈なのに、彼女にあの地獄以上の恐怖を植え付けた存在。真なる竜王を殺し、喰らうという異例の事態を契機に、各地に古龍やそれに並ぶ強者が移動、或いは定住を始めたのだ。グランセルの冰龍もそんな変化の一角であり、結果として司銀龍による評議国襲撃への抑止力となっているが、その縄張り意識の強さから、余計に手が付けられなくなったことに違いは無い。
「
「あー、ヤだヤだ。200年前の、500年前の再現は勘弁願うぞ、本気で」
口振りこそ軽いが、仄かに色が変わった目には、王としての格たる信念が宿る。
「………そう、だね」
その様子にツァインドルクスが言い知れぬ、それでいて覚えのある寒気を覚える中
「モモンガ様ぁ!このお肉、とっても美味しいですぅ!」
「え?これだけの物が市販品?え………え?」
無邪気に喜ぶ蟲のメイドと、戸惑うショゴスのメイドの声が響く。
「………探す手間が省けた、かな?」
「みたいだな。おーい!」
と、そこにフレンドリーに突っ込むドラウディロン。
「む?ああ、昨日の」
「今は普通にオフだし、気にしないでいいぞ。と、そちらのメイドはそうもいかんか」
竜王の中でも、特にプレイヤー由来の恩恵を受けた国の長だからこそ、と言うべきか。
若輩ということもあり、ドラウディロンからプレイヤーへの印象は悪くないどころか良好な部類であり、自身に向く敵意に関しても『仕方ないか』と笑って済ませていた。彼らが信用に足る、と判断したからこその好意的な振る舞いなのだろうが、少々フレンドリーが過ぎる気がしないでも無いか。
「ドラウディロン、先に挨拶するべきじゃないのかい?」
「む、それもそうか。すまんな、昨日顔を合わせてたもんで、すっかり頭から抜けてたわ」
ツアーが諫めれば、更なる警戒を呼び起こす。が、ドラウディロンは構わない。
「それで、ウチの国の肉はどうだ?」
笑顔での問いかけに毒気を抜かれた二人は、困惑気味に口を開く。
「とっても美味しいですけど………これ、高級品とかじゃないんですか?」
「露店でンなモン使える訳ねぇって。なあ、陛下」
狼を思わせるビーストマンが肩を竦めれば、ドラウディロンも同意するように笑う。
「そうだな。人肉の代替として力を入れた代物だ、市販品でも絶品だぞ?」
異形種である事を考慮した発言であるが、三人とも揃って身を強張らせる。
何を隠そう、この国の食肉の質の劇的な向上には、人肉食の亜人、ビーストマンへの恐怖が大きく関与しているのだ。弩岩竜の来襲と共に、同族の大部分が貪り食われた彼らであるが、その食性は人間にとって恐怖そのもの。当時の王との取引にしても、何時反故にされるか、と恐れた。故に、彼らは人肉より遥かに上質な食肉を用意しようと足掻き、結果として現在の食肉の質へと至ったのだ。
人肉食の種にその味を忘れさせる程にまで至ったのは、間違いなく快挙だろう。
「―――とまあ、そういう歴史があってな」
「それは、また………」
その過去を搔い摘んで説明すれば、モモンガは感嘆し
「「………」」
かくあれかし、と創造された二人は、自己の根底を崩しかねないソレに、恐怖していた。
「本当に、この国は逞しいな」
「曾爺さんが作った国だからな。影も形も無くなっても、絶やすことはしたくなかったんだろう」
どことなく誇らしげな彼女に、その祖先に、モモンガは少なからぬ親近感を抱いた。
積み重ねたものを無為にしたくない………アインズ・ウール・ゴウンというギルドが潰えることをよしとしなかった、自身と重なったのだろう。その末、ここまで至った彼らを尊敬すると共に、自分にそこまでの気骨があるかどうか、という劣等感もまた生じる。
「素晴らしいな………本当に」
「ああ。大概無茶振りであったが、応えてくれた民に、感謝してもし足りないくらいだ」
笑うドラウディロンの隣、ツァインドルクスはそんな話題を打ち切るかのように、咳払い。
「と、すまんすまん。少しばかり、私的な用事があるんだが………付き合って貰っていいか?」
そして、本題。
「むぅ………お前たちはどうする?」
「モモンガ様の決定に従います」
「私たちはあくまでメイド。モモンガ様の決定に異を挟む権利はございません」
ソリュシャン、エントマ共に自身の意向は二の次………モモンガは暫し悩み
「それは、緊急の用件か?」
「早いに越したことは無いね。現状の君たちを見るに、問題は無いんだろうけど、確信は出来ない以上は尚更だ。君たちがどう思っているかは別として、僕たちにしてみれば、警戒せざるを得ない理由があるからね」
「………ッ」
ツァインドルクスの言葉にソリュシャン、エントマが殺気立つ中、モモンガ、ドラウディロンがそれぞれを制する。とはいえ、過去を思えば当然のことであるし、ドラウディロンと異なり直接惨劇を、変化を見てきた彼だからこそ、その思いも強い。
「まあ、待て。だが、私は警戒されるようなことは………」
「君個人というより、君たちという総体が危険視されている、と言えば判るかな?」
総体―――ギルドか、はたまたプレイヤーか。恐らく、後者だと当たりをつけたモモンガは
「わかった。そういう事ならば、早めに済ませるとしよう」
警戒されている理由も気になるし、敵対の意思が無い事を早々に表明しておきたい事もある。
意を決し、モモンガは二人の申し出を承諾。二人の竜王の力によって、彼らが用意した場所までソリュシャン、エントマと共に転移。その未知の力に驚いていたモモンガだが、続けて視界に飛び込んできたモンスターの姿と、奥に点々と飾られた美しい水晶に目を奪われる。
「ああ、大丈夫だぞ。彼らは客人だからな」
「ォォ………」
鉱物質の、所々金色に染まった鱗を纏うその竜は、ドラウディロンが宥めると共に警戒を解き、特異な結晶体………魅玻璃と呼ばれるソレを纏う体躯を床に落ち着かせ、静かに身を揺らす。その赤い瞳に射貫かれた戦闘メイド二人が身構える中、モモンガは庇うように移動しながら二人を窘める。
「落ち着け。お前たちではどちらにせよ無理だし、敵意が無いというのに刺激する必要も無い」
そう、無理―――そう判る程度には、彼は異質だった。
「その竜は?」
「昔、湖畔で拾ってな。『晶竜』だったか、そう呼ばれている」
「この国に住まう竜の中では、間違いなく最強だと思うよ」
最強………その言葉にモモンガが警戒レベルを跳ね上げる中、ツアーとドラウディロンは平然としており、そのまま用意されているソファに座るよう、手振りで促してくる。二人が座った背後には晶竜と呼ばれたモンスターが横たわり、静かにその瞳を三人へと向けている。
「………では、お言葉に甘えるとしよう」
「ですが………」
「構うな。敵意が無い、と言ったのはあちらだ。それに、わざわざ戦うメリットが無い」
「その通りだ。そして、その必要が無い事を確かめるのが、今回の目的でもある」
ツァインドルクス=ヴァイシオンの言葉は、穏やかなようで棘がある。
当然だろう。彼は、見てきたのだ………世界の変化を、そして
「改めて、ツァインドルクス=ヴァイシオン………
「竜王………成程」
「そして、この世界の変化を見てきた者でもある」
最悪にして最大の脅威を知る者は、その再臨を阻止する為にも、彼らに率直に問う。
「だからこそ、訊きたい。君たちは、あの龍たちで満ちたこの世界で、どうするんだい?」
あまりに抽象的な問いであるが、それだけで十分だと、ツアーは判断している。
「………どう、と言われてもな。あんな化物ばかりでは、出来る事もそう多くはあるまい」
彼にとっての幸運は、彼がリ・エスティーゼ近郊という危険地帯に転移していた事だろう。
「龍から作り出した武具に、魅力は感じないのかい?」
「魅力的ではあるが、リスクを考えれば釣り合わん」
「………ふむ」
その言葉を咀嚼するように数度頷き、ツァインドルクスは安堵と共に肩の力を抜く。
「虐殺の類をしない、というのなら、心配はいらないね」
「だから言ったろ?お前さんはちょいと心配し過ぎだ」
「黒龍の力を目の当たりにした以上、二度とアレが振るわれないよう警戒するのは当然だろう」
怯えを隠さぬその言葉に、モモンガは強い興味を示す。
「こくりゅう?それは、リ・エスティーゼを焼いたという………」
「ああ、そちらも同じ音で刻竜だったね。黒龍というのは、
今では御伽噺扱いだけど、と前置きしてから、白金の鎧は過去の災厄を語り始めた。
★設定
・『赤衣の男』
赤い衣を纏う、以外の情報が皆無の謎の男。
竜王の知覚を掻い潜り、竜王国にてドラウディロン生誕の予言、そして祝福を残した。
過去、八欲王のお膝下にも現れたが、当事者が生存していない為、知られていない。
・竜王と古龍
『
特に、真なる竜王へと強い警戒が向けられ、事実上の監視状態にある。
グランセル氷原のイヴェルカーナも、これを機に動いた龍の一角。
尚、竜王国周辺に、監視の古龍は
・ドラウディロン=オーリウクルス
赤衣の男がその誕生を予言した、竜王国現女王。
先祖返りによって、真なる竜王に並ぶ力を秘めた『
過去、竜王国がプレイヤーの遺産で救われた為、竜王の中では好意的な部類。
相棒として晶竜を従えており、二人揃って竜王国の切札となっている。
・竜王国のビーストマン
様々な国の、実に八割超が弩岩竜に食い荒らされた難民たち。
彼らへの警戒から竜王国の食用肉は質が劇的に向上。
現在では、その発展により、彼らの人肉食文化は完全に過去のものとなった。
・『晶竜』クアルセプス
ドラウディロンが幼少期に湖畔で保護し、それ以来彼女に従っている鉱物食の海竜。
非常に警戒心が強い種である為、彼女の相棒を除けば目撃例は皆無。
遭遇の経緯には不明瞭な点もあるが、生態が未知である為、不自然には誰も気付いていない。
何かしらの影響でか、ある時から鱗の一部と牙が金色に変化している。