《竜》の満ちる世界 作:UNKNOWNと戦いたい
一瞬、紅の光が映し出される―――否、それは光ではない。こちらを捉える『目』だ。
「―――ッ!」
「ひっ!?」
次の瞬間、力を喪失した魔鏡をナニカが包み込むと共に床に落ち、共に砕け散る。
「………ッ!」
鏡に纏わりついていた
「な、あ………!?」
自身の浅慮を全力で悔い、同時にこの未知の現象を引き起こした何者かの存在と、伝え聞く限りの情報を擦り合わせていく。黒龍については、炎以外の情報は皆無であり、炎と冷気は相反する属性ということもあり、モモンガはこの犯人が黒龍でない、と当たりをつける。
(まさか、冷気系を使うモンスターも居るのか?それも、こちらを探知、攻撃が可能な)
何が不幸かと言われれば、沈静化が起こる程の感情の揺れ動きが無かったことだろう。中途半端な後悔が沈静化されなかったが為に、情報収集を言い訳とした反骨心が顔を出し、冷静さを取り戻した今無謀が過ぎる、と全力で自省せざるを得ない事態になってしまった。
「………ツアーには、土下座するべきかもしれんが………」
だが、予想できなくとも仕方の無い事だろう。これまで彼が遭遇したモンスターの多くに対し、これは明らかに異常が過ぎた。アウラの存在を逆探知した存在を知っていたとしても、ここまで桁外れの攻性防御………いや、たかだか
(でも、これは一体………)
溶けることなく形を保つ、毒々しい赤い氷………それが纏わりつく調度品を持ち上げようと、氷から覗く端を摘まみ持ち上げようとすると、なんと調度品が氷の重みに耐え切れず、端だけが千切れ、残りはそのはずみにバランスを崩し、倒れると共に細かく砕け散ってしまう。
「………マーレ、触れるなよ」
「は、はい」
自責も加わり、恐ろしいまでに低い声を零したモモンガは、未知の氷をただただ睨む。
そして、そんな不審な『目』を睨み返した青き龍は、氷に包まれた元空中都市の下層部………ユグドラシル最高難易度のギルドホームダンジョン、その一部である地下ダンジョンエリアの最奥、地表部へと続く広間に座している。その姿は、クシャルダオラなどのような四足に一対の翼を持つドラゴン体系であるが、纏う空気は遥かに異質だ。
「………」
輝く紅い瞳が、探知魔法を放った彼方を見やる。取るに足らない、といわんばかりに興味の薄い反応であるが、もとより外部への興味、関心が非常に薄いのだ。皇冰龍、とでも呼ぶべき桁外れの冷気を操るこの龍にとって、そもそもステータス、装備への重きが大きいユグドラシルプレイヤーたちなど、単純な耐性を踏み潰せる以上は取るに足らない。
では、何故それを妨げるのかといえば、この地に眠る規格外の逸品を隠し通す為か。
「あら、残念」
それを知覚して、一冊の魔本を閉じた少女はつまらなそうに呟いた。
「まあ、確かにこれは、少々危険かしら?」
【
「けど、果たしてここに至れる者は、どれだけいるのかしらね?」
眼下に広がる、空中都市であった地………そこは、過酷という言葉も生温い危険地帯だ。
「かつての者たちは、時に独りで数多の者を打倒せしめたけれど………」
雷光が散り、龍光が奔り、劫炎が爆ぜ、冷気が膨れ、飛沫が舞う。蠱毒とも取られかねない苛烈極まる激闘が繰り広げられて見えるが、その実その殆どは、彼らなりの戯れであったり、自己鍛錬の一環に過ぎない。モモンガが、彼含む『彼女ら』の世界の者以外が目の当たりにしていれば、別方向に甚大な被害を受けていたであろう光景だ。
その意味では、皇冰龍の守護と探知阻害は、これ以上無いファインプレーと言えなくもない。
「まだまだ、あと数百年………いえ、数千年は無理かしら」
北東へと視線を向け、再び巻き起こる闘争の光を瞳に映し出す。
「極限に至った存在が数多居る夜行………少々、苛烈が過ぎるけれど」
顔を上げ、南の地を眺める。
「和を乱す程、莫大な力であるなら、当然滅尽龍も気付く。ヒトが滅ぶのが先か………」
滅尽龍―――古龍を脅かす獣牙、ネルギガンテ。真なる竜王をも喰らう圧倒的な強さは、まさに『悉くを殱ぼす』と言っても過言ではない。そこに、大陸南方に存在する『聖域』を中心とした領域の影響が加わり、歴戦の中の王とでも呼ぶべき域へと至ったことで、その実力は覇を超える。
「………あ"」
そこで、何かを感じ東方へと目を向けた少女の顔が引き攣り、背後の白龍が紅閃眼を見開く。
「至天の刻竜まで来るの………?となると、閃槍者も降り立つし………」
そこで表情を消し、静かに紅眼を北西に向ける。
「あのぷれいやーは、間違いなく『あの力』を使う。使わざるを得ない」
白い少女の姿がぶれ、白き龍が起き上がる。純白の体躯を紅雷が包み込んだかと思えば、王冠の如く左右に伸びる黒角は形を変え、蒼く輝く後頭部の一対と額から伸びる一本へと形を変える。翼を始め、その身体の随所が大きく形を変えており、放たれる圧もまた、尋常でない程に高まっている。
「―――それだけは、許容する訳にはいかない」
その声に、少女らしさは疎か、人間らしさは欠片も無い。
「アレは何も生まない、純粋な破滅。理を、世界を殺す力を、許容するわけにはいかない」
だが、その口から零れる言葉は、何処までも世界を慮ったモノ。
同時にそれは、強大な力と高い知能を併せ持つ強者たちが有する、共通認識だ。
「けど、安易に滅ぼせば、再び停滞が起こる………本当に、厄介な
辺境に限った話ではないが、この世界の元々の住民たちは、未だモンスター素材の加工技術を、完全には確立できていない。それだけでなく、彼女たちの世界の法則が深く根付いた領域に踏み入る者も皆無で、更にかつての亜人種天国が原因でそれぞれの生存圏が小さく、また大きく離れており、集落ごとの交流も皆無。大陸中央部の亜人国家も、大砂漠の拡大に伴い壊滅、離散している為、尚更人々の移動経路は制限されているのだ。
それなりの強さ、思慮深さと戦力規模を併せ持つお陰で、これまで人々の手に渡らずにいた諸々が発見された。更に、それを利用しようと動いている事もあり、人類の滅亡より発展を望む彼女にとっては、まさに天恵にも等しい存在なのだ………その死の力と、配下の精神性を除けば。
「刻竜の襲来は、あの力への警戒によるもの………運がないわね、あのニンゲンも」
すっかりと元の振る舞いに戻り、龍も元の姿へと戻る。
「けど、このまま滅ぼさせる訳にはいかない。少し、手は打たせて貰うわよ」
個に入れ込んでいる、のではない。どこまでも純粋に、利害を勘定しているだけなのだ。
*
その夜、モモンガは部屋の対応と部下への謝罪に追われた―――それが、功を奏した。
「ッ!」
けたたましい鐘の音が響き渡る。焦燥を示すかのような乱雑な響きが、急を報せる。
「コノ音ハ………!」
「アルベド」
「ええ―――セバス、マーレ。貴方たちはモモンガ様の護衛を。私たちが迎撃に出ます」
と、フル装備となったアルベド、コキュートスが飛び出す。
続けてモモンガも外に出れば、迎撃の為の広場から猛烈な土煙が上がっている。
「何事だ?」
「襲撃です!皆様はどうか、後方で………っ、遅かったようですね」
駆け込んで来る帝国のマジックキャスターだが、人数と続けて響いた轟音から、事態を察する。
「黒く染まったモンスターと、通常のモンスターですが………後者が、群れておりまして」
「なに?」
急ぎ、モモンガたちも事態を知るべく向かえば、思わぬ局面。
「ギュアアアアアアアアアアアッ!!!」
熊を思わせる、赤く光る傷を無数に刻まれた、紅色の腕甲と頭部の毛を持つ獣。
その咆哮に呼応するように、彼の獣………『紅兜』『主青熊獣』ヌシ・アオアシラと共に、三龍による暴威の魔の手から逃げ惑うモンスターたちが奮い立つ。そこに躍りかかるのは、黒く染まった獣竜種モンスター、『蛮顎竜』アンジャナフだが、その大顎が開く前に、紅兜の強靭な前腕から繰り出されるアッパーカットが決まり、その頭が大きくかち上げられる。
「キュアォアアアアアォッ!」
そこに『迅竜』ナルガクルガの尻尾による、強烈な叩きつけ。すかさず尻尾を引けば、追撃。
「ルアアアアアアオオオオオッ!!!」
空中で回転し、『金獅子』ラージャンが全体重をかけアンジャナフの首へと激突。首が折れても可笑しくない一撃であるが、相手は腐っても食物連鎖の上位種。即死することは無いが、しかし立ち上がることを許さぬ為、ラージャンと共に紅兜がその剛腕で頭を掴み、力任せに投げ飛ばす。
「っ、退避―――ッ!!!」
建造途中の多くをなぎ倒し、巨躯が転げ回る。多くの戦士が一斉に退避する中、守護者二人は臆することなく前に出て、ここまでの成果を無碍にするわけにいくまいと、体を張ってその巨躯を抑え込まんとする。二人がかりでも大きく減速させるので精一杯ながら、確かにその体躯が齎す破壊を食い止めることに成功している。
「ぐ、うううう………!」
「コレハ、重イ………ッ!」
しかし、押し留めたということはつまり、相手の行動を妨げるものも消えたということで
「グルアアアアアアッ!!!」
「ぐぅっ?!」
「ヌグッ!?」
暴れ狂うアンジャナフに弾かれ、二人が後退。毒々しい紫の涎を零し、異質な赤に染まった瞳が二人を捉える。敵と、餌と見ている、とは違う異質な視線に少なくない生理的な不快感を覚える二人であるが、それだけでは終わらない。
「ギュアアアアアアッ!!!」
「グアアアアアッ!!!」
紅兜の殴打が、狂竜アンジャナフを襲う。体格差を物ともせぬ桁外れのパワーに加えて、本来であれば上位に位置する捕食者に対し、欠片も臆さぬその凶暴性。そして、その咆哮に呼応するかのように活性化し、それなりに統率された動きで、暴れ狂う狂竜へと襲い掛かるモンスターたち………異質揃いであるが、それは同時に、黒く染まったモンスターがどれほど危険であるのかを、端的に示す結果となっている。
「これは………手を出さない方が、よさそうね」
アルベドが冷静に判断する中、紅兜はアンジャナフを凌駕する剛力を以て、攻撃の一切を許さず攻め立てる。毒々しい紫に染まる血が撒き散らされる中、しかしそれをものともせずヌシの牙獣は剛爪で獣竜の体躯を引き裂き、トドメとばかりにその大顎の間に両腕を突っ込む。
「ガッ、オアアアアッ!?」
「ギュウウッ、アアアアアアアアアッ!!!」
突き刺さる牙を物ともせず、その顎を上下に引き裂く。致命傷を受けても尚、その肉体を強引に動かし抗わんとする狂った蛮顎竜は、しかしすかさず飛来する数多の猛攻。突撃、斬撃に可燃液、火炎、電光、気光といった強烈な攻撃の数々を、その鱗と外皮だけで防ぎ切ることは叶わず。程なくして失血で動きが鈍ったところを、ヌシの剛腕により完全に息の根を止められた。
その凄絶な激闘の結末に一喜一憂する間もなく、獰猛に光る赤い眼光が、戦士たちを捉える。
「ギュゥッ、ギュアアアアアアアッ!!!」
咆哮―――バインドボイスが響き渡り、一様に耳を塞ぐ。
そしてそれは、同時に数多のモンスターたちを活性化。ヌシたる牙獣を抜きにしても、強大な力を秘めたモンスターである迅竜、金獅子が奮い立ち、それ以外にも様々なモンスターが必死さを露わに、眼前の脅威を排除せんと牙を剥く。
「不味いわね………これは」
「セバスガ居テモ尚、少々難シイヤモシレヌ」
超攻撃的生物、ラージャンが先んじて飛び出す。狙われたアルベドが咄嗟に構えれば、振り抜かれる剛腕がその体を軽々吹き飛ばし、続けて気光―――強烈な電気属性攻撃を放つ。それに対し援護する間も与えず、コキュートス目掛けナルガクルガが飛翔。
「ム、グゥッ!?」
(重クハ、ナイ………ダガ、速イッ!)
刃翼を防げば、すかさず尻尾による追撃。兎にも角にも、四足という姿勢とその翼を駆使した、素早い動きが曲者だ。森林という環境に適応、進化する過程で得られた体躯と、その細くしなやかな体格に似あった俊敏な動きは、平地であろうと遺憾なく発揮される。
「………勘弁して欲しいんだけどなぁ………っ!?」
モモンガから嘆きの声が漏れる中、空から蒼光が飛来。光線が大地を抉り、アルベドたち諸共、モンスターたちの侵攻を阻害、巨壁の一部を消し飛ばしながら一気に撤退まで追い込んだ。
空を見上げても、そこには分厚い雲に反した明るい空以外、何も見えなかった。
★設定
・???????
エリュエンティウ下層、ダンジョンエリア深部に陣取る謎の存在。
エリュエンティウにあるワールドアイテムを秘匿、守護するべく、自らの意思で座している。
魔法的な索敵に対し、情報防御を貫通した逆探知、攻撃が可能な存在。
モモンガの索敵を察知し、警告も兼ね、その居室を『赤い氷』で埋め尽くした。
・エリュエンティウ
下層、表層に数多のモンスターがひしめく危険地帯。
特に表層部は、難易度300オーバーの個体ばかりが生息しており、文字通りの魔境。
下層最深部に青き龍が、表層中枢には黒龍、更に上に白き龍が座す。
非常にわかりやすく表現すると、下層が天廊、表層が狩煉道。
・『滅尽龍』
数多のモンスターによる集団移動と、強大な龍の気配に誘われ、飛来中。
・『至天の刻竜』
白き少女が頭を抱える事態を引き起こしかねない。
・『閃槍者』
刻竜の襲来に合わせ、降臨が予測された存在のようだが………?
・『あの力』
白き少女を始め、文字通り超越者の域に在るモンスターたちが警戒するモノ。
モモンガが保有する切り札であると共に、彼の意図しない最大最悪の爆弾。
一番早い解決方法は、モモンガが一度レベルダウンし、5レベル分を別職に振り直す事。
・『ヌシ』
龍の力が強く宿る暴風と雷撃により深く傷ついた中で、その力が馴染んだ個体。
肉体の変化や変色が生じている他、小規模な群れを形成するなど、脅威度も上昇。
個として極限に至った個体に劣るものの、その真価は群の中でこそ発揮される。
龍の力の影響が色濃く表れたことで、意図せず狂竜の力を無力化できている。