《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
当面の、モモンガ不在が決定したナザリック。
「では、これよりの方針を報告しましょう」
デミウルゴスのもとに集められたのは、シャルティア、アウラ、そしてパンドラ。
「あちらからの報告によれば、未知の病の発見と共に、モンスター襲来の危険性が大きく跳ね上がったとのことです。そこで、リスクを承知でより多くの人員を投入し、この世界の調査を行うことを決定しました。これは、モモンガ様の許可も得ております」
最大限の緊張の中、デミウルゴスは真剣に、勿体ぶる事無く決定事項を口にしていく。
「まず、現在人間の手で栽培が行われていない植生の、生産体制の拡充。これについては、近隣の村の手も借りるつもりです。それと共に、森の賢王………あの魔獣が有する知識をより引出す必要もあります。その交渉は私が、森の調査は引き続きアウラが担当する形となるでしょう」
そこで言葉を切り、重大極まる決断を口にする。
「そしてですが、その調査などにプレアデス、及び一般メイドも加わる事となります」
「なっ?!正気でありんすか!?」
「無論、森の浅い領域に限定します。それと、彼女らにやって貰うのは、ナザリック地表部の付近の大地を用いた栽培実験など、比較的安全なものに限りますよ。私が、彼女たちを不要な危険にさらす卑劣漢にでも見えますか?」
デミウルゴスは、悪魔らしく悪趣味で悪辣。しかし、それは敵対者に対してでしかない。
仲間に対しての彼は、間違いなく善良で慈悲深い男だ。そしてそれは、末端も末端である一般のメイドたちに対しても、例外ではない。そんな彼が、モモンガにこの案を通して貰ったのは、可能な限りリスクを低く見積もった上で、ナザリックに貢献することを可能とする為の、そして動ける人員の不足という現状を打開する為の、苦肉の策でもあるのだ。
「………ごめんなさい」
「いえ、私も無謀だとわかっています。ですが、それだけ現状が危険、ということです」
万一モンスターの群れが雪崩れ込めば、如何にナザリックといえどどうなるかわからないのだ。
「パンドラ、シャルティアは周辺諸国に赴き、未開の地などを調査して貰います」
「この時期に、でありんすか?」
「そう思うでしょうが、トブの森のような状態の場所が無いとも限りません。現在の我々が必要としているのは、安定供給困難なユグドラシルの高ランクアイテムの代替となり得る代物であり、トブの大森林でも少なからず見られたモノです。そして、その安定供給の可否が、今後を大きく左右する事となるでしょう」
それこそが、最大の目的。現地の物品で代替可能なものは代替せねば、ナザリックの備蓄の限界もすぐに訪れる。それは、モモンガと智者たちの共通の見解であり、他にもアイテムを用いる者の多くが薄々勘づいている事実だ。
それが出来なかったのは、一重に命がかかった現実であることと、この世界の脅威レベルの高さが原因だろう。後者に関しては、レベル100のダンジョンボスクラスからレイドボス、ワールドエネミークラスがあちこちに居る、というこの辺境の魔境具合も大いに影響しているが、何にせよ慎重を期す必要があったのも事実だ。それらへの警戒が、対応の遅延へと繋がったのだ。
「私はナザリックの管理、並びに市場に流通している物品の調査などを任されています」
「それについては、私たちでは対応できんせんからね。デミウルゴスに任せんす」
「あたしも。そういう難しいのはお手上げ」
適材適所。二人はしっかり割り切っている。
「そう言って頂けると助かります」
以上を以て、彼らの会議は終わった。
「では、他のシモベへの通達は私から。貴方方は、それぞれ準備を」
あくまで、一時的なもの―――だが、主が長く不在という事実は、彼らに大いによく効いた。
自分たちがしくじれば、最悪最後の御方たるモモンガまで喪うこととなる。その事実を理解できない者はおらず、故にこそ、彼らは万全でも尚満足せず、更に先を求める。悪の側面が強い者が大半を占める集団であるが、この世界は、その悪性を発揮させぬ程に過酷なのだから。
*
夜。バハルス帝国、東―――から、カルサナス東までは、綺麗に変わり果てていた。
「丸々一日かかったな………だが、それだけの価値はある筈だ」
モモンガの腕の中では、共に働いていたマーレが安らかに寝息を立てている。
その視線の先にあるのは、ドルイドの魔法と超位魔法により作り出した険峰。いや、山よりも壁と称するべきだろう、急斜面の大地………地中を移動するモンスターに備え、厚みを持たせた為、東部の地形は大きく抉られ、そこへと海水を流し込み、要害としている。唯一、ガララアジャラの襲撃があった地点周辺は意図的に地形を険しくしておらず、代わりにあの場所に集中的に拠点建設を行うことで、戦力の一点集中を可能にしているのだ。
「感謝する、帝国の方々」
「感謝などとんでもない!私たちはただ、足の代わりとなっただけです」
そんな彼ら二人の足となったのは、バハルス帝国の直属マジックキャスターたち。拠点襲撃の報を受けたことで派遣された彼らは、モモンガが実行せんとしていた案をより確実にするため、彼らの消耗を抑えるべく、自分たちが足となる事を申し出たのだ。そのお陰で、移動速度は落ちたものの、その分モモンガもスクロールを惜しまずに使え、広範囲に渡る地形の改変に成功していた。
「いや、ここまでこちらに尽力できたのは、貴方方のお陰だ」
「それでしたら、私たちも多くの強大な魔法を見ることが出来ました。それでおあいこ、ということにしていただきたい。モモンガ殿たちの尽力が無ければ、戦力をより広く分散させざるを得なかった………そうなれば、間違いなく我が国は滅びていたでしょう」
険しい顔で巨壁の先を睨む姿を前に、モモンガは一人想像する。
大挙して押し寄せるモンスターの群れを、より広い範囲で迎撃………間違いなく、物資や人員の不足が起こり、そのまま戦線を維持できず崩壊していただろう。たとえ大規模ギルドだったとしても、単独では戦線を維持できないだろう程には、この世界のモンスターの上限は際限ない。変に高位のモンスターが分散して現れれば、最悪そこから崩れていく………一長一短であるが、一点に脅威を集中させる方が利が多いことに、違いは無い。
「だが、これで貴方方も戻る事は出来ないが」
「問題ありません。我々が欠けた程度で立ち行かなくなる程、この国は軟弱ではありませんよ」
そう話している内に、より多くの人員を集め建設が進む、迎撃拠点の大砦が見えてくる。
危険な外部寄りでの建設作業にはゴーレムを多く動員し、細かな作業の多くを現地人に任せる形で進められる工事の中、モモンガは手持ちの地形操作系魔法の
更に、抉れた大地に海水を引き込むことで陸路を制限しており、空からの襲撃者もそうそう突破は出来まい。ここが新たなモンスターの温床となる可能性もゼロではないが………今一時を凌がねば、そんな心配もしていられない。
(あとは、各所の補強をしっかりしていこう。超位魔法も目一杯使えば、いける筈だ)
マーレもMPが尽きるまで頑張ってくれたが、やはりまだ不安は残る。これから暫くは、MPが回復次第、再び使い尽くすまで方々を回る事となるだろう。モモンガは
「モモンガ様」
「む、セバスか」
拠点から大分離れた場所で一人思案に耽っていると、すっかり回復したセバスが現れる。
「丁度いいところでした。そろそろ、時間ですので」
「時間?」
「竜王国の祭ですよ」
そこに至り、漸く心待ちにしていた筈のことを思い出す。
「モモンガ様も、マーレ共々お疲れのご様子。休憩がてら、眺めてみては如何でしょうか?」
そっとセバスが視線をやった先では、コキュートスと共に肉体労働に勤しむアルベドの姿。
「………では、その言葉に甘えるとしよう」
「ハッ。こちらの方は、私どもにお任せを」
セバスの言葉に甘える形で、モモンガは仮拠点へと転移魔法で移動。マーレをベッドに運ぼうと歩を進めていると、腕の中から可愛らしい唸り声。視線を降ろせば、ダークエルフの少年が眠そうに瞼を上げ、オッドアイの瞳で支配者を見上げていた。
「ももんが、さま………?」
「む、起きたか。体の調子はどうだ?倦怠感などあるようなら、無理はしないでいいぞ」
本来なら疲労無効に飲食、睡眠等を不要とするマジックアイテムを有しているマーレたちギルドNPCたちだが、多くはアンデッドでないため、不要であって不可能ではない。マーレのように、モモンガと肩を並べて、ひいてはナザリックの存亡にかかわる一大事を任されるというプレッシャーによる精神的負担等までは軽減できないため、何かしらのケアは必要となる。
彼の場合、それがモモンガの腕の中で眠る、という事だったわけだ。
「え、あ、だ、大丈夫、です………で、です、けど………」
「ん?」
そして、そんな口実を得た彼は、少々大胆な真似をしでかした。
「あの、えっと………このまま、もう少しお願い、できますか?」
「それくらい、お安い御用だとも。では、マーレも一緒に見ようか」
と、モモンガはマーレが罪悪感を覚える程すんなり了承し、彼を抱きかかえたまま準備を始めていく。マジックアイテムを一通りと、念の為の逆探知対策を施してから、それらを駆使して竜王国より南東、大砂漠を【
月明かりに照らされる砂海を進むのは、砂上船の数々。その上を舞うのは、強靭な翼を持つ数多のワイバーン………飛竜種モンスターだ。高い飛行能力を持つリオレウス、セルレギオスなどに驚くモモンガたちだが、実のところ、強さ自体は大したことが無い。彼らの利点はその数と、人と共に生まれ育ったことによる、戦略的な行動が可能という点に集約されているのだ。
「改めて、凄いな………」
小柄なモンスター………人為的に育てられた翼竜種モンスターを駆使し、砂上船を行き交う人影の大きさから、そのスケールが一目でわかる。少し視点を遠ざけ、より広い範囲を眺めてみれば、それらから大分離れた場所を航行する、より大型な船の数々も見える。その形状は、リアルで殆ど廃れてしまった航空母艦を思い起こさせる………最大の違いは、発着するのが航空機ではなく、飛行能力に長けたモンスターである、ということか。
そして、その視界の奥。砂海に埋もれる小さな小さな廃墟の影を隠すように、
「お、おおおお………ッ!」
「わぁ………!」
月光に照らされ、神々しく輝く紫の霊峰。砂海を割って現れたその下の体躯もまた、月明かりにより美しく照らされ、その更に先に延びる巨大な牙もまた、神秘的な輝きを放っている。が、一番はそのサイズ………優に100メートルはあろう巨躯は、広大な砂漠と遠近差によるサイズ感覚の狂いから、より巨大に見える。
「………餡ころもっちもちさんが言ってた、鯨みたいだな」
海が綺麗だった頃のリアルに居たとされる海棲の巨大哺乳類、鯨。写真を見せられたのみであるが、モモンガは広大な砂漠を泳ぐ巨大な龍に、その面影を見た。違いがあるとすれば、モモンガが見た写真に写るクジラが複数頭居たのに対し、巨龍………『霊山龍』ジエン・モーラン亜種は単独。強いて言うならば、そのお零れを狙う魚竜種モンスター、デルクスの群れが豆粒の如く見える程度か。
吐き出す砂塵が大きな流れとなり、大砂漠へと注ぐ光を遮りつつある中、砂上船の人々の動きが変化。飛竜たちも一斉に、離れた場所の大型船へと戻っていく中、『蒼の薔薇』を始めとする少なくない人間たちは、霊山龍の美しさと威容に目を奪われ、ただただその姿を眺めている。それもやむを得まい。
「直に見たかったなぁ、本当に………」
悔しそうに零し、砂の大海を往く霊山を静かに眺める。リスクを考えれば、仕方の無い事………
「………エリュエンティウ、だったか」
悔しさを噛み締めたことでか、モモンガの意識がそちらに向いた。
(ギルド武器破壊、ギルド維持費滞納のペナルティは知っているけど、拠点そのものを破壊された場合だと、どうなるんだ?ユグドラシルの場合、拠点へのダメージはあっても破壊は不可能だった訳だし………)
「………少し、調べてみるか」
無謀だが、好奇心と、少しばかりの反骨心が勝ってしまった。
鏡に映し出される世界が、朽ちた都市を捉える寸前―――突如、月明かりが失せた。
★設定
・辺境東方
モモンガ、マーレの手で地形に大きく手を加えられた。
山脈同然の地形を強引に作成し、材料確保に使われた東部に海水を引き込むことで、侵入を阻む壁と堀を両立した。将来的な脅威の温床となるリスクと引き換えに、近い将来の襲撃を一点に集める巨大城塞として完成された。